四 三 二 一
徳島藩裁許所公事落着帳・裁許御目付細帳
の基礎的研究
安浮秀一
はじめに「表書」「裳召」と裁判原則「裁許所」の制度的成立裁許所公訴落着帳と裁許御日付打帳
七 六 五
形式要素による分析
取扱い公事件名主題による分析おわりに
一はじめに
アメリカの文書館学者'シェレン.ハーグは'文書整理に際Lt便利さの故に十進法分規を持ち込むことを批判し(1)て'文書はそれを作成した行政組織および機能の起源にもとずいて分析されねばならないtと述べている。そして文
書の分煩に際し、件名主唱、行政組織および機能の三つの要素にもとすかねばならないことtを積極的に主張した.
さらに機能分析において'先験的命題によるのではな‑'経験による証明を基礎にお‑こと'つまり校能顕現の過程
で'文詔が作成されるものであることを'分類作業に反映させなければならないLtその上'行政活動の拡大が二次
的分化を惹き起すことに留意して、何が主流であるかを確めることが必要であるtとも述べている。
徳島活裁許所公事務者帳・裁許御目付和帳の基礎的研究(安碍)
史料館研究紀要第二号二
イギリスの文書館学者tI・H・ホドスンは、「分類という作業は文書群に秩序を与えることである」といい'過
度に合理化された方法(つまり十進法分類や原型解体)を避けながら'文書それ自体の秩序'つまり文書が作成され(2)た方式'機構組織の秩序を復元しようと'ア‑キヴィストは常に探求しているのだtと論じている。「時として文吉
鰭に文書が間接的に搬入される場合があるが'すでに'多分歴史家であろうが'歴史家は自分にとって実用的な整理
を試みているかも知れない。どんな理由があろうと'ア‑キヴィストは文書の秩序を修復しなければならない」とい
い'たとえば'ある文書がもともと袋に入れてあったならば'その袋が文書の秩序を示すのであるから捨ててはなら
ないtとも云っている。
表現の仕方こそ遣うが'シェレンバーグもホドスンも'文書整理の基本的態度として'文書が作成された当時の機
構組織の性質を尊重することを説き'それに従って作成当初の文書秩序を保ち'あるいは復元することをすすめてい
るのである。
本稿で取上げる徳島藩の裁許所は'近世大名の領国支配における管理組織において'行政と裁判司法が未分離の状
態からしだいに機能的に分離していく過程で設置された組織であった。そうした制度化の結果'作成された史料を'
大名文書の中で管理組織と管理機能という二つの点においてどのように位置付け得るのか'というのが本稿の第一の
課題であるといえよう。
ところで'こうした管理組織における様々な制度化から生じる史料の存在という局面で考えると共に'制度化を促
し'また制度化によって作り出される他の局面を考える必要もある。それは制度化の過程を官僚機構の成立だとする
評価に止まるのではな‑'領国各階層における社会的行動との関係で考えようということである。いいかえれば管理
組織制度化を虞現させる刺激を与え'また反応するような社会的機能・経済的機能とはどの様なものなのかtという
問いかけである。本稿で取扱う絃島蒔裁許所の役割を考えるに当って'きわめて示唆的な考え方を示すのは'経済学(3)者1・R・ヒックスの「経済史の理論」であろう。
ヒックスがこの書物において中心課題としたのは'非市場経済社会から市場経済社会への変容であり'「市場の勃
興」というテーマであった。交換経済の展開は新しい型の組織を必要とLtヒックスはこれを「商人的経済」とよん
でいる。商人的経済に特有な必要物として'「財産の保護の必要」と'「契約の保護の必要」とをあげ'変に商人的
経済の発展と共に発生するであろう紛争解決手段としての「法律的諸制度の必要」を指摘する。またヒックスは章を
改めて'商人的経済が本来'貨幣使用経済であったということから'「貨幣の安全性」と「信用保証」の二つについ
て'法体系の展開と関連させながら'議論を進めている.
注目すべき点は'非市場経済社会‑ヒックスはこれを似習的'および指令‑慣習的の二つのタイプに分けている‑
は「紛争処理解決の手段をみずからもっているであろう」が'「その古い法体系は市場の必要性を満たすものではない」
と'述べていることである0ヒックスはtE・Sクローカーの「十七世紀日本の信用制度の発展」に依拠して'「十
七世紀徳川政権下でいちじるしい国内商業の拡張があった。‑‑かれらは明らかにその国の政治的諸制度の助けをほ
とんど借りずにそれをなし遂げたに違いない。すなわち'かれらは自分達の問で調停を行うことにより'十分契約を
守ることのできる方法を見つけていたに違いない」と'判断している。つまり古い法体系でも財産の保護・契約の保
護・貨幣・信用保証に関する紛争処理に対処できるが'市場経済の進展がその枠を超えてしまうと'新しい法体系が
必要とされるが'公権力は直ちには対応できないだろうtということである。
ヒックスの議論は'いうまでもなく'ご‑1般的な筋道を追っているだけであるから'ここから直ちに問題解決の
託茸を拾い出す必要性はない。ただ社会の制度的枠組としての法や政治'あるいは文化のあ‑方と'経済行為の制度
徳島薄裁許所公事落着帳・裁許御目付和帳の基礎的研究(安滞)三
史料館研究紀要第一一号四
的枠組としての市場(交換経済における売手と買手のネッワーク)のあり方とについて'再考すべき方向を示唆する
ものとして'受け止めてみたいのである。
筆者はこれまで'徳島藩における寛政改革像を把握しようとする研究作業をいくつか壁不してきたが'「国政改革・
祖法復帰宣言」という旗印をかかげ'帝王直仕置体制復活を中軸とした改革の外衣が'藍玉の生産と流通を積杵とし(4)て展開した領国経済の発展をおおい切れない様相を'どの様に評価したらよいのかtという疑問を抱いてきた。この
課題に接近する1つの方法として'1つの部局にかかわる史料が'長期的にどの様な展開を示すのかを追跡し'寛政
期がどの様に位置付けられるのかtという手法を試みることとした0(5)(6)(‑)もちろん'長期的な観察を行った研究業績として'森泰博氏'三木雄介氏'大竹秀男氏らの成果をあげることがで(S)きる.しかし1つの部局にかかわる史料について全数観察を行うということは'調査の結果が歴史的研究としての特
定テーマの実証作業にいずれ結び付くとしても'全数観察の方法はまずは史料学的アプローチとして行うべきであろ
ぅ。ここに'本稿の第1の課層に立ち戻って行‑折り返し点があるといえよう。本稿は'昭和四九年十月'口頭で発(9)表した際の草稿に加筆訂正を行っ・たものであるが'その草稿に次のようにのべている。
裁許所公事落着帳という史料がいわば大量に残されているという事実そのものに着日したのが'そもそもの出発点
であります。蜂須賀家文書の整理・目録作成に従事していた時は、無我夢中で気の付かなかった事が沢山ありますqTl
十年たって'やっと自分流に処理する機会が与えられました。この仕事はあるいは経済史家とか'歴史家とかいう立
場で果す様な性質のものではなく'近世史科学とも云うべき分野に属しているような気が致します.もう1度'史料
の存在そのものの意味を問い直してみたいという気荷が'この研究を進めさせたのかも知れないと'自省している次
第です。
幸い'本稿を「史料館研究紀要」に発表する機会を得ることができた今日'第二の課磁をも同時に追求するといっ
た二兎追い的な側面を洗い流すべきであろうが'もし残っているとすれば'その部分は実証というよりも'今後'歴
史研究者によって解明されるべき問題と史料の所在を示しているものと理解して頂ければ'何がしか約一の課題に応(10)え得るものが残るのではないかtと考えている。
註
(1)T.R.Sheltenberg.'LModernArchives.Principles
andTechniques..pp.6)〜63Univ.ofChicagoPress
此の古物は1九五六年に初版が出され'一九七五年'投刻されている。初版以来二十年を経過しているが'文古館学の基本文献である。(2)J.nHodson.''TheAdministrationofArchives、、pp.)23‑4PergamonPressLtd.)972
一九七五年に早くも再刷されている。マンチェスター商科
大学図喜館学科でのl九六七年度講義に由来しており'入門的な概説苔といえる。現在'マンチェスタI大学古文容
学科に所属している著者は'ロンドン大学ユニヴアーツティ・カレッジの7‑キヴィスト式成コースを出たあと'州文古館・公共図古館・大学図古館のそれぞれでの女召整理に十五年間'従事した経験を生かした、と述べている。 引用した古物の他'つぎの二冊がイギリスで出版されている。
HilaryJenkinson."AManuatofArchiveAdminis・tration"PercyLund.Humphries&CoLtd.
此れはまさにイギリスにおける文宙鰭学の古典としての地位を保っており'一九二二年の初版'一九三七年の市刷'そして約二版が1九六五年'その再刷が一九六六年に行われている。此の古物については'鵜川怒「イギリスの交番
館」地方史研究lIl昭和42の紹介をみられたい。MichaetCook.''ArchivesAdministration‑AMa・
nualforlntermediateandSmaHerOrganiNation∽andforLocalGovernment"WmDawson&SonsLtd.)977.
クックは「折二次大槻後の文日付革命」によって'7‑辛ヴイーの心構えと仕都の方法が変化し'これまでの国立の
徳島藩裁許所公事落着帳・裁許御日付打帳の基礎的研究(安浮)五