「昭和の合併」の受容過程 - 滋賀県彦根市の事例 -
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(2) 第7巻. は. 第1号. じ. 第29次 地 方 制 度 調 査 会 は,2009年6月18日. め. に. に答 申 を ま と め,「 平 成 の合 併 」 に 「一 区 切. り」つ け る こ とを 提 言 した 。 も っ と も,道 州 制論 議 が あ るな か で,さ らな る 「自主 的合 併 」 にふ くみ を 残 した 内 容 とな って い る こ と に,留 意 す る必 要 が あ る。 と こ ろで 日本 の 基 礎 自 治 体 は,こ の 「平 成 の 合 併 」 に いた る まで,二 度 にわ た る政 府 に よ る合 併 推 進 政 策 を 経 験 して きた 。 す な わ ち 「明 治 の 合 併 」 と 「昭 和 の 合 併 」 で あ る。 この2つ の 合 併 の 歴 史 的 性 格 につ いて は,島 恭 彦 に よ る古 典 的 な 規 定 が 存 在 して い る。 島 は,「 明 治 の 合 併 」 と 「昭 和 の 合 併 」 の 歴 史 的位 置 を,資 本 主 義 の発 達 と の 関係 で 特 徴 づ け,前 者 を 資 本 主 義 体 制 の 下 に7万 の 小 農 村 を 引 きず り込 む もの,後 者 を 独 占段 階 の 資 本 主 義 が 地 主 勢 力 消 滅 後 の 農 村 支 配 網 を再 編 す る もの と,端 的 に表 現 した の で あ る(1)。 島 は,戦 前 の 農 村 秩 序 を 維 持 して いた 地 主 制 が 農 地 改 革 に よ って 解 体 され る一 方,役 場 事 務 の 著 しい増 加 と職 員 給 与 の 急 増 の な か で 農 村 行 財 政 の 官 僚 化 が 進 行 し,複 雑 で 非 効 率,か つ 金 の か か る 中央 集 権 機 構 が 戦 前 か ら戦 後 にか けて 形 成 され て きた こ と に注 目 し,こ の 矛 盾 を 新 た な 中央 集 権 化 に よ って 「行 政 整 理 」 す る もの と して 小 規 模 町 村 の 集 約 化 と府 県 制 を 含 む 地 方 制 度 の 改 革 を と らえ るの で あ る。 一 方 ,3つ. の 合 併 の 政 策 形 成 過 程 を,国 家 体 制 の 変 革 との 関 係 で 歴 史 的 に分 析 した 山 田. 公 平 は,戦 後 憲 法 と地 方 自治 法 体 制 が 発 足 して ま もな い時 期 に,地 方 自治 強 化 の 方 向 で 市 町 村 優 先 の 事 務 配 分 原 則 な どを 提 起 した シ ャウ プ勧 告(1949年)の 換 を 背 景 に,1951年. 路 線 が,占 領 政 策 の 転. 頃 か ら 「行 政 能 力 の 適 正 化 ・簡 素 化 の た め の 町 村 規 模 適 正 化 」 と して. の 合 併 政 策 に転 化 して い くこ と に注 目す る。 と りわ け,国 の 財 政 支 出削 減 論 の な か で, 1953年 に市 町村 合 併 促 進 法 が制 定 され,9,622町 村 を3,373町 村 に す る と い う画 一 的 な 町 村 合 併 推 進 政 策 が,国 の 積 極 的 指 導 の 下 で 行 な わ れ た とす る(2)。 この 「昭和 の合 併 」の 目標 達 成 率 は,3年. 間 の 時 限 立 法 の 期 限 内 に実 に98%に 達 した 。 こ. れ に対 して,「 平 成 の合 併 」 の 目標 達 成 率 は,合 併 特 例 法 期 限切 れ 時 点 に お い て63%に. 留. ま った の で あ る。 「昭和 の合 併 」 は,な ぜ,こ の よ う に ス ムー ズ に展 開 した の だ ろ うか 。 そ れ は,単 に,国 家 に よ る半 ば強 制 的 な合 併 政 策 の側 面 を強 調 す る だ け で は不 十 分 で あ ろ う。 地 域 内 部 にお いて,合 併 を 受 け入 れ る受 容 条 件 が 形 成 され て いた こ と に注 目す る必 要 が あ る。 これ につ いて は,す で に島 や 山 田 も指 摘 して い る よ う に,戦 後 の 中学 校 教 育 の 義 務 教 育 化 の な か で 中学 校 の 建 設 と運 営 が 必 要 にな り,そ の た あ に一 定 の 人 口規 模 が 必 要 にな っ 一58(58)一.
(3) 「昭和の合併」の受容過程(岡 田) た こ と,そ れ との 関 係 で 自治 体 財 政 の 窮 乏 化 が あ った こ とが,一 般 的 な 条 件 と して 存 在 し て いた 。 しか し,市 町 村 合 併 を す る際 に は,あ る具 体 的 な 地 理 的 領 域 で の 統 合 が 必 要 で あ り,そ の 場 合,個. 々の 自治 体 の 抱 え る特 殊 な 歴 史 的,政 治 的,社 会 的,経 済 的 条 件 に よ っ. て,具 体 的 な 合 併 枠 組 み が 決 ま る こ とに な る。 「昭 和 の合 併 」の 推 進 過 程 を 明 らか にす るた あ に は,そ の よ うな 特 殊 な 条 件 も加 味 した な か で,ど の よ う に地 域 にお いて 政 府 主 導 の 合 併 政 策 が 受 容 され て い った の か を 明 らか に して い く必 要 が あ る。 これ が,本 論 文 の 課 題 で あ る。 研 究 対 象 と した の は,滋 賀 県 彦 根 市 で あ る。 彦 根 市 は,1937年. に,彦 根 町 と周 辺5村 が. 滋 賀 県 の 強 い勧 告 に よ って 発 足 した 都 市 で あ り,戦 時 中の1942年 に は,や は り県 の 計 画 に したが って 隣接 す る磯 田村 と南 青 柳 村 を編 入 合 併 す る(3)。こ の時 点 で の 面 積 は,32平 ロ メー トル で,人. 口 は4万2千. 方キ. 人 余 りで あ った(地 図)。 そ の後,「 昭 和 の 合 併 」 に先 立 つ. 1950年 に 日夏 村,52年 に 鳥 居 本 村 を 合 併 し,「昭 和 の 合 併 」に よ って56年 に河 瀬 村 と亀 山村, そ の 直 後 の57年 に高 宮 町 と合 併 して い る。 す な わ ち,「昭 和 の合 併 」を は さむ 前 後 に合 併 を 行 な って お り,こ の 時 期 の 「合 併 の 受 容 条 件 」 を さ ぐる に は格 好 の 素 材 とな って い る。 し か も,彦 根 市 は,こ の 間 に二 度 にわ た って 国 か ら財 政 再 建 勧 告 を 受 け る ほ との 財 政 危 機 に 陥 って お り,そ れ を 了 解 した う え で,な ぜ 彦 根 市 や 周 辺 自治 体 が合 併 を選 択 す る こ と に な った の か が 明 らか に され な けれ ばな らな い。 つ ま り,当 時 の 中心 市 及 び周 辺 の 小 規 模 町 村 の 財 政 危 機 と合 併 推 進 条 件 との 関 係 が 問 わ れ るの で あ る。 な お,彦 根 市 は,そ の 後1968年 に稲 枝 町 を 合 併,さ (99平 方 キ ロメ ー トル)が 確 定 し,2008年10月1日 11万2千. らに2007年 に琵 琶 湖 にお け る市 町 界. 時点 で面 積197平 方 キ ロ メー トル,人. 口. 人 弱 の都 市 とな って い る(4)。 産 業 的 に は,戦 前 か ら近 江 絹 糸 や鐘 紡 の大 規 模 工 場. が 立 地 して いた ほか,バ ル ブ産 業 や 仏 壇 産 業 が 集 積 して お り,市 街 地 の 商 店 街 を 中心 に近 郊 農 村 の 住 民 を 顧 客 とす る小 売 業 の 集 積 も見 られ た 典 型 的 な 地 方 小 都 市 で あ る。. 地図. 彦根市域の変遷. 一59(59)一.
(4) 第7巻. 1.財. 1.1.財. 第1号. 政再建団体指定 と企業誘致 ・市域拡大. 政再建団体への転落. 1.1.1.終 戦 直 後 の財 政 窮 乏 戦 争 直 後 の 彦 根 市 長 は,1945年6月. に4代 目市 長 に就 任 して いた 末 原 貫 一 郎 で あ った 。. 末 原 は,鳥 取 県 総 務 部 長 な どを 歴 任 して 内 務 省 を 退 官 後,敦 賀 市 長 を 一 期 勤 あ,退 任 して いた 。 しか し,占 領 軍 に よ る軍 国 主 義 者 の 公 職 追 放 政 策 が す す め られ るな か で,末 原 市 長 は1946年11月 に退 職 す る(5)。 1947年5月,日. 本 国 憲 法 と同 時 に地 方 自治 法 が 施 行 され,同 年4月. に は成 人 女 性 の 参 政. 権 を 認 め た 上 で,初 め て の 市 町 村 長,滋 賀 県 知 事 の 公 選 選 挙,県 議 会 ・市 町 村 議 会 選 挙, そ して 衆 参 両 議 院 選 挙 が 連 続 して 行 な わ れ た 。 と こ ろが,初 代 の 公 選 彦 根 市 長 とな った ば か りの 安 居 喜 八 も,公 職 追 放 の 対 象 とな って しま い,4ケ 市 長 選 挙 で 小 林 郁 が 市 長 に当 選 す る。 この ほか,1946年 太 郎,尾. 月 足 らず で 辞 職 し,同 年8月 の に,市 会 議 員 の 若 林 末 雄,田. 中耕. 田隆 明 も公 職 追 放 に よ って,議 員 辞 職 して い る(6)。. 地 方 自治 体 制 度 や 公 職 者 の 民 主 化 が す す ん だ と は いえ,終 戦 に よ る経 済 混 乱 と激 しいイ ンフ レー シ ョ ン,そ れ に と もな う職 員 人 件 費 の 高 騰 は,彦 根 市 を は じめ 市 町 村 財 政 を 厳 し い状 況 に追 い込 ん で いた 。 他 方 で は,引 揚 者 に対 す る住 宅 の 手 当 て や,失 業 者 や 「戦 争 未 亡 人 」 に対 す る仕 事 の 確 保(授 産 事 業),食 糧 を は じめ とす る生 活 物 資 の 安 定 的確 保 と公 平 な 配 給 等,地 方 自治 体 が 行 な うべ き行 政 サ ー ビス は 山積 し,し か も急 を 要 す る もの ばか りで あ った 。 戦 後 初 め て 開 催 され た 通 常 市 会 で,1946年. 度 予 算 の 提 案 説 明 を 行 な った 末 原. 市 長 は,「明年 度 予 算 の編 成 に付 き ま して は戦 後 に お け る社 会 及 び経 済 の秩 序 維 持,国 民 生 活 の 安 定 等 を 目途 とす る政 府 の 予 算 編 成 方 針 の 指 示 に従 い,既 定 経 費 に付 いて は厳 正 な る 較 量 を 加 え,新 規 経 費 に付 いて は市 民 生 活 安 定 上 緊 要 で あ り且 つ 実 行 可 能 な もの に して, 本 市 の 現 状 よ り見 ま して 真 に緊 急 必 要 な る もの の み を 計 上 」(7)し た と述 べ て い る。 この よ うな 財 政 窮 乏 の 状 態 は,1948年 月 市 議 会 で,48年. 度 予 算 の 編 成 時 点 で,い. っそ う悪 化 した 。 同 年2. 度 予 算 案 を 提 案 した 小 林 郁 市 長 は,地 方 自治 法 施 行 に併 せ た 地 方 財 政 改. 革 が 確 定 して いな いな か で,「 物 価 の 昂 騰,そ の他 経 済 情 勢 の激 変 に伴 い,未 曾 有 の 危 機 に 直 面 して い る と い って も過 言 で はな いの で あ りま して,自 主 的 財 政 の 確 立 は至 極 困 難 な 状 態 に あ る」 と述 べ,「 編 成 方 針 と い た しま して は 社 会 及 び経 済 秩 序 の維 持,経 済 の 再 建, 民 生 の 安 定 等 国 の 基 本 方 針 に従 い ま して,既 定 経 費 につ き ま して は厳 正 な る較 量 を 加 え, -60(60)一.
(5) 「昭和の合併」の受容過程(岡 田) 新 規 経 費 につ き ま して は経 済 的 効 果,事 業 の 緊 急 性 等 を 充 分 勘 案 し,市 民 生 活 安 定 上 緊 要 で あ り且 つ 実 行 可 能 な る もの で,本 市 の 現 状 よ りいた しま して 真 に緊 要 を 認 め る もの を 計 上 いた した もの で あ ります が,御 承 知 の 通 り人 件 費 の 膨 張 と著 しい物 価 の 昂 騰 に よ りま し て,新 規 事 業 等 は ほ とん ど抑 制 の や む な き に至 った 次 第 で す 」 と して い る(8)。. 1.1.2.シ. ャウ プ勧 告 前 の市 財 政. そ こで,当 時 の 財 政 状 況 を 表1で 見 て み よ う。1947年 度 か ら49年 度 まで の 彦 根 市 の 歳 出 を 主 要 費 目 ご と にみ る と,ま ず,歳. 出合 計 額 が,こ の 間 に6倍 以 上 に急 膨 張 して い る こ と. が 注 目 され る。 これ は,戦 後 の イ ンフ レー シ ョ ンに よ る と こ ろが 大 き いが,費 と,人 件 費 が 多 くを 占め る市 役 所 費 に加 え,47年. 目別 にみ る. 度 に は臨 時 給 与 費 が 全 予 算 の2割 を 占め. て い る よ う に,物 価 高 騰 に と もな う人 件 費 の 急 騰 が 大 きな 役 割 を 果 た して い る こ とが 確 認 で き る。 さ らに,中 学 校 の 義 務 教 育 化 に と もな う教 育 費 の 比 重 が48年 度 に は29%に. も達 し. て い る ほか,社 会 保 障 や 労 働 施 設 関 係 の 費 目の 比 重 も大 き い。 また,自 治 体 警 察 制 度 の 導 入 と消 防 団 制 度 の 確 立 に よ って,警 察 消 防 費 も48年 度 以 降,15%を 木 費 につ いて は,47,48年. 度 と も3%台. 超 え て い る。 逆 に,土. に抑 制 され て お り,49年 度 にな って よ うや く1割. を 超 え る水 準 に達 して い る。 予 算 の 投 資 的 な 運 用 が この 時 点 か ら可 能 にな った と いえ る。 他 方,歳 入 予 算 の 方 は,表2の. よ う に推 移 した 。 市 税 収 入 は,6倍. もの の,そ の 歳 入 に 占あ る比 率 は,47年 度 の62%か. 以 上 に増 加 して い る. ら49年 度 に は59%に 低 下 して い る。 逆. に,市 債 の ウ エ イ トが 高 ま っ て い る こ とが 特 徴 的 で あ る。 ま た,寄 付 金 や 雑 収 入,使 用 料 ・手 数 料 を 増 や す こ とで,何. とか 財 源 確 保 を しよ う と して いた こ とが うか が え る。. と こ ろで,こ の 時 期 の 市 税 は,図1で. 示 した よ う に,県 税 附 加 税 と国 か らの 地 方 財 政 調. 整 収 入 で あ る地 方 分 与 税 が,そ れ ぞ れ38%と36%と,大. 表1終. 戦直後の主要費 目別歳出予算額の推移 実. 1947年 度. 半 を 占め て いた 。 市 独 自の 独 立 税. 額. 1948年 度. 単位:千. 構成比 1949年 度. 1947年 度. 歳 出合計 教育費 社会及労働施設費 土木費 市役所費 臨時給与費 警察消防費 資 料;彦 根 市 総 務 課 調 査 広 報 係 『彦 根 の 展 望1951」1951年. 。. 1948年 度. 1949年 度. 円.
(6) 第7巻 表2終. 第1号. 戦 直 後 の 主 要 科 目別 歳 入 予算 額 の 推 移. 実 1947年 度. 額. 単 位:千. 円. 構成比. 1948年 度. 1949年 度. 1947年 度. 1948年 度. 1949年 度. 歳入合計 市 税 使用料 ・手数料 国庫支出金 県支出金 寄付金 雑収入 繰入金 市 債 資 料.表1と. 同 じ。. 図1市 資料:彦 根 市 役所 『 彦 根 市 勢 要覧. に つ い て は,わ. ず か23%で. 税,金. 客 人 税,広. 庫 税,接. 県 税 附 課 税 に つ い て も,地 も に,安. 税 の構 成(1947年. あ っ た 。 こ の 独 立 税 は,市 告 税,犬. 度). 昭和24年 度 版 」1949年 。. 税,扇. 民 税 の ほ か,舟. 風 機 税 な ど,雑. 税,自. 転 車 税,荷. 車. 多 な税 に よ って構 成 さ れ て い た。. 租 附 課 税 を は じあ30を 超 え る 税 目 が あ り,税. 体系の複雑 さとと. 定 的 な 地 方 財 源 と して の 限 界 は 明 らか で あ っ た 。. 1.1.3.シ. ャウ プ勧 告 後 の市 財 政. 戦 後 イ ン フ レ ー シ ョ ン の 収 束 と 日 本 経 済 復 興 を あ ざ し た ド ッ ジ ラ イ ン の 一 環 と して, -62(62)一.
(7) 「昭和の合併」の受容過程(岡 田) 1949年 と50年 の2回. にわ た って,シ ャウ プ勧 告 がGHQ側. か らな され た 。 同 勧 告 に よ る地. 方 財 政 制 度 改 革 は,従 来 の 明 治 憲 法 体 制 下 で の 地 方 財 政 構 造 を 大 き く変 更 し,と くに地 方 自治 体 に独 立 財 源 を 与 え る こ とで,地 方 自治 の 経 済 的 基 礎 を す え る もの で あ った 。 具 体 的 に は,従 来 の 附 加 税 主 体 の 税 源 構 造 で はな く,地 租 等 を 固 定 資 産 税 と し基 礎 自治 体 で あ る 市 町 村 の 財 源 と した うえ,地 方 財 政 調 整 につ いて は地 方 分 与 税(地 方 配 布 税)に 代 わ って 地 方 財 政 平 衡 交 付 金 に よ って 行 な う こ と とな った 。 同 時 に,国 庫 支 出金 や 県 支 出金 を 抑 制 す る と と もに,地 方 債 の 発 行 につ いて も制 限 が な され た 。 この た あ,シ. ャウ プ勧 告 に と も. な う地 方 財 政 改 革 は,彦 根 市 を は じめ とす る市 町 村 の 財 政 逼 迫 を 解 決 す る もの で はな か っ た。 表3は,シ. ャウ プ勧 告 前 後 の 彦 根 市 の 歳 入 構 造 の 変 化 を 比 較 した もの で あ る。 この 間,. 後 述 す る よ う に 日夏 村 を1950年 に編 入 合 併 して い るの で,厳 密 な 比 較 はで きな いが,歳 入 に 占め る市 税 の 比 重 が 低 下 して い る こ と,地 方 財 政 平 衡 交 付 金 が 創 設 され た もの の 国 庫 支 出金 よ り も低 額 で あ る こ と,県 支 出金 が 絶 対 額 と して も減 少 して い る こ と,市 債 へ の 依 存 が 高 ま っ て い る こ とが わ か る。 しか も,彦 根 市 の 財 政 は,1951年. 度決 算見込 み において. 2,600万 円 近 くの赤 字 を 計 上 し,政 府 に よ って財 政 不 健 全 都 市 の 指 定 を受 け る こ とに な っ た。 彦 根 市 の 財 政 状 況 を 市 民 に公 表 した 『彦 根 の 展 望. 昭 和27年 版 』 は,全 国 都 市 の7割 近. くで 赤 字 決 算 の 見 込 み で あ る と した 上 で,「昭 和26年 度 に行 な わ れ た地 方 税 制 度 改 正 は,市 町 村 の 税 財 政 面 に大 き く潤 いを もた らす もの と一 般 に理 解 され て い ま した 。 しか し事 実 は. 表3シ. ャウプ勧告前後の彦根市主要科 目別歳入予算額 実. 1949年 度. 額. 1950年 度. 単 位:千 円. 構成比 1951年 度. 1949年 度. 1950年 度. 歳入合計 市 税 地方財政平衡交付金 公企業及び財産収入 使用料 ・手数料 国庫支出金 県支出金 寄付金 繰越金 雑収入 繰入金 IIぜL只. 主. 資 料;彦 根 市 総 務 課 調 査 広 報 係 『彦 根 の 展 望1951」1951年 !L(/ハ(\. 及 び同 左,1952年. 版。. 1951年 度.
(8) 第7巻 逆 に,市 財 政 は次 第 に歳 入 不 足,即. 第1号. ち赤 字 決 算 の 傾 向 を 表 面 化 して,昭 和26年 度(決 算 見. 込)の 如 き は,そ の 窮 迫 の 度 が い よ い よ深 刻 にな って きて お る現 状 で あ ります 」 と述 べ て い る。 同 時 に,彦 根 市 の 特 殊 要 因 と して,「消 費 的 性 格 を 多 分 に もつ 都 市 」で あ るた め,「相 次 ぐ物 価 高 騰 に よ る需 用 費 の 増 加,ベ ー ス ア ップ に伴 う人 件 費 の 増 額 は,国 の 施 策 に よ る 市 経 費 の 支 出の 加 重,ま た,市 政 の 現 状 と市 民 生 活 の 現 実 か らみ て 不 可 欠 の 公 共 及 単 独 事 業 の 支 出等,避 け る こ とが 出来 な い経 費 ば か り」で あ る こ とを 訴 え て い る。 同書 で は,「財 政 上 特 に著 し い影 響 を及 ぼ した 事 業 費 」 と して,消 防 用 タ ンク車 購 入 費200万 円,道 路 新 設 改 良 費371万 円,都 市 計 画 事 業 費400万 円,小 学 校 営 繕 費294円,東. 及 び 南 中学 校 建 設 費. 1,624万 円,東 及 び 西 保 育 園 新 設 費608万 円,庶 民 住 宅 建 設 費515万 円 を あ げた うえ で,歳 入 面 で は 「地 方 財 政 平 衡 交 付 金,国 庫 支 出金 の 政 府 の 削 減 緊 縮 策 あ る い は また,起 債 許 可 枠 の 縮 小 に よ る著 しい収 入 減 を 挙 げ る こ とが 出来 ます 」 と して い る。. 1.1.4.財 政 再 建 勧 告 とモ ー タ ー ボ ー ト競 走 条 例 1952年6月18日,政. 府 の地 方 財 政 委 員 会(の. ちの 自治 庁)は,彦. 根 市 に対 して 財 政 再 建. 勧 告 を 行 な う。 同 勧 告 は,「 昭和24年 度 以 降毎 年 赤 字 を生 じ,而 もそ の額 は累 増 して お り, 27年 度 に於 て も現 状 を 以 て す れ ば,前 年 度 を 超 え る赤 字 を 生 ず る もの と見 込 ま れ る」 と し, 財 政 運 営 方 針 の 「根 本 的是 正 」 を 求 め た。1952年 度 決 算 見 込 み は,表4の. よ う に,3,500万. 円を 超 え る見 通 しで あ った 。 勧 告 で は,歳 出 中心 の 予 算 編 成 を して お り,歳 入 見 通 しを 過 大 に見 積 もって い る こ と,第 二 に予 算 の 執 行 に あた って 財 務 当 局 の 統 制 力 を 欠 くこ とを 問 題 視 し,と くに人 口 ・面 積 の 割 に一 般 職 員 や 警 察 職 員 が 多 く人 件 費 が 嵩 ん で い るの で,人 件 費 の 節 約 を 強 く求 め た 。 た だ し,表 を 見 て も明 らか な よ う に,臨 時 的 経 費 にお け る歳 出 超 過 が 目立 って いた 。 これ らは老 朽 校 舎 の 改 築 費 や,養 老 院,母 子 寮 の 補 助 金 交 付 決 定 に と もな う市 の 財 政 負 担 で あ り,校 舎 改 築 予 算 につ いて は起 債 許 可 内 示 額 が 予 想 を 遥 か に下. 表41952年. 税収入. 平 衡 交付金. 度決算見込み財政状況表. 歳. 入. 国 県 支出金. 起. 歳 債. その他. 経常 的経費 臨時的経費 前年度へ繰 繰上充用金. 資料;彦 根 市 『昭和27年10月. 単 位:千. 彦根市財政再建計画案」. 計. 支. 前年度繰 出 上充用金. 円. 出 計. 差 引 過不足.
(9) 「昭和の合併」の受容過程(岡 田) 回 る もの で あ った た め の 負 担 増 で あ った 。 しか も,緊 急 を 要 す る事 業 と して,① 老 朽 校 舎 の 改 築,② 城 山天 守 閣 の 修 理,③ 滋 賀 大 学 夜 間 部 設 置,④ 道 路 改 修,⑤ 上 下 水 道 施 設 整 備, ⑥ 国 民 健 康 保 険 等 が 山積 して お り,財 政 再 建 は 当初 か ら厳 しい道 の りを強 い られ て い た(9)。 彦 根 市 は,1952年4月. に鳥 居 本 村 を 編 入 合 併 して いた が,職 員 の 希 望 退 職 を 募 り,人 件. 費 が 大 半 を 占め た 市 役 所 費 に つ いて は,52年 度 か ら53年 度 にか け て,4,776万. 円か ら4,754. 万 円へ 減 額 予 算 を 計 上 す る。 また,緊 急 を 要 す る小 学 校 校 舎 の 営 繕 や,鳥 居 本 村 との 合 併 条 件 で あ っ た 中学 校 の 建 設 資 金 を 得 る た め に,市 民 か ら募 集 した約3,000万 円 の 「教 育 預 金 」を フ ァ ン ドに市 内金 融 機 関 か ら借 り入 れ を行 な うな ど苦 肉 の策 を講 じた(1① 。 同時 に,市 税 の 完 納 を 促 す た め に 「完 納 奨 励 金 」 を 設 けて,徴 税 率 の 向 上 に努 め た 。 さ らに,財 源 を 確 保 す る た め に,1952年. に モ ー タ ー ボ ー ト競 走 条 例 を 市 議 会 に提 案,成. 立 させ る。 国 の. モ ー ター ボー ト競 走 法 の 施 行 に と もな い,地 方 自治 体 が 条 例 を 定 め て,財 源 確 保 す る こ と が 可 能 とな った 。 滋 賀 県 で は,県 の 指 導 もあ って,彦 根 市,大 津 市,長 浜 市 の3市 が,大 津 市 の琵 琶 湖 競 艇 場 で公 営 の モ ー ター ボ ー ト競 走 を 行 い,財 源 の確 保 を ね ら っ た の で あ る。 しか し,同 事 業 は,即 効 性 が 期 待 され た もの の,52年. 度 か ら400万 円 の赤 字 を計 上 し,. む しろ財 政 の 重 しとな って しま う(ll)。. 1.1.5.工 場 設 置 奨 励 条 例 と商 店 街 美 化 奨 励 条 例 彦 根 市 は,同. じ く1952年,将. 来 の 財 源 確 保 を ね らって2つ の 産 業 振 興 条 例 を 定 あ た 。 工. 場 設 置 奨 励 条 例 と商 店 街 美 化 奨 励 条 例 で あ る。 前 者 は,「 産 業 の興 隆 に寄 与 す る工 場 を 新 に本 市 に設 置 また は増 設 す る場 合 」 に,敷 地 の 斡 旋,そ の 他 必 要 な 事 務 に協 力 す る ほか, 一・ 定 の 奨 励 金 を 交 付 す る と い う内 容 で あ った 。 条 例 で は,具 体 的 な 奨 励 対 象 と して,輸 移 出産 業,重 要 基 礎 産 業,そ の 他 市 長 が 本 市 産 業 興 隆 の た め適 当 と認 め る事 業 で,投 資額500 万 円以 上,常 時 使 用 工 員30名 以 上 の いず れ か ひ とつ に該 当 す る工 場 に絞 り込 まれ て いた 。 奨 励 金 は,投 資 額 が 大 き い ほ ど優 遇 され,例 え ば5億 円以 上 の 新 設 工 場 で あれ ば,土 地 建 物 及 び償 却 資 産 に対 す る 固定 資 産 税 な らび に電 気 ガ ス税 の100%相. 当 分 を5年 間 に わ た り. 交 付 した の ち,そ の 後2年 間 は50%相 当 分 を 交 付 す る と い う もの で あ った(② 。 後 者 は,商 店 街 か ら の強 い要 望 で 制 定 さ れ,条 例 の 第 一 条 に は,「 本 市 は,商 業 興 隆 並 び に商 店 街 の 美 化 に寄 与 す る 目的 を 以 て,ネ オ ンアー チ,ネ オ ン広 告 燈,ネ オ ン看 板,統 一 看 板 を 新 設 す る場 合 」 に,補 助 金 を 交 付 す る もの と記 され て いた 。 補 助 金 は,商 店 街 ご と に,総 工 事 費 の30%以. 内 を 限 度 と して 支 出 され る と い う内 容 で あ った ⑱。. こ う して 外 部 企 業 へ の 誘 致 政 策 と並 行 して,市 内 商 店 街 へ の 支 援 策 を 同 時 に行 な う こ と 一65(65)一.
(10) 第7巻 にな った の で あ る。 さ らに彦 根 市 は,5万. 第1号. 人 都 市 を め ざ し,隣 接 す る 日夏 村,鳥 居 本 村,. 高 宮 町 との 合 併 交 渉 を 展 開 して い く。 以 下 で は,1953年 た 「昭 和 の 合 併 」 に先 立 つ,1950年. 1.2.日. の 町 村 合 併 促 進 法 を 機 に開 始 され. 代 初 頭 の 合 併 過 程 を 見 て お きた い。. 夏 村 ・鳥 居 本 村 の 編 入 合 併. 1.2.1.日 夏 村 の編 入 合 併 まず,1949年12月24日,犬. 上 郡 日夏 村 の 村 長 らが 小 林 郁 市 長 を 訪 ね,彦 根 市 へ の 編 入 合. 併 を 申 し入 れ る。 日夏 村 が 合 併 を 必 要 した 理 由 は,地 方 自治 法 の 制 定 と シ ャウ プ税 制 改 革 に よ って,「 特 に健 全 な る財 政 の 裏 付 けを 必 須 の 要 件 と され 」,「戸 数 僅 か に 四百 余 戸,人 口 千 九 百 台 を 上 下 す る程 度 の 小 村 」で は,「完 全 な る 自治 の 確 立 と 円滑 な 運 営 を 図 る に は よ り 強 力 な る団 体 とな る こ とが 望 ま し く,こ こ に統 合 の 必 要 が 生 じるの で あ って,最 早 や 小 自 治 体 の存 続 は 許 され 難 い運 命 にあ る」 と認 識 した こ と と,「 地 理 的 に も,人 情 風 俗 そ の 他 産 業 経 済 的 に も,真 に密 接 な 関 係 を 有 し」 て い る こ とで あ った 。 日夏 村 で は,各 集 落 ご と に村 民 大 会 や 協 議 会 を 開催 し,ほ とん ど100パ ー セ ン トの 住 民 が彦 根 市 へ の合 併 に 賛 同 し た と い うω。 彦 根 市 と 日夏 村 は,翌 年1月. に両 首 長 に よ る合 併 懇 談 会 を 開 催 し,合 併 交 渉 委 員 会 の 設. 置 を 確 認 す る と と もに,合 併 条 件 の す りあわ せ を 開 始 す る。 合 併 交 渉 委 員 会 の な か で 協 議 され た 日夏 村 か らの 合 併 条 件 は,① 村 基 本 財 産 中の 山林 につ いて は財 産 区 を 設 定 し,か つ そ の 管 理 処 分 権 につ いて は財 産 区 に属 す る よ う にす る こ と,② 普 通 財 産 中 いず れ の 建 物 も 本 村 地 区 外 に移 転 させ な い こ と,③ 次 期 改 選 まで 地 区 農 地 委 員 会,地 区 農 業 調 整 委 員 会 を 設 定 す る こ と,④ 民 生 委 員 を 現 在 数 の ま ま と し本 村 地 区 に民 生 委 員 会 を 組 織 す る こ と,⑤ 現 日夏 村 役 場 に支 所 を 設 け相 当 部 門 の 事 務 を 処 理 せ しめ,か つ 嘱 託 員 を 現 在 どお り各 字 ご と に置 くこ と,⑥ 小 学 校 の 通 学 区 を 現 在 の ま ま と し,そ の 内 容 を 充 実 す る こ と,⑦ 中学 校 舎 を 甘 呂町 地 先 に速 や か に建 設 す る こ と,⑧ 市 政 参 画 の 暫 定 措 置 と して 本 村 住 民 中の 適 任 者 を 相 当 機 関 に採 用 す る等 特 別 の 考 慮 を 払 う こ と,⑨ 職 員 を 現 在 の ま ま市 職 員 に引 継 ぎか つ 日夏 村 にお け る勤 続 年 数 は市 職 員 と して の 勤 務 年 数 に通 算 す る こ と,⑩ 消 防 施 設 はす べ て 現 状 の ま ま と し,こ れ が 活 動 に遺 憾 の な い よ う道 路 水 利 の 改 善 を す る こ と,⑪ 土 地 改 良 事 業 を 継 続 す る こ と,⑫ 本 年 度 供 米 完 遂 に伴 う保 有 量 の 不 足 に対 して は地 方 事 務 所 と連 絡 の 上 特 に考 慮 を 払 う こ と,⑫ 彦 根 市 に国 民 健 康 保 険 が 実 施 され る まで 現 在 実 施 中の 本 村 国 民 健 康 保 険 は組 合 組 織 に変 更 継 続 す る につ き,そ の 専 任 職 員 は市 吏 員 を 充 当 させ る こ と, ⑭ 宇 曽川 地 先 を 観 光 地 に指 定 し適 当 な 施 設 を す る こ と,⑮ 公 民 館 の 内 容 を 充 実 し文 化 の 向 一66(66)一.
(11) 「昭和の合併」の受容過程(岡 田) 上 を 図 る こ との 都 合15点 で あ った 。 これ に対 して,彦 根 市 側 か らは,① 六 三 制 整 備 の た め に要 す る税 外 負担 金 と して金200万 円を 彦 根 市 に提 供 す る こ と,② 合 併 まで に 日夏 村 の 債 務 は 日夏 村 で 処 理 す る こ と,た だ し 長 期 債 務 は市 に引 き継 ぐこ と,③ 村 吏 員 を 整 理 し,吏 員 の 退 職 を 勧 奨 し,引 継 吏 員 を 少 な くす る こ と,④ 現 に実 施 中の 日夏 村 国 民 健 康 保 険 は本 市 の 行 政 と分 離 し組 合 組 織 に変 更 す る こ と,し た が って 組 合 専 任 職 員 につ いて は市 吏 員 を 充 当 しな い こ と,⑤ 議 会 議 員 の 総 選 挙 まで 日夏 村 の 問 題 に対 して 交 渉 連 絡 を 図 るた あ に委 員3名 を 選 定 す る こ と等 が,合 併 条 件 と して 提 示 され た 。 村 役 員 の 削 減 や 支 所 設 置,小. 中学 校 の 負 担 金 問 題,村 長 や 村 議 会 議. 員 の 取 り扱 い方 が,主 要 な 調 整 課 題 とな った が,結 局,日 夏 村 の 区 域 を 日夏 町 と設 定 し, 財 産 区 を 認 め た うえ で,学 校 整 備 費 を 分 割 で 村 側 が 支 払 い,他 の 地 域 と同 様 に支 所 で はな く出張 所 を 設 け,中 学 校 舎 の 建 設 は市 に一 任 す る こ とで,合 意 を み る。 こ う して,日 夏 村 は1950年4月1日. に彦 根 市 に編 入 合 併 す る(⑤ 。. 1.2.2.鳥 居 本 村 の編 入 合 併 日夏 村 に続 き,小 林 郁 彦 根 市 長 は坂 田郡 鳥 居 本 村 と犬 上 郡 高 宮 町 との 合 併 に よ って5万 人 都 市 を あ ざ した 。 高 宮 町 の 方 は町 内 で 議 論 が 分 か れ た が,鳥 居 本 村 は 中学 校 建 設 問 題 を 抱 え て いた た め,当 時 の 西 村 四 郎 村 長 らは,1952年1月. の 彦 根 市 側 か らの 合 併 申 し入 れ に. 積 極 的 に応 え た 。 鳥 居 本 村 は,人 口 は4千 人 近 くで あ るが,山 村 部 を 含 あ 広 大 な 面 積 に集 落 が 点 在 して お り,独 自の 中学 校 建 設 を 村 民 の 多 くが 要 望 して いた 。 しか しな が ら,財 政 力 も乏 し く,同 じ郡 内 の 米 原 町 に 組 合 立 の 中 学 校 を 設 け,そ こに通 う中学 生 が い る一 方 で, 彦 根 の 中学 校 に通 う生 徒 もお り,単 独 中学 校 建 設 が 望 まれ て いた の で あ る。 鳥 居 本 村 は,米 原 町 に隣 接 す る地 域 と彦 根 市 に隣 接 す る地 域 で は,住 民 の 意 識 が 異 な っ て お り,集 落 ご との 公 聴 会 開 催 を 経 て,合 併 に関 す る住 民 投 票 を 実 施 す る。52年2月18日 に実 施 さ れ た住 民 投 票 の結 果 は,(彦 根 市 との)合 併 賛 成1,203票,米 票,単 独 と して の 現 状 維 持 賛 成660票,そ. 原 町 との 合 併 賛 成76. の他 及 び棄 権101票 で,彦 根 市 との 合 併 賛 成 票 が. 過 半 数 を 超 え る。 これ を もと に,鳥 居 本 村 は彦 根 市 に正 式 に合 併 交 渉 を 申 し入 れ,彦 根 市 議 会 もこれ を 了 解 し,同 年3月1日. に第 一 回 交 渉 委 員 会 が 開 催 され る⑯。. 鳥 居 本 村 か らは,村 有 財 産 お よ び部 落 有 財 産 は 旧鳥 居 本 村 で 管 理 し,そ の 収 入 は関 係 区 の 事 業 費 に充 て る こ と,鳥 居 本 で 独 立 中学 校 を 建 設 す る こ と,役 場 を 支 所 と して 永 久 に存 置 す る こ と,森 林 組 合 を 市 に設 置 す る こ と,市 議 会 へ の 代 表 者 を4名 道 路 ・河 川 整 備 を す る こ とな ど,合 計7項. とす る こ と,村 内 の. 目の 合 併 希 望 条 件 が 提 示 され た 。 交 渉 委 員 会 で. 一67(67)一.
(12) 第7巻 は,こ れ らの 条 件 を 審 議 し,早 く も3月9日. 第1号 に は,合 併 実 施 方 法 の 合 意 を み る。 懸 案 の 中. 学 校 につ いて は,鳥 居 本 中学 校 を 建 設 す る こ と と され た が,財 政 危 機 の た め 当 面 は6学 級 の み と され た 。 また,村 有 財 産 は市 財 産 に,部 落 有 財 産 は財 産 区 と して 市 長 が 管 理 す る こ と と した 。 森 林 組 合 は現 状 の ま ま と した が,村 役 場 は支 所 と し,従 来 どお り字 ご と に事 務 派 出員 や 農 事 派 出員 が 設 け られ た 。 市 議 会 との 関 係 で は,次 期 市 議 会 選 挙 まで,村 議 会 議 員4人 を 交 渉 連 絡 委 員 にす る こ とで 合 意 を み た 。 こ う して,1952年4月1日. に合 併 が 実 施. され た の で あ るq7)。 以 上 見 て きた よ う に,「昭 和 の合 併 」以 前 の 日夏 村 及 び鳥 居 本 村 との 合 併 が 進 め られ た 最 大 の 要 因 は,小 規 模 村 側 に 中学 校 建 設 を め ぐる財 政 難 が あ った こ と に求 め られ る。 これ に 彦 根 市 側 の5万 人 都 市 構 想 の 思 惑 が 合 致 し,わ ず か の 期 間 に一 気 に合 併 が 決 め られ た と い え よ う。 た だ し,合 併 され た2村 の 方 で は,村 役 場 の 支 所 機 能 や 職 員 配 置,市 議 会 へ の 代 表 権 等 を で き るだ け残 す こ とを 要 求 して い る もの の,彦 根 市 側 は財 政 危 機 の な か に あ りそ の 要 求 に満 足 に応 え る こ とが で きな い と い う矛 盾 が 横 た わ って いた 。 この 矛 盾 は,時 間 を 経 て 表 面 化 す る こ と にな る。. 2.「 昭 和 の 合 併 」 と再 度 の 財 政 再 建 勧 告. 2.1.「 昭 和 の 合併 」 と彦 根市 2.1.1.町 村 合 併 促 進 法 と滋 賀 県 合 併 促 進 基 本 計 画 1953年9月,町 概 ね3分. 村 合 併 促 進 法 が 公布 され る。 政 府 は,閣 議 決 定 で 今 後3年 間 に町 村 数 を. の1(9,622町. 村 か ら3,373町 村 へ)に 減 らす こ とを 目標 に,都 道 府 県 単 位 で の 市. 町 村 合 併 促 進 体 制 の 強 化 を はか った 。 そ の 背 景 に は,市 町 村 にお いて は 中学 校 の 建 設,維 持 及 び 自治 体 警 察 設 置 に と もな う財 政 的 負 担 が 大 きか った た め に,彦 根 市 の よ うな 財 政 赤 字 団体 が 増 加 した こ とが あ った。 政 府 は,国 の地 方 財 政 支 出 を 削 減 す るた め に も,人 口 8,000人 未 満 の小 規 模 自治 体 の 統 廃 合 を強 力 に推 進 す る体 制 を整 え た の で あ る。 これ が, 「昭和 の合 併 」 で あ る。 結 果 的 に,町 村 数 は3年 後 に全 国 で3,477に まで 減 少 した。 滋 賀 県 は,町 村 合 併 促 進 法 に基 づ き,53年11月. に合 併 促 進 審 議 会 を 設 置 し,政 府 が 決 定. した 町 村 合 併 促 進 基 本 計 画 に基 づ いて,滋 賀 県 の 合 併 計 画 の 策 定 を 行 った 。 同 審 議 会 か ら の 答 申 を受 けて54年3月. に 公 表 さ れ た滋 賀 県 案 は,160市. 町 村(53年11月1日. 時 点)を45. 市 町 村 に統 廃 合 す る もの で あ り,「 中 央 の 示 した 基 準 よ り もか な り規 模 の 大 き い もの で あ った 」q8)。 そ の なか に,彦 根 市 と河 瀬 村,亀 山 村,高 宮 町 の合 併 計 画 が盛 り込 ま れ て い た。 -68(68)一.
(13) 「昭和の合併」の受容過程(岡 田) 同 計 画 に基 づ いて,滋 賀 県 内 の 合 併 は急 速 にす す め られ,一 部 計 画 と異 な る合 併 パ ター ン や 合 併 反 対 運 動 もあ った が,町 村 合 併 促 進 法 の 期 限 が 終 了 した56年9月 町10村,都. 末 時 点 で,6市41. 合57市 町 村 に集 約 され る こ と にな った 。 この と き,後 述 す る よ う に彦 根 市 が 河. 瀬 村 及 び亀 山村 と合 併 した の で あ る。 な お,町 村 合 併 促 進 法 が 期 限 切 れ を 迎 え るな か で,未 合 併 町 村 を 解 消 す るた あ に,1956 年10月 か ら新 市 町 村 建 設 促 進 法 が 施 行 され る。 同 法 に基 づ いて,彦 根 市 と高 宮 町 との 合 併 が な され る⑲。. 2.1.2.河 瀬 村 ・亀 山村 の編 入 合 併 河 瀬 村 お よ び亀 山村 か らは,町 村 合 併 促 進 法 が 制 定 され る以 前 か ら,彦 根 市 に対 して 合 併 の 希 望 が な され て いた 。1951年3月. に は亀 山村 村 長 と河 瀬 村 村 長 が 相 次 いで 小 林 郁 市 長. を 訪 ね,合 併 の 申 し入 れ を 行 った。 しか し,市 長 や市 議 選 が 目前 に控 え て い た こ と もあ り, 市 議 会 の 方 は気 乗 り薄 で,合 併 協 議 の 具 体 化 に は いた らな か った ⑫ ①。 1953年12月 に入 り,再 び,亀 山村 村 長 お よ び村 議 会 議 長 か ら,編 入 合 併 へ の 申 し入 れ が, 4月 に 当選 した ばか りの井 伊 直 愛 彦 根 市 長 あ て にな され る。 そ こで は,「 隣 村 日夏 村 にお き ま して は貴 市 へ の 編 入 に よ り其 後 着 々文 化 の 向 上 と民 生 の 安 定 に寄 与 致 され つ つ あ りま す と き,風 俗 民 情 と もに多 少 相 似 せ る本 村 も是 非 此 際 寛 大 な る御 包 含 の 精 神 に もとつ か れ ま して,そ の 行 政 区 域 を 全 面 的 に編 入 」 す る こ とを 強 く要 望 して いた 。 しか し,こ の と き の 井 伊 市 長 の 回 答 は,「 各 々 が 自主 的 合 併 を す る場 合 は,町 村 合 併 促 進 法 の適 用 を 受 け ら れ 」 ず,「 現 在 県 にお い て計 画 中 の 町 村 合 併 計 画 の 勧 告 に基 づ か な けれ ば,話 を進 め て も 将 来 にお いて 損 失 を 招 く虞 が 」 あ るの で,今 直 ち に回 答 す る こ とが で きな い と い う もの で あ った ⑫D。 彦 根 市 で は,1954年1月. に隣 接 町 村 合 併 調 査 委 員 会 を 設 け,高 宮 町,河 瀬 村,亀. 山村 だ. けで はな く多 賀 町 との 合 併 の 可 能 性 も検 討 して い く。 高 宮 町 で は,彦 根 市 よ り も同 一 水 系 とな る多 賀 町 との 合 併 を 望 む 声 が 強 か った が,多 賀 町 の 方 は大 滝 村 お よ び脇 力畑 村 との 合 併 を い ち早 く成 し遂 げ る。 こ う して 町 村 合 併 促 進 法 の 期 限 切 れ が 近 づ く中で,56年8月 旬,あ. らた あ て 河 瀬 村 村 長,亀. 山村 村 長 が,別. こ と にな った 。 これ を 受 けて,8月20日. 上. 々 に彦 根 市 長 を 訪 問 し,合 併 を 申 し入 れ る. 以 降,彦 根 市 と両 村 との 合 併 交 渉 委 員 会 が 個 別 に. 開 催 され,合 併 条 件 の す り合 わ せ が な され て い く。 河 瀬 村 か らの 要 望 事 項 と して,市 議 会 へ の 代 議 員 を5名. とす る こ と,支 所 を で き るだ け長 く残 す こ と,河 瀬,亀. 山両 村 に校 舎 が. あ る組 合 立 犬 上 西 中学 校 を 市 立 中 学 と し 「最 近 に お い て最 も理 想 的 な 場 所 に建 設 す る こ 一69(69)一.
(14) 第7巻. 第1号. と」,環 境 改 善 事 業 を 行 な う こ と,河 瀬 駅 の発 展 策 と して工 場 誘 致 等 を 図 る こ とが,提 起 さ れ た 。 この こ と は,税 収 拡 大 を ね らう彦 根 市 に と って も利 害 が 一 致 す る と こ ろで あ った 。 また,亀. 山村 か ら も,支 所 の 設 置 や,村 農 業 委 員 会 の 存 続,中 学 校 の 校 区 を 南 中学 校 区 と. す る こ と,現 在 建 設 中の 村 道 の 工 事 を 継 続 し,宇 曽川 改 修 を 促 進 す る こ とな どが 合 併 条 件 と して 提 出 され た 。 彦 根 市 側 は,財 政 再 建 過 程 に あ る こ とか ら,市 議 会 へ の 代 議 員 数 の 縮 減 や,支 所 の 設 置 につ いて は当 面 は行 う もの の 将 来 的 に は廃 止 もあ りう る こ と等 の 厳 しい 回 答 が な され る⑫ ⑳。 交 渉 が ま と ま った 直 後 の8月29日 瀬 村,亀. に は,彦 根 市 で は 臨 時市 議 会 が召 集 され,「彦 根 市,河. 山村 合 併 推 進 協 議 会 」 の 設 置 が 承 認 され る。 同 協 議 会 は,町 村 合 併 推 進 法 に基 づ. いて,新 市 建 設 計 画 の 策 定 そ の 他 町 村 合 併 に必 要 な 調 査 と協 議 を 行 な う組 織 で あ り,委 員 は市 町 村 長 が 議 会 の 同 意 を 得 て 選 定 され た 。9月1日. に,県 か ら高 宮 町 を 含 む3町 村 と彦. 根 市 との 合 併 勧 告 が な され るが,高 宮 町 の 同 意 が 得 られ な いた め,彦 根 市 と河 瀬,亀 村 との 合 併 枠 組 み が 決 定 し,9月2日. 山両. に第 一 回 の 合 併 推 進 協 議 会 が 開 催 され る。 協 議 会 で. は,中 学 校 校 舎 の 「新 築 」,「整 備 」 等 の 表 現 を め ぐって 一 部 紛 糾 した が,結 局 「教 育 の 機 会 均 等 を 尊 重 し,老 朽 校 舎 等 の 整 備 につ いて は充 分 な る考 慮 を 払 う と共 に将 来,新 彦 根 市 を 一 丸 と した理 想 的 学 校 配 置 の早 期 実 現 に 努 め る」 とい う表 記 で 合 意 に い た る㈱。 これ に 加 え,市 議 会 代 議 員 数 を 河 瀬 村3名,亀. 山村1名. と し,支 所 は現 村 役 場 に 「で き る限 り永. く」 設 け る こ とな どを 盛 り込 ん だ 合 併 協 定 が,9月4日 瀬 村 及 び亀 山村 の 廃 止 編 入 につ いて 」 の 議 案 が,3つ. に調 印 され,8日. に は 「犬 上 郡 河. の 議 会 で 可 決 を み,森 幸 太 郎 滋 賀 県. 知 事 に9月 末 日付 けで の 彦 根 市 へ の 両 村 編 入 処 分 が 申請 され,こ れ が 認 あ られ る⑫ の。. 2.1.3.高 宮 町 の編 入 合 併 す で に述 べ た よ う に,高 宮 町 は町 村 合 併 推 進 法 に もとつ く合 併 が 困 難 な 状 態 に追 い込 ま れ て いた 。 古 くか ら麻 布 産 地 と して 商 工 業 が 自律 的 に発 展 して いた 同 町 で は,町 政 指 導 層 にお いて 合 併 反 対 派 の 発 言 力 も強 く,合 併 推 進 派 との 対 立 が 激 しか った 。 町 村 合 併 推 進 法 が 期 限 切 れ を 迎 え,新 市 町 村 建 設 促 進 法 が 施 行 され るな か で,1956年10月,高. 宮町議会で. は外 村 茂 町 長 に対 す る不 信 任 決 議 案 が 可 決 され,町 長 の 手 に よ って 町 議 会 の 解 散 が な され る。12月 に 町議 会 の改 選 が 行 な わ れ る な か で,合 併 推 進 体 制 が 固 ま って い った。57年1 月,滋 賀 県 は再 び彦 根 市 と高 宮 町 との 合 併 を 勧 告 す る に いた り,3月 合 併 交 渉 委 員 懇 談 会 が 開 催 され,以 後3回. 初 旬 に両 市 町 に よ る. にわ た る交 渉 を 経 て,3月22日. に高 宮 町 議 会,. 23日 に彦 根 市 議 会 で 編 入 合 併 議 案 が 議 決 され る に い た る。 こ の後,合 併 交 渉 委 員 会 は地 方 一70(70)一.
(15) 「昭和の合併」の受容過程(岡 田) 自治 法 に もとつ く合 併 促 進 協 議 会 に切 り替 え られ,合 併 協 定 書 の 調 印 もな され て,滋 賀 県 に合 併 を 申請 す る。 この 結 果,4月3日. 付 で 犬 上 郡 高 宮 町 は廃 止 され,彦 根 市 に編 入 合 併. され る こ と とな った ㈲。 彦 根 市 と高 宮 町 との 合 併 協 定 書 にお いて も,町 役 場 にお いて 支 所 を 設 置 す る こ と,市 議 会 代 議 員 を2名. とす る こ と等 が 盛 り込 まれ た が,最 大 の 懸 案 事 項 で あ る小 中学 校 の 施 設 整. 備 につ いて は,「小 中学 校 老 朽 校 舎 の増 改 新 築 並 び に諸 施 設 の整 備 につ い て は,新 市 教 育 行 政 の 一 環 と して 考 慮 す る必 要 が あ るの で,新 市 諸 般 の 状 勢 を 検 討 し逐 次 実 施 す る と と もに 理 想 的 学 校 配 置 の 早 期 実 現 に努 め る」 と い う抽 象 的 表 現 に留 ま った 。 しか も,付 帯 の 「覚 書 」 に お い て は,「 現 高 宮 町立 高 宮 中学 校 校 舎 の 転 用 を必 要 とす る場 合,指 定 寄 附 され た 校 舎 につ いて は寄 附 者 の 意 思 を 尊 重 して 転 用 を 図 る もの とす る」 と され,後. に教 育 委 員 会. が,高 宮 中学 校 と河 瀬 中学 校 の 廃 止 と南 中学 校 へ の 統 合 案 を 提 起 した 際 に,同 盟 休 校 が 起 こ る ほ どの 強 い反 対 運 動 が 高 宮 地 区 で 生 じた 問 題 の 火 種 とな る㈱。 以 上 の 過 程 か らわ か る よ う に,「昭 和 の合 併 」とそ の 後 処 理 と もいえ る町 村 合 併 促 進 法 の 下 で,第 一 に県 に よ る合 併 推 進 が,合 併 協 議 を す す め て い くうえ で 大 きな 役 割 を 果 た して いた こ と,第 二 に各 町 村 内 部 で は,や は り中学 校 の 建 設 あ る い は小 学 校 の 建 替 え 問 題 が 決 定 的 に重 要 な 要 因 とな って いた こ とが,確 認 で き る。 また,彦 根 市 側 も,人 口5万 人 構想 を す す め るた め に,財 政 再 建 過 程 で は あ る もの の,あ. る い はそ れ を 理 由 に支 所 の 存 続 や 職. 員 配 置 に難 色 を 示 しな が ら,合 併 に応 じた こ とが わ か る。. 2.2.再. 度 の 財 政 再 建 勧 告 と 自主 再 建. 2.2.1.再 度 の財 政 再 建 勧 告 彦 根 市 は,前 述 した よ う に1952年 に地 方 財 政 委 員 会 か ら財 政 再 建 勧 告 を 受 け,財 政 状 況 の 改 善 に取 り組 ん で いた 。 しか し,合 併 に と もな う 中学 校 建 設 費 な ど必 要 な 出費 に加 え, 53年 に は 台 風13号 に よ る災 害 復 旧費 が 重 な り,財 政 赤 字 は む しろ増 加 す る こ と に な った (図2)。. この 結 果,1954年12月. に,再 び 自治 庁(の. ちの 自治 省)か. ら,財 政 再 建 勧 告 を 受. け る。 これ は,彦 根 市 だ け の こ とで は な く,1954年 度 の 実 質 赤 字 自治 体 は,360市 に達 して いた 。 政 府 に よ る地 方 財 政 支 出の 抑 制 策 と,市 町 村 合 併 に と もな う交 付 金 削 減 に よ る と こ ろが 大 きか った 。 この た め,政 府 は,55年12月. に,地 方 財 政 再 建 促 進 特 別 法 を 公 布 し,地. 方 財 政 の 立 て 直 しに着 手 す る。 彦 根 市 で は,政 府 の 政 策 動 向 を 見 な が ら,1955年 度 を 初 年 度 とす る 自主 再 建6力 年 計 画 を 策 定 す るが,55年12月. に地 方 財 政 再 建 促 進 特 別 措 置 法 が 公 布 され た こ と に よ り,政 府 の 一71(71)一.
(16) 第7巻. 第1号. ■最入 ■能出 ロ単純 収支. 資 料:『 彦 根1959」. 図2彦 根 市 一 般 会 計 の財 政 収 支 彦 根 市 役 所,中 村 直 勝 編 『彦 根 市 史 』 下 。. 管 理 下 にお け る財 政 再 建 か,あ 長 は,56年5月. る い は 自主 再 建 か の 選 択 が 迫 られ る こ と にな った 。 井 伊 市. 開 催 の 市 議 会 にお いて,こ れ まで どお り自主 再 建 の 方 針 で 自治 長 官 に 申 し. 出 る こ と(法 第 二 十 二 条 に もとつ く自主 再 建 団 体)を 提 案 し,議 会 の 了 解 を え る。 自主 再 建 方 針 を と った 主 な 理 由 は,政 府 の 管 理 下 に入 る財 政 再 建 団 体 にな った 場 合,地 方 債 の 発 行 や 短 期 借 入 金 等 につ いて 政 府 の 統 制 や 監 督 権 限 が 働 き,地 方 自治 体 と して の 自主 性 が 失 わ れ て しま う危 険 性 が あ る こ と と,財 政 収 支 の 見 通 しが 好 転 し,市 民 の 福 祉 向 上 の た あ に あ る程 度 の 財 源 を 運 用 す る こ とが 可 能 にな った と判 断 した か らで あ った ⑳。. 2.2.2.自. 主 再 建 の 完 了 と住 民 の 負 担 増. こ う して,同. 年9月. に,彦. 根 市 の 財 政 再 建 構想 は,自. の 再 建 構 想 の 主 要 な 内 容 は,以. 治 庁 の 承 認 を 得 る こ と にな る。 そ. 下 の と お りで あ っ た ㈱。. ① 市 議 会 議 員 の 定 員 を30名 か ら24名 にす る。 ② 戸 籍 課 を 庶 務 課 に統 合 し,財 務 課 を 新 設 し,支 所 の 事 務 を 逐 次 本 庁 に移 す 。 ③ 希 望 退 職 を 募 り,人 員 を 整 理 す る(1955年 3名,57年. 度. 度34名)。 ④ 消 費 的 経 費 は必 要 最 小 限 に切 り詰 め,投 資 的 経 費 につ いて は継. 続 事 業,緊 急 事 業 の ほか は極 力 抑 制 し,か つ 財 源 を 確 保 した 後 執 行 す る。 例 え ば,工 場 設 置 奨 励 条 例,商 店 街 美 化 奨 励 条 例 等 を 廃 止 す るな ど極 力 補 助 金 事 業 を 抑 え,単 独 一72(72)一.
(17) 「昭和の合併」の受容過程(岡 田) 事 業 につ いて は地 元 負 担 を 求 め る。 そ の 他 の 補 助 金,寄 付 金,負 担 金 の 削 減 。 職 員 の 定 期 昇 給 期 間 繰 り下 げ,文 具 手 当 て の 廃 止,旅 費 の 節 約 と 出張 規 制 強 化 。 ⑤ 一 時 借 入 金 を で き るだ け回 避 す る。 ⑥ 市 税 を 確 保 す るた め に,徴 税 率 と法 人 均 等 割 税 率 の 引 き 上 げを 行 う。 ⑦ 使 用 料 当 の 料 率 を 引 き上 げ,不 要 財 産 を 処 分 す る。 例 え ば,保 育 料 月 額 は,幼 稚 園400円 を500円 に,保 育 園500円 を640円 に,証 明 手 数 料 等 を1件30円. から. 50円 に引 き上 げ る。. 以 上 の よ うな 行 政 組 織,議 会,住 民 サ ー ビス に関 わ る行 財 政 改 革 の 結 果,1958年 単 純 収 支 の 黒 字 化 が 実 現 す る。 表5は,財. 度 には. 政 収 支 の 改 善 状 況 を 費 目 ご との 増 減 額 を 比 較 し. な が ら示 して い る。 歳 入 面 で は,地 方 債 発 行 を 極 力 抑 制 し,代 わ って 市 税 や 各 種 手 数 料 ・ 料 金 の 引 き上 げ,そ. して 寄 付 金 な どの 「そ の 他 」 資 金 に加 え,国. ・県 の 支 出金,地 方 交 付. 税 の 増 額 に よ って,9,642万 円余 りの増 収 を得 た。 こ れ に対 して,支 出面 で は周 辺 町 村 との. 表5財 1956年. 歳. 出. 投資的経費 普通建設事業 補助分 単独分 災害復旧事業 失業対策事業 公債費 その他 歳出合計B 単 純 収 支A-B. 資料. 1958年. 209,235. 度. 222,788. 単 位:千 円. 増減額 32,534. 1,121. 7,297. 10,468. 9,347. 60,089. 57,436. 80,538. 20,449. 9,000. 17,500. 6,500. 57,895. 75,840. 94,487. 増加寄与率. ▲2,500 36,592. -1⊥. 物件費 その他. 190,254. 度. 一. 入. 1957年. % % % % % % 4 ∩∪ 1 1 90 8 ∩∪ 90 1 り乙 9﹂ 0. 歳. 市 税 地方交付税 国県支出金 地方債 その他 歳入合計A 消費的経費 人件費 基本給 その他. 政再建計画遂行時の年度別決算 度. 318,359. 368,308. 414,781. 96,422. 173,673. 200,827. 203,657. 29,984. 57%. 81,389. 109,913. 103,579. 22,190. 42%. 54,892. 67,635. 66,730. 11,838. 23%. 26,497. 42,278. 36,849. 10,352. 20%. 46,741. 43,244. 52,616. 5,875. 11%. 45,543. 47,670. 47,462. 1,919. 4%. 90,756. 122,994. 169,945. 79,189. 151%. 70,489. 105,423. 142,134. 71,645. 137%. 41,480. 38,630. 88,928. 47,448. 91%. 29,009. 66,793. 53,206. 24,197. 46%. 3,178. 0. 3,329. 151. 17,089. 17,571. 24,482. 31,761. 17,328. 17,769. ▲13,992. 33,335. 12,885. ▲43,299. 56,184 351,834 ▲33,475. 中 村 直 勝 編 「彦 根 市 史 」 下,630ペ. 380,484 ▲12,176. 404,256 10,525. 7,393. 52,422. 0% 14% -27% -83% 100%. 44,000. ー ジ。. 注;増 減 額 は,昭 和31年 度 と33年 度 の 差 額 を 指 し,増 加 寄 与 率 は,こ の 間 の 歳 入,歳 出 増 加 額 合 計 に 対 す る各 費 目の 増 減 額 の 比 率 を 示 して い る。 -73(73)一.
(18) 第7巻. 第1号. 合 併 に よ って 中学 校 建 設 等 の 普 通 建 設 事 業 費 が 大 き く増 額 した もの の,公 債 費 や 各 種 団 体 補 助 金 等 の 「そ の 他 」 支 出を 大 幅 に削 減 した うえ で,1957年. 度 か ら58年 度 にか けて 人 件 費. や 物 件 費 を 極 力 抑 制 し,歳 出総 額 の伸 び を5,242万 円 に留 め た こ とが 大 き な 要 因 とな って い る。 と は いえ,財 政 再 建 に関 わ る住 民 負 担 の 増 大 に対 して は,市 議 会 にお いて 反 対 意 見 も表 明 され た 。1958年3月. 議 会 にお いて,宮 下 勉 議 員 は,国 民 健 康 保 険 税 の3割 値 上 げ と都 市. 計 画 税 の 新 設 に対 して,明 確 な 反 対 討 論 を 行 な った 。 前 者 につ いて は均 等 割 の 税 率 引 き上 げ に よ って,収 入 の 少 な い一 番 苦 しい階 層 の 市 民 が 倍 以 上 の 値 上 げ にな る可 能 性 が あ る こ と,後 者 につ いて は新 規 の 都 市 計 画 事 業 が な い に もか か わ らず 新 税 を 課 す の はお か しい と い うの が,そ の 理 由で あ った 。 しか し,こ れ は少 数 意 見 で あ り,市 提 案 内 容 は認 め られ, 財 政 再 建 が 粛 々 と進 め られ た の で あ る。 この 結 果,1959年3月. の 市 議 会 にお いて,井 伊 市. 長 は,58年 度 末 を もって,財 政 再 建 の 「宿 願 を 達 成 で き る状 態 に到 達 」 した こ とを 報 告 す る と と もに,1959年 度 予 算 もこ れ ま で以 上 に緊 縮 し,重 点 配 分 を行 な う姿 勢 を表 明 した㈲。 つ ま り,彦 根 市 の1950年 代 末 で の 財 政 再 建 過 程 で は,職 員 数 の 削 減 や 支 所 機 能 の 縮 減 に 加 え,議 員 数 の 削 減 もな され た 。 周 辺 町 村 の 財 源 も吸 収 しな が ら,行 政 経 費 を 一 気 に縮 減 す る一 方 で,住 民 の 負 担 を 増 や す な か で,「 財 政 再 建 」 を や り とげ た の で あ る。 支 所 の 廃 止 や 同 機 能 の 縮 小 に象 徴 され る周 辺 部 へ の 行 政 投 資 の 削 減 は,そ の 後,と. くに. 目立 った 投 資 が な され な か った 鳥 居 本 地 区 な どで,長 期 にわ た って 住 民 の 不 満 を 蓄 積 して い くこ と にな る。2003年4月. の 市 長 選 挙 を 前 に,朝. 日新 聞 地 元 版 が 組 ん だ 特 集 記 事 の な か. で,「合 併 のつ け」と い う3回 にわ た る連 載 記 事 が 掲 載 され た 。 市 が 鳥 居 本 地 区 に一 般 廃 棄 物 最 終 処 分 場 を 建 設 す る と い う提 案 した こ と に対 して,同 地 区 の 住 民 が 「市 は汚 い もの だ けを 押 しつ け よ う と して い る」 と反 発 した の で あ る。 自治 会 連 合 会 会 長 が 合 併 時 を 振 り返 り,「人 口が5万 人 を超 す と国 か らの交 付 税 が 増 え る。 そ れ が ね ら い の合 併 だ った 。 反 対 派 もあ った が,当 時 鳥 居 本 地 区 にな か った 中学 校 を 建 て る と い う こ とで 応 じた 。40年 が 過 ぎた が,こ の 間 あ ま り恩 恵 が な か った 。 そ の 不 満 が,い. お. わ. り. ま噴 き 出 した 」 と述 べ て い る⑳。. に. 以 上,「昭 和 の合 併 」期 を 中心 と した 彦 根 市 と周 辺 町 村 の 合 併 過 程 を 検 討 して きた 。 シ ャ ウ プ勧 告 期 にお け る 日夏 村 及 び鳥 居 本 村 の 合 併,「昭 和 の合 併 」にお け る河 瀬 村 及 び亀 山村 の 合 併,そ の 後 の 町 村 合 併 促 進 法 期 にお け る高 宮 町 との 合 併 の いず れ にお いて も共 通 して 一74(74)一.
(19) 「昭和の合併」の受容過程(岡 田) いた の は,中 学 校 の 建 設 ・運 営 費 や 小 学 校 の 整 備 費 を 調 達 しえ な い人 口小 規 模 町 村 の 財 政 力 の 弱 さが 合 併 を 受 け容 れ る最 大 要 因 で あ った こ とで あ る。 高 宮 町 で は,反 発 が あ った と は いえ,国 や 滋 賀 県 の 合 併 推 進 策 の 後 押 しに よ って 合 併 が 進 め られ た 形 にな って いた 。 他 方 で,彦 根 市 側 にお いて は,周 辺 町 村 を 救 済 す る よ うな 財 政 余 力 はな く,む しろ財 政 再 建 勧 告 を2度. にわ た って 受 け るな ど,深 刻 な 財 政 危 機 に あ った 。 この 財 政 危 機 が,市 町. 村 合 併 の 促 進 要 因 の ひ とつ にな った こ と も明 らか にな った 。 す な わ ち,合 併 に よ って 人 口 を 増 や す こ とで 市 税 や 交 付 税 の 増 収 が 期 待 で き る ほか,企 業 誘 致 を 行 な うた あ の 土 地 の 確 保 が 可 能 にな るか らで あ る。 だ が,財 政 危 機 を 解 決 す るた め に は,周 辺 町 村 を 合 併 した 後 に,行 財 政 改 革 を 行 な う必 要 が あ った 。 そ れ は,何 よ り も職 員 数 や 議 員 数 の 削 減,支 所 機 能 の 縮 小 な どを 必 然 化 す る と と もに,住 民 の 負 担 の 増 大 を 求 め る こ と とな った 。 この こ と は,合 併 時 の 旧町 村 の 住 民 の 要 望 で あ った,支 所 機 能 の 存 続 や,そ れ に必 要 な 職 員 の 配 置,市 議 会 で の 一 定 の 発 言 の 場 の 確 保 と い った 行 政 サ ー ビスや 住 民 自治 機 能 を 削 ぎ落 とす こ とを 意 味 した 。 そ の よ うな 旧町 村 住 民 の 不 満 は,合 併 後40年 経 過 した の ち も,条 件 不 利 地 域 で 行 政 投 資 か ら取 り残 され て きた 鳥 居 本 地 区 な どで 根 深 く存 在 して い る こ とが 確 認 で きた 。 市 町 村 合 併 に よ る広 域 自治 体 の 形 成 と行 政 領 域 の 拡 大 は,確 か に,市 役 所 の 行 財 政 と い う狭 い範 囲 で 見 る限 り,財 政 や 職 員 の 「合 理 化 」 や 「効 率 化 」 を 図 り,財 政 再 建 に寄 与 す る こ と にな った が,住 民,と. りわ け行 政 投 資 か ら見 放 され た 周 辺 部 の 住 民 に と って は行 政. サ ー ビス や住 民 自治 機 能 の低 下 と い う 問題 を 引 き起 こ した の で あ る。 これ は,「 昭 和 の 合 併 」期 に お いて も,も っぱ ら行 財 政 の効 率 化 の視 点 か ら,「住 民 の 生 活 領 域 」を 超 え る 「行 政 領 域 」 の 設 定 が な され た た め に,そ の 矛 盾 が 表 面 化 して いた こ とを 意 味 したGl)。. 追. 記. 本 論 文 は,著 者 が 関 わ って い る新 修 彦 根 市 史 編 纂 事 業 を 通 して 得 た 史 料 や 知 見 を 基 に書 い た もの で あ る。 彦 根 市 史 現 代 史 部 会 の 上 野 輝 将 先 生 を は じめ とす る委 員 及 び 編 纂 室 の 皆 さん にお 礼 を 申 し上 げ た い。 思 い 返 せ ば,私 が 自治 体 史 の 編 纂 事 業 に初 め て 参 加 した の は 四 日市 市 史 で あ った 。 そ の 折 に先 達 で あ る武 知 京 三 先 生 か ら多 くの ご教 示 を い た だ き,今 に至 って い る。 先 生 の 学 恩 に改 め て 感 謝 す る 次 第 で あ る。. 注. (1)島. 恭 彦 編 『町 村 合 併 と 農 村 の 変 貌 』 有 斐 閣,1958年,3ペ 一75(75)一. ー ジ 。 な お,「 平 成 の 合 併 」.
(20) 第7巻 の 歴 史 的 意 義 に つ い て は,岡. 田知弘. 学 研 究 』 第843号,2008年8月 (2)山. 田公平. 2002年,参. 第1号. 「『平 成 の 大 合 併 』 ・道 州 制 論 の 歴 史 的 位 置 」 『歴 史. を,参. 照 さ れ た い。. 「市 町 村 合 併 の 歴 史 的 考 察 」 室 井 力 編. 『現 代 自 治 体 再 編 論 』 日 本 評 論 社,. 照。. (3)彦. 根 市 史 編 集 委 員 会 『新 修 彦 根 市 史 』 第3巻. (4)彦. 根 市r彦. (5)本. 間 正 夫 『市 制 五 十 年 の 軌 跡 』 近 江 同 盟 新 聞 社,1986年. (6)彦. 根 市 史 編 さ ん 事 務 所 『彦 根 百 年 譜 稿 』1961年. (7)彦. 根 市 史 編 集 委 員 会r新. 史 料 編 と 略 す),518ペ (8)同 (9)彦 ⑩. 修 彦 根 市 史 』 第9巻. 代,2009年 。. 。. 史 料 編,近. 代2・. 現 代,2005年(以. 下,. 上。 根 市r彦. 根 市 財 政 再 建 計 画 案 』1952年10月. 上,624ペ. ⑫. 史 料 編524ペ. ⑬. 同 上,528ペ. ⑭. 同 上,559ペ. ⑮. 同 上,559ペ 一件書類』 。. 。 ー ジ。. ー ジ。 ー ジ。 ー ジ。 ー ジ。 ー ジ以 下 及 び 彦 根 市 『自 昭 和 二 十 四 年 十 二 月. ⑯. 前 掲 『彦 根 市 史 』 下,534ペ. ⑰. 史 料 編,565ペ. ー ジ,彦. ー ジ,史. 料 編562ペ. 犬 上 郡 日夏 村 合 併 に 関 す る. ー ジ。. 根 市 合 併50周 年 記 念 事 業 実 行 委 員 会. もの が た り一 』2003年,に. 『滋 賀 県 市 町 村 沿 革 史 』 第 一 巻,1967年,284ペ. ⑲. 同 上,287ペ. ⑳. 前 掲 『彦 根 市 史 』 下,535ペ. ⑳. 史 料 編,567ペ. ⑳. 彦 根 市 議 事 係 長r河. ㈱. 同上。. ⑳. 滋 賀 県 彦 根 市 ・滋 賀 県 犬 上 郡 河 瀬 村 ・滋 賀 県 犬 上 郡 亀 山 村. ㈱. 前 掲r彦. 歴 史 と文 化 の. ー ジ。. ㈹. 同 上,537ペ. ー ジ以 下,及. ⑳. 同 上,539ペ. ー ジ以 下 。. ㈱. 前 掲 『彦 根 市 史 』 下,627ペ. ㈲. 史 料 編546ペ. ⑳. 『朝 日新 聞 』2003年4月15日. ー ジ。 ー ジ。. ー ジ以 下 。 瀬 村,亀. 山村 合 併 交 渉 委 員 会 会 議 録 』 綴 。. 根 市 史 』 下,538∼539ペ. 『合 併 に 関 す る 申 請 書 』 綴 。. ー ジ。. び 史 料 編,574ペ ー ジ以 下,参. ー ジ。 照。. ー ジ。 付。. 平 成 の 合 併 」 に お い て は,さ. ら に 大 き な 行 政 領 域 を も つ 基 礎 自治 体 が 数 多 く誕 生 し,. こ の 矛 盾 が 一 層 広 が る こ と に な る 。 詳 し く は,岡 る か 』 自 治 体 研 究 社,2008年,参 が 進 ん だ が,住. 『鳥 居 本. よ る。. ⑱. eD「. 。. 。. ー ジ。. 中 村 直 勝 編 『彦 根 市 史 』 下,1964年,623ペ. (ID同. 通 史 編,近. 根 市 統 計 書 』 平 成20年(2008年)版,2009年. 照 。 な お,彦. 民 ア ンケ ー トの 結 果,合. 田 知 弘 『道 州 制 で 日本 の 未 来 は ひ ら け. 根 市 に お い て も周 辺 自 治 体 と の 合 併 協 議. 併 協 議 を 断 念,市. 一76(76)一. 長 も交 代 す る こ と に な る 。.
(21)
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