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社会的空間の「個室化」現象と言語行動

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Academic year: 2021

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(1)随. 想. 社会的空間の「個室化」現象と 言語行動. 小. 林. 若者を中心とした 日本人の言語行動の 在り様が近 ごろ気になる.今後益々,デジタル 通信メディアへ の 依存度が高まることで 対人的言語コミュニケーシ コ ンを回避する 傾向が強まり ,引いては意見を 交換 したり議論をたたかわせたりすることがなくなって. しまうのではないかと 心配になってきたのであ ここでは社会的空間の「個室化」という. る. 視点から. 現時点における 若者の言語行動にみられるいくつか の特徴と問題点を 指摘し,あるべき方向性について 思、 うところを述べることにする. 社会的空間の「個室化」. 個々人が帰属する 集団,コミュニティⅠ社会な どといった,構成メンバーが 共有し合う活動の 場の. 一部を,個人が自分勝手に切り 取って自己の 空間と して独占することを ,私は社会的空間の「個室化」 と呼ぶ・昨今,この 現象が 10 代から 20 代の若年層の あ いなでにわかに 進行しているように 思われてなら ない・一部の 中年層以上にもこの 現象は見られるが ,. やはり現代の 若者に特徴的なことであ る. この現象の要因にはさまざまなものがあ ると思わ れるが,ここ 四半世紀のあ い だに見られる 家電 (家. 庭電化製品 ) のパーソナル 化・ポータブル 化が最も 大きく影響しているのではないだろうか.その ょ う な家電の典型的なものとして ,ウォークマン ,携帯 電話・ PHS, そしてパソコンをあ げることができる. いずれにも共通して 言えることは ,従来家庭という 空間に据え付けられたかたちで ,最初は家族構成メ ンバー複数で ,その後は個々人で 利用されていたも のが,「個人」に 携えられる恰好で 社会的空間へと 出 ていくようになり ,社会的空間の中にあ ってもまる で家庭内での 個人使用のごとく ,まさに「個室化」 したところでこれらの 機器が使われているというこ とであ る.. 正. 佳. まずウォークマンであ るが,その前身はステレオ であ る.ステレオは 家庭内で大きめの 家具といった 趣を呈し,最大30 センチの規格のレコード 盤 という メディアを通じ , 主に録音された 歌や演奏を臨場感. 豊かに再生して 楽しむものであ った.ヘッドフォン をつけることで ,個人使用が可能になったが ,楽し む場所を変えようと 思っても到底可動できるような 大きさと重さではなかった ,だがその後,ウォーク マンの登場でこのステレオ 並みの音を,いつでもど こでも楽しむことができるようになったわけであ. る. 録音メディアもオーディオカセットテープから 始ま り ,デジタル化,軽量化の 流れのもと, コンパクト ディスク. (CD), ミニディスク (MD) と,スマート. な形に変化してきた. 電話の場合も ,その大きさこそステレオに 比べて ずっと小ぶりになるが ,配線コードで家庭の壁につ なげられているため ,当初はやはり 可動させて使う ことはできなかったし ,たいていは一家に一台だっ たため家族全員で 共有していた.その 後,コードレ ス電話や子機の 出現によって ,「個室化」が始まった のであ る・そして携帯電話や PHS が凄まじい勢いで. 普及した現在,若年層を 中心にしてこれらが 日常的 に利用される 様は,都心の繁華街などで 目にするか ぎり,四半世紀あ るいはそれ以前の 映画や劇画など に描かれていた 未来絵図そのものという 感があ る. 最後にパソコンであ るが,これも 現在の汎用性の 高さからはお ょそ 結びつきにくいぐらい 大型で ,専 聞知識をもつ 人によって特定分野でのみ 用いられる 代物であ った・ところが ,デスクトップ,ノートブ ック,サブノート ,. ミニノート,パームサイズとい. ったように,どんどん 小型・軽量化していった.さ らには腕時計型やへ ッド ギア型の身につけて 使う コ ンピュー タ まで登場している.また ,主に各種ゲー ムをするためのファミリーコンピュータも ,当初は.

(2) 156 (156). 横浜経営研究. 第 21 巻第 1 . 2 号 (2000). 家庭のテレビにつながないと 使用できなかったもの が,今や手の平にも余るほど 小さくて気軽に 遊べる ものも現れ,若者のみならず 就学双の幼児でもこれ らのゲームを 楽しんで い る. この ょ うに家電のパーソナル 化・ポータブル 化が. 主要因となってもたらされたと 考えられる社会的空 間の「個室化」現象は ,「個室化」を 享受する人間に とっては自宅の 空間と社会的空間との 境界がなくな っていて,いついかなるところであ っても「個人」 としての行動に 移行できるということを 示している のであ る.. また, この「個室化」は 若者のごく日常的な 活動 にも 養 われている.先の 家電の例で言えば ,電車・ バスの車内や 飲食店内などでの 携帯電話・ pHS の使 用があ げられる.近ごろは 非使用者の目が 厳しくな ったことなどもあ って , 自ら発信することはだいぶ. 控えられるようになってきたが ,「かかってきた 電話 には出てよい」という 自分本位の了見なのだろうか。 相変わらず受信して 会話を始める 人は少なくない. ウォークマンの 場合は,かなりの音量で聴いている と推測できるほどに ,再生中の音楽がへッ ドフォン. や 々ヤ フォンから漏れ 聞こえてくることがよくあ る. その他,同じく 公共の車中での 飲み食いおよび 化粧, 駅双や街頭での 百座りとキスや 抱擁なども「個室化」 の視点からすれば 十分に理解できる.通常は 自宅や 自宅の自室で 行なっていることを ,社会的空間の中 に 勝手に設けた「個室」でも 同様に遂行しているわ けであ る. いくつかの若者ことばに. 若年層にここ 一 ,二年2. 用いられることば・. 表. 現に「自己 中 ( じ こちゅう ) 」「自分的 ツ 私的には」 「マイ・ブーム」があ るが,私にはいずれの 中にもす でに述べてきた「個室化」あ るいはエゴイズムを 感 じる.このように , 已や 一人称単数が 使われている. ことから,いかに 若者のあ いだで個人主義化の 進行 と自己顕示性の 高まりがあ り, さらにそれを 互いに 認め尊重し合う 程度にまで「 個 」が認知されている かがうかがえる. 「自己 中 」はまさに自己中心的であ って周囲への 配慮のない他者を 記述あ るいは非難することばであ る.若者たちのあ いだでも,エゴが 出過ぎるとこの ように評価されることになるのであ ろう・このこと ばは「私って 自己中だから‥・」というように ,他者 ではなくしばしば 自分に向けても 使われているよう. だ.「マイ・ブーム」はどうだろうか・かつては, 「. 食べるのがマイ・ブームなんだ ,」とか「私のマイ. ,. ブームはねえ ,深夜に 3 時間ぐらいかけてお 風呂に. 入ること.時々眠っちゃったりすることがあ って, そんな時は 5, 6 時間かな.」というように高尚な趣 味とはほど遠く ,およそ個人の 嗜癖としか思えない ようなことをも 公然と ロ にして 悼 らない.また,「自 分的 ツ 私的には」と 前置きすると ,やはり一見かな り 大胆で思いきった 個人的発言が 可能になるようで あ る. ところが, このような自己顕示が 若年層のあ いだで受け入れられ 一般化してきているように 表面 上は見えていて ,実のところこれらの 若者ことばは 断定を避けたり ,発言内容への責任や深入りを 逃れ ようとする自己の 保身的機能を 担った緩衝的表現に なっているように 思う.つまり「個人」としての 自 己を他者に知ってもらいたい 理解してもらいたいと いう欲求を満たそうとすると 同時に,本質的な 部分 では他者から 干渉されず,傷つくこともなく 放って おかれたいという 欲求をも満たそうとする ,今日の 若者の気質や「ノリ」を 象徴しているような 表現形 式であ り,その使用法でもあ るということであ る. 「個室化」における 言語行動の特徴 先に示したパーソナル 化・ポータブル 化を果たし た 三大家電を「個室化」状態で 使用する場合,若者 はどのような 言語をどのように 用いているかを , 面. 見られる「個室性」 く. 生け花を少々たしなんでおります.」とか ,「ほんの 手習い程度ですが ,陶芸をはじめました ,」などと極 めて 奥 めかしいものであ った. ところがこの「マ イ・ブーム」なるものは ,「ご飯にマヨネーズかけて. ご趣味は ? 」ときかれれば「お 恥ずかしいですが ,. と向かった対人コミュニケーションを 念頭において 考えてみたい.まずウォークマンでは ,基本的に聴 取のみの一方的なコミュニケーションになっている・ 多くの場合音楽を 聴いているようなので ,利用者が その音,メロディ , リズム,歌詞があ れば意味など. を心や頭に刻み 込ませていると 考えられる.言語行 動としては,この 利用者が心の 中であ るいは声にし て歌詞をオウム 返しすることがあ るだろう・. ここで. は,単なる「個室」への 引きこもりか ,せいぜぃ創 通性のない言語使用がなされている 程度であ る・携 帯電話・ pHS での通話では ,相手と「つながってい る」ことが最も 大切であ る場合が多いようで ,そう 考えると表面的もしくは 中身の薄い会話が 交わされ ていることになる.かつて 電話が茶の間に 固定され ていたときには ,用件のみの通話が主目的であ った し,かりに私的なことを 話すにしても 家族に話しの 中身が筒抜けになるために ,話し手は緊張して 真剣 に , 時にはこそこそと 通話していたわけで。. ただ.

(3) 社会的空間の「個室化」現象と. 言語行動. 「つながっている」だけの 中身のないやりとりはご 法 度であ った.「個室化」した 通話に対しては 家族構成 メンバーたちの 風当たりが強かったわけであ る.パ ソコンに よ る通信の場合は ,メディアの持つ密室性. や匿名性ゆえ ,人間の五感すべてを 使う対人的コミ ユ ニケーションと. 比べて,ある部分に特化したり 肥 大化してバランスの 良くないコミュニケーションが 展開される可能性があ る. したがって , 妙にデジタ. ル化されて血のかよっていないようなものや ,時に は倫理道徳感の 著しく欠如した 暴力的コミュニケー 、ンョン がとられることもあ るだろう.チャットは 即. 特進行で複数の 人間と双方向の 対話ができるチヤン ネルだが,空虚な 時空間を「とりあ えず埋める」ぐ らいのことにしかならず ,いっそう虚しくなるとい う利用者の声を 聞いたことがあ る.最後にゲームで あ るが, ここでは暴力的なことば ,相手を罵倒する ことは,感情を 吐き捨てるようなことばが「個室」 に充満することがあ るのではないだろうか.何やら. (小林. 正佳). (157) 157. 言論を鍛錬する 必要性 ここまで現代における 若年層の言語行動や 振る舞 いに見られる 特徴を批判的・ 悲観的に捉えるかたち で述べてきた.すべて 私の杷 夏 であ ればよいが,そ れほど見当はずれではないだろう.ただ ,彼らにも 現在の中高年層が 若かった頃 には持ち合わせて い な. かったような 長所がたくさんあ る.たとえば,異質 なものや新奇なものにも 関心を抱いて 果敢にあ るい は友好的に接近していく 勇気や柔軟性であ るとか, 事大主義的安定に 固執せず, 自由や気楽を 自ら追求 していく退しさなどであ る.私はそういう 若者たち に,ぜひとも 言論を鍛えてほしい ,言語運用トレー ニンバをしてほしいと 思っているし 広 い 意味で教 育に携わるすべての 人に与えられた 使命であ るとも 考えている. 抽象的な言い 方になってしまうが ,集団,社会, コミュニティ 一などの中で ,人間の発することばが. 殺気だっていて , 自己の利害を 優先させるあ まり他. どれほどの重みを 持ち, どんな影響を 及ぼすものな. 者への思いやりを 欠くエゴイストが 育成されている ようで好きになれない.. のかというトレーニンバを , 殊に学校教育の 場にお いてどしどし 行 なって い くべきだと 思、 う .そういう. 車中で化粧をしたり 地べたに座ってはいけないなど のマナーや素行について 苦言を呈しているのではな い.私が言わんとすることは ,そのような (言語 ). . 12 年に改定され ,同14. 15 年 2 施行される「学習指導要領」 (小・中・高校 ) の 内 容は ,額面通りに受け取るならば 追い風になりそう であ る.それと言うのも ,そこでは改定のねらいと. 行動様式のために 対人的コミ. して,スピーチ・ 討論,ディベート ,. 私は飲食店内で 携帯電話を使うべきではないとか ,. 斗 ニケーションの. 場に. おいて必要となり 発揮されるべき 言語運用能力, す な む ち,情報や意思の 伝達,相手への働きかけ,真 理の探求,決め事,説得などを行なうために 言語を 適切に用いることが 面倒になったり ,できなくなっ てしまうのではないだろうかということであ る.二 者あ るいはそれ以上の 数の人間が向き 合って対話す るという状況に 特徴的なことは ,電話やE メールなど のチャンネルで 行なう場合と 違って,先に触れたよ うに,人間の 有するいわゆる 五感 (視覚,聴覚,嗅 覚,触覚,味覚 ) すべてを互いに 働かせてやりとり をするということであ る,いくぶん飛躍した言い 方 をすれば,この 状況では社会的・ 心理的生き物とし ての人間同士が 生身で真剣にぶっかるのであ る.だ からこそ,そこでは「個室化」に 依拠した言語運用 は機能しなくなる.. 意味では,平成11 0. 自ら調べ・ま. とめ・発表する 活動を積極的に 授業に取り入れ , 自. らの 力 で論理的に考え 判断する能力,自分の 考えや 思いを的確に 表現する能力の 育成を重視することが 調われているからであ る.一方,内閣総理大臣の諮 問機関からは ,英語を日本の 第二公用語とする 案 (個人的には反対であ るが ) が答申されて 議論を呼ん でいる・ 日本語による 言論の鍛錬の 重要性と緊急性 からすれば,これの 検討はずっと 後に回すか,比較 すれば小さな 問題であ ると私は思っている.正しく 美しい日本語および 表面的・形式的な 英語が使える ようになることより ,自己の主張と 他者の尊重を 意 識・考慮して 日本語を潔く 使えるようになることの ほうが,はるかに 日本人にとっての 国際化と国際貢 敵 にっながるはずであ る. じ ばやしまさ よ し 横浜国立大学経営学部助教授. コ.

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