人 文 論 叢 (三重 大 学) 第
2 5
号2 0 0 8
( 私)
の消 去
の後
に 4一 性 起と しての世 界と人 間 ‑
村 上 直 樹
要 旨 本 稿に お け る我
々 の
目 的は、 大 森 荘 蔵の
立ち現わ れ 一 元 論 を補 足と再 解 釈 を 行い
つ つオ ー ト ポ イエ ーシ ス
論の
枠 内で
再 構 成し、 ( 私) を 立て
ず に人 間 及び人 間の
経 験を体 系 的に説 明す る 理論を作 り上 げるこ
とで
あ る。こ の
章で は、 大 森の
言う立ち現わ れを 構 成 素と す る 「 性 起」 とい
う オ ー ト ポ イエ ーシ ス
・シ ス
テム
を 措 定し、 その
概要 を説 明す る。 ま た、 性 起に よって産 出さ れ る知 覚 的立 ち現わ れ及び その
総 体で あ る知 覚 世 界の
存立様 態と時 間 的 様 態につい て
も詳 述す る。本 章
の
構 成は以 下の
通 りで
あ る。 1)で
は、 オ ー ト ポ イエ ーシ ス
・シ ス
テム
と は そもそもどの
よ う なもの
なの
か を説 明す る。 2)で
は、 立 ち現わ れを構 成 素と す る オ ー ト ポ イエ ーシ ス
・シ ス
テム
‑ 性 起 を 措 定し、 共に性 起の
構 成素で
あ る知 覚 的立 ち現わ れ と思い
的 立ち現わ れの
関係が どの
よ う なもの で
あ るの
か、 性 起の
産 出 作動は どの
よ う なもの で
あ るの
か、 性 起は どの
よ う な存 在で
あ るの
かを明ら か に す る。 3) で は、 知 覚 世 界は 「 存在して い
る」の
で は ない こ
とを 明ら か に す る。 ま た、 知 覚 世 界の
時 間 的 様 態につい
ても 説 明す る。 4)で
は、 知 覚 的立 ち現わ れ が瞬 間 的 存 在 者で
は ない こ
と、 知 覚 的立 ち現わ れ が次々
と 生成し てい
く 過 程がベ ル
クソ ン の
言う ( 持 続) に 該 当す るこ
と、 そ し て、 知 覚 的立 ち現わ れをデ リ ダの
言う ( 痕 跡) と み な せ ない こ
とを 指摘す る。5) で は、 特 殊 相 対 性理論
で
言う とこ
ろの
「時 間の
遅れ」 とい
う現 象が、 我々 の
性 起 論の
枠 組みの
中で は どの
よ う に解 釈さ れ るの
かを示す。4. オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ 立ち 現 わ れ ・ 性 起1) オ ー トポイ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ムオ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ム の理論を創 出し たのは、 神 経 生 理 学 者マ
トゥ
ラ ー ナ と生 物 学 者ヴァ
レラであ る。 彼ら が、 オー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ム の理論 を 最 初に提 唱し たの は神 経シ ス テ ム の分 野におい て であ った が、 その後、 こ の理論は生 命シ ス テ ム ー 般の理論と して展 開 さ れ、 細 胞シ ス テ ムや免 疫シ ス テ ム の分 野にも浸 透し た。 そ して、 さ らに社 会 学 者
ニ
クラ ス ・ ル ーマ
ン の手によ って、一 般シ ス テ ム理論へ と彫 琢さ れて い っ た。 そ の適 用 範 囲は広 範で、 例 え ば、 ル ー
マ
ンが社会シ ス テ ム論や法シ ス テ ム論の分 野で、 ブラ ンケンブルク が精 神 病理 学で、そ れ ぞ れ オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ム の概 念に依 拠しつ つ
大 きな成 果 をあ げてき た。 ま た、日本では、 河 本 英 夫が、 オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス論 を、 動 的 平 衡シ ス テ ム論と自 己 組 織シ ス テ ム論に続 く 来る
べ
き 第三世 代の シ ス テ ム理 論と して位 置 付け, いま だ完 成 度の低いオ ー ト ポ イエ
ー シ ス論 をさ らに理 論 的に鍛え上 げよ う と して いる。 た だ、 本 稿では、 オ ー ト ポ イエ
ー シ ス論の 学説 史 的展 開 をくわ しくトレ ー スして いる余 裕は ない。 こ こ では、 我々
の議 論に必 要な範 囲で、オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ムと は どのよ う なものかを整 理す るにと ど め たい。神 経シ ス テ ムをその シ ス テ ム概 念の範と して いる オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス論では、 シ ス テ ムを構 造と して では なく、 作 動と して捉え る ( 河 本19 92:
1 27)。 オ ー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ムは、‑ 4 7 ‑
三重 大 学) 第 号
そ の構 成素の産 出 作 動を通じて自己形 成を行う。 オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ムと は、 純 粋な 産 出 作 動のネッ トワ ー クであり (M atu
ra
na
& Va
re
la
19 80:
79 ‑1 9 91:
7 1)、 産 出さ れ た構 成素は、 それ自 体を産 出し たシ ス テ ムを再 産 出す る。つ
まり、 シ ス テ ムと構 成 素は、 相 互に産 出 関 係で循 環 をな して いる ( 河 本19 95:
16 0)。 シ ス テ ム と構 成 素は同 時に産 出さ れ、 ど ち ら か が よ り基 底 的という わ けでは ない ( 村 中19 96:
35)。ま た、 シ ス テ ム の構 成 素は時 間 化さ れて いる。 オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ム の構 成 素は、 生成す る や た だ ちに消 滅す る。 よっ て、 オー ト ポ イエ ー シ ス ・ シス
テ ムは、 自 己維 持のた めにこ の時 間 化さ れ た構 成 素を連 続 的に産 出し ないといけ ない (L uh m a n n 19 84 ‑ 19 93
:
75 ‑7 6)。 す な わ ち、 産 出さ れ た構 成 素に新た な構 成 素が次々
と接 続して いか な け れ ば な ら ない。 そして、そ のよ う な接 続が終わ る時、 シ ス テ ムは消 滅す ることにな る。
く り 返せ ば、 オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ム では、 静 止し た関 係では なく、 作 動が問題にな る。 シ ス テ ムは、 構 成 素の静 態 的な関係と して規 定さ れ るの では ない。 そもそも構 成 素は産 出 さ れ、 消費さ れ、 消 滅して し ま う。 オー ト ポ イエ
ー シ ス論で は、 シ ス テ ムを構 成素を連 続 的に 産 出し続け る産 出プロ
セ ス のネッ トワ ー ク だ と規 定す るの であ る。 そ して、 こ のネッ トワ ー ク は単 位 体であ る。つ
ま り、 それ は部 分を持た ない ( 河 本1 99 5:
181)。 言いか え る と、 構 成 素 をいくら集めてもシ ス テ ム には な ら ない。 構 成 素を産 出す る作 動のネッ トワ ー ク は構 成素の総 和には還 元さ れ ない。 オ ー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ム には、 部 分 一 全 体 関係 も 要素 一 複合 関 係も存 在し ない の であ る ( 河 本19 94 a
:
13 5)。オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ム の構成 素は、 オ ー ト ポ イエ
ー シ ス の定 義を み た す限 り、 どの よ う なもの でもよい。 産 出さ れ る構 成素によ って、 現 実 化さ れ るシ ス テ ムは様々
であ る ( 河 本 19 91:
27 0)。 例え ば、 構 成 素と して シ ナプスが産 出さ れ れ ば、 こ の構 成 素によっ て神 経シ ス テムが現 実 化さ れ、 タン
パ
ク質や核 酸が産 出さ れ れ ば、 有 機 体というシ ス テ ムが現 実 化さ れ、コ
ミュ ニ ケ ー シ ョ ンが産 出さ れ れ ば、 社会シ ス テ ムが現 実 化さ れ、 知 識 ( 科 学 的 言 明) が産 出さ れ れ ば、 科 学シ ス テ ムが現 実 化さ れ ることにな る。な お、 オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ムは、 構 成 素の産 出 作 動のあり 方に よって、 自己言 及シス テ ムとそうでない シ ス テ ム に区分さ れ る。 自 己言 及シ ス テ ムと は、 自分 自 身の状 態と相 互 作 用でき るシ ス テ ム (M atu r a na & V
a r e
la
1 98 0:
12 0 ‑1 99 1:
13 9) 、 及び すで に産 出さ れ た構 成 素と相互作 用し な が ら産 出プロ
セ スが進 行して新た な構 成 素を産 出し、 すで に産 出さ れ た すべ
て の構 成 素が新た な構 成 素の産 出に参加す る よ う なシ ス テ ム であ る ( 河 本19 92:
12 8)。 ル ーマ
ンや河 本 英 夫に よ っ て措 定さ れ た 心的シ ス テ ム (L uhm a
nn
1 98 4 ‑ 19 95:
481‑5 20 ; 河 本 19 94 b:
2 34‑2 45) な ど は、 典 型 的な自 己 言 及シ ス テ ム であり、 「 生 命シ ス テ ム と は異なり、 自 己言 及 性が基 本 的な機 構と して成立 して いる ところに、 心的シ ス テ ム の特 性が あ る」 ( 河 本 19 94 b:
23 6) と さ れて いる。ま た、 オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ムは、 構 成 素 を 産 出す る作 動を反 復す ることによっ て、 結 果 的に自らの境 界を形 成して いる (Ma
tu
ra
na
& Va
re
la
1 98 0:
81 ‑1 99 1:
74)。 作 動に先 立 っ て、 境 界は存 在し ない。 オー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ムは、 自ら と環 境の境 界 をその都 度 確 定す る よ うに作 動して いるの であ る。 そ して、 こ こか ら、 オ ー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ム の特 徴の1
つ
であ る、 「入力 も 出 力 もない」 (Ma
tu ra
na
& Va r ela 1 9 80:
81 ‑1 99 1:
7 4) という 事 態が導 出さ れ る。 入 力あ るいは出 力は、 シ ス テ ム の作 動に先立っ て存 在す る境 界 (ないし は 内部 一 外 部の区 別) を 前 提と して いる わ け だ が、 オー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ム の場 合にはこ村上直樹 ( 礼)
の
消 去の
後に4
一性 起と し ての
世 界と人 間‑の前 提が成 り立 た ない の であ る。
環 境か らの入力が、 オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ム の構 成 素を直 接 産 出す る という事 態は生 起し ない。 ど ん な オ ー ト ポ イエ ー シ ス ・ シ ス テ ムも環 境か ら その構 成 素 を 調 達す ること はできない。 オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ムは、一 貫して自らの作 動だ けによっ て、 その構 成 素を自 己創 出す る。 「 要 素、 す な わ ち少なくともシ ス テ ム自 身にとっ て分 割 不 可 能な最 終 的な構 成 素は、
シ ス テ ム自 身によっ て生 産さ れ る」 (L
u
hm
a nn 1 990:
3 ‑19 96:
1 0) の であ る。 こ の意 味にお い て、 オー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ムは、 閉 鎖 系であ る(Lu
hma n
n 19 90:
1 15 ‑1 9 96:
96)。し か し、 だ か ら とい って、 それ は、 環 境との関 係を持た ない 「 永 久 機 械」 だ という わ けでは ない。 オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ムは、 産 出 関 係におい ては、一 貫し た閉 鎖 系を な す が、 作 用 関 係に
つ
い ては、 内部 も 外 部 もないという形で開か れて いる ( 河 本1 99 5:
1 7 2‑1 73)。 シ ス テ ム の作 動におい て、 環 境は内部 も外 部 もないという形で、 際 限 もなくシ ス テ ム に浸 透して い るの であ る ( 河 本199 5:
217) 。 あ るシ ス テ ムとそ の環 境との以上のよ う な関 係 を、 オ ー ト ポ イエ
ー シ ス論で は 「カッ プ リング」 と呼んで いる( 河 本19 9 5:
2 48)。オー ト ポ イエ ー シ ス ・ シ ス テ ムと その環 境 ( こ の中には他のオ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ムも含ま れ る) との関 係に
つ
い てさ らに付 言す れ ば, 両 者の関 係は、 物 理 的空 間にお け る関 係で は ない。 オ ー ト ポ イエ ー シ ス ・ シ ス テ ムは、 自ら産 出す る構 成 素によ って自らの位 相 空 間 を 張 り 出す。 位 相 空 間と は、 「 産 出 関 係によ って張 り 出さ れ る空 間」 ( 河 本1 9 95:
21 3) 、 あ るいは「 時 空によっ て張 り 出さ れ る空 間以 外の空 間 設 定の総 称」 ( 河 本1 99 8
:
1 0 7) であり、 通 常の意 味で の空 間では ない。 オ ー ト ポ イエ ー シ ス ・ シ ス テ ムが構 成 素 を 産 出す る作 動 を反 復す ることによって自らの境 界 を形 成す る ということ は、 オー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ムが自らの位 相 空 間 を 張り出し、 その結 果、 自らの位 相空 間と その外 部‑ 位 相 学 的 外 部との境 界 を形 成す る とい うことであ る。 こ の境 界は、 物理的空 間にお け る境 界では ない。 オ ー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ムは、 物 理 的 空 間の 中に存 在す るもの では ないし、 そ の環 境 も 通 常の意 味で の外 部 ‑ 物 理 的空 間にお け る外 部に存 在 するもの では ない。オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス論では、 構 成 素によっ て張 り 出さ れ る空 間が想 定さ れて いる。 物 理 的空 間の中に構 成 素が産 出さ れ るの では なく、 構 成 素が産み出さ れ る動 きの側か ら空 間 ‑ 位 相 空 間 が形 成さ れてくるの であ る ( 河 本1 99 8:
107‑10 8)。 オ ー ト ポ イエ
ー シ ス論では、 空 間概 念が 変 更さ れて いる ( 河 本1 9 95:
1 73)。 オ ー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ム は、 位 相 空 間に実 現す る 位 相 的な単 位 休であ り、 その環 境 ‑ 位 相 学 的外 部との関 係 も、 物 理 的な空 間にお け る関 係ではなく、 位 相 的な関係であ る。
2) 性 起 一 立ち現 わ れを構 成 素とす るオ ー トポイ
エ
ー シ ス ・ シス テ ム我
々
は、 以 下におい て、 大 森 荘 蔵の立 ち現わ れ 一 元 論を オ ー ト ポ イエ
ー シ ス論の枠 内で再 構 成す る。 立 ち現わ れ 一 元 論 をオ ー ト ポ イエ
ー シ ス論の枠 内で再 構 成す る ということ ば、 立 ち現 わ れを構 成 素と す る オ ー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ムを 措 定す る ということであ る。 そ して、 立 ち現わ れを 構 成 素と す る オ ー ト ポ イエ
ー シ ス ・ シ ス テ ムを、 本 稿では 「 性 起 ( しょ
うき) 」( 1 'と 呼ぶことに し たい。性 起は、 知 覚 的立 ち現わ れ と思い的立 ち現わ れを 構 成素と す る オ ー ト ポ イ
エ
ー シ ス ・ シ ス テ ム であ る。 性 起は、 知 覚 的 立ち現わ れ と思い的立 ち現わ れ を絶え間なく 産 出す る。 本 稿では、 ま ず性 起によ る知 覚 的立 ち現わ れの産 出に関す る 理論を展 開し、 思い的立 ち現わ れの産 出につ
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