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健康に生きることと生きがい

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Academic year: 2021

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1. 長寿を考える

現在の平均寿命は男性77歳, 女性84歳に近くこれは世界一の長寿である。 1947年に男性, 女 性ともに平均寿命が50歳を超えて50年以上が経ち, この間に平均寿命は驚くほど伸びたことに なる。 平均寿命がこれほどに伸びた理由は医学の進歩, 医療の普及, 食事の改善などである。

日本では平均寿命が伸びることをずっと歓迎してきたが最近, その質について考えるようになっ てきている。 男性の場合, 社会の一員として仕事に没頭し, 気がつくと定年を迎えそのときに はこれからの人生を生きる目標がなくとまどうことになる。 女性の場合, 自分の時間を意識す る45歳ころからを第二の人生とすればこれから40年以上を生き通す時間をもつことになる。 こ れまでは子どもを育て, 舅や姑, 夫の世話をしてきたがこれからは夫と2人だけのあるいは1 人の時間を過すことになる。 この時期からこそ自分がどんな生き方をするのかを考えていかな ければならないことになる。 男性, 女性とも何歳になっても自分の可能性に気付き愉快な人生 を設計すること, 隠れた才能を掘り起こすことに必要な時間も十分にある。 「自分らしく生き る」 というデザインをして構成していくこと, なんのために自分の時間と能力を使うかの方針 をたてていくことなのである。 このために必要な技術を取得するための時間も十分にある。 自 分の周囲をよくよく見渡すと今まで気づかなかった事, 関心がなかったことが思いがけなく見 えたり気づいたりする事がある。 もう1つ大切なことは, 自分を発見すること, 自分について 考えること, そして自分の周囲にいる他人のことを考えることである。 社会は自分と自分を取 り巻く人々により構成されており, これらの人々とともに生きているということを認識するこ と, 自分の意外な面に気づく事もある。

「自分らしく生きる」 ということを考えると次の人たちを思い浮かべる。

2. 黄昏のくる前に 自分らしく生きるということ

中年から始まる第二の人生, 中年以降の生き方を私たちはどのように考えているであろうか。

健康に生きることと生きがい

−自分らしくいきる−

原 田 壽 子**

*Good Health and Human Well-being Good care of ourselves

**Toshiko HARADA (立正大学社会福祉学部人間福祉学科)

キーワード:生きがい, 健康と自立, 老いとは

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人生の黄昏が来る前に自分らしい生き方を設計しこれまでの生きてきたあり方をより満足した 第二の人生に凝結できるようにもっていきたいのである。 中年とはいったい何歳からであろう か。 大西洋横断無着陸飛行を成し遂げたリンドバークの夫人のアン・リンドバークさんは 「55 歳からが私の中年です」 といっているが, 一般的には40−45歳にかけて中年といわれている。

中年とは人間にとって, 第二の青春, 第二の開花期, 第二の成長期と言われている。 自分で自 分の時間を自分の考えた通りに使い, 自分の時間を自分で創るときでもある。 また, 人や物事 に対して感動する心をずっと持ちつづけていきたいときでもある。 目の前に現れる様々なこと にワクワクして過すことができれば生活の範囲や人間の輪はますます広がり, 心は豊かになり 本人も周囲も愉快で快適な状況になるであろう。

歌人の斎藤茂吉氏夫人の輝子さんは79歳で南極の地に立った最高年齢の人としての記録をも ち, 常に新しいことにチャレンジしていた人生である。 常識で考えると80歳の女性がはるばる 南極まで何度も出かけることはないであろう。 しかし, 彼女はこの年齢に至るまで元気に遠い 南極まで旅をするという好奇心と気力をもち, さらにその行動を可能にする健康を維持してい たということである。

宇宙工学博士の糸川英夫さんは60歳を過ぎてからチェロの演奏, クラシック・バレーに本気 で取り組み, 舞台にも立っていた。 いままでやってきたこととは全く違う新しいことに挑戦し, 新しい世界で自己開発, 自己表現ができたということである。

このように意欲と好奇心と活動を可能にする健康を備えている事により, 意識していき方を デザインしこれを実現できるということになる。 第二の人生, 人生の終末はその人が健康で自 立しているかどうかにより大きな相違がでてくるということである。 健康で自立した状態をど のように確保できるかはその人のそれまでの生き方の結果である。 どのように意識して生きて きたかということである。 この健康への意識は20歳ころからもちはじめ, その意識が長いその 人生の間ずっと継続されるとき人生の終末までの健康は確保されるのである。

3. 生きがいを考える

人は年齢を重ねる毎に異常に寂しさを感じるものである。 それは自分が属している社会なり 家庭において自分が無用な存在であると思うからである。 社会的に自分のいる場所がなくなる と人との接触は極端に減少することになる。 なんらかの形で若い集団との関わりがあることが 望まれる。 自分が存在する社会があり, そこに自分より若い人がいていっしょに行動できると いうことがわれわれを変えていくのである。 これは青年期でも同様で社会的に自分の立場がな いとき生きる希望を失い, 生きがいが見いだせないことになる。

もう, 社会では自分を必要としない もう, 家族の中で私を必要としない

これは耐えがたいことで, 社会や家庭で必要とされているということは自信をもち, 人間と して生きているというプライドをもって生活する事になり, 人を若くしこれを維持する事がで

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きるようになる。 これが生きがいということである。

精神医学者の神谷美恵子さんのいう生きがいとは, 「自分の存在はなにかのため, または, だれかのために必要であるか」 という質問が肯定的に答えられれば, それだけで十分に生きが いを認める人が多いという。 もし, 老人に生きがい感を与えようと思うなら, 何なりと老人に できる役割を分担してもらい, なにより愛の関係において老人に存在がこちらに必要であると 感じてもらう事が肝心と述べている(1)

すなわち, 自分の存在が他人にとって, 必要であると実感することにあるといえる。 私たち はこの自分の存在がどうあるのか, 存在を確かにし続けるにはどうすればよいか, 生きている 事を喜び, 健康で明るく生きること, 生きていてよかったと感じ, 自分の存在が他人にとって 必要であると実感すること, そしてもっとも美しい生き方を実現することを考え, これを実現 するための努力をしていきたいものである。

上智大学の小林 司教授 (医学博士) は生きがいについて 「どうやら自分が生きている価値 や意味があるという感じや, 自分が必要とされているという感じがあるとき, 人は生きがいを 感じるものらしい」 と述べている。 また, 「必要とされているということは, 自分が生きてい るということに対する責任感であり, 感情の起伏や体験の変化を含み, 生命を前進させるもの, つまり, 喜び, 勇気, 希望などによって自分の生活内容が豊かに充実しているという感じ, な のであるという(2)

日本人の場合, 高齢になると家族とともに生活する事を望み, もし健康を害し自立して行動 できなくなるとさらに家族の支援を期待する人が多い。 機会あるごとに 「もし自立できなくなっ たときはどうしますか」 と問うと, 男性の場合, ほとんどが妻か嫁か娘に看てもらうとしてい る。 女性の場合ほとんどは家族に看てもらうことを予定していないという。 世代の変化ととも に女性の老後に対する考え方は変化している。 周囲の誰かを介護し, 支援をしてきた経験から このことは自分のためにはしてもらうわけにはいかないという思いが強い人も少なくない。 で きることなら健康に自立して最後まで生きることを心から念願して日々を大切にしている人が 多い。

福祉先進国であるイギリスでは人々はどのように自分の老後をとらえているのであろうか。

「老後をどのように考えていますか」 と質問してみると, 男性, 女性いずれからも自尊心 (pride) と自立 (independence) という答えが返ってきた。 彼らは自分の人生は 「個」 を確立 して生きてきており, 生きるということは自分を大切に生きることであると考えており, 高齢 になったからといって 「個」 を失うことはないのである。 高齢になり身体的にまた精神的に衰 えた部分があったとしても残存している機能を十分にいかして使い, 親族にも他人にも全面的 に寄りかかり生きるということは 「自尊心」 が許さないというのである。 そして何がしかの支 援を受けながら 「自立」 して生きること, これが彼らの 「自尊心」 充足し, 心平らかに生きる ことに通じるのである。

1つの例としてあげると, 93歳で視力が大分衰えて日常生活に支障を来たしているが, 彼は

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1人で街の中に一軒の家に住み, 生活している。 買い物など日常生活のことは隣近所の住民が それとなく援助して不自由なく生活している。 時々デイケアセンターを利用して人との交流を 図り生活を豊かにしている。 このような生活は彼だけの特別なことではなく, この場合と同様 に高齢者は自然な形で今までと同じ生活を送ることができることを望んでいるのである。 この 町の中ではひとり暮らしの老人家庭があることを住民は認識しており, 時にはそれぞれが声を かけたり買い物などの支援をしているが, ある日いきなり亡くなっていることを知り驚くこと もある。 住民はそれを自然な形で受け止め, 生前の彼らの自立した生き方を偲び懐かしみ, そ して送るのである。

4. 老いとは

老いには60歳から10年間隔で初老, 中老, 老々の3段階があると五十嵐氏は述べている(4) 初 老 , 中 老 で は 人 間 と し て 生 き て い く 自 立 度 は 高 い が , 老 々 で は 病 気 は な く て も ADL (Activity of Daily Livings) (日常生活の生活度) が著明に低下する。 しかし, 暦の上の年齢 と生理的年齢とは必ずしも一致せず, 同じ年齢でも高齢になればなるほど老人度の個人差は大 きくなる。 この差は精神的緊張と運動の程度による事が多く, 若さを保つのもこの2つが関わっ ている。

最近の傾向として65歳から75歳までの中老の人口が増加しており, 肉体的にも元気であるが, 時間を持て余している人が多い傾向にある。 それまでの束縛から開放され, 時間をはじめ自分 のもっているものをすべて自分のために使う事ができる最もいい時期である。 75歳を過ぎると 肉体的にあらゆる部分で老化が進みだし, 本人は若いつもりでも肉体的には老化している状態 である。 たとえ病気がなくても日常生活を示すADLが非常に低下する。 社会的に仕事を持っ ている人のADLは比較的高い傾向にあるが, 特別養護老人ホームなどで生活している人はも ともとADLが低い人たちであるから, さらに低下していくことになる。 この肉体的自立度を 高く保つには毎日の生活の中での努力が必要であろう。

アメリカの臨床老人学の第一人者K.O.アブラスの書いた教科書には老化過程に含まれる臨 床的な諸問題を次のように示している。

老人になると動かない

不安定になる

ふらつきをおこしやすくなる

失禁をおこす

知的に大幅に障害をおこす (痴呆)

感染をうけやすい

視覚, 聴覚の障害が起こる

鬱になりやすい

食べなくなる

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医原性でおこるものが多くなる (医療を受けた事により, 引き起こされた病気や症状)

不眠になりやすい

免疫不全

性的機能障害

だれにでもいつかは忍び寄る老化は肉体的, 精神的両面に現れることが示されている。 これ らの症状についてチェックが必要である。 これらの項目が現れたとき, これをどのように受け 止めるか, 項目によってはこの症状を解消することも可能である。 早期に対応することが必要 である。

もう少し具体的に身体に表れる老化をみてみよう。 「転びやすくなる」:加齢とともに姿勢を 維持することが不安定になることが多くなる。 安定性を欠き, 意外な場面でつまずいたり, よ ろけたり今にも転倒するのではないかということがしばしば起きてくる。 老齢者の多くは転倒 を体験している。 常にこの危険から身を守らなければならない。 骨折をしてこれが治癒するに は2−3ケ月の時間がかかり, その間, 自立的に行動できず寝たきりの状態にいることになり, その経過によっては再び自立的な動作ができないままになることが多いことから, 骨折は予防 しなければならないのである。

「失禁する」:これは人にはなかなか言えないことである。 とくに女性では10人中4人は経 験するといわれている。 福祉の対象となる事項ではない事象だが老齢者にとっては重大なこと である。 各人の状況に合わせて生活すること, 普通の人間として生活できる社会であることが 望ましいのである。 われわれは例えおしめをしても, 車椅子を使っていても普通の人間として 生きることが日常的でありたいと願っている。 以前に訪ねたイギリスの老人ホームで生活する ある夫人は車椅子の生活であり, おしめも着用しているということであったが, 表情は明るく 活動的で, 週末には訪ねてくる家族とともに観劇とショッピングの予定であるといきいきと話 しているのが印象的であった。 このように失禁があっても普通の生活が可能であることをわれ われは認識し, 生活を豊かに, 楽しくしたいものである。

「痴呆になる」:脳の機能がなんらかの原因で広範囲に影響を受け, 家庭生活, 社会生活全 般に支障をきたした状態が痴呆である。 80歳を過ぎれば50%の人は老人性痴呆になるといわれ ている。 これは脳が老化した状態−脳の廃用性萎縮−ということになる。 人間の身体は生物学 的法則に忠実に従う組織である。 寝たきり状態で脚の筋肉を使用しなければ筋肉は衰えて歩行 が不可能になる。 脳の機能も同様に使わなければだめになる。 老化とともに脳の働きは衰え神 経細胞は萎縮し痴呆状態になる。 重症の痴呆状態は回復の見込みも薄く, 重症にならないうち に治療できないかという研究が進められている。 中年以降の生活をデザインし, 目的をもって 意欲的に生きること, 頭をいつも使う毎日を過したいものである。

友人の祖父は92歳, 自立的な歩行はできず, 寝たきりの状態にあるが, 大脳の働きはなんら 変化はない状態で, かれのベッドは家族の集まる居間の真中に置かれており, 終日家族の誰か といっしょであった。 彼には株の売買という仕事があり, ラジオを聞き, その日の相場を判断

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して売買を指示するということを日課としていた。 脚は不使用のために起こる脳の萎縮は全く 起こさずに普通の人間として人生をまっとうできるということはなんとも幸せなことである。

医学的に老齢者の病気をみると, 腎機能や心臓の動きのレベルが落ちるが, この程度では日 常生活に支障がないので病人として扱う必要はない。 各臓器のレベルは若い年齢層より低い水 準にあっても, 身体は全体として調和のとれた働き方をするということである。 単なる延命で はない老いの命を保つために身体的には感染症を早く治療すること。 生きる喜び, 生きる意味, 生きる価値を考える事を目標にしていきたいものである。

高齢者のQOL (Quality of Life) (生活の質) を高めるにはどんなことが日常的に必要であ ろうか。

老人はいつものように生活すること

長い間の生活習慣を尊重する

生活環境を豊かにすること

家族といっしょに食事をすること

会話の時間をもつこと

子どもの話の聞き手になること

なにかできる仕事, 役割をもつこと

生きがいをもつこと

長い人生の終末を豊かに生きる工夫を常日頃から心がけていかなければならない。 現在, 日 本の社会では高齢女性のほぼ6人に1人が1人で暮らす, 1人暮らしの社会になっている。 男 女とも80%の人は 「健康である」 と思って暮らしている。 80歳まで生きる人の割合は男性:

50.8% (2人に1人), 女性:73.1% (4人に3人) で非常に高い割合である。

5. 私たちの未来 人生の終末を考える

私たちは人生の終末をどのように想像しているのでしょうか。 だれといっしょにいるのでしょ うか。 どんな所で生きているのでしょうか。 元気で自立して生きているのでしょうか, 呆けた り, 寝たきりになっているのでしょうか。

人生80年になってしばらく経過し, 介護の問題が話題になるにつれ, 誰もが自分の人生の終 末について考えることが多くなった。 それはもしかしたら呆けるかもしれない, もしかしたら 寝たきりになるかもしれないと自分の未来に対する不安を感じる人が以前より多くなっている のではないだろうか。 今の社会は福祉的な政策がきめ細かく進められ, 介護などの問題もわれ われの身近な問題としてだれにでも提供される時代となっている。 2000年の4月から発足した 介護保険は貧富の差なくだれもが参加し, 公平に福祉に関する恩恵を得ることができる制度と して登場してきた。 福祉サービスの利用者を弱者救済という考えだけはなく, 年金生活による 自立した高齢者を支援するという考え方 (自立支援) へ転換したのである。 この制度は医療と 福祉と保健が1つになり総合的なケアをもたらすことを目的としている。 従来の福祉措置制度

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のように市町村の行政処分という形ではなく, 利用者は被保険者として保険証1枚あればどこ でも, いつでもサービスを受けられるという事になる。 介護保険の導入後, 今後の高齢者はど のように変化していくのであろうか。 従来の福祉の世界における高齢者像は 「弱い方々」 「庇 護される方々」 であり, これが 「措置」 という制度であった。 今回の介護保険の導入は誰もが 受けるリスクとしての介護問題として捕らえられるとともに, 高齢者を一方的に庇護する対象 として捕らえるのではなく, みずから制度の担い手として参加することである。 すなわち,

「自立した高齢者」 を前提として制度は組み立てられていることになる。 これからは自ら主体 的にサービスの選択できなければならない。 介護が必要になるとすぐに一般生活から引き離さ れてしまうのではなく, 希望する限りできるだけ地域で, 家庭で生活できる体制作りを具体化 していかなければならない。 これが今後の社会保障の方向であろう。 この介護保険があるとい うことで終わってしまい, サービスがともなわなければなんの意味もない事になる。 サービス の基盤は連続的でなければ, 人々は自立的生活を確保できないことになる。 介護保険は実施さ れて半年が経過するが, 介護を認定された人がこれをどのくらい利用しているであろうか。

認定されたサービスに対し, 介護サービスを受けるには保険料とは別にその料金の1割を負 担しなければならないことから, 認定されたサービスを受けていない人が続出し, サービスを 目的として参入している民間会社が成り立たないという状況にある。

われわれの未来を支えてくれる制度ができたことから, だれもが自立した老後をおくること が夢ではないことになった。 このような社会的支援を制度として利用しながらまず, 健康に生 きることが期待できる時代となり, 明るい福祉を歓迎していきたいと考える。

アメリカでは高齢者政策として 「ヘルシー・ピープル計画」 を打ち出している。 寝たきりを 防ぐためのあらゆる方策を企画し, この結果, 高齢者による社会経済的効果を狙い, アメリカ 経済に活力をもたせ, 同時に各個人についても明るく快適な生活と生産的な側面を持つ生活を 期待しているのである。 91歳の女性が骨折で入院, 自立行動ができない状態になったとき, 理 学療法を担当するチームは彼女の意志を尊重し4週間で必ず自力歩行ができるようにすると約 束し, 両者でリハビリを開始する。 本人も本気でこのチームのやり方に取り組み, 結果として 4週間後には補助器具を使いながらも自力歩行が可能になり自分の居室に戻れることになった。

このリハビリに要する費用は寝たきりの介護費用の3ケ月分弱で費用はこれ以上かからない。

費用はかからず, 本人もさわやかにこれからの生活を設計できるという幸せは個人ばかりだけ ではなく, 国家としても利益になるのである。 高齢者が健康で元気に生活するということは買 い物をするでしょう, 旅行にもいくでしょう, 車や家も買うでしょうということになり, これ が社会経済的効果につながるという考え方で, 生きる質を本気で考えているということである。

そこには生きる生きがいもいろいろに広がるであろう。

引用文献

1 神谷恵美子

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2 小林司 「生きがいは何か」 NHKブックス 1989

3 上田吉一 「自己実現の心理」 誠信書店 1976

4 五十嵐正男 「黄昏がくる前に」 朝日文庫

参照

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