第1章 監査役監査の特性と枠組み
監査役監査は株式会社における経営監視機能としての役割を担う。いわゆ る決算監査など事後的な財務報告の監査も含まれるものの、有事の前に(日 常的に)経営全体を監視し、検証し、場合によっては助言・勧告などを行っ ていくことが基本的職務である。ただ、株式会社といっても、資本市場を背 景とした会社であるかどうか、公的規制のある会社かどうかなど、当該株式 会社が担っているものは何かによってそれぞれ使命が異なるのであり 、こ うした状況に応じた監視・検証が求められるのが監査役監査の特性といえよ う。
本章では、まず「監査」の類型や「監査」の語が使用されてきた背景など を整理したうえで、監査役監査の特性を敷衍し、またその枠組みを概観す る。
1 監査」の類型
監査制度とか監査実務を論じる場合には、それがどのような「監査」なの か前もって峻別しておくことが必要に思われる。「監査」の概念について不 用意な状況で議論されてしまうこともあり、議論にすれ違いが生じがちであ る 。
本節では、わが国で「監査」と称されているものの種類を取り上げ、「監 査」の類型および各々の特性を明確にする。また、「監査」の字義やその背 景等についても触れておきたい。
(1) 監査」の類型
現在わが国で称される「監査」は、およそ次の①〜④に種類別できよう。
① モニタリング(monitoring)機能としての「監査」
② オーディット(audit)機能としての「監査」
③ コントロール(control)機能としての「監査」
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④ 政府・地方自治体等の「監査」
これら①〜④はそれぞれ相当に概念が異なっているのであるが、わが国で は、①は監査役監査または委員会設置会社における監査委員会監査ならびに
(特別法、民法上の)監事監査、②は会計監査人監査(金融商品取引法上は公認会計 士監査)、③は内部監査、④は政府・地方自治体等の監察委員監査または監査 委員監査、と呼ばれており、取締役会による「監督」を除き「監査」の文言 が使われている 。
① モニタリング(monitoring)機能としての「監査」
第1に、経営監視機能としての「監査」が挙げられる。監査役や監査委員 会によるもので、会計に限らず会社の業務全般を「監査」するもの。予防的 な「監査」が含まれる。すなわち経営を「監視」し「検証」するものであ る。会社内部の monitoring とか oversight の機能と考えられる。
不適切な業務執行がなされようとする場合は、必要に応じて事前に防止す る機能をもち、内部統制の機能が健全に稼動しているかどうかも含め監視・
検証する機能をもつ。ドイツ・フランスでは、会社法など企業関連法にモニ タリング機能の存在や位置づけ、義務・権限・責任が規定されている。わが 国会社法では監査役あるいは委員会設置会社における監査委員会がこの役割 を担っている。特別法上の監事あるいは民法上の社団法人などの監事もほぼ 同様の位置づけとなっている(民法59条等参照)。
② オーディット(audit)機能としての「監査」
第2に、会社外部の独立監査人(会社外部の職業専門家すなわち公認会計士)に よる「監査」が挙げられる。会計の経過および結果(会計帳簿、財務諸表または 計算書類など)に対する会計監査の機能である。財務報告(主に財務諸表または 計算書類など)が適正であるかどうかについて、会社外部の独立した会計職業 専門家(公認会計士など会計関係の資格保持者)によって「会計監査」が実施さ れる。
いわば audit と呼ばれる機能といえよう。会計処理・手続ならびに開示に ついては共通の法令やガイドライン、会計原則、会計基準等が適用されてい るから、会計監査はこれら法令や原則・基準等に適合しているかどうかを判 断していく役割が中心となる。諸外国では会社法や証券市場関係法に規定が
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置かれることが多い。わが国では、公認会計士・監査法人が会社法上の会計 監査人として、金融商品取引法上は公認会計士としての役割を担っている。
一方、上記とは性格の異なる会計監査もある。会社法上の計算関係書類の 監査については、「監査」の定義が置かれている(会社計算規則121条2項)。す なわち、計算関係書類の監査については、「公認会計士法2条1項に規定す る監査のほか、計算関係書類に表示された情報と計算関係書類に表示すべき 情報との合致の程度を確かめ、かつ、その結果を利害関係者に伝達するため の手続を含むものとする」と規定されている。会社法では、必ずしも職業専 門家でない監査役も会計監査に当たっており、職業専門家が行う監査ほど厳 格なものではないことを示すために置かれたものとされている。したがっ て、監査役が行う計算関係書類の監査の水準は、一律に一定水準以上のもの が要求されるのではなく、監査を行う者の能力等も踏まえて、具体的な場面 に応じた水準が要求されるものとされている 。
金融商品取引法上の会計監査と異なり、会社法上は種々の株式会社のパタ ーンが存するから、少なくとも会計監査について、このような規定を置いた ことは評価されよう。他方、上記①の主要部分を占める業務監査についてこ のような規定はない。
③ コントロール(control)機能としての「監査」
第3のものは、内部統制機能の主体者(経営者ないし内部監査部署等経営者の 指示を受けた者)による「監査」である。会社内部の経営者・業務執行者によ る直接的な統制と管理の機能であるにもかかわらず「内部監査」と呼ばれて いる。「監査部」「検査部」「管理部」等の名称で専門の内部監査部署を設け ている会社も多く、主としてこれらの部署が統制機能を実現するために活動 するが、経営者の指揮下に置かれる。これらの部署は、まず内部統制の仕組 みをつくったうえで(①のモニタリング機能の関与も欠かせない)、会社の方針が 徹底されているか、効率のよい業務を行っているか、内部規律・法令に違反 するものはないか、不正はないか、などの視点から「内部監査」を実施して いる。
換言すれば、内部監査は内部統制の機能そのものといえよう。以前は、経 営者の判断による各社各様のものであり事実上のものであるとされ、会社法 27
等の法令に直接の規定が置かれることはなかったが、会社事件の多発により 会社法でも金融商品取引法でも内部統制システムに関して規制を行うように なった。
いわば経営者自身による internal controlの機能すなわち統制機能である から、事前ないし現在において機能しなければ意味がなく、事後に機能する 場合は事件が起こった際の社内調査やフォローアップなど、特殊なものとな る。
取締役会の機能は上記①との区別が難しいところであるが、会社法362条 2項2号では「監督」の語が用いられている。監査役・監査役会設置会社の 場合、内部統制に対する直接的な管轄機関(同条4項6号)の意味で、取締役 会の機能はここに位置づけておく。
④ 政府・地方自治体等の「監査」
第4のものは、国家・地方自治体など公共の機関による監察機能による
「監察」「監査」「検査」である。会計・業務全般に対する監査で、多くは
「監査委員」と呼ばれる監査主体が「監査」する。監査委員の監査は行政的 な 色 彩 か ら「監 察」と 呼 ば れ る こ と が あ る。機 能 的 に は、上 記 ① の monitoring ないし oversight と同様のものである。
ところで、企業不祥事が起きたことについて「監査している者がいるのに 何故このような事件が起きたのか」と糾弾するマスコミ等の論調には「監 査」についての混同が多かったように思われる。昨今の会社事件のほとんど は、上記③の経営執行行為自体の責任となる内部統制の欠陥・陳腐化による ケースである。つまり一義的には経営者自身およびその手足となる内部監査
(があっても経営者が無視したケースが多い)ないし取締役会の責任が問われたも のといえよう。
周知のとおり会社法でも金融商品取引法でも、内部統制について大きな変 革がなされた。上記①の監査役または監査委員会には、内部統制の有効性に ついて評価し監査意見を述べる義務があり(それ以前に、不具合な場合は適正な ものに修正することの検討を求めるべく助言・勧告すべきであろう)、責任がある。
上記②の会計監査人には会社法上、監査を実施した過程で不正行為や法令 28
定款違反の重大な事実があった場合は監査役・監査役会に報告する義務があ り(会社法397条1項・3項)、会計監査人としても計算書類等に関し内部統制 の監査は試査の前提としてまたリスクアプローチの観点から実施しなければ ならないので(監査基準三)、責任がある。また、金融商品取引法上も、公認 図表Ⅰ―1 四種類の「監査」
監査」名 機能 監査」主体 主な内容
監査役監査 または監査 委員会監査
monitoring
(oversight)
経営監視機能 を受け持つ担 当役員
会計に限らず経営体の業務全般を「監査」
するもの。予防的な「監査」が含まれる。
すなわち経営を「監視」し「検証」するも の。不適切な業務執行がなされようとする 場合は、必要に応じて事前に防止する機能 をもち、内部統制の機能が健全に稼動して いるかどうかも含め監視・検証する機能を もつ。
会計監査人 監査または 公認会計士 監査
audit 会計職業専門 家
会計の経過および結果(会計帳簿、財務諸 表・計算書類など)に対する会計監査。財 務会計面(財務報告が適正であるかどう か)について、会社外部の独立した会計職 業専門家(公認会計士など会計関係の資格 保持者)が「会計監査」するもの。会計処 理・開示については共通の法令やガイドラ イン、会計原則、会計基準等が適用されて いるから、会計監査はこれら法令や原則・
基準等に適合しているかどうかを判断して いく役割が中心となる。
内部監査 Internal control
経営者または その指示を受 けた者
会社内部の経営者・業務執行者による直接 的な統制と管理の機能。いわば経営者自身 による internal controlの機能すなわち統 制機能であるから、事前ないし現在におい て機能しなければ意味がない。取締役会の 機能は監査役監査との関係上、一応ここに 位置づけしておく
監査委員監 査または監 察委員監査
monitoring
(oversight)
政府・地方自 治 体 か ら 委 任・指示を受 けた者
国家・地方自治体など公共の機関による監 察機能による「監察」「監査」「検査」。会 計・業務全般に対する監査となる。
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会計士等には実質的にほぼ同様の義務(金融商品取引法193条の3)が課されて いるほか、平成20年4月以降に開始する事業年度から、公認会計士等として 内部統制監査報告書を出す立場にある(金商法193条の2第2項)。
結局、内部統制に対する「監査」する者の責任は上記①②③すべてに及 ぶ。これまで整理したように、本来それぞれの「監査」の特性に見合った役 割や監査方法が法令上も事実上もある。これらを一概に論ずることは各「監 査」の責任の所在を曖昧にし、かつ対応策・予防策としての考え方や新しい 監査方法に取り組むことを没却させる危険性があることを強調しなければな らない。
一概に論じることの危険性は、内部統制自体についても同様である。昨今 は、内部統制をめぐる議論が活発であるが、この内部統制についてもおよそ 二つに大別できる。すなわち、aコーポレートガバナンスの観点から会社経 営全般をどのように統制・統治していくかに関するのものと、bもっぱら財 務報告の観点から適正な財務報告を行うためにそのプロセスをどのような仕 組みにしていくかに関するものとがある。
内部統制の議論はもともと米国から始まっており、先進各国の議論はこの 影響 を 受 け て い る。と り わ け1992年 の COSO報 告 書、2004年 の COSO・
ERM 報告書による影響が極めて強いが、これら COSO関連の概念は、適 正な財務報告を形成するための上記 bに関する位置づけであり、わが国で は直接これが金融商品取引法上の財務報告のための内部統制に反映されてい ることに留意しなければならない。
他方、わが国会社法で想定されている内部統制は、主力は上記 aに関連 するもので、上記 bに関するものを含む会社経営全般に関するものである から、概念整理の上で両者は分けて考えるべきであろう(本件については第6 章で詳述する)。この点は、後述する監査役監査の「事前監査」機能との関係 で色濃く現れてくる。
(2) 監査」の語が使用されてきた背景
ここで「監査」の字義や語源、背景などに触れておこう。また、わが国で
「監査」の文言がどのように使用されてきたのか、全く異なる機能であるに 30
もかかわらず、同じ「監査」の語が使用されてきたことの背景全般について 検討する。
ちなみに前記④を除く会社関連の「監査」についてみれば、①の監査役
「監査」の語は明治23年(1890年)の旧商法以来使用されてきており、経営監 視機能を担う位置づけとされてきた。昭和25年(1950年)改正商法によって 会計監査に限定されたものの、昭和49年(1974年)改正商法により再び業務 監査権を付与され現在に至った。その後いくつかの改正を経て、平成17年
(2005年)の会社法にも監査役「監査」の語が使用されている。いわば「監 査」の語が最も古くから使用されてきたものと言える。
監査」の語は、明治14年(1881年)の会計検査院章程においてはじめて使 用されたといわれている。明治商法については後に詳述するが、明治23年
(1890年)の旧商法191条でも、「監査役」の語がすでに使用されている。な お、日本語の「監」の文字の原型は、大きく目を開きじっと下を向いて盆に 張っている水を見ている様子であり、カンの音はケン(見る)から転じたも のであり、「監査」とは取締り調べること、といわれている 。
明治期は、欧州の近代法制度の導入に注力していた時代であるが、明治商 法における監査役の「監査」は、ドイツ語の Revisionが意味する「観察」
と「調査」を語源としているものと考えられている 。なお、現在のドイツ の監査役会を意味する Aufsightsrat の AUFSIGHIT は、「上から眺める」
「監視する」の意味合いをもつ。
次に、前記③の「監査」についてみよう。内部監査部署による内部「監 査」に関する「監査」の技術は、米国の管理会計ないし原価計算など経営の 効率性向上・管理統制の研究および財務会計における会計監査の研究から派 生的に生まれてきたものである 。近年、その「監査」業務の範囲は内部統 制全体への取り組みへと広がりを見せている。わが国では旧通産省の先導も あり昭和20年代中期から発展を見せてきた。本来、統制機能や監督機能を担 当するものであるが、当初から「監査」の語が使用されてきた。
前記②の会計職業専門家による「監査」は、昭和23年(1948年)の証券取 引法制定から2年を経過した昭和25年(1950年)改正時に公認会計士制度と して誕生した。公認会計士による全面的な監査は昭和32年(1957年)から始 31
まった。現在は、会社から独立した金融商品取引法上の監査人として会計監 査を実施しているが(金商法193条の2)、その目的は資本市場の健全化および 投資者保護のために必要な会計監査制度として存在する。すなわち「資本市 場の機能の十分な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もって 国民経済の健全な発展および投資者の保護に資する」(金商法1条後段)ため の制度といえよう(第6章以下で詳述する)。
また、公認会計士資格者が行う会計監査でも、会社法上の会計監査人監査 と呼ばれる会計監査は、昭和49年(1974年)の商法改正時に会社外部の会計 職業専門家が監査役の会計監査を職業専門家の立場から補助するものとして 創設されており、組織形態としては監査役監査・監査委員会監査に糾合され る形をとっている(会社法340条、344条、397条、399条、会社計算規則127条、128条、
131条等参照)。この制度設計の当否はともかく、当初から「監査」の語が使 用されている。
会社計算規則121条2項では、このような会計監査について商法(会社法)
の歴史上はじめて計算関係書類の監査として定義規定が置かれている。ま た、会社法396条および会社計算規則126条においては、「会計監査報告」の 語が使用されている。少なくとも①との対比上、明確になるものと思われる が、前述のとおり、①については会社法施行規則において経営監視機能に関 する格別の定義は置かれていない。
商法では会社法・関連法務省令が制定されるまで「会計監査」の語は使用 されてこなかった。「会計監査人の監査」「会計監査人の監査報告書」との表 現があるのみであった。「会計監査」の語は、監査役による会計監査を含め たものとして、講学上ないし実務上あるいは便宜上使用されていた。議論と しては、昭和25年改正の折に、監査役監査を会計監査に限定しようとした際 に「会計監査役」という語が提案されたことがあったが、これも結論として は「監査役」に止まった 。
この意味で、「会計」の語(会社法431条)や「会計監査報告」の語(会社法 396条、会社計算規則126条)が会社法および会社計算規則で採用されたのは画期 的なことである。会計監査を意味する audit の語源はラテン語の「聞く」
(auditus)に由来するといわれている 。audit の語について、アメリカ会計 32
学会では次のように規定している。すなわち「会計監査とは、[財務報告者 が]経済活動や事象について判然と報告した結果に関し、報告した結果と、
[すでに設けられている]判断基準との間において、どの程度合致している か確かめるプロセスである。このプロセスには、証拠を入手し、評価し、そ の結果を利害関係者に伝達することが含まれる」 。この定義では、それま での伝統的な会計監査から一歩踏み出して、業務の領域にも関わる姿勢が汲 み取れるが、実際に作成された財務報告に対し、会計監査に関する基準から の乖離度を判定することが主目的であることに変わりはない。
以上の歴史に加えて、学問的展開の差異が特筆されるべきであろう。
財務報告(その中心は財務諸表に関する部分)に対する会計監査制度は、およ そ旧証券取引法発足時からの制度であるが、内容自体は会計学(とりわけ制度 会計)の研究発展と共に発達を遂げてきた。ここでは公認会計士が実施する 会計監査に関する学問領域として、当初から「監査論」ないし「会計監査 論」と命名されてきた。この学問領域は急速に展開し、近時、「監査」とい えばこの領域を示すくらいに市民権を得るようになってきた。また、前述の とおり内部監査は、会計監査と同様、会計学の一領域である管理会計の進展 とともに、ひとつの学問領域を形成してきた。この意味では会計監査も内部 監査も、広義の会計学に属する学問領域としての実績がある。
上記の会計学 としての学問領域をもつ二つの「監査」に比べ、監査役 監査における経営監視機能については、明治期以降、商法や経営学の研究の 中で若干触れられてはいるものの、格別な独自の学問として発展をしてこな かった 。また、実務面においても、後述する歴史を見るとおり、経営監 視のための考え方や技術は昭和50年(1975年)に実務家団体が発足するまで 実質的な展開がされなかった。
監査役監査については、このように学問的展開はされてこなかったもの の、明治23年(1890年)の旧商法から一貫して「監査」の語が使用されてお り、歴史として最も古いものである。「監査」の文字の使用に関していえば、
いわば他の「監査」に庇を貸して母屋を取られた格好であるが、独自の学問 領域が形成されてこなかったことがむしろ主因のように思われる。
ともあれ以下の本書の記述においては、上記の特性を踏まえつつもそれぞ 33
れ造語することなく、共通して「監査」の語を使用する。また、外国の制度 を述べる場合も、これまで学界で多く使用されてきた用語を使用することに する。
2 監査役監査の特性
株式会社といっても一概に論じることはできない。少なくとも大規模公開 会社は、会社法だけを遵守すればよいということでは済まされない時代にな っているものといえよう。古典的な会社法の枠組みだけでなく、国民公益に 直結する資本市場法と一体となっているという意味で会社法も位置づけられ る必要がある 。
したがって大規模公開会社の監査役であれば、単に株主名簿上の株主の負 託を受けガバナンスを担当するという自覚だけでは済まされない。大規模公 開会社は背景に資本市場を抱える会社であるから、監査役の目は広く資本市 場にも向けるべきであろう。個々の投資者および市場そのものに対し敏感で あることが求められるから、いきおい監査役の企業情報開示への取り組みが 重要なものとなる(第7章で詳述する)。
また、公的規制の強い銀行などでは、株主価値の最大化よりもむしろ社会 的な規範への適合性が求められ、少なくとも事業関連法規制へのコンプライ アンスが第一に求められるべきであろう。この意味で銀行などの内部統制へ の取り組みには金融検査マニュアルにあるような厳格さが求められる。
このように株式会社の監査役の役割は、当該会社の使命や置かれた状況に より各社各様と言わなければならない。この点が第一の前提となる。
次に重要な点は、監査役監査は事前監査として機能すべきことである。前 節でみた①〜③の監査について論じる場合に、「監査」は事後的に行われる ものであることを譲らない旨の(事後監査だけが監査と主張する)意見に触れる ことがある。だがそれは、前節(1)で見てきた区別や、(2)で見た用語の 使われ方の歴史が理解されていないことに起因するものと思われる。会計監 査の分野においては、「事前監査は本質的にチエックであり事後監査の効果 を補足し促進するもので、いかに詳細な事前監査でも事後監査の代用たり得
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ない」といわれている 。まさに会計職業専門家として独立した立場にあ る監査人が実施する会計監査については、そのとおりであろう。
これに対し、監査役が実施する監査すなわち経営監視機能は、事前にチエ ックすることが本質である 。ことが起こった後に、ただその結果を判定 するのでは意味がない。監査報告(書)にその判定結果だけ記せばよいとい うものでもない。事業報告や計算書類など外部報告のための監査を除き(場 合によってはこれに対しても)、業務監査と呼ばれる監査役の監査は、経営監視 機能として機能する必要がある(ただし、会社法389条により非公開会社が定款で会 計監査に限定した場合を除く)。有事の前に、監視・検証して、必要とあれば取 締役等と意思疎通を高め助言・勧告を行い、事前に防止していくことが求め られる。
なお、監査役監査が適法性監査に限られるものなのか、あるいは妥当性監 査にも及ぶのかについては論争もある。監査役監査の基本的条項が「取締役 の職務の執行を監査する」(会社法381条前段、会社法制定前商法274条)という包 括的なものであることから生じた論争である。すなわち、監査役の監査とり わけ業務監査は、取締役会における業務監督とは異なり、その範囲は取締役 が法令または定款に従って職務を執行しているか否か、および不正行為や著 しく不当な事項がないかどうかを監査するだけなのか(適法性監査)、あるい は、この限界を超えて取締役の職務執行が会社経営全体の見地から適正また は妥当に行われたか否かを監査すること(妥当性監査)までに及ぶのかの論争 である。この論争は議論の建て方によっては観念的な論争に終始するおそれ があるが(この論争を引っ張りすぎるのは少なくとも実務家にとっては実益がないもの と思われるが) 、取締役からの高度な独立性判断が求められる会社法制定事 項に関しその基盤となる考え方となる(本件詳細については終章で改めて取り上げ る)。
3 監査役監査の実務的枠組み
監査役監査が実際に経営監視機能としての役割を果たしていくには、法制 度の枠組みだけではにわかに行動しづらい面もある。制度を運用する側とし 35
ては、法令だけでは表現できない業務内容の具体化を期待するであろう。そ こで、実務上は、具体的な監査活動について示唆を与える実務指針も必要に なってくる。
この意味で、監査役の職責・心構えといった点のほか、経営監視機能発揮 の前提となるいくつかの基本的事項があり、これが監査役監査の実務的枠組 みを形成するように思われる。以下では、これらの点を含めた監査役監査の 実務的枠組みについて敷衍しておこう。
(1)監査役の職責と心構え
監査役の実務家団体である日本監査役協会は、昭和50年(1975年)から監 査役監査の行動指針として『監査役監査基準』を制定し監査役監査の実務に 示唆を与えてきた。日本監査役協会が平成21年(2009年)7月に改定した
『監査役監査基準』 2条および3条では、監査役の職務や心構えなど、法 令では規定しにくい事柄を行動指針として定めている。
同基準2条1項は、監査役の職責について「監査役は、株主の負託を受け た独立の機関として取締役の職務の執行を監査することにより、企業の健全 で持続的な成長を確保し、社会的信頼に応える良質な企業統治体制を確立す る責務を負っている」とする。監査役は独立性を保つ経営監視機関として、
健全性・長期的な発展のための体制づくりこそが主目的であることを述べて いるように思われる。ただ繰り返し述べるように、大規模公開会社の監査役 であれば、単に「株主の負託を受けた」という自覚では済まされない。背景 に資本市場を抱える会社であるから、監査役の目は、広く資本市場にも向け るべきであろう。投資者および市場そのものに対し責任を担っていくことが 求められよう。
同基準2条2項では、「前項の責務を果たすため、監査役は、取締役会そ の他重要会議への出席、取締役および使用人等から受領した報告内容の検 証、会社の業務および財産の状況に関する調査等を行い、取締役または使用 人に対する助言または勧告等の意見の表明、取締役の行為の差止めなど、必 要な措置を適時に講じなければならない」とし、実際に検証活動・意見具申 活動などの行動が必要であることを述べている。これらはいずれも事前に行
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われるべき事柄である。
同基準3条は監査役の心構えについて定めている。同条1項および2項は 精神的なものであるが、「監査役は、独立の立場の保持に努めるとともに、
常に公正不偏の態度を保持し、自らの信念に基づき行動しなければならな い」(同条1項)、「監査役は、監査品質の向上のため、常に自己研鑽に努めな ければならない」(同条2項)としている。
同条3項では、「監査役は、適正な監査視点形成のため、経営全般の見地 から経営課題についての認識を深め、経営状況の推移と企業をめぐる環境の 変化を把握するよう努めなければならない」としている。この条項は、まさ に監査役監査の対象が経営そのものであり、検証していくためには経営に関 する基幹情報の把握が不可欠であることを意図しているのであろう。
同条4項では、「監査役は、平素より会社および子会社の取締役および使 用人等との意思疎通を図り、情報の収集および監査の環境の整備に努めなけ ればならない」とされ、次の款以下で述べる環境整備や連係に関する基本を 述べている。
同条5項では、「監査役は、監査意見を形成するにあたり、よく事実を確 かめ、必要に応じて外部専門家の意見を徴し、判断の合理的根拠を求め、そ の適正化に努めなければならない」とされている。検証活動をするに際して の基本が述べられている。
同条6項では、「監査役は、その職務の遂行上知りえた情報の秘密保持に 十分注意しなければならない」とされる。秘密保持に努めなければ、監査に 関する情報は入りづらくなる。監査する者の最低限の心構えであろう。
同条7項では、「監査役は、健全で持続的な成長を可能とする良質な企業 統治体制の確立と運用のために、監査役監査の環境整備が重要かつ必須であ ることを、代表取締役を含む取締役に理解し認識させるよう努めなければな らない」としている。本項で力点が置かれているのは、経営トップへの理解 であろうと思われる。社長などの経営幹部の監査役監査に対する理解がなけ れば、実際の監査は難しくなる。
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(2)監査役監査の環境整備、取締役等との意思疎通
平成18年(2006年)に会社法施行規則が制定されるまでは、法令上、監査 役の監査環境整備や取締役との意思疎通などが条文となったことはなかっ た。
会社法施行規則100条3項では、内部統制への対応の一環として、監査役 スタッフを含めた監査役監査の環境整備・独立性の確保(同項1号・2号)、 執行部からの報告体制の構築(同項3号)、監査役監査の実効性を高めるため の体制づくり(同項4号)が定められるほか、取締役等との意思疎通を図る 旨の条文まで規定されている(会社法施行規則105条)。監査役監査の環境整備 や意思疎通の問題は、もともと日本監査役協会が制定した『監査役監査基 準』にあった条項が法令化されたものである。
このように、法整備によって監査役監査の体制をバックアップしているの であるから、監査役として監査の仕事は進めにくいものだと言うわけにはい かなくなっている。経営監視機能すなわち監査役監査自体が日本の経営風土 にそぐわないものとの主張はしづらい状況にある。
前掲『監査役監査基準』13条ないし17条には、以下の条項が見られる。会 社法施行規則から一歩踏み込んだ内容になっているので、参考にすべきであ ろう。
同基準13条は、代表取締役との定期的会合について規定している。「監査 役は、代表取締役と定期的に会合をもち、代表取締役の経営方針を確かめる とともに、会社が対処すべき課題、会社を取り巻くリスクのほか、監査役監 査の環境整備の状況、監査上の重要課題について意見を交換し、代表取締役 との相互認識と信頼関係を深めるよう努めるものとする」としている。
同基準14条2項は、監査役監査の実効性を確保する体制の問題に触れ、監 査の実効性を高め、監査業務を円滑に執行するため、監査役の補助使用人に 関する事項、その独立性に関する事項、取締役・一般使用人が監査役に報告 するための体制(会社法357条関係)等について決定し、これら体制を整備す るよう取締役会に要請すべきものとしている。
同基準15条および16条では、監査役の補助使用人の人事や権限事項につい て触れ、監査役・監査役会の事務局は専任の補助使用人が当たるのが望まし
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く(同基準15条2項)、補助使用人の権限・属する組織・指揮命令権・人事等 について明確にし、必要な事項を検討するものとしている(同基準16条2項)。
同基準17条においては、会社法357条関係の取締役等からの監査役に対す る報告体制について次の6点を敷衍している。
・監査役は、取締役等から監査役に対する報告に関する体制について検討し なくてはならないこと(同基準17条1項)。
・取締役が会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実を発見したときは、
これを直ちに監査役会に報告することが取締役の義務であることを強く認 識するよう求めること(同2項)。
・取締役との間で、監査役・監査役会に対して定期的に報告を行う事項・そ の担当者を協議して決定すべきこと(同3項)。
・報告事項が実効的・機動的になされるよう、監査役は社内規則の制定その 他社内体制の整備を代表取締役に求めなければならないこと(同4項)。
・内部統制システムの報告先に監査役が加わるべきこと、同システムが有効 に機能しているか監視し検証するとともに、提供される情報を活用するよ う努めること(同5項)。
・内部監査部門等との連係体制が実効的に構築され、運用されるよう、取締 役・取締役会に対して要請すること(同6項)。
(3)監査役監査における選択と集中
年間の監査役監査が終了したときは、その方法や結果等をとりまとめた監 査報告を作成しなければならない(会社法381条後段)。この監査報告の内容に ついて、業務監査に関しては会社法施行規則105条・129条・130条等に、会 計監査に関しては会社計算規則122条・123条・127条・128条等に規定されて いる。問題は、これら省令に記載された内容があたかも監査役監査のすべて であるかのように誤解されてしまうことである。まして、年間の監査に漏れ がないかチエックする用具として、監査報告(書)の法定記載事項をもって 法定記載事項のチエックマニュアルにすることが見られるが、これらは必要 条件ではあるが十分条件ではないことに留意すべきである。
これらの条項は、広範な監査対象のうちとくに監査役として意見を述べる 39
べき事項を規定しているにすぎない(会社法制定前商法281条ノ3、同商法特例法 14条、同商法施行規則133条等に記載されていた監査報告書記載事項も同様である)。と りわけ業務監査については、「不正の行為または法令もしくは定款に違反す る」行為について重大な事実があればその事実を述べなければならないとさ れるが(会社法施行規則129条3号)、これはとくに不正行為・法令定款違反に関 して抽象的に監査対象を定めたものである。ここにいう「法令」はすべての 法令を指すとするのが通説である 。基本法として適用対象を広く抱え会 社業務一般を規制する会社法では、個々の会社にとって直接深く関連する法 令を指定するわけにはいかない。しかし、個々の会社にとってみると、最も 腐心しなければならない法令が存在するはずであり、それをある程度優先的 なものとして選択することも監査役として事実上重要な業務となろう。
会計監査については、会計原則・会計基準といった会計制度の共通尺度も あり、また法令上も比較的監査対象を明確にすることが可能であるけれど も、業務監査の実務では、各社各様の問題があるはずであり、たとえば法令 違反の監査については、それぞれ会社固有の問題に取り組まなくては経営監 視機能としての存在意義がないように思われる。どのような事項が具体的に 重点監査対象になるのかについては、まさに各社各様であるから、自社の業 種・業態にとって重要な法令は何なのか、会社固有の重要課題をいかに発見 し取り組んでいくのかが業務監査実務の要諦と考えられる。
監査役は、企業情報開示(業務情報の開示および会計情報の開示)の監査など 外部報告に対する監査に加え、業務監査については、とくに重点監査事項を 選択し、その対象に集中すべきものと思われる。ここでも効率性の観点か ら、取締役等との意思疎通によって、重点監査対象を選択し、集中していく ことが望まれる。
以下では、大規模公開会社で製造業の場合を想定して、年間の監査計画策 定に際して検討すべき一般的な監査事項の一端を例示しておこう 。なお、
ここで取り上げている内部統制への取り組みについては、当該会社がどのよ うな会社であるかによって較差のあるものとなる(第6章で詳述する)。公的規 制の強い銀行業では金融検査マニュアルの存在があるし、逆に比較的規模の 小さい会社では厳正さをさほど求めなくてもよいかもしれない。本章ではあ
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くまでも大規模公開会社で製造業の場合について、象徴的に以下の事項を示 すにとどめておく。
ⅰ)内部統制およびリスク管理関連
① 企業倫理の確立とその定着化
第一義的には経営者である取締役に確固たる理念の下、反社会的な企業行 動を行わないよう企業の隅々まで徹底させようとする社内風土の確立が求め られている。これは第一義的には経営者である取締役の役割であるが、監査 役としては、コンプライアンスプログラムの状況策定や遵守状況を見ていく 必要がある。末端の従業員よりもとくに経営トップ自身の問題が重要であ る。
② リスクの認識・評価・対策に関する安全管理体制の整備状況
公正な取引・品質管理・労働安全・環境保護など(下記ⅲ)、ⅳ)を含む)
は、マスコミに取り上げられる可能性は大で当該会社の屋台骨を揺るがしか ねない。危機管理体制はその整備だけでなく、有事の際に有効に稼動するか どうかの点が重要であろう。リスク管理マニュアルなどもそれ自体が陳腐化 図表Ⅰ―2 大規模公開会社(製造業)において集中すべき一般的監査事項
分野 一般的監査事項
内部統制およびリスク管理関連 企業倫理の確立とその定着化
リスクの認識・評価・対策に関する安全管理体制の整 備状況
情報の収集・伝達・保管 不正・誤謬等の防止
企業情報開示体制の推進関連 金融商品取引法および会社法における開示監査とりわ け前者に対する取り組み
企業情報開示の推進
反社会的行動の予防関連 旧商法施行規則133条に規定されていた、取締役の競 業・利益相反取引(同条1号)、会社が無償でした財 産上の利益供与(2号)、子会社・株主との非通例的 取引(3号)、自己株式の取得・処分等(4号)の4 点
会社法以外の法令関連 消費者保護法(とりわけ消費安全法)、独占禁止法、
環境基本法、消防法などに対する取り組み状況 41
していたのでは意味がない。この点は監査役が最も意見具申しやすい立場に あることを認識すべきであろう。
③ 情報の収集・伝達・保管
下記(ⅱ)とも関連するが、情報の収集・伝達・保管については、必要な 情報が十分に収集され、遅滞なく正確に関係者全員に伝えられており、企業 機密が保たれているかどうかが重要であろう。情報の伝達はとくに社内風土 の影響を受けやすいので、風通しのよい状況になっているかどうかは、とく に監査役として留意すべきであろう。
④ 不正・誤謬等の防止
これが典型的な内部統制の装置といえるであろう。故意や過失は、「無 視・共謀・不注意・怠慢・失念・誤解・曲解・無知」などの結果生じるもの である 。監査役としてはこのような切り口から、内部統制の有効性につ いて評価し、その整備を助言していかねばならない。
ⅱ)企業情報開示体制の推進関連
本件についても、改めて第7章で取り上げるが、ここで端的に示せば以下 の事項となろう。
① 金融商品取引法適用会社における開示監査
金融商品取引法の適用を受ける会社の監査役は、まず「資本市場の機能の 十分な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もって国民経済の 健全な発展および投資者の保護に資する」(金商法1条後段)という金融商品 取引法の目的に資するべく、資本市場に対する取り組みが重要に思われる。
そこで第7章で取り上げるような監査役としての取り組みが課題となる。資 本市場への情報提供に対する監査という意味では適時開示への取り組みも日 常的に行われるべきである。内部統制の視点からのアプローチが中心となろ う。
② 会社法上も重点を置くべき監査事項の推進
継続企業の前提に影響を与える事項については、会計監査人も監査報告書 について記載しなければならず、監査役としても直接責任に結びつく。もち ろん、個々の開示情報のチエックは分散が可能であるが、監査役としては開 示情報の全体に目を向ける必要がある。ここでは会社の状況なり財産状況に
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照らしてどうかの視点が肝要であろう。例えば、主要な市場・得意先・仕入 先等の喪失、原材料・労働者等資源の不足、重要な係争事件を抱えているな どの場合は、経営上、継続企業の前提に影響を与える兆候といえようから、
このような兆候がある場合は開示上、会計監査人と十分な意見交換が必要で ある。どちらかというと、後に問題となるマイナス情報ほど早めの開示が重 要に思われる。
そして、事業報告の監査はまさに監査役だけが監査するものであるから、
自ら事業報告の監査を実施しなければならない。
ⅲ)反社会的行動の予防関連
旧商法施行規則133条関連については、現在の会社法施行規則からは削除 されているが、重要事項と考えられる。前述のとおり、上記(ⅰ)の範疇に いれてもよいが、個別の扱いとした。旧商法施行規則133条に規定されてい た、取締役の競業・利益相反取引(同条1号)、会社が無償でした財産上の利 益供与(2号)、子会社・株主との非通例的取引(3号)、自己株式の取得・処 分等(4号)の4点がこれである。とくに監査役として注視すべきは、1号、
2号および3号の関連であろう。
ⅳ)会社法以外の法令関連
消費者保護法、独占禁止法、環境基本法、消防法などの適法性・適合性も また上記(ⅰ)の範疇とも位置づけられるが、監査役が自社の業種・業態に とってとくに重要な法令があり、具体的監査計画のなかで違法性の監査に取 り組むことも考えられる。その場合は、会社法・関連法務省令条項に定めら れた監査よりもこちらを優先すべきものと考え、別枠として取り上げた。会 社によっては、消費者と直に接する機会の多い会社もある。また、工場運営 や営業展開の関係上、地域住民との接触が避けられない会社もあろう。これ らの会社では、一度トラブルが発生すると、上記ⅲ)以上に会社にダメージ を与えるので、とくに消費者保護法や独占禁止法、場合によっては消防法な どにも注視しなければならない。
(4)他の監査機関等との連係
今日のように企業規模が拡大し複雑化した大規模公開会社では、前節でみ 43
た①〜③の機能がバラバラに動いていたのでは、業務執行サイドに比べ相対 的に少人数の体制である監査サイドとしては対応しきれないのが実情であ る。そこで望まれることは、三つの監査機関の間の連係である。企業グルー プを形成している場合は、さらに子会社や関連会社の監査役および会計監査 人とも連係が必要になる。前記(3)の選択と集中も、この連係が前提とな る。
実務界では、古くからこの連係が意識されていた。日本監査役協会では、
昭和50年からすでに内部監査との連係を取り上げ、これを重要視していた。
ちなみに現行の『監査役監査基準』では、その32条において内部監査部門等 との連係、42条では会計監査人との連係を取り上げ、監査役監査の基本事項 として他の監査との連係を保ち、情報・意見交換を行い、効果的・効率的な 監査を実施するよう求めている。これらの運用指針の考え方の基調にあるの は、それぞれの監査の特性を活かすべきことと、それぞれの限界を認識する ことであるように思われる。
伝統的な法律論としては、内部監査は経営者(代表取締役)の一部なので、
これは自己監査に過ぎず、連係の対象とはなり難いという見方もあったが、
会社法施行規則105条では、監査役は取締役と意思疎通を高めることが必要 とされてきている。これは、ある意味で監査役と内部監査との連係を法令上 も認められたものとも考えられる。たしかに独立性の見地から経営執行との 一線を認識しておくことも大事であるが、実態的には監査役が内部監査結果 を活用していかなくては膨大な監査対象をこなせないという実情をむしろ優 先させるべきであろう。なお、取締役が著しい損害を与えそうな事実を発見 したときは、監査役に報告する義務(会社法357条)が制度化されていること も、取締役と監査役とのある種の連係を意味する。
会計監査人との連係は、金融商品取引法との関係からも、また会社法上も 直接規制されているので、より重く受け止めるべきであろう。会社法に限っ てみても、会計監査人の報告義務・監査役の報告請求権(会社法397条1項・2 項)との関係、あるいは会計監査人監査に対する相当性判断を行う立場(会 社計算規則127条2号、128条2項2号)から強力な連係が求められる。日本監査 役協会では、両者の連係が重要であるとの認識の下、『監査役監査基準』の
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ほか、『監査役と会計監査人との連携[ママ]を保つための実務指針』 を 別途公表してその連携実務の向上を図ってきた。以上の連係の詳細について は改めて第6章以下で取り上げる。
[注]
(1) 上村達男『会社法改革』岩波書店(2002年)81頁。例えば上場会社の監査役は誰の ために・何のためにあるのか、その目を向ける先はどこなのか⎜⎜現在の株主という 静止画面で捉えるのではなく、投資家および資本市場全体という動態画面に目を向け る必要がある。「大規模公開会社を前提にする以上、株主であること以前に投資家と して最大限尊重されることが前提であり、まず経営を評価し、判断するのは証券市場 である」(同書102頁)。また、公的規制の強い銀行などは、株主というよりもむしろ 社会的使命や規制法令全体に目を向ける必要がある。本件については第6章以下で詳 述する。
(2) 古くは、これら「監査」の違いを明瞭にすることは意味がないとされていたが(例 えば浦野雄幸『株式会社監査制度論』商事法務(1970年)6頁参照)、現在のように 社会一般に「監査」の語が定着し、議論が各方面で活発になっているからこそ、少な くともそれぞれの「監査」がもつ機能的分類や、それぞれの役割の峻別が求められ る。
(3) なお、欧米にも上記①②③④とほぼ同様の概念ないし制度があるが、ドイツの二層 制にみる監査役会に対して「監督」の語を用いると取締役との概念整理が混乱する場 合もある。筆者はかつて二層制の場合も含め①の monitoring 機能を「監視監督機 能」と表現してきたが、近時は「経営監視機能」と表現することにしている。
(4) 相澤哲・和久友子「計算書類の監査・提供・公告、計算の計数に関する事項」商事 法務1766号(2006年)60〜61頁参照。
(5) 勝田義明「監」日本監査役協会編『監査役205人の想い』日本監査役協会(1994年)
142頁。
(6) 浦野・前掲注(2)4頁参照。
(7) 西澤脩『経営管理会計』中央経済社(1996年)4〜10頁、小林健吾『予算管理発達 史』創成社(1994年)78頁以下、鳥羽至英『監査基準の基礎』白桃書房(1992年)9
〜33頁等参照。
(8) 浦野・前掲注(2)100頁。
(9) 檜田信男『近代監査基準精鋭(改訂版)』税務経理協会(1999年)3頁。
(10) アメリカ会計学会(American Accounting Association ; AAA)による基礎的監 査概念(A Statement of Basic Auditing Concepts;ASOBAC)の定義。
(11) 企業会計は、情報の提供先、法令規制の有無により大きく財務会計と管理会計の二 つに分けることができる。財務会計は会社外部の利害関係人のための会計であり、法 令で会社の財政状態や経営成績などが計算書類等を通じて強制開示される。他方、管 理会計は主として会社経営者のための会計であり、法令で強制されない。管理会計か 45
ら得られる情報として、設備計画など意思決定情報と、予算統制・原価計算など統制 管理情報がある。なお、原価計算の制度は財務会計にも結びつく。
(12) 現在、大学院の授業などで経営監視機能を取り扱う講座として「コーポレートガバ ナンス論」が設置されているところが少なくない。ただ、コーポレートガバナンスと いうと範囲が広くなりすぎる感は否めない。「経営監視論」とか「監査役監査論」と かの講座名で、監査役や監査委員会による経営監視機能を専門に取り上げる学問体系 がもっと構築されるべきであろう。
(13) 上村達男・金児昭『株式会社はどこへ行くのか』日本経済新聞出版社(2007年)62 頁。
(14) 檜田・前掲注(9)7頁。
(15) 神田秀樹「事前監査理論の試み」監査役236号(1987年)4頁以下参照。
(16) さらに会社法施行規則105条で取締役との意思疎通を高めることが規定されている ことの意味合いも考慮すると、とくに実務家にとっては不毛な議論と考えるが、研究 等で過去の議論を再確認するには、さしあたり以下の論稿が参考になるであろう。味 村治「株式会社監査制度要綱案の解説」商事法務626号(1973年)4頁、本間輝雄
「新監査役の職務と権限」税経通信28巻13号(1973年)22頁、大住達雄『監査役監査』
商 事 法 務(1976年)7 頁、田 中 誠 二「商 法 改 正 要 綱 案 の 問 題 点」商 事 法 務520号
(1970年)3頁等参照。
(17) 現行基準の原型は2007年に形成されているが、当時の監査役監査基準の解説とし て、尾崎安央「監査役監査基準の改定」商事法務1797号(2007年)4頁以下、大川博 通「監査役監査基準の改定にあたって」監査役524号(2007年)47頁以下参照。
(18) 例えば、稲葉ほか『実務相談・株式会社法(中巻)』商事法務(1987年)1299頁。
なお、野村證券損失補塡株主代表訴訟事件では、取締役の法令違反の場合の「法令」
とは、会社が業務を行うに際して遵守すべきすべての法令が含まれ、それが注意義務 違反になるか否かと無関係に法令違反を行ったことになるとしている(最判平12・
7・7)。金融商事判例1105号3頁参照。
(19) 佐藤敏昭「監査役監査の分散と集中」塩原一郎先生古希記念会編『現代会計⎜⎜継 承と変革の狭間で』創成社213頁以下(2004年)参照。
(20) 石田治洋「企業倫理と内部統制」監査役456号69頁以下参照。
(21) 日本監査役協会・会計委員会「会計監査人との連携に関する実務指針」監査役515 号(2006年)132頁以下参照。なお、ここでは「連係」でなく「連携」の語が使用さ れている。その理由について監査役515号135頁参照。2009年7月には、新しく、日本 監査役協会と日本公認会計士協会の両名で「監査役もしくは監査役会または監査委員 会と監査人との連携に関する共同研究報告」が公表された。
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