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グーテンづルクの費用理論古∈おける 経営規模の問題
平 林 喜 博
Ⅰ問題の所在
周知のように経営柴用理論の研究課題の一つとして−,グー・−テンペルクは費用 象を操業度との関連において・論じて・いる。しかもその論究において,彼は採 炭変化に対する適応形態を一億とせずに・,いくつかの適応方式を提示し,そ
いずれを選択するか紅よっで費用態様にいかに影響を及ぼすかを綿密に論究
(1)
ている。だが,この操業度変化に.対する適応形態の一・つとして「量的適応」
quantitativeAnpassung)をグ・−・flンベルクが論じるとき,ここに一つの ヨ題点が生れてくる。
それ鱒,この「最的適応」の概念が操業度変化と経営規模変化とを混同して 1るという批判に閑適している。とりわけ,経営費用理論の研究の一一・方の代表
であるメレログィッツがグ・−テンペルクの費用理論の批判の損秤と.して,こ
(2)
点を問題としたところから,問題ほ波及的になっている。
ところで,・・ここで「量的適応」というのは,グ−ケンペルクによれば,経営 ミ操業度減退のとき,生産条件が許す限り,そ−の経営設備の一部を休止し,次
操業度増大の際,再びこれを使用するという適応方式である。しかもこ.の場 に,経営は休止機械を売却したり除却したりすることもできることから,操 皮増大のときは逆に機械を新規に・購入したり,新設備をつくったりすること
($)
ミできるとグ−テンペルクほ.論じる。
1)Gutenberg,E.,Grundlagen de工 BetriebswiItSChaftslehIe,BdlI Aufl1961 SS237−277・溝口・高田共訳,「経営経済学原理」第劇巻(生産篇)昭和32年版245−
ご‥・‥ ‥
(2)Mellerowicz,K.,Kostenkurven und Ertragsgesetz,ZfB,1953r SS 335−一337.
3)Gutenberg,E.,aリa0.,S238訳書24=6頁
ーー2βクー一
節37巻 第2・3号
だが,かかる行論がメレログィッツの批判をあをぐまでもなく,操業度変 に対する適応ではなく,経営観模変化に対する適応でほないかと質問し,
た,グ・−・テンペルクほ操業度変化と経営規模変化とを混同しているのではな かと疑問を抱くのほ当然である。
しかるに・グーテンベルクは経営規模変化を倍数的経営規模変化(multipl Betriebsgr6ssenvariation)と構造的経営規模変化(mutierendeBetri占bs g工6ssenvariation)とに区別し,「壷的適応」は前者の 倍数的経営規模変化 同質的な性格をもつものであると論じる。従って,操業度変化と経営規超
とを混同しているのではなく,同質的に.把握して−いるのであるとして,メ ヴィッツの批判に・応えようとしているかの如くみられる。ここでグ−テンペノ クのいう倍数的経営規模変化とは,例えばある機械工場紅おいて.完全操業が 行されて:いるのに,なお犠営能力を拡大しようとするときに.,既存の建物の に.新たに.機械(例えば旋盤,平削盤,紡紡機,織機等々)を据え/つけようと る。だが,そ・の新規把導入された機械設備が既存の機械設備と同質性をもら おり,それ故に新設備は旧設備の倍数紅すぎず,更には労働組織には何んら 重大な変化がない場合がある。これをグ−テンペルクは倍数的経営規模変イ 名付けるのである,これ笹対して,彼のいう構造的経営規模変化とは,経営 模の変化が生産過程の上紅製造技術的にあるいは作業組織的に本質的な変化
(4)
もたらし,生産条件の変化(Mutution)を招来する場合である。
さて,このようなグ−テンペルクの斬新な見解に対して,各論者の対応は
々様々である。だが,これを契機にしてごグ−テンペルクが経営規模の問題をい
に考えているかの検討が始められている。そしでその成果として,グーテプ ルクの見解を積極的に評価しよ.うとする論者は,グーーテンペノレクが操菜虔変
と経営規模変化とを同一一一次元で把捉しようとしていると考える。あるいは,
−テンペルクのいう経営規模紅関する論点を吟味して・いくとゥ操業度と経営
ZfIl 掛 Gutenberg,E.,Offene FIagen der Producktions・und KostbntheoIie,
1956 S 1147
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43 グ・−テンペルクの費用理論における経営規模の問題 −2βJ−−
とを峻別し,各々が費用ともつ関係を論じるのではなく,両者を接続せしめ
(5) 時的に扱いうる可能性が生れてくると解する。
いまグーケンペルクの所説をめぐってのかかる意味づけ紅対して,われわれ ほいか紅対処すべきであろうか。本小文の目的はそれに対して筆者なりの理解 を明らかに・しようとするものである。すなわち,グ−テンペルタの立場を操業 度変化と経営規模変化とを同一次元的紅把握しようとする立場であると解する 場合匿・,いま少しその根拠を整理し且つ検討しておく必要がある。而して,本
J、文ほその根拠紅ついて吟味をしたいと考える。
ⅠⅠ操業度変化と経営規模変化との同一次元的把握の根拠 ところで,グ−サンベルクが操業度変化と経営規模変化とを同一次元で把握 しているという根拠を各論者ほ次のようなグーテンペルクの論述紅求めてい る。いま,、それを後の行論の便宜上筆者なりに・整理してみる。
(1)まず,従来操業度変化と経営規模変化とを区分する場合,それほ次のよ な観念,すなわち前者砿おいてほ生産要素の−−・部分のみが変化し,後者にお いては生産費真の全部が変化するという観念と結びついている。これを別言す
皐,前者は「部分適応」(partielleAnpassung),後者ほ「 全部適応」(totale 叩aSSaung)と名付けるこ・とができる。ところが,グ・−テンペルクが現実の生 産技術的一組織的構造は,この「部分適応」といわれる中紅経営規模変化が塵
しうると.指摘しているところから,L ここに「■部分適応」としての規模変化と いうべき思考が顕在しているとみる。換言すれぼ,ダークンベルクが「部分 適応」なる次元で操業度変化と経営規模変化とを把握して−いると理解し,ここ
(6)
に{つの根拠を求めるのである。
(2)第2ほ,次のようなグ−テンペルクの論述に.依拠している。すなわち,
5)溝口…雄乳「費用管理論」昭和36年版欝13章革5節,ま田和夫著「グエデンベルク 経営経済学の研究」昭和37年版第9章,官本匡章稿「費用理論における経営規模につい て」「経済研究」簡25号,間柄「費用理論における処理的適応の意義」「会計」俸84巻 第2号参照。
ト満亡卜灘著,前掲書342−349貢参照。Vgl.GutenbeIg,E一,aa,0,SS446−−449
算37巻 第2・3号
−2β2−
「壷的適応(従って操業度変化)の場合の経営技術的事象は,経営規模変化の 場合の経営技摘的事象及び処置とはとんど完全に・一致している」とか,ある は,「短期的適応と長期的適応とほ(操業度変化と経蜃規模変化とは一筆者註)
とりわけ経営が時間的及び屋的紅適応するときにほ流動的である」,吏紅は,「
両者の場合(量的適応と経営規模変化の場合一筆者註),厳密に.いうならば生 産能力が新しい販売状態に適応して言いるのであるから,その規模は変化してし\
しr〉
る」というのがそ・れである。
(3)第3ほ,「生産函数ほ全体として本質的には変化せしめられない」とい
(8)
うグ−テンペルクの論述をもって,その根拠の一つに・している。
さて二,これら操業度変化と経営規模変化との同一次元的把握の根拠ほ,それ ぞれ密接な関連に.あり,究極的にほ一・つの根拠に.帰着すると筆者ほ.考える。し かし,その緒論湛到達する過程をいま省略することは許されない。そ・こで,ま ず第1の根拠についての考察であるが,これについてほグーチッベルクの説明
(9)
をいま少しきく必要がある。彼は大要次のようにその論旨を展開して:いる0
ある経営の技術的給付能力というものほ,ミニマムではあるが,しかし生 に必要な要素によって決定される。これほ見方をかえれば経営に.おいて全ての 生産要素が調和して現存するのは限界状況においてのみであって,通常は螢 要素間の量的調和がなく,そ・こでは院路要素と,従って逆に過剰な要素とが混 していることを意味する。従って,また,この状態にあっては,経営の生産 を増大しようとすれば,全ての要素をことごとく追加する必要はない。例え ば,いまネiyを製造して:いるある機械工場が一L定数の自動装置(Automateq を使用している上に,更に.この自動装置を追加しようとしている場合な考え みよう。これはいうまでもなく経営の生産能力拡大を意味し,またそ・こ匿経
(7)吉田和夫著,前掲薔,128−131貢参軋牒本匡章稿「資用理論における処理的適応 意義」89叫92貴参照。Vgl、Gutenberg,E‖,aa0り,S.447,Ders‖,Grundlagen 6.・Aufl.S.306.訳書306頁。Ders..,Handw臼rterbuchderBetriebswirtschaft,Be
rundet von H,Nickユi亭Ch,St11ttgaIt,1956.5802
(8)溝口ー,堆著,前掲番344貰.Vgl,Gutenberg,E.,Grundlagen,
訳書310費。
(9)Gutenberg,E..,Ofiene Fragen,SS448A449
6Aufl.S・30
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グ・−テンペルクの費用理論紅おける経営規模の問題
一一・2∂3一変化があることも歴然としている。だがこれによ?て直ちに,建物の拡
,技師・作業研究員・職長の新採用,更には大きな運搬力をもつクレーンの
付等が全く行なわれず,それら全てを現状のまま紅して間紅合わす場合があ
ラる0
別言すれば,経営規模変化が全ての生産要素を必然的に増大せしめるとほ限 鱒ことをグーテンペルクが指摘して・いると考えられる。大部分の要素は既に 存しており,経営規模変化はそれら自由であり且つ未利用であるいわゆる潜 的給付能力を利隠するという、ことで可能なのである。
声ゝくして,経営規模変化が全ての生産要素の変化であるという考.え方,すな ち「全部適応」によって特色づけられるという思考は通常現実的ではなくな
。むしろ,経営がそ■の生産要素の−・部分の変化でもって適応する時,換言す.
ば「部分適応」でもって,既軋経営規模変化についても語ることができるの ある。従来からの観念である操業度変化を「部分適応」,経営規模変化を「
部適応」という区分は,形式的な規定であり,それは実践行為の事実とほ大 な断層があり排斥されることとなる。再言すれほ,「部分適応」といわれる 念でもって,操業度変化と経営規模変化とが扱いうる
るのである。而して,グーテンベルクは上記の如き論述の後,「これまでの
献上で通説的である操業度変化と経営規模変化との厳密な区分は支持されえ
(10)
巨」と論結する。
このようなグーケンペルクの立論ほ,彼が操業度変化と経営規模変化とを同 次元で把握しようとしているという根拠として承認しうる。だが,この欝1 根拠に積極的に・筆者は賛同しえない。というのは,こ.こでいう「部分適応」
念には文字通り「適応」の概念が導入されている。而して.,グー・テンペルク の費用理論においては、この「適応」の概念それ自体を制約するところの原理 が潜在しているからである。更紅いえば,この第1の根拠をより包括的な次元
できると考えるからである。しかし,これほ次の第2の根拠と周達する
O Gutenberg,E.,aa,.0.,S,,449
ト
滞37巻 第2・3号
−−−2β4−
ので,そこであわせて:吟味することにしたい。
ところで,第2の根拠を考えてみると,それほ.端的に・いえほ「■適応」の概念 でもって,操業度変化と経営規模変化とを同一・次元で把捉しようという考え方 である。すなわち,グーーテンペルクほ.操業度変化に.対する−■つの適応形態とし て「壷的適応」を論じるのであるが,その処理的適応状況は経営規模変化の際 に経営者が示す処理的適応と全く同じであると考えるのである。ハイネソ 葉を借りれば,この両者ほ変化した販売事情への適応であって,変化した質群
(11)
条件への適応ではないのである。
しかし,このような「適応」の概念を導入することによって,両者を同 元で把握するという着想に∴は,グ−テンペルク費用理論からすれは制約のあ
ことを看過してはならない。というのほ,グ丁テンペルクに‥おいてほ,「適応」
の概念ほ∴経営者の主体的役割ないしその処理力と結びついた概念である。だが それと同時に.,この経営者の適応処理の態度ほ予想と技術的与件とから生じ
ことも注意を要する。とりわけ,技術的与件が経営者の適応態度を制約する とを看過してはならない。そして,これが故に.,「適応」の概念で両者を同 次元申に/把握するということは,いいかえれは両者の技術的与件が同じであ
ことに基づいている。
ところで余言であるが,グーテンペルクに.あっては費用理論的考察を経営 の投入・産出の純粋な内的依存関係(二生産函数)を明らか紅することであ としている。だが,この経営内の投入・産出の純粋な内的依存関係(=生産 数)に,彼は「費消函数」(Vetbrauchsfunktion)を結びつけて考えているo ここで「費消函数」とほ.,周知の如くグ・−テンペルクに.あっては「要素投入
(12) の費消と或る作業手段の技術的給付との間の依存関係である」としている0
って;「費消函数」の具体的な意味内容を示す技術的特性ないし与件が,縫
が理解さ 内の投入 産出の純粋な内的依存関係を究極的に規定していること
醐 Heinen,E,Anpassungsprozesse undihre Kostenmiissigen KonsequenZen
1957SS14−15
(12)Gutenberg,E ,Grundlagen ,6Aufl1961S195…訳苔229頁。
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グ−テ■ンベルクの費用理論における経営規模の問題 −2∂5・−
d
さて,1′いま問題の「適応」の概念は経営者の処理態度と結びつくのである
;,. 虜把・は前記の如く技術的与件とその根底において結合している0というこ は,ノこの「適応」の概念が,グーテンペルクの費用理論では「費消函数」と 極舶紅連結することを意味している。
これを別言すれば,「費消函数」に規制された生産函数を前提紅した上で経 森の処理態度が導入されるのである。これほ「グーーテンペルクが処理的要素 作用する前提として:,経営内の純粋な投入・産出関係を示す一義的技術的な 消函数的関係を強謁していることであり,この費消函数的蘭係が厳密な生産 論的考察によって確定されに:いるために・,そ・の上に・働く処理的要素に関する
(13)
−テンペノレクの考察が生きてくる」のである。経営者のもつ主体的な役割や の処理カをグーテンペルクの背痛理論が考慮する場合,彼のいう「費消函数」
もとづく生産画数,す−なわち彼の行った生産理論的分析が基本的認識として 間欠となることをわれわれは閑却してほならない。
かくみると,グー・テ∵/ベルクにあってほノ,「適応」は経営者の主体的な処理
′を示すとしても,その根底にほ経営内の投入・産出の依存関係を−・義的に規 する「撃酒向数」が存在し且つ制約しているのである。そ・れが故に「適応」
概念で操業度変化と経営規模変化とを同一▲次元的紅把握するという思考をよ 厳密にすれば,こ.の両者にほ技術的与件の同〟」陸があるこ.とからみて−,「費 画数」の不変性という次元から両者を接続ないし同時的に把握する√方法が考 られる。而して,グ、−テンペルタの費用理論でほ「費消画数」が生産画数と 合して有為を得るが故に,第3の根拠たる生産廟数が全体として本質的に変 ヒしないというグ−テンペルクの論述に,同一・次元的把握の根拠を求めるのが
当であると考えられる。換言すれば,グーケンペルクの費用理論構造からす ば,第
当性を有す・るものになると筆者ほ考え.る。ただ,ここでいう生産画数の不変
劫 小林膏夫稿「費用理論における管理論的思考」「会計」欝84巻第2号,76頁。
欝37巻、第2二3号
ー2β6−
とほ,「費消画数」で規定された生産画数の不変であること.に.注意しな ならない。
さて,グ・−テンペルクはしほしば壷的適応(従って操業度変化)と繹 変化とは,そ・の費用経過が原則として直線的に経過し,両者紅は本質的紅何ん らの相違ほないと論じている。彼にあっては,ある
の経営規模の倍数紅すぎないならば,な■蓮−・方の経営の生産費用が他の経営の それより高いのか,あるいは低いのかは理解できないのである。これは,いう 諷でもなく「費消画数」に.もとづく生産画数が本質的に.変化しない限り,費用 経過もまた不変であることをいいあらわしたものである。そして,またそこ は操業度変化と経営規模変化とが同次元的に.把握されて−いることも明らかで る。
ⅠⅠⅠ同一次元的把握について
さて,われわれほ操尭度変化と経営規模変化とが,グーテンベルクの費用 論ではいかように・して同一次元的に・把握されうるのかを若干吟味してきた。
がその「同†次元的把握」とほいかなる意味をもつものであろうか。筆者の 解によれば,これほ,本来両者は明確に.または本質的に峻別される匿もか
1
わらず,ある−−一山ーつの独立のメルクマーールを設定する時,両者がその独立のメノ クマ−ルで定まるということを意味していると考える。その独立のメルタマ ルとして,グーーテンベルクの費用理論では既記の如く3つ考えられたの が,終究的に・第8の「費消画数」にもとづく生産画数をメルクマ−ルとする が,最も妥当であると考えられる。
しかし,このように・して周次元的紅偲握されるとしても,問題となった両 にほ依然として本質的に峻別されたものが存在する筈である。では.,異体鱒 操業度変化と経営規模変化とを峻別するものほ何か。この問題紅対して 見解を提示されたのが宮本氏である。宮本氏はこれを区分する基準としで経 者ないし管理者の処理的適応の態度を導入しようとされる。
すなわち,「われわれは操業度を中心に考察する費用理論を痘如適応あ
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49 グーテンベルクの費用理論における経営規模の問題 −2β7−
と呼びら経営規模の問題を中心笹取扱う理論を長期的適応の理論と呼びたい
(14)
考えている」。「管理者は,グーーテンペルクの規定によると,合理軌非合理
,形式的な性格を合わせもつものとみなされているが,要するに,種々の判 降基づき,・その時々\の′経済状態に最善の適応をなそうとしているものと理解 ることができよう。そのような管理者が,即応的な,即時実現可能な適応を
試みる場合を短期的適応とみなし,管理者が将来の予想紅基づき,場合紅よっ は,経営の生産条件の根本的変化をも辞せずに適応する場合を,長期的適応
(ユ5)
とみなそうとするのが,われわれのグ−テンペルク解釈なのである」。従って
qえば,最的適応は「区間固定費の増減(概械設備の休止や導入一筆者註)が
P応的に可能なものと考えられるので,固定設備の増減のあるなしにかかわら
(15)
ず,これを短期的適応の中紅含めうるのである。」
「このようにみると,場合によっては,同じ事象が短期的適応とみられること
,.長期的適応とみられることもありうる。極めて特定の事態にしか起りえ・な
、であろ・うが,管理者の観点からみて:,同じ事象が別の適応とみられる場合が
(16)
あってよいと考えている。」
このような官本民の見解が注目に値するものであることはいうまでもない。
だが,われわれほこれを直ちに承認しがたい。というのほ,滞1に・経営者や管 者の処理的適応の態度に区分の基準を求めるという見解は,それなりに一応 解しうるとしても,・そ・こに何かある種の曖昧さが沈潜しているように思う。例 ば,宮本氏も認めてこおられるように,一つの事象が(=例えば違約適応)が その処理的適応の態度から一−・方でほ短期的適応の理論(操業度変化)に,他方 では長期的適応の理論(経営規模変化)になる。しかし,区分の基準として,
ある事象が場合によって主客転倒するような,いわば優柔不断な基準の導入に れわれほ賛意を表しがたい。区分の基準の要件は,それでもって−ある事象を
1針宮本匡寄稿「費用理論における経営規模について.」「経済研究」第25号38(126貢)。
封 同稿「費用理論における処理的適応の意義」「云討」第84巻第2号94貢。
6)同稿「費用理論における経営規模についてニ」「経済研究」第25弓,39(126)貰。
第37巻 第2・3号
−2ββ−−
常に・明確に・一義的紅判断しうるものでなければならぬと考える。その意味で宮 本氏の主張する「処理的適応」という区分の基準がそれに応えるか疑問に
う。
第2に,「適応」ということが,経営者の主体的観点を認めるものであると はいえ,既に・指摘したようにそれ自体−■つの制約に立脚したものである。従 て,そ・のような基準でいまも問題の操業度変化と経営規模変化とを区分すると とが,はたして妥当であるかも考えなければならない。
そこで,宮本民の考え方を更に.筆者なりに進めると,官本氏もふれでおら身 るが,区分の基準ほ固定費増減の有無に/求めるのが至当ではないかと考える・云 すなわち,宮本氏のいわれる経営者の即応的,即時的適応というのほ,費用
論上でほ.固定費の変化を惹起しない場合であるといえる。それに.対して,管理 者が将来の予想に.基づき,あるいは長期的観点でもって適応するときは,固定 費の増減が不可避的に伴うものではないかと思う。それ故に,この基準か.ら れば,グ」−−テンペルクのいう「量的適応」ほその「Bの場合」,− すなわち操 皮が減退の場合,経営設備の−・部分が休止せしめられ,増大すると再び採用 れるというのは,操業度変化と考えられる。しかるに,その休止しでいる設 が売却されたり,新規に購入されたりするという「Aの場合」は経営規模変
(17) であると考えられる。前者は固定贋の増減がなく,後者はそれを惹起するか
である。
ⅠⅤ 結 び
さて,われわれはいままで同山次元的把握という場合に,操業度変化は テンペルクのいう「還:的適応」を,経営規模変化は彼のいう倍数的経営規 化を指すも▼のであると暗々裡に.みとめ,しかもそれを当然の如くにして考
てきた。換言すれば,「量的適応」と倍数的経営規模変化との同一次元的把 について論究してきたのである。しかし,操業度変化と経営規模変化との同
(17)Gutenberg,E・,a.a 0.,S」268,訳書271貰。
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51 グーテンペルクの費用理論における経営規模の問題 −ぞβ.9・−
考える場合,これはそ・の一部面にすぎず,その他に例えば「還泊勺 適応」とグ」−・テンペルクの指摘する構造的経営規模変化との同一㌧次元的把握に
っいての考察という問題もある。むしろぅその方が枢要な問題として考察され ねばならない。従って,以上のような考察を通して,グ」−テンペルクが操業度 変化と経営規模変化との同一次元的把握を確立したとはいえない。従来と異な
り操業度変化の延長として経営規模変化が結びつけられうる可能性が生れた段 にあるといえる。その意味で,経営費用理論において 経営規模の問題は末解 決な領域として今攣に・残された古くして∴新しき研究課題である 。われわれは
(18)