日 本 國 憲 法 お け る
﹁ 天 皇
﹂
西 口 照 男
は し が き
日本円悪法が制定されて以後︑ただ十年を経過しないのであるが︑⁚すでに改正論︑擁護論が激しく闘わされてい
るc再常備問聖走路深刻な通関をもって携行していることは極めて明白であるが︑全面改正論も樟頭し︑天皇に関
する規定にも触れている︒﹁象徴﹂より﹁元骨﹂へ︑という代表的命題で示されているのがそれである︒本稿は︑こ
めように天真に闇して改正論の行われていることにかんがみ︑ひととおり日本国憲法における﹁天皇﹂を概説し︑種
火の解釈が行われていることについて﹁応私見の結論を示し︑改正論議理解のためlの前論たらしめたい︒﹁天皇﹂改
正論議は︑稿をあらためて論じたいと思う︒ ′
l 序 説
ポツダム軍言受諾後︑従来論議することを許されなかった天皇制1−簡単にいえば︑天皇に関する制度−−存廃の論が行われた︒この天皇制論議は︑ポツダム軍言受諾.によって天皇制をも含めて日本の根本的政治体制は人民の意思
によって決することを的したことに起因し︑直接的には︑治安維持法廃止に伴って共産党が天皇制廃止を公然主張する自由を楷得したのを契機として愈晶発化したものであった︒/
結局︑日本国憲法は︑民主主義を貫徹して人難普遍の原理として国民主権主義を瑞的打規定し︑同時に︑国民感情
と伝統を尊重して天皇制を存置した︒しかし︑いう変でもなく明指憲法下の天皇制と日本国憲法下の天皇制は︑大い
日本国憲法における﹁天皇﹂
二三 一三
経 営 と 経 済
二三四
r
質的忙異なるものである︒す友わち︑明治憲法
おける天皇が︑神勅基礎を・おいた統治権の総撹者として︑強大
r ‑ r
友権能を有したの陀対し︑日本国憲法における天皇は︑主権者たる同民の総立に芸礎をおいた日本国及び日本間民統 合の象徴と注り︑天皇の権能亦その地位
r
応じて︑形式的儀礼的なもの忙限定せ.られた︒ととに重大なる変革を加えられた同民主権主義下の天皇制が日本国憲法の一の軍犬たる特色として存するとととなった口 君主主権主義に立つ明治憲法
r ‑
おけると同じく︑同民主権主義を明記した日本同怒法K ‑
おいても︑天皇の章が首宜‑
r
告かれたととは注目すべき特色である︒とれについては秘々の説明が行われているが︑要するに︑憲法改正という
外形を維持じ︑同民感情吹噂貫し︑必やじ本純理論上の界求忙従わたかったとと忙帰脅する︒(註︺とのととは立法の妥
協的性質を如実忙示すものであり︑同民主格主誌の徹底という論理上の要求上りすれば︑立法論的忙は問題とせらる
ペき点であろう︒
註法的十
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編︑司解日木同罰法上特五九頁には︑﹁
m ‑
に︑との罰法が形式上︑旧憲法の改
E
とい
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とと
と︑
第二には︑天空に﹃R木川民のあとがれの中心﹄であるというような旧居間法上のそれに近い地位そ認めたとい号草案起草者のな図とに誌︿ものである﹂と金森川務大臣の説明そ引用して述べており︑マ1
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天 皇
の
地位
天主の匁微としての地位(一)天皇は︑明治憲法忙沿いては︑﹁閏の元首﹂であり﹁統治権の続開何者﹂︿四条)であった︒しかる忙日本国
憲法陀沿いては︑﹁
H
木間の栄一徴であり︑白木閏民統合の象徴﹂(虫思法一条)と怒った口一般陀象徴とは︑無形的︑抽象的︑非感覚的友ものを表現する有形的︑具休的︑感覚的危ものといろ意味である︒例えば︑鳩が平和を象徴し︑
白百合の花が純潔争.象徴し︑同旗が同家党朱徴する如きである︒代表正象徴とは旦(怠る︒代表の概念は︑例えば︑国
会常自は閏口氏の代表であるみ一いちご左︿︑同質者間の関係であり︑同会議員の煮思や行為は閑民の意思や行為を表わ
‑ ・
4すが︑匁微は︑前一不の例で分るごとく共質者間の関係であり︑意思や行為を表わさない町天皇が日本国の象徴であり
日本同氏統合の象徴であるということは︑日本悶又は日本国民統合という無形的︑抽象的︑非感覚的なものが︑有形
的︑九ハ休的︑感覚的
K
天弘を通じて去現せらるる乙とを示しているロ公微の芯が︑内以
r
沿いて用いられた事例r
ついては二八四八年二月二六日のフヲシス第二共和国の宣言﹁フラン
ス人民の名にむいて﹂の中に三色旗について用いられ︑イギリス国王Kクいては︑一九=二年のウエス?ミシスグ1
条例の前文に沿いて﹁国王はイギリス連邦所属国の自由な連合の象徴であり︑彼等は国王に対する共通の忠誠によク
て結合されている﹂(叶
Fo ng
当ロ宮任︒ω可
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0 4 弓ロ・)と宣言され︑一九四九年の﹁連
邦白些一一一こにも︑国王は﹁連邦構成の独立諸国.の自由な結合の象徴﹂と表現されている口日本国憲法
r
bける﹁象徴﹂
規定も︑乙れらが参考されたものであるう︒
君主の象徴的地位は︑西欧
r ‑
おいても︑日本の明治憲法に沿いてもいわれうるが︑統治権の総撹者たる地位が規定せらるる場合は︑集徴的地位は乙の統治権総撹者たる地位K蔽われて前面に出ない︒しかるに日本国憲法忙沿いて
は︑統治権総挺者たる地位がなくなクて象徴たる地位が前面
r
出てきたというととができょう︒而して日本国憲法に長ける天皇は︑象徴としてのみ規定され︑後述の如く︑君主としての性格も夫われること忙なクている︒
﹁日本国の象徴﹂と﹁日本同民統合の象徴﹂の区別は︑﹁前者は︑国土歴史を合む日本の国家全体を指すに対し︑
後者は精神的
K
統合された日本同氏を指す﹂(詰)と一応いいうるが︑日本同は︑日本国民の統合したものであり︑結局同じものをニクの側面から表現したものであり︑何れも政治団体としての日本国や︑同一の政治権力
r
服する統一的な一体というごとき政治的危組織とは無関係である口
(二)かくのごとく天皇の地位が変佑したが︑かかる天皇が同法学上の君主といいうるかは学説の分れるところで
ある円万主は︑市川自然人が同家の最高機関であるとと︑倒君主の位
K
クくべき者が同一血統に限られ︑その系統中では予め定まった対枕継承法によクて継承者の伎につくこと︑のこを挙げるとすれば︑明治憲法の天皇は乙れKあたる
日木川悲法における﹁天皇﹂二三五
経 営 と 経 済
一 一 一 一 一 六
が︑回・求問憲法の天主は︑の
r
あたら友い故︑君主といえねとと忙放る︒じかじとれに対して︑同家の最高機関乃至 統治権の総艶押でなくとも︑君主の標識として︑その地位が世襲で︑同法上︑同際法上の君主としての栄誉権を持ち 閏家の匁徴たる地位を持てば︑君主といいうるとの説明も存する︒要するに君主の概念の立て方如何に工クて異怒り
叉君主の概Aんも限史的忙変化しうるものであるにせ土︑日木国憲法に治ける天皇は︑統治権の総観者でも泣く︑行政
稀の主休でもなく︑外国に対して国の代表権をもたないのであるから︑かかる君主は︑従来存したかクたと乙ろであ
り︑乙の立・味に沿いて君主とは称しえないのである口'
(コ一)天皇が元首であるか否かも同様忙議論の存するととろである口明治芯法では︑天皇は一元首であると明記され
た(四条)白日本同憲法に沿いては元首たる規定が存しない︒否︑公微と規定されているロ一般に元首とは︑国の首 長で︑関内的陀は行政権の首長であり︑対外的にはその同を代表する格能をもっ国家機関と解されている︒日本国憲 法忙長ける天皇は国政に関する権能をもたや︑同の対外的代表格ももたないから︑乙の意味忙沿いて元首とはいいえ
注い︒しかしとれも亦元首の概念の立て方如何町上つては元引けといいうるであろうが︑起草の経緯に照らし︑且つ一冗
背左前述の如く解するときは︑との窓味忙沿いての元中川は︑内問総理大臣とみるのが正当であろう︒起草の経緯に照
らし︑という芯味はマヅカ1サ1元帥が円ら示した起草の方針三点の中﹁天皇は同の頭(ヘッド)の地位にある一式々﹂
工り天丘一一の地仇を元首と併するのは王当でなく︑結局︑古法議会に沿いて政府案の﹁象徴﹂を﹁元首﹂と変更せんと
した効きが抑えられたことによって示しているごとく︑元首たることを否定するために象徴たる表現が用いられたも
のであるう︒
註法学協会編・前掲喜六入瓦︒
=天皇の地位の基礎憲法第一条後段は︑との地位は︑﹁主権の存する日本国民の総意
K
基く﹂と規定している︒それは匁徴たる天皇の地伎の基礎を規定したものである︒すたわち︑明治憲法に沿いては︑天皇の地位は︑﹁朕か祖宗 に承くるの大根﹂(勅語﹀といい︑﹁国家統治の大権は朕か之を祖宗に承けて之を子孫
K
伝ふる所︑なり﹂(上諭)とある工うに︑神話的伝説による皇祖の神勅に基礎を有したが︑日本間憲法に沿いては︑主権の存する国民の総意に基
︿ことになった口﹁神の天皇﹂より﹁民の天皇﹂へ︑といわれるのは︑天主の地仇の抜磁の変化左端的に表現したも
のである口乙乙
r
いう国民の中には天皇は合まない白日本では君民一如であるからとなして天皇も合むと解する説も あるが︑国民主権は君主主権忙対立する概念であり︑天皇制の存する限り︑天皇は一般同氏と同じではたく︑天皇の 地位が国民の総意忙基く以上その源泉の中に天皇が含まれる乙とは考えられない︒又︑同氏の総意とは︑国民の合理 的立忠︑すなわち同氏の多数の意思と解する︒日本国憲法を貫徹する国民主権主義の当然の帰結として︑天皇の地位 も亦︑開民の総意に基礎づけられる乙と
L友クたのであり︑従クて︑国民の総意が変化すれば︑天皇の地位も変化す
る乙とは可能である︒
註﹁憲法の平明な表現によれば︑天皇制はもはやいかなる権威の源泉でもなく︑いかなる権限も行使できやす︑また疑いもなく
日作滅なものでないことは︑全く明らかなのである﹂(聯合同最高司令部民政局・﹁日本の新語法﹂同家学会雑誌六五巻一号
六二五︒同旨︑法学協会問︒・前掲苦七
O
瓦︒横田喜三郎・天皇制七O
瓦 ︒ 三肉体の問題以上において︑天皇の地位陀関して主大なる変化が行われたととを述べたが︑日本国憲法制定にお ける容認議会において誌も問題となクたものに︑﹁同休﹂が変ったか否かの議論があクた︒政府は終始﹁国体﹂は変
らないといい︑学才の多くは変ったといクた︒これも亦同体の概念の立て方如何と大なる関係がある︒
(一)従米明治忍法下に長ける︑芯法学説中︑肉体と政体の区別を認めない者もあクたが︑乙れを認める学説が通
説であった︒との区別を認める者は︑国体とは︑国家の統治権の総担者が何人かを標準として設けた国家の体制と か︑国家組織にむける主権存在の体制とかいい︑主権が君主忙あるのが君主国︑国民にあるのが共和国であり︑政体 とは主権行使の態容による区別︑すなわち︑権力分立主義によって行われるのが立憲政体︑権力兼併主義によクて行 われるのが専制政体と説明した︒明治定法自身には国体の語はなかったが︑多くの学者は第一条と第四条左以て国体 規定となし︑大正一四年できた治安維持法には︑国体の語が実定法的に明記された︒その意味は︑大審院の判例では
﹁わが帝同は︑万世一系の天皇君臨し︑統治権を総践し給うことを以てその国体となし︑治安維持法の所謂国体の意
義亦かくの如く併すべきものとす﹂と示している口乙れは従来の憲法学説が大審院の判例という有権解釈を通じて再
白木同定法における﹁天白亡二三七
経 営 と 経 済
二三入
確言されたものといいうる︒
日本国憲法においては︑天皇は統治権の総撹者でなくなり︑主権は国民に存する乙と
Kなクたのであるから︑以上
の意味の国体(これ実定法的国体概念とか法律的政治的意義の同体と称せられる概念である)が変革した乙とにクい
ては︑何人も
ll
政府といえどもll
具論のないところである︒
(二)政府が終始﹁国体不変更﹂を唱えた﹁国体﹂は︑﹁同氏の心の央泌く机主張クている所の天皇とのクながり
を以て︑いわば天皇をあとがれの中心として国が成り立っている乙とが肉体である﹂という意味であり︑従来の憲法 学上の国体ではない(乙れ日本法理的国体概念とか一般的山神的立誌の団体と称せられる概念である﹀︒乙れな天皇
制と同義
K
解して︑明治憲法下の天皇制とは︑天皇の地仇︑机拠︑松能主根本的
K
具にしても︑天皇
K
関 す る 制 度 か 存すればそれが国体であると概念ずれば︑変らないともいいうる︒しかしかような概念は従来の憲法上の概念ではなく︑又との意味の国体につい
A ても定法の変平とともに変化したと説明する有力な学説が存する︒日
国体の問題は︑明治憲法下に‑おいては︑法理命的にも災以政治的にも程えの問題色合んでおり︑極めて重要視され
た︒明治憲法下に・おいて﹁同体﹂は︑法法改正の千治主以てしでも変疋する乙とができない根本法中の根本法である
と論やるのが通説であった︒しかも今川︑山法改正の千松左以て﹁国体の変革﹂を敢えでしょうとするのであるから 如何に乙れを礼明するかは︑法理論的にも尖際政治的にも組めて困難なものであクた︒そこに政府の国体不変革論 が︑従米の悶休概念と概念を具にして生れたものと考えうるが︑法理論的には︑ポツダム宣言受諾左以て一種の革命 と併し︑日本同志法は︑その既に承認した国民主格に基いてその代表者主通じて制定されたと解したければならな い︒乙のととは他稿に沿いて詳述した︒幻又明治の末頃から大正の始め頃の美濃部・上杉両博士を中心とする国体論
争︑更に昭和一
O
年の美浪部博士の﹁天皇機関説﹂を反国体学説とし︑乙れにクづく﹁国体明徴運勤﹂等を通じて表 われた﹁国体﹂の問題は︑単たる憲法学上の議論を越える政治的争いを常に前後に随伴せることは顕著な事実であク
た︒かかる背最を有した﹁国体﹂の問題が︑憲法議会に・おいて白熱の論議となクた乙とは当然の乙とである︒
それに対して︑日本国憲法においては︑従来の国体が変革した乙との認識は︑日本国憲法の基本原理を正しく把握
十るために必.要であるが︑しかもその認識を以て足り︑日本間憲法問休に沿いては︑同休の問題は法律的にも政治的
にも殆んど問題とされないといわなければならぬロ
註
η
決学協会侃︑前川何百七二瓦︒横田︑前掲書一九九頁以下ロ幻両日
v﹁析的訟の
R
定関投開と明治問一明浩の欽定額活性﹂経営と経治第三0
年第
一一
一・
四冊
︒
皇
承
位 手 陸
一点依継承の原則﹁皇位は︑世襲のものであって︑同会の議決した皇室血(範の定めるととろに工り︑とれを継承十る﹂(対法ご条)︒皇的継承の原則を規定したものであるロ皇位︑す友わち︑天皇の地位は世襲である原則は︑明
治悲法左呉危ちたい︒た芳明治景法では︑世襲の要件として︑皇男子孫たるべきととを憲法上の要件としていた点が
具友る(二条﹀︒根本的に具怠る点は︑皇室に関する詳細を規定した皇室典範の地位と性格である︒明治憲法下にお
いては皇室自律主義が行われ︑皇室典範は︑皇室に関する事項について︑議会の関与を排して皇室の自律に工り定立
され︑犬白木帝国憲法?と・ともに﹁二犬典怒﹂といわれて︑憲法とは別箇の法体系に属し︑対等の効力をもっとせられ
た︒白木閏憲法下に沿いては︑皇室自律主義は廃止されて︑﹁皇室典範﹂という名称は同じであるが︑国会の議決す
る法律左友った︒民主々者の百台詩から︑天皇の地位の接礎が閏民の総意に・おかれるにいたった当然の帰結である︒明
治憲法下の︑政務法と官務法のご元性は汝︿友り︑白木同意法の下の一元化が実現された︒旧皇室典範は廃止され︑
新皇室典範は法律であるから︑皇室法と改名すべき主張は妥当である口
‑一丘九件.継承の原因﹁天皇が崩じたときは︑空嗣が︑
f p 一ちに即位する﹂(阜両手典範四条)︒皇位継承の原因は︑明
治虫法と問様︑天皇の崩御に限られる口新皇室一典筒制定の際︑生前の退位を認むべきであるとの議論も有力であった
が︑結局退位は認め注いとTど
に怒
った
︒山
F J.
嗣は︑皇仲継承の第一順牧者である︒即位段︑天皇の崩御に工って︑法律
上当然生じ︑天皇や皇嗣のお尽思及び煮思表示たどの特別の法上の行為を必要とじ怠い︒従って皇位継承は︑いわゆる
法作行為ではない︒
日本同窓法における﹁天皇﹂二三九
経 営 と 経 済
二四
O
一‑一皇枕継承の務︑格皇位継承の資格者は︑﹁皇統に属する男系の男子﹂(皇章一典範一条)であり︑且つ︑皇族の身
︐A
を有する者でなければ喝ならない(皇室典範二条一項)︒皇位継承の性格者を﹁男子﹂のみに限った乙とにクいてはA
男女同様の理念などから︑﹁女帝﹂を認めるべきであるとの論も有力に主張されたが︑とれも亦認められなかクたU
皇統に属する男系の男子でも︑庶子は皇族の身介を取符できたいから︑
hi
位継承のれ一格を有しない(皇室典範六条)︒
との点旧皇室典範と具なる︒いわゆる胎中皇子の皇位継承の性格にづいては︑解釈が介れているが︑明文の規定がな
く否定的に併すべきであろう口
四泉佐継承の順序皇依継承は法定の順序による(県宝典範二条)︒紛誌の余地をなくするためである︒皇室典範
第二条によると︑(一)皇長子(二)皇長孫(コ一)その他の主長子の子孫(問)皇次子及びその子孫(五)その他の
皇子孫(六)皐見弟及びその子孫(七﹀皇伯叔父及びその子孫(八)以上の土うな皇族がないときは︑それ以上で︑
故近親の皇族︑という.順序で︑とれらの場合においては︑長系を先にし︑同等内では︑長を先にする︒以上の原則に
対して︑例外として︑皇嗣に精神もしくは身体の不治のポ瓜があり︑または︑主犬た事故があるときは︑皇室会議の
議により︑次の順位者を皇制とするととができる(日宗典範三条)︒
四
天内一品
の 手 伝 能
}総説明治芯法では︑天沼は︑統治権の総問者であり︑立法権は議会の協賛を以て行い︑司法権は天皇の名に・おいて裁判所が行い︑行政格は内聞の輪開になって行われるととになっていた口かように天皇の権能は無制限ではなか
づたが︑他の同家機関の権限とせられない事項はすべて天皇の権能とされ︑その範囲が極めて広汎であクた︒すなわ
ち︑いわゆる大権事項の多いととは世界の憲法にその比をみざるものであり︑犬権中心主義が行われた︒
日本国憲法では︑天皇は︑統治権の総撹者でたく危り︑日本間及び日本同民統合の象徴となクた口朱徴たる地位
は︑同家の行為をなしうる地位ではない︒しかし︑日本間憲法においても︑象徴たる天皇に一定の行為をなしうる権
拾を認めている︒その権能は︑象徴たる地位にふさわしいものであって︑﹁天皇は︑との憲法の定める国事に関する
行為のみを行い︑同政に関する権能を有しない﹂(憲法四条一項)のである口﹁同政﹂と﹁同事﹂の区別は必やしも明
白で伝いが︑犬体次の如くいいうる口﹁同政に関する格能﹂とは︑国の窓忠を決定し︑同の政治に形燃げを与えるよう
た行為左往す格能であり︑﹁同事に関する行為﹂とは︑自己の決定に工るものではなく︑他の同家機関が決定した乙 とを︑形式的に外部に表示する儀礼的危行為であり︑具体的には︑安法第六条及び第七条に掲げられているロしか
も︑明治虫法に沿いては︑他の間家機関の権限とせられ友い事項は︑天皇の格能と推定されたが︑日本国憲法では︑
夫主は︑﹁との定法の定める国事に関する行為のみを行う﹂ととに限定せられ︑それ以外の行為は︑天皇の権能に属
したいとの推定をうける口
斯様に天皇の権能が限定せられた理由︑象徴たる天皇に一定の権能を与えた理由如何︒一は︑民主政治徹底のため である口す怠わち︑世襲制の天皇に︑常に公正妥当た判断を求める乙とは不可能であり︑天皇に国政に関する権能を
与えると'どは民主政治徹底のために滴当ではない︒二は︑天皇制存置のためである口すなわち︑明治憲法下に︑天皇
の名に隠れて一部の格巨が独裁政治を行い︑天皇の政治責任を生ぜしめる余地があったロそ乙で︑一面︑天皇の地位
を実際政治の外に・おいて︑天皇に政治責任を生やる余地をなくし︑他面︑会似たるにふさわしい権能を与えて︑天皇
'制の存置をはからんとするものである︒否︑むしろ︑天皇制存泣の観点から︑天皇から国政に関する権能を奪い︑国
政に関する権能を有しない天皇の地位を匁微正規定したとみるのが︑恐らく正当であろう︒
=権能行使の一要件と責任﹁天皇の国事に関する行為には︑内閣の助言と承認を必要とし︑内閣が︑その責任を負
う﹂(定法三条)︒
(一)天皇は︑その権能の行使にクき︑クねに内聞の助言と承認を必要とする︒明治憲法下に沿いては︑天皇が大
権を行使する場合は︑犬巨の輔弼によクたのであるが︑統治権の総棚田者たる天皇が採否を自由に決しうる可能性が存
したロしかし︑日本国憲法に沿いては︑天皇の格能は極めて限定された形式的︑儀礼的危国事行為を行う権能であり
しかも︑内閣の助言と承認を必要とん︑旦ク内閣の責任に・おいて行うのであるから︑天皇は助言を拒否したり修正したりする乙とはできないと解すべきで︐あろう︒芳し拒否したり修正したりする乙とを認めるとすれば︑﹁国政に関す
日本
国憲
法に
おけ
る﹁
天皇
﹂
ご四
経 営 と 経 済
二四
名権能﹂を認めるととに友り︑憲法の趣旨に反することになる︒日
天皇の権能の行使は﹁同氏のために﹂行わるべきであると規定せられている(憲法十条)︒﹁同氏のために﹂とは︑
主椛脊たる同氏に代って︑とれを行う︑という意味であると解する︒
(二)天弘の同事に関するすべての行為には︑内閣の助一一一一日と承認を必要とするのであるから︑助言と承認を与えた
内問が背任を負う(憲法三条)のは当然である口内閤の責任は︑自己の行為についての責任であり︑明治憲法と異な って︑天皇に対する責任でたく国会に対する責任であり︑しかも述帯責任である口天皇が無答責であるととは︑明治 泣法第三条﹁天皇は神間にして犯すべからや﹂の如き明文は友いが︑﹁内閣が︑その責任を負う
Lの規定より︑当然
であ
る︒
山‑一椛能に反する引引
天白川の権能に服する﹁同市什陀問する行為﹂は次のものであり︑且つそれのみに限られる︒
( 1
)
内閣総理犬匠及びハ取引川我刊所長・官の任命﹁夫れは︑同会の指名に決いて︑内閣総理占ヘ巨を任命し﹂︑一J
内閣
の指名に基いて︑最高裁判所の長たる裁刊行在任命する﹂(忠法六条)︒一般に官吏の任命は︑内閣がとれを行うが︑
一行政権の背長たる内閣総理犬匝正一司法椛のやけ長たる故高裁判所長官の任命は︑特に格成を玄からしめる体裁を整える
ため天皇が任命する形式をとる︒何れも同会叉は内閣が指名し︑指名に上わ
F実質的に決定し︑天皇はその通り任命す
るを要し︑裁量の余地はたいロそれらの免官は天皇の同事行為ではない︒
(2
) 憲法改豆︑法律︑政令乃内条約の公布(定法七条一号)定法改在は︑同会が発議し︑同民の承認に工り(憲
法九六条)︑法律は︑同会の者決に上り(憲法五九条)︑政令は︑内閣の決定に工り(憲法七三条六号)︑条約は︑内
閣の批准と同会の承認忙工り(憲法七三条三号︑六一条)成立する︒とれらの行為は︑他の国家機関が決定し︑天皇 がとれ在公布するの公布
7どは︑同民一般に知らしめる表示行為で︑天皇は︑成立した憲法改豆︑法律注どを公布した
い肖由を有し注い町とれらの公布を天皇の格能としたのは︑その格成を重からしめんとするものである︒
( 3
)
同突の
pn
集(訟法七条二号)同会の召集とは︑会期を開始させる行為︑す伝わち︑同会の活動能力を発動
させる行為で天主がこれを行う︒召集の要件は︑/憲法及び国会法(憲法五二条︑五三条︑五四条︑国会法二条)で定
められてい右が︑内閣が決定する︒天皇は︑その決定の通りに表示する︒
( 4
)
衆議院の解散(忽法七条三号)衆議院の解散とは︑衆議院議員の任期満了前に全部の議員の任期を卒う行為である︒来涜院を仰悦しうる場合︑解散権の所在について︑憲法第七条︑第六九条をめぐクて︑学説上の争いが存
する︒解恨しうる叫ん日にクいて憲法第六九条が﹁内閣は︑来議院で不信任の決議案を可決し︑又は信任の決議案を否
決したときは︑十日以内に衆議院が解散されない限り︑総時職をしなければならない﹂と規定する以外は︑別に規定
がない円そこで︑一一品は︑定法第六九条によらなければ解散できないという説である口他の説は︑右の場合
K
限定す
ることなく︑同氏の波止を問うために解散は詐されるとする説である︒告もうに︑乙の第六九条は︑衆議院で︑内閣
不伝任決市小公立可決し︑又は信任の決議宗主否決した場合K︑内閣が総畔職するか︑解散権を発動するかという︑解
散の行われる一つのりん日記予想しているもので︑乙の場合でなければ衆議院の解散をなしえないという意味ではない
と解する︒又解散権の所花についても︑その机拠をお七条に求める説や第六九条に求める説が存する︒第七条の天皇
の国事に関する行為は︑形式的︑依礼的な格能であり︑第七条から解散の実質的決定格を引き出すことは正当ではな
い白そ乙で︑第六九条説が砕するが︑これも︑在一而から︑解散権の所花やその事由を限定した規定ではない︒‑おもう
に︑解散権の所在を明確にしていない点は︑いわば乙の泣法の百点の一であクて︑結局︑憲法全体の組織原理︑解散
制度の目的に照して解釈忙上クて決しなければならない口然るとき︑日本同志法がとる議院内閣制の建前から︑旦ク
信を国民に問う解散制度の目的に照らし︑解散権の実質的決定権は︑一般的に内閣に存し︑その決定を外部に表示す
る権能は︑第七条により天皇に存すると併すべきである︒解散の実質的決定権者としての内閣と︑天皇が解散を形式
的に外部に表示するためにそれを助言︑承認する内閣とは︑概念上は別筒のものであるが︑事実上の作用は往々にし
て区別し難い︒幻
(5
) 同会議員の総選挙の施行の公示(憲法七条四号)国会議員の総選挙の施行の要件は︑憲法(四六条︑五四
条)や︑法作(公職選挙法三一条︑コ一二条)で法定されて・おり︑それに基いて内閣が決定したことを︑天皇が公示す
日本
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法M
にお
ける
﹁天
皇﹂
ご四三
経 営 と 経 済
ご四四
る ︒
( 6
﹀間務犬巨及び法作の定めるその他の官吏の任免詑びに全権委任状及び大使及び公使の信任状の認証(憲法七 条五号)同務大目は︑内問総理犬庄が任免し(憲法六八条)︑その他の官吏は︑内閣がとれを任免する(憲法七三
条四号)︒岡政大医及び法作の定めるその他の官吏︑すなわち︑最高裁判所裁判官︑特命全権大使︑宮内庁長官︑会計
検十九人守︑人市山ーなどの任命については︑天皇がとれを認証する(乙れらを認証官という)︒金権委任状及び大使︑公使
の伝任状は︑内問がこれを発し︑天皇が認託する口
認刊は︑市災の作十代を川町一花し公に一北明する行為であり︑意思の表示ではなく︑観念の表示である︒天皇の認証によ
ってとれらの行為を杭成づけるためで︑行為の効力に影響はない︒
( 7
)
大赦︑作放︑減刑︑刑の執行の免除及び復権の認証(憲法七条六号)刑の一一口渡を受けた者に対し︑訴訟法
上の千続に工らないで︑刑日椛の全部又は一部を治減させる行為を恩赦といい︑内閣が乙れを決定し(憲法七三条七 号)︑天皇がこれを認山する︒作仰は恩赦法が乙れを定めている白わが国では︑恩赦に︑大赦︑特赦︑減刑︑刑の執
行の免除及び復権の五仰がある︒
( 8
)
栄典の授与(芯法七条七サ)栄典とは︑同家に対する功労者を名誉づけるために認められる法的な特殊な地伎をいう︒栄此(の授与は︑明治沼山めと川様︑天主の権能とせられている︒ただ︑憲法上の制限が存する(憲法一四
条二
項三
項)
︒
(9
) 批准普及び法律の定めるその他の外交文吋の認前(定法七条八号)条約の締結その他の外交文書の作成は
内閣が乙れに当り(憲法七三条二号三号)︑天主が乙れを認証する︒
(叩)外国の大使及び公伎の捺受(七条九号)とれは佐賀上儀礼的な行為である口
(日)依式の挙行(憲法七条一
O
号)依式は︑国家的儀式をさし︑即位の礼︑立太子式その他国家的視目︑祭日等
が一般に考えられる︒儀式は︑憲法第二
O
条及び第八九条との関係から︑宗教的儀式を合まないことは当然である口註わ連合同最高司令部民政局﹁日本の新憲法).同家学会雑誌六五巻一号六三頁には﹁天皇には何らの裁量権はない︒天皇の任命
認託︑公布等々の行為は︑市に︑国民の代表者の行為の陀認にすぎない︒天日はとの限必そ山むことはできず︑必ず与えな
ければならない﹂と述べている︒
幻西口・﹁衆議院の解散について﹂経蛍と経済第三一一年第一冊参照口
五
天
白
こ とL
の
代ま里
天皇がみやから国事行為を行うことができない場合に︑天皇の権能を代理せしめる制度がニク規定されている︒一 は︑法定代理機関としての摂政であり︑二は︑任意代理である口皇位世襲の原則をとり︑且ク︑退位を認めない結果
実際の支障にそなえるためである︒
一摂政天皇がその権能をみやから行う乙とができない場合に︑天皇に代クてその権能に属する行為を行う機関在
摂政という︒定法第五条は﹁皇室典範の定めるところにより摂政主治くときは:::﹂と規定レ︑摂政を長くべき場合
摂政とたる呉格︑摂政就任の順序な
ε
を︑皇室典範の定めるところに委任している︒摂政をおく場合は︑(一)天皇が未成年の場合(一八才未満)(二)天皇が精神若しくは身体の重患又は重大な事
故により︑同事に関する行為をみやyからすることができないとき︑であり︑(一)の場合は︑認定の必要はなく︑当
然治かれるが︑(二)の場合は︑かかる事情の有無は何人かの認定を要するので︑皇室会議がとれを行う(皇室典範
一六
条)
︒
摂政になる件(格を有する者は︑成年に達した皇族にかざる(皇室典範一七条)︒摂政就任の順序は︑(一﹀皇太子又
は皇太孫(二)親王及び玉三一)皇后(四)皇太后(五)太皇太后(六)内親王及び女王で︑(二)の場合は︑皇位 継承の順序に従い︑(六)の場合は︑皇位継承の順序
K準ヂる(皇室典範一七条)︒乙の順序は︑摂政となるべき者に
天皇と同様の故障があるときは︑これを・変更することができる(皇室典範一八%故障がなくなクた場合にも︑皇太子
叉は皇太孫に対する場合を除いては︑摂政の任を譲らない(皇室典範一七条)︒
﹁摂政は︑天皇の名でその同事に関する行為を行ム﹂(憲法五条)︒﹁天皇の名で﹂とは天皇に代クてという意味'
日本国憲法における﹁天皇﹂ご四五
経 首 と 経 済
二四六
であり︑摂政は︑天皇の法定代理機関である口すなわち︑天皇に代クて︑天皇の国主に閲する行為を行うときは︑法 律上︑天皇が行うのと同様の効果があり︑その代理権の範囲は︑天皇の権能の全部に及び︑且ク︑その範囲に限られ
る︒摂政がその松能主行う場合は︑内閣の助一一一口と承認主必要とし︑内閣がその責任主負う︒
摂政は︑(一﹀天皇が崩じたときっ一)天皇が成年に達したとき(三)天皇の事故.がなくなクたとき︑廃止され る︒(一)(二)の場合は︑法律上当然に廃止三れるが︑(三)の場合は︑皇室会議の議により︑故障のなくなクた
乙とを認定して廃止される(皇室典範二O
条)
︒ 摂政は︑その特別の地位の故に︑﹁その在任中︑訴追
JG
れない︒但し︑これがため訴追の権利は自首されない﹂(皇
室典範二一条)︒
摂政の名称は︑伝統に従クたものであるうが︑国政に関する権能主有しない天皇に代クて行う機関の名称としては
不適当で︑﹁天皇代理﹂の抱突は実体にふさわしい一笑であろう︒
エ天皇の任意代理﹁天皇は︑法伴の定めるところにより︑その国事に関する行為を委任することができる﹂(憲
法四条二項)︒摂政が法定代理であるのに対して︑本条のは︑天皇の意思によクて沿かれる任意代理である口如何なる
場合に委任がなされるか︑如何なる手続で委任されるかは︑﹁法律の定めると乙る﹂に委ねられているが︑まだその
法律は制定されていない︒明治憲法下︑天皇の任立代理機関にクいての規定がなく︑定法義鮮ペ岩波文庫本一四八頁﹀
は﹁天皇一時の疾病違和又は同一抗の外に在すの故在以て︑皇太子皇太孫に命じ代理監国せしむるが如きは︑大宝令
﹃ 以
ν令代レ勅﹄の制に伏り︑別に摂政在位かヂ﹂と述べて︑天皇の委任により天皇に代クてその権能を行う監国を肯
定していたが︑学説は分れていた︒例えば︑天皇の海外旅行︑一時の病気などの︑摂政を沿くほ
ε
でもない一時的な故障の場合︑日本国憲法下では︑監同の名称が用いられるかとうかは不明であるが︑任意代理機関を明文を以て認め
たのが本条である︒しかし︑国政に関する権能のない天皇にクいての任意代理の必要性は殆んどないロ
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皇 室
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オ 可 割 旬
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説明治虫法では︑空圭肖作主義の下に︑とれを規定する官務法は政持法
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限別され︑県宝事務は同家事務と外臨し︑とれ吹門川中る宮内燃悶シ一同家機関も亦完全に八月離し︑皇室に関する事項は同務に関する事項でも︑皇室の自治
に委ぜられてい段︒辺に主た︑阜一去の経済についても︑との原則を貫いて︑主宅独立の財斥及び経費が認められ︑議
会の問与左右川さや︑ただ︑皇室経費の滑瀬の場合に議会の議決を認めるにすぎなかった︒白木同憲法は︑同民主権主
先門川町の下に︑市内事一向律上宅一美里認めア︑阜一空事務も同家事務去一し︑同出家機関がとれを管理し︑皇室財産は同有財産に
移され︑白川室経費︑阜一室が主休とたる金銭その他の物の授受たど︑同会の税制のもみ)において︑皇室の経済の民主化
を は か っ た
︒
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= 山 口
宝関係の機関車一幸一雫務A h
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閏務であるが︑特定の阜一室事務について︑特に皇空会議︑皇室経済会誌を設けて審
議させるととにしている︒会
71
左手続あるいは慣荒を期するためであろうが︑再会または内閣で決すべき事項であり
立法論的には︑とれら特別機関の存置は疑問である︒
(一
・)
阜一
幸一
会議
聖書
一会
議は
︑弐
日一
O
人でとれを組織し︑空校二人︑衆議院及び参者院の議長及び副議長︑内閣総理犬臣︑・宮内庁の長︑設ぴに最高裁判一所の長たる裁判官及びその他の裁判官一人をもって︑とれに充てる(皇室典範
二八条)︒な語︑外に︑予術者員一
O
人史丙く(思索此一筒三O
条)︒尚北電会議は議決機関であって︑単なる諮問機関ではたい︒民事a会議はロバ宝品川一範その他の法律に北一く権限のみを行う(県宝典範三七条)︒その権限は︑次の如くである︒
( 1
)
巾仇
紘一
水の
.順
序の
変克
(由
一主
主典
範=
一条
) ( 2 )
立后及び皐校男子の熔姻に同意(皇室典範一
O
条) ( 3 )
皇族
がその身八刀を限れると止一たどに同立(皇室典範一一条︑二二条︑一四条
) ( 4 )
摂政設置︑順序変更及び廃止の認定
(皇室典範二ハ条︑一八条︑二
O
条 ) ︒
(二﹀皇室経済会議皇室経済会誌は議員が八人でとれを組織する口議員は衆議院及び参議院の議長及び副議長︑
内問総理犬臣︑ムヘ蔵犬臣︑宮内庁の長枚一ぴに会計検有院の長をもクて︑乙れに充てる(白究室経済法八条)︒外に予備議
口八人を丙く(阜一室経済法九条)口県室経済会議が議決機関たると守どは前者?と同様であり︑皇室の経済に関する重要
求明の容認︑すなわち︑皇宝用の財産の決定(皇室経済法一条)︑皇室の財産授受の議決(皇室経済法二条)など︑
日本
国蝦
法に
おけ
る﹁
天皇
﹂
二四七
経明口と杭・治
二四入
皇室経済法及がその他の法律に基く格限のみを行う(皇宅経済法一一条︑皇室典範三七条︑共の他皇窒経済法六条六
項参
照)
口
た治
︑・
刊日
常市
九
MP
川北る{日容に宮内庁がある︒宮内庁は内閣総理犬巨の所特に服する行政令告で︑かつての宮内省とはふく列なる︒
三 日 去 の 経 済
﹁
(一)引去財慌の同有移管﹁すべて阜一章一財産は︑同に日する﹂(汲法八八条前段)︒主主財産とは︑天皇及び各
山日放の所有する財産を意味する︒明治憲法の栄一木方針椛定に与って力のあった岩合兵促たどは︑君格お礼翠間にし︑皇
宗一財古川左向日目にするととを品川く主張するととに工り空気の存ねな守同にすると・どを守︑図したが︑その結果皇室は巨大
友財内在有し︑県内荒財閥化の疑惑を招く治それがあクたわ・本条の趣凶けは︑財産に訟ける皇室自律主義を廃し︑かかる
疑設を招く余地をたからしめ︑山県去の経済の明朗化をはかるにある口以上の趣旨からみるも︑また︑憲法第八条かち
も ︑
h丸山支の純然たる私有財白川左前机どしていると正は明白であり︑・米条
r
いう皇室財産は︑生活必需品や日常愛用品のごとき純然たる私有財保を合むものではたく︑れは州︑仰判林のど'どき会の財産が閏有となる烹味である白同有陀移
vされた財産のうち︑皇去の公用に供すると去を決定したものを主室用財搾という口皇室用財産の決定︑廃止︑変更に
は︑皇室経済会議の議を経るを現する(主宰経済法一条︑八条︑附則等参照)︒三種の神器の上うに﹁皇位とともに伝
わるべき由緒ある物﹂は︑県宝の私搾止して﹁主位
K T
どもに︑皇制がとれを受ける﹂(皇室経済法七条)︒
(二)皇室の財岸授受去同会の議決﹁良去に財慌を設り波し︑叉は皇室が︑財産を譲り受け︑若しくは賜与する
ととは︑同会の議決に強かなければ危ら友い﹂(恋法八条)︒ととにいろ皇室の財産は︑第八八条との関係から︑皇
室の私有財産と解すべきであり︑皇室の私産の授受について︑同会の議決が友ければ︑財産権移転の効力を生じない
左いうのが本条である口木条の趣旨は︑皇室の財閥化を防止し︑阜一室から特定の者への理由の注い回併を防止し︑同民
の皇室として皇去を公明正大たらしめんとするにある︒それ故︑一々の場合に︑同会の議決を要するとすれば︑かえ
づて非実際的でわやらわしいから︑かかる趣旨に反し危い限り︑根本に沿いて同会の議決があれば足りるのであり︑
‑ n でし去経済法が一定の場合に︑同会の戊決在任るを一却しないししするのは︑かかる見地に立っている︒但し︑
承認にも︑当然一定の限度が存する口
(三)・日宝怪授と同会の市伏﹁すべてれ去の切一川口︑予誌に什上し
τ
同会の品伏在位なければならない﹂(芯法 八八条後段
)ο日去の川氏川口︑天日及び谷川放の校一川左合み︑明治則川法下ん典たづて︑すべて同の
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机とし︑予算に
・北
上し
て︑
川会
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L/しいい︑門担列︑山
VH廷判及び県放費に区介され
ている(山いに宗派済法三条
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六条)οむ す び 以上が日木川辺法
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おける首牢﹁天皇﹂の概説であるが︑要するr
︑従来天皇が統治権の総問者であり︑且ク神勅忙川山︑づけられたな味の天皇制ないし同休は危くなり︑天皇忙関する制度は存置されたが︑天皇は君主でも︑元やけで
もなく︑品川ぷ州以'どしての地位を有し︑且つ天皇の権能はは形式的依礼的友もの忙すぎたくなり︑その根拠は国民の承認
に主一砧づけられる乙とに伝った︒明治虫法下何人がかかる変不在予想しえたであろうか︒明治定法の起草者伊藤博文 が︑起草に際して井上︑伊東及び金子に対して授けたといわれる七つの綱領の中に﹁同休忙措く﹂と
Tどがあり︑その
方針はそれより以前︑明治九年の﹁同古一納付誌の沼勅﹂にも︑明治一⁝川年政変後の詔勅にも示され︑終始一貫した不動
の収軌をなすものであクた︒伊藤博文の立味する﹁同休﹂は﹁天主の宝一昨は之を祖宗に承け之を子孫に伝う︒同家統 泊総の存する所たり︒而して定法
hL上って新設の誌を表わす忙非やして同有の同休は訟法に巾て件付万世田なるを一示す
なり﹂り?との神杭的同休観に立ち︑旧プロシヤ送法﹁の行政松は悶王に目的す﹂という如きはわが閃休に非やというてい
のものであクた
nかかる同休矧の共体化が明治虫法の﹁天皇﹂であったといいうる口それでは︑日木同志法の﹁天皇﹂
忙むいて︑かかる沢大なる変平が行われた机凶はど乙忙あったか口あらためていうまでもなく︑わが同が敗戦により
ポツダム立一一一日を受諾したい以にその根拠な求めなければならぬ口﹁ポツダム宣一一一日受諾と天主制﹂の関係や︑日本悶憲法
制定の経過については︑他の幾多のすぐれた論者に譲るとして︑日本同志法の﹁天皇﹂規定の起草された精神は︑日 本同志法の起草者が︑﹁前略︑天主の格力︑格利治上ぴ権威を正確かつ詳細に規セしたその憲法(明治憲法
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筆 者
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日本国憲法における﹁天皇﹂二四九
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設)のやり方は︑すべてあべこべにし︑主権をはっきり国民に沿き︑国民の代理人である三つの政治部門によって乙
れを行内寸しめる:::天山の役怖は︑社突的君主のそれでありそれ以上でない﹂幻と述べているととに端的に表明さ
れている﹀いいうる円社交的汁主の立味は明かではないが︑多少でも政治的権力を有する元首や︑従来の国法学上の
ぷ味
の刀
︑主
しし
叫す
ると
とは
でそ
﹂な
い︒
そこで︑かかる天引制につ一いては︑かの泣法制定議会にむいて︑政府の也法改正栄に一応結論的には表面上賛成し
ても︑その氏出には︑とのふ夜中を以て︑行きすぎなり止する立勾Lし︑似品的に過ぎるとする立場とが対立していたこ
止は川知の如くである口もしし上りか入る川地仰の対立は︑災会内にし卜ど去るものではないし︑細別すれば種々存する
とししはいう主でもないが︑次に沼会内の二大対立の代夫江川をみ上うn日山犯の一辺氏が﹁乙の一議場には天皇制抑訟
を同氏に約京せられて当選された日佼が可なり沢山あるしし以は川Uい去す円てい民対に天日制応
ι H . 打倒を約束された同僚
の方もmぼられ主する︒併しとのホ笑は形式に沿いては一六日川出必に川沿いはあり主せぬ︒災体的に八ヶ条の条文中何
処に去附しい天皇制擁諮があるか︒任命格︑認一川版以外に︑同会の行楽であるししか︑栄市院の昨散であるとか︑或は
外同大公使の長受であるとか色々規定して花を持たせており主す︒十化は花でも︑此の花は︑七主八重︑←化は咲いてい
主すけれども︑山吹の花︑実は一クもない悲しい芯訟であり主す﹂正評価したのが前者の代表意見であり︑社会先の
一均一件以が﹁政府の与党でありまする白山覚︑出歩覚これらの党派はけての送法草案に沿きまして︑天山ハーを或は同の元
首とし︑或は統治権の総問者となされているのである︒従(ソてこれらの先は︑その天皇視を治改めになるか︑或は木
古法平安の木条を根本的に御修児になるか︑三才択一の立場に立たれているものと私は信やる﹂といい︑天皇制に再 び旧式たる同体設持を躍ら一んとするととは︑天主制の完奈のためにはとらないものとし︑﹁か上うな見地に立クて我
えは今日な沿平案に於て天皇に残されている川政小の宍質的問坊に近い部外一を︑殊に七条の一明︑上り五項にゐける亙
要なるものを取除いて︑乙れを専ら内凶の仕事とし︑我々の主仮している大権大幅縮限を実現したく思うのである﹂
と主仮したのが後者の代表立見である口
定法施行後︑今日まで七年有半︑欽定憲法たりし明治憲法下と具たり︑
流石に民定悲法たる日本同憲法については
その制定の経伴と相まクて︑改正諭誌は諮唱えしいものがあり︑天皇制にクいても︑その防止論はともかく︑天皇制存
世の前抗に立って︑天皇制を現状にむくべきか︑改革すべきかの論議は︑かつての忠松市会に沿けると同様︑各唱えの
立場より何れも明瞭な形を以てその主張が展開されククある︒来して何れがい
μに﹁天主制の安本﹂に役立つか︒われ
われが乙の﹁天主﹂改正論議︑すなわち︑将来の天皇制はいかにあるべきかを考うる場合に︑定法沼会にゐける市原
山川市市川以とともに﹁論現的には︑国民はこの定法によクて天皇制自身を否定しうるのであり︑その否定を超えてこれを
存続せしめた一昨に改正の意味があると考えなければならぬ﹂のである︒繰返していえば︑日本国定法に長ける﹁天
皇﹂が規定せられた立法政を再三反第一しなければならぬ︒﹁天皇﹂改正論議にクいては︑杭をあらためて論じたいと思
う
n (
三
0
・ 一
・ 一 三
%
討
D
岩波
文一
出本
一一
凶法
義郎
二二
一丸
︒
︑幻迎合同以雨司令部民政局﹁日本の羽凶法﹂刊ん氷山犬山純誌六五荘一号三九瓦︒
日本田宏訟における﹁天旦﹂
五