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日本佛教學協會年報 第9号 007硲 慈弘「玄旨歸命壇に關する研究」

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(1)

玄凶日録命壇

目 今ζ ︵ 一 ︶ ︵ 一 一 一 ﹀ ︿ 五 ︶ 序 − 玄 旨 賊 名 一 唆 の 事 相 儀 則 ・ 成 玄 旨 時 九 叩 壇 と 阿 禰 陀 信 仰

1

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叫ム‘

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f∼\〆'""'〆(、 J三日司ご二 ) ) ) 玄旨附附命壌の名高とその性質 玄段師命壇の数義とそのえ系 L E M F − u 止 小 一 ” 五 回 川 崎 命 壇 は 、 い ふ ま で も な く 中 世 の 日 本 天 台 の 中 に 童 生 し 、 そ し て 護 法 興 隆 し て い っ た 特 殊 の 法 義 で あ 一 っ て 、 いはゆる恵心槽那の雨流中には‘正しく檀那流義に属する。それが檀那流所属であることは、各種の血脈印信に 於てはもとより、また古米の諸日録.文献な h とに於てもみなこれを語ってゐるが、人ーもし光徳明匠記の所載によ れば.一時比叡山に於ては、府側仰の法流全く紹ゆるに至つににめに、大山寺の皐頭経耐をしてこれ在注進せしめ たとあるが、時にその深義・として到来せられたものト中に、また玄白擢頂相承の一けあるによっても明瞭である ο 叉もし慈眼大師俸の一書に例をとれば、大僧正天海は、かつて正費院豪曜から恵心一流の奥懐守ったへて、所謂 l 玄旨蹄命壌に闘すお研究 七

(2)

日 本 併 殺 回 目 寸 協 令 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ 七 2 る四筒の大事.略億三筒の数行を輩く俸授せられた外に、まに神蔵寺賓全の下で、ふかく情那の流義そぎはめて 立百十笛の相示、師命壇七通の印信を都て付曝せられたとあって.わが玄日蹄命壇は.まさに慢那流濁特の法門 たることを告けてゐるのみならす、また同時にこれによって‘玄 U H h 師命壇は、むしろ檀那の流義に於ける口決俸 授の奥戒として、あたかも三重七筒の大事が、印ち恵心流に於ける、日俸法門の根幹ぞなすと同様の地位と意義 ム 一 ぞ も つ こ と も ・ 禁 せ ら れ る 。 γ 引 n 古来

ω

日 遁 に ﹁ 窓 心 の 七 筒 、 情 那 の 玄 白 ﹂ と い っ て 、 わ が ど 行 部 品 叩 の 法 門 は 、 恵 心 流三重七筒の大事とあひ封して、正に中古の日本天台口俸法門に於ける一方の雄であった。 而して玄行蹄命壇は、その救護の上からいへば天台止闘に立脚し‘特に一心三割の修行と睦験とぞ教へ、無作 三身の詮得必殺ふるものではあるが、若しその貰際信仰の上からいへば、全くこれ禰陀信仰に立っと稀してよい。 け 古 し 玄 円 の 本 章 と せ ら る ? 摩 多 羅 の 一 一 岬 は 、 由 来 常 行 三 昧 の 守 護 神 と せ ら れ 、 阿 部 淵 陀 如 来 と 同 一 膿 重 連

ω

神とせ られる。従ってこれに封して口授し修行せしむる一心三割は、畢克ニれ所謂る浦陀一心一一一観の訟円であった。況 やまた師命壇に歪つては、正しく嬬陀ぞはてそめ本章とするのみなら守、その壇場の軌式悉く噸陀の浮土を表象 し、俸授修行の方軌まに多くはこれに準十るものであつにが、然もその浦陀念悌義たるや、或は浄土阿山義と相 通 じ . 国 具 宗 秘 事 法 門 と も 亦 遁 今 る も の ミ あ る こ と が 認 め ら れ る 。 況やまに玄行蹄命壇は、その教義思想に於て多分に記家の影響そ受けにと考へられるのみなら示、また一一貫柿 道側意俸授の前提・として、これそ必修の要法ともせられた。また若し東照二一所椛現の成立祭配に於ても、贈多難 の 一 泊 仰 は 既 に 峡 く べ か ら − J J る 窒 素 な な す 。 然 る に ・ 陛 多 羅 の 柿 は 山 来 わ が ド ゥ 4 U H 命 の 本 章 ム 一 せ ら れ . 戒 は そ

ω

守 護 一 岬 と せ ら る ミ 所 で あ っ て . こ h に ま た 玄 白 師 命 簡 は 、 一 一 貫 神 道 と も 亦 密 接 不 離 の 闘 係 あ る こ と が 明 瞭 で あ る 。

(3)

か く し て 五 円 師 命 ・ 増 は 、 所指ゐ中山

ω

け本足台それ白煙ケ開削する k に 於 て は 、 もとよりこれ必然

ω

研究課題 ふゼなすと同時に.また我が閥浮上救護民

ω

. 副 生 問 削

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L

さらにけ本岬遁史上

ω

問題と

L

ても.決

L

てこれそ宥 泌すべからざる所といはねばならない。然ゐに従来、 こ れ じ 叫 却 す る 緋 究 は 立 外 に 少 い の で あ っ て ‘ そ

ω

領域の殆

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全 部 が 、 A ー な は 全 く 開 拓 せ ら れ て ゐ な い か に 岡 山 へ る 。 況 や ま た 従 来 . 人 ぷ 行 部 命 壇 は 耐 用 多 羅 を 祭 っ て 本 俳 ゆ と し ‘ しか色これをはて‘我等の五徴そ満足せしむる岬として寧崇したといはれ、以て愛色貧愛を教ふる法円であった と考へられて、多くはたピ山単なる姪紀邪教でしかないかの如くに槻ゐ

ω

が、印ちこれ一般の見解であったと思は れる。然し h u 古 川 蹄 命 ・ 垣 は . 白 樟 果 し て き や 、 7 なもので有ったであらうかどうか、これ亦一筒

ω

問題である o い か 立 川 蹄 A 叩壇に闘する問題は‘・勿論なほ−一−にして悲きないけれども‘然し上述する所

ω

如きは、恐らくそ

ω

最 も主要なるものに属するであらう。さればん i ニれら

ω

諸貼に波立を抑ひながら‘ それは果して如何なる形態を具 , 、 、

いかなる性質内容をもつものであるかを考へたいと忠ふ。 玄旨蹄命い閣の名義とその性質 h U 4 U H 蹄命壇なる栴呼は, 必 品 少 し も 山 単 一 名 稿 で は な い 。 従 っ て そ

ω

宜脱出じ於ても.また決して唯一つのものでは な い cf 品 目 立 旨 蹄 命 壇 な る 稽 呼 は ‘ 山 来 五 行 士 山 脚 命 B F

ω

. . つ の も

ω

十 倍 一 日 前 し 、 こ れ を 一 語 連 癖 し た も の で あ る c 勿 論 い え 白 と 蹄 命 壇 と は 一 具 相 関

ω

間にあ

0

.三者必然

ω

闘係聯絡をもっ

ω

であって‘謂はぱ‘一にして而も一なるも 3 のであるから、これを所謂るか 4UH 蹄 命 壇 と 名 け て . 一 語 一 括 す ゐ ニ と は 宜 主 の や 同 然 で あ る 。 け れ ど も 此

ω

二者はま 中 ぷ 旨 蹄 命 壇 に 闘 す ろ 研 究 七

(4)

日 本 仰 品 抗 感 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ 七 件i 4 し に 自 ら 別 な る も

ω

で ‘ 一住これを判然と一倣別せらるべき性質をもっ。け古し従来の五日邸命壇に闘する研究解説 司 ︸ 九 ・ こ L e J 、 y t + nnvIt こ的動なは茶花不分明であったと考へられるが、然し五日卸命培ヲて

ω

ω

が ‘ 来して如何なるもので あるかを了解せんがためには、先つ第一者にこの一一者

ω

同別せらるべきことヘ而してそ

ω

関係聯絡とな明瞭に しておかねばならねと考へる。 五百と釦命壇とは自ら別なるものであり、 一九社これ々阪別せらるべきことは、その交献よりすゐも、また事相 儀 則 の 上 に 於 て も 甘 問 、 に 明 瞭 で あ る 。 に と へ ば 霊 祭 著 は す Bところの闘邪篇一容によれば、いはゆる公案の法門十三 筒な列ねて、その一々に痛烈な批評ぞ加へてゐるが‘然もその第八案目の下に‘﹁前並立日公案、此下蹄命公案﹂ ’ Y 註 書 し て ‘ 玄 白 と 蹄 命 共 一 自 ら 別 な る こ と を 示 し て あ る 。 も と よ の 玄 日 師 命 の 公 案 は 、 相 ↓ 水 市 川 俸 の 如 何 に よ る の か、その名目や究第の上に多少の出入異同があって.必すしもこれを一定し難いかに息へるけれども、然しその 何れにあっても、玄円と師命

ω

別なることには何等楼りがない。いま試みに闘邪篇

ω

俸 ふ る 所 と 、 慶 廃 ‘ 一 一 年 泣 J 誠 寝すところの五日邸命相反の一書が、﹁点目公案究第﹂として掲ぐるものとを封照し‘以て立円ム’一郎命壇とが一花 別なることの詮左に供する。 Fおき写七 イ 苅 遁 山 戒てつ

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必 隠司 悲~ ︵ 玄 日 卸 命 相 ブ ボ ︶ I I l ー 一 七 仰 通 戒 仰 ピ 俗 / / / \ \ 二 議 例 問 宜 的 一 仰\\\///一二諸行無常四何一 話

(5)

設 ﹃ 八 割 無 生 蛾 悔 一七鼓一心一一一割 一 十 生 死 本 際

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1

師 命 公 案 ∼ 一ナ一一宇一一小至二境/\\十一越 一 ・ 一 人 一 不 鏡

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| | 士 一 一 小 士 一 一 題 来 \ / て 十 一 一 不 一 十 四 主 之 島 ヒ2 上1 公 案 じ:,\ 1i.[11] 花 窓 、 銃 起

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虎 観 ︸ 八観無生儲悔︸一幻 r H 除分 一 , , a M 込 会 仙 川 薗 初 ハ 砂 防 、

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1

ミ 鏡 像 部命公案 主 境 t立 突にまた印伝血脈に於ても、五日ム一郎命閣とのそれは全く異なる。印ち玄 U H に 於 て は 天 台 擢 − 凪 玄 白 、 止 観 心 要 、 摩多羅神.三句の血脈等を付奥し‘蹄命取に於ては鼓一心三朗、相俸誓規な h との印信在授ける。而してまた後に 説くが如く・この雨者は一担場の荘最軌式守異にし‘また本堂に於ても玄白は摩多羅神を祭り、軒命は漏陀三章を まつるのみなら今、従ってまた入哨俸授

ω

作 法 と 日 時 に 叫 れ で も 勿 論 異 な る 。 か く し て 玄 U け と 邸 命 壇 と の 別 な る こ とは、もはや此等の事詮によって何等疑ふべくもないが、さて然らば玄白・と名け‘また部命・担と離するものは何 を意味し、また如何なる性質を具へ、而して其等は如何なる関係聯絡をもつのであるか。以下まづ五日よりこれ r:

"

玄旨蹄命壌に闘すあ研究 一 七 五

(6)

日 本 刷 仰 設

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協 命 U 年 報 ︵ 第 九 年 ノ 一 七 六 G ゆ ゼ 説 く で あ ら 、 ー ノ O いはゆる玄白は.詳し

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は ニ れ そ 五 日 瀧 民 と 名 け . − 大 台 敬 風 一 ・

ω

五日秘曲たる三割三謝

ω

法な授け.その奥義在 日決俸授する特殊の法式儀雄をいふ。印ち五日の語義については‘古来の説く所みな多くは抽象的にこれを解し ﹃ 釦 ︶ ︷ 3 ︶ て.或は唯﹁カスカニカスカナリ﹂ともいへば、また﹁ハルカナルムネ﹂とも訓稗せられ、或は﹁玄とは玄の叉玄な へ 4 ︶ るものなり、日とは如来出此の一万円なり﹂とも説明せられ.更にまた﹁玄とは幽玄深奥の義なり、自とは旨蹄秘蔵 の瞳なり﹂とも解樺せられてゐるが、若し立行師命相示の一世一臼じよれば、 何 ナ ル ヵ 是 五 、 耕 一 五 五 者 主 ナ リ 0 其 故 ヲ 滋 ト コ 耕 一 五 五 在 三 割 五 微 一 一 / 深 有 = 所 以 一 、 故 名 レ ど 口 口 。 何 ナ ル カ 日 吾 川 、 地 内 云 如来出世ノ元自ナー故名 v U H

2

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と説いて、いはゆるどの叉どなるものとせられ.如来出世の一万円とせらるミものは、正に一心三観ぷ微の法門な ることそ示してゐる。また若し一心一一一割血脈雌俸仲によるも、これと全く同意の説明を輿へてゐるのみなら歩、 また一には玄自の何物たると、耐してそ

ω

山ポとそ説いて左の如くにいふ。 師 一 五 . ノ ユ ア 此 血 脈 ︵ 五 日 血 脈 ︶ 符 岡 山 不 峰 山 也 ・ ム け 京 奥 械 也 。 所 以 者 何 、 我 本 師 智 弘 行 大 師 御 花 此 ‘ 此 血 脈 書 一 一 一 一 巻 一 、 告 − 一 補 届 幸 安 一 言 、 一 巻 心 不 納 t 増 中 、 一 容 付 日 以 明 汝 一 、 師 資 相 求 北 日 利 一 説 枇 。 依 ー と 智 者 大 師 赴 − 場 帝 請

u

. 金 陵 示 レ テ ノ 減 之 朝 、 全 身 迎 = . 大 台 悌 臨 之 州 市 角 ぺ 道 一 一 例 行 は け 廟 議 一 存 − 一 納 之 一 時 、 卒 女 鶴 林 不 ν 達 一 一 明 一 一 コ ロ 一 、 品氏 人 士芥 中 時 。 究 一 巻 一 紙 折 、 半 支 一 一 小 目 符 威 ‘ 々 々 −

T

息 域 、 々 々 ボ ー か 4 明 、 院 方 丈 . 鵡 珊 遁 遼 和 向 、 此 和 向 点 一 一 定 日 断 下 機 、 単 一 恥 若 印 健 一 、 自 塁 打 明 一 、 奉 納 石 堂 山 一 。 烏 樹 如 軒 ピ 柄 、 厳 長 不 思 議 也 。 子 時 本 州 明 大 師 山 家 高 組 、 川 市 一 一 地 一 然 御 入 減 二 十 三 年 一 . 々 々

J T

浪 然 一 、 々 々 示 臨 海 龍 興 寺 川 出 州 、 極 柴 浮 土 子 時 生 身 羅 漢 来 供 レ 花 . 滋渡府入 A一 能 興 寺 宗 一 、 詩 句 一 足

(7)

合 法 味 。 遼 和 向 知 − 一 山 家 秀 費 、 昇 一 元 童 取 一 出 一 心 伏 川 中 血 眠 、 常 晴 来 付 1 M 崎 山 内 朱 可 山 家 此 事 嬬 戒 論 書 け 、 和 向 憐 ー 感 我 \ 一 心 三 割 俸 於 ご 一 員 一 有 利 向 者 遁 遼 和 向 也 . 憐 感 持 矧 − 一 秀 賞 . u へ 越 国 求 法 憐 感 ‘ 血 脈 取 山 . 一 心 ↓ 一 一 観 俸 一 一 於 智 者 自 作 一 一 一 一 日 記 一 云 事 也 一 目 一 五 。 勿論ニミに説く所の多くはた Y 俸説であり.一筒の所説ゐ口俸にしか池、ぎないけれども.然し天台己心中所行の 法たる一心三観そ玄白と名け、一心二一観印ち五百とすることの限りに於ては、何等これ A q 限 延 ふ 借 地 が な い で あ ら う。況やまた五百の濯国にては.その日決印信として天台襟民主目、一一一何の血版印ち天台宗相求一心三削血脈‘ 一 心 三 割 俸 ‘ 一 心 三 観 記 . 4 び に 鏡 像 困 融

ω

日 決 な は じ め ’ と し て 、 そ の 他 ま た 止 削 関 心 川 火 山 り 如 き 各 積

ω

血版印信ケ 授けるが‘而もそれらが皆あくまでも一心三闘な主題とし、一心三期生以て貫くことによって、立日加ち一心三 観たることは端々以て明瞭である。 然り而して.この玄旨卸ち一心三観の深旨を口授し.その秘曲を俸授日決するのが印ちこれ立行雄酷である。 濯頂そのものと革審についても.亦古来の説く所必今しも問単純ではないが、然し﹁法事

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法 水 J d 以て受者

ω

頂 に 置くなり‘其法水とは品目回流の玄白是なり﹂とせられ、若しその﹁要な取ては師資相承なり﹂といはる弘知く、皐克 これ奥義俸授のことであり‘師資の相承口俸冶意味する。勿論その主として基く所は‘正しく密救

ω

それにある は言ふまでもないと同時に、また後章説くがごとく.品言密救のそれと殆 h p ﹂搾ばざる李相儀則守設け、特殊の法 一種濁特の法儀を形成するものであった。況やその本象として摩多羅

ω

ご ム − き 特 妹 の 柿 そ 式 儀 離 が 立 て ら れ て 、 祭り、また蹄家に於ける公案提概の彫式そ用ひて.その外形内容ともに頗る珍奇

ω

意 匠 ゆ が ﹁ か ま へ ‘ そ

ω

俸授と儀 7 暗に於てむしろ甚だ複雑をきはめる。それ故に若し卒爾として之に封するときは、その且京果して奈漆にあるの 玄旨蹄命壇に闘する研究 --!:; 七

(8)

日 ム A T 仰 致 問 円 十 協 令 年 報 ︿ 第 九 年 ︶ 一 七 八 8 か 捕 捉 し 難 品 川 、 仙 み な ら 歩 、 ま に 却 て z h h y 安誕奇騒の邪法であるかの如くに思はれら。 否その本章陣多羅

ω

ごとまは、主紳と丁趨多及び徹子多の三牢より成り.而して鼓と若荷と竹となもって歌舞 のふるまひケなすが、その意匠と形態とに於て、すでに甚だ玲奇である o 況やその姿こそは煩悩業苦の三道、貧 蹟躍の三毒煩悩凱舞のふるまひ、守表象すゐとせられ.また左

ω

童子丁鵡多は、﹁シシリシニシシリシ﹂と歌ひ、右 方の童子倫子多に於ては、﹁ソソロソニソソロソ下一歌ふ主せられる

ω

みならす.然もそれこそは正に控欲倣盛の 所在歌ふとなす。けだし玄行部命壇が、印ち愛色食愛的法円であるとせられ.邪教立川流と同種のものであると つ と に 漢 嵐 拾 葉 集 に も 、 せられる一白は、すなはち此所に在って存する。けれども摩多羅神は、 一 、 常 行 堂 摩 多 羅 神 事 。 一 不 云 、 風 寛 大 師 。 白 − 一 大 唐 一 引 麓 念 仰 御 相 俸 ア ワ 一 ア 郎 朝 之 時 、 於 − 一 船 中 \ 有 = 虚 空 謹 一 止 口 一 五 。 我 名 = 摩 多 羅 明 、 印 障 醍 神 也 ο 我 不 思 崇 敬 一 者 。 不 ν ν = 技 生 素 健 一 云 。 的 常 行 堂 被 − 勤 請 一 也 一 五 一 エ 。 ︵ 巻 第 三 十 九 ︶ といふが如く、由来これを常行三昧の守護神とせられ‘やがて阿漏陀如来

ω

雫述とせられに紳である。而して粥 陀を以て一心三観修行

ω

本章とし、四種三時遁修の本章・とすることは、すでに摩珂止閉山来の思想信傑である。 乃ち一心三割俸授の五円漉頂に於て、漏陀と同酷

ω

紳たる摩多羅守本草とするのは、一にこ h に 基 く 。 然り而して、また摩多維の二一隼が、いはゆる三毒煩悩蹴舞

ω

姿な表象し、姪欲慌盛

ω

と ニ ろ そ 歌 ふ と い ふ の は 、 邸 ち 煩 悩 具 足 の 我 等 現 置 の 表 象 と し て 、 一 止 に 本 畳 一 法 身

ω

妙 臨 守 あ ら は ・ す と 同 一 時 に 、 ま た も ’ と よ り 煩 悩 業 苦

ω

コ 一 清 一 郎 ち 法 身 、 般 若 、 解 脆 の 三 徳 な る ゆ 信 表 象 し 、 本 一 死 印 出 換 、 煩 悩 印 菩 提

ω

常所在あらはす。乃ちこれを本牢とす ることは、阿佐修行の我等をしてこれ々針象とせしめ、日て三志

ω

陪 竹 こ れ 二 一 朝 一

ω

入 土 睦 な る や 費 り , 六 誠 凡 報 の

(9)

我 写 そ

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ま 誌 に 一

1 1

4

二 胡 な り ム 一 一 述 し て ‘ 諸 に 一 心 二 一 間 的 解 行 ﹂ 也 成 じ . 同校二一割伝費了せしめんとするな匠に成ゐ IJ) で ~ d

"") て 一 心 三 制 傍 授

ω

五 日 催 眠 に 於 て ‘ 特に煽陀

ω

需池同席

ω

紳 ’ と す る 奇 酷 な ・ 陣 多 羅 守 山 内 川 る の は 、 ま 仁 二 か 込 ゐ 反 抗 日 に 終 く o i ;ー︶一 i l ノ 引 が 一 行 法 頂 侍 授

ω

行 軌 に よ れ ば ‘ 行 者 入 附 し て 正 に 本 品 早 期 多 羅

ω

校 前 に 去 ら や ‘ 一 川 乃 ち こ れ に示して光仙如くに詑くといふ。以て大酷

ω

意趣ケ知ゐこ L 一 ‘ か で ま る で あ ら う 。 袋 内 同 学 ノ r h 没 ノ 向 ニ パ r\ジ子二三氏、 L r J J 〓 E R − − 一 E れ か J hrit ノ 一 ノ ↑ hJ 玄 日 ノ 本 軍 此 ノ 神 明 ュ − T 小 一 ス O 傍 ー プ ル 寸 之 償 超 − 一 千 晶 子 。 先 摩 多 雑 ハ 光 語 、 此 一 一 大 口 ト 麟 ス ル 也 。 大 ハ 五 日 等 ヵ λ 大 ノ 貌 、 リ ハ 我 等 六 誠 ノ 者 一 也 。 凡 六 川 耐 火 臨 ヲ 覚 、 任 ュ 本 来 ノ 恵 日 ト 顕 ハ ス 也 。 抑 中 愈 ハ ベ 誠 心 王 、 脇 ノ 二 章 子 ハ ム パ 誠 麓 細 ノ 心 数 也 。 謂 ル 小 技 ヲ MH 十 主 ア ハ 制 念 ノ 鋭 、 袖 ヲ 翻 シ テ 舞 王 ア ハ 麗 強 ノ 念 也 。 一義二陣多 山 雄 岬 ハ 八 誠 心 王 、 丁 令 多 八 七 誠 ノ 念 、 爾 子 多 ハ 六 誠 ノ 念 ナ リ D 鼓 一 一 ハ ヤ シ 立 一 ア レ ミ 我 ル 号 本 心 ハ 九 一 誠 ノ 静 都 一 一 7 リ ジ ヲ 心 王 ノ 大 段 、 細 念 ノ 小 産 強 ノ 心 数 ヵ 十 二 悶 縁 ノ 舞 喜 一 一 鋒 出 ジ グ ル 貌 也 。 倖 救 大 師 入 府 蹄 朝 ノ 時 、 今 此 神 明 影 向 ジ 去 ヒ 一 ァ ‘ 我 H 疋 国 宗 擁 護 ノ 神 明

7

、 ム 仕 − 一 叉 山 山 一 一 一 金 毘 羅 一 刷 、 在 一 悌 果 一 端 陀 三 章 、 在 ︸ 一 衆 生 一 成 一 奪 精 鬼 − 一 耳 示 。 強 陀 三 章 ヲ 以 一 二 心 一 一 一 観 ノ 本 章 、 四 種 三 昧 ノ 通 修 ト ス ル ユ ヘ 一 一 、 サ テ 道 場 ヲ 妙 観 察 知 H ノ 同 方 一 一 寄 セ テ 束 向 一 一 建 立 ス ル ナ リ 。 叉 南 向 一 一 号 建 立 ス ル 万 有 之 。 而 ル 一 一 以 = 浦 陀 一 雄 ν v居 純 一 一 本 章 一 、 人 1 六 識 凡 報 其 任 一 品 開 一 二 三 割 一 一 、 故 垂 越 同 塵 ノ 神 明 ヲ 矯 = 本 傘 一 也 。 中 略 。 所 詮 刷 用 多 羅 三 愈 ハ 我 等 ヵ 食 眠 痴 ノ 全 睦 ナ リ 。 而 今 ノ 一 不 一 一

7

予 三 傘 卸 法 身 ‘ 般 若 、 解 脱 ナ リ O サ レ ハ 殻 ハ 如 来 法 輪 ノ 鼓 、 舞 八 白 受 法 楽 ノ 舞 ナ リ 一 ご 。 また若し玄旨師命壇俸記の説くところによれば、さらに一居そか要な得る

ω

制 聞 い が あ る 。 9 此 摩 多 羅 神 三 章 、 山 家 御 蹄 朝 ノ 時 、 新 一 一 現 来 主 ヒ テ 、 五 口 此 困 宗 守 護 ノ 神 明 、 在 = 天 竺 金 毘 羅 利 、 在 一 府 士 一 摩 多 羅 神 、 臨 命 終 − 一 ハ 奪 精 鬼 ナ リ o 在 = 費 位 一 端 陀 三 軍 ト 示 、 王 へ も 然 的 以 − 一 端 陀 三 季 、 昨 可 知 r 一 割 本 章 一 、 六 識 凡 報 . 其 佳 三 玄旨蹄命埴に闘する研究 七 九

(10)

日 本 悌 数 民 千 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ A 0 10 観 ト 回 開 ス 故 三 重 連 ヲ 信 用 ス O 丁 暗 多 ハ 本 地 勢 至 . 戎 等 ヵ 位 同 精 ‘ 爾 子 多 ハ 木 地 削 翌 日 、 誌 等 ヵ 陽 精 、 ー 叩 芋 ハ 本 地 調 陀 、 メ 我 等 ヵ 息 風 ナ リ O 乃 至 。 約 一 本 地 一 端 陀 ヲ 六 一 誠 韓 ノ 偽 呆 ト 名 ル 岳 、 錆 = 六 識 凡 報 一 。 サ レ ト モ 一 心 一 一 一 観 凶 位 ノ 修 行 ナ ル 故 一 一 、 垂 述 ノ 神 明 ヲ 安 置 シ テ 行 門 ノ 最 極 ヲ 一 一 小 ス 一 五 云 。 かくして、若し上来見きたるが如くんば、わが立白樺頂じ於て陶市立中 J羅

ω

コ 一 傘 ケ 祭 る

ω

は.決して従来就くが如く、 我等の五欲そ満足せしむる一概として崇拝した

ω

ではなかった J 従って五回川浪国それ白刷版じ於ても.また敢て愛色 食愛奇数ふる法円であったとは思へぬ。否か

j

o

玲 奇 の 柿 を 印 公 る 一

ω

も、むしろ是れ凶位じ於ける行門の最極右示 して‘以て一心三離の修行と鰹験とに資するがためであったと同時に、また若荷や竹林な用ふることも‘その他 一切の行儀軌式もみなもとより同様である。たとへば芸術

ω

鈍性なるはこれぞ三毒

ω

韓性とし、竹

ω

主制なる H M 朗ち空.常にそ

ω

青々たるはこれ中道.而してその節はニれ恨一躍であるとて之守三期的全膿とし‘雨者相封して 正に定書

ω

二法一躍、理智的一如ゆ信教ふゐ

ω

みなら今、まにこれケ別にしても、夫々に菖荷

ω

一 心 J 一 一 割 、 竹 査 の 一心三割を説く。況や公案

ω

一法門守旧ひ.また前にもいふが如く各種的印一い血服そ体授する

ω

も、背もとより J 心三割の親書に資することは.敢て賢一一一けすることそ伐にない所である。ざれば五 U H 挫頂そ

ω

ω

は、そ

ω

形態内 容に於て頗る複雑守ぎはめ、同時にまた甚だ雑乱珍奇

ω

立医に岱むも

ω

ではあるが、然しあくまでも光台数曜の ど日.印ち一二割三一誕の法そ主韓とし.而してそ

ω

心 川 交 を ほ け ‘ そ

ω

雌的を博へて.これが修行と位殿と也救ふる の守以ても本来の一向日とするも

ω

で あ っ た 。 ど日漉瓜そのも

ω

じ就いては.こ

ω

外になほ就くべきニと以少くないが、然しこれではて凡そ廿刊の大綱ケ得ら れるであらう o されば此よりはド悼

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て . さ = り に

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・ ∼ 叩 ⋮ 川 じ 叫 刊 す ゐ M r ヴ 祭 な 浩 一 め ね ば な 孟 り な い 。 庁 旧 日 h ’ JJLH 討 ほ っ 五 日 ﹁ 交 p h r・d J 自 此 ノ ロ H J 一 じ て n . 一 一

(11)

については、未亡簡明的切なる解答には按しないかに費えるけれども、然し察するところ‘郎命壇とはこれ生死 の本源ぞまはめて‘自己の本命に蹴るを立味する 3 否それは一心一二割ケ成就して生死の本棋なきはめ、生死

ω

一 大事に濯して、正に無作三身の境地に到り、一心遮那の妙枕に入らしめん’とするものであって、然もこれぞ特殊 の法式儀躍によって救で濁特の行法事相を以て傍へる’ところに、所謂る師命砲の椛取が成り立つ。さらに一居 魁賀してこれをいへば、正に一心三割開悟して無作三身な説得し‘本川内成活必削へる儀式が印ちこの舵頂であっ て‘いはば檀那流事者の創作する天台宗安心の一大事であった。玄白部命哨 a 倖 記 に よ れ ば . い は ゆ る 卸 命 ・ 川 町

ω

立 ぞ 説 い て . 一 J 凡そ卸命曜と申すは.我等衆生

ω

命 終 や 間 関 は し 、 天 地 常 一 恒

ω

一 念 三 千 を 示 す ? 一 と い ふ て 居 る が 、 さ ら に五日重一大事的一書によるときは 付 L之師命培/大事つ経一桁ノ仰−一ハ全不 ν = 紙 面 一 口 訣 重 也 。 叫 眼 ν 都 凡 慮 易 = 忘 失 一 故 ニ 、 如 t 形唯授一人ノ草ヲ紙 上 ニ 載 − プ ‘ 深 ク 守 リ ニ 一 懸 ク テ 一 吋 R随一身被、仰問、信州ノ龍宜坊モ仰同心ノ事ナリ。此京ハ正ク一大事ノ因株ノ 宗 旨 ナ ル 故 三 直 ニ 生 死 ノ 本 源 一 一 一 連 シ テ 、 一 心 遮 那 ノ 妙 伏 − 一 居 、 一 大 事 ヲ 眼 見 玉 フ ヲ 事 − 一 一 期 ス 。 サ レ パ 内 身 的此宗ヲ一大事ノ宗ト蹴ス。大型ノ金言一一 − 一 得 丘 二 一 昧 法 身 嵐 ナ リ 、 全 ク 凡 見 及 ピ 凡 行 者 ノ 所 見 ノ 不 ν 者 也 。 ハ.唯以一大事国続出現於世ト設キ.法華ヲ一大事ノ教ト辿給フ。高粗大師束土小耀迦トシテ、止観修行ヲ 辿 − ア 天 台 宗 ト 立 給 フ 。 此 宗 結 織 之 輩 正 ク 一 大 事 ヲ 港 ル 保 、 全 ク 不 レ 可 v レ 疑 。 人 間 ノ 最 後 ノ 臨 終 亦 一 大 事 ト 一 五 フ 、 全ク生死一大事因縁ノ重ナリ。此濯頂ぺ正シク生死ノ一大事−一一連シテ、 一 心 ノ 本 掠 − 一 卸 ル 至 極 ナ リ 一 子 。 と説く、以て凡そ其の意を得ることかできるであらう。 11 かくして生死の本掠そきはめ、生死の一大事に法して‘安心決定せしむるぞ趣意とする郎命壇に於ては‘まづ 玄 U 日野命壌に闘すろ研究 A

(12)

日 本 側 品 抗 感 協 A V 年 報 ︵ 第 九 年 ノ ︶ ;¥ 12 第一若

ι

、我等果して何所より生れ来り‘また死しては何慮に去るかか︸問題として、 しめんとするが‘しかも師命壇俸授之事に、﹁我等ハ天ノ七星ノ精霊下テ五韓身分ト成ルナリ、 出 金 七 星 − 可 レ 示 、 卸 命 壇 ト 云 心 是 ナ リ ﹂ と 説 く が 如 く 、 我 等 衆 生 は も と 日 月 衆 星 よ り 生 じ に も の で 、 我 等 は み な ご 一 台 七星和合の酷である。否我等受生

ω

根源は、印ち父母

ω

陰陽合す一ゐとぎは、天の衆星の精霊下って方に受胎し出 いはゆる生死

ω

本際を費ら 報 命 査 レ パ 師 一 一 服 ゆゑに我等が若し死に師するとさは、三魂七嶋還って本命一克捕の衆星に踊ると説いて、これを所謂る師 命壇

ω

一意とし.而してそこに生前死後の果報冶教へ‘白己

ω

本命を知らしめん’とする。乃ち蹄命壇に於て‘い はゆる北斗七星ぞ祭り、また足の大事を日出悔するばかりでなく‘特に暁天の作法を設けて、鏡に明 H K J ぜ う つ し て 天地人一致の事相を示し、行者自身の本命在費悟せしめん L 一 す る の は 、 正 に こ λ に 某 く と 一 同 時 に 、 ま た 玄 己 川 蹄 命 ミ戸カヨノソラトルホン一一アコガレアソ z J f ノ F ヲ タ ア マ y ル 二 、 ﹁ 短 夜 天 台 怖 露 之 蹄 v 叩 壌 L 生 す る 。 相 示 に 一 首 を 掲 け て ‘ と い ふ の も 、 亦 ま さ に 此 の 立 を 去 は す。かくして、蹄命壇にては我等

ω

本 一 克 か 示 し て 、 陰 陽 相 九 日 す る と き 衆 星 の 精 抵 下 っ て 方 に 受 生 す る と 説 く が 、 しかも陰陽和合の徳川川無謹際なるは印ち息 M 別 で あ り 、 而 し て 忠 岡 崎 は こ れ 我 等

ω

生命であるとする

ω

みなら示、ま たこの白山風三世常住なるは印ち無量定仰であゐとして.我等が息風印ちこれ阿噸陀如楽であると説く。 五 日 脚 命 壇 俸 記 に 、 其 陰 徳 ハ 物 ヲ 減 シ 、 北 、 陽 徳 ハ 物 ヲ 生 ス O 存 ハ 生 シ 久 、 、 ハ 減 ス 、 主 ハ 生 ジ 夜 ハ 減 ス 。 陽 猫 リ 無 v 、 除 猫 リ 無 t M 式 。 陰 陽 和 合 ヌ 徳 用 無 議 ナ ル 削 息 風 ナ リ

o

m

足 ナ リ O 乃 去 。 此 受 川 息 胤 ヵ 三 批 常 住 ア ル ヲ 球 目 然 見 区 古 悌 一 、 久 法 成 道 ト ピ 巾 ス O と い ひ . ま た ﹁ 嫡 陀 ハ 我 等 ヵ 息 風 ナ リ ? 一 等 と 説 く 叫 が 正 し く そ れ で あ る が ‘ こ λ に戎か郎命的は、やがて口中出入の 息印ち阿捕陀如来と概ぜしめ.息風三千常杭

ω

本理に卸らしめて、日て生死の根源ぞきはめて本地蛸陀の胤たに

(13)

湛 び 、 無 作 一 一 一 身 の 妙 削 指 冶 泣 得 し ニ 誌 に 山 矢 作 せ し め ん と す る 。 け に し 肺 命 的 に 於 て 、 噸 陀 や 封 象 と し て 一 全 一 小 去 二 境 の 一 心 三 朗 守 不 し . ま た 特 に 時 々 の 来 迎 節 々 の 仲 代 生 p d u泣 く の は . 一 に ニ ミ に 基 く

ω

で あ る が 、 またど行師命相求 の中に.師命取 ψ匂 亦 胤 息 ,

M L

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一 も 名 く る が 如 き 口 吻 冶 漏 ら し て ゐ る の も 、 恐 ら く ﹃ ︶

ω

意味に於てであるに達ひない と同時に、また此所に.所調る師命⋮明

ω

卸命哨たる一立があるかに考へられる。 勿論蹄命泊それ白睦

ω

教 ふ る 嶋 本 要 一 夜 に 於 て は 、 本 命 一 花 神 大 る 一 二 台 七 里 に 師 る こ と も 、 ま た 本 地 無 巴 里 一 方 仰 に 邸 せしむることも皐党一立に落ちる。何となれば、無同区書偽印ち阿部湘陀

ω 4

一 一 誠 一 一 ‘ 闘 に る は 、 も は や 改 め て い ふ ま で もないと同時に、三民七星も亦そ

ω

酷 ﹂ 二 諸 で あ る と す る か ら で あ る 。

ω

ち蹄命坑に於ては、日輸はこれ出会諦.月 輪はすなはち中道、衆足はこれ恨諦であって、日月衆 H m の 三 民 以 、 我 等 に あ っ て は 三 魂 、 服 定 に 、 め つ て は 二 一 一 誠 で あ る と す る 。 け 、 に し 日 輪 的 搭 諦 な る べ き こ と は 、 本 一 は ニ れ 一 切 一 両 法 な 一 渇 し て 、 迷 聞 な 破 す る 智 光 な る が 故 で あ る ョ それ故経には、慧日破諸閣と説くではないか。而して月の清冷たるは、印ちこれ中道冷然の酷たるが故であり、 衆星の歴然たらは、これ三千

ω

諸法雑刈の仮諦守去はすと説いて、これを三光三諦と名け、また三光一心コ一朗と も名ける。かくして阿噸陀も三民七星も共に同酷であり、且つ己心本兵の妙諦ム一するのであるから.よし其の何 れに就くも‘所謂ゐ中一死的本諒必き以め、自己

ω

本命に蹄らしめる根本要議去なすものは、皐克仁 Y 一 つ の 三 諦 三観に外ならない。されば邸命地そ

ω

ω

も、亦その意匠と形態とに於て決して京純ではなく‘その説く’ところ 亦甚克復雑ではあるが、然しその要とする所は、早克これ一心三翻

ω

修 行 に よ っ て 、 無 作 コ 一 身 丸 信 設 得 し 、 白 受 用 rn 本側とならしめること冶、︶そ正にそ

ω

眼日とすゐものであっ L に 。 きて上来見きたる所によって.五回けと名けまた蹄命培と呼ばる?も

ω

は、果して如何なるも

ω

であるかに就い 玄旨蹄命壇に闘する研究 一 八 三

(14)

日 本 傍 数 皐 協 合 住 ・ 報 ︵ 第 九 年 ︶ /¥. 四 14 ては、凡そこれを了解し得たと信ナる。印ちその要をいへば.玄白は一心三観を主とし‘而してその秘曲ぞ授け 心要ぞ俸へて、これが修行と睦験とそ教へるものであり.蹄命壇は寧ろ一心三間在成じて、生死の本訴をきはめ 生死の一大事に達して、無作三身の境地を説得せしめんとするものであった。否前者は因位の修行としての一心 三割.部ち行門の一心三観守歌へ、後者はむしろ果徳の教門.印ち読位睦験の境地に於ける一心三間伝授けるも のと帯してよい。従ってまた前者は一心三観を主とし、後者は無作三身をその眼目とし、また前者は因行に届し、 後者は果徳の法門に属する。玄 U H 蹄命壇俸記にこれを示して、玄旨は﹁一心三割問位ノ修行ナル故ニ‘幸一連ノ柿 明 ヲ 安 置 シ 行 門 ノ 長 極 ヲ 一 不 ス ﹂ と い ひ ‘ 共 い で 蹄 命 壇 に つ い て は ‘ 十 リ 爾 前 所 ︼ 薩 行 \ 依 二 心 三 割 困 一 、 只 今 所 目 説 得 \ 無 作 三 身 田 本 海 。 乃 主 。 位蹄命壇ノ内遁場ト可 ν示 一 ご 。 白 受 用 ノ 本 悌 − 一 成 リ ス マ ス ヲ 以 − プ 、 詮 と説いて居るが‘か了。相違はまたやがて入閣俸授に於ても、玄日を先きにし邸命は後にせられるのみならす‘ またその本章に於ても、一は雫辿同座の紳たる・煙多羅守祭 h り ‘ 一 は 本 地 の 仰 に る 阿 蒲 陀 舎 内 一 小 ゐ

ω

相遣を来す。入 壇億授の前後については、すでに各種の行法儀軌によって明瞭であるが、今もし慈眼大師侍に一例をとれば、﹁深 探檀那一流之奥蔵、以議玄 U H 漉頂、然後入蹄命的援場しとある

ω

みなら示、まに鹿安三年賀俊倖ふところの印信 血脈に於ても、玄百五筒の血脈はみな十月三日の口附とせられ、師命的のそれは凡て十月四日となってゐるのも 亦以て一筒の詮左に供することがでまるであらう。而して玄円に事法同座の神大る摩多目維を祭るのは、印ち同位 修 行 の 本 章 と し て 、 一 二 毒 の 睦 性 こ れ 三 朗 な る 必 示 し 、 六 一 識 の 凡 報 そ

ω

ま 誌 に 一 一 一 期 な る な 悟 ら し め ん が た め で あ り 、 蹄 命 取 に は 却 っ て 本 地 の 阿 南 湖 陀 を 祭 る の は 、 印 ち こ れ 無 作 一 一 一 身 の 果 海 ぞ 示 し 、 直 ち に 木 地

ω

内 設 を 顕 は き し め て 、

(15)

生死臨終の一大事を決せしめんがために外ならない。 玄 白 井 一 郎 命 ・ 問 と が 凡 そ 以 上 の 如 き 闘 係 に あ る と す る な ら ば . こ の 一 雨 者 の 聞 に ま た 必 然 の 聯 絡 が あ り 、 一 雨 者 あ く までも別ならざるは白ら明瞭である。印ち一は凶位の修行であり.一は果徳

ω

法門に属するかぎり‘閃果また必 然

ω

闘 係 聯 絡 を も っ 。 米 自 一 心 三 割

ω

修行によって得る所は、印ち無作三身の境地である。而して無作一一一身の法門 を 開 顕 し . こ れ 伝 説 得 し う る 所 以 の も の は 全 く こ れ 一 心 ↓ 一 一 割 に 山 ゐ 。 か く し て − X U け と 卸 命 的 と は 、 悪 党 こ れ 一 一 に して而も一具のも

ω

で あ っ た 。 さて然らば、如何なる事相行法によってこれぞ俸授し、修行せしめたのであるか。 詫︿1 ︶ 師 命 壇 の 濯 が 、 に が 、 け る 外 道 場 の 停 授 。 印 ち 厳 命 壊 の 前 方 便 で あ る と 同 時 に 、 ま た 之 を 玄 U H の 側 ょ の い っ て 共 の 怯 分 と い ふ 。 第 三 竿 参 附 ⋮ 。 ︿ 2 X 4 ︶ 玄 骨 漢 頂 私 記 ︵ 一 苅 和 八 年 八 月 お ︶ O

I

︶ 玄 旨 蹄 命 相 承 。 ぐ と 玄 旨 血 眼 回 受 口 決 ︵ 信 仰 議 書 ︶ O 一 / り ︶ 玄 旨 海 頂 私 問 委 ︵ 同 右 ︶ 0 ﹁7 ︶ 玄 旨 霊 大 事 、 玄 旨 濯 現 私 記 等 。

玄旨蹄命壇の事相儀則一斑

玄白蹄命壇の事相儀別に闘する私記は‘いま現存するも

ω

必かしも少くないと同時に、また白ら繁簡庚略を異 15 にし、究第内容に於ても亦必宇しも一様ではない。それ故能ふ限 h り多くのもの冶蒐集整理

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て、或は傍承相俸の 如何により、或は京白馬年代の如何によって‘前後の異同と新古の相違ぞ明瞭にすべきことは、もとより茶、に重要 玄 己 日 蹄 命 壌 に 闘 す ろ 研 究 一 入 五

(16)

日本側殺挙協 A W行 年 続 ︵ 第 九 年 ゾ 一 八 六 16 の問題である。然しん 1 こ 込 に は ‘ ー に r 所謂ゐ玄旨卸ち一心三観を、如何なる形式作法によって俸授し修好せしめ たか、−もまた如何なる行儀事相によって生死の本源ぞきはめ、無作三身冶謹得せしめんとしたか冶知ると同時に、 また玄旨と蹄命と

ω

関係同兵ぞ知ゐの程度に於て、玄白は立行挫頂入壇私記守主とし、蹄命は師命壇之事そ中心 として、その大綱要領を概観すゐに止める。け古し一同町これを以て前卒就く所ぞ補足すると同時に、また一に は従来の研究解説に於ては、大ゾ玄 U け濯頂の事相在のみ説いて、蹄命壇

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それに及ぶものが措どなかったかに考 へられるが故に‘その快漏を補充し.これに封する認識守新にせんがために外ならない。 玄旨擢民そ行以んがためには、まっそ

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受持そして一七日の間五半俄洞そ禁じ. 法 華 経 一 巻 ぞ 設 一 諭 し 、 そ

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他なほ任意

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勤めケ行ぜしめ、然るのち方に道場そ建立し入壇漉頂をとけしめる。道 場はこれを方丈とし、堂合仰閥

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中に立てる冶原則とするが、また普通

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人屋居合を洗浄してこれに充つるもよ い。而して冗寅川町角に門戸を開き‘内部は八方に楠幡守かけて厳飾し、河川町に本章陛多羅を祭って燈明.布施、 供 物 ぞ そ な へ る 。 巾 沢 一 か じ 以 十 回 汁

ω

名 披 . 十 川 方 に は 山 王 . 市 舟 ‘ ペ ム 川 、 妙 脚 本 、 億 数 、 慈 質 ム ﹂ 及 び 十 . 一 同 縁

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前 午 六 閃株

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名披とぞまつり、北ーには滞迦.多授、分身.文殊. u 叫 H 官 、 観 音 ム 一 枚 び 心 後

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六閃級

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名 披 ム f一 守 安 置 し . 四方共にみな同じく供物守さミけゐ。 一日三時に法華儲法、設ひに かくして道場成ゐや乃ち泳浴洗砕し‘資品川に及で師は法服売有し.資は七傑または五傑を者けて外道場に相封 し、まづ悶那流五筒

ω

血 脈 伝 授 受 す る 。 い は ゆ る 天 台 挟 邸 玄 円 、 ゴ ‘ J H j 比 戸 時 入 、 . 一 ﹄ F A e d H M 山 川 出 一 心 三 割 億 、 一 心 二 , 削 記 、 鋭 像 凶 融 の血脈がそれであるが、資はこれを国戴して三柑し、師はこれ守解題してその大立山来を説品川、、資はまた突いで 左 の 如 品 d 請 交 を よ む 。

(17)

土 、 曜 多 目 堆 4 1 骨 弘 之 欣 舞 庁 、 ギ . 川 市 山 川 一 一 − 吟 之 沼 宴 由 。 ペ ム リ 宗 五 日 之 諜 同 庁 、 日 断 定 之 姦 合 也 。 日 以 故 障 官 了 間 設 於 一 念 、 頓成五時於一時。成就此附弟、 以 後 川 、 師 長 政 不 吋 迎 注 減 。 行 汁 比 日 々 ι、 一 所 求 訴 川 鎮 護 油 判 明 、 可 被 加 治 河 弁 也 仰 起 請 文 如 件 。

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月 [:j 良3 子 本 一 一 叩 敬 r :::i 0 弐いで夜に入るや師はまづ入栄して本傘

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前 に い た り 、 行 請 ﹂ 二 鵡 し て 法 事 問 題 山 甲 子 守 よ み 、 ま た 山 一 士 の 資 前 に 至 っ て三躍し、而して心粧をよみ z 関税を唱へるが、その間資は外陣にありて慣法をよみ伽陀冶唱へる。究いで師門前 に 出 で て 受 者 を 招 き 、 腰 に 坊 そ さ し は さ ま し め 、 ま た 左 に 十 申 立 何 ケ と り 右 に 竹 葉 ゆ 伊 了 ら に し め て 、 こ れ 印 ち 利 鈍 の 二 根 、 境 知 口 の 二 法 な る こ と な 教 へ 、 し か も 従 同 一 今 一 果 の 化 儀 冶 示 し て 仰 は 先 4 3 に進み、資は後に随って入企する。乃 ち 無 言 に し 右 続 三 匝 し 、 本 草 の 前 に 至 っ て 竹 葉 若 荷 ゆ ぜ そ の 左 右 に 置 か し め て 、 共 に 無 ﹂ 一 ニ ロ の 組 拝 三 返 す る o 却 し て 師資なほ互に所作あり、後あひ卦して着座するや師乃ち玄行の公案七仰通戒の備や示して、﹁此文者、玄日ノ初観 ナ り o 及 − 一 工 夫 一 批 判 μ師 一 一 資 ノ 神 ス ル 文 也 。 汝 思 案 シ テ 只 今 排 ジ 吋 v 一 五 一 エ ﹂ と い っ て 、 暫 し が 間 受 者 の 口 排 ぞ 待 つ 。 而 し て 若し排ぜざれば師乃ちこれを口流一し、終って第二の公案たる大経問匂の俗文ぞ示してまた之を工夫そしめる o 突 に 師 資 と も に 度 々 起 ち 一 て そ

ω

居ケ持へ、資は倒産に品占有して法界定印に安住し、いはゆる三教成道右肘へる。姉す なはち徐ろに三教成道について説法し、これを終って東方十界

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名 披 の 前 に 到 り 、 而 し て 東 方 に 十 回 介 名 山 別 々 ・ 安 布 するの所以冶説く。突に南方の十二悶株、神明、並びに俸燈

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諸組について説法し、さらに両方本命悼の前に謹ん でまたその所以伝説く。すなはち日く、 17 西 方 ハ 本 地 ノ 方 ナ 士 、 幸 一 地 ノ 神 明 ヲ 私 一 一 安 置 事 つ 還 ↓ ア 此 本 堂 ノ 深 義 、 並 一 家 ノ 奥 日 ヲ 矯 i顕 也 。 共 二 本 地 ノ 相 貌 ハ 蹄 玄旨蹄命壌に闘すろ研究 一 入 七

(18)

日 本 悌 致 車 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ 一 入 入 13 命壇ノ演説也。而竺一此本隼俗形ュ y 持〆鼓.二童子ハ歌舞ノ形磁。左ハ丁醜多童子、偲也、定也。右ハ儒子多童子、 空也.恵也。是則一心三朗ヲ章形一一顕ス O 乃 至 殊 更 此 紳 証 一 一 目 、 五 日 ハ 日 正 不 ν ν天不 v住レ地、但住二切衆生心城一。心 城 師 法 界 ナ ル 故 一 一 、 一 過 一 切 滋 住 ナ リ ト o 於 1 賓 前 日 、 檀 那 一 流 奥 行 ヲ 究 覚 ス ル 故 ∼ 一 、 師 資 ノ 観 念 一 大 事 也 云 々 。 かくして更に北方十二凶締等についても一説法し、これを終って受者一度ひ出賞する。印ち以上そ名けてこれを初 重の説法億授とし、若し他の受者あるときは代って入賞せしめるのであるが、勿論この初重一一軍の分け方に就い ては所俸各々異なる。 初重俸授の終るや座を改めて再び入堂せしめ、資占そして悌座に若いて園教成道を唱へしめる。師乃ち岡敬成遁 の説法を終って、資に天台大師御入定印冶一不し、 此 印 者 三 三 九 筒 ノ 三 諦 ヲ 事 相 − 一 瀬 ス 一 心 三 翻 ノ 印 相 也 、 日 比 故 一 一 天 台 大 師 仰 入 定 ノ 時 . 此 印 ェ 安 住 シ テ 入 寂 有 レ 之 従 円 住 昔 日 口 俸 也 。 資 只 今 此 印 一 一 安 住 シ 一 ア 可 ν凝 二 心 三 観 ↓ 。 と教へ、究いで義例の丈そ示して叉これを工夫せしめ、終って師は従来向閃の故なるそ示して資に向って鵡拝し、 然る後師はあらためて仰座に若して天台白菜の印伝そ講じ、究に止翻心一安

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印信、及び起請交の印伝奇授けるが、 いま参考のために、いはゆる天台御自筆の擢頂五回目印信吾掲ける。 天台濯頂玄白 事業 起減再自作破能所還邸能所、妙法心要披心性開法三軌 迷悟二際性指動静 本性質義也. 一 句 玄 U H 合 法 性 、 智 者 怠 山 、 在 一 冗 無 必 死 戸 ﹂ A 三 P 神通妙用康接衆機 見開質知契合法性而巳。 音法輪椀栄建

(19)

本 妙 理 普 賢 宜 相 如 来 柵 畑 一 段

ド 一

3 h P 1 1 ぺ f 一 寸 L V 生 死 ・ 水 際 一 一 地 ︵ 貰 名 ︶ 悦 如 来 世 均 一 連 妙 智 文 殊 諸 一 法 如 来 ト 品 川 制 夫 一 言 妙 法 者 . 四 救 悶 阜 、 離 婚 地 中 川 探 混 一 一 一 J J . 成 前 同 明 。 H U 市 一 J て 一 一 一 崎 、 諸 仰 定 光 三 味 、 十 万 山 川 県 泊 門 . 一 同 位 i立i止 古事

半本 数 行 、 従 此 一 現 生 ‘ 三 四 流 樽 . 従 此 妙 用 訓 也 、 川 市 矧 兄 拠 不 見 中 際 . 本 来 所 具 三 崎 也 ‘ 生 死 本 来 一 一 城 迎 用 . 口 汁 沈 苦楽翻徳、神遁自在白韓。劫 ι N 勢苦官位印妙、期限光川畑任蓬徹郎ぢ法化流水自直説、知菅沼聴城ど同日。え H 本 兵 融 妙 三 浦 。 事 々 常 睦 本 融 、 市 平 劣 執 之 . 但除其執、不除其法。爾能法一代施化.錦直達也。列鈍走降随縁 一小建直示、境智相契本地買相.勝妙可軌、以殺到高名模、同宜頓極貰解.開請法宜相‘ 一切法常住也.技術 築 供 亡 、 只 半 々 慮 知 也 。 一 不 記 一 E . ・ 安 置 部 卒 内 院 ‘ 諸 大 菩 際 常 住 守 護 一 五 一 工 。 予延暦壮三年甲山七月仕五目、於天童山俸之、将来宜時一機会。 さて印可を終るや資乃ち師に針して焼香鵡拝し.克に師資共に本傘

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左脇に合して鏡像困融の三一一守示し、北 に師資東西より相卦して互に無言鵡拝し‘然る後資守先きにし師は後に随ひて門戸に到り、既に﹁白行闘満せ

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. 半く界内に出でて化他利生すべし﹂といって資守押し出すが如き所作あ h ヘルち出堂して回向伽陀守唱へる。 斯してまさに玄旨謹頂は終った。印ち改めて蹄命壇に入壊する

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である。然るに蹄命壇の濯頂には外退場と、 内道場と‘及び所謂る蹄命壇との三段がある。中にも外道場

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所作は、これか工ぷ日の蝕分印ち師命の前方便とせ られて、あたかも玄白と蹄命との中間俸授に相官すると一同時に.またど日と師命の一陶擢頂はこれに依て正に相聯 19 闘する。而して外道場にては‘摩多羅一押そ祭って燈明供花をそなへ、これに封して内遁場は‘両方に阿南湖陀二一掌 玄 U H 蹄命壌に闘すあ研究 一 八 九

(20)

日 本 仰 致 問 円 十 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︶ 一 九

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20 ま亡は一章

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如来を祭り、しかも九通りの飯汁餅菓を二一々九面に供へて、その形あたかも口聞の字的如くにし、ま に二回

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鋭な壇上に置く。けにし内外の道場に於て、そ

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本愈

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異なることは特に詑立を要する

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であるが‘受 者まさに外道場に入るに及んで師乃ち示して左の如くに一説く。 五 百 ノ 蝕 分 ト ↓ ァ 師 命 壇 ノ 前 方 便 ナ リ 、 五 日 ノ 時 ハ 主 連 ノ 摩 多 目 維 紳 ヲ 本 立 一 一 用 y 卜 雌 一 七 、 只 今 ハ 垂 述 ヲ 門 前 一 一 掛 三 、 船 命 ノ 前 方 使 ト y ・ 本 地 ノ 内 詮 ヲ 只 今 錆 レ 問 問 ナ リ 一 山 一 戸 。 と。失いで蹄命出初観の公案たる翻無生の憤悔を輿へて工夫せしめ、さらに進んで鼓の一心三割、生死際岸の公 案を授け‘或はまた三光三諦の案そ示して、日月衆星の三光印ち三一説三闘なることぞ教へる。 次に資に覆面せしめて内道場にこれな引入するのであるが、時に日中出入

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息郎ちこれ来迎往生なる所以々試 いて、所謂ゐ時々の来迎節々の往生を設へ、やがて昔前に合掌著座せしめて不主境了心三観的公案伝授ける。而 して受者もし耕守ること能はぎれば、不至境とはこれ西方十一両位土

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ことであり、一心三割とは阿漏陀如来印ち 三諦三闘であると救へ、次いでまに主境

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一 心 三 副 そ 問 ふ 。 そ 一 ル 時 一 雄 両 な 取 り て 、 至 境 の 一 心 三 期 と は こ れ 日 前 の本章なりと示し、﹁只今一主此座印柑脚本汗土也、調陀印妙観察智、日記亦一心三割愈酷也、如此内設嬬則我等衆生 市 町 下 − 一 、 樹 脚 本 浄 土 − 一 主 者 也 ﹂ L 3 1 一 説 い て 、 正 し く こ λ に 断 へ 叩 安 心 す べ 、 ま こ と 必 殺 へ 、 さ ら に 二 而 的 鏡 ゆ を と り て 境 智 五郎

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道現在知らしめ‘然る後いはゆる郎命的に入らしめる。 け 古 し 川 以 後 の 師 命 的 は 、 主外庭前に凶壇な設けて仰供、府明、瓶澗をそなへ、 ま た 一 一 向

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銃 そ 町 一 4 A 、 明 且 の 出 現々待って之伝行

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ゐ 与 も

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で 、 い は ゆ る 暁 天

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作 法 で あ る つ 乃 ち 附 は 附 ⋮ 引 の 山 方 に 出 で て 京 一 閃 し 、 資 は 同 出

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市 方 に 立 っ て 北 両 し 、 先づ初めに師は二週

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印 い い 守 山 し て こ れ 守 山 設 し ‘ 究 に 一 一

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鋭々採 h v て天の七

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影そう

(21)

っし、受品引をしても亦同様にせしめて説法し、我等受注

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根源そ示して所諮る本命な知らしめ、以て牛一死

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一 大 事な決せしめん E す る 。 四 玄出口帥命壇の敬義とその大系 上 水 市 川 悼 な は 花 雑 駁 で

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あるが、いはゆる玄白卸命壇

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形態と、そ

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性質

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一 隅 と に 就 い て 、 山 一 一 か こ れ ぞ 考 へ る 所があった。然るにそれに依れば、わが五円邸へ叩出は甚百雑多の思想守合み、これな構成する教義思想に於て、 決して山単純ならざゐこといもけ十?主って明瞭である。不 H そ れ 以 出 品 一 Jろ柑端なゐん口株主義に立つもので、天台由来

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根本殺事たる問教 J 一一割に於てぷもとより、まに勿論密歌山ぜ含み、まに踏を加味し、戒と念仰とを合探し、その他 神道.陰陽遁

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思想身用ひて、一見書一戸雑飽雑駁なものであるかに忠へる。況やかつて霊空光諜が 起 減 再 岸 破 = 能 所 還 師 = 能 所 一 之 語 、 本 出 − 沿 い え 回 目 品 作 所 調 一 大 台 親 筆 之 事 。 余 嘗 閲 = 其 書 、 其 丈 字 往 々 不 v 品 意 義 一 、 無 v v観持。本邦人暗

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漢 字 \ 潮 打 出 子 園 話 − ι骨 子 白 矧 一 一 其 非 一 、 而 安 慌 − 一 大 師 一 、 賢 可 笑 之 甚 也 一 五 一 五 。 といって咽笑した如く、いはゆる一大台擢瓜五日そ初めとして.その他多くの印伝血脈の類の如きは、みなこれ天 台、億数、慈恵等の組名守備る偽作であることに於て、また誕百堕落的意匠に富むものといはねばならぬ。勿論 多くの儀作ぞ敢てすること位、

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猫 h り 五 日 所 俸 の 人 々 一

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みではなかっ亡。殊に一小安末期

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ころから翻心主義の 思想が興隆し‘やかて口倖法門め費蓮するにつれて、所前ろ﹁我立に任せて帝一 u 守語る L ことが行はれ、組師先徳の 名冶借る慌撰を結遣することは、泊々としてこれ我が十斗天台恥風であっ?に。それ故ニミには、拙なる儀作冶濫 遣し‘而してこれ冶秘重するが如き一蓬は、敢てこれみ一向はないであらう。然し玄白師命壌は、徒らにに Y 多 く 21 玄旨節命壇に闘すろ研究 九

(22)

日 本 体 数 場 協 合 年 報 ︵ 第 九 年 ︾ 九 22 の思想を雑範合探するのみで、そ

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敬義思想に於て何等の大一糸もなく、その思想信仰に於て‘何等棋昨的なるも のぞもたなかった

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で有らうかどうか。これが最も主要なる問題であり、また八ーの主題とする所である。 玄旨蹄命壇が多分に密教に依ることは.すでに自ら稽して擢頂と名け、また壇といふ所によって明瞭であるの みならす‘その事相儀則に至つては、会くこれ密款のそれに基き、密救

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それに探したるものに外ならない。況 やその脳抄私記の所説に於て‘至るところ密教思想が横溢するのみなら歩、また﹁耐部不二の大口﹂.﹁顕密一致 の 依 文 ﹂ 、 ﹁ 顕 密 一 致

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口俸﹂の類な惇へるばかりでない。特に蹄命壇に於て、息風印ち無量吾川俄であり命の酷で あると説いて、いはゆる時々の来迎節々の往生な敬ふるが如きは、全くこれ密教に息く。ざれば玄行時命壇山 W W M 成せられる上に、わが密我が甚江主きそなすことは、いま敢てこれぞ賛するに及ばぬ所であると考へる。 然り而してまた潤ザゼ含み.多く耀的傾向守もつニとも亦至って顕著である。第一に公案

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法 門 ケ 川 川 ふ る こ と は 勿論これ滞家に於ける.会案提捌

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彩式な棋したゐものであるのみならす.また若し闘祁編一径

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所俸によれば その口吻に於ては無論のこと.そ

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思 想 傾 向 に 於 て も 亦 著 し く 蹄 味 丸 信 帯 び る 。 援 定 光 議 、 か ‘ 五 回 H W 初期にら七悌 遁成の公案を破するに常って、すでに﹁五日所 ν . 一 小 三 深 符 一 一 仰 心 宗 門 一 子 ﹂ と い っ て 、 自 ら こ れ ケ 反 問 し て ゐ る 一 事 に徴しても、凡そ其の傾向如何が山梨せられゐが、また多く

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印伝血服に於ても、そ

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丈 ・ ヤ

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友現著しく蝉央ぞ放 っ。況や蹄命の印抗一遁が.そ

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内 官 全 く こ れ 一 一 説

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蹄 戒 と 等 し い こ と は ‘ 特 に 我 山 子

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花 − U な 芯 く 。 乃 ち 人 1 そ れ を明瞭ならしめるために、まつ其

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印 一 い い 仔 掲 け 、 火 に 敬 光 所 博

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法 騨 相 一 水 一 心 戒 法 々 あ け て 参 与 に 資 す る 。

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話 4llf: II 11日 小 片 山 川 ・ d、自ら z

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(23)

23 我 量 生 地 設 是 無 示 平 示 本 示 無 示 常 ネ 随 竪 身 一 四 心 未 々 獄 念 有 名 我 限 志 等 援 白 来 品lVC着1欲虐住殺生順 H. 心 心

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(24)

日 本 ー 例 数 民 a 協 A M U年 報 ︵ 第 九 年 ︶ 24 'L

無 際 百 来jJ 主主= 千 五 事 r_tr, 有 無 別 南 無 十 界 常 住 色 心 宜 相 周 逼 法 界 三 軌 妙 樫 ︵ 巳 下 略 ︶ Q 生 界 日 無 方 事 界 十 品 川 巾 , R l 悌 きたわJ 設 鵡

賢 建

磨 相 承 究 ー d、し 戒 法 白 :

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−−宍三卸三結︵今略 v o 表 キ 日 十法界色心於常住法中不生断滅見名錦不殺生戒汝従今身査本来際能持否。 十法界色心於不可得法中不生可得念名鍔不倫議戒。 十法界色心於無若法中不生愛着名錦不服戒。 十法界色心於不可説法中不生可説想名矯不妄語戒。 十法界色心於本来清浮法中不生無明名錦不酌澗戒 J 十法界色心於無描忠法中不生過非想名錆不説四衆過非戒。 十法界色心於平等法中不生自他見名錦不自瀧段他戒。 十法界色心於同県如周遍法中不生一相堅執名錨不陪食戒。 十法界色心於無我法中不生宜我見名錦不眠志戒。 十法界色心於一如法中不生生仰念名鍔不訪三官戒。 那 高(rj 一 九 四 至 境 園

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(25)

ぞ 負C 令 岬 1 4 t H P L r − H H, , f l 願以此功徳普及於一切我等輿衆生地 H 共 成 仰 道 。 ト 引

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到限によって.わが蹄命印一れの主臨とする所が.正しく蹄戒にあることは分明である。勿論この法勝相承 一心戒法は‘普通糟家的傍ふる所でなくして.そ

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血 服

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話ゐ所によれば‘もとこれ遣培、行来所俸の開戒であ り.わが山家

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俸 救 こ れ 冶 俸 ふ る 所 で あ っ て 、 爾 来 展 特 あ ひ 傍 へ て 一 一 堂 院 、 二 一 鈷 寺 の 耐 流 及 ひ 一 一 − 井 に 相 俸 せ ら れ た所であろ。け古し斯

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如き所傍必以て、果して事官ムー一認むべきや否やは問題ではあるが、然しそれは L 一 に か く として.すでに蓮磨相承一心戒法と名くる

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みならす、またそ

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戒義全く理戒思想に立つことに於ても.明かに これ一種白樺戒であることは疑へない。若し然らば玄白邸へ叩崎町、か、これと全く内容ぞ等しくする印信を俸へるこ とは、やがて種々なる意味に於て注意を促すものがあると同時に.また勿論これに依って、玄 U H 師命壇が如何に 縄的内容をもつかが知られる。否従来、日本天台四宗の随一たる糟を俸へるものは、正にわが玄白師命壊である とする一設のあるのも、こ込に至ってか能くこれ在理解せられるかに岡山へる。 玄旨蹄命壇はまた戒を含み固戒を俸へる。卸ち玄行− h m 秘抄によれば﹁天地五戒の口俸﹂守語り、まに﹁閉眼寝 瓶の密授﹂に於ては多賓悌塔、起七賓培、法界塔婆のコ一に揖善.協生.韻律儀戒の三莱を配稗俸授せられ、その 他﹁持経本章の口俸﹂に於ても亦これ守語り、山家五箇一心三割秘決にあっても亦﹁園戒の事﹂ぞ俸へる。かくして −

X

旨蹄命壇が戒冶含み、戒ぞ問題とすることは宇へないのであるが、尚さらに重要逸すべからざるものは、前掲 25 蹄命の印信に於ける耀戒である。けにし此の鵡戒は.もとより我が幽戒に於けゐご‘串一睡説に基くも

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で‘それ は 一 面 に 於 て 騨 で あ る と 同 時 に 、 ま た 一 一 向 よ り い へ ば 正 に 国 頓 戒 わ い ら は 多 一 コ H ぞ 要 せ ぬ の み な ら 守 、 既 に ま 十 一 従 来 、 玄 UH 蹄命控に闘すあ研究 九 五

(26)

H 本 柚 叩 払 抗 感 協 A 首 位 ・ 報 ぺ 第 九 年 ノ ゐ V U M

一 、

1 ノ , F 2G こ れ を 圃 戒 寓 瓶 の 口 決 と 名 、 じ て 、 山 川 心 底 く 一 行 は る こ 川 で あ っ べ ス 口 も し が ︶ 光 地 内 阿 の ち い 於 て 俸 へ る 同 戒 雌 決 己 誼 の如きに在つては、これを中心とする玄白蹄命印信が甘四百貨きをなす。印ちその後半に於ける天台大師御入定印、 蹄 A 叩.園戒寝瓶口決、騎命壇.師命壇岡、止観心要は、みな悉く五日部命

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印信血脈である。けにし是に由てこ れそ見るかぎり、わが玄 U川崎命壇は、全くこれ園戒法門であつにか

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如 き 削 酬 を な す が 、 ’ と に か く 同 頓 戒 は 、 わ が 五回目蹄命の法義に於ける一重要分子守なすことは、もはや極めて分明である。 さて玄自の本章同時多羅は‘勿論わが園山来の岬ではないが、然し五日脚命それ自身に於ては、これを阿漏陀如 来 の 垂 逃 神 と し . 一心了一朗修行の本章として傘崇する。従ってそこ心は、また所調ゐ本地主地

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思想信仰をやむ ことは否定し難い。否立 U H の遁場には山王明神を祭るのみならす.またその濯国侍授にや問つでも、師は必令山五 和光のこと伝説法する。殊にど日催国入地私記によれば、山岳、天台、惇救竿

ω

諸岨についても、まにこれ熔物 ノ l ノ ノ 示 現 の 粧 ひ な る そ 示 し て 、 ﹁ 種 地 示 現 相 貌 、 神 明 推 有 ー 具 、 殊 更 瑚 円 九 川 神 道 口 一 一 ハ 、 仰 神 一 加 一 一 y 無 一 一 一 一 如 故 、 例 て 神 明 一 ﹃ 一 口説あるべきも

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と せ ら れ る 。 さ れ ば 立 行 師 命 取 は 、 ま た 自 ら 山 . 十 一 誠 一 遊 説 守 合 み ‘ 山 王 神 道 と 相 関 す る 所 の あ る は否定し難いのであるが、然もそれは但以上の如き梓‘度に止まゐも

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ではない。由来玄 UHM 制 札 叩 に 於 て 以 、 北 十 七 回 虫 ゆ 倍 以 て 我 等

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本命足であるとし、而して以てこ

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本命一石神に制すべきこと冶俸投するが、また此

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七 日 庄 は ‘ 同 京守護的明神と現はれては山王七枇となる。 そ れ 故 に 山 ド 一 と 我 仙 寺 は ま た 一 陣 不 一 一 で あ る と も 毛 布 く が 、 こ れ こ そ は 正に山王神道に於ける、 知影随杉山王的思想信仰と全く揮ぶところがない。否如影随形的山王は、 平くは填嵐拾 葉 集 に 於 て 、 如 影 随 彩 山 王 将 、 ド 仕 4 . ぇ 名 一 じ 足 、 化 レ 地 名 一 七 枇 明 神 \ 此 則 行 弘 代 七 畳 分 H 4 、 手 其 本 訴 一 、 ぃ 米 万 七 偽 薬 師 、 閣 浮

(27)

移 レ 影 名 L之 一 五 計 七 足 ‘ 七 忠 一 精 白 紙 降 、 A p t 生 一 一 一 切 衆 生 一 、 故 月 九 七 足 、 名 古 本 命 忠 一 也 、 ︿ 1 山 一 七 則 七 妃 一 精 紳 故 、 行 者 色 瞳則山王全樟也。故如影随形致弐守護↑給也、何如 L此 名 也 一 五 一 戸 。 と詑く所があるが、わが玄白師命に於ける北斗七星の思想信仰は、寧ろそ

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基く所、正しくこ誌に在ったのでは ないかと思はれる。 もちろん北十足桁

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思 想 信 仰 は 、 い は ゆ ゐ , 語 教 陰 陽 道

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そ れ に 依 る は 敢 て 一 一 パ ふ ま で も な い と 同 時 に 、 ま た 特 に こか思想信仰は、王朝日米はなは花盛なる所であって、八

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に一々そ

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事例必あぐべくもないのであゐから. わが玄白鼠命曜もまた斯る一般的風潮に催され、そ

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深 品 川 、 感 化 ム 一 影 響 と な 蒙 む る 所 が あ っ た に 連 ひ な い 。 然 り 而 して.また所前ゐ暁天

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作法そ設けて七長の影 1 q a M し‘問てそ

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十 本 命 必 知 ら し め ん ? と し た が 如 4 dも、成以これ九 依 殿 遁 誠 に 、 ﹁ 先 起 稿 − 一 嵐 起 一 名 競 一 七 一 過 . 戎 取 ν鋭見 v而‘共見 v暦 知 一 一 日 古 凶 一 一 五 一 五 ﹂ L 一あるが如き事例と.全く無関係で あ る と も 閉 山 へ ぬ 。 か く し て 王 朝 以 来 の 盛 な る 忠 一 府 信 仰 は . ま た 玄 白 卸 へ 叩 賢 明 に 来 っ て 甘 花 氏 主 き を な し . 特 に 蹄 命 壇 そ

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もの込形成せられる上に於て.頗る重要の素材そなしにと考へられるけれか﹂も、然しその教義思想の上から いって、直接には寧ろ山王紳遣.若しく

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記家のそれに負ふ所でないかと考へる。 さて上来見きたるか如くんば、玄白師命壇はすでに密教により、また滞在合み‘その他国戒、神道、陰陽道等 各種の教義思想を合椋し.それら守素材として一筒濁自の法義な形成するも

ω

であった。勿論仔細にこれ守論す る限りは、以上の外になほ以て敷へらるべきも

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もあらう。けれども此等以その最も頴著にして‘しかも最も重 要と認めらるお分子であって、わが玄 U H師命砲が特殊の形態令具へ‘猫特の色彩在放っ所以一めもめは、凡そ此等 27 素材の然らしむる所であり、これら素材

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合作に成ゐ所であづにと泊枕して好い。じれども唯こ山ドにけであっては 小 V A旨蹄命一割に闘する研究 九 七

(28)

日 本 悌 設 準 協 ん 百 年 報 八 第 九 年 ゾ 九 八 28 十本記何等の統一鈷をも見出し難きのみならす、まに勿論その何れにはにでも‘なほ未どど日蹄命・羽それ白樺の主眼 たり.そのサ目であると認むべきものはないのであって、早克これらは向部分的の要素にしか過ぎないかに息へ る 。 然らばその主韓たり眼精たるものは何であるか、それは言ふまでもなく天台法華の殺風ずであり、特に二一翻三身 の法円である。けにし前章すでに説き来るが如く、いはゆる玄白印ち一心三割であり‘而してこの一心三割の修 行によって本命本理に蹄り、無作三身の境地に到らしめんとするのが、印ちこれ蹄命壇ではないか。三割三身の 法門こそは、正に玄白蹄命壇を一貫する根本要義であり、その眼目であったといはねばならない。否この漉頂傍 授に於て、その様本教義ぞ要約してこれ必殺へ、その心要械的として俸へる血脈印信が、その内容また全く三割 コ一身の法義であることは、端々以てこれを的設するであらう。 玄白蹄命壇の血脈印信は、従来の俸ふる所必すしも一準し難いかに岡山へるけれども、今もし慶安三年貴俊惇ふ る所の玄旨蹄命印信によれば、天台健闘玄白、止観心要、天台大師御入定印、摩多羅神︵天台一心一苅組血脈︶、天 台玄白、三句血眠、一心一一郎叫侍.一心三朗記.鏡像固融.恵光功流法門相求契約傑々、い町命、断命的、蹄命昨 岡.鼓一心三観、相俸誓規の十五筒の印伝をかぞへる。然るに此の中契約傑々の如品川\一二特殊

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ものや除く外 は、みな止観の心要を云々し、一心三割守主説せぎるはないと同時に、その閉また自ら 4 一 一 誠 三 身 の 義 理 そ 説 く 。 否これらの中特にその根幹とし、その仮本的なるものとして、肢も重ぜらる h a k 筒の血脈印抗に於ては、その詑 く 所 全 く 、 ︶ れ 三 観 三 身 の 雨 義 そ 山 川 で な い 。 所 調 る 五 筒 の 血 脈 と は 天 台 瀧 田 五 円 、 : 一 句 血 服 、 一 心 ご 一 間 体 、 一心三観話、鏡像闘融の日決ぞいふ。而して初

(29)

め の 天 台 濯 民 主 国 川 は 、 疋 ム 日 M m H ι れより以来師資相承するところの玄円、印ち一心三期なることや意味する。け花し 口俸に従へば、天台智弁大怖かつて二通の切紙そ起して九平安に授け、而して我れ若し滅するとまは、一通はこれ ぞ遺憾と共に石塔に納め.他の一週はこれぞ枇に流体せよといった。乃ち仇平交は.その一一一ソダ奉じて一遁はこれな 智威に授け、爾来あひ俸へて活法に及ん花。然るに遁遼は、偶々わが山家の大師の入府を抑之、しかもその器量 の 凡 庸 な ら ざ る を 知 っ て 之 ぞ 大 師 に 惇 へ た 。 山 家 の 顕 戒 論 に ﹁ 和 向 有 − 一 慈 悲 一 . 一 心 三 割 億 三 於 一 言 L とあるのは、正 しくこの相及を指すのであるといって、そ

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山楽する所天台智者に涼 J守護し、而して山家の道運相求にあったと するのが此の印信である。 いま試みにその全交を準けるであらう。 天台擢頂五日智者記 丈 殊 利 鋼 遜 一 一 六 輪 一 ‘ 切 一 一 断 十 二 生 類 一 、 下 二 刀 都 目 市 内 方 一 、 自 然 山 山 一 一 二 一 請 、 明 ロ 見 開 魔 割 、 示 = 此 一 現 三 際 一 、 不 ν抑 一 一 言 一 、 若 未 ν 者 開 ︼ 一 一 一 域 一 、 一 一 一 般 同 無 、 不 = 遁 知 一 、 生 仰 白 一 一 揖 ‘ 謂 − 一 是 一 , 一 一 日 妙 旨 一 、 一 致 玄 義 . 有 J一 此 智 興 三 日 記 境 一 、 平 失 一 一 三 際 之 言 実 。 一 言 三 諦 開 問 峨 叫 智 者 詰 告 山 一 心 日 3 一 心 豊 三 観 兵 l 三 観 謹 一 一 − 一 川 宮 市 冗 j c − J 夫一言妙法者、四救国畢、離 z 島 ナ 無 矯 三 浦 γ 現 前 回 明 、 是 調 ︼ 一 一 J 吉 田 三 昔 、 諸 悌 定 光 三 昧 ‘ 十 方 賢 聖 一 遁 門 、 百 億 数 行 従 ー 此 一 現 一 生 . 三 四 流 時 従 ヨ 此 妙 周 一 起 . 蛍 矧 見 出 時 − 一 一 小 見 一 中 際 、 本 来 所 具 二 一 誠 也 . 一 千 眼 前 一 現 法 然 具 足 、 離 η 見聞畳卵、只在二川\故劫々不 t持 . 利 那 住 − L 克 完 本 位 一 、 皮 肉 筋 甘 封 ハ も 智 . 一 念 心 底 葉 ν . 我 心 直 一 通 一 一 迷 悟 一 . '.l9 玄指蹄命壌に闘する研究 一 九 九

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