1.内閣は男女半々が当たり前 ノルウェーの総選挙が終わって約1月たった 2013年10月16日,新内閣のお披露目があった。国 政選挙の結果,労働党中心の中道左派連立から, 保守党と進歩党による “生粋保守” 連立に政権が 移った。 新首相は保守党党首のアーナ・ソールバルグ。 グロ・H・ブルントラントに次いで同国史上2人 目の女性の首相だ。そして連立相手の党首も女性 で,2人とも長年「クオータ制に反対」を通して きた。 1986年,ブルントラント首相は世界で初めて閣 僚の44%を女性にした。以来,政権交代はあった ものの,女性閣僚が40%を下回ることはなかった。 しかも法律には「公的な決定機関は一方の性が40 %から60%でなければならない」とある。新内閣 は法律を順守するのか,政治信条を貫いて法律を 蹴飛ばすのか。私は,固唾をのんで見守った。 ところが開けてびっくり。新内閣は男性9・女 性9の半々だった。 ソールバルグ首相は,「有能さを第1に選んで, その議員たちの “箪笥の骸骨” を全部調査しまし た。それで女性が50%になったらオマケだと思っ ていました。結果的にはオマケにありつけまし た」と笑った。箪笥の骸骨とは妙な表現だが,ヨ ーロッパ人たちは,自分に不都合なものを隠すこ とを「箪笥に骸骨を隠す」と表現する。日本の政 界流にいえば,新首相は閣僚候補者の身体検査を した,のである。 2.クオータ制4つの時代 ノルウェーは,クオータ制を女性の政治参加に 活かした世界初の国。クオータ制の威力は絶大で, 現在では内閣の50%,国会議員,県・市など地方 議員の約40%が女性だ。 それに加え,男の牙城中の牙城と言える民間企 業の取締役会にまでクオータ制を導入し,今では 上場企業取締役の40%が女性である。2008年の統 計によると,女性役員の割合はノルウェー44%, スウェーデン26.9%,アメリカ15%,イギリス 11.5%,ドイツ7.8%。 20世紀初頭には「女性が家事労働に縛られてい る比率がヨーロッパで一番高かった国」。それが, 今やノルウェー経営者連盟,ノルウェー労働者連 合の双方の代表は,ともに女性で,このたび女性 が首相になったことで,政界,財界,労働界3部 門トップの全てを女性が占める。こんな劇的変貌 のエンジン役を務めたのは,間違いなくクオータ 制である。クオータ制の歴史をたどってみると, 4つの時代に分けることができる。 ①第1期:政党が党内規約に採用した時代 1973年 民主社会党(のち左派社会党に統合), 「50%クオータ」を導入。 1974年 自由党,「40%クオータ」を導入。 1975年 左派社会党,「40%クオータ」を導入。 ②第2期:クオータを国の法律で定めた時代 1978年 男女平等法制定。決定の場の男女平等 がうたわれる(クオータ制は明記され ず)。 1981年 男女平等法が改正され,決定の場に両 性の代表が入ることが明言される(ま だクオータ制は明記されず)。 1983年 労働党,「40%クオータ」を導入。 1986年 労働党内閣(ブルントラント首相),女
クオータ制発祥の国ノルウェー
三井マリ子
(女性政策研究家,第16回赤松良子賞受賞者)特集Ⅰ クオータ制 4
性閣僚44%に。 1988年 男女平等法が改正され,公的決定の場 の「40%クオータ」が明記される。 1989年 中央党,「40%クオータ」を導入。 ③第3期:男性の家事育児参画を促した時代 1993年 労働環境法の育休規定の一定割合を父 親に義務付ける「パパ・クオータ」を 新設(4週間)。 2005年 パパ・クオータ5週間に。以来,何度 か延長される 2011年 パパ・クオータ12週間に。 2013年 パパ・クオータ14週間に。 ④第4期:経済界役員に女性を進出させた時代 2003年 会社法の取締役会規定に「40%クオー タ」が明記される。 3.女性党首の英断 ノルウェーで初めてクオータ制が実行されたの は,40年ほど前の1970年代初めである。まず,新 党の民主社会党が,党内の決定機関と選挙候補者 リストの構成員を男女半々にすることを決めた。 進取の気性に充ち溢れた党首は,男女平等主義の “闘女” として名をはせたベリット・オース。2番 目に採用した政党は,長い伝統を持つ自由党で, 党首はエヴァ・コースタッド。後に男女平等オン ブッド(オンブズマンのこと)となった女性だ。 この2人の女性への取材をもとに,私は,女性 議員躍進の秘話を『男を消せ! ノルウェーを変 えた女のクーデター』(毎日新聞社,1999)にまとめ た。同著を参考にしてクオータ制が導入された経 緯を紹介しよう。 初めてベリット・オースに会ったのは1995年7 月。1928年4月生まれで,現在85歳。副市長,市 議会議員,国会議員を歴任し,今はオスロ大学名 誉教授だ。 1972年,EC(EUの前身)加盟の是非をめぐる国 民投票があった。ノルウェー政府は加盟申請をし たものの,国民投票の結果,国民は「加盟反対」を 選んだ。 当時労働党員だったベリットは,加盟反対運動 の先頭に立ったため党を除名された。すると, EC反対運動の新党を創設してほしいという声が 彼女のもとに集結した。 党創設にあたって,彼女は3つの条件を出した。 ◎女性の利益のために行動することを認める政 党であること。 ◎党内決定機関と選挙の候補者名簿を男女半々 にすること。 ◎党首はチェアマンではなくてパーティ・リー ダーと呼ぶこと。 条件はすべて認められて,1973年春,オース党 首のもと民主社会党が誕生した。ノルウェー初の 女性党首だった。もちろん,政党組織にクオータ 制をとりいれた。 ベリット・オースは,クオータ制にこだわった 理由をこう説明する。 「大勢の男性集団に女性が1人ポツンと入って も,女性が意見を主張するのはきわめて難しい。 ある程度の数がいなれば,除けものにされるか, 笑いものになるか,特別視されるか,です。それ に新党が成長すれば,権力にしがみつく男性が出 てきて,女性が排除される,という心配もある。 そうなってからでは遅い。つまり初めからクオー タ制を制度化し,守らせること。党首を懇願され ている時がチャンスだったのです」 4.比例代表制選挙の威力 EC加盟をめぐって国を二分した国民投票も終 わり,半年後に国政選挙があった。民主社会党は, 共産党,社会人民党など左派系の政党や団体と, 「共通リスト:社会主義選挙同盟」を作成して選 挙に臨んだ。 ノルウェーなど北欧諸国はすべて比例代表制選 挙である。ノルウェーの選挙区は県単位で,定数 4人〜17人。投票する人は,候補者名を記載した 政党のリストから,支持政党のリストを1枚選ん で投票箱に入れる。当選者は,選挙区政党の得票 率に比例して,候補者リストの上から順番に決ま る。だから,大政党は大政党なりに,小政党は小 政党なりに当選者が出る。死に票が少ない。 ベリット・オースの民主社会党を含む「共通リ スト」は得票率11.2%。16人もの国会議員を誕生
させた。 この選挙で,ノルウェー最古の政党のひとつ自 由党は,EC加盟問題で党分裂の危機にみまわれ, 2議席しかとれなかった。もともと女性に人気の あった政党なのに,女性に愛想をつかされた。選 挙後,心機一転をはかった党幹部は,閣僚経験の あるノルウェー女性の権利協会代表エヴァ・コー スタッド(1918〜1999)に党首就任を要請。彼女は ノルウェーで2人目の女性の党首となった。 1995年7月,私はエヴァ・コースタッドに会っ た。指定されたオスロ市のコンチネンタル・ホテ ルで待っていた私の前に,真っ赤なジャケット姿 の背の高い女性が現れた。 「なぜ党が私を党首に? 長年,女性解放運動 家として活動していた私が党首になると,広範な 女性の支持が得られると考えたからでしょうね」 党内のクオータ制反対派をどう説得したか,と 聞くと, 「党内にクオータ制反対の人なんか1人もいま せんでした」 でも疑問は残った。クオータ制は男性の既得権 を奪う制度である。EC加盟の是非をめぐる国民 投票の影響下にあったとはいえ,なぜ大勢の男性 党員がクオータ制に反対しなかったのだろう。 ベリット・オースは私にこう言った。 「北欧の選挙制度は比例代表制です。ノルウェ ーは1921年から比例代表制なのです。この制度そ のものが,クオータ制を内在しているのです。な ぜなら,比例制度とは『物事の決定にはすべての 利益集団から均等に代表が選ばれ話し合いにかか わるべきだ』という考えがもとになっているので す」 「加えて,ノルウェーでは,人口の少ない過疎の 土地へのボーナスがあります。フィンマルク県の ようなところは,かっきり人口比で議員数を決め たら定数がもっと少ないはずです。でも,その土 地の利益を代表する人間を,ある一定数は存在さ せるべきだという論理で定数が決められてきまし た。逆にいえば,優秀な人材がある選挙区に多く いるからといって,その選挙区から多くの議員を 選ぶ,なんてことはありえません。選挙区ごとに 定数を決める,それ自体がクオータ制なのです」 ノルウェー人は,公平な比例代表制に慣れ親し んでいたため,クオータ制へのアレルギーがなか った,ということのようである。 5.男女平等法とポジティブアクション 1988年,「男女平等法」が改正されて,「物事を 決める公的な場は一方の性が40%以下であっては ならない」となった。でも,その2年前には,ノ ルウェーの大臣は40%以上が女性になっていた。 これは,ブルントラント首相の自主的な英断だっ た。 ノルウェー男女平等法は「男女平等を推進し, かつ,特に女性の地位を向上させる目的を持つ」 とうたい,積極的差別是正措置(ポジティブ・アク ション)を明記している。クオータ制は,この是 正措置の具体例なのだ。そして法を守らせるため に,推進機関「オンブッド(オンブズマンのこと)」 まで作った。男女平等オンブズマンは世界初だ。 6.大学人事改革の波紋 ベリット・オースによると,男女平等法によっ て,大学や研究教育機関が,男性に偏った教授陣 を直すために独自に次のような3種類のクオータ 制をとるようになったことも,大きな推進力にな ったという。 ◎ラディカル・クオータ制(成績が同等でなくて も,少ない性の人物を優遇して入学,採用,登用 する) ◎モデレート・クオータ制(成績が同等の場合, 少ない性の人物を優遇して入学,採用,登用す る) ◎特別クオータ制(入学,採用,登用の際,一方の 性の人数を前もって指定席として決めておく) たとえばオスロ大学は,「2012年までに,アカデ ミック分野での女性の正規雇用を40%まで増やす。 女性のパートタイムの準教授,助教授を20%まで 増やす」などと定めた。 制度導入は侃々諤々の議論になったが,大学当 局は,女性教授を増やすため,教授に特別枠を設 けて財政的措置をとって実行に移した。ところが,
のちにEUから横やりがはいった。2000年,オス ロ大学の教官が,「女性教授の『特別採用』は性に よる平等条項を定めたEU指令に違反」とEU法 廷に訴えたのだ。2003年,EU法廷でノルウェー 政府は負けた。そして現在,教授のクオータ制は 見送られている。 7.経済界が揺れる 政界に女性が目立つようになっても経済界の男 性偏重は揺るぎなかった。それを変えたのは2003 年の会社法改正だ。それによってノルウェーの企 業は2008年から,会社の取締役に女性を4割入れ なければならなくなった。違反企業には改善勧告 書が届き,守らなければ閉鎖,とされた。 時は2002年初め,ノルウェーは保守中道内閣だ った。株式上場企業の取締役女性は6%だった。 産業貿易大臣アンスガール・ガブリエルセンは, ある日,記者団からこう水を向けられた。 「会社の取締役に女性を増やそうという議論が 盛んです。スウェーデン政府は25%というクオー タ制を考えているようですが……」 すると大臣は言った。 「25%じゃダメだね。40%にしなくては」 この一言を新聞が「爆弾発言」として報道し, 日本の私も知ることになった。 発言の主ガブリエルセン元産業貿易大臣に, 2008年2月,ノルウェー国会議事堂前の青空の下 で取材した。彼はニコニコしながら言った。 「ついポロッと言ったという通説は,実は間違 いです。あれは1年半も考えに考えた発言です」 大きな声で「エイティーン・マンツ(18ヶ月)」 と強調した。 「わが国には優秀な女性が多数いるのに,取締 役会の女性の割合は6%。これじゃ企業が多様性 とか新しい価値の創造なんて言えますか。男たち はみな,ほら,サウナ仲間,ゴルフ仲間,狩猟仲間 とか……男同士の友だちの輪から男を選んできま した」 そこで,クオータ制を可決させるためにはどう したらいいかを考えあぐねた末,あのような発言 になったのだという。 8.女性を活用しない会社はつぶれる 「僕は,男性だけよりも女性がはいって議論す るほうが企業の利益になるとの確信がありました。 でも取締役会の男女均等なんて,法律で規制しな ければ,何十年かかってもできなかったでしょ う」 2002年3月8日の国際女性デーが近かった。メ ディアは特集記事を組み,政治家は新しい女性政 策を発表するのが習わしだ。3月8日の前日,ガ ブリエルセンは,ライラ・ドーボイ子ども家族大 臣と示し合わせて,経済界に対して「取締役会の 40%以上を女性にせよ」と勧告した。これには「国 営企業は1年以内に,他は3年以内に」と期限も つけた。自主的に40%を達成できないようなら, 会社法を改正してクオータ制を導入するぞ,とい う脅し文句も加えた。メディアは大きく報道した。 9.保守党大臣のクーデター 2002年3月の政府勧告は威力十分だった。この 日以降,企業は本気で女性重役候補者を探すよう になった。海外にまで人材を求める会社も出てき た。 しかし16,000社が加盟する経営者連盟は,本心 ではクオータ制に猛反対で,「法律で規制なんて とんでもない。優秀な人材なら性に関わらず進ん で迎えます」と公言していた。 その経営者連盟が大臣勧告で態度を変えた。取 締役やトップ管理職にふさわしい女性を育てるた めに,取締役や上級幹部を養成するプロジェクト 「女性の未来」を立ち上げた。さらに,会長名で加 盟各社に「取締役会や最高経営陣に,もっと女性 を増やそう」という手紙を出した。 とはいえ当時の男女平等オンブッドのクリステ ィン・ミーレは,私にこう語った。 「企業の今の対応ぶりは,立法化されたくない という本音の現われにすぎません。結局,法によ る強制になると思います」 そして彼女の予想通り,2003年6月13日,会社 法の改正案が国会に上程されて,その秋に可決さ れた。保守党は全員が賛成し,反対は極右といわ れる進歩党だけだった。
「あれは保守党の産業貿易大臣のクーデターで すよ」と,主要メディアVGの政治部長マリエ・ シモンセンは言った。 この,ノルウェーを震源とする財界クオータ地 震は,いまやヨーロッパ全体を揺らす大地震に発 展している。 10.北欧諸国のクオータ事情 最後に北欧全体のクオータ事情を一言付け加え たい。 男女平等に関する数多くの国際比較で,北欧5 カ国のすべてが上位にランクされている。女性国 会議員割合を見ると,スウェーデン44.7%,フィ ンランド42.5%,アイスランド39.7%,ノルウェ ー39.6%,デンマーク39.1%。 北欧諸国のクオータ制は,政党の場合,ノルウ ェー同様,党の自主性に任せている。スウェーデ ン社会民主党は,「ジッパーシステム」と呼ぶ男女 交互名簿を採用。デンマーク社会人民党はクオー タ制を1977年に導入。アイスランド社会民主連合 は40%クオータ制を持つ。おもしろいのはフィン ランドだ。クオータ制を持つ政党はひとつもない ものの,ノルウェーの法律にならって,1995年, 男女平等法を改正して公的機関への40%クオータ 制を決めた。 このように,北欧諸国は男女平等に関して横並 びだ。背景には1952年に設立された北欧理事会が ある。この国際機関は,閣僚レベルで協議会を開 き,政策のすりあわせをする。その主要政策のひ とつに「男女平等推進」がある。「男女平等とは, 権力と全体への影響力の男女均等配分を意味す る」と明快にうたう。推進拠点は「北欧ジェンダ ー研究所(NIKK)」だ。長年ノルウェーに本部が あったが,現在はスウェーデンに移った。 北欧諸国は,国境を越えた政策協定で,女性の 地位向上にネジを巻いているのである。 (みつい まりこ) 私が居住する三重県は南北に長く,北の北勢地域 は四日市に代表される第二次産業が,南勢地域は第 一次産業と伊勢・志摩に代表される観光産業が主力 です。海や山など自然に恵まれ,県民性は「まじめ, 穏やか」と言われますが,このような県民性のもと では,男女の役割分担意識の解消もなかなかはかど りません。意識の変革の進捗のテンポが遅くとも, 継続的な啓発と教育が重要なことは言をまちません。 三重県の鈴木知事は,育児休暇を取得し,育児支 援に熱心な10県の「子育て同盟」に加盟しています。 男性の育児に積極的な広島県の湯浅知事は,鈴木知 事にとって現在の経済産業省の先輩にあたります。 湯浅知事は,「女性の働きやすさ日本一」を実現する ために,庁内に「働く女性応援プロジェクト・チー ム」を立ち上げています。県レベルで,このような 横断的な組織を編成したのは,有意義なことです。 意識や風土の改革には,継続的な啓発また教育も重 要ですが,トップ自らが明確な方針を示すことも, また課題解決のための迅速かつ有効な方策でしょう。 現在,女性の活躍が「成長戦略の中核」と位置づ けられ,経済の再生が謳われています。少子化・子 育て対策も含めて,各々重要な課題ですが,これら の政策を実現するための施策は,男女共同参画社会 の実現の視点から,編み出される必要があるでしょ う。このような手法こそ,目前の課題を真の解決に 導くのではないでしょうか。 (さえき とみき:会員,三重大学名誉教授) 男女共同参画社会の実現の視点から 佐伯 富樹