是 これ も今は昔、 比 ひ 叡 え の山に ① 児 ちご ありけり。 僧たち、 ② 宵 よひ の つれづれ に、 「 い ざ 、 ③ かいもちひせん」と言ひけるを、この児心よせに聞きけり。 さり とて し出 い ださんを待ちて、寝ざらんも、 ④ わろかり なん ⑤ と思ひて、片 かた 方 かた に寄りて、寝たる よし にて、出で来るを待ちけるに、すでに、し出だ したるさまにて、 ⑥ ひしめきあひたり。 こ れ も 今 と な っ て は 昔 の こ と だ が、 比 ひ 叡 えい の 山( 延 えん 暦 りゃく 寺 じ ) に 稚 ち 児 ご が い た。 僧 た ち が、 宵 の 所 在 な さ に、 「 さ あ 、 ぼ た も ち を 作 ろう」と言ったのを、この稚児は期待して聞いた。 そうかといって 作 り上げるのを待って、 寝ないのも、 具合が悪か ろうと思って、 (部屋の) 片隅に寄って、寝た ふり をして、出来てくるのを待っていたが、もう 出来上がった様子で、騒ぎあっている。
全
訳
「宇治拾遺物語」
児のそら寝
(児とかいもちひ)⑴
LS1011HR101BZ–01
LS1011HR101BZ–02 宇治拾遺物語 直 前 が 心 内 文 や 会 話 文 の 終 わ り で あ る 目 印。 「 と 」 は 引 用 の 格 助 詞。 ここでは、 「さりとて……わろかりなん」が児の思ったこと(心内文) にあたる。 ⑥ ひ し め き あ ひ た り ② の 仮 名 遣 い の き ま り が あ て は ま る。 「 ひ し め き あ ひ たり」の語頭の「ひ」はそのまま、 「あひたり」の「ひ」は「い」 と読み、現代仮名遣いでは「ひしめきあいたり」となる。 「ひしめき」 は カ 行 四 段 活 用「 ひ し め く 」 の 連 用 形。 「 あ ひ 」 は〈 …… し あ う 〉 と い う 意 味 の ハ 行 四 段 活 用 の 補 助 動 詞「 あ ふ 」 の 連 用 形。 「 た り 」 は 完 了の助動詞の終止形。 ① 児ありけり 古文では格助詞が省略されることが多いので、補って解 釈 す る と わ か り や す い。 こ こ で は、 「 児 」 と「 あ り け り 」 の 間 に 主 格 の格助詞「が」を補い、 「稚児 が いた」と訳すとよい。 「あり」はラ行 変格活用動詞の連用形。この動詞は「あら ・ あり ・ あり ・ ある ・ あれ ・ あれ」と活用する。他の活用の動詞は終止形の活用語尾がウ段音であ る が、 こ の 動 詞 の み 活 用 語 尾 が イ 段 音 で あ る こ と に 注 意。 「 け り 」 は 過去の助動詞の終止形。 ② 宵 「 宵 」 は、 古 文 で は 頻 出 な の で、 読 み 方 と 意 味 を 覚 え て お く。 読 み方は、 歴史的仮名遣いでは「よひ」であるが、 語頭以外の「は ・ ひ ・ ふ・へ・ほ」は「わ・い・う・え・お」と読むので、現代仮名遣いで は「よひ」は「よい」と書く。また、ここでの意味は、日が暮れてか ら夜中までの時間帯、つまり〈夜〉のこと。 ③ かいもちひせん 「かいもちひ」 は 〈ぼたもち〉 のこと。 「かいもちひ」 と「 せ ん 」 の 間 に 格 助 詞「 を 」 を 補 い、 「 ぼ た も ち を 作 ろ う 」 と 訳 す と よ い。 「 せ 」 は サ 行 変 格 活 用 動 詞「 す 」 の 未 然 形、 「 ん( む )」 は 意 志の助動詞の終止形である。 ④ わ ろ か り な ん 「 わ ろ か り 」 は、 形 容 詞「 わ ろ し 」 の 補 助 活 用( カ リ 活用)の連用形。本活用の連用形は「わろく」だが、助動詞に続くた め補助活用になる。 「な」 は助動詞 「ぬ」 の未然形だが、 この 「ん (む) 」 のような推量の助動詞が続くと、 強意を表す。 「…なん」の形で、 〈(き っと)…だろう〉という意味。 ⑤ と思ひて 「と思ひて (と思ふ) 」「とて」 「と言ひて (と言ふ) 」 などは、 ▼重要単語チェック▲ □宵=①夜 ②日が暮れてから間もないころ・宵 □つれづれ=①所在なさ ②しんみりとしたさびしさ □いざ=さあ □さりとて=そうかといって □わろし=①よくない ②みっともない ③へたである □よし(由)=①理由 ②由緒 ③手段 ④縁 ⑤そぶり
■文法チェック
LS1011HR101BZ–03 こ の 児 ちご 、 さ だ め て ① お ど ろ か さ ん ず ら ん と ② 待 ち ゐ た る に、 僧 の「 も の 申 し さ ぶ ら は む。 お ど ろ か せ 給 たま へ 」 と 言 ふ を、 う れ し ③ と は 思 へ ど も、 た だ 一 度 に い ら へ ん も、 待 ち け る か と ④ もぞ 思ふ とて、今一声よばれて いらへんと、 念じ て寝たる程に、 「や、 ⑤ な 起こしたてまつり そ 。幼き人 は寝入り給ひにけり」と言ふ声のしければ、 あなわびし と思ひて、今一 度、 起 こ せ ⑥ か し と 思 ひ 寝 に 聞 け ば、 「 ひ し ひ し 」 と た だ 食 ひ に 食 ふ 音 の し け れ ば、 ず ち な く て、 無 む 期 ご の 後 に、 「 え い 」 と い ら へ た り け れ ば、 僧たち、笑ふこと、かぎりなし。 こ の 稚 ち 児 ご は、 ( 僧 た ち が 自 分 を ) き っ と 起 こ す だ ろ う と 待 っ て いたところ、僧が「もしもし。 目を お 覚まし なされ」と言うの を、 うれしいとは思うが、 (起こされて)たった一度で 返事をする のも、 ( 僧 た ち が ) 待 っ て い た の か と 思 う と い け な い と 思 い、 も う 一 度 呼 ば れ て か ら 返 事 を し よ う と、 我 慢 し て 寝 て い た と こ ろ、 「 お い、 お 起 こ し申すな。幼い人は眠ってしまわれたのだ」と言う声がしたので、 あ あ困った と思って、もう一度、起こしてくれと思って寝ながら聞くと、 「 む し ゃ む し ゃ」 と た だ 盛 ん に 食 べ る 音 が す る の で、 ど う し よ う も な く て、 ず っ と た っ て 後 に、 「 は い 」 と 返 事 を し た の で、 僧 た ち は、 笑 うこと、きりがなかった。
全
訳
「宇治拾遺物語」
児のそら寝
(児とかいもちひ)⑵
⑤ な 起こしたてまつり そ 「 な 」 は陳述(呼応)の副詞。終助詞「そ」と 呼応して程度の軽い禁止を表す。 この構文をカ変・サ変の動詞に当て は め る 場 合 は 未 然 形 が 用 い ら れ る の で 注 意 す る こ と。 ま た、 「 た て ま つる」は謙譲の補助動詞で、ここは「お起こし申すな」と訳す。 ○ な+連用形 (カ変・サ変は 未然形 ) +そ → 程度の軽い禁止〈……してはならない(してくれるな) 〉 ⑥ 起こせ かし 「起こす」の命令形 「 起こせ 」 に、念押しの終助詞「かし」 が付いた形。 「起こしてくれ」と訳す。 ① おどろかさ んずらん 「おどろかさ」 はサ行四段活用動詞 「おどろかす」 の未然形。古文の「おどろかす」は〈起こす〉という意味の他動詞で、 現 代 語 と は 意 味 が 異 な る の で 注 意 が 必 要。 「 ん ず 」 は 推 量 の 助 動 詞 の 終 止 形、 「 ら ん 」 は 現 在 推 量 の 助 動 詞。 こ の 部 分 は、 「 起 こ す だ ろ う 」 と訳す。なお、次行の「おどろかせ給へ」は、自動詞であるカ行四段 活用動詞「おどろく」に尊敬の助動詞「す」の連用形+尊敬の補助動 詞「給ふ」の命令形が下接しているので、注意すること。 ② 待ちゐ たるに 歴史的仮名遣いの「ゐ・ゑ・を」を現代仮名遣いに直 すと、 「い・え・お」となる。 (ただし、助詞「を」は「お」に直さな い。 )よって、 「待ちゐたる」は「まちいたる」となる。 ③ うれし とは思へ ども 「と」は引用を示す格助詞。そのため、 「とは思 へ」は「と思ふ」同様に直前が心内文である目印である。会話文や心 内文の終わりは地の文の文末と同じ形をとるため、児の心内文である 「うれし」 も形容詞の終止形となっている。本文には児の心内文が多く、 「ただ一度……もぞ思ふ」 「今一声……いらへん」 「あなわびし」 「今一 度、 起こせかし」 で用いられている、 「とて」 「と、 念じて」 「と思ひ (て) 」 なども心内文の目印となる。なお、 「ども」は已然形接続の接続助詞で、 逆接の確定条件を表す。 ④ もぞ 思ふ 係り結びの法則。 ○ 係助詞「もぞ」の意味→ 心配 (係助詞「も」+係助詞「ぞ」 ) ○ 結びの語→ハ行四段活用動詞「思ふ」の 連体形 。係助詞「もぞ」は 〈 … す る と い け な い・ … す る と 大 変 だ 〉 と い う 心 配 の 意 味 を 表 す。 ここは、 「待っていたのかと 思うといけない 」と訳す。 ▼重要単語チェック▲ □さだめて=①きっと ②(打消の語を伴って)決して(…ない) □おどろかす=①目を覚まさせる・起こす ②気づかせる □おどろく=①目を覚ます・起きる ②気づく □いらふ=返事をする □念ず=①神仏に祈る ②我慢する □あな=ああ □わびし=①心細い ②つらい ③困った □ずちなし=①どうしようもない ②つらい
■文法チェック
LS1011HR101BZ–04 宇治拾遺物語LS1011HR102BZ–01 こ れ も 今 は 昔、 田 舎 ① の 児 ちご ① の 、 比 ひ 叡 え の 山 へ 登 り た り け る が、 桜 ② の め で た く 咲 き た り け る に、 風 ② の 吹きけるを見て、 ③ こ の 児 さ め ざ め と 泣 き け る を 見 て、 僧 ② の 、やはら寄りて、 「など、 ④ か う は 泣 か せ た ま ふ ぞ。 こ の 花 ② の 散 る を ⑤ 惜 し う お ぼ え さ せ た ま ふ か。 桜 は は か な き も の に て、 かくほどなくうつろひさぶらふなり。されども、さのみぞさぶらふ」と な ぐ さ め け れ ⑥ ば 、 ⑦ 「 桜 ② の 散 ら む は 、 あ な が ち に ⑧ い か が せ む 、 苦 し か ら ず。 わ が 父 てて ② の 作 り た る 麦 の 花 散 り て、 実 ② の 入 ら ざ ら む、 思 ふ が わ び し き 」 と 言 ひ て、 さ く り あ げ て、 「 よ よ 」 と 泣 き け れ ば、 う た て し やな。 これも今となっては昔のことだが、田舎(育ち)の 稚 ち 児 ご で、 比 ひ 叡 えい 山 ざん で修行していた稚児が、 桜が みごとに 咲いていた時に、 (そ の桜に)風が吹いたのを見て、この稚児がしきりに涙を流して泣いた の を 見 て、 僧 が、 そ っ と 近 寄 っ て、 「 な ぜ、 こ の よ う に お 泣 き に な る のですか。この花が散るのを惜しくお 感じ になられるのですか。桜は はかないもので、このようにすぐに散るのでございます。けれども、 それだけ(のこと)でございます」と慰めると、 (稚児は) 「桜が散る よ う な こ と は、 無 理 に ど う し よ う か、 い や、 ど う し よ う も な い( し )、 さ し さ わ り は な い。 ( た だ ) 私 の 父 が そ だ て て い る 麦 の 花 が( 風 で ) 散って、実が収穫できないだろう、と思うのが つらい のですよ」と言 っ て、 し ゃ く り あ げ て、 「 お い お い 」 と 泣 い た の で、 情 け な い こ と だ なあ。
全
訳
「
宇治拾遺物語
」
田舎の児、桜の散るを見て泣くこと
○ 未然形+ば → 順接の仮定条件 〈もし…ならば〉 ○ 已然形+ば → 順接の確定条件 〈…なので・…すると〉 ⑦ 「 桜 の … わ び し き 」 古 文 で は 主 語 が 省 略 さ れ る こ と が 多 い。 こ の 言 葉の話し手は明示されていないが、直前の僧の言葉に対する返答であ ること、登場人物が児と僧の二人であることから、児の言葉と判断す る。後の「よよ」も文脈から児の言葉と判断できる。 ⑧ い か が せ む 「 い か が 」 は 疑 問 の 副 詞 で、 連 体 形( こ こ で は 意 志 の 意 味を表す助動詞 「む」 の連体形 「む」 ) と呼応する。ここでの 「いかが」 は反語の意味。 ○ いかが…連体形 →〈どのように・どうして〉 (疑問) 〈どうして…か、いや、…しない〉 (反語) ① 田舎 の 児 の 格助詞 「の」 の働きに注意する。 「田舎 の 」 は連体修飾格、 「児 の 」は同格。 「田舎 の 稚児 で 、比叡山に登っていた 稚児 」と訳す。 ○ 主格 〈…が〉 →主語を示す。 ○ 連体修飾格 〈…の〉→下の体言を修飾することを示す。 ○ 同格 〈…であって〉→上下の語が同じものであることを示す。 ② 桜 の … 咲 き た り け る こ の 格 助 詞「 の 」 は 主 格 の 働 き。 「 桜 が … 咲 い ていた」と訳す。後の「風 の 」「僧 の 」「花 の 」「桜 の 」「父 の 」「実 の 」 も同じ。 ③ この児さめざめと泣きける 古文では格助詞が省略されることが多い。 ここでは、 「この児」のあとに主格の「が」を補い、 「この稚児 が さめ ざめと泣いた」と訳す。 ④ かう 歴史的仮名遣いの「かう」は「こう」と読む。 ○ ア段 の音に「う」 「ふ」が続いた場合→ 「 オ段音+ー 」 (現代仮名遣いの表記は「□う」 ) ⑤ 惜しう 歴史的仮名遣いの 「 惜 を しう」 は 「おしゅう」 と読む。 「惜しう」 は、形容詞「惜し」の連用形「惜しく」のウ音便形である。 ○ 「 ゐ・ゑ・を・ぢ・づ 」 → 「 イ・エ・オ・ジ・ズ 」 ○ イ段 の音に 「う」 「ふ」 が続いた場合→ 「 イ段音+ュー 」 (現代仮名遣いの表記は「□ゅう」 ) ⑥ なぐさめけれ ば 「ば」 は接続助詞。直前の 「けれ」 は過去の助動詞 「け り」の 已然形 。したがって、この「ば」は 順接の確定条件 である。 ▼重要単語チェック▲ □めでたし=みごとだ・すばらしい・すぐれている □おぼゆ=①(自然に)感じる ②思い出される ③似る □あながちなり=①無理やりに ②ひたむきに □わびし=①つらく切ない ②心細い ③やりきれない ④つまらない □うたてし=①いやだ・情けない ②気の毒だ
■文法チェック
LS1011HR102BZ–02 宇治拾遺物語今は昔、 丹 たん 後 ごの 国 くに に老尼ありけり。地蔵 菩 ぼ 薩 さつ は 暁 ごとに ありき 給ふとい ふことを、ほのかに聞きて、暁ごとに、地蔵見奉らんとて、ひと世界を ① 惑 ひ あ り く に、 博 ばく 打 うち の 打 ち ほ う け て ゐ た る が 見 て、 「 尼 あま 公 ぎみ は 寒 き に、 何 わ ざ し 給 ふ ぞ 」 と 言 え ば、 「 地 蔵 菩 薩 の 暁 に あ り き 給 ふ な る に、 会 ひ 参らせんとて、 かくありくなり」と言へば、 「地蔵のありか ② せ 給 ふ 道 は 、 我 ③ こ そ 知 り た れ 。 い ざ ④ 給 へ 。 会 は せ 参 ら せ ん 」 と 言 へ ば、 「 ⑤ あ は れ 、 う れ し き こ と か な。 地 蔵 の あ り か せ 給 は ん 所 へ、 我 を ⑥ 率 ゐ て お は せ よ 」 と言へば、 「我にものを ⑦ えさせ給へ 。 やがて 率て奉らん」 と言ひければ、 「これ着たる 衣 きぬ 、奉らん」と言へば、 「さは、いざ給へ」とて、隣なる所 へ率て行く。 今となっては昔のことだが、丹後国(=京都府の北部)に年老 いた尼がいた。地蔵菩薩は 夜明け(のうす暗い時間) ごとにお 歩き になるということを、ちらっと聞いて、夜明けのたびに、地蔵を 見申し上げようと思って、辺り一帯をさまよい歩いたところ、ばくち うちで( 賭 か け事に)うつつをぬかしている者が見て、 「尼君は寒いのに、 何をしていらっしゃる」と言うと、 (尼君は) 「地蔵菩薩が夜明けにお 歩きになるそうなので、お会い申し上げようと思って、このように歩 くのです」と言うと、 (ばくちうちは) 「地蔵のお歩きになる道は、私 が知っている。 さあ いらっしゃい。 会わせ申し上げよう」 と言うと、 (尼 君 は )「 あ あ、 あ り が た い こ と だ な あ。 地 蔵 の お 歩 き に な る 場 所 へ、 私を連れて いらっしゃれ よ」と言うと、 (ばくちうちは) 「私に(何か) 物を得させて下さい。 すぐに お連れ申し上げよう」と言ったので、 (尼 君は) 「この着ている着物を、差し上げましょう」と言うと、 (ばくち う ち は )「 そ れ で は、 さ あ い ら っ し ゃ い 」 と 言 っ て、 隣 に あ る 所 へ 連 れて行く。
全
訳
「宇治拾遺物語」
尼、地蔵を見奉ること
⑴
LS1011HR103BZ–01
⑥ 我 を 率 て 「 率 」 は、 上 一 段 活 用 動 詞「 率 る 」 の 連 用 形。 ま た、 歴 史 的仮名遣いの「ゐ」は「い」と読む。ひらがな表記の場合は、同じ上 一段活用「 居 ゐ る」と混同しないように注意する。 ○ 「 ゐ・ゑ・を・ぢ・づ 」→「 イ・エ・オ・ジ・ズ 」 ⑦ 我に えさせ給へ 「え」 は下二段活用動詞 「う (得) 」 の未然形。 「させ」 は 使 役 と 尊 敬 の 意 味 を 持 つ 助 動 詞「 さ す 」 の 連 用 形。 「 給 へ 」 は 尊 敬 の四段活用補助動詞「給ふ」の命令形。助動詞「さす」の意味は、通 常②の「す」と同じく、尊敬語とともに用いられると尊敬の意味が多 い が、 「 尊 敬 の 助 動 詞 + 尊 敬 語 」 は 尊 敬 語 の 二 重 使 用 で、 非 常 に 強 い 敬 意 を 表 す。 ② で は「 地 蔵 」 に 対 し て で あ っ た が、 こ こ で は「 老 尼 」 に 対 し て 強 い 敬 意 を 表 し て い る と は 考 え に く く、 「 我 に 」 と い う 動 作 の対象も示されていることから、 使役の意味で「私に得させて下さい」 と訳す。 ① 惑 ひ 「 惑 ひ 」 は 四 段 活 用 動 詞「 惑 ふ 」 の 連 用 形。 ま た、 歴 史 的 仮 名 遣いの「惑ひ」は「惑い」と読む。 ○ 語頭以外の「 は・ひ・ふ・へ・ほ 」→「 ワ・イ・ウ・エ・オ 」 ② あ り か せ 給 ふ 「 せ 」 は 助 動 詞「 す 」 の 連 用 形。 助 動 詞「 す 」 に は 使 役と尊敬の意味があるので、どちらかを判断する。ここでは、直後に 尊敬の補助動詞「給ふ」があるので、尊敬ととる。 ○ 「給ふ」などの尊敬語とともに用いられている→ 尊敬 が多い ○ 単独 で用いられている→ 使役 ③ 我 こそ 知り たれ 係り結びの法則。 ○ 係助詞「こそ」の意味→ 強調 ○ 結びの語→ここでは、完了 ・ 存続の助動詞「たり」の 已然形 「たれ」 が結びの語となっている。 係助詞の中で、文末を已然形で結ぶのは 「こそ」のみ である。しっかり確認しておこう。 ④ いざ 給へ 「給へ」 は四段活用動詞 「給ふ」 の命令形。①で示した通り、 「給 へ 」は「給 え 」と読む。命令形「給へ」が「いざ」 「や」などの感 動詞に続いて用いられる場合は、直前に「来」 「行く」 「す」などその 場に適する語を補い、 敬意を添えて訳す。ここでは「博打」が「老尼」 を 招 い て い る の で、 「 さ あ い ら っ し ゃ い 」 な ど と 訳 す。 最 終 の 会 話 文 の「いざ給へ」も同様。 ⑤ あ は れ ① で 示 し た 通 り、 「 あ は れ 」 は「 あ わ れ 」 と 読 む。 こ の「 あ はれ」は感動詞で、 「ああ」などと訳す。 ▼重要単語チェック▲ □暁=夜明け前のうす暗い時刻 □ありく=①歩く ②動き回る □いざ=さあ・さて ・ どれ □おはす=①いらっしゃる ②おありになる ③おいでになる □やがて=①そのまま ②すぐに
■文法チェック
LS1011HR103BZ–02 宇治拾遺物語LS1011HR103BZ–03 尼、 喜 び て、 急 ぎ 行 く に、 そ こ の 子 に、 地 蔵 と い ふ ① 童 わらは あ り け る を、 それが親を知りたりけるによりて、 「地蔵は」と問ひければ、親、 「遊び に ② 往 い ぬ 。今、 ③ 来 な ん 」 と 言 へ ば、 「 ④ く は 、 こ こ な り。 地 蔵 の お は し ま す 所 は 」 と 言 へ ば、 尼、 う れ し く て、 つ む ぎ の 衣 を 脱 ぎ て、 取 ら ⑤ す れ ば、ばくちは急ぎて、取りて往ぬ。 尼 は、 地 蔵 見 参 ら せ ん と て ⑥ ゐ たれば親どもは 心得 ず、 ⑦ な ど こ の 童 を 見 ん と 思 ふ ら ん と 思 ふ ほ ど に、 十 ば か り な る 童 の 来 た る を、 「 く は、 地蔵よ」と言へば、尼、見るままに、是非も知らず、伏しまろびて、拝 み入りて、土にうつぶしたり。 尼は、喜んで、急いで行くと、そこの子に、地蔵という(名前 の)子供がいたのだが、その子供の親を(ばくちうちが)知っ ていたために、 「地蔵は」と尋ねたところ、親が、 「遊びに 行っている 。 まもなく、来るだろう」と言うと、 (ばくちうちが) 「さあ、ここです。 地蔵が いらっしゃる 所は」と言うと、尼は、うれしくて、つむぎの着 物を脱いで、取らせると、ばくちうちは急いで、取って行ってしまう。 尼は、地蔵を見申し上げようと思って(その場に)いたので親たち は 理解せ ず、 どうして この子供を見ようと思うのだろうと考えている と、 十( 歳 ) ほ ど で あ る 子 供 が 来 た と こ ろ、 ( 親 が )「 お い、 地 蔵 よ 」 と言うと、尼は、見るやいなや、我を忘れて、ころげ回り、拝みこん で、土にうつ伏した。
全
訳
「宇治拾遺物語」
尼、地蔵を見奉ること
⑵
す る。 「 ゐ る( 居 る )」 に は、 〈 座 る・ 存 在 す る・ 置 く・ 地 位 に つ く 〉 などの意があるが、ここでは、 〈(その場に動かずに)いる〉という意 味。また、同じ上一段活用で同じ読み方の「 率 ゐ る」と混同しないよう に注意すること。 ○ 「 ゐ・ゑ・を・ぢ・づ 」→「 イ・エ・オ・ジ・ズ 」 ⑦ など …思ふらん 「など」 は疑問の副詞。 ここでは現在推量の助動詞 「ら ん」の連体形と呼応して、 「どうして…思うのだろう」と訳す。 ○ など…連体形 →〈どうして〉 (主に疑問。反語の意もある) ① 童 読 み 方 が 重 要 な 語。 歴 史 的 仮 名 遣 い で は「 わ ら は 」。 次 の 法 則 に 従って現代仮名遣いに直すと「わら わ 」となる。 ○ 語頭以外の「 は・ひ・ふ・へ・ほ 」→「 ワ・イ・ウ・エ・オ 」 ② 往ぬ 「往ぬ」はナ行変格活用動詞の終止形。 ○ 活用→「 な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね 」 ○ ナ変に属する語→「 死ぬ 」と「 往ぬ(去ぬ) 」の二語のみ ③ 来 なん 「来」はカ行変格活用動詞。 「来」は活用によって読み方が異 なるため、注意すること。この 「 来 」 は、完了・強意の助動詞「ぬ」の 未然形 「な」 に接続している。 「ぬ」 は連用形に接続する助動詞なので、 「来」は連用形。よって、 「きなん」と読む。 ○ 活用→「 こ・き・く・くる・くれ・こ(こよ) 」 ○ カ変に属する語→「 来 く 」の一語のみ ④ くは 「くは」は、 感動詞。相手に注意をうながすための呼び声で、 「さ あ」 「ほら」 「おい」などと訳す。また、①の歴史的仮名遣いの法則に より、 「くわ」と読む。 ⑤ 取ら すれ ば 「すれ」 は尊敬と使役の意味を持つ助動詞 「す」 の已然形。 この 「 すれ 」 は「給ふ」など他の尊敬語と一緒ではなく、単独で使われ ているので、使役の意味である。 (「取らす」で一語の他動詞とする考 え方もある。 ) ⑥ ゐ た れ ば 歴 史 的 仮 名 遣 い の「 ゐ 」 は「 い 」 と 読 む。 「 ゐ 」 は 上 一 段 活 用 動 詞「 ゐ る( 居 る )」 の 連 用 形。 ま た、 漢 字 表 記 と 意 味 に も 注 意 ▼重要単語チェック▲ □往ぬ=①行ってしまう ②過ぎ去る ③死ぬ □おはします=①いらっしゃる ②おありになる ③おいでになる □心得=①理解する ②引き受ける ③用心する ④心得がある □など=どうして
■文法チェック
LS1011HR103BZ–04 宇治拾遺物語童、 ① すはゑ を持ちて、 遊び けるままに来たりけるが、そのすはゑ ② し て 、 手 す さ み の ③ や う に 、 額 を 掻 か け ば、 額 よ り 顔 の 上 ま で ④ 裂 さ け ぬ 。 裂 け た る 中 よ り、 え も 言 は ず ⑤ め で た き 地 蔵 の 御 顔、 見 え 給 ふ。 尼、 拝 み 入りて、うち見あげたれば、かくて立ち給へれば、涙を流して、拝み入 り参らせて、 やがて 極楽へ参りにけり。 さ れ ば 、 心 に ⑥ だ に も 深 く 念 じ つ れ ば、 仏 も ⑦ 見 え 給 ふ な り け る と 信 ずべし。 子供は、細いまっすぐな木の枝を持って、 遊び ながら来たとこ ろ、その木の枝で、もてあそぶように、額をかくと、額から顔 の あ た り ま で 裂 け て し ま っ た。 ( そ の ) 裂 け た 中 か ら、 な ん と も 言 い ようがない(ほど) 立派な 地蔵のお顔がお見えになる。尼は、拝みこ んで、 (地蔵を)見上げると、 このようにしてお立ちになっているので、 涙を流して、 拝みこみ申し上げて、 そのまま 極楽浄土へ参上(=往生) した。 そういうわけで 、せめて心にだけでも深く念じたなら、仏もお見え になるのだなあと信じるのがよい。
全
訳
「
宇治拾遺物語
」
尼、地蔵を見奉ること
⑶
LS1011HR103BZ–05
考えるとよい。 「めでたし」は、 「めでた く なる」なのでク活用である。 ○ 「し」 の音が 消えて いる→ ク活用 (例・高し→高 く なる) ○ 「し」 の音が 残って いる→ シク活用 (例・美し→美 しく なる) ⑥ 心 に だ に も 「 だ に 」 は、 最 小 限・ 類 推 の 意 を 表 す 副 助 詞。 こ こ は、 最小限〈せめて…だけでも〉の意で、 「心にだけでも」と訳す。 ⑦ 見 え 給 ふ な り け る 「 見 え 」( ヤ 行 下 二 段 活 用 動 詞「 見 ゆ 」 の 連 用 形 ) +「 給 ふ 」( 尊 敬 の 補 助 動 詞、 ハ 行 四 段 活 用 動 詞「 給 ふ 」 の 連 体 形 ) +「なり」 (断定の助動詞「なり」の連用形)+「ける」 (詠嘆の助動 詞「けり」の連体形) 。 ① す は ゑ 歴 史 的 仮 名 遣 い の「 す は ゑ 」 は、 「 す わ え 」 と 読 む。 現 代 語 にない「ゐ・ゑ」の二字には、特に注意すること。 ○ 語頭以外の「 は・ひ・ふ・へ・ほ 」→「 ワ・イ・ウ・エ・オ 」 ○ 「 ゐ・ゑ・を・ぢ・づ 」→「 イ・エ・オ・ジ・ズ 」 ② す は ゑ し て 「 し て 」 は 識 別 が 必 要 で あ る が、 こ こ で は「 す は ゑ 」 と いう体言に続いているので、手段・方法〈…で・…を使って〉を表す 格助詞。 ○ 体言 +して→ 格助詞 ○ 連用形 +して→ 接続助詞 ○ 「し」 に「する」 の意 が含まれている→ サ変動詞の連用形 + 接続詞 「て」 ③ やうに 歴史的仮名遣いの「やうに」は、 「ように」と読む。 ○ ア段の音に「う」 「ふ」 が続いた場合→ 「オ段音+ー」 (現代仮名遣いの表記は「□う」 ) ④ 裂けぬ 「ぬ」は通常、接続によって識別する。 「裂け」は下二段活用 動詞で未然形と連用形が同形なので、接続の違いで識別することはで きない。ここは「裂けぬ」で文が終わっていて、係り結びもないため、 「ぬ」は終止形。よって、完了の助動詞「ぬ」の終止形である。 〈…て しまった〉の意で「裂けてしまった」と訳す。 ○ 未然形 接続→ 打消 の助動詞「ず」の連体形 ○ 連用形 接続→ 完了 の助動詞「ぬ」の終止形 ⑤ め で た き 「 め で た き 」 は、 形 容 詞「 め で た し 」 の 連 体 形。 形 容 詞 の 活用の種類を見分けるには、動詞「なる」を付けて、連用形に直して ▼重要単語チェック▲ □遊ぶ=①楽しむ ②詩歌・管弦などをして楽しむ ③遊山する ④旅行をする ⑤動き回る □めでたし=①みごとだ ②立派だ ③すばらしい ④すぐれている □やがて=①そのまま ②すぐに □されば=①そういうわけで ②そもそも
■文法チェック
LS1011HR103BZ–06 宇治拾遺物語LS1011HR104BZ–01 是 これ も 今 は 昔、 絵 仏 師 良 秀 と ① い ふ あ り け り。 家 の 隣 よ り、 火 出 い で き て、 風おしおほひてせめければ、逃げ出でて、大路へ出でにけり。人の書か ② す る 仏 も ③ お は し け り。 ま た、 衣 きぬ ④ 着 ぬ 妻 め 子 こ な ど も、 さ な が ら 内 に あ り けり。それも知らず、ただ逃げ出でたるをことにして、向かひのつらに 立てり。 見れば、すでに我が家に移りて、 煙 けぶり 、炎くゆりけるまで、 大かた 向か ひ の つ ら に 立 ち て、 眺 め け れ ば、 「 あ さ ま し き こ と 」 と て、 人 ど も、 来 とぶらひけれど、 騒がず。 「 ⑤ いかに 」と人言ひければ、 向かひに立ちて、 家の焼くるを見て、うちうなづきて、時どき笑ひけり。 これも今となっては昔のことだが、絵仏師良秀という者がいた。 家の隣から、出火して、風が(火を)あおって(火が)迫って きたので、逃げ出して、大通りに出てしまった。人が(注文して)書 かせている仏も(家の中に) いらっしゃっ た。また、着物を着ていな い妻や子なども、 そのまま 家の中にいた。それにもかまわず、 (良秀は) ただ逃げ出したのをよいことにして、 (道の)向かい側に立っていた。 見 る と、 ( 火 は ) す で に 我 が 家 に 燃 え 移 っ て、 煙 や 炎 が く す ぶ り 出 し た こ ろ ま で、 お よ そ 向 か い 側 に 立 っ て、 眺 め て い た の で、 「 大 変 な こ と だ 」 と 言 っ て、 人 々 が、 見 舞 い に 来 た が、 ( 良 秀 は 少 し も ) 騒 が な い。 「 ど う し た の か 」 と 人 が 言 っ た と こ ろ、 向 か い 側 に 立 っ て、 家 の焼けるのを見て、軽くうなずいて、時々笑った。
全
訳
「宇治拾遺物語」
絵仏師良秀
(良秀のよぢり不動)
⑴
① いふ 歴史的仮名遣いの「いふ」は「いう」と読む。 ここは四段活用 動詞「いふ」の連体形で、直後に「者」という体言が省略されている と考え、 「絵仏師良秀という者がいた」と訳す。 ○ 語頭以外の 「 は・ひ・ふ・へ・ほ 」→それぞれ「 ワ・イ・ウ・エ・ オ 」となる。 ② する ここでは使役の助動詞「す」の連体形。助動詞「す」には尊敬 の 意 味 も あ る が、 「 給 ふ 」 な ど 他 の 尊 敬 語 と 一 緒 で は な く 単 独 で 使 わ れている場合は、使役の意味である。 ③ おはし サ行変格活用動詞「おはす」の連用形。 「あり ・ をり ・ 行く ・ 来」の尊敬語である。ここでは、作者から「仏」に対する敬意を表し ている。 ④ 着ぬ 上一段活用動詞「着る」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体 形。 「 ぬ 」 は、 あ と に 体 言「 妻 子 」 が 続 い て い る こ と か ら、 打 消 の 助 動詞「ず」の連体形だと判断できる。完了の助動詞「ぬ」の終止形な ら体言は続かない。 ⑤ いかに 疑問の副詞で、ここでは〈どう・どのように〉という状態に 対する疑問の意を表す。 「いかに」のあとに「し給ふ」 「したる(ぞ) 」 などの言葉が省略されていると考えられる。この「いかに」をはじめ、 「いかが」 「いかで」 「いかばかり」などの疑問を表す副詞は、 通常「い かにし 給ふ 」といった形で 連体形 と呼応する。 ▼重要単語チェック▲ □おはす=①いらっしゃる・おありになる ②お出かけになる・おいでになる □さながら=そのまま・すべて □大かた=①およそ・だいたい ②(下に打消の語を伴って)全く…ない □あさまし=①驚きあきれる ②情けない ③みすぼらしい □いかに=①どう・どのように ②なぜ・どうして ③なんとまあ
■文法チェック
LS1011HR104BZ–02 宇治拾遺物語LS1011HR104BZ–03 「 ① あはれ 、 ② し つ る ③ せ う と く か な。 年 ご ろ は、 わ ろ く 書 き け る も の か な 」 と 言 ふ と き に、 と ぶ ら ひ に 来 た る 者 ど も、 「 こ は い か に、 か く て は 立ち給へるぞ。あさましきことかな。もののつき給へるか」と言ひけれ ば 、「 ④ な ん で ふ 、 物 の つ く べ き ぞ。 年 ご ろ、 不 動 尊 の 火 くわ 焔 えん を あ し く 書 きけるなり。今見れば、かうこそ燃えけれと、 心得 つるなり。これこそ、 せうとくよ。この道を立てて、世にあらんには、仏だによく書きたてま つ ら ば、 百 もも 千 ち の 家 も、 出 い で 来 き な ん。 わ た う た ち ⑤ こ そ 、 さ せ る 能 も お は せねば、物をも惜しみ 給へ 」と言ひて、あざ笑ひてこそ立てりけれ。 その後に ⑥ や 、良秀がよぢり不動とて、今に人々 めで あへり。 「ああ、大変なもうけものよ。 長年 、 下手に 書いてきたものだ な あ 」 と 言 う と き、 見 舞 い に 来 た 人 々 が、 「 こ れ は ど う し て、 こうして立っていらっしゃるのか。あきれたことよ。悪霊がとりつき な さ っ て い る の か 」 と 言 っ た と こ ろ、 「 ど う し て、 悪 霊 が つ く は ず が あろうか。 長年、 不動尊の火焔を 下手に 書いてきたのだ。 今見ると、 (火 は)こう燃えるのだなあと、 わかっ たのだ。これが、もうけだよ。絵 仏師の道に就いて、この世を生きるについては、仏さえうまく書き申 し 上 げ れ ば、 百 軒 や 千 軒 の 家 も、 ( 建 て る こ と が ) で き よ う。 お 前 た ちは、大した才能もおありでないので、物を惜しみなさるのだ」と言 って、あざけり笑って立っていた。 そ の 後 で あ ろ う か、 良 秀 の よ じ り 不 動 と い っ て( 評 判 に な り )、 今 も人々は 賞賛し あっている。
全
訳
「宇治拾遺物語」
絵仏師良秀
(良秀のよぢり不動)
⑵
① あはれ この「あはれ」は形容動詞「あはれなり」ではなく、感動詞 である。感嘆や驚嘆などを表し、 「ああ・ほんとうに」と訳す。 ② しつる サ行変格活用動詞 「す」 の連用形 「し」 +完了の助動詞 「つ」 の連体形「つる」 。「しつる」で〈でかした・うまくやった〉の意を表 す。 ③ せうとく 歴史的仮名遣いの「せう」は「しょう」と読む。 ○ エ段 の音に「 う 」「 ふ 」が続いた場合→「 イ段音+ョー 」 (現代仮名遣いの表記は「□ょう」 ) ④ な ん で ふ 「 で ふ 」 は、 エ 段 の 音 に「 ふ 」 が 続 い た 形。 こ の 場 合 も ③ と同様「イ段音+ョー」と読み、 「なんでふ」は「なん ぢ ょう」→「な ん じ ょ う 」 と な る。 こ の「 な ん で ふ 」 は 副 詞 で あ り、 〈 ど う し て … か、 いや…ない〉という反語の意味を表す。 ⑤ わ た う た ち こ そ … 物 を も 惜 し み 給 へ 係 り 結 び の 法 則。 「 お 前 た ち は …物を惜しみなさるのだ」と訳す。 ○ 係助詞「こそ」の意味→ 強調 ○ 結びの語 →文末にある尊敬の補助動詞「給ふ」の已然形「給へ」 。 ⑥ や 疑 問・ 反 語 を 表 す 係 助 詞 だ が、 こ こ で は 結 び と な る べ き 語( 「 あ ら む 」) が 省 略 さ れ て い る。 「 言 ふ 」「 聞 く 」「 あ り( あ ら む )」 な ど の 語が結びの時は、省略される場合があるので注意すること。 ▼重要単語チェック▲ □年ごろ=①長年の間 ②数年来 □わろし=①よくない ②みすぼらしい ③下手である □あし=①悪い ②見苦しい・卑しい ③不快だ ④下手である □心得(こころう)=①理解する ②引き受ける ③用心する ④心得がある □めづ=①賞賛する ②珍重する ③心がひかれる
■文法チェック
LS1011HR104BZ–04 宇治拾遺物語LS1011HR105BZ–01 今 は 昔、 忠 ただ 明 あきら と ① い ふ 検 け 非 び 違 ゐ 使 し あ り け り。 そ れ が 若 か り け る 時、 清 きよ 水 みづ の 橋 の も と に て、 京 きやう 童 わらん 部 べ ど も と い さ か ひ を ② し け り。 京 童 部、 手 ご と に 刀 を 抜 き て、 忠 明 を た ち こ め て、 殺 さ ③ む と し け れ ④ ば 、 忠 明 も 太 た 刀 ち を抜きて、 御 み 堂 だう ざまにのぼるに、御堂の東のつまにも あまた 立ちて、向 かひあひたれば、内へ逃げて、 蔀 しとみ のもとを 脇 わき にはさみて、前の谷へをど り 落 つ。 蔀、 風 に し ぶ か れ て、 谷 の 底 に 鳥 ⑤ の ⑥ ゐ る や う に、 や を ら 落 ちにければ、それより逃げて ⑦ 去 い に けり 。 京童部ども、谷を見おろして、 あさましがり て、立ち 並 な みて見けれど も、すべきやうもなくて、 やみ にけりと ⑧ なむ 。 今となっては昔のことだが、忠明という検非違使がいた(そう だ) 。その人が若かった時、 (京の)清水寺の舞台造りの辺りで、 京童部(=京の無頼の若者たち)とけんかをした。京童部は、手に手 に刀を抜いて、忠明を取り囲んで、殺そうとしたので、忠明も長い刀 を抜いて、本堂の方向にのぼると、本堂の東の端にも 大勢 立ちふさが っていて、 (忠明と)向かいあったので、 (忠明は)本堂の中に逃げて、 蔀戸の下の方の戸を小脇にはさんで、前の谷へ飛びこんだ。蔀が、風 に押しとどめられて、谷の底に鳥が とまる ように、 静かに 降りてしま ったので、 (忠明は)そこから逃げて 行ってしまっ た。 京童部は、谷を見下ろして、 驚きあきれ て、立ち並んで見たけれど も、 どうしようもなくて、 (けんかは) 終わっ てしまったということだ。
全
訳
「宇治拾遺物語」
検非違使忠明、いさかひのこと
⑦ 逃げて 去に けり 「去に」は、ナ行変格活用動詞「去ぬ」の連用形。 ○ ナ変動詞の活用→「 な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね 」 ○ ナ変に属する語→「 死ぬ 」「 去(往)ぬ 」の二語のみ ⑧ や み に け り と な む 「 な む 」 は 係 助 詞。 結 び と な る べ き 語( 「 言 ふ 」) が省略されている形である。口語訳では、この省略された「言ふ」を 補って「…ということである」 「…ということだ」とする。 ① 忠明と いふ 歴史的仮名遣いの「い ふ 」は、 「い う 」と読む。 ○ 「 は・ひ・ふ・へ・ほ 」(語頭以外)→「 ワ・イ・ウ・エ・オ 」 ② いさかひを し けり この「し」は〈けんかを する 〉という意味で用い られているので、サ行変格活用動詞「す」の連用形である。 ○ サ変動詞の活用→「 せ・し・す・する・すれ・せよ 」 ③ 殺 さ む 助 動 詞「 む 」 に は、 様 々 な 働 き が あ る。 こ の「 む 」 は、 〈 … しよう〉という意志の意味である。 ④ しけれ ば 「ば」 は接続助詞。直前の 「けれ」 は過去の意味の助動詞 「け り」の 已然形 。したがって、この「ば」は 順接の確定条件 である。 ○ 未然形+ば→順接の仮定条件 〈もし…ならば〉 ○ 已然形+ば→順接の確定条件 〈…なので・…すると〉 ⑤ 鳥 の ゐる 「の」 は格助詞の 「の」 。ここでは、 主格 〈…が〉 の働き。 「鳥 の ゐる」は「鳥 が とまる」と訳す。 ○ 主格 〈…が〉 →主語を示す。 ○ 連体修飾格 〈…の〉→下の体言を修飾することを示す。 ○ 同格 〈…であって〉→上下の語が同じものであることを示す。 ⑥ ゐ る や う 歴 史 的 仮 名 遣 い の「 ゐ る 」 は「 い る 」、 「 や う 」 は「 よ う 」 と読む。 「ゐる」はワ行上一段動詞の連体形。 ○ 「 ゐ・ゑ・を・ぢ・づ 」→「 イ・エ・オ・ジ・ズ 」 ○ ア段 の音に「 う 」「 ふ 」が続いた場合 →「 オ段音+ー 」 (現代仮名遣いの表記は「□う」 ) ▼重要単語チェック▲ □あまた=①たくさん ②非常に ③たいして □ゐる=①座る ②ある ③地位につく ④(虫・鳥が)とまる □やをら=静かに・そっと □去ぬ=①去る・行ってしまう ②過ぎ去る ③死ぬ □あさましがる=驚きあきれる・びっくりする □やむ=ものごとが途中で終わる・中止になる
■文法チェック
LS1011HR105BZ–02 宇治拾遺物語LS1011HR106BZ–01 今 は 昔、 唐 もろ 土 こし に 荘 さう 子 し と い ふ 人 ① あ り け り。 家 ② い み じ う 貧 し く て、 今 け 日 ふ の食物絶えぬ。隣にかんあとうといふ人ありけり。それがもとへ、今 日食ふべき 料 れう の 粟 あは を乞ふ。 あ と う が い は く、 「 い ま 五 日 あ り て ③ お は せ よ 。 千 両 の 金 こがね を ④ 得 む と す 。 そ れ を 奉 たてまつ ら む。 い か で ⑤ か 、 や む ご と な き 人 に、 今 日 参 まゐ る ば か り の 粟 を ば奉ら む 。返す返すおのが 恥 はぢ なるべし」と言へば、 荘子のいはく、 「昨日、 道を まかり しに、後に呼ばふ声あり。返り見れば、人無し。ただ車の 輪 わ 跡 あと の ⑥ く ぼ み た る 所 に た ま り た る 少 水 に、 鮒 ふな 一 つ ふ た め く。 何 ぞ の 鮒 に か あ ら む と 思 ひ て、 寄 り て 見 れ ば、 少 し ば か り の 水 に、 い み じ う ⑦ 大 き なる 鮒あり。…… 今となっては昔のことだが、中国に 荘 そう 子 じ という人がいた。家が 非常に 貧しくて、 今日の食べ物もつきてしまった。 (荘子の家の) 隣にかんあとう(= 監 かん 河 か 侯 こう )という人がいた。その人のもとへ、今日 食べるつもりの粟を(欲しいと)求める。 あとうが言うには、 「もう五日たってから いらしてください 。(私は) 千 両 の 金 を 得 よ う と し て い る。 そ れ を 差 し 上 げ よ う。 ど う し て、 ( あ なたのような) はなはだ尊い 人に、今日 召し上がる だけの(わずかな 量の)粟を差し上げようか、いや、差し上げはしない。本当に私の恥 (になる)だろう」と言うと、荘子が言うには、 「昨日、道を 参り まし たところ、後ろから呼び続ける声がする。振り返って見ると、人はい ない。ただ車輪の跡のくぼんでいる所にたまっている少しの水 (の中) に、鮒が一匹ばたばたと暴れている。どういう鮒であるのだろうかと 思って、近寄って見ると、少しばかりの水(の中)に、非常に大きな 鮒がいる。……
全
訳
「宇治拾遺物語」
後の千金のこと
⑴
動詞の活用語尾ではないので注意すること。なお、すぐあとの「たま り たる 」も同じく存続の助動詞である。 ○ 連用形 接続→ 完了 の助動詞「たり」 ○ 体言 に接続→ 断定 の助動詞「たり」 ○ 性質や状態を表す漢語 に付く→形容動詞の活用語尾 ⑦ 大きなる 形容動詞「大きなり」の連体形。この「なる」は動詞や助 動詞ではなく、形容動詞の活用語尾である。 ① あり ラ行変格活用動詞 「あり」 の連用形。ラ変動詞には、 基本形 (終 止形) の語尾が イ段の音 「り」 であるという特徴がある。この 「あり」 は、 連 用 形 接 続 の 助 動 詞「 け り 」( 過 去 の 助 動 詞「 け り 」 の 終 止 形 ) に接続しているため、連用形である。 ② いみじう 形容詞「いみじ」の連用形「いみじく」のウ音便形。連用 形に「じ」の音が残っているので、シク活用である。 ③ お は せ よ サ 行 変 格 活 用 動 詞「 お は す 」 の 命 令 形。 「 来 」 の 尊 敬 語 で、 ここは「いらしてください」 「おいでください」などと訳す。 ④ 得むとす 「得」は下二段活用動詞「得」の未然形。 「む」は意志の助 動 詞 の 終 止 形 で、 「 得 よ う 」 と 訳 す。 「 と 」 は 格 助 詞。 「 す 」 は サ 行 変 格活用動詞の終止形。 「得むとす」は、 〈得ようとする〉の意である。 ⑤ いかで か …奉ら む 係り結びの法則。 ○ 係助詞「か」の意味→疑問・ 反語 。係助詞「か」は疑問と反語の意 味を持つが、ここでの「か」は、疑問の副詞「いかで」とともに用 いられ、反語〈…だろうか、いや、…ない〉の意を表している。 また、あとにある「何ぞの鮒に か あら む 」の係助詞「か」は、疑 問の意で用いられている。 ○ 結びの語→意志の助動詞「む」の 連体形 。 ⑥ くぼみ たる 「たる(たら ・ たり ・ たれ) 」は識別が必要。 この「たる」 は、四段活用動詞「くぼむ」の連用形「くぼみ」に接続しているので、 完了・存続の助動詞「たり」の連体形で、ここでは存続の意味。形容 ▼重要単語チェック▲ □いみじ=①非常に ②すばらしい ③ひどい □おはす=いらっしゃる(おありになる・おいでになる) □奉る=①お召しになる ②召し上がる ③お乗りになる ④差し上げる □やむごとなし=①重大で、捨ててはおけない ②身分が高貴である ③はなはだ尊い □参る=①参上する ②お召しになる ③召し上がる □まかる=①(地方に)赴任する ②退出する ③死ぬ ④参ります
■文法チェック
LS1011HR106BZ–02 宇治拾遺物語……『 何 ぞ の 鮒 ぞ 』 と 問 へ ば、 鮒 の い は く、 『 我 は 河 か 伯 はく 神 しん の 使 ひ に、 江 がう 湖 こ へ行くなり。それが飛び 損 そこ なひて、この溝に落ち入りたるなり。 喉 のど 渇 き、 ① 死な むとす。我を助けよと思ひて、呼びつるなり』と言ふ。答へ て い は く、 『 我、 い ま 二、 三 日 あ り て、 江 湖 も と と い ふ 所 に、 遊 び ② し に 行 か む と す。 そ こ も て 行 き て 放 さ む 』 と 言 ふ に、 魚 の い は く、 『 ③ さ ら に そ れ ま で え 待 つ ま じ 。 た だ 今 日 一 ひと 提 ささげ ば か り の 水 を も て、 喉 を ④ う る へ よ 』 と 言 ひ し か ば、 さ て ⑤ な む 助 け し 。 鮒 の 言 ひ し こ と、 我 が 身 に 知 り ⑥ ぬ 。 さ ら に 今 日 の 命、 も の 食 は ず は、 生 く べ か ら ず。 後 のち の 千 の 金、 さ らに 益 やく なし」と ⑦ ぞ 言ひ ける 。 それより、後の千金といふこと、 名誉せ り。 ……『 ど う い う 鮒 な の か 』 と 尋 ね る と、 鮒 が 言 う に は、 『 私 は 河伯神(=川の神様)の使いで、江湖(=大きな川や湖)へ行 くのだ。それが飛びそこなって、この溝に落ち込んでしまったのであ る。のどが渇き、死ぬのであろう。私を助けなさいと思って、呼んだ の だ 』 と 言 う。 ( 私 が ) 答 え て 言 う に は、 『 私 は、 も う 二、 三 日 た っ て から、江湖という所へ、 行楽 をしに行こうとしている。そこに持って 行 っ て( 川 へ ) 放 そ う 』 と 言 う と、 魚 が 言 う に は、 『 け っ し て そ れ ま で待つことはできないだろう。ただ今日一杯くらいの水によって、 (私 の ) のどをうるおしなさい』と言ったので、 そのようにして助けたのだ。 鮒が言ったことを、我が身に思い知った。けっして今日の命は、もの を食べずには、生き延びることはできない。後の千の金は、まったく 利益 がない」と言った。 それから、後の千金ということが、 有名になっ た。
全
訳
「
宇治拾遺物語
」
後の千金のこと
⑵
LS1011HR106BZ–03
詞「ず」の連体形と解釈して「我が身に知ら ない 」などと訳さないこ と。 ⑦ と ぞ 言 ひ け る 係 り 結 び の 法 則。 ⑤ の「 な む 」 と 同 じ く、 「 ぞ 」 も 結 びの語が連体形になり、強調を表す係助詞。 ○ 係助詞「ぞ」の意味→ 強調 ○ 結びの語→文末の「ける」 。過去の助動詞「けり」の 連体形 である。 ① 死な む 「死な」 は、 ナ行変格活用動詞 「死ぬ」 の未然形。あとの 「む」 に引きずられて「死」+「なむ」と解釈しないこと。なお、ナ変に属 する語は、 「 死ぬ 」と「 往ぬ(去ぬ) 」の二語のみである。 ② 遊 び し に 「 し 」 は 識 別 が 必 要。 こ の「 し 」 は〈 行 楽 を す る 〉 と い う 意味で用いられているので、サ行変格活用動詞「す」の連用形である。 ○ 「し」の部分に「 する 」という意味が含まれる→サ変動詞の連用形 ○ 連用形 に接続している→過去の助動詞「き」の連体形 ○ 「し」を除いて も意味が通じる→強意の副助詞 ③ さらに … え 待つ まじ 「さらに」 「え」は、ともに呼応(叙述)の副詞。 ここでは、 副詞「さらに」と「え」が、 それぞれ打消推量の助動詞「ま じ」と呼応し、 〈けっして…できないだろう〉の意を表している。 ○ さらに…打消語 → 完全否定 〈まったく(けっして ・ 少しも)…ない) ○ え…打消語 → 不可能 〈…できない〉 ④ うるへよ 動詞「うるふ」には〈ぬれる〉という意の四段活用と、 〈う るおす・しめらす〉という意の下二段活用があるが、ここでは後者。 よって「うるへよ」は、この一語で下二段活用動詞の命令形である。 ⑤ さて なむ 助け し 係り結びの法則。 ○ 係助詞「なむ」の意味→ 強調 ○ 結びの語→文末の「し」 。過去の助動詞「き」の 連体形 である。 ⑥ 我が身に知り ぬ この「ぬ」は、四段活用動詞「知る」の連用形「知 り」に接続しているので、完了の助動詞の終止形である。打消の助動 ▼重要単語チェック▲ □問ふ=①見舞う ②尋ねる ③訪れる □遊び=①行楽 ②管弦のあそび ③狩り □益=①利益 ②ききめ □名誉す=有名になる
■文法チェック
LS1011HR106BZ–04 宇治拾遺物語昔、 晴 明 ① が 土 つち 御 み 門 かど の 家 に 老 い し ら み た る 老 僧 ② 来 た り ぬ 。 十 歳 ば か り な る 童 わらは べ 二 人 具 し た り。 晴 明、 「 何 ぞ の 人 に て お は す る ぞ 」 と 問 へ ば、 「 播 は り ま 磨 の 国 の 者 に て ③ 候 さうら ふ 。 陰 おん 陽 やう 師 じ を 習 は ④ ん 志 に て 候 ふ。 こ の 道 に、 こ と に 優 れ て お は し ま す 由 よし を 承 り て、 少 々 習 ひ ⑤ 参 ら せ ん と て 参 り た る な り 」 と 言 へ ば、 晴 明 が 思 ふ や う、 「 こ の 法 師 は か し こ き 者 に ⑥ こ そ あ る め れ 。 我 を 試 み ん と て 来 た る 者 な り。 そ れ に 悪 わろ く 見 え て は ⑦ 悪 か る べ し 。 こ の 法 師、 少 し ひ き ま さ ぐ ら ん 」 と 思 ひ て、 「 供 な る 童 は、 式 しき 神 がみ を 使 ひ て 来 た る ⑧ な め り 。 も し 式 神 な ら ば 召 し 隠 せ 」 と 心 の 内 に 念 じ て、 袖 そで の 内 に て 印 いん を 結 び て、 ひ そ か に 呪 じゅ を 唱 ふ。 さ て 法 師 に 言 ふ や う、 「 と く 帰 り ⑨ た ま ひ ね 。 の ち に よ き 日 し て、 習 は ん と の た ま は ん こ と ど も は 教 へ 奉 ら ん 」 と 言 へ ば、 法 師「 ⑩ あ ら た ふ と 」 と 言 ひ て、 手 を す り て 額 に当てて、立ち走りぬ。 昔、 晴明の土御門にある家に老い衰えた老僧がやって来た。 (老 僧は) 十歳ほどになる子どもたちを二人 従え ていた。 晴明が、 「ど のような人でいらっしゃるか」と尋ねると、 (老僧は) 「播磨の国の者 でございます。陰陽師 (の術) を学びたい志でございます。 (あなたが) この道(=陰陽道)に、とりわけ優れていらっしゃる旨をうかがって、 少々学び申し上げようと思って参上したのです」と言うので、晴明が 思 う こ と に は、 「 こ の 法 師( = 老 僧 ) は( 陰 陽 道 に ) 優 れ た 者 で あ る ようだ。私を試そうと思って来た者である。その者に(自分が) 劣っ て見えては よくない だろう。この法師を、少しもてあそんで(=から かって)やろう」と思って、 (晴明は) 「従者である子どもは、式神を 使 っ て 来 た よ う だ。 ( 二 人 の 子 ど も が ) も し 式 神 な ら ば 召 し 隠 せ 」 と 心 の 中 で 念 じ て、 袖 の 中 で 印 を 結 ん で( = 指 を 組 ん で 祈 り )、 こ っ そ り 呪 文 を 唱 え る。 さ て( 晴 明 が ) 法 師 に 言 う こ と に は、 「 早 く お 帰 り な さ い。 あ と で 都 合 の よ い 日 に、 ( あ な た が ) 学 び た い と お っ し ゃ っ ているようなことなどは(自分が)教えてさし上げよう」と言うと、 法 師 は「 あ あ、 あ り が た い( こ と で す )」 と 言 っ て、 手 を こ す り 合 わ せて額に当てて、立って走り去った。
全
訳
「宇治拾遺物語」
晴明の術くらべ
⑴
LS1012HR107BZ–01
宇治拾遺物語 ⑧ 来 た る な め り 「 な 」 は、 断 定 の 助 動 詞「 な り 」 の 連 体 形「 な る 」 が 撥 はつ 音便 「なん」 に変化し、 さらに撥音の 「ん」 が無表記になった形。 「め り」は推量・婉曲の助動詞の終止形。 「来たようだ」と訳す。 ⑨ 帰り たまひね 尊敬の補助動詞 「たまふ」 の連用形+完了の助動詞 「ぬ」 の 命 令 形。 「 た ま ふ 」 は 四 段 活 用 の 場 合 は 尊 敬、 下 二 段 活 用 の 場 合 は 謙譲の意を持つ。ここでは「たま ひ 」とあるため四段活用であること がわかる。 「ね」は連用形に接続しているので完了の助動詞。 「お帰り なさい」などと訳す。 ⑩ あらたふと 「あら」は感動詞。 「たふと」は、ク活用形容詞「たふと し」の語幹。形容詞の語幹は、 「あら」 「あな」などの感動詞の下に用 いて、感情をこめる場合に用いられる。 ① 晴明 が ここでの「が」は連体修飾格〈…の〉という意を示す格助詞。 主格〈…が〉の意ではないので注意する。 ② 来 た り ぬ 「 来 た り 」 は ラ 行 四 段 活 用 動 詞「 来 た る 」 の 連 用 形。 カ 行 変格活用動詞の「 来 く 」の連用形「 来 き 」+完了の助動詞「たり」と混同 し な い こ と。 「 ぬ 」 は 連 用 形 に 接 続 し て い る の で、 完 了 の 助 動 詞 の 終 止形。打消の助動詞「ず」の連体形ではない。 ③ 播磨の国の者にて 候ふ 「候ふ」は、 「あり」の丁寧語で〈あります・ ございます〉 の意。上の 「にて」 は断定の助動詞 「なり」 の連用形 「に」 +接続助詞「て」から成り立ち、 「播磨の国の者でございます」と訳す。 ④ 習は ん 志 この 「ん」 は、 意志 ・ 希望の助動詞 「ん (む) 」 の連体形。 「学 びたい志」などと訳す。 ⑤ 習 ひ 参 ら せ ん 謙 譲 の 補 助 動 詞「 参 ら す 」 の 未 然 形。 「 学 び 申 し 上 げ よう」と訳す。なお、直後の「 参り たる」は、ラ行四段活用動詞「参 る」の連用形で、 〈参上する〉という意の謙譲語である。 ⑥ かしこき者に こそ ある めれ 係り結びの法則。 ○ 係助詞「こそ」の意味→ 強調 ○ 結びの語→文末の推量・ 婉 えん 曲 きょく の助動詞「めり」の 已然形 「めれ」 。 ⑦ 悪 か る べ し 「 悪 か る 」 は、 ク 活 用 形 容 詞「 悪 し 」 の 連 体 形。 下 に 助 動 詞 が 続 く の で、 補 助 活 用( カ リ 活 用 ) と な っ て い る。 「 べ し 」 は 推 量の助動詞の終止形。 「よくないだろう」と訳す。 ▼重要単語チェック▲ □具す=①備える ②従える ③添える □かしこし(賢し)=①利口である ②優れている ③都合が良い ④(連用形で)はなはだしく □悪し(わろし)=①よくない ②みっともない ③下手である □とし(疾し)=①(時期が)早い ②(速度が)速い
■文法チェック
LS1012HR107BZ–02今 は ① 去 ぬ ら ん と 思 ふ に、 法 師 止 ま り て、 さ る べ き 所 々、 車 宿 り な ど の ぞ き あ り き て 、 ま た前 に 寄 り 来 て言 ふ や う 、「 こ の 供 に ② 候 さうら ひ つ る 童 わらは の、 二 人 ③ な が ら 失 ひ て 候 ふ。 そ れ 賜 り て 帰 ら ん 」 と 言 へ ば、 晴 明、 「 御 ご 房 ばう は、 希 け 有 う の こ と 言 ふ 御 房 ④ か な 。 晴 明 は、 何 の 故 に、 人 の 供 ⑤ な ら ん 者 を ば、 取 ら ⑥ ん ず る ぞ 」 と 言 へ ば、 法 師 の 言 ふ や う、 「 さ ら に、 あ が 君 、 ⑦ 大 き な る 理 ことわり 候 ふ 。 さ り な が ら 、 た だ 許 し た ま は ら ん 」 と わ び け れ ば、 「 よ し よ し、 御 房 の、 人 の 心 見 ん と て、 式 神 使 ひ て 来 る が、 う ら や ま し き を、 こ と に お ぼ え つ る が、 異 こと 人 ひと を ⑧ こ そ 、 さ や う に は 心 得 た ま は め 。 晴 明 を ば 、 ⑨ い か で さ る こ と し た ま ふ べ き 」 と 言 ひ て 、 も の 読 む やうにして、しばしばかりありければ、 外 と の方より童二人ながら走り入 り て、 法 師 の 前 に 出 い で 来 け れ ば、 そ の 折、 法 師 の 申 す や う、 「 ま こ と に 試み申しつるなり。使ふことは やすく 候ふ。人の使ひたるを隠すことは、 ⑩ さ ら に か な ふ べ か ら ず 候 ふ。 今 よ り は、 ひ と へ に 御 み 弟 子 と な り て ⑪ 候 はん 」と言ひて、懐より 名 みゃう 簿 ぶ 引き出でて、取らせけり。 ( 法 師 は ) 今 ご ろ は 立 ち 去 っ て い る だ ろ う と( 晴 明 が ) 思 っ た ところ、法師は止まって、しかるべき所々や、 牛 ぎっ 車 しゃ を収納する 建物などをのぞき歩いて、また(晴明の)前に寄って来て言うことに は、 「 こ の( 私 の ) 供 に お り ま し た 子 ど も が、 二 人 と も 消 え て ご ざ い ま す。 そ れ を い た だ い て 帰 り た い 」 と 言 う と、 晴 明 は、 「 お 坊 さ ま は、 不思議なこと を言うお坊さまだなあ。晴明は、何のために、人の供で あるような者を、 取るだろうか」と言うと、 法師が言うことには、 「決 して(非難するつもりはございません) 、あなた様(=晴明様) 、まっ たくもっともなことでございます。しかしながら、 ただお許し下さい」 とわびたので、 (晴明は) 「よしよし、お坊さまが、人(=私)の心を 試 そ う と し て、 式 神 を 使 っ て 来 た こ と が、 う ら や ま し い け れ ど、 ( 自 分に対するふるまいとしては)けしからぬことだと思ったが、ほかの 人を、そのように(=試すことができる対象だと)お心得なさるのが よい。晴明を、どうしてそのようになさる(=試す対象とする)こと ができましょうか、いやできません」と言って、ものを読むようにし て( = 呪 文 を 唱 え て )、 し ば ら く 経 っ た と こ ろ、 外 の 方 か ら 子 ど も が 二人とも走って入ってきて、法師の前に現れたので、その時に、法師 が 申 し 上 げ る こ と に は、 「 本 当 に お 試 し 申 し 上 げ た の で す。 ( 式 神 を ) 使 う こ と は 簡 単 で ご ざ い ま す。 ( し か し ) 人 が 使 っ た の を 隠 す こ と は、 決してできることではございません。今からは、 ひたすら(晴明様の) 御弟子となってお仕え申し上げたい」と言って、懐から(弟子入りの し る し で あ る ) 名 札 を 取 り 出 し て、 ( 晴 明 に ) 受 け 取 ら せ た と い う こ とだ。
全
訳
「宇治拾遺物語」
晴明の術くらべ
⑵
LS1012HR107BZ–03
宇治拾遺物語 ⑧ 異人を こそ 、…たまは め 係り結びの法則。 ○ 係助詞「こそ」の意味→ 強調 ○ 結びの語→文末の婉曲の助動詞 「む」 の 已然形 「め」 。係助詞 「こそ」 の結びになると、 〈…のがよい〉という婉曲な命令の意となる。 ⑨ いかで さることしたまふ べき ここでの 「いかで」 は反語の副詞。 「べ き」 は可能の助動詞 「べし」 の連体形。 「どうしてそのようになさる (= 試す対象とする)ことができましょうか、いやできません」などと訳 す(ただし、 「いかで」を疑問の意で解釈することも可能) 。 ⑩ さ ら に か な ふ べ か ら ず 候 ふ 「 さ ら に 」 は 呼 応( 叙 述 ) の 副 詞。 こ こ で は、 打 消 の 助 動 詞「 ず 」 の 連 用 形 と 呼 応。 「 べ か ら 」 は 可 能 の 助 動 詞「べし」の未然形。 「候ふ」は「あり」の丁寧語の終止形。 「決して できることではございません」などと訳す。 ○ さらに…打消語 → 完全否定 〈まったく (けっして ・ 少しも) …ない〉 ⑪ 候 は ん 「 候 は 」 は「 候 ふ 」 の 未 然 形。 こ こ で は「 仕 ふ 」 の 謙 譲 語 と して用いられている。 「ん」は意志の助動詞の終止形。 ① 去ぬらん 「去ぬ」はナ行変格活用動詞の終止形。 「らん」は現在推量 の助動詞の終止形。 「今ごろは立ち去っているだろう」などと訳す。 ② 候ひつる 童 「候ひ」は四段活用動詞「候ふ」の連用形。 「あり」の丁 寧語で〈ございます〉の意。 「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形。 ③ 二 人 な が ら 「 な が ら 」 は 接 続 助 詞 で 主 に〈 … し な が ら 〉 と い う 同 時 進 行 の 意 と、 〈 … け れ ど も 〉 と い う 逆 接 の 確 定 条 件 な ど の 意 が あ る が、 ここでは〈すっかりそのまま〉という意で「二人とも」などと訳す。 ④ 希有のこと言ふ御坊 かな 「かな」は感動・詠嘆の終助詞。 「不思議な ことを言うお坊さまだなあ」と訳す。 ⑤ 人 の 供 な ら ん 者 こ の「 な ら 」 は、 「 供 」 と い う 体 言 に 接 続 し て い る ので、 断定の助動詞 「なり」 の未然形。 「ん」 は 婉 えん 曲 きょく の助動詞 「ん (む) 」 の連体形。 「人の供であるような者」と訳す。 ⑥ 取ら んずるぞ 「んずる」は、推量の助動詞「んず(むず) 」の連体形。 「ぞ」は係助詞だが、 「 何 の 故に」の「何」のような疑問語を用いた文 末にある場合、疑問の意を強める。 「取るだろうか」などと訳す。 ⑦ 大 き な る ナ リ 活 用 形 容 動 詞「 大 き な り 」 の 連 体 形。 「 大 き 」 の 部 分 を形容詞、 「なる」の部分を助動詞と解釈しないこと。 ▼重要単語チェック▲ □去ぬ=①立ち去る ②過ぎ去る ③死ぬ □賜る=①いただく ②お与えになる □希有=①不思議なこと ②(良くも悪くも)驚くべきこと □やすし(易し)=①簡単だ ②無造作だ ③…しがちだ
■文法チェック
LS1012HR107BZ–04今は昔、 修 しゅ 行 ぎゃう 者 じゃ のありけるが、 津の国まで行きたりけるに、 日暮れて、 竜 泉 寺 と て、 大 き な る 寺 ① の 古 ふ り た る が、 人 も な き、 あ り け り。 こ れ は 人 宿 ら ぬ 所 と い へ ど も 、 そ の 辺 り に ま た 宿 る ② べ き 所 ③ な か り け れ ば 、 ④ いかが せ む と思ひて、 笈 おひ うち下ろして、内に入りて ゐ たり。 不 動 の 呪 じゅ を 唱 へ ゐ た る に、 夜 中 ば か り に ⑤ や な り ぬ ら む と 思 ふ ほ ど に、 人 々 の 声 あ ま た し て 来 る 音 す ⑥ な り 。 見 れ ば、 手 ご と に 火 を と も し て、 人百人ばかり、この堂の内に来集ひたり。近くて見れば、目一つ付きた り な ど、 さ ま ざ ま な り。 人 に も あ ら ず、 あ さ ま し き も の ど も ⑦ な り け り。 あるいは、角生ひたり。 頭 かしら も ⑧ え もいは ず おそろしげなるものどもなり。 今となっては昔のことだが、 (ある)修行者がいたのだが、摂 津の国(=現在の大阪府北部と兵庫県東部)まで行ったところ、 日 が 暮 れ て、 ( そ こ に ) 竜 泉 寺 と い っ て、 大 き な 寺 で 古 く な っ た 寺 で、 人も(住んで)いない寺が、 あった。これは人が泊まらない(ような) 所だけれども、その辺りに、そのほかに泊まることのできる所がなか ったので、どうしたらよいだろうか、いや、どうしようもないと思っ て、笈を下ろして、 (寺の)中に入って 座っ た。 ( お 堂 の 中 で ) 不 動 明 王 を 祈 る 呪 文 を 唱 え 続 け て い る と、 夜 中 ご ろ になっただろうかと思うころに、人々の声が たくさん して(こちらへ 近づいて)来る音がするようである。見ると、手にそれぞれ火をとも して、人が百人ほど、この堂の中に来て集まった。近くで見ると、目 が一つ付いているなど、 さまざまである。人間でもなく、 見苦しい (気 味の悪い)者たちであった。ある者は、角が生えている。頭(=顔つ き)も何とも言いようがなく恐ろしそうな者たちである。