• 検索結果がありません。

() 敬語学習のどこが学習者にとって難しいのか

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "() 敬語学習のどこが学習者にとって難しいのか"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

はじめに

 待遇表現の難しさについて、小川・前田(2003)に次のような指摘がある。

  待遇表現は上級学習者に重要な項目として認識されつつも、いざ教室で扱うとなると他の項 目とは異なる難しさがともないます。これは、取りあげるべき項目は多いが、教室で扱う項 目が整理されていないこと、文法研究の成果が主たる基盤とはなりえず、それ以外の視点を どの程度持ち込むか拠りどころが明確でない点にあるようです。また、待遇表現の難しさは、

そのシステムにあるのではなく、待遇レベルの判断に必要な人間関係の把握とそこに一定の ルールを持ち出すことに対する危うさであるとも言われています。(p.ⅳ)

 待遇表現には敬語のほか、尊大表現・親愛表現・卑罵表現等も含まれるが、学習者にとって、

敬語の習得が最も難しいということは教師と学習者の共通認識であろう。筆者自身の学習経験か ら考えても、教室内の敬語学習は内容的に限られており、学習者による自律的な学習が求められ

(1)

 小川・前田(2003)の指摘の通り、個々の場面における人間関係の違いによって、機械的にルー ルを当てはめてはいけないことが、敬語学習に一層の難しさをもたらす。しかし、学習者の敬語 学習は敬語システムや個々のルールに始まることもまた事実である。本稿は、筆者の学習実体験 を踏まえ、形式面を中心に学習者にとっての難点について論じる(2)。具体的には、「学習者が気に なる項目」「教えてほしかったポイント」「敬語定型句」の順に述べてゆく。

1.学習者が気になる項目

1-1 「なされる」の「レ」は何なのか

 劉(2015a:162)でも述べたように、学習者からすれば「風邪を召さぬようにお気を付け下さ い」「くれぐれも御無理はなさぬよう御願い申し上げます」でも良いところを、母語話者は「風 邪を召されぬようにお気を付け下さい」「くれぐれも御無理はなされぬよう御願い申し上げます」

のように表現する場合がある。これらの表現にある「レ」は何なのかといった、学習者のモヤモ

劉 志偉

敬語学習のどこが学習者にとって難しいのか

―学習者自らの振り返りを通して―

『言語の研究』6号2020年3月

(2)

ヤ感を解消してあげるためには、「通時的観点を部分的に」取り入れた指導が有効であろう(劉 2015b)。「なさる」と「なされる」の関係については菊地(1997:188-189)に詳しい。古文では

「なす」に尊敬の意を表す助動詞ルが付いた「なさる」全体が下二段活用であった。日本語史上 の「二段活用の一段化」の一般法則に従えば、「なされる」という一段活用の語形となるが、「な さる」は最終的に四段活用を経て現代日本語の五段動詞になったと考えられる。従って、現代語 において「なさる」に比べて、「なされる」のほうが「やや大仰な、または古めかしい印象」(p.189)

を持たれる場合があるという。

1-2 なぜ「お(ご)~おき下さい」に「おき」が必要なのか

 「お(ご)~下さい」は頻出の表現形式であるため、学習者にとって決して馴染みがないわけ ではない。しかし、中には「ご承知おき下さい」「お見知りおき下さい」のような、学習者にとっ て気になる表現がある(劉2015a:161)。

 この表現に関して、独学でその使用実態(意味機能やどのような動詞があるか等)を突き止め ることは難しいため、日本語母語話者の手助けが必要である。ネイティブ研究者による実態解明 の成果を踏まえた上で、教材等で取り上げてほしい項目の1つである。井上(2019b)によれば、

「お(ご)~おき下さい」は注意喚起または理解・配慮求めを示す表現で、「~」の箇所に入る 動詞は「考える/聞く/話す/認める」といった言語活動・心理活動の動詞に限られるという。

また、教育現場では、「ご承知おき下さい」に加え、文字通りで意味推測が難しい「見知りおく」

「含みおく」の二語だけを取り立てて指導すれば良いとの主張が成されている。

2.教えてほしかったポイント

 ここでは前節で述べた、そもそも項目として取り上げられていない場合とは異なり、項目自体 について教材等で触れられることはあるものの、その細部(下位ポイントまたは細かい箇所)の 説明が求められる場合について扱う。

2-1 文法項目

2-1-1 ペア形式の敬語の提示の仕方

 敬語は、形態上概ね「(ら)れる敬語」「ペア形式の敬語」「授受動詞を含む形式の敬語」「特別 な形の敬語」の4つに分けられる。中でも「ペア形式の敬語」と「授受動詞を含む形式の敬語」

に関する説明は尊敬語と謙譲語の別(敬意の対象、機能)に重きを置く場合が多く、「物・行為・

恩恵」等の移動方向に注目しがちな傾向がある。

 学習者の視点からすれば、敬語の種類や移動方向のほかにも教えてほしいポイントがいくつか ある。この点について、以下筆者がかつて劉(1998)を独学した際の書き込みをもって示す。

(3)

 上の書き込みを確認すると、学習者として筆者にとっての関心ポイントは次の2点にまとめら れる。1つは、「ペア形式の敬語」と「授受動詞を含む形式の敬語」にある動詞は、誰の動作ま たは行為かという点である。もう1つはその動作または行為は聞き手ないし話題人物と何らかの 関わりをもつかどうかという点である。こうした学習者の関心事を踏まえ、従来の尊敬語と謙譲 語を中心とした提示の仕方を改め、「ペア形式の敬語」と「授受動詞を含む形式の敬語」の両者 を一括し、その形式に含まれる動詞に着目した指導案を以下に示す。

図1 劉による書き込み(1998:85-95)

表1 「ペア形式の敬語」と「授受動詞を含む形式の敬語」の指導案

■V:話し手以外の人物の動作や行為 ■V:話し手の動作や行為

■聞き手または話題人物と関わりのある動作や行為

お・ご~です。 お・ご~します。

(お・ご)~させて頂きます。

お・ご~なさいます。 お・ご~いたします。

お・ご~になります。 お・ご~申します。

お・ご~あそばします。 お・ご~申し上げます。

お・ご~下さいます。 ~て下さいます。 お・ご~差し上げます。 ~てあげます。

お・ご~頂きます。 ~て頂きます。 ~て差し上げます。

~ていらっしゃいます。 (~ております。)

お・ご~(を)願います。

お・ご~に預かります。 お・ご~に上がります。

お・ご~賜る。

お・ご~承る。

お・ご~を仰ぐ。

(4)

 この一覧表を使用する際には、以下のポイントを学習者に提示しておく必要がある。

 (a)オには和語動詞の連用形、ゴには漢語サ変動詞の語幹が後続するという概ねの傾向に加 え、個々の「ペア形式の敬語」における「~」の箇所に使われない動詞がある(3)  (b)左列の諸形式の動詞は、話し手以外の人物の動作または行為であるのに対し、右列の諸

形式(「~ております」を除く)は話し手の動作または行為であると同時に、その動作ま たは行為が聞き手ないし話題人物と関わりのある動作または行為でなければならない(4)  (c)体系的に示す目的で「お・ご~あそばします」「お・ご~申す」を一覧に含めているが、

現代語で使用されることは少ない。

 (d)「授受動詞を含む形式」について「お・ご(~)」と「(~)て」が同時に用いられること はない。言い換えると、「お・ご~て下さる」「お・ご~て頂く」「お・ご~て差し上げる」

等の形式は存在しないということである。

 (e)「~ていらっしゃいます」と「~ております」はペアとして提示する。

 また、補足として「お・ご~願う」「お・ご~に預かる」「お・ご~賜る」「お・ご~承る」「お・

ご~に上がる」等を取り上げる必要があろう。

 なお、上の一覧表を見ても分かるように、同じ事柄に対して複数の敬語表現形式が存在するた め、学習者にとって場合による使用可能不可の使い分けが気になるところである。さらに使用可 能な複数の表現それぞれの丁寧さの度合も合わせて学習者に提示することが望まれる。

2-1-2 ガ(は)/ニ(から)の選択

 授受動詞「下さる」「頂く」を伴う文型を導入する際に、共起する助詞の使い分けが指導の落 とし穴となっている傾向がある。「お・ご~下さる」(~て下さる)/「お・ご~頂く」(~て頂く)

を指導する際に、述語に前置する名詞句がガ格なのかニ格なのかを学習者に提示することが重要 となる。授受動詞と助詞の共起関係は以下のように考えることができる。

  (1)Aさんは(が) 私に 地図を 書いてくださった/お書きくださった。(菊地1997:

213)

  (2)私は(が) Aさんに 地図を 書いていただいた/お書きいただいた。(菊地1997:

図2 劉による書き込み(劉1998:93)

(5)

213)

ただし、一般的には「私に」「私は(が)」が省略される場合が多いため、学習者は次のような対 応関係で理解しておく必要がある。

  (3)Aさんは(が) 地図を 書いてくださった/お書きくださった(菊地1997:213、下 線の一部は筆者による)

  (4)Aさんに 地図を 書いていただいた/お書きいただいた(菊地1997:213、下線の一 部は筆者による)

 上記の対応関係を踏まえた上で、小川・前田(2003:42)の練習を援用して、以下のように提 示すればより効果的であろう。

  (5)*教科書を忘れたが、友達に見せられて、本当に助かった。(小川・前田2003:42)

     友達に見せられて→友達が見せてくれて/友達に見せてもらって

(小川・前田2003:解答p.9、下線は筆者による)

2-1-3 「お書きになれる」と「*お書けになる」

 学習者がどちらの表現形式が正しいかについて、混乱に陥るものとして「お・ご~になれる」

と「お・ご~(可能動詞の連用形)になる」のペアが挙げられる。

 結論としては、可能形の尊敬語は「お+可能形+なる」ではなく、「お・ご~になれる」が正 図3 劉による書き込み(劉1998:85)

(6)

しいとされている(菊地1997:171)。日本語の広義の「承接」現象というべきこの類には「~始 める・~かける(始める意)・~続ける・~終える(終わる)」等も含まれる。「お~始め(かけ・

続け・終え・終わり)になる」等とは言えず、「お・ご~になり始める(かける)・続ける・終え る・終わる」が一般的な言い方である(菊地1997:170)。

2-1-4 ぼやかしの「~よう」

 「ようだ」は教材等で取り上げる項目である。ぼやかしの「~よう」は「ようだ」の下位用法 であるもの、学習者にとって産出しにくい用法である。敬語そのものではないが、共起する敬語 表現とのバランスから、菊地(1997:377)の「改まり語」という考え方で捉えることができ

(5)

。後述する2-1-5、2-1-6も同様である。

  (6)ご無理がおありのようでしたら、ご放念下さいませ。(劉2015:160)

  (7)最近の若者は本を読まなくなったと思います(なりました)。電車の中で漫画を読む人 も少なくなったように思います。音楽を聴く姿も以前より見かけないようです。(小川・

前田2003:解答17)

2-1-5 「~な(さ)そう」と「~そうにない」

 「ない」を伴う表現に様態の「そうだ」が後続する場合、接続については形容詞と動詞に分け て考える必要がある。動詞の場合、教科書では「V未然+な(さ)そう」より「V連用+そうに(も)

ない」の形で一般的に提示されている(銭2019)。しかし、学習者による「V連用+そうに(も)

ない」形式の産出は困難であると推察される。

  (8)??人身事故で大幅な遅延が発生しており、授業に間に合わなさそうです。

2-1-6 「失礼なテオク」

 文法形式として間違いではないが、実際の運用としては誤用と見なされる場合もある。「~テ オク」について佐藤(2015)では、無標より有標のほうが丁寧さを示す効果があるとの主張がな されている。

  (9)客:この本を注文したいのですが。

     店員:このカードにお名前と電話番号を記入してください。あとはこちら で{やり ます/やっておきます}。〈38.1%〉

佐藤(2015:13-14)

 しかし、実際には失礼さに繋がる「~テオク」の用法がある。

(7)

  (10)??(目上の人物に対して)後ほど○○に伝えておきます。

  (11)?(目上の人物に対して)後ほど○○にお伝えしておきます。

 こうした失礼さに繋がる「~テオク」の表現が多く存在することは、辻(2017)で実施された 調査で明らかにされている。「~テオク」表現は有標無標を問わず「非用」になりにくいこと(佐 藤2015:13-14)に鑑みれば、寧ろ「失礼なテオク」を学習者に提示する必要があると思われる(6)

2-2 語彙指導

2-2-1 御(オ・ゴ)について 2-2-1-1 御(オ・ゴ)の選択

 「御」の読みについて、概ね和語には「お」が、漢語には「ご」が付くこと、また、外来語に は「御」自体が付きにくいこと(7)の2点が、教育現場で一般的に行われる説明である。

  原則としては、和語に{お・ご}を、漢語に{お・ご}をつける。

  一般的に{お・ご}がつきにくいもの   1.{カタカナ語・和語や漢語}

  2.{身のまわりのもの・公共物など}

(小川・前田2003:33、下線は筆者による)

 しかし、これらの規則には例外も少なくない。例えば、「お大事に」「お大切に」のように、漢 語でありながら、「オ」が前接する場合がある。

  例外:お時間 お勉強 お食事 お料理 お上手 (小川・前田2003:33)

当て字等語源に拘らず、音読みの漢語語彙に限定して考えても、「お菓子」「お写真」「お名刺」「お 弁当」「お醤油」「お豆腐」「お夜食」「お歳暮」「お中元」「お正月」「お新香」「お線香」「お布団」

「お礼」「お得」「お得意」「お綺麗」「お元気」「お利口」「お電話」「お約束」「お世話」「お給料」

「お医者(さん)」「お役人」「お役所」「お礼状」「お知恵」「お化粧」「お加減」「お粗末」「お遍路」

「お大尽」「お掃除」「お稽古」「お受験」「お会計」「お習字」「お散歩」「お賽銭」「お布施」「お 行事」「お行儀」「お座興」「お葬式」「お通夜」「お邪魔(する)」「お愛想」等枚挙するに遑がな い程である。

 また、例えば「返信」は「ご返信」の形のみであるのに対し、「返事」のように「お返事」「ご 返事」の両形を有するものが存在することも補足が必要なポイントの1つである(8)

2-2-1-2 御(オ・ゴ)の有無

 御(オ・ゴ)の有無によって全く異なるイメージをもたらす場合もある。これは単なる「美化

(8)

語」の習得問題に収まるものではない。この点に関しては小川・前田(2003:35)において示唆 的な説明がなされているものの、教材開発には未だ十分活かされていないように思われる。

  「お・ご」がないと、乱暴に聞こえることがあるもの   例:茶、菓子、客、酒、つまみ、金、すし、風呂、など

 残念ながら、学習者はこの点に関しては、認識しているとは言い難い。初級の用例に用いられ る語でありながら、筆者自身は「お金」ではなく、「金」という言い方を頻用していた時期があっ

(9)

 また、イメージの違い以上に、御(オ・ゴ)の有無によって全く異なる意味を有する場合もあ る。小川・前田(2003:34)による以下の指摘が極めて重要であるため、長くなるが以下に引用 する(10)(下線は筆者による)。

  「お」の有無で意味が異なるものがある。

  例:にぎり、寒い、開き、荷物など

  子供たちは遠足にサンドイッチや{a.おにぎり・b.にぎり}を持っていく。

  この寿司屋の{a.おにぎり・b.にぎり}は新鮮で味もいい。

  あまりに{a.寒い・b.お寒い}福祉政策に、市民は抗議運動をおこした。

  今日は{a.寒くて・b.お寒くて}、コートが必要です。

  これで宴会は{a.開き・b.お開き}にします。

  魚の{a.開き・b.お開き}は、天気のよい日なら、2、3時間でできる。

  「お」はいつも丁寧な扱いをするときに使われるとは限らない。

  お客様の{a.荷物・b.お荷物}をお預かりいたします。

  日ごろ練習しない部員が突然試合にきても、チームには{a.荷物・b.お荷物}だ。

 また、類義語や反対語において、御(オ・ゴ)の有無に関して非対称となっている場合も見受 けられる。例えば、「ご入学」「ご卒業」が存在するのに対し、「*ご進学」「*ご修了」は使われ ない(11)。小川・前田(2003:34)は「ご印鑑/×おはんこ」「○お出口/×お入り口」を例に挙げ、

「慣用的な用法」と見なしている。

 このほか、形の上で近似する語の影響を受け、学習者による御(オ・ゴ)の有無の判断があや ふやになってしまう場合がある。例えば、「厄介」「世話」は御(オ・ゴ)があってもなくても問 題ないが(ほかに(お)説教、(お)祭りも同様)、「お節介」「お世辞」「お辞儀」は「御」が必 須である。このように、美化語等とは関係なく、「お・ご」が付いて一つの語になっている場合 も少なくない。菊地(1997:373)では、「お辞儀」「お仕置き」「ご破算」「おしめ」「おてんば」「ご 飯」「ご馳走」「おなか」「おかず」「お化け」等が挙げられている。ただし、上記の「ご飯」以降 の例は、教材等で語彙として取り上げられることがあるため、特に問題にはならない。これら以

(9)

外、「お産」「お年玉」も挙げられよう。

2-2-1-3 御(オ・ゴ)の自他指示

 美化語以外で、自分のものに御(オ・ゴ)を伴う場合がある。この現象について、小川・前田

(2003:51)は「しかし相手に関わるもの」と指摘し、「御連絡」「御報告」「御挨拶」を例とし て挙げている。つまり、お・ごが付いた表現は必ずしも相手や聞き手の行為を指すとは限らず、

自分自身のそれを指す場合もあるということである。ほかにも、「ご確認」「ご案内」「ご説明」「ご 通知」「ご返事」「ご相談」「ご招待」「ご請求」「ご奉仕」「ご無礼」「お願い」「お知らせ」「お伺い」

「お尋ね」「お便り」「お呼び出し」「お見舞い」「お祝い」「お返し」「お詫び」「お断り」「お礼」

等が挙げられよう。メールや掲示の表題に使われうるものが多いことが窺える。これらは菊地

(1997)でいう「動作性の名詞」に該当するが、これ以外にも、美化語との線引きが曖昧で「お 手紙」「お葉書」「お電話」「お土産」「ご祝儀」等の「動作性でない名詞」(p.348)もある。

2-2-2 「特別な形」の敬語語彙

 教育現場では、動詞や形容詞のほか、人称代名詞の敬語語彙(「特別な形」)が提示されること が多い。大同小異はあるものの、表2に挙げたような語彙が教材等に散見される。

 表に挙げた中でも、「いらっしゃる(12)」「うかがう」が複数の語の「特別な形」を兼ねていること、

「おる」を謙譲語で教わりながら「おられる」(菊地1997:333)という敬語形式が存在すること

(劉1998:83)等が学習者の戸惑う点であろう。ここでは特に、「存じる」と「存じ上げる」の 表2 動詞の「特別な形」小川・前田(2003:24,解答p.5)

辞書形 尊敬語 謙譲語

行く・来る いらっしゃる/おいでになる(お見えになる)/(お越しになる) まいる(うかがう)

いる おいでだ/(いらっしゃる)など (おる)

する (なさる) (いたす)

言う (おっしゃる) 申す/(申し上げる)

聞く (うかがう)

見る (ご覧になる) (拝見する)

見せる (ご覧に入れる)/(お目にかける)

食べる・飲む (召し上がる) いただく

思う (存じる)

知る (ご存知だ) 存じる/(存じ上げる)

着る・はく (お召しになる)

尋ねる (うかがう)

会う (お目にかかる)

借りる (拝借する)

(10)

2語に注目したい。両者の説明については、意味の説明だけでは不十分で、よく用いられる表現 形式と敬意の差に加え、言及対象の範囲についても説明しておく必要がある。

 一般的に「存じ上げる」は「知る」の意のみで用いられるのに対して、「存じる」は「知る」

と「思う」の二つの意味で用いられることがあると解説される(小川・前田2003)。この説明で は「存じる」が用いられる場合、「知る」と「思う」のどちらの意を表しているかを判別しにく い時がある。従って、「思う」意の場合は「~く存じます」「~と存じます」の形で用いられ、「知 る」は「~を存じております」の形が多用されることを、学習者に提示しておく必要がある。

 一方、「存じる」と「存じ上げる」が共に「知る」意で用いられることに関しては、後者のほ うが敬意が高いことをまず示す必要があろう。

  (12)○○先生のことをよく存じております。

  (13)○○先生のことをよく存じ上げております。

さらに、以上の説明に加え、「存じる」と「存じ上げる」の言及対象の範囲についても説明を加 えておかなければならない。なぜならば、これから述べる筆者の経験と同じように、敬意のこと に気を取られて以下のような誤用例を産出しかねないからである。

  (14)*富士山のことは存じ上げております。

これは筆者が来日前に、日本語母語話者と日本の文化について語った際の発話である。「知る」

意の「存じる」は聞き手に対する敬意を表す表現で、言及対象自体については特別な指定がない のに対し、「存じ上げる」は言及対象に敬意が及ぶ表現である。その言及対象は、話し手からし て取り立てて敬意を示す必要のある人物、またはその関係事物でなければならないということを もし事前に知っていれば、筆者は「富士山のことは存じております」と発話したに違いない。

 一方、表3のように、副詞に代表されるようなそれ以外の敬語語彙も指導する必要がある。

表3 その他の「特別な形」小川・前田(2003:39,解答p.9)

辞書形 あらたまった形 辞書形 あらたまった形

きょう 本日 さっき 先ほど

あした 明日(あす) 少し・ちょっと(時間) 少々

あさって 明後日 少し(量) わずか

きのう 昨日 これ・ここ こちら

おととい 一昨日 いつも 平素

このあいだ 先日 本当に 誠に

あとで のちほど そして ならびに

今・すぐ ただいま つもり 所存

もうすぐ まもなく

(11)

 動詞、形容詞、人称代名詞等の「特別な形」は、集中的に指導されることがあるのに対し、そ れ以外の語彙は個々の新出語彙の中での散発的な学習に留まっているため、片方がもう一方の改 まった言い方であるという認識を習得しにくい。筆者は敬語表現として「先ほど」を用いるべき ところに「さっき」、逆に日常会話の中で「あとで」を用いればよかった箇所に唐突に「後ほど」

を使ってしまい、表現全体のバランスが悪いとの指摘を受けたことがあった。また、図4に示す 筆者のメモ(劉1998:85、書き込み)を見ても分かるように、「どう」「どういうふうに」「どの ように」のような敬意の差について母語話者の手助けなしでは習得できない。

 なお、「特別な形」の敬語語彙の指導においてその説明に議論を要するものもある。例えば、「水」

に対して「お冷や」という表現があるが、これは接客等に用いられるビジネス用敬語であること を学習者に断っておかなければ、知人宅で「お冷やを頂けますか。」と御願いしてしまう恐れが ある。また、「トイレ」に関連する「化粧室」という語は、商業施設等でなければ用いられない ことも学習者に提示する必要がある語の1つであろう(13)

 このほか、必ずしも対応関係にあるペアではないが、表現同士のバランスからして「特別な形」

で提示する必要があるものもある。例えば、「また(よろしく御願い申し上げます)」と「引き続 き(よろしく御願い申し上げます)」を例として挙げることができる。この点は「敬語定型句」

との連続性を有するため、次節にて扱うこととする。

2-2-3 個別例

 最後に、個別の例として「~かねる」を取り上げる。動詞の連用形に「~かねる」が後続する ことで、断る場面において、「~することができない」の婉曲的な表現として用いられることが ある。この語を説明するにあたっては、「できる」の場合は「できかねる」ではなく、「いたしか ねる」となることを、定型とは別に示す必要がある。

図4 劉による書き込み(劉1998:85)

(12)

3.敬語定型句

 敬語表現の定型句について、総合日本語の教材類では「恐れ入りますが」「僭越ながら」といっ た前置き表現が取り上げられることがある。また、アカデミックライティングに特化したテキス トにおいても、決まり文句の用例が列挙されることが多い。これらの状況とは別に、実際に耳に する経験がなければ、既知の情報を頼りにして産出することが困難な語句を、学習者は日常生活 において疑問を抱いていることについて触れておきたい。この点に関しては、学習者による能動 的な学習姿勢が、特に重要となろう。

  (15)ぜひ万障お繰り合わせのうえご出席くださいますようご案内申し上げます。(2010)

  (16)遅ればせながら(2019)

  (17)不覚にも存じませんでした。(小川・前田2003:10)

  (18)とんでもないことでございます。(2014)

  (19)お手隙のときにでもご教示ください。(2014)

  (20)引き続きよろしくお願いします。(2014)

  (21)以上お礼かたがたおねがいまで。(文型辞典中国語版p.101)

  (22)~におかれましては(2014)

図5 劉による書き込み(劉1998:45)

図6 劉の学習メモ

(13)

  (23)お仰せつけください(2019)

 定型句のほか、「引き続き」「取り急ぎ」「方々」「おかれては」や複合語形式「お目通し」「お 声掛け」「お取りはからい」「お取りまとめ」「お仰せ付け」等は学習者にとって、産出しにくい 表現である。

4.おわりに

 本稿は、先行研究で言われる敬語指導の難しさのうち、特に「〈語形〉(かたち)」に注目し、

筆者自身の学習経験を踏まえた上で、学習者にとって困難な項目や下位ポイント、そして語彙に ついて論じた。また、敬語の定型句の学習においては、学習者自身による能動的な学習が重要で あることについても触れた。これらの指摘が、今後の敬語教育と教材開発に寄与することがあれ ば、と願う次第である。

 無論、敬語学習は「〈語形〉(かたち)」のみでは不十分である。

  (24)先生、今日の授業、お上手にお教えになりましたね。(小川・前田2003:16)

  (25)先生の教え方はとても上手でした。(井上2013:21)

こうした用例は「相手の感情を害する誤用例」(野田2006:15)に区分することができる。また、

迫田(2016)の用語を援用すれば、文法的には正用であるが、聞き手には不快感を与えかねない

「危険な正用」とも言える。当然のことながら、これらの誤用を減らすためには、形式面の学習 から実際の運用へのレベルアップが求められる。「〈語形〉(かたち)」の教授に加え、「〈適用(運 用)〉(あてはめ)」についての段階的な指導も必要ということである。

(1)中国大学で日本語を専攻していた時、総合教材『新編日語』(第二版)を使用して敬語表現 について勉強したが、日本語の敬語は特に難しいと常時に言われていたこともあり、大学 二年頃に劉(1998)を購入して独学した。この書を読みながら、日本人の客員教授や、相 互学習をしていた日本からの留学生に常に質問と用例の確認を行っていた。また、自然習 得の中でも、敬語表現を含む学習のメモを取り続けている。

(2)敬語の仕組みについて、菊地(1997:111)では「〈語形〉(かたち)」「〈機能〉(はたらき)」

「〈適用(運用)〉(あてはめ)」の三つの観点から捉えている。ここでいう形式面は「〈語形〉

(かたち)」に該当する。

(3)「ご~になる」「ご~なさる」「ご~する」「ご~いたす」「ご~申し上げる」において、「~」

の箇所に用いられるものとそうでないものについて、日本語学の研究成果として菊地(1997)

等があるが、日本語教育の世界で十分活かされているとは言い難い。無論日本語教育でこ

(14)

うした言及がないわけではなく、例えば、小川・前田(2003:21)では「司会する」「散歩 する」といった「お・ご~になる」の形では使えない動詞があることについて触れられて いる。

(4)これは「お・ご~する」系列の使用条件に関わる重要な情報である。小川・前田(2003)

では「お・ご~する」が使われる動詞と使われない動詞の特徴として「「人に」など、直接 受け手を持つ動詞」と「主語の範囲にとどまる行為」(p.23)と説明されている。ここでは 同じ主旨であるが、学習者にとってより分かりやすい説明の仕方を提案する。

(5)「ご迷惑をおかけすることも多々あるかと存じますが」のカも同じタイプと見なすことがで きる。

(6)井上(2019a)はこの問題を取り上げている。

(7)詳細は日高(2015)を参照されたい。

(8)「返事」が和語「かえりごと」に由来することに起因するものと考えられる。なお、「ご返事」

は尊敬語・謙譲語Aに用いられるのに対し、「お返事」は美化語として使われる傾向がある とされる(菊地1997:385-386)。

(9)小口悠紀子氏(首都大学東京)のご指摘により、認識したものである。

(10)「お造り」「お捻り」「お勝手」等も同じであろう。

(11)浅川哲也先生(首都大学東京)の直話による。

(12)水谷(2005)では、「いらっしゃる」に関する母語話者の使用実態が明らかにされている。

(13)「トイレ」を表す品位のある表現に「お手洗い」があることは言うまでもない。

参考文献

庵功雄他(2000)『初級を教えるための日本語文法ハンドブック』スリーエーネットワーク 庵功雄他(2001)『中上級を教えるための日本語文法ハンドブック』スリーエーネットワーク 庵功雄(2012)『新しい日本語学入門-ことばのしくみを考える-』(第2版)スリーエーネット

ワーク

伊藤博美(2018)「近・現代の謙譲語形式の消長とその背景」『近代語研究』20、武蔵野書院 井上直美(2019a)「失礼な「テオク」について-「テオク」の級外下位ポイントに着目して-」、

日本語学会2019年度秋季大会予稿集

井上直美(2019b)「「お・ご~おき下さい」をどう教えるか」、国際シンポジウム「外国人材育 成と敬語・敬語教育」予稿集

井上優(2013)『相席で黙っていられるか-日中言語行動比較-』岩波書店

小川誉子美・前田直子(2003)『(日本語文法演習)敬語を中心とした対人関係の表現-待遇表現

-』スリーエーネットワーク

蒲谷宏(2008)「なぜ敬語は三分類では不十分なのか」『文學』9-6、岩波書店 蒲谷宏編(2010)『敬語コミュニケーション』朝倉書店

菊地康人(1997)『敬語』講談社(初版1994)

(15)

菊地康人(2010)『敬語再入門』講談社学術文庫(初版1996)

窪田富男(1990)『敬語教育の基本問題 上』国立国語研究所 窪田富男(1992)『敬語教育の基本問題 下』国立国語研究所

迫田久美子(2016)「〈ソトとウチの接点としての日本語教育〉日本人と外国人の日本語コミュニ ケーション-学習者の「安全な誤用」と「危険な正用」-」『NINJALフォーラムシリーズ』

7、国立国語研究所

佐々木泰子編(2009)『ベーシック日本語教育』ひつじ書房

佐藤琢三(2015)「補助動詞テオク-意味・語用論的特徴と学習者の問題-」阿部二郎・庵功雄・

佐藤琢三編『文法・談話研究と日本語教育の接点』くろしお出版

塩田雄大(2018)「“すべき”の問題をどうするべきか-2018年「日本語のゆれに関する調査」か ら-」『放送研究と調査』12月号、NHK放送文化研究所

白川博之(2018)「日本語研究から日本語教育研究への越境」『日本語の研究』14-2、日本語学

銭俊(2019)「いわゆる様態の「そうだ」の否定形について-母語話者と学習者の規範意識と使 用実態の比較を中心に-」埼玉大学教養学部卒業論文

辻周吾(2017)「補助動詞の「~ておく」に関する一考察-対人配慮の視点から」『国際言語文化 学会日本語学研究』2、京都外国語大学国際言語文化学会

野田尚史(2006)「コミュニケーションのための日本語教育文法」『日本語・日本語教育を研究す る』28、国際交流基金

日高貢一郎(2015)「敬語の「お・ご」が付く外来語-その理由を考える-」『都大論究』52、東 京都立大学国語国文学会

文化審議会(2007)「敬語の指針」(文化審議会答申)

水谷美保(2005)「「イラッシャル」に生じている意味領域の縮小」『日本語の研究』1-4、日 本語学会

森山卓郎(2013)「丁寧語について」『国語と国文』90-7、明治書院 劉金才(1998)『(学日語必読叢書)敬語』日語学習與研究出版社

劉志偉(2015a)「第8章 学習者から見た文法シラバス」庵功雄・山内博之編『データに基づく 文法シラバス』(現場に役立つ日本語教育研究シリーズ 第1巻)、くろしお出版

劉志偉(2015b)「通時論的観点を部分的に取り入れた文法指導の試み-旧派テニヲハ論書にお ける「筒」(つつ)項目の記述に触発されて-」『武蔵野大学日本文学研究所紀要』2、武蔵 野大学日本文学研究所

(りゅう・しい 埼玉大学)

参照

関連したドキュメント

ストラテジーの選択傾向 については, 「誘い」の話段において,負担度

 本研究では.パラフレーズを言語運用の積極的な方略として捉え,その教育学習方法を

""""

 ロシア教育科学省認定ロシア語試験 (

 本調査では、韓国語を母語とし、東京の日本語学校に在籍する JSL 学習者 16

学生アンケート調査結果(大学 A)の分析・検討 大学 A の調査においては英語系学部を対象としており、総回答者数は 143 名である。表

論文の概要 第 l章では、研究の背景および先行研究で不

③ どの相手に対する場合 (A・