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人麻呂歌伝承論

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Academic year: 2021

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(1)平成九年度. 兵庫教育大学大学院修士論文. 人麻呂歌伝承論. 教科領域草葺攻・言語系〒ス︵国語︶.           M96404大 C橋學.

(2) 凡例 、. 原文の漢字は、常用漢字表にあるものは原則としてそれを用いた。. 、﹃万葉集﹄歌番号は﹃国歌大観﹄、﹃六帖﹄・勅撰集は﹃新編国歌大観﹄、 人丸集は﹃私家集大成﹄による。. ①は巻数、数字は歌番号で︵①P岱﹀と記載する。﹃万葉﹄人麻呂歌は、 作歌はS・歌集歌はKと略称したこ とがある。. 各文献の成立年代は巻末︵資料3︶に一覧表としたため、必要と認めない場合は注記しない。. 、. ﹃万葉集﹄人麻呂表記には﹁人麻呂﹂﹁人麿﹂とあるが、本稿においては﹁人麻呂﹂と統一する。﹃万葉集﹄. 引用文献に於ける傍線は、筆者が施した。. 、. 、. 以後の文献に於ける表記は多様であるが、﹁人丸﹂と表記する。. 一、主な使用文献の出典は以下の通りである。文献名は、略称を用いた場合がある︵傍線部分は略称︶。.    ﹃万葉集﹄⋮小島憲之他校注﹃新編日本古典文学全集 萬葉集﹄①∼④ 小学館、這逡∼這ま年。    ﹃万葉集﹄古写本⋮佐々木信綱他編﹃校本萬葉集﹄①∼⑰岩波書店、一〇遷∼這。。N年。    ﹃古今和歌集﹄⋮小沢正夫他校注﹃新編日本古典文学全集 古今和歌集﹄小学館、一〇逡年。           小島憲之他校注﹃新日本古典文学大系古今和歌集﹄岩波書店、ち。。ゆ年。    ﹃古今和歌六帖﹄⋮宮内庁書陵部﹃韻書寮朝刊 古今和歌六帖﹄上下 江向社、昭和42年。   勅撰集⋮﹁新編国歌大観﹂編集委員会編﹃新編国歌大観﹄第一巻 角川書店、昭和58年。   人丸集⋮和歌史研究会編﹃私家集大成﹄第一巻中古− 明治書院、昭和61年。   歌学書⋮佐々木信綱編﹃日本歌学大系﹄①∼⑨ 風間書房、昭和58∼60年。       久曽神昇編﹃日本歌学大系﹄⑩別巻①∼⑩ 風間書房、昭和61∼平成9年。   古今集注二曲⋮片桐洋一﹃中世古今集注端書解題﹄一∼五 赤尾照文堂、昭和61562年。    ﹃萬葉考﹄⋮﹃賀茂真淵全集﹄弘文館、明治37年。    ﹃萬葉集古義﹄⋮藤原雅澄﹃萬葉集古義﹄圖刊行会、大正9年置天保10年版︶。    ﹃校護古今歌六帖﹄⋮石塚龍麿稿、田林義信編﹃校誰古今歌六帖﹄上下 有精堂、昭和59年。.

(3) ﹃古今和歌集評繹﹄⋮窪田空穂﹃古今和歌集評繹﹄東京都、昭和10年。 ﹃延喜式﹄⋮黒坂勝美他編﹃改訂増補直願大系 延喜式他﹄吉川弘文舘、昭和56年。 ﹃公卿補任﹄⋮黒坂勝美壁皿﹃改訂増補國史大系 公卿補任索引﹄吉川弘文舘、昭和40年。 ﹃法華経﹄⋮坂本幸男他訳注 岩波文庫﹃法華経﹄上中下 岩波書店、這Oひ年。 ﹃浬繋経﹄⋮岩野眞雄編﹃國課一切経 印度撰述部﹄浬曲部一 大東出版社、昭和51年。 ﹃南史﹄⋮李延壽撰﹃南史﹄第五冊巻59﹁江滝傳﹂中華局。 ﹃宋史﹄⋮脱脱撰﹃宋史﹄第二五冊列伝第八﹁萢填詞﹂中華局。 ﹃白氏文集﹄⋮平岡武夫他編﹃白氏文集中詩索引﹄上・中・下同崩舎、お。。ゆ年。 ﹃史記﹄⋮吉田賢抗﹃新釈漢文体系 史記﹄①②︵本紀︶ 明治書院、昭和55∼56年。 ﹃蒙求﹄⋮早川光三郎﹃新釈漢文体系 蒙求﹄上 明治書院、昭和55年置 ﹃詩品﹄⋮興膳宏他﹃中国文明選第十三巻 文学論集﹄朝日新聞社、昭和47年。 ﹃貞観政要﹄⋮原田種成﹃新釈漢文体系 貞観政要﹄上下 明治書院、昭和54∼56年。 ﹃播磨風土記﹄﹃播磨風土記逸文﹄﹃詞林干葉抄﹄⋮秋本吉郎校注﹃日本古典文学大系風土記﹄岩婆店、墓年.. ﹃日本書紀﹄⋮坂本太郎他校注 岩波文庫﹃日本書紀﹄①∼⑤ 岩波書店、這逡∼這8年。 ﹃日本国見在書目録﹄⋮矢島玄亮﹃日本国見密書目録−集証と研究1﹄着古書院、昭和59年。 ﹃往生要集﹄⋮石田瑞麿訳﹃往生要集﹄①② 平凡社、お。。一年。.       坂詰力治他編﹃最明寺本往生要集﹄諜文篇 汲古書院、平成4年。 ﹃三宝絵﹄⋮仏書刊行会編﹃大日本仏教全書﹄第一一一冊 名著普及会、昭和59年。 ﹃袋草紙﹄⋮藤岡忠美校注﹃新日本古典文学大系 袋草紙﹄岩波書店、一$い年。 ﹃御伽草子﹄⋮市古貞次校注 岩波文庫﹃御伽草子﹄岩波書店、這Oひ年。 ﹃人丸秘密抄﹄⋮阿蘇瑞枝﹃柿本人麻呂論考﹄桜楓社、昭和47年。 ﹃和歌古今灌頂巻﹄⋮三輪正胤﹃歌学秘伝の研究﹄風間書房、平成6年。 ﹃古今伝授箱﹄⋮横井金男﹃古今伝授の史的研究﹄臨川書店、昭和55年。. ﹃柿本影供記﹄⋮﹃群書類從﹄巻軸N。。ω﹃柿本影供記﹄経濟雑誌社、明治33年。 ﹃柿本講式﹄⋮﹃群書類從﹄巻第N。。い﹃柿本講式﹄経濟雑誌社、明治33年。. ﹃今昔物語集﹄⋮馬淵和夫他校注﹃日本古典文学全集 今昔物語集﹄①∼④小学館、昭和54年。.

(4) ﹃十訓抄﹄⋮泉基博校注﹃十重抄 本文と索引﹄笠間書院、昭和57年。 ﹃古今著聞集﹄⋮西尾光一毛編﹃新潮日本古典集成 古今著聞集﹄上下 新潮社、昭和58年。 ﹃とはずがたり﹄⋮福田秀一校注﹃新潮日本古典集成 とはずがたり﹄新潮社、昭和57年。 ﹃三国伝記﹄⋮池上洵一校注﹃三国伝記﹄上下 三弥井書店、平成9年。 ﹃本朝続文粋﹄⋮黒坂勝美他山﹃改訂増補國史大系 本朝続文献他﹄吉川弘文舘、昭和40年。 ﹃法華験記﹄⋮塙保己一編﹃続演書類從﹄第八下上 歯群書類從完成会、昭和53年。 ﹃夢合延壽袋大成﹄⋮京都大学附属図書館所蔵︵文化十一年歯︶。 ﹃一葉抄﹄⋮井爪康之編﹃源氏物語古注釈集成第九巻 一葉抄﹄桜官社、昭和59年。 ﹃播磨鑑﹄⋮平野庸脩﹃播磨鑑﹄播磨史談會、明治42年。 ﹃峰相記﹄⋮神栄赴郷﹃播磨の地誌 峰牢記の研究﹄郷土総社、昭和59年。 ﹃枕草子﹄⋮渡辺実校注﹃新日本古典文学大系 枕草子﹄岩波書店、¢ε年。 ﹃源氏物語﹄⋮阿部秋生他校注﹃新編日本古典文学全集 源氏物語﹄①∼⑤ 小学館、這撰∼ちOq年。. ﹃大鏡﹄⋮橘健二他校注﹃新編日本古典文学全集 大鏡﹄小学館、おOひ年。 ﹃平家物語﹄⋮市古貞次校注﹃新編日本古典文学全集 平家物語﹄①② 小学館、一℃逡年。 ﹃栄花物語﹄⋮山中裕他校注﹃新編日本古典文学全集 栄花物語﹄①② 小学館、おOい∼一〇〇q年。 ﹃増鏡﹄⋮岩佐正他校注﹃神皇正統記 増鏡﹄岩波書店、一〇〇い年。 ﹃宇治拾遺物語﹄⋮三木紀人細編﹃新日本古典文学大系 宇治拾遺物語他﹄岩波書店、一〇逡年。 ﹃宝物集﹄⋮小泉弘他校注﹃新日本古典文学大系 宝物集他﹄岩波書店、一〇〇ω年。 ﹃沙石集﹄⋮渡邊綱也校注﹃日本古典文学大系 沙石集﹄岩波書店、一零。。年。. ﹃私聚百因縁集﹄⋮仏書刊行会編﹃大日本仏教全書﹄第一四八巻 名著普及会、昭和58年。. ﹃閑居友﹄⋮小島孝之他校注﹃新日本古典文学大系 閑居早立﹄岩波書店、6ゆい年。 ﹃撰集抄﹄⋮西尾光︸校注 岩波文庫﹃撰集抄﹄岩波書店、一〇〇い年。. ﹃無名草子﹄⋮桑原博史校注﹃新潮日本古典集成 無名草子﹄新潮社、昭和57年。 ﹃舟船﹄⋮小山弘志校注﹃日本古典文学大系 狂言﹄上 岩波書店、一℃。。一年。. ﹃異説秘抄口伝巻﹄﹃宴曲抄﹄⋮外村久江他校注﹃早歌全詞集﹄三弥井書店、平成5年。 ﹃拾芥抄﹄⋮早川純三郎﹃増訂故実叢書 拾芥抄他﹄吉川弘文舘、昭和3年。.

(5) 日本大辞典刊行会編﹃日本国語大辞典﹄︹縮刷版︺小学館、昭和54∼56年。 澤潟久孝編﹃時代別国語大辞典﹄上代編 三省堂、一〇〇ひ年。 中田祝夫編﹃古語大辞典﹄小学館、一〇。。O年。. 犬養廉他編﹃和歌大辞典﹄明治書院、一遷ひ年。 中村幸彦他編﹃角川古語大辞典﹄角川書店、昭和57年。 諸橋轍次﹃大漢和辞典﹄大修館書店、昭和60年。 正宗敦夫﹃萬葉集絡索引﹄平凡社、お逡年︵底本は寛永本︶。 ﹁国史大辞典﹂編纂委員会編﹃国史大辞典﹄吉川弘文舘、平成6年。 ﹁日本仏教人名辞典﹂編纂委員会編﹃日本仏教人名辞典﹄法藏館、一〇白垂。. 竹内理三他編﹃日本古代人名辞典﹄吉川弘文舘、昭和33年。.

(6) 目次. 序. 第一章. 第二章. 第三章. 結. ﹃万葉集﹄人麻呂歌の特徴 ﹃万葉集﹄人麻呂歌の範囲 第一節 第二節 体言 第三墨 用言 書四節 部立 ﹃万葉集﹄人麻呂歌の特徴 第五節 後続歌集に於ける享受の歴史  第一節 後続諸書に於ける人丸歌の認定基準  第二節  ﹃六帖﹄人丸歌の特徴  第三節  ﹃六帖﹄人丸歌の影響−勅撰集と人丸集に於いて一 ﹁明石の歌﹂を巡る多様な享受史.  第一節権威付け期  第二節 説話形成期     第一項 四手説と高市皇子哀傷歌.     第二項歌語﹁明石﹂の背景     第三項 夢想型    一斗四項 影供型  第三節 呪文歌書と権威付け反論型  第四節  ﹁明石の歌﹂の古態性. 1. 1. 3. 9. 12. 13. 13. 刀. 15. 39. 41. 42. 45. 61. 49 56 59. 67.

(7) 序.  柿本人麻呂は﹃万葉集﹄を代表する歌人で、作歌八四首・歌集歌三九三首・その他一〇首の計四八七首を残し. ている。これは、﹃万葉﹄概数の約一割を占める。しかし、﹃万葉﹄は平安時代以降直接訓まれず、享受書によ. り人麻呂歌と認識される風潮があった。﹃万葉﹄四八七首の享受状況を調べると、﹁もののふの八十宇治川の網. 代木にいさよふ波の行くへ知らずも﹂︵②P象︶が凡そ二〇書と最も広く親しまれたが、人麻呂歌ではない﹃古. 今和歌集﹄巻第九霧旅歌﹁ほのぼのとあかしの浦の朝霧に島隠れゆく舟をしそ思ふ﹂︵⑨き℃︶︵以下、﹁明石の 歌﹂と呼ぶ︶享受には全く及ばない..。.  そこで、まず原点である﹃万葉﹄人麻呂歌の特徴を探り、人麻呂歌がなぜ﹁明石の歌﹂享受史に凝縮されてい. ったのかを明らか.にしたい。結論を先取りして言えば、﹁明石の歌﹂は人麻呂作ではなかったが、﹃万葉﹄人麻. 呂歌的要素を底辺に包含していたのではないだろうか・          小 第[章 ﹃万葉集﹄人麻呂歌の特徴. 第一節﹃万葉集﹄人麻呂歌の範囲.  人麻呂歌は﹃万葉﹄に始まる。人麻呂以後の享受相を追求するためには、まず原点となった﹃万葉﹄人麻呂歌. の範囲を決定しなければならない。人麻呂歌は、大別して作歌と歌集歌があり、作歌はほぼ人麻呂実作と認めら. れている。歌集歌については諸君あるが、一部他作が含まれているというのが現在の穏当な理解であろう。作歌. には、宮廷歌人としての公的要素が含まれるが、歌集歌では公的要素は払拭され私的事情を詠んでいる。.

(8)  阿蘇瑞枝.、によると、人麻呂歌は作歌八四首・歌集歌三六五首、計四四九首となる。﹃新編日本古典文学全集. 萬葉集﹄︵以下、小学館本と略す︶では明言されないが、頭注・巻末注記を参考にすると、作歌八一首・歌集歌. 三八四首、計四六五首である。また、稲岡耕二の略体・非略体歌の論.、による分類もある。.  本稿では、人麻呂歌享受を考える立場から、後人が人麻呂歌と考え得る最大値を採用する。従って、集中の作. 歌・歌集歌・左注﹁人麻呂が作﹂・遣新羅使朗訥歌の人麻呂関係歌すべてを人麻呂歌と認定する。その際、享受 者は稲岡の言う略体・非略体歌の問題を考える余地はなかったとする。.  重出歌︵⑦這謬と⑭い茸一︶・異伝歌︵④いOωと⑭ω轟。。一︶を別に数えると、作歌八四首・歌集歌三九三首・その 他︵作歌・歌集歌に分類できない歌︶.一〇首.、、計四八七首となる。.  人麻呂歌を拡大解釈した先例は﹃柿本集﹄に見られる。後藤利雄が以下のように纏めている。.   本訴︵引用者注﹃柿本人麿集﹄︶は、次鮎期の一軍者が考へた柿本人麿歌集の寵臣をあきらかにする。︵中   略︶編者の柿本集に編入し得ると考へ登園は・人麿藍田の歌と・人望作の歌の双方であったと思はれる与.   ︵中略︶巻十の場合は最も相違する。︵中略︶現存萬葉集の柿本朝臣人麿歌集出の歌は、春雑歌、春相聞、.   秋雑歌、秋相聞、冬雑歌、冬相聞の最初の所と、秋雑歌の途中、甲所ケ所とにあるのであるが、異本柿本集.   の採即事園は、春雑歌の全部、春相聞の相聞七首、夏雑歌全部、夏相聞の全部、秋雑歌、七夕の﹁右柿本朝.   臣人戸歌集出﹂の部分、二〇九八、二〇九五の二首、一=七八、一=七九の二首、二二三四の一首の同じく.   二二三五以下の四首、次に秋相聞、冬雑歌のすべて、冬相聞のはじめの二首︵柿本人麿歌集出︶であって著   しく損大されてるる.、。.  巻第九・十の左注﹁右﹂の指す範囲は現在も学説が分かれるが、この﹃柿本集﹄の理解する範囲は﹁常識を外. れた見方であろう﹂よ。しかし、﹁編者の有した萬葉集に、巻十の人麿集の範團がその檬に相違してみたものか、. それとも本の体裁を整へる爲、意識的に接大したものであるか、決定出田ない﹂.、ということになる。.

(9)  人麻呂歌の範囲決定にはこのようにデリケートな問題があるが、一応現存する﹃万葉﹄に於いて、部立・詞書. 1山、. 1月、. 2波、 3浦、. 2原、. 2雪、 3雨、. 4島、5湖. 2萩、 3黄葉、 4櫻、5橘..。. 以下示. ・左注の表現に則り、常識的範囲で考えられる最大値とした。その詳細については巻末資料1に記載したので、 ここでは省略する。. 第一一節 体言.  ﹃万葉﹄人麻呂歌の表現上の特徴を探るため、高木市之助の調査項目を人麻呂歌に当てはめてみよう。 したのが高木の統計であるが、本文に旦ハ体的数量は示されていない。.   集中に採られてみる諸景物の順位を調べて見ると次のやうになる。. 二、地部 1川、. 4馬、5鶴、6鶯. 4雲、5露、6風、 7霞. 三、水部. 1時鳥、 2鹿、 3雁、. 一、天部. 四、動物 1梅、. 3田. 五、植物.  高木の統計に従って、人麻呂歌の体言の使用状況を見たのが、︵表1︶である。対象は和歌に限り、題詞・左. 注の表現は範躊に入れない。高木の統計に表れていない名詞は、多いと判断したものを付け加えた。その際、固. 有名詞の一部となったり意味が変化している単語は省いた。例えば、﹁雲﹂の項での﹁出雲﹂、﹁海﹂に於ける﹁海. 人﹂は除いたが、﹁山﹂﹁川﹂の部で固有名詞﹁畝傍山﹂﹁吉野川﹂等は、原意を損なっていないと判断しすべて 含んだ。尚、固有名詞については後に詳述する。. 一. 鋲.

(10) 固 名詞は除く. −Q/12 恋. 螂伽8四u  背. 葭一山小田 “波、島、. 販鴇㎏醇鳥ぬ.  萩  。.   葉. 藻. 、. 17. 3 1110 144 1233222 15 鳥  鳥鳥  づ.    馬,鶯. 鳥. おn737B15mE 茄 7 1 P9 P四 9 Q 7 861312 77 Q 9. ︵1  善巨 個. か. P3 26 Q4. 稀月 雨雲 14天の”. @ 、.  高木の統計と人麻呂歌は必ずしも一致しないが、自然の景物、いわゆる﹁属目の景﹂.、が歌に読み込まれる頻. 度は同じく高い。天命では﹁雲﹂が最多となる。作歌の﹁雲﹂は、別れた妻を偲び︵②ごい︶、亡妻を泣血哀働. し︵②8刈︶、行路死人を悼み︵②N8︶、火葬者への鎮魂を述べる︵③お。。︶。離別、死者への哀惜等、喪失感を. いては七夕歌︵⑦δひ。。︶、恋の相手との関連︵⑦一賠一︶で詠われる。﹁雲﹂は、公的︵作歌︶には上級者の権威. 伴い表現されることが多い。公的歌では、天皇統治の神聖化、正当性の顕示︵②一$︶に使用する。歌集歌に於塩                                                 自. ・神聖化の象徴であり、死者の魂が浮遊する舞台でもあった。私的︵歌集歌︶には﹁雲居﹂に住む愛人の依代と なり、恋の対象者そのものである。.  地部では、﹁山﹂が他を圧倒する。﹁三輪山﹂は﹁神奈備山﹂︵⑨一ま一︶﹁三諸山﹂︵⑦一〇〇ω︶とも呼ばれ、神の. 依所と崇められた。﹁香具山﹂は﹁天の香具山﹂︵⑩一。。這︶と冠される聖なる山であり、﹁とりょうふ天の香煙ハ山. 登り立ち国見をすれば﹂︵①2︶と権力者が農耕儀礼の予祝を行う場所でもあった。﹁妹背山﹂︵⑦一Nミ︶﹁真土. 山﹂︵⑨ま。。o︶は、旅の無事を祈願し﹁たむけすべき山﹂..。であり、﹁筑波山﹂︵⑨ミ一〇︶は、男女が共食・歌舞. し性的解放を行う﹁かがひ﹂︵⑨漂い。。︶の山として有名である...。﹁山﹂は属目の景を越え、万葉人の精神的支柱. であった。﹁言霊の助くる国﹂︵⑬ωNい轟︶と人麻呂に﹁言挙げ﹂された歌︵⑬ω眠ω︶に信仰篤い﹁山﹂が詠み込.

(11) まれるのは必然と言えよう。.  水戦では、﹁川﹂が頻出する。川は、﹁この川のたゆることなく﹂︵①いひ︶と恒久性の象徴であり、﹁川の瀬の. 激ちを見れば﹂︵⑨一ひ。。い︶と暴れ川でもあるが、それを﹁川の常かも﹂︵同上︶と肯定している。そこには、現. 代人のように川を征服する意識はない。川は﹁激つ﹂が故に﹁渡り瀬ごとに手向そ我がする﹂︵⑫い這。。︶と旅の. 安全を祈り、神が居ます清浄な場所であるから﹁清き川原にみそぎして﹂︵⑪D合ω︶と潔斎の場足り得た。﹁川﹂ は﹁山﹂と同様、聖性を備えている。.  動物で他を凌駕するのは﹁鳥﹂である。多くは個別性を示さず﹁鳥﹂とのみ表記される。﹁坂鳥﹂︵①45︶と. 早朝、鳥が山を越えて飛ぶ如く威勢盛んな様子に準え、﹁飛ぶ鳥の清御原の宮﹂︵②ま刈︶と天皇賛歌に詠み込む。. ﹁夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ﹂︵③Pひひ︶では、﹁鳥﹂の声は古人を追懐させる依代となる。夜中に. 哀しげに鳴く﹁ぬえ鳥﹂は、亡妻を激しく追慕させた︵②這ひ︶。その心を察してさらに﹁ぬえ鳥のうらなけま                                                   ロ しつ﹂︵⑩這S︶と独り寝を声高に嘆く。﹁鳥﹂は、死者との交感に介在する重要な存在である。一方、﹁鳥狩り弓. する君﹂︵⑦一N。。O︶と食用にもされており、﹁鳥﹂は物心両面に渡り不可欠な動物であった。.  植物では﹁草﹂と﹁木﹂が多い。﹁春草の繁く生ひたる﹂︵①29︶と草の生命力に畏敬の念を抱き、﹁この岡に. 草刈る童﹂︵⑦一NO一︶と日常生活の一こまが詠われる。草刈りは当時の労働の一般的姿であろう。.  ﹁木﹂は、﹁真木﹂︵①45︶と表現されることがあり、木の褒称である。﹁夫松の木は古人見けむ﹂︵⑨嵩Oい︶. と松は長寿を保つが故に、﹁浜松の木の手向くさ﹂︵⑨ミま︶と神の依代の役を負う。木は家を型作り、橋を架. け、﹁網代木﹂︵③P摯︶にして食料を調達し、﹁妹が木枕﹂︵②日ひ︶と寝具にもなり、最後は燃料となる。生活. 必需品であった。﹁春へを恋ひて植ゑし木の﹂︵⑨ミOい︶と植樹もなされ、﹁霜降り覆ひ木の葉散り﹂︵⑩NNお︶. と、季節の推移を感じさせた。また﹁我が下心木の葉知るらむ﹂︵⑦一い宝︶と恋人にも喩えられ、雨の日は﹁小 雨降りしく木の下によりより寄り来我が思ふ人﹂︵⑪P含刈︶と恋の舞台装置になる。.

(12)  また、﹁衣﹂﹁袖﹂も頻出する。衣や袖は男女の愛情を表現し、﹁ますらをと思へる我もしきたへの衣の袖は通. りて濡れぬ﹂︵②一いい︶と離別の涙を流させる。衣は男性のために心を込めて仕立てるもので、﹁君がため手力疲. れ織りたる衣ぞ﹂︵⑦δ。。一︶と訴える。一着の衣の完成に長時間が費やされ、﹁君に逢はず久しき時ゆ織る服の. 白たへ衣垢付くまでに﹂︵⑩NS。。︶という事態が生じる。﹁我が衣色どり染めむ﹂︵⑦δ逡︶と染色もされた。衣. に制作者の執着心が籠もるのは必然である。情念が高じて﹁斑の衣面影に我に思ほゆ﹂︵⑦旨8︶と相手の像を. 結ぶこともあった。一方、男性の側からは﹁あぶり干す人もあれやも濡れ衣を家には遣らな﹂︵⑨ま。。。。︶と身の. 潔白を示す証にもなった。独り寝は淋しく﹁衣片敷きひとりかも寝む﹂︵⑨一$N︶という事情が生じる。また、. 愛人に会うまでは衣を着替えないという呪術が存在するらしく、﹁乾たへの衣も脱かじ直に逢ふまでに﹂︵⑫N。。ま︶. と詠んでいる。特に袖は魂の宿る所であった..、。袖振りは残した妻への愛情表現で﹁我が振る袖を三見つらむか﹂. ︵②嶺P︶と呼び掛ける。逆の状況では﹁袖振らず来ぬ掌ると思ふな﹂︵⑪Nおω︶と弁明が必要であった。二人. で寝る時は﹁しきたへの国交かへし君﹂︵②豊とし・﹁袖交ふ﹂は共寝を意味する・日常生活がそのまま歌%. 題材となり、それが人麻呂歌の世界を構築していた。以上は旦ハ体的事物を表現する名詞である。.  次に、抽象名詞の用例を見てみよう。抽象名詞の代表は﹁恋﹂である。集中に二九例を数えるが、他の品詞も. 含めると﹁恋﹂の用字は一〇八首に見られる。実に、人麻呂歌四八七首中の二二・二%を占め、凡そ四分の一に. 達する。いかに﹁恋﹂が人麻呂歌の主要歌材であったかを物語っている。﹁恋﹂は、人麻呂にとって重要な詠歌 動機であった。.  ﹁我が︵所有格︶﹂、﹁我+基本的動作を表す動詞﹂のように、﹁私の∼︵人物であることが多い︶﹂と慕情を強. 調したり、﹁私が∼した﹂と自己主張する傾向が顕著である。﹁我が背子に我が恋ひ居れば我がやどの草さへ思. ひうらぶれにけり﹂︵⑪NまいK︶では短歌形式に三箇所﹁我﹂を詠み込む。己の感情吐露を第一に重複を厭うこ. となく感動を歌に載せている。平安初期成立の﹃歌経標式﹄以来、竪句を同一歌内に繰り返すことは﹁歌病﹂と.

(13) 称され忌避する傾向..。が生まれた。しかし、ここには同じ表現が反復されることへの嫌悪感はない。反復は、人 麻呂歌の特徴である。.  代名詞の使用状況を考えてみよう。代名詞的役割を持つ﹁妹﹂は一二三例見られる。﹁妹﹂の多用は、男性が. 詠歌主体であることを示している。また、天皇の用例を除く﹁君﹂に於いては、上代では女性が男性を呼ぶ時に. 用いられる。人麻呂歌の五九例を検討すると、明らかに男性が男性を指している例が二例︵②P8︶︵②NB︶あ. るが、これらは例外と言えよう。﹁妻なき君は﹂︵⑦δ。。い︶﹁朝戸出の君が足結を濡らす露原早く起き出でつつ我. も裳の裾濡らさな﹂︵⑪8ミ︶﹁人の親の娘子児据ゑて守山辺から朝な朝な通ひし君が来ねば悲しも﹂︵⑪Nωひ。︶. は、明確に男性を指す例である。これらから類推して﹁君が来まさむみ馬草にせむ﹂︵⑦一No一︶﹁君待ちかてに﹂. ︵⑨一ひ。。轟︶﹁君を留めむ﹂︵⑪Nい這︶﹁君が目すらを欲りし嘆かふ﹂︵⑪NいひO︶は、歌内部に傍証はないが、やは. り男性を指すと思われる。つまり、男性が女性の家を夜、馬などに乗り訪れ早朝帰るという妻問い婚の形式を詠. み込んでいるのである・また・﹁君に逢はず久しき時ゆ織る服の﹂︵⑩§..︶・﹁君がため浮沼の池の菱摘むと乳. が染めし袖﹂︵⑦一Nも︶も、衣を織り染めるのは女性の仕事であることから、男性を指すと思われる。﹁春日山. 雲居隠りて虫けども家は思はず君をしそ思ふ﹂︵⑪N含轟︶については、旅先で家に想いを馳せる男性の詠歌が多. いことから考えると、男性から女性への歌となる。この場合、﹁君﹂が女性を指す唯一の例となる。しかし背景. が曖昧で女性の語聾とも想定可能なため明言はできない。小学館本頭注では、民謡では人称代名詞を転換する例. が多くここでも﹁妹をしそ⋮﹂が原型であったかと仮説を立てている。総じて、人麻呂歌の﹁君﹂は男性を指す. と言える。人麻呂が男の立場で恋を詠うのが﹁妹﹂表現であり、女性に仮託して詠うのが﹁君﹂と言えよう。  最後に、固有名詞︵表2︶について考えてみよう。.  四八七首中の実に二六五首に固有名詞が使われ、五四・四%に及ぶ。和歌に於ける固有名詞の使用頻度は大変. 高い。また、それは大和を中心とする分布状況を示す。人麻呂の作歌活動場所は畿内が中心であったと言えよう。.

(14) 山に関する地名が多いのは前述の山の信仰と符合する。その土地の実名を挙げ実景を詠むことに主眼を置いてい. ると考えられる。現地を離れて歌の感動は成立しない。北は群馬県から南は九州まで、かの万葉時代に日本列島. の約半数の土地を人麻呂は移動したことになる。ここに人麻呂は﹁旅をする歌人﹂であるという理解が成立して. も不審ではない。巻第十・十一では急速に固有名詞が使われなくなる。巻第十・十一歌は、具象性を離れ観念的. に理解できる普遍性を持ったと言えよう。これらは以後の歌集に引用されることが多くなって行く。 ︵表2 固有名詞編︶. 一. 81. ム 一 目ハ20ゴ 9二 7二妻79 が 9亦 1 1 目預.  A、﹁山﹂の例と現在の所在地︵地名の後の数字は巻数を示す.題詞・左注象れた固有名詞も喜.所在地は、小学館本の﹁地名一覧﹂に依る.?は正確な位置が不明.︶. 示 県. 灘−騰灘欄灘撫⑨③篶馳脚継欝欝磁轟⑪. 和諮県.  野の 山0. 川7 ・川77月9 駅者に り 雁川  ’川9. 耀難古同角山②渡の山?②屋上山②田歌山?②上山?②. 能登香の山?⑪ 深津島山⑪. 瀟㎜藤慧剛山⑪晦⑪. 京都 滋賀県. 、明. 茨城県 岡山県 広島県 島根県 岐阜県 香川県. 口 川139 ノ 月9 日日 長. B、﹁川﹂の例と現在の渓流地 示 県.     鶏⋮野牌⑪⑫鴨川⑪ 京都. 講縣酔鷹川③刃山示都に入り、宇治川;。思川?⑦阿渡川⑨三川?⑨ 静岡県 潤 川?.

(15) 日.         ヨ. C、その他の固有名詞 奈良県. 和歌山県. 京都 滋賀県 岐阜県 大阪府 兵庫県 三重県. 島根県 広島県 東国 の国︵三河以東︶② 静岡県 群馬県 香川県 九州 福岡県 大分県 不明  国  主  命  の  異  名  ︶  ⑦少御神⑦ 神の名   穴  道  ︵大 男の名 面  D、各巻固有名詞の総数︵A+B+C︶︹この場合は歌のみに限った.︵︶は、巻中の人麻呂歌総数を示す.︺. ①簸. 68首︶ 增j鱒︵40首︶︵29首︶峨3︵誰︶鰐2︵誕︶解︵竈︶融解難.・刈⑳ 8. 三節 用言. に、用言︵表3︶を抽出してみよう。上代文法に則らない箇所があるが、概要を把握するには足りると判断.

(16) した。. ︵表3 用言編︶ V. U 2 鱒  2 18    1O ■6 寝. 勧嫉蹴鰯鰍晦購鰯鰯淑都響淋鴫繍. @9 55 47 33 30 21 19 14 14 12 7. 肋鵬購脚秘秘驚. 詞 動. @1 19 19 16 12 11 10 撒 2. 0σ  −  i⊥. る部分が﹁形状言﹂とされるが、本稿では用言の傾向を掴めば良いので、便宜上形. また、﹃時代別辞典﹄によると、形容動詞の分類はなく後の形容動詞の語幹に当た.                                     匹 注︹﹁飽かぬ﹂は﹁飽く﹂の打消であるが、﹁飽かぬ﹂の用法が多いため検索した。4. 細則恥熱凱鵜肌魁飢臥乱乱概轍鮒削剥繍郵乳肌翫乱帆凱鰍. 形翻. 騰. 鵬勘勘. 姻 瀦. 容動詞とした。︺.  ここでは、人間の基本的な行動に関する動詞が使われる。特に﹁見る︵ゆ︶﹂が多用される。人間が地上で生. 存するためにはまず五感の中の視覚を駆使し、外界の状況を捉え生命維持を図ろうとするであろう。﹁見る︵ゆ︶﹂. ことからすべてが始まる。﹁見る﹂行為の後、何らかの情意活動が起こる。その感情の動きを総体的に表すのが. ﹁思ふ﹂である。﹁思ふ﹂が﹁見る﹂に次ぐ。生命維持と直接関係のない﹁恋ふ﹂も頻出する。﹁我︵が・は︶. 恋ふ︵る︶﹂︵一八例︶、﹁∼に恋ふ﹂︵一二例︶という形で表現されることが多い。これに夫婦関係を結ぶ意の﹁逢.

(17) ふ﹂と関連する﹁偲ぶ﹂﹁待つ﹂﹁寝﹂、名詞﹁恋﹂、形容詞﹁恋し﹂等を追加すると、男女の愛情に係わる心情 表現の頻度は更に高まる。.  形容詞・形容動詞は、愛情表現系動詞の用例に比して少ない。﹁荒﹂の二一例が最高である。﹁荒﹂は荒涼た. る心情を表現し、離別︵①42︶・死別︵①47︶時に使用する。﹁荒磯﹂︵②酷い一︶・﹁荒野﹂︵②日O︶等、属目の景. に﹁荒﹂を冠して心情を託す方法を採る。また、形容詞を使用せず、﹁生けるともなし﹂︵②日い︶という亡妻へ. の働実を﹁外に向きけり妹が木枕﹂︵②Nま︶と属目の景で表徴させ、遂に﹁相見し妹はいや年誹る﹂︵②P宝︶ と心の整理をつける表現がある。.  ﹁恋し﹂は八例と微増するが、それを直接用いず前述の手法で思慕の情を表すことも多い。﹁衣手離れてひと. りかも窪む﹂︵⑨一$い︶と独り寝の夜長を怨む。﹁白つつじ我ににほはね妹に示さむ﹂︵⑨ま逡︶﹁にほひて行か. な妹も触れけむ﹂︵⑨ミOO︶﹁妹にし触れば我にも触れこそ﹂︵⑪N。。い。。︶と、衣・匂いや妹の触れた﹁物﹂により一.                                                  ユ 同じ空間を実感したいと切望する。恋人は、二人が共有した時空という現象やその人縁の﹁物﹂を通して知覚さ4. れる。﹁見る﹂ことにより触発された旦ハ体的な感動を共有したいと願う。そこに心情表現は不要である。.  大野晋の調査による..、と、﹃万葉﹄総語彙数は名詞四六六〇︵六三二二%︶・動詞一五四五︵一=%︶・形容詞. 二七六︵三・八%︶・形容動詞七五︵一%︶・その他八○○︵一〇・九回目である。名詞が六割強を占め、動詞は五分. の一、形容詞・形容動詞の使用頻度は低い。吉田金彦によると、形容詞の発生は平均的に動詞より遅れ、語根は. 感動詞・名詞・動詞的なものに整理できる、.、という。﹃万葉﹄は語史発生期にあり、人麻呂歌に於いても形容詞 ・形容動詞の使用頻度は低い。.  ここには、属目の景を詠む心性が心情表現に移行しているのを見る。眼前の景を詠う姿勢は、その心情を明瞭. に代弁する。具体的事象をそのまま﹁見る﹂行為が、その物の持つ臨場感に活力を与え、感情を震撚させる。人. 麻呂歌の﹁物﹂は、もはや単なる物体ではない。人麻呂歌に占める﹁物﹂、名詞の意義は大きいと言わなければ.

(18) ならない。. 第四節 部立.  相聞の部立に属する歌は三二首ある。しかし、詞書・歌意から判断すると、相聞相当歌は①一首・⑦三三首・. ⑨二八首・⑩四一首・⑪一六三首・⑫二九首・⑬一首・⑭五首の計三三三首に上る。四八七首回、六八・四%を. 占める。部立から考えると﹃万葉﹄人麻呂は、﹁恋の歌人﹂だと言える。このイメージが後世に継承される。..  ﹁鰯旅﹂の詞書を持つ歌は一九首ある。その他にも巻第九の紀伊国天皇従早歌や題詞﹁∼︵地名︶にして作る. 歌﹂シリーズがある。また、前述した固有名詞︵表2︶にある如く、九州から群馬県までの地名が詠み込まれて いた。人麻呂は同時に、﹁旅の歌人﹂でもあった。.                                                  か. 911. 郁6春7秋43冬4. 程. 口⊥、. 9. 7 春7秋5冬2. 2. 舳. 旦. 12. 即1. 1. 2. R  思程口. 膳. 4. 思. 6. 、     二=ロバ言.  ︵表4部立︶                             11 13. 4 窃σ0. 3. 5.

(19) 第五節 ﹃万葉集﹄人麻呂歌の特徴. 最後に﹃万葉﹄人麻呂歌の特徴をまとめておこう。  ①属目の景を詠む。名詞が重要な働きをする。.  ②動詞を除く用言の使用は少なく、属目の景描写が主体となる。実景を詠み込み、 喚起された感情が感得さ   れる表現構造となる。  ③自我意識が強い。﹁我﹂を多用する傾向がある。.  ④反復表現を厭わない。むしろ同じ言葉の重なりによって情意を高める。  ⑤人麻呂は﹁恋の歌人﹂である。  ⑥人麻呂は﹁旅の歌人﹂である。.  ⑦巻第十・十一では、固有名詞の使用頻度が低くなる。歌が普遍性を獲得する。. 第二章 後続歌集に於ける享受の歴史. 第一節後続諸書に於ける人丸歌の認定基準.  では、﹃万葉﹄以後人麻呂歌はどのように享受されたのであろうか。本稿では、文献を介した人麻呂歌享受に 限って考察したい。.  まず、享受者が如何なる作者表記を以て﹃万葉﹄人麻呂作と認識したかが問題である。古今注釈書である﹃玉 伝深秘巻﹄には、以下の判断が示されている。. 鋲. 4.

(20)   人丸といへる人、四十あり。一人、田口人丸︵中略︶一人は山田人丸︵中略︶一人は柿下人丸︵中略︶一人.   は柿本人丸︵中略︶たゴし古今・万葉の人丸はみな実の人丸なり。後撰集に及びては交あり。高砂の霞・春.   霞・雪げ・こひわびぬ・しなばや・三島江、以上この叡覧を実の人丸の御歌なり。たゴし、又、何集にても、.   たゾ人丸とて姓を云はぬは、まことの人丸なり。また柿本の人丸と何集にもあらんは新しき人丸なり。.  そもそも古代において﹁麻呂﹂は男性の一般的な名の一つ...で、﹁⋮丸﹂も、﹁男子の名の下につける語﹂..、で. あり、﹁やがて幼児や動物の名の下につける愛称の接尾語としてつかわれた﹂...。から、固有名詞性の希薄な名前. である。しかし、﹃古今集﹄仮名序に﹁正三位柿本人麿なむ、歌の聖なりける﹂と謳われて以来、人麻呂は和歌. 世界の尊崇を一身に集めた。歌集で﹁ひとまろ﹂と聞けば﹃万葉﹄人麻呂を指すという認識が遍く行き渡ってい. たと考えられる。また、﹃玉伝﹄の主張する﹁○○人丸﹂と姓が異なる例は、管見の範囲では諸文献に存在しな. かった。よって、表記の如何を問わず﹁ひとまろ﹂と読めるものは、すべて﹃万葉﹄人麻呂を意味すると考えた。娯. 他表記に、﹁人まろ﹂﹁ひとまろ﹂﹁柿本人丸﹂﹁柿下人丸﹂﹁柿本朝臣人丸﹂﹁かきのもとの人まろ﹂等がある。4. 本稿では、凡例で示した如く﹃万葉﹄歌人は﹁人麻呂﹂、﹃古今集﹄以後は﹁人丸﹂と表記を統一する。﹁人麻呂﹂. ﹁人丸﹂と書き分けている際には、享受時代の格差があると理解されたい。.  次に、後続歌を﹃万葉﹄同歌と認定する際、困難な問題が生じる。訓点は時代により異なり、現存﹃万葉﹄と. 同一ではない。歌意の共通性により同歌と認めるには疑問が残る。一句だけ同じものから、文字が数字違うとい. ったケースまで事情は様々である。阿蘇瑞枝の言うように、﹁万葉集人麻呂歌との関連が認められるもの︵引用. 者注﹃三十人撰﹄﹃三十六人撰﹄﹃古今和歌六帖﹄﹃拾遺集﹄等を指す︶でも、万葉以後の伝承による変化を被る. こと甚しく、その損傷の少なかったものは、二割前後しかない﹂.一ゆという状況を呈している。.  しかし、それは﹁伝承による変化﹂であるのか、後藤の三自う﹁編者の有した萬葉集に、記法の人麿集の範園が. その様に相違してゐ﹂る異本を見たのか、﹃万葉﹄に依らない他本からの孫引きであったのか、あるいは書写過.

(21) 程で生じた誤謬なのか、原因は幾つか考えられ個別の検討が必要である。一概に﹁伝承による変化﹂と処理でき ない。よって、人丸歌の範囲は次の条件で拡大認定する。.  ①字句の異同は厳格には問わず、表記文字の違いは歌意が大きく異ならない限り同歌と認定する。  ②原則的に二句まで同じであれば、同歌と認定する。  例えば、﹃六帖﹄と﹃万葉﹄を比較した場合、.   あつさゆみひきはりもちてゆるさすとわかおもふいもはしるやしらすや︵﹃六帖﹄⑤い轟日︶.   梓弓引きてゆるさずあらませばかかる恋には遇はざらましを︵⑪NいouK︶. と類歌が抽出できるが、同誌は初句だけである。他に﹁ゆるさず﹂があるが、歌意は同じと言い難い。しかし、. ﹃万葉﹄では他に類歌が見当たらず、今は﹃万葉﹄人麻呂歌に近い表現を探すという立場から拡大解釈し、これ. を置歌と認定する。尚、参考にした﹃校讃古今歌六帖﹄も詠歌を﹁誤傳へたるか﹂.、。と解釈し、﹃万葉﹄人麻呂一.                                                  ヨ 歌と認定している。このように、各歌に関する要因を鑑み、①②を基準に総合的に判断するものとする。本章で4 は、後続諸書の内、歌集を中心に考察する。. 第二節 ﹃六帖﹄人丸歌の特徴.  人麻呂歌は、﹃六帖﹄に於いて初めて復権する。﹃⊥ハ帖﹄は﹃古今集﹄と﹃拾遺集﹄との問に成立したという. のが定説であるが、﹁六帖にみられる歌が古今集撰定以前の歌の姿をとゴめており、古今集に収録されるに当た. って巧緻に改められていったものではあるまいか﹂.、.という説も提出されている。﹃古今集﹄人丸歌はすべて﹃万. 葉﹄歌でないので、﹃万葉﹄以後最古の人麻呂歌劇受書である事実は動かない。そこで、まず﹃六帖﹄人丸歌に ついて考察する。.

(22)  ﹃六帖﹄写本は江戸期に限られ、その時点で多くの誤脱が見られた。信頼できる善本に乏しいのが現状である.、、。. 本稿では、古態を伝える宮内庁書陵部蔵桂宮旧蔵本を底本とする﹃圖書寮叢刊古今和歌六帖﹄で表現比較を行っ. た。また、作者確定の問題であるが、﹃校注國歌大系六帖﹄は、﹁作者名は直後の一首のみに掛かる﹂.、、とする。. しかし、その後数首続いた歌群にその作者作と思われる歌が混在している。重出歌も多く、人丸歌では八例あり.”、、. 一方が人丸表記を伴い他方では省略する。勅撰集式に作者表記直後の歌群を同作者歌と認定するなら、作者名に. 齪酷を生じるのが五例検索できる.。、。同様の方針で人丸歌を拡張すると三七六首中﹃万葉﹄人麻呂歌は九〇首.、.. となり、二三・九%を占める。人丸表記を伴う和歌は=二〇首で、﹃万葉﹄人麻呂歌は六一首、四六・九%であ. る。両者を比較すると、﹃六帖﹄編者が同じ作者歌を次の詞書まで続けたという確証とはならない。また、同作. 者歌が続く場合の﹃六帖﹄表記を抽出してみると、改めて﹁おなし﹂と書き添えている.、、。以上により、﹃六帖﹄. 作者表記は直後の和歌一首にかかるとするのが穏当であると思われる。                  .                                                      ﹃六帖﹄は歌題を分類し同題和歌を集めた類題和歌集の体裁を採る。同一作者和歌を蒐集することが目的では4. ない。従って作者名に主たる関心がなく恣意的であり得たのであろう。またその遺漏の多さは、未推敲であった. 可能性も示唆する。この﹃六帖﹄作者表記の曖昧さは、勅撰集認定方式に馴らされた後人には、人丸歌を増殖さ せる要因の一つとなったと言えよう。.  次に、﹃六帖﹄=二〇首の人丸歌と﹃万葉﹄人麻呂歌の表現比較を行う。﹃六帖﹄時代の﹃万葉﹄訓点は古点. と呼ばれる。古点時代の﹃万葉﹄を忠実に伝える文献は現存しないと言っても過言ではないが、﹃六帖﹄成立期. ︵九七六年頃︶に近接する桂本が伝わる。以後、平安時代書写は藍紙本・元暦校本・金沢本・天治本と続く。こ. れらは閲覧困難であるため、諸本に忠実と言われる﹃校本萬葉集﹄を用いて原文を校合するに努めた。ここで比. 較した﹃万葉﹄の現存最古の写本と成立期を示しておく昌。。。以下は︵︶に略して使用する。.

(23)  ﹃六帖﹄人丸歌は、異本歌を含めて総数四四九九首.、りを収める内、人丸と明記された歌は=二〇監物られる。. その内﹃万葉﹄人麻呂歌と同等と認めらる歌は、六一首である。その詳細は第二章末に︵表2︶として掲げた。.  両者の歌の異同には、以下の四点が考えられる。これらの要因を踏まえながら、両者の表現比較を行う。   ①底本・訓点の差異。.     ﹃六帖﹄の依拠する写本が特定できない。資料とした文献の差違と、伝尊霊.、。の存在を考え得る。   ②無意識的要因としての異同。.     毛筆書写の間、記載者の意図通り後人に伝わらないケースがある。誤写もある。                                                   ㍗.   ③意識的要因としての異同。いわゆる改窟である。                       4. 9 1 ・−. 7.−. ● .    ・. 3・9 1iii●1・   .   肪. 1■.−・1■●. 1・2.4.5●6・8.2●2●2・2・2・2.2●3.3.3.3●3●3・4’4・4・467802367801   辱         .  ●6・6. 目、 一  2 口により 言.  ①②は不分明なため一括し、③をさらに細分化して︵表3︶にまとめた。  ︵表3 歌の異同の要因︶ の ハ百の. 名に口  る. −← ●          3 3. D 名謳を謳・、謳に る. B  に艮た に ・に る C 名四  ∠.  本稿では、③に注目する。③は、畢寛﹃万葉﹄と﹃六帖﹄時代人の意識格差を明確にすると考えられる。﹃六. 帖﹄時代に近い﹃万葉﹄原文と校合し、訓が同じ写本があれば、伝調・訓点の差異の可能性があるとし、﹃六帖﹄.

(24) 写本に於いても同様とした。③のCDはBの範疇であるが、特異性が目立つので別項とした。次に、③について. 顕著な具体例のみ記す。その際①②の要因は考えない。尚、①②の論考は平井論文︵前掲注30参照︶に詳しい。.    A、題名に合わせた改変。   10﹁くらなしの山﹂と﹁くらなしのはま﹂、﹁てさへぬれ?﹂と﹁あかもぬらして﹂について。.  原文︵藍︶には、﹁浜﹂とある。﹃六帖﹄分類は﹁田﹂の﹁なつの︾﹂である。﹁春のた﹂﹁秋のた﹂に挟まれ. てあるから﹁なつの﹂﹁田﹂の意味だと考えられる。ここでは、﹁浜﹂つまり海・水の連想よりも﹁山﹂の﹁田﹂ を選択したと考えられる。.  原文︵藍︶は﹁赤裳泥塗而﹂。﹁赤裳ぬらして﹂と遠景で詠むが、﹃六帖﹄では題﹁田﹂の連想で﹁てさへぬれ. つ﹀﹂と視点を接近させ﹁田に苗を植えている﹂情景を積極的に造形した。重出21では、﹁はま﹂の題であるた一                                                     め表記を戻している。この言句の相違は伝話による変化の範疇にはないと判断する。﹃六帖﹄編者による意識的4. 改変である。本歌が伝諦されていたにも拘わらず、題優先の意識が働いて﹁田﹂と﹁田植え﹂の情景を演出した。   12﹁百敷の﹂と﹁うちひさす﹂について。.  12題は﹁ももしき﹂である。原文︵嘉︶は﹁例日刺﹂で、﹃万葉﹄には﹁宇知比左須﹂﹁各日左肩﹂﹁内国刺﹂. 等数量あるが、いずれも﹁ももしきの﹂とは読めない。﹃万葉﹄﹁ももしきの﹂は、﹁毛母之綺能﹂﹁百石面謝﹂︵以. 下略︶で、﹁うちひさす﹂とは全く異なる。﹁都﹂という分類に属させるため、﹁仁道﹂を行く人を﹁おほ宮人﹂. と題名に合うよう細かく改変している。また重出33では、初句を﹁うらひさす︵﹁うちひさす﹂の写本も伝わる︶﹂. に戻し、題﹁わきておもふ﹂に合わせ下の句を変える方向に神経を使っている。. B、時代に即した表現に積極的に変更する。.

(25)   18﹁よるへ﹂と﹁ゆくへ﹂について。.  原文︵類︶は﹁去辺﹂。﹃万葉﹄﹁行へ﹂には﹁行方﹂﹁去邉﹂﹁蹄邉﹂表記がある。﹃万葉﹄﹁よるへ﹂表記は、. ﹁余留弊﹂︵⑯自Oひ︶のみ。﹁行へ﹂表記は﹁よるへ﹂と読めない。﹁行へ﹂は﹁進む方向﹂の意味しか持たない. が、﹁よるへ﹂には﹁身を寄せて頼みとする所﹂︵﹃時代別辞典﹄︶という心情が加わる。﹃万葉﹄は単に情景を詠. ったと理解できるが、﹃六帖﹄では無常感なしに味わうことがもはや不可能となる。   19﹁心をよせて﹂と﹁こ﹀うによりて﹂について。.  原文︵類︶は﹁心組﹂。資料が同じであった場合、両者の訓が可能である。現に鎌倉初期の嘉暦伝承本は、﹁心. をよせて﹂と訓じている。﹃万葉﹄では、﹁心﹂は自分のものでありながら、独立した一つの物体として存在す. る。物が自然に﹁心﹂に寄り添う様を自分は半ば客観的に見て事実として詠む。物が対象に寄るから﹁心﹂が動. くのだとりつ認識がある︵第︸章︶.﹁心によりて﹂と訓む方が、﹁物﹂に心が寄り捧つ﹃万葉﹄風を残している。傷. 一方﹃六帖﹄には、﹁心をよせて﹂と自らの意志にて﹁心﹂を動かすという感覚が見える。         4   26﹁か﹂から﹁や﹂へ。.  原文︵元︶は、﹁架﹂。﹁や﹂とは訓めない。﹁か﹂は疑問を表明する助詞であるが、上代では推量の助動詞を. 伴って.、.﹁∼だろうか﹂という自問的疑問を表す占、用例がある。この場合も﹁けむ﹂により過去を推量して疑問. の気持ちを添えている。上代の﹁や﹂は直接聞き手に﹁問う﹂言い方が多い.、、。﹁や﹂は文全体を疑問文とする. 性格を持つ。この場合は、古人の所行を真実問いかけたいのではない。古人と同じ所作をする自分を歴史の中に 位置づけ確認している.、、のである。やはりふさわしいのは﹁か﹂である。.  しかし、奈良時代後半からは﹁か﹂が﹁や﹂にとって代わられる傾向があるといわれ.、、、﹁や﹂には詠嘆の気. 持ちが加わる。﹃六帖﹄人には文中で疑問の気持ちを強調する﹁か﹂が敬遠され、文を停滞させず全体的に問う. ﹁や﹂が好まれる.、.。﹃万葉﹄﹁か﹂は元来詠嘆的素質を持っており、それが明確に﹁や﹂となる﹃六帖﹄時代に.

(26) ﹁か﹂が消えるのは当然と言える。   9︵11︶.29●38.49.51●55・59﹁かな﹂の存在。.  9︵11︶原文︵元︶は﹁哉﹂。38︵嘉︶は、﹁哉﹂。29︵金︶は、﹁香問﹂。49︵元︶は、﹁鴨﹂。51︵嘉︶は、﹁鴨﹂。 59i嘉︶は、﹁鴨﹂。55︵嘉︶は、﹁元﹂。.  正宗﹃索引﹄によると、助詞で﹁かな﹂と訓ずる真名表記はない。﹃時代別辞典﹄は、助詞﹁かな﹂の上代例                                  や には常陸風土記一例があるが、この信頼性は薄く上代に﹁かな﹂の用例は現在存在しないと言えるとある。﹃万. 葉﹄古写本は﹁哉﹂を﹁かな﹂と訓む︵⑦旨お・⑪8。。嵩いOい︶。注釈書では、﹃万葉考﹄が︵⑦δお︶を﹁かも﹂. と訓ずる。﹃萬葉集古義﹄も﹁カモ﹂とする。﹁かも﹂と警める二文字表記には﹁香嚢﹂以外に﹁可毛﹂以下多. 数あるが、﹁かな﹂の二字真名表記は存在しないことから、上代の﹁哉﹂は﹁かも﹂と訓ずるべきというのが現. 在の定説であると理解する遣、。よって、上代に﹁かな﹂は存在しなかった。                疇  公任﹃新撰髄拶﹄に、﹁かも、らしなどの古詞などは常に詠むまじ。古く人の詠める詞をふしにしたるわうし。20                                                  一 一ふしにてもめづらしき詞を詠み出でむと思ふべし﹂と主張されて以来、﹁かも﹂は﹃六帖﹄時代人には古色蒼. 然と映ったのではないか。29●49●51・59は、﹁鴨﹂を﹁かな﹂と判ずる新表現への積極的な訓み替えが見られる。﹁哉﹂. は、中古以後﹁かな﹂と訓まれ、9︵11︶・38は﹁哉﹂を﹁かな﹂と訓じ忠実に時代の訓を当てる。55は打ち消し 表現に﹁かな﹂を訓み添えた例である。.  一方、46.58のように﹃六帖﹄が正しく﹁哉﹂を﹁かも﹂と訓じた例も収録されている。これは、﹃六帖﹄が古. 写本︵元・嘉︶より古い時代の﹃万葉﹄訓を残している証左となろう.、.。。﹃六帖﹄編者はすべての表現を平安調. に訓み替えたわけではない。﹃万葉﹄から中古へ過渡期の訓の揺れをそのまま伝えている場合もある。   13●31﹁我﹂意識の後退回避。.  13原文︵類︶は﹁早来﹂、31原文︵元︶は﹁吾者﹂。﹃六帖﹄では自明の自称を使用しない。表現の重複を回避.

(27) する意識が自覚化された例と考えられる。また、坂野信彦によると、﹃古今集﹄以後結句の四三調が忌避された、、。. という。31﹁おもひき・われは﹂︵元︶は四三調であり、﹁おもひ・そめてき﹂と回避されたとも考えられる。. 坂野論を応用すると、5・6・12・33・42・53が相当する。自称﹁吾﹂は二四で、結句では助詞を伴い三音を形. 成することが多い。42﹁吾妹︵わぎも︶﹂も同趣で﹁わぎもこ﹂と回避される。何れにせよ、意識的改変である。.    C、名詞の変更。   7﹁かはつ﹂と﹁鳥﹂について。.  原文︵元︶は、﹁鳥﹂。﹁鳥﹂を﹁かはつ﹂と読んだ例は﹃万葉﹄にない。﹁したひ﹂は﹁赤く紅葉する様︵﹃時. 代別辞典﹄︶﹂をいう。紅葉と﹁かはつ﹂をセヅトに詠む例は﹃万葉﹄人麻呂歌にない。人麻呂の﹁鳥﹂は十四. 例‘。あり、宮廷歌では﹁飛ぶ鳥の明日香﹂︵②一興︶と賛歌に詠み込まれた。私的には﹁鳥﹂が恋人につながる一                                                  ユ 景として登場した。﹁かはつ﹂にその心情移入はなく人麻呂風でない。﹁かはつ﹂は清流に棲み声の美しい河鹿2 蛙を指す。ここでは山の清流の景を付与していると思われる。   43﹁みわかは﹂と﹁このかは﹂について。.  原文︵嘉︶は、﹁是川﹂。﹁是﹂は、﹁氏、與・是同、古字通用。︹漢書、地理志、氏二二雷公︸、注︺﹂...とあり、. ﹁氏﹂に通じ﹁うじ川﹂とは刻み得る.、、。﹁みわかは﹂は、﹃万葉﹄では﹁三和河﹂と書かれ、﹁宇治川﹂と所在. は異なる。﹁このかはのみなわうつまき﹂︵﹃六帖﹄⑤Nいδ︶と本歌に近い訓が残されていながら、﹁みなわ﹂と. の同音関係で﹁みわかは﹂が選択されたとしたら、もはや実景に触発された心情を詠うことより歌の修辞技巧に 重点が移っている証となろう。   12.29’32●55﹁君﹂と﹁妹﹂と﹁人﹂について。.  12原文︵嘉︶は、﹁公﹂。﹁きみ﹂は、﹃万葉﹄では女性が男性を呼ぶ際使われることが多いので、詠歌主体は.

(28) 女性である。﹃六帖﹄時代には性の区別は一応存在しなくなる.、。。が、﹃六帖﹄では上の句に﹁おほ宮人﹂とあり、. 大宮人は男性が多勢を占めるであろうから詠者は女性と想像される。﹃万葉﹄は特定の恋人を語気強く限定する. が、﹃六帖﹄では激情は緩和され恋の余裕が感じられる。29原文︵金︶は﹁君﹂。﹃六帖﹄では﹁いも﹂と変換さ. れ、﹃万葉﹄原理を適用すると、詠歌主体は男性になる。﹃六帖﹄は、詠者が人丸で男性であるという事実に合. わせた可能性もあろう。32原文︵嘉︶は、﹁妹﹂。﹃万葉﹄詠歌主体は男性である。﹃六帖﹄は、﹃万葉﹄原理では. 女性から男性への歌と逆転する。﹃万葉﹄人麻呂歌では女性に積極的にアプローチするのは男性であったが、﹃六. 帖﹄では女性が﹁はっくに﹂と能動的になる。詠歌主体の性別如何で鑑賞者は異なるイメージを抱くであろう。. 既に﹃万葉﹄に於いて﹁妹﹂と﹁君﹂の交換はなされていた︵⑭ωωひN︶.童が、﹃六帖﹄時代は更に﹁君﹂の性別 が流動的となる例である。.  55原文︵嘉︶は、﹁公﹂。﹃万葉﹄では実際に﹁紐解き開け﹂た男性がいないと詠うが、﹃六帖﹄では恋人に当一                                                    たる存在がいないとなる。もはや恋の臨場感はなく、詠歌主体に性の区別もない。歌が普遍性を獲得していると2. も言えよう。﹃六帖﹄は﹁人﹂に変えたため、上の句にも﹁かきほなる人﹂とあり音が重なる。﹃万葉﹄では一. 般﹁人﹂と恋人﹁君﹂は文字の上でも明確に区別を行っていた。以上のように歌の情景は微妙に異なるが、三者 共通する意味を持ち二音節であるため、三宝い換えは容易であったかもしれない。.    D、動詞・形容詞への変更。.   9﹁みねはこひしき君にもあるかな﹂と﹁いもかこ︾ろをわすれておもへや﹂について。.  ﹃万葉﹄では、妹が自分を思う﹁こ︾ろ﹂を何で忘れることができようかと詠う。妹の心情を﹁こNろ﹂と具. 象化し、自分に寄り添って来る対象﹁物﹂と意識する。しかし﹃六帖﹄ではその過程をを省略し、率直に﹁こひ. しき君﹂と表現する。心象を﹁物﹂中心に﹁見る﹂視線は後退し、手軽な心情表現を使用している。.

(29) Nω.℃% 11. 6 中. 0 0%  0首 2 D 1 9中. 茸.い% 2   ωい・O% 7首. 人麻呂と同時代第二期歌人・赤人・家持で、 同じく意識的改変率を調査するとく表4︶の結果を得た。. 6   一いO. ︵表4  ﹃六帖﹄万葉歌の特徴の比較︶ ノ巾 轟ひ.Oo. 舘︵舘馳. 第二期歌人 §・O% 赤人歌 δO% 家寺 Oω・O% 6  9 中.  ︵表4︶万葉率とは、作者名を明記された歌人歌に占める﹃万葉﹄歌の割合である。平井によると、﹃六帖﹄. 総数四三七〇首の内﹃万葉﹄歌は重出歌を含むて一〇八二首あるという..、。﹃万葉﹄には家持歌が四七九首と掲. 載最多ではあるが、人麻呂はその家持をはるかに押さえ第一位の採薬数である。しかし、﹃万葉﹄と一致する歌 の割合は他の歌人の半数にも満たない。同時代の第二期歌人と比べても低い。.  次に改変率を見てみよう。赤人を除く凡そ四分の一以上の歌に改変痕が認められ、第二斯歌人と人麻呂歌の改卸. 変率が高い・本稿では詳細を省略したが・人謡歌で見た﹃六帖﹄表現の特徴は他の﹃万葉﹄歌人に於いて高馬. であった。ただし、名詞絶対性の衰退や﹁我﹂意識後退の様は顕著ではなかった。元来これらは﹃万葉﹄歌に共. 通する特徴ではなく、人麻呂歌の特異性であったと言えよう。特に改変のない赤人は﹃六帖﹄時代人に近い歌容. を持っていたということを示唆している。家持に於いても時代が下り、人麻呂とは既に変容していた。.  ﹃六帖﹄で改変されないという事実は、﹃六帖﹄時代人にその必要性を認めさせない歌の共通性があったとい. うことを意味する。逆に、人混霊歌に改変の跡が多く認められた事実は、人麻呂は﹃六帖﹄時代人から遠い存在. であったということを示す。その表現に古態性が残存し、﹃六帖﹄人の嗜好に反する特色を持っていた証左であ る。.  では、なぜその人麻呂歌が最も多く採歌されたのか。人麻呂歌は、前時代性を越えるエネルギーを内包してい.

(30) たのである。換言すると、人麻呂歌は時代に適応する許容度を備えていたということである。古色然とし新しい. 息吹を体内に養成できない作品は歴史の砂塵と朽ち果てるしかない。人麻呂歌は次世代歌人に読み替えさせる魅 力を持っていた。模倣し自詠歌に吸収したい歌垣を保持していたのである。.  ﹃六帖﹄編者が﹃万葉﹄を見ていたであろうことは、既に山岸や平井が指摘している.、、。当時﹃万葉﹄には各. 系統伝本が存していた。定訓はなく、梨壺の五人が﹃万葉﹄研究の成果を世に問うた後も、今日のようにほぼ確. 定された訓が存在したわけではない。﹃万葉﹄享受層は恣意的に読んでいたと思われる。.  平井は﹃六帖﹄の編纂態度について、﹃六帖﹄全体の考証により、題に合わせての改変を認める.、、が、﹁総じ. て六帖の編者は伝早歌を扱ふ場合その伝論歌詞を伝へるに忠実であった﹂.、.。と結論した。本稿調査︵表4︶に於. いても大勢は動かないが、﹃六帖﹄人聖歌に関しては、編者の採歌基準が明瞭に反映されていたと考える。.  人は自分が生きた時代精神から自由になれないであろう。﹃古今集﹄秋歌上詞書﹁これさだのみこの家の歌合一                                                    のうた﹂︵④一。。O︶に見られるように、十世紀は歌合が盛行した時代である。題詠の泌要時、即実践に耐え得る2. 類題和歌集の要請は必然であった。それには広範なる歌材が収録され、時代の容認する歌語に彩られた歌集が望. ましい。古語や死語は無用である。歌合は一種の競技で、卓抜した才能を誇示する歌が希求される。その時代精. 神に鋭敏であったのが﹃六帖﹄ではなかったかと考える。﹃無名草子﹄の撰集優劣を論じた項に﹁されどそれ︵引. 用者注、私撰集︶は題の歌ばかりにてきと物の用に立ちぬべきとかや﹂との評三二がある。この﹁きと物の用に立 ちぬべき﹂集に相当する歌集が﹃六帖﹄ではなかったかと思われる。.  ﹃六帖﹄は、元来個人のアンソロジー的に編纂されたのではないかと考える。私的歌集であるから歌句の言い. 替えへの忌避感は薄れ、覚書き的メモを連ねて行く。﹃⊥ハ帖﹄作者表記には編集方針が一貫しない点があった。﹁. 重出歌は異なる題の下で収録されるため、四五〇〇首にも膨れ上がった歌の異同を確認するのは容易ではない。. これらは、題による分類を最優先した編集方針に起因する。歌の真価は問わず、伝記歌・類歌等歌材を増やすた.

(31) めすべてを許容して行く。﹃六帖﹄題目録には五八○の題がある。当時の題詠に叶う、あらゆる題を網羅した歌. 辞書を志向した。その結果、多少強引な歌の読み替えも行われる。﹃六帖﹄編纂理念は、当代の歌材を網羅する. ことにあったと言えよう。この実用書は他に類がなく時代の要請と合致し、多くの人が書写し世間に流布したの. であろう。﹃六帖﹄は後世に大きく影響している.轟り。享受者にとって﹃六帖﹄成立事情は問題ではない。歌の作. 者名も二義的意味しか持たない。この﹃六帖﹄使用法が踏襲され、比較的安易に校合・書き入れが成された結果、. 多くの誤脱・遺漏が生じたのではなかったかと考える。﹃六帖﹄の混乱はその成立事情より宿命的なものであっ たであろう。.  最後に、﹃六帖﹄人丸歌の歌容を調査する。﹃六帖﹄人丸面に占める﹃万葉﹄歌は、人麻呂歌でない四三首を. 含めて一〇四首ある。﹃万葉﹄人麻呂歌は相聞に相当する歌が三三三首で全体の六八・四%を占めていた。それ を参考に相聞を別項とし引用巻を調査したのが、︵表5︶である。. 艮. ○○○. 呂   口⊥、 −⊥         で⊥6 相聞3挽歌3︶⋮︵欝島雑歌4警喩歌2︶照鱗璽. 6. 呂 p. δ轟. 口一=口. 挽歌3. 相聞62. 雑歌39.                                                  鋲  ︵表5 ﹃万葉﹄所収歌︹一宝首︺︶                              2 1鯛㎜03. 蓋口.

(32)  ﹃万葉﹄人里自尊以外の相聞相当歌は二二首で、全体四三首の五二・四%を占める。﹃万葉﹄所収歌全体では、. 相聞歌が六二首で五九・六%となる。雑歌の相聞相当歌は一六首あり、加えると七八首に上る。これは、全体の. 七五%を占める。﹃万葉﹄巻上十一からの霊歌が最も多く、作者不明歌の巻第七・十・十一・十二・十三・十四. からは七三首採っている。﹃六帖﹄編者は、﹃万葉﹄人麻呂を﹁恋の歌人﹂と認識し、作者不明の歌の巻から採 用した相聞歌に人丸の名を冠したと思われる。.  再度ここで﹃六帖﹄との比較により顕在化した﹃万葉﹄人麻呂歌の特徴を整理してみよう。  ①名詞は必須条件。.    ﹁寄物陳思﹂の題が示す如く、まさに﹁物﹂に寄せて心を陳べる。主題は名詞に託される。その﹁物﹂が.   眼前にあり歌の感動は支えられ、その場を離れては心情が再現されない。歌は臨場性を持つ。.  ②人の情動は﹁物﹂により引き起こされる。                          一.                                                             人  は  自  分  の  意  志  で  心  を  動  か  す  の  で  は  な  く  、  ま  ず ﹁ 添2     物  ﹂  が  あ  り  、  そ  れ  に  自  分  の  ﹁  心  ﹂  と  い  う  ﹁  物  ﹂  が  寄  り  葡   うから相手を恋しいと思うようになるという理解がある。恋人を想う時は、愛用﹁物﹂や思い出す契⋮機とな   る﹁物﹂が介在する。  ③形式より感動。.   ﹃万葉﹄は、﹁右件四首、︵中略︶今城伝唱云ホ﹂︵⑳碧い。左注︶のように口承されたと言われる.、。が、口調.   の流麗さを追求しない。詠歌動機となる感動が重視される。よって、反復は容認される。  ④人麻呂は﹁恋の歌人﹂。.   ﹃六帖﹄人丸歌の特徴としては次のことが言える。  ①名詞の地位後退。.    もはや﹁物﹂に絶対性はない。歌意が同じであれば、積極的に他の名詞に改変可能という意識が根底にあ.

参照

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