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教育実習一国語教育的アプローチ

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教育実習一国語教育的アプローチ

小 林 一 仁*

1.教育巽習,増単位の経緯

 小学校などの先生になるには,法律に基づいて教育実習も行う。法律に基づいてと言うと,いかにも 義務的である。教育実習は先生になるためには事前に是非とも行っておいたほうがよいという考え方が あり,それが公的に広く認められたから,法的な措置となり,制度化されたと言うべきであろう。一人 前になるには,どんな仕事でも必要とすること,心得ておくべきことは山ほどある。教育実習も,その        すく

一つである。法律は,それを掬い上げて示しているということになる。法律には,一定不変の核となる 部分も含まれるが,時代,社会の推移とともに生起することについて対処しておかなければならないと いう流動的可変的な部分もある。この後者を取り上げる場合が,一部改正となって表れる。

 教育実習につき,幼稚園教諭と小学校教諭とを目指す者は「四」から「五」単位に,中学校教諭と高 等学校教諭とを目指す者は「二」から「三」単位に,1989(平成2)年,改正で引き上げられた。なぜ 引き上げられたのか。従来のままでは,何が不十分なのか。国語教育から考え,このことを明らかにす るのが,本稿の目的である。一教育実習に関する法改正につき記すと,教育職員免許法の一部改正に 伴い,同施行規則も一部改正された。同施行規則「第六条」には「免許法第五条別表第一に規定する小 学校,中学校,高等学校又は幼稚園の教諭の普通免許状の授与を受ける場合の教職に関する専門教育科 目の単位の修得方法は,次の表の定めるところによる。.」として,表に校種別の「専修免許状,一種免 許状,二種免許状(高校はない)」の最低修得単位数を掲げてあるのだが,そのうち教育実習に関して は第六欄に記してある。ここには先に記した単位数が書かれてある。1)

 法改正に至るまでには,それなりの経緯,手続きがある。この教育実習における単位増加の発想は,

教育界において或る問題が生じたことへの対応策にあった,と思われる。それは,先生として今日の 児童・生徒につき理解を深め,指導の内容や方法などを動態的に工夫し対処していくには,従来の在り 方のままでは十分ではないという危機感に基づく認識が生じたからであ嬬)それは,昭和50年代(1975

〜1984)における日本全国の,主として中学校に発生した,一部の中学生の過激な行動を契機として生 まれたもの,と言ってよい。その後には,小学生にも及んで,・「いじめ」の問題が取り上げられた。

 それを端的に示す報告に,中央教育審議会(文部大臣の諮問機関)の「教育内容等小委員会審議経過 報告」(昭和58(エ983)年11月,文部省)がある。これにはrH 時代の変化と学校教育の在り方につ

いて」の章が設けられており,それについての考察が表されている。内容は「1社会の変化と教育の課 題,.2学校教育をめぐる諸問題,3家庭や地域等の教育機能への期待,4今後特に重視されなければな

*茨城大学教育学部

(2)

らない視点」とから成る。この「4」には既に「(1)「自己教育力」の育成,(2}基礎・基本の徹底,(3)個 性と創造性の伸長,(4)文化と伝統の尊重」が盛り込まれているのだが,ここでは本論の趣旨に沿い「2」

に注目しようぎ

 「2学校教育をめぐる諸問題」は, 「児童生徒の問題行動に関連して」 「受験競争に関連して」 「学 校教育の画一性,硬直性について」の項から成る。このうち特に注目するのは「児童生徒の問題行動に 関連して」の項である。当時,全国各地の中学校で,校内暴力(対教師暴力,生徒間暴力,器物損壊な ど)が多発していた。このことにつき,次のように述べている。「中学校生徒を中心とする非行などの 問題行動は,依然として衰えをみせていない。もとより,このような現象は,全体としてみれば一部の

ものであり,多くの子どもが健全に成長していることは看過されてはならない。しかし,親や教師等身 近な大人に対する暴力行為が多発するなど事態は深刻である。問題行動が起こった場合には,状況に応 じ,緊急に取り組むべき事項について適時に毅然として対応をとることが必要であり,同時に,長期的 に学校教育の充実をはじめ,家庭や地域社会の在り方を含め,幅広い角度からの取り組みが重要である。

(中略)児童生徒の問題行動の増加傾向は,社会の変化に伴って従前とは異なった乳幼児期からの生活 体験の下で,知・徳・体の調和のとれた人間形成に変化が生じていることに関連している。例えば,問 題行動をとる児童生徒に共通して指摘される自己抑制力の欠如などの問題は,家庭や地域などの生活環 境の変化に伴って,乳幼児期からの成長の過程において,各時期に解決されるべき発達上の課題を達成 するに必要な生活体験が不足していることに起因していると考えられる。 (以下,略)」と述べている。

 中学校で暴力行為が多発したのは,それを起こした生徒に問題があるとし,その生徒の自己抑制力の 欠如等を指摘しているのであるが,加えてその暴力行為を惹起させてしまった学校側,教師集団や担任 の教師の側での指導の在り方や対応の仕方にも問題がある,と指摘することも必要であろう。その生徒 への個別的な対応,処置が生長歴や現在の状態と絡んで適切になされたか,ということである。この学 校側,教師側の対応,取り組みも今日的な教育上の課題として自覚されなければならないはずである。

国語教育は,このことに正面から応じなければならない。

 校内暴力を起こした生徒自身を責めることは易しいが,生徒達がそのような行為に及ぶことになって しまったのはこの生徒達を追い詰めてしまったところにも原因がある。その一つとして,学校側にも問 題があるという考え方も取り上げておかなければならない。過熱した受験競争の中で,偏差値重視,知 育偏重の教育がまかり通り,学習に遅れがちな者や種々の問題を抱えている者に対する,個別的な指導 がきめ細かく行われなかったために,それらの者が疎外感,孤立感,のけ者感に悩まされ,自分が認め られていない,邪魔者扱いされているというような気持ちに陥ってしまったということはなかったか。

このようなことを暗に指摘しているのが,「過熱した受験競争に関連して」「学校教育の画一性,硬直 性について」の項である。個々の児童・生徒の個性や能力,適性等を生かして,どの児童・生徒も存在 感のある活躍の場をそれぞれ持たすというような生き方の出来る学校生活を創り出すこと,受験競争に 学校教育が組み敷かれてしまうのではなく,どの児童・生徒も魅力のある,楽しくてよく分かる授業,

目標の達成度状況が学習事項ごとによく見えるような,個別化を図った授業が,国語教育も責任を持っ て創り出さなければならないというようなことにも考え及んでおかなければならない,と思われる。

 こうした教育界の問題を解決するために,急拠,臨時教育審議会(内閣総理大臣諮問機関。昭和59

(1984)年9月〜62(1987)年8月)が設けられた。ここで論じられたことのうち,教育実習にかかわ るところを中心に追おう。

 第一次答申(昭和60(1985)年6月)では,「第二部本審議会の主要課題」中の「五教員の質資

(3)

向上」の項で,次のように述べている3)

 「現状の教育荒廃を克服し,教育活動の質的水準を高めるためには,教員の果たす役割がとりわけ重 要である。教員には,児童,生徒に対する教育愛,高度の専門的知識,実践的な指導技術が不可欠であ る。また,学校教育を活力あるものとするためにも教員としての自覚を高めるとともに,その専門性の 向上を図る必要がある。このため,教員の資質向上の方策について,養成採用,研修,評価などを一 体的に検討する。」

というのである。ここで言う「現状の教育荒廃」とは,「とくに,近年に至り,受験競争の過熱や,い じめ,登校拒否,校内暴力,青少年非行などの教育荒廃といわれる現象が目立ち,極めて憂慮すべき事 態が生じている。 (「第一節 教育の現状」(2)」中)」とあるところにより,理解できる。この認識は,

先の中央教育審議会での教育界の今日の状況についての認識を継承している。こうした事態を行政上か ら解決するには,教員の資質向上を図ることが最も手っ取り早い,一つの方策であるという考え方に,

一歩進むこととなった。   ・

 第二次答申(昭和61(1986)年4月)では,「第二部 教育の活性化とその信頼を高めるための改革」

の「第三章 初等中等教育の改革」中に「第三節 教員の資質向上」を取り上げており,第一次答申を 受けて,考えを整理し,具体化している。即ち, 「ほ〉教員養成・免許制度の改善」 「(2)採用の改善」

「③初任者研修制度の創設」「(4)現職研修の体系化」の四項である。このうち,教育実習にかかわるの は「(1)教員養成・免許制度の改善」の項である。ここでは,次のように述べてあるぎ

 教員養成については,教員に広く人材を求める観点から,現行の開放制を維持すべきであるが,現在 の教職課程の在り方,社会人の活用等には解決すべき問題が少なからず見出されるので,その速かな改 善を図る必要がある。

ア 教員養成における教科・教職科目の内容については,近年の児童・生徒の状況,小・中・高等学校  等の教育内容の変化等に対応する観点から見直す。

イ 教育実習については,初任者研修制度の実施との関係も考慮しつつ,実習の期間,内容等を含め,

 見直すとともに,小・中・高等学校等の各段階に応じて,観察・参加・授業実習等の配分等について  検討する。

ウ・エ・オ(省略)」

 この記述に引き続いて説明を加えているのであるが,「ア」の説明中には「教員養成段階での教科・

教職科目の内容については,近年の児童・生徒の状況や教育内容の変化に対応するよう,精選も含めそ の見直しが必要である。その際,児童・生徒の行動,心と体の健康についての理解や,生徒指導,カウ ンセリングに関する知識と実践力の向上,あるいは国際化や情報化などの新しい分野への配慮が必要で ある。 (以下略)」とある。ここには,現在の児童・生徒の状況を直視して問題点を具体的に把握して 対策を講ずべきであるということと,国際化や情報化などの新しい問題も配慮してそれをどのように取

り入れたらよいかを考えるということにも及んでいる。前者は,第一次答申で取り上げていた児重・生 徒に見られる「教育の荒廃」に即する対応である。まずこの問題の解決力の育成が,教員自身に緊急課 題として求められていることを理解すべきであろう。しかもこれは,教員養成上での課題として取り上 げる必要があるとしているところに,着目しておかなければならない。ここでこうした現実的にさし迫 った問題については,「大学と小・中・高等学校との連携,協力をより緊密なものとする……」「教員 養成担当の教員にはなるべく小・中・高等学校での現場経験を有する者を活用する……」などの提言も 加えられている。これは行政上で,具体化できるように,という道をつけているものである。

(4)

 本稿で取り上げている教育実習に関しては,次のように記してある。「②教育実習にはそれ自体極め て重要な意義がある。今後は,初任者研修制度の実施との関係も考慮しつつ,時間数,。内容等を含め,

その在り方を見直す。その際小・中・高等学校等の二段階に応じて,観察・参加・授業実習等の配分 等を検討するとともに,教育実習の前後における指導を一層充実し,実習の一部を学校以外の青少年教 育施設,児童福祉施設等での教育的経験や社会奉仕活動の体験で代えることなどについても検討する必 要がある。また,大学と実習校との連携を強化し,大学の指導教員の実習校への派遣についても積極的

に推進を図る。」と。

 ここには行政上の施策としてなすべきことが具体的に明示されている。即ち,一つは時間数などの増 強策,一つは事前指導,事後指導の強化策,一つは教室外での教育的体験を加える策などである。更に は,初任者研修との連動も配慮すべきであるという考え方である。これらは,立法化して実施に移さな ければならない。

 第三次答申(昭和62(1987)年4月)では,生涯学習体系への移行等が盛られており,教員の資質向 上については特に触れていない。

 第四次答申(最終答申) (昭和62(ユ987)年8月)での教育実習に関する記述は,第二次答申を継承 してまとめたものである。 「第三章 改革のための具体的な方策」の「第三節 初等中等教育の充実と 改革」中,「3教員の資質向上」は「(1)教員養成・免許制度,採用の改善」「(2>初任者研修制度の創設」

「(3>現職研修の体系化」の三項から成る。いずれも端的に整理され表されている。ここでは,まず教育 実習にかかわる(1)を取り上げる乞)

「(1>教員養成・免許制度,採用の改善

 児童・生徒の状況や教育内容の変化に対応して,教員養成・免許制度の在り方の見直しを行うととも に,教員に広く人材を求める観点から,教員免許制度の柔軟化を図る。

 また,教員の選考方法の多様化と採用スケジュールの早期化を図る。」

と述べるにとどまる。臨時教育審議会での教育実習にかかわる検討は,第一次で着手され,第二次で固 まった。第四次は,第二次を整理した上での総括である。これらの流れを見ると,第一次では教育界で の生々しい現状を認識し,それに対処するための行政措置が必要であるというにとどまったが,第二次 はその措置は「教員の資質向上」を図ることで解決しなければならないという決意が見られ,単に児童

・生徒側の生育歴や自己抑制力の欠如を指摘しただけでは始まらないという考えを見せている。そこで,

大学等での「教員養成や免許制度」を改善し,現在の児童・生徒の状況に応じられるような資質を育成 するようにすることを初め,「初任者研修制度」を新設して,初任者も早くから教育の現場に深く根差 して適切な指導が出来るようにすること,そして長年にわたり教員生活をしている者に対しても,教員 としての生涯学習という自覚に立ち「現職研修」を整備するという方向を示すことになった。

 このように見てくると,大学生の教育実習の内容についても,現今の児童・生徒の心理的な傾向や置 かれている教育的状況などについても関心を寄せ,具体的にどのように対処したらよいのかなどについ ても観察・参加・実習するということを加えていかなければならない,と思われてくる。それに加えて,

時代・社会の推移とともに焦点化してきている,国際化への対応,情報化への対応などをどう図るか,

ということである。

 これら答申に即して,具体的に行政のルートに載せるには,教育職員養成審議会(文部大臣の諮問機 関)の審議を経ることになる。その答申「教員の資質向上方策等について」 (昭和62(1987)年12月)

は「第1 教員の養成・免許制度の改善」「第2 教員の現職研修の改善」「第3 6年制中等学校の

(5)

教員資格」から成る。そのうち,教育実習に関しては,「第1」の「2免許基準の改善等,④教職に関 する専門教育科目の改善」の後半に述べてある。すなわち,

「イ 教職に関する専門教育科目のひとつである教育実習は,学校環境における幼児・児童・生徒との 直接的な接触の過程を通して,大学において学んだ知識や理論を現実の学校教育に適用する能力や問題 解決能力などを養わせるとともに,教員としての能力・適性についての自覚を得させることを目的とす るものである。このような趣旨の教育実習は,教員となるための必須条件であり,教員免許状を授与す る上で欠くことのできないものである。

 教育実習については,今後,初任者研修制度の創設により,新任教員の実践的指導力・使命感の深化 等が期待され,また,現在,地域により実習生の派遣・受入れに関して問題が生じていること等に配慮 し,学校における実習期間は,現行通りとするが,その構造化と内容の改善を図るため,「事前及び事 後指導」を新たに設ける必要がある。

 「事前及び事後指導」の内容としては,大学の指導計画の範囲内で行う他の珍種若しくは学校外の施 設(専修学校・青少年教育施設・児童福祉施設・少年院等)における教育的経験を含めることができる ようにすることが適当である。

 また,各大学においては,教育委員会との連携を図るとともに,実習校との密接な連絡のもとに,実 習校の評価資料並びに実習前のオリエンテーション及び実習後のレポート等の評価資料を総合的に用い,

評価についての信頼性・妥当性を高めるよう改善を図る必要がある。j

と述べた上で,教科や教職などの専門教育科目の「最低修得単位数」を別紙(参考)で示している。教 育実習に関しては,小学校「四」から「五」単位に,中学校・高等学校は「二」から「三」単位に,と.

改正するように示している。

 その結果が法律の一部改正となり,この答申に示すとおりとなったのは,本稿の冒頭に記した。冒頭 引用の「教育職員免許法施行規則第六条」の表:に添えられた備考の中に,上の答申に記すところを受け て, 「(備考)八 教育実習の単位数には,教育実習に係る事前及び事後の指導(授与を受けようとす る普通免許状に係る学校以外の学校,専修学校及び社会教育に関する施設における教育実習に準ずる経 験を含むことができる。)の一単位を含むものとする。 (以下略)」とある。つまり,教育実習の成果 をより確かなものにするために,事前指導による問題点の把握,事後指導による問題点に関する反省な

どを行い,採用後に備えるということになる。

 教員の資質向上を図る今日的に具体的な内容は,臨時教育審議会の第四次答申(最終答申)に即すれ ば,その「第二章 教育改革の視点」に挙げる「一 個性尊重の原則」 「二 生涯学習体系への移行」

「三変化への対応(1>国際社会への対応{2応報社会への対応」である。これらは考え抜かれてきた 結果として言われたものであるから,その審議過程で考えられたところを読みたどれば帰結の言辞とし て納得できるところである。しかし,教員の資質向上を現実に目を向けて捉え直すと,現実的な恐るべ き問題,卑俗な言葉で言えばどろどろした問題につき対応できる資質も,併せて養うように取り上げな ければ,禍根を依然として今後に残すこととなる,と思われる。それは,今日の緊急を要する教育問題 として出てきた校内暴力を初め,いじめや登校拒否などへの対応であると,中央教育審議(昭和58年)

も臨時教育審議会の第一次答申(昭和60年)も指摘したところである。私に言わせれば,もっと手前の       ひ と

問題,教員になろうとするその人間自身の資質についても問うておかなければならない,と思われる。

このことは, 「一 個性尊重の原則」の項に,内包されることなのではあるが……。

       ゆ  かつて中央教育審議会がまとめた答申「教育改革のための基本的施策」 (昭和46(1971)年。俗に四

(6)

笑答申と称される。)7}中に,「(前略)なお国民は,教育を尊重し,教員に大きな期待をよせている。

したがって,教員の地位が高い専門性と職業倫理によって裏づけられた特別の専門的職業として,一般 社会の尊厳と信頼を集めるためには,教員が自主的に専門的な職能団体を組織し,相互にその研さんに 努めることが必要である。教員自身が,そのような教育研修活動を通じ,不断にその資質の向上に努め るならば,その建設的な意見は社会的に評価され,国民の期待するところにこたえるところとなろう。」

(「初等・中等教育の改革に関する基本構想」中「9教員の養成確保とその地位の向上のための施策」)

と述べていた。ここに言う「専門性」ともう一つ「職業倫理」とある,これは今日の教育の荒廃を立て 直す際に,教員として心得ておかなければならない,人間としての倫理でもある。生涯,これを厳とし て保持し,教育の日々の営みを行う,ということである。それは,人権尊重の思想に基づく倫理である。

        ひ と

教員としてのその人間自身の資質を,このことにおいてまず問わなければならないはずである。

2 教育実習,国語教育での事前指導

 教育実習での増単位「1」は,事前指導と事後指導とに充てる。その内容と方法は,大学ごとに教育 実習の成果を上げるために工夫することになる。ここでは国語教育の面から考えることにしたい。

 いずれの大学でも「教育実習の手引」の類を作成し,それを用いながら事前指導を行っている。「手 引」にs国語を含め各教科の指導で取り上げているのは,①学習指導要領の記載を引用し,およその解 説を加え知識を持たせる,②何らかの領域,分野から適宜に教材を取り上げ,学習指導案(例)を示す,

③発問の仕方や板書の仕方,またノートの取らせ方について効果的な方法等を示す,④教育機器の利用 の仕方について解説する,⑤学習形態(一斉学習,グループ学習,個別学習など)を学習内容に応じて どう工夫するかを示す,などである。これらは,教室で実際に授業を進める場合に直ちに必要とするこ とであるから,事前指導で,具体的に実践できるように心得させるのに,どれもふさわしい。

 加えて,国語教育としては,第一に,漢字・平仮名・片仮名のそれぞれの字形を「正しく整えて」書 くようにという指導がなされる。そのためには「筆順」を教科書掲載のものによりきちんと書けるよう にするという指導が行われることになる。筆順は,学生の事前の自覚が十分に持たれないと,いい加減 なまま過ぎてしまうだろう。これは,いわば技能である。自覚的な練習により,プリント類,掲示物,

黒板などの文字,いずれも筆順を教科書に合わせて,字形を「正しく整えてJ書き表すことができるよ うになるであろう。

 第二は,先生自身の言葉遣いである。文字についても言葉遣いについても,先生自身が手本,模範で あるべきであり,特に小学校低学年の児童に対しては「教科書」そのものである。児童が中・高学年に 成長し,批判力が芽生え客観的に見ることが出来るようになったとしても,先生の在り方はやはり手本,

模範であることが望ましい。ここでは,まず先生の言葉遣いについて,それは問題であると指摘してい る新聞紙上での投書(水戸市 安東多恵子(主婦 35歳)による邑})を参考にして検討してみたい。

 見出しは「聞くに耐えぬ教師の ば声 」とある。 「わが家の隣の市立中学校では,連日,熱心に運 動会の練習をしています。家にいることが多い私は,マイクで生徒たちを指導している教師の声を聞か されています。その内容は,と言えば「こら,三年。てめえらのせいでやり直しだ」とか「○○(ファ ーストネームの呼び捨て),おまえ,ちゃんと上見てねえからひっかかるんだ」とか,怒鳴ってばかり。

数えあげれば,きりがありません。教師も人間ですから,腹をたてた時に相手を侮辱してしまった,と

(7)

いうのなら理解できます。が,とくに抵抗しているわけでもない生徒たちを,高飛車な態度で「てめえ

      り   り   ゆ   ゆ   りら」よばわりするのは,相手の人格を無視した言動というほかありません。私には,教師が弱い者いじ めをしているようにしか見えません。それが,すべての教師の実態ではないと思いますし,先生が生徒

たちを「てめえら」というまでには何か経緯があったのかも知れません。しかし,教師に自尊心を傷つ

      き   り   り   り   り   ゆ   り   り   り   り   り   ゆ

けられ続ける子供たちは,中学校生活から何を得るのでしょうか。校則や体罰で生徒を制する前に,教

  ロ   の       り       り   ゆ   ミ       り   り   り       ゆ   り

師は自分の言動が生徒たちの手本になるのだ,ということを再認識して欲しいと思います。 (傍点は筆 者が付けた。)」

 投書者は,この教師の言動は生徒の「人格」を無視している,と指摘している。そして願わくは,教 師の言動は生徒の「手本」であってほしい,と思っている。この投書はこれ以上,説明を加える必要が ないほどに核心を衝いている。

 次は小学校教師の投書(栃木県 匿名希望・教師・38歳)9七ある。見出しは「「立派な」卒業式?」

とある。 「「バカヤロウ」 「ふざけんじゃねえよ」 「ぶっとばしてやっかんな」。けんかをしているわ けではないのです。私が勤務する小学校で,卒業式の練習をしているだけなのです。その指導に当たっ ているとき,教師が口走ってしまった言葉が,これなんです。 (中略)教師側が望む水準まで,これら がうまく演じられないと,先ほどのば声が飛ぶのです。 (以下略)」

 この二例は実は氷山の一角に過ぎない。教師の指導という言葉に隠された,児童・生徒の人格を無視 した扱いは,言葉に表されるばかりかさまざまな形をとる。体罰に関する投書や教師によりひき起こさ れた事件記事は枚挙に暇がない。校則による心なき,必要以上の拘束もしばしば新聞記事になるなど。

 ここで私が問題にしているのは,教員の資質として本源的に何を置くか,ということである。これを 明確に定めておかなければ,その資質の向上といったって,ただ熱心であればよいというふうになって しまう,ということを恐れるのである。次の投書(東京都 匿名希望・主婦・34歳)を見よう。見出し は「職熱心教師 にいじめの構造」とある。「「熱心な教師」っていったい,どんな「教師」なんでし

ょう。小四の長男の担任は,自他ともに認める「熱心な教師」です。忘れ物をした子は引きずってでも 教室の後方や室外に立たせ,反抗する子は校庭を走らせ,手遊び,わき見,おしゃべりには容赦なくビ

ンタです。しかもそれらは,自分の好まない子,つまり「右向け右」の命令に沿わないような自己主張 のある子,興味,好寄心の強い子,管理されることの苦手な子どもたちに対してのみなのです。(申略)

学校サイドにどれほど訴えても「あの先生は熱心でいい先生」の前に,転校を決意しました。」という     ωのである。

 言葉や行動はその人の心の表れであるから,このような言動をする教師はその心のほどから問題であ るとしなければならない。このような教師はごく限られた一部だとする弁護は不要であり,このような 教師は教員としての資質を備えていない不適格者であるとしなければならない。

 結論を急ぐと,教員の資質の本源は,児童・生徒,どの子に対しても一人一人の人格を認め,尊重す るという,「基本的人権」尊重の思想の持ち主であることである。どんなに厳しい指導を行うにしても,

それは相手(児童・生徒)の人格を尊重した上で,なされなければならない。一人一人を大切にすると か個別化するとか言うけれども,それはそうした教育上の情報が広く流されているから,時流に合わせ て言っているにしか過ぎない教師は,投書で糾弾されているような言動を無神経にするのであり,自分        よでは「熱心」だと思っていても,その拠って立つところが間違っているということに気付いていない。

 教育実習の事前指導として,学校の教育課程に従い,各教科や道徳特別活動についてどう指導する かを心得させることは必要であるが,それらを根底から支える児童指導・生徒指導に,児童・生徒の人

(8)

格を尊重する精神(民主主義における基本的人権尊重の思想。いわば,教育基本法の精神)を身に体す るように努めさせることである。捌

 昭和5(輝代の教育の荒廃に起因して,教員の資質向上が望まれることとなり,教育実習も事前指導・

事後指導で充実させることとなった。その充実は,一人一人のどの児童・生徒であろうと,その子に即 して大切にし人格を尊重するという児童・生徒理解に立つことを前提とする。そうすれば,分かる学習,

魅力ある学校を創り出すことになるにちがいない。いじめ,登校拒否,暴力などの教育の荒廃をなくす ことが可能となる。

 初任者研修に一年間かけるというのも,現職研修を整備するというのも,改めて自分の教育の姿を振 り返り,反省し,改善するにある。新しい時代・社会に適応するという,国際化への対応,情報化への 対応などの前に,自分は今のままでいいかを問わなければならない。そうしてこそ,現職の教員も,自 信を持って実習生を迎え,指導できるということになる。

 国語教育に即して教育実習につき検討してみると,教育のすべての場に必要な言葉自体につき,それ が基本的人権尊重の思想に発する,相手の立場や気持ちを配慮しながらの,厳しくとも思いやりと優し        すう

さのこもっているものであるよう,反鍔しながら育てる(自己教育する)にある,と分かる。事前指導 は,それを具体的な事例により体得させることから出発する。事後指導は,それについての反省(自己 評価)において,とどめを刺す。

エ 教育法令研究会編r注解新教育六法(平成2年版)』(第一法規 エ990.3.)pp.1292〜エ294

2 文部省編r我が国の文教施策(平成元年度)』 (大蔵省印刷局,平成元。11) 「第ユ章」「第2節 学校教育を めぐる諸問題jpp。35〜44

3456789

01よ一← −

中央教育審議会「教育内容等小委員会審議経過報告(昭和58年11月15旨)」 (文部省作成冊子)pp。5〜7

『文部時報』昭和60年7月臨時増刊号(第1299号) p。22

『文部時報』昭和61年4月臨時増刊号(第1309号)pp.13〜14

『文部時報』昭和62年8月臨時増刊号(第1327号) p.30

『教育改革のための基本的施策(申央教育審議会答申)』 (大蔵省印刷局,昭和46.8.) p.38 朝日新聞朝刊(東京本社,ユ2版) f声j欄。1990(平成2)年9月20日(木)。

朝日新聞朝刊(東京本社,12版) 「学園ひろば」欄。19 90(平成2)年4月18日(水)。

朝日新聞朝刊(東京本社,12版) 「家庭」欄。1990(平成2)年9月19日(水)。

r授業研究還 (明治図書)1986年8月号,岩手県教組改革推進協議会「教師と子供に関する調査からNX子供の 声の抜粋 」pp.83〜92に,先生の励ましの言葉と意欲喪失の言葉を多数,挙げてある。

12拙稿r児童・生徒がr基本的人権の尊重」を自覚する道」(「茨城大学教育践研究」第7号,工988)p.4 e..

 ll 一st p. 5 e. 7

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 では, 「教育職員」とは何かということにな るが,教育職員免許法第二条に,

(e)いわゆる母校実習をできるだけ避ける

問2 「生きる力」を育成する教育活動の展開において求められることは何か。 今回の改訂は、小・中・高等学校を通じて、①教育基本法改正等で明確になった教育 の理念を踏まえ「生きる力」を育成すること、②知識・技能の習得と思考力・判断力・ 表現力等の育成のバランスを重視すること、③道徳教育や体育などの充実により、豊か

そうした点から, 「深く専門の学芸を教授し,職業に必要な能力を育成(学校教育法第7

そうした点から, 「深く専門の学芸を教授し,職業に必要な能力を育成(学校教育法第7

「専門教育科目」から成り、養護教諭免許状、中高教諭免許状(保健)、小学校