ERPに及ぼす運動プログラム再構築およびパラメータ修正過程の効果
正 木 宏 明* 高 澤 則 美** 山 崎 勝 男*
TtleeffectsofmotorprogramreconstruCtionandparametermodificationprocessonERP
HiroakiMasaki*,NoriyoshiTakasawa**,and KatuoYamazaki*
Abstract
Event−relatedpotentials(ERP)wererecordedfromfivesubjectswhowereinstructed
topullatriggeroftheapparatuswiththerightindexfingerinanattempttoproducethe
targetforce.Threetaskswereusedtoinvestigatetheeffectsofmotorprogrammingand parametermodificationprocessontheERPselicitedbythevisualsignalswhichinformed thesubjectsofthetargetforce.Thesubjectswererequestedtoproducethesingletarget
Ofl,300gfrepeatedlyonthesingletargetcondition,tOprOducethreetargetforcesof500 gf,1,300gfand2,100gfonthemultipletargetcondition,andtoperformbothtracking tasksandsingletargetforceproductiontaskonthetrackingcondition.N145,P240,P320
andnegativeslowpotentialwereelicitedbythevisualsignals.TheamplitudesofP240and
P320were significantlylarger on the tracking condition relative to the single and the multiple target condition.Negative slow wave on the multiple target condition were Significantlylarger at Cz than that on the single target condition.It waslikely that enhancementoftheP240andP320wasduetonoveltyofthevisualsignal.
Keywords:eVent−related potential,P300,mOtOr prOgram reCOnStruCtion,parameter
modification
ERPは呈示刺激に対する自動的処理を反映する 成分と,呈示刺激に注意を向けて評価する制御的 処理を反映する成分に大別される(Schneider&
Shiffrin,1977)。制御的処理を反映するERPに
は,P300(Sutton,Tueting,Zubin,&John,
はじめに
ヒトの頭皮上から記銀される脳波を外部信号の 呈示時点で加算平均処理すると,事象関連電位
(evenトrelatedpotential;ERP)が観察される。
■早稲田大学人間科学部 *上おゐ0βJ〆β〟研α刀ふ滋乃α,I伽ゐ〃紹ゐ昭和妙
■*科学警察研究所 =Abfわ乃αJ斤gざeα汀ゐ血ぶff′〝ね〆fわgZceScオg乃Cg
※本研究は、1997年度特定課題研究(97A−205)の助成を受けた
1967),N400(Kutas&Hillyard,1980),処理陰 性電位(processing negativity:N宜翫anen,
1982),SearChnegativity(Okita,Wijers,Mul−
der,&Mulder,1985)などがあり,脳内情報処理 過程を反映する成分として注目されてきた。
本研究ではこのERPに着目し,運動プログラ ムやパラメータの修正を指示する視覚信号に対す る認知過程がERP波形に及ぼす影響を検討した。
Schmidt(1982)の運動発現に関する概念モデルに よると,運動実行者はまず,当該運動に関する一 般道動プログラム(generalizedmotorprogram)
を構築し,次にその運動プログラムを作動させる ために運動パラメータを通用しなければならない。
同一の運動を遂行する場合は,同一の運動プログ ラムに同一パラメータを通用し続ければよいが,
質の異なる運動遂行を指示された場合には,与え られた指示を正しく認知したうえで,運動70ログ ラムやパラメータを即座に修正しなければならな い。本研究では,後者のような事態を指示する視 覚信号がヒトの脳内で処理された場合,ERP波形 にどのように反映されるかについて検討した。
実験には,引き金を随意的に牽引することによ って,予め設定された標的強度値を出力する運動 課題を用いた。実験条件には,①同一の標的強度 値を繰り返して出力する条件,②試行毎に標的強 度値が変化する条件,(∋牽引運動以外にもトラッ キング課題を行わせることで運動プログラムの再 構築をうながす条件を設定した。前述の概念モデ ルに基づくと,同一の標的強度値を出力する条件 では,同じ運動プログラムとパラメータに基づい て課題を遂行すればよいが,異なる標的強度値を 交互に出力する場合には,試行毎に異なるパラメ ータを通用しなければならない。さらに,トラッ キング課題では,牽引運動とは異なる運動プログ ラムが用いられるため,試行毎に運動プログラム を修正しなければならないものと考えられる。
方 法
被験者:右利きの男子大学生および大学院生5名 を被験者とした。平均年齢は24.0±2.3歳であっ た。
課題および条件:被験者に課した運動課題は,右
手第2指による引き金の牽引であった。これは,運 動測定装置(Fig.1)上のグリッ70部に軽く手掌 を添え,引き金を随意的に一気に引くものであり,
牽引には等尺性の筋収縮が要求された。また,被 験者は単に引き金を牽引するのではなく,牽引に よって予め設定された標的強度値を出力しなけれ ばならなかった。標的強度値の設定は条件(各91 試行)によって異なった。
B
E
/
CA
D/
Fig・1Diagram of the apparatus for finger movement.A:loadtransducer,B:COil Sprlng,C:adjustingscrew,D:trigger,
E:grip.
(》単一標的条件:被験者は,全試行において標的 強度値1300gfを出力するように引き金を牽引し た。
②複数標的条件:試行毎に出力すべき標的強度値 が異なったが,3n−2(1≦n≦31)試行日は必ず1300 gfになるように挽作した。それ以外の試行では,
ランダムに呈示される500gfあるいは2100gfのい ずれかを出力した。
(診トラッキング条件:3n−2試行目では標的強度 値1300gfの出力課題を遂行した。それ以外の試行
では,ランダムに呈示される2種類のトラッキング 課題のいずれかを遂行した。これは,被験者の前 方1mに設置したCRT上に呈示されるS字状あ るいは直線状のコースを,左手に持ったマウスを 動かすことによって白色光点を逸脱しないように 辿らせる課題であった(Fig.2)。被験者には,コ ースから逸脱させないよう正確に遂行する旨を教 示した。
ー38一
SlNE WAVE TRACKlNG LlNE TRACKlNG
Fig.2 Schematicillustrationofthetrackingtasks.Thesubjectsperformedthe tasksbymovingamousedevicewiththeirlefthand.
ことができた。
課題遂行の前後数秒間は,注視点を凝視するよ うに要請し,眼球運動の抑制を囲った。さらに,
運動許可音呈示から課.題遂行までの間隔が短くな り過ぎないように教示し,タイミングをとるため のカウントを禁じた。被験者は実験開始前に20試 行程度の練習を行い,引き金の引き方,眼球運動 の抑制方法及び試行間隔に関する注意を受けた。
また,各セッション終了毎に約10分間の休憩を設 けた。
測定装置及び記録方法 脳波(EEG)および垂直眼球運動(EOG)を脳 波計(NEC三栄製SynafitlOOO)を用いて同時記 録した。EEGはFz,Cz,C3 ,C4 (C3,C4の1.5 Cm前方)から両耳垂結合(Al−A2)を基準に時定 数5sで導出した。EOGは左眼裔上下線部から時 定数5sで導出した。電極は全て銀塩化銀電極を用 いた。測定事象はデータレコーダ(NFElectronic
InstrumentS製5870PCMDATARecorder)に 磁気記録し,その後サンプリング周波数200Hzで
A/D変換した。これらの測定事象は1試行毎に CRT上に表示し,アーチファクトの混入が認めら れない場合に限り標的強度値を指示する視覚信号 呈示時点でEEGを加算平均した。
手続き
被験者に所定の電極を装着した後に,課題に関 する教示を与えた。いずれの条件においても,課 題を指示する視覚信号呈示後に任意の間隔をおい て引き金を鋭く牽引するように教示した。この視 覚信号は,チャイム音と同時に被験者前方1mに 設置されたCRT上に呈示され,各標的強度値を 示す縦棒と白色注視点から構成された(Fig.3)。
縦棒表示は,単一標的条件では1本だけであったの に対して(標的強度値:1300gf),複数標的条件で は3本表示され,各標的強度値(500gf,1300gf,
2100gf)のそれぞれに合致していた。複数標的条件 では,縦棒上に重複呈示される注視点の表示位置 が試行毎に変わり,被験者は注視点の表示された 標的強度値を出力するように教示された。トラッ キング条件では,引き金の牽引運動については単 一標的条件と同様の教示を与えた。トラッキング 課題については,試行終了毎にコースからの逸脱 回数をCRT上に呈示した。
いずれの条件においても,牽引運動終了2s後に は水平方向の棒グラフを表示し,実際の牽引強度 を被験者にフィードバックした。被験者は標的強 度値を示す縦棒との比較により,実際の牽引強度 が標的強度偉からどの程度隔たっていたかを知る
SINGしE
target force
J
actuar response force
tYrO SeCOnds after the movement
MULTIPLE
target force
J
actual response force
0 500gf 1300gf 2100gf 0 500gf 1300gf 2−00gf
Fig.3 Schematicillustration of the visualfeedback signals.Subjects werein−
StruCtedto produce・thetargetforceseveralsecondsafterpresentationof afixationpoint.Onthemultipletargetcondition,theverticallinewiththe
fixation point represented the target force to be exerted.Two seconds afterthemovement,ahorizontallineinformedthesubjectsoftheirown
actualmovement force.Upper:the single target condition.Lower:the
multipletargetcondition.
析を実施したところ,N145には条件聞及び部位間 の差はなかったものの,P240及びP320の振幅値 には交互作用が認められた(それぞれ,F(6,24)
=2.59,p〈.05;F(6,24)=3.05,p〈.05)。いずれも,
Fz以外の部位ではトラッキング条件の振幅値が 他条件に比べて有意に大きいことを示すものであ
った。
トラッキング及び複数標的条件でみられた陰性 緩電位変動については,潜時700−1200ms区間に おける最大振幅値を計測して,同様の分散分析を 行った結果,交互作用が有意であった(F(6,24)
=2.66,p〈.05)。これは,Czの振幅値は複数標的 条件の方が単一標的条件よりも大きいことを示す
ものであった。
N145,P240,P320の各ピーク潜時(Fig.6)に ついても同様の分散分析を行ったが,いずれも有 意差はなかった。
結 果
Fig.4は牽引による1300gf出力を指示する視 覚信号によって惹起されたERPである。視覚信 号呈示後,潜時約145msにピークをもつ,いわゆ
るNlOOに相当する陰性披N145がみられた。
N145は単一標的及びトラッキング条件に比較し て複数標的条件で大きかった。これは刺激弁別に 関連した陰性成分NA(Ritteretal.,1983)の重 畳によるものと考えられる。
N145出現後,滞時約210−270msにピークをもつ 陽性成分P240と,潜時約290−360msにピークを
もつ陽性成分P320がみられた。さらにその後,ト ラッキング及び複数標的条件では,陰性方向への 緩電位変動がみられた。
Fig.5は各成分の平均振幅値である。各成分の 振幅値について,条件(3)×部位(4)の2要因分散分
ー40−
考 察
本研究では,運動プログラムの再構築や強度パ ラメータ修正を要求する視覚信号とERP波形の 関連を検討した。その結果,解析対象とした視覚 信号は各条件間で共通であったにも関わらず,ト ラッキング条件におけるP240,P320の振幅値は,
Fzを除く部位で他の2条件よりも有意に大きか った。また,P320出現後にみられた陰性電位変動 の振幅値は,Czでは複数標的条件の方が単一標的 条件よりも大きかった。
いずれの条件下にも出現した陽性成分P240お よびP320については,その潜時からP3a,P3b
(Squires,etal.,1975;1977)に相当する成分の 可能性を検討しなければならない。P3aは潜時220
−280msに出現し,課題とは無関連な低頻度刺激 によって惹起される成分である。一方,P3bの潜 時は310−380msであり,低頻度で呈示きれる標的 刺激を検出する事態下で惹起される。P3bは,い わゆるP300に相当する成分である。本研究同様の 標的強度値出力課題を用いた実験では,被験者に 呈示した聴覚フィードバック信号によってP260,
P360の2成分が報告されている(正木・高澤・山 崎,1995)。彼らは刺激呈示確率と頭皮上分布か
ら,P260をP3aではなくP200に相当する成分と し,P360はP3aとP3b(P300)の複合したものと 考えた。本研究の単一標的条件では,全試行で同 一課題が遂行されるため,被験者は毎試行同じ視 覚信号を処理していた。この場合,呈示確率は 100%であり,P240はP3a出現の必要条件とは無 関係に出現したことになる。したがってP240は P3aと異なる成分である可能性が高い。正木他
(1995)の報告を参考にすると,呈示刺激のモダリ ティは異なるものの,P240はP200に相当し,P320 はP300に相当する成分と考えるべきであろう。
複数標的条件が単一標的条件と異なる点は,強 度パラメータが試行毎に修正されることであった。
両条件のERPを比較すると,統計的に有意でな かったものの,P240,P320ともに単一標的条件の 方が大きかった。両条件における刺激の呈示確率 を検討すると,解析対象とした標的強度値:1300 gfを指示する視覚信号の呈示確率は,単一標的条 Fig.4 Grand average waveforms of ERPs
elicited by the visualsignals which informed the subjects of the target
force to be exerted.The thick solid
line represents ERP on the tracking COndition,thethinsolidIinerepresents the multiple target condition,the da−
Shedline represents the single target
COndition.The arrowindicates the
OnSetOfvisualsignal.
3 3 2 2 一l 一−
︵>﹁この山口⊃ヒ﹂d≡く 5 0 5 0 一■
ヱs山凸⊃トコd≡<
Cz C3 c4
5 0 5 0 5 0 5 ︵U 3 3 2 2 一− ・l
︵>︑こs山凸⊃トコd≡< ︵>ヱs﹈凸⊃トコd≡く 5 ∧U 5 0 + ■ ■
Fig.5 MeanamplitudesofN145,P240,P320andnegativeslowwave.ANOVA
revealedsignificantinteractioninP240andP320indicatingthattheampli−
tudeswerelargeronthetrackingthanotherconditionsoverrecordingsites
exceptforFz.
件では100%であったのに対して,複数標的条件で は約33%であった。呈示確率の高い単一標的条件 の方でむしろ振幅値は大きくなっており,低頻度 刺激で大きくなるという従来の報告とは逆の結果 である。したがって,両条件間におけるERP波形 の違いを呈示確率から説明することは不可能であ
り,後述のようにパラメータ修正過程に伴う陰性 変動成分が重畳した可能性を考慮すべきである。
トラッキング条件と複数標的条件の比較では,
トラッキング条件のP240,P320が有意に大きか ったが,呈示確率は両者ともに約33%であり,同 じ呈示確率にもかかわらず振幅差が生じたことに なる。したがって,この結果も呈示確率から説明 することはできない。単一標的及び複数標的条件 で呈示した視覚信号は,注視点移動の有無を除く と両者はほぼ同じであった。それに対して,トラ ッキング条件におけるトラッキング課題は,CRT 上で作業を行うものであI),牽引運動を指示する
視覚信号とは物理的特性及び課題関与性の点で大 きく異なるものであった。トラッキング課.題遂行 時には,被験者は運動プログラムを構築し直さな ければならなかった。2種類のトラッキング課題 を牽引運動の試行間に挿入された課題とみなすと,
標的強度値出力課題を指示する視覚信号の刺激間 間隔(interstimulusinterval;ISI)は他条件より
も長かったことになる。そのため,トラッキング 課題から標的強度値出力課題に変化した場合には,
それを指示する視覚信号の持つ新奇性は他条件よ りも高かったと考えられる。トラッキング条件で P240,P320が他条件よりも高振幅になった原因 は,新奇性の強い刺激呈示によって惹起された注 意によるものと推察される。新奇性の強い刺激に よってP300が頭頂ではなく前頭,中心部で大きく
なることは,nOVelty P300(Courchesneetal.,
1975)として報告されている。本研究では頭頂部 を解析対象としなかったものの,P320がnovelty
−42−
00 50 00 50 00 50 00 50 0 4 3 3 2 2 1 ・l
︵S∈︶トOZ山ト<﹂ 00 50 00 50 0 211
︵S∈︶>ON﹈ト<﹂
0050㈹500050005000500 5 4 4 3 3 2 2 1 1
︵S∈︶>ON山トく.一
㈹相加㈱弼㈹柵珊︒
︵S∈︶>ON山トく﹂
Fz Cz C3■ C4 Fz Cz C3 C4
Fig.6 MeanlatenciesofN145,P240,P320andnegativeslowwave.Theydidnot
differamongconditions.
P300に類似した成分である可能性もあり,新奇性 とP320の関連を示唆するものである。
潜時700−1200ms間にピークを持つ陰性変動成 分については,単一標的条件では明確でなかった ものの,複数標的およびトラッキング条件ではCz で顕著にみられた。ただし,統計的にはCzにおい て複数標的条件と単一標的条件の間に有意差を認 めたに過ぎなかった。本研究で操作した課題条件 に基づくと,この陰性電位変動は運動プログラム の再構築及びパラメータ修正に関連する処理過程 を反映したものと考えられる。直前の試行と異な る課題遂行を指示された場合には動作計画を修正 しなければならず,ERPには陰性変動として反映 されたと考えられる。動作計画の修正や認知活動 によって陰性変動することは,随意運動直前に出 現する準備電位(readinesspotential;Kornhuber
&Deecke,1965)の研究報告(正木・高澤・山崎,
1996;正木・高澤・山崎,1997)にもみられ,上記 推察を支持するものである。
P300潜時の機能的意義は一般に,刺激評価
(stimulusevaluation)の終了時点を反映するもの と考えられている。反応時間とP300の関連を考慮 すると,刺激評価が終了する前に反応準備は開始 していると考えられるため,複数標的条件で生じ た運動準備に関連する陰性変動は,P240,P320に 重畳して出現した可能性が高い。単一標的条件の P240とP320が複数標的条件よりも大きくなった のは,この陰性電位の重畳によって陽性成分が見 かけ上小さくなったことに起因したものと説明で
きる。
Kok(1997)は従来の知見を概観し,脳内情報 処理に必要な処理資源とERPを関連づけたモデ
ルを提唱している。これによると,P3(P300)振 幅は能動的注意を要する制御的処理だけでなく,
注意を要さない自動処理時にも高振幅になること から,制御的処理をP3振幅の主な規定要因と考え るのではなく,むしろ陰性電位変動を規定要因と 考えるべきだと強く主張している。これは陰性電 位の重畳を考慮した本研究の推察を支持するもの
である。
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ま と め
1300gf出力を指示する視覚刺激の呈示確率及 びISIは条件間で異なっていたことや,陰性電位 変動がP240,P320に重畳していた可能性を考慮
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