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タイ人日本語学習者の予測能力と 文脈情報

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(1)

1 .はじめに−予測能力とは何か

私たちは日常的な言語生活の中で話し手になったり聞き手になったりしているが、聞き 手に回った際に、話し手の産出する文や談話をただじっと静的に聞いているのであろう か。例えば、「実はね、……」と話を切り出されれば何か話し手がこれから聞き手である 私に新しい情報を提供してくれるということを推し量れるし、意見の対立している中で話 し手が「確かに君の言っていることは……」といい始めたら、私の意見に対して何らかの 反論や抵抗を言ってくるだろうと推測できる。こうしたことは会話の場面だけではない。

あるまとまった文章を読んでいるときでも、次にどんなことが述べられるのかを常に考え ながら読み進めていることもある。このように私たちの言語理解の仕方には、「この次に どんな情報が続くのか」という意識、つまり「予測」という言語的な理解の仕方が常にな

文脈情報

―短作文調査結果の分析―

中山 英治

要 旨

本研究は、日本語母語話者と日本語非母語話者(日本語学習者)の予測文法能 力の一端を明らかにした研究である。本研究では、途中で言い留められた不完全 な文を調査対象者に聞かせて、その後どのような文が続くかを何回かの段階ごと に予測させる調査を行った。本調査で明らかになったことは、大きく分けて3つ の事実がある。第1に、寺村(1987)や市川(1993)などの先行研究の調査結果 と同様に母語話者に関しては、早い段階で述語のタイプとテンスの予測が可能で、

非母語話者に関しては、予測の仕方にばらつきがある点が結果として指摘できた。

第2に、先行研究の調査結果と比べると両者とも予測のスピードが遅くなってい ることが明らかとなった。第3に、本調査結果から、予測能力には当該の文に関 わる文脈情報が影響することがわかった。本研究の結果は、今後の予測能力研究 の方向性や実際の指導法へも示唆を与えるものである。

キーワード

予測文法能力 述語のタイプとテンス 授受動詞と伝達動詞 予測のスピード 文脈情報

(2)

されている。広義には「ある人に会ったらいつもあの話題が出てくる」とか「この場所で はいつもこの話をする」というように社会的な人間関係や場面的な言語環境をも含めて予 測は存在するが、本研究ではもう少し狭義に考えて、当該の一文の中で行われる文法的な 予測が調査の中心となる。具体的に言うと、予測文法研究でよく知られている寺村秀夫

(1987)の調査と同様の調査方法で日本語母語話者の予測と日本語非母語話者の予測を調 査した後にこれらを比較して、予測文法能力の一端を解明したいと考えている。

本研究では、はじめにこれまでの予測に関連する先行研究を概観して、明らかになって いることや問題点を指摘する。その後で本研究の調査方法の説明、先行研究と同調査の結 果の記述、本研究独自の文脈情報の観点からの調査結果の記述、今後の予測研究の方向性 や実際の指導法に対する示唆を示したいと思う。

2.先行研究の整理と問題点

寺村(1987)は、43名の大学生を対象にして、長めの文を文節ごとに短く切って与え1、 その文節ごとに後にどんな言葉が来るかを予測してもらう調査を行った。その結果、かな り早い段階で述語のタイプ(名詞文か形容詞文か動詞文かということ)やテンス形式(ル 形とタ形の区別)などが収束することを解明した。さらに、「名詞+助詞」というつなが りからある一定の動詞を予測するという事実も明らかにした。これを受ける形で、市川

(1993)は、この調査を日本語学習者に対して行い、外国人の場合のばらつきの大きさや 語句・表現の限られていく結果や収束の遅さを指摘した。母語話者の予測能力と非母語話 者の予測能力の異なりを明らかにしたことに加えて、日本語教授法開発に示唆を与える言 及も残した。特に「文全体を見通す文法的能力(社会通念、常識、文化的知識も含めて)は、

ある程度の日本語力が備わって築かれる総合的な力であると同時に、日本語力養成の初期 の段階から方向付けをなされるべき能力であろう。」といった記述からもうかがえるよう に、文全体を見通すという総合的な能力に着目して初級の段階からの方向性を示している 点が重要である。

こうした研究から、後にさまざまな予測能力研究が進んでいった。例えば、大野他

(1996)は、「が・の・に」という特定の助詞に着目して予測の実態を考察した。助詞「の・

が」ともに、その助詞に前接する名詞が動作主として解釈されるためには、それ以外の特 定の言語要素(その他の格)が必要であることを突きとめた。予測能力の解明には、この ような言語要素の結びつきを考慮に入れなければならないという重要な指摘であるとい える。

また、酒井(1995)は、後続する文を完成させる調査を行い、日本語母語話者の産出で は、非常に高い一致度が見られるとして、その日本人の回答を「適切性」の基準とみて外 国人の産出した文を検討している。こうした予測研究の流れはまとめて言うと、予測文中 の当該要素以外の要素に着目する視点を利用したり、社会言語学的、文化的な連想、発想 の観点なども考慮に入れたりして分析するという研究であった。

また、最近の研究に原(2009)がある。この研究では、寺村(1987)と同様の調査を中 級と初級の日本語学習者に実施した結果、日本語学習者らしい予測の存在(中級の連体修

(3)

飾の予測)を指摘している。本研究とは調査対象者の違いや新しく文脈情報の観点から実 施した本調査内容の点で位置づけが異なっているが、本研究とともに現在の予測研究の成 果として評価できる。

これまでの先行研究では、予測という言語現象が様々な領域と関係し、技能ごとにも異 なる姿を持つことなどから、予測に関する一致した定義が見られなかったが、本研究では さしあたり「最も核となる文構造(名詞と助詞のつらなりや助詞から連想される述語)や 当該箇所前後から読み取れる文脈情報を総合的に利用した臨時的な文の生成過程」として おく。

このような予測能力の一端を解明するには、これまで中心に行われてきた文法的な要素 の調査だけでは明らかにできないのではないかという疑問を持ち、部分的な文法的要素だ けではなく、当該文に関与する文脈情報という新しい視点で独自の調査を行い分析した。

寺村(1987)の研究から広がった研究の流れ2には、今後も新しい研究の観点を模索しな がら、さらに解明しなければならない問題が残っているといえる。本研究もそうした研究 の系譜に位置づけられる。

3.本研究の調査の概要と分析方法:寺村(1987)と同様の調査の場合

3.1 本研究の調査の概要

本研究では寺村(1987)と同様の調査文を使用して日本語母語話者と日本語非母語話者 の予測能力を調査することにした。寺村(1987)や市川(1993)3は、夏目漱石の小説の 一節を利用した比較的長い文全体を調査対象としていたが、本研究では複文の予測と単文 の予測は異なるという見通しのもとに複文の前半部分のみを調査対象とした。

調査対象例:「その先生は私に国へ帰ったら」(寺村論文の例の前半部分を使用)

調 査 段 階:「その先生は」段階①

「その先生は私に」段階②

「その先生は私に国へ」段階③

「その先生は私に国へ帰ったら」段階④

3.2 本研究の調査対象者と分析の観点

本研究の調査では、調査対象者として母語話者(京都外国語大学日本語学科生26人)、

タイ人日本語学習者(タイ王国チュラロンコン大学2年生33人:初中級レベル、同大学 4年生9人:上級レベル)に調査を依頼した。例文は、「①その先生は/②私に/③国へ

/④帰ったら」に分けて「この続きにどんな言葉が続きますか。」と聞き、あらかじめ用 意しておいた回答用紙上にその回答を書かせる方法をとった。分析の観点は次の通りで ある。

1)対象者:母語話者(以下NS)と非母語話者(以下NNS)をそれぞれ別々に分析。

2)分析の観点:

 ①文末述語のタイプ(広い範囲の予測)「述語が名詞、形容詞、動詞のどれか」

 ②文末述語のテンス(広い範囲の予測)「述語のテンス形態がル形、タ形のどちらか」

(4)

 ③述語の動詞の種類(狭い範囲の予測)「段階②以降に出てくる授受/伝達動詞」

 ④補語と述語の隣接(狭い範囲の予測)「二格とヘ格に隣接する動詞の種類」

4.本研究の結果

4.1 NS(日本語母語話者)の結果

まず、NSの広い範囲の予測結果を示すことにする。この段階で特徴的なことは、先行 研究でも指摘されているように、述語の形態にばらつきが見られるという点である。助詞 ハは、主題を表す助詞であり、その述語に状態性の述語が来やすいことがわかっている。

本結果でも名詞述語文や形容詞述語文が段階①では多く出現している。ところが、段階② の「その先生は私に」になると途端に状態性の述語形態が少なくなり、動詞述語文に収束 してしまう。助詞が複数出現すると、予測能力として述語形態が固定され始めるというこ とを物語っている。これも先行研究と同様である。

表1 文末の述語のタイプとテンスの予測結果【人数(%)】

NS 名詞 ナ形 イ形 動詞 合計 基本形 タ形 合計

段階① 5 1 3 17 26 20 6 26

その先生は (15.0) (4.0) (12.0) (65.0) (100.0) (77.0) (23.0) (100.0)

段階② 0 0 1 25 26 4 22 26

〜私に (0.0) (0.0) (4.0) (96.0) (100.0) (15.0) (85.0) (100.0)

また、表1を見ると、テンスの収束も述語形態の収束と平行して段階②でタ形に移って いる。このことから、動詞述語文とテンス形式に関連性があると言え、動詞述語文はテン ス的に過去の事態を予測しやすいことが明らかである。このことも従来の結論と同じ結果 である。具体的な例も以下に示しておく。

【段階①の例文】

名 詞 文:〜日本語の先生です、〜とても頑固で厳しい人だ 形容詞文:〜髪が長い、〜授業の進め方が退屈だ

動 詞 文:〜突然教室に入ってきた、〜黒板に字を書いている など

【段階②の例文】

形容詞文:〜とても優しいです

動 詞 文:〜本をくれました、〜よいテキストを紹介してくれました       〜レポートを返した、〜質問をしました など

それでは、次にNSの狭い範囲の予測を見てみよう。NSの段階②から段階④までの予 測でどのような動詞が予測されたかを表2にまとめた。

段階②「その先生は私に」の後の予測では、授受動詞(やりもらい)の割合が高い。こ の結果は、寺村(1987)や原(2009)などの結果と異なりを見せている。先行研究はとも に伝達動詞(言うなど)の割合が比較的高く報告されているが、本調査では割合から見る と授受動詞の方にずいぶん傾いている。また、後から見るがNNSの調査結果も同様に授

(5)

受動詞への傾きが見られた。この2つの事実と先行研究との違いを合わせて考えると、日 本語教育を学んでいる大学生と学習者であるNNSとがともにニ格の後で授受動詞を予測 するといった共通する予測の仕方を持っていることがうかがわれる。予測にはこうした調 査対象者の背景5が影響を与える事実も見逃してはならない。

続いて段階③では、逆に伝達動詞へ収束し、その収束は段階④まで先送りされている。

この段階③で動詞の種類が伝達動詞に収束する傾向を先行研究では、次のように説明して いる。寺村(1987)は、「先に[2]の段階で予想された伝達の動詞の予想が、「国へ」が 出てきたことによって変更されるのではなく、先送りになっている」と指摘し、「「国へ」

と結びつく「帰る」のような動詞で表される叙述内容があって、その後にやはり「(〜せ よと)言う」という型の述語が来ることが予想されている」と説明している。そして、「「帰 る」を命令の形にして(中略)「帰れと言った」という形」にすることがもっとも2つの 予想を無理なく結びつけるものだと説明している。

本調査では、段階②から段階③への先送りは現れなかったので不問にするが、「帰る」

を命令に相当するかたち(帰れ/帰るように/帰りなさい)で伝達動詞に結びつけること についてはまったく同様の結果であった。これは、「NがNにNへ」という文型および「N の名詞的意味(私・先生といった語彙的意味)」からNSがもっとも自然な結びつきを予 想する際の典型なのだと理解できる。

興味深いことはそのプロセスの中で「国へ」と連接する動詞を「帰る」と予想しながら、

それを従属節化させて、「(国へ帰ること)+と言う」や「(国へ帰ること)+ように言う」

のように複文として理解する傾向である。「先生が私に国へ」から一般的に予測すると、

「先生が私に国へ連絡させる(た)」のような使役文も予測できるが、先行研究でも本調査 でもこれは少なかった。格助詞が増え続けた段階で複雑な文構造を予測する際にもある一 定の予測プロセスがあることをうかがわせる。

段階④は、「たら」の出現により従属節として落ち着いてしまう段階である。こうなる と先ほどまでの予測を次のようにまとめあげて、「その先生は 私に[国へ帰ったら][X]

しろ/するように 伝達動詞」という構造を予測するのがほとんどであった。寺村(1987)

にこの[X]の内容について、「日本人なら誰でもこの文脈で思いつきそうな行動」との 言及が見られるが、本調査の予測も無理のない文脈であった。予測にはこうした部分に文 化に関わる内容や言語外的な百科事典的知識などが出てくることがわかる。

表2 文末の述語の動詞のタイプの予測結果 【人数(%)】4

NS 伝達動詞 授受動詞 その他 合計

段階②〜私に 6

(24.0) 14

(56.0) 5

(20.0) 25

(100.0)

〜私に国へ段階③

(85.0)22

↓先送り↓

(92.0)24

(0.0)0 4

(15.0) 26

(100.0)

〜私に国へ帰ったら段階④ 2

(8.0) 0

(0.0) 26.0

(100.0)

(6)

4.2 NNS(日本語非母語話者)の結果

次に上に見たNSと比較しながら、NNSの調査結果を見ることにしよう。分析の観点は、

基本的にNSと同じであるが、対象者の区分に上・下(上級と初中級の差)がある。

4.2.1 NNSの広い範囲の予測

表3 文末の述語のタイプとテンスの予測結果【人数(%)】

上級 名詞 ナ形 イ形 動詞 合計 基本形 タ形 合計

段階① 5 0 1 3 9 8 1 9

その先生は (56.0) (0.0) (11.0) (33.0) (100.0) (89.0) (11.0) (100.0)

段階② 0 0 0 9 9 1 8 9

〜私に (0.0) (0.0) (0.0) (100.0) (100.0) (11.0) (89.0) (100.0)

表4 文末の述語のタイプとテンスの予測結果 【人数(%)】

初中級 名詞 ナ形 イ形 動詞 合計 基本形 タ形 合計

段階① 15 6 4 8 33 29 4 33

その先生は (45.5) (18.2) (12.1) (24.2) (100.0) (88.0) (12.0) (100.0)

段階② 0 1 1 31 33 7 26 33

〜私に (0.0) (3.0) (3.0) (94.0) (100.0) (21.0) (76.0) (100.0)

はじめに文末の述語のタイプだが、市川(1993)では、「日本人に動詞文が多く(60%)、

外国人に名詞文・形容詞文(形容動詞を含める)が多い(計73%)」と指摘している。確 かに本調査でもNSについては段階①で動詞文の予測が多かった(65%)し、上級も初中 級も名詞・形容詞文の予測が多くなっている(上級67%、初中級75.8%)。ここでも本調 査の結果は、先行研究の結果の妥当性を支持している。また、段階②へ進んだときの動詞 文への収束の仕方は、NSと同じように上級も初中級も動詞文へ移行した。さらに動詞文 への収束とあいまって、テンス形態がタ形へ移行している。このことから、段階①や② の予測能力に関しては、学習の早い段階でも同じように予測能力が発揮されているとい える。

4.2.2 NNS(上級)の狭い範囲の予測

続いて、NNS(上級)の狭い範囲における述語の種類の予測を見てみると、次のよう な結果となった。

市川(1993)は、寺村(1987)のNSの結果と比較しながら、段階②ではNSが伝達動 詞を予測するのに対して、NNSが伝達動詞よりも授受動詞を予測していることを指摘し た。この結果は、表5のように本調査においてもまったく同じ結果であった。そして、段 階②で現れなかった伝達動詞が段階③で54%に増えている事実をとらえて、「外国人は日 本人に比べ、補語が1つ多くなってから、日本人に近い予測ができ始めると言えそうであ る。」と記述している。これについては本調査との違いが観察できる。本調査では、表5 を見てわかる通り、段階③でもまだ伝達動詞への収束は始まっているとはいえない。授受

動詞が33%もあって、割合から見ると半分ほど段階②からの先送りが起きているといえ

(7)

る。そして、続く段階④になってはじめて67%となり伝達動詞へ移行する。この事実か ら市川(1993)で指摘された外国人の予測の遅さがさらに1段階遅くなっているとわかる。

ただし、表2で指摘したように本調査のNSの結果でも、寺村(1987)より1段階遅くなっ て伝達動詞に移行したので、あわせて観察すれば、結局のところ、現在のNSとNNSの 予測の速度の差は、やはり1段階分の差があることになり、先行研究の予測速度の差と同 じであるといえる。母語話者の予測レベルと非母語話者の予測レベルがこのようにどう いったデータによっても1段階の差が起きるのかどうかは今後の別調査を待たなければわ からないが、非常に興味深い結果となっている。

また、市川(1993)では、段階②、③の例文の中に使役文が3例、10例(表中には19 例と記載)あげられているが、寺村(1987)では段階③で1例のみである。この点につい て言うと、本調査では、NSで一例も見当たらず、上級2例、初中級9例が見つかってい る。この事実は、NSで予測されにくくてもNNSには予測しやすい文法的知識があると いうことと「NがNにNへ」という文型を「NがNをNへ」という文型と誤って理解 している典型的なNNSの理解不足が反映されているともいえよう。この「私に」と「私を」

の混同は市川(1993)でも「格助詞の取り違え、理解不足が予測に影響を与えていること がわかる」として言及されている。

4.2.3 NNS(初中級)の狭い範囲の予測

それでは、続けてNNS(初中級)の狭い範囲における予測の結果を考察したい。

表6 文末の述語の動詞のタイプ 【人数(%)】6

初中級 伝達動詞 授受動詞 その他 合 計

段階②〜私に 0

(0.0)

(65.0)20

↓半分先送り↓

(32.3)10

(35.0)11 31

(100.0)

〜私に国へ段階③ 6

(19.4) 15

(48.3) 31

(100.0)

〜私に国へ帰ったら段階④ 18

(56.2) 7

(21.9) 7

(21.9) 32

(100.0)

結果としては、表6を見てわかる通り、NNS(上級)と非常に類似する傾向であった。

段階②では授受動詞が優勢となって、段階③でも伝達動詞が出にくい結果であった。そし

表5 文末の述語の動詞のタイプ 【人数(%)】

上 級 伝達動詞 授受動詞 その他 合 計

段階②〜私に 1

(11.0) 6

(67.0)

↓半分先送り↓

(33.0)3

(22.0)2 9

(100.0)

〜私に国へ段階③ 4

(45.0) 2

(22.0) 9

(100.0)

〜私に国へ帰ったら段階④ 6

(67.0) 0

(0.0) 3

(33.0) 9

(100.0)

(8)

て、段階②から段階③への先送りが段階②の半数であるという点まで同じ結果である。

ところが、段階④を見ると、NNS(上級)がこの段階で授受動詞から伝達動詞へ移行 したのに対して、NNS(初中級)ではその移行が部分的であり、授受動詞の率がまだ

21.9%で高いといえる。ここでNNS(初中級)の予測した具体的な例を見ると、次のよ

うな例があった。

1)段階②:その先生は私に国へ、帰らせてくれました。

段階③:その先生は私に国へ帰ったら、まだ手紙がママ送ってくれます。

2)段階②:その先生は私に国へ、案内してくれた。

段階③:その先生は私に国へ帰ったら、「ずっと日本語を勉強してね」と言いました。

3)段階②:その先生は私に国へ、遊びに行きませんかと言いたママ。 段階③:その先生は私に国へ帰ったら、おみやげを買ってくれます。

1)は、授受の形態をそのまま先送りする例である。一方、2)は、授受の形態から伝達 動詞へ移行した例である。実は、段階④で授受動詞の割合が高いままになっている理由 には、授受から伝達への移行の見られる中でこのような先送りが行われただけではなく、

3)に見られるように伝達から授受への予測の移行もあったことが重なっている。つまり、

NNSの予測は、NSに見られた先送りの予測の仕方だけではなく、その都度予測をキャン セルしたり、新しい言語要素によって影響を受けたりする予測の仕方を持っているという ことである。この事実は、先行研究でも市川(1993)、大野他(1996)で関連した傾向が 指摘されている。また、NNSの誤用の増加を見ると、表7のように上級でも初中級でも 段階③でかなり増えて、段階④でまたおさまっていくという現象も見られた。段階③の 予測は、その文の構造から見ても非常に予測がしづらい段階であり、先行研究でも大野他

(1996)では、同じ段階で「初級、上級とも半数が非文となってしまった」と報告している。

狭い範囲における単一な文法的形態や一語ごとの言語要素などからNNSの予測が影響を 受けることとともに、文の構造も予測に大きな影響を与えることがわかる。

表7 段階②−④におけるレベル差ごとの正用と誤用の例文数

レベル差ごとの 正・誤の例文数

NNS(上級) NNS(初中級)

正 誤 正 誤

段階② 7 2 27 6

段階③ 3 6 12 21

段階④ 6 3 26 7

これまで本調査における先行研究を引き継いだ同様の調査結果をNSとNNSにわけて 考察してきた。結果として先行研究で解き明かされた事実を支持するデータが本調査でも 出てきた。そして、予測能力には文内のローカルな文法形態だけでははかることのできな い文構造の影響ということも指摘できた。文の構造というものは広い意味では文法的な要 素と言えなくもない。そこで次に文法的な要素とは異なった意味の観点から予測の影響を 見るために文脈情報の観点からデザインしたもう一つの調査結果を分析したいと思う。

(9)

5 .文脈情報の観点から見た予測能力(独自調査の場合)

当該言語要素以外の要素が予測にどのような影響を与えるかという面は、少なからず先 行研究でも分析されてきた。例えば、大野他(1996)では、「名詞+に」の後の予測では、

「動作主として捉える予測には、それ以外の特定の言語要素が一般的に必要である」とし、

「名詞に+場所へ」という言語要素の追加を指摘している。このように言語要素が積み重 なって意味の層が生まれるとき新たな予測の可能性が広がる。本研究では、予測に影響を 与える要素として当該文に関連する文脈情報からの影響を考察するために次のような調査 を実施した。

5.1 文脈情報の観点からの調査方法

助詞ニには、「彼に手紙を渡す」の相手の意味や「彼に殴られた」のような「動作の主 体」の意味がある。この助詞ニの意味に着目して、助詞ニを含む例文について、これまで の調査と同様にその続きを予測してもらう方法でデータを採集した。調査対象者は、同じ く日本語母語話者(京都外国語大学日本語学科生26人)と日本語非母語話者(タイ王国 チュラロンコン大学2年生33人:初中級レベル、同大学4年生9人:上級レベル)であ る。使用した例文は、「鈴木さんに」と「字の上手な鈴木さんに」で、それぞれその続き を1回だけ(1段階だけ)予測してもらった。

5.2 文脈情報の観点からの調査結果

上の例文で得た調査結果は以下の表8の通りであった。NSとNNS(上級・初中級)ご とに表す。表中の数字は、人数と全体の数に対する割合である。表中の上段は修飾語が付 かない「鈴木さん+助詞ニ」の「鈴木さん」の意味解釈の分布である。例えば「鈴木さん に話しかけました。」のように相手格の意味に解釈できる例が非常に多く17例(65.0%)

であった。一方、下段は修飾語の付いた「字の上手な鈴木さん+助詞ニ」であるが、こち らになると、「鈴木さんに告白された。」のような動作の主体に解釈できる例が増えて、19 例(73.0%)となった。この事実から、裸のひと名詞に助詞ニが付いた場合、その当該文 の動作の対象として相手の意味となるが、修飾語が付いた場合、一転してその当該文の動 作の主体の意味に変わってしまうという予測の違いが見てとれるのである。本調査の場合 は、修飾語要素としてプラス評価の高い「字の上手な」であったため、「その価値の付い た人に何かをしてもらう」文脈が生じたと考えられる。もしも、「病院から退院したばか りの」や「病み上がりの」などのマイナスの意味が修飾語として付いたなら、予測の状況

表8 「ひと名詞+に」と「修飾的要素+ひと名詞+に」の比較(NS)【人数(%)】

NS(大学生26人) 鈴木=動作主 鈴木=相手 合計

鈴木さんに 9 17 26

(修飾語なし) (35.0) (65.0) (100.0)

字の上手な鈴木さんに 19 7 26

(修飾語あり) (73.0) (27.0) (100.0)

(10)

が変わっただろうと推測できる。このように、NSの予測では、文脈情報からの意味の影 響を多分に受ける事実が指摘できるのである。

それではNNSではどうだろうか。非常に興味深いことに、NNS(上級)もNNS(初中級)

ともに全く同じ傾向が見られた。つまり、どちらの場合もNSと同じように修飾語の付か ない裸のひと名詞では、「鈴木さん」が動作の向かう対象としての相手格の意味に予測さ れ、修飾語が付いた場合、「(字の上手な)鈴木さん」が動作の主体に予測されるというこ とである。このように文脈情報から影響を受ける予測に関しては、母語話者の予測の方向 性と非母語話者の予測の方向性が一致するという事実が明らかとなるのである。母語話者 と非母語話者の予測の違いは文法的な観点から見ると、先行研究でも本調査でも速度の違 いとして立ち現れたが、意味的な観点から見ると、このような予測上の一致が確認できる のである。文脈情報(予測する者が持つ知識や背景と言ってもよい)が言語的な予測に多 大な影響を持っているという事実は、今後の予測研究を大きく進めることにつながる。

表9 「ひと名詞+に」と「修飾的要素+ひと名詞+に」の比較(NNS)【人数(%)】

NNS(上級9人) 鈴木=動作主 鈴木=相手 合計

鈴木さんに 0 9 9

(修飾語なし) (0.0) (100.0) (100.0)

字の上手な鈴木さんに 6 3 9

(修飾語あり) (67.0) (33.0) (100.0)

表10 「ひと名詞+に」と「修飾的要素+ひと名詞+に」の比較(NNS) 【人数(%)】

NNS(初中級33人) 鈴木=動作主 鈴木=相手 合計

鈴木さんに 12 21 33

(修飾語なし) (36.4) (63.6) (100.0)

字の上手な鈴木さんに 25 8 33

(修飾語あり) (75.8) (24.2) (100.0)

6.日本語母語話者のコロケーション結果との比較

ここまで寺村(1987)と同様の調査と文脈情報の観点からみた独自の調査の2つの結果 を詳細に述べてきた。先行研究で明らかにされた結論を支持するのに十分な結果を示すこ とができ、また、予測に与える文脈情報の影響を新たに指摘することもできた。

本調査では、母語話者として日本語教育を専攻とする大学生を対象としたが、もう少し 一般的な母語話者の傾向を知るためにコロケーションの傾向を示しておきたいと思う。語 と語の結びつく現象をコロケーションと呼ぶが、予測という現象は、無制限に何でも次の 要素を想起しているわけではなく、コロケーションの傾向に支えられて起きているとも言 える。ここでは、そうした母語話者のコロケーションの実態を観察して、それと非母語話 者の予測した結果とを比較して、非母語話者の予測の傾向を考察したいと思う。

(11)

今回、利用したのは、ウェブ上で誰にでも簡便に使用できる検索ソフト「茶漉7:日本 語用例・コロケーション抽出システム(一般公開版)」である。具体的には、「国へ」に続 く要素と「(動作主Nは)私に」に続く要素を検索・抽出した。

表11 ウェブ上簡易検索ソフト「茶漉」のコロケーション結果(対象:青空文庫)

「国へ」に後続する動詞

全調査例数119例【例数(%)】 「(動作主は)私に」に後続する要素 全調査例数82例【例数(%)】

帰る53(45) 言う15(18)

行く11(9) 使役7(9) / 受身4(5)  合計11(14)

来る10(8) 話す6(7)

聞く4(5)

(て)くれる3(4)

コロケーション結果は次の通りである。まず「国へ」の後に非常に多くの「帰る」とい う動詞が結びついていた。また、「私に」の後では、伝達動詞「言う」が割合として最も 高く、続いてボイス形態、伝達動詞「話す・聞く」、授受形態という順番であった。この 表11の結果は、本調査のNSの結果と比べると、「国へ」に続く要素として「帰る」とい う動詞が続く点は全く一致しているが、「私に」に続く要素の方は、4.1でも述べた通り、

伝達動詞よりも授受動詞の方が傾向が高かったので一致していない。この点に関しては、

寺村(1987)の結果の方が近い予測だったと言える。では、NNSの方はどうだろうか。

NNSの予測結果を比べると、やはり「国へ」に続く要素として「帰る」が圧倒的に予 測されていて、母語話者、非母語話者に関わらず傾向が一致している。一方、「私に」の 方は母語話者と同様の結果でコロケーションと少しずれて授受動詞が予測されていた。つ まり、非母語話者の予測傾向には、母語話者の一般的なコロケーションと一致する点も見 られれば、日本語教育専攻の学生というような限定的な調査対象者の傾向と一致する点も 見られるということである。私たちが日常の言語運用の中で「国へ+帰る」という結びつ きを頻繁に使用しているとして、NNSの予測でもそれに類似する予測が起きるというわ けである。

ただし、NNSに関するこの事実は、「目標言語の日本語での現象」なのか「母語(母国 語)での現象」なのかということと関連するので、短絡的な結論は避けなければならない。

しかし、少なくとも予測の力を学習者のために指導する場合や学習の際の予測力のトレー ニングで評価のよりどころとして、コロケーションを利用することもできるだろう。また、

目標言語での予測能力と母語(母国語)での予測能力とは、どのように関係しているのか という新しい視点も同時に必要となってくるだろう。

7 .おわりに−予測能力研究の進むべき方向性

本研究では、寺村(1987)からの研究の系譜を重視して、日本語母語話者と日本語非母 語話者の予測能力の解明のために様々な調査や分析を進めた。結論として次のことがわ

(12)

かった。

(1) 寺村(1987)や市川(1993)などの先行研究の調査結果と同様に母語話者に関して は、早い段階で述語のタイプとテンスの予測が可能で、非母語話者に関しては、予 測の仕方にばらつきがあることが明らかになった。

(2) 先行研究の結果と比べると、伝達動詞と授受動詞の予測のされ方に異なりが見られ、

日本語母語話者と日本語非母語話者ともに予測のスピードが遅くなっていることが 明らかとなった。

(3) 本調査から、予測の当該言語要素にともなう文脈情報(意味の観点)から予測に対 して影響があることがわかった。

タイ人学習者だけに限らず、学習者の予測にばらつきが見られることを正しいとするな らば、日本語母語話者の持つ予測の傾向をもっと十分に調査して、それを今後の日本語教 育の現場で応用していき、予測研究の実用化を考えていくべきである。6.で見たようなコ ロケーションの利用も同じく価値があると思われる。また、本調査結果からは学習者の母 語から影響を受けたような予測が見られなかったが、文脈情報や社会的な知識や背景から どのような影響が見られるのかも予測研究の中に取り入れていかなければならない。さら に技能別の予測能力の解明も非常に重要な課題となるだろう。

予測研究の歴史は古く、すでにさまざまな研究の拡大や深化が進んでいるが、予測研究 にはまだわからないことも多い。今後も新しい調査・研究をデザインする必要があるし、

それをもっと積極的に教育に応用していく実践も必要であろう。こうしたことはすべて今 後の課題8である。

謝辞  本研究のために協力してくださった調査対象者すべての皆様に感謝いたします。ま た、査読の先生方からは有益な助言をいただきました。記してお礼申し上げます。

1 寺村(1987)は、「その先生は/私に/国へ/帰ったら/父の生きている/うちに早く財産を分 けて貰えと勧める/人であった。(夏目漱石「こころ」)」を使用して、/の部分で分けて提示した。

2 ここで引用した先行研究は、予測文法研究を中心に引いてある。この他にも読解の予測、聴解の 予測研究など予測研究の拡大は広がっている。

3 市川(1993)は、寺村(1987)と同様の例を使用して、「その先生は/私に/国へ/帰ったら/

父の生きている/うちに早く/財産を/分けて貰えと/勧める/人/であった。(夏目漱石「こ ころ」)」の10箇所で分析している。

4 表1の段階①の合計例文数が25になっているのは、段階②で形容詞文が1例あったためである。

5 ここで言う背景とは、例えば、社会的な生活や営み、社会人か学生かといった属性、職種や業種 などが考えられる。本調査の対象者らは、日本語教育学を専攻とする大学生と日本語の学習者で あるところに同じ背景を持っている。

6 表6の合計欄が31、32例文数となっているが、これは33人分の例文のうち考察の対象からはず した形容詞文や途中で予測をストップさせていた例による。

7 茶漉:(http://tell.fll.purdue.edu/chakoshi/public.html)。このウェブサイトには、コーパス資料 として「青空文庫」と「名大会話コーパス」があり、本調査では「青空文庫」を用いた。

8 現在の研究水準では、予測の定義や言語技能ごとの予測の実態など、予測研究の全体像をイメー

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ジするだけのデータがまだ十分ではない。今後の予測研究の新たな拡大が望まれる。

参考文献

市川保子(1993)「外国人日本語学習者の予測能力と文法知識」『筑波大学留学生センター日本語教育 論集』8号、pp. 1-18、筑波大学留学生センター

大野早苗・堀和佳子・八若寿美子・池上摩希子・内田安伊子・郭末任・許夏珮・長友和彦(1996)

「予測文法能力―後続文完成課題から見た日本語母語話者と日本語学習者の予測能力について―」

『日本語教育』91号、pp. 73-83、日本語教育学会

酒井たか子(1995)「文の適切性判断のための一試案―後続文完成問題における日本人との比較―」

『筑波大学留学生センター日本語教育論集』10号、pp. 19-28、筑波大学留学生センター

寺村秀夫(1987)「聞き取りにおける予測能力と文法的知識」『日本語学』6巻3号、pp. 56-68、明治 書院

中山英治(2008)「短作文調査からみたタイ人日本語学習者の予測能力―寺村秀夫(1987)からの研 究の系譜―」寺村秀夫先生生誕80周年記念セミナー発表資料 チュラロンコン大学文学部日本 語講座

原やす江(2009)「日本語学習者の予測能力と文法知識―学習レベルに現れた特徴と日本語習得過程」

『城西国際大学紀要』第17巻第2号、pp. 31-51、城西国際大学(国際人文学部)

参照

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