山本義彦著『清沢洌の政治経済思想 近代日本の自 由主義と国際平和』
著者 伊藤 恭彦
雑誌名 静岡大学経済研究
巻 2
号 1
ページ 93‑97
発行年 1997‑05‑30
出版者 静岡大学人文学部
URL http://doi.org/10.14945/00006792
書 評
山本義彦著『清沢測の政治経済思想近代日本の
自由主義 と国際平和』(御茶の水書房
1996年
)1.は じめに
久々に読みごたえのある研究書にであった。そ の読後の充実感 は、葬送行進由にはじまり、ゆる やかなアダージョを経て、華やかなロンドに終わ るマーラーの交響曲第5番を聴 き終 えたあ との充 実感 に似 ている。昨年の春 (1996年 2月)出版 さ れた山本義彦著『清沢冽の政治経済思想 近代 日 本の自由主義 と国際平和』(御茶の水書房)はそん な充実感 をもた らす本である。
以下ではその充実感か ら端 をはっした私の思索 のい くつかを紹介 し、本書の書評 としたい。私の 思索はもとより私の専門分野 (政治学、 より限定 的に現代政治哲学)の中での もので、内容豊かな 本書 を総合的に評価することはできないし、本書 に対 す る思わぬ誤解が あるか もしれ ない。 した がつて、清沢冽の思想 に含 まれる、国際関係論的 議論や経済政策的議論等については、全 く思索の 外 におかれてしまうことになる。私の思索の主題 は清沢冽の自由主義思想 を現代の視点か らみて、
どのように考 えるのかの一点につきると言ってよ い。
2.本書の意義
まず本書の意義 を私な りに三点に整理 してみた い。
第一 は、本書の もつ現代的意義についてである。
戦後、アメ リカの「核の傘」の庇護の下、経済成 長 を経た日本 は、 ここ数年のアメ リカの地位低下 と経済のグローバル化の中で、対外構想(外交 ヴィ ジ ョン)を真剣に考 えなければならない局面に立 たされている。単純なアメリカ追随外交ではもは や未曾有の国際化に対応できないのである。 この
伊 藤 恭 彦
国際化への対応が、例 えば「国際貢献論」とか「安 保再定義」 とか「国連安保理常任理事国入 り」 と いつた言葉で議論 されているのである。悲 じむベ きことに、 このような議論が今の ところ、政争の 一部 とされ、国際化 にふ さわ しい、外交姿勢 の ヴァージョン・ アップや国民の国際感覚の陶冶に はつながっていない。国際化への対応 を思想的に 検討する場合、避 けて通 ることのできない課題の 一つは、我々自身の国際感覚の反省 と過去の日本 の国際感覚の批判的検討である。 とりわけ、近代 日本 において、 日本の対外構想 を真剣 に考 え抜い た知的遺産 との対話 は緊急の課題であると考 えら れ る。過去の対外構想の積極面のみならずその否 定的側面 をも正当に評価することが、我々の現在 の思想的課題 を明瞭にすることにつなが る。本書 はその点で戦間期か ら第二次大戦 まで、一貫 して
「国際協調」路線 を模索 した清沢冽の思想の全体 像 を提示することを意図 してお り、我々の現在の 思想的課題 にス トレー トにつながる意義があると 考 えられ る(り。・
第二 は現代政治哲学上の意義である。周知のよ うに、現在、内外で自由主義 (リベラリズム)を
め ぐる議論が活発 に展開 されてい る。欧米 で は ロールズの『正義論』の出版 を契機 として規範的 政治理論が復権 したが、その分野での論点の一つ は自由主義の新たな基礎の解明にある。わが国に おいて も、海外の新 しい議論の摂取 は
「
盛 になさ れ、 さらに喜ばしいことに、 これ らの摂取が、現 代 日本がかかえる具体的な問題 とか らむ形でス リ
リングな議論へ と展開 している。すなわち、 日本 の具体的な問題 に即 して、 日本 における自由主義 の課題が積極的 に提示 され はじめてい るのであ る。)。 しか しなが ら、自由主義が 日本における焦眉 の思想課題であるにもかかわ らず、 ここで も過去 の 日本の自由主義思想の批判的検討は十分になさ
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れていない。海外での新 しい知見の摂取 と同時に、
わが国の過去の自由主義思想の検討 も必須の学問 的課題である。そのように考 えると、本書が従来 あまり正当に評価 されないか、 または無視 されて きた清沢冽の自由主義思想 を丹念 に描 いた意義 は、現代政治哲学の課題 との関係で もきわめて意 義深い もの と言えよう。本書 を契機 として、自由 主義 をめ ぐる議論がさらに深化することが期待 さ れる。
第3の意義 は、本書の方法についてである。今 日、思想分析や思想史の方法についての議論 も活 発である。本書では何か新 しい思想分析の方法が 導入 されているわけではない。 とられている方法 は、経済史家 らしいきわめてオーソ ドックスな実 証的な分析である。思想の実証的分析 とで も言え る方法が、本書の特色である。清沢冽の作品を丹 念 に読み、それを絶 えず、彼が直面 した現実の中 に位置づけるという方法 は、清沢冽がジャーナ リ ス トであったがために、 きわめて有効 で あ る。
ジャーナ リス ト分析のオー ソドックスな方法が見 事 に成功 した例 と言 えよう。
3.清沢測はいかなる自由主義者か?
以上のような本書の意義 をふまえて、以下では 本書 に端 をはっした私の思索のい くつかを、本書
に対する疑間 という形で提示 してみたい。
第一の疑間は、本書 において、清沢冽 を「 自由 主義」思想 と規定する根拠づけがやや整理 されて お らず、誤解 をまね くのではないか、 ということ である。清沢冽は確かに くりかえし自らの ことを
「自由主義者」 と規定 している。本人がそう言っ た ことは、 もちろん本人 を自由主義 と規定する根 拠 にはな らない。根拠 はあ くまで も、思想 に内在 して求められねばならない。本書では、 もちろん 原典 に即 して丹念に清沢冽を自由主義者 と規定 し ようとしている。 しか し、自由主義一般 というの はおそらくあ りえない (同じリベラリズム と言っ て も重商主義段階のロックのそれ と資本主義の本 格的確立=危機 と大衆民主主義段階の ミルのそれ が異なるように)。清沢冽がいかなる自由主義なの か、 という観点で本書 を読んでみると、ななかな 統一 した像 を結ばないのである。
そこで、本書で清沢冽を「 自由主義」 と規定 し
ている代表的な叙述 を5つの点か らまず整理 して みたい(引用直後 に本書頁数 を示 した。なお、〔 〕 は清沢冽の原典か らの引用である)。
第一 はいわば認識論 レヴェルでの規定である。
「清沢の自由主義 は、彼 自身が語 るように、『フレ イム 0オ ブ・ マインド』、『心的態度』 としての自 由主義であ り、硬直的な教条 を排除 し、一元的発 想(価値観の押 しつけ)を断固拒否する、『しなや かな自由主義』 とも言 うべきもの」(6)
「一方的 に現存 の ブル ジョア国家、ブル ジ ョア ジーの否定 という、決めつけが行われ、相対主義 的認識が否定 されるという点に、清沢が賛同 じえ ない」(7)
「 自由主義者 にはあらゆるものが相対的です」〕〔 (7)
「左翼 も右翼 の思想 も表面 的 には反対 の主張 を し てい るように見 えるが、いずれ も『極端 主義』 と い う点で、共通 の質 をもつ とい うのである。 この 両者 の 『極端 』 に対 峙 してい るの は、 自由主義 で あ る とい う」(110)
「清沢の場合は、これ とは異質であるが、 とは言 え、少数者支配の論理 と多数者支配の論理を、共 に『専制』 として認識していたのは、相対主義的 認識方法のしからしむるところとも言えよう」
(119)
「 しか もその認識 を支 える社会科学的基礎 にレー ニ ンの過渡期認識が色濃 く投影 しているところ に、彼の率直かつ大胆な自由主義者 としての姿勢 を窺 うことは容易であろう。当時の言論界 は、す でに左翼弾圧 を経験 していた という事態に即 して 考 えてみるとき、 しか も彼 は定職 を持たぬフリー ランサーであるという現実 を考慮 した場合、その 剛胆 な自由主義 としてのあ り方 をを改めて確認す ることができよう。『Frame of Mindと しての自 由主義』 という表現をもって、彼は自己の立場を しばしば表現しているが、多元主義的価値観 とい うそのあり方が、こうした社会主義論に対 しても 寛容かつ大胆な取 り込みを可能 としたのであっ た」(229)
「実はあらゆる権威的価値を容認 し得ない彼一流 の何事にも囚われない自由主義の立場」〔「断定に 臆病なる一個の自由主義者」〕
「この世の中に絶対的に正 しいということがあ〔
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りうるのか」〕
「愛国主義、あるいは愛国的感情 を固定的に一義 的に捉 えず、多様 な意識が存在 し、それ らを認め つつ、 自己の主張を展開することの必要 を提起 し ている」(233)
「人 はお うお うにして共産主義・ 社会主義 と自由 主義 (リベ ラリズム)と を同次元で語 るが、それ は誤 りであって、後者 は物事への思考様式 を、前 者 は政策手段 を示す というのが彼の議論である」
(244)
「 こうしてイデオロギーを超 えてフリーな立場 に 立つフリー・ インテレクチュア リズム ともいうべ
き内容 を、清沢はその立脚点 とする」(245)
第二 は個人主義 と個性や自由の尊重 という観点 か らの規定である。
「二三歳 とい う年齢 を考慮 して も、個人主義、個 人の尊厳 を守 ることの重要性、 これ こそ社会進歩 の原動力 とみるあた りはのちの自由主義の主張に つながるもの として注 目される」(42)
「以上が、 この書冒頭の『服従性の反逆』に主張 された ところの内容である。極めて明確な戦闘的 デモクラッ トと規定 して よいので はないだ ろう か。 しか もその視点は人間の自由をいかに確保す るか とい うところにある。その点ではまさに徹頭 徹尾の自由主義者である」(118)
「何 よ りも教育 の視点 を個人 の解放=個性 の発 揮、それを可能 にする『自由』の保障、国家か ら の人々の解放、社会人 としての人格の陶冶を強調 する」(123)
第二 は少数者尊重 とい う観点 か らの規定 で あ る。
「清沢冽の自由主義思想が どのように形成 されて いったのか、 という点 を考 えるにさいして、私に とって気がか りの一つは、 ここに清沢が自己認識 した『小生 は消極的人物』 ということである。強 者=権力者風の発想ではな く、 自己の人間的弱 さ を意識 しうるものこそ、同時に他者への深い思い や り、を包含 しうるということを顧慮するならば、
この視点 は、 自由主義の心情的源泉 として理解 さ れ うる」(46)
「 こうした相対化の視点 こそが常に少数者の見解 の重視 を彼 に植 え付 けてきたので はないだ ろう
か」(243)
第四は20世紀的=福祉国家的 自由主義 とい う 規定である。
「国家による資本抑制の必要を承認する新 自由主 義 と自由主義 を基調 とする労働党 との間に大 きな 差 はない、 と見ている」(134)
「 自由主義が自由を強調するだけで社会的正義が 達成可能であった時代 はすでに過 ぎ去っていて、
現状では、自由主義であることと、経済的平等性 との関係 は解体 していて、それ故 に彼 は、自由主 義者 として、同時に経済制度 として社会主義 を主 張す るというのである。 また自由主義 とは考 え方 を意味するのであって、しか もそれはプロテス ト、
抵抗の思想であるという」(231)
「彼の主張す る『自由主義』 は一般 に解 されてい るような『経済的自由主義』=資本主義弁護論 では ない ことを強調 している。いわば政治的自由主義 の立場である。資本主義 は克服対象であると理解 している」(266‑7)
第五 は社会発展 という観点か らの規定である。
「 こうして『中庸的進歩主義』一これ こそが清沢の 自由主義 を起点 とす る社会発展への見方である」
(266)
「個人の利益 を追求することではな く、社会の利 益のために生 きること、そしてその方向で個人の 利益 は二義的な位置 に置かれ るべ きことを、彼 は 理想 としているのである」(270)
本書 における清沢冽=自由主義 とい う規定の う ち、代表的 と思われる叙述 を挙げてみた。それぞ れの箇所 は清沢冽の原典 に基づいて提示 されてい るが故 に、それな りに説得的ではあるが、統一 し た清沢冽の自由主義像が浮かびに くい。 さらに第 一の相対主義的認識 に関 してはやや問題があるよ うに思 える。つまり、相対主義が自由主義 と等置 されているかの印象を与 えるか らだ。確かに資本 主義 にも社会主義 にも距離 をお くというある種の 相対的認識が彼の強靭なジャーナ リス ト魂 を支 え ていた とは考 えられる。 しかし、相対主義があた か も自由主義 と等置 されるかの印象を与 えてしま う。相対主義の立場 に立てば、彼が最 も基礎 にお いた自由や個性 という価値 もまた相対化 されてし
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まうか もしれない。その点で清沢冽の自由主義 を 相対主義 によって基礎づけることはきわめて困難 である。であるなら、清沢冽を自由主義 と規定す る別の根拠が求められねばならない。
本書 を読む中で私な りに考 えた ことは次のよう な自由主義像である。清沢測の最 も基本的な価値 は個性の尊重 ということだ と思われる。個性の尊 重が最大限保障されるために、例 えば、柔軟な認 識方法 としての相対的認識や、「経済制度 としての 社会主義」が擁護 されたのではないだろうか。つ まり、清沢冽は相対主義者なのではな く、個性の 尊重 とい う特定の価値の選び取 りをしているわけ である。 もちろん、清沢冽はかかる価値の選び取 りのために、あらゆる教条を排 し、あらゆる思想
(日本の伝統思想、キ リス ト教、マルクス主義等)
をいったん相対化 しているのである。他方で、「 こ の世の中に絶対的に正 しい ということがあ りうる のか」 という清沢冽の発言は、実際に個性が尊重 され、その陶冶が可能のなる社会条件 としての価 値 プルーラ リズムの擁護へ ともつながっているの である。つまり、清沢冽にとっての相対主義は、
一方で自らの思想形成の一手段 として、他方で、
形成 された思想の中核=個性の尊重が具体的に開 花 され るための社会条件 として、二重 の意味 を
もっていると考 えられる。
仮 に個性の尊重 ということが清沢冽の自由主義 の中核 に位置する価値であるという捉 え方が正 し いならば、これは19世紀 ヨーロッパ 自由主義 にも 匹敵する、斬新な自由主義思想 と言えよう。周知 のように個性の尊重 を自由主義社会の基底 に据 え たのは、ヨーロッパではJoS.ミルである。ミルは次 のように述べる。「個性の自由な発展が、幸福の主 要な要素の一つであるということが、痛感 されて いるならば、 また、それは文明、知識、教育、教 養 とい うような言葉 によって意味 されている一切 の もの と同位の要素であるに止 まらず、それ自体 が これ らのすべての ものの必須の要素であ り条件 である、 ということが痛感 されているならば、自 由の軽視 される危険性 は存在せず、 また自由 と社 会 による統制 との境界 を調整 す る ことについて も、特別の困難 を惹起 しないであろう」ヽ ミルの 自由主義 と清沢冽の自由主義 を機械的に等置する ことはできない。 しか し、 ミルが大衆社会的状況
(「多数者の暴虐」)の中、その批判原理 として「個
性」 を導入 した ことと、清沢冽が日本的同質性社 会の批判原理 として「個性の尊重」を主張 した こ とは、比較政治思想史的な観点か らも興味深い問 題 を提起するだろう。 このような観点 を深化 させ るな らば、 日本的な自由主義の特質を解明で きる か もしれない。そして、おそらく清沢冽の場合、
資本主義の19世紀的危機ではな く、20世紀的な 危機認識があ り、同 じく「個性の尊重」 を基底 に しなが らも、「経済制度 としての社会主義の擁護」
へ と清沢冽を向かわせたのであろう。すなわち、
個性が尊重 される社会経済的条件の確保 と維持の ための積極的な計画 と介入政策(「国家 による資本 の抑制」)の提唱 という清沢冽の経済政策上のスタ ンスが形成 されたのであろう。
4.清沢冽 と現代 日本に思想課題
以上のように、清沢冽の自由主義はヨーロッパ の20世紀的自由主義の転換 にも匹敵する、普遍的 な意義 をもった思想 と捉 えることができる。その ような意義 を確認 した上で、以下で もう一点、私 の思索の一端 を述べたい。それは、いわば清沢冽 思想の日本的特質=限界 に関連するものである。
本書 においては、清沢冽が もつ積極的な意義が 確認 されると同時に、その思想的限界 について も 正確な把握がなされている。清沢冽の限界 とは、
例 えば、経済帝国主義、天皇認識、他文明蔑視等 に現れている。その代表的な叙述 をい くつか挙 げ てみたい。
「清沢の考 え方の中には、『開発が平和的である』
こと、つまり経済ベースで行われるならば、それ は承認 されるべきだ という立場がある」(82)
「 そ こには経済的帝国主義論 とで も呼ぶべき論理 が貫かれてお り、後発帝国主義 としての位置を有 す る日本の特殊性 への理解=容認 が み られ る と いってよいであろう」(85)
「 こうした『黒人文明』の評価 に関 しては、それ を低位の もの と捉 えてお り、逆に清沢のような諸 国民のあ り方に対する相対主義的認識 を貫徹 させ ている人格 にあって も、時代の制約、欧米文化や 日本のそれへの無前提の高い位置にお くことの躊 躇 は見 られなかった」(192)
「 ここには一面で、清沢は祖国の発展膨張を願 う ナショナ リス トであるが、他面ではその実現 に当
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たっては、あ くまで も国際平和の枠組みを基礎 と すべ きであるとの見解 を堅持」(241)
「清沢冽にとって、天皇 は崇敬の対象であった。
しか しそれは無条件ではない。君臨すれ ども統治 せず といったイギ リス型 を是認 したか という疑問 もある (むろんイギ リス君主制 をこのように一面 的理解 に止めてはならない ことは自明である)。明 治天皇 を『明治大帝』 と呼称 してお り、その偉大 さをたたえることに惜 しみはなかった。ではそれ はどういうことか。彼 にとって明治天皇 は伊藤博 文 らの周囲の人々が賢明であって、彼 らをうまく 活用 した功績が称賛の基礎 にある。 この点では、
同時代人 としての昭和天皇 について厳 しい。 とい うのは側近の資質の反動性、好戦性、軍部へのヘ つ らいによって天皇 が称賛 すべ き活動 を示 さな かった ところにある。」(404)
これ らの清沢冽の思想が もつ限界 について、本 書では明確 にその問題性が指摘 されている。 しか し、 この時代 に類い希な日本社会批判や国際協調 論 を展開 した進歩的知識人 圭清沢冽がなぜ このよ うな問題 を含 まざるをえなかったのかについて、
本書では「権力への配慮」や「時代的制約」にそ の理由が求められている。そのような理由があっ た ことを否定するつ もりはないが、清沢冽の内面 に入 り、積極的思想がなぜかかる問題 を引きず ら ぎるをえなかったのかを、思想の構造的解明 とい う形で提示する必要があったのではないか と思わ れ る。その ような思想 の構造的解明が なされな かったのは、前述の本書の方法、つまり思想の実 証研究 にその原因の一部がある。清沢冽の思想 を たえず時代の文脈 において理解することが本書の きわだった特色であ り、強みであるが、思想の間 題性解明 という点では、その強みが発揮で きない のではないだろうか。
このように清沢冽の思想の問題性 を強調するこ とは、彼 を現時点か ら断罪するためではない。ア ジアヘの「経済帝国主義」的進出や他民族 (と り わけアジアの民族)への蔑視、さらには天皇問題 を意図的に放置する「 自由」論議等、現在われわ れの生 と思想 は相当の問題 をはらんでいる。他方 で、積極的な平和思考や人権擁護等、戦後我々が 培 ってきた積極的遺産 も存在する。だ とすると、
考 えられ る清沢冽 の思想 的限界 は、実 は現在 の 我々の思想的限界=課題で もある。そのような現
在の日本の思想的課題 を考 えるな らば、清沢冽の 積極性 と問題性の思想 に即 しての構造的解明 は急 務 の ことと思われ る。そして、その ことは我々 自 身の内面 にメスを入れ ることで もある。
5。
おわ りに限 られた角度か らではあるが、本書の意義 と私 の思索の一部 を述べてきた。私が十分に納得でき なかった点 を全面 に出した書評 となったが、 これ らは本書の意義 を何 ら貶めるものではない。21世 紀 に向けて 日本社会 を批判的に検討 した り、 日本 の国際社会での在 り方を真剣に考 える人 にとって は、恰好の研究書であ りることは強調 しても強調 し過 ぎることはないであろう。多 くの人々が本書 をひ もとくことを期待 したい。
(1)戦間期の 日本の政治家の対外構想 を検討 し た もの として、川田稔『原敬 転換期の思想 一 国際社会 と日本』(未来社 1995年)がある。
本書 との関係で も併読 され るべ きである。
(2)その最良の成果 として、井上達夫や藤原保 信の議論が挙 げられ るだろう。例 えば、井上 達夫『共生の作法 会話 としての正義』 鎗J文 社 1986年)、 藤原保信『自由主義の再検討』
(岩波新書 1993年 )を参照。
(3)ミル 『自由論』(岩波文庫 117頁)
付記
私のような浅学の者 に、書評 をお許 し下 さつた、
著者の山本義彦先生に御礼申し上 げたい。 また、
本論 は静岡大学人文学部の経済研究会 (96年 7月 4日)での報告 に加筆、訂正 した ものである。報 告 の機会 を与 えて下 さった経済研究会 の諸先生 方、 また、当日、私 といっしょに報告 をなさった 黒川み どり先生 (静岡大学教育学部)にも御礼申
し上 げたい。