第
20
回日本レクリエーション学会
(
大会発表論文集)
平
成
2
年
1
1
月
1
0
・
1
1
日
於
:
明 治 大 学
第
2
0
回 日 本 レ ク リ エ ー シ ョ ン 学 会 大 会 発 表 論 文 集原 稿 提 出 要 領
1 .印刷・製本 発表論文は、提出された原稿をそのまま縮写し、論文一題につきB5
版見聞き 2頁 に オ フ セ ッ ト 印 刷 さ れ 、 レ ク リ エ ー シ ョ ン 研 究 ( 大 会 発 表 論 文 集 ) と し て 製 本される。2
. 原 稿 用 紙 提 出 原 稿 は 、 指 定 の 原 稿 用 紙 (A4版) 2枚 に 限 る 。 な お 予 備 を 含 め 合I汁4枚 の原稿用紙が同封されている。3
. 文 字 本 文 文 字 は 、 邦 文 タ イ プ (4号 活 字 ) ま た は ワ ー ド プ ロ セ ッ サ ( 12ポイント・ 24ドット以上)を用いて、横書き印字したものに限るO4
.演題・氏名等 ① 演 題 は 、 原 稿 用 紙 上 部 第l行と 2行 を 用 い 、 副 題 が あ る 場 合 に は 行 を 改 め て 記載するO ② 演題には、本文より大きな活字または倍角文字を用いること。 ③ 氏名は、 j演寅者と共同研究者について行を己改文めて区別し、 j演寅J
前にO
印を付けることO ④ 所 属 機 関 名 は 、 氏 名 に 続 い て ( )内に記入する O また複数の共同研究~-が 同 ー の 機 関 に 所 属 す る 場 合 に は 、 ま と め て ( )内に記入するO5
.キーワード 論 文 の 内 容 を 適 確 に 表 札 す る よ う な キ ー ワ ー ド を 、 第6行甘に 2- 5品位!11:l記 載すること。 6 . 本 文 ① 本文は、目的・方法・結果・考察・結止命など、できるだけ分か 1)やすくまと め、研究論文として完結していることO ② 本文各段は、最初の一字分をあけて書き始めること。 ③ 原稿用紙の字数は、4
0
宇X40
行 の1
,6
0
0
字となっている。 ④ 図表などを使用する場合にも、必ず本丈枠内に収めることO7
. 送 付 要 領 ① 同封の厚紙にはさみ、原稿とそのコピー2
部を同封のこと。 ② 同封の提出用封筒を使用し、書留郵便(簡易書留ilJ)で郵送のこと。 ③ 提出要領が守られていない場合には、原稿を受付けない場合がある。 8 . 締 切 期 日 平 成2年9月15日(土〉 当日消印有効9
. 送 付 先 干3
0
5
つ く ば 市 天 王 台1-1
筑 波 大 学 体 育 科 学 系 吉 田 章 気付 日本レクリエーション学会 編 集 委 員 会 宛第2
0
回日本レクリエーション学会
大会開催にあたって
日本レクリエーション学会
会 長 浅 田 隆 夫
今日、科学技術の革新により情報化・国際化が一段と進み、乙れに伴って、自由時間
の増大とともに物心両面の「ゆとり」が志向され、しかも、一人ひとりのライフスタイ
ルにマッチした生活文化のあり方が希求されるようになりました。
しかし、これに応える産業部門の振興や環境・施設の整備も、人材養成やプログラム
開発も、行政施策の遅れもあって、かなりの社会的遅滞がみられます。それだけに学者
・研究者や研究者集団の援助が求められているといえましょう。
また、臨教審の答申に基づき、文部省も生涯教育局を設け、来たるべき生涯学習社会
を志向して生涯学習振興法を作成、環境・施設の充実や人材養成をはじめ地域の生活文
化の活性化を意図しています。
本学会は、発足以来
2
7
年自に当たり学会大会という名称では
2
0
周年という節目を迎え
ました。
乙のような内外の情況を踏まえながら、本年度は、会員の個人発表の他、基調講演や
シンポジウムのテーマを設定し、斯界の名土をお迎えして盛大に行うことになりました。
会員のみなさんはもちろん、会員以外の方々のこ、、参加を心から期待しております。
1.主 2. 主
3
.
期4
.
会5
.
日 6. 研 究 発 表 7. 実行委員会日本レクリエーション学会
第
20回大会開催要領
催 管 日本レクリエーション学会 日本レクリエーション学会第20回大会実行委員会 開 場 平成2年11月10日(土)・11日(日) 明治大学(大学会館) 〒101 千代田区神田駿河台 1- 1 .. 03-296-4 5 4 5 程 11月10日(土) 13: 00 受付開始 14: 00 基調講演 15: 20 15: 40 シンポジュウム 17 : 40 18:00 懇 親 会 20: 00 11月11日(日) 8 : 30 受付開始 9 : 00 研究発表 11 : 40 12:00 理 事 会 13:00 総 会 14 : 00 研究発表 16:00 終 了 レクリエーション研究第20回学会大会発表論文集として掲載 〒168 杉並区永福1-9-1 明治大学和泉校舎 保健体育研究室内 委員長 黒 田 信 寛 委 員 寺 島 善 一 星 野 敏 男 つ 白第
20回日本レクリエーション学会
大会本部企画
。
大会テーマ 『生涯学習時代のレジャー・レクリエーション』 ‘人生80年時代をいかに生きるか'。今乙の問題が、日本人一人ひとりの課題となっていま す。人生80年は、生涯生活時聞に換算して70万時間。このうち生涯の労働時聞が l割にまで 短縮し、代わって自由時聞が3割にまで拡大する見通しです。すなわち、乙れまでの仕事人 生に加えて、レジャー・レクリエーションの人生を充実して生きることが重要な課題となっ て来ます。 学問の分野においても、行政の分野においても、乙の人生80年時代に向かつて様々なプロジ ジェクトを展開していますが、日本レクリエーション学会でも20周年を記念し、乙の問題lと 取組んでみました。O
基調講演 『生活文化としてのレジャー・レクリエーション』 講 師 : 小 塩 節 氏 中 央 大 学 教 授 司 会 : 徳 久 球 雄 氏 青山学院大学教授(学会常任理事) 小塩先生は2年聞にわたり、経済企画庁国民生活審議会の余暇・生活文化部会座長を務め られ、乙の度、人生80年時代の価値観・ライフスタイル・社会システムの在り方についてと りまとめをなさいました。乙れらのプロセスを通して、先生御自身が、これからの時代の生 活と社会をどのように感じとられたのか、語っていただきます。 @ シンポジュウム 『学習社会におけるレジャー・レクリエーション』 パ ネ ラ ー : 稲 垣 良 典 氏 九 州 大 学 教 授 佐 藤 敏 夫 氏 野中ともよ 氏 司 会 : 松 田 義 幸 氏 東 京 神 学 大 学 教 授 中 京 女 子 大 学 客 員 教 授 筑波大学 助教授(学会常任理事) 我が国では、レジャー・レクリエーションがまだまだ周辺的な問題と受けとめられてい ますが、もともとは人生の中心的問題、幸福の問題としてとらえられていたのです。そこで シンポジュウムでは基調講演を受け、日常の具体的生活の次元でそれをいかに実現すべきか を議論してみたいと思います。 稲垣先生は、アリストテレス、トマス・アクイナスの研究で知られ、レジャー哲学の在り 方を示したヨゼフ・ピーパーと親しくこの問題を研究されました。そして乙れからの社会を、 学習社会として構想されています。 佐藤先生は、 「レジャーの神学」を著わされ、自由時間の多い人生をいかに充実して生き るべきか、この問題を思索し続けられています。中でも自由学芸とレジャーの問題に関心を 寄せられています。 野中先生は、国民生活審議会の余暇・生活文化部会委員として、レジャー・レクリエーシ ョンの哲学・プログラムを、私達の具体的な生活の次元でいかに実現すべきかユニークな提 案をされています。 3-第
20
回日本レクリエーション学会発表演題
(大会フ。ログラム)A
会 場 =9 :
0
0
く 座 長 : 鈴 木 祐 一 〉A-1
レジャー時代の余暇教育0
久川 太郎(流通経済大学)A-2
ヨハン・ホイジンガのプレイ論に関する歴史的研究0
杉浦恭(筑波大学大学院研究生) A-3 東洋的身体観に基づくレクリエーション概念分析の試み0
芳賀健治(東京家政学院大学)1
0
:
0
0
く 座 長 : 北 僚 明 美 〉A-4
r
レクリエーション指導」概念の変遷と展望0
千葉和夫(日本社会事業大学) A-5 ニュージーランドにおけるガーデニングのレクリエーション的価値0
杉尾邦江(プレック研究所) A-6 自 然 意 識 (2 )0
塚本 珪一(大阪薫英女子短期大学) 11 :0
0
く 座 長 : 芳 賀 健 治 〉A-7
キャンプ経験による児童の自然観の変化 連想法を用いて0
中 野 友 博 ( 筑 波 大 学 )A-8
冒険キャンプ経験が児童の一般性セルフ・エフィカシーに及ぼす影響 12: 00-13: 00 理事会 13: 00-14 : 00 総 会 14:0
0
く 座 長 : 鈴 木 秀 雄 〉A-9
キャンプに対する高齢参加者の意識0
関根章文(筑波大学大学院) キャンフ。参加高齢者の不安を中心として0
中島一郎(国際武道大学)A-10
神奈川県における盲人卓球 練習を支援するボランティアを中心に0
渡辺 文治(神奈川県総合リハビリテーションセンター) 14: 40く 座 長 : 西 野 仁 >A-
l1 生涯学習社会に向けての生涯学習システムとしての地域生活文化 山形・黒川能を支える人々の生活史研究をモデルとして 。梅津 佳子(日本航空レジャーライフ研究所研究員)A-12
転換期における国民体育大会の意義と役割に関する調査 特に生涯スポーツの振興事業としての観点から0
鴨井啓(大竹総合科学専門学校) - 4ー=B
会 場 =9
:
0
0
く 座 長 : 赤 井 利 男 〉 B-1r
歩くスキー」の概念の明確化に関する一考察0
三 浦 裕 ( 北 海 道 教 育 大 学 )B-2
1
0
0
キロハイクに関する研究 0佐 藤 初 雄 ( 国 際 自 然 大 学 校NOTS) B-3 ホノルノレマラソン完走者の満足要因の分析 日本人完走者を対象として0
松本耕二(鹿屋体育大学大学院)1
0
:
0
0
く 座 長 : 秋 吉 嘉 範 〉B-4
地域におけるスポーツイベントの研究(1) 菜の花マラソン完走者の満足要因の分析0
野川 春夫(鹿屋体育大学)B-5
地域におけるスポーツイベントの研究(2
)
ボランティアの継続意欲を規定する要因の分析0
長 ケ 原 誠 ( 鹿 屋 体 育 大 学 ) B-6 地域におけるスポーツイベントの研究 (3) 地域ビジネスとの関連から0
菊池秀夫(鹿屋体育大学) 11 :0
0
く 座 長 : 中 島 豊 雄 〉B-7
成人男性のライフステージから見たレジャー・ライフスタイル0
)
1
1
西 正 志 ( 鹿 屋 体 育 大 学 ) B-8 成人男性の旅行型レジャー実施者のバケーション・ライフスタイル1
2
:
00-13: 0
0
理事会1
3
:
00-14 :
0
0
総 会1
4
:
0
0
く座長:石井 允〉0
北村 尚浩(鹿屋体育大学)B-9
スポーツにおける若者(女子)のライフスタイル0
梅津迫子(女子聖学院短期大学) B -lO 現代青年(女子)のスポーツ意識・行動の傾向について0
松浦三代子(東京女子体育大学) B-11 女性の余暇活動参加歴ζl関する研究0
三宅 基子(日本レクリエーション協会)1
5
:
0
0
く 座 長 : 師 岡 文 男 〉 B-12 リゾー卜地におけるレジャー・ダイパーの意識について0
千足耕一(筑波大学大学院) B-13 民間スポーツクラブの将来予測に関する研究 E 成熟期におけるスポーツクラブ運営への提言0
冨山 浩三(大阪YMCA
社会体育専門学校) 5-参 加 者 へ の 御 案 内
1 . 受 付 11月10日(土)午後1時および11月11日(日)午前8時30分より受付を行います。下記参加 費をお支払い下さい。 正会員・特別会員 学生会員(資料代) 名誉会員・賛助会員 その他一般の方(当日会員)2
.
大 会 本 部 明治大学経済学部事務室3
.
車輔の入構について 大学構内への入構および駐車不可能です。 4. 休憩と食事 大学近隣の食堂が営業していますのでご利用下さい。 5. 会場内禁煙のお願い 発表会場内は禁煙です。喫煙所でお願いします。(発表者へのお願いとお知らせ)
1 . 発 表 受 付3
,0
0
0
円 1 ,0
0
0
円 無料3
,0
0
0
円 各発表会場の入口で発表受付を行います。各自の発表時刻の30分前までに受付をすませ、「次 演者席」におつき下さい。2
.
発 表 資 料 研究発表補足資料等については、 100部を発表受付時に提出して下さい。資料lとは、必ず演 習番号(例・A-l
、A-2)
、演題、演者氏名を明記して下さい。- 6
ー3
.
ス ラ イ ド スライド映写を希望される方は、発表受付にあるホルダーに、各自で1)国序正しく正像ζl写る ように挿入して、発表受付にど提出下さい。スライドの大きさは、 35捌フィルム用の標準マウ ント (50x50伽)に限ります。4
.
発 表 時 間 各発表演題につき、発表15分、質疑討論 5分程度です(13分一ベノレ1回、 15分ーベjレ2回、 セッション終了一ベル3回)。なお質疑討論は、各発表セッション毎にまとめて行います。 (座長へのお願いとお知らせ) 各発表会場の人口で座長受付を行います。座長開始30分前までに必ず受付をお済ませいただき、 開始2
0
分前までに「次座長席」におすわり下さい。 時間を厳守して進行させるようにど協力下さい。 質疑討論は、各セッション毎にまとめて該当時間内でとり行なうようにお願いします。 発表取消などで空き時間ができた場合は、討論や休憩にあてられるなど、自由にご裁量下さい。 告す論者・質問者へのお願い) 挙手のあと、座長の合図を待って、所属、氏名を告げたのち、参加者にわかるように発言して下 さし、。 一7-発 表 論 文
-│A-l!
レジャー時代の余暇教育
O
久川
太郎(流通経済大学)
余暇教育
I
はじめに
我が悶 l
とも、レジャ一時代が到来した。それは、労働時間の短縮、週休
2
日制・夏季
J斉休暇等の普及
l
とよる労働環境条件の改普、耐久消費財の背.及
ζ よる久
κ
i
k
‘勺:
'
/
1
悦
v
の解放、あるいは人々の余暇
t
活百動
ζ 対対.する欲求の
κ
l
Id高
:
河
可
ま
り
l
に
ζよるものでで.あつた
Oしかし急激
な社会変動、産業文明の進展は価値感の変動を
'
t
じ、社会や個人に、余 1
1
/
1
時代
ζ 対する準
l
備をするひまを与えてくれなかった。現代の生活にみられるギャンプル、アルコール、ス
ピード、短期集中型の旅行だけがレジャ一時代の欲求を充足させるものではなし、。むしろ、
乙うしたものの異常なまでの普及乙そが、レジャ一時代
ζ 適応できなかった人間のノイロ
l
ーゼ現象とみるべきであろう。レジャ一時代が到来した今乙そ、私達は、今まで #ìi~,[労働
と対比して見られてきた余暇を新たな視点から見直し、レジャ一時代
ζ 適応できる社会体
l
制を整ねばならない。今回は、現在の我が国の余暇活動を分析し、その問題点を明らかに
して、レジャ一時代に適応するため社会体制等の整備、さらに余暇教育の必要性について
述べたい。
H
我が
L
liJの余暇活動と問題点
我が国の現在の余暇活動は、
PfHJ 1
休
UJ 1
3
L
J
以上の長期
l
の休
n
r
:
A
JK
I
?
<
.
分されよ
う。まず平
L
I
の余暇活動では、「テレビ・ラジオ・新聞・雑誌などの見聞き」、
「何もし
ないでのんびりする」など休養型、疲労回復型が圧倒的に多い。次に休日の余暇活動をみ
ると平
r
r
と同様
ζ 「テレビ・ラジオ・新聞・雑誌などの見聞き
l
J
が一番多いが、
「家族と
の団らん
J1
友人などとの交際
J1
軽い運動やスポーツ活動
J1
趣味・娯楽
J1
飲食・ショ
ッピング
J
といった室内から戸外へあるいはより創造的な活動が多くなる傾向が見られ
る。さらに、
3
[1以上の長期の休暇で・の余暇活動は「宿泊を伴った旅行
J 1
日帰りの行
楽
J 1
ドライブ
J
など費Hlもかかる活動の占める割合が多くなっている。
このように我が国の余暇活動は余暇時間の増大と経済的ゆとりから欧米型に近づき一見
望ましいように見えるが、それは表向きのことであり、本当のゆとりの中でのレジャーに
は程遠いと思われる。それはゴールデンウィーク等のすどし方を見ても言える。すなわち
過密スケジュールによる駆け足のレジャー
ζ なりやすく、心身のリフレッシュにならない
l
ばかりか、事故につながっ恐れすらある。このよう
K
我が│司のレジャーには①知期間中
刑であるとと②最近は旅行先でスポーツを楽しむ傾向があること①移動
I
C
,
/
(
が
不
JI川される
ため往復とも交通渋滞 lζ 疾れーイライラを募らせると大!H故 lζ つながる危険'1~1:があることが問題点としてあげられよう。さらに今後レジャーはますます大衆化し大型化してゆくと
考えられるわけで、快適な余暇をすごすための社会体制や施設の整備が重要で、あり、また
学校や社会で・の余1
1
限時代
ζ 適応するための余暇教育が急務となってくると考えられる。
l
I
I
I
レジャ一時代に対応した社会体制と施設の整備
今まで見てきたようにレジャ一時代を迎えた我が国の余1I
11A活動を更に充実したものにす
-10
一るためにはレジャ一時代 K対応した社会体制と施設の整備が必要である。余暇 l
ζ
対する考
え方は入社後
51
f
以内の人では「仕事は仕事、余暇は余暇
J
と考える人が多く、仕事優先
の従来の見方とは顕著な差が認められる。また「休日にもっともしたい乙と
J
では、
ド
ラ
イフ¥ハイキング、旅行、参加するスポーツといった能動的な活動を求めている。若い人
のみならず私達が余暇や臼由時聞をもっと楽しむために、労働時間の短縮、夏季等の長期
休暇の普及、更に平日の休暇をとりやすくすることによって余暇施設を効果的に利川でき
るようにするなどが考えられる。
ζれらにより日本特有といわれる短期集中型、また岡一
的なレジャー活動が、多様化・個性化してゆくと思われる。さらに企業の厚生施設の充実
を待つだけでなく安く良質な公共の宿泊施設の充実、スポーツ・文化センターの整備、身
近な公園や公共施設の整備といった施設の整備があげられる。
n
本ではレジャーl
時代の到
来といってもまだレジャーの時間や費Jll
I
C
余裕がなく表向きの華かさとは裏腹に、本当の
ゆとりの中でのレジャーには程遠
L、。乙れらレジャー時代
K
対応した社会体制と施設の整
備によってゆとりのあるレジャーが可能となると考えられる。
I
V
余暇教育
我が│現の余暇活動は、ゴールデンウィークのすどし
J
j
を見ても解る通り、まだまだレジ
ャーブーム l
ζ
踊らされた、アンバランスな余暇感覚が感じられる。今後ますます大衆化さ
れ、個性化する余暇活動 l
ζ
対応するためにはライアサイクルに合わせた余暇教育が急務と
なってくる。それは学校や公共機関等
ζ
i
おける趣味やスポーツを楽しむ能力の育成する乙
とである。高令化社会を迎える我が国は、学校教育の中でも心身のバランスのとれた発行
を
U
指すとともに、余暇時代 l
ζ対応する教育が必要となってきた。例えば小学校から大学
にす
i
るまで特
l
と高校・大学では社会生活
ζ
l
適応するため従来の部活や正課の
Q
l
l
c
新たな積
L
I
が加わる乙とが望ましい。現在大学の体育実技の
r
T
I
C
、ゴルフ、ボウリング、
トレーニ
ング、フィットネス(ジュギング)などの種目が実施され始めている。その数はまだ多く
はないが、そとにはレジャ一時代に対応しようとする姿がうかがえる。また学校教育のあ
らゆる場而でもレジャ一時代に対応するための意識や考え方が学ばれるべきである。さら
に学校だけでなく、地域活動の中でも趣味やスポーツを楽しむ能力を育成するために、各
種の教室の開催、サークルの形成、余暇行事の実施、活動の場の提供といった乙とが必要
になってくる。そしてこれらの活動が地域に定着した時 l
ζ
、余暇活動は、平日の活動も休
養型から創造型へと移行してゆくと考えられる。
V
終わりに
我が国の余暇活動はレジャ一時代到来といわれ表
/
i
iJきは草-やかに見えるが、本当のゆと
りの中でのレジャーには程遠い。また相変わらず悲惨な海
山の事故や交通事故が絶えな
い。それはレジャー1I;~:fUc 適応できなかった人々のノイローゼ現象であるとも考えられる。私達は今後さらに大衆化され、個性化するレジャーに適応するために、レジャ一時代
ζ
l
対応した社会体制と施設の整備が必要であり、さらに学校や公共機聞における趣味やスポ
ーツを楽しむ能力を育成し、余暇活動を創造的で個性豊かなものにするための余暇教育の
充実が急務であると考えている。
-11一│A-21
ヨ ノ 、 ン ・ ホ イ 三 . / ン ヌj-<
7
コ
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f レ イ 言 命S
こ日司マ言一る
月要民主的勺石汗!亨E
O
杉 浦 恭 ( 筑 波 大 学 大 学 院 研 究 生 ) 松 田 義 幸 ( 筑 波 大 学 ) キ ー ワ ー ド ( 遊 び 、 夢 ・ 理 想 、 文 化 、 精 神 的 価 値 、 物 質 的 価 値 )[
1
] 研 究 の 動 機 と 目 的 及 び 方 法 人 聞 は 、 古 来 よ り 、 洋 の 東 西 を 問 わ ず 、 物 質 的 価 値 と 精 神 的 価 備 の バ ラ ン ス 、 経 済 的 価 値 と 文 化 的 価 値 の バ ラ ン ス を 理 想 と し て 描 い て き た 。 と こ ろ が2
0
{!f:紀に入ると物質的寝か さ を 重 視 し 、 経 前 の 価 値 が 優 先 さ れ 、 精 神 的 要 素 は 軽 視 さ れ て き た 。 こ の 物 質 的 価 値 と 精 神的価値の調和の重要性を考える上で、一つの視点、として挙げられるのが、ホイジンガの 著 し た 「 ホ モ ・ ル ー デ ン スJである。r
ホモ・ Jレーデンスj は 、 ナ チ ス が 精 神 的 価 備 を 軽 視 し た な か で 「 人 聞 に と っ て 精 神 的 価 値 が い か に 大 切 かJr
人 聞 に と っ て 文 佑 的 価 備 が い か に 大 切 かJの問題意識のもとで考察されたものと忠われるからである。 ホ イ ジ ン ガ の プ レ イ 論 と い う と 「 ホ モ ・ ル ー デ ン スj で全てを語る人が見受けられるが、 こ の 本 が 署 さ れ る に 至 っ た 長 年 の プ レ イ 研 究 と 、 彼 の 生 き た 時 代 背 景 を 研 究 し た も の は 数 少 な い 。 そ こ で 本 研 究 で は ホ イ ジ ン ガ の プ レ イ 論 の 流 れ を 歴 史 的 に 研 究 す る と 共 に 時 代 背 景からの考察も加えることで、精神的価値、文化的価値の重要性を遊びとの関孫で考える。 研 究 の 方 法 は 、 ホ イ ジ ン ガ の 著 作 を 年 代'
l
慣に調べる文献研究の形式をとった。[2]
研 究 の 意 義 ホ イ ジ ン ガ の プ レ イ 論 の 歴 史 的 流 れ が 明 ら か に な る こ と 。 ま た 、 そ の 中 に お け る 「 ホ モ ・ルーデンスjの位置づけが明確になること。 ホ イ ジ ン ガ の プ レ イ 論 を 、 彼 の 生 き た 時 代 、 社 会 背 景 と あ わ せ て 考 え る こ と で 、 文 化 及 び 社 会 に お け る 遊 び の 重 要 性 が 明 ら か に な る こ と 。 ま た 、 精 神 的 価 柄 、 文 化 的 価 怖 と 、 物 質的価値、経済的価値のバランスが大切であることがわかること。[
~n 研究の概要(
1
) 歴 史 的 生 活 理 想 か ら の ア プ ロ ー チ ホ イ ジ ン ガ は 従 来 の 歴 史 学 の 研 究 方 法 に つ い て 疑 問 を 抱 い て い た の そ れ ま で の 歴 史 学 が 公 的 文 書 だ け を 頼 り に 時 代 像 を 描 い て き た こ と に 対 す る 疑 問 で あ る 。 そ こ で 、 時 代 に 生 き た人びとの生活におけるものの見方、考え方、感受性から時代像をとらえた。 こ う し て 時 代 を 精 神 の 習 慣 か ら と ら え よ う と し た と き 、 人 類 の 歴 史 に は 、 そ れ ぞ れ の 時 代 に 、 そ の 時 代 、 そ の 社 会 に あ っ た 生 活 の 理 想 が み ら れ た 。 ホ イ ジ ン ガ は こ れ を 「 歴 史 的 生 活 理 想j と 名 づ け た 。 歴 史 的 生 活 理 想 は 古 代 か ら 近 代 ま で 、 黄 金 坐 活 、 使 徒 生 活 ( 清 貧 生活)、牧歌的生活、騎士道生活、ルネサンス的生活、バロック的生活、ロココ的生活、 ロマン主義的生活という流れでとらえることができる。 ど の 時 代 の 理 想 に も 共 通 し て い え る の は 、 人 聞 は 美 し く 生 き た い と い う 願 望 を い つ も も っていたことである。 し か し 、 そ の 美 し く 生 き た い と い う 理 想 を 現 実 の 生 活 の 場 で 実 現 す ることは難しい。そこで、遊びを通して、理想、を現実の生活で実践したのである。歴史を -12-振り返ると、 ど の 時 代 に も 生 活 理 想 の な か に 共 通 の 要 素 と し て 遊 び が み ら れ る 。 理 想 は い つ も 遊 び に よ っ て 表 現 さ れ て き た と い え る ロ ホ イ ジ ン ガ が 遊 び を 考 え る よ う に な る き っ か けはここにあるといってもよいだろう。
(
2
) ホ イ ジ ン ガ の プ レ イ 論 と 文 化 観 の 流 れ ホイジンガは遊び向身が、夢、理想、を表現する方法として文化を形成してきたことに気 づいた。文化は、夢、理想が遊びを通して表現されたときにすでに存在していたといえる。 逆にいえば、遊びなくしては文化は(f.在できなかったのである。 ホ イ ジ ン ガ の 文 化 観 に は1
9
3
0
年代を境にして変化がみられる。1
9
3
0
年代以前は、前にも 述 べ た よ う に 、 文 化 は い か に し て 形 成 さ れ る か 、 あ る い は 文 化 の 本 質 は な に か と い っ た テーマが主であった。ところが、1
9
3
0
年 代 以 降 に な る と 、 文 化 は い か に あ る べ き か に 関 心 が 移 る 。 こ れ は 、 文 化 の 記 述 的 研 究 か ら 腕 鞄 的 研 究 へ の 移 行 で あ る 。 な に ゆ え 文 化 の 腕 制 的 研 究 へ 移 っ た の で あ ろ う か 。 こ れ は ナ チ ス の 影 響 に よ る と こ ろ が 大 き い 。 文 化 の 条 件 と し て 、 愛 、 倫 理 、 秩 序 、 義 務 と い っ た 道 徳 的 、 倫 理 的 内 容 を 全 面 に だ し て 述 べ る の は 、 ナ チ ス が 倫 理 を 無 視 し 、 人 び と の 生 活 の な か か ら 夢 、 理 想 を 奪 い と っ た か ら で あ る 。 倫 理 が 及ばなくなり、崇高な理想、を失った社会は、文化を衰退へ向かわせると考えたのである。 ( 3) ホ イ ジ ン ガ の プ レ イ 観 と 時 代 、 社 会 背 景1
9
3
0
年 代 の 西 欧 は ナ チ ス の 支 配 し た 社 会 で あ る 。 ナ チ ス は 新 し い も の 、 よ り 進 ん だ も の を追求する傾向にあったため、 こ と さ ら 科 学 技 術 に 力 を 入 れ た 。 物 質 的 価 制 ば か り を 追 求 し 、 精 神 的 価 備 を お ろ そ か に し た の で あ る 。 こ れ は 、 生 活 の 便 利 ざ と 結 び つ き 、 工 業 化 を 迫い求めることになる。働くことが苦であり、遊びは婚と;考えられるようになる。人聞は 働 く こ と だ け に 専 念 さ せ ら れ る と 、 全 般 的 に 判 断 力 、 批 判 能 力 の 低 下 を 招 く 。 精 神 的 な 前 動、 自ら創造する機会がなくなると、思考能力が低下するからである。すると、 正しくな い こ と で も 間 違 っ て い る と 思 わ な く な っ て し ま う の で あ る 。 そ の 意 味 で 、 遊 び ((1f
h
な精 神 的 活 動 、 創 作 活 動 ) は 、 文 化 の 形 成 だ け で な く 、 人 間 の 倫 理 観 の 形 成 に も 一 役 か っ て い る と い え る 。 ホ イ ジ ン ガ は 精 神 的 価 値 、 遊 び を 軽 視 し た ナ チ ス を 見 て 、 文 化 の 危 機 と 同 時 に人間性の喪失を感じたのである。文化は国家によって方向つけられるものではない。[4]
結 論 ホ イ ジ ン ガ は 、 人 類 の 歴 史 を 記 述 的 研 究 か ら み た と き 、 ど の 時 代 に も 遊 び に 彩 ら れ た 崇 高 な 夢 、 理 想 が 存 在 し て い た こ と に 気 づ い た 。 こ れ が 文 化 を 形 成 し て き た の で あ る 。 文 化 は、 「夢、理想→シンボル化→遊び→文化表現形式jのコンテクストがその背景にある。 ところが、1
9
3
0
年 代 に 入 り 、 生 活 の な か か ら 遊 び が 奪 わ れ 倫 理 が 及 ば な く な る と 文 化 を 規 範 的 に と ら え る よ う に な る 。 こ れ は 物 質 的 価 値 、 経 格 的 価 値 の み を 追 求 す る ナ チ ス に 文 化 の 危 機 を 訴 え る た め で あ る 。 こ う し て 遊 び と 文 化 を 記 述 的 、 規 鞘 的 に 研 究 し て 署 さ れ た の が fホモ・ルーデンスJ で あ る 。 ホ イ ジ ン ガ の プ レ イ 論 は 以 kのような経緯をとっている。 [5]展 望2
0
U
t
紀の社会は物質的価値の追求、経済的価値の追求を第」義としてきた。 しかし、今 後はいかに精神的価縮、 文化的価値とバランスさせていくかが課題である。民自な夢、坪! 恕をシンボル化し、文化に表現することは、人間の人間たるゆえんといえるからである。-
13-│A-
3
1
JA;王手芋t't勺手ヨトイ本徳;!,こ主主て二fく レクリコ二一ション 4概念工タ~析事の i試弓ト0
芳賀 健治(東京家政学院大学) キーワード 東洋的身体観、気、ハレとケとケガレ、気功、O
序 近年、我が閑では、気功、太緩挙、ヨガ、野口体機、操体法、真向法、自調術、調和道丹 日l
呼吸法、野口移体など、東洋的身体観にもとづく健康法、体操、からだづくりが、注目さ れつつあるように思われるo これらの多くは、仏教および、さらにそこから派生した修験道 系の修行法にその源を辿る事ができると言われている。 さて、これら一連の東洋的身体制に基づく、身体および精神の活性化を日 指す各積の方法 は、レクリエーションという視点からとらえるならば、どのような位置づけがなされるので あろうか。今後のレクリエーション研究の上で、レクリエーション原論的な視点からこれら の位檀づけを整聞しておくことは、有意義なことであろうと思われる。0
研究の方法 上述の各種の方法の理論的根拠はまちまちであるが、いずれも人聞の身体をとりまく「生 体エネルギーJ
の存在を、あるものは積極的に、あるものは消極的ながらも認めている。気 功では、これを「気jと呼ぴ、ヨガでは「プラーナJ
と呼んでいる。今回は、 「気jの存在 存前提と1
でいるものに行n
し、レクリヱーション慢念のこれまでの研究を参考にしながら、 比較、検討した。O
研究の結果および考察 ])従来のレクリエーション概念分析について 従来のレクリエーション概念分析についてまず、一通りみてみたが、いずれの場合もレク リエーションは、人聞が何?浮かのエネルギーを失い掛け、あるいはバランスが崩れ、それを ある行為によってそのエネルギーを再獲得するというプロセスとしてみる見方がほとんどで あった。労働再生産論的レクリエーション論においても、また人間性阿復論的レクリエーシ ョン論においても、いずれの場合にも何等かの活力なり、エネルギーを獲得するプロセスと して規秤ーされているように思われた。しかし、そのエネルギー的なものは何かということに なると、ほとんどがあいまいなままで、あるいは触れられること無く概念分析が為されてい るように思われた。 また、私が加わった研究のt
r
1でも、レクリエーション概念を語源、専門辞典など多数の出 典から検討し、レクリエーションを、人間が肉体的にも精神的にも、活力をホメオスタシス 的に保ち続けるプロセスと規程した。そしてわが国では、それに対応するものがハレとケの 対応であると私の担当部分では規定する試みを行った。波平、桜井らの、 「ハレ、ケ、ケガ レの循綴説J
によれば、 -1i
ケ」とは、農作物をそだてる根源的エネルギーを指し、さらに は農民の労働力の活力源をさすとし、ケの活力が減退した状態が、 「気枯れjすなわち気が 枯れた状態が「ケガレjであるとしている。 ここでは「ケJ
は、 「気jに通じるとは示唆しているものの、その中心となる「気」の実14
-体なりエネルギーとしての「ケ」にはまったく触れていない。密教系や修験道の修行におい ては極めて頂要な概念、であるにも関わらず、民俗学の分野においても「気
J
とは何か、 「気J
について一般民衆がどの様に対応し、認識していたのかについての記述は極めて少ないよう に思われた。これは「気jの実体が科学的に証明されていないために研究者が深入りを避け てきたためであろうと思われる。2)
r
気J
と「レクリエーションjの関連性 各積の東洋的身体制に感づく心身活性化の方法、あるいは東洋医学が根拠としている与え 方の中には、今日のレクリエーション概念、と結びっく可能性のある認識がいくつか存在して いると思われてならない。r
開放系としての身体jという見方は上述の、エネルギー再獲得 のプロセスとしてのレク 1)エーションと璽要な関係が在るように思われる。すなわち、開放 系としての身体は「気jのエネルギーを天の気、すなわち空気を呼吸として受け入れ、大地 の気を「食」として受け入れる。ここでは、人間の身体も心も、 「気jというエネルギーの 存在を媒介として自然とのバランス、環境とのバランスを保つ。このエネルギーのバランス を保ち、あるいは再獲得するため、あるいはこのエネルギーの流れの滞りを解消するための 方法が、気功や太械挙である。中国の気功法では、様々な身体への働きかけによって「気j が巡り、人間の身体および精神が活性化されると考える。病いとは自然と人間のバランスが 崩れるということであり、人間関係の崩れ、開放系としての身体のバランスの崩れであると 見る。r
気J
の流れをスムーズにさせることが、東洋医学の考え方である。また、日本にお ける各荷の民間治療法、健康法の多くが、この「気jの存在を前提としており、フィジイカ ルな側 i耐のみならず、心の持ちようについても心身一元論的な見方からかなり詳しく体系化 されている。 先に心身を活性化させる機能がレクリエーションの本質ではないかと述べたが、活力を獲 得する方法としての気J}Jや呼吸法などは、レクリエーションとして見倣すことは可能であろ うか。これらは、実践することにより心身が活性化されることが多くの人々によって実感さ れているが、科学的にはまだまだ未知の領域である。ただ、ひとつ璽要なことは身体的な方 法を実践することで、精神的には、レクリエーション活動に参加した後と同じように、心が 晴れ晴れとしたような「感じjが得られていることである。従来、レクリエーションとして の活動は、非日常的な索開(日常空聞から非日常的空間への移動)、非日常的な時間(非日 常的な時間の過ごし方)などがその要素として指摘されてきた。r
非日常性jは、個人、共 同体の構造としての「日常的な世界を健康に保持するための必要な仕掛け、という趣きをも ってJ
これまで社会に受け入れられてきたという指摘もある。しかしながら、気功などの実 践者の場合、心身を活性化させるためには、非日常的な空間への移動、非日常的な時間すな わち休暇などの条件は必要無い。レクリエーションの前段階としてケガレ、あるいは「抑圧 された人聞の可能性J
といったものがあるとするならば、レジャー・レクリエーションは、 非日常性によってエネルギーが再獲得される過程であるのに対し、ヨガや気功など東洋的身 体観に基づく心身活性化の方法は13常性の中で、身体的な行為を媒体として臼分自身を変容 させることによって、エネルギーが再獲得される過程であると規程することができる。ただ し、非日常性をレクリエーション概念の必須条件に加えるか、加えないかについての検討が、 今後の大きな課題となるだろうo F D│A-4!
I
レクリエーション指導
j
標念の変遺ど展望
レ ク リ エ ー シ ョ ンt
旨2
J
、 レ ク リ エ ー シ ョ ン ワ ー ク 1 .はじめにO
千 葉 相 夫 (1
3
本 社 会 耶 撲 大 学 ) 聞凹f
i
n
哉 { 日 本 レ ク 協 会 研 究 所 ) fレ ク リ エ ー シ ョ ン 指 揮Jな る 行 為 に つ い て . 学 会 発 表 と い う 学 際 的 手 段 を 用 い そ の 理 論 的 見 解 を ま と め た の は 、 こ れ ま で に 本 報 告 の 共 同 研 究 者 で あ る1
盟 国 踊 哉 の 「 レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 の 基 本 構 造 に 関 す る 一 考 察J
11の み で あ る . こ の 発 表 は 、 そ れ ま で の 多 く の 抽 象的論議に加えて、 fレ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導j行為を f構 造 的jに 捉 え な が ら ヴ ィ ジ ュ ア ル な 整 理 を 試 み た 点 で た い へ ん 評 価 さ れ る も の と 考 え る . し か し な が ら 、 乙 の 発 表 か ら5
年 を 経 過 し た 今 日 に お い て fレクリエーション指通事jな る 行 為 は 、 従 来 の 領 域 に 加 え て 医 療 、 保 健 、 徳 社 、 企 業 ・ 労 組 . レ ジ ャ ー ビ ジ ネ ス な ど の 分 野 へ の 多 様 な 広 が り が 加 速 的 に 進 行 し て き て い る . 特 に 国 際 社 会 や 高 郎 社 会 と い っ た 動 向 を 背 県 と し た レ ジ ャ ー の 置 と 質 の 問 題 は 、 fレ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導jに 対 し て 新 た な 機 能 を 要 求 し て き て い る よ う に 思 わ れ る の で あ る . そζで 、 本 報 告 で は 先 に 紹 介 し た 閏 間 報 告 を ペ ー ス に し な が ら 今 一 度 fレクリエーショ ン指導j概 念 の 変 還 を 次 の よ う な ス テ ー ジ で 整 理 し な が ら 、 20陛 紀 を 見 据 え た 『 レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導jの 考 え 方 を 展 望 し て お き た い . ① 日 本 厚 生 協 会 の レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 怠 微 念 ( 戦 前j ② f 指 導 者 検 定 規 程1(t(l設 捌 の レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 概 念 ( 昭 和 2 0年 代 ) @ 江 矯 や 三 隅 の レ ク リ エ ー シ ヨ ン 指 導 概 念 ( 昭 和30年代) ④ 地 域 と 職 場 レ ク リ エ ー シ ョ ン 領 岐 に お け る レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 概 念 ( 昭 和4 0仔.代) ⑤ レ ク リ エ ー シ ョ ン ・ ワ ー ク 識 の 登 湯 ( 昭 和50-60作4代 、 平 成 年 代 ) ( 室 、 20世 紀 を 展 望 し て ( 平 成 10年代) 2. 日 本 厚 生 協 会 の レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 懐 念 { 戦 前 ) 日 本 厚 生 協 会 は 昭 和 13f
f
に 設 立 さ れ て い る が 、 戦 争 が 激 し く な る に つ れ て 厚 生 運 動 ど い う 活 動 内 容 の 表 現 も 「 慰 安 娯 楽J
( 略 し て 慰 祭 ) と さ れ 、 レ ク リ エ ー シ ヲ ン 指 導 者 はr
!
t
、楽指導者j と 呼 ば れ て い る 。 慰 楽 指 導 者I
J:、修練所などを訪れて軍歌や童心行(ゲー ム の ご と ) の 指 滑 に 当 っ て い る の で あ る .1 t, た が っ て 、 ご と で の レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 滋 燃 念 : は 、 戦 争 で 闘 っ て い る 兵 士 や 銃 後 で 例 く 労 働 者 ヘ の 健 全 な 慰 宮 活 動 の 偲 供 で あ っ た と 考 え て よ か ろ う s 3.r
指 導 者 検 定 規 程j創 設 聞 の し ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 繍 念 ( 昭 和2 0年 代 ) 昭和26 年に「レクリエーション指導者検定規f.~J
が 制 定 さ れ 今 日 に 至 っ て い る 。 そ の と き に 規 程 を 中 心 ど な っ て 起 草 し た 閉 山 線 三 郎 が 、 月 干J!r
レ ク リ エ ー シ ョ ンj第 1号 で 述 べ て い る 文 脈 か 月s¥ ご ご で の し ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 観 念 、 に は 、 踊 り や 歌 を レ ク 1)_,・ーシ ヨ ン 的 に 指 導 し な が ら 健 全 な レ ク リ エ ー シ ヨ ン の 理 念 と 実 践 を 国 民 に 浸 透 さ せ て い く と い 弓 悶 民 の 「 余 暇 善 用 指 導j と い う ニ ュ ア ン ス を 感 じ と る 乙 と が で き るu 4. 江 橋 や 三 隅 の レ ク リ エ ー シ ヨ ン 指 羽 根f念 { 昭 和30年ー代) 一 16ー江 橋 は 、 昭 和36年!こ出版された Fレクリヱーーションハシドブ...ク』の fレ ク リ ヱ ー シ ヨジ指導jという章の中で、 fレ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 者 は . 参 加 者 の 開 味 や 欲 求 . 関 心 を 正 し く 理 解 し 、 そ れ を 伸 ば し 、 引 き 出 す こ と を 考 え る べ き で あ ろ う , Jと 述 べ . 参 加 者 主 体のレクリエーシヨン指導概念:~tr ち出している. 1 ま た 、 三 階 は 昭 和37ffーに出版された『レクリエーション指樽』の中で、 「レクリエー シ ョ シ の 指 樽 と は . 変 な 表 現 で あ る
J
どしながら‘ f人々がレクリエ-,〆河シにかI
する間 味 を 覚 え 、 ま たj勇 き た た さ れ 、 生 活 の 中 に 各 自 が 自 分 なt)にと η.入れていくようになれば、 それでよいと思うのである守 Jt
、 レ ケ リ エ ー シ ョ ン の 民 活 化 者 : 導 く よ う な レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 場 概 念 を 提 起 し て い る 。 .1 以 上 の 両 者 に 晃 ら れ る レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 概 念 は 、 レ ク リ エ ー シ ヨ ン の 個 別 的 な 自 由 性 を 踏 ま え な が ら 、 そ の 生 活 へ の 導 入 を 示 唆 ・ し て い る 点 で 大 き な 炭 開 が 見 ら れ る . 5. 11¥11或 と 膿 場 レ ク リ エ ー シ ョ ン 領 域 に お け る レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 概 念 、 ( 昭 和4 0年代} 昭 和47年 、 日 本 レ ク リ エ ー シ ョ ン 協 会 は fレ ク リ ヱ ー ジ ョ ン 運 動 推 進 要 項jを発表し、 そ の 中 で 、 レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 者 が 活 動 指 導 に 終 始 す る こ と な く 、 地 峨 の 中 の ク ラ ブ に 所 属 し た り 、 あ る い は 育 成 し た り す る よ う 指 針 を 打 ち 出 し た 。 己 の ご と は 、 活 動 指 導 の 依 頼 を 待 っ て い る 指 導 者 で は な く 、 地 境 住 民 の よ り 楽 し い 生 活 づ く り と し て の ク ラ ブ ラ イ フ を 支 援 ・ 育 成 す る と い う 新 た な レ ク リ ヌ . ー シ ョ シ 指 導 概 念 を 提 起 し た も の と 言 え るe 一 方 昭 和38'fからスタートした日本t, ク リ エ ー シ ョ ツ 協 会 主 催 の 職 場 レ ク リ エ ー ジ ョ シ指導者養成講習会(通称、r
1ノクリエーション学者I!J は、昭和140 年頃かそうレクリエー シ ョ ン 指 導 者 を 『 レ ク ・ リ ー グ ーjと い う 軽 快 な 感 じ を 抱 か せ る 呼 称 に 変 化 さ せ て い る 内 つ ま り 地 域 の レ ク リ エ ー シ ヮ ン 指 導 に は オ ー ガ ナ イ ザ ー 的 機 能 ; 奇 襲 求 し た の に 対 し て 、 職場のレクリエーシヲン指導には活酌指導.に上町力点、を置考.ぞの1
既 念 が 分 化 し て い っ た よ う に 思 わ れ る の で あ る 守 " の.レクリエーション・ワーク輸の登場(昭和 50~60 年代、平成年代) 日 本 レ ク リ エ ー シ ョ ン 協 会 が 、 昭 和4 9年 か ら 行 っ た f高 齢 者 レ ク リ エ ー シ ョ ン ・ ワ ー カ ー 養 成 セ ミ ナ-J
~契機として、 「 レ ク リ エ ー シ ョ ン ・ ワ ー カ ーj論議が活発になり、 fレ ク リ エ ー シ ョ ン 指 溝 ! の 基 礎 慨 念 も 検 討 さ れ て い る 。 ご の 筒 療 に - は 、 社 会 福 祉 の ソ ー シャル・ワーカー論や江橋らが昭和[J4 7
i
f
に 著 し た 『 レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 』 に お け る レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 の 図 示 、 あ る い は 、 田 中 が 『 レ ク リ エ ー シ ヨ ン 指 導 教 本 』 の 中 で 述 べ た レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導 の 中 に カ ウ ン セ リ ン グ や ガ イ ダ ン ス を も 含 む と い う 考 え 方 が 存 在 している。 以 上 の よ う な 過 程 を 娃 て 、 昭 和5 5年 に は 日 本 レ ク リ エ ー シ ョ ン 協 会 がr
1ノクリエーシ ヨ ン 指 導 者 養 成 の た め の 大 綱jを 発 表 し 、 そ の 中 で レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 導tt
:
r
人 々 の レ ク リ エ ー シ ョ ン 自 立 へ の 総 合 的 支 綬 活 動j と 定 義 し た の で あ る 。 川 そ し て 、 そ の 方 訟 と し て は 集 団 を 介 し た 支 援 、 個 人 へ の 直 接 的 な 支 援 、 社 会 シ ス テ ム の 糧 備 が 上 げ ら れ て い る 。 7. 2 0世 紀 を 展 望 し て ( 平 成 1()年代) あ る 個 人 の レ ク リ エ ー シ ョ ン の 実 現 を 謬l
整 ・ 管1里 ( 広 い 意 味 で ) す る レ ク リ エ ー シ ョ ン ・ コ ー デ ィ ネ ー タ ー や マ ネ ー ジ ャ ー と い う 考 え 方 が 、 レ ク リ エ ー シ ョ ン 指 埠 概 念 を 形 成 す る 中 心 的 考 え 方 に な っ て く る の で は な い だ ろ う か と 慰 わ れ る 。 *引用・参考文献は汚IJ紙にて紹介する。- 1
7
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1
ニニコ.ー一手ヌーーラシJ ド己こオö t-τ,..~ガ ー テ
fニ ン グ の レ ク リ エ ー シ
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杉 尾
邦 江
武蔵工業大学工学部講師 (株式会社プレック研究所) (キーワード〉 ガーデニング 1.はじめにJ
・プノワ・メシャンは、 「庭の創造は、余暇の状態にひらめく霊感に想を得た人間の 表現への願望の至高の到達段階である。」と述べている。このように、自然や庭や草花、 そして風景への愛好と創造への願望は、ほとんど本能的なものである。キーストマスが、 言うように、庭は本来個人の果てしない満足の源泉であり、また、思う存分自己表現がで きる空間として、特にイギリスで庶民階級に産業革命を前後して、庭作りが大流行した。 急激に増加する余暇を庭作りや園芸によって、美と自然の創造のために消費するレクリエ ーションとして、庭作りは奨励された。この庭の流行は、イギリスから海を渡り、アメリ カ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの植民地に移植された。 レクリエーションとしてのガーデニングは、同時に、町の景観や好ましい環境の創造、 更に、地域社会や文化に多大な貢献と効果をもたらしている。 我が国においては、最近、私的空間が公共空間と同様に、良好な環境や景観形成の空間 として認識され、私的空間を代表する住宅の外部空間が都市環境の一部として、庭化が要 請されつつある。従って、今後レクリエーションとしてのガーデニングの普及が望まれる ことから、ガーデニングのレクリエーション的観点からの価値と効果について明らかにす ることが必要である。従って、世界的にガーデンシティとして認められているニュージー ランド、クライストチャーチ市のガーデニングの実態を把揮することによって考察を行っ た。2
.
方法 1987年にクライストチャーチ市において、 3000人を対象に質問表郵送によるアンケート 調査を実施した。 3000人中 1396人の回答を得た。アンケートでは得られないディテールは、 60人を対象にインタビュー調査を行った。アンケートは 25項目にわたり、(1)属性、ω
住 居 ・庭の形状・大きさ、侶)ガーデニングの動機、ω
ガーデニングの実態(作業内容と分担、 時間、愛好の度合い)・ガーデンの実態(庭の大きさ、タイプ、構成材料[樹木、地木、 草花、芝、その他の使用度合い] )、ω
庭の使用目的、 (6)パンダリーの構造、等であり、 インタビューでは更に、庭の構造、庭作りを始めた動機を詳細に把握すると共に、庭への 趣向として使用樹種、草花の種名と使用頻度、カラーの使用頻度、等で、写真撮影及びビ デオ収録、庭の平面図作成を特に庭の最も美しい最盛期の2
月に実施した。3
.
結果と考察(
1
)
レクリエーションとしてのガーデニング 市民の 96.7%がガーデニングを行っており、 86.4%の人がガーデニングを愛好してい る。ガーデニングの動機としては、次のg
項目があげられ、それぞれ重要と認識してい る度合いは、表i
のように、庭のメインテナンスを目的とする動機は、⑤の町の景観美 -18-①庭のメインテナンス
95.9%
化 を 維 持 す る た め と 相 闘 が 高 く 、 庭 は 町 の 景 観 を 形 成 す る 重 要 な 景 観 要 素 と し て 、 住 民 が 認 識 し て い る 事 を 示すものであるが、一方では、リラックス・ホビー・ エクササイズ・植物への興味といった、レクリエ}シ ョン活動として、ガーデニングを促えている事が明白 である。更に、庭の利用の仕方としては、ガーデニン グそのものはレクリエーション的に行うが、庭そのも のの使い方としては、庭という空間を環境として捉え、 身 近 な 環 境 と し て 潤 い を 感 じ る 空 間 、 美 し い 景 観 と し て眺望を楽しむ空間として利用する事が主体であり、 ②リラックス7
9
.
3
③ホビー5
7
.
7
④ヱクササイズ4
9
.
5
⑤町の景観美化8
3
.
6
⑥植物への興味7
7
.
5
⑦近隣社会との友好1
3
.
0
@社~2
0
.
3
⑨食料の生産6
4
.
2
表.2..・...庭,JP....:使.J~..方J
①エクササイズ38%
②道路景観の修景4
1
③景観を楽しむ8
7
④環境を楽しむ9
1
⑤戸外生活の場6
0
⑥食物生産5
6
(3) ガーデニングの作業内容 スポーツ、ホビーといったアクティピティを楽しむと いった使われ方には重要としていない事がわかる。 ガーデニングに要する時間量は、1
週間の内、1
時間以 上 が73%
、4
時間以上が40%
と、週末の半日はガーデニン グに費やす事が、日常的に行われている。(
2
)
ガーデニングに要する消費額 年 間1
.
.
.
.
.
.
.
.
5
万 円 を 消 費 す る が 、 約70%
に達し、これは、 殆 ど が 草 花 の 種 子 ・ 苗 木 代 等 の 材 料 費 で あ り 、 庭 は 、 殆 ど すべて彼ら自身の手で作られ、維持管理されている。 ガーデニングの作業としては、①庭のデザイン、②基般整備(瀧水設備・舗装・闇路 ・パーゴラ・テラス・プール・池・花埴の床作り)、③草花の栽培・繁殖、庭木の植栽、 手入れ、④芝生の手入れ、⑤動物環境の施設(バードパス、バードフィーダ一等の製作) 等であるが、これらの作業は、すべて家族で分担して行われる。その分担は、父親は芝 生と庭木の手入れ60%
、草花の管理は母親が65%
、果樹の手入れは祖父が41%
の比率で1
子っている。(
4
)
庭の構造と様相 クライストチャーチの庭は、道路に面し、約42%
がフェンスがなく、道路から眺めら れるようになっている。芝生・草花・瀦木から構成され、庭で重要とされる植物は、溜 木が最も高く91%
、次いで草花88%
、低木58%
で、庶民の庭ほど草花が鮮やかに咲く、 芝生と纏木とで構成されたフォーマルなフロントガーデンである。 (5) 属性によるガーデニングの傾向 家庭の主婦、リタイアした人ほど、ガーデニングの時間量が多く、手間のかかる草花 を愛好し、高年齢の人ほど、ガーデニングをレクリエーションとして行う傾向にある。 (6) まとめ クライストチャーチの市民が最も時聞を消費するレクリエーションは、ガーデニング であり、そのレクリエーション傾向は、単にホビー、リラックス、エクササイズといっ た精神的なリフレッシュ効果のみならず、ガーデニングは市域の景観、環境形成に多大 な貢献を与えている。ガーデニングは、今後、最も有望なレクリエーションとして普及 する事が望まれる。-
19-l
A-6
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自 然 意 識
2
塚本法・- (大阪薫英女子蝿期大学} 自 然 意 識 体 験 陶 上 主 体 性 1.目的 演 者 は 先 に 第19回 レ ク リ エ ー シ ョ ン 学 会 で 『 自 然 意 識Jについて報告した。その内容は 自 然 へ の 関 心 、 積 極 性 、 知 識 、 休 力 な ど の 関 係 の 慨 略 を 示 し た が 、 今 回 は さ ら に 資 料 を 追 加 し 、 ぞ れ ら の 関 係 を 比 較 考 察 し た 。 さ ら に 野 外 に お げ る 生 活 、 活 動 な ど の 休 験 、 学 習 が 体験者をどの様に向上し、主体性.をもって活動できるようになるかについても研究テーマ とした。 今 回 は そ の 調 査 の 分 析 、 比 較 を 主 と し 報 告 し 、 向 上 性 の 部 分 に つ い て も 一 郎 を 報 告 す る .1
1.調査方法・ 使 用 し た ア ン ケ ー ト は 問 題 点 は か な り あ っ た が 、 資 料 の 均 一 性 を 保 つ た め に あ え て 前 回 と 問 械 の も の を 使 刑 し た 。 ア ン ケ ー ト の 内 容 は 全 体 で Hの質問があり、(I)積極的な自然の 中での活動の有無、(2)身近な自然に対する関心の有無、(3
1
自然、に対する少し高度な知識 の有無、(4)体力を必要とする活動の有無の 4種別となっている。 別に 1.今までにあなたが出会ったすばらしい自然、は、 2.あなたの理想とする自然、は、 の二項目についての記述依頼も前回と同様である。 分析方法も前回と同様に34の質問に対する阿答率と 4種別の質問に対する回答率によっ て分析した。調資対象はがi聞の資料に加えて、 S社野外生活カウンセラ一、 H専門学園の 学生l
ごついて 6ヶ月をおいて二聞の調査をした。 アンケート調査に協力をお願いした方々は前阿と合わせて900名である。 111.調査結果 1.全体的な傾向 前 間 報 告 し た も の と ほ ぼ 阿 織 で あ る が 、 自 然 に 対 す る 積 値t
1:と自然、l
ご対する関心、体力 を 要 す る 事 へ の 参 加 は 、 ほ ぽ 同 僚 の 偵 を 示 し て い る が 、 自 然 に つ い て の 宇 習 のf
置は低い。 全 体 的 に 男 女 の 差 は あ っ て 、 女 子 が 男 子 に 比 較 し て 低 い こ と 、 特 に 白 然 に つ い て の 積 極 的な学智と体力的なところでの備が低いのが特徴である。 そ の 差 の 順 位 は 、 臼 然 へ の 関 心 → 積 極 性 → 自 然 の 学 習 → 体 力 的 な も の 、 と 大 き く な っ て いる。 年齢については細分化しないで、 2D歳 ま で と そ れ 以 上 の 二 つ に 分t
t
てみた。 そ の 結 果 は 年 齢 差 は 全 体 的 に 顕 著 で あ る 。 し か し 、 そ の 傾 向 は 男 女 仁 違 い が あ っ て 、 男 一2
0-子 で は 、 自 然 ヘ の 積 術 性 → 休
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的なもの→自然のさ宇野→自然への関心の賄に入・き〈なって いるが、女子では体力的なもの→自然への積傾件.→自然の学割→臼然ヘの開心となってい る。2
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各 グ ル ー プ の 特 徴 調査対象としたグループは、<1)キャシプ実轡を精唱する女子短大生、②自然について学 習しようとする女子短大生、@キャンプ・カウンセヲーを希望する社会人、④キャンプ場で カウンセラーをしている省、⑤靭i
人 教 育 の 一 貫 と し て 野 外 生 活 カ ウ シ セ ラ ー 研 修 を 受 講 し て い る 者 、 @ 自 然 対 象 の 専 門 学 校 生 、 ⑦ 一 般 社 会 人 山 岳 会 に 所 属 す る も の な ど で あ る . キ.ャンプ・カウンセラーをやっている者ほ別として、キャンプをやろうという者とそうで ない者との聞には全体に幾分差がある.特に自然、の学習が前者ほ後者に比較して高い値を も っ て い る 。 こ の こ と は し か た な 〈 研 修 を 受 け よ う と す る 者 と 自 分 が 好 ん で 自 然 関 係 の 専 門学校に入った者との比較において顕著である。 キャンプ・カウンセラーをやっている者のすべての備が高いのは当然であるが、一般社会 人 山 岳 会 に 所 属 す る 者 と の 比 較 で は 自 然 の 学 習 と 体 力 的 な も の は 山 岳 会 が 高 い が 、 自 然 へ の積極性と自然への関心については山岳会が必ずしも高いとは言えない。 3.向上位 し か た な く 研 修 を 受 げ よ う と す る 者 と 自 分 が 好 ん で 自 然 関 係 の 専 門 学 校 に 入 っ た 者 と の 比較においてその成長というか向上も顕著である。特に自然、の学習が最も顕著で、次に自 然への関心→積極的なもの→体力的なものの傾に小さくなる。 rしかたなく Jグループは 順位が少し違って、臼然への関心→自然の学習→(問機)となっている。 「しかたなく』グループと自然学習希望のグループでは一泊二日のキャンプ実習四回と 三泊四日の生徒指導がかせられた。その結果はほとんどすべてに備が高くなっているが、 女子の場合は体力的なところでは変化がない。 しかし、研修後の他との比較において、キャンプ場でのカウンセラー・グループには迫い ついてはいない。 次 に 実 習 と 講 義 を 専 門 的 に 受 付 た グ ル ー プ で は 、 一 年 生 の 場 合 は 全 体l
ご怖が高くなり、 二年生では自然への積倍性l:l当然変化はないが、なぜか臼然への関心が急激に高まる。 I V.結 語 今 回 、 特 に 問 題 と し た の は 実 習 と か 講 義 を 受 付 る 事 に よ っ て 『 臼 然 の 意 識 』 が い か に 変 化 す る か を 調 査 し た . し か し 、 そ の 条 件 設 定 は か な り 現 実 の 諸 条 件 と は 合 致 せ ず む つ か し いものであった。 最初から自然への学習とか自然、の中で活動しようと考えている者にとっては当然である が 『 自 然 の 意 識Jが高まる可能性を持っている。それに対し『しかたなく Jの場合はその 意識の高まりも低〈なっている。 n dl
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中野友博、飯田稔(筑波大学)、成田修久(IW
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キ ャ ン プ 自 然 観 連 想 法EJ
白勺 都市的環境に生まれ育った子どもたちの聞に、肉体的分野だけでなく、自殺年齢の低下や無感晶、登校拒否な ど精神・情緒的分野にも劣化現象がみられるようになっている。こうした状況の中、「野外教育」が自然を舞台 に行なわれる教育ということで注目されているが、子どもが自然に対して抱く「概念」そのものの研究がほとん どなされていないのが現状である。そこで本研究は、小学校4 ・5
・6年生に焦点をあて「野外教育」の一環で あるキャンプに参加した児童(以下、キャンパーとする)、キャンプに参加しなかった児童(以下、非キャンパ ーとする)と、自然と接する機会が多いであろうと考えられる山村地区在住の児童(以下、山村児童)の3つの グループを対象とし、それぞ‘れについて、「自然Jに対する概念を分析し、キャン7
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経験による児童の自然観の 変化を明らかにすることを主な目的としている。 石汗ヲ宅75
宇去 1 .対象 本研究では研究の対象を①1
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8
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年8月に行なわれた幼少年キャンプ研究会主催の花山キャンプに参加した都市 部在住のキャンパー (72名)、②非キャンパー(キャンパーの友人で都市部在住 7 1名)、③宮城県栗原郡 花山村立花山小学校の児童 (63名)の 3つのグループ.とした。なお対象はすべて小学校 4 ・5 ・6年生である。2.
測定及び手続き それぞれのグループ.に対して「自然Jを剰設語とした「自由進想法Jと、「自然J関係語20
語についての 「制限連想法」を行なった。キャンパー、非キャンパーに対するP
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は1
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年7
月、.P
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S
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は同年9
月に 行なった。また、花山小学校の児童に対しては1
9
8
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年9
月に調査を行なった。 3.統計処理 (1) 自由進曹、法による分析 刺激語を「自然Jとし、それぞれの刺激語に対して、キャンパー、非キャンパーはキャンプの煎・後に1回ず つ、花山小学校の児童は1度のみ回答するようにした。回筈に際しては、単語や文章を問わず、連想されるもの すべてを記述するものとした。 進想、された言葉(進想語)について同誌警を統一し、進想語の集合とした後、進想頻度を算出、さらに、進想 頻度/回答者数X
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0
0
で与えられる連想車を算出した。進想類度・進守車に基づき表、図を作成し、比較・検討 を行なった。(
2
)
制限連想法による分析 本調査では、高田(19
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6
)
や阿部(
1
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5
)の研究を参考にして「自然」に関する語を20
語選出し、それを刺 激語として刺識語聞の関係を求める制限進想法を行なった。基本的な考え方は刺激語間に類似度と連想、確率を導 入し、それらの結果を1つの図に重ねて描き、概念構造図を作成することである。まず、制限連想用語の集合を w = {Wl,W2,
W3,
W4・. . Wn} とする。全回答者カ~i を刺激語として与えられたとき、枇を進想した頻度を Uikとする。また、刺激語Wiから進想、されたすべての進鵠きの頻度の和を Ui=2:N UikとしてWに属するWiとWjと
の聞に互いに連想されやすいという意味での類似度を式 Sij=Uij+Uji / Ui+Uj で与える。この類似
度 (S ij)により、クラスター分析を行なった。 また、刺識語Wiが与えられ、回答者が集合Wの中から Wjを連
想するとき、その連想確率 (Pij)を式 Pij = Uij / Ui で与える。以上に述べた規則に従ってグラフ
の弧を決定するための
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つの関値パラメータα、βを次のように定義して導入する。① Pij孟α、Pij孟βPjiのとき、 Wi → Wj ②P ij ミ α 、 Pji~α 、 1/β く Pìj/Pji<β のとき、 Wi←→ Wj (ただし、 0<α〈