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元良勇次郎 : 「同情」する日本近代学知

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(1)

元良勇次郎 : 「同情」する日本近代学知

著者 近藤 裕樹

雑誌名 文化學年報

号 63

ページ 272‑292

発行年 2014‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027774

(2)

元良勇次郎 : 「同情」する日本近代学知

著者 近藤,裕樹

雑誌名 文化學年報

号 63

ページ 272‑292

発行年 2014‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027774

(3)

元 良 勇 次 郎

﹁ 同情

﹂ す る日 本 近 代学 知

近 藤 裕 樹

一︑ は じ め に 儒家

に生 を受 けな がら キリ スト 教の 洗礼 を受 け︑ 同志 社英 学校 第一 期生 とし て明 治七

︵一 八七 四︶ 年入 学を 果た す 元 良勇 次郎 は︑ 心理 学を 始め 哲学

・教 育学

・倫 理学 など 多岐 に亘 る学 知を 修め

︑単 なる 西欧 知識 の輸 入翻 訳に 留ま ら ず 独自 の見 解を 披瀝 した 一人 の近 代日 本人 と評 され る!

︒ また

︑元 良は 自身 の研 鑽の みな らず 後進 書生 の指 導に も熱 心で あり

︑元 良自 身が 幼時 にて 苦学 を経 験し たこ とに よ り 切実 なる

﹁同 情﹂ を書 生に 対し て懐 いて いた

︒書 生の 説と 雖も 丁寧 に傾 聴し 理解 しよ うと する 元良 の﹁ 公平 なる 学 者 の態 度﹂ は幼 年壮 年期 に培 われ た﹁ 同情 心﹂ が 基礎 と な り︑

﹁人 格 的 感化

﹂と し て 永 く後 進 の 中に 存 す るこ と と な る"

︒つ まり

︑元 良勇 次郎 その 人の

﹁人 格﹂ 的価 値を

﹁同 情﹂ に見 出せ よう

︒ しか し︑ こう した 人的 評価 を﹁ 同情

﹂と いう 一般 感情 を用 いて 証明 する 論法 は元 良一 人に 該当 する 特別 な事 例な の だ ろう か︒ 斯様 な疑 義は 更な る問 いを 提起 し得 よう

︒そ の問 いこ そ本 論稿 にて 思考 を試 みた い議 題に して

︑近 代日 本

― 272 ―

(4)

に おい て人 の存 在価 値を 評す る標 準と して

﹁同 情﹂ は 設定 さ れ てい た の では な い か とい う 視 点に 他 な ら ない

︒事 実

︑ 元 良を 教導 した 一人 であ る新 島襄 も﹁ 同情

﹂あ る人 格者 とさ れた

!

︒ ダー ウィ ン進 化論 の発 表を 契機 とし た﹁ 人間 とは 何か

﹂と いう 課題 に対 し︑ 元良 を始 めと する 多く の知 識人 達が こ れ まで 以上 にそ の重 荷を 背負 わさ れて いっ たこ とで あろ う︒ その 人間 本質 を訪 ねる 道程 にあ って

︑元 良は 如何 なる 学 知 を構 築し てき たの か︒ 元良 は﹁ 同情

﹂に より 様々 な関 係を 構成 す る 人 の存 在 に 早々 か ら 着眼

"

︑そ の

﹁同 情﹂ を 心 理学 や倫 理学 にお ける 知と して 証明 しよ うと 試み てお り︑ 近代 日本 にお ける

﹁同 情﹂ する 人間 存在 とい う究 明に 大 き な役 割を 果た した 一人 と言 えよ う︒ 二︑

心 理 学知 と し ての

﹁ 同 情﹂ 元良

勇次 郎に とり

﹁同 情﹂ を論 じる こと は心 理学 にお ける 愛情 を 詳 説 する に 他 なら な い︒ 元 良は

﹃心 理 学#

﹄に お い て﹁ 愛情 ノ性 質ヲ 究メ ント スル ニハ 先ヅ 此愛 情ノ 要 素タ ル 同 情欽 仰 及 ビ固 着 ノ 性 質ヲ 究 メ ザル 可 カ ラ ズ﹂ と記 し

﹁同 情﹂ とは 愛情 の一 要素 であ ると の定 義か ら発 する

︒﹁ 同情

﹂と は﹁ 他人 ノ感 情ノ 外ニ 現ハ ルヽ ヲ見 テ自 身ノ 精神 中 ニ 之レ ト同 様ナ ル感 情ノ 発ス ル﹂ こと を意 味 し︑ 他人 の 悦 苦に 対 し て各 々 快 不 快を 感 ず るも の で あ る︒ この

﹁同 情

﹂ の 作用 によ り始 めて 私欲 心が 他愛 心と 結合 し︑ 人を して

﹁社 会的 動物

﹂た らし める とさ れる

︒つ まり

︑人 は愛 する 兄 弟 や子 孫の 困苦 を見 るに 忍び ず︑ 自己 の快 楽を 幾ら か犠 牲に 供す るこ とで 彼等 の困 苦か ら救 済し よう とす るの が﹁ 通 常

﹂な ので ある

︒ しか し︑ 元良 は﹁ 一方 ヨリ 考フ ルト キハ 人ハ 殆ン ト同 情ナ キモ ノナ ルガ 如シ

﹂と も論 ずる

︒文 明の 開化 が進 歩を 遂

― 273 ― 元良勇次郎

(5)

げ るに 従い

︑欧 米の 如く 社会 は貧 富の 格差 が顕 著と なる

︒そ うし た状 況下 にあ って 人の 自然 の情 に任 せ﹁ 制限

﹂す る こ とな けれ ば︑ 富者 は益 々自 身の 奢り を極 める 中に あっ て︑ 隣人 たる 貧者 は日 夜心 身を 労し 肉体 の生 活を 維持 する こ と に汲 々と して いる

︒貧 者は 自身 の快 楽な ど有 する こと なき ばか りか

︑富 者の ため に﹁ 強迫

﹂さ れる 有様 であ るな ら ば

︑最 早 両 者の 間 に は﹁ 同情

﹂な ど 存 在 しよ う 筈 がな い

︒元 良 は

﹁同 情

﹂を 社 会 中

﹁殆 ン ト

﹂無 き も の と し な が ら も

︑確 かに 存在 する 範囲 があ ると も説 き︑ 人が

﹁社 会的 動物

﹂で ある ため には

﹁同 情﹂ 範囲 の境 界を 見極 める 必要 が あ ると 論ず る︒

﹁ 同情

﹂に は自 ずと 範囲 が存 在し

︑先 述し た﹁ 同情

﹂な き貧 富関 係に 対極 して

︑﹁ 同情

﹂を もっ て連 合し たる 家族 が 設 定さ れる

︒た だ斯 様に

﹁同 情﹂ の範 囲は 単純 二極 区分 出来 るも ので はな い︒ 先ず 元良 は﹁ 同情

﹂範 囲を 次な る三 つ の

﹁制 限﹂ にて 説明 する

︒第 一の 制限 とは

﹁同 情ハ 自己 ト同 等又 ハ以 下ノ 人々 ニ対 シテ 発ス ルモ ノ多

﹂い こと

︑第 二 の 制限 とは

﹁同 情ハ 自己 ニ敵 スル モノ ニ対 シテ 発ス ルモ ノニ 非ズ

﹂と いう こと

︑第 三の 制限 とは

﹁同 情ハ 全ク 無関 係 ナ ル人 ノ間 ニ発 スル コト ナシ

﹂と いう 性質 をい う︒ 上記 の如 く﹁ 同情

﹂の 発す る区 域は

﹁制 限﹂ され なが ら︑ 更に は そ の強 弱の 度合 に影 響す る条 件も また 幾 つか 存 在 する

︒第 一 に﹁ 其 ノ人 ヲ 知 ル コト 親 密 ナル コ ト﹂

︑ 第二 に

﹁其 ノ 人 ト 同様 ノ位 置ニ 在ル コト

﹂︑ 第 三に

﹁己 レト 目的 ヲ同 フス ルコ ト﹂

︑第 四に

﹁血 統ノ 近キ ハ父 母ヲ 共ニ スル 兄弟 ヨリ 同 人 種ニ 属ス ル一 国民 ニ至 ルマ デ多 少ノ 同情 ナキ コト ナシ

﹂︑ 第 五に

﹁親 子ノ 間ニ 存ス ル本 能﹂

︑第 六に

﹁両 性ノ 間ニ 存 ス ル本 能﹂ が﹁ 同情

﹂の 強弱 とい う度 合を 左右 する

︒ 以上 の如 く︑

﹁ 同情

﹂を 発す るた めに は多 様な 条 件 を必 要 と する 問 題 が ある 訳 だ が︑ それ と は 別に

﹁同 情

﹂そ の も の の実 存を 定め なけ れば なら ない 場 合も 多 少 生じ 得 る︒

﹁ 同情

﹂な き 時 に 自ら を 欺 きて

︑さ も

﹁同 情﹂ 在 るか の 如 く 思 惟す ると いう 可能 性を 元良 は否 定し てい ない

︒な らば

︑﹁ 同 情﹂ を如 何に 確定 する かが 重要 とな ろう

︒﹁ 同情

﹂と は

元良勇次郎 ― 274 ―

(6)

自 他が 共に 同じ く喜 又は 悲を 感じ

︑必 要あ れば 自己 の快 楽を 犠牲 に供 する こと によ りそ の実 存は 明知 され 得る ので あ る

︒元 良は こう した 経緯 によ り発 せら れ たも の を﹁ 自 然精 神 ニ 発ス ル ノ 同 情﹂ と呼 び

︑他 に もう 一 種﹁ 倫 理 的同 情

﹂ な るも のが 実存 する と説 く︒ その 両者 の異 同と は︑

﹁ 倫理 的同 情 ハ 之ヲ 心 理 的ニ 考 フ ル トキ ハ 感 情的 性 質 最モ 少 ナ ク シ テ理 性及 ビ実 行的 性質 ヲ有 スル モノ ナリ ト雖 モ外 貌的 性質 ニ至 リテ ハ他 ノ同 情ト 類似 スル モノ ナリ

﹂と の解 釈に て 伺 える

﹁ 同情

﹂と 愛情 の関 係に 話を 戻そ う︒ 元良 曰 く︑ 愛 情と は

﹁同 情﹂ 及 び欽 仰

・固 着 と いう 三 要 素が 多 様 に結 合 す る こ とに より

︑両 性や 親子

・朋 友間 から 愛国 心に 至る まで その 形を 変え ると され る︒ 両性 の愛 情と は︑ 男子 が婦 人に 対 す る情 と婦 人が 男子 に対 する 情と にお いて 発 する 原 因 に異 同 あ り︑

﹁同 情

﹂と 固 着 に関 し て は双 方 同 じく す る が︑ 欽 仰 に関 して は男 子が 婦人 の美 を愛 し︑ 婦人 は男 子の 勇気 を慕 うと いう 相違 が見 られ るの であ る︒ 親子 の愛 情に 関し ても 両性 間の それ と同 様に

︑親 から 子へ

︑ま たは 子か ら親 へと いう ベク トル の向 きに より その 性 質 を区 別し なけ れば なら ない

︒親 から 子へ の愛 情に は欽 仰の 要素 が全 く見 られ ない が︑ 本能 的な る﹁ 同情

﹂及 び固 着 に 基づ くも のと 元良 は解 して いる

︒た だ︑ 何故 に﹁ 同情

﹂等 が本 能的 に生 じる かと いう 疑問 に関 して は学 者間 にあ っ て その 説が 一定 して いな いと いう

︒一 方で 子か ら親 への 愛情 には 衣食 住等 への 固着 要素 が最 も強 調さ れ︑ 欽仰 は些 少 な る影 響あ りと され る中 で︑ 子が 小児 期に ある 場合 はそ の精 神中 に﹁ 同情

﹂要 素は 欠落 して おり

︑子 が成 長を 遂げ る こ とで 親子 格差 が減 じる に従 い﹁ 同情

﹂も 自ず から 漸次 増加 して いく

︒ 朋友 の愛 情に は﹁ 同情

﹂及 び固 着の 要素 が最 も強 く働 き︑ 欽仰 の要 素に 至っ ては 存不 存の 両方 が場 合と して 設定 さ れ て い る︒ その 他 に︑ 君 臣及 び 主 僕 間の 愛 情 には

﹁同 情

﹂と 欽 仰に 基 づ き︑ 僅 かの 固 着 も ま た 存 す る こ と あ り︒ ま た

︑元 良に おけ る﹁ 同情

﹂論 とし て興 味深 いの は︑ 朋友 間に みら れる 憐憫 の情 であ る︒ 憐憫 とは 主に

﹁同 情﹂ に基 づ

― 275 ― 元良勇次郎

(7)

き 発せ られ

︑慈 恵者 から 被恵 者へ の一 方向 に表 され る情 であ るの に対 して

︑愛 情は 双方 互い に発 し合 うと いう 明確 な る 相違 があ る︒ 被恵 者が 慈恵 者に 対し て表 する 感情 はあ くま でも 感謝 の情 であ ると 元良 は区 別す る︒ 但し

︑こ の感 謝 の 情が 何れ に基 づく かと いう 解釈 にお いて

︑固 着 や欽 仰 に よる 場 合 と﹁ 倫理 的 同 情﹂ に よる も の とが 存 在 す ると し

﹁同 情﹂ の影 響を 否定 して いる 訳で はな い︒ 先述 した 如く

︑﹁ 同情

﹂に は﹁ 自然 精神

﹂ま たは

﹁倫 理的

﹂な る二 様が あ る ので あり

︑憐 憫に 関し て相 互間 の心 理作 用を 元良 は明 確に 区別 して いる

︒ 愛国 心も 一種 の愛 情で ある こと に何 人も 異論 はな いだ ろう が︑ 元良 はそ の性 質を

﹁其 感情 ノ度 ハ強 カラ ズ︑ 其ノ 範 囲 広 ク︑ 且 ツ他 ノ 感 情ノ 為 メ ニ 動 カ サ ル ヽ コ ト 少 ナ シ

﹂と 特 徴 付 け て い る

︒愛 国 心 で は 固 着 が そ の 重 き を 置 か れ

﹁同 情﹂ 及び 欽仰 がこ れを 大き く助 ける のだ と言 う︑ 斯様 な愛 国 心 に作 用 す る条 件 と し て元 良 は 七種 を 定 め詳 論 し て い る︒ 第一 に﹁ 自然 故郷 ニ固 着ス ルノ 情﹂

︑ 第二 に﹁ 父母

︑親 族︑ 朋友 ニ固 着ス ルコ ト﹂

︑第 三に

﹁故 郷ノ 山川 風景 ハ 殊 ニ慕 ハシ キコ ト﹂

︑ 第四 に﹁ 言語 ノ同 一ナ ルコ ト﹂

︑第 五に

﹁風 俗習 慣ノ 同一 ナル ガ為 メ同 情ヲ 生ス ルヲ 大ニ 助ク ル コ ト﹂

︑ 第六 に﹁ 同人 種ナ ルコ ト﹂

︑第 七に

﹁爵 位︑ 財産

︑名 誉及 ビ国 民ヨ リ其 ノ人 ニ対 スル 信用

﹂が それ ぞれ 愛国 の 情 を強 める

︒ 以上 の愛 国要 件を

﹁同 情﹂ の視 点か ら考 察す るな らば

︑元 良は 風俗 や習 慣が 人の 心情 形成 に大 きく 影響 し︑ その 風 俗 習慣 が同 一で ある 人の 間に は﹁ 同情

﹂が 生 じる の だ とい う

︒元 良 はこ の 一 点 にの み

﹁同 情﹂ と いう 語 を 使 用し た

︒ そ れが 意識 的か 否か は確 認で きず

︑ま た風 俗習 慣な るも のが 自然 や故 郷︑ そし て父 母親 族や 朋友 等に 影響 を受 ける こ と も承 認し た上 で︑ 元良 が﹁ 同情

﹂を 風俗 習慣 に連 関さ せた 意味 を問 わな けれ ばな らな い︒ 何故 なら ば︑ 元良 は感 情 と いう 学理 研究 が極 めて 困難 であ るこ とを 自認 して おり

︑そ のた めに は社 会一 般の 人情 や風 俗の 研究 が好 材料 とな る と 思考 して いた から であ る︒

元良勇次郎 ― 276 ―

(8)

明 治三

〇 年 に刊 行 さ れた

﹃心 理 学 十 回講

!

﹄に お いて

︑元 良 は﹁ 社 会 的感 情

﹂と し て﹁ 同 情﹂ を 定 義 し て い る

︒ 感 情の 区分 法に は人 によ り各 論あ り複 雑で ある と前 提し た上 で︑ 元良 は感 情を

﹁生 理的

﹂﹁ 美 的﹂

﹁社 会的

﹂の 三様 に 区 別し

︑﹁ 社 会的 感情 トハ 吾人 ガ社 会ニ 対ス ルト キ起 ル 感 情ニ シ テ 愛情

︑同 情

︑欽 望 等 ノ情 ヲ 以 テ其 ノ 重 ナル モ ノ ト ス

﹂る と説 く︒ つま り︑

﹁ 同情

﹂と は人 に接 して 始め て生 じ る 情で あ り︑ こ の情 に よ り 社会 相 結 合し て 団 体を 創 造 す る こと から

︑﹁ 同 情﹂ は人 類社 会に 対し て起 こ る﹁ 社 会的 感 情﹂ と 言わ れ る の であ る

︒特 に︑ こ の著 書 が 発行 さ れ た 時 期︑ 日清 戦後 の格 差社 会に あっ ては 極め て重 要な る情 であ り"

︑ ベイ ンの

﹁他 人 ノ 憫 ムベ キ ヲ 見テ 慈 善 心ヲ 惹 起 シ 之 ヲ助 クル ニ至 ラズ ンバ 同情 トハ 云 フ可 カ ラ ズ﹂ との 言 を 引用 し

︑﹁ 自 然 ニ起 ル 情﹂ と して の

﹁同 情﹂ 理 解を 元 良 は 示 して いる

︒こ こに おい て問 題と すべ きは

︑ベ イ ン説 に 見 られ た 如 く︑

﹁同 情

﹂と は 意 識的 覚 醒 に止 ま る もの で は な く

︑傍 観で はな く実 践へ と移 行し て始 めて 完成 され る︒ 更に

︑元 良の 心理 学は 次第 に社 会現 象と 密接 した 深部 へと 展開 され てい くこ とと なる

︒動 物界 の一 種と して この 世 に 存在 する 人間 が霊 長と され る所 以は

︑ま さ に﹁ 相互 ノ 交 際ニ 依 リ 大ニ 愉 快 ヲ 感ス ル

﹂﹁ 社 会的 動 物﹂ で ある か ら に 他 なら ない

︒更 に言 えば

︑こ の社 会的 なる 交際 を﹁ 同情

﹂が 可能 なら しめ てい るの であ る︒ つま り︑ 人の 人た る所 以 を 尋ね るな らば

︑そ れは 必然 的に

﹁同 情﹂ へと 辿り 着く であ ろう

︒ダ ーウ ィン は初 期の 社会 要素 にて 早々 に発 現し た 社 会的 感情 とし て﹁ 同情

﹂及 び愛 情を 挙げ

︑殊 に﹁ 同情

﹂を 用い てあ らゆ る社 会的 感情 乃至 道徳 観念 を説 明せ んと す る 程に 欠く こと の出 来な い要 素で ある と着 目し てい た︒ この ダー ウィ ン説 に関 し元 良は 多少 の疑 義│

﹁同 情﹂ と愛 情 の 差違

│を 持ち なが らも

︑﹁ 同 情﹂ とは 草昧 なる 社会 に あ って 親 子・ 夫 婦・ 兄弟 間 の 情 誼を 厚 く し社 会 発 達の 基 礎 を な した 精神 現象 であ ると いう 論点 にお いて は一 致を みる

︒ 優勝 劣敗 とい う生 存競 争に より 動物 は進 化し たと いう 学説 には 人類 社会 をも 包含 する とさ れる が︑ 元良 は生 存競 争

― 277 ― 元良勇次郎

(9)

と いう 一因 のみ にて 社会 進化 を説 明出 来る もの では な いと 説 く︒ 単 に人 は 他 者と 競 争 す るだ け の 存在 で あ る なら ば

︑ 社 会の 成立 を如 何に 説明 し得 るの か︒ 社会 の事 実と は︑ その 成員 間に

﹁同 情﹂ や愛 情が 存在 し利 害を 共有 して いる こ と を 示 す︒ 親子 間 を 例と す る な らば

︑親 子 が 相競 争 し 自身 の 生 存 を計 る と いう 実 例 は否 定 し 得 な い が あ く ま で﹁ 変 態

﹂に して

︑必 ず﹁ 同情

﹂や 愛情 によ り結 合 され る の が通 例 で ある

︒た だ

︑﹁ 同 情﹂ や 愛情 あ れ ば相 互 間 には 利 害 の 共 通性 が生 じ社 会は 成立 する が︑ 生存 競争 は決 して 絶滅 する もの では ない と元 良は 論じ る︒ なら ば人 類社 会の 発達 は 如 何に 遂げ るの か︒ それ は﹁ 同情

﹂の 発達 に大 きく 影響 され る︒ 元良 は﹁ 同情

﹂の 発達 を次 のよ うに 簡略 に述 べる

︒ 同 情及 愛情 ガ漸 次発 達ス ルニ 従ヒ 生存 競争 ヲ非 秩序 的ヨ リ秩 序的 ニ変 更ス ル 下 等動 物で は個 々間 にて 生存 競争 が繰 り広 げら れる が︑ 人類 は社 会的 動物 中に あっ て﹁ 最高 等﹂ に属 する 故に 団体 を 組 織し 外界 と競 う︒ その 団体 内に おけ る利 害の 共通 性が

﹁同 情﹂ によ り保 持さ れる ため に︑ 自ず から その 内界 には 秩 序 が生 まれ る︒ そう した 内界 にお ける 秩序 態の 基 礎型 こ そ が元 良 の いう 家 族 制 なの で あ り︑

﹁社 会 発 達ノ 根 本

﹂な の で あ る︒ そ こで は 祖 先崇 拝 と い う習 俗 が 共通 性 と して 秩 序 を 担保 し

︑﹁ 同 情﹂ によ り 組 織 的 強 化 が 図 ら れ る

︒だ が

︑ 人 智が 進歩 し社 交が 複雑 化す るに 及び

︑社 会組 織に も新 たな 工夫 が要 求さ れる

︒家 族制 とい う狭 小な る範 囲に あっ て は

﹁同 情﹂ によ る自 然な る秩 序的 結束 が可 能で あっ たが

︑社 会組 織の 複雑 性は 法律 によ る﹁ 支配

﹂を 生み 出す と元 良 は 言う

︒ しか し︑ こう した 法律 によ る﹁ 支配

﹂社 会は 人 為的 に し て︑

﹁同 情

﹂に よ る自 然 な る 社会 で な いが 故 に 共通 性 を 欠 く と 言 えよ う

︒従 っ て︑ 元良 は 社 会 の発 達 を 円滑 な ら しめ る 社 会 的道 徳

︑つ ま り仁 や 博 愛や 慈 悲 と い う﹁ 人 類 的 情

﹂が 併存 しな けれ ばな らな いと 説 く︒ 換言 す る なら ば

︑﹁ 同 情﹂ とい う

﹁産 の 社 会的 情 誼﹂ を 範囲 拡 大 させ 多 様 に

元良勇次郎 ― 278 ―

(10)

し たも のこ そ﹁ 人類 的情 誼﹂ に他 なら ない だ ろう

︒人 間 の 社会 性 の 根本 を 遡 る なら ば

︑﹁ 同 情﹂ とい う 礎 に帰 着 す る の では なか ろう か︒ 人類 が如 何に 良慣 良俗 を築 くた めに

﹁同 情﹂ を働 かせ てき たか

︑人 類は

﹁同 情﹂ する 社会 的動 物 で ある とい う実 存を 探究 する こと が近 代日 本に おけ る心 理学 の命 題で あっ たと は過 言で あろ うか

︒ 以 後︑ 元 良 の 筆 に よ る 心 理 学 書 に は 晩 年 の

﹃心 理 学 綱 要!

﹄︑ そ し て 没 後 に 刊 行 さ れ た

﹃心 理 学 概 論"

﹄が あ り

︑ 各 々に 記載 され てい る元 良の

﹁同 情﹂ 論に より 補完 を試 みる

︒元 良の 感情 論に おい ては 快及 び不 快の 有り 様と いう 観 点 が重 要と なり

︑必 然的 に一 感情 であ る﹁ 同情

﹂も また その 例外 では ない

︒元 良は 快不 快に 関す る先 哲の 理解 を﹃ 心 理 学綱 要﹄ にお いて 次の よう に纏 める

︒ 古来 より ソク ラテ スや プラ トー

︑そ して 釈迦 が唱 えた 如く

︑人 生に は苦 痛と いう 不快 が既 存し

︑そ の除 去に よっ て 始 めて 快な る感 情が 惹起 され ると いう 消極 的理 解が 主流 であ った

︒し かし

︑ア リス トテ レス はこ うし た消 極的 理解 を 否 定 し︑ 快 楽と は 他 より 妨 げ ら るこ と な く活 動 す ると い う 完 全性 を 基 礎と す る︒ も し快 楽 の 完 全活 動 が 妨 碍 さ れ る か

︑ま たは 快楽 の精 神活 動が 進ま ない 時に 強い て活 動さ せら れる 場合 に不 快を 覚え るの であ る︒ この アリ スト テレ ス の 説は 後の ベイ ンや スペ ンサ ー等 の進 化論 者に 継 承さ れ

︑﹁ 生 理活 動 が 進化 的 活 動 に符 合 し たと き

﹂が 快 楽で あ る と し

︑こ の快 楽が 益々 生活 活動 を増 進さ せる と解 する

︒ し かし

︑進 化 論 者の 唱 え る快 楽 増 進 とい う 説 は快 不 快 の 有す る 対 比作 用 と いう 性 質 に おい て 説 明困 難 と も な り 得 る

︒つ ま り︑ 快 乃至 不 快 と は 各 々 不 快 乃 至 快 が 去 っ た 後 に 生 じ る の で あ り︑ 快 不 快 と は 人 の 一 生 涯 に て は

﹁等 分

﹁平 均﹂ され るも ので ある

︒従 って

︑社 会の 幸福 が増 進 す る等 到 底 あり 得 な い とさ れ る︒ そ こで

︑元 良 は 快不 快 が 対 比 作用 に依 らな い︑ また 幸福 増進 を可 能な らし める 根拠 とし て﹁ 同情

﹂を 指摘 する ので ある

﹁ 同情

﹂と は﹁ 同情

﹂者 も被

﹁同 情﹂ 者も 共に 一種 の愉 快な る感 情を 生ず ると 定義 され

︑﹁ 同情

﹂以 前が 快で あろ う

― 279 ― 元良勇次郎

(11)

が 不快 であ ろう が︑

﹁ 同情

﹂の 結果 は常 に相 互間 に 愉 快を 生 み 出す

︒こ れ が

﹁同 情﹂ は 対比 作 用 では な い 理由 と さ れ る

︒更 に︑

﹁ 博愛 上﹂

﹁社 会の 一員 であ ると 云ふ 自覚

﹂﹁ 一 家団 欒﹂

﹁孝 行﹂ から 生じ る快 楽は

︑社 会の 交際 上よ り起 こ る

﹁同 情﹂ を指 すの であ り︑ 社会 組織 や風 俗改 良の 具合 によ り人 生幸 福の 増加 が可 能で ある こと と元 良は 確実 視し て い る︒ な らば

︑如 何 に 社会 組 織 や風 俗 改 良 の具 合 を 進化 さ せ る かが 問 わ れる 訳 だ が︑ 元 良 は そ れ を

﹁思 想 上

﹂﹁ 社 会 上

﹂ よ り起 りた る快 不快 によ り︑ 単に 感覚 上か ら起 って 来る 快不 快を 減じ ると いう 方向 性を 示唆 する

︒も とよ り人 は身 体 を 有す る以 上肉 体よ り感 覚上 生じ る快 不快 を断 つこ とは 出来 ない 訳だ が︑ その 及ぶ 影響 の範 囲を 減じ るこ とは 可能 で あ る︒ 感覚 上よ り 来る 快 不 快は

﹁対 比

﹂が 必 要で あ り

︑ま た﹁ 変 化﹂ が多 い

︒そ の 一方 で

﹁思 想 上﹂ 及 び﹁ 社会 上

﹂ よ り来 る快 不快 は高 尚に な れば な る 程に

﹁対 比

﹂以 外 とな り

﹁変 化

﹂も 極 少と な る︒ 元 良曰 く

︑﹁ 同 情﹂ とは ま さ し く 博愛 等と 同じ く﹁ 社会 上﹂ に包 含さ れる 感情 であ り︑ この

﹁同 情﹂ の領 分を 拡張 させ るこ とが 人生 にお いて 求め ら れ るの であ る︒ 元良 は﹃ 心理 学概 論﹄ にて も﹃ 心理 学綱 要﹄ と 同様 な る 快不 快 説 を記 載 し て いる が

︑﹁ 同 情﹂ 論に お い て若 干 の 差 違 が見 られ るの で指 摘し てお く︒

﹁ 同情

﹂を

﹁社 交上

﹂よ り生 ずる 感情 であ ると 元良 は根 本的 に解 釈し なが らも

︑﹁ 感 覚 上﹂ 乃至

﹁思 想上

﹂の 感情 に近 きも のと 化す 場合 が存 する と説 く︒ 例え ば︑ 過激 なる 社会 運動 に﹁ 同情

﹂す る場 合 は 感覚 上に よる 過激 な熱 情を 発す るこ とが あり

︑ま た社 会に

﹁同 情﹂ を寄 せ公 益を 計る 場合 は思 想上 より 来る 最も 穏 や かな 感情 とな る︒ この 相違 は運 動と いう 手段 に﹁ 同情

﹂す るか

︑公 益と いう 目的 に﹁ 同情

﹂す るか によ り惹 起さ れ る と言 えよ う︒ なら ば︑ 元良 が言 うよ うに

﹁同 情﹂ とい う社 交上 より 生じ る感 情は 発す る﹁ 事情

﹂の 如何 によ って 異 な り︑ その 特質 を概 括的 に定 義す るこ とは 不可 能で ある

元良勇次郎 ― 280 ―

(12)

また

︑元 良は 感情 を表 象と 比較 し て論 じ る 中で

﹁同 情

﹂を 引 用し て い る︒ 表 象と 感 情 とは 各 々﹁ 不 全 経験

﹂﹁ 自 全 経 験﹂ とさ れ︑

﹁ 自全 経験

﹂と はつ まり 快不 快の 感情 が自 己 以 外に 指 し 示す 所 が 無 い主 観 的 過程 を 有 し︑ 客観 の 意 味 を 持た ない と規 定さ れる

︒し かし

︑実 際の 感情 生活 を紐 解く 時︑ 全く 主観 的に 止ま らな い感 情の ある こと に気 付く で あ ろう

︒そ の一 情が

﹁同 情﹂ なの であ って

︑対 象 が存 在 し て始 め て 成立 す る こ とが そ の 所以 で あ る︒ 元 良は

﹁同 情

﹂ の 特質 を詳 説す るた めに

︑経 験界 を﹁ 主我 系統

﹂と

﹁主 自然 系統

﹂と の二 様に 区分 する こと から 更に 論を 始め る︒

﹁ 主我 系統

﹂よ り経 験界 を観 察す れば

︑中 心と なる べき は 主 我で あ り 諸現 象 は こ れに 対 立 する の で あっ て

︑つ ま り 快 不快 の感 情は 自我 にの み属 する ので ある から 主観 的と 断言 でき るの であ る︒ 但し

︑他 者に も各 々快 不快 とい う自 我 が 存在 する が故 に︑ その 共通 性か ら感 情は

﹁自 分の み﹂ に属 すと いう 意味 にお ける 主観 的と は当 然言 える もの では な い

︒そ こで

︑視 点を

﹁主 自然 系統

﹂へ と転 じた なら ば︑ 以下 のよ うな 反応 が現 れる

︒ 生 物︑ 殊に 人類 は等 しく 皆主 観的 側面 を有 する もの にし て︑ 我も 亦人 類中 の一 員な るが 故に

︑我 も他 人と 同じ く 主 観的 側面 には 直感 的感 情生 活を 有し

︑我 が主 観と 他人 の主 観と の間 には

︑相 互反 応あ りて

︑同 情︑ 反情 等の 発 す るこ との 有り 得る もの なり

︒ 快 不快 とい った 感情 はど こま でも 自我 に属 する 主観 的な るも ので ある が故 に︑ 時に 感情 生活 にお いて はそ れが 共通 因 子 とな り個 々人 とい う主 観に 止ま るこ とが 出来 なく なる

︒換 言す るな らば

︑一 体如 何な るも のに 快不 快と 感じ るか と い う経 験知

︑つ まり 自我 の確 立こ そが

﹁同 情﹂ の発 現及 びそ の範 囲拡 大に おい て不 可欠 とな ろう

― 281 ― 元良勇次郎

(13)

三︑ 倫 理 学知 と し ての

﹁ 同 情﹂ 元良

勇次 郎 は 東 京帝 国 大 学文 科 大 学教 授 に 就 任す る 直 前︑

﹁倫 理 学 ハ哲 学 カ 将 タ科 学 カ!

﹂ と いう 論 文 を著 し て お り

︑同 論文 の﹁ 第三 理性 情性 ノ 習慣 ヲ 論 ズ﹂ にお い て︑

﹁ 同情

﹂と 正 義 と は﹁ 人間 ノ 人 間タ ル 所 以﹂ にし て

﹁人 間 一 般 ニ普 通ナ ルモ ノ﹂ と前 提し なが ら︑ 共に 国風 や幼 時に おけ る教 育等 によ り大 きく 変更 する もの であ ると も論 じて い る 同 ︒ 情相 憐ム ノ情 ハ其 ノ発 スル 場合

︑其 ノ行 ハル ヽ範 囲等 ニ於 テ大 ニ違 フ所 アル ナリ

︑蓋 シ各 国ノ 風俗 ニヨ リ自 然 ニ 発ス ル所 ノ感 情ヲ 尚ホ 奨励 スル コト アリ

︑或 ハ之 ヲ止 ムル コト アリ 元 良は

﹁礼 節﹂

﹁ 宗教

﹂﹁ 婦人 ノ気 質﹂ を例 とし て挙 げ︑ 米国 と日 本と にお いて 相違 する

﹁同 情﹂ を説 明す る︒ 日本 は 礼 節 を 貴ぶ 風 あ るが 米 国 は 礼を 軽 ん じ﹁ 平民 的

﹂交 際 を好 む が 故 に︑ 礼を 遵 守 し深 沈 な る人 は 米 国 に て 余 り 愛 さ れ ず

︑日 本に ては 礼少 なき 人を 粗暴 であ る とし 重 ん じる こ と 薄い

︒日 本 は

﹁実 理︵ ポ シチ ビ ズ ム︶

﹂を 貴 ぶ が故 に 宗 教 盛 んな る国 々と は﹁ 同情

﹂す る所 は異 なり

︑米 国に て崇 拝さ れる 婦人 は﹁ 日本 ノ芸 妓的 ノ気 風﹂ を有 する 女性 であ る が 日本 にお いて は﹁ をて んバ

﹂で ある とし て 貴ば れ る こと は な い︒

﹁同 情

﹂と 良 心 の関 係 も また 同 様 であ っ て

︑元 良 は 極端 な例 示で ある と断 りな がら

︑未 開人 民に あっ ては 殺老 や棄 老の 風俗 あり しが

︑そ れが 開化 人民 にと って は無 慚 で あり 許し 難い こと とな ると 論じ てい る︒

﹁ 同情

﹂と は人 間の

﹁普 通﹂ なる 感情 であ るが

︑そ れが 如 何 なる 方 面 に如 何 ほ ど の力 量 で 発露 さ れ るか は 環 境︵ 風 俗

︶に より 大き く左 右さ れる こと は﹁ 自然 ノ理

﹂な ので ある

︒国 内で は徳 育論 争も 終局 を迎 えつ つあ り︑

﹃ 教育 勅語

元良勇次郎 ― 282 ―

(14)

が 正に 渙発 され んと する 時期 にこ の論 文が 元良 によ り執 筆さ れて いる

︒徳 育に おい て﹁ 同情

﹂が 重要 なる 徳目 であ る こ と は 森有 礼 や 能勢 栄 等 の 見解

!

と の一 致 が 見ら れ る 中︑ 元 良は 徳 育 を﹁ 習慣 ノ 教 育﹂ であ る と す る︒ で は

︑﹁ 教 育 上 困難 ナル ハ徳 育ノ 方針 ヲ定 ムル コト ニ非 スシ テ生 徒ニ 良キ 習慣 ヲ造 ルノ 困難 ナル ニア ルナ リ﹂ と解 する 元良 にと っ て

﹁良 キ習 慣﹂ とは 何か

︒そ こに は倫 理学 とし て定 義さ れる

﹁同 情﹂ とい う人 間普 く通 ずる 本質 が基 軸と して 据え ら れ る で あろ う

︒従 っ て︑ 習慣 に よ り 変更 さ れ る﹁ 同情

﹂で な る なら ば

︑習 慣 が 良き も の とな れ ば 必 然 的 に 比 例 し て

﹁同 情﹂ も良 き発 露を みる に相 違な い︒ ただ し︑

﹁同 情﹂ の 倫理 的 効 力は 人 間 一般 に 通 じ るこ と で 全き と す る なら ば

︑ 日 本の 国風 にの み合 致す る習 慣で あっ ては なら ず︑ 万国 の風 俗を 理解 する 習慣 を導 入し た開 化的 変更 が常 に求 めら れ よ う︒ 元良 は﹃ 倫理 学﹄ にお いて 人間 の情 緒発 達の 第一 過程 を﹁ 無差 別﹂ から

﹁差 別﹂ へ︑ 又は

﹁単 一﹂ から

﹁複 雑﹂ へ 進 むと 説く

"

︒人 間は 経験 を積 むこ とに より 快楽 及び 不快 楽の 区別 が生 じ る の みな ら ず︑ 感 情の 差 別︑ つ まり 快 楽 中 及 び不 快楽 中に 数多 の分 類が 生じ る︒ 次い で︑

﹁ 情緒 ノ発 達ニ 於テ ハ複 雑ナ ル数 多ノ 感情 連合 シテ 一ツ ノ感 情ヲ 発ス

﹂ と いう 第二 過程 を経 る︒ 元 良は

﹁惻 隠

﹂の 情 を例 と し て詳 説 し て おり

︑﹁ 惻 隠﹂ と は﹁ 単一

﹂な る 情 では な く

︑前 段 に おい て幾 多の 経験 を重 積す るこ とに より 得た 知識 が必 要と なる と先 ず説 く︒ つま り︑

﹁ 自己 ト他 人ノ 別﹂

﹁原 因ト 結 果 ノ 関 係﹂

﹁安 全 危 難 ノ 別﹂ な る 知 識 が 求 め ら れ︑ そ こ に﹁ 同 情 ニ ヨ リ 相 感 動 ス ル ノ 感 応 性

﹂が 加 わ る こ と に よ り

﹁惻 隠﹂ の情 は発 する ので ある

︒﹁ 知識

﹂と

﹁感 応性

﹂と の兼 備が

﹁惻 隠﹂ 発情 に不 可欠 であ るが

︑心 中に

﹁内 包﹂ さ れ てい る﹁ 惻隠

﹂要 素が 経験 によ り初 めて 活動 が もた ら さ れる の で あっ て

︑﹁ 惻 隠﹂ の 発情 は 経 験に 基 づ くも の で は な い︒ 元良 は﹁ 情ノ 固有 性﹂ を示 し︑ その

﹁内 包﹂ が増 幅さ れ︑ かつ その 発露 が禁 じら れる こと なけ れば

︑動 神経 を 刺 激し 顔色

・手 足運 動に 現れ 発情 とな る︒ 社会 道徳 とし て貴 尊な る﹁ 惻隠

﹂は

︑経 験に より 差別 化・ 複雑 化し た情 を

― 283 ― 元良勇次郎

(15)

如 何に 結合 させ るか が要 因で あっ て︑ それ には

﹁同 情﹂ とい う感 応性 が最 も不 可欠 なる 作用 であ るこ とは 承認 し得 よ う

︒ 元良 が倫 理学 を思 考す るに あっ て︑ 快楽 が倫 理の 標準 とな り得 るか との 疑問 は重 かっ たよ うに 思わ れる

︒そ こで 元 良 は倫 理学 を以 下の 三項 目よ り︑

!

規 範学 とし て

"

人の 理想 を研 究す る学 とし て

#

その 理想 を実 現す る方 法を 研究 す る 学と して 各 々 考 察す る こ とで

︑快 楽 と 倫理 の 関 係 を紐 解 こ うと す る$

︒ 第 一に 倫 理 学 を規 範 学 と定 義 す る なら ば

︑ そ の規 範に 従う 以上 は人 道を 誤る こと がな いと いう 一種 の﹁ 本能

﹂と でも 解す るこ とが 可能 であ る︒ 元良 はこ の本 能 を

︑単 一に して 分析 不可 能な る﹁ 原性 的本 能﹂ と︑ 元々 存在 せず 単一 本能 の連 合に より 生じ た﹁ 複合 的本 能﹂ との 二 区 分を 設け てい る︒

﹁ 原性 的 本 能﹂ とし て

︑孟 子 は四 端

︵惻 隠

・羞 悪・ 辞 譲・ 是非

︶を

︑告 子 は 食及 び 色 の二 欲 を 該 当 する もの であ ると 解し たよ うだ が︑ 元良 は原 始動 物に おけ る食 と繁 殖は 自己 保護 的本 能で ある とす る生 物学 説に 則 る なら ば告 子の 議論 がよ り﹁ 原性 的﹂ に近 いと 評す る︒ 一方

︑﹁ 複 合的 本能

﹂と して 元良 は﹁ 蜘蛛 が巣 を造 る﹂

﹁蜂 が 蜜 を醸 す﹂ とい う事 例を 挙げ

︑そ れは 生物 一 般に 存 す るも の で はな く

︑﹁ 境 遇 に於 て 出 来た 本 能﹂ で ある と 説 く︒ 元 良 はそ の他 に良 心を 挙げ てお り︑ 忍耐 や節 制も 同類 であ ると 解す る︒ これ らは 行為 にお いて 不愉 快で はあ るが

︑環 境 の 必要 性も あっ てそ の目 的の 愉快 を連 想す るに 至る ので あっ て︑ 本来 は本 能で はな くし て﹁ 目的 活動

﹂と され る︒ だ が 長期 に亘 る進 化過 程に おい て愉 快と 感ず るよ うに 変化 して きた ので ある

︒ 原性 乃至 複合 何れ にし ても

︑そ の実 行段 階に おい て愉 快を 感ず るの が本 能で あり

︑動 物運 動を 支配 して いる

︒同 様 に グリ ーン に代 表さ れる 倫理 規範 説で は︑ 人は 倫理 的本 能に より その 行為 が愉 快で あり

︑ま たそ うせ ざる を得 ない と い う強 迫を 懐か せ実 践さ せる とい う倫 理観 を有 する

︒規 範説 にお いて は︑ 正直 や励 精・ 忍耐

・節 制︑ そし て良 心と い っ た倫 理的 本能 は自 身に とり

﹁得

﹂を もた らす ので あり

︑そ の意 味に おい て元 良は

﹁利 己主 義﹂

﹁ 利己 的の 功利 主義

元良勇次郎 ― 284 ―

(16)

と 呼ぶ

︒但 し︑ 人の 有す る倫 理的 本能 は利 己的 な る段 階 で 終止 す る ので は な く︑ 元 良に よ れ ば﹁ 普遍 的 の 功 利主 義

﹂ へ と発 達し なけ れば なら ない と説 く︒ その 発達 を促 す本 能こ そが

﹁同 情﹂ なの であ るが

︑こ の﹁ 同情

﹂は 他の 本能 と の 間に

﹁段

﹂が 存し

︑﹁ 倫 理思 想発 達に 余程 影響 する もの

﹂と 解さ れ︑

﹁同 情﹂ によ り普 遍的 なる 段階 へと 至っ た倫 理 は 快楽 こそ が倫 理規 範で ある との 説を 反駁 する

︒ 次ぎ に︑ 元良 は倫 理を 理想 研究 とし ての 学と いう 可能 性を 探る

︒規 範規 則は 手段 にし て︑ 理想 は目 的で あっ て︑ 西 洋 思想 にお ける 倫理 学と はま さし く規 範学 とし ての 性格

︑つ まり 手段 とし ての 倫理 学と いう 認識 が色 濃い と元 良は 解 し てい る︒ 元良 曰く

︑倫 理と は﹁ 経験 的﹂ のも のに して

︑一 団体 とし ての 社会 に秩 序を 与え ると 共に 幸福 増進 を計 る た めに 要す ると され る︒ また

︑社 会と は全 体の 完全 発達 を計 ろう とす る有 機的 団体 にし て︑ 有機 的に なる 程に 倫理 が 不 可欠 とな るの であ る︒ 有機 的に なる とは

︑文 明の 進歩 と共 に分 業が 加速 され

︑個 人生 活が 益々 社会 に依 頼す るよ うに なり

︑団 体生 活が よ り 強固 とな るこ とを 意味 し︑ 規範 とし ての 倫理 が重 視さ れる と元 良は 理解 する

︒し かし

︑倫 理学 も含 め様 々な 方面 よ り 人性 を考 究し

﹁社 会発 達の 最終 の到 達点

﹂と いう 理想 を求 める 姿勢 は︑ もは や規 範学 の域 を超 越し てい る︒ 元良 の 言 う﹁ 情緒 の原 始性

﹂と して の快 不快 が古 来よ りそ の規 則性 を探 るこ とに より 倫理 の標 準と され る諸 説を 生み 出し た が

︑人 には 規則 や規 範に 甘ん じる 傾向 があ り︑ 思考 の停 止に より 倫理 学は 不用 のも のと なろ う︒ そこ に﹁ 社会 発達 の 最 終の 到達 点﹂ とい う理 想を 設定 する こと で倫 理学 の意 義は 復権 する ので あっ て︑ その 過程 に﹁ 同情

﹂は 欠か せな い と 言え よう

︒ 人の 感情 を論 じる 際に 快を 求め て不 快を 避 ける こ と は今 日

﹁自 明 的真 理

﹂と な っ てい る と 元良 は 説 き︑ 快 は快 と

︑ 不 快は 不快 と連 合す る性 質が 規則 性と して 存す ると され る︒ しか し︑ ここ には 一種 の矛 盾が 内在 する

︒つ まり

︑人 は

― 285 ― 元良勇次郎

(17)

快 を求 め不 快を 避け る本 能を 有す る以 上︑ ある 人の 不快 が他 者の 不快 を呼 び起 こす とい う現 象は 成立 し得 ない こと に な ろ う︒ だ が︑ 元良 は こ の現 象 の 一 例と し て﹁ 同 情﹂ を挙 げ

︑人 の 社交 上 に お いて 確 か に存 在 す る 感 情 と し な が ら も

︑﹁ 病 的の 現象

﹂で あっ て心 理学 上の

﹁惑 問﹂ で ある と 論 じる

︒﹁ 同 情﹂ に は不 快 を 求 め快 を 遠 ざけ る 一 面 があ り

︑ 人 にと り快 及び 不快 とは 何か とい う異 同︑ もし くは 快及 び不 快は 対立 概念 であ るか とい う問 題も 孕み

︑必 ずし も短 絡 的 に 快 楽が 倫 理 の標 準 と は なり 得 な い︒ 倫理 学 を﹁ 社 会発 達 の 最 終の 到 達 点﹂ とい う 理 想を 研 究 す る 学 と す る な ら ば

︑人 の規 則性 に動 揺を 与え る﹁ 同情

﹂と は如 何な る感 情か とい う﹁ 惑問

﹂に つい て考 究す るこ とが 倫理 学の 射程 に 入 るは 必定 であ ろう

︒ 元 良は 更 に 理想 実 現 の方 法 を 研 究す る 倫 理学 と い う 側面 を

﹁順 応﹂ と いう 要 目 か ら 探 求 し て い る

︒﹁ 順 応

﹂と は

︑ 外 界境 遇に 自己 を適 応さ せて 行く 方と

︑そ の逆 方が 存在 し︑ 元良 は倫 理学 にお いて その 両方 が対 象と なる と説 く︒ そ こ で﹁ 同情

﹂の 作用 に特 化し て元 良の 論理 を覧 ずる に︑ 外部 を内 部に 順応 させ ると いう 功利 主義 固有 の天 職に つい て 着 眼さ せら れる

︒元 良は 功利 主義 には 自己 的と 普遍 的の 二種 あり とし

︑自 己的 から 普遍 的へ の推 移に

﹁同 情﹂ が作 用 す ると 思考 して いる

︒﹁ 同 情﹂ は他 人の 状態 を受 動的 に観 察 す るこ と か ら始 動 し

︑そ こ に愛 情 が 加わ る こ とで 博 愛 と な り精 神上 にお いて 一層 強働 する と元 良は 論 じる

︒﹁ 同 情﹂ と は元 来 受 動的 で は あ るが

︑キ リ ス ト教 乃 至 儒教 に お け る

﹁同 情﹂ 的な る訓 戒︑ つま り﹁ 己れ の欲 する 処を 人に 施し

︑欲 せざ る処 は之 を施 す勿 れ﹂ とは 自動 的で ある が相 対 的 でも ある 性質 を示 唆し てい る︒

﹁ 同情

﹂が 自動 的発 動的 と な り得 て も 絶対 的 と な り得 な い のは

︑必 ず し も人 の 精 神 活 動全 体を 集合 せし める もの では なく

︑ま た自 他を 問わ ずそ の人 の安 全幸 福を 希求 する とも 断言 でき ず︑ 常に 将来 を 思 考し 全う しよ うと する とは 限ら ない 性質 を有 する から に他 なら ず︑ そこ に愛 が加 味さ れる こと によ り絶 対の 勢力 と 化 すと 元良 は認 識し てい る︒ しか し﹁ 同情

﹂の 不可 欠性 が損 失さ れる 訳で はな く︑ 元良 曰く

﹁博 愛と 同情 と連 合し た

元良勇次郎 ― 286 ―

(18)

も のが 人間 最高 等の 社会 精神 で無 から うか と思 ふ﹂ と言 わし める

︒ 人に は知 情意 が備 わる とさ れる が︑ 知識 も意 志も

﹁個 人的

﹂で しか なく

︑た だ情 だけ が博 愛と いう 最高 等に 発達 し

﹁個 人的

﹂を 超越 する こと が可 能で ある と思 考す る元 良は

︑社 会 に 秩序 を 与 える も の が 倫理 で あ るな ら ば 孤独 の 快 楽 は 倫理 的で はな く︑ 聚合 的快 楽も 必ず しも 倫理 的と は言 えな いと 論じ る︒ そう した 模索 の中 で元 良は

﹁自 他の 完全 生 活 を求 むる こと

﹂が 倫理 的で ある と定 義し

︑そ うし た団 体の 自家 保存 を可 能な らし むる 博愛 とい う快 楽が 実践 倫理 と し て包 含的 にし てか つ最 高等 の標 準で ある と結 論付 られ る︒ 元良 の論 じる 如く 博愛 は﹁ 同情

﹂と 愛の 連合 であ るな ら ば

︑博 愛 の 構成 要 素 であ る

﹁同 情﹂ を 研 究せ ず し て︑ 理想 実 現 方法 を 研 究 する た め の倫 理 学 は成 立 し 得 な い で あ ろ う

︒ 元良 にお ける 終局 の倫 理学 的課 題は

︑そ の学 知が 実践 を目 標と して いる か ど う かに あ る!

︒ 元 良は 倫 理 学と 修 身 学 と は密 接の 関係 有り とし なが らも

︑そ の論 じる 所に

﹁区 別﹂ も存 する とし

︑各 々を

﹁道 義ノ 理論 的基 礎﹂ と﹁ 実践 道 徳

﹂と に 言 い分 け て いる

"

︒し か し︑ 先 述 した 如 く に元 良 は 理論 と 実 践 とは

﹁並 行 ス ベキ 関 係﹂ 性 にあ る の で あ り

︑ そ の双 方の 区別 及び 連結 を明 らか にす るこ と によ り 修 身学 を 講 じよ う と 試 みる

︒そ の た めに は

﹁道 義 ノ 根本

﹂﹁ 国 民 道 義ノ 沿革

﹂﹁ 道 義実 践ノ 方法

﹂と いう 三条 項を 考 究 する こ と が枢 要 と な り︑ 前の 二 条 項に お い て元 良 の

﹁同 情﹂ 論 は 展開 され る︒ 修身 学に おい て﹁ 道義 ノ根 本﹂ つま り善 の性 質を 論じ る際 に︑ 心と 行為 のい ずれ に生 じた 善を 重視 する かに より 学 派 が生 まれ たと 元良 は解 す︒ そし て心 の善 つま り善 心の 発動 とし て慈 悲・ 憐憫

・正 義及 び﹁ 同情

﹂を 列挙 し︑ その 性 質 を﹁ 其心 ノ社 会ノ 境遇 ニ感 応ス ルノ 鋭敏 ニシ テ人 ノ楽 ム所 ヲ楽 ミ人 ノ悪 ム所 ヲ悪 ミ︑ 以テ 之ト 俯仰 シテ 疚シ カラ サ ル ノ謂 ヒナ リ﹂ と説 く︒ こう した 性質 から 元良 は善 なる もの とは

﹁人 心自 然ノ 発動

﹂に して

︑そ の発 動は 人の 意志 作

― 287 ― 元良勇次郎

(19)

用 に因 らな い﹁ 心ノ 固有 性﹂ を指 すも のと 定義 する

︒そ の﹁ 発動

﹂に おい て善 良な る者 は幸 福で あり

︑不 良な る者 は 不 幸で ある は勿 論で ある が︑ ただ

﹁発 動﹂ され た善 の維 持や 悪の 矯正 には 少な から ず意 志作 用が 影響 する

︒心 中に て 善 が﹁ 発動

﹂さ れる のみ では

﹁善 人﹂ とは 言え ず︑ 天禀 の性 質に 加え て経 験と 意志 作用 とを 時日 を掛 けて 結合 させ る こ とに より 善性 を発 達さ せな けれ ばな らな い︒ その 発達 の速 度に は個 人差 ある が︑ 一朝 一夕 に養 成さ れ得 るも ので な い こと は確 実で あり

︑年 月の 比例 をも って 発達 する

︒従 って

︑善 心の 発動 たる

﹁同 情﹂ にお いて も経 験と 意志 作用 と が それ に付 加さ れる こと によ り善 性は 発達 を遂 げ︑ そう した 時間 的経 過の 先に 善人 とい う領 域に 入る

︒ 更に

﹁国 民道 義ノ 沿革

﹂に おけ る﹁ 同情

﹂を 鑑み る時

︑国 民と いう 社会 結合 を可 能な らし める

﹁社 会力

﹂を 探る 必 要 があ ろう

︒そ こで 元良 は第 一条 件と して 人種 を提 起す る︒ 社会 は類 似人 種の 団集 結合 であ り︑ 多少 異人 種の 混合 を 免 れず とも それ は極 めて 少数 に限 定さ れ︑ 結局 その 少数 派は 多数 人種 の有 する 風俗 習慣 等に 薫化 され

﹁類 似﹂ のも の と なる

︒第 二条 件と して 同言 語を 挙げ

︑そ れは 情意 や思 想に おけ る交 通の 要具 とし て価 値を 有し

︑人 心が 区々 に分 裂 す るこ とな く結 合し 社会 を組 織し 得る

︒そ うし た類 似人 種間 にあ って 風俗 習慣 等が 如何 に養 成さ れ経 験さ れて きた か と いう 沿革 が第 三の 条件 とし て最 重 要と な る ので あ り︑

﹁ 歴史 上 ノ 関 係﹂ が構 築 さ れた 先 に﹁ 同 情﹂ は発 起 さ れ︑ そ の

﹁同 情﹂ の域 に達 する こと によ り社 会は 完成 する と元 良は 説く ので ある

︒ なら ば︑ 日本 にお ける

﹁歴 史上 ノ関 係﹂ とは 如何 に︒ 元良 は︑ 上に 万世 一系 の皇 室を 奉戴 し︑ 下に は同 一種 族の 臣 民 が結 合す る構 造が 神武 建国 以来 二千 有余 年継 続し てい る特 質を 挙げ る︒ それ には 島国 であ るこ とも 大き く影 響し て お り︑ 今日 我々 が文 明中 に生 活し 幸福 の一 部を 全う し得 るの は﹁ 歴史 上ノ 関係

﹂に 因る ので あり

︑祖 先か らの 賜な の で あっ て偶 然で は決 して ない

︒こ うし た﹁ 歴史 上ノ 関係

﹂に 思い を馳 せる 時︑ 後継 たる 者は この 社会 を子 孫に ただ 遺 す のみ なら ず︑ 祖先 がそ うし たよ うに 発達 改良 を 企図 す る こと が 社 会に 対 す る﹁ 最 大義 務

﹂で あ ると 元 良 は 論じ る

元良勇次郎 ― 288 ―

(20)

な らば

︑我 々が 課せ られ た﹁ 最大 義務

﹂を 遂げ る 理由 及 び その 結 果 にお い て は 社会 の

﹁同 情﹂

︑ つま り は 輿論 が 想 定 さ れる ので はな かろ うか

︒元 良は 更に 輿論 が何 故に 力を 有す るか に言 を進 める

︒滔 々と 受け 継が れて 来た

﹁歴 史上 ノ 関 係﹂ の中 で構 築さ れた 輿論 は強 力な る当 然性 を︑ つま り一 個人 の行 為を 制裁 する 権力 を有 する は疑 うこ との ない 明 白 なる 事理 であ ると 元良 は思 考す る訳 であ るが

︑こ の輿 論こ そ社 会内 にお いて 構成 され た﹁ 同情

﹂論 に他 なら ない

︒ 四︑

お わ り に 明治

維新 を経 て西 洋近 代科 学 が輸 入 さ れる に 及 び︑

﹁天

﹂や

﹁理

﹂と い っ た﹁ 超 越的 な 根 拠﹂ に基 づ く 儒教 倫 理 が 解 体す るに 至り

︑そ れに 代替 する 新た な社 会秩 序の 構築 が近 代科 学を 充足 させ る形 で多 様に 試み られ たの であ り︑ 元 良 勇次 郎の 学究 はそ の潮 流に 乗り なが らも 卓抜 した もの と言 われ る!

︒ その 卓抜 性は 進化 論の 影響

"

を受 けた 元良 の学 問的 アプ ロー チ に あ るの で は ない か

︒つ ま り︑ 人に

﹁で き る

﹂こ と の 中か ら﹁ なす べき

﹂こ とを 選択 する とい う進 化倫 理学 とし ての 思考 ベ ク ト ルで あ る#

︒ 前 述し て き た如 く 人 は﹁ 同 情

﹂す る存 在で ある こと は揺 るぎ ない 事実 であ るが

︑何 故﹁ でき る﹂ かが 不明 な﹁ 惑問

﹂で あっ た︒ その 発情 性を 心 理 学と して 実証 乃至 科学 的に 証明 する こと が前 段に あり

︑そ して

﹁な すべ き﹂ 道徳 とし ての

﹁同 情﹂ を倫 理学 とし て そ の実 践的 質量 を次 第に 高め てい く︒ それ こそ が﹁ 同情

﹂か ら察 せら れる 元良 の学 問体 系な ので ある

︒ では

︑元 良が 学知 とし て構 築し た﹁ 同情

﹂概 念 はど の よ うに 世 情 とし て 受 け 入れ ら れ たの か

︑﹁ 同 情﹂ を国 語 学 乃 至 日本 語学 とし て補 足的 に管 見し て論 を終 えた いと 思う

︒元 号が 明治 に改 めら れ る と﹁ 同情

﹂は

sympathy

﹂の 訳 語 と し て 使用 さ れ 始め る が$

︑ 明 治 にお け る 国語 辞 書 を 紐 解 く 時︑

﹁同 情

﹂と い う 語 は 早 期 か ら 管 見 す る 事 は 出 来 ず

― 289 ― 元良勇次郎

(21)

大 凡 明 治三

〇 年 前後 か ら 散 見し 始 め る$

︒ しか し

︑﹁ 同 情﹂ の国 語 解 釈 にお け る 厚み と 広 がり は

︑お そ ら く大 正 期 以 降 を待 た なく て は なら な い︒ 例 えば

︑﹁ 同 情

﹂と い う字 面 が﹃ 漢 書﹄ や﹃ 史記

﹄中 の

﹁呉 王

'

伝﹂ に 見受 け ら れ︑ そ れ を 由 来 と し て い る と の 古 典 学 的 記 載 が 追 加 さ れ る%

︒ま た

︑﹁ 同 情 罷 業

﹂﹁ 同 情 ス ト

﹂︵

sympathetic strike

︶ が 法 学

︵労 働法

︶と して

︑歳 末に 行わ れる 貧民 救済 運動 とし て の﹁ 同 情週 間

﹂が 社 会福 祉 学 と いっ た 方 面の 学 知 と関 連 し て く る︒ 残念 なが ら︑ 元良 が考 究尽 力し た近 代学 知と して の﹁ 同情

﹂が

﹁同 情説

﹂︵

theory of sympathy

︶と して 別項 目を 取 り 辞書 記載 され るに 至る のは 昭和 以降 とな ろう

&

︒但 し︑ そ の﹁ 同 情説

﹂を 唱 え た者 は ヒ ュー ム やJ

・S

・ミ ル や ル ソ ー︑ アダ ム・ スミ スや ショ ーペ ンハ ウエ ルと いっ た西 洋人 名で あっ て︑ 元良 とい った 日本 人名 は﹁ 多く の学 者﹂ の 中 に埋 没さ せら れて いる

︒﹁ 同 情﹂ する 学問 領域 が広 汎と なる 以上 は各 々の 学域 にお いて

﹁多 くの 学者

﹂が 求め られ

︑ 総 てを 紹介 する こと は到 底不 可能 では ある が︑ 多分 野の 学域 にわ たり 各々 の学 知を 連関 させ

﹁同 情﹂ させ た元 良の 功 績 は評 価さ れて 然る べき であ ろう

! 註 大 山 正

﹁ 監 修 の こ と ば

﹂﹃ 元 良 勇 次 郎 著 作 集 別 巻 1

﹄︵ ク レ ス 出 版

︑ 平 成 二 五 年 四 月

︶ 所 収

"

姉 崎 正 治

﹁ 故 元 良 博 士 評 伝

﹂﹃ 丁 酉 倫 理 会 倫 理 講 演 集

﹄ 第 一 二 五 号

︵ 大 正 二 年 二 月

︶︒ 元 良 を

﹁ 同 情

﹂ の 人 と 評 す る 文 は 他 に

︑ 綱 島 佳 吉

﹁ 高 潔 簡 易 な り し 故 博 士 の 生 涯

﹂︵ 故 元 良 博 士 追 悼 学 術 講 演 会 編

﹃ 元 良 博 士 と 現 代 の 心 理 学

﹄ 弘 道 館

︑ 大 正 二 年

︶︑ 蔵 原 惟 廓

﹁ 故 博 士 の 深 き 同 情

﹂・ 大 槻 快 尊

﹁ 晩 年 の 故 博 士

︵ 42 年 か ら

︶﹂

・ 桑 木 厳 翼

﹁ 人 格 か ら 受 け る 教 訓

︵ 元 良 先 生 を 憶 う

︶﹂

︵ い ず れ も 前 掲

﹃ 元 良 勇 次 郎 著 作 集 別 巻 1

﹄ 所 収

︶ が 挙 げ ら れ る

# 新 島 先 生 第 二 十 回 紀 念 追 悼 会

︵ 明 治 四 三 年

︶ が 催 さ れ る に 際 し て

︑ 多 く の 関 係 各 位 か ら 追 悼 文 が 寄 せ ら れ

﹃ 同 志 社 時 報

﹄ に 掲 載 さ れ て い る

︒ こ れ ま で 新 島 を

﹁ 同 情

﹂ 者 と し て 語 っ て 来 な か っ た 関 係 者 が

︑ 没 後 二 十 年 を 経 て そ の

﹁ 同 情

﹂ す る 新 島 像

元良勇次郎 ― 290 ―

(22)

を 若 干 名 で あ る が 表 現 し 始 め て い る

︒ 三 輪 源 造

﹁ 新 島 先 生 の 人 格 を お も ふ

﹂ 第 六 二 号

︵ 明 治 四 三 年 一 月 二 五 日

︶ で は

︑﹁ 先 生 の 同 情

︑ 先 生 の 謙 遜

︑ 先 生 の 熱 心

︑ い づ れ か 先 生 の 人 格 を 飾 る 珠 玉 な ら ず と せ む や

﹂ と 書 か れ

︑﹁ 新 島 先 生 二 十 年 追 悼 紀 念 会

﹂ 第 六 三 号

︵ 明 治 四 三 年 二 月 二 五 日

︶ に は 第 一 回 卒 業 生 た る 下 村 孝 太 郎 が 新 島 の

﹁ 同 情 心

﹂ 篤 き 逸 話 を 紹 介 し た 旨 が 記 さ れ て い る

︒ 以 上

︑ 同 志 社 社 史 資 料 室 編

﹃ 追 悼 集!

│ 同 志 社 人 物 誌 明 治 十 年 代

〜 明 治 四 十 年

﹄︵ 同 朋 舎

︑ 昭 和 六 三 年

︶ に 所 収

︒ ま た

︑ デ ー ビ ス

﹃ 新 島 襄 先 生 伝

﹄︵ 警 醒 社

︑ 大 正 三 年 第 五 版

︶ の

﹁ 追 悼 記 事 並 に 吊 詞

﹂ を 閲 覧 す る も

﹁ 同 情

﹂ 者 と し て 語 ら れ る 新 島 像 は な い

"

米 国 ジ ョ ン ズ

・ ホ プ キ ン ス 大 学 に 提 出 さ れ た 博 士 学 位 論 文

﹁thcialsooflecipprineasEeredsidon:cgeanxchlife

﹂︵ 明 治 二 一 年

︶ に は

︑﹁Chap.5ConceptionofSociety

﹂ 及 び

﹁Chap.8Market

﹂︑ そ し て

﹁Chap.15ProvinceofSociology

﹂ に お い て

︑﹁sympathy

﹂ 乃 至 は

﹁sympathize

﹂ の 語 が 見 ら れ る

# 元 良 勇 次 郎

﹃ 心 理 学

﹄ 金 港 堂

︑ 明 治 二 三 年 一 二 月 二 二 日

$ 元 良 勇 次 郎

﹃ 心 理 学 十 回 講 義

﹄ 冨 山 房

︑ 明 治 三

〇 年 八 月 八 日

% 拙 論

﹁ 社 会 進 化 に お け る

﹁ 同 情

﹂ と い う 適 応 原 理

│ 丁 酉 倫 理 会 員 の 言 説 を も と に

﹂﹃ 文 化 史 学

﹄ 第 六 八 号

︵ 平 成 二 四 年

︶︒

&

元 良 勇 次 郎

﹃ 心 理 学 綱 要

﹄ 弘 道 館

︑ 明 治 四

〇 年 四 月 二 六 日

︒ ' 元 良 勇 次 郎

﹃ 心 理 学 概 論

﹄ 丁 未 出 版 社

・ 東 京 宝 文 館 蔵 版

︑ 大 正 四 年 一

〇 月 一 二 日

︒ 本 書 奥 付 に は 著 作 者 と し て

﹁ 元 良 勇 次 郎 相 続 者 元 良 信 太 郎

﹂ と あ り

︒ (

﹃ 六 合 雑 誌

﹄ 第 一 一 七 号

︵ 明 治 二 三 年 九 月 一 五 日

︶︒ ) 拙 論

﹁ 森 有 礼 と そ の 周 縁

﹁sympathy

﹂ と い う 国 民 教 育 論

﹂﹃ 日 本 思 想 史 学

﹄ 第 三 八 号

︵ 平 成 一 八 年

︶︒

*

﹃ 倫 理 学

﹄ 冨 山 房

︑ 明 治 二 六 年 六 月

︒ + 元 良 勇 次 郎

﹁ 快 楽 は 倫 理 の 標 準 と 為 り 得 べ き や 否 や

﹂﹃ 哲 学 雑 誌

﹄ 第 一 九 一 号

︵﹃ 論 文 集

﹄︵ 弘 道 館

︑ 明 治 四 二 年 一 二 月

︶ 所 収

︶︒ , 明 治 二 七

・ 二 八 年 の

﹃ 哲 学 雑 誌

﹄ 誌 上 に お い て 元 良 勇 次 郎 と 木 村 鷹 太 郎 の 間 で

︑ 倫 理 学 は 実 践 学 か 否 か の 論 争 が 行 わ れ て い る

︒ 木 村 鷹 太 郎

﹁ 倫 理 学 ハ 実 践 ノ 学 ニ 非 ザ ル ヲ 論 シ 併 セ テ 中 学 師 範 学 校 等 ニ 該 学 科 ノ 切 要 ナ ル ヲ 説 ク

﹂ 第 九 巻 第 九 二 号

︵ 明 治 二 七 年 一

〇 月 一

〇 日

︶︑ 同 巻 第 九 三 号

︵ 同 年 一 一 月 一

〇 日

︶︒ 元 良 勇 次 郎

﹁ 倫 理 学 ハ 実 践 ノ 学 ニ 非 ザ ル カ

﹂ 第 九 巻 第 九 四 号

︵ 明 治 二 七 年 一 二 月 一

〇 日

︶︒ 木 村 鷹 太 郎

﹁ 倫 理 学 ノ 性 質 ニ 就 キ テ 元 良 博 士 ニ 対 フ

﹂ 第 一

〇 巻 第 九 六 号

︵ 明 治 二 八 年 二 月 一

― 291 ― 元良勇次郎

参照

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