I.緒言
食中毒の発生を防止するためには、管理栄養 士はもちろんのこと、食品の製造や調理等に従 事している人々(以下、調理従事者ら)が徹底 した手洗い等の感染防止に努めるとともに、食 品の製造や調理等に関わる設備や調理器具や食
材が微生物に汚染されることのないよう管理す ることが極めて重要である1)。平成30年6月13 日に交付された食品衛生法等の一部を改正する 法律では、令和3年6月1日より原則としてすべ ての食品事業者にHACCPに沿った衛生管理に 取り組むことが盛り込まれている2)。
【目的】将来、管理栄養士として調理施設等の現場で指導的立場に立つ学生の衛生意識 を高めるため、食品衛生学実験の授業で環境微生物検査を実施し、その教育効果を検証 した。
【方法】令和2年度は新型コロナウイルス感染症対策として遠隔授業が実施されたため、
下記の拭き取り法およびスタンプ培地を用いた環境微生物検査の2つの実験は筆者が行 い、受講生がオンラインで実験操作と結果について学ぶ形式で授業を展開した。受講生 が、受講前(初回授業日前日の2020年6月3日)と受講後(15回目の授業終了後の2020年 9月10日)にアンケートに回答し、その回答結果から教育効果を検証した。
【結果】「食品衛生学実験受講後に衛生に関する「意識」の変化はありましたか?」と いう質問に対し、受講生全員が“大きく変化した”または “変化した”と回答しており、食 品微生物検査を含む食品衛生学実験の授業内容が受講生の衛生意識の向上につながって いる可能性が示唆された。また、「食品衛生学実験受講後に衛生に関する「行動」の変 化はありましたか?」という質問に対しても、受講生全員が“大きく変化した”または “変 化した”と回答しており、食品微生物検査を含む食品衛生学実験の授業内容が衛生意識 の向上のみならず行動変容にまで結びついたのではないかと考えられた。
【結論】環境微生物検査により、学生に衛生管理の大切さを理解させることができた。
また実験を通して、学生の衛生意識を高めることができた。本試験の内容を含む食品衛 生学実験を受講した学生が、将来、管理栄養士として従事するとき、現場の従事者の衛 生意識を高める指導を行うことが期待される。
キーワード:衛生意識 微生物検査 細菌
Faculty of Health and Nutrition, Yamagata Prefectural Yonezawa University of Nutrition Sciences 山形県立米沢栄養大学健康栄養学部
MIURA Kana
三浦 佳奈
Transformation of Hygiene Awareness Effected by an Environmental Microbiology Testing
環境微生物検査がもたらす衛生意識の変容
【実践報告】
しかしながら、微生物に汚染されているか否 か、食品の調理・製造に関わる調理従事者らの 中には衛生意識が身についている者だけが従事 しているとは限らない。実際に、過去には手洗 い等の衛生管理が不十分であったために発生し た食中毒事例も報告されていることから1)、管 理栄養士は現場で指導的立場に立ち、調理従事 者らの衛生意識の向上に努めなければいけな い。しかしながら、衛生意識が身についていな い調理従事者に、一方的に衛生に関する知識を 詰め込むだけで衛生意識を身につけさせること は極めて難しく、実際に、管理栄養士を目指す 学生の中にも、授業の中で衛生に関する知識を 得る機会があっても、なぜそこまでの衛生管理 が大切なのかを理解できない者も見受けられ、
すべての学生の衛生意識が高いとは言い切れな い状況があると考える。
そこで、設備や器具、食品等に付着している 細菌を培養して可視化できれば、管理栄養士を 目指す学生衛生意識の向上につながるのではな いかと考えた。本研究では、筆者が2019年に参 加した東京顕微鏡院主催の食品微生物検査技術 研修会の研修資料に記載されている「環境微生 物検査」の内容3)を一部改編して実施し、受講 生が実験を受講する前後に行ったアンケート調 査より教育効果を検証した。
II.方法 1.対象者
対象者は、食品衛生学実験を受講している米 沢栄養大学健康栄養学部の2年生43名であった。
2.材料
環境微生物検査に用いた材料は以下の通りで ある。
拭き取り検査用スワブファインチェック(アズ ワン株式会社,大阪,日本)、拭き取り検査枠(ア
ズワン株式会社,大阪,日本)、コンパクトドラ イ「ニッスイ」TC(日水製薬株式会社,東京,日 本)、フードスタンプ「ニッスイ」標準寒天培 地(日水製薬株式会社,東京,日本)、フードスタ ンプ「ニッスイ」XM-G培地(日水製薬株式会 社,東京,日本)、フードスタンプ「ニッスイ」
TGSE培地(日水製薬株式会社,東京,日本)
3.方法
令和2年度は新型コロナウイルス感染症対策 として遠隔授業が実施されたため、下記の拭き 取り法およびスタンプ培地を用いた環境微生物 検査の2つの実験は筆者が行い、受講生がオン ラインで実験操作と結果について学ぶ形式で授 業を展開した。
3-1)拭き取り法による環境微生物検査
まず、初回授業時に学生にアンケートを取 り、学生自身にサンプリングしたい場所や物を 検討させ、学生自身が決めた場所や物を教員が 拭き取り検査用サンプル(表1)とスタンプ培 地による検査用のサンプル(表2)の2つに振 り分けた。拭き取り検査用サンプル(表1)に 10cm×10cmの拭き取り枠を当て、枠内を拭き 取りスワブを用いてよく拭き取った後、付属し ている滅菌生理食塩水10mLとスワブをなじま せ、これをサンプルに付着している微生物の10 倍希釈液とした。この10倍希釈液1mLをコンパ クトドライ標準寒天培地に接種し、35℃で24時 間培養した後、存在する微生物集落(コロニー)
数をカウントした。
3-2)スタンプ培地を用いた環境微生物検査 拭き取り法による検査時と同様、まず、学生 自身にサンプリングしたい場所や物を検討さ せ、学生自身が決めた場所や物を教員が拭き取 り検査用サンプル(表1)とスタンプ培地によ
る検査用のサンプル(表2)の2つに振り分けた。
スタンプ培地による検査用のサンプル(表2)
に直接スタンプ培地を押し付け、サンプルに付 着している微生物を培地に接触させ、35℃で24 時間培養した後、存在する微生物集落(コロ ニー)数をカウントした。ここで用いたスタン プ培地は、一般生菌数測定用の標準寒天培地、
大腸菌・大腸菌群数測定用のXM-G培地、黄色 ブドウ球菌数測定用TGSE培地の3種であり、こ れら3種の培地をそれぞれのサンプルに押し付
け、検査した。
3-3)遠隔授業の実施
新 型 コ ロ ナ ウ イ ル ス 感 染 症 対 策 と し て Microsoft Teamsのオンライン会議システム4)を 利用したリアルタイム遠隔授業を行った。拭き 取り法による環境微生物検査とスタンプ培地を 用いた環境微生物検査の流れを筆者がカメラの 前で実演し、受講生に手順を説明した。環境微 生物検査は培養に24時間の時間を要するため、
筆者が授業日前日に培養を開始した。検査手順 の説明を終えてから培養済みサンプルを取り出 し、受講生に画面に映した培地プレートの状態 を観察させた。筆者が全ての培地プレートの写 真を撮影し、そのデータを受講生に共有して、
コロニーカウントを行った。
3-4)受講前後アンケートによる教育効果測定 食品衛生学実験の初回授業開始前(初回授業 日前日の2020年6月3日)に受講前アンケートを 実施した(表3)。また、食品衛生学実験の15回 の全ての実験が終了してから(15回目の授業終 了後の2020年9月10日)、受講前アンケートと同 じ質問を受講後アンケートとして実施し、受講 前後に衛生に関する意識の変化があるのか調査 した(表4)。また受講後アンケートでは、受講 前アンケートと同じ質問項目に加え、受講後に 衛生に関する意識・行動の変化があったのかを 問う項目と自由記述欄を設け、具体的にどのよ うな変化が起こったのか調査した(表4)。
表1.拭き取り法による環境微生物検査の測定場所
表2.スタンプ培地を利用した環境微生物検査の測定場所
表3. 受講前アンケートの調査項目
III.結果
1)拭き取り法による環境微生物検査
拭き取り検査後、35℃で24時間培養した培地 を確認したところ、表1に示した全てのサンプ ルにおいて赤色のコロニーが確認できた。サン プルの中でも、普段学生が使用している講義室 の机からは最大で16個のコロニーが確認でき、
一般生菌に汚染されている状況が明らかになっ た(図1)。
2)スタンプ培地を用いた環境微生物検査 標準寒天スタンプ培地をサンプルに押し付け サンプリングした後、35℃で24時間培養したと ころ、表2に示した全てのサンプルにおいて一 般生菌のコロニーが確認できた。また、同様 の方法でXM-G寒天培地を用いて行った検査で は、未洗浄のニンジンと水で洗浄したニンジン の2サンプルで赤紫色のコロニーが確認され、
大腸菌が付着していることが明らかとなった
(図2)。同様の方法でTGSE寒天培地を用いて 行った検査では、実習室のPCのマウスのみで
黒色のコロニーが確認され、黄色ブドウ球菌が 付着していることが明らかとなった(図3)。
3) 授業開始前後のアンケートによる学生の意 識変化の調査結果
3-1)微生物に関する質問に対する回答
「普段使用しているまな板に細菌は付着して いると思いますか?」という質問に対し、授業 開始前に行ったアンケートでは“大量に付着し ていると思う”と回答した者が25.6%、“付着し ていると思う”と回答した者は39.5%、“少し付 着していると思う”と回答した者は32.6%、“付 着していないと思う”と回答した者が2.3%だっ たことに対し、授業終了後に行ったアンケート では“大量に付着していると思う”と回答した者 が34.2%、“付着していると思う”と回答した者 は42.1%、“少し付着していると思う”と回答し
表4. 受講後アンケートの調査項目
図1.コンパクトドライを用いた一般生菌数測定の例 A:講義室1の机, B:講義室2の机
図2.フードスタンプを用いた一般生菌数測定の例① A1,A2,A3:未洗浄のニンジン, B1,B2,B3:水で洗浄し たニンジン
A1,B1:標準寒天培地, A2,B2:XM-G培地, A3,B3:TGSE 培地
図3.フードスタンプを用いた一般生菌数測定の例② 1,2,3:実習室のPCのマウス
1:標準寒天培地, 2:XM-G培地, 3:TGSE培地
A B
A1 A2 A3
B1 B2 B3
1 2 3
た者は23.7%、“付着していないと思う”と回答 した者はいなかった(図4)。続いて、「普段使 用している包丁に細菌は付着していると思いま すか?」という質問に対し、授業開始前に行っ たアンケートでは“大量に付着していると思う”
と回答した者が20.9%、“付着していると思う”
と回答した者は41.9%、“少し付着していると思 う”と回答した者は30.2%、“付着していないと 思う”と回答した者が7.0%だったことに対し、
授業終了後に行ったアンケートでは“大量に付 着していると思う”と回答した者が23.7%、“付 着していると思う”と回答した者は47.4%、“少 し付着していると思う”と回答した者は28.9%、
“付着していないと思う”と回答した者はいな かった(図4)。「洗う前の野菜に細菌は付着し ていると思いますか?」という質問に対し、授 業開始前に行ったアンケートでは“大量に付着 していると思う”と回答した者が39.5%、“付着 していると思う”と回答した者は60.5%、“少し 付着していると思う”、 “付着していないと思う”
と回答した者はいなかった。それに対し、授業 終了後に行ったアンケートでは“大量に付着し ていると思う”と回答した者が94.7%、“付着し ていると思う”と回答した者は5.3%、“少し付着 していると思う”、“付着していないと思う”と 回答した者はいなかった(図5)。「水洗い後の 野菜に細菌は付着していると思いますか?」と いう質問に対し、授業開始前に行ったアンケー トでは“大量に付着していると思う”と回答した 者が4.7%、“付着していると思う”と回答した者 は37.2%、“少し付着していると思う”と回答し た者は58.1%、 “付着していないと思う”と回答 した者はいなかった。それに対し、授業終了後 に行ったアンケートでは“大量に付着している と思う”と回答した者が18.4%、“付着している と思う”と回答した者は63.2%、“少し付着して いると思う”と回答した者は18.4%、“付着して
いないと思う”と回答した者はいなかった(図 5)。
3-2) 受講後アンケートによる衛生に関する意 識・行動の変容調査
「環境微生物検査」を含む食品衛生学実験の 15回の全ての授業終了後にアンケートを行っ
図4. 授業前後に実施したアンケートによる受講生の意識 変化解析の結果①
「普段使用しているまな板に細菌は付着していると 思いますか?」および「普段使用している包丁に細 菌は付着していると思いますか?」に対する回答率
図5. 授業前後に実施したアンケートによる受講生の意識 変化解析の結果②
「洗う前の野菜に細菌は付着していると思います か?」および「水洗い後の野菜に細菌は付着して いると思いますか?」に対する回答
た。「食品衛生学実験受講後に衛生に関する「意 識」の変化はありましたか?」という質問に対 し、“大きく変化した”と回答した者が71.1%、
“変化した”と回答した者が28.9%、“どちらでも ない”、“あまり変化はない”、“受講前と何も変 化していない”と回答した者はいなかった(図 6)。また、上記の質問に対して“大きく変化した”
または “変化した”理由として、“目には見えて いなくても、細菌はあらゆる場所に付着してい ることを知ったから”、“細菌調査の実験から学 ぶことが多く身の回りにあるものには細菌が多 く付着していることがわかった。そこから生活 していく上での衛生意識が変わったから”、“自 分の目で、手や日常で使用する物に存在する菌 を見たことで、恐怖を感じたため”という回答 が見られた。続いて、「食品衛生学実験受講後 に衛生に関する「行動」の変化はありました か?」という質問に対し、“大きく変化した”と 回答した者が57.9%、“変化した”と回答した者 が42.1%、“どちらでもない”、“あまり変化はな い”、“受講前と何も変化していない”と回答し た者はいなかった(図6)。上記の質問に対して
“大きく変化した”または “変化した”と回答した 者の行動がどのように変化したのか自由記述欄 に記載してもらったところ、“手洗い後はアル コール消毒を行う、共同で使用する机やパソコ ンのキーボード、椅子はウエットティッシュで 拭く。調理の際はこまめに使用器具を洗浄する ようになった”、“細菌のことが頭に浮かんで食 材をよく洗ったり加熱するようになった”、“日 常の細菌の存在や恐ろしさを知ったため、手洗 いなど特にきれいに気をつけるようになった”
という回答が見られた。
IV. 考察
本研究では、環境微生物検査が管理栄養士を 志す学生の衛生意識の変容につながるのか受講 前後に実施したアンケートから比較した。「普 段使用しているまな板に細菌は付着していると 思いますか?」、「普段使用している包丁に細菌 は付着していると思いますか?」という調理器 具の衛生状態に関する質問に対する回答におい て、受講前アンケートでは“付着していないと 思う”と回答した者がいたが、受講後アンケー トではいなかった。また、受講前に比べ、“大 量に付着していると思う”または“付着している と思う”と回答した者が増えた。これは、食品 微生物検査で、普段使用している調理器具や身 近な設備からも細菌が検出されたことが、受講 生の印象に残ったことによると考えられる。自 由記述欄にも、“目には見えていなくても、細 菌はあらゆる場所に付着していることを知っ た”といった感想が多く寄せられ、普段の生活 の中では目に見えない細菌を培養し可視化する ことで、学生の衛生意識を高めるきっかけを
図6. 授業後に実施したアンケート調査の結果
「食品衛生学実験受講後に衛生に関する「意識」の 変化はありましたか?」および「食品衛生学実験受 講後に衛生に関する「行動」の変化はありましたか?
に対する回答
作ることができたことが示唆された。また、
「洗う前の野菜に細菌は付着していると思いま すか?」、「水洗い後の野菜に細菌は付着してい ると思いますか?」という質問に対しても同様 に、受講前に比べ、“大量に付着していると思 う”または“付着していると思う”と回答した者 が増えた。自由記述欄には、“細菌のことが頭 に浮かんで食材をよく洗ったり加熱するように なった”という感想が寄せられ、食中毒防止の ために管理栄養士としてどのような対策が必要 であるかを考えるきっかけを作ることができた と考えられる。さらに、受講後に行ったアン ケート項目「食品衛生学実験受講後に衛生に関 する「意識」の変化はありましたか?」という 質問に対し、受講生全員が“大きく変化した”ま たは “変化した”と回答しており、食品微生物検 査を含む食品衛生学実験の授業内容が受講生の 衛生意識の向上につながっている可能性が示唆 された。また、「食品衛生学実験受講後に衛生 に関する「行動」の変化はありましたか?」と いう質問に対しても、受講生全員が“大きく変 化した”または “変化した”と回答しており、食 品微生物検査を含む食品衛生学実験の授業内容 が衛生意識の向上のみならず行動変容にまで結 びついたのではないかと考えられた。しかしな がら、行動が“大きく変化した”と回答した者の 人数が、意識が“大きく変化した”と回答した者 の人数より少ないため、より多くの受講生が行 動変容を起こせるような内容の改善が求められ る。自由記述欄に寄せられた意見を参考に、次 年度以降授業改善を行い、管理栄養士を志す学 生の衛生意識をさらに高めることができるよう な教育を実践したい。
V. 結論
環境微生物検査により、学生に衛生管理の大 切さを理解させることができた。また実験を通
して、学生の衛生意識を高めることができた。
本試験の内容を含む食品衛生学実験を受講した 学生が、将来、管理栄養士として従事するとき、
現場の従事者の衛生意識を高める指導を行うこ とが期待される。
謝辞
本研究を行うにあたり様々な場面でご助言を いただきました米沢栄養大学佐塚正樹教授に感 謝申し上げます。
利益相反
本研究においては利益相反に該当するものは ない。
参考文献
1)文部科学省:学校給食調理場における手洗 いマニュアル(2008)
2)厚生労働省:HACCP(ハサップ)に沿った 衛生管理の制度化(2018)
3)東京顕微鏡院:食品微生物検査技術研修会 研修資料(2019)
4)https://www.microsoft.com/ja-jp/microsoft-365/
microsoft-teams/free