著者 船田 鈴子
雑誌名 東京家政大学生活科学研究所研究報告
巻 23
ページ 11‑26
発行年 2000‑06
出版者 東京家政大学生活科学研究所
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009849/
AStudy on the human character building and education
船田 鈴子 Reiko FuNADA
はじめに
人間の発達や人間的能力・人間性の円満な発 達には適切な教育・学習が必要である。ところ が現在の日本の子どもは世界でも稀に激しい受 験戦争下や社会の急激で多面的な変化のもとに あって必ずしもよい環境と文化社会のなかで人 間的成長・発達が図られていないのではないか と疑問を感じた。なぜなら最近の子どもたちの 生活状況は、
1.塾や学校生活に時間をとられ、ゆとりの ない生活を送っている。また自然のなかで直接 体験したり家庭で生活体験したりする時間が少 なくなっている。
2.兄弟姉妹数や友人数の減少とともに付き 合い方も表面的なものになり、子どもの人間関 係を作る力の弱体化に見られる社会性の不足や 倫理観の弱さなどがあげられる。
このような状況から見ても現代の子どもたち の心(豊かな人間性)一自ら学び、自ら考え、
主体的に判断したり、自からを律しっっ、他人 とともに協調し、他人を思いやる心や感動する 心一などの育成が非常に重要なことと思われる。
そこで本論では学校や家庭教育における今日 的問題を、関連する調査資料をとおして検討し 現状に対する解決策を探る示唆を取り出したい
と考える。
第一章においては現代の子どもの発達特性を 明らかにし子どもが人間らしい人間として正常 に発達するための阻害的条件を取りだし人間形 成にあたっての諸課題を導き出したい。
第二章では第一章で明らかにした諸課題を克 服すべく人間的成長・発達のための教育学理論
と方法を探求したい。
第三章では「子育て支援」にかかわる愛媛県 下の養育者の問題をアンケート調査をとおして 検討し本来こうあるべきはずの学校・家庭(地 域も含む)教育の原理や特徴と比較しながら現 代においての望ましい人間形成が妨げられてい
る要因をより具体的に探る。
第四章では第三章での課題を受けて、学校・
家庭教育の現代的役割を論じ、よりよい人間形 成の教育のあり方を考察し実践や支援に役立て たいと思う。
.生活科学研究所 研修生
第一章 子どもの発達と人間形成の諸課題 1.発達の意味
「発達とは人間的な存在可能性の実現である」
とオランダのランゲフェルド(Langeveld, M.J)
が定義しているように、彼は発達を人間として 存在する可能性の実現、換言すると、人間とし ての価値の実現の内容として特徴付けている。
発達は遺伝か環境のどちらによるものかという 課題が出てくるが、たしかに発達には遺伝も作 用している。体つきや顔が親に似るという事実 が体験的にしられているが、一方、同じ兄弟で も個別的な発達を遂げていくという事実も見と められている。このことは発達が遺伝だけによ るのではなく、個体の周囲の環境によって影響 を受けるという事実を物語っている。現在では 発達は遺伝と環境の相互作用によりなされると いう考え方が一般的に容認されている。さて、
そこでもう一歩発達の促進要因に関して模索し
たい関心事がある。それはドイッのロート
(Roth, H)等の「教育的発達」という用語に 表される発達理論である。ロートによると発達
は漠然とした個体の周囲に存在する環境だけに よって促進されるのではなく意図的な働きかけ、
援助によってよりよく実現していくという。子 どもは自明のこととして自然に存在したままの 環境によって一定程度の発達を遂げていく。し かし意図的に具体的な環境を用意し、よりよい 方法で子どもに援助を与えることにより、子ど
もは即応して具体的な発達を遂げていく。教育 が「意図的な働きかけの機能」と称される所以 はここにある。発達はこの意図的な働きかけに よってよりよく促進されるという。人間にとっ ての発達は人間として価値的なあり方、意味深 いあり方をその子自身が求め、そのあり方をそ の子自身がその都度実現していくことである。
教育は一人ひとりの子どもがその子独自に意味 深く生きようとするために存在し、その都度そ の子にそって援助する働きである。子どもは周 囲の人々や文化との個々の関わり合いのなかで 相互に応答しながら発達していく。
一人ひとりの「発達課題」すなわち「各年齢 の段階で要求される発達の課題」との関連で
「教育の適時性」に関して、「教育が早く行われ 過ぎればその努力は無に帰するがその努力が課 題の学習されるべき教育的適時に合致すれば満 足な結果が得られる」と心理学者のハヴィガー
スト(Havighurst, R.L)はいっているが、こ の考えからも学べることは「教育の適時性」は よりよい有効な発達のためにそのタイミングの あり方が追求されなければならない課題として 存在している。この有効な発達のためのタイミ ングのあり方は自ずと個人個人の発達の準備と 関わる「適時性」の議論に繋がっていく。われ われは教育の適時性に関して考え方を深める時、
この発達の準備との関連を追及しなければなら ない。そこでいっておきたいことは心身の成熟 度から見れば、ある内容を学習し受け入れるこ
とが可能な状態にあっても、その内容に対する
その子の興味、好奇心、関心、動機とか欠けて いる場合には将来にわたって生きる能力として の真の発達の「効果」は不確実なものになるの ではないかと危惧せざるを得ないことである。
加えて「教育の適時性」に関してもう一つ言 及しておきたい避けて通れないことは「発達の 個性・独自性」である。発達の個性・独自性は 子ども同士を比較した上での個人差の内容では なく、その子自体の「その子らしさ」自体であ る。個々の子どもは一定の発達の法則に従って 発達の筋道を辿り、その時期の特徴的な発達段 階を大枠に歩んでいく、しかしなおそうであり ながら一人一人は個性的な発達をしていく。発 達とは各年齢で子どもがどのような姿を見せる かという記述のみで終わるものではなく、発達 は生涯の見通しの中で捉え直されるべきである と考える。人間には人生の中での「出会い」
「覚醒」「悔い改め」の時がそれぞれに準備され ている。個人が人間としてさまざまに広く深く 変容していく「とき」が個人としての本当の意 味の発達であると思う。
2.幼児期・児童期の発達の特徴と発達課題 a.幼児期の発達の特徴
密着した母子関係のもとに生活していた時代 が終わり、自立した一個人として社会に参与で きるべく成長を開始するのが幼児期である。母 親による保護の時代から幼稚園や保育園などの 集団へ足を踏み入れ,友だちや教師という新し い人間関係を広げていく。こうした生活空間の 広がりとともにこの時期は言語の語彙数の獲得 が著しく表現も豊かになるが伝達機能としては 十分に効力が果たされていない。生活面では基 本的生活習慣が確立され身のまわりの始末がで きるようになったり、自分のことは自分でしよう とする自立の意識が見られたりするようになる。
また身体面においてもさまざまな運動機能が 発達するが、歩く、走る、跳ぶなどはかなり上 手にできる割にはスキップ、縄跳びなどの複雑 な動作や二っ以上の機能を同時に使う動きなど.
は難しい。人間が人としてその成長の開始にあ たる幼児期は人間として要求されるさまざまな 資質のなかでそのもっとも基礎的な能力は、
①コミュニケーション手段としての言語能力 ②移動探索のために必要とされる歩行、手の 機能といった身体的活動能力
③社会のなかで生活するための基礁的自助行 動としての基本的生活習慣
④他人の力に頼らず自力で行動し得るための 自立性
などが著しく発達するといわれている。
幼児期は心身の発達が著しく開花する時期で はあるが各機能はまだ十分でなく未分化な状態 である。加えて全体的に自己中心的な言動が多 いが心理的・社会的に急激な変化を示す時期で
ある。
b.児童期
小学校という義務教育のスタートを切り、新 しい社会に入っていくと学校生活での経験をと おして幼児期に身にっけた言語・運動能力を生 かし、知的・情緒的にめざましい発達を遂げて いく。認知的な面では、幼児期に比べると概念 が広がり象徴機能をより有効に使い想像力が豊 かになっていく。児童期は知性の獲得を中心と した時期で子どもの知的能力の発達は著しい。
発達の特徴としては個人差が大きく、それは 高学年になるほど目立つようになり個々の子ど もにさまざまな影響を与える。例えば体格の差、
性差、運動能力の差などがあげられるが、これ は子どもたちの意識にいろいろな変化をもたら す。個人差によって優越感や劣等感を持ちグルー プの形成やリーダーシップの争いなどにも関係 してくる。この時期は特に性的な成熟が児童の 精神面に大きな影響をもたらし身体の発達にと
もない心にも大きな変化が生じる。
「見る」「触る」「動かす」といった具体的な活 動を通して考えることが多かった子どもも、こ の頃になると抽象的な概念を駆使して論理的な 思考をすることができるようになるが、知的発
達の個人差はこの時期がいちばん著しい。また この時期は集団のなかに積極的に参加しようと して、ルールや秩序を守り、自分の役割を果た そうとするが精神的・行動的にまだ未熟のため 仲間との衝突が生じたり挫折感を味わったりす
る。人との関係は学校集団によって広がりを増 すがそのなかでの生活、友だちとの関わりなどに よって思いやりの心や尊敬する心などの社会的 行動や善悪の区別などを学んでいくと考える。
またさまざまな場面で他者と比較されたり、
違いを意識したりすることもこの時期多くなる が、このことによって自己意識が明確になり自 己認知の内容と客観性が増してくる。
c.幼児期・児童期の発達課題
人間の発達の過程にはそれぞれ異なった時期 に異なった特徴が現われる。各年齢の発達的特 徴を理解しやすくするために発達段階を設けて いるが、これはあくまでも平均的発達の状態を 示すものであって、子どもの発達には個人差が あることを忘れてはならない。一般に「各発達 段階の内容を充分に達成できなかった場合、次 の段階の発達に悪影響を及ぼす可能性がある」
といわれているように、各段階でその段階の発 達を充分に達成しておくことが次の段階での発 達の必須条件である。このように各段階に応じ て必ず達成しておかなければならない重要な内
容が発達課題である。ハヴィガースト
(Havighurst, R.L)は表1のような発達課題 のリストをあげている。彼は「人が社会の一員 として健全で幸福な成長を遂げるために期待さ れる社会的役割に注目して発達課題を取り出し た」と述べている。幼児や児童が「人」として 成長発達していくためには具体的な課題のみの
「できた」「できない」でその子が発達した、課 題をクリアしたとみなすのではなく、その子に とって人間に成りうる本当に必要なことか価値 のあることかを見極め、個人に合った発達の内 容を積極的に提供し働きかけることが重要であ ると考える。そうすることによって一人ひとり
は自己の発達段階を各段階で充分に達成できる ことになり、成人まで問題をもたらすというよ うな悪影響も少なくなると思う。子どもを無視 した強制的な働きかけは、子どもの主体性を摘 み取り自立的な人間としての自己形成力を奪う ことになる。幼児・児童が「その子らしく」一 人の人格者として発達できるような働きかけ
(内容)が幼児期・児童期の発達課題であると 思う(表1参照)。
表1.生涯をとおしての発達課題
(Havigurst,1972,斎藤,1990による)
1.乳児期および幼児期一誕生からほぼ6歳ま で
①歩くことを学ぶ
②かたい食べ物を食べることを学ぶ ③話すことを学ぶ
④排泄をコントロールすることを学ぶ ⑤性の違いと性に結びっいた慎みを学ぶ ⑥概念を形成し,社会的現実と物理的現実を 表わすことばを学ぶ
⑦読むための準備をする
⑧良いことと悪いことの区別を学んで,良心 を発達させはじある
2.児童期一ほぼ6歳から12歳
①ふっうのゲームをするのに必要な身体的ス キル(技能)を学ぶ
②成長している生物としての自分について健 全な態度をきずく
③同じ年ごろの仲間とうまくつきあっていく ことを学ぶ
④男性あるいは女性としての適切な社会的役 割を学ぶ
⑤読み,書き,計算の基本的スキル(技能)を学 ぶ
⑥日常生活に必要な概念を発達させる ⑦良心道徳性価値基準を発達させる ⑧個人的な独立性を形成する
⑨社会集団と社会制度にたいする態度を発達 させる
3.現代の子どもの発達特性
人間はさまざまな影響を受けて成長発達して いく。とりわけ、子どもは自分を取り巻く社会 の変化に刺激を受けやすく、現代のような急激 で多面的な変容は子どもの成長発達にさまざま な影響を与えている。身体的発達一っとってみ ても昔に比べると成熟は早く発達の加速現象が 著しい。また体位(身長・体重)の向上が上げ
られる反面、体力、筋力、柔軟性、跳力などは 低下の傾向を示しており体位とのバランスが崩 れてきている。それに最近の子どもは友だちと 群れて遊んだり、自然に思いっきり触れて遊ん だりする直接体験が乏しいたあ、自立性や責任 感、自立のための諸能力の獲得が遅く希薄であ
る。
さらに今の日本の子どもたちは親や先生に対 して従順であり、みんなに同調する子がよい子 なのだという価値意識を植え付けられて育って いるようにも思う。そういう時代状況のなかで 正しいと信じることはたとえ独りでも正しいと 言ったり行ったりする意志力(すなわち積極的 な行動特性を伴う自発性、前向きな成長への欲 求)が低下し飽きやすく自分勝手で思いやりに 欠け受身の姿勢が強い。ある学校で教師が「今 から遊びでも勉強でも自分のやりたいことをし なさい」といった時「何をしてよいか解らない やることを教えて」と返事が返ったということ を聞いたことがある。現代の子はいわれたこと は要領よくこなすが、自分で考えるのは苦手な 子が多くなったようだ。また他人と関りを避け たがる傾向も強く集団生活での人間関係を不安 がり倫理感が弱くなってきている。小学校低学 年の教師に最近の子どもの変化について尋ねた ところ「自己中心」「夜型の生活」が上位を占 め、続いて「お稽古事が多い」「片付け・挨拶 ができない」「他児とコミュニケーションが取 れない」などがあげられた。教師が見た最近の 子どもの変化、生活の現状が特徴付けられてい るのがわかる。このことからも現在の子どもた ちは物質的な豊かさや便利さを享受する反面、
塾や学校生活に時間を取られ一人で過ごすこと が多い。相手が傷ついて、それを見て自分が傷 つくのが怖い。だからこころを開かず人間関係 を造ろうとしない。対象がコンピューターなど 無機物なら興味を持つ。また他人との関わりを 避けたがる反面、みんなと同じ行動をとり、自 分を目立たないようにする「集団埋没型」の子
どもが目立っ。
4.人間形成の諸課題
人間は社会集団のなかで学び教えられて育ち 生涯にわたっての人間形成が進められていく。
子ども一人ひとりが長い将来にわたって人間と して深まり豊かになっていくための課題にっい て考えてみることにする。
①自分自身について多面的に知り理解してい くこと一私たちはできるだけ自分に都合の いいように物ごとを考えようとする傾向が 強く、自分の内面世界は独りよがりで歪ん ではいるが、できるだけその考え方をやめ て実際には、現実には、本当には、どうなっ ているのだろうかということを考えられる ようになること。自分自身についても独り よがりの自己認識、自己概念を修正してい くために、自分の良いところだけでなく悪 いところも認識しようとすることが大切で ある。と同時にやはり嫌なことは嫌なもの ではあるから、自分には確かに悪いとこ、
嫌なとこがあるがこれが「私」であると思 える気持ちを育てていかなければならない と考える。自分自身の現実を全部受け入れ ることができる本当の自己受容を…Q ②自己防衛的で自己中心的な自尊感情や思い 上がった「誇り」を捨て、現実的で開かれ た穏やかな自信とプライドを持っようにな ること一誰でも人としてプライドや自信を 欠いては精神的な健康は保てないが、それ が歪んだ形で維持されたり表出されたりす れば社会的な不適応や心理的にも問題を引 き起こすことになる。いずれにせよ人間誰
しも何か一っ自分で誇れるところを持たな いとどうにもならない。自分の内面世界に 深くプライドを持っということは、人間が 主体的に強く生きていくための重要な要素 と考えられる。
③自分はどういうあり方、生き方をすべきか といった自己のあるべき姿について、柔軟 ではっきりした方向性を持っようになるこ と一自分自身をどういう方向に伸ばしてい くかということについては小さな頃から考 えていくべきだと思う。現代社会では、さ したる目的意識もないまま、やたら動き回 る人が非常に多いように思う。これは自分 のなかに本当にやりたいこと、本当に実現 したいことがないからではと考える。意志、
意欲が失われており本当の促しがない。こ の課題は特に青年期以降、単なる憧れや夢 でなく、志や使命感といったところにまで イメージが結晶していくことを望みたい。
④自分自身と同様、他の人も自分のことに一 喜一憂し自分が世界の中心に居るかのごと くに考えている存在であるということをよ く理解するようになること一私たちは客観 的に考えているっもりでも、結局自分の立 場からしか考えていないし、自分の視点か らしか見ていないという面がある。それを 忘れて自分の考えていることは全部客観的 で公正だと思いたがる。しかしこれは自分 がそうであるということに気づくと同時に、
他の人もやはりそうなんだということに気 づいてお互いが自己中心的な存在であるこ とを認識して付き合っていかないと、対人 的で社会的な関係というのはうまくいかな いと思う。自分の周りの人が全部自己中心 的で「誰も私のことなんか考えてくれない。」
というような気持ちを持たないように人間 は誰も自己中心性を持っていることを充分 に認識しながら洞察を深めていくと、独善 に陥りにくく人間嫌いといった状態にもな らなくて済むのではと考える。
⑤自分自身は過去から未来へと一貫して存在 し続けるものであるにせよ、現実に存在し 機能しているのは、「今」「ここ」の自分で しかないということを実感し理解するよう になること一これは自己のアイデンティティ の確認と実存性の確認とを相即的に深めさ せたいということにほかならない。いずれ にせよ、自分が活動しているその場で、常 に全力投球できる姿勢を確立したいもので ある。本当に何かに打ち込んで没頭する時 間を時々持たなくてはイライラがつのって くること。「今」「ここ」の積み重ねが一人 ひとりの生涯を形作っていくことを十分理 解させるためにも一人ひとりに与えられた 具体的・個別的な「今」「ここ」をとらえ させたいものである。
第二章 人間形成と教育論
1.人間的成長・発達のための教育学理論 わが国の現代教育の矛盾、問題、課題を探求 するために、学校教育の中でも人間形成の基礎 を培うところの幼稚園教育のあり方について考 察していきたい。
・イタール(1774〜1838)
聴覚機関の疾患について研究。
「アビィロンの野生児」を4週間 教育。
・セガン(1812〜1880)
イタールの門弟。精神薄弱児教育 を研究。
「生理学的治療法」感覚機能の訓 練は知的能力を活動発達させると考 え、種々の教具を考案した。
モンテッソーリは生理学的根拠に基 づいて障害児を治療し教育した、二 人の先輩の医者、特にセガンから感 覚的な教授法を学んだ。
1907年…子どもの家設立一ローマの貧民街サ ンロレンッォ地区、3歳〜6歳 ま での最下層クラスの子ども。モンテッ ソーリはセガンの教具にさらに手を 加え就学前の正常児の教育に使った。
モンテッソーリ教育の発端はローマ の貧民街サンロレンツォの「子ども の家」からであった。
モンテッソーリの教育観と教師 マリア・モンテッソーリとモンテッソーリ教
育について
マリア・モンテッソーリ(Maria Montessori)
の教育理論と実践のひとっの根本的な考えは、
人間が成長し発達するためには素質だけではな く、環境が重要な役割を果たすというところか ら、モンテッソーリの子どもの見方、教育のあ り方を理解するために女史がどのような環境で 育ったかを述べる必要があると考える。
。マリア・モンテッソーリ 1870〜1952 イタ リアで生まれ、オランダで没す。
1896年…ローマの国立大学医学部を卒業し26 歳の若さで医学博士号取得。イタリ アで最初の女性医学博士誕生。
1898年…知恵おくれの子どもの教育(治療教 育)研究発表。
モンテッソーリは教育とは、教師や親が上か ら教えることではなくて、下から子どもの自己 発展を助成する作用であると言っている。元来 子どもには、自ら成長発達する力が、生まれっ き具わっていて(モンテッソーリはこれをホル メと呼んでいる)それによって、自ら成長発達 し、やがて独立してその人格を完成させる内的 な生命力があると…。モンテッソーリは「子ど もは誕生のときから一っの活動的な精神生命を もち、自分の未来のパーソナリティーの構成設 計を自らのうちに具えている」と、「子どもの 発見」に記している。っまり、人間の心と身体 の成長と発達は外から誰かによって引き伸ばさ れておこるのではない、子どもが生まれながら に具えている内的生命が原動力となって子ども 自身が自己発展して、自分の人格を創造してい
くということである。教師の働きは、この内的 生命を基礎として「生命の発達を助けること」
であり、「教えることではなく、幼い心が発達 する仕事を援助すること」であると述べている。
子どもの精神は上から教えるのではなく、適 切な環境を与え、自由な活動を保障しておけば ぐんぐん発達する。モンテッソーリの第一の教 育原理、(自己発展の助成)は一切の積極的手段 を排除する。第二の教育原理(環境の構成)は
「環境の中心要素は教師である」と言って教師 を重視している。環境の重視にっいては①敏感 期に即応した適当な時期に適度の適性な環境か らの刺激が必要なこと。②人間の精神内容の発 達は環境から文化を学習していくことによって
なされていくと述べている。
教師は一人ひとりの子どもに、十分にととの えられた環境を備えてやり、その中で思う存分 に好きな活動ができるように自由を保障すれば、
子どもは集中作業をする。そしてその結果、正 常化してくると言っている。モンテッソーリ教 育がめざす正常化とは、人間の正常な姿、っま
り精神の優位性を意味している。この正常化を もたらすのに、いわゆる整えられた環境が配慮 され、その重要な要素として教具がある。
教具の特徴は、
①子どもにあったサイズー教育の出発点に子 どもを置く心の態度のあらわれとして受け とめ、甘やかす意味での子ども本位でなく、
一個の人格として子どもを尊重する立場か ら棚の高さ、教具の重さ、大きさ等が子ど もの手に負えないようなものでないこと。
②美的センスーできるだけ本物であること、
自然を生かしたものであること。木目をそ のまま生かした教具、高価でなくとも単純 さの中に美しさをもつ教具。保育室内の 調度、配置等における調和の美しさ、多す ぎも少なすぎもしない適度な刺激が子ども の心に安らぎを与えると同時に「ほんもの」
を大切にする習慣をつけていく。
③困難性の孤立一教具が子どもに提供する課
題(困難性)が単一(孤立)であるという 意味できわめて重要なひとっの特徴である。
Ex.ピンクタワー
サイズの弁別という課題に子どもの作業 を集中するために色は一色に統制され、
形は正立方体に統一されている。唯一異 なっているもの、求めるべきものは、サ イズの一点に絞られる。課題を一っに絞 ることは集中力を育て、子どもの中に 「方向づけ」のセンスを養うことにもなる。
④誤りの調整一子どもが自分で自分のした作 業のプロセスにおいて誤りがあれば、それ が発見できる仕組みが教具の中にあること を意味している。誤りをさせないことが目 的なのではなく、誤りに自ら気づいて直す ところに大きな教育的意義がある。他人の 助けを借りることなく作業を仕終えた時、
そこには大きな完成の喜びと満足感があり、
正しい独立心が育てられていく。
この教育法の要点は
1.人間尊重の基本的精神に深く根をおろした、
女史独自の児童観に基づく教育理論と教育方法 である。つまりホルメ(自ら外に向かって行く 内的な力)ないしムネメ(特別な意識化の能力)
という固有の概念で表されている一人ひとりの 子どもの内部に、生まれながら具わっている
「成長・発達の原動力」を重視する教育理論で
ある。
2.教育の原点を,子どもの内的生命による自 己発展におき、教育方法の基本的原理としての
「自由」の持っ真の教育的意義を解明している。
3.内的生命は環境によって内容のある具体的 なものに発展すること。そのための物的あるい は人的環境にっいて「整理された環境」、特に その中心要素としての「モンテッソーリ教具」
を開発して独自の教育方法を提供している。
4.このような児童観、自由観、環境観のうえ に立って、教育にあたる教師にっいての独特な 教師観を確立したこと。その基本的態度は「辛 棒強く、静かに、子どもの自主活動を一歩退い
て静かに見守り、必要に応じて温かく援助の手 を差しのべる」ことであるといっている。
教具の置き方、使い方がある程度限定され、
規定されているモンテッソーリ教育法は子ども の想像力、創造性を伸ばす点で欠けるのではな いかという批判がある。制限のあるところに自 由がないという考え方に対して、制限内の自由 はモンテッソーリ教育法の大原則である。自由 とは何の規則も拘束もない状態を指して言うの だろうか。
幼児期の子どもは「安定感のある自由」の中 に育つことが将来の性格形成上きわめて大切で ある。母親との接触でつくられる基本的信頼が ひとっの発達課題として十分に養われて、はじ あて子どもは次の発達段階における課題を果た してゆく能力を得るように、モンテッソーリ教 具に一定の使い方があるということは、子ども たちに安定感を与え、その安定感の上に立って 変化をもたせ、創造性を生かした創意工夫がな されるのである。子どもに自由を与え、子ども を観察することによって子どもから教育を考え ようとする人間としての子どもを、もっとも深 く鋭く見据えている人間学的教育論と言えよう。
これまでに考察してきたモンテッソーリの教 育理論は本論のはじめにで触れたことの対応、
それへの示唆が得られるのではないかと考える。
2.人間的成長・発達のための教育
人間が人間らしく個人として、集団として生 きていくための資質や能力を円満に調和的に成 長・発達させるためには、人間として生きる喜 びに浸ることができる。そんな生き方はどんな 生き方なのか、ともに平和のうちにみんな仲良
く穏やかにぬくもりのある暮らしができるため には、私たちは何にどう取り組んでいったらよ いのか一こういう課題に立ち向かい、その人な りに精一杯生きることを学ぶ一これが本当の
「教育」なのではと考える。特にこれからの子 どもには生命や人権を尊重する心、自らを律す る心、自然や美しいものに感動する心、他人を
思いやる心、正義を愛する心、ボランティアの 心、郷土や国を愛する心など、豊かな人間性を 育成していくことが求められると考える。その ためにも発達の主体である子ども(人間)の内 部的欲求(素質、能力、興味、経験、関心など)
や人間の持つ数々の精神的作用を合理的に理解 した良い教育が必要とされる。「させられる勉 強」「強いられる生活」でなく本当の興味や関 心が育っように教育が子どものためのものであ ること。「まず子どもから」の教育の視点に立 ち戻ることが重要と考える。このためにはまず ①管理教育思想と決別し、子どもたちを対等 な人格を持った、ともに学び合うパートナー として認め子どもを主役にした「人権尊重・
相互理解・自由・対等な関係の確立」を目 指すことである。
②子どもが主体的に学ぶことを大切にし、点 数主義、競争主義を排除し、できるように なる、解る喜びを感じ、学び合う、教え合 う関係を作ることである。
③自分自身をかけがえのない存在として大切 にし、自分に自信を持てるように個人の自 立を大切にする。さらにゆとりのある集団 生活を展開しながら共生・連帯を図り優し さ・思いやり・責任・信頼などの人間的体 験を豊富にし、豊かな人間関係を築いてい けるような場の営みが重要である。人間が 望ましい人間的成長・発達をするためには、
これまでの競争原理のうえに組み立てられ てきた知識・情報偏重の一面的な知的教育 では社会的、集団的陶治が欠如し、能力の 全面にわったての調和的発達が望まれにく いと考える。
第三章 学校教育と家庭教育 1.学校教育
a.学校教育の原理と特徴
学校は一般に「一定の目的に従って一定の教 職員と施設とによって、意図的・計画的に組織 的な学習をさせるための教育機関である」と意
義づけられ「人格の完成を目指し平和的な国家 及び社会の形成者として心身ともに健康な国民 の育成を期して行われる」教育の目的を現実の
ものにすることが学校の本質となる。だが実際 の学校は法制面で制度化されている機関である から、法令に従い一定の基準に基づき組織され 運営されるのが一般的でともすれば形式化、定 型化、画一化の傾向に走る特性がある。さらに 国民の共通の知識や技能を習得させ社会の維持、
発展を図るという社会からの要請をっねに背負っ ている特性があり、他方では学校で知識や技能、
社会的な価値や態度などを習得して自己実現を 達成していくという個人的な要請も学校を支え ている特性の一つである。学校は子どもの持っ て生まれた「潜在的可能性」を等しく伸張させ、
将来の生活に向けて自らの学習の基礎となる能 力を育てる所。っまり日常生活に直接に役立っ 能力を身につけるのではなく、将来の「生活力」
の基礎的構成要素としての学力を身にっける場 なのである。このように学校教育の主要な任務 は知的な学習にあり生活過程における経験や行 動をとおしての人間の「形成」をより積極的に 高次なものにすること。すなわち社会的、自然 的環境に内在する科学的概念や法則の体系をそ れらの対象に即した思考方法や、課題解決の技 術を操作することによって主体的に獲得する能 力を発展させることを主眼としている。
b.現代の学校教育の問題点
現在の学校は意識の面で肥大化し過ぎ、子ど もの生活の一部というよりほとんど全部である
(勉強量の多さもさることながらさまざまな行 事を詰め込み、クラブ活動を奨励し、そのうえ 余った時間をも宿題で拘束する)。現代の教育
に自分を眺あさせるゆとりがあるのだろうか、
とにかく突っ走って知識のみを叩き込む。教え る時間が多すぎて考える時間がない。幾多の問 題群の中核は個人の能力を無視した知識の詰め 込み主義にあると思う。以前は年齢的にも適切 な所で行われていた受験競争が下へ下へと降り
ていき幼稚園や小学校での試験になり低年齢で のおかしな競争が始まったために学校は人間が 信頼し合う場所でなくなり、父母や子どもが教 師を尊敬しない、教師も子どもを信用しないと いう受験戦争化にあってのもろもろの非人間的 な教育異常事態。学校の本質となる役割が「人 格の完成」の実現にあるにもかかわらず、学校 の主人公は子どもであることを忘れ、学校管理 の強化と効率優先の教えられたことだけを忠実 に学ぶ世界(勉強)に組み込まれてしまってい る。一面的な能力評価に基づく選別序列、偏差 値教育、過当競争が望ましい学力概念を綾少化
させ、一人ひとりの個性を生かし豊かな人間性 を育てたり、自ら学び考えたりするゆとりの時 間や体験の阻害的条件が現代の学校には露呈し すぎている。その一つは過熱している受験競争 によって子どもの通塾率が高くなり学校生活へ の不満度も上昇し、いじめや不登校の数が年々 増加し学級崩壊なども現われてきたことである。
これは学校がともに学習したり生活したりする 所として、共有する心のゆとりや感動する体験 の場でないこと。一人ひとりの良さや可能性に あった学習の展開でなく単なる一方的な知識注 入の場に化していることで「生きる力」という 基礎的な資質の育成ができず本来の学びの楽し さを失っていることにあると考えられる。私た ちが一般にもっている学校のイメージは四角い 教室があり、生徒達は年齢に応じてクラス分け
され全員同じ教科書を持ち、所定の時間割に基 づいて教師が教壇の前で生徒たちに教え生徒た ちは皆一斉に勉強する。日常とは別の言語で人 為的な参加を強いられている。本来は学ぶ側が 問うべき立場にいるはずなのに、実際には知っ ているものがいっも問うている。そういう現在 のような学校ではその場にいるだけで精神的に エネルギーを消耗していくという気がする。今 起きている学校の中の息苦しさは、大きく日本 の学校が管理的になっているという枠の問題だ けでなくて、その内側のこととして教師と子ど もとの関係がギクシャクしていて、子どもとの
関係を緊張に満ちたものにし「ねばならない」
という管理的な雰囲気に教師が呼応している。
子どもたちは重くのしかかる規律の中で息苦 しさと無意味さを感じ、教師はそれを守らせよ うと罰や権威で押さえつけようとしてきた。学 習の能率をあげ、教師にとって統制しやすい集 団を作り、子どもと教師が同じ地平に立てない。
教師が教育的影響力を独占したところなどが指 摘される問題として考えられる。
2.家庭教育
a.家庭教育の原理と方法
家庭の役割は子どもを護り育て社会に巣立た せることにある。この過程には二っの異なった 要素が必要である。母親によって代表される働
きは「母性原理」と呼ばれ,子どもを暖かくっ っみ込み全てを受け入れる働きである。子ども はこの働きによって安らぎ、不安や苦痛より解 放され生きる力を蓄えることができる。母親の 胸に抱かれ慈しまれることによって子どもは母 親との強い心のつながりを育てる。この精神的 絆は原信頼、基本的信頼感などと呼ばれ成長後 に人との信頼感を築く元になる。もう一つは
「きたえ、みちびく」働きとしての訓練である.
父親によって代表されるこの働きは「父性原理」
と呼ばれ、子どもの自立を育て社会へ巣立たせ る働きである。子どもはこの働きによって社会 でどのように生きていくかを学び社会性を身に っける。子どもは父親によって体現される社会 の権威に従うことにより規範意識を育て、その 訓練を乗り越えることで自立し、社会の成員と して育っていく。この二っの原理が家庭でどの ように働くかよって子どもの社会化の程度や性 格の基本的特徴が決まると考えられる。そのた めにも穏やかで暖かい親子関係、落ち着いた家 庭、豊かで適切な環境などが必要となる。
子どもの心を理解し思いやる態度を示し,良 い親子関係を損なわず、情動の安定を崩すこと のないよう心がけることが大切である。また基 本的生活習慣の確立は、個人として完成するこ
とを目的とするものであるが生活習慣のしっけ は日常生活のなかで親が手本を示して学ばせる 方法が重要である。子ども自身が意欲を持って 生活習慣の獲得に取り組めるようにすることが 大切である。対人関係にっいての行動様式や家 事の手伝いなどの日常生活態度も年齢に応じて 獲i得されるようその必要性を理解させ、親自身 が身をもって示し子どもが自然に模倣し身につ けるようにすることが望ましいと考える。また 自分の意志を持ち、自力で問題を解決していこ うとする姿勢を養うためには、反抗期の指導が 重要な役割を果たすと考えられる。健全な自我 形成、自立心の育成のためには反抗を単に押さ えっけたり全て容認したりするのではなく,子 どもの要求を認めながら話し合ったり、子ども の意志を尊重したりして相互理解に努めること が親に求められる。それと同時に親は認めるこ とのできない要求には毅然とした態度で親の意 志を伝えることも大切である。子どもの意志や 自主性を尊重しながら、過度の援助はっっしみ 親の思いに完全に近づけようとあせらず忍耐強 く子どもの行動を見守り、子ども自身の努力に よって自我の確立ができるよう配慮することが 重要である。
b.現代の家庭教育の問題点
家庭教育とは主として親と子,祖父母と孫、
あるいは兄弟姉妹といった家族関係の中で生じ る教育的な作用全般のことをさしている。なか でも親子関係は、核家族化および少子化といっ た現代の社会的動向を考慮した場合、家庭教育 が成り立っための基盤である。ところが近年,
その親子関係が揺らぎ始めている。父親の不在,
母子密着,母親の育児不安や子どもの虐待など といった親子間のトラブルが顕著である。これ は産業社会の重要な働き手としての役割を持っ 父親が家庭で過ごす時間が極めて少ないことに 起因しているといわれている。家庭教育に関す る国際比較報告書を見ても父親が子どもと一緒 に過ごす時間は、平均して1日3.3時間で韓国、
表2 子どもと一緒に過ごす時間(平均)
父親 母親 父親と
齔eの差
日本 3。32時間 7.4時間 4.12時間
韓国 3.62 8.40 4.78
タイ 6.00 8.06 2.06
アメリカ 4.88 7.57 2.69 イギリス 4.75 7.52 2.77
スウェーデン 3.64 6.49 2.85
(財団法人日本女史社会教育会 家庭教育に関する国際比較調査報名書)
タイ、アメリカ,イギリス、スウェーデンとの 比較においてもっとも少ないことが指摘される
(表2)。
この父親不在に加えて伝統的な共同体の解体 や核家族化といった社会現象のために、子ども のしっけや教育に関してほとんど全て母親一人 で行わなければならなくなったこと。また家電 製品の開発と普及によって家事は軽減され,少 子化傾向も手伝って母親たちの関心が子どもの 教育へと集中し良い学歴をっけるため子どもを 受験勉強へと駆り立てるようになったこともあ げられる。このため家庭教育は学校や塾におけ る学習の準備あるいは補強を中心に行われ家庭 が学校化してしまった。そこでこのように変化 した家庭教育や家族のあり方を探り,今日的な 問題状況(現代家庭の病理現象)を調査し、具 体的な意見の集約をしてみようと考えた。調査 の概要は下記のとうりである。
調査の内容と方法 1)内容
①二っの設問にたいして質問紙法を用いて回 答する方法
a.子どもの食生活のあり方
b.学習塾(お稽古事含む)への通塾率 ②子育て支援に直接関与している人がありの ままに日ごろ感じていることを主として 「子育て問題の要因」を自由記述方式で回 答する方法
2)調査対象および回収数
①愛媛県下で現在、幼児、児童を子育て中の 養育者
・松山市 幼児(3−6歳)77名。児童(6−
12歳)51名
・今治市 幼児(3−6歳)106名。児童(6−
12歳)46名
1)の②については調査対象者60名の内43名 回収調査対象者は年長児の保護者を対象と した。
3)調査の結果と考察
今の子どもたちの問題行動も一っには本来食 卓をとおして行われるはずの家族間のコミュニ ケーションの欠如に由来するのではないかと考 え調査したが幼児期の孤食の割合は4%、児童 期は14%と全体のなかでの割合は少ない(いず れも朝食)。現代はさまざまな社会的状況が影 響して孤食の子どもが増えているといわれるが 本調査においては対象年齢が低かったことや 地方都市のため核家族化が大都市ほど激増して いないことなどが反映してか表3のAが示すよ うな結果になったと考える。その内父親との食 事を一週間のうち一度も一緒に摂らない子ども はどちらの年齢層も19%と相変わらず日本の父 親は産業社会の重要な働き手としての役割を持っ ていることに起因し、家庭で過ごす時間が少な いことを再認識した。また本論の当面の課題で はないが子どもの好きな食べ物をあげてもらっ た所カレーライス・ハンバーグ・スパゲティが 多く現代の子どもの食事は「噛む習慣」があま りないことも実感した。物をよく噛めない子ど もは味覚の発達・言葉の発音・脳の発達などの 促進が妨げられることが多いとよく言われる。
またよく噛まなくても、すぐ喉をとおる食べ 物だと食事の団樂の場が短く一人で食べる孤食 化の傾向も生まれやすくなると考えられる。数 多い効用が台無しにならないよう今一度「噛む
こと」の大切さを再認識したいと思う。孤食・
欠食の割合は年齢が増すにつれ多くなる。この ことは低年齢児はまだだれかに依存しないと摂
食しにくいことに加えて子どもが9歳ぐらいに なると母親が再び社会進出を図る時期と重なっ たりする大人側の理由と、塾や習い事を含めた 学習時間の増大が子ども側の理由となり「家族 が揃って食事をする」共有の場や時が持ちにく
くなるのではないかと考えられる。このことは 表3のBで示しているように3〜6歳の通塾率 は全体の69%、6〜12歳の通塾率は96%、特に 児童期になるとほとんどの子どもたちは、なん
らかの形で習い事をし、遊びや自由な時間が減 少していることがさらに明らかになった。
子育ての問題状況の意識調査によって得られ た回答は自由記述式のため3っに類型化しそれ を小項目に区分する方法をとった。子育て問題 の状況の所在は表3のCに示されるように家庭 の中に多くの問題的要因のあることが指摘でき る。記述の中は「家庭の中で教えねばならない ことを学校に押し付けていると思う」とか「子 どもをどのように叱ってよいか解らない」など 子育てをする親自身の意識の低さを指摘する項
目が最も多い。ちなみに日本の子どもはしっけ が最低と文部省の「子どもの体験活動などに関 する国際比較調査」にも出ていた(表3のD)。
これらの他にも「過剰な期待や干渉」など家庭 における子育ての主体である親の側に問題のあ ることを指摘する項目が目だった。2番目の学 校の中の問題要因としては「ゆとりの時間の減 少」「個性重視に欠ける」「教師の資質の低下」
などがあげられる。教科書を最後まで教える画 一的な無味乾燥な授業、知識偏重、成績重視で 学校がつまらない場所になっていること、友だ ちや仲間が一人ひとり適性や興味・関心に違い があることを理解せず、学校が子どもにとって 楽しい場所「心の居場所」になっていないこと に改めて気づかされた。3番目の社会の中の問 題状況は主に地域性を重視した回答が多くほと んどの人がいろいろな形で地域との交流を求め ていることが指摘できる。記述の中に最近の地 域環境は少子化の影響か「高齢者のための健康 広場はあるが子どもが求める発達に沿った公園・
施設が不足している。こんな時代だからこそ多 種多様な人々との出会いがある気軽に遊べる場 所が必要と思う」と述べられていた。夕暮れ時 の路地から広場から子どもの歓声が消えて久し いこのごろ、地域で群れて遊ぶ機会がなく友だ ち関係の「間」の取り方も解らず、「キレル」
「いじめ」「不登校」などの問題が深刻化してい る要因を探るべき家庭教育における今日的な問 題を調査したが、問題要因を具体的に明らかに して捉えてみると、「少子化」と「親の子ども に対する過剰な期待と干渉」などと、いろいろ な要因が絡み合って問題を複雑化させているこ とを感じた。
このように病理の実態、教育上の問題点を明 らかにし、子育て環境のあり方を家庭教育を中 心に検討したが、まだ充分な問題の解明に至っ てはいない。これからこの調査によって得た所 在を活かし今後の支援に役立てたい。
表3
(A)食生活のあり方
(3〜6歳)183名
食事の摂り方
@ (何人)
1人 2人 3人 4人 5人 6人 7人
朝食(%) 4 29 32 28 6 0 1
夕食(%) 0 7 32 39 18 4 1
父親不在の朝食 34%
父親不在の夕食 10%
どちらも不在 19%
(6〜12歳)97名 食事の摂り方
@ (何人)
1人 2人 3人 4人 5人 6人 7人
朝食(%) 14 34 18 24 8 2 0
夕食(%) 0 1 24 49 22 3 1
父親不在の朝食 39%
父親不在の夕食 13%
どちらも不在 19%
表3
(B)学習塾(お稽古事含む)への通塾率 (3〜6歳)
習っていること 人数 1Wに何回 人数 % スイミング 67 0 57 31
ピアノ 56 1 43 23
体操 40 2 37 20
学習塾 39 3 22 12
英語 26 4 13 7
習字 10 5 7 4
ノくレエ 8 6 3 2
絵画 6 7 2 1
そろばん 2 計 183 69
(6〜12歳)
スイミング 41 0 4 4
ピアノ 38 1 15 15
学習塾 33 2 20 21
スポーツ 29 3 26 27
習字 23 4 17 18
英語 18 5 12 12
そろばん 12 6 2 2
バレエ 8 7 1 1
絵画 2 計 97 96
表3
(C)子育て問題の要因
順位 内容類型と項目 (数)
1 家庭(75) 親の子育て意識の低下(道徳・し ツけ)
18
少子化 10
ものと関る時間(ゲームなどによ 驤齔l遊び)の増大
10
共働き 8
子どもへの過剰な期待と干渉 7 核家族(一人親・家庭の閉鎖化) 7
稽古事が多い 7
親子で一緒に過ごす時間や場の減
ュ
6
他児との比較 2
2 学校(57) ゆとりの時間の減少 13
個性重視に欠ける 12
教師の資質の低下 9
評価(できる・できない)の増大 9 保護者との交流(親へのケアも含 ゙)足りない
8
教師と子どもの心の会話が少ない 6 3 社会(31) 地域交流活動の減少 9
子育て中の親同士の交流(ネット 潤[ク)が足りない
6
遊び場の減少 5
遊び仲間がいない 4
子育てへの無関心 4
俗悪な環境刺激 3