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広 域 市 町 村 圏 の 再 検 討

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広域市町村圏の再検討

︵市町村連合についての批判︶

はしがき

 地方自治制が制定︑運営されてから︑今日まで二十有余年の歳月を経ている︒しかし︑いまだ地方自治が地方公共

団体あるいは住民の意識の中に固定しているとはいいがたい︒むしろ︑最近では地方自治の危機が叫ばれている現状

である︒ 周知のごとく︑わが国の地方自治制は昭和二一年九月︑従来の中央官僚主義的ないし軍国主義的体制を徹底的に覆

し︑民主主義的政治を確立するものであった︒すなわち︑従来の東京都制︑府県制︑市制︑町村制に対して民主主義

的要素を加え抜本的な改正を行なった︒その基本的な方針は︑住民の権利の拡充︑地方公共団体の自主性︑自律性の

強化および地方公共団体の行政の能率化と公正の確保という三つの原則であった︒この原則に従って︑地方自治法は

再三再四改革されてきたが︑その要旨は︑概略的に言えば︑従来のプロシャ的地方行政を改革し︑アメリカの地方行

政への導入を完成するものであった︒しかし︑地方自治の危機が叫ばれるようになったのは︑昭和二九年の警察法改

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正︑さらに︑昭和三一年の教育委員会の公選制廃止に伴い︑わが国の地方自治制は︑再び旧制の中央集権化への一途

をたどるものではないかという危機に晒された時点を契機としている︒

 加うるに︑今回︵昭和四六年第六五回国会︶提出された﹁地方自治法の一部を改正する法律案﹂︵市町村連合法案︶

は︑後述のごとく︑地方公共団体の自主性︑自律性を骨抜きにするものではないかという疑惑を生ぜしめ︑住民意識

の中にも大いに論議される閲題を提起した︒

 地方自治の危機とは︑当然に民主主義の危機であり︑民主主義の崩壊を意味する︒すなわち︑地方住民の権利︑自

由の保障せられないところに国の民主主義のありようがないからである︒国の政治が民主化されたが地方の政治は民

主化されないという論理はない︒民主主義は︑逐次︑下から上へと築きあげられるものであり︑地方の政治が民主化

されることによって︑国の政治が民主化されるものである︒

 地方自治の危機という場合には︑二つの側面から考慮せねばならない︒その一は︑国の中央集権主義により権力が

不当に地方団体の行政に介入することであり︑それは地方分権の否定をうながし︑逐次︑国の中央集権化による国家

体制への移行である︒その二は︑地方住民が︑地方の政治について︑みずから運営せねばならないという自治意識の

欠如または低下という側面である︒これらの二つは︑互いに表裏一体をなし︑今日の地方自治の危機といわれる問題

を提起しているといえる︒前者の例として︑機関委任事務の増大︵都道府県は二割自治といわれる所以︶に伴う地方

自治行政の空洞化および権力的な国の行政関与︑補助金行政と天下り官僚による国の中央集権化にみられ︑後者の例

としては︑地域住民の選挙に対する無関心および地域住民のエゴイズムが指摘せられよう︒

 ともあれ︑地方自治は民主主義の不可欠の要素であり︑民主主義の生みの母であり︑かつ︑育ての親である︒地方

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広域市町村圏の再検」l!

自治の危機を叫ぶ前に︑国民は今一度︑地方自治の本旨を理解せねばならない︒法制上の地方自治制度を理解せず

に︑ただ︑地方自治の危機を叫ぶことは︑いたずらに空虚な政治問題を論ずるにほかならない︒

 本稿の目灼は︑後述のごとく︑市町村が広域行政を達成するため︑市町村が法制上連含することが合理的であると

いうことではなく︑市町村が連合することによって自治意識が低下し︑民主主義育成の場である自治体の消滅を促

し︑ひいては旧制の国の巾央集権化を計るものに外ならないことを指摘するものである︒

 市町村連合というイメー−ジは︑外見的には民主的な地方団体の団結を意味し︑それによって強力な国の一方的権力

を排除することがでぎるという感覚を感じえないではないじしかし︑今回︑提出された市町村連合法案は︑その法制

上の内容からみれば︑それば一見民主主義的ヴェールを装った仮面にすぎず︑その実は︑国の中央集権化を意図する

旧制の中央集権的︑官僚主義的な体制を維持する砦であり︑かつ︑地方住民の民意を空洞化することによって国家独

占資本主義体制への橋頭埜たらしめるものといえよう︒

 注︵1︶ 地方公共共団体の機能の及ぶ範囲は︑勿論︑その区域内に限定せられる︒しかし︑地方公共団体の処理運営する自治事務

  は︑その種類︑性質によっては︑自己の区域を単位としてその地方公共団体限りで処理することが必ずしも適当ではなく︑

  共同処理を必要とする場合が少くない︒そのような場合︑一応︑能力補完の必要からするもの︑能率的処理の必要からする

  もの︑広域行政の必要からするもと大別される︒例えば︑能力補完の必要性から︑小中学校の設置︑上水道の敷設︑病院︑

  診療所の経営の如きである︒これらの事業は︑地方公共団体の規模が弱少であって︑特定の事務処理を独自で行なうことが

  鴫︑ぎないような場合であり︑概ね︑地方公共団体の行財政能力の軽少が起因しているといえる︒能率的処理の必要性から︑

  鶴えば︑用排永亭業︑伝染病隔離病舎の設置︑塵芥焼却場︑上下水道の敷設が挙げられる︒さらに︑広域行政の必要性か

  ら︑市町村の区域を超えて共同処理するもの︑例えば︑広域都市計画︑交通綱整備計画︑上下水道計画︑地域開発計画等︑

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いわゆるリージ・ンナリズム︵羅駐︒量房ヨ︶と呼ばれる広域行政がそれである︒前二老の方式としては︑現行法︵地方自

治法︶のもとで︑一部事務組合︑事務の委託︑施設の共同設置等の方式が採用きれている︒広域行政ないし大都市圏行政

︵家舞鴨oO9誇Qpρ幽ヨ一三ω霞撃5ゆ︶ の調題としては︑市町村合併ないし契約にる共同処理方式がとられている ︵長野士郎

﹁地方公共団体の立︷・務の土ハ同処運﹂行政法講座︑第五巻所収=一八頁以下︶︒

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二 地方公共団体の協力方式

 地方公共団体の自治権︵立法権︑行政権︶の及ぶ範囲は︑当該地方公共団体の区域内に限られ︑従って︑事務の性

質︑種類によっては︑当該地方公共団体が単独で処理運営することは必ずしも経費︑迅速性︑技術性の面から適当で

はない︒特に︑墓地︑公園緑地︑塵芥焼却場︑火葬場︑上下水道の敷設︑病院︑診療所等の設置︑運営に当っては複

数の市町村が共同処理の方式を採ることが望ましいといえる︒

 地方自治法は︑これ等の事態を予期し︑地方公共団体の協力関係を法定し︑もって︑住民の福祉を増進に努めると

ともに︑最少の経費で最大の効果を挙げるように期しているのである︒結論から言えば︑地方公共団体の事務の共同

処理方式は︑既に︑法制上において完備されているのである︒それにもかかわらず︑市町村連合法案を政府が企図す

る所以はどこにあるかが問題とせられる︒

 まず︑市町村連合方式に移る前に︑現行の地方公共団体の事務の共同処理方式を概観し︑後述の市町村連合方式と

異なる点をあきらかにする︒

 地方公共団体の協力関係ないし事務の共同処理方式としては︑地方自治法は︑大きくこれを五つの方式を採ってい

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広域市町村圏の再検討

る︒すなわち︑協議会方式︑委託方式︑機関・職員等の共同設置方式︑事業団方式および組合方式がそれである︒

 地方公共団体の協議会とは︑地方公共団体の事務または機関委任事務の一部を土民書して管理執行し︑もしくは連絡

調整を図り︑または︑広域にわたる総合的な計画を共同して作成する目的で協議により設けられた機関である︵二五

二条の二︶︒協議会は︑その性質上から⇒︑?えば︑遮絡調整的な色彩をもち︑地域開発関係の事務を処理しているとい

われる︒ 事務の委託方式として︑地方公共団体は︑協議により規約を定め︑団体の事務︑機関委任事務の一部を他の地方公

共団体に委託して︑その地方公共団体の長または同種の委員会もしくは委員をしてこれを管理執行させることができ

る︵二五二条の一四︶︒事務の委託は︑その内容からみれぽ︑土地改良︑ターミナルビルの管理︑職員研修︑採用試

験︑伝染病患者の診療︑港湾設備︑河川施設︑環境衛生等があり︑その数は︑全国で七五九件に及んでいる︒

 機関・職員等の共同設置とは︑地方公共団体は︑協議により規約を定め︑共同して︑法定の委員会・附属機関・職

員・専門委員を置くもので︵二五二条の七︶︑共同設置のできない委員会としては︑地方労働委員会および公安委員

会がある︒共同設置された機関は︑共同設置した各地方公共団体の機関としての性格を有し︑共同設置された機関の

行為は︑それぞれの団体に帰属する︒

 地方開発事業団は︑一定区域の総合的な開発計画に基づき︑特定の公共施設の建設︑用地の取得︑造成等にかかわ

る事業を総合的に実施するため︑他の地方公共団体と共同して︑これらの事業を委託すべき特別地方公共団体である

︵二九八条︶︒

 地方開発事業団は︑一の地方公共団体の地域を越えて広域的かつ大規模に行なわれるものであるから︑後述の市町

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村連合と概ねその性格が似ているといえる︒事業団方式は︑組合方式︑委託方式︑協議会方式と異なり︑その組織に

おいて議会を置かず︑議決機関と執行機関を一元化した理事制をとっている︒しかし︑現実の運営からみれば︑その

数も少なく︑かつ︑効果も期待されえない状態である︒

 地方公共団体の組合は︑地方公共団体がその事務を処理するにあたって︑事務の性質︑事務の処理の能率的運営およ

び経費軽減等の理由から︑他の地方公共団体と共同して事務を処理する複合的な地方公共団体である︒共同処理する

事務の範囲によって︑一部事務組合︑全部事務組合︑役場事務組合の三種がある︒地方公共団体の事務の共同処理方

式としては︑一部事務組合の方式が圧倒的に多く︑その件数は︑昭和四五年度において二六〇四件に達し︑次いで協       ユ 議会方式が約一〇〇〇件以上に達している︒

 その他︑地方公共団体の協力関係としては︑公の施設︵住民の福祉を増進する目的をもって利用に供する施設︶の

区域外設置および他の団体の公の施設の利用︵二四四条の三︶︑職員の派遣︵二五二条の一七︶︑相互救済事業経営の      ︵2︶委託︵二六三条の二︶および地方公共団体の機関の全国的連合組織の規定︵二六三条の四︶等がある︒

 以上︑概観したように︑地方公共団体の協力方式は︑ともに当該住民の住民自治および団体自治をあくまで固守

し︑かっこれを発展させるための方式である︒後述の市町村連合は︑一部事務組合の変型ともいうべきもので︑その

実は︑住民自治︑団体自治の両要素を完全に消滅せしめるがごとき協力方式である︒このような連合方式を敢︑曾て立

法化せしめようとする意図は︑まさに中央集権主義的︑官僚主義的地方行政への移行を意味するものであることに注

目しなければならない︒

  注

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︵1︶ 第六五回国会﹁地方自治法の一部を改正する法律案関係資料﹂自治省︑

︵2︶ 拙稿﹁地方行政法﹂三六〇頁以下︒ 二〇頁︒長野士郎﹁前月書﹂=二五頁参照︒

三 市町村連合浪案の提案理由

広域市町村圏の再検討

 地方公共団体の協力方式ないし事務の共同処理方式は︑前述のごとく︑地方自治の本旨を基調として法制化されて

いるにもかかわらず︑政府は︑敢えて︑住民の意思を直接に反映しえない市町村の連合方式を採った︒その提案理由

は︑政府の説明によれば︑市町村連合に関するものとして次のごとくである︒

 最近における社会経済情勢の変化に伴う住民の生活圏の広域化に対応して︑市町村が共同して総合的かつ計画的な

行政を推進することが要請されております︒

 このような見地から︑市町村の組合に関する制度につきまして実情に即した弾力的な運営を図ることができるよう

改正するほか︑地方公共団体の処理すべき事務に関する規定等につきましてもこの際整備する必要があります︒

 第一に︑地方公共団体は︑他の地方公共団体と協力して︑住民の生活圏の広域化に対応する総合的かつ計画的な行

政の運営に努めなければならないことといたしております︒

 第二に︑市町村が広域にわたる総合的な計画を作成し︑その実施のために必要な連絡調整を図り︑および総合的か

つ計画的な事務の共同処理をするために設ける市町村の一部事務組合につきまして︑法律上はこれを﹁連合﹂と略称

いたしまして︑この連合に関しつぎのような規定を設けることといたしております︒

 董の一は︑連合の共同処理する事務が連合を構成する市町村相互間で相違することがあってもさしっかえないもの

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とする規定であります︒

 その二は︑連合の共同処理する事務の変更に伴う連合の規約の変更は︑あらかじめ連合の規約で特別の定めをして

いるときは︑関係市町村の議会の議決を経てする協議を要せず︑連喬の議会の議決により行なうことができるものと

する規定であります︒

 その三は︑連合の規約には︑連合の作成する計画の項目を規定するほか︑連合の議会の議決方法について特例を規

定することができるものとする規定であります︒

 その四は︑連合には︑管理者に代えて理事会を置くことができるものとする規定であります︒

 その五は︑連合の議会の議員は︑管理者または理事と兼ねることができるものとする規定であります︒

 その六は︑連合に事務局長を置く場合における権限の委任に関する規定であります︒

 以上が︑本案提出の政府説明であるが︑一見すれば︑広域的行政の運営を迅速に能率的に処理せしめようと見受け

られないでもない︒しかし︑法律的にも実際の運営上からも︑地方住民の意思は全く無視され︑大都市中心ないし地

方的ボスの地方行政への移行を企図するものに外ならないというべきである︒

 市町村連合法案の提案の背景には︑第八次︵昭和三七年目〇月一日︶地方制度調査会の答申に現われ︑さきに︑道      ︵2︶州制への移行の失敗︑府県合併に関する法案の失敗を重ねた経験によるものといえよう︒その論議は後述に譲ると

し︑ここでは︑市町村連合がその成立を期した暁には︑都道府県の機能は全く宙に浮いたこととなるのではないかと

いうことである︒もし︑そうだとすれば︑さきの国会で廃案になった﹁府県合併法案﹂が︑その装を市町村連合に変

身して蘇生したこととなる︒

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広域市町村圏の再検討

 注︵1︶ 第六五回国会﹁地方自治法の一部を改正する法律案関係資料﹂自治省︑一頁〜四頁︒

︵2︶ ﹁地方自治法の一部を改正する法律案︵市町村連合法案︶についての関係資料﹂衆院地方行政委員会調査室第六五回通常

 国会資料.︑なお︑ 一広域市町村圏連合法案L ︵全日本自治団体労働組合刊︶は︑これら経過を詳細に論じている︒

匹 市町村連合に関する批判

 ︵一︶肯定論

 市町村連合法案に対する賛成意見は︑さきの衆︑参地方行政委員会における参考人の意見によって︑概ね政府原案

と同調し表現されている︒賛成意見の一処は︑概ね︑三つの骨子より成る︒即ち︑その一は︑市町村連合は︑一部事

務組合に比べて効率的であるということ︒そのこは︑市町村の合併の困難性により︑広域行政を迅速に運営するため

には︑連合方式が優れていること︒その三は︑財政的な効果が期待されているということである︒

 まず︑市町村連合は︑一部事務組合に比べて︑その事務の処理が効率的であり︑かつ︑広域的な計画性が期待され

るという点について検討する︒

 確かに︑市町村連合方式によって︑地域団体の事務を共同処理することが効率的であることは否定しえない︒例え

ば︑鳥田榛原広域市町村圏についてみれば︑ここでは人口約一五万︑面積約九百キロ平方米︑一市六町によって構成

されているが︑圏域外の町あるいは圏域内で相互に結成されている一部事務組合の数は↓七あり︑その事務内容は︑

尿尿処理︑水防組合︑精神薄弱者施設︑上水道︑道路︑中学校︑養老院︑消防︑国民年金等の各般にわたっている︒

加うるに︑広域市町村圏をつくることにより新たな事務として構想されるものの一部事務組合は九つ予定されてい

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る︒このように一つの広域市町村圏に二十有余の一部事務組合が存立することは︑行政的あるいは経費の面から非常

に不合理であるといわねぽならない︒要するに市町村の事務の性質︑種類により︑一部事務組合が多種多様つくら

れ︑各市町村はその事務処理に項墳で非能率的であるということは確かである︒

 しかし︑市町村の事務を共同処理するため︑連合方式によれば︑各市町村の住民の意思が直接反映せられないとい

う重大な欠陥が生ずる︒ 一部事務組合方式によれぽ︑各構成市町村の住民は︑その議会を通じて直接コントロールす

ることができる︒しかし︑市町村連合方式によれぽ︑構成市町村の各住民は︑自己の市町村の議会を監視することが

できるとしても︑連合の議会あるいは理事に対して何等の直接参政制度は認められない︒住民の意思の反映されない

地方自治というものは到底想像もされないことはいうまでもない︒連合方式を強行せんとする政府の意図は︑実に︑

ここにあるといわねばならない︒広域行政という美名の下に︑その実は︑住民の意思を全く無視して中央集権化する

橋頭量こそ市町村連合の方式であるといえよう︒

 その二は︑市町村合併の困難性に伴い︑広域行政の運営には一部事務組合よりも連合方式によって事務の共同処理      ︑をなさしめようとするものである︒

 市町村連合を肯定推進する論者も︑市町村合併が円満になされれば︑むしろ連合方式によることなく合併によって

事務を処理することが望ましいと主張する︒これは当然のことであって︑市町村合併が広域的になされれぽ全く事務

の共同処理問題は生じないのである︒しかし︑合併が困難であるため︑現実の広域行政を運営せねぽならないところ

に問題がある︒上下水道︑病院︑ゴミ焼却場等は︑一つの市町村では到底できょうがない︒これを一部事務組合とい

う項項な手続によらず︑いわば理事制を採る連合方式によって︑事務の共同処理を迅速に運営せしめようとするもの

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広域市町村圏の再検討

である︒合併は望ましいが︑それは関係市町村の問題で実現できない︒さればといって︑現実の広域行政の事務を処

理するに一部事務組合を設置すれぽ︑一部事務組合を構成する議会の意見が煩雑である︒従って︑関係市町村住民の

意見や議会に直接拘束されることなく︑連合の議会または理事によって一挙に問題を解決せんとする政策的な理論で

ある︒ 右の根拠は︑さきに述べた住民の意思を無視するという欠陥があると同時に︑さらに︑市町村合併を強行せんとす

る政策的な意図をも含んでいるといえる︒市町村合併は︑各住民の合意によって達成せられるものである︒その合意

が達成せられない場合を考慮して︑法は︑各地方公共団体の事務の共同処理方式を設けているのである︒協議会方

式︑共同設置方式あるいは組合方式のいずれを採るにせよ︑関係市町村の自主︑自律性を尊重することを基本的な立

場としているのである︒そこに︑憲法の保障する﹁地方自治の本旨﹂が確保せられる所以でもある︒

 住民の意思を考慮せず︑連合の議会または理事により広域圏の行政を処理することは︑関係市町村民に対して︑現

実には︑市町村合併と同一の機能を連合に与えようとするものである︒

 さらに︑広域圏行政を連合方式に移譲せしめれば︑都道府県の事務は有名無実となり︑ひいては︑都道府県廃止の

突破口となり︑中央集権的な道州制にもなりかねないこととなる︒市町村連合は︑その機能からみれぽ︑都道府県の

機能を市町村の連合に移譲せしめようとする役割をも果たすことに留意ぜねばならないのである︒

 その三は︑連合方式を採ることによって︑財政的な効果があるという点である︒端的に言えば︑市町村連合を設置

することによって国の補助金援助を乞うことができるという安易な見解である︒

 財政的困難な市町村にあっては︑例えば︑人口一万未満の町村にあっては︑病院︑消防︑尿二等の処理運営は単独

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では困難である︒数ヶ町村の組合を設置しても︑地域住民のエゴイズムと財源の関係から問題は円満に解決できな

い︒しかし︑市町村連合によって︑地方債の優先的許可︑地方交付税の特別措置を受けることによって一挙に問題を

解決せんとする安易な現実の方法があるといわれる︒このことは︑現実に﹁自治体関係者の多くがこの圏域指定に疑

点を持ちながらも︑わずかぽかりの財政措置にひかれ︑背に腹はかえられないといった心情から参加している実体か      ︵2︶︵3︶ら︑このこともうかがい知ることができる﹂と︑言われることによって理解されよう︒

 地方の住民は︑財政困難な立場から︑身近な自治事務︵上下水道︑病院︑汚物処理︑保健衛生等︶を遂行する能力

をもたないというのが現状である︒しかもそれが当然のなりゆきであると半ば観念しているところに今日の地方自治

の危機があるといえる︒これは地方住民の自治意識の欠如を端的に物語っている︒地方住民が︑みずからの意思によ

り︑みずからの費用により︑しかも自己の機関によって︑事態を処理せしめようとする意識がないことに起因してい

る︒みずからの事務をみずからの費用で処理せしめようとする意思はあっても︑財源の不足は︑いかにして起因して

いるかはあまり問題とせられない︒このことは︑日本の地方行政が︑旧制より中央集権的︑官僚主義的になされてき

たことを当然の理として受け継がれている住民の意識にあるといえよう︒端的に言えば︑組合方式によって共同処理

するよりも︑連合方式によって事務を処理すれぽ︑国が補助金制度を緩和せしめるという官僚的︑集権的な方法を批      ︵4︶判ずべきである︒

 以上において︑連合方式を肯定すべき二︑三の根拠を挙げたが︑そのいずれも住民の自治という法的な面を考慮し

ない見解であることは既述のごとくである︒

 憲法が保障する﹁地方自治の本旨﹂は︑窮極には民主主義を発展育成するものであるにもかかわらず︑地方住民は

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安易な財政面︑事務の黒蓋という点に拘泥して︑本来の自治を顧みる余裕のないところに問題があると指摘せねばな

らない︒あるいは︑また︑それを自覚しながらも︑日本の高度成長経済に便乗して︑長いものには巻かれうという意

識であるかも知れない︒

 注︵1︶ 第六五回参院地方行政委員会会議録第一九号︑森参考人の説明より︒

︵2︶ 同右︑丸山参考人の説明より︒

︵3︶ 昭和四四年度から登場した広域市町村圏振興整備の施策は︑四四年度に五五圏域︑四五年に七三圏域︑四六年度に=圏

  域と指定され︑四七年度は最終年次に入る︒

︵4︶ 昭和二五年のシヤウプ勧告以来︑国税と地方税のバランスはそれ程に改革されていない︒最近に至っても︑租税収入額の  うち︑国は︑約六八パーセント︑地方は︑約三ニパーセントの割合である︒これを支出する歳出面からみれば︑国が︑約三

  〇パーセント︑地方が︑約七〇パーセントの割合である︒ここに補助金行政の﹁からくり﹂と官僚的︑中央集権的行政の妙

  味? か発揮されている︒

広域市町村圏の再検討

 ︵二︶ 否定論

 市町村連合法案に対する賛成意見は︑政策的な見地または経済的見地からなされてきたが︑そこには︑前述のごと

く︑法律的な根拠はあまりなされていなかった︒また︑これを賛成するものは︑さきの第六五回衆参地方行政委員会

の参考人の中でも︑現職の全国市長会代表︑全国町村議会議長代表という人々であり︑あるいは経済学者によって主

張されてきた︒

 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は︑地方自治の本旨に基づいて︑法律でこれを定める︒とする憲法の要

請である限り︑市町村連合の効果も当然にこの要請に応じなけれぽならないことは自明のことである︒しかし︑前述

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のごとく︑市町村連合によってもたらされるものは︑効率︑財政の面であり︑一方において憲法が保障する地方自治

の本旨︑即ち︑団体自治と住民自治の両要素を消滅せしめることを考慮に入れれば︑到底︑市町村連合法案に反対せ

ざるを得ない︒以下︑この点について憲法および行政法的な見地から敷配することにする︒

 ω 憲法および地方自治法の基における市町村連合の地位︑

 市町村連合を論ずる場合には︑それはあくまでもその性格は一部事務組合の変形であり︑また特殊な形態であり︑

その基本的なあり方は︑住民の意思の尊重11住民自治の確保および団体自治の確立という両要素が十二分に生かされ

ていることであり︑かつ︑特殊な形態として組合方式または連合方式を採ることによって︑地方住民の福祉を最高度

箋展育成せしめようとす乏あ配徒らに・効率財政面から追求する・とによ・て︑地方住民の福祉を阻害する

に至っては︑個人の尊厳は全うされない︒従って︑これについては︑憲法上の地方自治法のあり方を理解せねばなら

ない︒ 周知のように憲法第九二条は︑ ﹁地方公共団体の組織及び運営に関する事項は︑地方自治の本旨に基づいて︑法律

でこれを定める︒﹂と宣言する︒換言すれぽ︑国会で法律を制定すれぽ︑地方自治の運営︑組織をいかようにでも変

革することができるということではない︒その法律は︑あくまでも﹁地方自治の本旨﹂に沿った法律でなくてはなら

ないということである︒その意味において︑第九二条は︑国会に対して立法の制約を課しているということを銘記し

なけれぽならない︒

 地方自治の本旨とは︑言うまでもなくそれは住民自治及び団体自治の両要素の結合から成立している︒この両要素

の必然性というものは︑当然団体自治というものは住民自治の前提条件として成立している︒国家から地方公共団体

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広域市町村圏の再検討

の事務を独立させ︑自己の事務を︑みずからの意思によって処理せしめようとするものであり︑その根源は︑個人の

自由︑幸福追求という個人の尊厳にほかならない︒個人が尊重され︑地方住民の権利が保障されて︑はじめて国の民

主化が達成される︒従って︑住民自治︑団体自治は民主主義の不可欠の要件であり︑かつ︑民主主義の育成の場であ

る︒憲法第九三条は︑地方自治の具体的な規定として︑議会の議員及び長を住民の直接公選にあたらしめ︑かつ︑第

九四条は︑団体自治の表現として︑地方公共団体の財産の管理︑事務の処理︑条例の制定上等を例示的に規定して︑

地方自治の本旨たる住民自治および団体自治の基本的事例を保障し︑もって民主主義の基本原則を宣言している︒

 しかしながら︑憲法が団体自治といい︑住民自治という基本的な例示事項を保障しても︑それだけでは地方自治は

円滑に運営されない︒そこで地方臼治法はこれを補完的に規定しているのである︒例えば︑住民と地方公共団体の機

関はどのようになされてなくてはならないかを規定している︒この関係は国会のそれと同じように︑住民は議会の傍

聴︑請願︑陳述をして地方自治をみずからなさしめようという規定を設けている︒あるいは条例の制定︑改廃︑監査

の請求︑議会解散の請求︑議員︑長の解職請求︑役員の解職請求︑住民の監査の請求あるいは住民訴訟等︑いわゆる

直接参政制度を更に設けて︑地方自治の本旨を一層実現すべく規定している︒

 従って︑市町村連合法案の内容が︑これら﹁地方自治の本旨﹂に合致しているかどうかということを検討すること

が基本的な在り方であるということである︒

 ただ︑ここで注意しなければならないことは︑市町村連合は一部事務組合の変形であり︑従って︑それは特別地方

公共団体であって︑普通地方公共団体としての都道府県︑市町村とその性格が異なるわけである︒市町村連合は︑そ

れ故に︑都道府県︑市町村の性格に合致する要件をすべて具備しなけれぽならないということではない︒

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(16)

 基本的な問題として第二に考慮すべき点は︑住民自治としては︑議会及び長の並列的な地方公共団体の組織を設

け︑これら二つの機関が並列的な役割を演じて︑住民の意思を反映せしめることにあるということである︒例えば︑

この点について見ると市町村連合の役割りというものは︑地方自治法一三八条の三に規定されているように︑知事な

いし市町村長の所轄のもとに︑明確な範囲のもとの所掌に属するかという問題︑あるいはこれらの機関が地方公共団

体の系統的な構成︑組織になっているかどうか︒しかも︑地方公共団体として一体としての機能を発揮するかどうか

という点もあわせて考慮しなければならない︒

 以上が︑普通地方公共団体︵都道府県︑市町村︶としての地方自治の本旨を具現すべき憲法及び地方自治法の規定

である︒ 本題に入って︑この市町村連合の内容というものは︑いままで述べたような団体自治または住民自治を侵害してい

るかどうかという点を考慮して評価しなくてはいけない︒以下これらの点について述べてみる︒

 まず第一に︑住民自治ないし団体自治の侵害としては︑たとえば法案の第二百八十五条︑ ﹁広域にわたる総合的な

計画を共同して作成し︑これらの事務の管理及び執行﹂を云々すると法案に盛り込まれている︒同じように︑二百八

十六条一項後段が追加されている︒この規定は︑連合の規約で特別の定めをしているときは︑連合の議会で議決した

ときは関係地方公共団体の協議にかえることがでぎる︑と規定する︒これは包括的︑しかも白紙委任的な授権行為と

いうもので︑法律上とうてい理解に苦しむという表現あるいは内容と言わなくてはならない︒先ほど述べたように︑

こういう包括的な白紙委任的な授権行為というものが住民の意思を無視して実際法律上規定されるかどうか︒前に述

べたように︑国会は地方自治の本旨に反する法律を制定してはいけないというところの九十二条の基本的な姿勢を忘

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広域市町村圏の再検討

却しているのではなかろうか︒住民の意思あるいは住民のリコール等の直接参政制度というものはここには適用され

ていない︒たとえぽ市町村連合というものが大幅になされた場合︑これは具体的になるかどうかは別として︑理論的

に考えてみた場合︑市町村の事務はすべてゼロになるというようなことも考えられる︒これはあくまで理論的な問題

である︒そうすれば団体自治というものは全く有名無実になってしまう︒こういうような白紙委任的な授権行為とい

うものは︑まさに憲法以前の問題であると言わなくてはならない︒

 第二点は︑住民は連合の議会の議員︑理事を︑いま述べたように直接選挙をすることはできない︒いわゆる住民は

市町村長︑議会の議員を選び︑それら選ばれた議員︑長が再びこれらの連合の議員とか理事を選ぶというような方式

になるであろう︒そうするならぽ︑憲法九十三条で述べている住民の直接公選というものは実は間接制になってしま

うおそれがある︒要するに住民の意思が直接参政制度をうたっている憲法九十三条に違反するというにほかならな

い︒ 次の第三点は︑連合の議会の議員あるいは理事は︑結局はその当該市町村の多数党の議員及び長の連合の議員によ

って占められる︒すなわち当該市町村の少数党の議会の議員というものは︑おそらくはその当該市町村の末端的な単

なる議事の機関であり執行の機関であるにすぎない︒こういうことは先ほど述べた地方自治の本旨に全く逸脱する違

憲の行為と言わなくてはならない︒住民自治︑団体自治︑ともにこのように連合の機関に包括的しかも白紙委任され

るというようなことは︑何といっても憲法九十二条の地方自治の本旨を逸脱するということは明白である︒

 第四点は︑一部事務組合あるいは連合の地位というものについて考えてみると︑特別地方公共団体としてその地位

は︑その事務の一部に限定されるというところに普通地方公共団体と異った性格がある︒法案二百八十五条の﹁広域

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にわたる総合的な計画Lは︑現在学界でもあるいは通説においても︑ ﹁広域﹂という問題については︑全くだれも定

義はしていない︒こういうようなばく然とした︑しかも抽象的な概念でもって市町村連合を形成せしめるということ

は︑一体どういう意図をもくろんでいるかということは理解に苦しむと言わなくてはならない︒ ﹁広域にわたる総合

的な計画﹂というものは︑実はぼく然︑抽象的なものであり︑かつ無限の事務に発展するおそれがある︒ ﹁総合的な

計画﹂は︑また︑連合の規約でどのようにでも変更されるという内容が織り込まれている︒そうするならぽ︑前に述

べいように︑連合の議会あるいは理雲会と本来の第一次的基礎的な市町村との関係というものは一体どのようになる

であろうか︒場合によっては︑いま述べたように︑普通地方公共団体であるところの市町村の事務の大半をこの連合

に移譲せしめれば︑普通地方公共団体であるところの市町村の機能は全くゼロに等しい︒これは法案の内容から見れ

ばわかるように︑ 一部事務組合を設定しようと︑連合に加入しようと︑実に多種多様の変形によってこれが組織され

る︒であるから︑一部事務組合はその名の示すごとくその地方公共団体の事務の一部を組合に移管するというところ

にその本来の趣旨がうかがえる︒ 一部の客務を数十回にわたっていろいろの組合あるいは連合に移譲せしめるなら

ば︑いま述べたように地方本来の基礎的な一次的な市町村の事務というものは理論的にいってもゼロになるというこ

とになる︒平たく言えば牛の角をためて牛を殺すのたぐいであり︑あるいはひさしを貸しておもやを取られるという

ような現象になると言わざるを得ない︒要するに︑地方自治法に規定するところの一部事務組合︑あるいは現在法案

に出されているところの連合というものはあくまでも特別地方公共団体であって︑それは普通地方公共団体の変形で

あり︑例外的な現象である︒その例外的な現象を原則的な規定にすりかえるということは本末転倒もはなはだしいと

言わなくてはならない︒

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広域市町村圏の再検討

 前にも指摘したように︑一部事務組含︑連壁というものは︑住民の直接参与するところではあり得ない︒あるいは

連合自体についても︑脱退の自由は一体どのように実際面に運営されるのであろうか︒あるいはどのように一体制約

されるであろうか︒それは運営而から見れば︑各地方公共団体の環境に応じて多種多様に分裂するであ.ろう︒あるい

は長の指揮命令権は系統的に及ぶとい5ことはもぼや保証はされない︒連合の役員という聾のは︑特に事務局長の場

合についてはその権限の委譲というような法文化は実に問題があると.口わなくてばならない︒またその地位について

も︑天下り的な官僚を容易に導入せしめる場を提供するのではなかろうかという危惧が生ずる︒

 第五ぽ︑総覧的な︑広域的な行政を日的とする連合においてば︑当然に莫大な財政を必要.とすることは言をまたな

い︒しかるに︑この財政を媒介としたところの権力行政の道をまた開くのではなかろうかという疑問が明白に生ず

る︒現在市町村は五割自治と言われ︑その五割の自治が︑またこういう機関委任雰務の増大とともにこういう連合に

事務を委託するならば︑市町村の自治というものは一体どのように評価されるであろうかという疑念が生ずる︒

 第六に︑連合はその性格から見れば府県と市町村の中間的な機能を果たし︑国民からすれば三重の行政を住民に与

えることになる︒このことは地方自治の本旨からすれば︑住民の事務に関する複雑化あるいはふくそう化は︑ひいて

は住民の地方の政治への関心を薄めることになる︒たとえば明治二十二年の四月から大正十二年までにわが国では郡

制がしかれていた︒要.するに府県制と郡制と市町村制という三重の行政をその期間行なってきたわけである︒今回の

市町村連合はまさに郡制以上の悪法というような感を抱かしめる︒

 次に︑さきの道州制あるいは府県合併案が論議されて︑しかもそれが国民から大いに非難され︑学界においても違

憲論が大勢を占めたことは周知のとおりである︒今回の地方連合も︑府県合併の骨子とその趣旨は大同小異である︒

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住民の意思を無視した市町村合併の前提条件を満たすというような感を抱かしめるものである︒府県合併というもの

は︑法律的には言うに及ばず︑現職の府県の知事すらもこの府県合併に対しては合意をしていないにもかかわらず︑

それが市町村の合併とは言わなくても︑市町村連合に対してはこれに対してどのような一体評価がなされているであ

ろうか︒都道府県も市町村も︑ともに憲法上の普通地方公共団体として︑そこには上下の差別もなく︑指揮命令は自

治に対しては全くあり得ない︒したがって︑この府県合併法案の廃案を機にして︑時を経ずして今回の市町村連合法

案を出されたという意味については理解に苦しむものがあると言わなくてはならない︒

 第七点は︑前に述べたように︑市町村の連合がなされた場合には︑強力な権限を発動させるところの中心的な市の

役割りと︑それに付随するところの弱小町村との関係は︑一体どのように運営されるであろうか︒議員の定数から︑

あるいは組織の関係から見れば︑当然︑議員数︑あるいは財政能力の点から考慮すれぽ︑弱小の町村というものは︑

自分たちの市町村を犠牲にして︑中心的な市に犠牲的な役割りを果たす結果になり得るとも考えられる︒まあこれは

すべてがそうだろうとは考えられないが︑市町村の環境において複雑な現象を生ずることは言うに及ばない︒

 次に︑地方自治法が規定しているように︑市町村というものは普通地方公共団体として基礎的な第一次的な地方公

共団体である︒ここでは市町村優先の規定が地方自治法第二条以下に規定されている︒都道府県は︑広域的な連絡調

整で市町村に適しないところの事務を行なうたてまえである︒これが市町村と都道府県の︑地方自治法が差異を認め

た役割りである︒市町村連合が都道府県の機能を行なうような現在の法案の趣旨からするならば︑将来都道府県は有

名無実となり︑また都道府県廃止の突破口をつくることは︑これは容易なことである︒ひいては道州制への移行を容

易ならしめるところの前提条件ではなかろうかと考えざるを得ない︒

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(21)

広域市町村圏の再検討

 現行法では︑いま述べたように︑市町村はあくまでも基礎的な第一次地方公共団体として存立し︑都道府県は︑広

域的な連絡調整で市町村に適しないところの事務をつかさどる︒したがって︑地方自治法二百四十五条は︑その調整

をはかるために︑自治大臣及び知事が市町村に対して助言をし︑勧告をし︑情報の提供をする権限が与えられてい

る︒それと表裏をなすごとく︑市町村長は自治大臣及び知事に対して助言︑勧告︑情報の提供を求めるところの措置

が規定されている︒このように︑現行の地方自治法では︑広域的な事務についてはすでに地方自治法がその事務は都

道府県に与えられるということが明記されているわけである︒いまさら地方連合をつくる理由は︑普通地方公共団体

の趣旨からすれば毛頭あり得ないわけであると言わなくてはならない︒

 ② 地方公務員法における連合職員の地位

 市町村連合が設置された場合︑従来市町村の地方公務員であった職員は︑あらたに連合の職員の身分に変更される

こととなる︒この場合︑賃金︑労働条件の決定方法が問題となり︑ひいては労働基本権︑結社の自由に大きな影響を

及ぼすこととなる︒即ち︑現行地方公務員法によれぽ︑異なる自治体の職員と混同して職員団体を結成したときは︑

その団体は登録されず︑在籍専従も置けないこととなる︒ ﹁在来の市町村の事業が一部切り離されて連合をつくった

場合︑その労働者は︑いわゆる所属職員団体をそのままとすれぽ︑本来の団体の登録が取り消され︑別に新しく連合       ︵2︶に職員団体を結成すれば︑従来長い間の努力による賃金︑労働条件や労働慣行は一挙に失われる危険が生ずる﹂とい

うのがそれである︒

 さらに︑連合の事務局長が天下り官僚によってその地位を占めた場合には︑広域行政の運営は︑その地方の事情を

解することなく︑中央政府と直結して運営される危惧がある︒かつ︑また連合の重要なポストが中央官僚によって占

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められるとすれぽ︑それは中央政府の地方出張所としての連合であり︑市町村連合は︑中央政府に対して出先機関を       24提供したこととなる︒これでは︑地方公共団体の行政の民主的かつ能率的な運営を保障し︑もって地方自治の実現に

資することを目的とする地方公務員の本来の姿が消滅することとなることは必定である︒

 注︵1︶ 沿革的に見てみると︑たとえば明治二十年の四壁の市制・町村制が施行された︒町村の全部組合あるいは役場事務組合︑

  一部事務組合がこのときに法制化されているわけである︒その凶行はどういう点にあるかといえば︑弱小市町村の能力では

  事務処理が不可能であるという点にかんがみて︑さきの明治二十一年の町村合併と表裏をなすものとしてこれが制定されて

  いる︒端的に言えば︑この現行の事務組合というのは︑町村合併を前提するという意味において制定されている︒同じよう

  に︑昭和二十八年の町村合併促逓法によるところの町村合併の行なわれる前に︑現在の地方自治法の二百五十二条以下の協

  議方弍が採用されている︒これも要するに︑町村合併促進法の施行に先立って︑町村合併を容易ならしめるためにこういう

  協議方式というものを地方自治法に盛り上げたことにほかならない︒憶測によるわけてはないけれども︑今回の市町村連合

  についても︑町村合併の促進と.のう意味において制定されるような趣旨もうかがわれないわけではない︒しかしながらこれ

  は憶測の問題であって︑ここで即製に論ずる点ではあり得ない︒たとえば︑この現在の地方自治法が昭和二十一年に制定せ

  られた・︑Gきには︑この協議方式というものが制定されていた︒しかしながらマッカーサーによって︑各地方公共団体に協議

  会というものが設定されだならば︑地方に有刀な民主主義を阻害する団体が生ずる︑それを阻止するという意味において︑

  翌二十二年にこの協議会方.式は削除をさわた︒しかしながら︑講和条約発効とともに︑昭和二十七年︑現在の二百五十二条

  のこ以下の地方団休の協議会方式がまたあらためて新設きれて現在に至っている︒

   ここで注意をしなくてはいけない点は︑特別地方公共団体というものはあくまでも一通地方公共団体の変形であり︑例外

  劃︑.定であるというこ・.︸.︑要するに︑特別地方公共団体というものは地方自治の精神に沿って解釈運営されるという点につい

  ては︑普逓地方公共団体のそれと異なるところはないということである︒

︵2︶ 前掲参院地方行政委員会会議録第一九号︑丸山参一考人の意見︒

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広域市町村圏の再検討

   五 む  す  び

 周知のように︑地方自治は民主主義の小学校であり︑あるいはその訓練の場とも言われている︒いま市町村連合が

なされることによって︑本米の市町村の事務が述合に移管されるとするならば︑地方公共団体の住民はその訓練の

場︑あるいは小学校の場というものを連合に奪われるというたてまえになる︒これは民主主義を崩壊するゆゆしい原

因であり︑問題であると指摘しなくてはならない︒要するに︑広域化されたが自治は消滅したというのでは︑憲法の

崩壊を口前に見ていると言わなくてはならない︒自治の精神を否定したところの能率の問題︑合理化の問題︑広域化

の問題というものは︑まさに本末転倒の問題である︒

 自治の精神に立脚した能率であり︑自治の精神に立脚したところの合理化であり広域化であるということでなくて

ばならない︒これについては現行地方自治法は︑協議会方式︑委員の共同設置︑事務の委託︑一部事務組合等︑ある

いは発展すれば町村合併というような規定を設けていて︑何らこれらの市町村連含に矛盾するような規定はあり得な

い︒むしろそういうことを予知して︑いま述べたような法律がすでに地方自治法に具体的に明記されていることを忘

れてはならない︒

 結論として︑市町村連載に︑地方自治の本旨︑すなわち住民自治︑団体白治の精神に反し︑ひいては憲法九十二条

以降の趣旨に違反すると断言せざるを得ない︒このような意味において︑今回の市町村連合については︑まさに憲法

違反であり︑住民の福祉を無視したところの︑広域化と総合的能率化という点にのみとらわれた法案といわなくては

ならない︒

 追記︑︵本稿は︑さきの第六五回参院地方行政委員会における参考人としての私の意見を修正加筆したものである︶︒

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参照

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