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中小企業政策と競争法

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(1)

一中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二)

中小企業政策と競争法

深   津   健   二

目次

一  はじめに 二  戦後の中小企業政策・法制の展開過程 三  中小企業政策における競争政策の位置づけ 四  中小企業の利益擁護と競争法 五  結び

(2)

一   はじめに

中小企業政策という企業規模に着目して、その利益擁護・保護を目指した経済政策は、わが国では長い歴史を有

している。すでに、戦前から中小企業に対する一定の方向づけが行われており、中小企業の組織化を支援する枠組

みの設定や中小企業に影響を及ぼすような大企業の事業活動に対する経済規制の導入など、戦後の中小企業政策に

も引き継がれていく施策は、比較的早くから展開されてきた

戦後の中小企業政策の展開過程を辿ってみただけでも、幾つかの大きな節目ごとに政策転換がなされ、政策目的

やその実現に向けた手法には際立った特徴がみられる。中小企業の利益擁護・保護を図る個々の施策は、中小企業

を取り巻く環境の変化に対応して、緊急避難的なものも含めて、これまで弾力な政策展開がなされているが、かか

る政策を支える理念ないしは正当性の根拠をめぐっては、これまでも様々な議論がある。戦後、わが国の経済法制

は、国家が競争制限を容認し、これを積極的に組み込んで市場経済の統制を行う経済統制法制から、国家が競争制

限を禁止し、公正かつ自由な競争秩序の維持を図る競争法制へ移行した。競争政策・競争法によって競争秩序の維

持を図るためには、企業が行う競争制限行為や競争阻害行為を規制する必要があり、それは企業規模の大小で異な

るところはない。しかし、大企業の有する経済的な力は、しばしば反競争的に作用し、常に監視の対象とされてき

たことは、アメリカの競争法である反トラスト法の制定経緯やその後の法運用を見れば明らかである

。そして、わ

が国の独占禁止法の母法であり、世界の競争法の主導的役割を演じてきた反トラスト法を有するアメリカにおいて

も、中小企業政策が展開されている。

(3)

三中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) 企業全体ではなくて、中規模及び小規模企業の利益擁護・保護を図る中小企業政策について、その正当性とは何かを問う場合、重要になってくるのは競争政策・競争法との関係である。中小企業政策を競争法と対置して捉えるのか、同一の方向性を有するものと捉えるのかによって、中小企業政策の正当性の根拠や緊急避難的ないしは限定的な政策か本来的な政策かという政策上の位置づけなども大きく異なってくる。

本稿では、戦後の政策展開の過程を跡づけながら、一九九〇年代以降の規制改革を通じて、何れも大きく変貌を

遂げた中小企業政策と競争法との関係について若干の考察を試みたい。以下では、まず戦後の中小企業政策及び中

小企業法制がどのように展開されてきたのかについて、簡単に整理する。次に、中小企業政策の展開過程において、

競争法がどのように位置づけられてきたのかを辿っていく。最後に、競争法が中小企業の利益擁護・保護を図るた

めにどのような枠組みを設定しているのかを検討する。かかる検討を通じて、今後、中小企業の利益擁護・保護を

図るべく競争法がどのような役割を演じていくべきなのか、その方向性を探っていくことにしたい。

二   中小企業政策・法制の展開過程

 1序説

わが国の中小企業政策及び中小企業法制の歴史を辿ってみると、それは明治時代からすでに始まっているが、そ

の本格的な展開を見せるのは大企業による産業支配体制が確立されて以降のことである。例えば、中小企業政策の

重要な柱の一つである中小企業組織化政策については、最初の法制度である産業組合法はすでに一九〇〇年に制定

(4)

されているが、本格的な組織化法制は第一次大戦後の中小企業問題の顕在化に伴って一九二五年に制定された重要

輸出品工業組合法以降のことである。その後、組織化法制は、商業組合法、商工組合法など、様々な変遷を経て、

第二次大戦後の中小企業等協同組合法につながっていった

。また、流通分野における大企業規制も、百貨店問題に

対応して一九三七年に制定された第一次百貨店法によって大規模小売業者の出店規制が行われたが、その後、戦後

の第二次百貨店法、大規模小売店舗法(大店法)へと展開していくことになる

。しかし、戦後の中小企業政策は、

何度か大きな転換期を経て、今日の姿となっている。

まず、中小企業政策の基本的考え方を大きく変化させることになるのは、戦後の占領政策である。日本経済は、

終戦により連合国の占領下に置かれ、様々な制度改革が進められた。経済体制も戦前の独占容認型の統制経済から

競争による民主的な経済秩序維持を図る市場経済へと転換され、統制経済の下での中小企業政策も大きな影響を受

けることになる。連合国最高司令部(GHQ)により進められた「経済民主化」は、財閥解体や過度経済力集中排

除といった臨時的措置だけではなく、市場経済による民主的な経済秩序を恒久的に確保するための競争法制を導入

すべく、独占禁止法が制定された。それに伴って、同法の精神に反する内容を定めた戦前の法制度は全面的な見直

しが行われ、商工組合法や百貨店法などの中小企業法制は廃止された。そして、中小企業政策は、独占禁止法と同

様に「経済民主化」政策の一環として改めて立案され、競争単位としての「中小企業の競争力強化」を図る政策体

系として展開されていく

。一九四八年には、中小企業庁設置法が制定され、中小企業の育成・発展を任務とする新

たな行政組織が設置されている

次に、中小企業政策が新たな展開を見せるようになるのは、独立回復以降の競争制限的な産業政策の展開過程に

おいてである。一九六三年には中小企業基本法が制定され、中小企業政策を展開するうえでの基本的枠組みが設定

(5)

五中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) された

。同法の前文では中小企業政策の理念として大企業と中小企業との間の格差是正が掲げられ、第一条では中

小企業政策の目標を中小企業の「不利の是正」、「自主的な努力の助長」及び「企業間格差の是正」により、中小企

業の成長発展を図ることと定めた。これ以降、大企業と中小企業との間の経済格差を是正することに主眼を置く

「中小企業近代化政策」が展開され、中小企業を保護・育成するための具体的な施策と法制度が整備されていった。

しかし、一九八〇年代以降、世界的潮流ともなってきた規制緩和・自由化が進められ、特に一九九〇年の日米構

造問題協議での合意以降、競争法制の強化と政府規制の緩和といった経済改革が具体化するに従い、中小企業を取

り巻く環境も大きく変化していくことになる。「経済的弱者の保護」を目的とする政府規制の見直しに当たっては、

「保護から自立へ」という理念の下、「自立支援」に力点が置かれ、経済法、消費者法、労働法などの各分野では制

度のあり方が抜本的に見直されている。かかる情勢の変化に伴い、中小企業法制の見直し作業も進められ、一九九

九年には中小企業基本法の全面的改正が行われることになった

。そして、同法に定められている大企業との経済格

差を是正して中小企業を保護育成するという中小企業政策の基本理念は改められ、政策目標も中小企業の「自主的

な努力の助長」を基本とし、「経営革新と創業の促進」、「経営基盤の強化」及び「環境変化への適応の円滑化」に

よって、「多様で活力ある成長発展」を図るとされた(第三条)。また、同法の見直し作業と並行して、他の中小企

業関係法制も同様に見直しが進められ、政策目標として格差是正を掲げていた制度はこれとは異なる制度へと改編

されている。例えば、中小流通業者の事業機会を確保するために大規模流通業者の事業活動の規制を行ってきた大

店法は、都市計画的観点からの「まちづくり三法」へと改編された

(6)

  「経済民主化」と中小企業2

戦後の中小企業政策の出発点は、GHQによる占領政策としての「経済民主化」政策の具体化にある。一九四五

年九月に決定された「降伏後における米国の初期の対日方針 ((

」では、その第四部において日本経済に対する占領政

策の方針が「経済の非軍事化」、「民主的勢力の振興」及び「平和的経済活動の再開」という三項目で詳細に示され

た。その後、「民主的勢力の振興」は「日本の経済制度の民主化」として、「農地改革」、「労働改革」及び「産業民

主化」に分けて指示が行われている。「産業民主化」に関しては、同年一一月の統合参謀本部による「日本占領及

び管理のための連合国最高司令官に対する降伏後における初期基本的指令 ((

」により、財閥解体、統制団体の解散、

競争制限的な立法・行政上の措置の廃止が具体的に示されている。そして、同月にGHQが日本政府に示した「持

株会社の解体に関する覚書 ((

」でも、財閥解体、統制団体除去及び競争法の制定の三つが「産業民主化」の基本的な

政策体系として挙げられた。

中小企業は、こうした占領軍による「経済民主化」政策において、どのように位置づけられたのであろうか。上

記「降伏後における米国の初期の対日方針」では、「民主的勢力の振興」に関する部分に「民主的基礎の上に組織

された労働、産業及び農業の団体の発展を支援する」という記述がある。これは、日本経済を支配してきた財閥や

大企業に対して一定の措置を講ずる一方で、労働者団体及び農業者団体と並んで中小企業者の団体などを支援する

ことで「民主的勢力の振興」を図ることにより、「経済民主化」を実現しようと考えていたものと思料される。具

体的な中小企業政策は、一九四七年一月に提出された国務・陸軍・海軍省調整委員会極東問題小委員会の報告書

(7)

七中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) 「日本の過度な経済力集中に関する米国の政策について ((

」の中で打ち出されている。一九四六年三月の「財閥解体

に関する調査団報告書 ((

」に続いて提出された上記報告書は、日本経済の民主化を進めていくうえで、財閥解体だけ

にとどまらず、巨大企業の分割によって競争可能な市場を創出することが不可欠であるとの考え方を示していた。

そして、中小企業政策に関しては、中小企業が大企業と競争できるよう公的な援助を行うこと、中小企業を援助す

る部局を商務省内に設置すること、競争制限的でない中小企業の相互扶助組織による共同行為に対する特別の援助

を行うことなどを提案していた。

 3中小企業庁の設置

一九四七年一一月、政府は「中小企業対策要綱 ((

」を閣議決定し、戦後初めての中小企業政策を展開することにな

った。占領政策においては、「経済民主化」を推し進めるうえで中小企業の役割は重要なものと認識されていたが、

政府にとっても「中小企業問題」が次第に顕在化するに従い、中小企業の支援が重要な課題となっていった。一九

四七年二月に最初の「中小企業振興対策要綱 ((

」が閣議決定され、経営指導や組織化対策、金融支援策などが掲げら

れたが、組織化対策や金融支援策ではGHQの支持が得られなかった。そして、その後GHQとの折衝を経て八月

に中小企業の経営指導の強化や指導体制の確立が主たる内容であった「中小企業対策要綱」が閣議決定されている。

一一月の要綱は、八月の要綱を再確認したもので、中小企業の経営指導の強化や指導体制の確立、なかでも指導体

制強化策として「中小企業総局」の設置を掲げるとともに、その役割を「中小企業に関し総合的責任を有する機

関」であり、「政府部内における一切の会議及び国会において中小企業の代弁者」であるとされた。中小企業に関

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する行政部門の新設は、上述の「日本の過度な経済力集中に関する米国の政策について」の中でもすでに言及され

ており、同年四月に公布された独占禁止法に基づく競争秩序の下で中小企業を発展させるために、中小企業支援の

枠組みを設定しようとするものであった。

「中小企業対策要綱」に基づき、新しい行政機関を設置する法案が作成され、一九四七年七月、中小企業庁設置

法が成立した。同法では、中小企業を支援する行政機関を新設する目的として、「健全な独立の中小企業が、国民

経済を健全にし、及び発達させ、経済力の集中を防止し、且つ、企業を営もうとする者に対し、公平な事業活動の

機会を確保するものであるのに鑑み、中小企業を育成し、及び発展させ、且つ、その経営を向上させるに足る諸条

件を確立すること」を掲げている(第一条)。これは、「独立した中小企業」が「経済力の集中を防止」して、「公

平な事業活動の機会を確保」するものであるから、国は「中小企業を育成・発展」させ、「経営を向上させるに足

る諸条件を確立」する必要があるという考え方、すなわち大企業に対抗しうる競争単位としての「中小企業の競争

力強化」を打ち出したものである。このように、国が中小企業の育成・発展のための施策を展開するのは、経済力

集中規制や事業活動の機会確保という側面で中小企業の役割を評価しているからに他ならない ((

上記の目的を達成するために、中小企業庁設置法第二条は、商工省の外局として中小企業庁長官を長とする中小

企業庁を設置することを規定していた。また、中小企業庁の権限について定める第三条では、①中小企業に関する

事項や情報の収集・分析・供給、②中小企業の経営状況の調査・診断、③試験研究機関との協力関係、④新規の製

品等の奨励、⑤展示会の開催などの事務を所掌すること及び中小企業に関する調査研究を行うとともに、国会に提

出される議案のうち中小企業に関係する事項に対して意見を提出できることが規定されていた。

一九四八年八月、設置法に基づき中小企業庁が発足したが、その後次第に中小企業政策の重要性に対する認識が

(9)

九中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) 高まっていった。そして、GHQの同意も得られたことから、一九五〇年四月、設置法が改正され、「中小企業の

育成及び発展を図るための基本となる方策を定めること」が追加された。中小企業庁は、これにより「中小企業政

策に関する総合企画官庁」という性格が明らかになったとされ ((

、当初GHQからなかなか同意が得られなかった中

小企業の組織化や中小企業金融に関する権限も規定され、中小企業庁の権限が大幅に拡大している。

 4中小企業基本法の制定

戦後の経済復興期に中小企業政策を担うべく設置された中小企業庁は、その後の高度経済成長へ向かう過程にお

いて、「中小企業問題」への対応を迫られることになる。経済活動も活発化し、次第に産業構造の高度化や国際競

争力の強化が国家的課題として浮かび上がってくる中で、大企業と中小企業との間の格差や中小企業間における格

差が拡大し、中小企業の低生産性や低所得といった企業間格差から生ずる諸問題に対応した中小企業政策の立案が

要請されるようになったのである。一九五七年以降、「二重構造論 ((

」として議論が活発に展開された「中小企業問

題」の顕在化は、中小企業政策が従来の「中小企業の競争力強化」から「中小企業近代化」へと転換していく要因

となった。

一九六〇年に閣議決定された「国民所得倍増計画」においては、その施策の一つとして「中小企業近代化」が掲

げられ、「中小企業の生産性を高め、二重構造の緩和と、企業間格差の是正をはかるため、各般の施策を強力に推

進するとともにとくに中小企業近代化資金の適正な供給を確保する」こととされた ((

。そして、これに基づく施策が

次第に具体化される中で、中小企業政策の「総合的体系化」が求められるようになり、一九六三年、中小企業基本

(10)

一〇

法が制定されることになった。

中小企業基本法の立法趣旨については、前文において、「中小企業の経済的社会的制約による不利を是正すると

ともに、中小企業者の創意工夫を尊重し、その自主的な努力を助長して、中小企業の成長発展を図ること」が「国

民に課された責務」であることを明確にしたうえで、「中小企業の進むべき新たなみちを明らかにし、中小企業に

関する政策の目標を示すため、この法律を制定する」としている。そして、第一条に掲げられた政策目標は、「中

小企業の経済的社会的制約による不利を是正するとともに、中小企業者の自主的な努力を助長し、企業間における

生産等の諸格差が是正されるように中小企業の生産性及び取引条件が向上することを目途として、中小企業の発展

を図り、あわせて中小企業の従事者の経済的社会的地位の向上に資すること」であった。この目標達成のための国

の施策として、①中小企業設備の近代化、②中小企業の技術向上、③中小企業の経営管理の合理化、④中小企業構

造の高度化、⑤過度の競争の防止と下請取引の適正化、⑥中小企業が供給する物品・役務等に対する需要増進、⑦

中小企業の事業活動の機会確保、⑧中小企業の労働環境の適正化の八項目を掲げ、「その政策全般にわたり、必要

な施策を総合的に講じなければならない」としている(第三条)。

 5中小企業基本法の改正

戦後の中小企業政策の出発点が占領政策における「経済民主化」であり、中小企業庁の設置により「中小企業の

競争力強化」を目指した中小企業政策が本格化したが、産業政策が展開される中で、中小企業基本法制定以降、

「中小企業近代化」へと転換される過程を見てきた。そして、もう一つの大きな節目となるのが、中小企業基本法

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一一中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) の改正である。

一九七九年、経済協力開発機構(OECD)によって「競争政策と適用除外又は規制分野に関する勧告 ((

」が加盟

国に対して出されると、「規制緩和」、「民営化」、「自由化」などと表現される「規制改革」が世界的な潮流となっ

ていくが、わが国でかかる動きが本格化するのは一九九〇年の日米構造問題協議での合意以降のことである。同協

議では、わが国の流通規制や競争制限的な取引慣行が焦点となり、規制緩和と競争法の強化が合意された ((

。そして、

その後の日米フォローアップ会合を経て、競争政策・独占禁止法の強化が着実に進むとともに、流通分野における

規制緩和だけではなく、政府規制制度全般にわたって見直し作業が進められた ((

。なかでも、一九九五年から始まっ

た「規制緩和推進計画」では、経済的規制に加えて、社会的規制も含めた規制緩和の具体的プログラムが提示され、

わが国の経済制度改革が急速に進んでいくことになった ((

中小企業庁では、こうした社会経済状況の変化に合わせて中小企業政策の見直しを図るために、一九九八年七月

に「中小企業政策研究会 ((

」を設置し、検討作業を開始した。翌年五月に同研究会が取り纏めた報告書「中小企業政

策の新たな展開 ((

」では、社会経済環境が変化し、中小企業の多様性も増大してきていることから、政策理念も含め

た中小企業政策の再構築が必要であるとして、「格差是正」を政策目標としている中小企業基本法を見直すよう提

言している。そして、この報告書をベースに中小企業政策審議会での正式な見直し作業が始まり、検討開始から僅

か四カ月弱の短期間で答申が出されている。したがって、同年九月に発表された中小企業政策審議会答申「二一世

紀に向けた新たな中小企業政策の在り方」の基本的内容は、「研究会の報告書を踏襲したもの」であると評されて

いる ((

答申の第一部「二一世紀を展望した中小企業政策の基本的考え方」では、政策理念の見直しの方向性について、

(12)

一二

「市場主義」ないしは「競争原理重視主義」の立場 ((

から、「多様で活力ある独立した中小企業の育成・発達」を図る

ものとすべきことが打ち出されている。そして、政策目標としては、①競争条件の整備、②中小企業の経営の革新

や創業の促進、③セーフティネットの整備の三つが掲げられた。答申後、改正作業は急ピッチで進められ、翌月に

は改正法案が閣議決定された後、直ちに国会へ提出され、同月可決成立している。

改正法では、立法趣旨を述べている前文が削除され、第一条に次の目的規定が置かれた。すなわち、「この法律

は、中小企業に関する施策について、その基本理念、基本方針その他の基本となる事項を定めるとともに、国及び

地方公共団体の責務等を明らかにすることにより、中小企業に関する施策を総合的に推進し、もつて国民経済の健

全な発展及び国民生活の向上を図ることを目的とする」。そして、政策目標が掲げられていた旧法の第一条に相当

する部分は、基本理念について定めた第三条第一項において、次のように改められた。すなわち、「中小企業につ

いては、多様な事業の分野において特色ある事業活動を行い、多様な就業の機会を提供し、個人がその能力を発揮

しつつ事業を行う機会を提供することにより我が国の経済の基盤を形成しているものであり、特に、多数の中小企

業者が創意工夫を生かして経営の向上を図るための事業活動を行うことを通じて、新たな産業を創出し、就業の機

会を増大させ、市場における競争を促進し、地域における経済の活性化を促進する等我が国経済の活力の維持及び

強化に果たすべき重要な使命を有するものであることにかんがみ、独立した中小企業者の自主的な努力が助長され

ることを旨とし、その経営の革新及び創業が促進され、その経営基盤が強化され、並びに経済的社会的環境の変化

への適応が円滑化されることにより、その多様で活力ある成長発展が図られなければならない」。

このように、旧法では、「中小企業の経済的社会的制約による不利の是正」、「中小企業者の自主的な努力の助長」、

「企業間における生産性等の諸格差の是正」により、中小企業の成長発展を図ることを中小企業政策の政策目標と

(13)

一三中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) してきたわけであるが、改正法では、「二重構造論」を背景とした「格差是正」という表現は削除されている。そ

して、新たに登場するのは「競争の促進」であり、上述のように、「中小企業政策研究会」の報告書では「競争条

件の整備」が政策目標の第一の柱に掲げられていたし、それをベースとする中小企業政策審議会答申でも同様であ

った。ただし、中小企業基本法の改正にあたって、「競争の促進」がこのように強調されることには、依然として

「格差是正」のための施策が必要であるという立場からは懸念が示されることも想定されるところである。改正法

では、政策の基本方針について定める第五条において、「政府は、次に掲げる基本方針に基づき、中小企業に関す

る施策を講ずるものとする」として、①中小企業者の経営の革新及び創業の促進並びに創造的な事業活動の促進を

図ること、②中小企業の経営資源の確保の円滑化を図ること、中小企業に関する取引の適正化を図ること等により、

中小企業の経営基盤の強化を図ること、③経済的社会的環境の変化に即応し、中小企業の経営の安定を図るととも

に、事業の転換の円滑化を図ること等により、その変化への適応の円滑化を図ること、④中小企業に対する資金の

供給の円滑化及び中小企業の自己資本の充実を図ること、の四つを政策の柱として掲げた。このように、研究会報

告書や審議会答申にあった「競争条件の整備」は「経営基盤の強化」に変更されている ((

。さらに、審議会答申では、

「小規模企業政策についての考え方」という項目を起こして、「二重構造の底辺を引き上げる」のではなく、「創業

や成長の苗床として機能するよう支援する」必要のあることに言及していた。これを受けて、旧法第二三条に定め

られていた小規模企業に対する配慮事項は改正法でも第八条に同様の規定が残されたが、「社会政策的観点からの

小規模企業対策は、経済情勢の変化に伴いその必然性は低下している」として、小規模企業従事者の生活水準に関

する部分は削除されている。

(14)

一四

三   中小企業政策における競争政策の位置づけ

 1戦後初期の中小企業政策

戦後の中小企業政策の出発点は占領政策における「経済民主化」にあったことは上述のとおりであるが、中小企

業政策において競争政策及び競争法制がどのように位置づけられていたのかを見てみよう。

「経済民主化」の柱の一つである「産業民主化」は、財閥解体、過度経済力集中排除及び競争法導入という三つ

の政策体系から構成されていた。前二者が競争的市場を創出するための臨時的な措置であり、後者がその競争的市

場を維持するための恒久的措置である。占領政策の中で打ち出された中小企業政策は、競争市場創出のための臨時

的措置の中において、財閥や巨大企業に対する一定の措置を講ずる一方で、中小企業を市場における重要な競争単

位と捉え、これを支援するというものである。具体的には、大企業と競争しうるように中小企業に公的な援助を行

うこと、公的な援助を行う部局を設置すること、中小企業の組織化を支援することであった。そして、恒久的な措

置としての競争法の導入との関係においては、「日本の過度な経済力集中に関する米国の政策について」の中で、

「日本の反トラスト法」を制定すべきであるとし、「協同組合の共同事業は、それが強制的または独占的なものでな

い場合および本来の協同組合の特徴である民主的原則に基づいて行動する場合には、同法の規定の適用の除外が認

められるべきである」とされている ((

このように、中小企業を競争市場における重要な競争単位と位置づけ、中小企業への公的援助を行うとともに、

(15)

一五中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) 中小企業の協同組合を競争法の適用除外として組織化を支援するという考え方は、アメリカの中小企業政策の考え方に基づくものである。競争を「政治的民主主義の経済的同義語 ((

」と捉えるアメリカでは、中小企業政策も競争政

策をベースに展開されている ((

。一九五三年に制定された中小企業法(SmallBusinessActof(((()においては、「企 業の自由競争の維持・拡大が国民経済の繁栄及び国家の安全保障の基盤であり、これは中小企業が国から支援を受

け、十分な成長発展を遂げてこそ実現されうる」という考え方が示されている。そして、アメリカの中小企業施策

は、基本的に金融支援、経営指導及び政府調達の三つの柱から構成されている。

「競争社会アメリカ」の基本政策である競争秩序維持は、大企業に対する経済集中を規制する一方で、競争単位

としての中小企業の支援・育成によりその実現を図ろうとするもので、その考え方は当然占領政策にも反映される

ことになった。したがって、占領軍の「経済民主化」政策において、中小企業政策は競争政策と同じ方向性を持つ

政策として導入するよう求められたのである ((

そして、GHQとの折衝を経て「中小企業対策要綱」が策定され、これに基づいて中小企業庁設置法が制定され

ることになったが、わが国の中小企業政策の方向性については、同法の目的規定において、「独立した中小企業」

が「経済力の集中を防止」して、「公平な事業活動の機会を確保」するものであるから、国は「中小企業を育成・

発展」させ、「経営を向上させるに足る諸条件を確立」することが明示された。なお、中小企業政策の基本となる

中小企業庁設置法及び中小企業基本法は、法制定以降度々改正されており、各条項の構成及び内容は制定当初と大

きく異なるものとなっている。しかし、設置法第一条の目的規定は現在も制定当初のものを維持しており、ここに

示された中小企業政策の方向性、すなわち競争政策と同じ方向を志向している政策であるというのは、実態はとも

かくとしても、制度上は一応維持されているといえよう。

(16)

一六

ところで、競争政策の導入は、財閥解体に関する指令や過度経済力集中排除立法の制定による企業分割、統制団

体除去のための法令廃止などの措置と並行して、独占禁止法の立法作業が進められ、一九四七年四月に法案が成立

した。同年七月から施行された独占禁止法は、「経済憲法」とも称されていたように、「経済活動の基本法」と位置

づけられるものである。競争政策と同様の方向性を有する中小企業政策を担う中小企業庁の権限に関して、一九四

八年に制定された設置法第三条では、中小企業に対する施策に関連する事務を所掌すること(第一項)や中小企業

に関連する法案に対して意見を提出できること(第二項)のほか、競争法と関連した規定も設けられていた。すな

わち、第三項では、「中小企業者は、行政庁の行為により不当にその事業を阻害されたとき、又は他人の行為によ

り不当な取引制限を受け、若しくは他人の行為が不公正な競争方法であると認めるときは、中小企業庁にその事実

を申し述べることができる」としていた。そして、第四項では、「前項後段の場合において、中小企業庁は、当該

事件を公正取引委員会に移さなければならない」とも規定していた。同様の規定は、現行法でも基本的に維持され

ている。また、中小企業組織化政策は、戦後の中小企業政策の「主軸 ((

」として、「経済民主化」政策の中でも重要な施策

として提案されていたが、中小企業庁設置法に続いて、一九四九年に中小企業等協同組合法が制定された ((

。同法は、

戦前の中小企業組織化法制とは異なって、統制組合的色彩を排除した民主的原則に基づく協同組合制度について定

めたものである ((

。かかる制度創設の目的は、独占禁止法による競争秩序維持の下で、中小企業が競争単位として大

企業と競争しうるための基盤整備を行うことにあった。

(17)

一七中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二)

  「近代化政策」と競争政策2

一九五二年に講和条約が発効し、独立が回復して以降、わが国の競争政策は、急速に後退していくことになる。

独占禁止法の後ろ盾となってきた占領軍も撤退し、独占禁止法が「無力化」する一方で、競争制限的な産業保護政

策が支配的な経済政策として展開された。独占禁止法を占領政策による押し付けと捉えていた産業界からは、「日

本の経済風土に合った経済法制」へと転換するよう強い要請が出され、独占禁止法の改正やその適用を除外する制

度の創設が具体化していった ((

。一九五三年に行われた独占禁止法の改正では、合理化カルテル・不況カルテルの容

認をはじめとする共同行為規制の大幅な緩和、再販規制における適用除外制度の創設、企業結合規制の緩和など、

独占禁止法を「骨抜きにする改正」と評されるほど競争政策を後退させるものであった ((

。競争政策の後退はその後

も続き、独占禁止法の適用除外を定める様々な適用除外法の制定や行政指導による競争制限的行為の容認という

「競争制限的政策」が導入されていった ((

一方、中小企業政策は、日本経済が一九五五年から高度成長期へと移行し、経済構造も急速に変化していく中で、

「二重構造論」で指摘されているような中小企業の低生産性や低所得に対する対応が求められるようになる。大企

業と中小企業との格差が拡大するだけでなく、中小企業間でも格差が拡大する傾向が顕著となったことにより、中

小企業政策は大企業に対抗しうる「中小企業の競争力強化」の政策から「二重構造の緩和」のための「中小企業近

代化」の政策への転換が進められた。そして、一九六〇年に閣議決定された「国民所得倍増計画」においては、

「二重構造の緩和」が計画の主要な目標の一つとして掲げられ、その具体化として「中小企業近代化」のための諸

施策が提示された。

(18)

一八

かかる施策では、合理化カルテルの容認や協業化などの中小企業組織化策も「広い意味での中小企業近代化への

手段」と捉えられており ((

、「中小企業近代化」へ向けた取り組みが具体化していった。まず、一九六〇年に中小企

業の設備近代化を支援するために中小企業業種別振興臨時措置法が制定され、次いで中小企業の協業化を支援する

中小企業振興資金助成法の一九六一年改正、合理化カルテルを容認するための中小企業団体法の一九六二年改正と

続き、さらに同年には中小流通業者の組織化に関する商店街振興組合法も制定されている。翌年、こうした「中小

企業近代化」を推し進める中小企業政策の「総合的体系化」を図るべく中小企業基本法が制定されたことは上述の

とおりである。

中小企業基本法の前文では、まず中小企業が「国民経済のあらゆる領域にわたりその発展に寄与するとともに、

国民生活の安定に貢献してきた」とし、その「経済的社会的使命が自由かつ公正な競争の原理を基調とする経済社

会において、国民経済の成長発展と国民生活の安定向上にとつて、今後も変わることなくその重要性を保持してい

く」という認識が示された。そして、第一条では「中小企業の経済的社会的制約による不利の是正」、「中小企業者

の自主的な努力の助長」及び「企業間における諸格差の是正」によって、中小企業の成長発展を図るための中小企

業政策の目標が掲げられた。すなわち、基本法における基本的なスタンスは、市場経済における競争原理を前提と

しつつ、深刻な企業間格差の存在を踏まえて、格差是正のための施策を展開することにより、中小企業の「経済的

社会的使命」に応えようというのである。また、第三条では、中小企業の設備、技術、経営管理などの近代化・合

理化・高度化の支援、中小企業の不利・格差の是正のための事業活動規制など、八項目が政策目標を達成するため

の施策として掲げられていた。中小企業基本法の制定に合わせて、かかる施策を具体化するための法制度も同時に

整備されており、同法の関連法案一〇本も成立している ((

(19)

一九中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) 中小企業基本法の制定以降、「二重構造の緩和」に向けた「中小企業近代化」政策がさらに具体化していく中で、

競争政策との関連で触れておく必要があるのは、第三章で規定される「事業活動の不利の補正」のための施策であ

る。同法第三章には、「過度の競争の防止」(第一七条)、「下請取引の適正化」(第一八条)、「事業活動の機会の適

正な確保」(第一九条)などの施策に関する規定が置かれている。なかでも、「過度の競争の防止」(過当競争の防

止)や「事業活動の機会の適正な確保」(事業機会の確保)のための施策を競争政策との関係においてをどのよう

に理解したらよいのか、その後大きな問題となってくる。

まず、過当競争の防止は、「中小企業の取引条件の向上及び経営の安定」を目的として、「中小企業者が自主的に

事業活動を調整して」行うものであり、国はそのための組織を整備していくという施策である。基本法の制定と前

後して、中小企業等協同組合法や中小企業団体法のほか、各種の中小企業組合関係法 ((

においても数次の法改正が行

われ、カルテル機能が強化されていった ((

次に、事業機会の確保は、大企業による「中小企業者の利益の不当な侵害を防止」して、「中小企業の事業活動

の機会の適正な確保を図る」ため、国は紛争処理機構の整備等を行うという施策である。流通分野におけるかかる

施策として、すでに第二次百貨店法が一九五六年に制定されており、基本法制定の翌年には小売商業調整特別措置

法(商調法)も制定された。そして、流通以外の分野でも、主として中小企業で構成されている分野に大企業が進

出することにより中小企業のとの間で紛争が生じたため、一九五九年に中小企業団体法が改正され、「特殊契約制

度」という紛争当事者間の話し合いによる解決の道筋が導入された。しかし、かかる制度では事業機会の確保は図

れないということで、一九七六年に中小企業分野調整法(分調法)が制定されている。また、流通分野でも、「流

通の近代化」を図る政策が進められ、事業機会の確保を図る施策が強化されている。規制対象を百貨店業だけでは

(20)

二〇

なく、大規模小売業者全体に拡大した大店法が第二次百貨店法に代えて制定され、商調法も一九七六年に強化改正

されている ((

このように、独占禁止法の一九五三年改正以降、競争政策の後退が続き、中小企業政策も「中小企業近代化」の

名の下に産業保護的ないしは競争制限的な施策が展開されていった。組織化策においてはカルテル機能の強化が進

められるとともに、不利是正策においても下請企業保護の施策や大企業の参入規制による事業機会確保の施策が展

開されている。なかでも、事業機会確保の施策に関しては、これを競争政策との関係でどのように理解していくの

かをめぐって、見解は大きく分かれた。基本的な考え方としては、たとえ「中小企業、零細企業といえども、競争

原理による市場の法則の支配からまぬがれることはゆるされない ((

」ものであることから、大店法、商調法、分調法

などの事業機会確保のための法制度は、競争政策と整合的に捉えるものと競争政策とは異なる原理を持つものと捉

えるものに分かれる ((

。さらに、前者は、中小企業が公正かつ自由な競争秩序が維持された市場において事業活動を

行うための法制度と理解し、その基本原則に沿って法運用がなされるべきであるという考え方 ((

と競争制限的・競争

阻害的参入を規制することにより中小企業者の「生業権」や消費者選択の自由を確保しうるものとすべきであると

いう考え方 ((

に分かれる。また、後者は、競争政策と整合性を持たせるのは困難であるとしてこのような制度を否定

的に捉える考え方 ((

と競争政策とは異なる原理に立つ法制度であるが、競争政策では解決しえない問題に対処するた

めの措置を定めたものであり、中小企業支援の施策等による効果が発揮されるまでの緊急避難的なものという考え

((

に分かれる。

かくして、中小企業基本法制定以降の「中小企業近代化」を目指した諸施策の展開は、競争政策が後退していく

過程において、両者の関係を複雑なものにしていった。

(21)

二一中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二)

 3基本法の改正と競争政策

一九八九年に開始された日米構造問題協議は、「第二の黒船」とも呼ばれ、「日本の開国」、すなわち市場開放を

迫るものであった。アメリカ側は、同協議において、日米間の貿易不均衡の原因は日本市場の閉鎖性にあり、それ

を支えている競争制限的な日本的取引慣行と政府規制に問題があると主張した。そして、競争法の厳格な運用や法

の執行力強化による日本的取引慣行への対応、競争法適用除外制度その他の政府規制制度の廃止や規制緩和を求め

てきた。翌年の最終合意では、市場開放のために日本側がとるべき措置として、競争促進を図るための立法化措置

や運用の改善及び政府規制の緩和、合意に沿った実施状況確認のためのフォローアップ会合の開催などが盛り込ま

れた ((

。同協議での合意以降、中小企業カルテルを容認する適用除外制度や中小企業の事業機会確保のための政府規

制制度を含めて、競争法の強化と規制緩和が進められた ((

わが国の中小企業政策は、中小企業基本法制定以降、中小企業の近代化を支援する施策と中小企業の不利を是正

する施策を中心に展開されてきた。しかし、アメリカの中小企業政策には日本のような不利是正策は行われておら

ず、構造協議においては「中小企業近代化」に向けて展開されてきた中小企業保護の施策に対する違和感にはとて

も強いものがあった。したがって、不利是正策としての事業機会確保を図るための法制度の一つである大店法に対

しては、その廃止まで求めてきている。大店法は、同協議での合意を受けて規制緩和が行われ、その後事業機会確

保を図るための法制度から都市計画の観点から「まちづくり」を進めるための法制度へ転換されることになった ((

また、一九九九年に中小企業団体法が改正され、中小企業の経営安定化・合理化のために認められてきたカルテル

(22)

二二

についても廃止されている。

そして、中小企業政策の基本的な方向性についても、一九九五年の「規制緩和推進計画」以降、経済制度改革の

急速な進展に伴って、大きく転換されることになる。新しい中小企業政策の方向性は、次第に強化されつつある競

争政策と同じ方向性を持つものであり、改正された中小企業基本法にもそのことが示されている。政策の基本理念

を掲げる第三条は、「多数の中小企業者が創意工夫を生かして経営の向上を図るための事業活動を行うこと」によ

り、新産業の創出、就業機会の増大、市場における競争の促進、地域の経済活動の活性化などが図られるという認

識の下に、中小企業の成長発展を図るためには「独立した中小企業者の自主的な努力が助長されることを旨」とし

て施策の展開が図られることを明らかにしている。したがって、中小企業の努力を助長するために、経営革新や創

業促進、経営基盤の強化、環境変化への適応円滑化、資金供給の円滑化や自己資本の充実などの中小企業支援の施

策が中心となっている。なお、旧法第一九条に規定されていた「事業活動の機会の適正な確保」は、改正法でも、

環境変化への適応円滑化のための施策の一つとして、「国は、中小企業者以外の者の事業活動による中小企業者の

利益の不当な侵害を防止し、中小企業の経営の安定を図るための制度の整備その他の必要な施策を講ずるものとす

る」(第二二条第二項)という形で残されている。しかし、これは、改正作業の時点では商調法と分野調整法の見

直しが進められていることから、「事業活動の機会の適正な確保」に関する規定を全面的に削除することはせず、

緊急時対策に限定して設けられたものであるとされる ((

このように、中小企業基本法改正以降の中小企業政策は、「競争原理の尊重」という立場から、中小企業が市場

において競争しうる条件の整備を図ることを基本に掲げ、独占禁止法や下請法などと同様に、公正な競争による市

場メカニズムの機能とその不備の補完により、中小企業の成長発展を図るものへと転換された ((

。したがって、中小

(23)

二三中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) 企業政策としては、中小企業の競争条件を整備していくうえで、中小企業支援の施策に加えて、独占禁止法や下請法といった競争法の的確な運用が不可欠となる。

四   中小企業の利益擁護と競争法

 1中小企業と競争法との関係

「経済民主化」によってわが国に初めて導入された競争政策は、戦後の一時期を除いて、産業優先の政策により、

支配的な政策とはならなかった。「経済憲法」ないしは「経済活動の基本法」とされる独占禁止法は、一九五三年

改正以降後退の一途を辿っていった。オイルショックに伴う経済混乱の際には、大企業の反社会的行動に対して、

独占禁止法は全く無力であったことから、一九七七年に史上初めての強化改正が行われたものの、長い間の停滞期

が続いた。その間の中小企業政策は、競争制限的な政策が優先され、たとえ競争政策と整合性を保った政策展開が

可能であっても、実際の法運用は異なるものであった。例えば、大型店の出店を規制する大店法は、公正な競争秩

序維持という観点からの出店調整が可能であったが、実際には法律と乖離した通達による調整制度が機能していた ((

しかし、日米構造問題協議という「外圧」を受けて、競争政策強化の動きが本格化し、独占禁止法の運用厳格化や

執行力強化のための法改正が進められ、「経済活動の基本法」としての役割に期待が高まって行っていくことにな

る。ところで、競争法は、中小企業にとってどのような存在と捉えられているのだろうか ((

。わが国の競争法である独

(24)

二四

占禁止法の目的は、「公正且つ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇傭及び国

民実所得の水準を高め、以て、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する

こと」であると規定されている(第一条)。この目的を達成するために、私的独占、不当な取引制限及び不公正な

取引方法を禁止するほか、事業者団体規制、企業結合規制及び独占的状態規制などを行っている。また、不公正な

取引方法規制を補完するために下請法及び景品表示法が制定されている。なお、景品表示法は、二〇〇九年から消

費者庁に所管が移されたが、競争法としての性格が変わったわけではない ((

独占禁止法は、「経済活動の基本法」であることから、企業規模の如何を問わず遵守すべき基本的ルールである。

しかし、独占禁止法が行っている規制の中には、中小企業が大企業と対等の立場で競争をするうえで重要なものも

少なくない。大企業による私的独占や不当な取引制限などの競争制限行為、不当廉売、差別対価、優越的地位の濫

用などの競争阻害行為は、中小企業の事業機会に多分の影響を与えることになる。中小企業といえどもこれらの規

制に違反する場合があることは否定できず、特に不当な取引制限については、かつて中小企業組織化の施策の一つ

として、協同組合の正当な行為としてのカルテルや適用除外制度によるカルテルが容認されており、それ以外の違

法なカルテルも少なくなかった。しかし、経済力を有する大企業の市場支配を排除し、系列取引や下請取引をはじ

めとする個別的取引関係における経済力の不当利用を規制する独占禁止法によって確保される公正な取引秩序にお

いて、中小企業の事業活動が保障されることは、中小企業の利益擁護ないしは保護にとって最も重要である。もち

ろん、中小企業の利益擁護といっても、すべての中小企業の存立を擁護するものではなく、あくまで公正な競争秩

序が維持されている中で、事業活動を継続しうるという意味に過ぎない。また、中小企業といっても今日では多様

化しており、中小企業として定義づけられる企業が他の中小企業や消費者に対して、市場支配や経済力の不当利用

(25)

二五中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) を行いあるいはその媒介機能を果たす場合には、競争法による利益擁護・保護の対象として捉えるべきでないことはいうまでもない。

このような競争法の性格と中小企業との関係を考えると、中小企業は競争法の重要な担い手となってくる筈であ

るが、企業規模の如何にかかわらず、わが国の産業界からはそれとは異なる声が強く、競争制限的な産業保護政策

が長い間支配的であった ((

。独占禁止法の目的が「公正且つ自由な競争の促進」により「一般消費者の利益を確保す

るとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進」することにあることから、それを支える社会的基盤として、

まず消費者が挙げられることは当然といえよう ((

。しかし、中小企業も上述のような意味において、競争法を支える

役割を果たすべきであり、中小企業の利益擁護を図る中小企業政策は、公正な競争秩序の維持による中小企業の保

護を実現するとともに、中小企業が競争単位として機能するよう支援すべきであろう。このような考え方はアメリ

カやドイツにも共通するものであり、アメリカの中小企業政策は、反トラスト法による自由競争の担い手である中

小企業を支援するために、一九五三年に制定された中小企業法に基づき展開されてきた ((

。また、ドイツでは、競争

制限禁止法の担い手が中小企業であると認識されており、競争政策を強化するための改正には中小企業が重要な役

割を演じてきた。そして、一九八〇年の第四次改正以降、市場支配的事業者による購買力の濫用規制を強化するほ

か、中小規模競争者に対する妨害行為にまで規制対象を拡大し、中小企業の利益擁護の強化を図っている ((

 2中小企業と独占禁止法による規制

独占禁止法が行っている競争制限行為と競争阻害行為に対する規制のうち、特に中小企業の利益擁護に深く関わ

(26)

二六

ってくるのは競争阻害行為規制である。なかでも、不当廉売、優越的地位の濫用に対する規制は、中小企業の利益

擁護と直結している。この他、差別対価や競争者に対する妨害行為などに対する規制も中小企業の利益擁護と関係

してくることが考えられる。もちろん、中小企業の要件を満たす企業がこれらの禁止行為に抵触する事業活動を行

うことがあることは否定できない。しかし、不当廉売や優越的地位の濫用は、中小企業の利益を侵害する形で行わ

れることが少なくなく、近年、中小企業側からの強い要請もあって、規制強化が進められてきた。

まず、不当廉売規制であるが、原始独占禁止法では不公正な競争方法規制における一行為類型として不当廉売が

規定されていた(第二条第六項第三項 ((

)。その後、不公正な競争方法規制は、一九五三年改正法により不公正な取

引方法規制に改められ、公正取引委員会が指定するという方式に変更されたが、法律に列挙された六つの行為の中

の不当な対価(第二条第九項第二号)の行為類型として、不当廉売と不当高価購入が公正取引委員会により指定さ

れた(一九五三年一般指定第五項 ((

)。そして、過去の運用実績を踏まえて行われた一九七二年の改定では、不当廉

売は、原則違法となる「供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給」する行為と、態様によっては違法

となる「低い対価で供給」する行為に分けられた(一九七二年一般指定第六項 ((

)。なお、二〇〇九年の法改正では、

不公正な取引方法にも課徴金制度が導入され、課徴金の対象となる法定の行為と課徴金対象外の公正取引委員会に

より指定される行為に分けられている。不当廉売については、課徴金の対象となるのは原則違法の行為で(第二条

第九項第三号)、態様によって違法となる行為は課徴金の対象外とされた(第二条第九項第六号ロ、法改正後の一

九七二年一般指定第六項 ((

)。

そもそも不当廉売は、商品や役務を提供するのに要する費用を無視して、低価格による販売を行う行為であり、

独占禁止法が実現しようとしている公正な競争秩序に対する挑戦的な行為、すなわち各経済主体が市場において可

(27)

二七中小企業政策と競争法

(都法五十四

-

二) 能な限り低価格で高品質の商品・役務を提供しようとして競い合う競争の本質を否定する行為であることから、不公正な取引方法として禁止される行為類型に加えられてきた。不当廉売は中小企業同士でも行われることがあるが、典型的な不当廉売は、主として大企業がその資本力を背景に原価割れの価格設定行為を行い、他の事業者を市場から駆逐しようとする「略奪的価格設定行為」である ((

。したがって、公正な競争秩序の下で事業活動を行いうるとい

う中小企業の利益擁護という観点からも、不当廉売規制は重要となる。実際に、事業者からの公正取引委員会に対

する違反事件の申告数は不当廉売が群を抜いて多く、事業者の法運用への関心が高い行為類型となっている。とり

わけ、大規模小売業者の低価格販売に対する中小小売業者及び製造業者からの申告が急増した際に、公正取引委員

会は「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」を公表して、「不当廉売規制の目的は、公正な競争秩序を維持す

ることにあり、良質・廉価な商品を供給し得ない、企業の効率性において劣る事業者を保護しようとするものでは

ない」ことを明確にした ((

次に、優越的地位の濫用規制について見ると、原始独占禁止法にあった不当な事業能力の較差排除の規定(第八

条)が一九五三年改正法により削除され、不公正な取引方法の新しい行為類型として追加されたことが本規制の出

発点である。不当な事業能力の較差排除に関する規制は、市場構造規制であり、私的独占行為が可能となるような

企業規模の大きさを問題としていた。かかる規制が削除されることになった理由は、資本集中や企業規模拡大を図

ろうとする企業の事業活動の懸念材料となっていたことや私的独占の禁止規定によっても同様の取り締まり効果が

期待できることなどが挙げられている ((

。その一方で、大規模な事業者による地位の不当利用による中小企業への圧

迫も懸念されていたため、不公正な取引方法の行為類型の一つとして追加されることになった ((

。定義規定では「自

己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること」、すなわち取引上の地位の不当利用とされている(第

(28)

二八 二条第七項第五号)が、一般指定では優越的地位の濫用として指定された(一九五三年一般指定第一〇項 ((

)。また、

優越的地位の濫用規制に関連して、一九五六年に独占禁止法の補助立法として下請法が制定されている。そして、

一九七二年の一般指定改定では、優越的地位の濫用は五つの濫用行為に分けて類型化され、規制対象の明確化が図

られた(一九七二年一般指定第一四項 ((

)。なお、不当廉売と同様に、優越的地位の濫用も二〇〇九年の法改正で課

徴金の対象となる法定の行為(第二条第九項第五号)と課徴金対象外の公正取引委員会により指定される行為(第

二条第九項第六号ホ、法改正後の一九七二年一般指定第一三項)に分けられた。

優越的地位の濫用は、ドイツの競争制限禁止法やEU競争法における市場支配的地位の濫用規制とは異なり、取

引上の地位が取引の相手方との間で優越していることを利用して、継続的に取引する相手方への商品・役務購入や

経済上の利益提供を強制する行為及び取引相手への不利な取引条件の設定・変更や取引において不利益を与える行

為などをいう。不公正な競争方法規制においては、市場において競争する事業者間の手段の不公正性に着目して規

制を行っていたが、優越的地位の濫用を不公正行為の規制に取り込むにあたって、直接的な競争手段とはいえない

取引上の地位の不当利用を含む表現として「取引方法」という文言が使用されたとされる ((

。優越的地位の濫用規制

の位置づけをめぐっては学説上見解が分かれている ((

が、市場支配的地位の濫用規制を行っていないわが国の競争法

にとって、重要な規制の一つとなっている。また、優越的地位の濫用規制が創設された経緯から見ても、公正な競

争秩序維持による中小企業の利益擁護・保護にとって極めて重要な役割を演ずべき規制方法といえよう。

とりわけ、流通分野においては、かねてより大規模小売業者の事業活動が中小企業との間で様々な問題を生じさ

せ、中小企業問題の一つとして政策的対応を迫られてきた。競争関係にある中小小売業者との間では、大規模小売

業者の市場参入に対する規制が戦前の第一次百貨店法以降常に大きな課題となってきた。また、納入業者との間で

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