戦争と暴力をめぐる記憶 : そのリアリティはいか
に構成されるか
著者
福田 雄
雑誌名
関西学院大学先端社会研究所紀要 = Annual review
of the institute for advanced social research
号
8
ページ
108-110
発行年
2012-10-31
戦争と暴力をめぐる記憶
−そのリアリティはいかに構成されるか−
福 田
雄
(関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後期課程) 本ワークショップは、先端社会研究所とオランダ戦争資料研究所(NIOD)によって共催された。 多様な研究分野から集まった報告者は、それぞれ異なる研究対象と方法論により、戦争と暴力(と りわけ第二次世界大戦における)がいかに記憶されているかについての最新の知見が紹介された。 戦争と暴力をめぐる記憶の表象は、一方では過去の悲劇を乗り越えようとする場であり、他方では 国家やエスニック集団の真正な記憶が押し付けられる場でもある。記録技術の飛躍的進歩と、戦争 ・暴力の実体験者の喪失という、記憶/忘却が加速的に進行する過渡的時代にあって、本ワークシ ョップは、記憶/忘却というダイナミックな両義的実践の多角的理解が目指された。記憶を表象するもの
ワークショップでは様々な研究対象が取り扱われることで、戦争と暴力の記憶が多様な視覚から 分析された。たとえば武田丈氏による研究報告では、被害者に自身で写真を撮影してもらいその写 真をもとに戦争の記憶を語るという手法によって、語り得ない記憶を表象しようとする試みが紹介 された。そのほかにも兵士による絵(Rene Kok 氏)や、テレビ・プロパガンダ映画などの映像媒 体(岩佐将志氏、Timothy Tsu 氏)、新聞(Kees Ribbens 氏)、アートやモニュメント(濱田武士 氏)などが、記憶の表象として検討された。ここで取り扱われている対象は、言わば物質化された 過去の記憶であり、そうしてモノ化された記憶は「いま、ここ」に対して、特別な真正性(authentic-ity)をもつものとして現前する。とりわけ記憶の特権的な保持者である当事者=生存者が次々と 亡くなるなかで、戦争と暴力をめぐる実体験をモノとして継承しようという試みは、より一層重要 性を増すであろう。 しかしながらそのような永続性を持つであろう過去の物質的表象が、どれほどリアリティあるも のとしてわれわれの現在を規定しうるかということについては、必ずしも明らかでない。むしろ、 保存されたモノの記憶がいかに不確かなもので、頼りないものであるかは昨年の東日本大震災を契 機に明らかとなった。三陸沿岸部はこれまでも周期的に津波の被害を受けてきた。津波の恐ろしさ を警鐘するため、遺物や石碑には、「ここより下に住居するな」と過去からの警鐘を鳴らすもので あった。しかしながら、そうした過去の記憶は、このたびの震災まで全く知られていないか、ほと んど気にも留められていなかったのである。この事例からは、モノによる記憶の表象が、そのとき どきの文脈で、いかにリアリティあるものとして受容されているのかという課題が確認される。 一方、これまでの記憶研究において比較的検討されていない記憶の媒体もある。Paul Connerton (1989)によると、これまでの解釈学や記憶論では、テキストやモニュメントなどのモノに「表記 関西学院大学 先端社会研究所紀要 第 8 号 108inscribedされた実践」が特権的扱いを受けてきているのに対し、儀礼や語りなどの「具体化 incorpo-ratedされた実践」は軽視されてきたという。粟津賢太(2010)もまた、戦争の記憶にかんする今 後の研究が、ナラティブというリソースの重要性を検討するべきであると主張している。では儀礼 や語りという記憶実践を検討することで、戦争や暴力の記憶のリアリティがどのように構成される のであろうか。 こうした記憶の表象とリアリティをめぐる課題に対し、筆者がワークショップで提起したのは、 語りや儀礼による記憶実践のひとつである慰霊祭や追悼式という場であった。筆者はこれらの記憶 実践を捉えるための「災禍の儀礼(Post-disaster Ritual)」という概念を提起し、具体的事例として は、長崎市の原爆慰霊行事の戦後半世紀以上にわたって行われている儀礼と語りの場を取り上げ、 社会的記憶の編成のありかたを考察した。
ナガサキの記憶の編成過程
毎年 8 月 9 日、長崎市では長崎市原爆慰霊平和祈念式典が続けられてきた。式典のなかの儀礼 は、被爆直後より遺族らを中心として行われてきたが、その形式は 1950 年代より献花、スピーチ、 合唱など現在とほぼ同じ形式で続けられている。しかし儀礼行為者の立ち位置とその方向に着目す れば、当初は祭壇の死者表象に向けられてきた儀礼が、1970 年代以降客席の生者に向けられてき たことがわかる。この儀礼の形式的変容は、新たなメディア環境による再帰性の増大や、生存者を とりまく政治・経済・宗教等の複合的要因から説明された。また当初ローカルな意味づけしかもっ ていなかった原爆の記憶が、次第に〈人類〉の記憶として読み替えられていく過程が、儀礼と語り という身体的実践の通時的変遷のなかに観察された(福田 2011)。こうして慰霊祭や追悼式という 想起の場が、〈われわれ〉の記憶を再構成する場として研究される重要性が示唆された。 この事例からは、一見永続すると思われるモノの記憶だけではなく、むしろ儀礼や語りなどの象 徴的な行為や実践のなかに、戦争や災害をめぐるわれわれの生と死のリアリティは構築されるので はないかと考えることができる。戦争や災害の教訓や警鐘など、過去の記憶やイメージは、ともに 時間と空間を共有し、儀礼や語りなどの相互行為を通して得られる関係性のなかにこそ、再構成さ れていくのではないのだろうか。 もちろん限定された事例から過度に一般化した主張をすることはできない。ただこれまでの調査 において、すでに災禍から半世紀以上経つ原子爆弾や水俣病の被害者および遺族からは、生存者亡 き後、これら悲惨な経験が忘れ去られていくのではないかという不安の声を聞くことがしばしばで あった。戦争や暴力のリアリティを新しい世代といかに共有し語り継ぐかという問題は、喫緊の課 題として当事者の間で危惧されている。戦争と暴力をめぐる記憶を研究するわれわれにとって、こ うした問題にどのように応答しうるかが、求められているように思われる。 参考文献 粟津賢太,2010,「現在における『過去』の用法−集合的記憶研究における『語り』について」関沢まゆみ編 『戦争記憶論:忘却、変容そして継承』,昭和堂 先端社会研究所 特集 国際共同ワークショップ 109Connerton, Paul, 1989,“How Societies Remember”,Cambridge England ; New York Cambridge University Press.(= 2011,芦刈美紀子訳『社会はいかに記憶するか:個人と社会の関係』新曜社) 福田雄,2011,「われわれが災禍を悼むとき:長崎市原爆慰霊行事にみられる儀礼の通時的変遷」『ソシオロ ジ』56(2):77−94. 関西学院大学 先端社会研究所紀要 第 8 号 110