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Vol.30 , No.1(1981)075藤谷 大圓「十住毘婆沙論考 (十一)」

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Academic year: 2021

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前 回 の 終 り に 一 言 し た 如 く、 竜 樹 の 三 宝 相 続 は、 在 家 に 求 め た と 考 え ら れ る か ら、 前 品 で は、 在 家 生 活 に お け る 財、 家 族 へ の 愛 執 の 如 何 に 強 い か を 知 ら し め た が、 更 に 当 品 で も、 そ れ を と り あ げ、 も し 二 執 の 心 無 く ば、 家 に 在 る べ し と、 決 定 的 反 省 を 求 め る。 か よ う に、 同 じ 主 旨 が 幾 度 も 述 べ ら れ た 理 由 は、 一、 二 執 の 調 伏 の 難 事 で あ る こ と。 二、 し か も、 悉 皆 成 仏 を 目 ざ す 大 乗 で は 三 宝 相 続 の 本 義 を 在 家 者 に 求 め る と き、 二 執 の 調 伏 は 一 層 困 難 で あ る か ら。 三、 二 執 は 断 滅 で な く 調 伏 で あ る か ら。 相 続 的 に 念 を 押 す 必 要 が あ る。 つ ま り、 人 間 は 最 後 ま で 人 間 で な く て は な ら ぬ。 二 執 を 断 滅 し て 覚 者 (1) ( buddha) と な る と、 仏 教 は 不 要 と な る。 し か も、 啓 示 宗 教 で な い 仏 教 の 三 宝 伝 灯 は 人 か ら 人 へ と 伝 灯 さ れ ね ば な ら な い か ら、 三 宝 の 伝 灯 は 臓 悔、 勧 請、 随 喜、 廻 向 ( 布 施 ) の 後 ろ (2) 姿 に よ っ て 次 か ら 次 へ と 伝 灯 さ れ る の で あ る。 竜 樹 で は、 そ (3) の 三 宝 伝 灯 の 理 想 形 態 が 在 家 生 活 に 求 め ら れ た の で あ る が、 果 し て そ れ は 可 能 か、 と 念 を 押 す の で あ っ て、 易 行 道 と は 云 い な が ら、 現 実 は 難 行 で あ る。 さ て、 当 品 の 所 明 を 簡 叙 す る と、 財 施 を 求 め る 乞 人 に 対 す る 独 り 言 の う ち ﹁ も し 我 れ 今 こ の 物 を 捨 て ず ん ば、 こ の 物 必 ず 当 に 我 を 遠 離 す べ し ﹂ の 遠 離 と は、 こ の 物 を 施 さ ね ば、 私 は こ の 物 へ の 執 着 に よ っ て 仏 道 ( 易 行 道 ) を 離 れ る で あ ろ う、 と 解 す べ き で あ ろ う。 次 は、 衆 僧 相 諦 っ て 廃 す る ﹁ 法 事 ﹂ の 意 味 で あ る。 偶 に ﹁ 経 法 の 事 ﹂、 長 行 に ﹁ 聴 法 者 ﹂、 ﹁ 法 灯 を 燃 す ﹂ な ど と あ る か ら、 教 団 の 為 す べ き こ と ( 中 村 辞 典 ) の 中、 経 法 の 読 調、 解 説 で あ ろ う。 因 に、 衆 僧 相 譲 は 戯 悔、 勧 請、 随 喜 無 き に よ る と 云 え よ う し、 こ れ は 当 時 に 限 っ た こ と で は 無 い。 続 い て 六 斎 戒 を 説 き、 斎 法 の 詳 説 で は 八 斎 戒 を 説 く が、 何 れ も 在 家 者 が、 聖 人 の こ の 行 法 に 随 順 し て 行 修 す る こ と を 誓 う 形 と な っ て い る。 し か し、 も し 破 戒 し 清 浄 の 行 無 き 比 丘 あ り と も 軽 慢 し 瞑 る べ か ら ず、 次 の 如 く 知 っ て 憐 慰 の 心 を 生 ぜ よ、 即 ち、 此 の 人、 得 難 き 人 身 を 得、 仏 法 に 値 い、 正 邪 を 分 別 し、 執 無 く し て 出 家 し、 し か も 破 戒 の 罪 を 知 り な 十 住 毘 婆 沙 論 考 ( 十 一 ) ( 藤 谷 )

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-277-十 住 毘 婆 沙 論 考 ( 十 一 ) (藤 谷 ) が ら、 自 利 利 他 す る こ と 能 わ ず、 と 思 惟 し て、 こ の 比 丘 を 軽 視 し て は な ら な い。 と。 ま た、 大 乗 決 定 王 経 に 説 く 如 く、 鈍 根 闇 塞 の 比 丘 は、 諸 法 に お い て 浄 繊 の 想 を 生 じ、 諸 法 の 体 性、 常 に 不 可 得 な る こ と を 知 ら ず、 故 に ︹ 色 を 有 自 性 と す る ︺ 外 教 に 異 る こ と な し。 ま た、 疑 悔、 愚 痴、 闇 冥 等 の 心 作 用 に も、 ま た 有 身 見 に よ る 衆 生、 我、 命、 人 に も、 両 者 何 れ に も、 実 に は 実 体 無 き 故 に、 従 っ て、 そ れ ら に つ い て の 過 轡 に も 亦 常 住 の 実 体 無 き 故 に、 遂 に は そ の 謬 見 を 翻 し て、 空 ・ 無 我 に 開 通 す る と、 仏 教 で は 説 く。 そ れ は 本 来 開 通 す べ き 道 理 に あ る も の で あ っ て ︹ 開 通 し な い も の を ︺ 仏 教 が 開 通 さ せ る と 云 う の で な い。 も し、 罪 に 自 性 有 り、 受 罪 者 に 自 性 有 り と す る な ら ば、 身 心 共 に 常 住 不 変 の 謬 見 と な り、 そ こ に は 滅 罪 生 善 の 仏 道 は 成 り 立 た な い こ と に な る。 と 述 べ る。 こ の 色 心 の 謬 見 を 指 摘 し た こ と は、 諸 法 無 自 性 で な く て は、 惑 染 の 凡 愚 の 開 覚 通 道 は 成 立 し な い こ と を 云 う の で あ っ て、 こ こ に も、 仏 教 が 普 遍 の 教 で あ る と す る 竜 樹 の 意 が 窺 え る と 思 う。 続 く 論 文 は ﹁ 若 し 身、 神 に 異 な ら ば 即 ち 断 見 に 堕 す。 亦 仏 道 無 し ﹂。 こ れ は、 も し 身 と 心 と 別 異 と す る 彼 の 転 変 説 に よ る 修 定 主 義 や、 積 聚 説 に よ る 苦 行 主 義 の 如 き 二 元 論 に た つ な ら ば、 そ れ は 身、 心 何 れ も、 身 心 相 依 相 関 の 縁 生 起 に 非 ず し て、 有 自 性 の 存 在 と な る。 従 っ て、 そ の 生 起 は 自、 他、 共、 無 の 何 れ か の 因 に よ る 生 起 で あ る こ と と な る。 故 に 中 論 第 一 品 や 第 二 品 初 め に 論 証 す る 如 く、 常、 断 の 過 失 と な り、 亦 仏 道 無 し、 と 云 う 意 と 試 解 す。 論 文 に も ど っ て、 更 に ま た、 も し 罪 や 罪 者 に ︹ 先 述 の 如 き ︺ 常、 又 は ︹今 述 べ た ︺ 断 を 許 す な ら ば、 六 十 二 見 す べ て に 証 り が あ る で あ ろ う。 し か し、 こ の 事 然 ら ず。 こ の 故 に、 阿 難 よ、 諸 法 本 来 清 浄 に し て、 罪 等 の 定 性 無 し。 も し、 罪 に 定 性 有 れ ば ︹滅 罪 生 善 の 転 換 は 不 可 能 な る 故 ︺ 仏 の 証 り は 無 く、 従 っ て、 罪 過 よ り 仏 道 へ の 開 通 有 り と は 説 か な い。 か よ う に、 諸 の 罪 悪 に ︹定 性 ︺ 無 く、 諸 法 本 来 清 浄 の 故 に、 破 戒 の 者 も、 遂 に 清 浄 の 道 に 開 通 し 得 る の で あ る。 そ れ 故、 破 戒 者 を 瞑 患 し て は な ら な い。 ま た、 次 の 如 く 思 念 せ よ。 す な わ ち、 ︹ 八 斎 ︺ 戒 は 必 ら ず 無 上 菩 提 に 住 す る こ と が で き る。 な ぜ な ら ば、 無 上 菩 提 を 得 る こ と に 決 定 せ る 菩 薩 で、 罪 を 犯 し た 者 が あ っ た り、 ま た 遠 い 過 去 に、 菩 薩 が、 煩 悩 を 滅 尽 し た 阿 羅 漢 ( 応 供 ・ 仏 ) を 誹 っ て ︹小 乗 の、 す な わ ち、 無 上 菩 提 を 得 ら れ な い ︺ 阿 羅 漢 と し た (4) り、 ま た、 必 定 の 菩 薩 が、 賢 劫 以 前 三 十 一 劫 に お い て、 三 界 の 見 惑 を 断 じ た 予 流 果 の 者 を、 矛 を も っ て 刺 し た り、 ま た、 こ の 賢 劫 の 申 の 菩 薩 が 拘 楼 孫 仏 を 誹 っ て、 ど う し て こ の 愚 な 人 に 仏 道 が 証 得 さ れ よ う か、 と 云 っ た、 と 云 う こ と な ど を 聞 い た。 そ れ ら 誹 諺 の 罪 過 の 人 々 の ︹ そ の 後 の ︺ こ と は 知 る こ と が で き な い し、 ま た、 わ た く し は 知 ろ う と も 思 わ な い。 得

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-278-失 好 悪 は、 そ の 人 の 自 作 自 受 に あ っ て、 わ た く し の 関 与 す る と こ ろ で な い。 も し、 わ た く し が そ の こ と を 知 ろ う と し、 ま た は、 ︹相 手 を 傷 つ け る だ け で な く ︺ 自 ら も 傷 つ い て、 衆 生 の こ と を 推 し 量 ろ う と す る こ と は、 諸 仏 の 許 さ な い と こ ろ で あ る ︹ と、 以 上 の 事 実 を 思 念 せ よ ︺。 故 に 経 に 云 く、 仏 阿 難 に 告 ぐ。 も し、 他 の 人 の ︹成 仏、 不 成 仏 を ︺ 推 し 量 る な ら ば、 自 ら も 傷 つ く 。 唯 だ 我 れ ( 仏 ・ 釈 尊 ) の み 衆 生 を 推 し 量 る こ と が で き る ( そ れ に よ っ て 授 記 す る )。 従 っ て、 我 れ と 等 し く 仏 果 を 証 れ る 者 な ら ば、 亦、 推 し 量 る こ と が で き る で あ ろ う。 ( 以 上 論 文 )。 こ こ に、 ﹁ 我 れ と 等 し き 者 ﹂ と 云 う。 そ れ は 入 阿 惟 越 致 地 を 云 う の で あ ろ う。 つ ま り、 釈 尊 に 続 く 正 法 の 歴 史 的 伝 灯 者 を 予 期 し て い る の で あ る。 理 由 は、 既 述 の 如 く、 仏 教 は 啓 示 宗 教 で な い か ら、 神 の こ 托 宣 は な い。 人 か ら 人 へ 伝 灯 せ ら ね ば な ら ぬ。 し か も、 そ れ が 鈍 根 解 慢 の 人 に よ る 伝 灯 で あ る。 そ こ で、 仏 教 は 普 遍 の 教 と な り、 草 木 国 土 悉 皆 成 仏 と 云 わ れ、 一 切 有 情 悉 有 仏 性 と な る。 要 す る に、 諸 法 は 自 性 清 浄 で あ っ て、 諸 法 そ の も の に 罪 無 く、 善 悪 好 悪 無 く、 無 体 無 相 で あ る。 然 る に、 善 悪 好 悪、 浄 繊、 罪、 罪 者、 破 戒 な ど に 実 体 あ り と し、 そ れ に よ っ て、 他 人 の 成 仏 不 成 仏 な ど を 判 断 す る は 過 失 で あ る ( 外 教 の 見 と 同 じ で あ る か ら )。 諸 法 縁 起 に し て 実 体 な き 故 に、 罪 も 罪 者 も ( 作 業、 作 者 ) 転 遮 し て 仏 道 を 成 ず る と 云 う 自 由、 縁 起 説 に お い て こ そ、 は じ め て そ う い う 自 由 の 可 能 性 が あ る、 従 つ て、 閲 提 も 成 仏 す る こ と に な る、 と い う 論 理 が 語 ら れ て い る と 云 え よ う。 こ れ、 先 の 釈 願 品 第 五 に、 衆 生 の 因 縁 と 行 業 の 因 縁 に よ っ て 不 浄 な る も ﹁ こ の 二 事 を 転 ず れ ば、 則 ち、 衆 生 の 功 徳 と 行 業 の 功 徳 有 り。 此 の 二 功 (5) 徳 を 名 づ け て 浄 土 と 為 す ﹂ と あ っ た に 照 応 す る こ と と な る。 こ の 衆 生 と 行 業 と の 関 係 は、 中 論 第 八 品 に 作 者 と 作 業 の 何 れ も 無 実 体 で あ る こ と を 論 証 し て い る の に 照 応 す る こ と は 云 う ま で も な い。 次 は 偶 で あ る。 瓶 に 蓋 の 有 無 に つ い て 四 句 あ る が、 こ れ は、 後 の 叙 述 か ら 推 し て、 要 は 瓶 の 中 味 で、 蓋 の 有 無 に よ る 外 観 の こ と で な い、 と 云 う 意 味 で あ ろ う。 ﹁ 満 ﹂ は 例 え ば、 (6) 中 に 油 が 満 杯 と 云 う 意 と 思 う。 既 述 の 如 く、 他 人 の 成 仏、 不 成 仏 を 量 り 知 る は、 外 形 で な く、 そ の 心 に あ り、 そ れ を 知 る は 一 切 智 (sarvajnaa) な る 仏 の み、 故 に 授 記 は 仏 の み と 云 う の で あ る。 以 下、 偶 及 び 長 行 は、 大 体 以 上 の 繰 り 返 し で あ わ て、 い か に も 平 凡 な 在 家 者 を 対 象 と し て の 誠 め で あ る こ と が 知 ら れ る。、 次 の 入 寺 に 関 し て は 次 回 に。 1 天 台 教 学 で、 仏 も 退 転 す る 可 能 性 あ り と す る 所 以 で あ ろ う。 2 こ れ が や が て 中 国 で 曇 鷺 の 還 相 廻 向 の 釈 に 展 開 す る。 日 本 浄 土 教 の 真 の 伝 灯 は、 い わ ゆ る 一 文 不 知 の 妙 好 人 に よ る と 云 え よ 十 住 毘 婆 沙 論 考 ( 十 一 ) ( 藤 谷 )

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-279-十 住 毘 婆 沙 論 考 ( 十 一 ) ( 藤 谷 ) う か。 親 鷺 聖 人 の 手 紙 ( 真 聖 全 二、 六 六 四 ) ﹁ な に よ り も、 こ ぞ こ と し ﹂ 云 々。 稲 葉 昌 丸 編、 蓮 如 上 人 行 実、 一 九 二 条、 三 三 七 条。 参 照。 3 十 住 論 述 作 の 根 本 命 題 は、 鈍 根 解 慢 の 菩 薩 ( 十 住 論 で は 縞 素 と も に 道 心 の 人 を 云 う ) に よ る 三 宝 伝 持 で あ る こ と も、 そ の た め の 易 行 道 で あ る こ と も、 そ れ 故、 同 意 の こ と が 平 易 に 具 体 的 に 幾 度 も 繰 り か え さ れ て い る こ と も、 既 述 し た。 三 宝 伝 持 で あ る か ら、 易 行 道 と は、 真 宗 的 に 云 え ば 往 相 自 利 よ り も、 む し ろ 還 相 利 他 の 難 行 に お け る 易 行 道 で あ る。 従 来 は 第 八 品 に 出 る 敗 壊 菩 薩 の 往 相 面 に 重 点 が 置 か れ た。 往 相 即 還 相 の 義 は、 山 口 益 先 生 の ﹃ 世 親 の 浄 土 論 ﹄ 三 九 頁 と、 正 親 含 英 講 師 の ﹃ 浄 土 真 宗 ﹄ 三 二 頁 参 照。 そ の 理 由 は、 親 鷺 聖 人 の ﹃ 高 僧 和 讃 ﹄ ﹁ 阿 弥 陀 如 来 化 シ テ コ ソ、 本 師 源 空 ト シ メ シ ケ レ 化 縁 ス デ ニ ツ キ ヌ レ パ 一浄 土 ニ カ ヘ リ タ マ ヒ ニ キ ﹂。 ノ ヲ テ ト 4 こ こ の 読 み 方、 香 樹 院 本 ﹁ 誹 二 誘 漏 尽 阿 羅 漢 一名 為 二 阿 羅 漢 こ。 大 正 同 じ。 国 訳 一 切 経 は ﹁ 漏 尽 の 阿 羅 漢 の 名 づ け て 阿 羅 漢 と 為 す を 誹 諦 せ り ﹂。 5 天 台 の 四 種 浄 土。 維 摩 経、 仏 国 品 の 心 清 け れ ば 土 浄 し。 及 び 無 量 寿 経 の 上 巻 末 よ り 下 巻 の 開 く こ と 及 び、 唯 識 に お け る 三 種 三 種 の 顕 現 態 な ど に よ り 浄 土 の 意 義 が 知 ら れ る。 6 第 十 三 品 に、 鉢 の 油 の 中 の 自 像 が 仮 名 で あ る と あ っ た か ら 油 を 借 り た。 (寺 院 住 職 )

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