[論 文
]
パ ー
リ
仏 典
に お
け る
阿
闍
世
王
畑
昌 利
King
Aj
五tasattu
in
P
且li
Buddhist
scriptures
Hata
,Masatoshi
King
Aj
訌tasattu was a ruler ofMagadha
in
Buddha
’s
days
.various
texts
in
ancientIndia
keep
reports abouthis
life
and events .Especially
in
Buddhist
scriptures ,
he
is
famous
for
his
patricide
.In
this
paper
,I
will collect thedescriptions
abouthis
deeds
in
Pali
Buddhist
scriptures .Through
this
work , 豆can reconstuct
his
life
and survey the change ofhis mental sitUationbefore
andafter confessing
his
offensein
front
of theBuddha
.And
we can alsoget
someinforrnation
aboutthe
relationbetWeen
Buddhism
andkingship
in
ancientlndia
.キーワー ド:阿闍世王,王権,角atasa血1,
kSatra
−dharrna
, patricide,は じめ に
阿闍世王 はブ ッ ダ在 世 時にマ ガ ダ国を統 治 した 王 で あ る。
彼
が為
した事 績 に関 する伝 承は仏典
, ジャ イ ナ教 文 献 中に確 認す るこ とがで き, ま た プラ ー ナの 王統
譜 中に も彼の名 前を見 出す こ とがで き る。 中で も仏典は彼につ い て 伝え る多くの資料
を有 して お り, それ ら を集成す るこ とで 阿闍
世の 生涯が い かな るもの で あっ た か を大ま か に把 握 するこ とが可 能 とな っ てい る(1>。 本 稿 で はそ れ ら先 行 研 究の成 果 に寄 りつ つ , まずpali
仏 典 に お ける阿 闍世王 の 事 績を, 聖 典 と註釈の 二 段階に区分 し諸 用例を再 検 討す る (2) 。 その後
特
に 聖典
にお け る阿闍 世王 の 描かれ方に注 目し,筆者
が近年
の研究対象
とし ていSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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16 パ ーリ学仏 教 文化 学 る 「沙 門果 経」 に お ける阿
闍世
王の懺
悔の 問題の 一視点 を な さ ん と試み る。1
.pali
聖
典
にお け る 阿 闍 世 王
まず, ニ カ ー ヤをは じめ とする
pali
聖典
におい て 阿 闍 世王が 登 場す る記述
を確
認 して み る。 こ こ で は,収集され た伝承 内容に あ る程 度の 時 系列を設 け る為
,諸
用例
を(
1
圧
子 期, (2
)即位 〜 帰 仏前
,(
3
)
帰仏後
の3
段 階に区分 し概 観し, 王 と して の態度や心 理状況の 変遷 を確
認 す る。 な お, 阿闍世に 関して 最 多の 用例 を持つ 「沙 門果 経」 の検討
は次章
に譲 り, 本 章で は そ れ 以外
の諸
用
例の みを検
討 する こ と とす る。(
1
>
王 子期以
下
の2
例に見る よ うに, デ ー ヴァ ダッ タの 信奉
者 と して の側面が専 ら強調
さ れ る。SN
17
.36 包
p242
)
阿闍世
王子
は デ ー ヴァ ダ ッ タのた め に,朝
夕 に500
台の 車で500
皿 の か ゆ を 運ぶω 。Vin
ll
,PP
.184
−1931Cullavagga
7
.2
−7
.3
](Cf
[山極 1999
:37f
.]) デー ヴァ ダッ タは利 得 と尊 敬を得るた めに阿闍
世に 接 近す る。 一方 , 阿閣 世 王子
はデ ーヴァ ダッ タが示 した神
通に驚
き , デ ー ヴァ ダッ タに感化
される。 その後
, 王子は デーヴ ァ ダッ タ に よっ て父王 の殺 害を も ち か け られ る(4)。 王 子は自
ら短 剣を持
ち王 を殺そ うとする が, 未 然に大 臣 た ちに よっ て 留め られ る。 王子の 行動 を知っ た父王 ビ ン ビサ ーラ は自
ら退位
,譲
位す る。a血 a or
司aM5ga
曲 oSeniyo
Bimbis
血o 蝋 asa 血 止i
蜘 etad avoca :‘kissa
marptvarp
kum
巨rahantuk
且mo ’si’
ti
.‘ratjen’ amhideva
atthiko ’ ti.‘sace otva
叩 m 巨ra r胡ena atthiko , eta叩te
rajj an ’ti
Aj5tasattussa
kUmA
「assa 「鋤a卑niyy 互
desi
. 「さてマ ガダ王 の セーニ ヤ ・ビ ン ビ サ ーラ は ア ジャ ー タ サ ットゥ王子に こ の こ と を
言
っ たのだよ。(
ビン ビサー ラ
)
『王子 よ, 君は何
パ ーリ仏 典に お け る阿闍 世王
17
故に私を殺 し た い の か 。』 と。(
阿闍
世)
『神
よ,私は王権 を望んで い る の で あ る。 』 と。(
ビ ン ビサ ー ラ)
『王子よ , もし君が 王 権を望んで い る の な ら, こ の王権
は君の もの で ある。』 と アジャ ータ サ ッ トゥ王子に王権
を譲
っ た。 」 (p
,191
) その後
即位
した阿闍 世は, デ ー ヴァ ダッ タが 企 図す る ブ ッ ダ殺害
計画
に人手 を出
して助力
す る。以上
2
例の中,特に の 用 例は, 王 子期に お ける阿 閣世の 人間性を判 断 す るうえで 重 要で ある。 た だ しこ こで は,特
に後 代の 文 献に描か れ る よ う な, 父 王に 対 す る憎 悪, 私 怨は描か れて お らず, 心中に持っ て い た 王権へ の 念願 を デ ー ヴ ァ ダ ッ タに付け込まれ て し まっ た, い わば被害者
的な描かれ方が為 さ れて い る。 ま た ,後に王舎 城の 悲劇 として有名
に な る父 王殺害
の 場面
は描 か れてい ない 点も重 要で ある。在 位 中
(
帰仏前
or時期
不 明)
前 節の ような経
緯
を経
て 即位
した阿闍
世は, マ ガ ダ国の 統 治者 として 君 臨 す る こ ととなる。 本 節で は王 が即位後
か らブッ ダ と出 会い ,帰依 するまで の 期 間 と考え られ る用 例を確認
してみ る。 た だ し,経典 中に王 の 年代 に関 する描
写を欠い て お り, 時期の 決定が果
た せ な か っ た用例
も本
節に含め て い る。SN
3
.2
.4
(1
,P
.82f
.) カー シ国の 領有 権を め ぐっ て阿闍世
王 とコ ーサ ラ王の パ セ ー ナ ディ とが交戦 し,阿 闍世が勝 利 する。 その報
を伝
え聞
い た ブッ ダは以下
の ように述
べ る。rfij
a
bhikkhave
M5gadho
Aj5tasattu
Vedehiputto
papamitto
papasahayo
papasampavafiko
r巨ja
cabhikkhave
Pasenadikosalo
kalyapamitto
kaly
asah 互yo
kaly
巨pasampavahko
atl atafi cabhikkhave
呵
亘Pasenadikosalo
ima1p
rattimduklchaip
sessatiparajito
ti 「比丘達
よ ,マ ガ ダ王で ヴェ ーデーSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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18 パ ーリ学 仏 教 文 化 学
い を
持
ち, 悪 し き朋 友 を持っ て い る。 そ して 比丘達 よ, コ ーサ ラ 王 パセ ー ナ ディ は, 善き盟 友を持ち ,善き連 れ合い を持 ち,善き 朋友を持っ
て い る。 比丘達よ,
今
日の とこ ろ は, 打ち負か され た コ ーサ ラ 王パ セ ーナ ディ が
今晩
,苦
しみつ つ 床につ くで あろ う, と。 」 (p
.83
) 引用文 中
に ある阿 闍世王 の悪
し き盟友
と は,註釈
が 指摘
する通 りデ ー ヴァ ダッ タの こ とで あ る と解す る の が 妥 当で あろ う(5>。 し た が っ て , こ の エ ピ ソー ドの時期 は, 阿 闍 世 王の 帰 仏 前 と考え るこ と が で きる。 ま た次のの用 例で は, こ の
に
続
く形で 阿闍
世王 が再 挙 兵し, 今度
は コ ー サ ラ国側が勝 利 す る。 パ セ ー ナ ディが阿 闍世 を生 け捕
りに した後で解放
す る様
が , 以下
の よ うに描
か れてい る。SN
・3
.25 (
1
,PP
.83
−85}
atha
kho
rafifioPasenadikosalassa
etad ahosi .kific
巨 ’pi
kho
my5yam rAja
Magadho
Aj
atasattuVedehiputto
adubbhantassadubbhati
, atha capana
me
bhagineyyo
hoti
.yaM
ntina ’ham
rafifioMagadhassa
AjEtasattuno
Vedehiputtassa
sabba 珥hatthikAyam
pariy5diyitv5
sabbam assak 巨yam
pariyadiyitv5
sabba 即 rathakAyampariy
言diyitv
亘 sabbampattik
巨yam
pariy5diyitv
互jivantam
eva nam essajjeyyan ti. athakho
r勾巨Pasenadikosalo
rafifio
M5gadhassa
Aj
巨tasattunoVedehiputtassa
sabbamhatthik
豆yam
pariy5diyitva
−pe
−jivantam
eva nam ossajji. 「さて コ ーサ ラ王 パ セ ーナ デ ィ に この こ とが生 じたの だ よ。 『た と え こ の マ ガ ダ王で ヴェ ー デ ー ヒー の息 子の ア ジ ャ ー タ サ ッ トゥが害さ ない 私を害す る と し て も, し か しな が ら,
〔
彼
は〕
私に とっ て の お い とな る。私
はマ ガ ダ王 で ヴェ ー デ ー ヒーの息
子の アジャー タ サ ッ トゥの全て の象部 隊 ・騎 馬部 隊 ・戦 車 部 隊 ・歩兵 隊を没収 し て か ら,こ の者
を ま さに 生 き た ま ま放っ て や っ て は どうだろ うか 。』と。 さて コ ー サ ラ王パ セ ー ナ ディ はマ ガ ダ王で ヴェ ー デー ヒーの 息 子の ア ジ ャー タ サ ッ トゥの全て の象部 隊 (
・騎 馬部隊
・戦
N工 工一Eleotronlo Llbraryパ ーリ仏典に お け る阿 闍
tH
:王19
車部 隊 ・歩 兵 隊)
を没収
して か らこ の もの を ま さに生 き たまま放っ たの だ よ。」 (P
.84
> パ セ ー ナディが 阿閣 世を解 放 したの は,両
王間
に親戚
関係が あっ た こ と に起 因す る。MN
35
CUIasaccakasutta
(
1
,p
,230f
.)
〜時
期不
明ブッ ダ とサ ッ チャ カプ ッ タ との 対論 中, 強
権
を持
つ 王 の例
と して,パ セ ー ナ デ ィ と阿闍世の 名が挙が る。MN
88
Bahitikasutta
(II
,p
.116
) 〜時
期 不 明ア ー ナン ダの説 法に 感 激 したパ セ ーナデ ィ が, 阿 闍世 よ り贈 ら れ た外衣を ア ーナ ン ダに
布
施 し よ う とす る。SN
20
.8
(II
,p
,267
£)
〜時
期不
明ブッ ダに よ る比丘 達へ の法
話
の中
で ,阿闍世
王 が リッ チャ ヴィ族
を攻 撃
す るこ とを うか が っ て い るこ とが暗
示 され る(6>。在
位 中 (
帰仏後)
前
節
まで に描
写さ れ るよ うに マ ガ ダ国王 と して国を統 治 して い た阿 闍世 は, カ ッ ティ カ月の満 月の夜にブ ッ ダを訪 問 し,帰 依 するこ ととなる。 場面 の詳細
は 「沙門
果経
」 で描
か れ る とお りで あ り, 次 章で 個 別に検 討す る。本
節
で は,帰
依後
と看 做 し得 る用例を収 集 し て み る。AN
・4
.188
(voLII
,P
.181f
} 阿闍世王 が, ブッ ダに対 し不遜な発言を為
したマ ン ディ カ ーの 息 子の ウパ カ を叱責す る。evalp vutte raja
M
亘gadho
Aj
且tasattu
Vedehiputto
kupito
anattamanoUpakalp
Ma
耳dik
蕊putta
珥 etad avoca :y
五vadhalpsl
v百yalp
lopak
…irakad
言rakoy5va
mukharoy
巨vapagabbho
yatra
hi
n互ma ta卑Bhagavanta
即 arahata単Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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20 パ ーリ学 仏 教文 化学
tva叩 addasan ti. 厂こ の
様
に言
わ れた マ ガ ダ 王 で ヴ ェ ー デ ーヒ ーの息子の ア ジャ ー タ サ ッ トゥは, 怒 り, 不 満の 気 持を持ちつ つ マ ンデ ィ カ ーの
息子の ウパ カに こ の こ とを言っ た。 『あ あ こ の 製 塩 業 者の 息 子は無 遠慮
さ
極
ま り, 口汚
な さ極
ま り, 無謀さ極ま る。 とい うの も,阿羅漢で あ り正 し く完 全に悟っ た
者
であ るかの 尊 師に攻 撃で き ると考え る と は。 ウパカ よ, 君は去れ, 消え よ。 私は君に会わ ない 。 』 と。 」
(
p
.182
) 王の 怒りは,王 自身のブ ッ ダに対す る傾 倒度
合い の高
さ を表 して い る と考え る。 次に挙 げる2
例は, いずれ も阿 闍世王の他
国征服 に対す る意識の高さ を 示 してい る。MN
108
Gopakamoggallanasutta
(III
,PP
.7
−15)
eka 卑 samaya 耳1
Anando
R
亘j
agahe viharatiVeluvane
Kalandakanivfipe
acirapa 血
ibbute
bhagavati
.tena
kho
pana
samayena r5jEM5gadho
AjatasattU
Vedehiputto
Rajagaharp
patisarpkhdrapeti
rafiiioPajjotassa
5sarpkam
…ino
. 「あ る時, 尊 師が涅 槃 して 間 も ない 頃 に, アー ナ ン ダは ラ ー ジ ャ ガ ハ の ヴ ェ ール ヴァ ナ に ある カ ラ ン ダカ ニ ヴァ ーパ に おい て過 ご して い た。 と こ ろでその時
マ ガ ダ王 で ヴ ェ ーデー ヒーの息子の ア ジャ ー タサ ッ トゥ はバ ッ ジ ョ ータ王 を疑っ て , ラー ジャ ガハ を再建
築させ る。」 (p
.7)
バ ッ ジ ョ ー タ 王 とは, ア ヴァ ン ティ 国王であ り, 註釈に よれ ば阿闍世
の父で あるビ ン ビサー ラ王 と友人関
係にあっ た ら しい 。DN
16
MahAparinibbdnasutta(
II
,PP
.72
−76
)[=AN
・720
(IV
,PP
.17
−21
)】 「浬 槃 経 」 の 冒頭部
で, 阿闍
世が ヴ ァ ッ ジ国を制
圧 した い と考
えて い る場 面
が描
か れ る。 王は大 臣の ヴァ ッ サ カ ー ラをブッ ダのも とへ 遣わ し, ヴァ ッ ジ 国を制 圧す る こ とが可能
か ど うか尋ね させ る。 ブッ ダは ヴ ァ ッ ジ国の 人々 が 七不 衰 退 法を実 践 して い るう ち は制
圧不可
能 との答
え を返す。DN
16
Mahfiparinibb
…inasutta
(
II
,PP
.164
−166)
N工 工一Eleotronlo Llbraryパ ーリ仏典に おける阿闍世 王
21
「涅 槃経
」 の終
末 部で , ブ ッ ダの死
の報
を受 けた阿 闍 世が, マ ッ ラ族に対 し使者
を送
り,仏舎
利の 分 骨 を要 求 す る。 首 尾よ く分 骨を受 け た 王 は, ラー ジャ ガハ に仏塔 をつ く る 。(
4
)
小結 ((
1
)
一(3
)
)
以上の 結果か ら,
pali
聖典に お け る阿闍世
王 の描
かれ方の 特 徴 として,次
の2
点を指摘
す るこ とがで きる。第
一 は ,自
国防護
あるい は領 土拡
大へ の意
欲の姿勢
で ある。 上 の用例で は,の用 例がそれを示 し, した がっ て , 王の
帰仏
の 前後い ずれ にも見
られ る姿勢
で ある こ とが分か る。第
二 は, 特に帰 仏後
に お ける ブ ッ ダに対す る尊敬, 信 頼の 態度で あ る。 そ して こ の様 にブッ ダに信頼
を置 く直 接の きっ か け を描 くの が ,次 章に て扱 うpali
「沙門 果経」 で あ る。2
.pali
聖
典
にお け る阿 閣
世
王
(
「沙 門果 経
」)
上 述 した とお り, 「沙
門果経
」 は,阿 閣 世王 によ るブッ ダへ の訪問
を きっ か け と し た, 王 の 改 心 ・帰依
を描
く経
典で あ る 。 経 中で は, ブッ ダへ の問答 を通 じて王が帰 仏す る場面が , 六師外道 の教 説の 紹 介を交えっ つ 描か れて お り, 経を読み ゆ くこ とで , 王 の 心情
の様々 な側 面 やその 変遷を 明 らかにす る こ とがで きる。 以下, 経の 冒頭部か ら始
め,特
に王 の 心理 状況を表す 発 言 の 箇所 の み を抽 出し,適宜解 説を加 えて み るく7)。§
1
阿闍世 王 はカッ テ ィ カ月の満
月の夜
, そ の夜の清
々し さ に感嘆
しつ つ, 大臣 に話し か け る。karP
nukh
’ ajja samapam vabrahmarPam
vapayirup5seyy
互ma ,yaM
nopayirup5sato
cittarppasideyya
ti
?「今 日, そ の人に侍れば我々 の心 が清澄
に なる よ う な , どの
沙
門 また は婆 羅 門の も とに侍
るの が よい で あろ うSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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22
パ ーリ学仏 教 文 化 学 王 を ブ ッ ダへ の訪 問へ と突き動
か した動機は , 心の清
澄さの獲得
を求め て で あ るこ と が分か る(8)。§
10
王 はジー
ヴ
ァ カ によっ て推挙
さ れた ブッ ダに対 面 すべ く,ジー ヴァ カのマ ン ゴ ー園へ と赴くが 途
中
でジー ヴァ カ を疑う。kacci
marp sammaJivaka
na vaficesi?kacci
mam sammaJlvaka
napalambhesi
?kacci
ma 卑 sammaJivaka
napaccatthik5nam
desi
?katharTi
hi
n巨ma t盃va mahatobhikkhusamghassa
a(#dhate1as
且nambhikkhusat
五na叩 n ’eva
khipitasaddo
bhavissati
na ukl(fisitasaddo
na nigghoso ti? 「おい ジ ー ヴァ カ よ,君
は私
を欺 い てい るの で はない か。 私を だ ま して い るの で はない か 。 私を
敵
に差 し出
してい るの で はない か。 一 体 ど う して1250
人 もの 比丘か ら な る大 比 丘僧団 に, く しゃ みの 音,咳音
,話
し声
が まっ た く生じな い こ とが あ ろ うか 。」§
12
ブッダと対 面 した王 は挨
拶
す る よ り先
に感 嘆の声 を あ げる。 ‘iminE
me upasamena
Ud
百yibhaddo
kum
巨ro samann 巨gato
hotu
,yen
’ etarahiupasamena
bhikkhusarpgho
samannagat 。’ ti.‘agam 訌kho
tvam maharajayath5peman
’ti?‘
piyo
mebhante
Udiyibhaddo
kum5ro
.imin
巨mebhante
upasamenaUd
巨yibhaddo
kum5ro
samann 巨gato
hotu
,yen
’
etarahi upasamena
bhikkhusappgho
samannagato ’ ti. 「『い ま比 丘 僧 団が 具 えて い る静 寂 さ, こ の 静 寂 さ を私の 息 子の ウ ダ ー イバ ッ ダ が 具 えて ほ しい 。』 と。『大王 よ,
君
は愛 情
の ま まに , 赴い たの だ ね。』 と。 『尊師
よ,私
の 息 子の ウ ダ ー イバ ッ ダは愛
しい 。 尊 師よ, い ま比丘僧 団が具えて い る静
寂 さ, こ の静 寂 さ を 私の 息子の ウダーイバ ッ ダが 具え て ほ しい。』 と。」 王 に は ウ ダ ー イバ ッ ダ とい う名の 王 子 がい た。 王 の 最初
の 発 言は,静
ま りか N工 工一Eleotronio Libraryパ ーリ仏典に お け る阿闍世 王
23
えっ た比丘僧
団を み て 思わず 発 した もの(
ud5na)
で あ り, 引き続
く会 話 内 容か ら も, 王子 に対 する王の 深 い愛情
の有様が 見て とれ る。§
14
ブ
ッダへ の質
問を許
された王 は職業
の多様
性を指 摘 した 後 , 沙門で ある こ との果報を尋ね る。
ditth
’eva
dhamme
sanditthika珥 sippaphalarp upajivanti ,te
tena
att巨narpsukhenti
piOenti
mtit巨pitaro
sukhentipipenti
puttadara
卑 sukhentipipenti
mitt 巨macce sukhenti
pipenti
samarpabrahmarpesu uddhaggika 叩daltkhi4a
単pati
#h
巨penti
sovaggika 叩 sukkavip 互ka
叩 saggasaipvattanikam . sakk5 nukho
bhante
evam eva (9)ditth
’eva
dhamme
sanditthikam s巨mafifiaphala 単pafifiapetUn
’ ti ? 「彼 らは ま さに 現世
に お い て 目に 見 え る職
能の 結 果 に よっ て 生活
し, それ に よっ て 自分 自身 を 安 楽に し満 足 さ せ , 父 母 ・妻 子 ・盟友や仲 間を安楽に し, 満足 させ , 沙門 ・婆 羅 門に対して は , 上 向 きで , 天界に資
し,安 楽 な報い を有
し, 天界へ の転
生 を有す施物
を据
え る。尊 師
よ, ほ かな らぬ こ の よ うに , ほか な らぬ現 世で 目に見 え る沙門 で ある こ との 結 果を示す こ とができ る で あろ うか 。」 (LO) 王の質
問の 主眼は 「沙 門生活
をお くる こ とに よ る利 点の 有無」 で ある。 他 方, 質 問の主 題部の 直 前に は, 他の 職 業に従事す る在 家者の 側か ら沙 門 ・婆
羅門
へ贈
られる布
施の 効 力を是認す る発 言が存 在 し,王 が 当時の ブ ラフ マ ニ ズム社
会の伝統
に則っ た考え方を有
して い た こ とが分か る 。§
17
六 師 外道の所
説
に対
する 王 の感
想evam eva
kho
bhante
PUrapo
Kassapo
sanditthika 叩 s5ma 笳 aphala 卑puttho
samiillo akiriyalp vy巨
k
百si.tassa
mayha 叩bhante
etad ahosi :‘kathalp
hi
n亘ma m 巨diso
samapa 耳i v巨brEhmarparp
v5両
ite
vasanta 恥 apas 互detabba
甲 ma 鰤 eyya ’Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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24 パ ーリ学仏 教 文化 学
ti
?「尊 師よ, ほ か な らぬ こ の よ うに, プ ー ラナ ・カ ッ サパ は目に
見
える沙 門で あ るこ との 結 果を尋ね られ な が ら,
〔
業の〕
無 作 用を答え たのだ よ。
尊 師
よ, その よ うな私に こ の こ とが起
こ っ た。 『い っ たい ど う して私の
様
な者
が ,領
内で 過 ご してい る沙門
ま た は婆羅
門が貶 されるべ きで あると
考
え よ うか。』 と。」王 はブッ ダに対 して 沙 門で あるこ との 果報 を問うと同時に, まず王 自身が これ まで に聴 聞 した 六
師外
道の 所 説を述べ る よ うに 求め られ る。 王 は六 師の 所説を開
陳 した後, いず
れの説
に も不 満で あっ た とい う自身
の本音
を上記 引 用文の よ うに表 現 し, そ れに もか か わ らず
不平
不満
を六 師に伝 えるこ とな く その場
を辞 したこ と をブッ ダに伝え る。 特に王の発言中
の 『 』 内の個 所か ら, 王 に とっ て沙 門 ・婆羅門
と は精神
的に尊 重 ・尊
敬すべ き存
在で あっ た こ とが分か る。§
§
36
,38
沙 門で あることの果報
ブッダは王 に対 して ,沙 門 果とい う もの を数 段 階に分けて
説
明す る。 その最初
の 段階
は, 奴 隷や農 民が沙 門にな るこ と に よっ て,隷 属 的身
分か ら社 会 的に尊 敬され る身分になる こ と を指摘
す るもの で ある。 王 は ブ ッ ダか ら, 奴 隷 や領 内の 農 民が無 断で出家 し た場 合, その 男を連れ戻すか と問
わ れ, 以下 の よ うに答え る。 ‘ noh
’eta 叩
bhante
. athakho
naM mayam eva abhiv5deyy 巨mapi
paccuttheyy
互mapi
Asanena
pi
nimanteyy 巨ma abhinimanteyy 巨mapi
nam civara −pipdap5ta
−senfisana −gil
盃na−paccaya
−bhesadi
a−parikkh
五rehidhammikam
pi
’ssarakkhfivararpaguttim samvidaheyyEm 巨’
ti
. 「尊 師
よ, 断 じて こ の こ とはな い 。 むし ろほ か な らぬ我
々 が彼
に挨 拶 も し, 立 ち あ が り も し, 座で もっ て迎え もす る で あ ろ う し, 彼を衣 ・ 食 事 ・坐臥 具 ・医療
用の 薬の 用 意で もっ て招待
も す るで あ ろ う し, 彼に ダル マ にか な っ た形で の 警 護 ・保 N工 工一Eleotronlo Llbraryパ ーリ仏 典に お け る阿 闍世王
25
護 ・防護を 手配す る で あろ う。」こ のよ うな 王の 発 言か ら は, 先の
§17
と同様に, 修行者
一般
が敬われるべ きで ある とい う意識が うか が わ れ る。§
99
ブ
ッダの法話
を聞き終 わっ た王が懺悔 告 白
accayo marp
bhante
accagamayath
盃b
互la
叩yathfi
m 司halp
yath
互akusalalp
, so’
ham
pitarar
!idhammikarp
dhammarajariam
issariyassa
kdrarpa
jivita
voropesim . tassa mebhante
bhagav
互accayarp accayatopatigamh
亘tu
巨yati
叩 sarpvar 互yE
ti.’「私は違 反を
犯
し たの だ, 愚か者が, 道に迷 っ た者が,悪 人が 〔犯す〕
ように。 その よ うな私は, ダル マ に の っ とっ た もの で あ り, ダル マ の 王 た る 父親
を, 王権
を理 由に命 を奪
っ たのだ。尊師
よ, 尊 師は その よ う な私の 違反 を違 反 とし て受 け入 れ な さい ,将来
にわ た る節制の た め に, と。」 (P
.85
) 王 はブッ ダ に対 し自らが 犯し た違 反 を告 白し, そ れ を受 け 入 れ る よ うに願 う。 そ して 王 の違反 とは, 王位を奪 うた め に父 王 を殺害
した こ とで ある。 こ こ で は, まず,前章
に見た用例 とは異 な り,阿闍世
が 父 王 を殺 害 した こ とが 明 言 され て い る こ とが特 徴 的で あ る。 同時
に,殺害
さ れ た父王 が, 「ダル マ に則 っ た 王」 と表
現さ れてい る こ とも注目 して お き たい 。3
.小
結 (
pali
聖典
にお け る 阿 闍
世
王
)
以 上,
2
章に わ た りPfili
聖 典に お け る阿闍世
王 の 用 例 を整
理 し た。 その結果
,阿闍世
王 の描
かれ方に関 して 大 き く分 けて2
つ の視 点
を挙げ
るこ と が で き る。1
つ 目は統 治 者と して の 王 の 態度
で あ り, これ は領 土の 保 全 ・拡 大 の姿勢
, あるい は国 内に お け る沙門
・婆羅門
に対す る尊敬 ・ 保 護の 姿勢に表
れてい る 。 また特
に帰仏後
は,沙 門
・婆羅門
の中
で も特
にブ ッ ダに対 して信
Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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26
パ ーリ学 仏 教 文 化 学頼
心 を持
っ て い た こ とが明らかで あ り,場
合に よ っ て は ブ ッ ダに対し他 国侵 攻の可否
を尋ね る とい うよう なこと も あっ た よ うで あ る。帰仏以前
領 土保 全 ・
拡
大の態度
ブッダと対 面 ↓帰仏
以後
変化な し 沙 門 ・ 婆 羅 門一般の尊 重 ↓ ブ ッ ダを特 別に信 頼次 に
2
つ 目 は 王位を得る ため に為 した 父 王 殺 しに 関わ る 問題
で あ り,Vin
()
と 「沙門果
経」(§
99
)の2
用例が存
在す る。 前者は父王 の殺害
が未 遂 に終
わ りな が らも, 父か らの譲位
を受
け た こ とを伝
え るの に対 し, 後者
で は 父 王の 殺 害が明言 さ れ, 同時に阿 闍世がその 殺 害を悔い て い る様子が描
写 さ れ る。 た だ し, 註 釈文献
をは じめ とす る後代の 文 献に見 られるよ う な, 父 王殺害
の具体 的場面が描かれる こ とは な かっ た 。4
.p
引i
註釈文献
にお け
る阿 闍
世
次 に
Pili
註 釈 文 献に 目を移 し, 阿闍
世の 用例
を検
討 し て み る。 とこ ろ で註釈
文 献で 阿闍 世王 が言 及さ れ る場 合に は, 以 下 の2
種パ ター ンが存 在 し て い る。 ・聖 典 中の ある事 柄にち な んで紹介 され たエ ピ ソー ド に, 阿闍世が登 場 して くる場 合 →4
.(D
・ 語 釈 に際 して, 阿闍世
を代 表
的な例 と し て 引 き合 い に 出す 場合 →4
.(2
) 以下
,上記分
類に した が っ て節 を分 け,資料
を見てい くこ と とす る。(
1
)
エ ピソー ドに登 場 する阿闍世こ の
類
型 は, タ イ トル に示 した通 り, ある 聖典内
の文句
にち なん だ エ ビ N工 工一Eleotronlo Llbraryパ ーリ仏 典に おける阿 閣世王 27 ソー ドが註 釈 中で 登場 す る際に, その 登場人
物
と して阿闍 世が言 及 され るも の で ある。 文献
の性 質
上,多
数の 説話
を含
んで い るJa
散 文やDhp
−a に多 く の用例を見る。 エ ピ ソー ドに つ い て は, 聖典 中に骨 子 とな る素材
が見 出さ れ るもの が 存在す る一方 , 聖典 中に は用例を見ない もの もの ある。後者
の 場合 に は,註釈
が作成
される以前のいず
れか の 段 階でその よ う なエ ピソー ドが成 立 し,註釈者
が そ れ を伝承 と して知 り得てい た可
能性
が高
い 。《
父王殺 害》 ⇒Sv
I
,pp
.134
−139
,Ja
338
Sv
の 用 例 は, 阿 闍世が ビ ン ビサ ー ラを幽閉
・加害
し死に 追い 込む まで の 状 況を詳細
に描写
して お り, い わ ゆる 「阿 闍世玉 説話
」 の素
材の1
つ と考え られてい る〔ID。Ja
338
で は, 阿闍 世が胎 内にある時に, 王 妃の韋提 希に夫の 血を飲み たい とい う衝 動が起こ っ た点, 父 王 が生 ま れ た阿闍 世 を溺愛
して い た点
な どが伝 え られ る。《
デーヴァ ダッ タとの 交友 ・ブッ ダ殺 害へ の助 力》
⇒
Spk
I
,p
.77f
.,Ja
26
,241
,438
,542
,Dhp
−aI
,p
.139
(ad v.17
) ,II
,p
.164
(
ad v.90>
,III
,p
.152
(ad v,162)
,Ap
−a ,p
.123
帰
仏す る以 前の 阿 闍世が デ ー ヴ ァ ダ ッ タ を崇拝
して い た とい う内容で あ り,本稿
第 一章 で 確 認 した聖典
の記 述が土 台に あ る と解
す る の が 妥 当で あ る。《
パセ ー ナ デ ィ との戦争 》
⇒
Spk
I
,p
.154
,Mp
V
,p
.28
,Ja
239
,283
,415
,492
,Dhp
−aIII
,p
.259
(ad v.20D
Spk
は先に見た の 註 釈 箇所 で あ る(12)。 他の 用 例 も, 同様
の 場面
を よ り詳細
に描
くな どした もの である。Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
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28
パ ーリ学仏教 文 化学《
ヴァ ッジ国
へ の征 服 心》
⇒
Mp
IV
,p
.15f
.(
上 記 の 註釈 箇所)
《
「沙 門果 経」 の場
面 を よ り詳 細 に再説》
⇒Ja
150
,530
《ジョーテ ィ カの豪
邸 を強 奪 》⇒
Dhp
−aIV
,pp
.221
−223
富豪
の ジ ョ ー ティ カの 豪邸を, 即位後
の 阿闍世が強 奪す る とい う内容の エ ピ ソー ドであ り,聖 典 中に は基 となる素材
は見出
さ れ ない 。 阿 閣世 王の悪 事 の 一例とし て, 聖典よ り後
の段 階で添 加さ れ た伝
承の 可 能 性があ る。 《モ ッガ
ッ ラー ナ を殺害
した盗 賊 を処罰》
⇒
Dhp
−a,III
,p
.66f
.(ad w .137
−140
),Ap
−a ,pp
.241
−243
直前
の用例
と同様
, 基 となる素材は 聖 典 中には存在 しない 。 目連
が盗賊 に よっ て殺害
さ れ た とい う伝 承は, 少な く とも註釈期
に は存 在 して い た よ うで あ り(13〕, その伝
承 と阿闍
世 と が結び付け られ た結 果であ ろ うか。 次章
で見
る よ うに,盗賊の処
罰は王の責
務の1
つ に数え ら れ る。 《自らの兄弟
のシ ー ラヴァ ッ トゥを殺そ う と す る》
⇒Tha
−aII
,p
.257
Tha
w .608
−619
は仏弟
子シ ー ラヴ ァ ッ トゥ に関
す る偈で ある。 そ してその 箇所 に対す る註 釈 では, 彼が 阿闍 世王の兄 弟で あ り, 王 に よっ て 殺害
され そ うに なる こ とが伝
え られ る(14)。《
第
一結 集の場所 を僧 団に提供》
⇒
SpI
,P
.10f
.,It
−aI ,P
.32
聖 典 で ブッ ダの 遺 骨の 分
配
を求
めた用
例(
)
と相 俟っ て, ブッ ダお よび N工 工一Eleotronlo Llbraryパ ーリ仏 典に おける阿 闍世王 仏 教僧 団に対す る信 仰心 を 示 す 用例で ある。 29
以上の 例を
纏
め る と,註釈におい て紹介 さ れ るエ ピ ソー ドに は, 聖典に お い て述べ られ るエ ピ ソー ドを肉付け あ るい は脚色 する形で よ り詳細
に描
写す る傾 向
が強い ことが分か る。 す なわち,基 本 的に は聖 典に お い て描き出され てい る阿 闍世王 の 姿が 踏襲さ れ て い ると見る こ とがで きる。語
釈
に登場 する阿闍世
次に, 第二の 類 型 と
表
現 した ,語釈
に 登場す る阿闍
世の 用 例 を 見て い き た い。 こ こ に含
め た用例はい ずれ も聖典本文
で は阿闍世
と は無関係
な語
を註釈
する中で , その 被 註釈 語が もつ イ メー ジの 象徴 的存 在 として 阿 閣世が紹介 さ れ るもの で ある。 したが っ て,註釈 に お け る阿 闍世に対 する評 価を よ り分か りや すい 形で読み取る こ とが で きる。 ・Ps
III
,P
.10f
.mahat δatthena sattlyutto agamiss 々ti mahat 互atthena samyutto
hutva
gato
bhaveyya
sot5pattiphalarppfipurpeyy5
ti anho .kim
pana
yesa
卑 maggaphal 蚕na叩upanissayo atthi,
buddh
百na 卑 sammukhibhAvepi
tesarp antar5yohoti
ti.且ma .hoti
. napana
buddhe
paticca
. athakho
kiriyaparih
巨niy 巨v互pfipamittat5ya
v互hoti
.−P
盃pamittat
五ya
hoti
n訌ma :saceAjatasattu
Devadatassa
vacanarpgahetv5
pitugh
巨takamma
田 n巨karissa
S
且mafifiaphalasutta 叩kathitadivase
sotEpannoabhavissa . tassa vacana 卑
gahetv
互pitugh5takammassa
katatt
五pana
n’ 五hosi
.evarp
pfipamittat5ya
hoti
. 「大 い なる利 益 と結 びつ い て赴い たで あ ろ う とは, 大 い なる利 益 と
結
びつ い た者
となっ てか ら, 赴い た者 とな り, 預 流 果に到達
す るで あ ろ う, とい う意味
で あ る。 とこ ろで , ある者
た ち に道 の結 果の基 盤が ある と して,諸仏
に対面
した場 合で も,彼
らに〔
道の 結 果〕
へ の 障 害 は生 じ るで あ ろ うか , とい う と, 『然 り , 生 じ る。』 し か し,諸仏
を縁 と して で は ない 。 行い が欠損
してい る か, あ るい は悪
し きSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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30
パ ーリ学 仏 教 文 化 学盟友が い るかによっ て生 じ るの だ よ。 … …悪 しき盟友がい るこ とに よっ
て生 じる とい うの は, も しア ジ ャ ータ サ ッ トゥが デー ヴァ ダッ タの こ と
ぼを
受
け取っ て か ら, 父殺
しの行
い を為
さ な け れば, 『沙門果経
』 が語
られ たそ の 日に預 流になっ たで あろ う。 し か し,彼の こ と ば を受け取って か ら, 父 殺 しの 行い を為 したが 故に, な ら な か っ た。
悪
し き盟友
が いるこ とに よっ て こ の よ うになる。」 こ の個 所で は,
悪
友 と交わ っ た こ とに よ り本来
な らば 到 達で きる べ き境
地 に達
しな かっ た例
と して 阿闍
世王 の名前
が挙
げられて い る。 同様
の記述
はMp
III
,p
.406
に も存
在 し(15),阿 闍 世王 は悪友
と交際
し,身
を堕 した象徴
的存 在 で あっ た こ とが分か る。 た だ し, 上記引 用文
で王 の預流
果へ の 到 達を妨 げた 直接の原 因は父 殺 しで あ り, こ の 点はpali
「沙 門果 経」 の経 末
で述
べ ら れ る ブ ッ ダの 言 葉 と一致 する。 次は父 母に対 し て不適 切なふ るまい を為した もの の例 とし て阿 闍世が挙げ られる例で ある。 まず聖 典 本 文の 被 註 釈 箇所 を見て み る。ANI
,p
.90
dvisu
bhikkhave
micchapatipajjamano
balo
avyatto asapPurisokhatam
upahatarp attanam
pariharati
savajj o cahoti
sanuvajjo vififiUnambahufi
caapufiiiarp
pasavati
.katamesu
dvisu
?rnatari capitari
ca. 「比丘達 よ,2
者に対 して 誤っ て 行 動 する, 愚かで
蒙
昧で 正し くない 人は,自
己を破壊 され た もの ,打ち倒された もの と して 保 持 して い るの で あ り,分別あ る人々 に とっ て非 難され るべ きこ と ・責め られ るべ き こ と を伴 う者 とな り, 多 くの 非福を 生み 出してい る。 い ずれの2
者に対してか。 母 親 と父 親に対 し て で ある。」 こ の 文に 対して , 次の 様 な註釈が施される。 N工 工一Eleotronlo Llbraryパ ーリ仏 典 における阿 闍 世 王 31 ・
Mp
II
,p
.159
mdtari ca
pitari
ca tiMittavindako
viya m 夏tari
,AjatasattU
viyapitari
. 「母と 父 に対 して とは, ミッ タ ヴィ ン ダカ の よ う なの が母に対 し て であ り, ア ジ ャ ー タ サ ッ トゥの よ う なの が父に対 し て で ある。」 こ の 註釈 文が阿闍世の 父殺しを意 図 して い るこ と は い うまで もない 。 こ の様
な註釈
が為され る とい うこ とは, 阿闍 世王 は当時の イ ン ド, 少な く と も聖 典に登 場す る人物
の 中で, 父 殺 し を為 し た代 表 的な存在で あっ た こ とを 示 し て い る。(
3
)
pali
聖 典と註 釈との違い以上 ,本 章で確 認 した阿闍 世王 に関 する註釈の 記 述 と, 前
2
章で 見た聖 典 の記述 とを比較 し て み たい 。 先に指摘 し た通 り, 註 釈の 記述 は基 本 的に は聖 典の 記 述に則っ て, そ れ を敷 衍 し た よ う な形で 詳 述す る とい う形 式を と るこ とが多
い 。 た だ し,阿 闍世が即 位に際し て為した父 殺 し に関し て は,若 干な が ら聖典か ら註釈へ の 過程で記 述に発 展が見られて い る。 その 第 一 は父 殺 し の 場面
の 具体
的描
写であ る。P
五1i
聖 典で は, 「父 王 を殺害
し よ う と し , 譲 位 を受け」 (Vin
), 最 終 的に 「ダル マ 王の 父を死に至ら しめ る 」(
「沙 門果 経」)
と述べ ら れ てい たもの が , 註釈で は譲 位を受けた後, 父を幽 閉 ・拷問
の 末に 死に至 ら しめ る とい っ た よ うに, 阿闍 世の 非 道ぶ りが よ り強調 さ れて い た。 そ し て第二 に, 聖典 (「沙 門果 経 」)で は,殺さ れ たの が 「ダル マ 王の 父」 と 表 現 されて い たの に対 し,註釈で は単に 「父 」 が殺 害さ れ た とあ り,阿闍 世 王 は父殺 しの 象 徴 的存 在 と して 挙 げられて い る。 こ の 両 点に注 目す る と, 註 釈で は阿闍 世の 殺 父の 罪が聖典に比 し て よ り重 罪化 し て い る こ とが分か る。 とこ ろ で こ の よ う な阿闍 世の 罪の 重 大化に つ い て は, すで に1
平川1971
亅が 指摘す ると こ ろで あ る。 「い ずれに して も阿含経
で は, 阿闍世
王 の 父殺
しの 罪は そ れ ほ ど重大視
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32
パ ーリ学 仏 教 文 化 学さ れて い ない。 お そ ら く歴
史
的事実
と して も阿闍世王の 父 殺 し が そ れ程重大な問題 になっ たの で はな か ろ う。 その こ と と, 律 蔵で五逆を犯 した
者を僧伽 か ら排 除す る こ と とは , つ なが らない よ うで あ る。」 (
p
.7
)「阿
含時代
に は重 大視
さ れ なかっ た阿闍 世王 の 殺 父の 罪を , 宗 教 的な 重罪 と して取 り上 げ たの は大乗 仏教で あ る」 (
p
.9
) 【平 川 1971]は,大 乗 仏 教 との 比 較で 殺父 の 重 罪化
とい う視
点を設
けた が, 上で確 認 し た よ うにPfili
の註釈 文 献に お い て も同様
の傾
向 が あ るこ とが分 か る。5
. 王 の一般
像
と父 王殺 し
前
章
まで は,Pfili
文献
に 登 場 す る阿闍世王 の 用例を収 集 し, そ こ に見 られ る阿闍
世王観
の変遷
につ い て確認
してき た。本章
で は,阿闍世
の統
治者
とし て の 側 面に注 目し,古代イ ン ドの 国王像に おける阿 闍世王の位置
づ けに つ い て考 察 して みた い (16)。 (1
)paii
聖 典に お ける国王Ja
521
のTesakurpaja
− takaで は, 国を治め る者
の為
すべ き事柄
が50 偈
弱 に わ た り説
か れ る。(
Cf
.[中村 1959
:343
−349
】.)
そ こ で はまず 国王の務
め と して 次 の様
に詠 わ れ る。dve
va t互tapadak
互niyesu
sabba πP
patitthitam
!aladdhassa cayo
l
五bho
laddhassa
anurakkha 皿a
〃 「父 よ , あ ら ゆ る こ との 根 底をな すほ か な ら ぬ2
つ の こ と が ある。 す な わ ち, 未獲 得の もの の 獲 得で あ り,既 得の もの の 防護で ある。」 (Ja
V
,P
.Il6
) 引 き続
く偈の 内容か ら, こ こ で 挙 げ られる 「未獲 得 ・既得 の もの 云々 」 とは N工 工一Eleotronlo Llbraryパ ーリ仏 典に おける阿闍世:F. 33 有能な大 臣 ・財 産 等の管理 の 重要
性
を表
して い るこ とが分か る。 そ して続
い て , 智 慧が最
上の 力(
bala)
で ある ことが述
べ られた後, 王 は ダル マ を実践 すべ きこ と が伝え られる 。dhammafi
cara mah5r5j a m 蕊tapitUsu
khattiya
,1
idha
dhamma
叩 caritv亘na囘
a sagga !p
gamissasi
〃「大 王 よ , 母 と父に対し て ダル マ を
実行
せ よ, 王族よ。 王 よ, こ の 世で ダル マ を実 行す れ ば, 天界へ 行 くで あ ろ う 。 」 (Ja
V
,p
.123
) 同形 式で,親族
・町村
・国等
すべ ての もの に対して ダル マ を実行
すべ きこ と が繰 り返 し詠わ れ強調さ れ る。 したが っ て これ らの 偶で 述べ られてい る理 想 の国王 とは, 能 力 的に は智 慧を有
した者
で あ り, かつ 人材
登 用 ・財産
管理 と い っ た統
治能
力に秀で た もの で あ る必要が あ る。 そ して具体
的な治 世に際し て は, ダルマ に則っ た行い を実践 し な け れぼな ら ない こ とになる 。古代イ ン ドの 王 とダルマ
前 節に見た通 り,
pali
聖 典に述べ られる国 王 の責務 とは, まさ しくダル マ の 実践で あ っ た。 また先 行 研 究に よ れ ば, 同内容 の こ と がPEIi
聖典 以外 に も当て は ま るの で あ り,イ ン ド正 統 派 ・非正統 派 文献を 問 わず, 王 はダル マ に基づ く支 配 ・王 権の 行 使が も と め られて い た こ とが分か っ て い る (C
£ [中 村1959
:130
−132
】, [山 崎1994
:p
.28]
.)
。 」 た だ し クシ ャ ト リヤ階級の長で ある 王 の 責 務に は, 他階級
に属す る者の そ れ とは異なっ た尺度が存 在 し て い た は ずで あ る(17)。 以下, 先 行研 究に 寄 りつ つ , 王 の 務め とし て挙 げら れ る もの の 一部を確
認 して み るこ と とす る。まず王 は人 民保
護
を条件
に司 法権
と徴 税権
を与え られ てい る ([山崎1994
:108D
。 そ して その人民保護
を 公平 無私の 立場で実 践す るため に は, 自身の 安全 を確保 し, 身 辺を警護 す る必 要がある。 その 結果, 側 近 ・王子
・王妃 とSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
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34 パ ーリ学 仏教文 化 学 い っ た本来な ら ば 王 を身近でサ ポー トすべ き 立 場の 者に さ え, 疑 惑の 眼を向 け る 必要が生 じる
(
[山崎1994
:ll3
])
。 ま た, 王 亡 き後
に は自
らの即位
が約 束されて い る 王 子 は, 王 に とっ て警 戒す べ き存 在で あ り,場合
に よっ て は, 幽 閉 ・放逐な どの 手段で彼 ら を遠 ざ けて で も, 王の安全を確
保 す る必要が あ る(
[山崎1994
:p
.201f
.])。 そ してその様 に 王位を狙 う王子の姿
は カ ニ が親
を 食ら う様子 に喩え られ るこ と が ある。ArthaSastra
l
,17
.4
−6
‘janmaprabhgti
rajaputrEn rakSet .karkatakasadharmano
hi
janakabhakSa
r巨
laputr
互h
te
寧互m 啝tasnehe
pitaly
up 巨1p6udap4ah6rey
巨n’iti
bhfiradvfijab
.「誕生 の 時か ら王 の
息
子 達を監 視 すべ し 。 と うい うの も, 王の 息子
達は, カ ニ と同じ性 質を 持ち , 生 み の 親を食 ら う者で あるか らで あ る。 父 が彼
らに愛着
を持
た ぬ う ち に, 沈黙の刑 罰が あ る の が よ い , と バ ー ラ ド ヴ ァ ージ ャ は〔
言 う〕
。 」 ま た, 他 国侵 略な ど に よ る領土の 拡大も王 の務め に数え られる。Manusmrti
9
.251
eva 珥
dha
i
加i
k
五騨 ロi
samyakkulvan
mahipati り!de
自巨n alabdharpllipseta
互abdh 蝕 忌caparip
亘layet
〃「こ の様 に , 王 は為 され るべ き諸 ダル マ を適 切に為 しつ つ 未 獲 得の 土地を獲得 し よ う とすべ きで あ り, 既 得の を 巡回警 護す べ し 。」 先にみた
Jataka
521
と同じ 「既 得 ・未 得 」 とい う表 現が 使 用され て い るもの の, こ こ で は領
土の拡大
・保
全が王 の義務
と して挙
げら れて い るこ と が分
か る。さ て, 本 章で確 認 した古代イ ン ドに お ける王 の理想
像
・一般 像を前章
まで で確 認 した阿 闍世王 の事績
と比較 して み る に,両者
には合
致す る点が複
数存
N工 工一Eleotronlo Llbraryパ ーリ仏 典に お け る阿閣世モ