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ダンス授業研究の方法に関する一考察

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

ダンス授業研究の方法に関する一考察

著者 木村 真知子

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

35

1

ページ 155‑162

発行年 1986‑11‑25

その他のタイトル A Critical Analysis of the Methods of the Studies on Dance Instruction

URL http://hdl.handle.net/10105/2139

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ダンス授業研究の方法に関する一考察

木 村 真 知 子 (奈良教育大学体育学教室)

(昭和61年4月28日受理)

I 問題 と 目 的

近年、ダンスの授業実践報告や授業研究がますます盛んになり、すばらしい体験を踏まえた実 践記録が数多く出版され、専門雑誌などにも特集号として取り上げられたりしている。それらに 目を通すと、実にいろいろなアイディアで授業が行われ、示唆に富んだ提案がさまざまな形で出 されていることがわかる。まさにダンス授業研究花盛りといった感じである。しかし、それらの 多くは、先行実践や先行研究には無頓着に百家争鳴のごとく自説や自分の方法を主張する傾向に ある。他の人の研究や実践を尊重し、その上に積んでいくことによってこそ実践と研究が一体化

し、理論を構築することができると考えられるのだが、現実の研究はどうもそのようには機能し ていないようである。研究活動が盛んに行われているだけに、その成果が「賓の河原の石積み」

に終ってしまうのではまことにもったいない話である。

本研究では、このような問題意識から出発して、先行のダンス授業研究がどのような方法で行 われているかを検討し、それらの問題点を明らかにしていきたいと思う。

Ⅱ 資     料

1976年1月から1985年12月までの問に、専門雑誌「体育科教育」 「学校体育」 「女子体育」に発 表されたダンス授業研究を中心に検討する。

Ⅱ 本     論

先行のダンス授業研究を整理すると、形式的に次の3つのグループに分けられる。

①感性的経験によるアプローチ、 ④調査を取り入れた事例研究、 ⑨比較実験授業による研究

(D感性的経験によるアプローチについて

ダンス授業研究の大半はこの方法によるものである。授業担当者自らが行うことが多く、授業 についての経験を交流し、教師の力量を高め、当面する課題を解決することなどに役立っている。

例えば、石倉英子氏の「興味を喚起させる指導活動のあり方‑ 『かえる』になりきって楽しく 表現できる子ども」(11は、実際にかえると遊んだ感動を動きに表わすことを通して、つくる楽し さを味わわせようとした授業を論じたものである。表現運動への興味づけで悩んでいる教師にと って、石倉氏のかえると遊ばせる活動から導入していく指導法は大変参考になるであろう。

しかし、研究方法については問題があるように思われる。石倉氏は「実践をふりかえって」と

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いう所で次のように述べている。 「この『かえる』の学習が、子どもたちにとって楽しく、意欲 的に取りくんだ学習であったとするならば、その大きい要因は、 『かえる』を取りに行ったり、

飼育したり、第一次の学習で『かえる』と十分に遊んだことが興味を喚起し、豊かな表現を持続 させていったのではなかろうか。新鮮な目で『かえる』を見つめ、 『かえる』にふれ、語りかけ るなど、子どもの心とからだ(体感)で感じとったからであろう。そして、『かえる』をじっと 見ていくうちに、いろいろのことがわかり、疑問をもち、感動し、子どもたちは『かえる』をよ り身近に感じたためではなかろうか。しかし、ただ単に、場を与えて、子どもたちが感じるまま 自由に見させただけでは、心に感じたものがよい表現として表われてこないということはいうま でもない。感動を持って、自由に遊ばせる中で、『かえる』の姿、形、色、なき声、そして、さ まざまな動きの特徴をとらえさせるように支えてやり、目的意識を持って見たり遊んだりできる ようにしむけることが大切である。さらに、追求する表現学習の過程の中で、子どもたちは『か える』になって表現し、友だちの動きを見たり、なおし合ったり(体感)することを通して、よ りふさわしい動きを生み出していくのである。」長い引用になってしまったが、ここでは、報告 者の事実認識、判断、結果についての解釈や評価、教育的主張などが混然としていることがわか

るであろう。なぜそうなったかというと、 「子どもの興味を喚起させる」という指導目標はあっ ても「この指導方法でどのくらい子どもの興味を喚起させることができるのか」という研究の視 点が明確に打ち出されてこないことにその原因があるように思われる。その結果、客観的に判断 できる記録やデータをとらないままに教師が授業後に一括して感想を述べるという形になってし まっている。その感想の中で「この『かえる』の学習が子どもたちにとって楽しく、意欲的に取

° ° ° ° ° °

りくんだ学習であったとするならば」 (傍点筆者)という唆味な表現にとどまっているのもその ためである。

感性的経験によるアプローチは、身近な問題から出発することが多く、内容にも具体性があ り読む者に感動を与えることも少なくないが、研究者の主観で記述されがちになるのが欠点であ る。

次にあげる例は、折角仮説を立てているのにそれを確かめるための授業設計がなされず、記録 もデータも収集されず、単なる授業の反省で締めくくられている研究(2)である。この研究では、

仮説として(1)グループの表現運動で、個々のイメージを共通化(イメージの視覚化)すれば、

集団での動きがスムースに出されるのではないか(2)心理的な不安や焦燥を解くために、適切な 技の補強や認め合い、賞賛などがあれば、心理的にも安定し楽しく取り組めるのではないか、が あげられているにもかかわらず、それを確めるための手続きが暖味で、結局最後にまとめとして 述べていることは、 (1)児童は授業の初めはどんな動きをすればよいのか不安そうであったが、動 きの兄とおしが持てると、恥ずかしがらずにやっていた、だんだん真剣さが増してきた(心理的 変化) (2)初めは、 BGMのように音楽を使ったが、次第に自分たちの□伴奏に合わせて動いてい た(3)ひざのためが弱く沈み込みがやや弓鋸、、桟の倒れ方をもっと大きな動きでと思うが、まだ まだである、 (4)グループの成員が皆、同じ気持ちで動きを合わせることができた。児童はグルー プの人と合わせて動けたことに満足し、自信をつけていった(動きの共通理解‑・集団の動き)、

(5)時間の配分が悪く、前半に時間をかけすぎ、後半のやまを、あわてて終わらせたので、まだお どり込み、見せ合いなどで動きを仕上げていく必要がある、であり、最初の仮説に関しては、 (1) と(4)でしか触れられていない。しかし、 (1)と(4)においても、仮説を実証するという形では書かれ

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ていない。

また、熊井佐和子氏の研究(3)は「題やイメージから表現する以前に、運動自体が表現性を持っ ていることに気づかせる指導法」の有効性を確かめようとしたものであるが、この指導法が「踊 る楽しさを存分に味わわせる」という授業目標に対してどれだけ貢献したのかを判断するための 記録やデータが全くとられていない。したがって研究が尻切れとんぼになってしまい、まとめで 述べていることが何を根拠にしているのか不明になっている。

感性的経験によるアプローチの場合、研究目的が不明確なまま授業を実践し、生起した事実を 研究者の主観で解釈していることが非常に多い。また研究目的が明確であっても、適切な記録や データが集められず、主観的な感想で終ってしまっているのが現状である。

@調査を取り入れた事例研究について

この方法の中で一番多いのが、授業実践前と実践後に生徒にアンケート調査を行い、そこから 授業の教育効果を推し測ろうとするものである。

川口千代氏が兵庫県女子体育連盟と協同で行った研究(4)もその一つである。この研究の目的は、

心の抵抗感をとりのぞく効果的な導入方法を模索することであり、方法としては、 (1)ダンスにお ける抵抗感は何に起因しているか探るためにアンケート調査をし、 (2)抵抗感をとりのぞくと思わ れる効果的な導入方法を計画、実践し、 (3)実践後、再度アンケート調査を実施することにより、

抵抗感の内容、程度の変化を把握する、という手順がとられている。そして、調査結果として、

(1)ダンスに興味を持つ生徒の割合については実践後増加している。また興味を持つ理由としては、

「楽しい」 「おもしろい」などが多く出ている、 (2)抵抗感を持つ生徒の割合は実践後減少してい る、またその理由については「恥ずかしい」 「何をどのようにしたらよいのか不安である」など は減少し、反面自己の運動能力に関する抵抗感が増加している、が導き出され、最後に、この導 入方法はある程度の成果をあげることができると結論づけている。このダンス授業研究において は、まず研究目的が明確にされ、実験的単元も立てられ、それに関するデータも集められ、その データの解釈に基づいて結論が導き出されているので、形式的には科学的研究の条件を備えてい

ると言える。しかし、これで十分と言えるだろうか。データが事前事後のアンケート調査だけで あるという点に問題があるように思われる。たしかに、このような調査は事実認識には役立つが これでもって、学習内容や指導方法との因果関係までも説明することはできないのである。心の 抵抗感をとりのぞくであろうと仮定されているいくつかの具体的な学習内容が本当に生徒によっ て習得されたかどうか、習得されたとすればそれほどの程度かという把担がなければ、単元の入 口と出口だけが明らかなだけで中はブラックボックスということになってしまう。川口氏自身も このことには気を配っているようで、別に「指導中の生徒の反応を観察して」という項を設け、

生徒の身体の動かし方や雰囲気の変容に少し触れている。しかし、具体的な学習内容がどの程度 生徒の身についたのかを客観的に把握できるような手続きはとられていない。もし、この手続き がとられたならば、ここで計画、実践された導入法の効果がより明確に分析できるであろう。例 えば、学習内容の習得度の高い生徒はど抵抗感がとりのぞかれたとか、ある学習内容の習得は抵 抗感除去にはほとんど関係なかったが、他の学習内容の習得は大いに関係があったなどの結果が 出せるのである。そうすると、研究の結論も「この導入法はある程度の成果をあげることができ た」というような漠然とした表現に終ることなく、この導入法のどの点がどのくらいの成果をあ げることができたかに言及することができ、これによって、今後、よりよい導入法を開発してい

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くための具体的な方向づけも可能となるであろう。

その点で、榊文子氏の「表現運動の楽しさを児童とともに」という実践報告(5'では、授業前の 児童の実態謝査に加え、学習カードによって児童ひとりひとりの学習目標の達成度がわかる資料 を収集しているので注目される。しかしながら、それらの資料の処理及び解釈は全くなされてお

らず、結論では、授業の中で生起した諸事実を愁意的にピックアップして、反省を述べるだけに 終っているのが、残念である。

さて、日本女子体育連盟が組織的に行っている創作舞踊学習の研究は、ダンス授業研究が単発 的なもので終りがちな風潮の中で、大学の研究者と現場の教師が互いに協力し、継続的に進めら れている点で最も注目に債するものである。そして、課題学習という学習モデルを編み出したこ とは、大きな成果である。そこで、当組織の代表的な研究である「舞踊課題と創作学習モデ ル」(6)について、研究方法の観点から検討してみよう。

まず研究の目的であるが、 「本研究は、舞踊課題と創作学習モデルⅡおよびⅢの学習法が、高 校期のダンス学習においても有効であることを再認することを直接の目的としている」と記され ている。ある学習法の有効性を確かめようとしたものであることはわかるが、何に対しての有効 性なのかがはっきりと記されていない。つまり、学習目標が不明確である。前文に続いて「更に 自らの心身を投じての全体験としての創作学習、即ち、運動はイメージを誘発し、イメージは運 動を新生させるという相互関係に立ち、主体的に探究する学習が自我に目覚める青年期の心身特 性に適合し、身体意識・技能を高め、あわせて、ノンバーバルな表現の特徴を感知させ、仝人間 体験としてのダンスの本質的価値に目覚めさせる結果をもたらすことを期待した」と書かれてあ

るから、この部分が学習目標であるとも解せるが、大変抽象的なレベルのものであるので、この 学習法が有効であるかどうか、また有効であるとすれば、それはどの程度なのかをはたして判断 できるかと不安になる。研究対象は、高校1年の3クラス計126名で、記録、データとしては、

第三者による授業観察(直接の観察と収録フイルムによる観察)、指導実践記録、指導言語の録 音、学習者によるダンス・ノート、グループ活動記録、質問紙による作品評価・鑑賞の調査、学 習前と後のダンス好嫌度調査がとられている。しかし、授業観察の視点については何も述べられ ていないし、指導実践記録もどのような視点でとらえたのか不明である。学習者が記録するダン ス・ノートやグループ活動記録も自由記述の部分が多く、それを分析する視点については何も述 べられていない。質問項目には、 ①精いっぱい踊れましたか、 ④心をこめて踊れましたか、 ③自 分達の作品に満足していますか、が設けられているが、なぜこのような項目を設定したかについ ての言及はなされていない。要するに、特定の創作学習モデルの有効性を調べると言っても、何 に対しての有効性なのかが明確ではないので、研究目的に適切な記録やデータとは何かが十分に 検討されず、また収集してきた記録やデータを分析する視点も暖味なものになっているのであるO そのため、研究結果と考察のところでは、あたかも当該の創作学習モデルによる学習法が万能で あるかのようなことが、根拠不明のまま書き連ねられている。例えば、時間の進行に従って意欲 的に学習が進められ、毎時の進歩と楽しみは可速的に増大していると認められた、舞踊の本質、

ひいては人間の生命的活動への根源的な目覚めとよろこびに導くことができたと思われる、 1時 間の中に舞踊の本質にふれさせる学習として有効性を確認し得た、などである。もし、これが、

科学的な研究結果ならば、どのような学習目標に対してはどのくらい有効であるかという言い方 がなされるであろう。そうすれば、今後この学習法の具体的な改善の方向も明らかにされるであ ろう。

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この点、丹原あつ子氏の「創作表現への第一歩を民舞で‑中学3年女子"さんさおどり''の 授業」という研究(7'は, (1) "さんさおどり"がどのくらい踊れるようになったか、 (2旧本のおど りに対するイメージはどうかわったか、 (3)創作表現への動機づけはできたかという3つの視点で 授業を評価しているので、研究の枠組が理解しやすい。ただ、 (1)については丹原氏自身も述べて いるように、さんさおどりができているかどうかを判断する基準が暖味だったので、客観的なデ ータは収集されていない。また、 (2)や(3)についても、生徒の感想からそれと思われる箇所をピッ クアップし、考察しているだけなので、客観性に欠けると言わざるを得ない。

調査を取り入れた事例研究では、特に記録やデータの収集及び処理、解釈の点で問題が兄い出 される。つまり、研究の目的に応じた記録やデータのとり方とは何かがほとんど検討されていな いのである。そのため、データの解釈が主観的になり、結論で述べていることの根拠が不明確に なりがちであるのが現状である。

③比較実験授業による研究について

等質であると考えられる学習者のグループが2つ以上用意され、それに対して異なる教育内容 あるいは教育方法を採用することによって教育効果の違いを比較する研究である。

村田芳子氏の研究(8)はその一例である。氏は、子どもの欲求を大切にしながら、 1時間1時間 を楽しみながら多様な表現を体験させ、ダンスの特徴に触れさせる授業をAとし、単元の初め

J

から発表会に向けてグループでの作品づくりを中心にした授業をBとして、 AとBの比較を 行っている。比較の観点は、 AとBのそれぞれの学習過程の中で生徒は何につまづくか、そし てそのつまづきを生徒は解決できるかどうかということである。そして、ダンスに対する意識は、

Aでは86.1%好き、 13.9%嫌い、 Bでは27.%%好き、 72.2^嫌い、というデータを得、それを もとに、 Aの授業の方に軍配をあげている。しかしながら、 Aと Bでは、授業の目標も内容も 方法もすべて違うのだから、つまづきの種類も違って出てくるのは当然である。異なるつまづき に対して、数値の上で何パーセント解決できたから、 Bより Aの方が適切な授業だとは言えな いのではなかろうか。村田氏は「今回は調査対象の人数も少なく、学年や指導者の条件も異って いるため、厳密な意味での比較は不可能であるが」と述べているが、比較が不可能な理由はそれ だけではない。 A とBを比較する共通の尺度が用意されていないことに問題があると思われる。

例えば、はずかしきを取り除くという目標に対して、 Aはどれほど貢献したのか、 Bはどうだ ったのかというアプローチが必要なのである。

Ⅳ 総     括

先行のダンス授業研究の方法を検討してきたが、大部分が研究というよりは実践報告に終って いることがわかった。つまり、研究の目的がなかったり、不明確であるため、授業の中で生起し た諸事実を主観的にピックアップして開運づげ、結論へと導いているのである。

しかし、研究目的が明確であり、記録及びデータの収集、処理、解釈を通して、結論が述べら れている研究であっても、問題がないわけではない。とりわけ、記録やデータの収集、処理、解 釈の仕方において、安易さが見られるのである。すなわち、研究目的に応じた記録やデータのと り方、あるいはデータ解釈の観点が十分に検討されないまま、比較的集めやすいものを集め、研 究者の主観で解釈しているという傾向が兄い出される。したがって、ダンス授業研究は、科学的

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と言える段階には至っていないのである。

それでは、ダンス授業研究が科学的なものになりにくい原因はどこにあるのだろうか。勿論、

ダンスにかぎらず、他の種目あるいは他の教科の授業研究と共通して見られる原因が多くあるこ とは言うまでもないが、ここではダンスという種目で特に顕著に現われる原因について考えよう と思う。

ダンスの授業では、授業目標が「楽しく踊る」とか「生き生きと表現する」といった情意的な ものにウエイトがかけられることが多いために、その日標が達成されたかどうかを調べるための 記録やデータは、指導者または第三者の観察記録や感想、授業後の生徒の感想やアンケートによ

るものがほとんどである。しかし、このような記録やデータは解釈の際、研究者の主観が入りや すく、また、授業の全体としての印象を表わすことはできても学習内容や指導法の分析にまでく い込んでいくことはできないのである。

一方、教育方法学では「情意目標だけが独立して授業設計の課題にはならない」 「情意目標は 認知や技能といった他のいろんな学習を通じて、あるいはそれらに付随して形成されていくもの である」(9)と言われており、認知目標や技能目標がきちんとおさえられた上での情意目標でなけ れば意味がないという指摘がなされている。たしかに、ダンスの授業においても、具体的に学習 者が何を理解し、何を身につけたらいいのかが明確にされないかぎり、 「楽しく踊る」とか「生

き生きと表現する」と言っても、よりどころのないものになってしまうであろう。無論、従来の ダンス授業で、認知的目標や技能的目標が全く無視されてきたわけではない。しかし、それらは、

「創造性を養う」とか「身体の表現力を高める」といった抽象的なレベルのものにとどまってい ることが多かったのである。

ダンス授業目標が情意的な領域の中に多く立てられたこと、そして、認知的・技能的目標であ っても、大変抽象的な表現で設定されたこと、この二点が、ダンス授業研究において授業目標の 達成度を判断するための客観的データ収集を困難にする原因となっていたのである。ひいては、

このことが、科学的なダンス授業研究を阻止する原因となっていたことは言うまでもない。

そこで、ダンス授業研究を科学的なものにしていくためには、認知目標や技能目標を具体的に 第三者に伝達可能な行動目標という形で設定する必要がある。このことによって、授業目標が達 成されたか否かの客観的データの収集が可能になり、科学的なダンス授業研究のための下地がつ

くられることになるのである。

しかしながら、創作ダンスの場合、現実には生徒の発想や創造性にまかせて授業が展開される ことが多く、授業目標を具体化すること自体に抵抗を感じる指導者も多くいることだろう。目標 が具体化されればされるほど、授業が窮屈で無味乾燥なものになるのではないかという心配が出 てくるのである。けれども、授業が公教育であり、意図的な教育の営みであるかぎり、学校や教 師は、生徒ひとりひとりにある一定の学習内容を身につけさせることを保障しなければならない はずで、その場合、授業目標があまりに抽象的であると、いったいどれほどの生徒がどの程度目 標に達したのかをフィードバックする術がなくなってしまい、やりっぱなしの教育活動になって しまう。授業目標の具体化が即座に授業の無味乾燥化につながるとは考えず、むしろ、授業目標 の具体化を図りながらも弾力性に富んだ教育活動が展開されるよう工夫することを考えなければ ならないであろう。

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(1)石倉英子「興味を喚起させる指導活動のあり方」、学校体育第38巻第2号、 1985年2月、 66‑71頁 (2)菊地篤子「みんなとおどるのが楽しい表現運動」、学校体育第38巻第2号、 1985年2月、 98‑103貢 (3)熊井佐和子「踊る楽しさを存分に味わわせる指導」、学校体育第36巻第10号、 1983年9月、 40‑44頁 (4)川口千代、兵庫県女子体育連盟「心の抵抗感をとりのぞく導入時の指導」女子体育、 1983年9月 (5)榊文子「表顎運動の楽しさを児童とともに」学校体育第37巻第13号、 1984年11月、 96‑100頁 (6)松本千代栄、山田敦子「舞踊課題と創作学習モデル」日本女子体育連盟紀要、 1981年 (7)丹原あつ子「創作表現の第一歩を民舞で」体育科教育第27巻第8号、 1979年8月、 54‑61頁 (8)村田芳子「ダンスー中学校における授業展開」体育科教育第28巻第10号、 1980年9月、 56‑58貢 (9)水越敏行、西之Bl晴夫編著「授業の計画と指導」、第‑法規、 1974年、 79‑80頁

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A Critical Analysis of the Methods of

the Studies on Dance Instruction

Machiko KIMURA

(Department of Physical Education, Nara University of Education, Nara 630, Japan) (Received April 28, 1986)

The purpose of this paper is to analyze the methods of the studies on dance instruction and to discuss their problems.

As a result of analyzing the following points are made clear; 1. the purpose of the study has not been enough de丘nite, 2. how to collect and analyze the data has not been examined concerning with the purpose of the study, 3. the data have not been objectively interpreted. Namely we have not yet the scienti丘c studies on dance instruction.

Such problems are caused by that the aims and objectives of the dance instruction are almost a汀ective and abstract in the form of expression. Therefore we can not collect the data by which the degree of their achievement is objectively judged.

To develop the scientific study on dance instruction it is necessary that the purpose

of the cognitive and psyco‑motor domains have to be set.

参照

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