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事実認定における可能的推論の正当化根拠について

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Academic year: 2021

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(1)

論 説

Ⅰ   はじめに

  刑事裁判は「疑わしきは被告人の利益に」という法諺を「鉄則」とする。だから、刑事裁判における「罪となるべ

し、は、

ることができる程度の証明が要請されるし(最判昭和二三五刑集二

疑いを超える証明」が必要だとされ 。どちらも、ほぼ同じ意味であり、「被告人は犯人である」と推論する過程に「合

理的疑い」がある場合、それを無視して、被告人を処罰しえないことを示す。このことは、少なくとも一般論として、

いかなる裁判官も、異議をはさまないだろう。しかし、具体的・個別的ケースで、個々の判決がこの鉄則を充足して

いるのか否かを検証すれば、この「鉄則」に対して、多くの裁判官の意識が驚くほど低いことは誰の目にもあきらか

になる。

事実認定における可能的推論の正当化根拠について

森尾  亮吉弘光男宗岡嗣郎 ―みどり荘事件と恵庭OL殺人事件との比較―

(2)

事実認定における可能的推論の正当化根拠について(森尾・吉弘・宗岡)

  ん、に、は、

に即して具体化した下位基準を知る必要がある。そこで、この種の下位基準を提示した最高裁判決をみると、有罪判

決には、被告人の有罪性が否定されるような「反対事実の存在可能性を許さないほどの確実性」が必要だとして、原

し、る(

下「は、も、

「被告人は犯人である」と推論しうる間接事実を総合的に判断して有罪とすることは可能だとした原審の論理に対し、

な「て、て「

理的疑いを超える証明」が認められるとした。

  は、

けでは足りず、その反対の推論も成り立つような「反対事実の存在可能性を許さない」こと、つまり「被告人は犯人

でない」と推論しうる根拠となる事実が「ない」ことまで要求する点、かなり厳格な証明を求めるものであった。し

し、も、は、く、

である」と推論しうる事実の総合的な判断から有罪を認定していた。

  ば、年、う「 は、

た「た。は、

置・ら、し、

判断の上に、被告人車両の右後輪タイヤの側面に付着していた大きな血痕様付着物に、被害者と同じ「O型の人血」

と、び、

(3)

論 説

ら、し、め、た。

に「る。て、

を前提としつつ、最高裁は、まず、鑑定の対象となった血液がピコグラム(一兆分の一グラム)単位のごく微量な血

つ、り、

点では新開発の顕微沈降反応法以外の検査法では検出されえないほどの極めて微量の人血が非常に薄まった状態で右

し、に、て、は「

か、か、か、別・

し、で、ら、

て、た(

単位の極めて微量な血痕があったという事実も、同一人に由来するかが不明の毛髪様のもの二本が付着していたとい

う事実も、いずれも被告人車両が礫過車両でないという反対事実になる可能性を許容しているように思われる。この

ように見れば、遠藤事件の最高裁判決は、昭和四八年判決と連続する論理で、被告人を無罪としたことがわかる。

  ところで、この最高裁の無罪判決をうけて、国賠訴訟が提起されたが、東京地裁は、国賠法上の違法があるために

は、「著しく不合理な事実認定、すなわち、普通の裁判官の少なくとも四分の三以上の裁判官が合理的に判断すれば、

当時の証拠資料・情況の下では到底そのような事実認定をしなかった」場合に認められるとし、遠藤事件一

き、し、た。た、し、

か。は、

(4)

事実認定における可能的推論の正当化根拠について(森尾・吉弘・宗岡)

る。は、

が「

のだが、遠藤事件の刑事一

る事実を総合して有罪を認定することが「普通の裁判官」の「普通の事実認定」だと認めたのである。

  遠藤事件の国賠訴訟判決が示すとおり、昭和四八年判決の基準は、ごく普通の裁判官のごく普通の事実認定に対し

て、ほとんど何の影響をも与えていない。残念ながら、そのことは明白である。国賠訴訟は、民事裁判官が担当する

が、刑事裁判官の意識実態も変わらないだろう。そこで、過酸化アセトン(TATP)爆発事件において、昭和四八

年判決を修正する形で、最高裁は新たな下位基準を提示した(最決平成一九一〇一六刑集六一六七七

下「り、は「

定されるものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在する疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識

に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定」は可能である、と。あきらかに、

遠藤国賠判決の意味での、ごく普通の裁判官によるごく普通の事実認定の実態に合わせて、昭和四八年判決が示した

基準を緩和化する修正であった。しかし、この平成一九年決定の修正基準に対して、大阪母子殺害事件の上告審判決

において、再び、最高裁は厳格な基準に回帰すべきことを示した(最判平成二二二七刑集六四二三三

以下「平成二二年判決」と記す)。平成二二年判決は、証明すべき犯罪事実の中に、「被告人が犯人であることを前提

く、

できない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれている」ことを要求して、原審の死刑

判決を破棄し大阪地裁に差戻し

(5)

論 説

  が、は、

り、の「

た。め、も、

ケースと同様、高い有罪率を示している。物証のあるケースとないケースについて、現行刑訴法下の有罪率と旧刑訴

法下の有罪率とを比べても、おそらく有罪率は下降していないだろう。

  しかし、旧刑訴法から現行刑訴法に変わった直後、戒能通孝は次のように語った。旧刑訴法では、自白が証拠の王

であり、物的証拠は補充的なものでしかなかったが、現行刑訴法では、検察官は物的証拠の収集に努力しなければな

ず、は、は、

も起こるであろう 、と。戒能は、犯罪と被告人を結びつける物的証拠がないケースであれば、「犯人と断定するには

合理的な疑いが残る」ことが多くなるはずだから、無罪判決が増えると考えていた。これは、新憲法の人権規定をベー

スとした現行刑訴法の素直な解釈として、常識的な認識であった。ところが、現行刑訴法の下でも、直接的な物的証

拠がないケースにおいて、無罪判決が飛躍的に増えたということにはならなかった。

  現行刑訴法下の刑事裁判実務は戒能の予測を裏切っ 。しかし、昭和四八年判決が当時の実務に大きな影響を与え

なかったように、平成二二年判決もまた現在の実務に影響を与えないというのであれば、わが国の刑事司法に「まと

もな未来」はないだろう。最近の主要な再審無罪事件をみても、たとえば、足利事件や東電OL殺人事 、大阪での 件(

る「

る。そ、に、

(6)

事実認定における可能的推論の正当化根拠について(森尾・吉弘・宗岡)

い。め、章(で、

証がないケースでは、裁判官の独善的にして杜撰な事実認定が誤判に直結していることを論証する。それを確認した

で、章(て、げ、は、

調ず、も、

に疑われるべきケースだということを考えてみたい。そして、最後(Ⅳ)に、みどり荘事件や恵庭OL殺人事件での

考察を踏まえて、事実認定における可能的推論の正当化根拠について、若干の問題を提起しよう。

 

Ⅱ   みどり荘事件一 ・ 二審判決の問題点

   みどり荘事件の事実関係   は、ト「

て、同大学二年の姉と同居する同大学一年の女子学生が強姦され殺害された事件である。まず、一審判決の認定から

発生した当時の客観的な事実関係と犯行現場の状況を概観しておこう。

  事件が発生したのは昭和五六年六月二七日深夜であった。現場となったみどり荘二〇三号室の北側隣室二〇五号室 ば、ろ、ろ、ー」か「

て」という女性の悲鳴で目を覚ました。どこかに痴漢が入ったと思い、自室を出て隣の二〇三号室をノックしたとこ

ろ、中から女性の悲鳴が聞こえてきた。痴漢は二〇三号室だったと悟り、恐ろしくなって、自室のベッドで布団を被っ

(7)

論 説

た。それから少しして、「落ち着いて普通に話す」声が聞こえてきたので、「ほっとして」布団に戻った。ところが、

次に、人が暴れ回ってぶつかっているような音が聞こえてきた。「どすんどすん」という音とともに、「神様お許しく

ださい」という泣き叫ぶような声が一〇回位聞こえてきたと供述している。 子は、恐怖から実家に帰ろうとし、「木

製の下駄を履き、鉄の階段を急ぎ足で降りたので、かんかんという音」をさせながら、芸短大前の公衆電話から実家

し、ろ、た(た、

は、

し、た、て、う「

く苦しそうな、助けを求める感じの女性の声がした」と供述している(一審判決一六丁)

  も、 は、

り、が、だ。

ら、が、二、

述している(一審判決一七丁以下)。また、一〇一号室の 子は、午後一一時四五分ころ就寝し、「うつらうつら」し

ながら「どたんばたんという音」を聞いたが、そのまま寝ていたと供述している。

  みどり荘の近辺でも、東隣に住む 子は、みどり荘から、女のすすり泣くような、哀願するような話声が聞こえ、

に「か「り、後、

二、し、 が「る( に、 も、間、ら、

な、え、後、

(8)

事実認定における可能的推論の正当化根拠について(森尾・吉弘・宗岡)

いう足音」を聞いたと供述している(一審判決二一丁以下)

  現場である二〇三号室の状況も見ておこう。まず、奥の六畳間では、三個並べたカラーボックス上のステレオプレ

れ、れ、は、

しく汚れたパンティが裏返しに置かれ、また、粘液状のものが畳に付着していた」(一審判決一一丁以下)。この「粘

液状のもの」は、被害者の唾液の中に、犯人のものと想定される血液が含まれたものであった。次に、台所の中央付

近に、被害者が、身体をやや斜めに向けて、仰向けの状態で倒れ、死亡していた。上半身はTシャツを着ていたが、

腹部のやや上まで捲れた状態であり、下半身は下着類を全く着用しておらず、頸部にはズボン(帰宅まで着用してい

たオーバーオール)「一回強く巻き付けられて」おり、そこに付着していた陰毛の血液型はO型であった。そして、

被害者には、扼痕・絞痕といった頸部の損傷の外、頭頂部、左側頭部、顔面左側に軽度の打撲傷、四肢に軽度の打撲

傷と擦過傷等があった。また、被害者の陰毛に付着していた精液の血液型はB型、被害者の膣液に混じった精液はB

型またはAB型と推定される。なお、被害者の血液型はA型であり、被害当時、生理中であった(一審判決一二丁以

下)

  後、ろ、は、

時、り、ら、れ、

二〇二号室でKから事情を聴取した。Kは事件につき「寝ていて何も覚えていない」と答えている。W巡査と話した

後、Kは二〇一号室の 子と「この騒動につき一言二言話をし、その後、近くの公衆電話からB子の実家に電話をか

け」ている。Kは、その後、同県警警部補Tから、任意同行を求められ、午前四時三〇分ころから六時三〇分ころま

で、大分警察署で事情を聴取された。その後も、Kは任意捜査に協力し、六月三〇日には、ポリグラフ検査を受けた

(9)

論 説

り、頭毛を任意提出しており、七月一一日には、左手甲の傷の写真撮影に応じ、また下着等を任意提出し、九月一四

日には身体検査令状により陰毛を採取されている。そして、昭和五六年一二月下旬から昭和五七年一月初旬にかけ、

大分県警が科学警察研究所に嘱託していた鑑定書が警察に戻り、Kの陰毛あるいは頭毛と現場で採取された陰毛一本

と頭毛一本が「同一人に由来すると推定された」旨の鑑定結果を得て、昭和五七年一月一四日午後、Kは逮捕された。

なおKの血液型はB型であった。

  有罪認定へと導く論理

「ストーリー」の追認過程   逮捕後、Kは、「ほとんど下をむいたまま無言で、時々返事をする程度で終始し」ていたが、一八日朝、「母に会わ

せてほしい」と声を出して泣き始めた。主任捜査官T警部補はKに対し「わかった。上司に相談して至急会えるよう

にしてあげよう。だから記憶にあることを全部話しなさい。どこから入ったのか」と訊問したところ、Kは「二〇三

し、べ、

以上の供述には至らなかった」(一審判決四七丁以下)。そして、母親らと接見した直後のTらの取調べの中で、Kは

た。ら、り、と、

後、り、る(し、め、

肝心の強姦行為や殺害行為について、まったく触れられていない点、「きわめて異様な」(控訴審弁論要旨二一二以下)

供述であっ   Kは、科警研の毛髪鑑定結果などと共に、この「不利益供述」を決定的な証拠として、同年三月一五日、強姦致死・

た。と、は、

(10)

事実認定における可能的推論の正当化根拠について(森尾・吉弘・宗岡)

零時四五分ころまでの間に、隣室の二〇三号室において、同室に居住している被害者(当時一八年)を強いて姦淫し

ようと決意し、同女の顔面を殴打し、両手で同女の頸部を締めるなどしてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫する

とともに、殺意をもって同女のズボンで同女の頸部を締めつけ、同女を絞殺により窒息死させて殺害した」という内

容であった。一審判決は、犯行時刻を「同日午後一一時四〇分ころから翌二八日午前零時三〇分」と変更したが、基

本的には公訴事実をそのまま「罪となるべき事実」として認定し(一審判決二丁)、Kを無期懲役とした。

  し、は、う。ず、

は、調も、

で、べ、調

て、調る。て、際、

一五二枚にもなる大部の判決書の中で、その大部分が事実認定の検討に使われている。一見、きわめて慎重な姿勢を

示してはいるが、判決書を一読すれば、検察官の主張に即した認定を重ね、最終的に「本件犯行の犯人は被告人であ

り、た。も、て、

察官の描いた「ストーリー」が追認されていっただけである。すなわち、被告人Kは「鍵をかけないままにしていた

玄関ドアから二〇三号室に侵入し、悲鳴をあげながら抵抗する被害者に対して強烈な暴行を加えてその反抗を抑圧し

たうえ被害者を姦淫した後、……顔見知りの自己の犯行であることが露見すること等を恐れて殺意を抱き、手及び被

害者のズボンでその頸部を締め付けるなどして殺害し、玄関ドアから出て自宅に戻り、風呂場で汚れた陰茎や手足、

顔などを洗」(一審判決一四九丁)ったのである、と。

  しかし、ここには、現実に二〇三号室で行われた強姦行為や殺害行為と被告人とを結び付ける客観的な事実は何も

参照

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