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中央学術研究所紀要 第27号 L04森 章司「原始仏教経典における懺悔-‘pratikaroti’」

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(1)

原始仏教経典における'戯'悔‘pratikaroti,

は じ め に は じ め に 1‘patikaroti'の意味 2‘patikaroti'の用例 3‘patikaroti,と「徴悔」 森 章 司 筆者は先に「原始仏教経典における‘ksama(繊悔),について」なる論衡 を発表した(「東洋学論叢(東洋大学文学部紀要・印度哲学科篇)』第23号 1998.3.10)。ここでは「繊悔」の原語として掲げられることがもっとも多 いサンスクリット語の‘ksama,、すなわちパーリ語の‘khamati,に由来する諸 用語の用例を調査し、それが必ずしも「縦侮」の概念には合致しないこと を論証した。そこで本稿ではもう一つの原語としてあげられることの多い、 サンスクリット語の‘pratikaroti'、すなわちパーリ語の‘patikaroti'について 調 査 し て み た い .

l‘patikaroti'の意味

‘patikaroti,およびその派生語は、大蔵出版社の刊行にかかる「南伝大蔵 経」では次のように様々に翻訳されている。()内は相応漢訳の訳語であ (2)

(2)

原始仏教経典における'│裁怖一‘pratikaroti, る°(経名、パーリ(原典)テキストのページなどは第2項を参照されたい。 ただし「俄悔」の意味に使われていない場合は、第2項では取り上げない ので、パーリテキストのページも掲げておいた。) patikaroti 織 悔 「律蔵2」南伝2頁29∼30(『四分律」=繊悔、『五分律』=』侮過・ 繊悔、『根本説一切有部律』=徴謝、『雑阿含』='侮過・儀 悔) 「律蔵3」南伝3頁167 「律蔵3」南伝3頁222∼227(『四分律』=繊悔、『十調律』=骸悔、 『五分律』=悔過) 「律蔵3」南伝3頁560∼565 「律蔵4」南伝4頁35 「律蔵4」南伝4頁193(『四分律」=俄悔、『五分律」='悔過) 「律蔵4」南伝4頁295(『五分律』=徴悔) 「律蔵4」南伝4頁387∼388(『十諦律」=職悔) 「長部1」南伝6頁127(「長阿含経』=悔過、「寂志果経」=見罪 過、『増一阿含経」=悔過・悩悔) 「長部3」南伝8頁69 「相応部2」南伝13頁302(『雑阿含経』=悔過、『別訳雑阿含経』= 繊悔、「増一阿含経』=悔過) 「相応部16−6」南伝13頁302 「増支部5」南伝21頁56∼57(『別訳雑阿含経』=俄悔) 「増支部6」南伝22上頁38(「増一阿含経』=俄悔、『中阿含経』= 悔過) 悔 過 「律蔵3」南伝3頁548(「五分律』=悔過)

(3)

「相応部2」南伝13頁187(『雑阿含経』=悔過) 1裁謝 「増支部1」南伝17頁390(『雑阿含経」=悔過) '悔除 「増支部1」南伝17頁168(ここでは‘desenti,が俄悔と訳されてい る) 「増支部2」南伝18頁257∼8 改 悔 「中部4」南伝11下頁347(『中阿含経』=悔過) 容 赦 「中部2」南伝10頁241,242,244(『中阿含経』=悔過) 除く 「律蔵3」南伝3頁284∼285(『四分律』=繊悔、「五分律』=悔過、 「十諦律』=除) 償う 「分別論」南伝47頁132(「別訳雑阿含経』=繊悔) 「小部13」南伝35頁17 よくなす 「増支部7」南伝22下頁294,295(ANvoLVp、323,p、324) 答える 「増支部1」南伝17頁121∼123(AN,vol,Ipp,78∼79) その通りにする、自分のことをする(真似をする) 「小部9」南伝31頁223("J訂taka”voLIIp、406) 用意する 「小部12」南伝34頁39("J証aka”vol.Ⅳp、166)

(4)

原始仏教経典における徴海一‘pratikamti, paiikamma 返 論 「論事」南伝57頁3以下("KathzIvatthu"p、2、p、4、p,5、p、 7,p、13、pl8、p,22,p23,p,27) 救 論 「大義祥」南伝42頁250,251,253,264,268("Mah2middesa” p、176) patikammati 損 失 「相応部3」南伝14頁200(SN,vol・IIIp,127) 「相応部5」南伝16上頁268(SNvoLVp、80) pankammas副豆 繊 悔 堂 「小部5」南伝27頁314("Apadzma”p,486) patik証a 恩 を 返 す 人 「小部10」南伝32頁72("Jataka”voLIIIp、196) appatikamma 罪を儀悔せざる(「罪を俄悔せざるによりて挙せられたり(豆pattiy豆appati-kammeukkhittako)」として) 「律蔵3」南伝3頁214(VinayavoLIp,121)、頁240(Vinaya voLIp、135)以下多数 罪を繊悔せざる(「罪を俄悔せざる挙罪掲磨(豆pattiy豆appatikamme ukkhepaniyakamma)」として) 「律蔵4」南伝4頁35∼6(Vinayavol,IIp、25「四分律』=不 繊悔罪挙掲磨、『十調律』=不作損褐磨) 罪を織悔せざる(「罪を│裁悔せざるとき(豆pattiy豆appatikamme)挙 (5)

(5)

罪掲磨をなすべし」として) 「律蔵5」南伝5頁208(VinayavoLVpl22) 罪を徴悔せず(「罪を認めず、あるいは罪を俄侮せず(目pattiy豆adassanena v訂appatikammenav目)」として) 「律蔵2」南伝2頁351,頁372、Vinayavol.Ⅳ、p,218、p,231 罪を俄悔せず(二種の異住処者地の一つの「繊悔せず(appatikamme)」 として) 「律蔵5」南伝5頁199(VinayavoLVpll6) sappatikamma 有悔除犯(sappaljkamm豆罰patti,‘appatikammヨヨpatti'を「無悔除 犯_|とする) 「増支部1」南伝17頁30(AN・voLIp21) 有悔除罪(sappaiikamm豆訂patti,‘appatikamm豆豆patti,を「無悔除 罪」とする) 「増支部6」南伝22上頁312∼3(ANvoLVp、79)

有倣除罪(sappaukamm頭patti,‘appatikamm頭patti'を「無戯除

罪」とする) 「律部5」南伝5頁196(VinayavoLVp、115) 有繊悔犯(sappatikamm頭patti,‘appaljkammヨヨpatti,を「無1裁悔 犯」とする) 「律部5」南伝5頁314(Vinayavol・VPl85) 有繊罪(sappatikamm目目patti,‘appatikammヨヨpatti'を「無1裁罪」 とする) 「律部5」南伝5頁355(VinayavoLVp、210) また水野弘元編の『パーリ語辞典」の‘patikaroti,の項には「繊悔す、修

復す、対策をなす」という訳語が、また‘paUkamma'の項には「反駁、救論、

儀侮、対・策」の訳語が与えられている。ちなみに、PTS版の"Pali-English

(6)

原始仏教経典における'戯W1−‘pratikaroti, Dictionary”では、‘patikaroti'には‘1.toredress,repair,make

amendsforasin,expiate(訂pattim)2.toactagainst,providefor,

beware,becautious3・toimitate,という訳語が、‘patikamma,には ‘redress,atonement'という訳語が与えられている。

すなわち、この語は‘paU'と‘karoti,に分解することができ、‘pati'は「∼に

対して」「∼に向かって」や「再び」の意を表す接頭辞で、‘karoti'は「なす」 「行う」「作る」という行為を表すから、‘∼に対して'十「なす」「行う」か ら「反論する」「反駁する」という意味や、‘∼に向かって'十「なす」「行う」 から「用意する」「対策を立てる」「用心する」という意味や、そして‘再び'+ 「なす」「行う」から「修復する」「矯正する」「訂正する」「賠償する」と いう意味となり、これが「繊悔」「悔過」などの用語となったものと解釈す ることができる。 このように「パーリ語辞典」においても「南伝大蔵経」においても、‘paト ikaroti'およびその派生語にはさまざまな訳語の一つとして、明らかに「徴 」侮」という訳語が与えられているのであって、これは‘ksama'すなわちパー リ語の‘khamati,およびその派生語には全く「繊悔」という訳語が宛てられ ていなかったことと好対照をなす。 またサンスクリット語の‘訂pattipratide§an豆,すなわちパーリ語の《豆patti-patidesan豆,が律蔵に特徴的な用語であるのに対して(これについては続稿 において論じる)、この‘patikaroti'は律蔵・経蔵にも均等に用いられている ことも注目すべきであろう。 それではこの‘patikaroti'はその用語法において、‘khamati'や百pattipat-idesan豆'とどのように具体的に相違しているのであろうか。また‘patikaroti’ は「徴悔」と訳される用例が多いのであるが、それは「真の意味での繊悔」 の概念に相当する意味を持つといえるであろうか。そこで「南伝大蔵経」 において、先に紹介した「繊悔」ないしはそれに類する漢語に訳されてい る個所をもう少し詳しく検討してみよう。

(7)

2‘patikaroti,の用例

‘patikaroti'は「南伝大蔵経」においては「俄悔」や「悔過」という言葉 で翻訳されているが、この言葉を含む前後の文章を調査してみるとかなり の形式化が進んでおり、一宇一句も異ならない定型的なセンテンスも少な く な い こ と が わ か る 。 そ こ で 以 下 の 用 例 の 紹 介 で は 、 ど れ だ け 形 式 化 が 進 んでいるかということを示すためにも、またスペースの省略のためにも、 定型的な文章を先に掲げ、その後に定型化がなされていない文章を紹介す ることとする。 なおその一連の文章は、「俄悔」をする行為を表す部分と、この餓悔を「受 ける」部分が含まれる。この「繊悔」をする部分には[A]を付し、俄悔 を「受ける」部分には[B]を付すこととし、それが定型である場合は[定 型A][定型B]として、文章そのものは省略した。ただし状況によって、 罪の内容が異なり、犯罪者に具体的な人名が上げられたり、単なる比丘と されたり、単数であったり複数であったりするので、微妙なところで語形 が変化することがあるが、それはここではネグレクトすることにする。で きるだけ前後の状況を説明しておくよう心掛けるので、大抵は語形も想像 がつくはずである。 紹介する順序は「南伝大蔵経」の巻・頁に従う。なお「南伝大蔵経」で は訳者によってさまざまに翻訳され、統一がとれていないから、パーリ語 の和訳は筆者が「試訳」したものである。なおその際‘palikaroti'は「俄悔」 と翻訳した。また参考のためにできるだけ相応する漢訳も調査し、パーリ 文 か ら の 和 訳 の 後 に 掲 げ て お い た 。 (1)「波逸提6」南伝2頁29∼30、Vinayavol.Ⅳpp、18∼19 ある女性が阿那律(anuruddha)に欲念を起こし誘惑しようとしたが、 阿那律は誘惑されなかった。それを見て女性は反省し、「尊者よ、私は過

(8)

原始仏教経典における俄悔一一‘pratikaroti, 失に征服され、愚者、擬者、不善者のごとく、そのようなことを行って しまいました(accayomambhanteaccagam且yath訂b豆lamyath豆mril-hamyat埴akusalamy訂hamevamak豆Sim)。尊者よ、ですから私の過 失を過失として受けてください、未来の律儀のために(accayamaccayato patigaphEitu訂yatimsamvar目ya)[定型A]。そこで阿那律は「確かにあ なたは過失に征服され、愚者、擬者、不善者のごとく、そのようなこと を行いました(tagghatambhaginiaccayoaccagam豆yath目b副amyath豆 mmhamyath訂akusalam,y訂tvamevamak目si)。姉妹よ、あなたが過 失を過失として認め、法のごとく職海するというなら、私はこれを受け ましよう(yatocakhotvambhaginiaccayamaccayatodisv豆yath且d-hammampatikarosi,tamtemayampatigaphEIma)。過失を過失として 認め、法のごとく徴海するのは、聖なる律の繁栄をもたらし、未来の律 儀のために資することですから(vuddhih'esEIbhaginiariyassavinaye yoaccayamaccayatodisv豆yathぞidhammampaiikaroti豆yatmlcasam varam豆pajjati)[定型B]といった(1)。 「俄悔織侮如是至三」『四分律』巻11大正22頁637下

「寡婦便大差恥生1斬│鬼心。疾還著衣合掌悔過、白言大徳、我実愚擬、於

今不敢復生此意、願見哀恕受我」悔過。阿那律言、受汝繊悔」「五分律』巻 8 大 正 2 2 頁 5 9 下

「求哀1裁謝仰而告日、唯願聖者慈悪我故当為下来(2)」『根本説一切有部

律』巻40大正23頁849下 「白尊者阿難、我今発露悔過、愚擬不善脱作如是不流類事。今於尊者阿 難所、自見過自知過、発露織侮哀愁故。尊者阿難、語比丘尼、汝今真実、 自見罪自知罪、愚療不善、汝自知作不類之罪、汝今自知自見而」悔過、於

未来世、得具足戒、我今受汝'侮過哀感故。令汝善法増長、終不退減」「雑

阿含』564大正2頁148中∼下(登場人物は、ここでは阿難であるけ れども、状況が酷似しているので、ひとまずここに掲げておく)

(9)

(2)「小事健度」南伝4頁193、VinayavoLIIp、126 離車子ヴァッダ(vaddha)は慈比丘(mettiya)・地比丘(bhummajaka) にそそのかされて、具寿ダッバ(dabba)を非難する。そこでサンガはヴ ァッダに覆鉢掲磨を行ったので、ヴァッダは悲しみ、世尊のところに来 て、[定型A]。そこで世尊は、[定型B]といわれた。 「阿難言、汝応往繊悔衆僧」『四分律』巻53大正22頁959下 「我愚擬故信於人言誹誘大徳、願受我悔過。陀婆比丘即為受之」「五分 律」巻24大正22頁175上(3) (3)「破僧健度」南伝4頁295、VinayavoLIIpl92 提婆達多にそそのかされた人が、世尊を殺そうとして待ち伏せしたが、 威厳に打たれて、[定型A]、そこで世尊は、[定型B]といわれた。 「白仏言、我今擬狂、欲害世尊、自知過重、願聴織悔。仏言、汝実愚擬、 云何為貨欲害如来。於我法中、若知有罪而俄悔者、増長善根」『五分律』 巻 3 大 正 2 2 頁 2 0 上 (4)「長部2沙門果経」南伝6頁127,,N・voLIp85 阿闇世王は世尊の説法を聞いて、王権を得るために父を殺したことを 反省して、[定型A]、そこで世尊は、[定型B]といわれた。 「唯願世尊、加哀慈慰受我悔過。……今於賢聖法中、能悔過者即自焼益。 吾悪汝故受汝'侮過」「長阿含経』巻17「沙門果経」大正1頁109中 「願世尊受身帰命、自見過悪、更受勅誠、懲改既往、修順将来。仏言、 大王、如仁所言、実如小児、愚療無智、迷惑無権、害其父-母命、……自 見罪過、於是法律、為得善利、不為有損。……時仏黙然即巳受請」『寂志 果経』大正1頁276上 「唯願世尊、当見垂悪受其悔過。父王無罪而取害之。唯願受悔後更不犯。 自改往修来。世尊告日、今正是時、宜時悔過無令有失。夫人処-世有過能 自改者、斯名上人、於我法中、極為広大。宜時賊悔」『増一阿含』43−7 大正2頁763上

(10)

原始仏教経典における俄悔一‘pratikaroti,

(5)「長部25優曇婆羅師子11孔経」南伝8頁69、DN・vol.Ⅲp55

遊行者ニグローダは釈尊と議論した後、‐世尊を誹誇したことを反省し て、[定型A]、そこで世尊は、[定型B]といわれた。

(6)「中部65賊陀利経」南伝10頁241,242,244,MN・vol・IP438、

p、439,p、440 比丘バッダーリ(bhadd目li)は一坐食にて暮らすべしという教えに、「自 分はそれには耐えられない」と反抗して、世尊に会わずに3カ月をくら した。3カ月を過ぎて反省して、世尊に対して、[定型A]、そこで世尊 Iま繕々教誠された後、[定型B]といわれた。(ここでは[定型B]の途 中に綾々教誠される長い文章が挿入されている) 「唯願世尊受我過失、我見過巳当自悔過、従今護之不復更作。世尊告白、 践陀和利、如是汝実如愚如痕如不了如不善。……若汝有過、見巳自侮、 従今護之不更作者、政陀和利、如是則於聖法律中、益而不損。若汝有過、 見巳自悔、従今護之不更作者」『中阿含経』194「賊陀和利経」大正1頁 747中∼下

(7)「中部140界分別経」南伝11下頁347,MN・vol.Ⅲp、247

尊者プックサーテイ(pukkus誠i)は世尊と知らずに「友よ(豆vuso)」 と呼び掛けてしまった。それを反省して、[定型A]、そこで世尊は[定 型B]といわれた。 「唯願世尊聴我'悔過、我'侮過巳後不更作。世尊告日、比丘、汝実愚擬、 汝実不定、汝不善解、謂称如来無所著等正覚、為君也。比丘、若汝能自 ’侮過、見己発露、護不更作者、比丘、如是則於聖法律中、益而不損。謂 能自'侮過、見巳発露、護不更作」「中阿含経』162「分別六界経」大正1 頁692中 (8)「相応部12−6」南伝13頁187、SN・vol,IIp、128 尊者スシーマ(suslma)は世尊に、よく説かれた法と律において、法 のために出家したのに、罪を犯したことを反省して、[定型A1、世尊は (11)

(11)

罪を犯すことが苦を招くという説法をして、[定型B]といわれた。(こ こでは[定型B]の途中に罪を犯すことが苦を招くという長い文章が挿 入されている) 「我於正法律中、盗密出家、今日悔過、唯願世尊、聴我悔過、以哀悪故。 仏告須深、受汝I悔過。汝当具説、我昔愚擬不善無智、於正法律盗密出家、 今日悔過、自見罪自知罪、於当来世、律儀成就、功徳増長、終不退減」 『雑阿含」347大正2頁97下 (9)「相応部16−6」南伝13頁302、SN,voLIIp,205 パンダ比丘とアビンジカ比丘が互いにどちらが卓越しているかを競い 合っていた。そこで世尊が彼等を叱責されたので彼等は反省して、[定型 A]、そこで世尊は、[定型B]といわれた。 「重白仏言、'悔過、世尊。悔過、善逝。……今己自知罪、自見罪、知見 」悔過、於未来世律儀戒生。我今受汝、憐悪故。令汝善法増長終不退減。 ……」『雑阿含』1138大正2頁300下 「自知有過、実如嬰愚、無所知解、作不応作、所作不善、……唯願世尊、 憐懲我故、聴許徴悔。仏言、知汝誠心悪重'│裁悔、汝実嬰愚、無所知解、 所作不善、不如仏教、非出家法。…・・・吾今受汝誠心職悔、使汝善法増長 無有退失。何以故。若能至心、実知有罪然後織侮、後莫復作、如是1裁者、 善法増長、無有退失」『別訳雑阿含』113大正2頁415中 「求悔過、自今己後更不復為。唯願世尊、受其悔過。世尊告日、大法之 中快得改過、自知有誇競之心、聴汝'悔過。諸比丘更莫復爾」『増一阿含」 31−10大正2頁673下 (10)「増支部4−159」南伝18頁257∼258,AN,voLIIp、146 ある比丘尼が阿難を招いて法を聞き、(何の罪かはっきりしないが)[定 型A]、そこで阿難は、[定型B]といった。 (11)「増支部9−11」南伝22上頁38,AN,vol.Ⅳp、377 ある比丘が舎利弗が自分を叱責して謝らないで遊行に出たと訴えた。 (12)

(12)

原始仏教経典における'戯悔一‘pratikaroti’

そこで-世尊は舎利弗を呼び戻し確認した結果、それは根拠のない誹誇で

あることが判明した。そこで比丘は世尊に対して、[定型A]、世尊は[定

型B]といわれ、舎利弗に許すように懲葱された。

「白舎利弗言、唯願受我徴悔、愚不別真。……舎利弗以手摩頭、語比丘

日、聴汝職侮、如愚如惑、此仏法中極為砿大、能随時悔過者善哉、今受

汝儀悔、後更莫犯、如是再三」『増一阿含』37−6大正2頁713中

「世尊、我今1侮過願為受之、見巳発露後不更作。‐世尊告日、如是比丘、

汝実如愚如擬如不定如不善。所以者何、謂汝以虚妄言空無真実、証誇清

浄・薙行舎梨子比丘、汝能悔過、見巳発露後不更作、若有悔過、見巳発露 後不更作者、如是長養於聖法律、則不衰退」『中阿含』24師子11孔経大 正 1 頁 4 5 3 下 以上が[定型A]と[定型B]が現れる用例である。また次の2つの用

例には、餓悔をする部分と、それを受ける部分の前に、「告白」を決意する

部分が付け加わっている。そこで「告白」を決意する部分には[C]を付

すこととする。告白の決意は、織悔の実行よりも前に位置するから、順序 は[C]−[A]−[B]ということになる。

(12)「チヤンパー健度」南伝3頁547∼548、Vinayavol・Ipp、313∼315

カーシー国(k豆sl)のカッサパゴッタ(kassapagotta)という比丘が

執事をしている住所に客比丘たち(豆gantukEIbhikkhn)がやって来た。

カッサパゴッタは彼等に床座を設け、洗足水を用意し、食事を勧めた。 しかし何日かたって、客比丘たちの疲労もとれたので、接待を止めた。 ところがこれを不服とした客比丘たちがカッサパゴッタを罪を認めない ということで挙罪した(且pattiy訂adassaneukkhipimsu)。カッサパゴッ タはこれをチャンパー(Cam虚)におられた釈尊に訴えた。そこで、「時 に、彼ら客比丘等に後悔が生じ(ahudevakukkuccam)、追悔が生じた

(13)

(ahuvippatis証o)、我等に不利益あって利益なく、我等に悪得ありて善

得なし、我等は清浄で罪のない比丘を(suddhambhikkhuman目pattikam)、

根拠も理由もなく(avatthusmimak目rane)挙したからである。「さあ、

我等はチャンパー国に行って、世尊のみ許において過失を過失として告

白しよう(bhagavatosantikeaccayamaccayatodesema)[C]」。

そこで、彼等客比丘等はチャンパー国に行って、一部始終を話したの

で、世尊は彼等を詞責され(vigarahibuddhobhagav頁)、「清浄で、無

罪の比丘を根拠も理由もなく挙したら悪作罪である」と諭された。そこ

で彼等客比丘たちは、上衣を偏祖にし、頭而を世尊の足に付-けて礼拝し、

[定型A]。そこで世尊は、[定型旦]といわれた。

「世尊、我等愚療、既作是事皆生悔心、今来悔過、唯願哀愁受我I侮過」 『五分律』巻24大正22頁161中 (13)「増支部3−90」南伝17頁390、ANvoLIp、238 カッサパ氏比丘(kassapagottabhikkhu)は世尊が法を説かれたとき 不満であった。しかし世尊が去られたのち後悔して、「世尊のみ許におい て過失を過失として告白しよう(bhagavatosantikeaccayamaccayato

deseyyam)」[C]。そこで世尊のところに行って、[定型A]、そこで世尊

Iま、[定型B]といわれた。

「我今日、自知罪'侮、自見罪悔。唯願世尊、受我悔過、哀慰故。仏告迦

葉氏、汝自知悔愚療不善不排、……汝今迦葉、同知悔、自見悔己、於未

来-世律儀戒生我今授汝、哀感故。迦葉氏如是悔者、善法増長、終不退減」

『雑阿含」830大正2頁213中 以上は「織侮」とその受理に関して、パーリ聖典では微細な人称語尾な どの相違を除くと、一宇一句定型化している用例である。しかし漢訳では、

同時に引用しておいた文例を見れば一凶瞭然であるように、定型化は見ら

れない。しかし漢訳では部派の伝承の違いや翻訳者の違いがあり、それを

(14)

原始仏教経典における'戯悔一‘pratikaroti’ 予想するほうが無理であろう。したがってそういう相違点を差し引いて、 パーリ聖典と漢訳の用法の両方を眺めてみると、ある程度の共通性が見ら れることも事実であるということは重要である。もし‘paljkaroti,が真の意 味で「1裁悔」に相当するものなら、この語に対応する漢訳の原始経典で使 われる「俄悔」「悔過」にもそれを認めてよいことになるからである。 次 に 定 型 的 に な っ て い な い 用 例 を 紹 介 し よ う 。 し か し 定 型 的 に は な っ て いないけれども、以上の[A][B][C]のいずれかの要素が含まれるか ら、それぞれ文章の後に符号を付しておく。また紹介の順序は「南伝大蔵 経」の順序である。 ⑭「大鍵度」南伝3頁167、VinayavoloIpp,97∼98 罪を餓悔しないことによって挙罪されて還俗したものを再び出家させ

る作法。「あなたはあの罪を俄悔しますか(patikarissasitam且pattim)」

と尋ねて、もし「繊悔します(ahampaiikariss百mi)」[A]と答えたな

らば出家させなさい。もし「臓悔しません(ahamnapalikariss豆mi)」 と答えたならば、出家させてはならない。また出家させた後に、同じよ うにして、具足戒を与え、解罪させる。 (15)「布薩健度」南伝3頁222∼227(VinayavoLIpp,126∼128) ここには布薩の際における俄悔のさまざまなケースが述べられている。 その際の用語の特徴は、両者ともに罪を受ける比丘が居るのであるが、 ‘patikaroti'と‘(pati)deseti'の二つの言葉が使われている。単に言葉から 言うならば、これらは前者が[A]、後者が[C]ということになる。し かし漢訳ではそういう区別はなく、「四分律」と「十調律」は‘賊悔、「五 分律」は'悔過という熟語を使っている(4)。 しかしパーリ聖典において用語に異なりがある以上、どこかに差異が

あるはずであるから調査してみよう。まず‘(pati)deseti'が使われている

場合を先に紹介しよう。ただし、一つの文脈に‘pa(ikaroti'も使われてい (15)

(15)

る 場 合 も あ る の で 、 こ れ に は を 施 し て お い た 。 な お 、 ( ) 内 の 数 字 はパーリテキストの項番号と段落番号である。 (27-1)比丘が布薩の日に罪を犯した(tadah,uposathe訂pattim豆pan-nohoti)。一人の比丘の許に行って、上衣を偏担にして、鱒雁し合掌 して、このように言いなさい。 「友よ値vuso)、私はかくかくしかじかの罪を犯しました(aham itthann訂mam豆pattim豆panno)。あなたに(それを)告白します(t2un patidesemi)[C]。彼(告白された比丘)によって言われるべきであ る(tenavattabbo)。「あなたは(罪を)見ますか(passasi)」「はい、

見ます(豆mapassami)」「以後、制御しなさい(豆yatimsamvareyy豆si)」

[B] (27-3)六群比丘が同分の罪を告白した(sabh豆gam豆pattimdesenti) [C]・比丘等よ、(互いに)同分の罪を告白してはならない(nasabh目gヨ ヨpattidesetabb面)。告白するものは悪作である(yodeseyya,訂patti dukkatassa)。

六群比丘は同分の罪(の告白)を受けた(sabhEIgam豆pattimpat

iganhanti)LB]・比丘等よ、同分の罪(の告白)を受けてはならな い(nasabh豆9頭pattipatiggahetabb且)。受けるものは悪作である (yopatiganheyya,豆pattidukkatassa)。 (27-6)ある住所において、布薩の日に、サンガ全員が(sabbosamgho) 同分の罪を犯した。そこで彼等に、「-世尊は同分の罪を告白してはな らない(nasabh電誼pattidesetabb豆)[C]、同分の罪を受けてはな らない(nasabh且9頭pattipatiggahetabb豆)[B]と定められた。ど のようになすべきであろうか、との思いが生じた。「比丘等よ、その 比丘等は一人の比丘を近くの住所に急ぎ派遣して(tehibhikkmhi ekobhikkhus豆、ant頭v百s目sajjukamp訂hetabbo)、「行け、友よ (gacch豆vuso)、罪を俄悔して、戻ってきなさい(tam豆pattim

(16)

原始仏教経典における倣W蔭‘pratikaroti, patikaritv豆豆gaccha)。われわれはあなたのもとで、罪を繊悔しよ

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と(いう具合にしなさい)。

(27-9)ある住所において、安居に入ったとき(訂vEIsevassupagato)、

サンガ全員が同分の罪を犯した。そこで彼等に、「世尊は同分の罪を 告白してはならない(nasabh目g頭pattidesetabb豆)[C]、同分の

罪を受けてはならない(nasabh訂g頭pattipaljggahetabbzi)[B]

と定められた。どのようになすべきであろうか、との思いが生じた。 「比丘等よ、その比丘等は一人の比丘を近くの住所に急ぎ派遣して、 あるいは711の間1比丘を派遣して(ekobhikkhusatt豆hak且likam p豆hetabbo)、「行け、友よ、罪を俄悔して、戻ってきなさい(tam豆pattim patikaritvヨヨgaccha)。われわれはあなたのもとで、罪を峨悔しよ

うと思います(mayamtesantiketam目pattimpaUkarissぞIma)」

の申 [A]と(いう具合にしなさい)。 次は‘patikaroti,が使われているケースである。 (27-2)比丘が布薩の日に、罪を犯したのではないかと疑いを持った。 一人の比丘の許に行って、……このように言いなさい。「友よ、私は かくかくしかじかの罪を犯したのではないかと疑問に思っています (ahEunitthann百m豆ya目pattiy訂vematiko)。犯したことに疑いが なくなったときに(yadEinibbematikobhaviss百mi)、罪を1裁悔した いと思います(tad訂tamEipattimpatikariss目mi)[A]・ (27-4)比丘が波羅提木叉を話しているときに罪を思い出した(p豆timo-kkheuddissamぞme豆pattimsarati)。そこでその比丘は、世尊は罪 あるものは布薩を行ってはならないと定められた、そうして私は罪 を犯した(ahafic'amhi百pattimzIpanno)、どうすればよいであろ うか、と考えた。そのようなときには、その比丘は近くの比丘に告 げなさい(s罰man面bhikkhuevamassavacanTyo)。「友よ、私は

(17)

(18) かくかくしかじかの罪を犯しました(ahamitthann豆mam且pattim apanno)。ここから立って後に(itovutU,ahitv豆)、あなたに罪を微 悔したいと思います(tam目pattimpatikariss訂mi)」[A]と。この ようにいって、布薩を行ない(uposathokzitabbo)、波羅提木叉を聞 きなさい(p豆timokkhamsotabbam)。これによって布薩を障害して はなりません(natvevatappaccayauposathassaantar豆yo k豆tabbo)。 (27-5)比丘が波羅提木叉を話しているときに、罪を犯したのではな いかと疑いを持った。そのようなときには、その比丘は近くの比丘 に告げなさい。「友よ、私はかくかくしかじかの罪を犯したのではな いかと疑問に思っています。犯したことに疑いがなくなったときに (yad目nibbematikobhaviss且mi)、罪を徽悔したいと思います(tad且 tamEIpatthnpatikariss百mi)」[A]と。このようにいって、布薩を 行ない、波羅提木叉を聞きなさい。これによって布薩を障害しては なりません。 (27-7)(27-6)に続けて、もしサンガ全員が同分の罪を犯したときに は、近くの住所に一人の比丘を派遣して、俄悔させて清浄となって 帰った比丘のもとで徴悔する。しかしそれができないときには、聡

明有能なる比丘(vyattenabhikkhun且patibalena)がサンガに、「サ

ンガは同分の罪を犯したので、他の清浄・無罪なる比丘と会ったとき

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の許で罪を│裁悔しよう(tad豆tassasantiketam豆pattimpaf ikarissati)」[A]といって、布薩を行ない、波羅提木叉を話しなさ い。これによって布薩を障害してはなりません。 (27-8)布薩の日にサンガ全員が同分の罪を犯したのではないかと疑 いを持った。聡明有能なる比丘がサンガに、「サンガは同分の罪を犯 し た の で は な い か と 疑 い を 持 っ た 、 犯 し た こ と に 疑 い が な く な っ た

(18)

原始仏教経典における俄悔一‘pratikaroti’ ときに(yad豆nibbematikobhavissati)、罪を徴海したいと思いま す(tad且tamzIpattimpaljkarissati)」[A]と告げ、布薩を行ない、 波羅提木叉を話しなさい。これによって布薩を障害してはなりませ ん。 (27-10,11)サンガ全員が同分の罪を犯したが、その罪の名も類も知

らなかった(sonajzm豆titass頭pattiy豆n百mamgottam)。そこへ

聡明な比丘がやってきたので、「このようなことを行ったら何の罪を 犯したことになりますか(yonukhoEivusoevafic'evaficakaroti, kimn豆maso2Ipattim豆pajjati)」と尋ねた。彼は「そのようなこと を行ったらこの罪を犯したことになります(yokho目vusoevan

c'evaficakaroti,imamnamaso訂pattim訂pajjati)。あなたがこ

の罪を犯したのであったら、その罪を'戯悔しなさい(imamnEImatvam avuso豆pattimEIpannopatikarohi)」[A]と答える。比丘は「私一 人 が こ の 罪 を 犯 し た の で は あ り ま せ ん 。 サ ン ガ 全 員 が こ の 罪 を 犯 し たのです」、聡明な比丘はいった。「他人が犯した、犯さなかったで はなく、あなたがどうするかです(kinte且vusokarissatiparoapanno vaanapannov豆)。さあ、あなたは自分の罪から出離しなさい(ih-ghatvamavusosak訂ya訂pattiy豆vutlhaha)」 王 へ 画 〆 L 〆 、 ご 〆 、 ヅ 円 、 〆 里 グ ヘ . 〆 L (27-12∼15)(27-10,11)の続き。そこでその比丘は聡明なる比丘の もとで俄悔して(tam豆pattimpatikaritv訂)、サンガのところに行き、 |このようなことを行ったら、このような罪を犯したことになりま す 。 あ な た 方 は こ の 罪 を 犯 し た の で あ っ た ら 、 そ の 罪 を 繊 悔 し な さ い(imamn百matumhezIvuso豆patt血豆pan埴patikarothatam 豆pattim)」[A]といった。しかし彼等はその罪を徴悔しようとしな

かった(naicchimsutassabhikkhunovacanenatamEIpattimpar

ik且tum)。そこでこのことを世尊に報告した。「比丘等よ、もし彼等 比丘がその比丘の言葉にしたがって'戯悔すればよし(iccetam

(19)

kusalam)、もし繊悔しなかったとしたら(nocepatikareyyum)、 その比丘が望むなら、彼等に言わなくてよい(natebhikkmtena bhikkhun且ak且mavacanlya)。」 以上の用例を見てみると、‘(paU)deseti'が使われている場合は、同時に ‘patiganh誠i'が使われていることが判る。すなわち[C]の要素と[B]の 要素の両方が備わっているわけである。そしてこれらは布薩の行ない方と して定められているわけであるから、たといそれがサンガの全員で行われ なくとも、一応掲磨の代替行為と見倣され、その時点で罪が受理されて、 一件落着するのである。 ところが‘patikaroti'が使われている場合は、‘paiigal?h百ti'が用いられない から、すなわち[A]の要素があっても[B]の要素がないから、それは 掲磨の代替行為とは見倣されず、その場では効力を発揮せずに、次の機会 を待たなければならないことを意味する。

このように‘patikaroti'と‘豆pattipatidesan計は行為の内容は全く異ならな

くとも、掲磨の代替行為として認定されるか否か、罪は一件落着して罪は それで許されるか否かという点で、大きな相違があるということになる。 これは‘(pati)deseti,が掲磨あるいはそれに代わりうる行為として扱われる 場合の用語、すなわち純然たる「法律用語」であるに対して、‘patikaroti’ は経蔵にも使われうる一般的「宗教用語」であることを予想せしめる。 なお以上と全く同じ記述が「自恋健度」にも述べられているが、省略す る。「自窓健度」南伝3頁292∼293、VinayavoLIp,164 ⑯「自恐健度」南伝3頁284∼285、Vinayavol・Ipp、159∼160 自悲の作法。世尊は次のように定められた。「比丘らよ、雨安居に住す る比丘は三事によりて日窓を行うことを許す(anuj風頭mibhikkhave vassEunvutth訂nambhikkhmamtlhithぞmehipav誼etum)。見・聞・疑

(20)

原始仏教経典における俄悔一‘pratikaroti,

によってせよ(ditthenav豆sutenavziparisahk豆yav百)。これによって

あなた方は互いに、随順し、罪を出離し、律を尊重することとなろう(s百

Vobhavissatiafifiamafifizmulomat百百pattivut1hコnat豆vinayapurekk -hEira垣)」。 このように自恋を行いなさい。聡明有能なる比丘はサンガに告げなさ

い。「サンガよ、聞いて下さい。今日は自窓です。もしサンガに準備が整

ったら自窓を行いましょう」と。長老比丘から順に、「友よ、私はサンガ

に見・聞・疑によって自恋を行います(samgham訂vusopavEIremiditt-henav且sutenavヨparisa]ik豆yav訂)。尊者は私を哀悪して言って下さい (vadantumamayasmantoanukampamup豆d目ya)。私は(罪を)見た ならば微悔します(passantopatikarissmni)」[A]。再び、……[A]。 三度……[A]。 「若見聞疑罪、大徳長老、哀感故語我。我若見罪、当如法徴侮。如是第 二第三説」「四分律」巻38大正22頁837上 「諸大徳、若見我罪、若聞我罪、若疑我罪、憐感故自恋説。我当見罪悔 過。如是三説」『五分律』巻19大正22頁131中 「若見聞疑罪語我、憐懲故。我若見罪、当如法除」『十調律』巻23大 正23頁165下 比丘尼も同じである。「比丘尼健度」南伝4頁410、VinayavoLII p、276 「諸大徳僧自恐説見聞疑罪、如是三請」「五分律』巻29大正22頁187 上 ∼ 中

(17)「チヤンパー健度」南伝3頁560∼565(VinayavoLIpp、323∼325)

非法な掲磨(adhammakamma)について。ここに一人の比丘があっ たが、彼には罪を犯して徴悔すべきようなものはなかった(nahoti豆patti patikzitabb且)。ところがサンガあるいは多くの比丘たち、あるいは一人が 非難して、「あなたは罪を犯した(訂pattimtvamavusoapanno)。その (21)

(21)

罪を俄悔しなさい(patikarohitam訂pattim)」[A]と。反論して、「私

印 には罪を犯して、1裁悔しなければならないものはありません(n,atthime

avusoヨpattiyamahampatikareyyam)」という。それでもサンガが罪

を俄悔しないことによって挙罪すれば、それは非法掲磨である(tamsam-gho且pattiyをiappatikammeukkhipati,adhammakammam)」以下、

類似のケースが続く。 ⑱「掲磨健度」南伝4頁35∼VinayavoLIIp25 罪を俄悔せざるによりて挙罪された者の復権手続き。そのときチャン ナ(channa)は罪を犯して│裁悔しようとしなかった(訂pattim豆pajjitvEi

naicchatiEIpattimpatik目tum)[A]。そこでサンガはチャンナを「罪を

俄悔しないことによる挙罪掲磨(目pattiy目appatikammeukkhepaniya-

kamma)」にかけ、チャンナを不共住とした(karotiasambhogamsam-ghena)。彼はどこに行っても尊重されなかったので後悔し、そこで滅罪

を願い出た(nett埴ramvat短mi)。そこで世尊は罪を繊悔せざるにより て挙罪された者の復権手続きを定められた。 まず本人が三度、「私はサンガより罪を賊悔せざるによる挙罪掲磨を受 けました。正しく行ない、随順し、滅罪を願い、罪を悩悔せざるによる 挙罪掲磨を解かれることを求めます(ahambhantesamghena目pattiy豆 appatikammeukkhepaniyakammakatosamm豆vatt豆milomam p豆teminetth豆ramvatt且mi豆pattiy訂appatikammeukkhepaniyakam-massapatippassaddhimyzic訂mi)」といい、サンガはこれを白四掲磨に よって認めて、決定する。 (19「比丘尼健度」南伝4頁387∼388、Vinayavol,IIpp、259∼260 その時比丘尼たちは罪を俄悔しなかった(bhikkhuniyo豆pattimnapat-ikaronti)。「比丘等よ、比丘尼たちは罪を俄悔しなければならない(na

bhikkhavebhikkhuniy頭pattinapatik目tabb豆)LA」。餓悔しないも

のは悪作罪である(y豆napatikareyya,百pattidukkatassa)」。時に誰● (22)

(22)

原始仏教経典における‘戯W窪‘pratikaroti, が比丘尼の罪を受納すべきか(kenanukhobhikkhunlnamapattipat‐ iggahetabb豆)という疑念が起こった。「比丘らが比丘尼の織侮を受ける ことを許す(anuj百頭mibhikkhfihibhikkhunInam目pattimpatigga‐ hetum)」[B]。しかし弊害が生じたので、「比丘尼ら比丘尼の繊悔を受け ることを許す(anuj亙n百mibhikkhunlhibhikkhlmmam即attimpatigga-hetIxn)」[B]と訂正された。 「爾時諸比丘尼、在比丘前儀悔発露鹿罪。諸比丘尼差悦、……」『十調 律」巻40大正23頁294下 00)「増支部3−4」南伝17頁168、AN・voLIp、103

「比丘等よ、三法を成就すれば賢者(pa]Jdito)だと知るべきである。三

とは何か。過失を過失と認め(accayamaccayatopassati)、過失を過失 と認めて法のごとくに俄悔し(accayamaccayatodisv且yath目dhammam patikaroti)[A]、また他人の過失の告白を法の如〈に受ける(parassa khopanaaccayamdesentassayath且dhamm2unpaljganh目ti)[B]、比 丘等よ、これらの三法を成就すれば賢者であると知るべきである」 Cl)「増支部8−14」南伝21頁56∼57、AN、vol.Ⅳp,193 「分別論」南伝47頁132,“VibhEmga”p、387 八の未調人(purisakhalunka)、八の過人(purisadosa)の一つとして。 比丘等よ、比丘等が比丘の罪を難じるのに(bhikkh面bhikkhlmq百pattiy目 codenti)、その比丘は比丘等に罪を難じられて、かえって難者の罪を挙し て(codakass'evapaccEIropeti)、あなたもまたかくかくの罪を犯した (tvampikho'siitthann豆mam訂pattim豆panno)、あなたがまず始めに 繊悔せよ(tvamt豆vapathamampatikarohi)」[A]という。このような 姿が一類の未調人の、第三の過人である。 「其第二者、見他比丘有見聞疑罪同掩行者、即便語彼有罪人言。汝於今 者、犯如是罪時有罪人、復語彼言、汝今自犯如是之罪、若俄悔者、然後 乃可礼挙我罪。如是之人、猶第二馬、所有過失」『別訳雑阿含」149大 (23)

(23)

正2頁429下∼430上 (22リ「本生経497摩登伽本生物語」南伝35頁17,“J百taka,,vol.Ⅳp,384 世尊が前世でチャンダーラ族(candEila)のマータンガ(m豆t2mga)と して生まれられたときのこと。マータンガの息子が,出家した父のマー タンガと知らずに、卑しいものとして打ち据えた。これを町の神々が怒 って復讐し、その子マンダヴヤ(mandavya)を半死半生の目に合わせた。 これを見たマータンガの妻であり、その子の母親であるデイッタマンガ

リカー(diuhamEmgalik訂)は、これはマータンガの力に違いないと考え

て、偶を唱えた。「広い知恵を持たれたあの人はどこに行かれたのであろ う。バラモンの青年達よ、この意味を私に語って下さい。あの人のとこ ろに行って私たちは過失を悩悔しようと思います(gantv豆tampatikaremu accayam)[A]。そしてあの子の命を取り戻したいと思います(app,eva namputtamlabhemujlvitam)」(5) 以上が‘patikaroti'が「俄悔」の意味に使われている、筆者が拾いえた範 囲での全ての用例である。ここで気が付いたことを一・二注意しておこう。 まず、すでに指摘しておいたところであるが、‘patikaroti,という言葉は 律蔵においても、経蔵においても等分に使われるということである。すな わち必ずしも「律蔵用語」ではないということになる。このことは、用例 (15)において注意したように、「律蔵」における「特殊用法」によっても証明 さ れ る 。 す な わ ち 律 蔵 用 語 と し て 、 サ ン ガ の 掲 磨 、 な い し は そ れ に 代 わ り うる事柄を表すときには‘patidesan豆'が使われるのであって、‘paljkaroti'は サンガの掲磨を表す用語ではないということである。 また、[定型A][定型B]においては‘paiikaroti'の一人称形は現れない ということも注意しておいてよいであろう。すなわち一人称としては、罪 を告白し、許して下さい、今後いたしませんから、といった行為を引き取 って、第二人称(時には第三人称)に当たる人物が、それを「繊悔」と認 (24)

(24)

原始仏教経典における俄侮一‘pratikaroti, 定したときにはじめて用いられる用語であるということである。すなわち

‘paiikaroti'するというという行為はすぐれて「概念的」な言葉であるとい

うことができるであろう。 もっとも定型外においては‘patikaroti'は、上記のような「告白」「許可」 「不犯の決意」といった具体的行為を前提としないで、じかに用いられて いるが、それはそういう具体的行為を含むものとしての‘patikaroti'の「概 念」が形成されて以降の用法ということができるかもしれない。 このことはさらに原始仏教では、「俄悔」が主体の一方的な行為ではなく、 第二人称たる他者に対してのものであり、ひいては「受理」されることが 必須の条件である事を意味する。そしてこのことは、「倣悔」が「心中」で なされるのではなく、対・者・第三者に判るような形で、必ず行為として現 わされなければならないことをも意味する。 注 (1)はっきりと対応しているわけではないが、文章表現上類似している文章を掲 げておく。 『雑阿含」914大正2頁230下「白仏言、世尊、我今悔過、如愚如療不善不 排」 「雑阿含」1151大正2頁307上「時年少阿修羅白仏言。聖曇、我今悔過。 如愚如擬不群不善、於浬曇面前、詞罵毅辱、如是繊悔己」 『別訳雑阿含」53大正2頁392上「世尊、我於今者、実有過罪、自知殴犯。 警如嬰愚狂療無知所作不善。唯願世尊、↓憐慾我故。聴我織晦。仏告波斯匿王言、 我今感汝、聴汝職悔」 『別訳雑阿含』74大正2頁400中「唯願世尊、哀受我峨。仏言、摩納知汝 至心、憐感汝故、受汝慨悔。使汝従今善法増長、無有退転」 『別訳雑阿含」75大正2頁400下「窪曇、我実有過、嬰愚無智、所為不善。 今我自知。唯願世尊、聴我徴悔。……汝実愚小、擬惑無智、所作不善、我随汝 故、受汝‘戯悔、使汝善法増長、履行不退、受‘│裁悔巳」

(25)

『別訳雑阿含』129大正2頁423下I我今誠心向仏繊'海、我甚愚擬、猶如嬰 児、所作不善。今於仏前、虚妄不実、下賎妄語。唯願哀悪、聴我徴悔。仏告之 日、知汝至心、汝実知罪。実知愚擬、猶如嬰児、所作不善。汝於如来阿羅河、 作大虚妄部賎之業、今向知罪、誠心俄悔、善法増長、悪事退滅。我今慾汝、受 汝倣悔、令汝善法増長、常不退失」 『雑阿含経」25大正2頁498下「知過受悔如痕如愚如不解如不了、名為愚 療者、為度世者、……仏当為愚擬人故受悔過。従今自守不復犯。仏報言、巳婆 羅門悔過如愚如擬不解不了為罵如来悪隊、己見復悔自説自守後不敢犯。是道行 中望増道不滅」 『増一阿含』20−1大正2頁597上「斯須退坐向世尊悔過、我等愚惑無所 識知、唯願世尊、受我等繊悔。爾時世尊受彼五百比丘倣悔」 『増一阿含』23−1大正2頁611上「自陳過状、如愚如健無所覚知、唯願 世尊、受我悔過。……我今要受汝悔過、吏莫復造」 「仏説長者子六過出家経』大正2頁857中「願尊者、徴悔我愚擬所為亦不別 真」 (2)「下来」はアヌルッダが神通力で虚空に上っていたので、「降りてきて下さい」 という意味。 (3)『十諦律」の相当個所には「倣悔」する文章はない。巻37大正22頁270下 ∼271下 (4)『四分律』巻36大正22頁825上∼827中、『十調律」巻22大正23頁161中 ∼下、『五分律」巻18大正22頁124下∼125上 (5)この部分の註釈で、patikaremuaccayantiaccayampalikarissEimadeses. s豆makham百pess豆manantiとしている。“J豆taka”vol.Ⅳp,384

3‘patikaroti'と「'戯悔」

以上パーリ聖典における‘patikaroti'とその派生語が、「俄悔」と訳され得 るような用例を調査してきた。そこで本項では、はたして‘patikaroti'が真 の意味の「餓悔」に相当するかということを検討してみよう。 (26)

(26)

原始仏教経典における‘戯N妄‘pratikaroti, ところでこの一連の論稿では、「繊悔」を (1)罪過を他に告白する (2)罪過を悔いる (3)ふたたび犯さないと心に誓う (4)許してくれと訓・罪する といった内容を持ち、 (5)これらは「自発的」に行われるもので、「強制」されるべきもので は な い と定義してきたので、ここでもこれに従うこととしたい。まず内容に入る

前に、‘patikaroti,がなされる態度を見てみよう。

‘patikaroti'が自主的・主体的になされていることは、先に紹介した、特

に定型として紹介した資料の(1)から(13)までの、簡単な因縁毒を見ていただ ければ了解されうるであろう。ここでは全てのケースが自ら罪を自覚し、 臓悔したことになっている。そのほか、(10と(18)は「罪を認めないことによ る挙罪掲磨」と「悪見を捨てないことによる挙罪掲磨」と関連して説かれ たものであるから、「'戯'侮」の前提には、まず罪を認めるということがあり、 罪を認めなければ繊悔はないということになる(1)。罪を「認める」「認めな い」はまさしく罪を犯した者の主体的な行為であり、したがって‘pa1ikaroti’ は主体的な行為であることが判る。 また(15)として紹介したなかの(27-12∼15)は、注意してそれでも俄悔し ようとしない場合には、強要する必要はないというのであるから、ここに いう「繊悔」が自発的なものを前提としているということがよく判る。 また(10は「自窓」の作法であるから、罪を指摘される場合を想定してい るのであるが、それでも「私が罪を見たならば俄悔します」というのであ り、しかも形式的であろうと、罪を指摘して下さいと頼んでいるのである から、基本的には自発的な意思から俄侮することを示していると見ること ができる。 (27)

(27)

また(17)は自分が罪を認めて、自発的に峨悔するような場合でなければ挙 罪してはならないということを定めたものであって、ここから罪の俄悔は 自発的なものでなければならないことが判る。 以上のように、‘patikaroti'はすぐれて自発的・主体的な行為であるとい うことができる。 それでは次に「│戯悔」の内容に入ろう。まず第1に上げた「1識悔」の、 「他に対して罪を告白する」という行為であるが、これは用例(1)に紹介し

た[定型A]の文章中の「そのようなことを行ってしまいました(y豆ham

evamak目Sim)」がそれに当たると解釈してよい。実は(2)以下の用例では、 この部分を全て省略してしまってあるので表面には現れていないが、ここ に徴海する者の、その罪の内容が入るのである。例えば世尊を誹誇したも のは、世尊を誹誘したという行為がここに告白される。 用例(12)と⑬は、「告白しよう」という決意を表わす[C]の文章を含むも のであるが、実は決意を別に表す文章はなくとも、実際には告白の行為は、

「織悔」の中に含まれているわけである。なお、用例(15)は布薩の作法であ

るが、「告白する」という言葉が即「サンガの掲磨」であることを示すもの

として使われていることを指摘しておいた。

「俄悔」の第2の要素である「罪過を悔いる」という行為は、[定型A]

の文章中の、罪を犯した者の言葉である「私は過失に征服され、愚者、癌

者、不善者のごとく、そのようなことを行ってしまいました(accayomam

bhanteaccagamayath且b豆Iamyat埴、面]hamyath豆akusalamy豆ham evamak豆Sim)」や、 たは過失 に 征服され 、 それを受ける側の[定型B]のなかの、「確かにあな 愚者、擬者、不善者のごとく、そのようなことを行

いました(tagghatambhaginiaccayoaccagam豆yath豆b豆lamyath且

mri]hamyath豆akusalam,y豆tvamevamak豆si)」が、それを明白に表し ている。

また「倣悔」の第3の要素である「再び犯さないと誓う」行為は、[定型

(28)

(28)

原始仏教経典における‘戯晦一‘pratikaroti’ A]の文章中の「未来の律儀のために(豆yatimsamvar訂ya)」や、それを 受ける側の言葉である[定型B]のなかの、「聖なる律の繁栄をもたらし、 未来の律儀のために資することですから(vuddhih,es豆bhaginiariyassa vinayeyoaccayamaccayatodisv豆yatmdhammampatikaroti目yatimca samvaram豆pajjati)」が表わすと考えてよい。また漢訳では、用例(4)(6)(7) (9)(11)に紹介した文章のなかにしばしば「更不犯」という言葉が使われてい る。 そして「骸悔」の第4の要素である「許してくれと謝罪する」行為は、 [定型A]の文章中の「私の過失を過失として受けてください(accayam

accayatopaIigaph百tu)」がそれにあたり、[定型B]のなかの「あなたが過

失を過失として認め、法のごとく1裁悔するというなら、私はこれを受けま しよう(yatocakhotvambhaginiaccayamaccayatodisv豆yath頁dham‐ mampatikarosi,tamtemayampatiganh且ma)」は、罪の被害者が謝罪を 受 け 入 れ た こ と を 表 す 。 そして以上のような行為、すなわち自主的に「罪を他に告白し」「罪過を 悔い」「再び犯さないと誓い」「許してくれと謝罪する」行為、すなわち[定

型A]の文章が表す行為を総称して‘patikaroti'というのである。言い換え

れば[定型A]の行為を、「法のごとく繊悔するというなら、私はこれを受 けましょう」「過失を過失として認め、法のごとく1裁悔するのは、聖なる律 の繁栄をもたらし、未来の律儀のために資することですから」という[定 型B]の文章が受けるのであって、ここに始めて‘paljkaroti'という言葉が 使われるのである。 このように、以上に紹介した‘patikaroti'の用例はまさしく、真の意味で の「徴侮」を指し示しているということができる。ただし大乗仏教的な「‘│裁 悔滅罪」という観念まではなかったであろう。出家者のためのものである けれども、一方で厳然と「律蔵」があり、これにはしっかりと罰則が規定 されていることがこれを間接的に証明する。やはり「自業自得」という大

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枠があり、そのなかでの「繊悔」であったと考えられる。ということは、 しっかりとした意思が存在する行為にのみ「果報」を引く「業」が認めら れるのであるから、「自分で自覚しない罪」までも「繊悔」するという観念 もなかったとしなければならない。これらはやはり大乗仏教を待たねばな らなかったのではなかろうか。 なおこの‘patikaroti'は、律蔵においても経蔵においても使用されること は指摘した。「律蔵」においても、正確に手続き方法を規定するような場合 を除いては、‘patikaroti'はいわゆる一般用語であって、サンガの法律用語 ではない。したがって一般用語として使われる場合には、上記のような意 味を込めて個人的に「許して下さい。今後やりませんから」と言い、これ また個人的に「判りました。許しましょう」と了解すればそれで完了とい うことになる。 しかし「律蔵」における「法律用語」として使われたときには、それで はすまない。前節に述べたように、サンガの行為としては、サンガないし はそれに代わる者に罪を「告知」し、サンガないしはそれに代わる者がそ れを「受理」することが必要で、それで始めてサンガのメンバーとして「復 権」するということになるからである。そして「法律的」には、そのサン ガの行為に移るという行為を‘deseti,という言葉が表すことになる。おそら くこれが前稿の「原始仏教経典における‘ksama(徴悔)'について」の冒頭 で指摘したように、義浄が『南海寄帰内法伝』巻2(2)にいう、「若し軽過を 作せば同じからざる者に対・して之れを除』海す。薙に術鉢底鉢Iリリ底提舎那と 云う」という文章中の「病鉢底鉢Ijlill底提舎那」すなわち‘訂pattipratide§an豆’ と係るのであろうが、これについては稿を改めて論じることとしたい。 注 (1)「自言治というのがある。……仏教の戒律では、本人が罪を犯したことを認め な い の に 、 罰 を 与 え る こ と は し な い の で あ る 。 ま た そ れ だ け の 強 制 力 が 僧 伽 に

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原始仏教経典における倣怖一‘pratikaroti, は存在しないわけである。しかし波羅夷を犯した現場を他の比丘や優婆塞に見 られた場合には、事情が異なる。……規則にしたがって(滅評法の現前毘尼) 裁判を行った結果、場合によっては僧伽から損斥されることもある。」平川彰「二 百五十戒の研究I』頁196∼ これに関する資料は以下を参照されたい。「自言せざるに掲磨を行ってはなら ない」=「滅誇健度」VinayavoLIIp,83、p、102,「四分律」巻47大正22頁 914下∼、頁921中、「五分律」巻23大正22頁156上、『十諦律」巻35大正23 頁255下∼256上、『僧祇律」巻13大正22頁332下∼333上、「薩婆多毘尼毘婆 沙」巻9大正23頁562上∼中 しかし、「律蔵」では罪を犯した自覚がないのに、他の理由で「俄悔」を勧め られる場合がある。例えば、破僧の危険性があるときには罪を認めよとされて いるし(「コーサンビー健度」VinayavoLIp,340、『五分律』巻24大正22頁 158下)、王舎城の結集の時、阿難は小小戒の具体的内容を釈尊に尋ねなかった などとして「俄悔」を迫られた時、自覚はなかったけれども倣悔した(desemi tamdukkham)とされる(Vinayavol.Ⅳp、289。「四分律』巻54大正22頁 967中∼、『十調律」巻60大正23頁449中、「五分律」巻30大正22頁191中) (2)「-'一五随意成規」大正54頁217下

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