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Coase の再構築による関係性マーケティングの 理論研究の吟味*

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Coase の再構築による関係性マーケティングの 理論研究の吟味

傅 行

1.はじめに

関係性マーケティングの理論分析において大きく2つの問題を解決する必要があると思われ る。1つは,関係性マーケティングにおける継続的取引の問題である。それには継続的取引の 開始,維持そして終結の議論が含まれる。もう1つは,関係性マーケティングにおける継続的 取引の構造変化の問題である。関係性マーケティングの理論分析において,この2つの問題に ついて明確な理論的根拠を示すことが不可欠である。しかし,従来の関係性マーケティングの 諸議論は,第1の問題については明確な議論を提示しておらず,第2問題についてもまったく 触れていないのが実情である。

これらの問題を解決するために,まず関係性マーケティングの継続的取引に関する明確な経 済的な意味を示すことが重要である。この点に関して,Webster がいくつかの示唆を提示して いる。その中で Coase の継続的取引に関する取引費用の節約の議論は興味深いものである。

Coase の議論は Williamson のそれと同様に取引費用経済学の範疇に属しているが,継続的取 引の取り扱いにおいて両者は完全に異なっている。そして,Coase の議論を再検討することに よって,関係性マーケティングの理論分析に関する手がかりを見出すことが可能である。

初期の関係性マーケティングにおける階層型の継続的取引の分析について,Williamson の取 引費用の理論は,明快な議論を展開している。取引主体の少数性とその機会主義との結合によ る取引費用の発生についてのその基本設定は,階層型における権限の必要性を説明している。

しかし関係性マーケティングに関する近年の議論になると,Williamson の議論はその説明力を 失いつつあるように見える。Webster が示した「スペシャリストの連合」 は,明確な権限に よらない特異性のネットワークであり,このような取引構造に対して,Williamson の議論は無 力である。

Williamson の議論におけるこうした問題は,その取引費用の発生の設定に起因するものであ ると思われる。その取引費用の発生を継続的取引に帰しているために,Williamson の取引費用 理論は,非階層的な継続的取引をその議論の外に追い払っている。それに対し,Coase は市場 取引に取引費用を節約する意味を与え,継続的取引についてもその意味を与えている。しかし,

市場取引と企業組織との両方に取引費用を節約する意味を与えた Coase の議論は,ある種の トートロジーと批判される。しかし,Coase の議論を再検討すれば,こうした欠点を回避でき

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る可能性があると考えられる。本稿は関係性マーケティングの継続的取引,そして継続的取引 の構造の変化という2つの側面を中心に,Coase の議論を再構築し,経済学の視点から関係性 マーケティングにおける新たな理論分析の根拠を見出すことを試みる。

2.関係性マーケティングの継続的取引と Williamson の取引費用の議論

継続的取引は関係性マーケティングの主な特徴である。大量生産,大量販売を前提とするマ ス・マーケティングの考え方が後退したいま,特定の取引主体との継続的取引関係が企業に長 期的な利益をもたらすことが重要視されるようになっている。その結果市場取引が多様化を呈 し,そしてその多様化にしたがってそれぞれの取引の規模が縮小する傾向にある。こうした多 様化した取引への対処は多くの個別的な手続きが必要となり,階層型の企業組織ではそれは十 分に実現しえず,不効率が生じる。したがって,関係性マーケティングの諸議論の中で,こう した階層組織を変更し,よりフラットな組織形態にするといったものが多く提示されている。

関係性マーケティングにおける取引や組織形態に関する議論は,Williamson の取引費用の議 論と結びつく場合が多い。関係性マーケティングに関する早期の議論において,Arndt(1979)

は継続的取引を制御するために階層的な組織形態が効率的であると述べている。Arndt のこ の主張は Williamson の議論にしたがったものであると考えられる。しかし最近の関係性マー ケティングの議論において,Arndt の主張とは逆の議論が提示されている。すなわち,取引主 体との継続的取引を維持していくことにおいて,階層型の企業組織が不効率であり,それぞれ の取引関係に十分に応えるためには,組織形態の変更が必要である,ということである。

Williamson の取引費用の議論によって,十分に説明しえない状況が現れているのである。

Williamson の取引費用の議論は,取引主体の少数性と取引主体における機会主義との結合に 基づいて展開される。取引主体の少数性は,取引における先発の優位性や資産特殊性によって 発生される。一方機会主義は取引主体に本来備わっているものであると Williamson は設定す る。取引費用を引き起こす主な原因は機会主義である。しかし取引主体の少数性との結合がな ければ,取引主体の多数性の状況では機会主義は競争によって無力化されるので,機会主義に とって少数性は必要条件である。この基本設定にしたがって,企業の内部組織化の議論が展開 される。Williamson の取引主体の少数性と機会主義の設定によって,継続的取引あるいは長期 的取引は取引費用のかかるものである,という結論が成立される。つまり,継続的取引関係に したがって,取引主体がしだいに減り,取引の資産特殊性の程度が高まる。それによって,機 会主義が作用する条件が形成される。継続的取引における取引費用の増加は,Williamson にお いて,非効率を生じさせ,取引そのものを排除する内部組織化が必要となる。つまり,取引の 契約の代わりに,階層組織の権限や指令をもって,資源配分を行うということである。

Williamson の取引費用議論の特徴の1つは,継続的取引に取引費用を増加させる,というこ とを設定していることである。Williamson において,それは取引主体の少数性と機会主義との 基本設定から導き出された必然的な結果である。取引の継続にしたがって,取引費用が上昇し,

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その取引費用を削減するためには,内部組織化は唯一の方法である。その典型は,継続的取引 における双方独占のケースである。Williamson において,その場合,互いの資産特殊性が最高 に達し,双方独占であるため,取引相手の機会主義的行動から逃れられず,内部組織化が不可 避となると分析されている。

それに対し,Williamson の取引費用理論において,市場取引を主張する議論がある。それは 同質財の市場である。いうまでもなく,この主張も Williamson の取引費用理論の基本設定か ら導き出されたものである。同質財市場であるため,そこにおいて,取引主体の多数性が成立 し,それによって機会主義が無力化される。したがって,Williamson の議論において,同質財 市場は取引費用のかからない市場である。しかし,最近の関係性マーケティングの議論におい て,階層型組織形態を改め,よりフラットな組織形態をもって継続的取引に対応するという議 論の前提は,同質財市場を想定しているものではない。むしろ Webster が示したように,階層 組織が,専門性をもった各々の「スペシャリストの連合」へと転換していくということを想定 しているのである。したがって,Williamson の取引費用理論にけるこの市場取引の議論は,現 在の関係性マーケティングの分析に対応できないものである,と考えられる。

一方,Williamson は,内部組織化されていない継続的取引についても,その枠組において説 明を展開している。すなわち,関係的契約における「双務的統御」の議論である。その議論は,

取引の頻度を資産特殊性と結合させて行われている。そこにおいて,継続的取引では,取引の 頻度は反復的で,資産特殊性は混合的であるとされる。資産特殊性が混合的というのは,特異 的資産特殊性とそうでないものが混同していると理解できる。その分類によって,取引が反復 的で特異的な資産特殊性の場合においては,取引は内部組織化される。一方,取引が反復的で 非特異的な資産特殊性の場合は,同質財市場を意味するから,そこにおいて,市場取引が採用 される。それらに対し,「双務的統御」は,部分的に特異的な資産を含む混合的資産特殊性をも ち,取引が内部組織化されないものである。機会主義に対して権限が利用できない「双務的統 御」を説明するために,Williamson は,「人質」の概念を提示する。つまり,それは,取引主体 が互いに「人質」をとれば,相手の機会主義的行動を抑えられるという考え方である。

Williamson において,この「人質」の提示によって生じる費用はそのまま当該取引の取引費用 とされる。取引に関する資産特殊性は取引の継続にしたがって増加するという Williamson の 枠組にしたがえば,その継続的取引を維持するための「人質」,すなわち取引費用も増加する,

ということが明らかである。つまり,継続的取引において,「人質」を提供することによって生 じる取引費用を,権限によって削減しえなければ,取引の継続にしたがって,その費用が増加 していくこととなる,ということである。しかしながら,取引費用理論の基本主張にしたがえ ば,増加した取引費用に対し,その削減方法を提示することが必要不可欠である。Williamson の取引費用削減の論法にしたがえば,取引費用を削減できるのは内部組織化のみであるため,

結果的に,「人質」によって「維持」される継続的取引は,その取引費用が増加したため,最終 的にやはり権限による内部組織化が必要となると考えられる。この結果は,Williamson の従来 の議論とまったく同じである。「双務的統御」の議論において,一見「人質」によって,継続的

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取引における機会主義が無力化され,それによって,あたかも取引が維持されるかのように見 えるが,実際,そこにおいて「人質」によって表される取引費用が増加しているのである。こ のような状況では,取引費用理論の視点からでは,このような継続的取引を続ける理由は,見 出せないのである。結果的に,Williamson の「双務的統御」も,権限によらない非階層型の継 続的取引構造の存在を説明しえるものではない。したがって,80 年代後半の関係性マーケティ ングの諸議論において,非階層型の継続的取引を説明するために,機会主義を最初から議論の 設定から排除した信頼や規範の概念が用いられるようになっているのは,以上のような理論的 背景があると考えられる

継続的取引に関する Williamson の議論のもう1つの問題は,内部組織化の限界に関するも のである。Williamson において,取引の内部組織化は継続的取引において,機会主義と資産特 殊性がもたらす高い取引費用を節約するために行われるものである。しかし,この主張を内部 組織の規模の限界と結合して考えると,ある矛盾が生じる。つまり,規模において限界に達し ている内部組織が,双方独占の取引に直面した場合である。そのような状況において,

Williamson の内部組織化プロセスの議論にしたがえば,その双方独占の取引は,内部組織化さ れるべきである。しかし規模の限界に達した内部組織は,一般的に考えれば,それ以上取引を 内部組織化できないことを意味すると考えられる。したがって,もし内部組織の規模の限界を 考慮すれば,その双方独占の取引は内部組織化されえないであろう。しかしその場合,

Williamson の取引費用理論における最も基本的な主張である,内部組織のみが取引費用を削減 しうる,ということが拒否されることとなる。一方,もし,Williamson の基本設定にしたがっ て,このとき,双方独占の取引を内部組織化すれば,内部組織の規模の限界は無視されること となる。一般には,内部組織の規模の限界において,それ以上取引を内部組織化せず,その取 引をそのまま市場取引にしておくのも,効率のためであると考えられる。この問題について,

Williamson の議論からでは整合性のある基準は見出せない。

Williamson は継続的取引を,取引費用を増加させるプロセスとしてとらえているのに対し,

Coase は継続的取引を,取引費用を節約するプロセスとしてとらえている。これは両者におけ る重要な違いである。Williamson の議論において,継続的取引が取引費用を増加させるプロセ スとなっているのは,取引主体の少数性と機会主義との基本設定によるものである。少数性は,

時間の概念(先発の優位性,反復的頻度)において形成されるものである。しかし,同様に時 間の概念を利用して,次の議論も可能である。つまり,継続的取引において,仮に一方の取引 主体がある1期の取引において,機会主義的行動をとったとすれば,彼は次の期の取引におい てもう一方の取引主体の報復を受けることとなる,ということである。もし,その報復による 損失が,機会主義によって得られる利益よりも多ければ,機会主義的行動の経済的な意味がな くなるであろう。取引における双方独占は,取引主体が1対1という設定を意味するから,そ の場合,相手から報復を逃れることもできないと考えられる。したがって,機会主義が起こり うるのは,むしろその報復から逃れられる場合であると考えることができる。それは,スポッ トな市場取引,あるいは1回限りの取引の場合である。実際,Williamson の「人質」の議論は,

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いまの議論と類似する部分がある。しかし,「人質」の議論には上述の時間的な概念が入ってい ない。むしろ同時進行の概念である。Williamson が同時進行型の「人質」による報復を認めて いるのに,時間的な前後概念による報復を明示しなかったのは,理解しがたいものである。

表1は Williamson の取引費用理論が関係性マーケティングに適用される場合の議論を示し たものである。関係性マーケティングの議論において,継続的取引およびその構造を解明する ことが必要である。しかし,表1で示された Williamson の取引費用概念,内部組織化のプロセ ス,そして内部組織化限界の3つの側面は,ともに継続的取引がいかに取引費用を発生させる かを示しているものである。したがって,権限のみが取引費用を削減することを主張する Williamson の議論は,権限によらない継続的取引の成立を基本的に否定する立場にあるもので ある。そのため,近年,関係性マーケティングの諸議論は,権限によらない継続的取引構造を 説明するために,信頼概念や規範概念などを導入するようなっている。しかし,これらの概念 も継続的取引そのものとは乖離しているため,継続的取引に対して客観的で明確な経済的な意 味を十分に示しえない。一方同じ取引費用議論を展開している Coase の議論は,継続的取引を 取引費用削減のプロセスとしてとらえている。継続的取引をより明確に分析するには,Coase の取引費用の議論を明示する必要あると思われる。

3.継続的取引と Coase の取引費用の議論

Coase の取引費用の議論と Williamson のそれとの大きな違いは,取引費用についての考え 方であると思われる。Williamson は取引費用の発生を,取引主体の少数性とその機会主義との 結合に帰することによって,継続的取引を,取引費用を逓増させるプロセスととらえている。

そこにおいて,市場取引は同質財市場においてのみ,効率的である。同質財市場においては,

取引主体間の資産特殊性が存在せず,ゆえに少数性の条件も成立しえず,機会主義が作用しな いと,Williamson は考えているようである。つまり,同質財市場は取引費用のない世界である。

Coase は取引費用のない世界を想定しない。取引費用のない世界は非現実的な世界であると Coase は考えている。したがって,経済主体は完全な情報をもたず,市場も完全市場ではない

表1 Williamson議論の関係性マーケティングへの適用

Williamsonの議論 関係性マーケティングへの適用

取引費用概念 限定合理性+機会主義 機会主義の定義によって,継続的取引におけ

る取引費用節約の役割は,成立しえなくなる

内部組織化のプロセス 少数性+機会主義

継続的取引は,逆に取引費用を発生させるプ ロセスとなる。内部組織化あるいは階層化さ れる。

内部組織の規模の限界 階層組織の調整

同質財の場合を除けば,階層化のまま固定化 される。理論上,もとの継続的取引の状態に 戻れない(Arndtの議論)

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ということが,Coase の取引費用議論の前提であると考えられる。したがって,市場を含む諸 制度は,Coase の議論において,それぞれが取引費用を節約する役割を果たしていると考えら れる。

Coase は市場取引について,「市場は,交換取引を実行する費用を減ずるために存在している」

と述べている。この主張によって,市場取引は Coase の議論において取引費用を節約する制 度の1つであるということが明確となる。市場取引において,契約をめぐって諸費用が発生す るため,Coase は,「もし短期の契約を何度も結ぶ代わりに長期にわたる契約を一回結ぶと,契 約を結ぶたび毎に発生するある種の費用を回避することができる」と,長期取引が取引費用を 節約することを主張する。Coase のこの主張によって,Coase の議論における継続的取引の経 済的な意味が明確となる。Coase の議論にしたがって,市場取引のスポットな取引形態(ある いは短期的な契約)に比べ,契約費用といった取引費用をより節約することで,継続的取引と いう取引形態が採用される根拠が明らかとなる。

上述の議論によって,Coase の取引費用理論において,スポットな市場取引に対する継続的 取引の利点が明確となる。一方,Coase の議論において,企業の内部組織に対する継続的取引 の利点についても明確にする必要がある。Williamson の議論において,企業の内部組織化は大 規模な階層組織をもたらし,その不効率のゆえに企業の規模は限界があると議論されている。

しかし,Williamson の取引費用理論における少数性と機会主義との基本設定によって,企業の 内部組織に対する継続的取引の経済的な意味が曖昧となっている。同質財でない限り,

Williamson の議論においては,たとえ内部組織の規模の限界においても,継続的取引を利用す ることができないと設定されていると考えられる。

Coase の取引費用理論において,同様に企業組織の規模の限界を示している。「企業家がこ れ(取引の内部組織化―筆者)に失敗するときはいつでも,公開の市場を再び利用することが できる」と Coase は述べる。Coase において,取引の内部組織化は費用のかからないもので はない。Coase の取引費用理論において,企業組織の内部調整費用は,内部組織化される取引 の増加にしたがって逓増するものである,と考えられている。Coase によれば,企業組織の規 模の拡大にしたがって,企業家の機能に関して収穫逓減が働き,企業家が誤りを犯す可能性が 大きくなり,そして生産要素の供給価格が高くなるといったことが発生しうる。そして原理 的に,企業の規模は「追加的に取引を自らの企業内に組織化するための費用が,その同じ取引 を公開市場で交換という手段で実行するための費用,もしくは他の企業の中に組織化される際 の費用と,等しくなるところまで」にある,と Coase は示している

Coase において,取引の内部組織化は企業の内部調整費用を発生するため,原理的ではある が,追加的な取引の内部調整費用が市場での取引費用を上回るならば,取引は内部組織化され ない。Coase の議論において,継続的取引も取引費用を節約する役割を果たしているので,内 部組織化における企業の内部調整費用が高ければ,継続的取引を維持したほうが効率であると いうことがわかる。内部組織化は取引そのものを排除することによって,市場での取引費用を 節約するが,それ自体内部調整費用がかかるため,その費用が一定に達したならば,内部組織

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化を諦めることとなる。このとき,継続的取引形態のほうは比較的費用が少なく,したがって 継続的取引の形態がそのまま維持される。

しかしながら,Coase の取引費用の議論において,1つ不明確な点がある。つまり,Coase の取引費用の議論において,どの取引が内部組織化されるかという選択の基準が明示されてい ない点である。Williamson の取引費用の議論は結果的にいくつかの矛盾とその分析の限界を もっているが,その取引主体の少数性とその機会主義との結合の基本設定は,企業組織規模の 限界との関連を無視するならば,取引の内部組織化のプロセスを示している,といえるかもし れない。つまり Williamson において,取引費用は少数性と機会主義によって発生されるもの で,双方独占のケースにおいて,その取引費用が最高となるため,そうでない取引に比べ,ま た他の条件が等しければ,その取引は優先的に内部組織化されると考えられるのである。しか し,Coase において取引間の区別については明確に論じられていない。Coase におけるこの内 部組織化のプロセスの不明確さが,その議論が批判されるゆえんであると思われる。

Coase の議論において,市場と企業とは,ともに取引費用を節約する制度であること,そし て企業に組織規模の限界があり,その場合は追加的な取引は内部組織化にされず,そのまま市 場取引の形態にとどまる,といったことは明示されている。しかし分析上,同じ取引費用を節 約するという意味において,どの取引が内部組織化されるべきか,あるいは状況の変化によっ て,すでに内部組織化されているどの取引が外部化されるべきかを明確に示す必要がある。あ る取引がいま内部化されている,あるいは市場取引の状態にあるというのは,ともに取引費用 を節約した結果であるというだけでは明確さに欠ける。Coase の取引費用の議論はトートロ ジーであると批判されるのは,これが原因であると思われる。

Williamson の努力は,主に Coase の議論における内部組織化の明確化に集中されている。

しかし Williamson はその少数性と機会主義との基本設定をもって,取引の内部組織化のプロ セスを明確にする代わり,Coase の取引費用の議論における他の2つの重要な指摘,市場の取 引費用節約の役割と,企業組織の規模の限界と市場取引との関係と,を犠牲にしたのではない かと思われる。

取引の内部組織化のプロセスについて,確かに Coase は明確に議論していない。しかしそれ について Coase はまったく示唆していないわけでもない。Coase は企業組織の規模の限界に 関する説明において,内部調整費用の増加を追加的に取引を内部化組織することと関連づけて いる。つまり,内部組織化される取引が増加すれば,内部調整費用も逓増する,ということで ある。Coase はまた,内部組織化される取引の多様性が増えれば,企業の内部組織の効率が低 下するとも述べている。したがって,逆の場合,すなわち,同一の取引を追加的に内部組織化 する場合において,取引の内部調整における規模の経済を享受でき,内部調整費用を削減する ことが可能となると考えられる。そして同一の取引を追加的に内部組織化することは,ある意 味で,その取引における規模の拡大を意味することである,と理解できる。

表2は従来の Coase の取引費用理論が,関係性マーケティングへ適用した場合の状況を示す ものである。表で示されるように,Coase の取引費用の概念と,その内部組織の規模の限界に

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関する議論において,関係性マーケティングに大きな示唆を与えている。つまり,関係性マー ケティングの継続的取引は,取引費用節約の役割を担っており,それによって,非階層型の継 続的取引構造についての分析が可能となる。しかし,その内部組織化のプロセスが不明確であ るために,内部組織の規模の限界における関係性マーケティングの議論,すなわち継続的取引 構造の変化の議論は,十分に示しえない。この問題は次節で検討される。

4.Coase の取引費用議論の再構築

Coase の取引費用の議論において,内部組織の調整費用が内部組織の規模に影響を与えるこ とが指摘されている。Coase は,企業組織の規模は取引を組織化する費用,企業家機能の誤り,

そして供給価格と関係していることを示している。供給価格については,Coase はその脚注に おいて,「組織化能力の供給価格は,企業規模の増加とともに上昇する」 とし,規模の拡大は ある種の非効率を生むこととなると指摘している。ここで注目したいのは,Coase が示した取 引を組織する費用と,企業家機能の誤りに関する議論である。企業家機能の誤りは,組織化さ れる取引の増加とともに増加すると Coase は論じる。もしこの企業家の誤りの増加が何らか の措置によって低減できるならば,この措置にかける費用は取引を組織化する費用として計上 できると考えられる。つまり,企業家機能の誤りも取引を組織する費用として加算できるとい うことである。

取引を内部組織化する費用を,内部調整費用としてとらえれば,企業組織の規模に関して次 の議論が可能となる。すなわち,これらの内部調整費用は,企業における取引の内部組織化に したがって増加する,ということである。このことは,Coase の取引費用の理論が,経済主体

(ここでは企業家)の限定合理性に基づいているということを考えれば,明示的である。

Coase は次のように述べている。「企業規模が異なると生産要素の供給価格も変わるという点 を別にして,組織化の費用および誤りによる損失は,次にともなって増大することになろう。

組織化される取引の空間的な分散の増大,取引の多様性の増大,そして関連する諸価格の変動 確率の増大である。一企業家によって組織化される取引が増大するにともなって,取引は種類

表2 従来Coaseの取引費用の議論と関係性マーケティングへの適用

Coaseの議論 関係性マーケティングへの適用

取引費用概念 限定合理性 それによって,継続的取引の取引費用節約の

意味が明確となる

内部組織化のプロセス 取引費用節約

内部組織化は更なる取引費用の節約を意味す るが,内部組織化,階層化と継続的取引との 費用面での比較は不

内部組織の規模の限界 再び公開市場の利用

内部組織の限界において,再び市場の利用の 可能性を示す(Arndtの議論を超え,Morgan

&Huntの議論を示唆する)

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において多様になり,取引される場所によって多様化するようである。このことは企業が拡大 すると効率性が低下しがちとなるもう1つの理由となっている」10。この議論において,内部組 織化にともなった取引の多様性の増大や,取引種類の増加は,直接に Coase が示した企業規模 の要因と関わっていることがわかる。すなわち,そのような取引の多様化は,企業家の誤り,

取引の内部調整費用の増加をもたらすこととなる,ということが明らかである。

内部組織化される取引の増加にしたがって,内部調整費用が逓増する,という Coase の指摘 にしたがえば,内部調整費用を削減するためには,まず内部組織化される既存の取引を減らす ことが必要となる。内部組織化された取引のいくつかを減らすあるいは外部化することによっ て,内部組織化されている取引の多様性が低減され,それに対応する内部調整費用も低減され ることとなる。これは Coase の議論から直接に導き出されたものである。

それに対し,次の新たな考え方を加えることが可能であると思われる。すなわち,企業は同 ことによって,取引の内部調整における規模の経済を実現し,

それによって,追加的な内部調整費用を削減できる,ということが考えられるのである。同じ 取引を追加的に内部組織化することは,内部組織における当該取引の規模の単純拡大である,

と理解できる。結果的に,同じ取引を連続して追加的に内部組織化されうる場合,結果として 内部組織においてその取引が大規模化することになるが,企業の内部調整費用は低減されると 考えられる。それに対し,同じ取引を追加的に内部組織化されえない場合,そして異なった取 引を追加的に内部組織化する場合では,企業の内部調整費用は逓増すると考えられる。した がって,企業組織の規模の限界において,取引の規模の経済を求めて同じ取引を追加的に内部 組織化するか,あるいは既存の取引を公開市場に外部化するか,のどちらかが行われると考え られる。それによって,企業の内部調整費用が削減されると考えられる。

同じ取引を追加的に内部組織化することは,内部組織におけるその取 意味するものである。したがって,企業組織の規模の限界において,内部調整費用を削減する ために,同じ取引を追加的に内部組織化できる取引,すなわち規は,

企業組織に残され,そうでない取引は,必要ならば,市場取引へと外部化されると考えること ができる。結果的に,企業組織が内部組織化において,内部調整費用を節約するという意味に おいて,規模拡大の見込みのある取引が選択されると考えることができる。一方,規模拡大の 見込みのない取引は,その規模拡大によって内部調整費用を節約することは見込めないため,

内部調整費用の節約という意味において,市場取引へと外部化されると考えられる。

以上の議論によって,Coase の取引費用理論における不明確だった取引の内部組織化プロセ スの分析をいくらか示しえたと思われる。Coase において,市場取引も企業組織も取引費用を 節約する役割を果たしている。企業組織は取引そのものを排除することをもって,市場取引の 費用を削減する。しかしその取引費用の削減において企業組織は無費用ではない。したがっ て,いかにして少ない内部調整費用で,市場取引費用を節約するかが,主要な議論となるべき であると思われる。

Coase の取引費用の議論を整理すると,以下のようになると考えられる。市場と企業とは,

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それぞれ取引費用を節約する制度である。取引費用は,経済主体として完全情報,完全知識を 所有しえないために,生じるものである。市場取引において,継続的取引(あるいは長期取引)

は,短期の取引に比較して,より取引費用を節約するものである。企業組織は,市場取引その ものを排除することをもって,取引費用を節約する。しかし,企業組織は,市場取引費用の節 約において,内部調整費用を発生させる。企業組織の限界は,追加的に取引を内部組織化する 費用が,その取引の市場取引費用と一致する場合においてまでである。企業は,内部組織の規 模の限界において,同じ取引を追加的に内部組織化することによって,その内部調整費用を削 減することが可能である。したがって,取引の内部組織化のプロセスにおいて,規模において 追加的に拡大可能な取引は,優先的に内部組織化される傾向があると考えられ,そうでない取 引はそのまま市場取引の形態に放置されるか,企業の内部組織から市場取引へと外部化される 傾向があると考えられる。表3は Coase の従来の議論とその再構築との比較を示したもので ある。

上記の議論は Coase の取引費用の議論において,明確に示されなかった内部組織化の具体的 なプロセスを補足するものであると考えられる。上述の議論を Coase の従来の議論に加えれ ば,批判されるそのトートロジー的な性格は回避されると思われる。従来の Coase の議論にお いて,市場と企業との両方が,取引費用を節約する役割を担っているため,既存の取引がいず れの場合に収斂される場合,なぜ市場取引なのか,あるいは企業なのかを具体的に分析しかね ている。しかしその議論において,企業は,市場取引の費用を節約することにおいて,内部調 整費用がかかる,ということが明確に示されている。追加的に内部組織化される取引と,その 内部調整費用との関係が明確になれば,Coase のトートロジーは解決可能な問題であると考え られる。

規模において追加可能な取引によって,企業の内部調整費用が節約される。それは,なぜそ の取引を市場取引のままにしないかの理由であると考えられる。この内部組織化のプロセス は,ある意味で取引の市場での規模に依存するものである。市場の変化によって,規模におい て追加可能な取引が,ある時点において縮小に転じる可能性があると考えられる。そのとき,

同じ取引を追加的に内部組織化するということよって,内部調整費用を削減することは不可能 となる。さらなる内部調整費用の削減が必要な場合においては,取引の市場取引への外部化が

表3 取引費用における従来のCoaseの議論とCoaseの再構築との比較

従来のCoase議論 本研究におけるCoaseの再構築

取引費用の概念 取引主体の限定合理性 取引主体の限定合理性

内部組織化のプロセス

取引費用の節約

操作性の欠如(Williamson による批判)

取引費用(内部調整費用)の節約

追加的可能な同一取引の有無,規模におい て拡大見込みのある取引

内部組織の規模の限界 公開市場を再び利用 取引の多様性,規模性による諸制度の選択

(公開市場を再び利用することを含めて)

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選択される。

企業組織の内部調整費用に焦点を当てるのは,内部調整費用の削減は企業の市場取引費用削 減の能力に直接に関わっているからである。Coase において,市場取引も企業組織も取引費用 を節約する役割を担っている。その中で,企業組織は市場取引に比べ,より多くの取引費用を 節約できる。しかし企業組織には内部調整費用が存在する。その内部調整費用の削減は,企業 の市場取引費用の節約につながる。したがって,取引の内部組織化を決定する際,その取引が 内部調整費用に与える影響を考慮する必要があると考えられる。

前述の議論のように,Williamson の内部組織化のプロセスにおいて,実際には,資産特殊性 のレベルだけが基準となっている。というのは,その内部組織化のプロセスにおいて,同時に 内部組織の限界を考慮することができないからである。一方,Williamson は企業組織の規模の 限界を論じるとき,取引の内部組織化の議論を考慮していない。Williamson は,企業組織の規 模の限界において,取引の内部組織化ができないと主張する代わりに,大きくなった階層組織 の組織形態の転換を論じはじめる。ある意味でこれも内部調整費用の削減であるように見え る。しかし,それはあくまで規模が大きくなり,不効率となった階層組織を効率化するためで あって,それ以上追加的に取引を内部組織化しうるかどうか,ということとは無関係である,

と思われる。Williamson は,Coase がその分析において一定としていた企業の内部調整能力を 変えることで,論点をすりかえたのである。

Coase は,企業組織の規模の限界を,追加的な取引の内部組織化の費用が,その取引の市場 取引費用と一致する点までとしている。Coase はさらに具体的に,企業家自身の誤り,内部調 整費用の上昇,そして生産要素の供給価格の上昇などを示し,なぜ取引がすべて1企業に内部 組織化されないかを論じている。前述の議論にしたがって,次の展開が可能となる。仮に同じ 取引を無限に追加的に内部組織化されることが可能であれば,単純な規模拡大に対して内部調 整費用の規模の経済が働くならば,当該取引がすべて内部組織化されるかもしれない。しかし このことはある条件を必要とする。すなわち,それによって生産された同一のすべての財また はサービスが市場において販売される,という条件である。もし,その販売が不可能であれば,

当該取引はそこまで内部組織化されないであろう。この議論において,市場の状況が企業組織 の規模に影響する重要な要因となると考えられる。

Coase に関するこの再構築によって,取引費用経済学における Williamson の問題点を克服 したのみならず,継続的取引を特徴とする関係性マーケティングの分析にも新たな理論的分析 の枠組を提示することが可能となると思われる。

5.Coase の再構築と関係性マーケティングの理論分析

Coase の取引費用の議論において,市場取引(継続的取引を含めて)は取引費用を発生させ る場所ではない。市場取引は制度として一定の取引費用節約の役割も果たしている。いうまで もなく,スポットな市場取引あるいは個別な市場取引は,長期的取引あるいは継続的取引に比

(12)

べ,取引費用が高い。したがって,企業組織において内部調整費用の増加による非効率の理由 で,取引が市場取引に戻されるとき,他の条件が等しければ,スポットな市場取引ではなく,

継続的な取引の状態に戻されるものであると考えられる11

Coase の議論したがえば,企業の内部調整費用がその内部組織化した取引の多様化にした がって逓増する。もし,追加可能な同じ取引がなければ,この方法による企業の内部調整費用 の削減はできない。もし内部調整費用の削減が必要ならば,取引の外部化による削減方法が選 択される。規模において追加可能な取引と見込まれ,内部組織化された取引は,市場状況の変 化によって,規模が縮小するという可能性が考えられる。それは実質上,内部組織化されるそ の取引における規模の縮小を意味することであると理解できる。そしてそれは,いままで同じ 取引の追加的内部組織化によって実現されてきた内部調整費用の規模の経済を失うことを意味 するものであると考えられる。したがってその取引は,企業の内部調整費用の節約にならなく なり,逆にその増加をもたらすこととなると考えられる。この場合,企業はその取引を外部化 するか,あるいは新たに別の取引を追加的に内部組織化するか,のどちらかを選択することと なると考えられる。

Coase の取引費用理論の再構築によってもたらされたこの議論は,関係性マーケティングの 理論分析に,より明確な理論的根拠を与えるものであると考えられる。関係性マーケティング の継続的取引の特徴,つまり関係性マーケティングの理論分析における第1の問題は,Coase の従来の議論によってその経済的な意味がすでに示されている。しかし,その議論から関係性 マーケティングにおける継続的取引の構造の変化,つまり関係性マーケティングの理論分析に おける第2の問題は,明確に示しえなかった。しかし,Coase の自身の示唆にしたがって,そ の議論の再構築によって,この問題は解決されると考えられる。

表4は,本論文による Coase の再構築から導き出した諸結果と,既存の関係性マーケティン グ諸議論との比較を示したものである。研究対象に関して,明らかに既存の関係性マーケティ ングの諸議論は,関係性マーケティングにおける継続的取引の構造の変化に関する分析を行っ ていない。そこにおいて,Arndt の権限による階層型と,Morgan & Hunt に代表される非階 層型のネットワークとの間に,明確な継続性を見出すことは困難である。それに対し,Coase の再構築による議論は,このような構造の転換は明確な経済的な理由によって行われるもので ある,ということを示すことが可能である。

用いる分析概念において,Arndt は「政治力」であるが,これは Williamson の議論において 内部組織の権限と同義的なものである,ということがわかる。しかし,すでに論じたように,

従来の取引費用理論は継続的取引そのものを明確に示しえないうえ,継続的取引の構造変化に ついてもまったく無力である。一方,「信頼・コミットメント」の概念は,継続的取引の維持に,

より多く利用されている。一見これらの議論は継続的取引を首尾よく説明しているようである が,取引の基礎である諸経済的側面が曖昧にされ,継続的取引の開始および終結について,客 観的な分析を明確に示しえない。それに対し,Coase の再構築の議論は,取引の多様化と取引 の規模性を関係性マーケティングの分析の中心概念とする。消費者,あるいは買手の諸需要を

(13)

満たすために,必然的に取引の多様化が生じる。これは従来の差別化や細分化の議論である。

しかし,提供側の企業にとって,取引に関する規模の経済は常に求められるものである。これ は従来の生産における問題のみならず,Coase の再構築における企業の内部調整費用の削減と いう意味においても,極めて重要な意味をもつものである。しかし,他の条件が等しければ,

取引の多様化は,必然的に取引の規模を縮小するものである12。取引における多様性と規模性 との両者の関係は,継続的取引そのもの,そして継続的取引の構造の変化に関する分析の基礎 となるものである。

したがって,関係性マーケティングにおける継続的取引関係の開始,維持そして終結につい て,既存の議論と Coase の再構築による議論とは異なってくる。Arndt の場合,継続的取引の 開始について,従来の取引費用の枠組にしたがえば,先発の優位性が挙げられると考えられる。

前述のように,実際,その枠組において,継続的取引は,取引費用を発生させる場合としてい るために,「政治力」が働かない継続的取引の過程が明確でなく,すぐに「政治力」の働く階層 型の継続的取引の構造に代替されると考えられる。したがって,Arndt において,継続的取引 を維持するものは,「政治力」による内部組織の権限となっている。そしてそこにおける継続的 取引の終結は,取引が同質財となる場合において現れると考えられる。というのは,同質財の 場合において,機会主義による取引費用がゼロとなるからである。一方,「信頼・コミットメン ト」を用いる場合では,取引に先立ち取引主体への信頼が継続的取引の開始の条件となると考

表4 関係性マーケティングの諸議論の再比較

80年代後半以前の議論 それ以降の議論 本研究によるCoaseの取引 費用理論の再構築

研究対象 継続的取引 継続的取引とその構造の変

用いる概念 内部組織の権限

(Williamsonの議論を 中心)

信頼,コミットメン トその他

取引の多様化と取引の規模 性(Coaseの議論を中心)

継続的取引関係の開始 取引における先発の優 位性

取引主体の人格への 信頼

取引費用の節約

継続的取引関係の維持 内部組織の権限 コミットメント 取引主体への取引多様化の

実現(取引相手への収益あ るいは便益の提供,取引多 様化の発生)

継続的取引関係の終結 取引における資産特殊 性ゼロ,同質財

信頼の喪失 取引主体への取引多様化の

限界(取引多様化による内 部調整費用の増加)

継続的取引の構造 階層組織に近い性格 非階層組織,ネット

ワーク

取引費用の節約において,

取引の多様化とその規模性 の相互作用によって,階層 組織か,非階層組織かの選 択が行われる

(14)

えられる。そしてその維持はコミットメントによって果たされ,継続的取引の終結は,その議 論にしたがえば,信頼が失われた場合であると考えられる。

それに対し,Coase の再構築による議論は,取引費用の節約に基づく,取引の多様化とその 規模性の分析によって展開される。継続的取引の開始は,すでに Coase によって明示されたよ うに,取引費用を節約することによるものである,と考えられる。そして継続的取引の維持は,

それぞれの相手取引主体に適応した取引の提供によって実現される。いいかえれば,それは取 引主体への個別的対応を意味するものであり,結果として,取引の多様性がもたらされること となる。しかし,企業にとって,明らかに完全な個別的対応は,実現しえないものである。個 別的対応は,取引の規模性を縮小させ,企業の内部調整費用を増加させるのである。他の条件 が等しければ,企業はある一定レベルの取引の多様化しか提供しえないと考えられるのである。

したがって,市場状況が変化すれば,取引における多様化の限界,あるいは取引における規模 の経済の限界によって,特定の継続的取引が終結を迎えるのであると考えられる。

継続的取引構造の変化については,表4でわかるように,既存の関係性マーケティングの諸 議論は,その内在的な継続性を示すことに失敗している。Arndt の議論は,非階層型つまり「政 治力」あるいは内部組織の権限のない継続的取引を明確に分析できない。一方,「信頼・コミッ トメント」では「政治力」後の継続的取引を対象としているが,その枠組から「政治力」ある いは内部組織の権限の必要性を見出すことも困難である。理論分析におけるこの種の分断は,

以前から関係性マーケティングの諸研究において存在していると考えられる。

それに対し,Coase の再構築による議論は,継続的取引の構造の変化を明確に示すことが可 能である。既述の通り,ここでも取引の多様性と規模性との関係が分析の中心となる。Coase の再構築の議論によれば,取引の多様性の度合いが低く,それによって取引における規模の経 済を獲得しうるとき,明らかに内部組織の権限による継続的取引の内部組織化が,効率的であ る。というのは,取引の規模の経済によって,企業の内部調整費用が大幅に削減可能だからで ある。それに対し,取引における多様性の度合いが高く,それによって取引の規模の経済が低 減した場合,継続的取引の内部組織化は内部調整費用の削減にならず,むしろ増加させる可能 性があるから,取引の外部化が必要となってくる。いうまでもなく,Coase の議論において,

外部化された取引は,スポットの市場取引に置かれるのではなく,取引費用を節約するという 意味において,非階層型の継続的取引の状態に置かれると考えられる。このような継続的取引 を維持していくためには,ネットワークの取引構造が構築される必要があると考えられる。

6.結び

本稿は,関係性マーケティングの主な特徴である継続的取引における取引費用理論の分析の 可能性を探るものである。近年の関係性マーケティングの諸議論が示した継続的取引に関する 新たな傾向は,従来の Williamson の取引費用理論にとって,説明しえない部分が多い。継続的 取引は,市場取引の形態でありながら,スポットな市場取引で生じた取引費用を削減しうる,

(15)

ということは Williamson の議論においては,明確に示されてこなかった。市場取引の経済的 意味を明確に提示しているのは,最初に取引費用の概念を提示した Coase である。しかしなが ら,Coase の静学的な分析は,内部組織化のプロセスを明示しなかったために,Williamson な どによってトートロジーと批判されている。

本稿は,Coase の議論における追加的な取引に関する議論の再構築を行った。追加的に内部 組織化される取引が,必ず異なるものであるという必要,あるいは規定がなければ,同じ取引 の追加的内部組織化も可能であると考えられる。結果として,実質上その取引における規模の 単純拡大となるが,その過程において内部調整費用が,その規模の経済によって節約されうる ことは,注目に値するものであると思われる。内部調整費用におけるこの種の節約は,追加的 な取引の内部組織化の費用に影響し,内部組織の規模の限界に影響するものであると考えられ る。

本稿の議論は,内部調整費用の節約に分析の重点を置いたが,そのことは,取引費用の節約 と密接に関連している。もともと取引費用の諸議論において,企業の内部調整による費用を,

取引費用としてとらえる議論もある。本稿においては,内部調整費用の節約は,企業の組織規 模の限界に影響するものであるととらえ,その内部調整費用の節約度合いは,結果的に企業の 市場取引費用の節約可能性と関連するものである,と考えられている。企業組織による市場取 引費用の節約は,企業の内部調整費用をもたらす限り,取引の内部組織化において,内部調整 費用の状況を考慮することが必要であると思われる。

Coase の議論の再構築によって,関係性マーケティングにおける継続的取引に関してより明 確な分析手段を提供しえると考えられる。特に非階層型の継続的取引関係の分析において,

Williamson の従来の議論よりも,分析がより明確となると考えられる。非階層型の継続的取引 形態は,市場ニーズの多様化に直面する企業組織にとって,必然的な選択であると理解できる。

個々の取引主体との継続的取引維持が必要となる現在,それぞれの取引主体にあわせた取引の 提示は,取引の特異性を高めると同時に,その取引規模を縮小させる。本稿によれば,この傾 向は,企業組織の権限による市場取引費用の節約の条件を無力化するものである。企業は,情 報技術,新たな生産方法を開発して,規模の経済を維持する一方,それぞれの取引主体にあわ せた取引の提示を可能にするために,より多くの継続的な取引関係を構築していくことが,必 要となると考えられる。

従来の関係性マーケティングに関する諸研究は,その第1の問題,すなわち継続的取引の解 明に多くの努力が注がれている。しかし,議論における継続的取引の経済的な意味が不明確の ため,関係性マーケティングの第2の問題,すなわち継続的取引の構造の変化について,明確 な議論を提示しえていない。本稿の議論でわかるように,継続的取引の構造の変化は,企業の 経営またはマーケティング努力の結果であり,効率を求めた結果である。そこに大きな経済的 な意味が含まれている。継続的取引におけるこうした経済的な側面を見落とせば,関係性マー ケティングを客観的にとらえることができないと考えられる。したがって,関係性マーケティ ングにおける継続的取引を,経済学的な視点からとらえ直す必要があると思われる。

(16)

関係性マーケティングの議論において,個別的な買手,あるいは消費者の需要がより重要視 される。顧客を「個客」と称し,継続的取引を結ぶために,カスタマイズの必要性が強調され ている。取引におけるこのような個別化は,取引の多様化をもたらし,取引におけるそれぞれ の取引規模を縮小させ,代わりに企業の内部調整費用を増加させることが,明らかである。継 続的取引における構造の変化は,まさにこのような経済的関係に対応して行われたものである と考えられる。この関係の解明によって,関係性マーケティングをより明確に示すことが可能 となると思われる。

* 本稿は博士論文(2005)の一部を加筆修正したものである。

1 Webster(1992).

2 Webster(1992),pp. 1-17.

3 特に非階層型の継続的取引の議論において,階層型の権限による取引のコントロールがなくなり,

取引を制御する要素として,信頼や規範などの概念が用いられる。それは,Williamson の影響に よってもたらされた機会主義を対処する概念であると思われる。

4 Coase(1988),邦訳 p. 10.

5 Coase(1988),邦訳 p. 45.

6 Coase(1988),邦訳 pp. 48-50.

7 Coase(1988),邦訳 p. 48.

8 Coase(1988),邦訳 p. 50.

9 Coase(1988),邦訳 pp. 61-62.

10 生産要素の供給価格について,前述の Robins を引用した Coase の脚注の議論を参考すれば,す なわち「人というものは,大企業の一部門の長となるよりは,小さくとも独立した企業の長となる ほうを好む」,組織の規模が大であれば,労働あるいは管理を提供する人的生産要素の価格が上昇す る,という意味において理解できる。

11 完全市場でない限り,スポットな市場取引においては,探索費用や交渉費用,履行費用など各種 の取引費用がそのたび毎に,発生することを必然化するために,それらの取引費用を回避するため に,取引主体は,他の条件が等しければ,継続的取引の形態を採用する,ということが考えられる。

12 いうまでもなく,それはある一定の収入状況においての分析である。

主な参考文献

Achrol, Ravi S. and Kotler, P. (1999), “Marketing in the Network Economy,” Journal of Marketing, 63 (Special Issue), pp. 146-163.

Arndt, Johan (1979), “Toward a Concept of Domesticated Markets,” Journal of Marketing, 43(Fall), pp. 69-75.

Arndt, Johan (1981), “The Political Economy of Marketing Systems : Reviving the Institutional Approach,” Journal of Macromarketing, 1(Fall), pp. 36-47.

Arndt, Johan (1983) , “The Political Economy Paradigm : Foundation for Theory Building in

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