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線虫C. elegansを用いた異なる感覚情報の統合に関わる神経回路モデル

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Academic year: 2021

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192 トピックス 新進気鋭 シリーズ 第58回 日本生物物理学会年会 若手招待講演 1. はじめに 動物は多数の環境情報を神経回路内で統合や区別 することで,変化する環境下で適切な応答を行うが, 神経回路における複数の情報の統合や区別を担う分 子・生理機構については未知の点が残されている.本 稿では,シンプルな実験動物である線虫 Caenorhabditis elegans の低温馴化現象を用いた解析から見つかってき た,温度と酸素という複数の情報を統合する神経回路 の分子・生理的機構について概説する.線虫の神経回 路は比較的単純であるが,その情報処理の分子生理機 構はヒトと共通する点も多いため,ヒトの脳・神経系 における情報処理の研究への進展が期待される. 2. 低温耐性の分子組織ネットワーク 筆者は,動物の温度応答の基本原理の解明に向け, 線虫 C. elegans の低温耐性・馴化を解析している.低 温耐性とは例えば,25°C で飼育した個体を 2°C で 48 時間静置すると死滅するが,15°C 飼育した個体は 2°C でも生存できる現象である.さらに,25°C 飼育 個体を 3 ∼ 5 時間 15°C に置くと 2°C で生存できるよ うになる低温馴化も見つかった(図 1A)1),2) 低温耐性の成立過程において,頭部の各 3 対の温度 受容ニューロン(ASJ,ADL と ASG)が温度を受容す る.ASJ では 3 量体 G タンパク質経路が温度情報を伝 達 し1),3),ADL で は TRP チ ャ ネ ル が 温 度 を 受 容 す る4),5).ASG で は DEG/ENaC 型 の メ カ ノ 受 容 体 Na+ チャネル(DEG-1)が,温度受容体として機能する6) 組織レベルでは,ASJ のシナプスからインスリンが 分泌され,それが腸や神経系の受容体で受容され, FOXO 型転写因子を介した遺伝子発現の調節により生 体膜の不飽和脂肪酸比率が変化し,低温耐性を調節し ている1),7).低温耐性における温度受容体と組織ネッ トワークの一部が見つかってきたが,低温馴化の機構 は未知であったため,その解析を進めた. 3. KCNQ 型カリウムチャネルによる低温馴化の 制御 飼育温度依存的に発現変動する遺伝子に注目し,そ れらの変異体の低温馴化を測定した結果1),てんかん や心臓病に関わる KCNQ 型 K+チャネルの線虫ホモロ グ KQT-2 が低温馴化に関与していた(図 1B 左)8) KQT-2 は ADL 温度受容ニューロンと腸などで発現し ており,kqt-2 変異体の ADL に野生型の kqt-2 遺伝子 を導入することで,変異体の低温馴化異常が回復し た.つまり,ADL において KQT-2 が低温馴化に関与 していた. kqt-2 変異体の ADL の温度応答性を Ca2+インジケー ターである Cameleon で測定したところ(図 2),kqt-2 変異体では ADL の温度応答性が低下していた.この 異常は kqt-2 変異体の ADL に野生型の kqt-2 遺伝子を 発現させることで回復したため(図 2),KQT-2 は ADL の温度応答を正に制御することが示唆された8) 4. 飼育酸素濃度が低温馴化を制御する kqt-2 変異体の低温馴化異常が 1 年程見られなくな る時期があった.この時はこの研究を諦めかけたが, 原因が飼育寒天培地の大きさにあることを偶然見つけ た.具体的には,直径 6 cm の寒天培地で飼育した kqt-2 変異体は低温馴化に異常を示すが,直径 3.5 cm の寒天培地で飼育した場合には異常が見られなかった 生物物理 61(3),192-193(2021) DOI: 10.2142/biophys.61.192 受理日:2020 年 12 月 4 日

線虫C. elegansを用いた異なる感覚情報の

統合に関わる神経回路モデル

岡畑美咲,久原 篤

 甲南大学大学院自然科学研究科,統合ニューロバイオロジー研究所

Neural Circuit Model for Sensory Information Integration in C. elegans

Misaki OKAHATA and Atsushi KUHARA

Institute for Integrative Neurobiology, Graduate School of Natural Science, Konan University

図 1

A.低温耐性と低温馴化.B.飼育培地の直径が 6 cm の条件では, kqt-2変異体は低温馴化度が高い(*p < 0.05).

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酸素情報と温度情報を統合する神経回路 193 岡畑美咲(おかはた みさき) 甲南大・院自然科学,統合ニューロバイオ研,日 本学術振興会特別研究員 PD 2020 年甲南大院自然科学修了,博士(理学), 2020 年より現職. 2019 年ロレアルユネスコ女性科学者日本奨励賞, 2020 年日本学術振興会育志賞. 研究内容:動物の環境応答 連絡先:〒658-8501 兵庫県神戸市東灘区岡本 8-9-1 E-mail: [email protected] 久原 篤(くはら あつし) 甲南大・院自然科学,統合ニューロバイオ研,教 授 2018 年日本学術振興会賞,2021 年花王科学賞 連絡先:同上 E-mail: [email protected] URL:「甲南久原研」で検索 岡畑美咲 久原 篤 の低下は gcy-35 変異により抑圧された8).また,ADL 温度受容ニューロンは,わずか 1 つの介在ニューロン (RMG)を介して,酸素受容ニューロン(URX)と神 経回路を構築していた.以上の結果から,高酸素濃度 によって URX 内で酸素受容体 GCY-35 が活性化し, その情報が RMG を介して ADL に伝達されることで, kqt-2 変異体の ADL の温度応答性を低下させ,低温馴 化を促進させていると考えられた(図 3)8) 5. おわりに 今後は酸素と温度の複数の神経情報が,どのように 統合や識別されるかを明らかにし,脳神経系における 情報の統合・識別の新しい知見を創出したい. 謝 辞 日 本 学 術 振 興 会(20H05074, 20J30004, 21K15141, 21H02534),甲南学園平生太郎基金科学研究奨励助 成,ひょうご科学技術協会,旭硝子財団 文 献

1) Ohta, A. et al. (2014) Nat. Commun. 5, 4412. DOI: 10.1038/ ncomms5412.

2) Okahata, M. et al. (2016) J. Comp. Physiol. B 186, 985-998. DOI: 10.1007/s00360-016-1011-3.

3) Ujisawa, T. et al. (2016) PLoS One 11, e0165518. DOI: 10.1371/ journal.pone.0165518.

4) Ujisawa, T. et al. (2018) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, 8823-8838. DOI: 10.1073/pnas.1808634115.

5) Ohnishi, K. et al. (2020) Sci. Rep. 10, 18566, 1-14. DOI: 10.1038/ s41598-020-75302-3.

6) Takagaki, N. et al. (2020) EMBO Rep. 21, e48671. DOI: 10.15252/embr.201948671.

7) Sonoda, S. et al. (2016) Cell Rep. 16, 56-65. DOI: 10.1016/ j.celrep.2016.05.078.

8) Okahata, M. et al. (2019) Sci. Adv. 5, eaav3631. DOI: 10.1126/ sciadv.aav3631.

9) Fenk, L. A., de Bono, M. (2017) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114, 4195-4200. DOI: 10.1073/pnas.1618934114. (図 1B).つまり,温度以外の環境要因が KQT-2 を介 した低温馴化に関わることが示唆された8) C. elegans の行動様式は酸素濃度により変化するた め,直径 6 cm と 3.5 cm の培地中の酸素濃度を測定し た結果,直径 6 cm の培地は直径 3.5 cm の寒天培地よ りも酸素濃度が約 5% 高かった.さらに,酸素濃度の 異なる環境で kqt-2 変異体を飼育し,低温馴化を測定 したところ,10% 酸素濃度下よりも 20% 酸素濃度下 で飼育した kqt-2 変異体の方が高い生存率を示した8) 線虫には体液中の酸素濃度を検出する酸素受容 ニューロンが存在し,酸素受容体として水溶性グアニ リル酸シクラーゼ(GCY-35)が知られている9).gcy-35 変異体では,野生株よりも低温馴化が低下していた. さらに,kqt-2 変異体が示す低温馴化の上昇異常は gcy- 35 変異により抑圧されたため,酸素受容体 GCY-35 と KQT-2 は同経路で機能すると考えられる.酸素情報が 温度情報伝達の神経回路に作用する可能性を考え, gcy-35 変異体の ADL の温度応答性を Cameleon で測定 した結果,kqt-2 変異体で見られた ADL の温度応答性 図 2 ADL 温度受容ニューロンの Ca2+イメージング.野生株の ADL は 温度刺激時に細胞内 Ca2+を上昇させるが,kqt-2 変異体では温度 応答が低下する.kqt-2 変異体の ADL に kqt-2 cDNA を導入すると 異常が回復する. 図 3 温度情報と酸素情報の統合の神経回路モデル.URX で受容された 酸素情報が,RMG を介して ADL の温度感受性に影響を与え,低 温馴化を変化させる.

参照

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