早稲田大学大学院 創造理工学研究科
博士論文審査報告書
論 文 題 目
木造軸組構法住宅の設計自動化支援システムに関する研究
Automated Designing Support System for Japanese Timber Frame Houses
申 請 者
水嶋 克典
Katsunori MIZUSHIMA
建設工学専攻・建築学専門分野 建築材料及施工研究
2013 年 2 月
わが国の木造軸組構法住宅は、3 尺(910mm)の基準寸法(モデュール)の存在や独特の屋 根架構形式など世界に類をみないものである一方で、現在でもわが国の新築住宅のなかでは戸数 において4割以上を占めるほどの大きな存在である。しかしながら3尺の基準寸法の存在によっ て、却って設計が安易に行えるという錯覚をもたれがちであり、住宅供給の場面でも時間をかけ ない設計が発注者の期待を裏切ることになる場面も少なくないように思われる。戦後の歴史的な 経緯から、木造軸組構法に関しては学術的研究の対象とされることが建築の分野においては少な かったため、その設計および生産については多くが供給者である大工や工務店の経験や勘に委ね られている。建築の設計には、本来ならば多くの人的資源を必要とする。特に実現可能なプラン を多数検討する場合や、複雑な設計条件を満足させる必要がある場合には、いずれも膨大な試行 錯誤が必要となるが、木造軸組構法住宅の場合には費用の関係もあって十分な検討が行われない ままのことが多い。このような状況を踏まえ、本論文は工務店、ハウスメーカー、設計事務所な どが供給する一般的な木造軸組構法住宅の設計に対して、それを自動化するための設計支援シス テムの構築を行っているが、その過程を通して木造軸組構法住宅の空間構成、特に屋根架構を含 めた架構部材の配置規則を明らかにすることを目的としている。
第1章では、研究の背景として木造軸組構法住宅の現状を述べ、周辺分野の研究の進展から新 たな自動設計の可能性について論じるとともに、建築学における設計自動化システムに関する既 往研究について述べている。また一般的な木造軸組構法住宅の設計プロセスについて検討し、木 造軸組構法住宅については一般に要求が固定的であること、小規模でありまた部屋などの空間配 置により建物全体の立体形状が決定することなどから、プロセス全体は以下のように整理できる としている。すなわち(1)機能と空間の対応および動線など空間相互の接続を検討する段階(空 間接続段階)、(2)空間接続関係を利用して空間を敷地に配置する段階(空間配置段階)、(3)空間 配置の段階で同時に空間を構成する部材を配置する段階(部材配置段階)の3段階である。従来 の設計自動化の試みは空間配置段階までにとどまっていたが、部材配置まで自動化を行うことは 過去に例をみないもので、本論文の貴重な成果といえる。
なお以下の2章から4章において設計自動化のための支援システムを構築しているが、いずれ のプログラムもBASIC言語および表計算ソフトを用いて記述されており、汎用性を高める結果 となっていることは評価できる。
第2章では、住宅に求められる機能の相互関係の情報に基づき、空間接続段階において空間そ のものと空間相互の接続を生成する空間構成生成システムを構築している。
まず木造軸組構法住宅の特徴として、住宅を構成する部屋などの空間は構造体の境界部で分割 することができることを指摘している。また空間には当然ながら機能が割り当てられているが、
本論文では空間とそこに割り当てられる機能を空間構成要素とし、それらの関係を空間構成要素 モデルと規定している。空間構成生成システムは、設計の与条件を満足する空間構成要素モデル を自動的に生成する設計支援システムである。
本論文の対象が一般的な木造住宅であることから、システムに組み込む既定の設計与条件を得 るため、近年の首都圏近郊での新聞折り込みによる住宅広告を対象とした調査を行っている。資 料から空間もしくは機能の種類を抽出し、ドアや窓など相互の接続方法の種類を抽出し整理して いる。空間構成生成システムでは、まず機能をノード、接続方法をその種類を含めたリンクとし て表現した機能拡張グラフを作成している。さらに一つの空間に複数の機能が併存する場合もあ ることから、機能同士の接続に共有接続を設定し、併存する機能を1つの空間にまとめたものを
ノード、接続方法をリンクとして表現した空間拡張グラフを生成するものである。空間拡張グラ フ生成システムでは、組み込まれた既定の設計与条件を利用しながら、実際に設計する住宅につ いて要求される機能やそれが存在すべき階などを指定するとともに、生成案の可否などに関する 一般条件判定項目を入力するものである。システムは空間生成部で機能拡張グラフ、空間拡張グ ラフを生成し、条件判定部分にて空間接続における階の矛盾や一般条件についての判定を行って 最終的な空間構成を出力するとしている。
本章では、空間構成生成システムの動作確認と生成される空間の分析を行うため、実際に空間 構成を生成させているが、条件設定によって複数階のものや吹抜けを有するものなど多様な空間 構成が生成できるとしており、設計の実務にも十分耐えられるものであると評価できる。また空 間関係をグラフで表現することは従来から行われてきたが、図式による表現が主体で相互比較の 自動化は容易ではなかった。本論文において空間関係をテキストでも表現することを可能にした 点は独創的であり、またコンピュータによる処理を容易にした点も高く評価できる。
第3章では、まず1辺を木造軸組構法住宅のモデュール(900~1,000mm)とする正方形の平 面を底面とし、高さを階高とする直方体の単位空間をセルとして設定している。その基本となる セルの集合が室となり、室の集合が住宅となるような空間構成要素モデルを定義し、それを利用 して空間配置段階において住宅プランを生成するプラン生成システムを構築している。
プラン生成システムは、遺伝的アルゴリズムを用いて、仮想3次元空間である敷地空間におい て、セルが分裂を繰り返すことにより住宅プランを成長・進化させるという仕組みを用いている。
具体的な手順としては、まずプラン生成システムに対して、第2章で生成される空間構成を条件 として与える。プラン生成システムは与えられた条件に基づき、セルの分裂後の種類や分裂のタ イミングなどを制御する空間形成情報を遺伝子として生成して個々のセルに組み込む。次に遺伝 的アルゴリズムの解釈機構がセル分裂アルゴリズムに基づき、遺伝子とセルの状態から分裂方向 と分裂後のセルの種類を決定してセルを分裂させる。この分裂の繰り返しによって住宅プランが 成長していく。また成長したプランに対しては環境である敷地空間において室の成長結果や外部 開口の向きなどの評価を行う。その評価の結果に基づき、遺伝子操作機構において、空間形成情 報という遺伝子に対して交差・突然変異・クリープなどの操作を加えていく。すなわちプラン生 成システムは、解釈機構におけるセル分裂によるプラン成長、環境における評価、遺伝子操作機 構における操作を繰り返すことにより、空間形成情報を進化させ、設計条件に適合するプランを 生成していくことになるとしている。現在のパーソナルコンピュータの能力で一般的な規模の住 宅についてのプラン生成が可能であるとしているが、セルの分裂および遺伝子変化という生物の 成長モデルを応用した住宅プランの作成手法の実現はこれまでにはないことであり、高く評価で きる。
第4章は本論文の中心的な部分であり、空間構成要素であるハウスと称する住宅の全体空間と、
それに付帯するユニットと称する空間の構成単位およびエレメントと称する空間の構成部材を 規定し、部材配置段階においてこれらの関係から具体的な部材によって空間を構成していくため の構成部材生成システムを構築している。
構成部材生成システムにおいては、ハウスはユニットの集合として、またユニットはエレメン トの集合として構成されるとしている。ハウスはユニットの生成規則と記録をもち、ユニットは 付帯ユニットとエレメントの生成規則、配置規則および記録をもつ。さらにエレメントはそれ自 身であるエレメントの配置規則と記録をもつ。これらはそれぞれエージェントとして設定されて
いるが、ここでいうエージェントとは計算機科学上の概念であり、受容器を用いて環境を知覚し 効果器を通して環境に対して行動するものと定義されている。個々のエージェントは、他のエー ジェントなどを通して得られる周辺の状況すなわち環境を知覚し、自身の持つ情報に基づいて動 作する。ハウスは、システム操作者の指示に基づき仮想3次元空間にユニットを配置し、生成さ れたエレメントの形状と数量を集計する。ユニットは、自己に必要な付帯ユニットとエレメント を生成するとともに、自己と接触するユニットと連携して生成した付帯ユニットとエレメントを 修正する。エレメントは、ユニットにより生成された後、自らの配置位置を探索・決定し、近接 するエレメントからの依頼により配置位置を修正するものであるとしている。このシステムでは 第3章で生成された住宅プランの室を入力していくことにより、その都度住宅全体の部材を自動 的に生成することができるとしている。これにより設計途中でも瞬時に部材量の全体を把握する ことを可能とした点は、高度なコストコントロール等を実現するものであり高く評価できる。
また棟木、母屋、梁などの架構部材については、上記のシステムでは住宅全体に対して整合性 のある架構部材の生成が困難であることから、サブシステムとしての架構部材生成システムを構 築したとしている。すなわち屋根ユニットの隅木・母屋エレメント、部屋ユニットの梁エレメン トなどについては、エレメントの配置パターンを整理分類し、周辺環境から配置位置を判定する 要因を抽出することにより、配置位置探索アルゴリズムを作成している。これにより、勾配の等 しい寄せ棟形状の屋根であれば、あらゆる場合の架構形式を生成できるとしている。屋根架構形 式の決定は木造軸組構法の中でも設計者の経験に頼る部分が大きかった事項であるが、その手順 を論理的に明らかにした成果は特筆されるべきものである。
第5章は本論文のまとめであり、まず各章における結論を総括するとともに、開発・構築した システム全体の利用法について述べている。さらに木造軸組構法住宅の設計方法に関して、従来 は柱の配置を設定してから屋根架構を決めるという手順をとることが通常であるが、屋根架構を 決める段階で柱の配置に手戻りを生じることが多いことを述べ、今回の研究を通じて、まず屋根 を決定して柱を配置すれば設計の手戻りを生じないということを明らかにしたとしている。これ は従来の常識を覆す新たな知見と言える。
以上を要するに、まず本論文は従来より設計者の経験に依存するところが大きかった木造軸組 構法住宅の設計について、その過程を空間接続・空間配置・部材配置の3段階に分け、各段階に 対応する設計の自動化に対する支援システムを開発・構築したものである。さらにその開発過程 をとおして、木造軸組構法の空間構成と平面図の生成および架構部材の配置決定についての論理 を明らかにしたものであり、木造軸組構法住宅の設計方法の合理化、さらには木造建築構法研究 の進展に大きく寄与すると評価できるものである。よって本論文は博士(工学)の学位授与に値 するものと判断する。
2013年2月 審査員
(主査) 早稲田大学教授 工学博士(東京大学) 小松 幸夫
(副査) 早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学) 嘉納 成男
(副査) 早稲田大学教授 工学博士(早稲田大学) 渡辺 仁史
(副査) 早稲田大学教授 博士(工学)早稲田大学 輿石 直幸