正統政府回復のための強制措置の発動 : ハイチの 場合
著者 松田 竹男
雑誌名 靜岡大学法経研究
巻 44
号 3
ページ 1‑45
発行年 1995‑11‑30
出版者 静岡大学人文学部
URL http://doi.org/10.14945/00008637
正統 政 府 回復 のた め 強の 制 措 置 の発 動
︱ イハ チ 場の 合
一 はじ め に 一一 国連 によ 選る 挙監 視 一 ク ー デ ター の発 生 と経 済制 裁 発の 動 四 ガ バ ナー 島ズ 協定 の成 立と 経済 制裁 の中 断 再・ 開 強・ 化 五 武 力 行 使 許の 可 エハ 多 国籍 軍 の進 駐 と 正統 政 府 の復 活 七 若 干 検の 討 0 強 制 措 置 発動 の根 拠 0 武 力 行使 の委 任 八 お わ り に 正統 政府 回復 のた めの 強制 措置 の発 動
松 田 竹 男
法経 研究 四四 巻 三号 2 九九 五年
︶ は じ め に 国際
連 合
は︑
国際 の平 和 と安 全を 維持 す るた め の仕 組 みと し
て︑
集団 安 全保 障 と 呼ば れ る シ ステ ムを 採 用し て いる
︒ それ
は︑
国家 間 対の 立 助を 長す る内 在的 要因 を も たな い点 で勢 力均 衡方 式 よ り優
れ︑
侵 略 行為 の認 定 や強 制措 置 の発 動 が 集権 的 に決 定 さ れ る よう にな たっ 点 や 軍︑ 事 的 強制 措置 重が 視 され
︑ そ の発 動 のた め の体 制 整が 備 され た点
で︑
国際 連 盟 の集 団 安 全 保障 体 制 りよ も い そっ う強 力 か つ高 度 な シ ステ ム であ ると 考 えら れ てき た
︒ し か し
︑ こ のよ う な 評価
は︑
多 分 理に 論 的 な ベレ でル の評 価 であ てっ 必︑ ず し も事 実 によ てっ 検 証 され た評 価 では な か たっ
︒ 国 連発 足直 後 に始 ま たっ 冷 戦 のた め
に︑
国連 の集 団安 全保 障 シ ステ ムは これ ま でほ と んど 発 動 され る こと なが か たっ か ら であ
る︒
も ち ろ
ん︑
冷戦 期 にお いて も 集︑ 団安 全保 障 シ ステ ム 発の 動 され た例 が ま たっ くな か たっ わけ では な く 南︑ ロー デ シ アや 南 ア フリ カ共 和 国 では
︑ 国連 によ る経 済 制裁 の発 動 が 自︑ 人 少数 政 権 によ る 一方 的 独立 の阻 止 や ア パ ルト イヘ ト の廃 上 に大 き な効 果を 発揮 し て いた か
ら︑
そ の限 り
で︑
国連 の集 団安 全 保 障 シ ス テム の有 効性 が実 証 さ れ た と言 てっ 誤も り では な か ろう
︒ かし し
︑ これ ら の事 例
は︑
人権 や自 決 権 を擁 護す るた め に経 済制 裁 が発 動 され 事た 例 あで てっ 武︑ 力 闘 争 の防 止
︒抑 圧 と いう 安 全 保障 本来 の文 脈
で︑
国 連 シ ステ ムの 特 色 であ る軍 事的 強 制措 置 発が 動 さ れた例は︑きわめて変則的な朝鮮戦争の事例を除けば︑まったく存在しなかったのである︒ ク ウ ーェ ト に侵 攻 し た イ クラ 軍を 国連 の許 可 のも と武 力 で撃 退 し た 一九 九 一年 の湾 岸戦 争
は︑
そ の意 味
で︑
期画 的 な 出 来 事 であ たっ
︒ わい ゆる 冷 戦 の終 結 で五 大 国 の 一致 得が られ るよ う にな たっ 安 全保 障
理事
会
は︑
以後 数年 間 のう ち
に︑
リ ビ
ア︑
ソ マリ
ア︑
旧
ユー
ゴ︑
ア ンゴ
ラ︑
ワル ンダ
︑ イハ チと 立 て続 け に強 制措 置を 発動 し て いる
︒
われ
われ 今は
︑ よ
うやくにして国連の集団安全保障体制を事実によって検証することが可能になったのである︒しかし︑同時に注目しな ければならないことは︑これら過去数年間の事例のどれ一つとして︑国連憲章の規定通りには実施されていないことで ある︒国連憲章が制定されたのは今から五〇年も前のことであるから︑国際社会構造の変化にあわせて憲章規定を創造 的に解釈・適用することも︑ 一概に否定されるべきことではないが︑強制措置としての武力行使を特定の加盟国に委任 することなど︑近年の実行が集団安全保障の原理・原則と両立するのかどうか︑かなり疑わしい︒したがって︑湾岸戦 争以来の事例にそくして国連の集団安全保障体制を検証する場合には︑抽出された問題点が︑集団安全保障というシス テムそのものに由来するのか︑それとも憲章規定からの逸脱に起因するものなのかを見分けなければならないのであっ て︑そのためには︑安全保障理事会の決定の内容や根拠を︑各ケースの具体的な事実経過に照らして解明・評価するこ とが必要である︒ 本稿は︑このような観点から︑ハイチに対する国連および安全保障理事会の対応を跡づけてみようとするものであっ て︑筆者の進めている集団安全保障体制の事例研究の一環をなすものである︒
一一 国連による選挙監視
カリブ海に浮かぶヒスパニオラ島の西半分を占めるハイチは︑一八〇四年︑革命に揺れるフランスから独立した西半 球で二番目の︑そして︑黒人奴隷が自らを解放して作った最初の独立国家である︒しかし︑その前近代的な社会経済構 造のために政情は常に不安定で︑ 一八四三年から一九一五年までの三二人の大統領の内︑任期途中で打倒された者が一 四人︑暗殺された者が二人︑辞任一人︑自然死二人で︑任期を全うしたのはたった一人だけと言われてい花︒ 一九一五
正統政府回復のための強制措置の発動 一二
法経 研究 四四 巻三 号2 九九 五年
︶ 四 年 には 財︑ 政 破 綻 と反 政府 暴 動 か ら メア リカ 軍 の介 入を 招
き︑
以後 二〇 年 余 り わに た てっ
︑ ア メリ カ よに る占 領 統治 が 続
い純
︒ メア リ カ の占 領 統 治 は 一九 二四 年 に終 わ るが
︑ そ の後 も軍 事 政権 によ る独 裁 政治 相が 次ぎ
︑ 一九 五七 年 か ら は フラ ンシ ス
・デ バュ リ エに よる 恐 怖 政治 始が ま たっ 選︒ 挙 よに る リア ステ ィド 大 統 領 の登 場← ク ーデ ター
← 国連 の介 入 によ る アリ ステ ィド 大 統領 の復 権 と いう 今 回 の 一連 の事 態
は︑
こ の フラ ンシ ス
・デ バュ リ エの 像を 継 いだ 息子 のジ ンャ
・ ク ロー ド
・デ バュ リ エが 一︑ 九 八六 年 月二 大︑ 模規 な反 政府 デ モに よ てっ 大 統 領を 辞任
し︑
フラ スン に亡 命 し た こと か ら始 ま る
︒ デ バュ リ エ政 権 の崩 壊後 ハイ チ 統の 治 に当 た たっ のは 六︑ 人 の メ バン ーか ら な る国 政 評 議 会 o︵o cR R ユz
●¨o L oO 8 ョ 日8 じ でぁ るが 同︑ 評議 会 は
︑ イハ チ の統 治機 構 を再 建す るた め に憲 法 の制 定 を企 図 し
て︑
同年 一〇 月 に制 憲 議 会 を 招 集 し
た︒
制憲 議会 の作 成 たし 憲 法草 案
は︑
個 人独 裁 政治 の再 現を 阻止 す るた め
に︑
行政 府 の権 限を 削 減 し 立て 法 府 o司 法 府 を強 化 し た上
に︑
デ バュ リ エ政 権参 加者 の公 職就 任 を 一〇 年間 禁止 し たも ので
︑ 翌八 七 年 月二 の国 民投 票
で︑
圧 倒的 多 数 の賛 成 で承 認さ れ た 七︵八 年 憲法
︶ ︒ こう し 憲て 法 が制 定 され た こと か
ら︑
次 な る課 題 は
︑ 大 統 領 や 上 下 両 院 議 員 な 憲ど 法 で定 め られ た公 職 の選 挙 であ るが
︑ 問題
は︑
お よそ 民主 主義 の経 験 が な い ハイ チ にお いて 果︑ し て 公 正 な 選 挙 実が 施 でき るか ど う か であ たっ
︒ こ の点 を 危 倶し た国 連人 権 委員 会
は︑
来 た る べき 選挙 に国 際 監視 員を 招請 することを考慮するようハイチ政府に要請する決説を採択したが︑果たせるかな︑選挙が近づくにつれて暗殺や暴力事 件 が 頻 発 ︑ 一 月一 二九 日 の選 挙当 日 には 多︑ 数 投の 票 所 発で 砲 事件 が おき
︑ 三四 人 が死 亡 す ると いう 混乱 状態 に陥 たっ
︒ か く し て 一 月一 二九 日 の選 挙 無は 効 と宣 言
され
︑ 翌 八 八 年 月一 一七 日 の や り な お し 選 挙 で マ ニガ
︵F 豊 o F p目 洋い
︶が 大 統領 に当
選し
たが ︑ こ の選 挙 は投 票 率 が 五% にも 達 なし い上
に︑
多 数 の不 正行 為 が 行 わ れ た と 言 わ れ
る︒
し か し
︑ 選 挙 の有 効 性 を 問 う 暇 も あ ら ば こ そ
︑ 同 年 六 月 に
は︑
国 政 評 議 会 の実 力 者 であ たっ ナ ム
フィ
o●︵口ユ
︐ 日Z
りr
Ч︶
将 軍 が ク ーデ タ ーを お こし て政 権 を掌 握 同︑ 将 軍も ま
た︑
三 月カ 後 の九 月 には 大 統領 衛親 隊 によ てっ 打 倒 さ れ
︑ デ バュ リ エ時 代 の大 統領 親 衛隊 長 であ たっ プア リ ー ル
■o︵﹁
3 8 1>
﹄じ 将 軍が 政 権 握を たっ
︒ アヴ リ ー ルは
︑ 民 主 勢 力 と の融 和 を め ざ し
て︑
選 挙 に よ 文る 民 政府 への 復 帰を 約 束 国︑ 連 選に 挙監 視を 要請 す るな どし たが
︑ そ 選の 挙 ス ケジ ーュ ルは あ ま り にも 冗 長か つ複 雑 で︑ 一九 九
〇年 月二 全︑ 国的 な抗 議 行動 の盛 り上 が りを 前 に辞 任
︑ メア
リ カ 亡に 命 した
︒ アヴ リ ー にル 代 わ てっ 政 権 を担 当 し た のは 最高 裁 判 事 の ト イル ヨ
﹃多︵日 p 器り 8
↓︼ 8
● 3︶ であ るが 彼︑ 女
は︑
こう し た混 乱 し 政た 情 終に 止 符 を う つた
め︑
八七 年憲 法 復を 活 さ せ
て︑
自 由 か つ公 正 な 選挙 実を 施す るこ とを 公約
︑ 自 ら 選は 挙 後 職 にと まど る つも り はな い こと を 明 から にす ると と も
に︑
連国 選に 挙実 施 のた め の援 助を 要 請 たし
︒ この 要 請 を受 け 国た 連
は︑
た ちだ に国 連開 発 計 画
︵UN D P︶ を 通 じ 選て 挙実 施 のた め の技 術支 援 を う行 こと を決 定 六︑ 月 に は イハ チ に技 術 ミ シッ ンョ を派 遣 し たが
︑ そ 直の 後 の六 月 二三
日︑
ト イル ヨ政 権 は 技︑ 術 面 ので 支援 に加 え
て︑
選 挙 過 程 の検 証 お よび 選挙 中 の安 全 確 保 に関 し ても 国連 の支 援 を要 請 し てき た ので あ
る︒
イハ チ のこ の要 請 は︑ 一九 九
〇年 七 月 二〇 日 の国 連総 会 審で 議 され たが
︑ そ こ では 次︑ の二 点 に つい てか な り 異の 論 が出 され た と うい 第︒ 一の 問題
は︑
イハ チ の要 請 す 支る 援 の内 容
・性 格 が 不明 確 な こと
で︑
それ は イハ チ の要 請 を国 連 の いず れ の機 関 で審 議 す るか と うい 問 題 にか かわ てっ いた
︒ イハ チ 要の 請が PK O の派 遣 を求 め てい る ので あれ ば
︑ そ れ 安は 保 理 の管 轄事 項 と な
り︑
文 民 によ る支 援 監・ 視 活動 を 要請 し てい る ので あれ 総ば 会 管の 轄事 項と な るが
︑ ブ ラジ やル キ ーュ バな ど 大︑ 国中 心 の安 保 理が 紛 争状 況 にな い加 盟 国 国の 内 選挙 過程 にま でタ チッ す る こと 恐を れ る諸 国
は︑
ハイ チ の要 請 を 加盟 国 に対 す る行 政 的
・技 術 援的 助 の問 題 と し
て︑
総 会 で審 議 o決 定 す るよ う主 張 たし ので あ
る︒
第 二 の問 題
は︑
紛 争状 況 にな い ハイ チ の選 挙 に国 連 が コミ トッ す る こと
は︑
独 立国 の内 政 に対 す る干 渉 にな ると うい 反 対論 であ
る︒
国連
は︑
自決 の過 程 で行 われ 選る 挙 や住 民投 票 に つい ては 古 く から 監 視 活動 を行 てっ き たが 独︑ 立 国 の 正統 政府 回復 のた め の強 制措 置の 動発 五