秋田大学教育学部研究紀要 教育科学部門 43pp.1‑13,1992
音楽科の教育 内容 と方法 について
桂 博 章, 鈴 木 敏 朗
OntheProb一em oftheContentsandtheMethodsofMusicEducation
HiroakiK ATSL‑RA,ToshiakiSL,ZUKI
Purpose:Thepurposeofthisstudyistoexaminetheeducationalcontents andthemethodsofthemusiceducationincompulsoryeducationsoas togetshapeollrCOllrSeforthefuture.
Method:ThepublicguidelineforthemllSicandthethetextbooksofthe musicedllCationthatareeditedfortheundergraduatedstudentsofthe futureteacherswereinspectedfrom theviewpolntOftheeducational contentsandthemethods.
Resusts:Althoughthepliblicguidelineisconciliatoryandcoversthewhole ofcontentsandmethodsofthemusiceducation,it'sconcretecontents andmethodsarenotsorigidlyprescribedanditdoesnotnecessarily restricttheactualmusiceducation. Thisfactisreflectedinthetext booksofmusiceducationthatendeavortoconcretethepublicguldeline ofmusic. Soweinevitablyregardthatvariousproblemsofthepresent musiceducationareascribedtotheprocessoftheabstraction ofthe plユblicguideline. However ln aCtllalmusic education,the concrete contentsand themethodsareindispensable,and for thatwemust investlgatetheactualcaseinscool.
Ⅰ. は じめに
音楽科 の目標 として,小学校学習指導要領 に は 「表現及 び鑑賞 の活動 を通 して,音楽性 の基 礎を培 うとともに,音楽を愛好す る心情 と音楽 に対す る感性 を育て,豊かな情操 を養 う」 とい うことが,又,中学校学習指導要領 には 「表現 及 び鑑賞 の活動を通 して,音楽性 を伸 ばす とと
もに,苦楽 を愛好す る心情 と音楽 に対す る感性 を育て,豊かな情操を養 う」 ということが掲 げ られている。両者 の相違 は,小学校 の目標で は
「音楽性の基礎を培 う」 とな って い るのが, 中 学校 の目標で は 『基礎』 とい う語が抜 けている 点 だけであ り, 両者 と も 『音楽性』, 『心情』,
『感性』,『情操』 をキー ・ワー ドとす る同 じ目
標を掲 げている。
これ らの上位 目標 を達成す るために,学習指 導要領 には, ある程度具体的な教育内容が定め られている。 この学習指導要領 の取 り扱 い方 に ついては,音楽教育関係者 の間で大 きく分 けて 二つの立場が見 られ るようである。
一方 は,学習指導要領を音楽科教育 の絶対的 な指標 と見倣す立場で, この ことは,音楽科の 研究授業が行なわれ る際には,学習指導要領の 目標や教育内容か らとられた用語が,研究 テー マにたびたび用 い られていることなどに現 れて いる。
他方 は,学習指導要領の教育内容,指導方法 に反対す る立場で(1), この立場 の人 々 は, 学習 指導要領 の指導内容が細分化 され,要素連合主 義 によっている点や,指導内容 に一貫性が見 ら
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3集れない点などを批判す るようである。
これ らの批判が的を得 た ものであった として ち, 日本の音楽教育 の成立の歴史を考えた場合, 指導要領がさまざまな要素を含んだ ものにな る やむを得 ざる事情 もあったのではないか と考え られ る。 日本 において近代学校制度が始 って以 莱, 日本の音楽教育 は,欧米の音楽教育観や教 育方法を絶 え間な く採 り入れることに主眼が置 かれ,整合性,一貫性 について は, それ程考慮 を払 って きたとはいえないように見える。
そ もそ も明治5年 の学制発布 に,「当分之 ヲ 欠 く」 とい う但 し書 きつ きなが ら小学校の教科 目として 「唱歌」が加え られたの も, ヨーロッ パの学校制度の模倣であ った。当時 は, 日本 の 伝統音楽 における徒弟性的修業法以外 に音楽科 の教育内容や方法がまった く不分明であったた め,明治8年 に伊沢修二 21は,米国のブ リッジ ウォーター師範学校 に留学 し,後 にボス トン市 で公立学校音楽監督 メーソンについて音楽教育 を学んだ。
近年の例 を挙 げるな ら,数年来,音楽の授業 で全国的に広 く行 なわれ るようにな った 『創造 的音楽学習』(creativemusicmaking)と呼 ば れる,子供達のその場の発想 を主要素 とす る作 曲を中心 とす る音楽教育 の方法 は,1970年 にイ ギ リスで出版 されたPAINTER,JohnとASTO N,Peter著 の"SoundandSilence"tB)が 日本 に 紹介 された ことが契機 にな っている。
このように欧米 の音楽教育 の内容 ・方法か ら 多 くを借用す ることによって成立 して きた日本 の音楽科教育 は,多数 の人々の意見の総和 とし て総花的, あるいは折喪的な ものにな らざるを 得 なか ったわけである。言換 えれば,借用 した 音楽教育の理論, あるいは個人の立場 に依拠 し て,多 くの人が同時 にさまざまな教育内容 ・方 法 を真実 として主張す るとい う状況 にあ り,学 習指導要領 にはそれ らの主張のいわば妥協案 と して音楽科 の教育内容 ・方法が示 されていると い うことになる。
上述 した事情が逆 に,学習指導要領 の内容及 び,それに基づ く音楽科 の指導内容 についての 議論を, しば しば誘発 した ともいえ, そうした
議論 は, これまで絶え間な く行 なわれて きた。
しか しなが ら,それ らの議論 にはある種の論理 の不明確 さと論拠 の混同が見 られ るように思わ れ る。
一つ は,音楽 に関わ る者が今述べたような日 本 の音楽教育成立の事情 を省み ることな く, 自 己の立場か らのみそれぞれの主張 をな している ことである。そのためか全体的な視野のなかで, 音楽教育を論 じることが少ない。このような人々
は,現在の音楽科教育 の背景 にある音楽観,音 楽教育観 を もう一度,検討 してみ る必要がある ので はないであろ うか。
もうひとつは,音楽科教育 における,教育内 容 と教育方法の問題である。教育内容が生徒 に 学習 され,定着す るためには,合理的で一貫 し た教育方法がなければな らない。 ある教育内容 が設定 されて も,それを実現す る方法を もたな か った ら,教育内容 としての意味を失 う。逆 に いえば,実現可能 な教育内容 しか設定すべ きで はないとい うことにな る。つ まり,実現可能性 を考慮 しない主張が少 なか らず存在す るという ことである。 このため,教育内容 と教育方法 と の関係 について,改 めて検討す ることの必要性 が生 じて くる。
学習指導要領及 び,それに基づ く音楽科 の指 導内容 については,全面的に肯定す る立場をさ まざまに想定す ることがで きる。部分的に否定 す る立場 もまた,同様 に多岐 にわたるであろう ことが推測 され る。勿論,全面的な否定の立場 もあろう。 しか し, これ らの主張 は,上記 の事 情 を考慮 した上で,音楽観,音楽教育観,内容 と方法の関係な どの検討を経 たのちになされ る べ きものであると思われる。 こうした一連 の手 続 きを伴 った教育内容批判 あるいは,評価を行
な うことが,音楽科教育 の課題 と考 える。
Ⅱ.目的 と方法
1. 日 的
以上 のような前提 に立 ち, この論文 は以下 の ことを明 らかにす ることを目的に している。
桂 ・鈴木 音楽科の教育内容 と方法 について
① 音楽科 の教育内容を方法論 との関係か ら 検討 し,教育内容 の妥当性を検討す る。
② 学習指導要領,並 びに,音楽科教育の内 容 の背景 にある音楽観,音楽教育観 を導 き 出す。
③ ①及 び② の結果か ら,学習指導要領 の役 割 について,仮定的な結論を導 き出す。
2.万 法
学習指導要領 と並んで音楽科 の教育内容が示 されて いるのは,音楽科 の教科書,指導書及び, 教員養成課程 の大学生を対象 として書かれた音 楽科教育法のテキス トなどである。それ らの中 で も,今回は学習指導要領 と共 に音楽科教育法 のテキス トを,現状を知 るための資料 として用
い た 。
その理 由として,
① 音楽科教育法 のテキス トの記述 は簡潔で あ り,教育内容 を概観す るのに便利である こと
② 将来,音楽 の授業を担当す る大学生を対 象 として書かれているので,学生が修得 し なければな らない指導内容, 音楽 的技術, 音楽的知識等が音楽科 の教育内容であると 考 えて差 し支えのないこと
③ 教科書 には教材 自体 しか示 されていない が,音楽科教育法の教科書 には, ある教材 を取上 げた根拠,教材の指導法 について も 解説が加え られてお り,背景 の音楽教育 の 理念,教育観等 を知 ることがで きること などが,挙 げ られ る。
使用 した音楽科教育法のテキス トは,音楽之 友社出版の 『新版音楽科教育法』 (教員 養成大 学者楽教育研究会編,1988年)及 び,教育芸術 社出版 の 『新版音楽科教育』 (大学音楽教育 研 究 グループ著,1991年) の2点であ り,両 テキ ス トは共 に,小学校教員養成課程 の学生を対象 として書かれた ものである。 これ ら2冊 のテキ ス トを主 に用 いたが,中学校教員養成課程の学 生を対象 と して書 かれた, 音楽之友社 出版 の
『新版中等科音楽教育法』 (中等科音楽教育研究 会編,1990年) と,教育芸術社 の 『あた らし音
楽科教育の実践』 (室星敦郎他3名編集,1990 年) も参考 として用 いた。
これ らのテキス トか ら,初めに音楽科 の教育 内容 を取 りだ し, それ らが どのような領域 にわ たっているかを検討 した。次 にそれ らが どのよ うな教育法 により教 え られ るのかを,音楽科 の 代表的な教育方法(4‑に照 し合せて,教育 内容 と 教育方法 との関係の妥当性 の検討 を行な った。
Ⅲ.音楽科の教育内容
音楽之友社 と教育芸術社 の二つの音楽科教育 法のテキス トか ら抽 出 した音楽科教育の教育内 容の比較で は,両 テキス トの指導内容 にわずか な違 いが見 られ るものの, 当然 の ことなが ら, 全体 としては一致 している。 その一例 と して, 音楽之友社 と教育芸術社 のテキス トか ら,小学 校第2学年 の共通鑑賞教材である 「トル コ行進 曲」 (ベー トーベ ン作曲) の指導 内容 を引用す ると,以下 のようである。
<音楽之友社>
指導 のね らい
・ ピアノや管弦楽の音色 に親 しませ る。
・ 旋律 を口ず さみ,軽快な曲想 を味わわせ
る
。・ 拍子や リズムにの って身体表現をさせる。
<教育芸術社>
指導 の要点
・ Aの主題〔5)を くちず さんで把握 させ, 主 題 の反復 に注意 した り,全体的な強弱の流 れを感 じとらせた りす る。
・ 部分 ごとに異 なる動作をさせ,曲の変化 を身体的に反応 させなが ら, 明 るい リズ ミ カルな曲を楽 しませ る。
これ らの指導内容 は下記のように要約で き ると思 われ る。
<音楽之友社>
① 楽器の音色
② (聴唱法 による)旋律 の把握 せ 曲,悼
④ 拍子 と リズム (の身体的把握)
<教育芸術社>
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3集① 主題 の把握
② 曲の構成
③ 曲想
④ 曲の構成, リズム (の身体的把握) 指導内容 に関 して,両社のテキス トには若干 の違 いが見 られ,出版社 により抜 け落 ちている 内容があ った りす るものの, ここか らは全体 と しては似 たような ことを教育内容 として挙 げて いることがわか る。同様 な ことが,他 のどの共 通教材曲について もいえ,結局,両社 のテキス ト共,学習指導要領 に基づいて書かれているた めに,同 じ教育内容が示 されていることになる。
このように,音楽科教育 においては,同一曲に 多少異 な った指導内容が設定 され ることはあ っ て も, ある期間 に,定め られた教育内容を学習 す るように計画 されている。
それで は,音楽科教育 の指導内容全体 はどの ような領域 に渡 っているのだろ うか。音楽之友 社 の小学校教員養成課程の学生を対象 として書 かれたテキス トには,以下のような項 目が挙 げ
られている。
Ⅰ.表現能力 に関す る指導事項 (7) 聴唱 と視唱 ・視奏
抑 リズム感 と リズム表現 (身体表現, リ ズム表現を含む)
( ウ)
曲想表現 と歌詞 の理解 国 発声 と発音帥 器楽表現
( カ)
リズムや旋律の工夫 と即興表現( 辛)
和音 ・和声 と合唱 ・合奏( ク)
音符 ・休符 ・諸記号の理解 と表現Ⅱ.鑑賞の指導内容
(7) 楽曲の気分や曲想 の変化 仰 音楽の要素 と曲想 のかかわ り
( T ) )
旋律 とその反復 ・変化や対照並びに全 体の構成国 楽器や人声の音色 と特徴,並 びにそれ らの組み合わせによる響 き
以上 は,指導内容 の章か らの引用 で あ るが, 教材篇の創作教材 の章で は,以下 のような指導 内容の例が紹介 され,上述 の Ⅰの(カ)の内容を補 足 している。
Ⅰ.即興的表現
1.言葉 の リズムを生か した即興表現
2.即興的 リズム伴奏 3.ふ しの即興的表現
4.音階や形式 を意図的に選んだふ しの即 興的表現
5.音 の重 な りの即興的表現 6.図形楽譜 による即興的表現
Ⅱ.歌詞のふ しづ け
1.言葉への即興的ふ しづ け 2.歌詞への意図的なふ しづ け
Ⅳ.
自由な発想 による表現 1.環境音の模倣2.詩や物語や絵のイメージの表現 教育芸術社 のテキス トには,学習指導要領 と の重複 をさけるために,音楽科 の教育内容が整 理 された形で は示 されていな いが, 歌 唱形態, 歌唱技術,唱法,音感,歌唱表現,器楽,鑑賞 などの説明文 のなかに,音楽之友社 のテキス ト と同様 に,学習指導要領 に基づ く指導内容が示 されている。 また
,
「表現」 のなか の 「創造 的 活動」 の項 に多 くのページが割かれているのも, 音楽之友社 のテキス トと共通 している。 その具 体的な活動内容を拾 い出す と,以下のようになる
。1.創造的な歌唱活動
(7) 言葉 の感 じを生か して朗読 させ る 抑 歌唱表現 に リズム伴奏 させ る
( ウ)
音楽的な歌唱表現 を工夫 させ る 国 平易な歌 は即興合唱 させ る 帥 短 い言葉 に即興でふ しづ けさせ る 2.創造 的な器楽活動(7) リズムで問答 させ る 抑 リズムの続 きを作 らせ る
( T > )
ロン ドで リズムの続 きを作 らせ る 回 ロン ドで旋律 の即興をさせ る帥
木琴や鉄琴で即興演奏 させ る( カ)
即興 の リズムでア ンサ ンブルさせ る 3.創造的な身体表現活動(7) 遊 びを作 る
(Jf) グループの踊 りを作 る
( ウ)
自由に動 く桂 ・鈴木 音楽科の教育内容 と方法について
4.作曲活動
(7) リズムの曲を作 らせ る (Jf) 旋律 の曲を作 らせ る
( ウ)
歌 の曲を作 らせ る 5.即興的な表現活動自然の中の音や身の回 りで聞 こえる音など を楽器や物 などを使 って表 し,音や音楽 に対 す るイメージを広 げるとともに,多様 な音楽 表現 の可能性 を求 める活動 にまでつなげる
両社 のテキス ト共,『創作』 指導 内容 に重 点が置かれ,その記述 はある程度具体的な内 容 にまで及んでいるが, これは平成元年 に告 示 された学習指導要領 に 「即興的に音を選ん で表現す る」
,
「自由な発想で即興的に表現す る」 という項が新 しく付 け加え られた ことに よると思われ る。このような傾向はあるが,全体 として は音楽 科教育 の教育内容 は広 い範囲 に渡 り,それ らは, 以下 のように整理 され る。
① 発声法,楽器の演奏法など,演奏技術 に 関す る内容。
② 表現 に関す る内容 (曲想, イメージ,歌 詞 の理解 など)。
③ 音楽の仕組みに関す る内容 (旋律, リズ ム,和音,音色等 の音楽の構成要素,並 び に,曲の構成)。
④ 様式,演奏形態 に関す る内容。
⑤
音楽 についての知識,概念等 に関す る内 容。⑥ 音楽の学習法 に関す る内容 (身体運動, 唱法,創作及 び即興演奏)。
Ⅳ.教育内容 と教育方法 との関係 について
1.音楽の学習 とは
学習指導要領や 『音楽科教育法』 のテキス ト に示 されている学習内容 は,非常に多岐に渡 る。
それでは 「音楽が習得 された」 とい うのは, ど のような状態をいうのであろ うか。 た とえば, ベー トーベ ンの生涯 について学習 したとしても, ベー トーベ ンの曲を聴 いた時 にそれが彼 の曲で
あると判断で きるとは必ず しもいえない。 この ように音楽の周辺 について知 ることと,音楽そ れ自体 を知 ることとは区別 しなければならない。
音楽がわか るためには先ず,音の縦横の連結 の仕方を直感的 に感 じとることがで きるよ うに な らなければな らない。主観的 には次 に来 る音 がほぼ予想出来 ることであ るといえ る(6‑。 こう
した ことは,言語 の習得の場合 にもあるのでは ないか と推測 されるのであるが, いかがな もの であろうか。音楽 においては, ある特定の音楽 の作 られ方が把握で きた時 に, その音楽が理解 で きた と感 じるのである。
しか し,言語 もそ うであると思 うのであるが, 音楽の場合, その種類 によって 「音の組み立て
られかた (構造)」が異 な って い るの は当然 の ことである。 た とえば, イ ン ドネシアの音楽で は,音楽上 のアクセ ン トは楽器 による音の重な りの密度,並 びに音色の変化によって感 じられ, 偶数相 に強拍がある̀7)。 日本音楽 の リズム, 及
び日本国の リズム感 は,強弱 によるもので はな く,音の前後関係, あるいは拍 と相の交代 に基 づいている(8)。
したが って, あ る特定 の音の構造 を学習 した な らば, 自分 の知 らない音楽 に接 した時 には, 自分が獲得 した音 の構造を無理に当てはめるか, 了解不能 に陥 るかの どち らかである。 このよう
に音楽 の学習 には 「どのよ うな音の構造 を学習 す るか」 の問題 もかかわ り,すべての種類,氏 族 の音楽 に共通す る音楽 の学 習 はあ りえない。
しか し,今 は学習す る音の構造の種類 に触れな いとして も,音楽科教育の教育内容 の中心 には 音 の構造 の学習を置 くのが当然 の ことになるで あろう。
2.音楽科の学習内容
音楽 の学習を音 の構造 の学習 と捉え ると,前
述 の音楽科の教育 内容 の領域 のなかで, それに かかわ る内容 は,直接的には音楽科の教育内容 の項で整理 した③ の 「音楽 の構造 に関す る内容 (旋律, リズム,和音,音色等 の音楽 の構成要 秦,並 びに,曲の構成)」 とい うことにな るだ ろ う。 また,④ の 「様式,演奏形態 に関す る内
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43集容」 も,音楽 の構造 につ いて触れたものである。
① の 「発声法,楽器 の演奏法 な ど,演奏技術 に関す る方法」 は,演奏技術 を獲得 す る過程で 音楽 の構造 を獲得 して い くとい う面 は確かにあ るが,音楽 を表現す る手段 とな るもので,直接 的 には音 の構造 の学習 にはかかわ らない。発声 法 を例 に とれば,同 じ曲を頭声的な発声で歌 っ て も,地声 で歌 って も,音楽 の構造 の認知 の仕 方 は変 わ らないであろ う。
② の 「表現 に関す る内容 (曲想 , イ メー ジ, 歌詞 の理解 な ど)」 と⑤ の 「音楽 につ いて の知 識,概念等 に関す る内容」 は,音楽 の構造 の学 習 にとって は間接 的な もの と言 え るだろ う。音 楽 の指導 において,強弱 をっ けた りテ ンポに変 化 をっ けた り,歌唱 の場合 は声 の質 に変化 をつ けた りす るな ど, 曲想 をつ けることが主 た る指 導 内容 にな ることが ほとん どであ り,事実, こ のよ うな過程 を経 て音楽 の構造 が学習 され ると い う面 もあ るが, しか し, 曲想 とい うの は,元 の基本的な構造 か らの逸脱 とい うことを意味 し ている。 あま りに も大 きな逸脱 は,聴 き手 の許 容範囲を越 え る し,音楽 の構造 自体 の破壊 とい うことにな るが,許容範囲内での基本的構造か らの逸脱 は,演奏 に変化 を与 え,聴 き手 に新 し い意味を与 え るもの と して価値づけられている。
しか し, 曲想 が このよ うな意味を持つのは原構 造 がすで に定着 してか ら後 にな る。
た とえば, イ ン ドの古典音楽 において は,演 奏家 の個性 が重要視 され,個 々の演奏家 は, そ れぞれ独 自の演奏様式をもっている。同 じフレー ズを弾 くときに も,演奏家 によ り微妙 な差が現 れ,曲想 が異 な っていると言 え るのだが, これ をイ ン ドの古典音楽 を ほとん ど聴 いた ことのな い人 が聴 いた らどうだろ う。僅かな演奏上 の相 違 は普通 は聴 き分 け られない し,仮 に聴 き分 け られた と して も, そのような違 いはたい して意 味を もたない もの として感 じられ るだろ う。 そ の理 由は,原構造が身 に付 いていないので, 曲 想 を判断す る基準 がないか らで あ る といえ る。
したが って,音楽 の構造 が身 につ いていない段 階での行 き過 ぎた曲想 の指導 は,教師 には満足 感 を与 え るか もしれないが,生徒 の側で は,指
示 された ことに機械的 に従 っているだけであ っ て, なんの意味 も感 じていない ことにな る。
歌詞内容 の理解 や, そ こか ら導 き出 され るイ メー ジも,音楽 の学習 において ほ間接的な こと であ るといえ る。音楽学 の研究 によれば,能の 謡 い手が謡 うときに最 も注意 を払 うのは謡 の詞 章 を明確 に発声す ることだ とい う。謡 の内容 に 意識 を向 けて謡 うと言葉 がでて こな くな り, そ の ときに発声 してい る言葉及 び,次 に くる言葉 のみに意識 を向 けてい るとい う。全体 としては, 謡 の内容 に対す るなん らかのイメー ジな り,情 念 のよ うな もの はあるが, それ らは意識 の底 に あ り,表面 にあ るのはあ くまで も,言葉 を明確 に発声す ることであ る(9)。
また
,
「民謡 は郷土 の 自然 や人 々 の素朴 な気 持 が歌 われてい る」 な どとい うことが よ く言 わ れ るが,民謡教室で民謡 の練習 を観察 してい る と,表面上 はこのよ うな ことは全 くな く,歌 い 手 が意識 してい るのは,発声 した言葉 にいかに 節回 しを付 けるか とい うことで ある。 この場合 も,歌 い手 は自分 が歌 ってい る曲 に対 してなん らかの感情 やイメー ジを もっているであろうが, それ はあ くまで も意識 の底 にあ る もので あ り, また,音楽構造 を身 に付 けた後 に生 れて くる も のであろ う。 したが って,歌詞 の内容 は歌 うこ とへの直接的な動機 とはな りえない と言 え るだ ろ う。⑥ の 「音楽 の学習法 に関す る内容 (身体運動, 唱法,創作及 び即興演奏)」 とい うの は, それ
自体 が 目的なので はな く,音楽 の構造 を身 に付 ける方法 と解釈す ることがで きる。身体運動 は, 学習 を強化す る方法で あると考 え ることがで き
る し,創作及 び即興演奏 と言 うの も, 同 じ様 に 捉 え ることがで きる。 なぜ な ら,普通 にい う作 曲 は,音 の構造があ る程度身 に付 いた段階での 個性 の表現であ るが,音楽 科教 育 で の創 作 は, 音 の構造 の獲得 を 目的 と した ものであ り,完全
に音 が構造化 され る段階 まで に通過す る一過程 であ るに過 ぎず, したが って, そ こに個性 的な ものを求 め ることはで きないか らであ る。同様 に唱法u切もまた,苦 を現実 に構 造化 す るた め の 方法であ る。
桂 ・鈴木 音楽科の教育内容 と方法について
音楽の学習を音 の構造化 として捉えるならば, 音楽科教育 の学習内容 を同列 にとらえるのは誤
りだ ということになる。歌詞 の内容を理解 させ た り曲のイメージを持つ ことにのみ重点を置い た指導 も的外れ とい うことになる。中学校第 1 学年の共通歌唱教材 についての音楽科教育法 の テキス トの 「指導 の要点」での記述m はそ うし た例の一つである。
「音域がBか らEsと11度 にわた って い る 点や, それな りのアゴーギクを必要 とす るこ となどを考え合わせ ると, 1年生 にとって決 してや さ しい教材 とはいえないが,で きるだ け無理 のない発声 (無理 を した地声 よ りも, で きることな ら高音域 はファルセ ッ ト唱法を 用 いるとよい) と,明確 な発音 を工夫 して,
しみ じみ とした詩情 を歌 い上 げることが必要 である。
歌詞1節中にある"負われて"が"追われて ' ととらえ られた り, 3節 においては,15歳で 嫁 いで行かねばな らない,貧 しい農村 の少女 の実情が正確 に理解 されないことがあるか ら 注意 したい。」
この指導例では,歌詞の内容 については詳 し く触れ られているが,音楽構造 について は音域 についてのみ触れ られているだけである。 この ように音楽科教育 においては,核になる内容 と, 周辺的な内容,学習の手段 となる内容が区別 さ れずに教育内容が設定 されているといえるだろ
う。
3.音楽科教育の方法
音楽の学習が音の構造の獲得であるとす るな らば,音楽科教育 の方法 とは,音の構造 を獲得 す るための方法であるといえ る。 この観点か ら 音楽の教育法を示 したのは, エ ミール ・ジャッ ク‑ダル クローズ (EmileJazues‑Dalcroze, 1865‑1950)とコダーイ ・ゾル タ ン (KodalyZ oltan,1882‑1967)とカール ・オル フ(Dr.h.C. CarlOrff,1895‑1982)の3人 で あ る。 以下 に
この3人 の音楽教育法を簡単に紹介 してみよう。
エ ミール ・ジャック‑ダルクローズは リトミッ ク(一缶の創案者 として知 られるが,彼の教育方法
は経験主義 に基づ くものであるといえる。彼 は 音楽感覚 の変化 は身体感覚 の変化 によるもので あると考え03,身体的な運動 によ って音楽感覚 を発達 させ よ うと した。 彼 によ る と
,
「理論, つ まり観念 は,訓練, これをダル クローズは経 験 と呼ぶのだが, その後 に くるとい って い る。そ して,知 っているのではな く経験 したといえ ることが学習の終わ りなのだ とい う。学習 は経 験 の副産物なのである」q心。つ まり,彼 は音楽の 構造を音 自体のみを通 してではな く,身体の運 動 と結合 させ ることによって獲得 させようとし たのであ り, また,聴覚 のみをとおす とい う不 確かな経験を,身体 の運動 という実感 のあるも のにより, よ り確かな経験 に変換 しようとした のであろう。
次 に, コクーイ ・ソルダンは,音楽 における 民族的な方法を提唱 した。彼 は, バル ト‑ク(19 と共 に‑ ンガ リーの民族音楽 を研 究 し
,
「伝承 民謡が,新 たな国民音楽創造 の源泉 となるばか りではな く,行 きづまった音楽史 に新 しい道を 開 くと共 に,民族音楽 こそが芸術的創造 の源泉 であ り,その原型で もあると確信す るよ うにな る」q由と考えた。言語 の修得が母語か ら始 り,言語 の構造 を獲 得 してい くの と同様 に,音楽 の学習 も民族 の伝 統的な音楽か ら始 め, その構造を獲得 してい く のがよいとい うのが彼 の主張 の要点である。 ま た,イギ リスで考案 された主音 の位置 によ り音 の名称 を読み換 える トニ ック ・ソル ファ法 (移 動 ド法)杏,音楽の構造 を獲得す るのに有効な 方法 として提唱 したの も彼 の業績である。 これ らの方法の根底 には,声楽的 ソル フェージュの 重視がある。
最後 に,現代 ドイツの代表的な作曲家である カール ・オル フの音楽教育 は,即興演奏か ら合 奏 に導 くことによって,子供 の音楽的能力の発 達 をはか るとい うものである。即興演奏 の素材 となるのは,言葉,奏法のやさ しい楽器,動作 であ り
,
「子供の中に無意識 にあ る音楽 を, 音 楽 として気づかせそれを即興的に育てることか ら出発 し,創造的に音楽 を楽 しむ ことを目標 と している」q刀。秋田大学教育学部研究紀要 教育科学部門 第
43集子供が与 え られた素材を もとに自分の裁量で 音楽を即興的に作 ってい くとい う点 で, また, 音楽活動を聴 き手 と演奏者 に分けるのではなく, 誰で も演奏 に参加す ることを目的 としている点 で経験主義的な音楽教育法であるといえ る。 ま た,即興が子供の自由に全 く任 されているので はな く,言葉 の リズム,抑揚 に基づいて,単純 な リズム,音階,形式か ら複雑 な もの‑ と段階 を踏んでい くとい うように,系統だ った指導法 とな っている。 ここで は, ドイツの伝統 に従 っ た器楽的 ソルフェージュが根底 にあると考え ら れ る。
彼 らの音楽教育法 は部分的に重なる面がある ちのの,身体運動や言葉 の リズム,抑揚 と結 び つけて学習す る経験主義的な方法,音楽 におけ る母語か ら音楽を学習す る民族主義 的 な方法, 与え られた一定 の枠内で子供が即興的に音を操 作 してい く方法 というようにまとめることがで きるだろう。音楽の学習を 「音 の構造 の学習」
として捉 えるな らば, これ らの方法 は, まさに 音の構造の学習 とい う観点か ら考慮 された もの であるし, これ らの方法 に乗 っ取れば音楽 の学 習が抵抗が少な く自然 に行なわれるとい うこと になる。
それで は,音楽科教育の教育内容が上述 の音 楽教育の方法 とどのような関連があるのか, あ るいは,教育方法か らみた教育内容 の妥当性を 次 に検討 してみ ることにす る。
Ⅴ.教育方法か ら見た音楽科教育の学習内容
1.民族的な方法か ら見た音楽科教育の内容 コダーイのい うような民族音楽を土台 とした 方法 に従 うな ら, 日本の伝統的な音階に基づい た音楽 による教育 とい うことになるのだが,小 学校 の共通教材の うち この条件 にあてはまるの は,共通歌唱教材 としては
,
「ひ らいたひ らい た」
「か くれん ぼ」
「うさ ぎ」
「さ くらさ くら」「子 もり歌
」
「越天楽今様」であ り,共通鑑賞教 材 としては中山宿茂作曲の 「管弦楽のための木 挽歌」 と,宮城道雄作曲の 「春の海」 といえ るだろう。 そのはかの曲 は西洋音楽の音階であっ た り,西洋音楽 の音階 と日本の音階を折喪 した 四七抜 き音階n秒であった りす る.学習指導要領 その ものには鑑賞教材 に関す る取 り扱 い事項 と して,第5学年で 「歌曲及 び郷土の音楽を含 め た色々な種類の楽曲」,第6学 年 で 「組 曲等及 び尺八 の音楽 を含 めたいろい ろな種類 の音楽」
と指定 されてい る。共通歌唱教材 には,各学年 に1曲 は日本の音階に基づ く曲が含まれており, 鑑賞教材 について は, 5年生で郷土 の音楽が6 年生で は挙,尺八の音楽 ということが明確 に示
され,それ以外 については,「いろい ろな種類 の楽曲」 とい うように拡大解釈 を許す余地 を残 した記述 となっている。
『音楽科育法』のテキス トでは,わ らべ唄や わ らべ唄の音階 に基づ く即興演奏の例 が挙 げら れている。 しか し, これ らは一貫 して用 い られ ているので はな く,他 の様式による曲のなかで, 一定 の割合を占めているのにす ぎない。全体 と
して は,小学校 のわ らべ唄,郷土 の音楽,挙や 尺八の音楽か ら,中学校での郷土 の音楽, 日本 の伝統的な古典曲, 日本 の楽器を用いた現代曲 とい うように,幅広 く,かつ一定 の段階を踏ん で はいるが,他 の様式,主 として西洋音楽 の影 に隠れて しまって,散発的に現れ るとい うのが 実情 のようでいる。
ソルフェージュには, コダーイも採用 した主 音 との関係で音の名称 を読み換える トニ ック ・
ソル ファ法が採 られているが, これを 日本の伝 統的な音階 に応用す るとい うより,西洋 の音階 構造 に用 いるとい う意図の方が大 きく,方法 と 目的 との一貫性が もたれていない。
2.経験主義的な方法から見た音楽科教育の 教育内容
音楽を身体運動 を通 して経験 しその副産物 と して学習す るとい う, ダルクローズの考 えた経 験主義的な方法 について は,学習指導要領 には
「拍の流れや フレーズを感 じ取 って, 演奏 した り身体表現す ること」 という記述 と 「柏の流れ や フレーズを感 じ取 って強弱や速度の変化 に応 じた演奏を した り,身体表現をす ること」 とい
桂 ・鈴木
音楽科の教育内容 と方法 についてう記述があ るのみであ る。
ここで は,音楽 の要素 の うち,柏, フレーズ, 強弱,速度 な どを身体 の動 きによ って表現 しよ
うとい うことで あ り, ま とま った音楽 を身体運 動 と共 に経験す ることは含 まれていない。また, 教育芸術社 の 『音楽科教育法』のテキス トには,
「創造的な身体表現活動」 と して,遊 びを作 る, グループの踊 りを作 る, 自由に動 く, とい うこ とが挙 げ られてい る。 しか し, これ ら全 て が, ダルクローズの意図す る音楽 の構造 に即 した厳 密 な身体運動 との対応 を考 えてい るとは言 えな い。
このよ うに,学習指導要領,並 びに 『音楽科 教育法』 のテキス トで は,漠然 と示 されている だ けで,音楽 を経験 す るに際 して必要 な経験 す る側 の,音楽 の構造 に対応 させ る方法 について は触 れていない。 また,一つ一つの方法 や,具 体的 な方法 に も触 れていないため, これ らは全 て現場 の教師の裁量 に任 されて いると見 ること
もで きる。
また, これ らの方法 は,子供 たちが経験す る ことによ って音楽 の構造 を身 に付 けることを 目 的 と して いるのであ るか ら, これ によ って学習 で きる内容 は
,
「音楽 の仕 組 み に関 す る こ と」とい うことにな る。実際 の指導 において は,曲 想 や曲のイメー ジも身体 の動 きによ って表現 さ せ ることも充分 に予想で きるが, 曲のイメー ジ とい った ことは,個人 によって大変差があるし, 音楽構造 との異体的な対応 関係 はな いた め に, 直接的 に学習す ることは不可能 な内容 といえ る だろ う。
音楽科教育 において,身体運動 による経験主 義的な方法 は,部分的 に用 い られているにす ぎ ない し, これ によ って教 え られ る内容 は,音楽 の仕組 み に関す る内容 の ごく一部分 であ り,覗 在 の ところ音楽科教育 の内容 を支 え る一貫 した 方法 とはな っていない と言 え る。
3.オルフの教育法か らみた音楽科教育 の内容 言葉 の リズムや抑揚 に基づ いて簡単 な即興演 奏 を行 ない, これを合奏 に発展 させ るとい うオ ル フの方法 は,現在 の音楽科教育 に広 く取入れ
られている。学習指導要領 の 「音楽 をつ くって 表現す るよ うにす る」 とい う指導事項 のなかの
「簡単 な リズムや旋律 をつ くって表現すること」,
「即興的 に音 を探 して表現す る こと」,「旋律 や 音 の組 み合わせを工夫 して表現す ること」
,
「即 興的 に音 を選 んで表現す ること」,
「音 の重 な り や曲の構成 を工夫 して表現す ること」 とい う記 述 は, オル フの教育法 に基づ いた もので あると 見 ることがで きる。また,音楽之友社 と教育芸術社 の 『音楽科教 育法』 のテキス ト共, オル フの教育法 を 日本語 にあ うよ うに した具体的な方法が紹介 されてい る。つ ま り, 日本 の伝統 的な音階 によ り言葉 に 即興 的な旋律 をつ けた り,体や楽器 による リズ ム伴奏 をっ けた りす ることほどである。 しか し, 日本語 と日本 の音 階 に基づ く即興演奏 の例 に交 じって,西洋音楽 の長音階 に基づ く即興例 も挿 入 されてお り,子共 に与 え られ る即興演奏 の枠 組 みが必ず しも一貫 しているとは言 えない。
学習指導要領 の 「自由な発想で即興的 に表現 す ること」 とい う記述 は,最近全国的に広 くお こなわれ るよ うにな った 『創造 的音楽学習』 と 呼ばれ る作曲の方法 を意味 す る もので あ るが, これ は即興 のための枠組 みをま った く与 えない 方法であ り, オル フの体系的な指導方法 とは異 な っている。音楽 の構造 を習得す るのに,一定 の枠内で子供が音 を 自由に操作す るとい うオル フの指導方法 は大変有効 で あ る と思 われ るが, 現状 の指導 は, どのよ うな音楽 の構造 の獲得 を 狙 っているのか とい う点で一貫性を欠いてお り, 他 の教材 曲 との様式上 の関係 も不 明確 で あ る。
現場 の教師の指導上 の栽量で, オル フの方法 を かな り取 り入れ ることは可能 で はあ るが,結局 の ところ部分的 に しか取 り入 れ られていないと 言 え るだろ う。
4,音楽教育の現状
音楽科 の教育 内容 の うち, 直接教 え られ, し か も画 し、となる内容 は 「音楽 の仕組 みに関す る こと」 であるが,現在 の音楽科教育 で は,直接 には教 え ることの難 しい曲想 や イメージの表現 力が教育 内容 の一部分 にな ってお り,指導者が
秋田大学教育学部研究幕 己要 教育科学部門 第4
3集重点 とすべ き教育内容を取違 えた場合 には,千 供が音楽構造を獲得す るのが困難 になることが 考え られ る。曲想 とか曲のイメージというのは, ある程度音楽の構造が獲得 されてか ら生 じるも のであ り, それ らを表現す る力 は,義務教育 の 音楽 の授業で は習得で きないような高 い音楽的 能力,表現技術 と結 びついていることが多 いか
らである。
前述 の3種類 の指導方法がそれぞれ部分的に, また,折喪的に用い られていることか らもわか るように,教育内容の設定 の問題 とな らんで, 教育方法 もまた一貫 した体系を読み取れ るもの
とな っているとは言 い難 い。そのために,教育 効果をほとん ど期待で きない側面が無 いとは言 えない。 このよ うに教育内容 と共 に教育方法 に おいて も折喪的にな らざるを得 ないのは, どの ような様式 に基づ く 「音楽の仕組み」か, どの ような教育内容 を中心 に置 くべ きかな どが明確 ではないため,音楽教育 の方法 を体系的に一貫 して用いることが困難 になるか らである。次 に このような状況を生みだ した音楽科 の教育内容 の背後 にある音楽観 を検討 し,学習指導要領 の 役割 について仮定的な結論 を導 き出す ことにす る。
Ⅵ.音楽科の教育内容を支える音楽観 と学習 指導要領の役割
1.音楽科の教育 内容を支える音楽観
学習指導要領の音楽科 の目標 のひとつに 「音 楽性を培 う」 ということが挙 げ られている。 こ の 「音楽性」 について音楽之友社のテキス トは, 以下のように説明 している。
「人間 はその特性 として,生 まれなが らに して音楽 を聴 いてその美 しさを感得 した り, これを表現 しようとす る潜在的な能力を もっ ている。 この能力を音楽教育 の立場か ら人間 性 の一面 ととらえ, これを音楽性 と呼んでい る。それは潜在的な能力 とい う意 味か らは, 教育 によって引 き出 し,育て ることの可能性
も意味 している。」
この文章 は,音楽がすべての人 に価値 あるも のであるという前提で書かれている。な るほど そ うではあるが, しか しここで は二つの視点が 欠落 している。
一つは, どのような様式,音の構造を持つ音 楽であるか とい う視点である。人 はある特定の 種類 の音楽 とよ り密接 な関係 を持 つ。 しか し, 世界のすべての音楽 と密接な関わ り合いを持つ
ことはで きない。 そのため
,
「音楽」 とい う言 葉 を用 いるときには,
「多様 な様式, 音 の構造 を持つ音楽 の内の この音楽」 とい う前提が暗黙 裏 の うちあることになる。これに対 して 「学習指導要領 には学習すべ き 音楽の種類や様式が指定 されている」 という反 論があるか もしれない。 しか し,西洋音楽, 日 本音楽,西洋音楽 と日本音楽 を折喪 した唱歌,
日本人の作曲家 による西洋音楽の手法 に基づ く 歌曲,特定 の様式 に基づかない作曲法 (創造的 音楽造 り) と, あまりにも広 い範囲 に渡 る音楽 を学習す るとい うことは,結局それ らの違 いを 無視 し,音楽を一つ ものに くくって しまってい ることになる。 このように,一つ は,音楽の種 類や様式 の相違 とい うことを考慮 しないことが, 一貫 した教育方法を用 いることを困難 に してい
る。
また
,
「音楽 は人間 との関係 で存在す る もの である」 という視点 も欠落 している。最近 の音 楽学 の研究 によれば,音楽構造 は当該民族の世 界の認識の仕方 を反映 して い るとい うO誹。 この 考え方 に従えば,音楽が価値を持っのはそれを 担 う人間 との関係 において とい うことにな る。しか し,音楽科教育 において は, 音楽 の種類, 様式同様,音楽 と人間 との関係,音楽 の人間関 係 の中で持つ意味を も考慮 に入れることが無い。
さまざまな音楽 を一つ に くくって しまい,音楽 が持つ人間関係の中での意味を切 り捨てた主張 は,結果 として, どの音楽 も種類 に無関係 に音 楽 それ 自体が,人間の誰 にとって も絶対的な価 値を持っ ということを言 っていることになるで あろう。
このように具体的な音楽を持たない土壌 の上 に成立 しているために,教育内容 も実体 を捉え