九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
農業におけるICT とインデックス保険:発展途上国 を中心とした普及と課題
今村, 英之
九州大学経済学部 : 4年
篠﨑, 彰彦
九州大学大学院経済学研究院 : 教授
http://hdl.handle.net/2324/4067077
出版情報:SLRC Discussion Paper Series. 15 (2), pp.1-15, 2020-03. 九州大学システムLSI研究セン ター(SLRC)
バージョン:
権利関係:
Vol.15,No.2,Mar.2020
■農業におけるICTと
■農業におけるICTと インデックス保 険 インデックス保 険
今村 英之、篠﨑 彰彦
〜発展途上国を中心とした普及と課題〜
農業における ICT とインデックス保険
~発展途上国を中心とした普及と課題~
今村 英之1 篠﨑 彰彦1
〔要約〕
本稿では、ICT のグローバルな普及に伴い、近年発展途上国を中心に関心が高まっているインデ ックス保険について、先行研究を渉猟する中でその特徴と活用事例を整理し、現状において低い 需要に留まっている要因を明らかにすると共に需要拡大にむけた改善策を考察した。その結果、
需要の拡大を阻む要因としては、供給サイドの保険設計がまだ不十分であることに加えて、需要サ イドでは、流動性・信用の制約によって望ましい量に達成できないことなどが明らかとなった。この 課題に対処するため、供給サイドでは、インデックスの改善、対応する損害規模の拡大、他のイン デックス保険との組み合わせの3点が、需要サイドでは、貧しい農村部における教育水準の底上げ、
貧しい農民に対する信用付与等の補完措置の2点が求められる。
〔キーワード〕 リスク、保険、インデックス保険、ベーシスリスク
〔JEL Classification Number〕O12,O13,O16
1 九州大学
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〔目次〕
1. はじめに:本稿の目的と背景
2. 農業におけるリスク対応とインデックス保険
2-1.農業におけるリスク対応とICT
2-2.農業保険におけるインデックス保険 3. インデックス保険の実例と成果
3-1.ケニアにおけるKilimo Salama 3-2.モンゴルにおけるIBLI 4. インデックス保険の課題
4-1.ベーシスリスク 4-2.流動性・信用の制約 5. 改善策の考察
5-1.改善策:供給サイド 5-1-1.インデックスの改善
5-1-2.インデックス保険が対応する損害の規模を大きくする 5-1-3.他のインデックス保険と組み合わせる
5-2.改善策:需要サイド
5-2-1.貧しい農村部における教育水準の底上げ 5-2-2.貧しい農民に対する信用付与
6. おわりに
2 1. はじめに:本稿の目的と背景
本稿の目的は、近年 ICT のグローバルな普及とともに、発展途上国を中心に進展しつつある農 業インデックス保険の実態を整理した上で、今後の普及にむけた課題を明らかにし、改善策を考 察することである。
The World Bank(2017)によると、農家は、より良い慣行や早期の警告情報の活用を通じてもなお 軽減のすることができないリスクに直面している。中でも、価格の変動性と悪天候によるリスクは、壊 滅的であるとされる。先進国においては、価格の変動性や悪天候のリスクを商品先物市場や従来 の農業保険(以下、作物保険とする)を通じて第三者に移転することができる。しかし、発展途上国 においては、商品先物市場に関しては、トレーダーが要求する信用レベルを確保しつつ商品先物 市場を運営する上で必要とされる管理・運営・規制の能力に限界があり、保険契約に関しても、低 い信頼と金融リテラシーの制約により、保険料を支払う意思が妨げられるとされている。
そこで、近年はモラルハザードと逆選択に対処し、損害評価のコストを削減するために天候ベー スのインデックス保険が世界のいくつかの地域で試験的に導入されている。後述するように、インデ ックス保険には様々な利点があると考えられるため、発展途上国の小規模農家に対して経済的厚 生の拡大をもたらすと期待されている。たが、Norton M, et al. (2013)によると、発展途上国の小規模 農家ではインデックス保険に対する需要が依然として高まっていないとの認識が多くの研究者の共 通認識になっており、当初の期待に反して、インデックス保険に対する実際の需要は少ないことが 窺える。
そこで本稿では、インデックス保険が当初の期待に反してなぜ低い需要に留まっているのか、と いう問題意識の下で先行研究を渉猟し、その実例や成功例を確認すると共に、低い需要に留まる 原因を明らかにして、今後の普及に向けた改善策を考察する。
以下、まず第2章では、農業におけるリスク対応の概要とインデックス保険の特徴を作物保険と の比較を踏まえて整理する。続く第3章では、インデックス保険の具体例として、ケニアにおける
Kilimo Salamaを紹介した後、インデックス保険の成功例として、モンゴルのインデックス保険 IBLI
を紹介する。さらに第4章では、インデックス保険の販売実験から見えてきた流動性・信用の制約と いう課題、および、ベーシスリスクという課題について考察する。これらを踏まえて、第5章では、今 後インデックス保険を拡大させる上で必要と考えられる改善策を供給サイドと需要サイドの両面か ら検討を加える。
2. 農業におけるリスク対応とインデックス保険 2-1.農業におけるリスク対応とICT
The World Bank (2017)によると、農村部においてICTインフラが改善されたことにより、以前はサ
ービスが行き届いていなかった農村部の人々も金融サービスの恩恵を受けたり、追加の収入源に アクセスしやすくなったりしていると指摘されている。この点について、Lio M, et al.(2006)は、既に 2000年代から ICT の普及に伴い発展途上国における農業の生産性が向上していると述べている。
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その一方で、The World Bank(2017)は、農家はより良い慣行や早期の警告情報の使用を通じて 軽減のすることができないリスクに直面しているとも指摘しており、こうしたリスクへの対応法として、
①リスク緩和、②リスク移転、③リスク対処、の3つを挙げている(図表1)。第1のリスク緩和とは、早 期の情報提供や専門家によるアドバイスを通じて作付けの選択や肥料の使用、収穫時期の調整を 行うことで悪天候や害虫による被害を緩和することである。例えば、インドで提供されているm
KISHIRI は、携帯電話を使用し、農家に低コストで農業研究機関や土壌センサーから得た情報を
提供している。また、農家は SMS を使用することで専門家によるアドバイスを受けることができ、高 価な肥料を最適な量で投入できるようになったと報告されている。
第2のリスク移転とは、価格の変動や悪天候といったリスクを第三者に移転することで、先進国に おいては、料金と引き換えにリスクを第三者に移転できるとされる。ここで第三者とは、価格の変動 に関しては商品先物市場を通じた取引相手であり、悪天候のリスクに関しては、保険会社であると される。
(図表1)
第3のリスク対処とは、実際に損害が発生した際に損害を受けた人々を迅速に特定し、支援する ことによって更なる損失を抑えることである。具体的には、ICTツールを用いて損害を受けた農民に 対し送金を行うほか、携帯電話を用いて発生した病気のデータを収集し、専門家によるアドバイス を受けることが例示されている。ザンビアで提供されている Mobile Transaction は、農村部の人々 に対して干ばつや洪水などの災害に対処するため定期的に送金を行うシステムで、国連食糧計画
(WFP)は、このシステムを利用して2006年の1~8月にかけて32,000~500,000USDの補助金を提 供している。また、ウガンダで実施された CLCDS プロジェクトでは、ウガンダの農家に対して害虫 や病気の発生に対処するためのアドバイスをリアルタイムで提供したとされる2。
2-2.農業保険におけるインデックス保険
農業におけるリスクは、上述の通り、商品先物市場や保険を利用することによって第三者に移転 でき、先進国では多くの場面で実際に機能している。しかし、発展途上国においては、トレーダー が要求する信用レベルを確保しつつ商品先物市場を運営するための管理、運営、規制面で能力 に限界がある。保険契約においても、情報の非対称性を生む信頼の低さと金融リテラシーの低さ が、保険料の支払い意思に制約となる。これらの限界から、従来の方法を用いてリスクを移転する ことは困難が伴うと考えられる。
The World Bank(2017)によると、こうした課題(その一部はモラルハザードや逆選択に起因する)
に対処すべく、近年はインデックスベースの保険が世界のいくつかの地域で試験的に導入され注 目されている。インデックス保険の特徴は、個々の損失評価を損失の代理として気象現象や目に 見える植生といった測定しやすい指標で置き換えることにより、損害を評価するコストを削減するこ とである。
2 いずれもThe World Bank(2017)を参照。
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Rio, K.N.(2011)によると、インデックス保険は、客観的な公開データを使用しているため、モラル ハザードの影響を受けにくく、保険金の支払いがより速くなる点と保険契約がより透明になり取引コ ストが低くなる点にメリットがある。ただし、インデックス保険は、保険契約者の潜在的な損失とイン デックスが完全には一致しない「ベーシスリスク」がある点は留意を擁する(図表2)。
(図表2)
3. インデックス保険の実例と成果
本章では、インデックス保険の実例と成果の具体例を紹介する。3-1では、インデックス保険が 実際にどのように運営されているのかを確認するため、ケニアの Kilimo Salama(キリモ・サラマ)を 取り上げ、続く3-2では、成功例のひとつとして、モンゴルにおける家畜のインデックス保険である IBLIを取り上げる。
3-1.ケニアにおけるKilimo Salama
The World Bank (2017)および田中(2016)によると、Kilimo Salama はケニアで提供されている
input insuranceであり、天候のデータを損失のインデックスとして使用し、植栽期に悪天候が発生し
た場合、肥料などの投入コストを保証するものである。Kilimo SalamaはSafaricom、 UAPInsurance、
MEA Fertilizers、Syngenta East Africa Limited の協力で持続可能な農業にむけて the Syngenta
Foundationによって開発された。2009年に2つの気象観測所にリンクされた200人の農家に試験
的に導入されたのが始まりとされる。
その仕組みは、以下の手順によって運営されるもので、保険購入時と保険金支払時の流れを図 式化したのが図表3、4である。
・Kilimo Salamaの仕組み:保険購入時(図表3)
①農家は肥料等の購入と同時に保険料を小売店に対して支払う。
②小売店は Kilimo Salama のアプリを使用して⑴カメラ付き携帯電話で製品固有のバーコ ードをスキャンし⑵農家の電話番号を入力し⑶農家を現地の天気にリンクすることによっ て保険契約を有効にする。
③上記の件を受けて、肥料メーカーも保険料を支払う。
④農家は保険契約を確認するSMSを受け取る。
(図表3)
・Kilimo Salamaの仕組み:保険金支払時(図表4)
①観測された気象データに過剰または不十分な雨がある場合、降雨と穀物の成長を相関さ せるインデックスが保険金の支払額を決定する。
②保険会社が農家に対してSMSを用いて保険金を支払う旨を伝達する。
③農家はM-PESA代理店に対し上記のSMSメッセージを提示して保険金を要求する。
④ M-PESA代理店から農家に対して保険金が支払われる。
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(図表4)
The World Bank (2017)および田中(2016)によると、Kilimo Salamaの特徴としては、第1に、保険 料の徴収と保険金の支払いに携帯電話を使用し、評価や管理のコストを削減した点、第 2 に、
Safaricom3G ネットワークを使用することでモニタリング、販売、支払いデータを迅速かつ安価に送
信可能な点、第3に、電子的に保険金を支払う際のプラットホームとして M-PESA を使用している 点、が挙げられている。いずれも、途上国におけるモバイル技術の爆発的な普及が背景にあること が理解できる。
3-2.モンゴルにおけるIBLI
VERONIKA et al (2017)によると、IBLI とはモンゴルで販売されているインデックスベースの家
畜保険で、2006年にモンゴルの21州のうち3州で試験的に導入されたのが始まりとされる。IBLI は、極端な気象現象が起こった際に特定の種類の家畜の死亡率が地区レベルで5または6%の値 を超えると、保険金が支払われる仕組みになっている。モンゴルでは冬季に dzud と呼ばれる極端 な低温災害が生じると放牧ができなくなり、食料である草の成長が阻害されて、結果的に家畜が死 亡するケースが引き起こされる。
実際に 1990 年から 2016 年の間において 1993~1994 年、1999~2000 年、2000~2001 年、
2001~2002年、2009~2010年、2015~2016年の冬にdzudが発生し、特に2009~2010年には、牧 畜民の間で広範な貧困を引き起こしたとされる。図表5は、VERONIKA et al. (2017)で調査された
Uvs、Zavkhan、Govi-Altaiの3州におけるモンゴル牧畜民の家畜保有数の年間推移を示しており、
上記の期間において家畜保有数が明らかに減少していることがわかる。
(図表5)
VERONIKA et al. (2017)では、IBLIがまだ試験段階であった2009~2010年に発生したdzudに おいて、IBLI からの保険金の支払いがその後の家計の回復に与えた影響が調査されている。
2009年時点ではIBLIは4つの州で利用可能であり、そのうちUvs州では19.5%にあたる1835人 の牧畜民がIBLIを購入している。具体的にみると、Uvs州の牧畜民は、102頭の家畜に保険をか け、28,000Tugrik(当時の為替レートで約19USD)の保険料を支払い、2009~2010年のdzud後に は被保険者のうち95.4%が平均416,000Tugrik(当時の為替レートで約312USD)の保険金を受け 取ったとされる。
結果的に、IBLI を購入して保険金を受け取った牧畜民は、IBLI を購入しなかった牧畜民と比 較して、その後により大きな家畜の群れを所有していたことが検証された。具体的には、IBLI を購 入しなかった牧畜民と比較して 2011 年には 26~28%(頭数ベースで約 33~37 頭)、2012 年には 21~31%(約26~40頭)、2013年には約17%(約27頭)多い家畜を所有した。
さらに、IBLIを購入していた世帯は、無保険の世帯よりもdzud中またはdzud直後に資金の借 り入れが有意に高かったとされており、IBLI が世帯の信用価値を高めた可能性があると分析され ている。
6 4. インデックス保険の課題
本章では、インデックス保険の課題について考察する。インデックス保険の課題としては、第1に、
供給サイドの保険契約設計で生じる「ベーシスリスク」、第2に、需要サイドにおける流動性・信用の 制約の大きく 2 点が考えられる。1 節では、ベーシスリスクについて、2 節では、流動性・信用の制 約について検討する。
4-1.ベーシスリスク
The World Bank(2017)によると、ベーシスリスクとは、保険契約者の潜在的な損失とインデックス が完全には一致しないリスクで、しばしばインデックス保険の課題として取り上げられている。Rio, K.N.(2011)によると、ベーシスリスクは、Geographic Basis Risk、Product Basis Risk、Product Design Basis Riskの3つに分類できる(図表6)。
(図表6)
第1のGeographic Basis Riskとは、気象観測所がより広い地理的範囲を管轄する際に発生す
るリスクで、特に半径5㎞を超える地域を管轄する際に生じるとされる。第2のProduct Basis Risk について、インデックス保険は温度・湿度・降水量といった観測可能なインデックに拠ったリスクの みを対象とするため、嵐や洪水などによるリスクはカバーされないというリスクである。そのため、嵐 や洪水といった極端な災害の場合には、インデックスが推定する被害推定値に比べて実被害が大 きくなり乖離が生じることになる。第3のProduct Design Basis Riskとは、インデックスと生産プロセス の不完全な相関により発生するリスクである。Rio, K.N.(2011)によると、降雨は収穫量の変動の約 65%を説明するに過ぎず、作物の成長の各段階における降雨条件を正確に反映するインデックス の作成は困難である。
4-2.流動性・信用の制約
一方、需要サイドにおける問題としては、Norton M, et al.(2013)では、2010年にエチオピアの4 つの農村でインデックス保険を含む4つのリスク管理オプションの資金割当に関する実験が示唆に 富む。実験の結果、ゲーム参加者は、預金口座やコミュニティのリスクプールといった管理オプショ ンよりも、インデックス保険をより選好し、低頻度よりも高頻度の支払いを行うインデックス保険をより 好む傾向があることが分かった。また実験におけるインデックス保険の需要として、現金の制約も浮 かび上がった。実験の具体的内容は次の通りである。
・実験の設定
①実験は、Adi Ha、Awet Bikalsi、Genetti、Hade Algaという4つの各村から約100人の参加者 に対して実施。
②参加者は、70Birr(当時のレートで約5USD)が与えられ、以下の(a)~(d)4つのオプションに 5Birrごと割り当てる。
(a) 現金を受け取る
7 (b) 普通預金口座に預金する (c) Group risk poolに入れる (d) インデックス保険を購入する
③上記の「(d)インデックス保険を購入する」は、保険金の支払い頻度によって2種類あり、3年 に1度保険金が支払われるhigh frequent insuranceと5年に1回支払われるlow frequent insuranceがある。参加者は、インデックス保険を購入する際はhigh frequent insuranceかlow
frequent insuranceのいずれかのみ選択ができ重複はできない。
④ Adi Haを除く3つの村では、実験より前にインデックス保険の販売は行われていない。
(図表7)
図表7は、実験の結果の詳細を表したものである。実験の結果からNorton M, et al.(2013)は次の 2点が明らかになったとしている。第1は、low frequent insuranceよりもhigh frequent insuranceがよ り選好されたことであり、参加者の87%が高頻度の支払いを選択した。第2は、Genetti, Hade Alga では、現金を受け取る選択よりも多い額をインデックス保険を購入する資金に充てたことであり、実 験を行った時点で Genetti, Hade Algadでは植林が進行中であり、自分の畑に資金を投資するより インデックス保険で将来の収入の変動を減らすことに注力したと解釈されている。
なお、実験後、実際にインデックス保険の販売が行われたが、その結果も高頻度の支払いの保 険がより選好(93%)されており(図表8)、①農家はインデックス保険に対して保険料を支払う意思 があること、②高頻度の保険をより強く選好したということから窺えるように流動性の高さを選考する こと、が読み取れる。
(図表8)
この実験では、あらかじめ現金を参加者に与えているため、実際と比較して現金の制約は低いこ とから現実の保険では、この実験結果よりも現金制約が高くなると考えられること、さらに、高頻度の 支払いを行う保険は取引費用が増大するため、現実の保険では維持できない可能性があること、
などが指摘されている。
この点に関連して、BINSWANGER(2012)では、貧しい農民は流動性と信用の面で深刻な制約 に直面しており、資金の確保に困難が伴うとされる。裕福な農民は、所得が多様であり、社会的繋 がりを介したある種の「保険」で既に守られているため、インデックス保険に対する需要が低い一方、
貧しい農民は、インデックス保険を活用して効用を高める可能性はあるが、信用が低く資金力がな いため、非常に低コストで提供しない限りインデックス保険への高い需要が期待できないと述べら れている。
5. 改善策の考察
上述したインデックス保険の課題(具体的には、供給サイドのベーシスリスクと需要サイドの流動 性・信用の制約)を踏まえて、本章ではその対応策について、供給サイド、需要サイドの二面から、
先行研究の考察を整理する。
8 5-1.改善策:供給サイド
供給サイドの改善策としては、①インデックスの改善、②インデックス保険が対応する損害規模 の拡大、③他のインデックス保険との組み合わせ、の3点を取り上げる。
5-1-1.インデックスの改善
BINSWANGER(2012)では、改善策のひとつとして、インデックスそのものの改善が挙げられて いる。具体的には、降水量だけでなく気温も考慮したインデックスの開発が考えられる。また、農民 の最終的な目的が消費力の増加である場合、利益を最大化したい農民は作物の収穫高ではなく 農場の利益を保証したいと考えるため、インデックス保険は収穫高ではなく農場の利益を保証する べきであると指摘している。実際、アメリカでは、収穫高ではなく総収入を保証する保険が 1990 年 代半ばにアイオワ州とネブラスカ州で開始され、その後北米全体に広がっている。ただし、そのよう なインデックス保険の開発には、利益のデータを毎年継続的に入手しなければならず、発展途上 国においては困難が伴う。
5-1-2.対応する損害規模の拡大
Rio, K.N.(2011)によると、インデックス保険は、中程度な損失よりも重大で破壊的な損失をカバ ーするのに適しているとされる。降雨量をインデックスとする保険の場合、降雨量が最適に近い場 合、作物の収穫高には、肥料や土壌の質といった他の要因がより大きく影響しており、収穫高と降 雨量の相関は強くない。降雨量が極端に少ない場合は、肥料の使用などの他の要因が収穫高に ほとんど影響を与えないため、降雨量と収穫高の相関はより強くなることから、結果としてベーシス リスクが減少すると考えられる。
また、重大で壊滅的な損失を引き起こす出来事が影響する地理的範囲が一般的に広範囲にな る性格を考慮すると、多くの気象観測所を設置する必要はない。したがって、中程度の損失と比較 して、重大で壊滅的な損失の場合はインデックスの誤推定の可能性は低くなる。
BINSWANGER(2012)によると、壊滅的な損失のみに焦点をあてたインデックス保険は、農家が 保険金の支払いを受けるのに何年もかかる可能性があるため、こうした欠点から従来のインデック ス保険は中程度の損失をカバーしているとされる。これを改善するためには、壊滅的な損失をカバ ーするインデックス保険を国際市場で再保険することなどが必要になる。さらに、壊滅的な損失へ の対処法として、リスクを政府と共有することも考慮すべきであり、一例として、モンゴルのIBLIを取 り上げると、小さな損失は民間保険会社がカバーするが、壊滅的な損失に関しては政府が負担し ている。
5-1-3.他のインデックス保険との組み合わせ
Rio, K.N.(2011)によると、インデックス保険は単体で用いるのではなく、複数のインデックス保険 を組み合わせることによって、両方のインデックス保険の長所を生かせるためより効果的であるとさ
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れる。具体例として、天候インデックス保険を単独で利用するのではなく、他のインデックス保険(収 穫インデックス保険)と組み合わせることによって、天候インデックス保険ではカバーされないリスク
(降水量では損失が認められないような被害)も、収穫インデックス保険で損失があると認識されれ ば、普及が進むと考えられる。
5-2.改善策:需要サイド
需要サイドの改善策としては、①貧しい農村部における教育水準の底上げ、②貧しい農民に対 する信用付与、が指摘されている。
5-2-1.貧しい農村部における教育水準の底上げ
BINSWANGER(2012)によると、インデックス保険が機能するための需要側の条件として、そも そも保険を購入する農民が、保険の内容と損害が発生した時に期待できる受取りを正確に理解し ていること必要であるとしている。しかし、貧しい農村部では、理解力に問題が伴うことも多い。
Ruth et al.(2013)は、エチオピアの農村におけるインデックス保険販売に関する現地調査の一環 として、数学のスキルレベルを測定している。それによると、ほとんどの回答者は、インデックス保険 による保険金の支払いが発生する時期と発生しない時期を正確に識別でき、加算や乗算などの基 本的な数学的スキルはかなり優れていたものの、除算、割合、および確率に関する質問には正しく 答えることが出来なかったとされる。
この現地調査からも、貧しい農村部では基礎教育の水準が決して高いとは言えないことがわか る。農村における災害と教育の関係として、Groppo V, et al.(2017)によると、モンゴルにおいて
2009~2010年のdzudで牧畜民の子供の学力が低下したとされる。つまり、災害そのものが学力低
下にも直接的な影響を及ぼしており、貧しい農村部でインデックス保険の潜在的な需要を開拓す るためには、基礎的な教育水準を引き上げることで、インデックス保険に対する正確な理解を深め ることが必要ではないかと考えられる。
5-2-2.貧しい農民に対する信用付与
途上国の貧しい農民は、インデックス保険を活用して効用を高める可能性はあるものの、信用 が低く資金力がないため、インデックス保険の購入に困難が伴う。BINSWANGER(2012)は、この ような状況を改善する最も有望な方法は、保険契約を信用供与者などのアグリゲーターと結びつ けることだと主張している。
政府やアグリゲーターが個々の農家の信用を保証する可能性は限られているが、政府やアグリ ゲーターは、気象リスクを保証するために他の保険を利用することができる。国際的な保険会社が そのようなリスクを再保険する意欲があるにも関わらず、国際市場における再保険を活用する機関 が殆どないことは驚くべきことだとも指摘している。それ故、農民、政府、アグリゲーターが一体とな ってインデックス保険を活用し、相対的に信用の高い政府、アグリゲーターが国際的な保険市場を 利用し再保険をかけることで、貧しい農民の信用制約問題を克服できれば、インデックス保険の普
10 及を促進できるのではないかと考えられる。
6. おわりに
以上、本稿では、ICT のグローバルな普及に伴い、近年発展途上国を中心に関心が高まってい るインデックス保険について、なぜ低い需要に留まっているのか、という問題意識の下、先行研究 を渉猟し、その背景と原因を探ると共に今後の普及に向けた考察を行った。その結果、インデック ス保険の課題としては、ベーシスリスクの存在と流動性・信用の制約の 2 点が浮かび上がった。こ の課題に対処するため、供給サイドでは、インデックスの改善、対応する損害規模の拡大、他のイ ンデックス保険との組み合わせ、の3点が、需要サイドでは、貧しい農村部における教育水準の底 上げ、貧しい農民に対する信用付与等の補完措置、の2点を検討した。
これらの対応策は、あくまで先行研究で考察されていたものであり、実際に上記の改善策に取り 組んだ事例や、それに伴う効果測定を行った分析は本稿で行っていない。現時点では、発展途上 国で試験的に導入され始めたインデックス保険が多く、商業ベースでの導入を踏まえた改善段階 には達してはいないことが一因とみられる。それ故、本稿で考察した改善策の実施後後にインデッ クス保険の需要がどう変化したかという点については、今後の研究課題として残されていることを最 後に記しておきたい。
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〔参考文献一覧〕
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12 図表一覧 図表1 農業における3つのリスク対応
(出典)The World Bank(2017)をもとに筆者作成。
図表2 作物保険とインデックス保険の仕組みと特徴
(出典)The World Bank(2017), Rio, K.N.(2011)をもとに筆者作成。
13 図表3 Kilimo Salamaの仕組み(保険購入時)
(出典)The World Bank(2017)および田中(2016)をもとに筆者作成。
図表4 Kilimo Salamaの仕組み(保険金支払時)
(出典)The World Bank(2017)および田中(2016)をもとに筆者作成。
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図表5 モンゴルUvs州、Zavkhan州Govi-Altai州における牧畜民家畜保有数
(出典)VERONIKA et al. (2017) Figure 1. より一部抜粋。
図表6 ベーシスリスクの種類
(出典)Rio, K.N.(2011) Table 5. より抜粋。
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図表7 エチオピアにおけるインデックス保険販売実験の結果
(出典)Norton M, et al.(2013) Table6. より抜粋。
図表8 エチオピアにおける実際のインデックス保険販売実績
(出典)Norton M, et al.(2013) Table 8. より抜粋。
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【SLRC Discussion Paper Series バックナンバー】
Vol. 1, No. 1 社会基盤としての RFID に関する考察-非接触型 IC カードおよび無線タグの技術発
展経過と実用化-, 篠﨑彰彦, 浜崎陽一郎, 納富貞嘉, 井上創造, 安浦寛人, April 2004
Vol. 2, No. 1 システムLSI設計教育先端事例の海外調査報告, 築添 明, 林田隆則, 安浦寛人, 久住憲嗣, 井上弘士, 福田 晃, Dec. 2005
Vol. 3, No. 1 Proceedings of “Center-of-Excellence” workshop on System LSI Design Methodology, Sep. 2006
Vol. 3, No. 2 2005年度QUBE活動記録, 安浦寛人, 築添 明, 久住憲嗣, 林田隆則, 大石淳子, 福田 晃, 中西恒夫, Sep. 2006
Vol. 4, No. 1 大学における地域連携型プロジェクトのマネジメント-平成18年度情報家電活
用基礎整備事業「デジタルコミュニティ実証実験事業」e-Worldプロジェクト-, 松本理恵, 馬場尚美, 松元祖子, 池田大輔, 井上創造, 石田浩二, 安浦寛人, Dec. 2007
Vol. 5, No. 1 日本の情報通信技術(ICT)の研究開発の方向に関する提言, 安浦寛人, Sep. 2009
Vol. 6, No. 1 電子マネーの普及と今後の少額決済サービス-ミクロデータによる電子マネー
普及状況の実証分析-, 中田 真佐男, Mar. 2010
Vol. 7, No. 1 QUBE:五年間の活動記録, 築添 明, 久住憲嗣, 林田隆則, ヴィクトル グラール, 大石淳子, 北園倫子, 財部里佳, 中西恒夫, 福田 晃, 安浦寛人, Jan. 2011
Vol. 8, No. 1 「国民ID制度」および「社会保障税の番号制度」に向けたVRICSによる自治体
情報基盤の構築における一考察-「国民ID制度」および「社会保障・税の番号 制度」の政府取り組み状況-, 中井俊文, Dec. 2012
Vol. 9, No. 1 固定電話・携帯電話の普及が国際経済の発展に及ぼす影響の実証分析-ITU長期
時系列データを用いた観察-, 浦川邦夫, 篠﨑彰彦, 末永雄大, May. 2013
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Vol. 10, No. 1 携帯電話の普及と1 人当たりGDP の成長に関する国際比較分析―グレンジャーの因
果性テストによるクロス・カントリー分析―, 浦川邦夫, 篠﨑彰彦, 末永雄大, May. 2013
Vol. 11, No. 1 マイナンバー制度~マイナンバー制度とは、社会情報基盤から見た将来に向けた検討
~, 中井敏文, Dec. 2015
Vol.12,No.1 How Low Income Countries Can Develop Service Exports to the U.S.: Evidence from Panel Data Analysis and Graphical Modeling, Akihiko SHINOZAKI, Shigehiro KUBOTA, Yudai SUENAGA, Sep.2016
Vol.13,No.1 Graphical modeling analysis of how investment in ICT pays off: Evidence from nationwide survey data in Japan, Akihiko SHINOZAKI, Satoshi WASHIO, Shigehiro KUBOTA, Feb. 2018
Vol.14,No.1 Digital innovation and analog complements: Making the digital economy prosperous, Akihiko SHINOZAKI, Jan.2019
Vol.15,No.1 「情報化のグローバル化」と「人材の国際移動」がサービス貿易に及ぼす影響
―リーマンショック後の構造変化に関する実証分析―, 篠﨑彰彦, 久保田茂裕, Feb.2020
SLRC Discussion Paper Seriesについて
今日,システムLSIは,研究開発,設計,生産,利用を通じて,社会のあらゆる場面に影響が及んで いる。こうした現実を踏まえて,九州大学システムLSI研究センターは,「社会基盤としてのSLI」に 関する幅広い領域の調査・研究を発表する媒体として,SLRC Discussion Paper Seriesを不定期に刊行 することとした。技術や社会の変化が激しさを増す中,このシリーズを通じて,実証実験や実態調査を もとにしたタイムリーな問題提起がなされ,専門領域の異なる研究者間の議論を活発化して,学際的な 叡智結集の一助となることを願う。
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