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沖縄の紅型と琉球ガラスの経営問題: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

沖縄の紅型と琉球ガラスの経営問題

Author(s)

伊波, 盛伸

Citation

沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 10(1-2): 27-54

Issue Date

1986-03-31

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/6751

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沖縄、の紅型と琉球ガラスの経営問題

伊波盛伸 Iはじめに Ⅱ沖縄の伝統工芸に対する考え方 Ⅲ沖縄の紅型の経営問題 1.原材料と地場産業 2製品価格と生産方法 3.観光と伝統工芸品 4.紅型の県外販路 Ⅳ琉球ガラスの経営問題 1.琉球ガラスの特徴と原材料 2.製品価格と類似品 3.観光と工芸品一観光地の活性化 V沖縄の工芸品の販路 L県内販路 2.県外販路 Iはじめに 沖縄県は、わが国の最南端に位置し、独立王国として広く海外との交易を推進し た歴史を有するために、中国、東南アジア等の諸国からの文化や技術b技法が導入 された6そのため、これらの文化や技術・技法は、沖縄の気候・風土に合わせた中 で発展した。したがって他県にみられない種類の多い工芸品が沖縄で育成され、今 日に至っていろ。 j中縄県の工芸品には、県伝統工芸産業振興条例による伝統工芸品が指定されてい ろ。それらは、陶器・漆器・紅型.織物の4種14品目である。この伝統工芸品の 他に、ガラスエ芸品、サンゴ加工製品、琉球人形、そして県内産の織物を使用した 袋物・小物(二次加工製品)が、産業工芸品である。(表1-1) ここで取上げろ、紅型とガラスは、伝統工芸品と産業工芸品ということになる。 沖縄県が本土に復帰した年に紅型事業従事者は、104人。表1-2で占める割 合は、わずか、5.2%にすぎなかった。だが、昭和59年には、同従事者が203 人になっていろ。昭和47年に比べ、同59年には、紅型に従事する人は2倍にも 増加していろ。 紅型の生産額はぜ昭和47年4,426.7万で、工芸生産額に占める割合は、3.2% であった、これが昭和59年には、56,600万円と12.7倍に増加し、工芸生産額に -27-

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表1-1 占める割も6.6%となり、復帰時にみられないくらい増加してきた。 琉球ガラスについては、昭和59年、従事者数98人、生産額49,400万円にな っていろ。表-2,表-3にみるように、今日迄発展してきてはいるものの、安定 的な伸びということではない。従業者数にしても、56年まで増加してきたものが、 この年から減少しているのが紅型にもみられろ。 伝統工芸従事者の確保は、これら産業を育成するために必要なことである。 伝統工芸品なり、産業工芸品は、その製品を消費者が買ってくれることによって、

仕事が成り立っている。どんなに良い品といっても、買ってもらえない品物は、商

品でも製品でもない。紅型が、紅型産業になるには、従業者数、生産額の増加がな ければならない。 そのためには、工芸品が、「誰がなぜ買うのか」ということを考える必要がある。 工芸品のメーカーは、この消費者を考えない場合、社会的存在を失うことになる。 そこで、紅型の生産から販売に至るまでの経路を示したものが表1-4である。 原材料・製造・販売というプロセスがよくわかるように、色々の問題がある。移 入原材料の使用、生産体制の弱さ、販売への努力不足が、まずあげられろ。 販売は、県外約3割、県内でその約8割が観光客に売られていろ。その内容は、 ±産品用の袋物・小物が主なもので、着尺、帯地は皆無である。 琉球ガラスの現状は、表-5の通りである。ここでもいえることは、原材料、生 産体制、販売という面にわたる問題である。だが、琉球ガラスは、この生産体制の 改善のために協業組合を結成した。昭和58年に組合設立、同60年4月「琉球ガ ラス」(琉球ガラスエ芸協業組合)という共同工場・共同施設(ショールーム)を -28- 伝統工芸品 産業工芸品 陶器 琉球焼 漆器 琉球漆器 紅型 琉球紅型 織物 蕉芭布、読谷山花織、ロートン織、久米島紬、宮古上市、 八重山上市、 ~ ミ ンサー織、与那国手巾、与那国ドタテ、 首里花織、琉球絆 ガラスエ芸品、サンゴ製品、琉球人形製品、二次加工製品

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完成させた。これは、後で述べるように、観光と工芸品に対する大きな示唆を持つ ものである。 この小稿では、伝統工芸品の紅型、産業工芸品の琉球ガラスの経営問題として取 上げていろ。これまでに、デザイン、展示といったアプローチはみられてきている が、ビジネスとしてみたものがない。工芸品の生産にともなって、その品物を売る ために関連する事柄についての論議が少なかったきらいがある。 生産する製品にかかわる原材料は、紅型については県内確保が容易でないが、琉 球ガラスのそれは「ニュー琉球ガラス素地の開発」によって県内確保が可能となり つつある。 類似品への対応が、工芸品生産に大きく作用しているため、これに対することも 述べてみることにする。これは、製品の価格と深いかかわりがある。類似品に対す る対策を、業者が、業者グループが考えねばならぬのがビジネスの問題である。ii① 紅型、琉球ガラスを通して、沖縄の物産をいかにして「販売」へ、と考察する一 連のシリーズとしてとらえたものである。注② Ⅱ沖縄の伝統工芸に対する考え方 「沖縄の伝統工芸は、これまで、ただ漠然と精神論のみが強調され、従来の形式 保持に指導の重点がおかれる傾向があるが、多様化した現代社会の中で、重要な地 場産業として振興・発展させるためには、その-面のみに固執してはならないと考 えられろ。文化的・芸術的価値を強調するあまり、その実用的機能としての開発を

怠っていると判断される。」(工芸産業製品流通等実態調査報告書p1,3昭和57年)蓋

このことは、伝統工芸を考える上で重要なことである。人々の生活に密着した 「物」を生産し、販売されうることによってのみ、「仕事」が成りたつのである。 これまで、「伝統」えのこだわりが多く感じられたのが、沖縄の伝統工芸に対する 考え方といえる。 さて、ここで「伝統」ということを考えてみたい。それらは、次のようなことで ある。 まず、人が普通、伝統というのは、前の時代から受け継がれてきた、6のの考え 方、行動の仕方、「物」を作る技術、つくられたものを尊重して、愛情をもって使 -32-

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うという使い方といったものである。L又ざ伝統には、その地方の人々が共有してい る考え方、行動の仕方によって慣習化されている生活様式などもさしていろ。さら には、地縁/・血縁・集団やそれぞれの生活圏、民族や国家というような広がりのよ うな集団で意識的に継承されてきたものをいう。いうまでもなく、継承とは、世代 間の継承をいう。‘ 次に、伝統が集団や社会の中で、そこに生活する数多くの人々によって意識的に 継承されてきたのは、その「伝統」の内容が、今日の人々の生活の中で生き続けら れているからに他ならないb地方の伝統文化には、その地方の生活圏としている人 々の日常での生活様式の基底を支えるもの(たとえば芯慣習化されている考え方、 行動の仕方)や、自分たちの生活の意味を理解して精神的な豊かさを持っているも の(たとえば、年中行事、作法、芸能にたいする尊重や参加する態度)から、その 地方に産出する「モノ」を素材とすることとか、又はその地方の風土に適した方法 で、その地方の人々が、それを創造し、製品化させ、発達・普及させてきた伝来の 技術(たとえば、居住様式・生活用品から伝統工芸というものや、一部の地場産業 など)が含まれることになる○~ さらに、伝統が後世の人々に伝わったということは、伝達=継承される内容が、 なんらかの型として受け継がれてきたことを意味するd型の継承がなければ、伝統 は成立しない。だが、ここでいう伝統は、過去の原型を正確に3寸分たがわず継承 しなければならないとするものではない。伝統が、人々の生活の中で生きていろ、 つまり現在の生活様式に影警を与えているものだとすれば、型の中心部分は確実に 受け継がれねばならないが、だが周辺部は時代の変化とともに変化するものである。 変化しなければ、社会的状況がこれまでと異なる新しい時代に、古い伝統が生き 続けられないからである。このことは、沖縄の伝統工芸や、一般に伝統性のある地 場産業の将来を考える上できわめて重要なことである。 現代の人々が生活していく中で伝統的なものを試してみるとか、確認することの できうる機会というものは、現代にも価値を持つ'ていろと考えられうる。その中心 部分を変化させないで、しかも現代に適応しないような周辺部分を修正して現代の 生活に適合させながら、受けつがれねばならない。〔のようなことが、伝統と伝承 の区別されねばならない見本となる。 したがって、新しい時代への適応性を許す伝統というものにたいして、まったく -33-

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型のくずれさえ許されることができない継承過程を特徴としている文化とを、区別 して考えねばならない。 以上のように伝統を考えてきたのであるが、伝統は交通の発達とマスコミの普及、 通信の発達によって人々の意識に変化がみられろ。現代の技術改新による大量生産 によっても、伝統に対する考え方が、人々の意識にとって、減退させることにもな っている。 沖縄の伝統工芸に対する考え方は、「民芸」という意識の中にあるのではないか といえる。なぜならば、「民芸」というものについて以下のことが示されていろ。 「民芸」とは、 o民芸的工芸の略称語で、ある。 o庶民の生活用具で暮しの要求に応えた産物である。(実用品) o健康体・実用的・素朴、用に忠実、手工芸として安価なものである。 。先祖から伝えられた技術を受け継ぎ、時代に適応して生産する。(伝統工芸) o無名の工人が用品を主体にして用に忠実な品々を作る。(美を追っかけない仕 事) o個人の力だけでなく分業又は、協同によって生産する。(他力道) o美を追っかけない仕事であるが、美に追っかけられた美しい品々を産出する。 (巧まざる美)注④ これらのことをふまえて、再出発をする必要があろう。 沖縄の工芸品製作業者は、伝統とこの民芸という用語の中にあって、業者という 考え方がなかったきらいがある。民芸・伝統というものから抜けきらない中で、何 となく今日迄続けられてきたので、ことさら、いうべきことはない。他の人々から、 沖縄の工芸品が高いという批判に対して、これまでの伝統なり民芸というだけでは、 答えられなくなっている事実を考えようとしなかったきらいがあるといえよう。 伝統工芸と産業工芸の概念についても、それなりに区別は、されていろ。(表2-,) 〔沖縄の伝統工芸産業調査報告書、昭和49年〕これには、芸術性と科学性の両面 をとらえながら、今日の人々の生活に必要なための生産と考えられている。つまり、 人々の欲求(ニーズ)に応えられうる「ビジネス」として「規定」しているものの、 大量の類似品の流通要因を考える時、伝統と民芸を、ただ背負っていたという感が -34-

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ある。この流通要因は、大量生産と安い価格、そして、いつでも入手できうるとい うことである。注⑤ 県内の伝統工芸は、芸術性を追求するあまり、経済性を考えなかったきらいがあ る。これは、類似品が大量に流入する源泉となっていることの指摘を、これまでな かった感がする. これからの工芸品に対する考え方は、人々の欲求に応えられうるもの、人々の欲 求の変化に応えられうるもの、を製品化するものでなければならない。ビジネスと いう場合、このように考えるのが普通である。これまでは、この普通の考えではな く、芸術志向のみで、工芸産業は保護されるべきものとしてきたが、今後は、業者 の主体性が問われる。 Ⅱ沖縄の紅型の経営問題 1原材料と地場産業 ビジネスとして、生産・販売という場合、生産する原材料の調達が人口の問題と

なる。紅型の主要原材料は、絹布、綿布、麻布、芭蕉布、天然染料、顔料等である。

だが、ここでこの紅型が沖縄の地場産業と考える場合、考えねばならないことが ある。 ここで地場産業とは何かをとり出してみたい。地場産業については、以下のよう にいわれているので、これをみてみることにする. ①特定の地域に起った時期が古く、伝統のある産地であることd ②特定の地域に同一業種の中小零細企業が地域的企業集団を形成して集中立地 していること。 ③生産販売構造が、いわゆる社会的分業体制を特徴としていること。 ④その地域独自の「特産品」を生産していること。 ⑤市場を広く全国jWb海外に求めて製品を販売していること。 以上のようなことをさして地場産業であるという考え方である6注⑥ これに対して、上記をも含めて、もっぱら資本、原材料、労働.力、技術等の地域 内での調達・著積に有立の基礎を置き、一定地域内に集中立地する中小企業群を 「地場産業」とする見方もある。 -35-

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~前2者を狭義、F後者を広義とするならば、沖縄の紅型は、後者をより広げたものと 考えることといえる。注⑦ さて紅型の原材料はすべて県外からの移入となっていろ。移入されている布は、 絹、木綿、麻製品であり、これらはすぺて機械織りである。絹は着尺。帯地に、木 麻、麻は小物用である。県内の紅型事業所では、着尺・帯地を主要製品となってい るので、絹の布地の仕入が多く、これが原材料費の5割以上を占めることになる。 (沖縄で生産する織物は、絹織物である。この絹織物を紅型が求めれば、原材料は よいということになる。しかし、紅型は染物であるので、原材料には、絹織物の白 地が必要である。そこで、紅型の原材料を沖縄県内産地に白地の絹織物を依頼して 調達する方法がある。これができれば、移入原料費が安くなることになる。だが、 このことができないのである。その事については、以下のような問題がある。 まず、県内の伝統織物の「手造り」の良さが紅型には充分反映できないことであ る。つまり、白地の布に顔料、糊等を使用して着色するため、「手造り」の風合の 良さが充分に生かされないため、製品(紅型の原材料布)に反映することができな い点にあること。」~ 、つぎに、紅型の着尺、反物は工房卸値で約20万と高く、手造りの伝統織i勿、た とえば久米島紬(卸値-1反115~20万円)を使用した場合、価格が40万円と なり、非常に高くなるということがあげられる。 さらに、各伝統織物の工房が「白地」の織物を生産したがらない。白地の織物は 安く売らねばならない。むしろ図柄入りの製品を作った方が、価格も高く、利益も 多いというのが本音のようである。_ このような関係から、紅型用の絹織物の県内調達は不可能ということが現状である。 紅型の他の原材料である、顔料、染料、助剤がある。これらは県内で必要とされ る量が少量のため、県内で開発し、自給調達するほどのことはない.O 紅型の原材料「布」の調達が、県内で可能な側面を持ちながら、移入によらなけ ればならない。これによって、製品価格丁販売量、類似製品の流入、といった基本 的なものに問題がある。この問題は、紅型生産の分業システムが展開されていない ことを意味する。/召~

紅型は、h染織物である。この単純なことが決まっていない。つまり、日地布を計

画的に共同購入をする方向を見出す努力をすることが必要となる。紅型を伝統工芸

-36-

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品として生産するならば、原材料の計画的仕入を考えなければならないことである。 材料が高ければ、その価格を下げられうるような行動が、;業者0)共同仕入という ことになる。これこそが、組合活動といえるものであるd年間で使用する「白地」 総量を計画的に発注することによって、,原材料の仕入価格を下げることが考えられ ないだろうか。 県内産の紅型生産は、「上物」志向であり、美術工芸的なものであるといわれて. いる。それゆえ、着尺・帯地中心のデザインであるために、袋物・人形用Q小物用 といったものが従となってくる。このような考え方であったとしても可原材料の確 保は、やはり必要なことである。そのための活動の一つカミ組合によるものといえよう. 2製品価格と生産方法 県内産の紅型は、「手造り」であり「一貫生産」であるために、「価格が高い」と いわれている。そして県内メーカーの供給能力は、その流通総量に比べて、不足し ている。そのために類似品が、県内に流入してくる、ということがいえる。 Ⅲ類似品は、安いため、県内の祭事,・琉舞関係者ですら用いている。県内の ̄股消 費者は県内産の紅型を評価しながらも、価格が高いために購入意欲が強いものの、 行動がともなってこない。これは、「びんがたの着物」が普及しないことの原因と もいえろ。 さて、類似品には、「琉球紅型」、「堰出紅型」、「古琉球紅型」、「琉球王朝 紅型」、「琉球手捺染紅型」、「古典紅型文様」、「紅型小紋」というように多様 な表示による製品が販売されていろ。しかもこれらの製品価格は、n反L5万円~ 7万円まで広範囲に及んでいる。これらは、,京都室町の問屋街の卸価格であり、:末 端の小売価格になると1.5~2倍になってくる。この価格は、本紅型の県内出荷価 格の20~30万円よりはるかに低いものである。 この類似品の製品価格のちがいは、主に色数や原材料の種別、地染の有無等によ っての差である。色数が少ない方が安い。又原材料は、絹織物が主であるが、縮緬 などでは価額が高くなり、重さや産地等によっても価額にちがいがでてくるd特に 化繊の場合、1反が5,000円というものもある。~…」 なぜ類似品が安いのであろうか、という疑問が生まれてくる。これは、分業化。 -37-

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機械化とそうでないものとのちがいといえろ。 紅型風の類似品は、捺染で生産される。捺染も、型紙捺染、スクリーン捺染、機 械捺染(ロール捺染)とに区分されろ。そのうちスクリーン染が行なわれている。 捺染の標準的な工程は、精練漂白した後の型置工程が、「型紙捺染」→「スクリー ン捺染」→「スクリーン捺染の二反張」→「ロール捺染」である。型紙を使用する か、スクリーン、ローラーを使用する力>で型紙捺染、スクリーン捺染、ロール捺染 という区分があり、それぞれによって、種々の工程がある。 着尺においては一枚の捺染板に2反の反物を張りつけて一度に2反分の染めを行 ったり、人形用の場合には広幅の布地を使用することもある。 類似品の工程は、主にスクリーン捺染とロール捺染である。そのうちスクリーン 捺染が大部分を占めていろ。それは、以下の理由による。 ①ロール捺染の型代は’0万円’色に対して、これが1万円であること。 ②ロール捺染においては型代が高いため、同一柄を大量に生産しなければ製品 が安くならないこと。 ③プリント紅型の主な利用内容は、琉舞、祭事関係者の着尺、琉球人形用、袋 物、小物用であるため、図柄に対する消費者の好みが変わることを考えろと同 一図柄を大量に必要としないこと。~ このようなことから、類似品は、スクリーン捺染によるものがほとんどである。 いうまでもなく、原材料は、着尺は絹織物、人形用袋物・小物といった二次加工製 品用は化繊、一部ウールを用いていろ。 紅型に染め上げるには、紅型職人が1反に1ケ月の時間を要する。着物用、帯地 用、帯地用の紅型を生産する場合、一貫生産(手造り)であるので、〔の程度の日 数は、当然のこととして出荷価額を下げる働きとなってこない。 製品の価格は、これまでみたように生産システムによって左右される面が大きい。 本紅型でも、「手造り」の中でも、1人一貫作業工程というのではなく、何人かの ティームによるものb簿えられないだろうか。そうすれば、紅型の製品価格を下げ ることが可能と考えられろ。 紅型の製作プロセスに、分担作業方式がとれないものか、それぞれの分担を変え て行くことによっても、作業能率が上がってくるといえる。これは、京都のように 「機械化」して行くというのではなく、現実の「手造り」に少し工夫をすることを -38-

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意味する。 仮に「手造り」作業の分担化を図ろにしても、現在の紅型事業(工房)の平均従 業者数が5人では、これを実現することができない。そこでいえることは、首里を 中心にした50工房のうち、いくつかが合併して「協働」壱する形態なら可能とな る。これからの需要拡大には、グループで「協同」しなければならないといえる。 この点では、琉球ガラスエ芸協業組合が、紅型生産に大きな参考となろう。工芸 産業という場合、良い製品の生産をするという側面が大きいからである。 3観光と伝統工芸品 紅型製品の販売額の伸びは、観光客の推移と共にあるといえる。昭和47年の観 光入域客数は40万人余であったが、同59年には200万人を超えていろ。紅型の 年間生産額が、5億7千万人余となったのは、昭和55年からである。昭和55年の 観光客数は、180万人をこえた頃から、生産額も急速に伸びたのである。 観光立県として沖縄は、伝統工芸品をどのように生かして行くかが問題である。 沖縄の伝統工芸産業は、この観光需要に直接依存する伝統工芸産業と間接的に依 存する伝統産業に分けてみることができる。前者には、~陶器、紅型(テーブルクロ ス)、漆器、琉球ガラス、琉球織物(財布、ハンドバックなどの小物)がある。 後者としては、県外市場依存型ともいうべきもので、琉球紬、久米島紬、芭蕉布、 宮古上布等があげられる。 このような見解から、紅型は生産者から小売店へのルートが圧倒的に多いため、 観光客にとって価格は品質の割には安い。紅型はテーブルセンターやかく街の需要 が大きい。このような需要に対応して、本紅型が追いつかず、プリント型も出まわ ってくる。デザインの盗用などの問題もある。そして観光ブームの中で紅型の小物 類を中心に急増し、その波及効果として、着尺、帯地など従来踊り衣装として県内 の一部愛好家に限定されていた高級品が、京都の京染問題を仲介としつつ本土市場 に参入していろ。(観光及び関連産業振興に関する調査、昭和56年、九州経済調 査協会) ここで観光と伝統工芸品の結合の仕方を考えてみたい。 ①生産工程の風景を観光利用に考えられる。紅型工房では、この「製品を買っ -39-

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て」もらう工夫をしている所がある。しかしながら、グループで実施すること に欠けている。

②紅型を展示、鑑覚施設の整備が考えられる。これは、よい製品を見せる効果

がある。

③レクリエーション、学習のための体験利用を図ろととがいえる。これは、生

産工程や紅型`の歴史的背景を学んでもらうための工夫ということである。

④祭り、市、買物ツアーへの対応に対する考え方もある。たとえば、沖縄で開

催されるイベントの賞品に「紅型」を提供する工夫を考えることである.

⑤特産品、土産品の開発である。このことに関して沖縄は、まことに下手であ

る。このことのために、ビジネスが、ビジネスとして育っていない面が大きい。

⑥観光業者との提携を考えることもある。自分さえ、いい仕事をしていれば、

買い手は、自然に来てくれるものという考えでは、どんな良い品物でも売れな い。この考えから脱皮することが、紅型業者自身に必要である。 南国沖縄に観光に来る人々は、目的として色々と考えられるが、次のようなこと

が基本なのである。それには、①、身体や心を休める。②、いろいろな知識や情報

を得ろ。③、人との付き合いを円滑にする。④、未知のものに触れたり新しいもの

を作り出したりして心を豊かにして人間性を高める。⑤、家族とのつながりを深め

る。⑥、日常生活から離れて気分を転換する。⑦、身体を鍛える.⑧、生活上の便

益を得ること。⑨、別に目的はないが、そのこと自体を楽しみにする.⑩、周りの

人から認められようとして行なう。というようなことで、人々は移動する。このよ うな内容を持った観光客に対して、伝統工芸品の生産業者は、なにもしないのでは いけない。

人が人に働きかける行為を経営というのである。自分の仕事が、仕事として存在

するためには、常に自分以外の人を充分に考えて行動しなければならない。

たとえば、沖縄に修学旅行に来た高校生に対して、成人式には沖縄の紅型を着用

して下さいと女子高校生に呼びかける工夫をする場合、紅型業者と他の役割を果た

す人々と計画的行動をとらなければ実現しない。呼びかけの計画には、男子の修学旅

行の高校生に対して、将来の伴侶に、紅型のプレゼント、及び新婚旅行には沖縄へと

いったものが、具体的に考えなければならない。

いうまでもなく、紅型の生産業者は、生産したものが売れなければ、業者として

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生き残れないわけである○だから、今日の客も大切ではあるが、将来の買い手に対 する努力をすることによって、事業の継続性が図られてゆくのである。 4紅型の県外販路 紅型の販路を拡大するには、着尺・帯地と袋物。小物といった分け方ではなく、 一体的に考えるべきである。つまり、トータルとしての紅型の魅力を数多くの 「女性」に愛用してもらうことである。 これまでの行政主導形の努力が、展示事業として実施されてきた。「沖縄の伝統 工芸品展」及び「市場開拓展」が、昭和52年より、東京、大阪、名古屋、広島、 金沢、熊本、京都、仙台、ハワイといった地域で開催されてきた。又、沖縄県染織 物求評会も、昭和50年から、東京、F名古屋、大阪、京都で、取引販売業者及び消 費者の評価を求めての努力が、持たれてはいる。あるいは、需要開拓指導講習会も 開催されてはいる。 努薑力というものは、目標達成を図ろために行なうためのものである。個々の紅型 製造業者の事業維持拡大の努力、紅型製造業者全体が沖縄の地場産業発展の努力と いうものは、個々の経営によるものであり、業者全体の努力によらなければならな い。行政による努力は、業者及び業界のサポートでしかないことを業者は知る必要 がある。 製造業者は、売れるもの、売れなければならないものをいうのである。そうでな ければ仕事として成り立ってゆかない。 そこで、紅型の県外坂路,開拓について、沖縄の観光客に注目して、観光客からそ の家族へ、観光客からその地域の人々へのきかけによる販路拡大の努力の試みを 提唱したい。このことは、「誰がなぜ買うのか」ということになる.これまで、流 通にのればよいとする考えでは、あまり販路を伸ばすことにならないo 沖縄に転勤してくる人は、那覇市だけでもL000人毎月流入している。この万々 は、2年くらいで、他の地域に移動する。たとえば、この2年:間沖'縄に滞在する 「長期観光客」ととらえてみても、紅型の需要開拓に結びつくといえる。この長期 と共に、短期流入者が年間200万人に及ぶ今日、観光客から観光客の家族へと拡大 する需要は、小さなものではない。大多数の観光客は、-度沖縄に来ると、沖縄の -41-

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魅力にとりつかれて、「沖縄病」にかかっているのである。 この人々に、「紅型の着物」なり「紅型の小物」の良さを認識してもらう努力が、 まだまだ不足しているのではないだろうか。 この長・短期の観光客に紅型を「楽しんで」もらえる工夫がないものであろうか。 修学旅行の高校生、婦人団体に、実際に「紅型の実習」をしてもらえる「場」がほ しいものである。県外への販路を拡大する以前に、まず県内からという考えを持つ べきであろう。 沖縄県内で成人式を迎える女性が、必ず着用させるには、どのような工夫が必要 なのであろうか。毎年、2o才を迎える人が着る「着物」は、紅型老という発想であ る。それには、次のようなことがいえよう。

①小学生くらいから、紅型の良さを知ってもらう工夫をする。学校の行事の中

に「紅型」教室的なものを、学校の内外で開設する。 ②中学生になると、自分の考えが表現できるようなデザインを描かせるような 視聴覚教室の場がほしい。この場を通して、地域に伝わる文化の修得に「紅型」 を教え、学ぶことに連がってこよう。 ‘③長期滞在型の観光客(婦人を中心に)積極的に「紅型教室」を活用させるこ とも展開できうる。 ④年に1度くらいは、紅型日を設けることも良い。公的機関に勤務する婦人が、 その日に着用するというものである。呉服屋に「びんがたの着物」がないとい うのが、沖縄の現状である。着物を着る機会の多い人に、ターゲットを絞るこ とが良い。いうまでもなく、袋物・小物に関するものも含めることが重要である。 ⑤孫娘へ「びんがたの着物」を成人式にというようなことが、なぜいえないの であろうか。紅型は、「手造り」であり高価なものであればある程、誰もが紅 型を愛用するわけには行かない。そのためには、計画性を持って販売するとい うことを考えねばならない。

以上の他にも種々考えられるが、要は紅型を知ってもらう努力、識ってもらう努

力を通して、愛用者を増やして行くことである。紅型生産者は、生産メーカーのみ ではなく、販売にも手を出すための「場」を獲保するとと力泌要となってくる。 このように、観光客から販売促進を支えるものが、県内の「びんがた」愛用者を 計画的に拡げることである。これまでしなかったような方法は、協働でしなければ -42-

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ならない活動を意味していろ。 Ⅳ琉球ガラスの経営問題 1琉球ガラスの特敵と原材料 このガラスの製法は、最も単純なもので、真赤に溶けたガラスの火玉を鉄パイプ の先に巻き取り、それに息逢吹き入れて、ふくらませながらくるくる廻して成形す る「宙吹き法」と木型あるいは、金型を用いてその内側にガラスを吹いて形成する 「型吹き法」の2通りの工法が行なわれていろ。 その他に加飾の技法として、ガラスの表面にひびの入った仕上げをするための 「ひび入れ法」が用いられていろ。これは成形途中でガラスを急に水の中に入れる 技法で、水の温度差によって大小さまざまなひびを入れることができるものである。 その上、このガラスの特徴は、材料のひとつとして、くずガラスを用いるため、 他のガラス器に見られようなガラス特有の透明感や冷たい感じや、繊細さはなく、 むしろ<すんだ色や気泡があっても意に介さない素朴さがみられろ。 また成形における吹きガラスの工程は、一切が冷えきらないうちに仕上げろとい う極めて時間に制約された面がある。そしてこの中にあって、作り手の意思や式術 を超えたものが出来上ってくる。このようにして製品ひとつひとつの色や形が微妙 に違うところが「沖縄」のガラスの特徴であり、また味わいを深くしている要因と もなっていろ。 沖縄のガラスは、これまで米国人好みlこのデザインとして育ってきたきらいがあ った。このことは、わが国の中でも「独自」な感覚というべきである。 このガラスの製作過程は、次の①~⑥の順である。 ①材料の割れ瓶を色別に分けて洗う。 ②送別された材料を、るつぼに入れて1300℃~15000℃の温度で溶解する。 ③ドロドロに溶けたガラスを吹き竿(鉄パイプ)で形成する。 ④整形窯であぶりながら形を整えろ。 ⑤出来た製品を低熱窯で徐々に冷やす。

⑥瓶類は「ふた」と「溶器」が合うように金銅砂ですりあわせて仕上げろ。

このような特徴を持っている琉球ガラスは、原材料、製品価格、販路といった問 -43-

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題点がある。なぜならば、紅型と同様にこの原材料の量的確保が、生産・販売とい うビジネスの流れをかえさせてゆくことになる。 沖縄で琉球ガラスが、地場産業として生育してゆくためには、生産量と販売量の 増加を図ろことである。生産量の増加を図ろためには、原材料の確保が必要である。 表-5の流通経路図にみるように、原材料は、廃びんに大きく依存している。こ の廃びんによる原材料には、容器革命(ピンから紙容器等へ)の進展によっている ためにこれからの供給が限られてくる。 現在琉球ガラスで使用していろ「廃ピン」は、1日600kg、月20ノである。だ

が、県工業試験場窯業室長の照星善義氏の研究によると、琉球ガラスの原材料して

1日152提供可能とされる。「ガラス化の条件」、「ガラス化反応」についての

説明は省略することにして、「ニュー琉球ガラス素地の開発」が、沖縄県の粘土資

源とその利用技術を研究されている中で実施されようとしている。注⑩ 原材料確保についての図式は、次の通りである。ソーダ石炭ガラスの組成値を Si0275%、Na2015%、CaO10%とすると、このSiO2を、「鋳物廃砂」、「伊 豆見硅石」、「久志砂」から求めることができる。又、Na20も同様に、CaOにつ いても、上記三種から求めることが可能であるとするものである。 「鋳物廃砂」は、いうまでもなく、鋳物製品製造過程から必然的に生じるもので ある。伊豆見硅石や久志砂は、沖縄本島の自然資源そのものである。 これまでの琉球ガラスは、8社のガラスエ場で事業を行ってきたのであるが、昭 和58年4月に、そのうち6社が、琉球ガラスエ芸協業組合としてまとまって、同 60年5月に「琉球ガラス村」として発足した。

中小零細な業者がまとまって、トエ芸協業組合ができたことは、中小企業の歩み方

として良い方向といえるものである。生産のための共同施設、販売のための共同シ ョールームの開設は、個人の力を超えるものであり、地場産業を育成していくとい う意識がなければできないことである。 このような中で、:原材料の確保とその増量への見通しが、沖縄県工業試験場での 研究によってでてきた。生産コスト、販売価格、販路と共に製品の多様化といった 問題が残ってくる。産業工芸品の琉球ガラスに、なぜ類似品が流入するのか、とい う問題は、解決されなければならない。以下、このような意識の下で述べることに したい。 -44-

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=1冊H声

[垂i萱Zjlii菫]

名称琉球ガラスエ芸協莱組合 所在地⑦90.1-03 沖縄県糸満市字福地169番地 屯賭098997-3005.4784~6 股立年月日(創莱)昭和58年4月6日 出資金43,200,000円 地区沖縄県 組合且数6名 従藁日数63名 脇IijI$11介糾職避史。協業Ⅲ1台設立 lY付決疋jujNIPl受Hl1 峻」烏(枡」:ulの職人`M:』共liil工場に 災偽Iiし'1鍬I1Hllhする) 組合の概要 昭llI60412jlWll604A・3ノj WlhI60AIi4ノI 琉球ガラス村 ML球ガラスの雌史は、100イ12を迎えることになり ます。その帥やかな色彩と過Iリ]なiXiしさに加えてぬ く(〕りひ)あるMi敏で、奴)WFの侍橡や地ノu9A此の勝 Ii1lのご愛KIIをいただき、li1k機MiIIilMな苑luiを途げてま いりましたn ill1Illlにはこれまで8Ⅱ;のガラスエ場が琉球ガラス 製11tの'MLを衝んでおりましたが、とのIlu上部2ネl を除く中illWlの6礼が一つに合イルして生れたのが琉 球ガラス]狭bMxボⅡ合で、当$11合が苑hLに当って皿 殺しI)I11iiする工場及び腰;'kM1Mi場が今年5ノjl6Bオ ープンいたしました「琉球ガラス村」であります。 なお、琉球ガラス材では、その鵬ノド雌に現在、技 術HlII1I1のIMIリバ11臓氏のヨーロプパでの受衡作品多数 と当協梁川l合にhIiHjすることになったガラス工場の 俊秀作品を特別鵬>jLてありますが、今後もガラス の服史や琉球吹含ガラスのIiWf火IIBガラスのコレ クションをIIG'1《してガラスをめぐるNi物l1iul的なネヒ全 敗、i侭能をlliたせて地域社会に賞紙する所存でござ います。 ガラスの錐は奥深く、吸めどもつきぬものがあり ます。机達は地域#I:会の多梯なニーズに応えつつ、 一〃腿代な肌光1W;染の一塊をもIIlえるような企業と して兄鵬していくことを凹梯にするとllijIlOに、グラ スクラフトとしてのイスiの追求をj、じてI劇際Ⅲ界でも jmlllする雌球ガラスに何てl:げていきたいと念じて おり戎す。

[霧I書Ufj菫藝1

1.本組合は琉球ガラス製造集の申粟活動について の協業を図ることにより企粟規模の適正化による 生産性の向上等を効率的に推進し、共同の利益を 増進する。 2.琉球ガラスの製造及び販売を行う。 組合設立の経緯 1.編過 昭和581M月 昭和58年9月 脇1;1$11合投血 中小企業i『ljllI化リド菜共1可工場診lUi I1j込 共lid工場診断側告受剛| 中小企業ivlllm化圃金俗人'116,1 Hf付内定jui知M1受理 地鏑祭、共同工M1及び共同施設で あるショールームの起工式をけう。 昭和59年3月 昭和59年9月 昭和59年11月 ” -45-

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2製品価格と類似品の流入 琉球ガラスの類似品は、台湾から移入されている。この類似品の出荷価格は、県 内製造業の5割である。しかし、小売価格は県内産と類似品で価格差がなく、県内

産出荷価格の約2倍が小売価格でああ貝類似品の小売価格には、小売店の利巾が大

きいことが推測されろ。 ここで重要な点は、類似品が安いということである。その上、県産品と類似品の 区別が容易でないことでもある。これらのことを対比させながら検討してみたい。 o原材料について、 類似品は、ケイ砂のみで廃びんなどの使用をしていない。県産品の原材料も、廃 びんから「ソーダc石灰系ガラス」への移れるものと考えられろ。とのように原材 料の確保とその利用方法の改善が、常に求められている。 o生産について、 ガラス職人が、台湾には多く、沖縄には少ないこともあげられろ。このことに関 していえば、「手造り」というパターンであるならば、職人の育成には長い年月を 要するためにガラス職人の確保が容易でない。Ⅱ そこで、生産工程の中で「型成形」を採用してはどうであろうか。なぜならば、 「手造り」と類似品の区別が困難であるという現実では、産業工芸品の作家と産業 工芸品の生産者との相違をどのように考えるかということにつきる。 類似品は、大量可能な生産システムであるのに、県産品はそうでない。したがっ て、県産品はコストが割高になっている。 さて、昭和56年に推計されたものによると県内生産量の2倍が販売されていろ という事実がある。 紅型は、生産量の約2倍以上の観光消費額となっていろ。しかし、着尺、帯地生 産の県内の工房は、総て県外への出荷しているために、県内の不足量はかなり大き いと考えるべきである。そして、観光消費のすべてを「袋物・小物」としての紅型 が予測されうる。このことは、紅型の流入量が多いことを物語っている。注⑧ 「琉球ガラス」は観光消費額が県内生産額の2倍以上となっていろ。台湾からの 類似品が非常に多いことを示している。 紅型にしても、琉球ガラスにしても、生産量の2倍以上が消費されている。紅型 -46-

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表Ⅳ-1エ芸産業製品生産額と観光 尚更額 ((、101) 100

□…‘

■ⅦⅧ

90 80 70 60 50 40 30 20 10 琉球ガラス 臓物 (ぺつこ。フ さんご 漆 器 陶 器 紅 型 注:①メーカーにおいてI」#11充lIi桁と小売6M桁が末分蝋のものもあり、メーカーiI1i[販店ではfll充(Ni桁と 小売M1i桁がIiilMWM、ある。しかし、1j;iI1リ的には、〈上廉Wnはメーカーからの上・I・リンク結Ⅱ↓のとお りFII充冊i桁、!01内胴人加はilllTMへのアンケート結果のとおり小売(iM桁である。そのため、実際の (MiWnとVi1内胴人緬の蕪は表示された輪果より少ないものと判断される。 ②リハIAlIIM人WIiにIilIji似1W111人ク)も念まIしている。 ③!LF1紬にはり,1外移1m)し念まれている。 -47-

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表V-1エ芸産業製品将来鯛入推叶額(昭和66年) 111位:百〃111 】-℃ 11]『 図V-7エ芸哺産業製品鯛入額と将来購入推計額 ( 球 【ブス つこPフ んご 洲 器 1W物 -48-

IMI人品ロ IMI人抓 I川人品目 IMI人IWi

雄子顕 ちんすこ つ 琉球1W 瓜、11 パイン菓子 その他 ;1 702784 816366 232582 0 0000 6 111I I 来‐‐その他 洋禰 身辺川細if リケ31. ハンドバックG● その他 ilI 21:肉 l1iパイソ 海瀧物 泡lIli イくIリ1 洲. 51390 68377 42559 00 00 62 1I 8-595560 2-348301 8蕾35128l m-L 2 5

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の場合には、それ以上が見込まれる。 生産量の拡大は、紅型・琉球ガラスにとって必要なことである。そのためには、 生産プロセスに分業化を考えることである。琉球ガラスの場合、大量生産方式がと れるものは何かを工夫してみることである。 紅型の場合、着尺、帯地のデザインだけでなく、袋物・小物・人形用にもデザイ ンの工夫を考えると共に、観光客のための生産方法に量的生産が可能なものを見出 すことが重要なポイントとなる。 この工芸産業製品生産額と観光消費額を見ても、陶器を除いて、類似品の流入が いかに多いかが推測される。さんどの加工品、琉球ガラス、織物、紅型、漆器に至 るまで、県外からの流入品、つまり類似品が、観光土産品対象として県内で販売さ れている。 沖縄の工芸生産業者が考えねばならないことは、自分達が作っている製品をどの ように考えているかということである。「誰がなぜ買うのか」ということと、なぜ 「このような工芸品」を作るのかを考えることである。このことは、人々の欲求に 応えられうる「仕事」がビジネスであり、人々の欲求の変化に応えられうる「仕事」 がビジネスの永続的につながることである。 経営の問題とは、このビジネスを継続させるために、経営者が今何を考えるかと いうことになってくる。この場合、地域に生成したものを、どのようにして、後世 に継いで行くかを目標とすべきことである。 3観光と工芸品一観光地の活性化 沖縄が観光立県として発展するためには、観光地ということを考えねばならない。 このことと、工芸品・土産品の生産・販売に関することは、これらにかかわる人に とって重要なことである。 沖縄にとって、入込み者、宿泊者を増大させること、訪れた旅行者を満足させる こと、地域のより多くの人々により多くの業種に、観光効果を波及させていくこと、 が基本的なことである。 具体的には、以下のことと関連してくる。 ①成熟社会は価値を売る。 -49-

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紅型の上物は高いことを水準とするとか、琉球ガラスの品位を高める工夫を する。琉球ガラスの製品に刻印を入れることであるとか、製作年の数字を入れ ろ。などによって、製品により差別化、個性化を図ることが販売促進となる。 ②施設間競争から観光地間の競争へ。 新婚客対象であるとか、誰に何を買ってもらえるのかという、対象者別製品 の開発をしている土地柄を創り立すことである。 ③個々の施設が一人前になること。 それぞれの業者が、より多くの人を対象とした場合の自信の持ち方である。 紅型・琉球ガラスのパンフレットに英文で説明できている。といった工夫を いうのである。 ④共食いから共生へ移りかわること。 観光地というものは、地域の総合産業としての役割を持つものである。その 中にあって、工芸品は、沖縄の文化としての役割を果たすものである。 ⑤ハードとソフトの結合を図ること。 例えば、本土から染織物ツアー、ガラスエ芸実習ツアー、といったものや、 映像によるものとの結合があればと考える。このことは、よりきめのこまかい ことをねらいとするものである。 ⑥「本物がない観光地で、宣伝やキャンペーンを行っても意味ない。じっくり と本物をつくること、といわれている沖縄ほど、この本物が多い地域は他にな いという自信を持つことである。 ⑦新しいことをすれば混乱が生じるのは、当然である。しかし、新しいことを 実行しなければ進展はない。このことは、沖縄の工芸品の生産・販売にとって 必要なことである。 ⑧リーダーシップを探してみんなで協力する。ややもすれば、人が人と協力す ることができない地域、社会、会社、事業所は発展しないものである。人々の 集まりには、人に委託の関係がなくてはならないからといえる。 その他、いくつもあげることができるが、工芸品の販路と観光地についての基本 を述べたのである。 琉球ガラスは、伝統的工芸品の中に含まれていないこともあって、どのような角 度にもビジネスを展開することができうる。 -50-

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それは、土産品として、飾り物、実用品といったものを含めて、住宅等の建設関 係を始め、壁飾りといったものにも応用することである。生産過程でも、「宙吹き 法」だけにこだわらないで、「形成法」もより積極的に取組むことによって、新製 品の開発を行なうようにする。 観光客のロから口への「宣伝」効果というものが、最良である。沖縄の「琉球ガ ラス村」に行けば、いつも、何かがあるので出かけて行こう。これは、「琉球ガラ ス村」で、自分の手で作ったものである。あなたもでかけてみたら、と勧められる ような場所が、結果として「琉球ガラス村」となるように運営することである。 v沖縄の工芸品の販路 1県内販路 紅型の将来購入推計額では、25億4千万円が昭和66年に見込まれている。琉球 ガラスについても同様に24億3千万円となっている。(表-1)注⑨ 昭和59年の紅型生産額は5億6千万円である。いうまでもなく、沖縄県内での 紅型購入額は、生産額の2倍以上であることからすると、かなりの類似品が、今後 とも流入してくることが予想される。紅型の類似品は、袋物・小物・人形用が主な ものであり、観光土産品となるものである。 沖縄の観光土産品は、紅型の類似品ということになると、沖縄のイメージを良く することにはならない。もしも、そのようなことになれば、直接的には、沖縄に紅 型がないといわれかねない。このようなことから、紅型メーカーは、袋物・小物・ 人形用のデザインを検討することである。このデザインは、消費者の購買意欲を高 める働きがある。これまで紅型メーカーは、着尺、帯のデザインが中心であったこ とが、類似品の流入をもたらしているからである。 観光客は、沖縄の染織物製品の購入意欲が強い。この強さに充分応えているのか が問われねばならない。県内産紅型と類似品の区分けのための工夫が、メーカーと してほしいものである。明確な区分表示が必要である。 その上、「びんがたの着物」を県内で普及する努力である.県内の呉服店に、ま ず置いてもらうことである。紅型の着物を知らない人が多いことと、取扱店が県内 にないのでは普及につながらない。 -51-

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前述したように、紅型教室的な「場」が設置されることがのぞましい。ベースの 形成は、色にと販売促進をする時にも、生産意欲を高めるためにも、必要である。 「伝統工芸会館、びんがた」という場が、県内外の販売促進機能として必要な時 期だと考えられる。 このようなためにも、呉服店との会合、高校生との「びんがた」を語る会、小学・ 中学生の紅型デザイン・コンクール、ミス「びんがた」の開催、とか種々な消費者 へのきかけが必要である。 ミス××には、「びんがたの着物」を着用する日があってもよい。 以上のように、紅型の普及には、時間をかけて、計画的に行なうことが必要であ る。県内のイベントには、必ず、「びんがたの着物」が登場するようになるのib-方法である。海邦国体の表彰式には、「びんがた娘」が介添をする、という努力が 必要であろう。 県内の販路開拓は、紅型というものが、未知の状態ともいえる中で、今後どのよ うにでも実施できうる。 琉球ガラスの生産額は、昭和59年4億9千万円、同66年予測で24億3千万円 ということになる。これらの数字を見る限り、生産する量だけでは、追いつかない ことになる。 紅型と同様に、琉球ガラスの将来購入推計は、沖縄県の二次振計による観光客入 域数と関連したものである。観光客に対する販路開拓は、琉球ガラスを「見た人」、 「さわった人」、「使っている人」、その上「琉球ガラスを自分自身で作った人」 によるものがのぞましいのである。 この点では、「琉球ガラス村」の存在は大きいといえる。 販路に関していえば、卸値と小売値をより明確にすべきである。これによって、 メーカー直販方式的なものが確立されるべきである。販売価格の決定は、販売数量 の想定とつながってくるので、計画性を持つことになる。販売に対する認識に欠け るきらいがある。「誰が、なぜ買うのか」という原点を考えてみることによって、 販路の決定が出来うる。

県内の販路の方向は、「ガラス」の認識から始まり寸実用品、装飾品、建設實材

用へと巾広いものを知らしめることである。そのためには、「琉球ガラス村」に数 多くの人を集める工夫をする。開村日記念セールであるとか、ミス・ガラスを透び、 -52-

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といったものを定期的に行なうことによって、ガラスの歴史、ガラスの美といった ものにまで、消費者にアピールすることである。 製品を販売する場合、それがどのように使ったらよいのか、どのような使い方が あるのか、というような説明もあった方がよい。 工芸品全般にいえることであるが、この説明、つまり商品の価値の裏付けとなる ものがなければ、消費者の安心感が生まれてこない、これの不足を補う努力がのぞ まれる。このことを通してのみ、販路開拓の方向も決まってくるといえよう。販路 開拓の方向とは、消費者に、何をPのぞむかのものから生まれろ。 2県外販路 沖縄の工芸品を県外に販売しようとする場合、まず、観光客に対するアタックか ら始める。観光客に、「本物」を知ってもらうこと、そして識ってもらえるように、 工夫をすることが大切である。価格が高ければ、これを説得できうるような巾広い 知識がなければできない。説明できることが、重要である。 沖縄にこられた観光客から、その家族・友人へ、さらに観光客から、その人が住 む地域の方々へ、という形で、工芸品の販路を拡大すべきである。このようなこと が充分に、できうるなら、県外でのイベントにもその結果があらわれてくる。 たとえば、商品の包装紙をみても、そのことがわかるものでなければならない。 沖縄の歩み、沖縄の工芸品のなりたち、沖縄の気候風土、といったものが、さり気 なく記載されているような自装紙でもあれば、有効な手だてとなってくる。 工芸品を数多くの人に愛用してもらえるためには、人の心を大切にする工夫がと もなってこなければならない。沖縄の工芸品が良質なものであるという、説得によ る販売がなければ、工芸産業は青だたない。 沖縄の伝統工芸品なり産業工芸品は、これまで、歴史的背景であるとか、技法が 伝統的であるとか、民芸的であるとか、という論議だけで今日に至ったきらいがあ る。これからは、「売れる時代」を迎えるのであるから、「工芸品」の生産という ビジネスを確立しなければならない。 計画的な仕入・販売といったものから、誰に、どのように使ってもらえる「工芸 品」なのかを考える「工芸品」生産でなければ、工芸産業化への道は遠い。販売な -53-

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くして生産がないことを考える必要がある。 ①組合の活動として、活路開拓として、数多くの実例がある。 ②活路開拓として、県内の例として、泡盛、パインナップル缶詰等がある。 ③工芸産業製品流通等実態調査報告書P、113.国建設計昭和57年 我が国の伝統工芸木下武人商工金融昭和61年1月P32~P71 ④琉球の文化民芸叢書第2篇昭和16年9月 ⑤沖縄の伝統工芸産業調査報告書沖縄協会昭和49年 ⑥日本の地場産業山崎充ダイヤモンド社昭和52年 ⑦沖縄県地場産業実態調査報告書沖縄県 ⑧工芸産業製品流通等実態調査報告書P50 ⑨同上P52 ⑩琉大化学P25~P45沖縄県工業試験場研究報告 参考文献 今日の伝統的工芸品産業中小企業診断協会同友館昭和54年 観光及び関連産業振興に関する調査九州経済調査会昭和56年 各年度工芸産業生産実態調査沖縄県工芸産業課 各年度工芸産業振興施策概要沖縄県工芸産業課 伝統的工芸品産業通産省生活産業局昭和56年 沖縄の伝統産業琉球銀行調査部昭和56年 県産土産品開発事業報告沖縄県物産振興会昭和59年 日本の伝統工芸12九州Ⅱ沖縄行政昭和60年 1. ●●●●●●● |、)兵】()〈》△二匁一一{』尹》《|民山》【一々〃。(〕() -54-

参照

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