ドイツ社会民主党の財政政策(七)
その他のタイトル Fiscal Policy of German Socialdemocratic Party (VII)
著者 広田 司朗
雑誌名 關西大學商學論集
巻 6
号 1
ページ 24‑56
発行年 1961‑04‑10
URL http://hdl.handle.net/10112/00021699
一九世紀末から二0世紀初頭にかけて改良主義者ないしは修正派とマルク前稿において簡単に指摘したように︑
ス主義多数派に分れて相争ったドイツ社会民主党は︑その後ことに一九一0年マグデプルク党大会において急進派︑
中央派および修正派の三派にわかれて見解の対立を示した︒この三派鼎立の状態はそれ自体が党にとって一の危機
を意味するものであったといっていいであろう︒この意味で一九一0年は党には多事多端の年であった︒しかしそ
れにもかかわらず︑中央派や党幹部が期待をこめて予見したように︑
て社会民主党は飛躍的な伸長を示し︑︱
‑0
の議席を占める議会第一党に躍進し︑帝国議会の政党構成は大きく転
換をとげた。というのもロシア革命に刺激されたドイツ民主化の下からの要求にたいして、黒•青ブロックが反動
政策を展開し︑間接税本位の大衆課税を強行することによって国内の不満をたかめたからにほかならない︒
一
︑ 第 一 次 大 戦 前 の 党 内 状 勢
ドイツ社会民主党の財政政策臼
ドイツ社会民主党の財政政策
︵広 田︶
一年おいた一九︱二年の帝国議会選挙におい (七)
広
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(2) (1)
︵広 田︶
二五 一
九一
0年マグデブル ところでこの社会民主党の進出ならびにそのほかの民主主義的反政府諸党の拾頭ほ︑現実には支配機構をゆるが
すことができなかったにもせよ︑修正派および中央派にたいして︑
ックの確立︑政権への積極的参加の可能性︑議会主義擁護について確信を抱かせたであろうことは︑容易に想像で
きるところである︒このことはまた中央派と修正派の接近を意味するものということができよう︒中央派の立場は
修正派および急進派と異なり︑階級闘争を容認すると同時に議会主義の原則を主張したが︑
ク党大会におけるバーデン修正派の批判を転機として︑党内の対立は急進派をめぐって活澄化し︑中央派と修正派
の間の理論上の差異にもかかわらず︑両派は急進派の圧力にたいする漸進的実践の防衛という点で結ぴついたので② ある︒このような党内状勢の変化は社会民主党と自由主義諸党との協力を容易にした︒その結果一九︱二年の帝国
議会選挙において社会民主党と進歩人民党の提携が実現せられたが︑この傾向はさらに︑翌一三年の軍事予算問題
における政府および自由派と社会民主党との協力関係を生みだしたのである︒この意味において党の実践は一九一
0年以来︑改良主義ないし修正主義の線に沿って展開せられたということができるであろう︒以上の党内状勢をふ
まえて︑われわれは以下に第一次大戦前の財政問題について考察するが︑
単に述べよう︒
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ドイツ社会民主党の財政政策囮 まず最初に増価税に関する党の見解を簡
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19 5.
﹁ペーベルからバッサーマンまで﹂の左派プロ
26
同提案にたいする賛否の決定を間接税軽減にかかわらしめた︒﹁われわれは︑われわれの賛成投票を︑印紙法第九 度にもかかわらず︑
ドイツ社会民主党の財政政策囮
二
︑ 土 地 増 価 税 問 題
一九
0九年ジードーの財政改革により︑
われるべき旨の規定が採用せられたが︑これにもとづく増価税案は一0年四月に帝国議会に提出せられ︑長時間の② 審議の末︱一年二月に可決せられることによって帝国税として正式に採用せられた︒この租税ほ︑土地所有権の移③ 転という事実を捉え︑土地の取得価格と譲渡価格の差額に課税しようとするものであった︒ 一九︱二年四月一日までに地価の不当な騰貴にたいする帝国の課税が行
ところでこの租税にたいして社会民主党はいかなる態度をとったであろうか︒端的にいって党は増価税にたいし
て原理的には賛成の態度をとった︒例えばズューデクムは次のように述べている︑④ にはわれわれにとってまった<好感がもてる﹂と︒党の租税政策が資本主義的所有関係にもとづく価値増殖の捕捉固を追求する以上︑この租税にたいする承認は当然考えられるところである︒しかしながらこのような党の基本的態
一九
一
0年の政府提案は党の無条件の贅成を得ることはできなかった︒党フラクションは︑同
案に関して租税収益の都市への分配分を大きくすること︑貧困な人民層の負担を免除することを要求するとともに︑
0条に確定せられた額をこえる本税収益がまず第一に間接税の廃止もしくは削減に用いられるという条件の達成に︑6 依拠せしめなければならない﹂とズューデクムは述べている︒その後提案の付託された委員会においてズューデク
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Bruhne等の議員は︑純然たる財政政策的な意味での貨幣造出策として増価税を利用するこ
とに反対し︑大土地所有者︑地所仲買人および土地投機業者による借地人への租税負担の転嫁の危険性を警告する
︵広
田︶
﹁価値増殖課税の思想は原理的 二
1 ^
ドイツ社会民主党の財政政策伯
であるということができよう︒
︵広 田︶
会において当然反対の見解を表明したのである︒ 現せられず︑租税収益の配分はそれぞれ五0
形 ︑
とともに︑本税が市町村税として適当であることを指摘した︒さらに第二読会においても︑前記ズューデクム︑ブリ
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h 等の党代表者は︑国民的住宅政策のための都市へ
の租税収益割当の引上げ︑高利貸的土地投機の反対︑
租税収益の帝国︑邦国および市町村へのそれぞれ三0
形 ︑
二七
王侯の納税義務の制定︑賃借人への税負担転嫁の阻止および⑧
‑0
彩︑六0彩の割当を要求した︒しかし地代生活者の
保護を主張する黒•青プロックや都市の土地投機業者の利益を代弁する国民自由党等の反対によって党の要求は実
‑0
彩︑四0劣と帝国に有利に決定せられた︒かくて党は第三読
ところでこの土地増価課税はその場所的制約によって︑本来市町村税として有効なものと考えられた︒したがっ
て社会民主党ほ︑帝国における所得税および財産税の採用・実施を主張するとともに︑それにともなう市町村の収
入減を補填する方法として土地増価税を考慮していた︒例えば一九0四年プレーメン党大会においてリンデマン
Hu go L i n d e m a n n
によって提案せられ︑採択された決議文には︑市町村財政需要の支弁方法の一っとして不当な土⑨ 地増価の課税があげられている︒それと同時に党は︑地方の土地所有者の影響を回避するために︑土地増価税を帝
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国法によって規定することも意図した︒かくて一九︱一年二月一四日に成立した土地増価税は︑すでに述べた租税
収益の配分に明白なように︑市町村財源の確保を意図する党の見解に反するものであった︒われわれはここで党の
自治体政策にたち入ることはできないが︑しかしカルマンの指摘している次の一点︑すなわち土地増価税の主張や
さらには自治体政策の問題が主として修正派に属する人々によって展開されていることは︑注目すべき特徴的事実 ューネのほかにゲーレ
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帝国の財政事情は︑
(10) (9) (8) (7) (6) (5) (4) (3) (2) (1)
ゲルロフによれば︑
ドイツ社会民主党の財政政策但
一九︱二年に新しい国防法案
De ut sc he s R ei ch ss te mp el ge se tz vo m
15 .
J ul i 1 90 9. F in an za rc hi v 27 J g . , l Bd .
19 10 .
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G er l o ff , D ie Fi na nz ,u nd Zo l l po l i ti k d es De ut sc he n R ei ch es , J en a
19 13 .
S .
49 7.
内容については︑野津高次郎︑独逸税制発達史︑二三六ーニ三九頁︒
Pr t o ok ol l d es Ma gd eb ur ge r P ar te it ag es ,
19 10 .
S .
15 4.
この
見解
に沿
って
党は
︑一
ずる農業利潤を増価税によって把捉すべき旨の提案を行っ九0二年︑関税引上げにともなって生
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19 14 .
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1, S . 5 58 .
一九︱二年の国防法案
政は剰余金を生みだし︑赤字経済からの脱却︑帝国財政健全化の途を辿るものとみられた︒しかしこのように財政
事情の好転しつつある間に︑ ︱一年と帝国財
ドイツをとりまく国際関係は緊迫の度を加え︑これに応じて軍備拡張の機運はしだい
にたかまった︒かくて︑財政健全化という点からみればはなはだ不運なことながら︑2 が帝国議会に提出されるにいたったのである︒
新しい国防案とその充足案は四月一六日に議会に提出せられた︒前者の国防案は︑軍団の増加と平時定員の引上
一九
一
0年頃から好転しつつあった5すなわち一0
年 ︑
︵広
田︶
ニ八
29
以上のような国防案および経費充足案にたいする社会民主党の態度はどうであっただろうか︒まずわれわれは党
フラクションの動向をみよう︒陸海軍強化計画を企図する国防法案にたいして党が拒否的態度をとったことは︑党
の基本的立場からみて説明するまでもないところであるが︑その主張について多少たち入って考察しよう︒まず陸
軍強化案に関しては︑その計画の推進力が帝国主義であり︑世界権力政策であることを指摘した後︑防衛戦争と侵
しかしわれわれは︑われわれの
用いうる一切の力でもって国民のうちに認められる征服欲を拒否するよう決意している︒これに反してわれわれは︑⑥ 予期しない掠奪的襲撃にたいしてわれわれの国土および文化を防衛することを自明のことと考えている﹂と述べ︑
この防衛のために民主的組織をもった国民防衛︑人民軍が最適であると主張した︒かくて現存の陸軍計画に関して
ほ徹底的拒否の線を明らかにしたが︑同時に党は︑民兵組織の実現が不可能なかぎりにおいて現存軍隊組織の改善
ドイツ社会民主党の財政政策紺
略戦争を区別し︑ ほ
行わ
ない
﹂
︵広
田︶
げを内容とする陸軍強化案︑戦闘艦︑巡洋艦︑潜水艦および飛行船の増強とこれにともなう人員増加を含む海軍強③ 化計画からなるいわゆる﹁二重国防法案﹂であって︑これによって一九︱二年から一七年の六年間に約六億五
00 0
万マルクが必要とせられた︒この総費用のうち一九︱二年度に計上せられた額は経常費︑臨時費を併せて九︑四五④ 0万マルクであった︒この費用支弁の方法については︑はじめ相続財産税案がヴェルムート
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に
よって提案されるかにみえたが︑保守党と中央党の反対︑さらに国民自由党の動揺によって流産に終り︑火酒にた
リーペスガーペいする愛の贈物の廃止および陸海軍費以外の経費の節約等の措置によるほかは︑従来の収入の増加を見込んだにす5 ぎなかった︒かくてヴェルムートが健全な財政運営のために設定した原則︑
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という原則は放棄せられたのである︒
﹁社会民主主義者は帝国を無防備にすることは考えていないが︑
1一 九
﹁新しい収入がなければ︑新しい支出
税の引下げ︑醸造税
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ドイツ社会民主党の財政政策囮
を要求し︑具体策として兵役服務期間の縮減と一年志願兵の特権廃止等をあげている︒つぎに海軍計画については︑
帝国主義および軍拡の続行が世界の危機に拍車をかけること︑戦争への挑発者が重工業︑装甲飯製造業の関係者︑
戦争資材その他の軍需品の供給者およびュンカーにほかならず︑彼等の提案が資本および商品の輸出に関連し︑無
競争で低廉な労働力を搾取するための外国領土の獲得に連なることを指摘し︑国際協定による軍備制限を主張して8 ぃ匂以上のように陸海軍強化計画に反対した党は︑この計画遂行に必要な費用が現実には主として資力の少ない
階層によって支弁される傾向を指摘し︑同時に獲得せられた財源が他の使途に振り向けられるべきことを主張した︒
すなわち公債の減額︑国民負担の減免︑緊急の社会的課題の遂行︑塩税およびマッチ税の廃止︑砂糖税の引下げ︑
軍隊給与の改善︑その他タバコ労働者やマッチ労働者の失業の補償等がこれである︒しかしこれらの主張のうち贅
成をみたのは︱二年以降における軍隊給与の改善案のみで︑他はことごとく否決される結果となり︑かくて陸軍案
は社会民主党のほかにボーランド党︑デンマーク党およびエルザス党の反対にもかかわらず︑また海軍案に関して
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いずれも採択されるにいたった︒はそれら以外にウェルフ党の反対があったにもかかわらず︑
ついでこの国防計画の費用を賄うべき調逹案についてはどうであったろうか︒この場合党の批判の焦点は第一に
火酒リーベスガーベ廃止の問題に向けられた︒主としてュンカーによって代表される火酒醸造業者にたいして特別
利潤を保証するリーベスガーベは党の非難の的であったが︑主として財源確保の目的でなされた政府の廃止案にた
いして党はそれがみせかけの廃止にすぎない点をつき︑実質的廃止を要求して火酒割当制の廃止のみでなく︑酒精
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の規定と工業用および飲料用火酒の生産を規制する変性化義務
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︵広
田︶
さらに生産制限によって高価格維持に役立つ平均醸造高
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ドイツ社会民主党の財政政策伯
︵広
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u 外国産酒精にたいする関税の引下げ等を要求した︒これにたいして保守党︑中央党︑国民自由党などの政府与党は︑
赤字発生を理由に社会民主党提案を拒否し︑火酒割当制を内容とする政府案を採択したのみでなく︑変性火酒にた
いする補償額の引上げの要求をも貫徹した︒その後この補償措置に関連して生じた財源不足の対策が問題となった
時︑党は︑国民自由党の提出した所有税Besitzsteuer案にたいしてその税率決定を毎年予算において行われるべ
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きことを提案した︒しかしこの提案は否決された︒
ところでこの審議の過程においてとくに注目しなければならない点は︑党のリーベスガーペ廃止要求にたいして
政府与党が行った財政収入減少を理由とする反対に際して︑党が述べた見解である︒そのいうところは次の通りで
﹁われわれ社会民主主義者は軍国主義にたいして︑したがってまたその採択を残念ながらわれわれが阻止し
にわれわれが間接税の直接税による代置を達成しうる場合には︑われわれはかかる直接税︑例えば相続税にたいし
,
て賛成投票する用意がある﹂と一九
0九年ジードーの財政改革をめぐる党内の見解の対立の一っとして直接税の
賛否に関する論争が行われたことは︑すでに前稿において述べたところである︒論争の展開せられたライプツィヒ
党大会ではなんらの結論もえられず︑問題は帝国議会フラクションに一任せられた︒したがって今回の党議会フラ
クションの言明は︑軍事支出あるいは党の反対する目的のための支出を支弁すべき租税にたいする賛否決定の問題
一定の方向づけを行ったとみることができよう︒前稿で考察したように︑この問題についての急進派
ないしマルクス主義多数派の見解は︑支出目的を重視し︑軍事目的ないしは帝国主義的政策に用いられる租税を拒
否すべきであるとした︒これにたいして修正派は支出目的と収入調達問題を切り離し︑支出目的が変更不可能な場 えない現在の陸軍案および海軍案にたいしても︑一人の人間も一文の銭も協賛しない︒しかし現在の状勢下のよう
ある
︑
カルマンによれば︑
ドイツ社会民主党の財政政策ば
合を前提として労働者の現実的利益を主張する立場から間接税の直接税による代置︑かくてまた直接税への賛成投
票を是認した︒今回の言明が帝国政府の推進する軍事政策に絶対拒否の態度を示しながらも︑この政策の変更しが
たいことを指摘し︑間接税の直接税による代置が可能な場合における直接税への賛成投票を表明していることは︑
党議会フラクションの与えた方向づけが大体において前記修正派の線に沿うものであることを示していると考えら
れよう︒このことはいうまでもなく党財政政策の重要な転回を意味している︒
フラクションのこの言明は︑支出協賛問題と協賛された支出の支弁方法の問題が別個のもの
であることを明らかにすることによって︑後者の問題における労働者の租税負担回避のために政治状勢を利用する
可能性を示すものであり︑かかる立場に立つことによって党は現実に即した客観的租税政策を追求しえたといわれハ
hu
ている︒この点についてより明確な見解を表明したのはヒルファーディング
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であった︒彼は
一九
0九年相続税問題が討議された際にあらわれた見解に言及し︑反対すべき支出目的にたいしてはいかなる租税
も協賛しないという絶対的拒否を要求する急進派の見解および直接税の無条件承認を主張する一部修正主義者の機
dJ 械論的見解を批判して︑自己の積極的主張を述べている︒そのいうところによれば︑帝国主義的ないし軍事的経費
とこれを支弁する租税問題において支出目的は決定的に重要である︒したがって党の容認もしくは推進する社会政
策的課題が新税を必要とする場合︑党はこの目的を承認するだけでなく︑そのための新税創出について配慮しなけ
ればならない︒逆に軍事支出や帝国主義的支出によって赤字が発生する場合には当然この支出目的を拒否しなけれ
ばならないのである︒しかしながら党の容認しがたい支出目的を現実に拒否することができない場合には︑この支
出目的によって生ずる租税負担配分問題が党の課題とならなければならない︒
︵広 田︶
ヒルファーディングは述べている
(3) (2) (1)
︵広 田︶
た︒この点について以下に考察しよう︒ 一九︱二年に与えられたこの方向づけは︑ ﹁新税の拒否によって帝国主義的政策を中止せしめ︑かくて新収入の拒否を通じて艦隊もしくは植民地の支出の削
減を⁝⁝達成しうるのであれば︑この収入の拒否に全力をつくすという社会民主党の義務になんらの疑念も存しな
いしまたその収入もすべて有産者にかかるであろう︒しかしこのことが通常のように達成されないとしても︑この
ことはたしかに社会民主党にとっては︑いまや戦場を完全にあけわたし︑闘争を放棄し︑新税配分の仕方もプルジ
ョア諸政党に委ねることの理由にはならない﹂と︒この場合には労働者の負担減免のための積極的活動が党の課題
とな
る︒
ヒルファーディングによれば︑かかる活動の方向づけは︑帝国主義段階においてその現実的万能性を与え
^ "
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られている︒しかしながらかかる積極的活動が直接税の無条件の承認を意味するものでないことはいうまでもない︒
すでに述べたところでも知られるように︑直接税にたいする賛否も支出目的によって制約をうけざるをえないから
である︒直接税の擁護は︑それが間接税に代置せられる点において意味をもつのである︒かくてヒルファーディン
グによれば︑党の容認しがたい支出目的が現実に否決されない場合︑党の課題は︑そのための費用を賄うべき租税
の負担配分問題において間接税に代るものとして直接税を推進することにあると考えられよう︒この見解がさきに
示した党フラクションの見解に通ずるものであることは明白である︒
ドイツ社会民主党の財政政策旧 一三年の国防法案および予算案においてさらに一層明瞭に打ち出され
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大野英二︑ドイツ帝国主義と財政改革問題︑京大経済論叢七九巻五号参照︒
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一軍
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一九︱二年度の経費支弁計画は次の通りである︒
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1,470 1,000 1,450
1,000
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(5)
(
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(4)
ドイツ社会民主党の財政政策伯
︵広
田︶
一五︑二七七人とみこまれた︒られ︑これにともなう人員の増加は兵卒︱一︑一五三人︑下士官二︑八五0
人そ の他 で︑
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11 8)
国防法案にともなう経費支出計画は次の通りであった︒︵なおこの数字は一九︱︱︱一年に行われる給与改善の費用をも含んで
いる
︶︵
G e r l
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S.
5
02 .)
一 四
US) U5l U4l U3) (12l (fl) (10) (9)!
ドイツ社会民主党の財政政策囮
四︑
︵広 田︶
一 五
Pr ot ok ol l̀ 19 12 .
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1 2 0 . a . a .
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S . 1 22 .
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1 9 4 .
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So zi al de mo kr at is ch e S t eu e r po l i ti k D, ie Ne ue ie i t , 30 Jg••Bd.
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ー
2 25 .
ヒルファーディングは︑社会民主党にとってもっとも重要でかつ頻繁にあらわれるケースは帝国主義的支出によって赤字の
生ずる場合であることを指摘している︒この場合党は当然この支出目的を拒否しなければならないが︑その運動はアジテー
シaンと宜伝の上で大きな成果をもっとしても︑議会活動の成果は力関係からいって期待しがたい︒かくて帝国主義的政策
ほ党の反対にもかかわらず貫徹される︒これに反して調達すべき租税収入が問題となる場合には事態はことなる︒支出協賛
問題では一致していたプルジョア諸党も︑この問題では租税負担の回避をめぐって利害関係の対立を示す︒租税負担を間接
税によって大衆に転嫁しようとする点で一致するとしても︑これには一定の限界が存在し︑租税負担のすべてを間接税に求
めることはできない︒したがって社会民主党は︑租税負担配分の問題においては︑有産者の利害の対立を利用して自己の主
張を実現する可能性をもつのである︒
一九一三年の財政問題
一九︱二年四月︱二日陸海軍増強をはかるいわゆる﹁二重国防法案﹂の提案理由説明に際して宰相ベートマン・
ホルヴェークや陸軍大臣ヘーリンゲン
Jo si as vo n H ee ri ng en は国防力増強の必然性について述べたが︑その後
︑ふたたび国防法案が立案せられるにい バルカン戦争の勃発を機とする国際的危機の切迫するにしたがって
第一次ー
たった
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それは︱二年度案をはるかに上廻る膨大な計画であった︒すなわちこの計画は︑士官四︑
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名︑下士0
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官一
五︑
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0 名︑兵卒︱︱七︑
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︑馬
二七
︑
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九三億マルク︑臨時支出が八・九八億マルク︑合計︱ニ・九一億マルクとみつもられた︒そしてこの巨額の費用を ③ ようとするものであった︒これによって生ずる増加支出は︑経常支出が三・二ニ︱名から六六一︑一七六名に引上げ ② 0 頭の増強をはかることによって︑陸軍兵時定員を五四四︑
賄うべき充足案として︑四つの方法が意図せられた︒すなわち臨時費にたいしてほ一回かぎりの財産税である国防
分担金
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g が︑また経常費を支弁するためには邦国分担金の形態をとる所有課税をふくむ財政制度の改
正︑帝国印紙税の改正および邦国の相続権の規定が予定せられた︒このうち国防分担金は︑土地財産︑営業用財産︑
資本財産を課税対象とし︑一万マルク以上の財産に0•五彩の比例税を課すとともに、五万マルク以上の所得者に
たいして二彩の所得課税を意図した︒また所有税は国防分担金に応じて賦課される特別の邦国分担金の形態をとり︑
各邦国は財産︑所得もしくは相続財産への一般的課税によって調達する義務があり︑⑤ のような財産課税を行わない場合には財産増加税が実施されることになっていた︒また帝国印紙税の改正は会社定
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および保険受領書の印紙税徴収をはかり︑邦国相続権の規定は帝国財政収入の増加をは
かるために血縁者の相続権を制限し︑邦国の相続権を拡張しようとするものであった︒これらの諸提案のうちもっと
も重要だったのはいうまでもなく国防分担金と帝国財産増加税であった︒それは︑帝国直接税の本格的導入を意味6 するものであっただけでなく︑財政収入の調達という点でも大きな比重を占めていたのであな︒ところでこれら政
府提案は︑さきの国防法案とともに一三年四月七日開会の第一読会に提出︑審議せられた︒結論をさきにいえば︑
これらの諸法案は︑邦国相続権に関する提案を除いて︑六月二八日より開かれた第三読会で若干の修正を加えて可
決せられた6
ドイツ社会民主党の財政政策囮
︵広 田︶
一九一六年四月一日までにそ
六
︵広 田︶
審議には︑同党の代表としてフランク︑
七
一年志願兵の特権廃止等を要 この国防法案および財政法案にたいして社会民主党はいかなる態度をとっただろうか︒以下審議の経過に沿って
考察してゆこう︒すでに述べたように両案は四月七日から︱二日までの第一読会において審議が行われた︒まず第
一の国防法案については︑反対の立場をとったのは社会民主党︑ボーランド党およびニルザス・ロートリンゲン党
であったといわれているが︑社会民主党ではハーゼ
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がたって宰相および陸軍大臣の提案理由説明に
反論した︒彼は︑政府当局の喧伝するバルカン戦争を機とする国際状勢の緊迫化を否定し︑むしろ三月一日独仏両
国の社会主義者が行った共同宜言に示される平和愛好への要求を強調し︑軍備拡大の原因が帝国主義的世界政策に
あることを指摘するとともに︑現存軍事機構の批判を通じて国民皆兵の伝統的要求をつよく掲げた︒さらにまたシ
つづく予算委員会での ャイデマン
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の立場を述べるとともにペルンにおける独仏議員の協調会議への参加を他党によびかけた︒ 8 n およびフランクも討議に参加し︑対外状勢および軍事政策に関してそれぞれ党
ハーゼ︑レーデプール︑レンシュ︑ノスケ
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ツェプリン等が登場したが︑彼等は第一読会の場合と同様に︑国防法案提出の理由としてあげられる国際状勢緊迫
化が論拠として薄弱であることを指摘し︑民兵組織を主張し︑対仏協調の途を開くべきことを要求した︒それと同
時に現行軍隊機構の改革︑すなわち兵役服務期間の一年への短縮︑軍事教練の廃止︑⑨ 求した︒しかしこれらの要求は悉く否決せられた︒六月一0日から開かれた第二読会においても︑ノスケ︑レーデ
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プールは同様の論法で国防法案を批判し︑その個別審議に際しては軍隊組織に関する種々の改革案を提出した6し
かしいずれも否決される結果に終った︒六月二八日からはじまった第三読会の一般討論においても︑シャィデマン
は国防法案にたいしてはげしい批判を浴せかけた︒そしてこの法案の最終的票決に際して党議会フラクションは︑
ドイツ社会民主党の財政政策紺