報告
日本海の木材に穿孔する大型キクイムシ属
2種(等脚目)
Limnoriid isopods dwelling into submerged wood in Sea of Japan
吉野広軌
1・太田瑞希
2・上田祐司
3Hiroki Yoshino, Mizuki Ohta and Yuji Ueda
はじめに ワラジムシ目キクイムシ属は木材や海藻,海草な どに穿孔し,それを摂食する甲殻類であり,世界中 の海岸から深海まで見られる(Cookson, 1991).島 根県隠岐諸島沖の底引き網によって,海底に沈むマ ツ 属 の 木 材 に 穿 孔 す る キ ク イ ム シ2種(Limnoria magadanensis Jesakova, 1961, Limnoria sp.)が採集さ れた.L. magadanensisは本邦2回目の発見である. Limnoria sp. はニホンキクイムシL. japonica Richard-son, 1909やホッキョクキクイムシL. borealis Kussa-kin, 1963に類似していた. 材料および方法 調査対象海域 北緯35度以北,北緯38度30分以南,東経130度 以東,東経137度30分以西の海域 調査船 但州丸 採集日 2017年5月28日 漁具・漁法 一そうびき着底オッタートロール サンプル処理 トロールにて採集された木材を冷凍し,研究室へ 持ち帰った.キクイムシ属は木材の内部にいるた め,冷凍木材を70%エタノールに浸漬して柔らか くした後,刃物でキクイムシ属を取り出し,100% エタノールで固定した. 一部の個体ではDNA抽出を行った.非破壊DNA 抽出を行い,ミトコンドリアのCOI遺伝子をシーク エ ン ス し た. プ ラ イ マ ー はLCO 1718(TWGGDG CNCCDGAYATGGCHTTYCCDCG),HCO2198(TAA ACTTCAGGGTGACCAAAAAATCA) を 使 用 し た. DNA抽出後の個体は100%エタノールに戻した. 採 集 し た キ ク イ ム シ 属 は 光 学 顕 微 鏡(CX41, OLYMPUS)と電子顕微鏡(JSM-6010LA, JEOL)で 観察した.キクイムシ属の形態はCookson (1991)に 従って観察した.採集したキクイムシは北九州市立 自然史・歴史博物館(KMNHlvR)で保管されてい る. 採集した木材はカミソリで切片を作り,仮道管や 樹脂道,分野壁孔の形質から樹種を特定した. 1 東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 〒113–8657 東京都文京区弥生1–1–1
Department of Forest Science, Graduate School of Ag-ricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, 1–1–1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113–8657, Japan E-mail: [email protected]
2 東京大学大学院新領域創成科学研究科自然環境学
専攻
〒277–8564 千葉県柏市柏の葉5–1–5
Department of Natural Environmental Studies, Gradu-ate School of Frontier Sciences, The University of To-kyo, 5–1–5 Kashiwanoha, Kashiwa city, Chiba 277– 8564, Japan
3 国立研究開発法人水産研究・教育機構日本海区水
産研究所資源管理部資源生態グループ
〒951–8121 新潟市中央区水道町1丁目5939–22 Japan Sea National Fisheries Research Institute,
結 果
Limnoriidaeキクイムシ科
Limnoria magadanensis Jesakova, 1961
マガダンキクイムシ(新称) (図1, 2) 材 料 無抱卵雌 (体長5.3 mm, KMNH IvR 500947),島根県 隠岐諸島沖,2017年5月28日,水深207 m,一そう びき着底オッタートロール,木材 (マツ属Pinus sp.) 記載 体色は薄いパールイエロー.眼は黒色. 第1触角鞭節は4節,第2節に20本以上の感覚毛 がある.第2触角鞭節は4節. 顎脚の副肢の先端は内肢の鬚の第1節まで届き, 形は楕円に近い三角形であり,基部に近い部分で最 も広く,先端に近づくにつれて多少細くなり,長さ は幅の2.7倍.大顎の鬚は3節.大顎にファイル状 の構造とおろし金状の構造がある.右の大顎の可動 葉片は先端に向かって広がり,先端近くで曲がり, 4つに分かれる. 胸節は細かい毛で覆われる.第1–7胸脚の指節の 副爪は全て2裂. 第5腹節は前後それぞれで節の縁に沿って中央に 向かう隆起がある. 腹尾節は前部中央に瘤が1つと,その後方に対の 2つの瘤がある.後方の縁に棘状剛毛があり,根本 に鞘がある剛毛がある.側方の縁は棘状刺毛に覆わ れる.腹尾節の長さは第5腹節の約2.8倍. 尾肢外肢は先端のつめが外側を向き,原節の約 0.27倍の長さ.尾肢内肢は先端が鈍く,原節の約 0.55倍の長さ. 基 質 木材(マツ属Pinus sp.) 備 考 DNA抽出を試みたが失敗した. マガダンキクイムシは,ニホンキクイムシとホッ キョクキクイムシに以下の点で一致する:体が小さ い剛毛で覆われる,第5腹節の前後に隆起がある, 腹尾節に3つの瘤がある.マガダンキクイムシは, 図1. A – C , マ ガ ダ ン キ ク イ ム シ L i m n o r i a magadanensis,無抱卵雌,KMNH IvR 500947. A,顎脚;B,腹尾節後方の縁;C,腹尾節. D–F, Limnoria sp. ,無抱卵雌,KMNH IvR 500948).D,顎脚;E,腹尾節後方の縁; F, 腹 尾 節. ス ケ ー ル:A・C・D・F=0.5 mm;B・E=0.1 mm. 図2. マガダンキクイムシ,第5腹節と腹尾節, 背面.スケール:0.5 mm.
顎脚の副肢の先端は内肢の鬚の第1節まで届き,形 は楕円に近い三角形であること,第5腹節に瘤がな い,腹尾節の後方の2つの瘤に後方に続く隆起がな いことで,ニホンキクイムシとホッキョクキクイム シと異なる. マガダンキクイムシのタイプ標本は,オホーツク 海のナガエフ湾,水深4 mの木杭から採集されてお り,他に樺太島周辺の日本海やオホーツク海の水深 27–100 m,ロシア大陸沖の日本海の水深91–112 m から採集されている (Jesakova, 1961; Kussakin, 1963). 日本では富山湾から採集されている(Yoshino et al., 2017).今回の発見は本邦2回目であり,マガダン キクイムシの生息地の南限となる. Limnoria sp. (図1, 3, 4, 5) 材 料 無 抱 卵 雌6匹(体長4.0–5.8 mm, KMNH IvR 500948), 雄 6 匹(体長 3.6–5.1 mm, KMNH IvR 500949),島根県隠岐諸島沖,2017年5月28日,水 深207 m,一そうびき着底オッタートロール,木材 (マツ属Pinus sp.) 記載 体色は薄いパールイエロー.第5–7胸節が褐 色になる個体もある.眼は黒色. 第1触角鞭節は4節で,第2節に20本以上の感覚 毛がある.第2触角鞭節は4節. 図3. Limnoria sp.,無抱卵雌,KMNH IvR 500948. A,背面;B,腹面,胸節にラッパムシ目の 一種が寄生.スケール:1 mm. 図4. Limnoria sp.,第5腹節と腹尾節,背面.ス ケール:0.5 mm. 図5. Limnoria sp.,第5腹節と腹尾節,側面.ス ケール:0.2 mm.
顎脚の副肢の先端は内肢の鬚の第1節に届かず, 形は三角形に近く,基部に近い部分で最も広く,先 端に近づくにつれて細くなり,長さは幅の3倍未満. 大顎の鬚は3節.大顎にファイル状の構造とおろし 金状の構造がある.右の大顎の可動葉片は先端で曲 がり,2–4つに分かれる. 胸節は細かい毛で覆われる.第1–7胸脚の指節の 副爪は2裂だが,一部の個体で3裂の場合がある. 第5腹節は前後それぞれで節の縁に沿って中央に 向かって高くなる隆起があり,隆起の上には中心に それぞれ瘤がある.前方の瘤は後方へ向き,後方の 瘤よりも左右に広がる.後方の瘤は前方へ向き,三 角形に近い形をしている.この2つの瘤は向かい合 うように並ぶが,瘤の間に溝があるため繋がってい ない.2つの瘤の間には,瘤を結ぶように短い剛毛 の列が縦にある. 腹尾節は前部中央に瘤が1つある.その後方に対 の2つの瘤とこの瘤の後方に続く隆起が見られる. 後方の縁に顆粒があり,根本に鞘がある剛毛があ り,鞘のない毛が数本混ざる.側方の縁は棘状刺毛 に覆われる.腹尾節の長さは第5腹節の約2倍強. 尾肢外肢は先端のつめが外側を向き,原節の約 0.3倍の長さ.尾肢内肢は先端が鈍く,原節の約0.6 倍の長さ. DNAデータ Accession number: LC332040-LC332046 基 質 木材(マツ属Pinus sp.) 備 考 7個体から,290–390 bpのDNA配列が得られた. 採集した標本は,ニホンキクイムシとホッキョク キクイムシに以下の点で一致していた:体サイズの 最大値が5 mmを超える,顎脚の鬚がほぼ三角形, 腹尾節に3つの瘤があり,後方の2つの瘤に後方に 続く隆起がある,腹尾節の後方の縁に根本に鞘があ る剛毛がある. ホッキョクキクイムシは,第5腹節の前後にお互 いに分離して平行な2本の隆起が左右に横に広がり, 後方の隆起は中心に不規則な三角形の瘤があり,こ の瘤は正中線上に走る剛毛の縦列で前方の隆起と接 続する.腹尾節の後端には棘状刺毛がある.ニホン キクイムシは,Menzies (1957)によるニホンキクイ ムシのコタイプによる再記載によると,第5腹節の 中心に前後2つの瘤があり,これらの瘤は顕著な溝 によって分離しており,腹尾節の後端には棘状刺毛 がない. 本研究の標本の第5腹節は,隆起と後方の瘤,剛 毛の縦列の形質がホッキョクキクイムシと一致した が,前方にも瘤があり,間に溝がある点でニホンキ クイムシと一致した.腹尾節の後端には棘状刺毛が 見られたが,一部の個体では小さく,数が少なかっ た.現在の分類では同定できないため,種の決定は 行わなかった. 考 察 ニホンキクイムシ,ホッキョクキクイムシ,マガ ダンキクイムシは,第5腹節と腹尾節の彫刻,大顎 などの形態に一致する点が多いため,近縁であると 推測される(Kussakin, 1963).100 m以深の海底か ら採集されたことがある点も共通している.さら に,いずれの種も体サイズが最大で5 mmを超え,
Limnoria rhombipunctata Yoshino, Watabe & Ohsawa, 2017と共にキクイムシ亜目の中でも最大級である. ニホンキクイムシのタイプ標本は,富山湾内の 北 緯37度23分東経137度36分,水深163尋(=約 300 m)に沈むタケ材の断片の隙間から採集された (Richardson, 1909).その後,椎野 (1944)により千 葉県鴨川市小湊から,Brunel (1963)によりカナダの セントローレンス湾の水深33–115 mから報告され ているが,前者はMenzies (1957)よりL. tripunctata Menzies, 1951,後者はCookson (1991)よりホッキョ クキクイムシであることが示唆されている.また, 布村(2011)は富山湾から報告したが,マガダンキ クイムシの誤同定であった(Yoshino et al., 2017). そのため,ニホンキクイムシは記載以来の確実な記 録がない.また,日本に生息するタケ類は外来種と され,本来の基質は不明である. ホッキョクキクイムシのタイプ標本は,白海カン ダラクシャ湾の水深18–31 mの木片から採集されて おり,他にカムチャッカ半島沖,バレンツ海コラ湾, ロシア沖の日本海の水深91–230 mから採集されてい る(Kussakin, 1963).その後,アイスランド沖の水 深170–260 mの木材からも採集されている(Borges
et al., 2014).北極地方に広く分布すると推測され, マガダンキクイムシよりも深い海域から採集される 傾向にある. これらのことから,オホーツク海や日本海は深海 性の大型キクイムシの種多様性が特に高い地域だと 言える.しかし,日本周辺からの発見は少なく,穿 孔する基質に関する知見も非常に乏しい.今後,更 なる採集を続ける必要がある. 本研究で観察した標本にはニホンキクイムシと ホッキョクキクイムシのどちらか同定できない個体 が見られた.今後,2種の形態の詳細な比較検討が 必要である. 謝 辞 本研究の標本は,水産庁による我が国周辺水域資 源調査推進委託事業において水産研究・教育機構日 本海区水産研究所が行った,日本海ズワイガニ等底 魚資源調査で得られ,サンプリングにおいては但州 丸乗組員を含め多くの方々のご協力を得た.厚く御 礼申し上げる. 本研究によって採集された木材の同定は,朝川毅 助教(千葉大学理学部)に協力いただいた.また, 電子顕微鏡による撮影は,西田治文教授ならびに Legrand Julien助教(中央大学理工学部)に協力い ただいた.以上の関係者に謝意を表す. 文 献
Borges, L. M., Merckelbach, L. M., & Cragg, S. M. 2014. Biogeography of wood-boring crustaceans (Isopoda: Limnoriidae) established in European coastal waters. PloS one, 9(10), e109593.
Brunel, P. 1963. Les Isopodes Xylophages Limnoria Japoni-ca Et L. Lignorum Dans Le Golfe Saint-Laurent: Notes Sur Leur Distribution Et Leurs Ciliés, Ostracodes Et Copépodes Commensaux 1. Crustaceana, 5, 35–46. Cookson, L. J. 1991. Australasian species of Limnoriidae
(Crustacea: Isopoda.). Memoirs of Museum Victoria, 52, 137–262.
Jesakova, S. E. 1961. A new species of wood boring Limno-ria - LimnoLimno-ria (LimnoLimno-ria) magadanensis sp. nov. (Crus-tacea Isopoda). Trudy Instituta Okeanologiya. Aka-demiya Nauk SSSR, 49, 180–186.
Kussakin, O. G. 1963. Some data on the systematics of the family Limnoriidae (Isopoda) from northern and far-eastern seas of the USSR. Crustaceana, 5, 281–292. Menzies, R. J. 1957. The marine borer family Limnoriidae
(Crustacea, Isopoda). Part I: Northern and Central America: Systematics, distribution, and ecology. Bulle-tin of Marine Science, 7, 101–200.
布村昇,2011.加野泰男博士採集の富山湾産自由生活
等脚目.甲殻類富山市科学博物館研究報告,34:
51–56.
Richardson, H. 1909. Isopods collected in the northwest Pa-cific by the US Bureau of Fisheries Steamer “Alba-tross” in 1906. Proceedings of the United States Na-tional Museum, 37, 75–129.
椎野季雄,1944.木材穿孔性海産甲殻類に関する研究I. キクヒムシ (Limnoria) 二種に就いて.資源科学研 究会報,6: 1–19.