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雑誌名 国立民族学博物館研究報告

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下エジプトのムスリムにおける結婚の成立過程 :  カリュービーヤ県ベンハー市とその周辺農村の事例 を中心に

著者 大塚 和夫

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 10

号 2

ページ 273‑307

発行年 1985‑10‑22

URL http://doi.org/10.15021/00004402

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大 塚   下 エ ジプ トの ム ス リム に お け る結 婚 の成 立 過 程

下 エ ジ プ トの ムス リムに お け る結 婚 の成 立 過 程

カ リ ュ ー ビ ー ヤ 県 ベ ン ハ ー 市 と

      そ の 周 辺 農 村 の 事 例 を 中 心 に

大 塚 和 夫

Marriage Process among the Muslims of Lower Egypt

Kazuo OHTSUKA

Some marriage customs of Middle Eastern muslims are well- known, although their images have sometimes been extremely exaggerated or distorted by the prejudice of "Orientalism". In this paper I describe the marriage process among the muslims of

Lower Egypt, based mostly on my fieldwork conducted mainly in Benha city and some surrounding villages in the Qalyubiya governorate, in 1981-82.

The purpose of this paper is mainly to describe how the muslims conduct marriage negotiations and hold various kinds of rituals and ceremonies. Refering to some of the reliable ethnographies of Egypt, such as those by Lane, Ammar, Fakhouri and Wikan, I indicate some of the transformations that have occurred in marriage practices in Egypt from the early 19th century to the present.

The marriage process among the muslims of Lower Egypt today can be analyzed in terms of four stages :

(1) The first stage starts with seeking for a partner and ends with the recitation of the first chapter of Quran (al-fatiha) by some members of the two families, as a sign of agreement to the marriage.

(2) The second stage is the shabka ceremony. The prospective bridegroom gives some golden goods, such as a finger ring, neck- lace or earring to the prospective bride, as a token of the engage- ment.

(3) Then follows the most important ritual from the religious

*国立民族学博物館第 3研究部

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(3)

国立民族学博物館研究報告  10巻 2号

and the legal points of view. The bridegroom himself and the guardian of the bride (generally her father) together write a marriage contract (`aqd al-qiran; in the colloquial katab el-kitab) under the guidance of a ma'dhun (a marrige notary). The bride and groom become a legal couple, although this dose not mean the actual start of their new life, since some months or even years might be required to prepare new rooms and furniture for the couple. When they complete the preparation of their own residence, with the some financial help of their parents, the fourth and last ceremony of marriage will be held.

(4) The final stage is known in standard Arabic as zifaf, and in the colloquial as dukhla. After that the couple effectively start a new life.

Describing the succession of the ceremonies, I refer to such significant events as the transaction of bridewealth (mahr), making a list of the furniture (`afsh) privately owned by the bride, an invitation to and a reception in the marriage feast (farah), which may be held not only on the occasion of the dukhla but also as a part of the shabka and the katab el-kitab ceremonies, special activities of the night of henna, and showing of the blood of the virgin to the people. The text of the sermon preached by the ma'dhan on the occasion of the marriage contract is appended.

1. は じめ に 2. 結 婚 の プ ロセ ス

1) 配偶 者 選択 か ら双 方 の合 意 ま で 2) フ ァーテ ハ式

3) シ ャブ カ式

4) 契 約式 5) 床 入 り式 6) 結 婚 式 の 後 3. 総

1.

ム ス リム (イ ス ラ ー ム 教 徒 ) 社 会 の 結 婚 に 関 し て , そ の 一 般 的 特 徴 の い くつ か は よ く知 られ て い る。 た とえ ば ,通 俗 的 読 み 物 な ど に興 味 本 位 で と りあ げ られ る 1人 の男 性 が 4人 ま で妻 を もて る こ とや男 か らの離 婚宣 告 が容 易 な こ とな ど は , そ の意 味 の解 釈 や 評 価 には さ ま ざ まな議 論 が あ るが, 確 か にム ス リム社 会 で今 日で も実 際 にみ る こ

とので き る現 象 で あ る。 これ ほ ど一 般 的 で はな いが , ム ス リムの結 婚 は カ トリ ック教 会 の よ うな 「秘 蹟 」 で はな く 「契 約 」 で あ る こ と, ム ス リム の男 性 は 「啓 典 の 民 (

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大 塚   下 エ ジプ トの ム ス リムに お け る結 婚 の成 立 過 程

ダ ヤ , キ リス ト教 徒 )」 と結 婚 可 能 だ が ム ス リム 女 性 は 異 教 徒 と 結 婚 で き な い こ と,

結 婚 の 必 要 条 件 と して 男 性 の 側 か ら女 性 (の 保 護 者 ) の 側 ヘ マ フル (m ahr1)婚 資 ) が 渡 さ れ る こ と, な ど も 中 東 に 関 心 を もつ 人 々 に は , 比 較 的 よ く知 られ た こ と で あ る。

こ れ ら は い ず れ も , ム ス リム の 社 会 生 活 全 般 を 律 す る原 則 で あ る シ ャ リ ー ア (sharia イ ス ラ ー ム 法 ) に 規 定 さ れ て い る条 項 で あ る 。 そ の 他 , 特 に 中 東 で は , 慣 行 と し て 父 方 平 行 イ ト コ を 主 と す る イ ト コ婚 ・親 族 集 団 内 婚 が 選 好 さ れ て い る こ と も 社 会 人 類 学

で は よ く指 摘 さ れ て い る特 徴 的 な現 象 で あ る 2)

  こ れ ら の 一 般 的 特 徴 は さ て お き , で は 実 際 に ム ス リ ム た ち は , ど の よ うな 儀 礼 的 ・ 社 会 的 プ ロ セ ス を へ て 結 婚 を お こ な っ て い る の だ ろ うか 。 現 在 ム ス リム の 人 口 は 6億

と も 8億 と も い わ れ て お り , そ の 大 部 分 は 北 ア フ リ カ の マ グ リブ 地 方 か ら中 東 ・イ ン ド亜 大 陸 を へ て , 東 南 ア ジ ア 大 陸 ・島 懊 部 に ま で 至 る 広 範 な 地 域 に 分 布 して い る 。 こ れ だ け の 広 大 な 地 域 で は , 当 然 の こ と な が ら , 自 然 環 境 も 相 当 に 異 な っ て お り , そ し て , さ ま ざ ま な 文 化 的 背 景 や 歴 史 的 伝 統 を に な っ た 諸 民 族 が 生 活 して い る 。 した が っ て , 彼 ら の 実 際 的 な 婚 姻 成 立 の 過 程 は , ム ス リム で あ る 限 り シ ャ リー ア に 規 定 さ れ た 大 枠 は 遵 守 し て い る と して も , 細 部 を 眺 め れ ば 微 妙 に 異 な っ た 箇 所 が か な り 見 出 さ れ る も の と考 え ら れ る 。

  以 上 の よ う な 展 望 の 下 で , 小 稿 は筆 者 の エ ジ プ ト留 学 中 3)に お こ な っ た フ ィ ー ル ド ワ ー ク の 際 に 集 め た 資 料 に も と づ き , 下 エ ジ プ ト (カ イ ロ 以 南 の ナ イ ル ・デ ル タ 地 域 ) の カ リ ュ ー ビ ー ヤ 県 (m ubafa4a)ベ ン ハ ー市 (Banha,以 下 B 市 ) と そ の 周 辺 農 村 に お け る ム ス リム の 結 婚 の 成 立 過 程 を 記 述 し , こ の 地 域 に お け る婚 姻 の あ り方 の 一 側 面 を 報 告 す る こ と を 主 た る 目 的 と した も の で あ る。 特 に , 結 婚 交 渉 の 開 始 か ら新 郎

・新 婦 の 同 棲 に 至 る ま で の 期 間 に , 公 的 ・私 的 に催 さ れ る さ ま ざ ま な 儀 礼 と そ れ に 付 随 す る 社 会 的 慣 行 を 中 心 に 論 を 進 め た い 。

  調 査 の 実 施 方 法 に つ い て もふ れ て お こ う 。 筆 者 は カ イ ロ市 北 方 約 50キ ロ メ ー トル の カ リ ュ ー ビ ー ヤ 県 (以 下 , Q.県 ) B 市 (同 県 県 庁 所 在 地 , 1976年 の 人 口 88,845人 ) に ,

) 本 稿 の ア ラ ビ ァ 語 の 表 記 は , 正 則 ア ラ ビ ア語 (usha)の ア ル フ ァベ ッ ト順 に , , b, th,b,

kh,d,dh, r zh, d,,4, ,gh,q,k,1 m ,n,h,w,y で あ り , 短 母 音 は a,u,長 母 音 は a,i,a で 表 す 。 語 頭 の ハ ム ザ , 語 尾 の タ ー ・マ ル ブ ー タ は 略 す が , 複 合 語 の 場 合 , タ ー ・ マ ル ブ ー タ を t で 表 記 し た 場 合 も あ る 。 な お , 下 エ ジ プ ト地 方 (シ ャ ル キ ー ヤ 県 の 一 部 を 除 く) で は , カ イ ロ 方 言 に 近 い 口 語 (amm iya)が 使 わ れ て い る 。 フ ス ハ と の 主 な 違 い は ,  th 音 が tま た は s音 に , j音 が g 音 に , q 音 が glotalop に 変 わ る こ と な ど で あ る 。

2) 現 代 エ ジ プ トに お け る ム ス リム の 婚 姻 お よ び 家 族 に 関 す る 包 括 的 議 論 は ,R ugh [1984] を 参 照 。 な お , 下 エ ジ プ トの 親 族 集 団 や 父 方 平 行 イ トコ 婚 に 関 す る 議 論 は , 拙 稿 大 塚   1983] を 参 照 。

3) エ ジ プ ト留 学 は , 文 部 省 の 昭 和 55年 度 ア ジ ァ 諸 国 等 派 遣 留 学 生 制 度 に よ って 可 能 に な っ た も の で あ る 。 エ ジ プ ト滞 在 は 1981年 4月 か ら82年 11.月 ま で で あ る 。

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国立民族学博物 館研究報告  1巻 2号 1981年 6月 か ら翌 年 6月 ま で ア パ ー トを 借 り て 住 み こみ ,B 市 と そ の 周 辺 農 村 の 社 会 人 類 学 的 調 査 を お こ な っ た 。結 婚 プ ロ セ ス に 関 す る デ ー タ の 収 集 は ,ま ず ,13件 の を と も な う 結 婚 式     シ ャ ブ カ 式 , 契 約 式 , 床 入 り 式 の い ず れ か で あ り, そ れ ぞ れ の 規 定 は 第 二 章 で お こ な う    に 出 席 し, そ の 一 部 も し くは 全 体 を 観 察 し, 聞 き書 き を お こ な っ た 4。 そ の 内 訳 は , い ず れ も q 県 内 で あ り ,B 市 が 6件 (シ ャ ブ カ 式 1件 , 契 約 式 1件 , 契 約 式 兼 床 入 り式 1件 , 床 入 り式 3件 ), B 郡 (m arkaz)D 村 で 2件 (い ず れ も 契 約 式 兼 床 入 り式 ), 同 じ く B 郡 B 村 (シ ャ ブ カ 式 兼 契 約 式 ), M S 村 (床 入 り 式 ), Q 郡 G N 村 (契 約 式 兼 床 入 り 式 ), T 郡 S 村 (シ ャ ブ カ 式 ), K S 郡 S 村 (床 入 り式 ) が そ れ ぞ れ 1件 で あ る。 そ の 他 , Q.県 の B郡 W 村 , S 村 , K G 村 , 同 じ く T 郡 K I村 で も , そ れ ぞ れ の 村 に お け る 婚 姻 慣 習 の 聞 き書 き を お こ な っ た 。

さ ら に , 下 エ ジ プ トの ム ヌ ー フ ィ ー ヤ 県 (以 下 , M u 県 ) A 村 ,  B 村 , マ ン ス ー ラ 以 下 , M a 県 ) D 村 , シ ャ ル キ ー ヤ 県 (以 下 ,  S 県 ) S 村 , お よ び 上 エ ジ プ ト

(カ イ ロ 市 以 南 の 地 域 ) の フ ァ イ ユ ー ム 県 (以 下 , F 県 ) K M 村 の そ れ ぞ れ に 日 帰 り 調 査 を お こ な っ た 折 に も , 結 婚 を め ぐ る 資 料 を え た 。 し た が っ て , 以 下 で 紹 介 す る結 婚 プ ロ セ ス の 資 料 は , 特 定 の 事 例 を 一 貫 して 追 っ た も の で は な く , B 市 と そ の 周 辺 農 村 で 集 め た 資 料 を 総 合 し, 同 地 域 に お け る 結 婚 成 立 の 一 般 的 過 程 を 叙 述 し た も の で あ る 。 個 別 事 例 を 時 間 経 過 に した が っ て 記 述 して い く方 法 の も つ 具 体 性 を 欠 く き ら い は あ る が , 本 論 で も ふ れ る よ う に , 結 婚 プ ロ セ ス の 開 始 か ら終 了 ま で に 1年 以 上 か か る こ と も 多 い今 日 の 下 エ ジ プ トの 状 況 で は , 一 般 的 な 結 婚 プ ロ セ ス の 提 示 に も資 料 的 価 値 が あ る と 思 わ れ る 。

  さ ら に , こ れ ま で に 刊 行 さ れ た 欧 文 の 民 族 誌 ・人 類 学 的 報 告 の 中 で , エ ジ プ トの ム ス リム に み ら れ る 結 婚 の 具 体 的 プ ロ セ ス に ふ れ た も の は さ ほ ど 多 くな い こ と も 指 摘 し て お き た い 。 主 だ っ た も の を あ げ る と , 19世 紀 前 半 の カ イ ロ に 関 す る レ イ ン [LANE

1978 (1836):159−175],今 世 紀 前 半 の 上 エ ジ プ トを 扱 っ た ブ ラ ッ ク マ ン [BLAcKMAN 1927:92−95], 革 命 直 前 の 上 エ ジ プ ト ・ア ス ワ ン県 の 一 村 落 に ふ れ た ア ン マ ー ル

A MMAR  1973 (1966):192−199],革 命 直 後 に 下 エ ジ プ ト・ム ヌ ー フ ィ ー ヤ 県 S 村 に 設 置 さ れ た ア ラ ブ諸 国 基 礎 教 育 セ ンタ ー に 拠 り S村 の 調 査 を した ベ ル ク [BERgUE

957:42−44ユ, 1960年 代 の カ イ ロ 近 郊 村 を 対 象 に し た フ ァ フ ー ウー [FAKHouRI 1972:63−70ユ, さ ら に 1960年 代 か ら 70年 代 に か け て の カ イ P庶 民 を 論 じた ヴ ィ カ ン

4)使 用 言 語 は ア ラビア語 口語 (ア ン ミー ヤ) の下 エ ジプ ト方 言 で あ る。 た だ し, これ に も都 市   と農村 , 中 ・高 学 歴 者 と農 民 との 間 に は語 彙 ・表 現 上 の相 違 が あ り, ま た , しば しば正 則 ア ラ   ビ ア語 がま じる筆 者 の表 現 と農 民 た ちの ア ン ミー ヤ との 間 に は,意 志 の 疎 通 を欠 くこ と もあ っ   た 。 そ の ため , 常 に筆 者 と同道 して いた B 市 在 住 の大 卒者 SA 氏 も し くは NH 氏 が, 筆 者 と   農 民 と の間 の 通 訳 とな る こ と も多 か った 。

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大塚  下 エジプ トのムス リムにお ける結婚の成立過程

W IKAN  l980:82−85] な ど で あ る。 そ の 他 , ア テ ィ ヤ が 集 め た 5人 の エ ジ プ ト女 性 の ラ イ フ ・ ヒス ト リー [ATIYA  l982],ル ー の カ イ ロを 中 心 と した 現 代 家 族 の 実 態 調 査 研 究 [R UGH  l984] な ど に も 参 考 と な る 資 料 が あ る。 ま た , ア ラ ビ ア語 で 著 わ さ れ た ア ミー ン の 『エ ジ プ ト慣 習 辞 典 』 [A MIN  l953] の い くつ か の 項 目 に も興 味 深 い 記 事 が み ら れ る 。

  だ が , こ れ ら の 研 究 は , そ れ ぞ れ 民 族 誌 的 報 告 や 家 族 研 究 な ど を 主 要 目 的 と して 著 わ さ れ た も の で あ り, した が っ て , 結 婚 の プ ロ セ ス の 記 述 に は , そ の ほ ん の一 部 しか さ か れ て い な い 。 そ の 点 に お い て , 小 稿 は基 礎 的 資 料 の 提 供 と して , エ ジ プ ト人 ム ス

リム の 社 会 人 類 学 的 研 究 へ の 一 つ の 寄 与 と も な る も の と思 え る 。

  も と よ り , エ ジ プ トの よ う な 歴 史 的 社 会 で は , 結 婚 の 成 立 過 程 も , 時 代 ・地 域 に よ って 異 な り , さ ら に , 階 層 差 に よ る 相 違 も無 視 す る わ け に い か な い だ ろ う。 そ こ で , 小 稿 で は 記 述 説 明 を 進 め る か た わ ら , 上 述 の 諸 著 作 を 必 要 に 応 じ て 参 照 し, エ ジ プ ト の 結 婚 プ ロ セ ス の 歴 史 的 変 化 と地 域 的 変 差 の 重 要 な い くつ か の 点 に もふ れ た い 。

2. 結 婚 の プ ロ セ ス

B 市 と そ の 周 辺 農 村 に お け る ム ス リ ム の 結 婚 プ ロ セ ス は , 一 般 に 次 の 6つ の 段 階 に 分 け る こ と が で き る と 思 わ れ る 。

  (1) 結 婚 相 手 の 選 択 か ら 双 方 の 合 意 ま で

  (2) 双 方 が 結 婚 の 細 則 を 話 し あ い , そ こ で の 意 見 の 一 致 を 確 認 す る た め コ ー ラ ン第     1章 (フ ァ ー テ ハ 章 , a1fatha) を 唱 え る 式 。 以 下 で は , フ ァ ー テ ハ 式 と よ ぶ 。   ( 婚 約 khutUba ま た は khiba を 記 念 した 指 輪 等 の 贈 物 (シ ャ ブ カ ,shabka)

    の 贈 呈 式 。 以 下 , シ ャ ブ カ 式 と よ ぶ 。

  () 結 婚 契 約 書 へ の 署 名 式 。 正 則 ア ラ ビ ア 語 で は , aqd alqiran,エ ジ プ ト方 言 で     は katab e1kiab と い わ れ て い る 。 以 下 , 契 約 式 と よ ぶ 。

  () 新 郎 ・新 婦 が 同 棲 を 始 め る た め の 式 。 正 則 ア ラ ビ ア 語 で は zifaf, 方 言 で は     dukhla と い わ れ て い る 。 以 下 , 床 入 り式 と よ ぶ 。

  (6) そ の 後 お こ な わ れ る 儀 式 的 な 贈 答 や 親 族 , 隣…人 , 友 人 ら の 訪 問 。 主 な も の と し     て , 床 入 り翌 日 の サ バ ー ヒ ー ヤ (§ababiya) と一 週 間 後 の ス ブ ー ア (subitC) が あ     る。

  以 下 で は , こ の 順 に 記 述 を 進 め , そ の 過 程 で み られ る い くつ か の 重 要 な 出 来 事 に も 説 明 を くわ え て い こ う。

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国立民族学博物 館研究報告  0巻 2号

1)  配 偶 者 選 択 か ら双 方 の 合 意 ま で

  下 エ ジ プ トを含 む 中東 ム ス リム社 会全 般 に お いて , イ ンセ ス トとみ な さ れ る範 囲 は 非 常 に狭 い。 それ は シ ャ リー ア の規 定 によ る もので あ り, イ ンセ ス トとさ れ る の は,

親 子 キ ョウダ ィ間 の他 に , 第 一 次 的 な オ ジ ・メイ , オ バ ・メ イ の間 , さ らに 男 性 を ego と して妻 の母 ,妻 の先 夫 と の間 に生 ま れ た娘 , 乳姉 妹 ,妻 の姉 妹 な ど との問 の性 的 関係 で あ る。 そ の一 方 で, いわ ゆ る父 方 平行 イ トコを代 表 とす る イ トコ婚 や親 族 集 団 内 婚 の選 好 傾 向 が み られ る [大 塚   1983

  す な わ ち ,下 エ ジプ トで配 偶 者 と して選 択 し うる範 囲 は, イ ンセス ト範 囲 が狭 小 で あ るた め に ,論 理 的可 能 性 と して は非 常 に広 い。 しか しな が ら, イ トコ婚 や親 族 集 団 内 婚 の選 好 も根 強 くみ られ るた め に, 特 に そ の よ うな 傾 向 の 強 い村 落 部 の有 力 な ア ー イ ラ (aia,大 家 族 )で は ,実 際 上 , 配 偶者 選 択 の幅 はか な り限 定 され る傾 向 に あ る。

  内 婚選 好 の極端 な場 合 に は, 兄 弟 同士 が さ ま ざま な 理 由 か ら,子 供 た ち が ま だ幼 児 の う ちに ,次 節 で 詳述 す るフ ァーテ ハ 式 を お こな い, 形 式 上 の 結 婚 の約 束 をす る 場 合 もあ る。 この よ うに して本 入 た ち も知 らな い う ち に 婚 約 した 幼 い 2人 を 束 され た者 た ち (m UUdin) とよぶ 。 い うま で もな く,彼 らの正 式 な 結婚 は , エ ジ プ トの法律 で定 め られ た年 齢 (男 18才 , 女 16才) まで また ね ば な らな い。 しか し, そ れ 以 前 で あ って も,少 女 が妊 娠 可 能 な 年 頃 にな れ ば, 医 者 を 買収 して年 齢証 明書 を偽 造 して も らい, 正 式 に契 約 と床 入 りの 式 を す ませ ,結 婚 させ る場 合 も あ る との噂 もあ る。

  この よ うな一 部 の ご く親 しい親 族 同 士 の場 合 を除 いて ,配 偶 者 選 択 か ら結婚 の合 意 ま で には い くつ か の プ ロセ ス が あ り, 何 人 か の媒 介 者 を た て な けれ ばな らな い。 こ こ で 特 に記 して おか な けれ ば な らな い のは ,B 市 とそ の周 辺 で は ,今 日で も配偶 者 選 択 は, 一般 的 に, 結 婚 当 事者 (青 年 , 娘) 自身 で は な く, そ の親 た ちが お こな う もの で あ る と考 え られ て い る事 実 で あ る。 確 か に,近 年 で は, 特 に都 会 に住 む高 等 教 育 を う けた 青年 が, 自分 の 意志 で好 ま しい娘 を選 び , そ の後 に 自分 の親 と相 談 す るヶ 一 ス も 増 え つ つ あ る。 しか し, そ の場 合 で も, 最 終 的 に は 自分 の親 を媒 介 に して相 手 の親 に 結 婚 の 申 し込 みを す る と い うプ ロセ スを へ な けれ ば な らな いの で あ る。 そ して ,娘 の 側 で そ のよ うな主 導 権 を と る例 は ま った く稀 で あ り, 特 に農 村 地域 で は皆 無 と いえ よ

う。

  いず れ にせ よ ,結 婚 の打診 は,青 年 も し くは彼 の親 族 の側 か ら切 りだす のが 当 然 視 され て い る。 そ の場 合 ,B 市 の一 部 な ど で は青 年 が直 接 に娘 の父 に話 しに い くこ と も お こ り う るが ,一般 的 に は,彼 の父 また は兄 や オ ジ な どが相 手 の意 向 を 尋 ね る形 を と る。 双 方 の 家族 が それ まで ほ とん ど 交 渉 が な か った よ うな 時 には , 第 三 者 の 仲 介 者

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大塚  下 エジプ トのムス リムにお ける結婚の成立過程

wasの をた て る こ と もあ る。 これ は, そ れ とな く間 接 的 に さ ぐ りを入 れ る の と同 時 に, 万 一 断 わ られ た場 合 も,青 年 お よび そ の 家族 の面 子 が直 接 的 に傷 つ か な い よ う に とい う配 慮 も含 まれ て い る。

  な お, 最 近刊 行 さ れ た 中東 地 域 の婚 姻 を め ぐるい くつ か の研 究 で は ,配 偶 者 選 択 過 程 に お け る女性 (当事 者 の母 , 姉 , オバ な ど) の は た す役 割 の重要 性 が指 摘 さ れ て い る5。 公 式 的 な結 婚 の 申 し込 み に は男性 が た たね ば な らな い が ,そ れ 以前 の 内輪 で の 候 補 者 選 択 や選 ば れ た者 に 関す る情報 収 集 の際 に,年 長 の女 性 た ちの ネ ッ トワ ー ク が 有 効 に活 用 され ,家 族 内部 で の決 定 に大 きな影 響 を 与 え て い る とい うの で あ る。 一 般 に, 名誉 ・恥 辱 に敏 感 な 中東 社 会 で は, た とえ意 向 打 診 の 段 階 で も, 男性 が介 入 す れ ばな か ば公 式 的 な プ ロポ ー ズ とな り,万 一 交 渉 が 不 調 に終 わ っ た時 に は,双 方 の 当事 者 の 名誉 ・恥 辱 に も関連 して くる こ とか ら, ま った く非 公式 的 な , いわ ば水 面 下 に お け る女 性 の活 動 は, そ の 意 味 で も重宝 な もの とされ て い るの で あ る。筆 者 の 調査 の際 に も, あ る イ ンフ ォー マ ン ト (S県 S村) は,交 渉 の仲 介 者 の 役割 を は たす の は 青 年 の父 方 も し くは母 方 オ バ で あ り,彼 の 父 は も とよ り母 も この ご く初 期 の段 階 で は 登 場 しな い と述 べ た。 ま た,別 の イ ンフ ォ ーマ ン ト (Q,県 B郡 B村 ) に よれ ば, 同 村 で はふ つ う青 年 が娘 を見 初 め た 場合 にま ず 打 ち明 け るの は母 親 で あ り, そ れ か ら彼 女 が夫 す な わ ち青 年 の父 に話 しを す る手 続 きを ふ む とい う。

  と もあ れ,公 式 的 な交 渉 は ,青 年 とそ の家 族 の側 が主 導 権 を とって 開始 さ れ る。 娘 の家 で お こな わ れ る正式 な結 婚 申 し込 み の場 に臨 む の は,青 年 の父 (彼 が死 亡 して い る場 合 に は オ ジや兄 な ど の父 親 が わ りの人 物 ) と娘 の父 (も し くはそ の代 理人 ) で あ る。 多 くの場合 ,青 年 自身 も父 と同 道 す る が ,村 に よ って は ,青 年 が立 ち会 わ な い所

S県 S村) もあ り, 一 方 , 彼 の母 が一緒 に行 く所 (M a県 D 村 , M u県 B 村) も あ る。

  事 前 の 根 回 しが充 分 な場 合 には , そ の席 で結 婚 が合 意 され , た だ ちに次 節 で ふ れ る フ ァ ー テハ 式 に移 行 す る こ と も あ る。 しか し, 多 くの場 合 ,娘 の 父 は返 事 を一 週 間 ほ ど待 って ほ しい と頼 み こむ 。 青 年 側 は再 度 の訪 問 を 確認 し, そ の 日は そ れ で ひ きさが る。

  一 週 間 ほ どの 猶 予 期 間 中 ,娘 の親 や親 族 は懸 命 にな って青 年 に関 す る情報 を集 め る。

も っ と も重 視 され るの は ,彼 の家 柄 や そ の評 判 で あ り, そ の他 ,彼 自身 の人 柄 や評 判 , 学 歴 や 職業 (経 済 力) な ど も, さ ま ざ まな経 路 か ら徹 底 的 に調 べ られ る (い うま で も な く, 青年 の側 も娘 の側 に関 す る これ らの 情報 を充 分 に収 集 した 後 に , 申 し込 み に赴

5) Bourdieu [1977] や R osen [1978】 を 参 照 。

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国立民族学博物館研究報告  10巻 2号 いた の で あ る)。 近 親 者 もま じえ た話 し合 い の結 果 , 好 ま しい結 婚 で あ る と判 断 した な ら,青 年 側 の再 訪 問 の 際 に そ の 旨 の返 答 を し, そ の場 で フ ァー テハ 章 を 唱 え るか , それ と もそ れ を お こな う 日取 りを定 め る。 後者 の場 合 , フ ァ ーテハ 式 は ,ふ つ う,一 週 間以 内 に実 施 され る6

  な お, 娘 の側 が不 同 意 の 時 には ,彼 女 の父 は娩 曲 に 申 し込 みを 断 わ る こ とに な る。

つ ま り,決 して相 手 (青 年 ) の 側 の 落度 や 問 題 点 を指 摘 せ ず に, 自分 た ちの側 の 理 由を あげ る。 た とえ ば, 娘 は若 す ぎ る, 学 業 の 途 中 で あ る ,親族 に不 幸 が あ り服 喪 中 で あ る,父 方 イ トコ (す な わ ち,理 念 的 結 婚 相 手 とさ れ る父 の兄弟 の息 子 ) と婚 約 して い る等 々で あ る。 もち ろん , 断 わ る真 の理 由 はそ れ とは別 の と ころ にあ り,多 く は青 年 お よび そ の家 族 の問 題 で あ る とい うこ と は, 当 事者 た ち は も とよ り,周 囲 の人 々 も充 分 に推 測 しう るので あ る。

2) フ ァ ー テ ハ 式

  全 体 で 114章 あ る コ ー ラ ン の 冒 頭 に あ る フ ァ ー テ ハ (開 端 )章 は , わ ず か 7節 の 短 い も の で あ る が , ム ス リム の 日 々 の 生 活 に と っ て 非 常 に 重 要 な も の で あ る。 な に よ り も,

礼 拝 の た び ご と に こ の章 は 唱 え ら れ な け れ ば な らず , そ の 他 , 会 議 の 開 会 , 契 約 の 締 結 な ど の 場 面 で も 頻 繁 に 口 に さ れ る 章 で あ る 。 そ し て ,結 婚 の 合 意 も ,フ ァ ー テ ハ 章 を 唱 え る こ と に よ っ て , 単 な る 口 約 束 か ら ム ス リム と し て の 約 束 へ と変 わ る の で あ る 。   フ ァ ー テ ハ 章 を 唱 え る の は , 当 然 な が ら娘 の 家 で あ る 。 青 年 側 の 人 々 が 彼 女 の 家 を 訪 問 し, そ こ で お こ な う の で あ る。 出 席 す る の は , 青 年 側 か ら, 彼 の 父 を は じ め , 青 年 本 人 , そ の オ ジ (父 方 , 母 方 を 問 わ ず ), 兄 な ど で あ り , 娘 側 か ら, 彼 女 の 父 , オ ジ , 兄 な ど で あ る 。 2人 の 母 親 が 加 わ る こ と も多 い 。 だ が , M u県 A 村 の よ う に 男 性 だ け に 限 定 さ れ る こ と も あ る 。 い ず れ に せ よ , 一 般 に , フ ァ ー テ ハ 式 は 青 年 と娘 の 近 親 の み で お こ な わ れ る , い わ ば 私 的 な 集 ま り で あ る 。 そ の 点 で , 多 数 の 客 人 を 招 待 す る 祝 宴 arah,次 節 で 詳 述 ) と は 異 な る ?)

6) ヴ ィカ ン [W IKAN  1980:82] によ れ ば, 1970年 前 後 の カ イ ロ庶 民 地 区 で は , 青 年 と娘 の後 見 人 との間 の 結 婚 の 合意 aq)とフ ァーテ ハ 章 を講 む 機会 は, 2〜 7 日ほ ど離 れ てい る。

そ して , 合 意 の 際 に,シ ャブ カや マ フル の 額 も定 め られ る と い う。 そ こで ,彼女 は, 合意 と (小稿 で い う と ころの ) フ ァーテ ハ式 とは別 個 の 2段 階 と 考 え て い る 。 しか し, 筆者 の 聞 き取 りの限 りに お いて は ,B 市 とそ の周 辺 で は, 結 婚 の合 意 と フ ァー テハ 式 とが必 ず しも別 の 日で な けれ ば な らな い とい う こ とは な か った 。

7) 筆 者 は フ ァー テハ 式 に 出席 す る機会 を もた な か った。 な お ,第 一 章 に も記 した よ うに, 筆者 の 出席 した 祝 宴 は, す べて シ ャブ カ式 , 契 約 式 ,床 入 り式 の いず れ かで あ る。 ただ し, 聞 き書 きに お いて , Q.県 KS郡 S村 で , フ ァー テハ 式 と シ ャブ カ式 を兼 ね て 祝 宴 を 開い た とい う もの が あ った 。 ま た, M u県 B村 で は, フ ァー テ ハ式 単 独 で, も しくは シ ャブカ式 と組 み合 わ せ て 祝宴 を催 す こ とが慣 習 で あ る とい う。

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(10)

大 塚  下 エ ジプ トの ム ス リム に お け る結 婚 の 成 立過 程

  当 事 者 で あ る 娘 は , こ の 集 会 に 出 席 し な い 。 た だ し, 慣 習 と して , 列 席 し て い る 人 々 に紅 茶 や コ ー ヒー を 配 る 時 に , 彼 女 は 応 接 間 に 入 る 8。 こ れ は , い わ ば 彼 女 を 青 年 の 家 族 に 紹 介 す る 機 会 な の で あ る 。 娘 は ほ とん ど 口 を き か ず に 将 来 の 夫 と そ の 家 族 に紅 茶 ・ コ ー ヒ ー を 給 仕 し て , た だ ち に そ の 場 か ら退 く。 客 人 の 側 も む や み な 質 問 を した り は し な い 。 青 年 の 父 ・オ ジ に と っ て は , こ れ が 彼 女 の 姿 を 初 め て 見 る機 会 で

あ る こ と も多 い 。

  こ の フ ァ ー テ ハ 式 で も っ と も重 要 な こ と が ら は , 結 婚 の 具 体 案 を 話 し合 い , 練 り上 げ , 大 枠 を 決 定 す る こ と で あ る 。 主 要 な 協 議 事 項 と して , 青 年 側 が 娘 側 に贈 る マ フ ル

m ahr婚 資 ) お よ び 金 製 指 輪 等 (シ ャ ブ カ shabka) の 金 額 , そ れ か ら今 後 の お お ま か な 日程 の 設 定 で あ る 。

  イ ス ラ ー ム に お い て , マ フ ル な し の 婚 姻 は 合 法 的 な も の と は み な さ れ な い 9》。 そ し て , マ フル に は 2つ の 種 類 が あ る 。 前 マ フ ル (m ahr m uqaddam ) と 後 マ フ ル (m ahr m u akhkhar)で あ る 。 前 マ フ ル は ,結 婚 契 約 の 前 後 に支 払 わ れ る も の で ,受 け 取 っ た 嫁 側 は , 一 般 に , そ れ と 同 程 度 の 現 金 を 足 し て , 新 居 用 の 家 財 道 具 (ア フ シ ュ afh)

を 購 入 す る (こ の 点 は 第 五 節 で ふ れ る)。 一 方 , 後 マ フル は 結 婚 時 に 支 払 わ れ る も の で は な く, 反 対 に , 結 婚 生 活 が 失 敗 し両 者 が 離 婚 し て か ら, 前 夫 か ら前 妻 へ 渡 さ れ る べ き も の な の で あ る。 当 然 予 想 さ れ う る こ と な が ら , 離 別 後 の 後 マ フ ル 支 払 い交 渉 は 難 し く, 前 妻 側 の 男 性 親 族 が 有 力 で な い と , 実 行 さ れ ず に 適 当 に ご ま か さ れ る こ と も 多 い と い う 。 だ が , 実 際 に は ど う で あ れ , 結 婚 契 約 の 際 に は , 2種 類 の マ フ ル の 金 額

を 正 式 に記 入 し た 契 約 書 に署 名 し な け れ ば な ら な い の で あ る 10)

  協 議 さ れ る の は マ フル の 額 だ け で は な い 。 シ ャ ブ カ と総 称 さ れ る婚 約 用 の 指 輪 ・腕 輪 ・首 飾 り な ど の 購 入 金 額 も話 し合 わ れ る 。 こ れ ら は ふ つ う金 製 の も の で あ り , した が っ て 数 や 重 量 が 多 い ほ ど 値 が は る こ と に な る 。 後 ほ ど詳 述 す る よ う に , 前 マ フ ル を 8) エ ジプ トの平 均 的 家屋 は, 戸 口 に接 した部 屋 が応 接 間 と して 用 い られて いる 。 ご く親 しい友  人 を 除 いて , 客 人 が それ よ り奥へ 入 る ことは 不作 法 とみ られ る。 さ らに, 客 人 が男 性 の場 合 ,  主 人 の 妻 を含 む 思 春 期以 降 の女 性 が, 応接 間 に立入 る こ とを禁 ず る家庭 も多 い 。紅 茶 等 を接 待  す る時 に は ,女 性 は その 用 意 を して 応 接 間の 戸 を ノ ックす る 。そ の 合 図で 主 人 が立 ち上 が り,

 戸 を 開 けて 紅 茶 を 受 け取 る。 そ の間 ,女 性 は戸 の 陰 に隠 れ て ,客 人 に顔 を み せ な い。 特 に都 市   の保 守 的家 庭 や 農 村 で は, この慣 行 が 根 強 い。 した が って , フ ァー テハ 式 にお け る娘 み ず か ら   の給 仕 は ,通 常 の 慣 習か らみ れ ば ,ま った く異 例 の こ とな の であ る。

9) コー ラ ンに は次 の よ うな 章 句 が あ る。「そ して (結 婚 に さい して は)女 に マハ [フ]ル を 贈 り   物 と して 与 え な さ い。」(第 4章 第 4節 ,日本 ム ス リム協会 版 の訳 )ア ラビ ア語 原文 で は ,saduqa   とい う語 が使 われ て い るが , この語 は同 語根 の sadaq とい う語 な ど と共 に , mahrと同 義 であ   る。

0) た だ し, こ こ で書 きこま れ る金 額 は, 後述 の マ ー ズ ー ン (結婚 登 録人 ) へ の 支払 いや 結婚 登  録 料 一 これ らは登 録 され た マ フ ル の額 に よ って 決定 され る一 を 一定 額 にお さえ るた め に ,   実際 に手 渡 さ れ る額 よ りも低 い 額 が記 入 され る こ と もあ る。

281

(11)

国立民族 学博物館研究報告  10巻 2号 資 金 の 一 部 と して購 入 した家 財 道 具 (ア フ シ ュ) と同様 に, シ ャブ カ と して贈 られ た 指 輪 類 の所 有権 は ,結 婚 後 も完 全 に妻 の 私 的 な もの とな る。 す な わ ち, フ ァーテハ 式 の段 階 で , マ フル と シ ャブ カ とい う,婿 か ら嫁 へ贈 られ る財 の金 額 が決 定 され るの で あ る。 な お , そ の金 額 は,青 年 とそ の親 との経 済 的能 力 や 社 会 的威 信 な ど の要 因 に よ って 左 右 さ れ ,地 域 や 階層 によ って かな りの相 違 が あ る。 ちな み に,B 市 で は新郎 が 富 裕 も し くは高 学 歴 の場 合 に は前 マ フル は およ そ1,000〜2,000エ ジプ ト ・ポ ン ドで あ った 。 周辺 農 村 の一般 的農 民 層 で は200〜 500エ ジ プ ト・ポ ン ドとい われ て いた 1。 な お, 後 マ フル の額 は ,前 マ フル の半 額 か そ れ 以 下 で あ る。 シ ャ ブ カの金 額 は, 一般 に 前 マ フル の 半額 以 下 で あ る。 そ して , シャブ カ の 中 に は指 輪 を 必 ず含 め な けれ ばな ら な いが , そ の他 の品 目 の質 と量 とは ,マ フル の場 合 と同様 に ,当 事 者 の事 情 に よ って か な りの相 違 が み られ る。

  フ ァー テ ハ式 の際 に決 定 され る も う一 つ 重要 な事 項 は, 今 後 の 式 の お お まか な 日程 で あ る。本 章 の 冒頭 に も記 した よ うに , フ ァー テ ハ式 の後 , 結 婚 が完 遂 され るま で に は , シャブ カ ,契 約 ,床 入 りの 3つ の式 を お こな わ な け れ ば な らな い。 これ らは, 各 々別 個 にお こな う こ とも,合 わせ て 同 日 にお こな うこ と も,さ らに前 か 後 の 2つ を 組 み 合 わ せ 2回 に分 け て お こな う こ と も可 能 な の で あ る。 そ して ,そ の度 に,祝 宴 (arab)

を は るの が 一般 的 で あ る。 祝 宴 開催 は多 大 な 出 費 とな るた め , 2人 の 当事 者 と その 家 族 の経 済 的 ・社 会 的事 情 に応 じて , そ の回 数 は 決 定 さ れ る。 第 一 章 で記 して お いた よ うに, 筆 者 の 観 察 した範 囲 で は, シ ャブ カ と契約 ま た は契 約 と床 入 りを合 わ せ た 祝 宴 が 5件 , 単 独 で お こな わ れ た も のが 8件 あ った 。 祝 宴 を 2回 もつ 場 合 , ど ち らか一 方 を盛 大 に お こな い, も う一 方 を 親 族 や近 しい隣 人 ・友 人 な ど で小 規 模 に お こな うと い うや り方 もあ る1。 な お,一 般 に イス ラー ム の祭 日 (断食 月 明 け祭 り と犠牲 祭 ) や 預 言 者 ・聖 者 の生 誕 祭 (mawld)な どの機 会 が祝 宴 を催 す の に ふ さわ しい 日 と考 え られ て い る。 ま た , 平 常 の 時 は ,休 日 の前 夜 す なわ ち木 曜 日の夜 に開 か れ る のが多 い。 い ず れ にせ よ, そ れ らの進 め方 の大 枠 が , フ ァーテ ハ 式 の 際 に話 し合 わ れ , 決定 され る の で あ る。

11) 1エ ジプ ト ・ポ ン ドは, 1981〜82年 時点 で 300円 弱 で あ った 。 ちな み に, B 市 の仕 立て 屋 で   1957年 に 結婚 した 男性 の話 しで は ,彼 の前 マ フル は 100エ ジプ ト ・ポ ン ド, シャ ブカ は 20エ ジ   プ ト ・ポ ン ドで あ った とい う。

12) q 郡 GN 村 出身 で ,現 在 B市 に住 む英 語 の 指導 主 事 の話 しによ る と, 契 約 式 の 時 に も祝 宴   を催 す の は 都 会 風 との こ とで あ る。 後 にふ れ る よ う に, かつ て は契 約 と床 入 りはせ いぜ い  一 週 間 程 度 の間 隔 で あ り,そ の 間 は連 夜 祝 宴が くりひ ろ げ られて いた こ と, お よび , シ ャブ カ  式 も案 外 最近 の もの と推 測 され る ことを 考 え る と,彼 の発 言 も理 解 しや す い もの にな るか も し   れ な い。 つ ま り, シ ャブ カ式 と契 約 式 にそ れぞ れ 祝 宴 を もつ よ うにな った の は ,近年 の ことで   あ る か も しれ な いの で あ る 。

282

(12)

大 塚   下 エ ジ プ トの ム ス リム に お け る結 婚 の 成 立過 程

  とこ ろで ,19世 紀 前 半 の カイ ロに暮 ら した レイ ン,1952年 革 命 直 前 の 上 エ ジ プ ト農 村 を調 査 した ア ンマ ール の報 告 を 読 む と, い ず れ の場 合 に も, 結 婚 式 と して 記 述 さ れ て い るの は 主 に 小 稿 で い う と ころ の契 約 と 床 入 りで あ り, そ の 問 隔 は , 8〜 10日

LANE  l978:165], 2週 間 [AMMAR  l973:194]で あ った。 一 方 , ナ セル 時代 の カ イ ロ近 郊 村 で は,契 約 か ら床 入 りま で の期 間 は数 日か ら数 カ月 の ば らつ きが あ った とい う [FAKHOURI  l972:66

  これ らの報 告 と比 較 して , もっ と も 目に つ くの は ,今 日の 下 エ ジプ トで フ ァ ーテ ハ 式 か ら床 入 り式 を終 え るま で の期 間 の 長 さで あ る。 筆 者 の知 りえ た フ ァー テハ (シ ャ ブ カ) 式 か ら床 入 り式 ま で の 日程 の 例 を 表 1に ま とめ た 。 これ か ら判 明 す る こ とは , 結 婚 の全 プ ロ セス が完 了 す るまで 半 年 か ら数 年 か か る の が,現 在 で は ま った くあ りふ れ た現 象 で あ る と い う こ とで あ る。 そ の 理 由 と して ,特 に青年 た ち が あげ るの は, マ フル を含 む 結 婚 費 用 の増 大 とそれ に追 い つ か な い給 料 の ギ ャ ップ で あ る。 これ は特 に 国策 上賃 金 が低 く抑 え られ て い る公 務 員層 に 顕i著 な不 満 で あ る。学 歴 が低 く, 文 盲 も 少 な ぐな い職 人 層 や 70年 代初 頭 以 降 の 門 戸 開 放 (nfab)政策 の波 に乗 った 商 人 層 が 比 較 的高 い収 入 を え て い るの に対 し, か な りの教 育 投 資 を した高 学 歴 層 は ,投 資 の 割 に合 わ な い ほ ど の低 賃金 に抑 制 され て い る。 高卒 ・大 卒 とい う社 会 的威 信 の高 さ に比 して , そ れ にふ さわ しい (と彼 らが 思 って い る) 経 済 的基 盤 を提 供 され て いな い彼 ら

表 1 結 婚 日 程 の 例 新郎の居住地

B 郡 B 村 土木監督見習 B 郡 MS村 学 校 職 員 カ イ ロ 市

KS 郡 S 村

フ ァー テ ハ

78年 秋 ごろ

?・

81・ 3・ 5

?・

シャブ カ

79年 春 ごろ

80・ 7・30

*81・ 8・ 2

81・ 6・ 3

床 入 り

*81・ 9●17

兵 役 後

(2年 後 ?)

*81● 9.29

*81・10・22

☆ 81年 8月 ご ろ

*82・ 3・18

82・ 4・16 *82・ 6。 6

通 算 期 間

2年 以 上

(?)

半年以上

10 カ 月

・す べ て q 県 内で お こな われ た 祝宴

・数 字 は年 (西 暦 ) ・月 ・日の 順

・* は筆 者 が 観 察 した もの

・☆ の場 合 , ファーテハ式とシャブカ式が一緒 にな って いるが, これは q 県 内で は, この例 の他 に観 察 した こ と も, 聞 き書 き した こ と もな か った 。 な お , これ が , この 村 の慣 行 か , それ と も この ケー ス だ けの 特異 例 なの か は 不 明 。

283

(13)

国立民族 学博物館研究報 告  10巻 2号 の 屈 折 した 憤 癒 は ,今 日 の エ ジ プ ト社 会 の 不 安 定 要 素 の 一 つ と な っ て い る 13)。 た と え ば 前 マ フ ル の 平 均 額 は , 大 卒 で 教 職 に つ い た 者 の 初 任 給 の お よ そ 25〜 50カ 月 分 と い う 彪 大 な 額 に の ぼ っ て お り , 青 年 た ち は 親 が 富 裕 で な い 限 り , 副 業 や 産 油 国 へ の 出 稼 ぎ と い っ た 特 別 な 手 段 に で も 頼 ら な け れ ば , と う て い 手 に す る こ と は 不 可 能 な 金 額 で あ る 。 こ の よ う な 多 額 の 結 婚 資 金 を 獲 得 す る た め に , 今 日 で は 結 婚 の 約 束 か ら そ の 実 現 ま で の 期 間 が 長 期 に わ た っ て い る 。 多 くの 青 年 た ち は こ の よ う に 説 明 す る の で あ る 。

  も ち ろ ん , こ れ は 一 つ の 説 明 に す ぎ な い 。 現 に , 門 戸 開 放 政 策 直 前 の カ イ ロ庶 民 街 を 調 査 し た ヴ ィ カ ン は , コ ー ト シ ップ と 婚 姻 の 「全 過 程 は , ふ つ う 2〜 3年 間 に わ た っ て い る 。 1年 間 な ら最 短 の 場 合 と み ら れ て い る 」 [W IKAN  I980:82] と 述 べ て い る 。 レ イ ン, ア ンマ ー ル , フ ァ ー リ ー , ヴ ィ カ ン そ して 本 報 告 と並 べ て み る と , 確 か に結 婚 プ ロ セ ス の 期 間 が 延 長 し て い る さ ま が 看 取 で き る 。 こ の 問 題 は , エ ジ プ ト 近 代 史 全 般 と絡 め て 論 ず る べ き も の で あ ろ う 。

  さ て , フ ァ ー テ ハ 式 に 戻 れ ば , マ フル 等 の 金 額 お よ び 式 の 日程 の 大 枠 の 設 定 が , 2 つ の 重 要 な 協 議 事 項 で あ っ た 。 地 域 や 当 事 者 た ち の 意 向 に 応 じ, こ れ ら の 協 議 を 終 え て か ら フ ァ ー テ ハ 章 を 唱 え る と こ ろ も あ れ ば , 逆 に フ ァ ー テ ハ 章 を 唱 え て か ら話 し合 い に 入 る と こ ろ も あ る 。 な お , フ ァ ー テ ハ 章 の 唱 え 方 は , そ の 場 に い る 全 員 が そ れ ぞ れ 小 声 で 唱 え る の で あ り , 全 体 で 一 斉 に 声 を あ わ せ て 唱 え た り , ま して や , 専 門 の コ 一ラ ン論 み (m uqri)を 雇 っ た りす る の で は な い 。

  フ ァ ー テ ハ 式 を 終 え た 段 階 で , 少 な く と も 双 方 の 家 族 の 間 で は , 2人 の 結 婚 の 約 束 が と りか わ さ れ た こ と に な る 。 青 年 と娘 は , 親 ・キ ョ ウ ダ イ や 事 情 を 知 っ た 親 族 ・友 人 た ち か ら, 一 応 婚 約 した と み な さ れ る の で あ る。 だ か ら と い って , 将 来 を 約 束 さ れ た 者 た ち と し て , 2人 が 一 緒 に行 動 す る 自 由 が 周 囲 か ら認 め ら れ た こ と に は な ら な い 。 む しろ , フ ァ ー テ ハ 式 を 終 え て も, さ ら に は シ ャ ブ カ 式 や 契 約 式 を す ま せ て も , 最 後 の 床 入 り式 を 完 了 す る ま で は , 2人 だ け で 一 室 で 時 を す ご した り , さ ら に は 共 に 外 出 した り す る こ と を 好 ま し く思 わ な い 風 潮 が 根 強 く存 在 す る 。 フ ァ ー テ ハ 式 の 後 , 青 年 は 娘 と会 う べ き で は な い と い う地 域 も あ り, そ れ が 許 さ れ る 場 合 で も , 必 ず 親 や キ ョ ウダ イ が 同 席 す る の が 慣 習 で あ る。 ま た , 新 居 の 家 具 選 び な ど で 遠 出 す る 場 合 も , 娘 の 側 の 弟 や 姉 妹 が 同 道 す る の が 好 ま し い と さ れ て い る 。

3) い わ ゆ る イ ス ラ ー ム 復 興 運 動 の 社 会 的 母 胎 お よ び 支 持 層 も , 近 代 教 育 を う け た エ リー ト (   備 ) 層 で あ る 。 Ibrahim [980]Ansari[1984]な ど を 参 照 。

28

(14)

大 塚   下 エ ジ プ トの ム ス リム に お け る結 婚 の 成 立過 程

3) ャ ブ カ 式

  シャ ブ カ と は 口語 表 現 で あ り, 正則 ア ラ ビア語 で は,khu垣 baす な わ ち 婚約 た め の式 とよ ば れ て い る。 それ は,男 性 か ら女 性 へ の金 製 装 身 具 一 指輪 ,腕 輪 ,首 飾 り,耳 飾 り, な ど一 を贈 る機 会 で あ る。 そ の金 の純 度 ,装 身 具 の数 や重 さ は , す で に述 べ た よ う に, フ ァー テハ 式 の際 に 決定 され た も ので あ る。 これ らの装 身具 の 中 で も っ と も重 要 な の は指 輪 (dibla)で あ り,青 年 は 2個 購 入 し, そ れ ぞれ に 2人 の 名 前 と式 の 日付 けを彫 り こむ。 そ して , 式 に臨 ん で , 2人 はお た が い の右 手 の 薬指 に そ れ を は め ,床 入 り式 の 後 に左 手 の薬 指 に移 す。 指 輪 以 外 の装 身具 はす べ て 娘 用 の もの で あ り,彼 女 の私 的 所 有物 とな る。

  と ころ で ,男 性 が 女性 の金 製 装 身 具 を 贈 る慣 習 は , ア ラ ブで は古 くか らの もの で あ るが ,指 輪 の交 換 な ど は ど うで あ ろ うか 。 祝 宴 の 際 に花 嫁 が 着 る衣 装 が ,圧 倒 的 に西 洋風 の ウェ デ ィ ング ・ドレス で あ る こ と と同様 に1, この慣 習 も案外 ヨー ロ ッパ の影 響 下 に近 年 にな って成 立 した も のか も しれ な い。 この 点 で興 味 深 い事 実 は ,詳 細 な レ イ ンお よ び ア ンマ ール の報 告 にお いて ,結 婚 式 とよ ば れ て い る の は契 約 式 と床 入 り式

とで あ り, シ ャブ カ や そ れ に類 す る式 の記 述 がみ あた らな い こ とで あ る。第 一 章 で あ

写 真 1  シャブ カ式 (9 県 T 郡 S村)

14) 筆 者 が 眼 に した 13件 の結 婚 式 の 際, 花嫁 はす べ て 西洋 風 ウ ェデ ィ ング ・ドレスを ま と って い   た 。男 性 の方 も背 広 上下 スタ イル で あ った が, 農 民 の 中 に は伝統 的 なガ ラ ビー ヤ服 をつ け た花 婿 もいた (B 郡 D 村 。た だ し,第 五 節 でふ れ る処 女 証 明 を お こな った の と は別 の カ ップ ル)。

        285

(15)

国立民族学博物 館研究報告  1巻 2号 げ た 文 献 中 , シ ャ ブ カ の 記 載 の あ る の は ,ま ず ア ミ ー ン の 1953年 に 刊 行 さ れ た 『エ ジ プ ト慣 習 辞 典 』 で あ り , そ こ で は 「[結 婚 ] 契 約 前 の 贈 物 」 と 記 さ れ て い る [AMI l953:222]。 ま た , 革 命 後 調 査 を した フ ァ フ ー リー と ヴ ィ カ ン の 報 告 に も, シ ャ ブ カ の 記 述 は み ら れ る [FAKHouRI  1972:65, W IKAN  1980:83]。 こ の よ う に , 最 近 の 著 作 に の み シ ャ ブ カ 式 の 記 述 が あ る の は , レ イ ン と ア ン マ ー ル の 書 き お と し と考 え な い 限 り , こ の 慣 行 の 成 立 が 薪 しい も の で あ る こ と を 示 唆 す る の で は な い だ ろ うか 。 さ ら に , 革 命 直 前 の 上 エ ジ プ ト寒 村 を 調 査 し た ア ン マ ー ル は シ ャ ブ カ に ふ れ ず , 革 命 直 後 に 刊 行 さ れ た ア ミ ー ン の 辞 典 に は そ れ が 記 さ れ て い る事 実 は , カ イ ロ と上 エ ジ プ トの 文 化 的 落 差 を 物 語 っ て い る の か も し れ な い 。 い ず れ に せ よ , こ の 点 は , ア ラ ビ ア 語 資 料 の 解 読 を ま た な け れ ば , 立 証 し え な い も の で あ り , こ こ で は そ の 可 能 性 の 示 唆 に と ど め て お く。

  こ こで , 婚 約 と い う概 念 に つ い て も 若 干 ふ れ て お き た い 。 前 述 の よ う に , シ ャ ブ カ は 正 式 に は khutUba す な わ ち 婚 約 と よ ば れ て お り, 実 際 , フ ァ フ ー リー も ヴ ィ カ ン も シ ャ ブ カ を engagem ent と訳 し て い る 。 しか し, B 市 で の 例 で あ る が , あ る 青 年 が フ ァ ー テ ハ 式 を 終 え た 段 階 で す で に , 相 手 の 娘 を kha書bati (私 の 婚 約 者 ) と よ び , そ の母 親 を bam ati (妻 の 母 ) と よ ん で い た の で あ る 。 そ して , 彼 の 周 囲 の 親 族 ・友 人 た ち も , そ の よ う な 用 法 に別 段 異 論 を は さ ま ず , む し ろ そ れ に 従 っ て 会 話 を 進 め て い た 。 ア ラ ビ ア 語 の 教 員 を して い た 青 年 の 兄 に こ の 点 を 尋 ね る と, 確 か に そ う い う用 法 も み られ る が , シ ャ ブ カ 式 を す ま せ て い な い 段 階 で 相 手 を khatbati と よ ぶ の は 誤 り で あ り , 正 式 に は , シ ャ ブ カ す な わ ち khutba の 式 を お え て か らそ う よ ぶ べ き で あ る と答 え た 。 正 式 な 用 法 に は 反 して い る と は い え , 一 般 に は , フ ァ ー テ ハ 式 を 終 了 し た 時 点 で 2人 を 婚 約 者 と み な し て い る こ と も事 実 で あ り, こ の 点 で , 婚 約 者 と い う用 語 の 正 式 な 用 法 と 一 般 的 な 用 法 と の ズ レ が あ る こ と を 指 摘 して お き た い 。 こ の よ う な 理 由 か ら, 小 稿 で は , shabka を シ ャ ブ カ と 表 記

し, 婚 約 と 訳 す こ と を 可 能 な 限 り避 け て きた の で あ る 。

  さ て こ こ で , 結 婚 式 に つ き も の の 祝 宴 (arah) に つ い て ま と め て お こ う。

  す で に ふ れ た よ う に , シ ャ ブ カ 式 , 契 約 式 , 床 入 り式 の 3つ の 式 は , そ れ ぞ れ 別 個 も し く は 組 み 合 わ せ て お こ な う こ と が で き , そ の た び に 祝 宴 が は られ る の が ふ つ う で あ る 。 そ して , 祝 宴 の 規 模 , 演 し物 , 招 待 客 数 な ど は , す べ て 当 事 者 と そ の 家 族 の 経 済 的 事 情 や 社 会 的 条 件 な ど に よ っ て , か な り の 相 違 が あ る。

  祝 宴 の 会 場 と して は , 自 宅 を 開 放 す る 場 合 と 特 別 な 会 場 を 用 い る 場 合 と が あ る 。 も ち ろ ん , 後 者 の 方 が 一 般 的 に 祝 宴 の 規 模 は 大 き くな り , 出 費 も か さ む 傾 向 に あ る 。 286

参照

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