修 士論文
学校 ・家庭 ・地域 の受 け皿 としての塾
二重大学大学 院 人 文社 会科 学研 究科
108M206 佐 藤 沙穂
修士論文
学校 ・家庭 ・地域 の受 け皿 としての塾
三重大学大学院 人文社会科学研究科
108M206佐藤沙穂
修士論文
学校 ・家庭 ・地域 の受 け皿 としての塾
三重大学大学院
人文社会科学研究科
108M206佐藤沙穂
目次
序章 学習塾の推移 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第一節 学習塾の定義
第二節 学習塾の成長 ・拡大 ・定着 とその社会背景 第‑項 「 成長期
」‑1960年代 第一次学習塾ブーム 第二項 「 拡大期
」‑1970年代 第二次学習塾ブーム
第三項
1980年代か ら
1990年代初頭 「 学習塾の定着期
」‑第三次学習塾ブーム 第 四項
1990年代以降か ら塾 の現状
第三節 社会のニーズを反映す る塾 ・・
第一章 先行文献の検討 と調査概要 第一節 塾の分類
第二節 塾の先行研究の検討 第一項 学習塾に関す る実態調査 第二項 学習塾に関す る先行研究
第三項 学習塾の機能一顕在的機能 と潜在的機能 第三節 「 居場所」に関す る先行研究の検討
第一項 「 居場所
」先行研究の検討 第四節 研究対象塾の概要
第五節 調査方法
第二章 子供 ・保護者 に とっての塾利用の実態 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
21第‑節 子 どもの塾利用の実態
第一項 子 どもに とっての塾 とは ? 第二節 塾利用 目的の類型化
第三節 塾の比較 による子 どもの利用傾 向 と 「 居場所」の類型化 第一項 塾 に求める 「 潜在的機能」 とは ?
第四節 塾 に求 める顕在的機能 ・潜在的機能
第一項 個別指導塾 にお ける 「 顕在的機能」 と 「 潜在的機能
」の関係
第二項 「 進学塾
」「 総合塾」 における 「 顕在的機能
」と 「 潜在的機能
」の関係。
第五節 保護者 にとって子 どもの 「 居場所」 とは 第一項 保護者が期待す るもの
第二項 保護者 に とっての居場所
第六節 経営者 に とっての 「 居場所」 とは ? ま とめ
第三章 「 学校 ・家庭 ・地域」の受 け皿 としての塾 ・・・・・・・・・・・・・・・・
46第一節 学校 の受 け皿 としての塾
第一項 勉強す るところ としての塾 目次
序章 学習塾の推移 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第一節 学習塾の定義
第二節 学習塾の成長 ・拡大 ・定着 とその社会背景 第‑項 「 成長期
」‑1960年代 第一次学習塾ブーム 第二項 「 拡大期
」‑1970年代 第二次学習塾ブーム
第三項
1980年代か ら
1990年代初頭 「 学習塾の定着期
」‑第三次学習塾ブーム 第 四項
1990年代以降か ら塾 の現状
第三節 社会のニーズを反映す る塾 ・・
第一章 先行文献の検討 と調査概要 第一節 塾の分類
第二節 塾の先行研究の検討 第一項 学習塾に関す る実態調査 第二項 学習塾に関す る先行研究
第三項 学習塾の機能一顕在的機能 と潜在的機能 第三節 「 居場所」に関す る先行研究の検討
第一項 「 居場所
」先行研究の検討 第四節 研究対象塾の概要
第五節 調査方法
第二章 子供 ・保護者 に とっての塾利用の実態 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
21第‑節 子 どもの塾利用の実態
第一項 子 どもに とっての塾 とは ? 第二節 塾利用 目的の類型化
第三節 塾の比較 による子 どもの利用傾 向 と 「 居場所」の類型化 第一項 塾 に求める 「 潜在的機能」 とは ?
第四節 塾 に求 める顕在的機能 ・潜在的機能
第一項 個別指導塾 にお ける 「 顕在的機能」 と 「 潜在的機能
」の関係
第二項 「 進学塾
」「 総合塾」 における 「 顕在的機能
」と 「 潜在的機能
」の関係。
第五節 保護者 にとって子 どもの 「 居場所」 とは 第一項 保護者が期待す るもの
第二項 保護者 に とっての居場所
第六節 経営者 に とっての 「 居場所」 とは ? ま とめ
第三章 「 学校 ・家庭 ・地域」の受 け皿 としての塾 ・・・・・・・・・・・・・・・・
46第一節 学校 の受 け皿 としての塾
第一項 勉強す るところ としての塾
第二項 塾 と学校 の勉強観 の違 い
第二節 学校 の先生 との関係性‑ 「 教師‑公」「 講師 ‑私的」一 第一項 学習意欲 と塾
第二項 勉強す ることに対 して肯定的な塾 第三節 家庭の受 け皿 としての塾
第一項 家庭学習の補完
第二項 家庭の憩い機能 を補完す る塾 第四節 社会的居場所 としての塾
第‑項 アジール ( 避難所) としての塾 第二項 仲間意識
第三項 子 どもの解放感
第五節 役割か らの解放一 自己的居場所‑ としての塾 第一項 役割演技か らの解放 と対等な他者 との出会い 第二項 対話 による進路変更
第三項 自己的居場所 の充足の条件‑ 「 否定 され ない場
」第四項 自己的居場所 のもた らす家庭‑の還元 補節
ま とめ
補論 「 居場所
」としての塾 の意義 と可能性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・77 第一節 「 引け 目を感 じない場所
」第二節 人間的居場所 ・自己的居場所 としての塾の可能性 展望 ・・・・・
参考 ・引用文献
謝辞 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・87
第二項 塾 と学校 の勉強観 の違 い
第二節 学校 の先生 との関係性‑ 「 教師‑公」「 講師 ‑私的」一 第一項 学習意欲 と塾
第二項 勉強す ることに対 して肯定的な塾 第三節 家庭の受 け皿 としての塾
第一項 家庭学習の補完
第二項 家庭の憩い機能 を補完す る塾 第四節 社会的居場所 としての塾
第‑項 アジール ( 避難所) としての塾 第二項 仲間意識
第三項 子 どもの解放感
第五節 役割か らの解放一 自己的居場所‑ としての塾 第一項 役割演技か らの解放 と対等な他者 との出会い 第二項 対話 による進路変更
第三項 自己的居場所 の充足の条件‑ 「 否定 され ない場
」第四項 自己的居場所 のもた らす家庭‑の還元 補節
ま とめ
補論 「 居場所
」としての塾 の意義 と可能性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・77 第一節 「 引け 目を感 じない場所
」第二節 人間的居場所 ・自己的居場所 としての塾の可能性 展望 ・・・・・
参考 ・引用文献
謝辞 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・87
は じめに
学習塾 ( 以下塾)が子 どもたちに とって、 とりわけ中学生に とって身近な存在 となって か ら約 30年たっ。著者が子 どもの頃には、塾 に通 うことに対 して取 り立てて違和感 を持 つ ことはなかった。著者 自身、個別指導塾で講師のアルバイ トを しているが、一部の生徒 達 は塾 に しゃべ るために来てお り、何かあると愚痴 を話 した りしていた。彼 らに とって、
塾 はス トレス発散の場であ り、学校や家庭では話 しに くい悩みを打ち明ける場 となってい た。 この よ うな状況か ら、彼 らに とって塾 は学力 を向上す る場所 とい うよ りも、む しろ講 師や子 どもたち同士のお しゃべ りを楽 しむ ことのできる、居心地のよい場所、すなわち 「 居 場所」 となってい るのではないか と考え、 これまで研究を行 ってきた。卒業論文では、塾 での友達同士の交流や、講師に悩みを話 した り、といったことを塾での 「 居場所」と捉 え、
塾が、学校 ・家庭 ・地域の受 け皿 として機能 してい ることを明 らかに した ( 佐藤 2008)
。本 論 では、 「 居場所」の定義 を再考 した うえで、その 「 居場所」が塾 を成 り立たせ ることに ど の よ うに関係 しているのか、塾に対す る意識やニーズの実態を明 らかに し保護者 ・子 ども ・ 経営者 とい う三者 に とって 「 居場所」とは どのよ うな意味をもち、塾に存在 しているのか、
塾の もつ 「 居場所」の意味す るところを明 らかにす る。更に、進学塾 ・総合塾 ・個人塾 ・ 個別指導塾 と学習塾別 にその 「 居場所
」の傾 向や子 どもの塾利用 目的によって類型化 をは か り、ある一定の傾 向を示 したい。 さらに塾の もつ学校 ・地域 ・家庭の受 け皿 として どの よ うな 「 居場所」が子 どもたちに求め られ、またそれが どのよ うな意義 をもつのか考察 し ていき、展望 として、塾の今後の在 り方、社会的意義 について提言す る。
序章 学習塾の推移 第一節 学習塾の定義
学習塾 ( 以下塾)の推移 をみてい くまえに、塾 とは どのよ うなものを指すのか明確 に し てお きたい。 ( 社)全国学習塾協会 における規約では、 「 学習塾 とは、主 に教室での授業 を 中心 とした学習指導 を行 う事業形態であ り、小学生、中学生、お よび高校生 を対象 として 補習 または、進学指導 を行 うものをい う」と定義 されている
。また、
(Nira1996)では、「 学 校外 の特定の場所で、小 ・中 ・高校段階の子供 ( 児童 ・生徒) を対象に、学力形成 を 目的 として、学問的教科の補習や進学活動 を行 う民間機 関」として定義 されてい る。本論では、
学力形成 のみを 目的 としない場合 も含め、「 学習塾 ( 塾)とは、学校外の特定の場所で、小 ・ 中 ・高段階 ( いずれかの段階のみで もよい)の子 ども( 1 児童 ・生徒) を対象 に、主に学問的 教科の補習や進学指導 を行 うことを 目的 とした もの」 とす る。
また、
1978年 「 三重県における塾通い等 に関す る調査報告」では、塾のタイプを大 きく
「 学習塾」、 「 おけい こ塾」 と分 けている。現在 においては、 「 塾」 といえば 「 学習塾」 を指 す ことが一般化 してお り、以下学習塾 を 「 塾」 と記載す る。 ここで、 「 おけい こ塾」 と指 さ れているものは、塾以外の 「 習い事」の一つ として定義す る。
1
児童 は、主に小学生 を指 し、それ に対 して生徒 は、中学生や高校生を指す。
は じめに
学習塾 ( 以下塾)が子 どもたちに とって、 とりわけ中学生に とって身近な存在 となって か ら約 30年たっ。著者が子 どもの頃には、塾 に通 うことに対 して取 り立てて違和感 を持 つ ことはなかった。著者 自身、個別指導塾で講師のアルバイ トを しているが、一部の生徒 達 は塾 に しゃべ るために来てお り、何かあると愚痴 を話 した りしていた。彼 らに とって、
塾 はス トレス発散の場であ り、学校や家庭では話 しに くい悩みを打ち明ける場 となってい た。 この よ うな状況か ら、彼 らに とって塾 は学力 を向上す る場所 とい うよ りも、む しろ講 師や子 どもたち同士のお しゃべ りを楽 しむ ことのできる、居心地のよい場所、すなわち 「 居 場所」 となってい るのではないか と考え、 これまで研究を行 ってきた。卒業論文では、塾 での友達同士の交流や、講師に悩みを話 した り、といったことを塾での 「 居場所」と捉 え、
塾が、学校 ・家庭 ・地域の受 け皿 として機能 してい ることを明 らかに した ( 佐藤 2008)
。本 論 では、 「 居場所」の定義 を再考 した うえで、その 「 居場所」が塾 を成 り立たせ ることに ど の よ うに関係 しているのか、塾に対す る意識やニーズの実態を明 らかに し保護者 ・子 ども ・ 経営者 とい う三者 に とって 「 居場所」とは どのよ うな意味をもち、塾に存在 しているのか、
塾の もつ 「 居場所」の意味す るところを明 らかにす る。更に、進学塾 ・総合塾 ・個人塾 ・ 個別指導塾 と学習塾別 にその 「 居場所
」の傾 向や子 どもの塾利用 目的によって類型化 をは か り、ある一定の傾 向を示 したい。 さらに塾の もつ学校 ・地域 ・家庭の受 け皿 として どの よ うな 「 居場所」が子 どもたちに求め られ、またそれが どのよ うな意義 をもつのか考察 し ていき、展望 として、塾の今後の在 り方、社会的意義 について提言す る。
序章 学習塾の推移 第一節 学習塾の定義
学習塾 ( 以下塾)の推移 をみてい くまえに、塾 とは どのよ うなものを指すのか明確 に し てお きたい。 ( 社)全国学習塾協会 における規約では、 「 学習塾 とは、主 に教室での授業 を 中心 とした学習指導 を行 う事業形態であ り、小学生、中学生、お よび高校生 を対象 として 補習 または、進学指導 を行 うものをい う」と定義 されている
。また、
(Nira1996)では、「 学 校外 の特定の場所で、小 ・中 ・高校段階の子供 ( 児童 ・生徒) を対象に、学力形成 を 目的 として、学問的教科の補習や進学活動 を行 う民間機 関」として定義 されてい る。本論では、
学力形成 のみを 目的 としない場合 も含め、「 学習塾 ( 塾)とは、学校外の特定の場所で、小 ・ 中 ・高段階 ( いずれかの段階のみで もよい)の子 ども( 1 児童 ・生徒) を対象 に、主に学問的 教科の補習や進学指導 を行 うことを 目的 とした もの」 とす る。
また、
1978年 「 三重県における塾通い等 に関す る調査報告」では、塾のタイプを大 きく
「 学習塾」、 「 おけい こ塾」 と分 けている。現在 においては、 「 塾」 といえば 「 学習塾」 を指 す ことが一般化 してお り、以下学習塾 を 「 塾」 と記載す る。 ここで、 「 おけい こ塾」 と指 さ れているものは、塾以外の 「 習い事」の一つ として定義す る。
1
児童 は、主に小学生 を指 し、それ に対 して生徒 は、中学生や高校生を指す。
現在 、塾 と一言 でい って も、多種多様 な形態 が存在す る。以 下、簡 単 に塾 の分類 につい て触れ てお く
。結城 忠 ・小宮 山 らは 『学習塾 に関す る調査』 において学習塾 を以下の
5つ に分類 してい る。
① 有名校受験 を 目的 とした、 も しくは進学 のために学校 よ り難 しい勉 強 をす る 「 進学塾」
②
学校 の授業 の補習 を 目的 とした 「 補習塾」
③
進学 コー ス と補習 コー スを併せ持つ 「 総合塾」
④ 落 ちこぼれ を対象 とした 「 お ちこぼれ救済塾
」⑤ 独 自の教育理念 をもった 「 教育理念塾」
詳 しくは、次章で説 明す る。
第二節 学習塾 の成長 ・拡大 ・定着 とその社会背景
学習塾 が現在 の よ うに定着す るまでの過程 について、Ni
ra桂、1960年代以前 を萌芽期、1960
年代 を成長期、1
970年代 を拡大期、1
980年代 を定着期 と区分 してい る。小宮 山は時 代 区分の名称 は継承 していない ものの、
1960年以前 の学習塾、
1960年代 の第一次学習塾 ブ ー ム、1
970年代 の第二次学習塾ブー ム、第三次学習塾ブー ム
(1980年代 か ら
1990年代初 頭 までのバブル景気頃)に区分 してい る。本論 では、小宮 山
(2000)の時代 区分 を採用 し、Nira
の名称 を参考 に、 「 成長期
」1960年代 の第一次学習塾 ブー ム、 「 拡大期
」1970年代 の 第 二次学習塾ブー ム、 「 定着期」 を
1980年代か ら 1990年代初頭 の第三次学習塾ブー ム、(Niraは、第三次学習塾 ブー ムを二つ にわ けてい るが ここでは小宮 山の区分 を採用す る)
以降 の 「 塾 の現状」 とい った 区分 か ら、塾 が子 どもたちの生活‑身近 な もの‑ と定着 して い った社会的背景や塾 の形態 の変化 、子 どもが どの よ うに塾 を利 用 していたのか を、Ni
raや小宮 山を参考 に してみてい く
。第一項 「 成長期
」‑ 1960年代 第一次学習塾ブーム
1960
年代前半、戦後ベ ビーブー ムの波 が中学校 に及び、1
965年 には高校進学率が70
%を 超 え、公 立 中学 で も補習や業者 テ ス トや偏差値 の導入 が行 われ 、それ に呼応 して塾 も増 え てい った。 そのため、一部 の地域 を除いて
2、塾 のほ とん どは学校 の成績 を向上 させ るため の、いわ ゆる補習塾 で あった。 これ が、注
6第一次学習塾 ブ‑込 で ある。 この背景 には学 歴 に よって賃金格 差 が か な りあった こ とで高学歴 を望む親 子 が増 えた こ ともあげ られ る ( 小宮 山2
000・
Nira1996)。1960年以降の塾 との性格 の違 い を小宮 山は、
「1960年代半 ば頃 までは、大都 市 で も、地域社 会 で子 どもを育て る とい う意識 が非 常 に強 くあった。 とくに 共 同体組織 が しっか りとしていた農村社会 では、1
970年代 まで、その地域 で行 う行事 の中 に組 み こまれ ていた。」 と地域や家庭 に所属意識 を持 ち、その期待 に応 えよ うと成績 向上 を
2
東京都 では 「 学校群制度」の導入 によ り、国立 ・私立の有名校 ‑ の志願者 が増加 し、その ニー ズに応 え、学校 よ り難 しい内容 を教 える、す なわち受験 に合格す るための進学塾が出
現在 、塾 と一言 でい って も、多種多様 な形態 が存在す る。以 下、簡 単 に塾 の分類 につい て触れ てお く
。結城 忠 ・小宮 山 らは 『学習塾 に関す る調査』 において学習塾 を以下の
5つ に分類 してい る。
① 有名校受験 を 目的 とした、 も しくは進学 のために学校 よ り難 しい勉 強 をす る 「 進学塾」
②
学校 の授業 の補習 を 目的 とした 「 補習塾」
③
進学 コー ス と補習 コー スを併せ持つ 「 総合塾」
④ 落 ちこぼれ を対象 とした 「 お ちこぼれ救済塾
」⑤ 独 自の教育理念 をもった 「 教育理念塾」
詳 しくは、次章で説 明す る。
第二節 学習塾 の成長 ・拡大 ・定着 とその社会背景
学習塾 が現在 の よ うに定着す るまでの過程 について、Ni
ra桂、1960年代以前 を萌芽期、1960
年代 を成長期、1
970年代 を拡大期、1
980年代 を定着期 と区分 してい る。小宮 山は時 代 区分の名称 は継承 していない ものの、
1960年以前 の学習塾、
1960年代 の第一次学習塾 ブ ー ム、1
970年代 の第二次学習塾ブー ム、第三次学習塾ブー ム
(1980年代 か ら
1990年代初 頭 までのバブル景気頃)に区分 してい る。本論 では、小宮 山
(2000)の時代 区分 を採用 し、Nira
の名称 を参考 に、 「 成長期
」1960年代 の第一次学習塾 ブー ム、 「 拡大期
」1970年代 の 第 二次学習塾ブー ム、 「 定着期」 を
1980年代か ら 1990年代初頭 の第三次学習塾ブー ム、(Niraは、第三次学習塾 ブー ムを二つ にわ けてい るが ここでは小宮 山の区分 を採用す る)
以降 の 「 塾 の現状」 とい った 区分 か ら、塾 が子 どもたちの生活‑身近 な もの‑ と定着 して い った社会的背景や塾 の形態 の変化 、子 どもが どの よ うに塾 を利 用 していたのか を、Ni
raや小宮 山を参考 に してみてい く
。第一項 「 成長期
」‑ 1960年代 第一次学習塾ブーム
1960
年代前半、戦後ベ ビーブー ムの波 が中学校 に及び、1
965年 には高校進学率が70
%を 超 え、公 立 中学 で も補習や業者 テ ス トや偏差値 の導入 が行 われ 、それ に呼応 して塾 も増 え てい った。 そのため、一部 の地域 を除いて
2、塾 のほ とん どは学校 の成績 を向上 させ るため の、いわ ゆる補習塾 で あった。 これ が、注
6第一次学習塾 ブ‑込 で ある。 この背景 には学 歴 に よって賃金格 差 が か な りあった こ とで高学歴 を望む親 子 が増 えた こ ともあげ られ る ( 小宮 山2
000・
Nira1996)。1960年以降の塾 との性格 の違 い を小宮 山は、
「1960年代半 ば頃 までは、大都 市 で も、地域社 会 で子 どもを育て る とい う意識 が非 常 に強 くあった。 とくに 共 同体組織 が しっか りとしていた農村社会 では、1
970年代 まで、その地域 で行 う行事 の中 に組 み こまれ ていた。」 と地域や家庭 に所属意識 を持 ち、その期待 に応 えよ うと成績 向上 を
2
東京都 では 「 学校群制度」の導入 によ り、国立 ・私立の有名校 ‑ の志願者 が増加 し、その
ニー ズに応 え、学校 よ り難 しい内容 を教 える、す なわち受験 に合格す るための進学塾が出
目的に塾‑ と通ったのではないか と推測 している。
第二項 「 拡大期
」‑1970年代 第二次学習塾ブーム
1971
( 昭和46)年 に注
7「 落 ちこぼれ」が社会問題 とな り、それ に呼応す るよ うに救済 塾や補習塾が設置 され る一方で、1
975年 には高校進学率が90%を超 え、 ( 資料
1よ り)受験 戦争意識 が過熱化す る と、塾業界‑の企業の参入や フランチ ャイズ方式の学習塾、進学 と 補習 を両方行 う総合塾等、塾の数は 「 乱塾」とい う言葉が登場す るほ どに、増 えていった。
「 その中で も、総合塾が多 くなったのが、 この時期 の特徴 であった
」( 小宮 山20
00)。子 どもの塾通いの意識 は、文部省 『全国の学習塾通いの実態』 ( 資料
2)調査によると、通塾の 目的では約5
0%、 「学校の宿題や予習 ・復習の指導」が53.8%、 「 進学準備が中心の指導」
22.8%、 「
勉強の遅れ を取 り戻す指導」が1
6.7%、 「その他」 が1
0.2%であ り、 「学校 の 宿題や予習 ・復習 の指導」 と 「 勉強の遅れ を取 り戻す指導」 あわす と約7
0%が、学校 の学力 を補 うため、学校 の学力補完 を 目的 として通 ってい るといえる。塾でのよかった ことに
3割の子 どもが 「 友達がきる」 と答 えてお り、1
960年代が学力面のみの利用であるのに対 し、1
970年代 では利用の 目的の変化が推測できる。
また、この頃になると学校制度‑の絶対的な信頼性 の揺 らぎ
3や地域の教育力の低下
4が問 題視 され る。
第三項
1980年代か ら
1990年代初頭 「 学習塾の定着期
」一第三次学習塾ブーム
」1980
年代前半、校 内暴力の問題 による公立校の不信感や1
980年代後半には、校内暴力 に 変わってい じめ問題 か ら都市圏では私立志向が中学 に及び、通塾年齢 を中学生か ら小学生
‑ と引き下げた。 その私立志向 と第一次ベ ビーブー ムの子 どのたちが通塾す る世代 とが重 な り、進学塾が注 目され るよ うになった。高校受験 のための進学塾が大都市には増 え、そ れに伴 って進学実績の高い進学塾が さらなる成長 を遂 げることとなる。この背景には
1970年代か ら浸透 しは じめた学歴社会が、1
980年か ら1
990年 になる と顕著に現れ、高校‑進学 す ることは当た り前で、 よ り偏差値 の高い高校、有名大学合格実績 をもつ高校‑ と受験戦 争 は激化 した ことがあげ られ る。 この受験戦争の過熱 か ら、最初 は補習塾であった塾 も総 合塾や進学塾‑ と成長 し変化 してい くものもあった。
1980年か ら
1990年初頭 のバブル経済 時 に塾 の事業所数 は
2倍 とな り、通塾率 も1
976年 の38%か ら1
985年4
4.5%1993年
59.5%3
( 野 田
2000 p24‑31)は、
「 これだけの進学がな され ると 「 学校」 とい う制度 に対す る意味づ けを行 うことな く、
学校 に適合 あるいは同調 ははかるための行動が とられ るよ うにな り、学校が規範 を規定す る存在 として位置づ け られ る。 ( 中略)、学校 とい う制度の内部で 目的が完結す るよ うにな ると、それ 自体生活総体 との関連性 を失 うことにつなが り、学校教育制度の価値 の空洞 を 引き起 こす。 しか し、 「 学校」 とい う制度に依存せ ざるを得 ない状況は、個人に心理的な動 揺 をもた らす。」
4
小宮 山は、農業の機械化 によ り家族での共同作業が減 り、共同体の実質的な開放がお こる と、孤独化 し、競争の中ぺ放 り込まれて しま うと、共同体の崩壊 を問題視 している。
目的に塾‑ と通ったのではないか と推測 している。
第二項 「 拡大期
」‑1970年代 第二次学習塾ブーム
1971
( 昭和46)年 に注
7「 落 ちこぼれ」が社会問題 とな り、それ に呼応す るよ うに救済 塾や補習塾が設置 され る一方で、1
975年 には高校進学率が90%を超 え、 ( 資料
1よ り)受験 戦争意識 が過熱化す る と、塾業界‑の企業の参入や フランチ ャイズ方式の学習塾、進学 と 補習 を両方行 う総合塾等、塾の数は 「 乱塾」とい う言葉が登場す るほ どに、増 えていった。
「 その中で も、総合塾が多 くなったのが、 この時期 の特徴 であった
」( 小宮 山20
00)。子 どもの塾通いの意識 は、文部省 『全国の学習塾通いの実態』 ( 資料
2)調査によると、通塾の 目的では約5
0%、 「学校の宿題や予習 ・復習の指導」が53.8%、 「 進学準備が中心の指導」
22.8%、 「
勉強の遅れ を取 り戻す指導」が1
6.7%、 「その他」 が1
0.2%であ り、 「学校 の 宿題や予習 ・復習 の指導」 と 「 勉強の遅れ を取 り戻す指導」 あわす と約7
0%が、学校 の学力 を補 うため、学校 の学力補完 を 目的 として通 ってい るといえる。塾でのよかった ことに
3割の子 どもが 「 友達がきる」 と答 えてお り、1
960年代が学力面のみの利用であるのに対 し、1
970年代 では利用の 目的の変化が推測できる。
また、この頃になると学校制度‑の絶対的な信頼性 の揺 らぎ
3や地域の教育力の低下
4が問 題視 され る。
第三項
1980年代か ら
1990年代初頭 「 学習塾の定着期
」一第三次学習塾ブーム
」1980
年代前半、校 内暴力の問題 による公立校の不信感や1
980年代後半には、校内暴力 に 変わってい じめ問題 か ら都市圏では私立志向が中学 に及び、通塾年齢 を中学生か ら小学生
‑ と引き下げた。 その私立志向 と第一次ベ ビーブー ムの子 どのたちが通塾す る世代 とが重 な り、進学塾が注 目され るよ うになった。高校受験 のための進学塾が大都市には増 え、そ れに伴 って進学実績の高い進学塾が さらなる成長 を遂 げることとなる。この背景には
1970年代か ら浸透 しは じめた学歴社会が、1
980年か ら1
990年 になる と顕著に現れ、高校‑進学 す ることは当た り前で、 よ り偏差値 の高い高校、有名大学合格実績 をもつ高校‑ と受験戦 争 は激化 した ことがあげ られ る。 この受験戦争の過熱 か ら、最初 は補習塾であった塾 も総 合塾や進学塾‑ と成長 し変化 してい くものもあった。
1980年か ら
1990年初頭 のバブル経済 時 に塾 の事業所数 は
2倍 とな り、通塾率 も1
976年 の38%か ら1
985年4
4.5%1993年
59.5%3
( 野 田
2000 p24‑31)は、
「 これだけの進学がな され ると 「 学校」 とい う制度 に対す る意味づ けを行 うことな く、
学校 に適合 あるいは同調 ははかるための行動が とられ るよ うにな り、学校が規範 を規定す る存在 として位置づ け られ る。 ( 中略)、学校 とい う制度の内部で 目的が完結す るよ うにな ると、それ 自体生活総体 との関連性 を失 うことにつなが り、学校教育制度の価値 の空洞 を 引き起 こす。 しか し、 「 学校」 とい う制度に依存せ ざるを得 ない状況は、個人に心理的な動 揺 をもた らす。」
4
小宮 山は、農業の機械化 によ り家族での共同作業が減 り、共同体の実質的な開放がお こる
と、孤独化 し、競争の中ぺ放 り込まれて しま うと、共同体の崩壊 を問題視 している。
(Nira1996)
と塾に通 う生徒 は約二人に一人が通っている計算である。
また、
1980年代は、塾 の社会的位置づけが大き く変わっていった転換期 であった。第三 次学習塾 ブームの さなか、1
987年 に臨時教育審議会が 「 教育の 自由化」 を 目指 して提言 を 行い、新 しい柔軟な教育ネ ッ トワー クの形成 の中での塾な ど民間教育産業の位置づ けな ど について積極的な検討 を求 め られ る とともに、生徒数が一万人 を超 える塾 も現れ、塾業界 全体の市場規模 も一兆円 とな り、一番塾通い。 また、塾の地方‑の浸透 も進み、塾 の事業 所数 は、
1981年か ら
1991年 にかけて約二倍 も急増 した。そ して、1
988年 に通産省 の外郭団 体 として社団法人全国学習塾協会が設置 され、経済的な認知を受けることになる。
1985
年の文部省 『 児童 ・生徒 の学校外活動 に関す る実態調査』において も、 「 学校 の勉強 が よくわかるよ うになった」が、53.
8%で、 「学校 の授業 よ り進んだことを教 えて くれた」
が、44.
9%で、「友達ができ七 うれ しい」が、32.
3%であった。 「友達ができて うれ しい」 と 友達 との交流 を表す部分においては、約
3割 と1
976年 と類似 した結果がみて とれ る。
学習指導の内容 においては、 「 進学準備 が中心の指導」が増 えてお り、 「 進学塾」が注 目 された ことが うかがえる。
第 四項
1990年代以降か ら塾の現状
文部科学省 ( 旧文科省)は1
999年、生涯教育審議会が学校 と塾の共存 を答 申 した ことで、
正式 に塾 を認知 し、注
2学校がス リム化す る中、塾 にその受 け皿 としての役割 を期待 し、塾 に期待 され る社会的意義が積極的に意味づ け られ るよ うになった。1
990年代初頭以後、第 三次学習塾ブームで右肩上が りであった事業所数や通塾率 も一定の数値 を保 ったままで、
大手学習塾 ( 法人経営の塾) と個人塾 ( 個人経営の塾) とが二極化 しは じめてきた時期で もある。文部科学省 ( 旧文部省) にお ける 『学習塾等 に関す る実態調査』1
996年 の調査で も 「 学校 の勉強がよくわかるよ うになった」が51
.8%、 「学校の授業 よ り進んだ ことを教 え て くれた」が44.
7%に次いで、「友だちができて うれ しい」が28.2% と約三割 の子 どもが、
1976
年 ・
1985年 と同様 に答 えてい る。 「 学習指導の内容」をみると、進学準備 が中心の指導 が特 に増 えてお り、1
976年 と比較す る と約二倍 となってお り、第三次学習塾ブー ムによる 進学準備 を中心 とした進学塾の隆盛 が うかがえ、 この調査か らは子 どもの大 きな変化 はみ て とれ ない。 しか し、塾業界 にお ける大きな変化 としては、1
990年代後半には、一人一人 の個性や学力に対応す るニーズに応 えて設立 された 「 大手個別指導塾」
5が人気 を博 し、「 個 別指導」の形態 を導入 し、または 「 個」 に対応 した といった謡い文句 を取 り入れた大手塾 も増 えは じめたのもこの時期の特徴である。
1990年代後半か ら拡大を続 けた 「 個別指導塾」
であるが、200
9年不況になると、大手塾の広告に 「 個」に対応 したに加 え、 「 学びやすい学 費で、質 の高い授業 を提供 します」 と一斉授業形式‑ と促す よ うなもの もでてきた。進学 塾 に対 しての詰 め込み教育批判や学歴社会 の揺れ による学力観 の変化 を反映 し、進学塾で あって も 「自ら学ぶ力 をつ ける」や総合塾 においては 「 生 きるカ を育てます」 といった勉 強のみではな く、子 どもの 自主性や生活面での成長 を挙げてい る。総合塾では合宿や キヤ
5
(Nira1996)
と塾に通 う生徒 は約二人に一人が通っている計算である。
また、
1980年代は、塾 の社会的位置づけが大き く変わっていった転換期 であった。第三 次学習塾 ブームの さなか、1
987年 に臨時教育審議会が 「 教育の 自由化」 を 目指 して提言 を 行い、新 しい柔軟な教育ネ ッ トワー クの形成 の中での塾な ど民間教育産業の位置づ けな ど について積極的な検討 を求 め られ る とともに、生徒数が一万人 を超 える塾 も現れ、塾業界 全体の市場規模 も一兆円 とな り、一番塾通い。 また、塾の地方‑の浸透 も進み、塾 の事業 所数 は、
1981年か ら
1991年 にかけて約二倍 も急増 した。そ して、1
988年 に通産省 の外郭団 体 として社団法人全国学習塾協会が設置 され、経済的な認知を受けることになる。
1985
年の文部省 『 児童 ・生徒 の学校外活動 に関す る実態調査』において も、 「 学校 の勉強 が よくわかるよ うになった」が、53.
8%で、 「学校 の授業 よ り進んだことを教 えて くれた」
が、44.
9%で、「友達ができ七 うれ しい」が、32.
3%であった。 「友達ができて うれ しい」 と 友達 との交流 を表す部分においては、約
3割 と1
976年 と類似 した結果がみて とれ る。
学習指導の内容 においては、 「 進学準備 が中心の指導」が増 えてお り、 「 進学塾」が注 目 された ことが うかがえる。
第 四項
1990年代以降か ら塾の現状
文部科学省 ( 旧文科省)は1
999年、生涯教育審議会が学校 と塾の共存 を答 申 した ことで、
正式 に塾 を認知 し、注
2学校がス リム化す る中、塾 にその受 け皿 としての役割 を期待 し、塾 に期待 され る社会的意義が積極的に意味づ け られ るよ うになった。1
990年代初頭以後、第 三次学習塾ブームで右肩上が りであった事業所数や通塾率 も一定の数値 を保 ったままで、
大手学習塾 ( 法人経営の塾) と個人塾 ( 個人経営の塾) とが二極化 しは じめてきた時期で もある。文部科学省 ( 旧文部省) にお ける 『学習塾等 に関す る実態調査』1
996年 の調査で も 「 学校 の勉強がよくわかるよ うになった」が51
.8%、 「学校の授業 よ り進んだ ことを教 え て くれた」が44.
7%に次いで、「友だちができて うれ しい」が28.2% と約三割 の子 どもが、
1976
年 ・
1985年 と同様 に答 えてい る。 「 学習指導の内容」をみると、進学準備 が中心の指導 が特 に増 えてお り、1
976年 と比較す る と約二倍 となってお り、第三次学習塾ブー ムによる 進学準備 を中心 とした進学塾の隆盛 が うかがえ、 この調査か らは子 どもの大 きな変化 はみ て とれ ない。 しか し、塾業界 にお ける大きな変化 としては、1
990年代後半には、一人一人 の個性や学力に対応す るニーズに応 えて設立 された 「 大手個別指導塾」
5が人気 を博 し、「 個 別指導」の形態 を導入 し、または 「 個」 に対応 した といった謡い文句 を取 り入れた大手塾 も増 えは じめたのもこの時期の特徴である。
1990年代後半か ら拡大を続 けた 「 個別指導塾」
であるが、200
9年不況になると、大手塾の広告に 「 個」に対応 したに加 え、 「 学びやすい学 費で、質 の高い授業 を提供 します」 と一斉授業形式‑ と促す よ うなもの もでてきた。進学 塾 に対 しての詰 め込み教育批判や学歴社会 の揺れ による学力観 の変化 を反映 し、進学塾で あって も 「自ら学ぶ力 をつ ける」や総合塾 においては 「 生 きるカ を育てます」 といった勉 強のみではな く、子 どもの 自主性や生活面での成長 を挙げてい る。総合塾では合宿や キヤ
5
ンプな ど、 自然体験や小学生 を対象 とした英会話スクール を併設 した り、理科の実験質や 合気道、茶道 な どの習い事 を併設 している塾 もあ らわれた。第一次 ・第二次 ・第三次学習 塾ブーム と比較 して、塾 も多種多様 な形態 を とるよ うになった といえよ う。学歴社会の揺 れ によ り誰 もが、偏差値の高い 「 高校」を目指 さなくなった2007 において も、通塾率は
59.5%と 「 塾
」を利用す るものはある一定 ライ ンか ら減少 していない。 それは、中学
3年生に と って高校受験は避 けて通れ ない ものであ り、 「 彼 ら/彼女 らは 「 勉強 していい学校 に進 めば いい人生を送 ることができる」 とい う価値観 ではな く、 「 勉強 していい学校 に進んでも先行 きが見えない」 とい う雰囲気 の中で学校生活 を送 っている。」 ( 遠藤2004) その中で、塾 に 通 う。「 学力」のみではない 「 塾」の役割や意味が問われ るよ うになってきてい るのだろ う。
第三節 社会のニーズを反映す る塾
1960
年代 になると、第一次ベ ビーブーム世代が高校受験 を迎 え、学校 の授業 を補完す る 目的で第一次学習塾ブームがお こった。
1970年代 に入 ると高校進学率の上昇 とともに 「 落 ちこぼれ
」が問題 とな り、高校進学のための塾が一挙に増 え第二次学習塾ブームがおきた。
幅広い層 を塾‑取 り込むために、学校 の補習 と進学指導の両方 を行 う総合塾が この時期 に 増 えた。1
980年代か ら1
990年代初頭 までのバブルの頃が、第三次学習塾ブーム となる。そ の背景 として、公立中学校 の校 内暴力、都市部での私立志向な どが挙げ られ、その結果 あ ま り規模 の大き くなかった進学塾 が注 目された。 中には、生徒数一万人 を超 える大規模 な 進学塾 も出現 し、塾の事業所数 も二倍 になった。大学進学率の上昇やバブル景気の崩壊が 重 なったためか、1
990年以降は、大手塾 と個人塾で二極分化 され始 め、その寡 占化が進み 今 にいたっている ( 小宮 山2000)。 1
990年代後半になると 「 個別指導」が注 目され るよ うに なる。 また、保護者や世論 の学力観 の変化 によ り、詰 め込みだけではない、 自主的な姿勢 や生活面での成長 を提供 しよ うとす る進学塾や総合塾 もあ らわれた。 このよ うに、その時 代時代 の社会のニーズや要請 に従 って、塾 は成長 してきた といえよ う。 また、子供 に とっ ての塾の機能は、高校受験や、学校 の授業 を理解す るといった 「 学力向上」 を 目的 とされ てい るが、1
976年の調査では、塾に入 ってよかった ことについて
3割 の子 どもが、 「 友達が できて うれ しい」 とあげてい ることも留意 したい。1
970年以後地域共同体の教育力の低下 が叫ばれ るなかで ( 小宮 山) 「 友達ができて うれ しい」 とい う子 どもの意見は常に変わ らな い。
1960年代か ら成長、拡大、定着 してい く過程 を とり、1
985年か ら1
996年 にかけて通塾 率は緩やかに下降す るが、2007 年 もなお59.5% の子 どもたちば通塾 してお り、塾 は身近な 存在 となっている。本論では、 「 勉強 していい学校 に進んで も先行 きが見 えない」 とい う雰 囲気 の中で学校生活 を送 ってい る
。」( 遠藤2004)多 くの子 どもたちは、塾 に何 を求 めてい るのだろ う。そ して、社会 のニーズを反映 させ る塾 に現代、何が もとめ られているのだろ うか。本論 では、その実態 を明 らかに し、塾が家庭 ・学校 ・地域 の受 け皿 として どのよ う な機能 を果たすのか明 らかに してい く
。ンプな ど、 自然体験や小学生 を対象 とした英会話スクール を併設 した り、理科の実験質や 合気道、茶道 な どの習い事 を併設 している塾 もあ らわれた。第一次 ・第二次 ・第三次学習 塾ブーム と比較 して、塾 も多種多様 な形態 を とるよ うになった といえよ う。学歴社会の揺 れ によ り誰 もが、偏差値の高い 「 高校」を目指 さなくなった2007 において も、通塾率は
59.5%と 「 塾
」を利用す るものはある一定 ライ ンか ら減少 していない。 それは、中学
3年生に と って高校受験は避 けて通れ ない ものであ り、 「 彼 ら/彼女 らは 「 勉強 していい学校 に進 めば いい人生を送 ることができる」 とい う価値観 ではな く、 「 勉強 していい学校 に進んでも先行 きが見えない」 とい う雰囲気 の中で学校生活 を送 っている。」 ( 遠藤2004) その中で、塾 に 通 う。「 学力」のみではない 「 塾」の役割や意味が問われ るよ うになってきてい るのだろ う。
第三節 社会のニーズを反映す る塾
1960
年代 になると、第一次ベ ビーブーム世代が高校受験 を迎 え、学校 の授業 を補完す る 目的で第一次学習塾ブームがお こった。
1970年代 に入 ると高校進学率の上昇 とともに 「 落 ちこぼれ
」が問題 とな り、高校進学のための塾が一挙に増 え第二次学習塾ブームがおきた。
幅広い層 を塾‑取 り込むために、学校 の補習 と進学指導の両方 を行 う総合塾が この時期 に
増 えた。1
980年代か ら1
990年代初頭 までのバブルの頃が、第三次学習塾ブーム となる。そ
の背景 として、公立中学校 の校 内暴力、都市部での私立志向な どが挙げ られ、その結果 あ
ま り規模 の大き くなかった進学塾 が注 目された。 中には、生徒数一万人 を超 える大規模 な
進学塾 も出現 し、塾の事業所数 も二倍 になった。大学進学率の上昇やバブル景気の崩壊が
重 なったためか、1
990年以降は、大手塾 と個人塾で二極分化 され始 め、その寡 占化が進み
今 にいたっている ( 小宮 山2000)。 1
990年代後半になると 「 個別指導」が注 目され るよ うに
なる。 また、保護者や世論 の学力観 の変化 によ り、詰 め込みだけではない、 自主的な姿勢
や生活面での成長 を提供 しよ うとす る進学塾や総合塾 もあ らわれた。 このよ うに、その時
代時代 の社会のニーズや要請 に従 って、塾 は成長 してきた といえよ う。 また、子供 に とっ
ての塾の機能は、高校受験や、学校 の授業 を理解す るといった 「 学力向上」 を 目的 とされ
てい るが、1
976年の調査では、塾に入 ってよかった ことについて
3割 の子 どもが、 「 友達が
できて うれ しい」 とあげてい ることも留意 したい。1
970年以後地域共同体の教育力の低下
が叫ばれ るなかで ( 小宮 山) 「 友達ができて うれ しい」 とい う子 どもの意見は常に変わ らな
い。
1960年代か ら成長、拡大、定着 してい く過程 を とり、1
985年か ら1
996年 にかけて通塾
率は緩やかに下降す るが、2007 年 もなお59.5% の子 どもたちば通塾 してお り、塾 は身近な
存在 となっている。本論では、 「 勉強 していい学校 に進んで も先行 きが見 えない」 とい う雰
囲気 の中で学校生活 を送 ってい る
。」( 遠藤2004)多 くの子 どもたちは、塾 に何 を求 めてい
るのだろ う。そ して、社会 のニーズを反映 させ る塾 に現代、何が もとめ られているのだろ
うか。本論 では、その実態 を明 らかに し、塾が家庭 ・学校 ・地域 の受 け皿 として どのよ う
な機能 を果たすのか明 らかに してい く
。第一章先行文献の検討 と調査概要 第一節 塾の分類
序章においてみてきた よ うに、1
960年代に出現 した塾 はその時代に応 じ、様 々な形態 を とって成長 し、子 どもたちに とって身近な存在 として認知 されてきた。2 章でも述べ るが、
現代の子 どもたちは、塾 を 「 勉強す るための場所
」「 勉強に困った ときに行 く場所」 と認知 してい るが、多 くの子 どもや保護者 の塾‑のイ メー ジは、第三次塾ブームで経営拡大 した
「 進学塾」のイメージ といえる。
1990年以降は、大手塾 と個人塾の二極化が進むなかで、
社会のニーズに応 えよ うと様 々な塾が登場 している
。まず は、便宜上序章で も触れ たが、その学習塾 の形態 によって塾 を分類化 し整理 し、本 論 に進みたい。
結城忠
(2000)らは、『学習塾に関す る調査』で、
① 名校受験 を 目的 とした 「 進学塾」
②学校の授業の補習 を 目的 とした 「 補習塾」
③ 進学 コース と補習 コースを併せ持つ 「 総合塾」
④いわゆる落 ちこぼれ を対象 とした 「 おちこびおれ救済塾」
それ を受 けて
Nira (1996)では、カ リキュラムや教材 についての違い、または利用す る生徒の特色 もま とめてい る。
① 「 進学塾」 を国立公 、有名私立な どの難 関校受験 を 目的 とし、独 自のカ リキュラムを組 み、授業 内容 の難易度が高 く、進度 も速い。授業内容が教科書準拠ではない ため、広い地域か ら生徒が集 まる。
② 「 補習塾」 を学校 の授業 を補い、学校の成績 を上げることを 目的 とす る。使用す る教材 は、教科書や教科書準拠の問題集 が多い。教科書 中心のため地元密着型 の塾 が多い。
③ 「 総合塾」 は 「 進学塾」、 「 補習塾
」の二つの機能 を兼ね備 えている。結城氏の 「 落 ちこ ぼれ救済塾」の多 くは②補習塾 に分類 され ると考 え られ る。
Niraの研究では 「
学力」に焦点があて られているため、おちこぼれ救済塾 も 「 補習塾」‑
と分類 されている。
小宮山は、Ni
raの分類 に基づいて、それぞれ類型化 された塾の特徴 を、カ リキュラム、授業内容、どのよ うな子 どもが利用 しているのか、に加 えて、経営方針や、会社組織 の方針、
生徒 の規模 について も表 してお り、1
990年代の塾の特徴 を如実に表 しているので、参考に 示 してお く
。① 「 進学塾
」進学のための学習 をす る塾で、学ぶ喜び よ りも、いかに効率 よく受験のための知識 を吸 収 させ るかに力点が置かれ る。以前は、成績上位者 の三割 か四割の児童 ・生徒 を集 めて 経営 していた ところが多かったが、現在 は、七割 ぐらいまでに拡大 している。‑ クラス の人数は、
20名前後か ら100 名以上まで さまざまであるが、大勢の子 どもたちに‑
第一章先行文献の検討 と調査概要 第一節 塾の分類
序章においてみてきた よ うに、1
960年代に出現 した塾 はその時代に応 じ、様 々な形態 を とって成長 し、子 どもたちに とって身近な存在 として認知 されてきた。2 章でも述べ るが、
現代の子 どもたちは、塾 を 「 勉強す るための場所
」「 勉強に困った ときに行 く場所」 と認知 してい るが、多 くの子 どもや保護者 の塾‑のイ メー ジは、第三次塾ブームで経営拡大 した
「 進学塾」のイメージ といえる。
1990年以降は、大手塾 と個人塾の二極化が進むなかで、
社会のニーズに応 えよ うと様 々な塾が登場 している
。まず は、便宜上序章で も触れ たが、その学習塾 の形態 によって塾 を分類化 し整理 し、本 論 に進みたい。
結城忠
(2000)らは、『学習塾に関す る調査』で、
① 名校受験 を 目的 とした 「 進学塾」
②学校の授業の補習 を 目的 とした 「 補習塾」
③ 進学 コース と補習 コースを併せ持つ 「 総合塾」
④いわゆる落 ちこぼれ を対象 とした 「 おちこびおれ救済塾」
それ を受 けて
Nira (1996)では、カ リキュラムや教材 についての違い、または利用す る生徒の特色 もま とめてい る。
① 「 進学塾」 を国立公 、有名私立な どの難 関校受験 を 目的 とし、独 自のカ リキュラムを組 み、授業 内容 の難易度が高 く、進度 も速い。授業内容が教科書準拠ではない ため、広い地域か ら生徒が集 まる。
② 「 補習塾」 を学校 の授業 を補い、学校の成績 を上げることを 目的 とす る。使用す る教材 は、教科書や教科書準拠の問題集 が多い。教科書 中心のため地元密着型 の塾 が多い。
③ 「 総合塾」 は 「 進学塾」、 「 補習塾
」の二つの機能 を兼ね備 えている。結城氏の 「 落 ちこ ぼれ救済塾」の多 くは②補習塾 に分類 され ると考 え られ る。
Niraの研究では 「