弘 法 大 ,師 の ﹁ 十 喩 を 詠 ず ろ 詩 ﹂ に つ い て 三 五 八
弘
法
大
師
の
﹁十
喩
を
詠
す
る
詩
]
に
つ
い
て
神
代
峻
通
一 私 は 弘 法 大 師 の 詩 文 を 愛 誦 す る 。 そ れ は ま こ と に 巧 み で あ り 、 美 し い か ら で あ る 。 大 師 が 文 章 家 で あ り 、 詩 人 で あ る こ と は 、 世 の 學 者 や 文 學 者 の 既 に 賞 揚 す る 通 り で あ る 。 け れ ど も 、 私 が 愛 誦 す る の は 、 唯 だ 、 そ れ が 巧 み で あ り 、 美 し い か ら 丈 け で は な い 。 更 ら に 、 よ り 多 く 、 そ れ が 貴 い か ら で あ る 。 私 の 心 の 生 活 に 銘 す る と こ ろ が 深 い か ら で あ る 。 私 の 道 徳 私 の 覺 悟 、 私 の 信 仰 の 強 い 頼 り と な る か ら で あ る 。 言 ひ 換 へ る と 、 私 の ﹁ 心 の 技 術 ﹂ 即 ち ぜ ー レ ン テ ク ニ ー ク の カ あ る 指 針 と な る か ら で あ る 。 ﹁ 心 の 技 術 ﹂ は 、 所 謂 處 世 術 と は 違 ふ 。 處 世 術 は 利 己 を 目 的 と す る 杜 交 的 技 術 に 過 ぎ な い が 、 ﹁ 心 の 技 術 ﹂ は ﹁ 悟 り ﹂ で あ る 。 吾 々 は 、 世 に 生 き て 行 く 内 に 、 人 に 誤 解 せ ら れ 、 又 だ 、 人 に 傷 づ け ら れ て 苦 し む こ と の 多 い も の で あ る 。 然 し 、 自 分 丈 け が 、 人 に 誤 解 せ ら れ 、傷 づ け ら れ て 苦 む の で は 無 く 、 實 は 自 分 も 亦 た 人 を 誤 解 し 、 人 を 傷 づ け , 人 を 苦 し め て ゐ る も の な の だ 。 吾 々 は 善 い こ と を し て ゐ ると 思 つ て ゐ る 時 で さ へ 、 悪 い こ と を し て ゐ る 場 合 が 少 く な い 。 或 る 哲 人 が 言 つ た 様 に 、 吾 々 は 自 分 で 思 つ た よ り 以 上 に 善 い こ と を し て ゐ る も の で あ る と 共 に 、 亦 た 自 分 で 思 つ た よ り 以 上 に 悪 い こ と を し て ゐ る も の で あ る 。 恁 う い ふ 誤 解 、 曲 解 、 半 解 、 無 知 な ど の 爲 め に 、 親 と 壬 が 、 夫 と 婦 と が 、 兄 弟 姉 妹 が 、 友 と 友 が 、 先 生 と 生 徒 が 、 人 々 が 、 家 と 家 が 、 國 と 國 が 、 自 分 で 苦 し み 、 人 々 苦 し め 、 皆 で 苦 し ん で ゐ る の で あ る 。 こ の 無 知 と 半 解 と 曲 解 と 誤 解 と を 取 り 去 つ て 、 本 當 に 明 か な 心 を も ち 、 そ し て そ の 様 に 振 舞 ふ こ と が ﹁ 心 の 技 術 ] で あ る 。 だ か ら 、 ﹁ 心 の 技 術 ﹂ は 、 深 い 人 生 觀 と 宇 宙 觀 と を 必 要 と す る の で あ る 。 け れ ど も 、 そ れ は た " 理 解 丈 け で は な く て 、 練 達 を 意 味 す る 。 技 術 の 技 術 た る 所 以 は こ ゝ に 在 る の だ 。 私 は 弘 法 大 師 の 詩 文 の 内 に 、 左 様 し た 技 術 乃 至 ﹁ 悟 り ] を 感 じ る の で あ る 。 左 様 い ふ 意 味 で 、 弘 法 大 師 の 詩 文 は 、 私 の 心 の 糧 で あ り 、 靈 の 養 い で あ る 。 私 は 所 々 を 暗 記 し て 、 暗 誦 し 念 誦 し て そ の 精 神 を 味 ふ よ う に 常 に 努 め て ゐ る 。 私 は 、 詩 文 は 、 觀 念 や 思 想 と 共 に 、 精 神 で あ ろ う と 思 ふ 。 そ れ は 志 向 を も ち 、 力 を も つ 。 そ れ は 吾 々 を 動 か し 、 感 化 し 、 命 令 し 、 鼓 吹 す る 。 凡 て 詩 文 と い ふ も の は 、 左 様 い ふ 生 命 を も つ て ゐ る も の で あ る が 、 弘 法 大 師 の 詩 文 に 親 し む 時 に 、 私 は 一 入 そ の 感 じ を 深 く す る 。 そ こ に 精 神 と 生 命 と の 強 き 働 き を 感 じ る 。 そ の 生 命 と 精 神 と が 、 私 に は 、 美 し く . 特 に 貴 い の で あ る 。 、弘 法 大 師 の ﹁十 楡を 詠 ず る 詩 ﹂ に つ い て 三 五 九
弘 法 大 師 の ﹁ 十喩を 詠 ず る 詩 」 に つ い て こ 一 六 〇
興教
大
師
の
﹁
初
心
行
者
要
文
﹂-興
教
大
師
全
隼-に
は
、
眞
言
宗
を
學
び
修
む
る
人
の
入
門
書
と
し
て
、
十
数
種 の 書 物 が 擧 げ て あ る が 、 そ の 中 に ﹁ 一 つ に は 大日 經 、 二 つ に は 同 疏 -大日 經 疏-、 三 つ に は 大 師 の 御 作、 性 靈 集 等 云 々 ] と あ る 。 興 教 大 師 が 特 に 性 靈 集 を 初 心 行 者 の 要 書 と せ ら れ た の は 、 眞 に 當 然 の こ と で あ る と 思 ふ 。 性 靈 集 は 弘 法 大 師 の 詩 文 集 で あ る 。 こ の 性 靈 集 の 第 九 卷 に ﹁ 詠 + 喩 詩 ﹂ と い ふ の が あ る 。 私 は こ の 詩 に つ い て 所 見 を 述 べ た い と 思 ふ 。 實 翁 の 性 靈 集 鈔 第 十 七 卷 の 詠 十 喩 詩 の 冐 頭 に は ﹁ 十 喩 九 想 の 兩 篇 は 從 來 の 諸 師 、 席 を 捲 い て 講 す る こ と 莫 し 。 未 だ 其 の 然 る 所 以 を 知 ら ざ る な り 」 と あ る 。 そ の ﹁ 然 る 所 以 ] を 尋 ね る の も 興 味 が あ り 、 又 必 要 で あ ら う け れ ど も 、 今 は た " 、 私 の 實 践 的 興 味 の 上 か ら 、 少 し の 所 見 を の べ る つ も り で あ る 。 初 に、 詩 の 全 文 を , 假 名 ま じ り の 文 に し て 、 掲 げ る こ と に す る 。 け れ ど も 、 か く 書 き 改 め る に は 、 私 の 恁 意 に 依 ら ず、 假 名 付 性 靈 集 第 九 卷 と 前 記 の 性 靈 集 鈔 第 十 七 卷 と 運 敝 の 性 靈 集 便 蒙 第 十 卷 と 弘 法 大 師 全 集 第 三 輯 等 の 文 に 據 つ た の で あ る 。 こ れ ら の 諸 書 の 間 に は 、 字 の 違 い や 、 讀 方 の 相 違 が あ る の で 、 そ れ は 、 そ の 箇 所 そ の 箇 所 に 註 を つ け る こ と に し た 。 二 全 體 は 十 の 詩 か ら 成 つ て ゐ る 。三 如 幻 の 喩 を 詠 す (一) 吾 、 諸 法 を 觀 ず る に 、 譬 へ ば 幻 の 如 し
總
て
是
れ
衆
縁
の
合
成
す
る
所
な
リ
一 箇 の 無 明 と 、 諸 の 行 業 と 中 に あ ら す 、 外 に あ ら す 、 凡 情 を 惑 は す 三 種 の 世 間 、 造 り 造 ら る ゝ と こ ろ の も の * * こ の 二 句 は 筆 者 の 考 へ に よ つ て 書 き 改 め た 十 方 の 法 界 、 水 蓮 城 . 空 に 非 ず 、 有 に 非 ず 、 中 道 を 越 へ た り 三 諦 宛 然 と し て 、 像 名 を 離 れ た り春
園
の
桃
李
は
、
肉
眼
を
眩
か
す
秋
水
の
桂
光
は
、
幾
か
嬰
を
醉
は
し
む
楚 澤 の 行 雲 は 無 に し て 、 復 た 有 な り 洛 川 の 廻 雪 は 、 重 う し て 、 還 つ て 輕 し 封 著 し て 狂 迷 す れ ば 、 三 界 熾 な り 弘 法 大 師 の ﹁ 十 喩 々 詠 ず る 詩 ﹂ に つ い て 三 六 一弘 法 大 師 の ﹁ 十喩を 詠 ず る 詩 ﹂ に つ い て 三 六 二 能 く 觀 じ て 、 取 ら ざ れ ば 、 法 身 清 し 咄 哉 、 迷 者 、 孰 か 此 れ を 觀 ず る * 孰 も 此 れを 觀 ぜ よ ( 便 蒙 、 鈔 ) 超 越 し て 、 阿 字 の 營 に 、 還 歸 せ よ 。 (二) 陽 焔 の 喩 を 詠 ず 遲 遅 た る 春 の 大 、 風 光 動 く 陽 焔 、 紛 紛 と し て 、 曠 野 に 飛 ぶ 體 を 擧 つ て 、 空 空 に し て 、 所 有 な し 狂 兒 、 迷 渇 し て 、 逐 ひ に 、 歸 ら ん こ と を 忘 る * 歸 る こ と (全 集 ) 遠 う し て 有 に 似 た れ ど も 、 近 う し て 物 無 し * て は ( 全 集 , 鈔 ) 走 馬 流 川 、 何 れ の 處 に か 依 る 妄想 談 議 し て、 假 名 起る * 妄 想 談 議は、 假 名 よ り 起 る (便 蒙、 鈔 ) 丈 夫 、 美 女 、 城 圍 に 満 て り 男 と 謂 ひ 、 女 と 謂 ふ 、 是 れ 迷 へ る 思 ひ な り 覺 者 と 賢 人 と 見 る は 、 則 ち 非 な り * 見 る (便 蒙 ) 五 薀 皆 空 は 、 眞 實 の 法
四 魔 と 佛 と 、 亦 た 夷 希 た り * な り ( 便 蒙 、 鈔 ) 喩 伽 の 境 界 は 、 特 に 奇 異 な う 法 界 の 炎 光 、 自 ら 相 ひ 暉 く 慢 ず る こ と 莫 れ 、 欺 く こ と 莫 れ ヤ 是 れ 假 物 、 假 の 物 ( 全 集 ) 大 空 三 昧 は 、 是 れ 吾 が 妃 な り 。 三 如 夢 の 喩 を 詠 ず 三 念 の 眠 り の 中 に 、 千 萬 の 夢 あ り 乍 ち に 娯 み 、 乍 ち に 苦 ん で 、 籌 る こ と 能 は ず 人 間 と 地 獄 と 天 閣 と 一 た び は 哭 し 、 一 た び は 歌 つ て 、 幾 許 の 愁い ぞ * 愁 へ ぞ (便 蒙 、 鈔 ) 睡 り の 裏 に は 實 眞 に し て 、 覺 む れ ば 見 へ ず 還 つ て 知 ん ぬ 、 夢 の 事 は 虚 狂 に し て 、 優 な る こ と を * 又 た 憂 に 作 る 無 明 の 暗 室 の 長 眠 の 客 世 の 中 に 處 て 、 多 か る も の は 憂 な り 悉 地 の 樂 宮 も 愛 し 取 る こ と 莫 れ 弘 法 大 師 の ﹁ 十 喩 々 詠 す る 詩 ﹂ に つ い て 三 六 三
弘 法 大 師 の ﹁ 十 喩 々 詠 ず る時 ﹂ に つ い て 三 六 四
有
中
の
牢
獄
に
は
留
る
須
ら
ず
剛 柔 、 氣 聚 れ ば 、 浮 生 出 づ 地 水 、 縁 窮 ま れ ば 、 死 し て 休 す る が 如 し輪
位
と
王
侯
と
卿
相
と
春 は 榮 え 、 秋 は 落 つ 、 逝 る こ と 流 る ゝ が 如 し * ゆ く ( 全 集 、 便 蒙 、 鈔 )深
く
修
し
て
觀
察
す
れ
ば
、
原
底
を
得
大 日 圓 圓 と し て 、 萬 徳 周 ね し(四)
鏡
中
の
像
の
喩
を
詠
ず
長
者
の
樓
の
中
の
、
圓
鏡
の
影
秦
王
の
台
の
上
の
、
方
丈
の
相
知 ら ず 、 何 れ の 處 よ り か 、 忽 ち に 來 去 す る此
れ
は
是
れ
、
因
縁
所
生
の
状
な
リ
有 に 非 ず 、 無 に 非 ず 、 言 説 を 離 れ た り 世 人 思 慮 す る に 、籌 量 を 絶 つ * 世 人 の 思 慮 は ( 便 蒙 、 鈔 、 全 集 ) 言 ふ こ と 莫 れ 、 自 作 と 共 と 他 起 と外 道 、 邪 人 は 、 虚 妄 に 繞 は る 心 神 と 衆 生 と 、 同 異 に あ ら ず 因 縁 に し て 顯 る こ と 、 猶 を 響 の 如 し * 猶 し ( 全 集 ) 閑 房 に 、 攝 念 し て 、 無 明 断 へ *斷 じ ( 全 集 、 便 蒙 、 鈔 ) 蘭 室 に 、 香 を 焚 い て 、 讃 の 響 き 暢 ぶ 三 密 寥 寂 と し て 、 死 灰 に 同 じ * 同 じ け れ ば ( 鈔 ) 諸 尊 、 感應 し て 、 忽 ち に 、 來 り 訪 ら ふ * 訪 ふ ( 全 集 、 便 蒙 、 鈔 ) 喜 ぶ こ と 莫 れ 、 嗔 る こ と 莫 れ 、 是 れ 法 界 な り 法 界 と 心 と は 、 異 詳 な し * 便 蒙 に は ﹁ 詳は 況 に 作 ろ べ し ﹂ と あ リ 、 鈔 に に﹁ 群 に 作 る 可 し ﹂ と あ る 。
(五)
乾
闥
婆
城
の
喩
を
詠
ず
海 中 嚴 麗に し て 、 城 櫓 を 見 る 走 馬 、 行 人 、 南 北 東 す 愚 者 は 、 乍 ち に 觀 て 、 實 有 り と 爲 す 智 人 は 能 く 假 に し て 、 空 な り と 識 る 天 堂 と 佛 閣 と 人 間 の 殿 と 弘 法 大 師 の ﹁ 十 楡 々 詠 す る 詩 ﹂ に つ い て弘 法 大 師 の ﹁ 十 喩 々 詠 す ろ 詩 ﹂ に つ い て 三 六 六 有 に し て 還 つ て 無 な る こ と 、 此 れ と 同 じ 咲 つ 可 し 、 嬰 兒 、 愛 し 取 る こ と 莫 れ 能 く 觀 じ て 、 早 く 眞 如 の 宮 に 住 す べ し . 觀 す れ ば ⋮ ⋮ 佳 す ( 鈔 ) (六) 響 の 喩 を 詠 ず 口 中 、 峡 谷 、 空 堂 の 裏 風 氣 相 ひ 撃 つ て 、 聾 響 起 る 若 し は 愚 、 若 し は 智 、 聴 き 同 じ か ら す 或 は 嗔 り 、 或 は 喜 ぶ 、 相 似 た る に 匪 ら ず 因 縁 を 尋 ね 覚 む れ ば 、 曾 て 無 性 な り 不 生 不 滅 に し て 、 終 始 な し 一 心 に 安 住 し て 、 分 別 す る こ と 無 れ
内
風
外
風
吾
が
耳
を
証
か
す
( 七) 水 月 の 喩 を 詠 す 桂 影 團 團 と し て 、 寥 廓 に 飛 ぶ 千 河 萬 器 、 各 暉 り を 分 つ法 身 寂 寂 と し て 、 大 空 に 住 す 諸 趣 の 衆 生 、 互 に 入 歸 す 水 中 の 圓 鏡 は 、 是 れ 鶴 れ る 物 身 上 の 吾 我 も 、 亦 た 復 た . 非 な り 如 如 不 動 に し て 、 人 の 爲 め に 説 き 兼 ね て 、 如 來 大 悲 の 衣 を 着 よ * 大 慈 (全 集 ) ( 八) 如 泡 の 喩 を 詠 す 天 兩 濛 濛 と し て 、 天 上 よ り 來 る 水 泡 種 種 に し て 、 水 中 に 開 く 乍 ち に 生 じ 、 乍 ち に 滅 し て 、 水 を 離 れ す 自 に 求 め 、 他 に 求 む る に 、 自 業 裁 す * 因 業 ( 全 集 ) 即 心 の 變 化 、 不 思 議 な り 心 佛 、 之 れ を 作 す 、 怪 み 猜 ふ こ と 莫 れ 萬 法 、 自 心 、 本 と 三 體 此 の 義 を 知 ら す 、 尤 も 哀 む べ し 弘 法 大 師 の ﹁ 十 喩 々 詠 す る 詩 ﹂ に つ い て 三 六 七
弘 法 大 師 の ﹁ 十 喰 々 詠 す る 詩 ﹂ に つ い て 三 六 八
(九)
虚
空
華
の
喩
を
詠
す
空 華 、 灼 灼 と し て 、 何 の 實 か あ る 無 色 、 無 形 に し て 、 但 し 、 名 の み 有 り 染 浄 は 元 よ り 來 た 、 動 ず る こ と 能 は ず 雲 霧 、 壹 晴 す る を 、 濁 清 と 名 つ く 實 相 、 如 如 に し て 、 三 味 の 法 な り 迷 人 、 妄 り に 、 三 界 の 城 を 見 る 四 魔 三 毒 は 、 空 が 幻 な り 怖 れ 莫 く、 驚 く こ と莫 う し て 、 六 情 を 除 く ◎ ※ 怖 るゝ こ と 莫 く ( 全 集 、 便 蒙 、 鈔 ) ◎ 除 け ( 便 蒙 、 鈔 、 全 集 ) (十) 施 火 輪 の 喩 を 詠 す 火 輪 、 手 に 随 つ て 、 方 と 圓 と な り 種 種 の 變 形 は 、 意 に 任 せ て 遷 る 一 種 の 阿 字 、 多 く 施 轉 す 無 邊 の 法 義 、 茲 れ に 因 つ て 宣 ぶ三 こ の 詩 は 、 そ の 跋 文 に よ る と 、 そ の 修 養 に 資 す る 爲 め に 、 東 山 の 廣 智 禪 師 に 贈 ら れ た も の で あ る 。
﹁
砦
是
の
十
喩
の
詩
は、
修
行
者
の
明
鏡、
求
佛
の
人
の
舟
筏
な
り
。
一
た
び誦
し
、
一
た
び諷
ず
れ
ば
、
塵
卷
興 ん じ て、 義 を 含 み、一 た び 觀 じ、 一 た び 念 ず れ ば 、 沙 軸 と 将 ん じ て 、 以 て 理 を 得 ﹂ と あ る の で 分 る 。 こ の ﹁ 修 行 者 の 明 鏡 ﹂ と ﹁ 求 佛 の 人 の 舟 筏 ﹂ と は 同 一 の 意 味 の 句 で あ ら う が 、 性 靈 集 便 蒙 及 び 同 鈔 に は、 大 日 經 疏 の 文 を 引 い て、 ﹁ 此 の十 喩 は、 皆 な 是 れ 摩訶衍 の 人 の 甚 深 の 縁 起 な り 。聲聞、 緑 覺 の 安 足 の 處 に 非 ず ﹂ と 註 が し て あ る 。 こ れ に 依 る と 、 十 喩 は 眞 言 宗 の 悟 り を 偶 し た も の で 、 從 つ て こ の 十 喩 を 觀 察 し 會 得 す れ ば 、 そ の ﹁ 悟 り ﹂ に 達 す る こ と の 出 來 る も の な の で あ る 。 そ し て か く 十 喩 を 觀 す る こ と を ば 、 十 喩 觀 と 稱 へ る の で あ る 。 と こ ろ で 、 こ ゝ に ﹁ 悟 り ﹂ と 云 ふ の は 、 縁 生 、 詳 し く は 、 從 因 縁 生 を 理 解 す る こ と を い ふ 。 人 間 界 、 自 然 界 、 物 質 界 、 精 神 界 等 あ ら ゆ る 世 界 の 事 實 即 ち 法 界 は 凡 て 因 縁 の 合 成 す る も の で 、 不 變 常 住 の 實 體 は な い と い ふ こ と の 會 得 を い ふ の で あ る 。 そ こ で 、 十 喩 は 亦 た こ の 因 縁 生 を 偶 し た も の で あ る の だ 。 だ か ら 、 十 喩 を 別 に 十 縁 生 句 と も 云 ひ 、 十 喩 觀 を 十 縁 生 句 觀 と も 云 ふ の で あ る 。 こ の 十 緑 生 句 乃 至 十 縁 生 句 觀 は 、 大 日 經 の 住 心 品 の 内 に 解 い て あ り 、 そ の 詳 し い 説 明 が 大 日 經 疏 の 第 三 岩 に 出 て ゐ る 。 こ れ に 依 る と 、 大 般 若 經 の 第 一 、 縁 起 品 に 十 喩 が あ り 、 そ の 註 解 で あ る 智 度 論 に 弘 法 大 師 の ﹁十 喩 々 詠 ず る 時 ﹂ に つ い て 三 六 九弘 於 大 師 の ﹁十 喩 々 詠 ず る 詩 ﹂ に つ い て 三 七 〇 そ の 解 釋 が 有 る と い ふ こ と で あ る 。 便 蒙 の 註 に よ る と 、 羅 什 三 藏 に 十 喩 の 詩 が あ り-羅 什 は 智 度 論 の 漢 譯 者 で あ る が 、 筆 者 は そ の 詩 を 見 る こ と が 出 來 な か つ た-梁 の 武 帝 に も 十 喩 の 詩 が あ る-こ れ は 廣 弘 明 集 に 出 て ゐ る が 、 こ ゝ に い ふ と こ ろ の 十 喩 と は 蓮 つ て ゐ る-。 大 日 經 第一 巻 及 び 大 日 經 疏 第 二 巻 に は 五 喩-聚 沫 、 浮 泡 、 芭 蕉 、 陽 焔 、 幻 -六 喩-幻 、 陽 焔 、 影 、 響 、 施 火 輪 、 乾 闥 婆 城-等 が 記 し て あ る 。 維 摩 經 の 觀 衆 生 品 に は 、 奇 術 師 の 現 す 幻 の 人 、 水 中 の 月 、 鏡 の 中 の 像 、 熱 の 炎 、 呼 聲 の 響 、 空 中 の 雲 、 水 上 の 泡 、 電 、 出 入 の 息 、 空 中 の 鳥 の 跡 、 石 女 の 兒 等 十 一 の 喩 が あ る 。 大 師 の 十 喩 の 詩 は 、 大 日 經 及 び そ の .疏 と 直 接 關 連 し て ゐ る こ と は 云 ふ ま で も な い 。 大 師 は 、 こ の 十 喩 即 ち 十 縁 生 句 を ば 、 詩 の 形 で 、 更 ら に い ろ く の 喩 を 加 へ て 、 説 明 せ ら れ た の で あ る 。 大 日 經 住 心 品 に は ﹁ 若 し 眞 言 門 に 菩 薩 行 を 修 す る 諸 菩 薩 は 、 深 修 し て 十 縁 生 句 を 觀 察 し 、 當 に 眞 言 行 に 於 て 通 達 し 作 證 す べ し ﹂ と あ る 。 前 記 の 大 大 經 疏 の 文 な ど ゝ を 併 せ 考 へ る と 、 大 師 が ﹁ 求 佛 の 人 の 舟 筏 な り ] と 仰 せ ら れ た の は 、 全 く こ の 意 に 基 く の で あ ら う 。 か く し て 、 十 喩 は 、 眞 言 宗 の ﹁ 悟 り ﹂ の 彼 岸 に 至 る 可 き 舟 筏 で あ る 故 に 、 そ れ を 了 了 に 理 解 す る こ と は 、一 通 り の 仕 事 で は な い で あ ら う 。 だ か ら 、 大 日 經 の 第 三 巻 に も 、 ﹁ 是 の 故 に たト 如 來 の み ⋮ ⋮ .. .能 く 此 の 十 喩 を 窮 め 、 そ の 源 底 に 達 し 給 ふ ﹂ と 記 し て あ る の で あ ら う 。 假 令 困 難 で あ る に し て も 、 し か し 矢 張 り そ れ は 有 效 な 方 法 に は 違 い な い の で あ る 。 だ か ら 、 經 疏 に は 、 此 の 意 を ﹁ 此 の 十 縁 生 句
に 籍 つ て 心 垢 を 浄 除 せ ざ る こ と な し L と 述 べ 、 つト い て ﹁ 是 の 故 に 當 に 知 る べ し 、 最 も 要 旨 と す 。 眞 言 行 者 特 に 宜 し く 意 を 留 め て 之 を 思 ふ べ し ﹂ と 強 調 し て あ る の で あ る 。 頼 寳 の ﹁ 眞 言 名 目 ﹂ に は ﹁ 十 縁 生 句 は 從 縁 生 無 自 性 の 義 な り ﹂ と 云 ひ つ " い て ﹁ 眞 言 の 行 人 、 喩 伽 を 修 す る 時 、 本 尊 海 會 に 於 て 著 相 を 生 す れ ば 、 魔 則 ち 便 を 得 。 是 の 故 に 、 此 の 十 喩 を 以 て 無 性 生 と 觀 じ て 、 執 著 せ ざ る な り ﹂ と 述 べ 、 更 ら に ﹁ 右 十 縁 生 句 は 、 眞 言 行 人 の 遮 情 の 觀 門 な り 。 直 入 の 者 は 此 の 觀 を 成 さ す と 錐 も 、 一 切 の 色 塵 を 了 し て 佛 事 と 爲 る 故 に 直 ち に 法 界 に 垂 す る な り ﹂ と 云 ふ て あ る 。 こ の 説 に よ る と 、 十 喩 觀 は 喩 伽 修 行 即 ち 修 禪 中 の 障 り を 除 く た め の 方 便 で あ り 、 從 て そ れ は ﹁ 遮 情 の 觀 門 ] で あ る 。 從 つ て そ の 意 味 は 、 狭 く 且 つ 消 極 的 の も の に な る 様 で あ る 。 そ こ で 教 學 の 内 に 於 て は 十 喩 觀 は 、 た い 喩 伽 修 行 中 の こ と に 關 す る の み で あ る か 、 そ れ と も 、 廣 く 實 在 の ﹁ 悟 り ﹂ に も 開 す る も の で あ る か 、 と い ふ 問 題 や 、 又 た 、 そ れ は た い 遮 情 即 ち 修 行 途 上 の 消 極 的 過 程 に の み 關 す る も の で あ る か 、 そ れ と も 更 ら に 積 極 的 即 ち 表 徳 の 方 面 、 即 ち 修 行 完 成 の 境 地 に も 關 す る の で あ る か 、 と い ふ 議 論 が あ る の で あ る 。 所 謂 十 喩 體 空 、 乃 至 、 十 喩 佛 果 の 問 題 が こ れ で あ る 。 併 し 、 私 は 、 か よ う の 問 題 は 、 む し ろ 枝 葉 の 問 題 で あ る と 思 ふ 。 こ の 句 或 は 喩 の 發 生 の 動 機 と 意 味 と を 考 へ た な ら ば . そ の こ と は 氷 解 す る と 思 ふ 。 そ れ は 勿 論 兩 方 の 意 味 を 兼 ね 含 む の で あ ら う 。 大 日 經 や 經 疏 の 文 の 中 に 、 兩 様 の 意 味 が 現 は れ て を り 、 何 れ と も 決 定 的 な 言 葉 は な い の で あ る 。 又 た 、 此 の 説 に よ る と 、 直 入 の 行 人 弘 法 大 師 の ﹁十 喰 々 詠ず る 詩 ﹂に つ い て 三 七 一
弘 法 大 師 の ﹁十 喩 々 詠 ず る 詩 ﹂ に つ い て 三 七 二 即 ち 天 分 の 豊 か な 素 質 の 善 い 人 は 、 必 ら す し も 此 の 觀 に 頼 る 必 要 は な い と 云 ふ の で あ る が 、 若 し 左 様 い ふ 入 が あ れ ば 、 勿 論 そ れ で 可 い 譯 で あ る 。 然 し 經 疏 に 有 る 様 に 、 實 際 は ﹁ 如 來 の み ⋮ ⋮ 源 底 に 達 し 給 ふ ﹂ の が 本 當 で 、 一 般 の 人 々 に 於 て は 、 此 の 觀 を 修 し て も 容 易 に は 悟 道 に 至 り 得 な い の で あ ら う 。 か く 記 し て 來 る と 、 こ の 十 喩 の 詩 と い ふ も の ゝ 密 教 實 修 上 に 於 け る 方 法 と し て の 重 要 性 が 分 る の で あ る 。 大 師 が か の 跋 文 の 最 後 に ﹁ か ゝ る が 故 に 翰 札 を 揮 つ て 以 て 、 東 山 の 廣 智 禪 師 に 賂 る 。 物 を 覩 て は 人 を 思 ふ 。 千 歳 に 忘 る ゝ こ と 莫 れ ﹂ と 言 ふ て を ら れ る の で も 明 か だ 。 ﹁ 物 を 觀 て は 人 を 思 ふ 。 千 歳 に 忘 る ゝ こ と 莫 れ ﹂ と は 、 性 靈 集 聞 書 第 九 巻 に ﹁ 見 此 詩 我 が 死 後 に も 我 れ を 思 ひ 出 さ ん ⋮ ⋮ 千 歳 は 千 秋 萬 歳 之 後 と 云 ふ に 同 じ ﹂ と 解 い て あ る 。 私 は 實 は 、 大 師 以 後 の 大 徳 高 信 の 中 に 、 こ の 詩 に つ き 、 又 、 こ れ と 似 た 詩 を 書 か れ た 方 が あ る で あ ら う と 思 つ て 、 少 し 調 査 し て み た の で あ る が 、 性 靈 集 便 蒙 や 同 砂 や 性 靈 集 聞 書 等 の 外 に は 、 何 も 見 出 す こ と が 出 來 な か つ た 。 勿 論 、 も つ と 時 間 を か け て 、 入 念 に し ら べ た ら 何 か あ る の で あ ら う 。 興 教 大 師 は ﹁ 專 ら 觀 行 の 三 門 を 勤 む 、 か の 一 代 の 著 作 の 概 ね 皆 勤 行 の 法 門 に し て 、 實 修 成 佛 の 秘 訣 を 説 き た る も の な ら ざ る な し 實 修 賃 觀 全 力 を 注 き て 事 相 の 大 成 を 遂 げ 、 更 ら 即 身 成 佛 、 往 生 浄 土 、 不 二 の 眞 門 を 開 導 す 、 分 派 再 び 正 路 に 歸 し 、 法 味 渾 然 と し て 古 へ に 復 す-興 教 大 師 全 集 、 權 田 雷 斧 師 跋 ﹂ と い は れ る 通 り 、 そ の 詩 文 は 深 く 豊 な 喩 伽 禪 定 の 體 験 で 光 つ て ゐ る 。 無 相 觀 頌 や 月 輪 觀 頌 や 心
月 輪 秘 釋 や 秘 密 荘 嚴 兩 部 一 心 頌 や 眞 言 三 密 修 行 問 題 や 、 擧 け 來 れ ば 、 凡 て 十 縁 生 句 觀 を 含 ま な い も の は な い け れ ど も 弘 法 大 師 の 十 喩 の 詩 に 直 接 燭 れ た も の は 見 當 ら な い 。 四 謂 ふ と こ ろ の 十 の 喩 と は 何 を 意 味 す る か 。 三 つ 幻 と は ﹁ 幻 術 師 の 作 る 種 々 の 相 貌 ﹂ の こ と で あ る 。 幻 燈 と か 活 動 寫 眞 と か 、 そ の 他 手 品 奇 術 の 如 き も の を 云 ふ の で あ る 。 二 つ 、 陽 畑 と は 所 謂 か げ ら う で あ る 。 三 つ 、 夢 と は 説 明 す る ま で も な い 。 四 つ 、 鏡 中 の 像 と は 鏡 面 に 映 す る 影 像 の こ と で あ る 。 五 つ 乾 闥 婆 城 と は 昼 氣 樓 の こ と で あ る 。 六 つ 、 響 と は こ だ ま 及 び ひ ゃ き を 云 ふ 。 七 つ 、 水 月 と は ﹁ 水 中 に 現 る ゝ 月 の 影 像 ﹂ で あ る 。 入 つ 、 浮 泡 と は う た か た 即 ち ﹁ 水 上 に 現 は る ゝ 泡 沫 の こ と で あ る 。 九 つ 、 虚 空 華 と は ﹁ 眠 膜 に 依 て 種 々 の 花 を 見 る ﹂ の で あ る 。 眼 球 の 加 減 で 、 眼 先 き に い ろ く の 映 像 の 見 え る 様 な の を い ふ の で あ る 。 室 の 色 の 青 く 見 え る の な ど も 含 め て あ る よ う で あ る 。 十 に 、 施 火 輪 と は 、 火 の 餘 壗 を 手 に 持 つ て 空 中 に 施 轉 す る と 、 火 の 輪 が 空 中 に 現 す る の を 云 ふ の で あ る 。 要 す る に 、 十 喩 は 凡 て 有 る 如 く し て 無 き も の 、 又 た 、 凡 て 無 き 如 く し て 有 る も の 、 從 て 凡 て 無 に 非 す 、 有 に 非 ず 、 有 に し て 無 、 無 に し て 有 な る も の 即 ち 有 と 空 と 中 な る も の 、 而 も そ れ は 各 々 固 定 し て ゐ る の で は な い も の を 取 味 す る の で あ る 。 前 に 、 十 喩 は 法 界 の 從 縁 生 無 自 性 を 偶 し た も の で あ る と い 弘 法 大 師 の ﹁十 喩 々 詠 す る 詩 ﹂ に つ い て 三 七 三
弘 法 大 師 の ﹁ 十 喩 た 詠 す る 詩 ﹂ 仁 つ い て 三 七 四 ふ た の は こ の 意 味 で あ る 。 そ こ で 十 喩 に は 、 そ れ ゐ ぐ 三 重 の 意 義 が あ る と い ふ 。 大 日 經 疏 に ﹁ 十 縁 生 句 を 統 論 す る に 、 略 し て 三 種 あ り 。 三 に は 、 心 、 薀 の 中 に 没 す る を 以 て 、 實 法 を 對 治 せ ん と 欲 ふ が 故 に 、 此 の 十 縁 生 句 を 觀 す 、 ⋮ ⋮ 即 空 ⋮ ⋮ ⋮ こ れ な り 。 二 に は 、 心 、 法 の 中 に 没 す る を 以 て 境 界 の 攀 縁 を 對 治 せ ん と 欲 ふ が 故 に 、 こ の 十 縁 生 句 を 觀 ず 。 ⋮ ⋮ ⋮ 即 心 ⋮ ⋮ ⋮ こ れ な り 。 三 に は 、 心 . 心 の 實 際 の 中 に 没 す る を 以 て 有 爲 無 爲 界 を 離 れ ん と 欲 ふ が 故 に 、 こ の 十 緑 生 句 を 觀 ず 。 ⋮ ⋮ ⋮ 一 切 の 業 煩 惱 を 解 脱 す れ ど も 而 も 業 煩 惱 の 具 依 た り 、 即 不 思 議 ⋮ ⋮ な り ﹂ と 記 し て あ る 。 ﹁ 眞 言 名 目 ﹂ に は 、 こ れ を 次 の 様 に 説 明 し て あ る 。 ﹁ 先 づ 最 初 の 幻 喩 に 就 い て 、 之 れ を 云 へ ば 、 一 に は 即 空 幻 、 諸 法 は 從 縁 生 無 性 と 觀 じ て 、 一 塵 を も 存 せ ざ る な り 。 即 ち 初 劫 觀 す る と こ ろ の 幻 な り 。 二 に は 即 心 幻 、 萬 法 唯 心 なり と 觀 じ て 、 諸 法 の 當 體 を 折 破 せ ず と 錐 も 寂 然 と し て 一 心 の 影 像 な り 。 境 界 皆 唯 た 心 の 變 す る と こ ろ な る 故 に 、 即 心 幻 と 云 ふ な り 。 三 に は 不 思 議 幻 、 諸 法 を 心 上 に 歸 す る に 非 す 、 一 心 の 全 體 一 切 所 に 遍 じ て 、 平 等 平 等 に し て 、 萬 法 を 具 足 す わ 諸 法 を 生 す る に 非 ず 、 一 心 に 諸 法 を 含 む に 非 ず 、 能 も な く 、 所 も 無 く 、 此 の 心 只 だ 是 れ 諸 法 、 諸 法 只 だ 是 れ 一 心 な り 。 心 性 と 諸 法 と 縦 な ら す 、 横 な ら す し て 非 一 、 非 異 な る 故 に 凡 夫 の 情 量 を 超 へ た り 。 是 の 故 に 不 思 議 幻 と 名 く る な り 。 ⋮ ⋮ 等 の 九 喩 各 々 此 の 三 重 あ る 可 き な り ﹂ と 。 そ こ で 十 喩 は そ れ み ぐ こ の 三 重 即 ち 即 空 、 即 心 、 即 不 思 議 の 意 味 を も ち 、 そ し て 第 二 義 は 第 一 義 よ り 、 第 三 義 は 第 二 義 よ り 、 次 第 に そ の 意 味 を 深 め て 、 而 も 第 三 は 餘 の 二 つ を 包 括 し て 窮 極
最 深 の ﹁ 悟 り ﹂ を 成 す の で あ る 。 興 教 大 師 は ﹁ 眞 言 三 密 問 答 ﹂ (興 教 大 師 全 集 第 二 一 三 頁 ) の 中 に ﹁ 眞 言 行 者 の 善 悪 無 記 の 三 性 の 心 法 は 皆 是 れ 如 來 の 自 然 智 な り 。 是 れ 毘 盧 遮 那 遍 一 切 身 な り 。 是 れ 本 來 、 法 爾 横 監 具 足 十 重 無 盡 の 義 理 に 同 じ 。 横 に は 塵 数 廣 多 の 秘 密 、 即 ち 、 即 空 即 假 即 中 を 圓 満 す 。 而 も 三 法 定 相 無 し 、 不 思 議 幻 な り 。 至 誠 に 深 く 之 を 信 解 す れ ば 、 一 切 の 分 別 妄 想 戯 論 を 遠 離 し て 、 畢 竟 無 相 な り 是 れ 即 ち 如 實 知 自 心 な り 。 此 れ を 以 て 浄 菩 提 心 の 行 相 と 爲 す ﹂ と 言 ふ て を ら れ る 。 大 日 經 の 住 心 品 は 、 大 體 、 佛 と は 如 何 な る も の で あ る か 。 そ し て 佛 に 至 る に は 如 何 な る 心 的 順 序 乃 至 過 程 が あ る か を -説 い た も の で あ る 。 平 た く 言 へ ば 、 ﹁ 悟 り ﹂ と は 如 何 な る も の で あ る か 、 又 た そ れ に 達 す る に は 如 何 な る 道 程 を 經 べ き か と い ふ 課 題 を 論 じ た も の で あ る 。 そ し て 、 先 づ こ の 後 の 第 二 の 問 題 に 對 し て ﹁ 菩 提 心 を 因 と 爲 し 、 大 悲 を 根 本 と 爲 し 、 方 便 を 究 竟 と 爲 す ﹂ と 答 へ て ゐ る の で あ る 。 そ こ で 更 ら に 、 そ れ ら の 因 根 究 竟 の 三 つ の も の は 何 で あ る か と い ふ 問 題 を 提 起 し て 、 こ れ を 追 究 す る の で あ る が 、 こ の 住 心 品 で は 、 專 ら そ の 因 だ る 菩 提 心 の 何 で あ る か を 論 し て ゐ る の で あ る 。 然 ら ば 何 を か 菩 提 心 と 云 ふ と い へ ば ﹁ 實 の 如 く 自 心 を 知 る な り ﹂ と 答 へ る 。 然 し こ の 自 心 を 知 ら む と す る 動 機 は 自 心 に 存 す る の で あ つ て 、 從 て 自 心 は 本 來 菩 提 心 で あ り 、 こ の 自 心 の 菩 提 心 の 完 き 自 己 自 覺 が ﹁ 悟 り ] で あ る の で あ る 。 即 ち ﹁ 自 心 に 尋 求 な り 、 菩 提 な り 、 一 切 智 智 な り ﹂ と い ふ 。 そ こ で こ の 住
心
品
の
所
論
は
あ
げ
て
、
如
實
知
自
心
即
ち
﹁
悟
り
﹂
即
ち
﹁
成
佛
﹂
-の
心
相
即
ち
發
展
轉
昇
の
心
的
過
程
乃
至
弘 法 大 師 の ﹁ 十 喩 た 詠 す る 詩 ﹂ に つ い て 三 七 五弘 法 大 師 の ﹁十 喩 々 詠 ず る 詩 ﹂ に つ い て 三 七 六 段 階 の 説 明 に 注 い で あ る 。 か く し て 、 人 は 如 何 な る 心 の 修 錬 の 遇 程 を 經 て 佛 位 に 達 し 得 る や と い ふ 第 二 の 問 題 に 答 ふ る こ と に よ つ て 、 お の づ か ら 、 第 一 の 佛 と は 何 で あ る か と い ふ 問 題 を 解 答 し た こ と に な る の で あ る 。 尤 も 、 こ の 經 に 於 て は 、 こ の 第 三 の 問 題 は 問 題 と し て 提 起 し て あ る の で は な く 、 む し ろ 自 明 の 根 本 命 題 と し て 示 さ れ 、 そ の 命 題 自 身 が 如 何 な る 問 題 で あ る か は 反 問 す る こ と 無 し に 、 從 て
そ
の
命
題
の
當
不
當
若
し
く
は
眞
乃
至
は
偽
を
論
證
す
る
こ
と
な
し
に
、
唯
だ
左
様
し
た
智
慧
が
如
何
な
る
精
神
的
登
展 の 過 程 を 經 て 實 現 す る か を 論 じ て ゐ る の で あ る 。 い や む し ろ 叙 述 し て ゐ る の で あ る 。 で あ る か ら そ の 全 體 の 調 子 は 教 示 的 、 教 育 的 、 實 践 的 で あ る 。 こ れ が 經 の 教 た る 所 以 で も あ ら う 。 そ れ は 兎 も 角 、 そ の 根 本 命 題 に よ る と 、 佛 は 正 遍 智 で あり 、 一 切 智 智 で あ り 、 ﹁ 一 切 智 智 は 一 味 で あ り 、 解 脱 味 で あ る 。 ⋮ ⋮ ⋮ 譬 へ ば 、 虚 空 界 の 一 切 の 分 別 を 離 れ 分 別 も 無 く 、 無 分 別 も 無 き が 如 く 、 是 の 如 く 一 切 智 智 も 一 切 の 分 別 を 離 れ 、 分 別 も な く 、 無 分 別 も 無 し 。 ⋮ ⋮ ⋮ 譬 へ ば 、 大 地 は 一 切 衆 生 の 依 た る 如 く 、 是 の 如 く 、 一 切 智 智 も 天 人 阿 修 羅 の 依 た り 。 ⋮ ⋮ ⋮ 誓 へ ば 、 火 界 の 一 切 の 薪 を 焼 く に 厭 き 足 る こ と 無 き が 如 く 、 是 の 如 く 、 一 切 智 智 も 、 一 切 の 無 智 の 薪 を 焼 く に 厭 き 足 る こ と 無 し 。 ⋮ ⋮ ⋮ 譬 へ ば 、 風 界 の 一 切 の 塵 を 除 く が 如 く 、 是 の 如 く 、 一 切 智 智 も 、 一 切 の 諸 の 煩 惱 の 塵 を 除 き 去 る 。 ⋮ ⋮ ⋮ 譬 へ ば 、 水 界 は 一 切 衆 生 之 れ に 依 て 觀 喜 す る 如 く 、 是 の 如 く 、 一 切 智 智 も 、 諸 天 人 の 利 樂 を 爲 す﹂ も の な の で あ る 。 行 者 も 本 當 に 自 心 を 了 知 し た な ら ば 、 か う し た 精 神 に な り 得 る の で あ る 。 行 者の 修 行 過 程 の 上 か ら 云 へ ば 、 こ れ は 、 十 地 若 し く は 信 解 地 と い は る ゝ 。 ﹁ 信 解 行 地 に 三 心 と 無 量 波 羅 密 の 慧 觀 と 四 攝 法 と を 觀 察 す 。 信 解 地 は 無 待 な り 無 量 な り 、 不 思 議 な り 、 十 心 を 建 立 し 、 無 邊 の 智 生 す ﹂ と あ る 。 十 縁 生 句 は 、 こ の 悟 道 に 至 る た め の 手 段 な の で あ る 。 そ こ で 住 心 品 は そ の 最 後 の ベ ー ヂ に 於 て 、 こ の 十 喩 を 擧 げ て 、 そ の 所 説 の 締 め く ゝ り と し て ゐ る の で あ る 。 經 疏 に も ﹁ 無 垢 の 菩 提 心 に 次 い で 即 ち 十 喩 を 明 か す 所 以 は 、 始 終 を 包 括 し 諸 地 を 綜 談 す る なり ﹂ と あ る 。 そ れ 故 に 、 重 ね て 云 へ ば 、 十 喩 觀 は 、 眞 言 行 に 取 つ て 、 重 大 な る 意 義 を も つ と こ ろ の 親 門 で 、 有 效 な る 實 修 方 法 で あ る こ と は 疑 ひ な い 。 だ か ら 経 に は 又 之 れ を 、 大 乗 の 句 、 心 の 句 、 無 等 等 の 句 、 必 定 、 の 句 、 正 等 覺 の 句 、 漸 次 大 乗 生 の 句 な ど と 総 し て そ の い ろ く の 取 義 を 表 し 、 ﹁ 當 に 法 財 を 具 足 し 、 種 種 の 巧 工 大 智 を 出 生 し 、 實 の 如 く 遍 く 一 切 の 心 相 を 知 る こ と を 得 る な り ﹂ と 云 ふ て そ の 功 徳 を 褒 め て ゐ る の で あ る 。 經 疏 に は こ れ を 布 演 し て ﹁ 當 に 知 る べ し 、 是 の 如 く の 六 句 は 次 第 相 粋 し 、 次 第 相 生 す る な り 毘 盧 遮 那 即 ち 此 の 十 縁 生 句 の 不 思 議 法 界 を 以 て 無 盤 荘 嚴 藏 を 作 し 給 ふ 。 十 世 界 微 塵 数 の 諸 の 法 門 よ り 常 に 根 、 カ 、 覺 道 、 禪 定 、 解 脱 の 諸 賓 を 出 生 し て 、 遍 く 衆 生 に 施 し 給 ふ に 、 な ほ し 匱 し か ら ず ⋮ ⋮ ⋮ 一 切 如 來 の 智 業 此 れ に よ つ て 具 足 す ⋮ ⋮ ⋮ 若 し 三 念 の 心 中 に 於 て 明 に 十 縁 生 の 義 を 見 る と き に は 、 上 み は 無 盡 法 界 を 窮 め 、 下 は 衆 生 を 極 め て 、 其 の 中 の一 切 心 相 皆 能 く 了 了 に 覺 知 す ﹂ と 述 べ 弘 法 大 師 の ﹁ 十 喩 々 詠 す る 詩 ﹂ に つ い て 三 七 七
弘 法 大 師 の ﹁十 喩を 詠 ず る 詩 ﹂ に つ い て 三 七 八 て あ る 。 五 以 上 吾 々 は 、 大 日 経 住 心 品 に 説 い て あ る 範 圍 に 於 て 、 十 喩 乃 至 十 縁 生 句 の 意 義 の 外 廓 を の べ た 。 弘 法 大 師 の 十 喩 の 詩 は 、 元 よ り こ の 見 地 の 下 に 、 讀 む 可 き も の で あ る 。 而 も 大 師 は こ れ を 詩 化 し て 、 喩 を 加 へ て 、 巧 み に 美 し く 説 い て を ら れ る の で あ る 。 是 れ を 反 覆 し て 念 誦 す る と お の つ か ら 胸 中 に 開 く る も の あ る を 覺 え る 。 勿 論 私 に 取 つ て は 未 だ そ れ は 瑞 ろ で あ る 。 然 し そ の カ は 犇 々 と 心 に 迫 る の で あ る 。 私 は 十 喩 の 詩 の 三 つ 一 つ に つ い て 、 も 少 し 所 感 を 記 し 度 い の で あ る が 、 既 に 所 定 の 紙 数 も 過 ぎ て ゐ る こ と で あ る か ら 、 割 愛 し な け れ ば な ら な い 。 け れ ど も 唯 たト 一 つ 、 こ の 十 の 詩 の 中 の 第 七 、 即 ち 水 月 の 喩 の 詩 丈 け つ い て 一 言 し て お き た い と 思 ふ 。 こ れ は 第 四 影 の 喩 の そ れ と 共 に 、 私 の 最 も 愛 す る も の で あ る か ら で あ る 。 私 は こ の 詩 を 讀 む 毎 に 、 獨 逸 の 近 世 の 二 大 思 想 家 即 ち 哲 學 者 な る カ ン ト と む し ろ 詩 人 な る ヘ ル デ ル の 詞 を 想 ひ 起 さ な い で は ゐ ら れ な い 。 カ ン ト は そ の ﹁ 實 践 理 性 批 判 ﹂ の 最 後 の 章 に 於 て 、 冷 徹 智 そ の も の ゝ 如 き 胸 中 に も 深 い 詩 情 の 浴 れ て ゐ る こ と を 示 す も の の 様 に 、 實 に 嚴 麗 壮 美 な る 詞 を 記 し て ゐ る
の で あ る 。 そ れ を 考 へ る こ と 屡 に し て 且 つ 長 け れ ば 長 き ほ ど 常 に 新 た に し て 増 し 來 る 威 歎 と 崇 敬 と を 以 て 心 を 充 た す も の が 二 つ あ る 。 そ れ は わ が 上 な る 星 の 輝 く 空 と わ が 内 な る 道 徳 律 と で あ る 。 余 は 、 此 等 二 つ の も の を 暗 黒 に 蔽 は れ た も の と して 、 或 は 余 が 視 界 の 外 、 超 絶 界 に あ る も の と し て 、 求 め た り 又 は 單 に 想 像 し た り す べ き で は な い 。 余 は 余 が 前 に 其 等 を 見 て 其 等 を 直 接 に 余 が 存 在 の 意 識 と 結 合 す る 。 前 者 な 余 が 外 的 感 覺 に 於 て 占 む る 場 所 か ら 始 ま り 、 余 を 包 め る 結 合 を ば 世 界 の 上 の 世 界 や 體 系 の 體 系 や を 持 っ て ゐ る 無 際 涯 の 荘 大 に 擴 め 、 な ほ そ の 上 に そ の 週 期 運 動 の 無 限 の 時 間 の う ち に 、 こ の 運 動 の 起 始 と 持 續 と を 擴 め る 。 後 者 は 余 の 見 る べ か ら ざ る 自 我 、 即 ち 余 の 人 格 か ら 始 ま り 、 そ し て 眞 正 の 無 限 性 を 持 つ て ゐ る が 、 し か し 悟 性 に よ つ て の み 辿 り 得 る 世 界 1 そ し て 此 世 界 ( こ の 世 界 を 通 じ て 同 時 に 又 前 述 の 三 切 の 見 得 べ き 世 界 と ) 余 と の 關 係 は 前 の 場 合 の 如 く 軍 起 偶 然 的 で は な く 普 遍 的 な 必 然 的 結 合 を 有 し て ゐ る こ と を 余 が 認 識 す る 世 界-に 於 て 余 を 展 示 す る (波 多 野 精 一 、 宮 本 和 吉 共 譯 ﹁ヵ ン ト 實 践 理 性 批 判 ﹂ 三 六 二 頁 乃 至 三 六 三 頁 ) そ の 荘 嚴 さ に 於 て こ の カ ン ト の 文 章 に は 及 ば な い に し て も 、 よ り 美 麗 で あ り 、 よ り 優 婉 で あ り 、 よ り 和 く 、 よ り 親 し み 深 く 、 而 も 神 秘 雄 大 な る 詩 想 を ば 情 熱 の 思 想 家 ヘ ル デ ル は 詠 つ て ゐ る の で あ る 。 そ れ は ﹁ 人 の 内 な る 世 界 の 法 則 ﹂ と 題 し て あ る 。 善 い 譯 文 が 見 當 ら な い の で 、 原 文 を 出 す こ と ゝ す る 弘 法 大 師 の ﹁十 喩を 詠 ず る 詩 ﹂ に つ い て 三 七 九
弘 法 大 師 の ﹁ 十 喩 々 詠 す る 詩 ﹂ に つ い て 三 八 〇 へ 〃 デ ル は 哲 學 思 想 に 於 て ヵ ン ト と 反 對 で あ つ た 。 ヘ ル デ ル は カ ン ト の 生 徒 で あ リ カ ン ト は 彼 の 師 で あ つ た け れ ど も 、 そ の 思 想 に 於 て 岡 致 す る こ と が 出 來 な い で 訣 を 分 た ね ば な ら な か つ た 。 ヘ ル デ ル は カ ン ト の 主 知 主 義 と 二 元 論 と に 和 合 す る こ と が 出 來 な い で 、 む し ろ 生 命 主 義 と 一 元 論 と を 主 張 し た の で あ る 。 兩 者 の 文 と 詩 と を 併 せ 頑 味 す る 時 に 、 確 に 左 様し た 兩 者 の 相 違 を 感 じ る こ と が 出 來 る の で あ る 。 而 も 二 人 と も 同 様 に か の 天 と こ の 心 と の 神 秘 を 詠 つ た の だ 。 今 こ の 二 つ の 文 と 詩 と を 通 過 し て 、 弘 法 大 師 の 水 月 の 詩 を 讀 む 時 に 、 吾 々 は 忽 ち 一 變 し た 風 光 を 見 な い で あ ら う か 。