はじめに
近年,株式会社の企業事故を中心とする不祥事 が多い。とくに,公益企業が引き起こす事故は,
その事業規模の大きさに規定されて,取り返しの つかない結果をもたらしている。今日における最 大の企業不祥事は,東日本太平洋沖地震とその後 の大津波の中で生じた東京電力福島第一原子力発 電所の過酷事故(福島原発事故と略記)である。
たしかに,その工学的な原因はなお未解明なと ころもあって,今回の事故は,大地震と津波によ る天災であるという見方(伊東2 0 1 3,p.2 9)から すれば,企業不祥事にこの事故を含めるのは適切 でないという見解もあろう。だが, 2 0 1 2年に相次 いで公表された4つの事故調査報告書とも,人為 的・組織的な原因ないしは要因が事故の背景にあ ること,したがってこの事故は人災であることを 指摘している
(2)。
また事故は単に,企業不祥事ではなく,政府の 原発政策,ないしは原発に対する規制政策にも関
わっているという見解も正しい。公益企業である ことをも考慮すれば,責任の一端を政府が担わな ければならないことはいうまでもない。だからと いって,事故の第一義的な責任は株式会社である 東京電力にあることは否定できない
(3)。
東京電力の経営責任および賠償責任に関する議 論と実際における最大の問題点の一つは株主の責 任が曖昧になっていることである。株主責任を明 確にすることは,モラル・ハザードを生み出さな くし,事故を予防するためにも必要なのである。
八田達夫は, 「今回破綻を回避すれば,他の電 力会社の株主は事故防止の責任を問われなくて済 む だ ろ う」 (八 田2 0 1 2)と,モ ラ ル・ハ ザ ー ド
(リスク回避)を防止する
(4)意味からも,会社 更生法による法的整理方式を提言している
(5)。 会社更生法による法的整理方式は,株主(およ び債権者)の賠償責任をほとんど免除している現 行の賠償支援方式
(6)に比較して,株主と債権者に 責任を果たさせるという点では一定の意味を持っ ている。
しかしながら,それは,株主有限責任制の下で
企業不祥事と株主有限責任制
─東京電力福島第一原発事故に関わって
(1)─
桜 井 徹
目 次
はじめに
第1節 株式会社発達における株主の責任と権利 第2節 株主有限責任制の無責任性と企業不祥事
第3節 賠償請求における株主無限責任化とその二つの形態 : 法学者の見解の検討 第4節 東京電力の「支配株主」とその責任
むすびにかえて
《特別寄稿》
は,単なる出資金を放棄すれば良いということで しかない。株主に追加支援のために資金を支出さ せることまでは意味しないのである。
この点で注目されるのは,東京電力の責任問題 を論じた経営学者の厚東偉介の次の見解である。
厚東は「私有財産制度を基礎にした資本主義制 度の根幹であるので,株主の有限責任制度につい ての議論と議決権・配当請求権などの株主の議論 はなされないであろう。しかし,現代では『無議 決権株式』などのような特殊な株主も増加してき ているので,議決権付きの株式所有者,取り分け
(ママ)取締役会の構成員および執行責任者,社 長の選任に強い影響力を発揮できる支配株主の権 利とその責任に関して,社会的公正という経営哲 学の観点からの議論を,法的責任,あるいは法的 義務として議論すべきだ」 (厚東2 0 1 3, p.3 1 0)と 述べ, 「支配株主」が取締役の選任に強い影響力 を有していることを根拠に,その法的責任ないし は義務を明確にすべきだと主張している。とはい え,株主有限責任制を突破する必要性を認識され つつ,その門前で立ち止まっている姿を見て取る ことができる。
それでは,なぜ,株主有限責任制の前で,人々 は立ち止まってしまうのだろうか
(7)。
第1の理由は,株式会社にとって株主有限責任 制は 社会的資金を動員する上からも不可欠なも のであり,したがって,資本主義の発展を支えて きた制度であり, それを否定することは,資本主 義制度を否定するかのような錯覚に陥っているか らではないだろうか。
第2の理由は,公開株式会社では所有と経営・
支配とが分離され,株主は出資義務を負うが,経 営に対する責任・義務を負っていない,したがっ て,ステークホルダーの一員にすぎないという考 え方が支配的になっているからではないだろう か
(8)。株主主権論はどこに行ってしまったかと いう点(厚東2 0 1 3, p.1 3 9)はここでは問わないに しても,厚東が述べているように,少なくとも
「支配株主」は,株式会社の最高の意思決定機関 である株主総会で,取締役の選任権をはじめとす る権利を有しているのであって,他のステークホ
ルダーと同等の地位にあるのではない。
しかしながら, これまで,資本主義制度を維持 する立場であっても,株主有限責任制が企業不祥 事,企業事故ないしは企業犯罪を生み出している という指摘がなされてきたし, とりわけ,法学の 立場から株主有限責任制の修正が提案されてきた という研究の蓄積がある。
第3の理由は, 2 0 1 1年以前における東京電力の 実際の分析が弱いことである。株主は出資責任を 果たしてきたのか,どれだけの配当金を得てきた のか,そしてとりわけ「支配株主」はどのように 推移してきたのかに関する分析
(9)は,2 0 1 1年以 後における経営分析に比較しても著しく少ないの である。
本稿は,これまでの先行研究と株主の権利問題 とを結びつけることによって,企業不祥事を防止 し,賠償資金を確保する上からも,株主有限責任 制を見直す必要があること,とりわけ支配株主に 無限責任が適用できないかを,理論と実際の双方 から論じようとするものである。
分析順序は次のようである。まず,第1節で株 式会社発達の中で株主有限責任制が採用される が,同時に取締役選任などの株主総会での権利が 留保される意味について述べ,第2節で,費用の 外部化である企業不祥事ないしは事故を株主有限 責任制が生み出すことに関する先行研究を紹介 し,第3節では,株主有限責任制見直しに関する 法学者の見解を整理・検討する中で支配株主の取 締役選任権を位置づける。そして,第4節では,
以上を理論的前提とした上で, 1 9 6 5年度から福島 原発事故直前の2 0 0 9年度までを対象として東京 電力における資金調達と株主構造の分析を行うと ともに「支配株主」の責任を論じる。
第1節 株式会社発達における株主の責 任と権利
1)株式会社の発達と株主有限責任制
株式会社は,今日では一般に4つの性質を有す るとされる。①株主有限制,②会社機関の存在,
③譲渡自由な等額株式制および④確定資本金制 =
永続性である。株主有限責任制とは,株主は「会 社に対し株式の引受価額を限度とする出資義務を 負う以外に会社の債務に責任を負わない」 (江頭 2 0 1 1,p.3 3)ことをいう。全社員の株主有限責任 制が合名会社や合資会社と比較した株式会社の本 質的特徴であるとする見解は,わが国では,とり わけ大塚久雄の研究
(10)(大塚1 9 6 9, pp.2 4 − 2 5)以 降,一般的となった。
たしかに,株主が出資金以外のリスクを負わな いことによって,鉄道事業の発達にみられるよう に,容易に株式投資 = 大規模な資金調達が可能に なったのである。
株主有限責任制は, 1 7世紀にはオランダの東イ ンド会社で採用されていたが,英国では,周知の ように,南海バブル事件により株式会社そのもの の設立が禁止され,法的には1 8 5 5年の有限責任 法および翌年の株式会社法で確立された。米国で は, 1 8 3 0年のマサチューセッツ州法で採用された といわれている(Blumberg1 9 8 6,p.5 9 3) 。なお,
わが国では,遅く,1 8 9 0年の商法改正からであ る。
しかしながら,この株主有限責任制は歴史的に は「必ずしも株式会社とむすびつかず」 ,いくつ かの国では「長い間会社債務に対する株主の無限 責任が支配的なルール」 (Armour et al 2 0 0 9,
p.9,邦訳 p.8)であった
(11)。むしろ法人格が株式 会社の本質であることが主張されている(同上) 。
2) 株主有限責任制と株主の権利
この株主有限責任制は,法人格とともに,アダ ム・スミスも指摘しているように(Smith 1 9 8 1,
p.7 4 1 p. 邦訳 pp.9 1 − 9 2) ,株主が経営に関心を有 さなくなった契機を形成した側面は否定できな い。株主有限責任制の普及とともに,株主の権利 が制限されるに至ったのである。株主は今や「会 社の中ではなく,株式市場の中にいる」 (Ireland 2 0 1 0, p.8 4 5)のであり, 「株主は会社への『金融』
利害以外には何も利害を持たないと主張されつづ けられていた」 (Freeman et al 2 0 1 2,p.2 5 1) 」の である。1 9 3 0年代にケインズやバーリー = ミー ンズが指摘した「所有と支配の分離」現象である。
だが注目すべきは,株主の責任が制限されたに も関わらず, 「取締役(directors)を任命し免職す るという排外的権利が株主に残された」 (Ireland 2 0 1 0,p.8 4 5)ことである。
もちろん,現代日本の多くの大規模公開会社で は,社長の後任人事は社長が決めるということが 一般化している。このことが, 「経営者支配」論 ないしは「会社それ自体支配」説の現実的基盤と なっている。だが,この株主による取締役の任免 権が会社の支配の中核概念とする見解も有力であ る
(12)。さらに,この取締役の任免権をはじめとす る議決権を株主に与えていることが,取締役をし て株主の利益に配慮させる,つまり株価至上主義 経営をとらせる制度的根拠になっているという ミ ッ チ ェ ル の 指 摘(Mitchell 2 0 0 1,p.1 0 0,邦 訳 p.1 1 2)をも考慮すれば,株主の株主総会における この任免権は単なる形式にすぎないと考えること はできない。
第2節 株主有限責任制の無責任性と企 業不祥事
つぎに,株主有限責任制批判,とりわけ企業不 祥事の原因としての批判を一瞥しておきたい。
1)株主有限責任制の一般的問題点
まず,株主有限責任制が無責任を生み出すとい う一般的な問題である。 「会社と取引した債権者 が一家心中するような状態に陥っても,出資者は 知らん顔ができるという世界です。じつは株式会 社のこの基本構造は非常に非倫理的なのですね」
という指摘(上村達男・金子 昭2 0 0 7,p.1 1 0)
や,政策的結論は異なるが,周知のアダム・スミ スの議論(Smith1 9 8 1,p.7 4 1,邦訳 pp.9 1 − 9 2)を 援用しながら, 「株主の無責任があまり真剣に議 論されてこなかったのには理由がある。株主は,
会社の株式を自分の財産として持っているわけだ
から無責任になりえないという前提があったのだ
ろう。しかし,株主が有限責任しか持たず,市場
で株式を自由に売買できる公開株式会社の場合に
は,この前提は成り立たない。有限責任からくる
無責任という問題は必ず発生する」 (加護野2 0 0 0, p.2)という指摘も,有限責任の無責任性を主張す るものである。
2)企業不祥事を助長する株主有限制
この株主有限責任制が,政府の規制緩和政策や 株価至上主義経営とともに,企業不祥事を生み出 す原因となっている。企業不祥事,とりわけ事故 は経済学・経営学的にはコストの外部化
(13)であ り,株主有限責任制がそれを促進するからであ る。
コーポレート・ガバナンス研究者のモンクス = ミノウは, 「法人は有限経済責任を有しているが,
……あるとき,それは犯罪活動にも拡張された」
(Monks & Minow 2 0 0 4,p.3 1)と述べるととも に, 「巨大な近代法人の所有制は一方通行になっ てきている。株主と経営者が利益を取得し,可能 な限りコストを社会全体に強いている」 (同上,
p.1 0 9) 。ミッチェルも, 「有限責任とは企業がどん なに環境を破壊しようと,どれほど債務を踏み倒 そうと,マリブ(費用節減のため燃料タンクの設 置場所を変更しなかったために事故を起こしたゼ ネラル・モータースの自動車 : 引用者)のような 車の爆発やタイヤの破壊あるいはアスベストに よって,従業員や消費者を死なせようとも,そし て年金などの手当なしに,とりわけ従業員を追い 出そうとも,つまりどんなに痛みを引き起こそう とも,企業の賠償責任(それが問われたとしても)
は,会 社 資 産 の 範 囲 内 に と ど ま る」 (Mitchell 2 0 0 1,p.5 2,邦訳 p.6 0)と,正確には株主有限責
任と会社の有限責任を峻別すべきだが,痛烈に株 主有限責任制を批判している。
スティグリッツも「有限責任には大きな利点が ある。失う可能性があるのは出資金だと各出資者 が知っているので,巨額の資本が集まることだ。
しかし有限責任は,社会に莫大なコストを強いる 可能性もある。採鉱会社は金を採掘して株主に大 きな利益をもたらすが,ヒ素だらけの廃棄物を残 すかもしれない。社会的・金銭的な観点のどちら からみても,汚染を浄化するコストが採掘された ものの価値を上回ることもある。しかし,問題が
発覚して政府が浄化を求めると,採鉱会社は破産 を宣言し,全責任が納税者に転化される」 (Stiglitz 2 0 0 6,p.1 9 4,邦訳 p.2 9 2)として有限責任の利点
を認めつつ,コストを社会に押しつける原因を有 限責任に求めている。具体的事例として,インド のボパールでの有毒ガス流出事故,パプアニュー ギニアの金と銀鉱山経営に伴う河川汚染が発覚し た後,河川汚染の被害を賠償しないまま退去した 事例を挙げている。スティグリッツは,こうした 環境破壊に対する責任をとらせるために「会社の 株の例えば2 0%以上を保有する者は,企業自体が 倒産した場合でも責任を負うべきだろう」 (同上 pp.2 0 6-2 0 7, pp.3 0 8-3 0 9)と大株主への無限責任の 導入を提案している。
スティグリッツの指摘は多国籍企業とその子会 社を念頭においたものであるが,国内企業にも十 分に妥当する。水俣病事件の賠償問題の政府によ る解決策として,原因企業のチッソから収益性の ある事業部門を分社化させるという問題は,有限 責任の問題でもあるように思われる。
関連して注目されるのは,米国で,1 9 8 0年の
「包括環境対応責任法」 (通称スーパーファンド 法)とその後の同法を改正する諸法律によって,
土壌汚染費用負担者の範囲が広くとられ, 「経営 に関与した」程度に応じて,汚染企業に融資した 貸し手にも費用負担を求めることも可能であるこ とが規定されたことである
( 14)。
第3節 賠償請求における株主無限責任 化とその二つの形態 : 法学者の見 解の検討
1)法学者の見解の共通の特徴
(1)モラル・ハザード防止と賠償資金確保手段 としての株主無限責任制
株主有限責任制が企業不祥事を促進している という問題に関連して注目されるのは,不法行 為 に 伴 う 賠 償 請 求 権 の 被 害 者 を 非 任 意 債 権 者
(involuntary creditor)と把握し,一般債権者と
区別した上で, 非任意債権について株主有限責任
を修正し, 株主無限責任を導入すべきであるとい
う法学者の見解である。米国では,ハウスマン = クラークマン(Hausmann & Kraakman 1 9 9 1)や メ ン デ ル ソ ン(Mendelson 2 0 0 2)が, わ が 国 で は, 向井(2 0 0 5)や後藤(2 0 0 7)がその代表
(15)で ある。
これらの見解に共通なのは,会社の不法行為
(corporate torts)をスティグリッツやミッチェ ルと同様,コストの外部化と把握し,そのコスト を内部化
(16)し,モラル・ハザードをなくし,不法 行為を防止するためにも,また,非任意債権者を 保護するためにも,非任意債権に対して,つまり 賠償請求に対して,経営者だけでなく株主にも無 限責任を課すべきだという主張である。
(2)株主無限責任制の代替方策とその限界 もちろん,株主有限責任制を維持したまま,不 法行為を防止し,非任意債権に対応する代替的な 方策がないわけではない。
まず最低資本金の充実がある。確定資本金制度 は,株主有限責任制の見返りとして設定されてい るからである(江頭2 0 0 9,p.3 3) 。東京電力の場 合,資本金が極めて低位であったことは後述する 通りである。その限界として,事前にどの程度の 資本金を設定すべきかを決めることは困難である と指摘される(向井 2 0 0 5,p.3 3 8) 。もちろん,株 主の無限責任形態の一つとして,第二次大戦前に 主張されていたように,株主に追加出資を求める ことを可能することも考えられる
( 17)。
また,後藤は,代替的方策として①責任保険へ の加入強制,②事業に対する政府の直接規制,③ 不法行為債権の優先債権化などを指摘している。
だが,①は,有限責任制による「不法行為コスト の外部化と株主のインセンティブへの影響につい ては中立的」であり,②については「直接規制に よっても不法行為コストの発生を完全には防止で きるわけではない」 ,③については「銀行に負担 を強いる立法はなされにくい」などと,それらの 有効性に疑問を提出している。とはいえ,これら の制度の記述を総括して,これらの「諸制度と株 主の個人責任とは,排他的・択一的なものではな く,協働して不法行為コスト外部化の防止に資す るものと捉えておくべきであろう」 (同,pp.5 2 2-
5 2 6)とされるのは妥当である。向井(2 0 0 5 pp.3 3 8- 3 3 9)の見解もほぼ同様である。
これらの代替方策について東電福島原発に即し て簡単に述べておきたい。
①の強制保険への加入に関しては,原子力損害 賠償責任保険契約で1 2 0 0億円 (それと同額の政府 による原子力損害賠償補償契約を含めると2 4 0 0 億円)しか設定されていなかった(高橋2 0 1 2,
pp.8-1 0) 。米国では全体で約1兆円である(卯辰 2 0 1 2,Faure & Borre 2 0 0 8) 。②についても,東京 電力への原子力規制が有効でなかった。 「規制当 局は電力事業者の『虜』 (とりこ)となっていた」
(国会事故調,2 0 1 2 ダイジェスト版,p.5)ので ある。ただし,市民規制を背景とした有効な政府 規制を対置すべきことは否定されるべきではな い。また,③については,担保付き電力債権より も賠償債権を最優先化する法制度を作ることを意 味する。新たに作成される法制度を事故に遡及さ せることは, 「金融市場に多大な混乱をもたらす」
(田中 2 0 1 1,p.1 6 2)と主張され, 「理想的だが実 行 不 可 能 な 代 替 案(ideal,but infeasible alternative) 」 (Morita 2 0 1 2,p.3 5)といわれる。
わが国の損害賠償の法体系の欠陥である。
2)株 主 無 限 責 任 制 導 入 の 二 つ の 方 法
(1)比例責任
株主に無限責任を課す場合, 二つの方法がある。
一つは,Hausmann & Kraakman(1 9 9 1)に代表さ れる見解であり,全ての株主に,出資額に応じて 比例(pro-rata)無限責任を課すという見解であ る。
この比例無限責任は,会社資産を超える賠償額
を持ち株数に比例して負担するという簡素な方法
であり,また公開株式会社にも適用することを想
定しており,資本市場に与える影響は少ないとい
う (Hausmann & Kraakman 1 9 9 1, pp.1 9 0 3-1 9 0 4) 。
しかも,すでに1 8 4 9年から1 9 3 1年までカ リ フォ ル
ニア州で実施されていた(Blumberg 1 9 8 6,pp.5 9 7-
5 9 8,Hausmann & Kraakman 1 9 9 1,p.1 9 2 4)
(18)
。
それでは,なぜ,不法行為における株主無限責
任は今日行われていないのか。その理由として,
ハウスマン = クラークマンは次の4点を挙げてい る。
第1は,契約と不法行為の区別が認識されな かったからである。すなわち,契約上の有限責任 が重要であったので,また今日ほど不法行為の損 害規模が大きくなかったので,不法行為について も単純に有限責任が適用されたにすぎないのであ る。この点は,すでに引用したモンクス = ミノウ の指摘に対応している。第2は,今日,不法行為 によるコストの外部化を利用する形での子会社の 設立が普及する以前に有限責任制が一般化したか らである。第3は,リスクを分散させるように資 本市場や保険市場が発達していなかったからであ る。第4に,特定の時点での特定の会社の全ての 株主の判断を認識し集めることのコストが今日で は,手続きの改良,情報通信の発達,記録保存の 改良のために,1 0 0年前に比較すると格段に安く なっているからである(Hausmann & Kraakman 1 9 9 1,pp.1 9 2 5-1 9 2 6) 。
ハウスマン = クラークマンは,すでに述べたよ うに公開株式会社への適用を強調している。ハウ スマン = クラークマンは,その理由として3点述 べている。第1は,公開会社の破産判決が少な い
( 19)ことによって「補償額が会社の純価値を超え る 不 法 行 為 を 公 開 会 社 が 引 き 起 こ す 頻 度」
(Hausmann & Kraakman 1 9 9 1,p.1 8 9 5)が低く 表現されるからである。有限責任制の下では訴訟 する不法行為の被害者は会社の全ての価値を下回 る解決金を受け取るインセンティブが強いのであ る
(20)
。第2は, 「石油流出や有毒物質の流出など の環境破壊や有害製品や職場における発がん物質 などが巨額の賠償責任を生み出す可能性が生じて きていること」 (同上,p.1 8 8 0)に示されるよう に, 「そうした会社の純資産額を超える不法行為 責任の脅威が増加する」 (同上,p.1 8 9 5)可能性が あるからである。そして,第3に「もっとも重要 であるが,閉鎖会社に無限責任を適用しようとす るいかなる努力も公開会社が含まれないとなる と,閉鎖会社である法人がその株式の一部を公衆 に売却して,公開会社となれば簡単に無限責任を 回避」 (同上,p.1 8 9 5)できるからである。
そうしたハウスマン = クラークマンの主張にも かかわらず,この比例無限責任は,その手続き上 の困難に加えて,分散個人株主にも不法行為に対 す る 責 任 を 負 わ せ る も の で あ る と 批 判 さ れ た
(Glynn 2 0 0 4,pp.3 7 8-3 8 0,向井2 0 0 5,pp.3 4 2-3 4 3) 。
(2)支配株主責任
そこで登場したのが,支配株主に無限責任を課 すというメンデルソンの見解や,さらに,そもそ も株主に無限責任を課すことは,理論的には支配 株主責任論は優れているとしても,実行不可能で あると批判し,上級会社役員(highest-ranking corporate officer)に責任を負わせるというグリン の見解である(Glynn,pp.3 9 6-3 9 7) 。
メンデルソンは,有限責任は株主のモニタリン グ・コストを節約するための手段だが,支配株主 の場合,モニタリング・コストがほとんどかから ず,その有限責任は正当化されないという理由か ら,支配株主の責任問題を提起した(Mendelson 2 0 0 2,p.1 2 3 1) 。
向井や後藤はメンデルソンとグリンの見解の双 方を取り入れている。支配株主の支配の基準に関 して,向井は,形式的支配 = 出資割合と実質的支 配を挙げ,前者は過半数支配ではなく, 「株主が 会社の経営に影響力を行使するだけの株式を有し ている場合」 (向井 2 0 0 5,p.3 8 9)を挙げ,実質的 支配の基準として,①「リスクが高い事業活動に 関する情報を有し,認識している」こと,②「過 剰なリスク・テイキングを経営者に促すか,又は リスク・マネジメントへの投資を十分促さなかっ た株主」③「リスクの事業活動による利益を自分 の免責資産へ移動する能力が高い」④「出資割合 よりも大きい利益をリスクの高い事業から得てい る」 (同,p.3 8 9)ことを挙げている。
これに対して,後藤は, 「不法行為発生への関
与」か「予想される不法行為責任からの株主によ
る judgment proofing
(21)」 (後藤2 0 0 7, p.5 5 0)のど
ちらか一方が存在すれば,支配株主に責任を負わ
せることができると述べ,後藤の方が,支配株主
の実質基準はやや緩やかである。いずれにして
も,最大の焦点は,どのような場合に,支配株主
は不法行為に関与したとみなされるのか, である。
向井の見解で注目されるのは, 「過剰なリスク・
テイキングを経営者に促した」場合だけでなく,
「リスク・マネジメントへの投資を十分促さな かった」場合も,不法行為への関与に含まれると いう点である(向井2 0 0 5,p.3 8 9) 。後藤も, 「株 主が事故の発生を抑制する方策を採らなかった場 合」 , すなわち株主の不作為に対しても責任を課す べ き で あ る こ と は 否 定 さ れ な い(後 藤 2 0 0 7,
p.5 4 8) 。
この株主の不作為に関して指摘したいのは,不 法行為の直接的な責任が経営者にある場合,その 経営者を選任し,そうした不法行為を引き起こし た経営者の経営方針に同意した支配株主の責任
(22)ということにならないかということである。今日 の会社法でも,いうまでもなく,取締役の任免権 を含む議決権は「経営に参加するという」株主の 最大の共益権の一つである(江頭 2 0 0 9,pp.1 2 3- 1 2 7) 。
とくに,株主総会において,不法行為,ないし はそれに繋がる可能性のある事案を抑制する提案 がなされたにもかかわらず,議長(通常は取締役 会長)が,委任された支配株主の議決権を背景に 同提案を拒否した場合,支配株主の責任も問うこ とが可能なのではないか。
いうまでもなく,ここでいう支配株主は,議決 権を左右する力を有する大株主である。したがっ て,金融商品取引法において,親会社等の単独ま たは共同で議決権の過半数の有する主要株主とい う法律用語としての「支配株主」
(23)とは異なって いることは,以下の東京電力の分析に入る前に確 認しておきたい。
第4節 東京電力の 「支配株主」 とその責任
1) 東京電力における株式の意味 : 資金調達と利 益配当
(1)資金調達と株式
支配株主の分析に入る前に,東京電力の経営に おける株式の意味を,資本金の払い込みと利益の 受け手の二つの側面から分析したい。結論的にい えば,それによって,東京電力の経営において株
式は資金源泉としての役割を果たさず,他方では 株主は配当金を多く享受してきたことが明らかに される。
なお,分析対象は,1 9 6 5年度〜2 0 0 9年度まで とする。2 0 1 0年度は最後の2 0日間において福島 原発事故の影響を含むので考察対象から除外す る。
まず,総資産額の推移をみると,2 0 0 0年度を境 に二分される。前者は,福島第一原子力発電所着 工(1 9 6 6年1 2月) ,同 第 二 原 子 力 発 電 所 着 工
(1 9 7 5年1 1月)や 柏 崎 刈 羽 原 子 力 発 電 所 着 工
(1 9 7 8年1 2月) を含む設備投資が拡大する時期で あり,後者は,電力の小売自由化が開始される 2 0 0 0年度以降の,設備投資が抑制された時期で
ある(図1,参照) 。
つぎに資金調達の推移をみよう。第1の特徴と して自己資本比率の推移に現れているように,資 金調達は全体として社債,長期借入金などの他人 資本に依存したということである。そのために,
社債発行限度が商法規定よ り も優遇されていた
(24)。
もちろん, 自己資本比率は1 9 9 0年代の1 0%前後の 水準から1 9 9 7年以降,利益剰余金等の増加に対 応して上昇し,2 0 0 6年度に2 1.5%となる。とはい え,それ以降,低下する。このことは,社債や長 期借入金の役割は依然として大きいことを物語っ ている。 社債や長期借入金などの残高は1 9 9 5年度 で1 0.2兆円(社債5.1兆円,長期借入金4.3兆円) , 2 0 0 5年 度 で7.6兆 円(同,5.8兆 円,1.5兆 円) , 2 0 0 9年度7.4兆円(同,5.2兆円,1.8兆円)であっ
注)自己資本比率 = 自己資本 / 総資産額× 100,資本金比率 = 資本金 / 総資産額× 100 出所)東京電力『有価証券報告書』各期,東京電力(2002)および東京電力(2013)などより 作成。
160,000 140,000 120,000 100,000 80,000 60,000 40,000 20,000 0
30.0%
25.0%
20.0%
15.0%
10.0%
5.0%
0.0%
1965年度 1970年度 1975年度 1980年度 1985年度 1990年度 1995年度 2000年度 2005年度 2009年度 2010年度
億円
図1 東京電力の総資産額,自己資本比率
および資本金比率の推移
た(東京電力2 0 1 3,p. 8 2) 。総資産に占める社債・
借入金の比率は,各年度,7 4.0%,5 8.5%,5 8.4%
であった
(25)。
また,設備投資のフローに限定すれば,2 0 0 2年 度以降,設備投資額が半減する(1 9 9 5年度の1兆 3 9 9 2億円から2 0 0 0年度に9 0 5 9億円,2 0 0 2年度 6 4 5 2億円,2 0 0 9年度5 9 2 1億円)こともあって,
その設備投資の過半は自己資金,すなわち,減価 償却費や利益剰余金などの内部留保で賄われてい た(東京電力2 0 1 3, p.8 0, 谷江2 0 1 1, pp.5 8-5 9,
谷江・青山2 0 0 0,p.1 3 2) 。
第2の特徴は,自己資本のうち,資本金が著し く少ないことである。総資産に占める資本金比率 は,1 9 6 5年度や1 9 7 5年度は1 4%であったが,そ の後,1 9 8 5年度,6.9%,2 0 0 0年度,4.7%と大き く低下する。2 0 0 0年度以降は微増するが,それで も,2 0 0 9年度は5.3%でしかない。自己資本比率 の上昇に比較すると両者は大きく乖離することに なる。この乖離の要因の一つは,利益の高さに規 定され利益剰余金が大きく増加したことによる が,同時に,資本金が1 9 9 0年度以降ほとんど,
1 9 9 5年度からは全く増加していないことにある。
しかも,増加した資本金も,社債の転換分や無償 増資による部分が多い
(26)。資金源泉としては,と くに, 1 9 9 0年代から資本金はほとんどその役割を 果たさなかったのである。社会的資金を動員する
ために必要であったという株主有限責任制の「長 所」は,少なくとも分析対象時期においては,も はや意味を喪失していた。
(2)配当金の推移
つぎに,そうした株式に支払われる配当金の推 移の特徴をみてみよう。その特徴は,配当額が一 貫して上昇ないしは維持されているということで ある。対資本金配当率(配当額 / 資本金)の推移 を総資産経常利益率のそれと比較すると,後者は 増減があるのに対して,前者はほぼ高水準を維持 する。1 9 8 5年度以降は約1 0%,2 0 0 0年度以降は 1 2%である。株主は計算上(株価を度外視すれ ば) ,資本金を6年ないしは7年で回収している ことになる。東京電力は,電力自由化を前にした 1 9 9 8年の中期経営方針で消費者と同時に「株主・
投資家から選択される」ことを経営の基本目標に した(東京電力2 0 0 2,p.1 0 1 9)といわれるが,配 当額では,東電は株主から選択されるに充分で あった。
2)東京電力における「支配株主」とその特徴
(1)株式保有構造と大株主
まず東京電力の株式保有構造を検討する。図3 は,1 9 6 5年度から東日本大震災直前の2 0 0 9年度 までの所有者別の株式保有構造の推移をみたもの である。 1 9 8 0年代は金融機関および事業法人が株
出所)東京電力『有価証券報告書』各期,東京電力(2002)
および東京電力(2013)などより作成。
億円 1,000 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0
16.0%
14.0%
12.0%
10.0%
8.0%
6.0%
4.0%
2.0%
0.0%
-2.0%
1965年度 1970年度 1975年度 1980年度 1985年度 1990年度 1995年度 2000年度 2005年度 2009年度
図2 東京電力の配当額,対資本金配当率 および総資産経常利益の推移
出所)東京電力『有価証券報告書』各期より作成。
1965年度 1975年度 1985年度 1995年度 2005年度 2009年度
株式数(右目盛り)
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
1600
1400 1200
1000 800
600 400
200 0 単位:万単位
個人その他 外国法人等 その他の法人 証券会社 金融機関
政府・
地方公共団体