早稲田大学大学院 先進理工学研究科
博 士 論 文 審 査 報 告 書
論 文 題 目
Design of Lipophilized Molecule and Self-assembled Peptide Nanotube for Cellular Uptake
申 請 者
Siyoong SEO
セオ シウン
生命医科学専攻 環境生命科学研究
2016 年 2 月
1 1. 論文内容の要旨
本博士論文は 4 章からなる。第 1 章では、既往研究を調査して本研究の背景と意義が まとめられ、研究の目的が述べられている。医薬品の設計において薬物の細胞内への取 り込みは、非常に重要な課題で、細胞生物学研究においても重要な意義がある。本論文 では、生理活性作用を持つ分子を細胞内に取り込ませる手法として、分子に脂溶性を付 与する方法、分子をナノキャリアに担持させることにより、細胞内への取り込みを促進 する方法について研究が行われた。
第 2 章では、細胞内への取り込み促進と細胞毒性の低減を両立させる蛍光標識分子の 開発についてまとめられている。生物科学分野では代謝 DNA 標識は非常に重要な技術で これまでに様々な核酸誘導体が合成され利用されている。5-エチニル-2’-デオキシウ リジン(EdU)を細胞内に導入してクリック反応を用いて蛍光標識する方法は、容易で 迅速かつ高感度であることから最近広く用いられるようになっている。しかし、EdU の 毒性が高いため、毒性の低下と低濃度での標識が可能になる効率的な核酸誘導体の合成 が期待されている。そこで、本研究では EdU に反応を早めるためにリン酸基を導入し、
さらに脂溶性を高めるためのリン酸基保護基を導入する分子設計が行われた。細胞を用 いた実験により、リン酸化 EdU (PEdU)は EdU よりも低毒性であること、および EdU と 同程度あるいはそれ以上の標識能を持っていることが見出された。以上の検討結果をも とに、マウス腹腔に PEdU を導入して DNA 標識を行ったところ、肝臓、脾臓、腎臓、回 腸、結腸などの臓器が効率よく標識染色されており、EdU に代わる新しい DNA 標識剤を 提案することができたことは高く評価できる。
第 3 章では、両親媒性のポリペプチド共重合体を合成し、これが水系で分子集合して 形成するペプチドナノチューブをキャリアとした細胞内に取り込ませる研究について まとめている。既報に従い、液相法により疎水性部に相当するロイシンとアミノイソブ チル酸の繰り返し配列ペプチドを合成し、アミノ末端から親水性部に相当するサルコシ ンを重合させて、両親媒性のブロック高分子が合成された。両親媒性のペプチド誘導体 をエタノールに溶解した後リン酸緩衝液に分散させ、熱処理を加えることにより様々な ナノチューブが形成できることが明らかにされた。ロイシン−アミノイソブチル酸ブロ ックの長さを変化させることでスフィア型とチューブ型の制御ができること、両者を組 み合わせることで閉鎖系ナノチューブを作ることができること、チューブの長さは処理 温度や処理時間によって調節できることが詳細に検討された。一方、親水性ブロックの 末端をアミノ化したポリペプチドを合成し、これを混合することで表面をカチオン性と することができ、一定の長さでカチオン性のナノチューブができることが明らかにされ た。これらを用いてヒト由来培養細胞(HeLa 細胞)を用い細胞毒性を調べたところ、
どのナノチューブも通常の細胞取り込み実験に用いる濃度の 5 倍程度まで毒性が検出 されないことが確認された。最終的に、集合体を取ることにより細胞に取り込まれやす くなり、チューブ形状の方がスフィア形状より取り込まれやすくなること、400nm 程度 の長さのナノチューブが最も取り込まれやすいこと、そしてカチオン性の高いナノチュ
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ーブほど取り込みが加速されることを明らかにし、分子の集合形態や集合体の大きさと 細胞の取り込み効率を網羅的に整理した研究は今後の薬物運搬体の製剤設計において 大いに貢献することが期待される。
第 4 章では、本研究の総括が述べられている。
2.論文審査結果
2016年1月15日に行われた公聴会では、論文内容および関連する事項について質疑 応答が行われた。その概要を以下に示す。
1. 第1章で示されているナノキャリアを使った細胞取り込みはエンドサイトーシスで はないかとの質問があった。これに対し、概念的な比較として脂溶化とナノキャリ アを併記したが、ナノキャリアについては取り込み機構が異なることの説明があっ た。ナノキャリアを用いた細胞内取り込みの説明図が博士論文に追加され、妥当で あると判断された。
2. 第2章の代謝によるDNA標識の原理説明や応用研究が公聴会では説明されたもの の、博士論文には記載されていないとの指摘があった。これに対し、公聴会で用い られた説明図が引用文献とともに博士論文に追加された。
3. Eduに比べてPEduの細胞毒性が低い理由について質問があった。これに対し、両 化合物の細胞内での化学構造変化の違いに基づいた毒性の差について説明がなされ た。その説明が博士論文に追記され、妥当であると判断された。
4. 細胞培養実験で DNA 標識が細胞内のどこで起こっているかを示す顕微鏡写真はあ るのかという質問があった。これに対し、細胞核に偏在していることが示されてい るという説明がなされたが、わかりにくいとの指摘を受けて、倍率を拡大した顕微 鏡写真が博士論文に追加された。
5. マウス実験で、DNA 標識が他の臓器ではどのように生じているかという質問があ った。今回は、肝臓、脾臓、腎臓、回腸、結腸を染色して検討したが、代謝が活発 に行われている部位に優先的に取り込まれる原理であるとの説明がなされた。その 説明が引用文献とともに博士論文に追記され、妥当であると判断された。
6. 第3章で合成したポリペプチドの重合度はどのように求めたかという質問があった。
これに対し、マススペクトルで求めた平均分子量から算出したと説明された。
7. ポリペプチドの分子量の制御と精製についての記載が不十分であるとの指摘があっ た。これに対し、分子量制御は、モノマーとなるサルコシン NCA と開始剤となる ポリロイシンの比率で行われ、精製はゲルパーミエーションクロマトグラフィーを 用いて行われたことの説明がなされた。合成されたポリペプチドの分子量を示すマ ススペクトルデータが博士論文に追加された。
8. ブロック共重合体でポリサルコシンが親水性と考えられる理由について質問があっ た。これに対し、ポリサルコシンそのものは水に溶解する性質があるため、ブロッ ク共重合体中では親水性基として働いていると考えられるという説明がなされた。
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9. ポリサルコシンの分子長はナノチューブの長さにどのように影響するのかという質 問があった。これに対し、分子長がナノチューブの長さに影響されないことを確認 しているという説明がなされた。この分子長とチューブ長の関係についてのデータ が博士論文に追加され、妥当であると判断された。
10. 集合化したナノチューブの安定性に関する質問があり、少なくとも水中、室温で 1
か月間、電子顕微鏡で観察する限りにおいて形状の変化がないことが説明された。
11. 細胞取り込みの結果、ナノチューブは細胞内のどこに分布しているのかという質問 があった。これに対し、現在のところ、細胞内に均一に分布しているということし か結論できず、今後詳細な検討が必要であるという説明がなされた。
12. 開放系と閉鎖系のナノチューブで、細胞取り込みにおいて相違があるかという質問 があった。これに対し、新たに閉鎖系ナノチューブを用いての実験がなされ、その 結果と考察が博士論文に追記され、妥当であると判断された。
13. ナノチューブの長さの分布を定量的に示すことができないかという質問があった。
これに対し、動的光散乱で詳細な検討はできないものの、透過型電子顕微鏡でおお よその長さの分布を測定することが可能であるという説明がなされ、そのデータが 博士論文に追加され、妥当であると判断された。
以上の質疑応答を通じ、申請者が本研究の意義と実験結果について十分な理解を有し、
精密な有機合成と分子集合体の解析に関する学識と技能を持ち、得られた結果に対して 必要と考えられる考察を十分に行える能力を持っていると判断された。
本研究では、核酸誘導体を用いた研究からデオキシウリジンを低毒性化する設計や分 子に脂溶性を付与することにより、新しい代謝によるDNA標識用化合物ができること を明らかにしている。また、両親媒性のポリペプチドを用いて、スフィア型やチューブ 型のナノ構造体を調製できることを示し、その形状やサイズ、さらに電荷を調整するこ とで細胞内取り込みを制御できることを明らかにしている。これらの成果は、今後の細 胞内取り込みを含めた医薬品や薬物運搬体の開発指針に大きく貢献し得るものと言え る。このように本論文は、医薬品開発、ナノ医工学を発展させる優れたものであり、博 士(工学)の学位論文としてふさわしいと認められる。
2016年2月
主査 常田 聡 早稲田大学教授 博士(工学)東京大学 武岡真司 早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学)
竹山春子 早稲田大学教授 博士(工学)東京農工大学 伊藤嘉浩 早稲田大学客員教授 工学博士(京都大学)