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脳の機能回復と神経可塑性

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Academic year: 2021

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脳の機能回復と神経可塑性 535 はじめに  京都大学の山中教授が iPS 細胞樹立の功績からノーベル賞を 受賞された。近い将来,脳卒中後のリハビリテーションは,神 経の移植・再生を視野に入れた形で大きく進展するものと期待 される。しかし,現時点の臨床場面では,理学療法士として専 門的な治療技術を学び駆使しながらも,患者様の機能回復に苦 労を重ね悪戦苦闘して毎日の診療にあたっているという現実が ある。中枢神経は一旦障害されると,再生しないといわれてき た。しかし近年,一部の脳領域(海馬歯状回,側脳室周囲など) では,神経新生(neurogenesis)が起こることがあきらかとな り,現在,再生しないという原則は否定されている。しかしな がら,脳卒中など中枢神経障害後の機能回復において,神経細 胞の再生(regeneration)が寄与するという報告はほとんどな く,もっぱら神経の可塑的変化(plastic change)の貢献が大 きいとされている。つまり我々理学療法の領域において,神経 再生を目指した治療戦略は未だ現実的なレベルには達していな いものの,運動療法などリハビリテーションの介入手段によ り,中枢神経の機能自体は再生を促され,患者様の生活機能向 上に寄与しているという事実が少しずつ確証されつつある段階 といえる。  このような中枢神経障害に対する理学療法の効果を実証する 研究の方法論として,エビデンスに基づく理学療法(evidence based physical therapy: EBPT)の観点から,大規模臨床試験, ランダム化比較試験などによる研究の進展が望まれるが,同一 の条件下で症例の比較検討を行うことは困難であることが多 い1)。よって,中枢神経障害に対する理学療法研究のあり方と して,やはりケーススタディーを 1 例ずつ積み重ねることが重 要である,と考えられるであろうし,もうひとつの柱として, 動物実験を主とした基礎研究またはトランスレーショナル研 究2)が重要であると考えられる。中枢神経障害に対するリハ ビリテーションの効果のベースには,神経の可塑性(plasticity) が関与しており,そのメカニズムの解明には中枢神経障害の病 態動物モデルを用いた基礎研究が不可欠であると考えられる。 本稿では,動物実験の成果をもとに,神経可塑性について再考 し,理学療法の向かうべき方向性について,若干の考察を加え 報告する。 神経可塑性とは  本来,可塑性(plasticity)とは,弾性(elasticity)に相対す る用語である。弾性とは,ゴムボールをある方向から一定の力 で押さえこむと凹み,力を取り除くと元の球形に戻ろうとする ことである。これに対し,その力を取り除いても変形したまま の状態が維持される性質を可塑性という3)。脳卒中患者の場合, 本人を取り巻く生活環境の工夫や,適切な運動療法を反復して 実施することにより,神経系の可塑的変化が生じ,これらの外 的要因が除かれた(一定の治療を終了した)としても,その機 能は保持され,神経系の変化が維持されることとなる。また, 神経可塑性は生理学的にはシナプス伝達の効率変化と捉えられ る。すなわち,シナプスの可塑性を意味し,その具体的な機構 はシナプスの形態的変化および機能的変化に基づく4)。 1.形態的変化   神 経 線 維 の 末 端 が 突 起 を 伸 ば し 成 長 す る こ と を 発 芽 (sprouting)という。神経系の発達過程や,学習に伴うシナプ スの可塑的変化として活動依存的に発芽がおこることが知られ ており,ニューロンがシナプスをつくるために神経突起を伸ば すメカニズムの一要因と考えられている。また,発芽には,神 経栄養因子(neurotrophic factor)の発現が関与しており,発 芽を含めた神経細胞の分化・成長・再生等を誘導する。適切な 運動療法を繰り返すことにより,中枢神経系では神経栄養因 子の発現が高まり,それが刺激となって樹状突起(dendrite) を伸長させ,分枝(arbolization)を促進して,さらにその枝 には,棘(spine)を増加させ,新しいシナプスを形成する (synaptogenesis)。すなわち,これらの変化は神経ネットワー クを形成することにつながる。 2.機能的変化  情報がシナプスを伝達されるとき,シナプス間隙には神経伝 達物質(neurotransmitter)が放出され,シナプス後ニューロ 理学療法学 第 40 巻第 8 号 535 ∼ 537 頁(2013 年)

脳の機能回復と神経可塑性

石 田 和 人

1)

 玉 越 敬 悟

1)2)

 高 松 泰 行

1)3)

モーニングセミナー

Neuronal Plasticity and Functional Recovery

1) 国立大学法人名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療 法学専攻

(〒 461‒8673 名古屋市東区大幸南 1‒1‒20)

Kazuto Ishida, PT, PhD, Keigo Tamakoshi, PT, MS, Yasuyuki Takamatsu, PT, MS: Department of Physical Therapy, Nagoya University Graduate School of Medicine

2) 名古屋学院大学リハビリテーション学部

Keigo Tamakoshi, PT, MS: Department of Rehabilitation Science, Nagoya Gakuin University

3) 独立行政法人国立病院機構東名古屋病院リハビリテーション科 Yasuyuki Takamatsu, PT, MS: Department of Rehabilitation,

National Hospital Organization Higashi Nagoya National Hospital キーワード:神経可塑性,機能回復,運動療法

Japanese Physical Therapy Association

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理学療法学 第 40 巻第 8 号 536

ンの受容体と反応して興奮性シナプス後電位(excitatory post-synaptic potential: EPSP)を誘発する。シナプスの可塑的変化 により,シナプスの伝達効率が高まった状態では,放出される 神経伝達物質が増量するか(シナプス前メカニズム),あるい は,受容体の発現が高まり反応しやすくなる(シナプス後メカ ニズム)ことが想定されている。また,シナプスの伝達効率を 変える代表的な機構として,長期増強(long-term potentiation: LTP)および長期抑圧(long-term depression: LTD)が知ら れている。これらはシナプスの可塑性を機能的変化として捉え た現象であり,それぞれ,海馬および小脳でよく研究されてい るが,恐らくこのような現象が脳の様々な領域で生じているも のと推測されている。 3.運動療法と神経可塑性  我々は脳出血モデルラットを用いた動物実験をもとに,運動 療法による脳出血後の機能回復促進効果について研究を進め ている。ラットの左線条体中央部に血管内皮細胞の基底膜を 破壊するコラゲナーゼ(type IV)を微量注入することにより 脳出血を引き起こす5)。運動障害スコア(motor defi cit score: MDS)を用いて機能回復の時間経過を調べると(0 ∼ 12 点で 評価,もっとも重症な場合 12 点),本脳出血モデル作成の翌日 には,MDS が 9 ∼ 10 点程度と強い運動麻痺を呈しており,そ の後徐々に回復を示し,3 点台にまで回復を示す。この自然回 復過程に対し,脳出血後 4 日後よりトレッドミルによる運動 (9 m/min)を毎日 30 分間,脳出血後 2 週まで実施すると,運 動を実施しないコントロール群に比べ運動機能の回復が促進さ れ,より早く回復することがわかった。この 2 週間の機能回復 を確認した後,深い麻酔をかけた状態で脳を摘出し,脳出血に よる傷害の程度について,トレッドミル実施群とコントロール 群を比較して観察したが,この両者に差は認められなかった。 つまり,トレッドミルを行うことで,脳出血後の機能回復は促 進されたが,これは神経の損傷を軽減させるような神経保護 的作用によるものではないと考えられた。しかし Takamatsu ら6)は,Golgi-Cox 染色法を用いて樹状突起の拡大・伸長につ いて調べ,脳出血を起こした反対側の線条体において,コント ロール群(脳出血を起こして自然経過を観察)において樹状突 起の拡大・伸長が確認され,トレッドミル運動によりさらに大 きな変化が生ずることを見いだした。このことは,トレッドミ ル運動という,いわば単純な有酸素運動の繰り返しにより,な んらかの神経栄養因子の発現が促され,樹状突起の拡大・伸長 を導いたことが考えられ,ひいてはシナプス新生をもたらした 可能性も予想される。このように,脳出血後の単純な有酸素運 動(トレッドミル運動)が神経の可塑的変化を導くメカニズム が考えられ興味深い知見であると思われる。  一方,我々はアクロバット運動による脳出血ラットの機能回 復に関して研究を進めている。Tamakoshi ら7)が設定したア クロバット運動は,格子台,綱渡り,障壁,紐梯子,平行棒の 5 課題から成り,各課題につき移動距離は各 1 m である。いわ ば,我々も楽しめ山林地区の自然公園につくられたフィールド アスレチックコースのようなものであり,バランス機能や筋力 など複合的な運動学習を必要とする運動スキルトレーニングで ある。脳出血後 4 ∼ 28 日後,毎日この 5 課題のアクロバット 運動コースを各 4 回実施した。このアクロバット運動による機 能回復効果は,前述のトレッドミル運動に勝るものであった。 しかも驚くことに,前者のトレッドミル運動は,設定した速 度と時間から換算すると,1 日に 270 m 移動したことになるの に対し,後者のアクロバット運動では,その移動距離がわずか に 20 m のみである。すなわち,運動スキルを要求される運動 様式を用いることで効率よく機能の回復が促されることがわか る。また,ウエスタンブロット法を用いて,シナプス後ニュー ロンのマーカーである PSD-95 タンパクの発現を解析したとこ ろ,脳出血 14 日後,脳出血側の線条体で発現増加が認められ, 28 日後には両側の大脳皮質運動感覚野において発現の増加を 示した(図 1)。このことは,脳出血後に行うアクロバット運 動により,早期には線条体,またその後,大脳皮質において神 経の可塑性が高まっていることを証明するものである。  このように,アクロバット運動が脳出血後の機能回復促進効 果をもたらす要因について考察すると次のような点が挙げられ る。まず,運動課題の難易度に依存して神経可塑性が誘導され るという点である。Derksen ら8)は正常なラットに難易度の 異なる 4 種類の梯子の上を移動させる運動を行い,学習が困難 と考えられる難しい課題の梯子で運動させるとシナプトフィジ ン(シナプスのマーカー)の発現増加が認められることを示し た。また,運動を行う際,体性感覚の入力に着目し,入力情報 の質的および量的な変化を伴うように工夫すると神経可塑性が 高まるものと考えられている。このアクロバット運動もまさに 体性感覚情報の入力変化を伴う運動課題であると考えられる。 さらに,課題遂行には周囲の環境と巧みに適応する必要があ り,その環境との相互作用が対象者の努力を要求されること, すなわち,能動的であることにより,神経の可塑性が高まるも のと推測できる。また,運動学習を伴う運動課題である条件は, すなわち,大脳基底核系および小脳系の関与を伴う運動である といえる。我々の行ったアクロバット運動による機能回復促進 効果の検討では,小脳については確認していないものの,脳出 血後 14 日後に,出血側の線条体で PSD-95 の発現増加が認め られることから,このアクロバット運動による機能回復促進効 果には,大脳基底核系が関わる運動学習の過程を伴う可能性が 想定される。 4.神経可塑性と機能の回復  運動学習や行動様式の変化を導くことは,神経の可塑性を誘 導し,神経系の変化を生じさせる。またこの神経系の変化が適 応能力や運動スキルの上達を促すため,結果として新たな運動 学習や行動様式の変化を導く。このようなポジティブに働く循 環を促進させることが機能の回復にとって重要な過程となる。 そして,理学療法はこのように神経可塑性を促進させること, すなわち,neuro-modulation を誘導する運動課題や環境設定を 考慮して進める必要があると考えられる。その際,運動課題に ついての意図を明示し,報酬を考慮すること,また感覚入力を 意識することなどが neuro-modulation の鍵となるものと考え られる9)。しかし,神経の可塑性が常に必ずしもポジティブな 方向に neuro-modulation を進める保証はないということに注

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脳の機能回復と神経可塑性 537 意しなければならない。過剰なストレスや痛みを伴うような課 題を用いる時,神経可塑性が非機能的な方向に働き,適応の不 良(maladaptation)を誘導してしまう10)。このように理学療 法を施行する際には,目的性を考慮して,誤ってもネガティブ な方向に neuro-modulation させないよう細心の注意が必要と なる。  また,脳は各臓器との相互作用により,その機能が維持・向 上されており,いわば,全身の機能が脳機能に影響を及ぼすこ とが指摘されている11)。たとえば,自律神経,ホルモン,栄 養因子,免疫系等の働きが,心臓,肝臓,腎臓,骨,筋などの 作用により,種々の因子群を発現し,循環器系を介して脳に少 なからぬ影響を施している。このことは,末梢組織からの刺激 入力により脳機能の改善を推し進めようとする理学療法の作用 機構に直結する情報となりうるものであり,こうした視点から も神経の可塑的変化および neuro-modulation を考えていくこ とも必要であると考えられる。今後はさらなる視点として,脳 をひとつの臓器として捉え,各臓器との相互作用にも注目しな がら理学療法を考えていく必要があるものと考えている。 文  献

1) Cohen L, Dobkin B, et al.: The Future of Restorative Neuro-sciences in Stroke: Driving the Translational Research Pipeline

From Basic Science to Rehabilitation of People After Stroke. Neurorehabil Neural Repair. 2009; 23: 97‒107.

2) Garcia-Rill E: Translational Neuroscience: A Guide to a Successful Program. Wiley-Blackwell, New Jersey, 2012, pp. 1‒13.

3) 石田和人:理学療法 MOOK 第 16 巻 脳科学と理学療法,第 2 章 脳科学の進歩・基礎編,第 3 節 脳の可塑性.三輪書店,2009, pp. 41‒49. 4) 石田和人,西野仁雄:学習とその障害に関する基礎―生理学の立 場から―.総合リハ.1997; 25: 503‒508. 5) 石田和人,石田章真,他:病態モデルを用いた中枢神経障害に対 する理学療法研究の動向.理学療法学.2010; 37: 650‒653. 6) Takamatsu Y, Ishida A, et al.: Treadmill running improves motor

function and alters dendritic morphology in the striatum after collagenase-induced intracerebral hemorrhage in rats. Brain Res. 2010; 1355: 165‒173.

7) Tamakoshi K, Ishida A, et al.: Motor skills training promotes motor functional recovery and induces synaptogenesis in the motor cortex and striatum after intracerebral hemorrhage in rats. Behav Brain Res. 2013; in press.

8) Derksena MJ, Warda NL, et al.: MAP2 and synaptophysin protein expression following motor learning suggests dynamic regulation and distinct alterations coinciding with synaptogenesis. Neurobiol Learn Mem. 2007; 87: 404‒415.

9) 服部憲明:脳卒中後の運動機能回復のメカニズムと BMI の応用. 脳 21.2013; 16: 25‒31.

10) Nava E, R der B: Adaptation and maladaptation insights from brain plasticity. Prog Brain Res. 2011; 191: 177‒194.

11) Iadecola C, Anrather J: Stroke research at a crossroad: asking the brain for directions. Nat Neurosci. 2011; 14: 1363‒1368.

図 1 トレッドミルおよびアクロバット運動による機能改善と可塑的変化 脳出血モデルラットに対し,脳出血後 4 ∼ 15 日,トレッドミル運動を行うと機能回復 の促進効果が認められ,非出血側の線条体で樹状突起の拡大伸長が認められたが,PSD-95 タンパクの発現は変わらなかった.それに対し,アクロバット運動を施すと,トレッ ドミル運動に比べ,運動量はかなり少ないにもかかわらず,より良好な機能回復を示し, 出血側の線条体(14 日後)および両側の大脳皮質感覚運動野(28 日後)で PSD-95 の発 現増加が認められた.

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