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有倉憲法学における教育権論

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

有倉憲法学における教育権論

著者 松元 忠士

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 29

号 1

ページ 59‑75

発行年 1980‑11‑25

その他のタイトル Arikuras Theorie der Bildungsrecht URL http://hdl.handle.net/10105/2424

(2)

奈良教育大学紀要 第2g巻 第1号(人文・社会)昭和55年 Bull.Nara Univ.Educ,Vol.29,No.1 (cult. & soc.), 1980

有倉憲法学における教育権論

k',¥  元  忠  士 (法律学教室) (昭和55年4月30日受理)

は じ め に

故有倉達吉教授は、戦後公法学の分野における教育法学の開拓者としての役割を果たされ、ま た昭和四十年代からは、教育権をめぐる論争において、教育の自由論の指導的理論家として活躍 され、数々の業績を残された。教授は、その時代に提起された教育権問題について、常に実定法 学者としてとりくまれ、とりわけ明快な論理と批判的考察をもって、歴史的洞察に富んだ幾多の 先進的な理論的成果を挙げられたのであった。教授の意欲的で、批判的な理論的活動が、今日の 教育法学の発展に寄与した貢練は少くない。

教授は、研究者としては、行政法学の分野で出発され、早くからこの分野の理論的見識をもた れておられた。昭和三十三年に発表された実定教育法(教育基本法、義務教育諸学校における教 育の政治的中立の確保に関する臨時措置法、教育公務員特例法)のコンメンタールの労作は、(I)

この立場からなされた本格的な実定法理論の展開であった。この労作には、実定法規の解釈を通 じて教授自身の学問的方法や幾多の注目すべき理論的見解が示され、それらは教授の教育法理論 の基礎をなすものであったといえる。もっとも、行政法学者としての教授は、この学問分野に留 まることなく、憲法学の分野にも進まれ、教育法の問題を教育権を中心として憲法学の立場で考 察された。とりわけ、四十年代からほ、教育法の問題を教育権の問題として憲法学のレグェルで 把え、憲法論の視点で論じたものが少くない。一連の教科書検定問題、判決、それに続く学力テ スト事件判決に関する批判的理論的業績がそれである。

教授の多面にわたる教育権に関する成果を全面的にとり上げて考察することは本稿では不可能 であり、従ってその中核となる教育の自由論と、受教育権論についてその理論的構成と理論的性 格について若干の考察を試みることとしたい。

‑教育の自由論の提起

公法学者として、教師の教育の自由の意味で教育の自由が、憲法、教育基本法(以下、教基 法と略す)によって保障されることを多分最初に提起されたのは有倉達吉教授であろう(1)

。教授

は、既に昭和二九年四月、教育公務員特例法改正法案と義務教育諸学校における教育の政治的中 立確保に関する臨時措置法案に対する批判的解説において、後者に至るところ憲法と抵触する点 がみられるとし、その一つとして学問の自由(憲法二三条)が広く制限される危供の大きいこと を表明されている。そして、「教育の自由は直接規定せられていないけれども、学問の自由の中 に含まれているといえる」と指摘されているCS)

。また、昭和三四年七月に学習指導要領の設定に

ついて論じた「教育の国家基準」という論文においては、教基法十条一項の定める不当な支配の 59

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松 元 忠 士

排除が、積極面としては、「まず教育行政に関する中央集権化の排除と一般行政からの独立性の 要請となって現われるのであろう。‑‑‑また教育内容については、教育の自由の保障となって具 現されるわけである。」とされる。(3)教授は、同論文で、「教育の基準性と教員の創造的自主性と をいかに調和すべきかの困難な問題」を指摘され、くり返し教員の自主独立性の尊重を説き、そ れが教基法の要請であるとしている。そして、注目すべきは、この尊重は教基法とはなれても、

「教育の本質からくる自然法的要請ともいえるのではないか。人間の尊重と人格の形成を本質と する教育にあっては、本来他律的強制と相容れない要素をもつのである。特に具体的な教育内容 について他からの指示や命令を受けるべきものでないO」(4)と、教育の本質とその自由の要請に鋭 い眼を向けられておられる。

戦後の教育行政と教育行政組織法が大きく変貌するなかで、教授の教育の自由への関心は強か ったとみられる。昭和三三年五月に発行された教育法コンメンタール(教基法の部分)が、教授 の教育の自由の考え方をかなり理論的に明らかにしている。教授は、教基法二条の解説において 学問の自由が、「沿革的には主として高等学術研究機関、特に大学における教員ないし研究員の 研究および教授、出版その他の表寛について、政治的にも宗教的にも或いは経済的にも干渉され または制約されないことを意味する」(5)としつつも、本条の「教育の目的」が、「あらゆる機会 に、あらゆる場所において実現されなければならない」(6)ものであるかぎり、「およそ学問的研究 の存するところ、大学といわず、小学校といわず、すべての場所において、さらに法人たると集 団たるとを問わず、すべての学問の研究者に、すべての機会に、学問の自由が保障されていなけ ればならない。」′7)しかし、「教授の自由は、学問的研究の自由と同視することはできない」(8)とさ れ、「教授の自由が高等学校・中学校・小学校と下級の学校にいたるに応じて、漸次制約される べき必然性を有するのは、それぞれの学校の目的とその教育の目標とが相異しているからであ る」'9)と。そして、そのような差異は、「教育の本質上の問題である」とも述べておられるOこの ような差異を前提として、「教育の自由は、教材の種類、教課の内容、教授の方法の自由を意味 するものであるから、高等学校以下の各学校における教授の自由の制約は、教材の種類、教課の 内容、教授の方法の一定限度の統制という形であらわれてくるものである。学校教育法における 教科ならびに学科および教科用図書等についての教育行政庁の監督ないし、規制に関する規定 (同法20条・二一条・二八条・四〇条・四三条・四五条・五一条・七三条・七六条・七九条・八

八条等参照)は、この意味において定められているものであり、それ故に、この趣旨に基づいて 解釈されなければならないものである」(10)と結論づけられている。

教授の所論を検討すると、理論構成の特徴は、第‑に教育の自由を学問の自由に含まれる教授 の自由として把握されていること、第二に教授の自由が大学のみならず、高等学校以下の下級学 校にも通用されるが、その通用については両者の問に、学校目的とその教育目標の相異に応じて 教育の本質の問題として差異が存在すること、第三に高等学校以下の下級学校における教授の白 由は、教育内容、方法について、教育行政庁の一定限度の統制という形での制約を受ける等であ る0第一点については、学問とその教授の自由の保障を大学にのみ限定するドイツ憲法の定式(") を越える新しい見解として注目されよう。教授の見解は、従来の学問成果と教育とを切り離す教 化教育の転換を、教基法の趣旨に即してよく把えているといえる。下級学校にも学問の自由が保 障されるとすれば、学問的真理の自由な伝達の意味で下級学校にも教授の自由が保障されてしか るべきと解されよう(12)

。「教授の自由」の概念は、ドイツにおいても一般的には必ずしも大学のみ

に限定された用語ではなかった(13)のであり、ただ"学問的=教授の自由が下級学校にその通用を

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排除されていたのである。教基法が、学問と教育の結合を教育の基本原則としているとすれば、教 授の自由の下級学校への適用は、教基法の要請といえよう。もっとも、教授はこの段階では、大 学と下級学校との間の学校目的とその教育目的の相異を考慮し、下級学校の教授の自由の教育行 政梅による制約を認められている。恐らく、学校教育法の関連諸規定を無視しえないと考えら れ、国の教育基準と教育の自由との調整を必要なものと認められた結果であろう。この点で、教 授は学校目的、教育目標という要素から、どのような根拠によって教育行政庁の監督規制が正当 化されるのかについて批判的吟味をするに至っていなかったといえる。しかし、ここで重要な点 は、教授が学校目的、教育目標の具体化は、本来的に国家の教育行政の課題、任務であって、教 育の自由とは別途の問題であるという伝統的な考え方にとらわれておられなかったということで ある。ここでの教授の立場は、学校教育法の定めるそれぞれの教育目標(小学校については、一 八条、中学校については三六条、高等学校は四二条)が小学校においては具体的で、中学校、高 等学校と上るにつれて抽象的になり、それに応じて拘束力が弱まることから、教授の自由の制約 に差異が生ずると考えられたのであったCIO

。国法の定める教育目標への拘束を、目標が具体性を

有する程度に応じて認めざるを得ないと解され、拘束力を有する範囲内において教育行政庁の監 督規制が作用するものと考えられた。また、この点に教授の自由について、大学と下級学校との 問に教育の本質の問題として差異のあることを認められたのである(15)

しかし、これらの点は、教育行政庁の管理監督権の強力な作用について、その抑制の不十分さ を考えられ、教育学の成果からも学んで反省され、すすんで改説されたのであった。

(1),明治憲法下において、ヨ‑ロッパ諸国の憲法の影響を受け、「教育ノ自由」の保障を説く学説が既に存在 したが、それが学校教師の教育の自由を意味したかは疑わしい。ヨーロッパの憲法が一九世紀に保障した教 育の自由は、私学設置の自由であり、私人間における教育の自由の保障であった。兼子仁「教育の自由と学 問の自由」公法研究三十二号、六十頁。明治憲法下の「教育ノ自由」を説く著作として、織田苗「教育行政 及行政法」一〇二頁、美濃部達吉「行政法撮要」下四九二〜三貢.

(2)(3)有倉遺書「公法における理念と現実」所収一九七頁以下。

(4)有倉「前掲」二三二頁。

(5)(6)(7)(8)(9)有倉・天城「前掲」三五頁。

uo)有倉・天城「前掲」一〇頁。

(ll)AornoldKottgen,DieFreiheitderWissenschaftunddieSelbstverwaltungderuniversit邑t・

参照in:Neumann‑Nipperdey‑Scheuner,DieGrundrechte,ZweiterBand.所収S.291以下。

仕2)同趣、宗像誠也「教育と教育政策」九四貢。

MaxMiiller,DieLehrundLernfreiheit,1911年、一貫以下。

(14)有倉・天城「前掲」三六貢。

(15)このような見解は、当時としてほ通説的見解であったと思われるo法学協会「註解日本国憲法」上巻四六 cm.

二 教科書検定問題と教育権論

教育法のコンメンタ‑ルを発表されたあと、教授のこの分野での活動は、昭和三六年ごろより もっぱら大学自治問題に移っておられる。この問題も教育権と関連がないわけではないが、直接

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には大学という機関の学問の権利の問題であるので他に譲って扱うことにしたい。

戦後、憲法学や教育法学が、教育権や教育の自由の問題について正面から本格的に論ずるに至 ったのは、昭和四十年に提起された家永教科書検定訴訟、昭和三六年に実施された全国一切学力 テストをめぐる教育裁判(判決は遅れる)を契機とし、これらに触発されてであった。既に、様 々な教育法学上の問題が生起していたとはいえ、これらの二つの裁判こそ教育権について学問的 にも厳しい争点となった問題はないといえようCl)

。時々の実践的な法律問題の解決を通じて実定

法上の理論を形成してゆく教授の学問は、これらの裁判訴訟、判決をめぐっても鋭い理論的考察 により問題提起をくりひろげられたといえよう。

教科書検定制度に対する教授の立場は、いたって単純明快である。教授は、この制度の合法性 の基準を「教科書の出版は、国の権利か国民の自由か」という観点から論ぜられ、̀2)国民の教育 権論の立場から、「教科書もまた、国家の権利附与によって教科書たる地位をうるものではなく、

教科書発行の自由は、国民の自由に属するものというべきである」(3)とされる。

この立場からは、現行教科書検定制度が憲法二一条二項にいう検閲に該当するとの結論を得る ことは容易である。もっとも、教授は検定が検閲の定義と同一性が認められるからといって、そ れによって直ちに検定がこれに該当すると結論を引き出されたわけではない。この結論に至るに は、検定が実体的にも憲法二一条の検閲禁止の趣旨に合致することの論証を要するとされ、その 手続きをふまれたのである。即ち、四つの枚閲禁止の趣旨、H「表現行為が行われる以前の規制 である」こと、出「検閲の主体が国家権力、特に行政権力である」こと、L=J「主体である行政権 力が時の政治権力の支配を受けやすい」こと、幽「行政権の性格として簡易迅速に処理されやす く、慎重に欠ける」こと等の要件をとりあげ、検定がこれに該当するか否かを論ぜられ、検定の 制度および運営を総合してこれを認定する結論を出されたのであった(4)

。この見解は、教科書出

版の自由を前提に教科書検定制度を論じた大胆な問題提起であったといえよう。

さらに、教授は教科書検定の法的性格について論ぜられ、これを確認行為であろうとする説、

特許行為であるとする説をそれぞれ論難され、許可行為の妥当なことを主張される。確認行為説 については、そのように構成する実益が、検定が確認という準法律的行政行為であることをたて に、検定の行為法の根拠を要しないとの主張、結局は「検定は検閲にあたらない」との結論を導 くことにあることを抱摘され、「確認行為とせられるものの効果や実体」を検討しないで、その 検閲性をおおいかくす機能を果す点を批判される。即ち、「教科書検定の効果をみるとき、教科 書としての発行・使用が禁止せられるところにあるのであるから、検定を許可行為と解するのと 多く異なるところはない」とし、教科書検定の実態が確認行為としての実体をそなえていないこ とを指摘される(5)

。確かに、この点は教科書検定が、その合否の判定に相当の裁量を伴い、不合 格の結果が発行禁止の効果を意味するところに疑問があったといえよう。

特許行為説については、検定の許可性と検閲性を否定する理論構成である点に疑問を提起され る。しかし、この説に対する批判は、あくまでも「教科書を出版する自由」が、「書籍一般を出 版する自由」と同質のものとして保障されることを前提しなければ成りたない。従って、教科書 出版の自由の法的根拠の理解が条件となる。教授は、「教育権が国家から解放され、国民の手に 移り、教育内容は学者・教育者の自主的決定にゆだねるべきである」との見地、(8)即ち国民の教 育権の理論的立場から教科書についても教育の自由の一環としてとらえ、教科書出版の自由を主 張される。即ち、「教育学の成果によれば、教育は国民と教師のものであり、そうだとすれば、

教科書とまた国家の権利附与によって教科書たる地位をうるものではなく、教科書発行の自由

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有倉憲法学における教育権論

@c

は、国民の自由に属するものというべきである」(7)とo

これに対し、特許行為の理論的立場からすると、「書籍一般のなかから、教科書として適格性 のあるものを認定して、これに対し書籍一般に当然にそなわっていない特別な役割(地位)を、

すなわち教科書として採択され使用される法的可能性を附与するもの」(8)は、国家であり、国家 の権利に属する。従って、検定それ自体は、直ちには憲法上自由権保障の対象とはされない。検 定において、合格、不合格の判定は、原則として国の教育行政機関の裁量であり、機関の裁量権 を拘束する特別の立法規定がない限り、その裁量に制約はないものといえよう。

もっとも、この立場に立っても、法律上特別の基準や条件の設定によって、検閲的効果を排除 しうるような措置を講ずることは可能であり、もしそのような措置によって検定の違憲性が除去 されうるとすれば、検定の法的性格論は余り決め手にならない(9)

。少くとも、教科書検定の法的

性格を論ずることによって、それだけで直ちに憲法判断を下すことは出来ないoただ、一般的に いえば、この説が教科書出版の自由を否定し、図の広汎な検定権に法理上の根拠を与える性向を もつものであることは否定しえない。

教科書出版の自由も、一般の「表現の自由の一種であり、それと同質のもの」とみる教授の立 場からは、教科書の検定は「法令によるこの自由の一般的禁止を特定の場合に解除する許可行為 である」(10)ということになり、国家による教科書出版の許可権そのものが憲法問題となる。この 立場からは、検定は、検定の結果不合格となったものは教科書としては使用できず(学校教育法 二一条一項)、また補充教材その他いかなる名目においてもこれを教材として使用し、或いは児 童生徒に使用させてはならぬ効果をもつものであるから、教科書としてはもとより、教材として の発行も禁止される結果となり、その結果は教科書内容の事前審査によるものであるから、検定 は検閲ということになる。

この教科書検定の違憲問題を正面から争った教科書検定処分取消訴訟判決(昭和四五年七月一 七日、東京地裁判決、いわゆる杉本判決)においては、教授の現行検定制度を違憲とする見解そ のものは認められなかったものの、「国民の教育の自由」、「教科書出版の自由」の権利保障が認 められたことが注目される。

これに対して、損害賠償請求訴訟判決(昭和四九年七月六日、東京地裁判決、いわゆる高津判 決)は、極めて対照的に「国は公教育たる学校教育を運営し、教育目的を遂行する責務を有す る」との国家の教育権の立場から、極めて狭い「教科書出版の自由」を認めたものであった。

両判決は、その根本的立場を異にしつつも、検定制度を合憲とし、合理的な範囲にあるかぎ り、教科書出版の公共の福祉による制限に服することを認める点で共通している。しかし教科書 出版を一般書籍の出版の自由として把握する場合には、仮りに思想審査にわたらない検定であっ ても、このような制度が合理的制限として認められうることは、憲法二一条の表現の自由の保障 の趣旨から大いに問題となろう。思想審査にわたらないからといって検定が認められるものとす れば、「教科書出版の自由」のため「出版の自由」一般の保障の弱める結果となる」との指摘cm が無視出来ない。

教授は、この点を推察して端的に「検定の主体を行政権力からきりはなすこと」を検閲性除去 の条件とした(12)のであった。この方が、憲法二一条の見地からはその趣旨に合致し、論理的に 首尾一貫しているといえよう。

もっとも、逆に教授の説く如く、教科書出版の自由を一般の自由と同視して検閲禁止の論理を 強調すれば、公共性の強い教材としての教科書の性格が問われるであろう。教授自身「平和と民

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主義の教育理念に明白に反する内容の教科書、明白に誤った事実を述べてある教科書、児童生徒 の発達段階に即応しない内容の教科書等を排除するため、必要最小限の検定」:is)の必要性を認め られるとすれば、検定権の所在をどこに置かれるのであろうか。民間団体にそのような公的権 限、権威を与えることは法的にも実際にも困難ではなかろうか。そうだとすれば、結局は学校の 教師にであろうか、この点は不明のままである。

(1)両裁判についての文献は多数にのぼる。とりわけ、特集「教科書裁判」法律時報 昭和四四年八月号(臨時 増刊), 「憲法と教育」法律時報 昭和四七年六月号(臨時増刊)、教科書検定判決ジュリスト一九七〇年九 月五日号(臨時増刊), 「国民の教育権と学テ裁判」法律時報 昭和五十年十一月号等の諸論文、資料を参照。

(2)有倉遺書「憲法秩序の保障」二二七頁。

(3)有倉「前掲」二二八頁。

(4)有倉「前掲」二〇九頁以下。

(5)有倉「前掲」二二四貢。

(6)有倉「前掲」二二七頁。

(7)有倉「前掲」二二八頁。

(8)奥平康弘「教科書検定をめぐる法律問題」教育一九六六年ノfa二〇二。

(9)芦部信者「教科書換定と出版の自由」別冊ジュリスト.&l.兼子仁「教育法」 (新版)三九九頁。

uo)有倉「前掲」二三〇頁.

(ll)尾吹善人「教科書換定と表現の自由」ジュリスト臨時増刊 jm六一o a功 有倉「前掲」二一五貢。

鵬)有倉「前掲」二一五頁。

三教科書検定判決と教育権論の展開

公教育の性格、公教育における国家の役割、公教育における国民の地位等の理論的認識と構成 とは、そのまま公教育における自由の可否、性格とその範囲の認定に達っているといえよう。今 日では、天皇制を背景とした国家への国民の教育義務を中軸とする国家主義的公教育の存在の余 地は全く存在しない。しかしながら、公教育をもっぱら国家の教育政策の対象とする観点、国家 の教育内容への介入を議会制民主主義によって正当化する観点、国家を学校教育に必要な教育配 慮の保障者とする観点から、教育の自由を全面的に否定する現代的な国家主義的(福祉国家論 的)公教育論が、(1)なお存在している。その正当性の根拠は、ひとえに議会制の多数決原盟(2)で あり、それは大なり小なり公教育を政党支配C3)と官僚行政の原理に服従せしめる。

教授が国民の教育権、教育の自由論に立ち、首尾一貫して批判の対象とするのもこの原理であ った(4)

。もっとも、教授が国民の教育権、教育の自由等の根本的立場について理論的な論証の試 みをされたのは、前述の杉本判決(昭和四五年八月一七日)を契機としてであった。それ以前の 教科書検定に関する論文では、この問題について法治主義、憲法二一条一項の検閲禁止、検定の 法的性格等の観点から論じているに止まっている。杉本判決に関して論じた「政治と教育‑『不 当な支配』の排除原理」の論文において、(5)初めて「教育に関する事項は、教育内容・文法はも とより教育行政でさえも直接民主主義的に理解されるべきものである」(5〕ことを、教基法一〇条 一項、憲法二三条に含まれる教育の自由、教育の本質論をてことして追求している。即ち、教育

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内容、文法については、教基法一〇条一項の「直接に責任を負って」の規定をもって、「間接民 主制としての議会制ないし議院内閣制を否定している」と解する意見(6)に同意され、この観点か ら公教育を国政の一環として把握する見地に強い疑問を投じておられる。公教育のこの直接民主 主義的理解は、行政権の媒介を否定することによってストレートに教育権の親から教師への委任 論へと展開され、教育の自主性、自律性の有力な根拠となっている。

このように、国の教育権、その正当化としての間接民主政による教育権の行政権への委任の論 理を否定するとすれば、そこに当然教基法自体が、即ち法律が「教育の目的」という内容事項を 定めているのに、行政権の介入がなぜ許されないかの問題が登場してくる。この問題に対する教 授の回答は、教授の教育権の性格を理解するうえで注目に価する。教授は、教基法一条、二条の 規定をなすに至った経過が教育勅語失効にともなう思想的混迷という事情にある点に触れている が、法的正当化の理由としては、「教育基本法の規定が内容的に憲法に内在する教育目的の確認 的規定であること、形式的にも本来憲法自体に定められるべきであったのが憲法全体のふり合い から不適当であるとして教基法の規定になったこと」(7)に求められ、「教育目的、内容、文法につ いて法律が関与することさえ消極的に解さなければならない。それは、教育の本質と法律の任務 との関係から由来する帰結である」(8)とされる。ここで教育の本質の意味しているところは、「教 育の理念の決定は純然たる文化的学問的の仕事であり、本来教育家が自らの識見により、また自 己の責任においてなすべき事柄である」(リ)ことを指し、教授はこのような教育の理念を法が確定 できる性質のものでないと考える。

この見解は、一つの哲学である。公法学者としては、勿論最も徹底した個人主義的、自由主義 的性質の哲学であろう。ここで、教授は、立法権も及ばない教師と子供の純粋の教育共和国を構 想されているのであろうか。学校教育の社会的、制度的側面を考慮することなく、教育の本質か ら純粋に、理念的に考えれば、確かに教授の見解の通りかもしれない。しかし、その結果は、教 走法の存在価値自体も否定する危険を冒し、学校教育の民主主義的教育の目標そのものを失うこ とにならないであろうか(10)

。ともあれ、教授は憲法二六条の教育を受ける権利の制約を認めつつ

も、大学の学問研究者と同様の職能的専門家としての、立法権からも自由な職務上の完全な教育 の独立を実定法上の規範的意味として追求されているのである。このような教育の規範像こそ、

教授の教育権理論のすべての基本的前提であり、出発点であった。

杉本判決が示した見解は、教育の自由を憲法二三条の学問の自由に根拠づける点で教授の見解 とほぼ一致し、教基法一〇条の解釈については、本条が教育の自主性、自律性をうたい、教育の

「内的事項」について教育行政権の不当な支配と禁止していると解する点、その限りで教育行政 の任務と限界を明らかにしたものと解する点でほぼ一致するOしかし、一〇条一項の「直接に責 任を負って」の解釈と、二項について判決が内的事項について「不当な法的支配にわたらない大 綱的基準立法」を認める点で異っている。また、判決が教基法の法的効力について他の法律に対 する優越性を認めず、教授の目論である準憲法的効力を否定している点も異なっている。

教基法一〇条一項の「教育は国民全体に対し直接に責任を負う」の文言についての判決の 解釈は、これを「責任というのも行政的な責任を意味するのでなく、教育自体によって『直接 に』国民全体に対していわば文化的ないし教育的意味での責任を負うべき旨を定めたもの」と解 しているO教授はこの解釈を「一項前段と・後段とを照応させた透徹した解釈」(ll)と高い評価を下 している。何故なら、従来この点については、教育委員会制度の如く教育行政が国民に直接に責 任を負うと解する傾向にあった(12;からである.この解釈では、教育内容に対する行政権介入排

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Hfl 性 >c 忠 士

除の原理があいまいとなることは避けられない。少くとも、この解釈からは、教基法一条○から 教育の自由をストレートに論証することは困難となろう。前述の如く、教育に関する事項は、教 育内容であれ、教育行政であれ、直接民主主義的に理解されるべきだとすれば、判決のこの解釈 は教授の立場と最も良く合致するものであった。さらに、教授の見解は、判決より一歩進めて一 項後段の国民全体への直接責任の文言と、前段の不当な支配の禁止とを結びつけて、教育行政権 の教育内容‑の一切の不関与を導いている点に、教授の論理的整合性を重視する姿勢と、教育権 論の徹底した自由主義的性格があらわれているといえよう。

(1)この見解の論拠については、有倉達吉「国民の教育権と国家の教育権」季刊教育法第一号(昭和四六年一

〇月)

(2)(3)公教育が両原理になじまないことについて、杉原泰雄「公教育と『現代議会制』」法律時報昭和四七年六 月号(臨時増刊)

(4)有倉「前掲」季刊教育法第一号。

(5)ジュリストMA61臨時増刊七八頁以下。

(6)星野安三郎「学問の自由と教育権」鈴木・星野編、学問の自由と教育権、六八貢。

(7)(8)(9)有倉「前輪」八〇頁。

aoJ この危懐を最も強く説くのは、教育内容要求権説であるO代表的な見解として、永井憲一「憲法と教育基 本権」二七七頁。

Ill)有倉「前掲」八四頁。

m 辻田力・田中二郎監修、教育法令研究会「教育基本法の解説」一三〇〜一三一頁。

四 教育権論の集大成

(1)自由極論

教授は杉本判決を論評されると同時に、判決の提起した諸論点について体系的な考察を進めら れ、教育法学界の成果をふまえつつ実定法上の教育権理論について自説をまとめられた。公法学 会で発表された論文「憲法と教育」(1)は、憲法の教育関係条項(二六、二三条)の解釈を中心に

これまでの成果を集約されたものといえる。この論文では、憲法二六条の学問の自由、教育を受 ける権利の意味、適用範囲について、従来の通説的見解を打破されるとともに、二三条よるに教 育の自由の根拠づけ、論証、その具体的実益、二六条との相互関係、二六条の名宛人、規範的性 格等、教育権規定について総括的な考察を加えられておられる。

教育の自由については、長年の主張にそって、その規範的根拠を端的に憲法二三条に求めら れ、教育法一〇条一項の「不当な支配」の禁止によって、同条項を二三条の具体化規範として裏 付けられている。この点は、既に教科書検定問題の考察において到達した結論をまとめられたも のといえる。その要点は、かって下級学校の教育内容に対する教育行政権からの制限の余地を認 めていた点を正式に改め、憲法二三条から「教育の内容・方法に対する行政権の権力的介入の排 除」C2)を明確化し、 「国会の定める法律であっても憲法や教育基本法の精神に違反するものは『不 当な支配』になりうる」(3)とした点であろう。教育の自由については、その意味内容を行政権に 対しては徹底化し、立法権に対してもー定の限界づけをするものと一歩拡大したといえる。ま た、教育学の成果をくんで、教師の教育の自由の制約をもっぱら二六条の教育を受ける権利に求

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有倉憲法学における教育権論

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められ、この制約を人権相互間の調整として把え、(4)教育の自由の限界を明らかにした点も、教 育の自由論を一層理論的に精故にされたといえよう。

しかし、下級学校における学問と教育の相互関係、如何なる意味で憲法二三条の学問の自由に 教育の自由が含まれるかは、この論文においても掘り下げた説明はなされいなてい。この点につ いて、わずかに「二三条が大学における『教授の自由』に限定される理由はない。上述の如く、

教授の自由は、 『教育ということの本質上』、下級学校に至るにつれ制限されることがある、と説 かれるが、 『教育の本質上』というだけでは説明にならないとおもわれる。現に、 『教育の本質』

を研究する専門家である教育学者は、 『教育の本質上』教育の自由が制限されるとの見解を否定 している。」(5)として、教育学者の見解を引用されているに止めているのである。教授のここでの 論法は、大学において保障される「教授の自由」が、下級学校に通用除外される理由がないとす る、いわば消極的な根拠なのであり、これに止まっている。

もっとも、これに関連して教授は、教育の自由の規範的根拠を憲法二六条にではなく、憲法二 三条に求める教授自身の見解の実益について初めて態度を明らかにしている。憲法二六条の解釈 に与える影響と憲法よりも下位段階の法令・告示の解釈に対する影響の二点を挙げておられる。

即ち、第一点として、 「教育を受ける権利の『名宛人』から、教育内容・方法に関するかぎり、

行政権は脱落するということである。」CO)として、この前提の下で憲法二六条の教育権規定を解釈 すれば、 「社会権規定には自由権的効果が含まれると解しても、二六条からは『教育を受ける自 由』を折出することができても『教育の自由』を折出することはできない。また教育を受ける権 利を学習権と解し、その反面から『教育の自由』をみちびきだすことも不可能とはいえないで あろうが、学習権と教育の自由との相関関係を解明する必要がある」(7‑とされるo 第二点として は、憲法よりも下位段階の法令・告示の解釈に対する影響の実例として学習指導要領についてと り上げている。ここで、教授のやや長い文童を簡単に要約することはむつかしいが、次の点にあ る。文部省の著作物の形式で公にされていた学習指導要領が、告示の形式をとるに至って法的拘 束力をもつ可能性を取得した。この場合、法的拘束力の有無は、 「学習指導要領自体の内容・表 現と憲法・教基法との相関関係において決せられるべきである」′8)から、同じ学習指導要領の表 現・内容であっても、その法的拘束力は、憲法・教基法的視点の有無、少なくともその評価によ って異ってくるというものである。

第一点の教授の見解は正当というべきであろう。教授の指摘の如く、二六条からストレートに 教育の自由を導き出すことは、この権利規範の性格、法文の意味内容(ことば上の約束)からい って無理というべきでなかろうか。同条は、憲法学説にあるように国家からの自由な権利を定め るものではなく、国家に対する請求権的意味の権利を定めるものであるからである。両者の規範 の趣旨にあい通ずるものがあるとしても、両者の権利はその性格を異にし区別すべきでなかろう か。

もっとも、憲法二六条の規定も教育の自由と全く無縁というわけではなく、憲法十三条の個人 人格の尊重の趣旨を受けて、公教育においても受教育権者の人格尊重の原則に基づく教育の保障 の意味において、(9)二六条の反射的効果として教育の自由が要請されると考えることも出来ない ではないであろう。しかし、この方法は間接的な根拠づけである。

第二点については、学習指導要領の事例が教授の見解を裏付ける実益になるかどうかは、指導 要領の法的拘束力についての見解如何にかかっている。告示の形式であろうと、行政規則の教育 内容への法的拘束力は如何なる場合でも認められないという見解に立てば、教授の挙げた実例は

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実益の根拠とはならない。教授の説明は、学習指導要銃が告示の形式をとるに至って法的拘束力 をもつ可能性を取得したという前提に立って初めて成り立つのではなかろうか、しかし、学習指 導要領の事例以外の場合でも、憲法二三条に教育の自由の根拠を求めた方が有益だと思われる場 合は予測されないであろう。

以上の教授の挙げた実益の例は、学問の自由に教育の自由を根拠づける直接の論証となるもの というより、その利点を示すものにはかならない。二六条か二三条か、或いは他の条項を含む複 合的な構成が正当かの論争は、今後とも理論的深化が期待されよう。その際、教授の教育の自由 論は、実定法の理論として有力な学説の一つとして発展の土台となるにちがいない。

教授の見解で注目すべき発展は、 「教育内容および教育方法等への関与の程度は、教育機関の 種類等に応じた大綱的基準の定立のほかは法的拘束力を伴わない指導、助言、援助を与えること にとどまる」 (札幌高裁判決昭和四三・六・二六)との見解に疑問を投じた(10)ことであろう。そ の理由は、 「大綱的基準の定立であれば、教育内容、方法に関しても違憲・違法でないとする根 拠が明らかでないということである。大綱か細目かは量的差異にすぎず、相対的であるのみなら ず、そのような量的差異にもとづいて違法性の有無を異にするのは論理一貫しないのではなかろ うか」en;という点にある。この点も、法律でさえ教育内容、方法に介入すべきでないとする前述 の教授の見解の延長線上にあり、予測された疑問といえよう。確かに、教授の見解は、国家の教 育内容への介入を確実に防止し、しかも大綱か細目かの境界線のあいまいさを解消し、そのよう な困難な認定作業のわずらわしさを省いてくれる点で論理的には明快な解決を与えるものであろ う。しかし、他方国家にも全国的な教育水準を維持し、憲法二六条の国民の教育を受ける権利に 教育内容面でも最小限、教育の自由を侵害しない範囲で応える義務があるといえるのではなかろ うか。しかも、教師に対して、 「教育行政は教育の内容および方法について命令監督は許されな い」 (福間高裁判決昭和四二、四、二八)とすれば、大綱的基準の定立が直ちに国家の教育内容 への不当な介入となるとは考えられないし、この点の大きな差異は殆んど出ないのではなかろう かO ともあれ、この点にも教師の教育の自由を最大限に貫き、国家介入の危険を注意深く防止し

ようとする教授の理論的立場の自由主義的性格があらわれているといえよう。

(1)有倉遼吉「憲法と教育」憲法理念と教育基本法制 所収。

(2)(3)有倉「前掲」二九百。

(4)有倉「前掲」二七亘り (5)有倉「前掲」二六、二七頁。

(6X7)有倉「前掲」三二頁。

(8)有倉「前掲」三四貢。

(9) Klaus Dieter Heymann Ekkehart Stein, Das Recht aut Bildung, AoR.一一九七二年S. 192.は、西 独において「教育を受ける権利」が、基本法二条I‑項「人格の自由な発達の基本権」、三条一項「法の前の 平等」および五条三項「教授の自由」および‑二条一項「教育の場の選択の自由」から構成されるとして いる。類似した考え方といえよう,

(10) 'Iト存合「前掲」三H.H,

(2)社会権論

憲法二六条の規範性格について教授の見解は、二種類のプログラム規定説を批判し、裁判規範 説を主張されている。プログラム規定説の伝統的見解は、憲法二六条について(一般に社会権に

(12)

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ついて)、国の政治的義務を認めるにとどまり、法的義務を認めない結果、この規定についての 権利侵害の問題は生じない。従って、この立場では違憲問題も生じないこととなる。第二の見解 は、国の法的義務を肯定し、立法不作為の違憲を認めつつ、裁判による請求権を否定する立場で ある。

これらのプログラム規定説については、教科書代支払請求事件判決(第一審、東京地裁判決、

昭和三六、‑‑、二二、第二審・東京高裁判決、昭和三七、一二、一九、最高裁判決、昭和

三九、二、二六)において授業料に関する限り、憲法二六条の具体的権利、裁判規範性が認めら れ、プログラム規定説の主張の一角が崩れている点を指摘される。(1)しかし判決が、授業料以外 の費用の無償を憲法上の義務としないことの正当性については疑問を提しておられる(2)

。判決は

二六条について、いづれも授業料に関するかぎり法律をまたずに具体的権利となるが、他の義務 教育費用は、別段の立法をまつまでもなく無償としなければならないことまでを定めたものと解 することはできない、とプログラム規定説でわり切っている。このような判決の結論は、憲法二 六条二項が「義務教育は、これを無償とする」と明確に規定している点からすると、義務教育無 償の範囲を明確な根拠もなく狭く授業料のみに限定するものであり、国の財政負担能力をその理 由とするだけでは、今日では十分説得力を得られない。この点、教授は早くから同条項の意味を

「これは、学齢児童ならびに学齢生徒およびその保護者は、義務教育を受けまたは受けさせるに 際して、授業料・教材費その他すべての就学に要する金品に関し、直接に全く負担しないという こと」(3)と解されていた。この見解は、その後就学必需費無償説として学説にも相当の影響を与 えてきたものと思われる(4)

。もっとも、教授は当時の著作においては同条項の保障範囲を広く解

しつつも、教基法四条が授業料無償のみを定めている点を直ちに違憲とはせず、同条項の規定を もって「国および地方公共団体の学校教育行政に関する財政負担能力との関係において律せられ るべき事柄である」(5)として、通説的に立法事項と解されていた。

憲法二六条の裁判規範説にとって難関は、授業料のほか就学に必要な経費の無償を規範内容と 解し、法律がそれに必要な手続を定めていない場合に、法の不作為の違憲性を認定しつつも、憲 法二六条の、権利侵害、に対する具体的な司法救済の手だてを理論的にも証明することが困難な ことである。

しかし、そのような理論的困難さにもかかわらず、憲法二五条の生存権規定の裁判規範説にお いて、その壁を打破すべく新しい理論的試みが行われている。即ち、「国民に『要救済状態』が 生じているのにかかる状態を救済するための立法がなされていないか、または不充分な場合には 裁判所に対して『要救済状態』の確認請求をすることができ、裁判所はこれを確認して国は救済 立法を制定すべきであるとの判決をしなければならない」(6)との見解、また「国の不作為‑現実 的・具体的な権利侵害行為については、国民はその違憲性確認訴訟を提起しうる」(7)との見解、

「生存権の侵害の場合には一定の立法によって本来保護されるべき範囲に属する人々は、立法権 の不作為によって現実にかつその人自身の権利が侵害されているならば、すべて違憲訴訟の当事 者適格をもつ」(8)との説がそれであるO

教授は二五条の裁判規範性を具体的に理論化しようとするこのような試みを高く評価しつつ も、「立法不作為が権利侵害、なかんずく『現実的・具体的』な権利侵害となるか」「9)の点で、そ の論証の困難さを指摘され、これを肯定する見解に疑問を投げかけている。立法権の不作為が違 憲法令審査権の対象として訴訟手続にのぼるには、憲法八一条の「処分」に国の不作為を含まし め、その不作為が当該国民の具体的な権利侵害となることを論証しなければならない。国民の

(13)

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「要救済状態」に対して、国に立法義務があるとしても、その立法義務違反が直ちに現実的、具 体的侵害を構成するか。教授は、もしこれを肯定するとすれば、 「国民すべての生存権が侵害さ れることとなり、国民すべてが原告適格をもつこととなろう」ao;とされる。教授自身は、国の 法的義務と個々の国民の具体的な権利侵害との問に別個の問題の介在していることをみておられ る。従って、 「立法不作為が常に直ちに現実的・具体的な権利侵害になるというのではなく、現 実的・具体的な権利侵害が生ずる場合を実証的に確定していくことをめざすべきである」′11)と提 言され、この点については今後の研究課題とされている。

このように、教授は憲法二五条と同じように、二六条の授業料以外の費用の無償を憲法上の義 務とし、その立法不作為の違憲性を認つめつも、それに対する具体的な司法的保障の理論的根拠 づけについては慎重な態度をとっておられる。社会権に関しては、具体的事件性を前提とする現 行の憲法裁判制度に訴訟手続上の限界のあることを理論的にさえ無視できなかったといえる.普 た、違憲確認訴訟や立法義務づけ訴訟についても他日を期して態度を保留しておられる。従って、

社会権に関しては、立法不作為に対する司法的保障の理論構成についてその方法をなお模索して おられるといえよう。

このようにみると、教授の憲法二六条の解釈について注目される点は、その規範的性格論にあ るというより、同条の権利の具体的展開にあるといえる。その好個の例は、同条の権利を大学 にも通用あるものとし、 「積極的に大学における学生の地位を論ずる場合の憲法的基礎となるも の」C12)と位置づけされたことであろう。教授は、既に「大学における学生の地位」の論文におい

て、 「憲法二六条の『教育を受ける権利』も、決して営造物利用者としての権利ではなく、共同 体構成員としての権利と解すべきであり、そしてここに学生参加の法的根拠がある」(13)とされて おられた。伝統的な学説が、憲法二六条を教育の機会均等の保障と解し、(14)学生の地位をこれと は無関係に行政法上の宮造物主体のもつ包括的な支配権に服する営造物利用者として位置つけて いた(15)のに対し、画期的転換をなすものであったといえる。それは、学生を教職員と機能的分担 関係に立ち、原則的には平等関係において大学共同体の構成員と位置つけるもので、単に学生の 権利・地位の強化を意味するのみならず、伝統的な大学自治の土台である教授会自治に対する大 学改革の一つの法的根拠づけとなるものであった。

もっとも、この学生の地位から学生が大学自治に具体的にどのような範囲で参加すべきかは、

「事物の性質に従い、合理的に決定すべきである」(IB)とし、形式論理的な結論は避けられ、また 当該大学の諸盤の事情を考慮する必要性のあることを認めておられる。このことは、学生の参加 が憲法二三条の学問の自由、教授の自由と衡実することのあることを考慮したもので、権利関係 の的確な把握を示すものといえよう。

次に、憲法二六条の学生の権利と大学の処分制度との関係について、学生の権利の保障的根拠 を認めておられる。即ち、二六条の権利から大学がこれを剥奪する放学処分を行う場合は、 「事 前手続が必要であり、これを欠くときは処分の効力に影響を及ぼす場合に属するのではなかろう

か」とされている。二六条の権利の対抗力から、学生の放学、処分における事前審査の保障を要 件とされているのである.この見解は、従来営造物理論の下に、大学側の懲戒権の裁量性が広く 容認され、処分手続が多く不備なまま放置されていた実態に強く反省を迫るものといえる。もっ とも、当該判例批判がこの点のみを主眼に論じたものでないため、掘り下げた理論的説明はなさ れていない。今後残された研究者の課題であろう。この点、判例の立堤(17)も決して十分なもので はない。

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有倉憲法学における教育権論

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憲法二六条の「教育を受ける権利」について、単に市民の国家に対する権利としてだけでな く、大学の内部関係においても学生の権利としての効力を認められたことは、学生の権利・地位 についても多様な理論的発展の可能性を切り開くものといえる。

(1)(2)有倉「憲法と教育」憲法理念と教育基本法制所収四六頁。

(3)有倉・天城「教育関係法Ⅱ」七六〜七七頁。

(4)同説に立つもの、永井憲一「教育権・義務教育の無償制」憲法百選(第三版)一八三頁。山崎真秀(有倉 席)基本法コンメンタール新版憲法一二三頁。野上修市「教育偉」体系憲法判例研究Ⅱ四六頁。

(5)有倉・天城「前掲」七七頁O

(6)和田鶴戒「生存権」田畑忍編憲法判例総合研究所収八五頁.

(7)高田敏「生存権保障規定の法的性格」公法研究二六号八五頁。

(8)大須賀須「憲法上の不作為」早稲田法学四四巻一・二号、一七二頁0 (9)有倉「前掲」四七頁。

(10)111)有倉「前掲」四八頁。

uZl有倉「前掲」二七頁。

(13)有倉「憲法秩序の保障」二六六五。

(14)法学協会「注解日本国憲法」上五〇〇頁。

(15)ポポロ座事件最高裁判決(昭和三八・五・二二)、中央教育審議会答申(昭和三八.一・二八)等がこの 立場とみられる。

uG)有倉「憲法秩序の保障」一七七頁。

(17)代表的なものとして東京教育大学事件、(東京地判昭和四六.六・二九)

五教育権論の特質と若干の論点

かようにみると、教授の教育権論の特色を挙げれば、第一に教育の本質と教師の専門職能性を 最大限に尊重した教育の自由説、自由主義的国民の教育権説にある。教育の内的事項と外的事項 とを峻別し、前者に対し国家の権力的介入を厳しく排除し、広く教育の独自性、自由領域を確 保せんとする見解は、かなり理想主義的であり、他に例をみないほど徹底的に自由主義的であ る(1)。この教育の自由の領域においては、教授は周到で多彩な理論を存分に展開されたといえよ う。

第二の特色として、これと関連して教育の自由の根拠を憲法二三条、教基法一〇条‑、二項に 求めた、論理的に明快な、独自の理論構成が挙げられよう。教授が、早くから首尾一貫して学問 の自由(二三条)に教育の自由の根拠を求められたことは、教授の自由が下級学校に適用される ことの論証にまだ不十分さかみられるとしても、実定法の解釈方法に対する欄眼を示すものとい える。一見奇異に感ずるこの根拠づけは、伝統的な憲法解釈にとらわれない自由な心で、時代の 流れを十分に洞察していたのである。教育の自由説に立つ限り、有倉説は今後とも有力な学説で あり続けるであろう。

第三の特色として、社会権としての教育を受ける権利について、実定法に即してきめこまかな 権利内容の具体化をはかられたことが挙げられよう。例えば、障害児の教育権の保障、学生の法 的地位・権利、義務教育の無償等、自由権の場合と同様、法制、法運用の実態をにらんで、時代 の流れに即して新しい改革的見解、理論を展開された意義は少くないであろう。特に、学生の権

(15)

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利については、思想、政治活動の白山の擁護、大学自治への参加、処分に対する手続的権利の挑 護等、紛争の渦中にあっても冷静さを失われず、権利保障の理論をおしまず展開された(2)ことの 中に、教授の実定法に対する確かな識見のみならず、温いヒューマンな精神をみてとることがで

きよう。

もっとも、教育を受ける権利には社会権に固有の限界があり、前述の如くその権利の性格を無 視してまで机上の理論化は慎まれたといえよう。この点に、教授が様々な改革的理論を提起しつ つもなお正統的理論を尊重し、継承している面が看過されえないであろう。このため、全体とし てみた場合、教授の教育権論はやはり社会権論にではなく、自由権論の比重が大きく、この点に 教授の本領が発揮されたといわねばならない。

前述の如く、教授の解釈論では国家の教育内容への関与は、行政手段によるものは勿論のこ と、立法手段によるものですら、即ちこれに関する大綱的基準立法ですら不当な支配としてその 法的拘束力が否定され、ただ指導助言の方法のみが認められるとする。従って、国家の公教育に おける役割は、もっぱら教育の外的条件整備の任に当ることになり、 「教育に関連する事項のう ち教育方法・内容に関する事項については、国は名宛人とはなりえない」て3)と解される。

全くよどみを知らない明快な論理と理想的な自由領域を保障する結論である。従って、このよ うな結論が、学校教育の現実にどのような結果をもたらすであろうか。この点が第一の論点であ る。この点は純粋の法律問題というより、解釈目的、結果の妥当性の問題ともいえるが、無視し えない論点であろう。

既に、教育内容要求権説から、 「教育内容の政治権力による統制ないし支配の動向が進行して いるなかでは、それを抑制するためにも、個々の国民の教育をうける権利の最も重要なものとし て教育内容要求権をとくに積極的に評価しなければならない」(i)との主張が、学校教育の現実に 対する批判的意味を含めて行われている。しかし、この見解に対しては、有倉説から逆の論理こ そ正当であるとの批判があり、この批判が一面教育内容要求権説の論理的不整合性をついている ことも否定しえないと思われるのでここではこの論議は他に譲ることにしたい。

他は、兼子仁教授の鋭い批判である。教授は、 「かように徹底した教育内容不介入論で、各論 の教育内容行政を含む現代公教育制度に即応しきれるか、教育をうける権利による教育の自由の ある種の内容的制約は認められるのではないか」(5)と問題点を投じられているO これに対して、

教授は「私見は教育内容への国の関与が『指導助言』の範囲にとどまるかぎりこれを許容するも のであって、それほど徹底しているわけではない」(6)としたうえで、 「そこにいう『教育内容行 政』とは『国の教育内容に関する条件整備義務』行政を指すとおもわれ、その第‑は『教育の自 主独立の保障義務』であると解される。ややふえんすれば、教授のいわゆる『教育活動の自主独 立性と専門性とを同時に保障していく』義務ということができよう。しかし、このかぎりでは、

私見をもってしても『各種の教育内容行政を含む現代公教育制度に即応』することに支障なく、

教授の意見と私見との問には、それほどの相異はないようにおもわれる」l′7)とし、兼子教授の見 解と教授のそれのどこが異なるのであろうかと答えられている。兼子教授の問いの後段「教育を うける権利による教育の自由のある種の内容的制約」は、有倉教授もかねてから認められている ところであるから、問題は前段の疑問にあろう。

兼子教授は、永井教授の主権者教育論に立つ「教育内容要求権」説と、有倉教授の「教育の自 由説」の「両説を統合した解釈を考えることもできる」(8)と述べられているのであるから、有倉 説とも異なり、兼子教授の「国の義務は、憲法精神が教育内容に活かされていくように条件整備

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