Komazawa University 『
正
法
眼
蔵
随
聞
記
』に
お
け
る
只
管
・祗
管
・ ロ バの
教
育
の
構
造
(四
)小
山
一乘
Kom 三1z三1w三1 Umversrty 先 に 筆 者 は 、 「 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・祗
管 ・ 只 の 教育
の構
造 ( 一 ) 」 ( 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 三 十 一 号 ( 平 成 十 、 一 年 十 月 ) ) に お い て 、 馴 致 さ れ て い る ロ ハ 管 ・ 祗 管 ・ ロ ハ の も つ教
育
方 法 論 上 ま た は 学 習 指 導論
上 の 教育
原
論
と し て の 論 理 的 な 意 味 の構
造 の 根柢
を 素 朴 裡 に浮
き 彫 り にす
る 試 み を 開 始 し た 。 そ の作
業
の方
法論
も、 開始
の際
に 示 し た 。 続 い て 「 『 正法
眼蔵
随
聞
記 』 に お け る 只 管 ・祗
管
・ 凵 ハ の 教育
の構
造 ( 二 と ( 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 研 究 紀 要 第 五 十 九 口 σ、 平 成 + 三 年 三 月 ) 、 次 い で 「 『 正 法眼
蔵 随 聞 記 』 に お け る 只管
・祗
管
・ 只 の 教育
の 構 造 (一 二 と ( 関 東 短 期 大 学 紀 要 第 四 十 五 集 、 平 成 十 二 年 三 月 ) に お い て 、 只管
・祗
管
・ ロ ハ の脈
絡
が 、 そ の 深層
か ら 照 射 し て く る 、 学 習 成 立 の構
造
と機
能 とを
看
て き た 。 そ こ ま で で は、 文 脈 を 、 写 経的
に素
朴
に 愚直
裡 に看
る 地 平 か ら、随
所 に 、 普遍
的 な 、 教 育原
理 論 を看
取 し よ う と し て き た 。 本 稿も
、 そ の 継 続 で あ る 。 凡例
は 『駒
澤 大學
佛 教 學 部 論集
』 第 三 十 一 号 に 準ず
る 。 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 三 十 二 號 卒 成 卜 三 年 十 月 【 五 − 四 − 二 五 一、 二 一 日 示 云、 古 人 云、 「 霧 の 中 を 行 け ば、 不 レ 覚 衣 し め る 。 よ き 人 に 近 け ば、 不 レ 覚 よ き 人 と な る 也 」 。 よ 昔 倶 胝 和 尚 に 仕 へ し 一 人 の 童 子 の 如 き は 、 い つ 学 し、 い つ 修 し た り と も 見 え ず、 不 レ 覚 ど も、 久 参 に 近 づ い し に 悟 道 す 。 じ ね ん ( 2 } こ つ ね ん 〔 3 ( 4 ) 〔 5 〕 坐 禅 も、 自 然 に 久 く せ ば、 忽 然 と し て 大 事 を 発 明 し て、 す ロ 坐 禅 の 正 門 な る 事 を 知 る 時 も 有 べ し。 と み え る 。 こ こ の 文脈
に は 、 本稿
標 題 の 只管
、 祗 管、 只 の 用 , ユ こ つ ね ん 語 は み え な い 。 し か し 、 「 坐禅
も 、 自 然 に 久 く せ ば、 忽 然 と し て 大事
を 発 明 し て … … 」 と あ る 。 「 只 管 − 打 坐 」 「 祗 管 − 打 坐 」 な ど の 用 語 法 の 見 え る 他 の 文 脈 の 用 例 か ら 推 し 、 文 脈 に よ る 意味
論 的 定義
か ら み る と 「 祗管
(11
凵 ハ 管11
只 ) 」 対 「 打 坐 (11
坐 禅 ) 」 じ ね ん 「 自 然 に 久 く せ ば … … 」対
「 坐 禅 」 じ ね ん と い う 関 係 図式
が判
明 し て く る 。 端 的 に い う 。 「 自 然 に 久 く 」 三 七 五『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ 只 の 教 育 の 構 造 〔 四 )
す
る 、 と い う 行 動傾
向
・ パ タ ー ン は 、 「 只管
」 「 祗 管 」 「 ロ ハ 」 が 意味
す
る 行 動 傾向
・ パ タ ー ン に 相 当す
る こ と が判
明 し て く る 。 「 霧 の中
・ 行 け ば ・衣
・ し め る 」 の 例 え を 引 い て 、 「 よ き 人 ・ 近 け ば ・ ( 人 ) ・ よ き 人 と な る 」 を比
べ喩
え て い る。 そ し て 、 「 坐 禅 も 」 と い っ て 「 坐 禅 」 の 学 習 ・ 学 修 の 方 法 原 理 論 へ と 敷 衍 し て い く 文 脈 が み え る 。 即 ち、 月 並 み な い い 方 をす
れ ば 、 一 方 に、 い わ ゆ る自
然 環 境 界 で の 湿 気 ・ 湿 潤 の機
能
・ 作 用 の 「 は た ら き 」 の 例 が 示 さ れ る 。他
方 に、 人 問 世 界 で の 涵 養 ・薫
習
・ 感 化 の 「 は た ら き 」 の 例 が 示 さ れ る 。 換 言 す る 。 一 方 は 、具
体 的 に は 、自
然
界 の 「霧
」 と い う 自 然 「 環境
」 の 中 を、 「 人 」 が 「 衣 」 を身
に着
( 附 ) け て 「 行 」 く う ち に 、 環 境 そ れ 自 体 の 「 湿 気 」 が 、 「 衣 」 に 「 受 け と め ハ ァ げ ら れ 」 「 く っ つ く 」 「 と り つ く 」 と い う 意 味性
格
が み ら れ る 。 衣 が 「受
け 」 と め る 。 衣 に 「 つ い た 」 の は霧
の 「 湿気
」 「 水 分 」 で あ る 。 そ の水
分 に よ る 「湿
潤
」 化 が 、 衣 に結
果 (或
い は 、結
露
) し て い る、 限 り な き 飽和
的 状 態 ・事
態 を い う の で あ る 。湿
る の で あ る 。 人 が 身 に着
け た 衣 、 そ の 「 衣 に よ る 受露
」 の 意 味 が 示 さ れ て い る 。 三層
( 相 ∀構
造即
ち 「霧
露
↓ 衣 ↓ ひ と 」 の う ち の 二 層 「 霧 露 ↓ 衣 」 問 の 受露
が み ら れ る 。 こ の 、受
け 附 け ら れ た 霧 露 は、 更 に 、 不 ・覚
の う ち に、 自 然 と 、 ( 小 山 ) 三 七 六 人 の 「 身 に し み て 」 く る で あ ろ う か 、 否 か 。 端 的 に い え ば 「 し め る 」 と い う の で あ ろ う か 。他
方
は 、 具 体 的 に は 、 人 間 界 で の 脈 絡 で の こ と で あ る 。川
が 、 「 よ き 人 」 に 「 近 け ば 」 、 不 レ 覚 の う ち に、 「 よ き 人 」 の 感 化を
受
け て 「 よ き 人 」 と 化 す 、 と い う こ と を 示 す . 即 ち、 意 図的
計
ら い の 与 せ ぬ 事 態 の 展 開 で あ る 。 「 不 レ覚
」 が 措 定 さ れ る文
脈
か ら 判 明 す る の は 、 事 態 は 、 ま さ に 自覚
の 与 せ ぬ 次 元 で の展
開
で あ る こ と が 判 明 す る 。 換 言 す れ ば 、 非 ー 意 図 的 に 転 岡 し た 事 態 で あ る。 事 態 の推
移 が 用 語 「 不 レ覚
」 で 措 定 さ れ る 文 脈 に 留 意 が 要 る 。 自 覚 と い う 意 識 に は 、 決 し て 、 浮 上 し な い 事 態 で あ る こ と が 示 さ れ る。 今 、 冗 長 ・ 蛇 足 の 誹 り を 承 知 で、 次 の 如 く 文 脈 の ( ) 内 に 「 人 」 を補
っ て 並 べ て み る 。 便 宜 的 に ( イ ) 〜 ( 二 ) の 符 号 を 附 す 。 ( イ ) 霧 の 中 を ( 人 ) 行 け ば、 ( 人 ) 不 レ 覚 衣 し め る。 ( ロ ) よ き 人 に ( 人 ) 近 け ば、 ( 人 ) 不 レ 覚 ( 人 ) よ き 人 と な る 也 。 ( ハ ) 昔 倶 胝 和 尚 に 仕 へ し 【 人 の 童 子 の 如 き は 、 い つ 学 し、 い つ 修 し た り と も 見 え ず、 不 レ 覚 ど も、Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty ( 二 〉 久 参 に 近 づ い し に 坐 禅 も 、 自 然 に 久 く せ ば、 と な る 。 学
習
の前
半
・前
提 部分
を
示 す脈
絡
と し て 、 「 霧 の 中 を 」 1 「 よ き 人 に 」 1 「 昔 倶 胝 和 尚 に 」 が み え る 。前
半 か ら 後 半 へ と 、 転 回 ・移
行す
る 極 致相
を 示 す 脈絡
と し て 、 「 不 レ 覚 」 1 「 不 レ 覚 」 1 「 い つ 学 し 、 い つ 修 し た り と も 見 えこ つ ね ん ず 」 1 「 不 レ 覚 ど も 」 1 「 忽 然 と し て 」 が み え る 。
後
半 ・ 結 果部
分 を 示 す脈
絡
と し て 、 「 衣 し め る 」 1 「 よ き 人 と な る 也 」 ー 「 久 参 に 近 づ い し に 悟 道 す 。 」 1 「 大 事 を 発 明 し て 、 坐 禅 の 正 門 な る 事 を 知 る 時 も 有 べ し 」 と み え る 。 対比
的
比
喩 で 畳 み か け て い く 脈 絡 が判
明
す
る 。 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ 只 の 教 育 の 構 造 ( 四 ) 悟 道 す。 こ つ ね ん 忽 然 と し て 大 事 を , 発 明 し て、 坐 禅 の 正 門 な る 事 を 知 る 時 も 有 べ し 。 じ ね ん ー 「 自 然 に 」 ( イ ) か ら ( 二 ) に つ い て み て い く 。 ( イ ) で の 、 衣 に よ る 、 霧 の 受 露 に 比 べ 例 え ら れ て い く 脈絡
の 比 喩 関 係 か ら 、 ( ロ ) を推
理 し て み る。 即 ち 「 よ き 人 」 の よ さ性
が 、 「 よ き 人 」 に向
か っ て 「 近 」 つ く そ の或
る 学 す 「 人 」 に 「乗
り 移 る ・宿
る ・ と り つ く 」 と い う事
態 が 想 定 さ れ て い る 。 こ の 「 乗 り 移 る 。 宿 る 。 と り つ く 」 と は、 実 は、 「 憑依
」 の義
に 限 り な く 通 じ て く る 。今
「 憑 依 」 の 字義
に つ い て を み る。 「 憑 」 は 「 よ り か か る 。 乗 り 移 る 。 と り つ く 。 」 と の あ ら字
義 が み え る 。 「 依 」 は 、 「 人 と 衣 と に 従 う 。 人 に 衣 を そ え て 、ヨ 衣 に よ る 霊 の 憑 依 や 受 霊 の 意 を 一. 小 す 」 と み え る 。
換
言す
る 。 「 憑 」 と は 、 或 る 何 か ( 甲 ) が 、 或 る 別 の 何 か ( 乙 ) に向
か っ て 、乗
り 移 っ て 行 く と い う能
動 的 な 様 相 を 表 象す
る に 相当
す
る、 と い え よ う 。他
方
、 「 依 」 と は 、 「 憑 」 の内
部 構 造 と は 逆 に、 或 る 別 の 何 か ( 乙 ) が 、 或 る 何 か ( 甲 ) を 受 け 入 れ る と い う 受 動 的 な 様 相 を 注視
し て 、 そ こ の 要 処を
表
象
す る に相
当 す る、 と い え よ う 。 こ の よ う に み る と 、 け だ し 、 「 憑 」 と 「 依 」 と の 関 係 構 造 は、 「 能 」 と 「 受 」 、 ま た は 、 「授
」 と 「 受 」 と の関
係 構 造 に類
似 し て く る と解
さ れ よ う 。 こ の義
に し た が っ て 、 対 比 の 文 脈 構 造 を み て い く と、 「 よ ( 小 山 ) 三 七 七『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ 只 の 教 育 の 構 造 ( 四 ) き 人 」 の 「
良
さ 性 」 が 、不
レ覚
の う ち に、 「 よ き 人 」 に 近 づ い て い く と い う 規 範 的 行動
を と る 当 の そ の 「 人 」 に 「 憑 依 」す
る と 措 定す
る に 相 当す
る 「 は た ら き 」 の 現象
の あ る こ と が判
明 し て く る と い え ま い か 。 け だ し 、 「 人 」 と 「 衣 」 と の対
比
的 措 定 は 、 環 境 か ら刺
激
を 授 け ら れ そ れ を 受 け る 学 習者
の 有 り 様 を 、 浮 き 彫 り に し て い く 原 初 的 論 理 構 造 図 式 と な り は せ ぬ か と い う 穿 ち を払
拭
し 難 く な る. 、 字 「 人 偏 」 と 字 「 衣 」 と が 合 わ さ れ ば、 「 依 」 が 成 る、 と い う 事 態 は 意 味深
長 で あ ろ う 。 け だ し 、 こ こ は、 類似
の比
喩 ・ 修 辞法
の 例 と し て の み に 解 し て 、 そ れ に と ど ま っ て し ま う こ と で は収
拾 し な い要
処 で あ る 。 即 ち 、 教 育 方法
原論
、 学 習 指導
方
法
原
論 の 原 理 ・ 論 理 の ド む根
柢 す る 要 処 と し て 考察
し て い く 文 脈 で あ る 。 次 い で 、 ( ハ ) 昔 倶 胝 和 尚 に 仕 へ し 一 人 の 童 子 の 如 き は、 い つ 学 し 、 い つ 修 し た り と も 見 え ず、 不 ・ 覚 ど も、 久 参 に 近 づ い し に 悟 道 す 。 し ね ん ニ つ ね ん( 二 ) 坐 禅 も、 自 然 に 久 く せ ば、 忽 然 と し て 大 事 を 発 明 し て、 坐 禅 の 証
瞭
る 事 を 知 る 時 も 有 べ し 。 に屍
と み え る 。 「 自 然 」 に 「 久 し く せ ば 」 そ れ が 「 忽 然 」 と し て 「 大 事 を 発 明 」 す る と い う 。自
然 と 忽然
と の 対 比 が み え る 。 ( 小 山 ) 三 七 八 「 見 えず
」 と 「 不 ・ 覚 」 と の 対 比 的 文 脈 が あ る 。 「 見 えず
」 と ば 、第
三 者 の 観察
の 眼 識 に は 「 見 えず
」 即 ち 「判
明 し な い 」 「 分 か ら な い 」 と い う 事 態 ・ 意 味 性 格 を 示す
脈 絡 で あ る こ と が判
明す
る。 け だ し 、 異 言 語 、例
え ば 、 英 文 で、 . 譲 巴 oo 冨 o 匡8
鬥 = °・ 兜 Φ ゜. ( 彼 は、 彼 の 年 の 割 り に は 年 老 い て 見 え る ) が あ る 。 こ の 意昧
性
格 は 、 実 は 、 「 彼 の 実際
の 年齢
は年
を と っ て は い な い の だ が ( 即 ち、 実 際 の 年 齢 は 若 い の だ け れ ど も ) 、 第 =. 者 か ら み る と ( 即 ち、 他 人 の 眼 に は ) 、年
老
い て 見 え る 。 」 と い う意
味 が 含意
さ れ て い る 。 こ こ の 機 微 は 重要
で あ る 。 即 ち、第
三 者 の 眼 に 「 彼 自 身 が 、年
老 い た雰
囲気
を 漂 わ せ て い る 」 と 解 せ し め て し ま っ た と い う こ と 自 体 は 払 拭 し 難 い 事 実 で あ り、 け だ し 、d
乙. と 措 定 さ せ た 決 め 手 は、 当 の 「 彼 」 自 身 に 起因
す
る と も い え る 。 し か し 、 「彼
は実
際
は 若 い の に 」 と い う 属 性 的周
辺 文 脈 を 知 っ て い る 観察
者 で あ る 場合
に は 意 味 が 異 な っ て く る 。 実 際 の年
齢 を 知 る ゆ え に 、 「 彼 は 、 年 齢 の割
り に は ( . 鴨 震募
品 Φ、 ) 年 老 い て 見 え る 」Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty と い う
判
断
・ 認識
・ 甘鼠
Φ を 下 し 得 た 、 と い う 文脈
事 情 が み え て く る の で あ る 。 こ の 場 合 に は 、 、 o 匡. と 措 定 さ せ た 決 め 手 は、 「 彼 」 を 観 察 す る 側 の 者 の観
方 そ れ 自 体 に 起 因 す る と い え る 。 こ の よ う に み て く る と 、 「 見 え る 」 , δ o 屏 o 置、 の 解 釈 は 、 単 純 で は な い こ と が 知 ら さ れ る 。 「年
老 い て 」 み え る と い う 判 断 を す る そ の 根 拠 は、 学 習者
側
に あ る と 思 量す
る か 、学
習 指導
者 側 に あ る と 思 量す
る か 。 ま さ に 、 意 味 が 起 因 す る重
心 は 逆 転 し て し ま う 。 意 味論
的 に い え ば 、 「 見 え る 」 と い う の は単
純 で は な い 。 こ の 分析
例
に し た が え ば 、 「昔
倶胝
和 尚 に 仕 へ し 一 人 の 童 子 の 如 き は 、 い つ 学 し 、 い つ修
し た り と も 見 えず
」 の 「 見 えず
」 の 意味
構
造 ・ 意 味性
格 を判
然 と さ せ て い く 端 緒 を得
て く る。 議 論 を も と に も どす
。 上 記 「 い つ 学 し、 い つ 修 し た り と も 見 えず
」 と の 措定
を 起因
さ せ る の は 、 「 昔 倶 胝和
尚
に 仕 へ し 一 人 の 童 子 」 自 体 に 帰 さ れ る とす
る か 。 そ れ と も 、 こ の 「 童 子 」 を観
察 し て い る 側 の 第 三者
の観
方 に 起因
し そ れ に 帰 さ れ る と す る か 。解
の取
り
方
次 第 で、 主 客転
倒
す る 。 こ こ を敷
衍 す る 。 学 習指
導
者
・教
育
者 側 か ら の 教育
方 法 分 析 論 理 上 の 言 為 か 。 そ れ 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ ロ ハ の 教 育 の 構 造 ( 四 ) と も、 学習
者
・ 学修
者 側 か ら の 学 習 方 法 分 析論
理 上 の 言 為 か 。 「見
えず
」 の 解 の取
り 方 次 第 で 、 文 脈 ⊥ の 意 味 関 係 が異
質 と な る 。 引 い て は 文脈
か ら 、 行 動 「 不 レ 覚 」 の 主 体 は 誰 か 。 そ の 意味
関 係 も 異質
と な る 。 「不
レ 覚 」 の 主 体 の 、 大 脳 の 生 理 過程
そ れ 自 体 に つ い て は、 自 覚 と い う 意 識 の 次 元 で は捕
捉
出 来 な い 。 だ か ら 「 不 ・ 覚 」 と表
現
す
る し か 処置
の 取 り よ う が な い 。 彼 自身
の 大 脳 の 生 理 過程
で 生 じ た 展 開 は、 彼 の 、 意 図的
活 計 の 与 し 得 な い こ と でか あ る 。 意
図
と は 関係
な く 、結
果 的 に は 「 思 い が け な く 」展
開 す る事
態 の あ る こ と が 想 定 さ れ て い る 。端
的
に い う 。 一方
の 、 「 不 レ 覚 」 と は 、 そ の 主 語 は 「 倶 胝 和 尚 に 仕 へ し 一 人 の 童 子 」 で あ る こ と が 文 脈 か ら推
理 さ れ る 。 「自
覚
扁 「不
レ 覚 」 は 童 子 の 、 内 面 的 な 大 脳 の 生 理 過程
の 問 題 で あ り 、主
体的
( 。。弖
。軒
Φ ) と い う自
覚
的 問 題 化 ( 。。 ⊆幕
巳 く 甲 搴葺
9
と も 意 識 化 さ れ て い な い 次元
・事
態 の こ とを
意 味 す る 。 ま た他
方 の 、 「 見 えず
」 と は 、 文脈
か ら、 外 面 的 な観
察 者 側 の位
置
す る 脈 絡 か ら の 事 態 分 析 表 明 で あ る と い え ま い か 。学
習
指
導
方 法 、教
育
評価
方 法、 と い う観
点 か ら 仮 設 的 に い う と、 「 不 レ覚
」 は 学習
者
( 童 子 ) に お け る 事 態 表 明 ( 小 山 ) 三 七 九『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ 只 の 教 育 の 構 造 ( 四 ) 「 見 え
ず
」 は 指導
者 ( 観 察 者 ) に お け る事
態 表 明 こ こ に は 、 い わ ゆ る、 主 観 ( 的 ) 、客
観
( 的 ) の 措 定 分 析 す ら与
し 難 い 事 態 で あ る と い え よ う 。 「 不 ン 覚 」 は 、 内 面 的 に観
察
し た 脈 絡 か ら の事
態 分 析 で あ る 。 「 悟 道 」 へ の 「 形 成過
程
」 に 対 す る 学 習 上 の 評価
、 学 習指
導
上 の 評 価 の 成 否 の 論 が 映 し出
さ れ て い る と い え よ う 。 い つ学
し 、 い つ修
め た か の そ の内
面 的 軌 跡 、 即 ち、 学 習 ・学
修 の過
程
( 展 開 相 ・ 転 回 相 ) に つ い て 「 見 え ず 」 と あ る 。 見 計 ら う こ と ( 診 断 的 評 価 ↓ 形 成 的 評 価 ↓ 総 括 的 評 価 ∀ は 至 難 ま た は 不 可能
で あ る こ と が 言 為 さ れ る 。 こ れ と 並 行 し て 、 同時
に 、 久 参 に親
近 し て 参 じ て い く 「 童 子 」 の 学 習 ・ 学修
過 程 上 の或
る と き に 「 思 い が けず
に 」 悟 道 し た 、 と い う 事 態表
現 と し て み え る 。 と こ ろ で 、 「 悟 道 」 の条
件
を 示 す 脈 絡 と し て 「 久参
に 近 づ い し に 」 と あ る 。 「 悟 道 」実
現 に と っ て 、 け だ し 、 意 図 的条
件 と い う べ き 事 態 か 。否
そ れ と も 、非
− 意 図 的 条 件 と い う べ き事
態 か 。 意 図的
と 非 − 意 図的
と で は、 メ タ 的 説 明 も 異 な る 。 「 久 し く 仏 道 修行
に つ と め た 人 の 身 近 に 」 い た こ と が 、悟
道 に と っ て、 決 定 的 ・ 不 可欠
条 件 で あ っ た とす
る の か 、否
か 。 ( 小 山 ) 三 八 〇今
、 先行
研 究 で な さ れ た 現 代 語 訳 を 並 べ て み る と へ るチ 「 久 し く 仏 道 修 行 に つ と め た 人 の 身 近 に い た た臥 」 「 久 参 し て、
善 知 識 に 近 づ い
協
ら 」「 久 し く 仏 道 を 学 ん だ 人 の 身 近 に い た
隱
」 「 長 い 間 修 行 し た 人 の 身近
に い た の で 」 と み え る 。か ら は、 「 た め に 」 「 か ら 」 「 の で 」 と あ る よ う に 、 い ず れ の 訳 も、 「 理 由 付 け 」 と し て
解
し て い る 。 で は、 な ぜ 「 た め に 」 「 か ら 」 「 の で 」 な の か 。 学 習 方 法、 学 習 過程
の 思 考 回路
解 明 の た め に は、 ま た、 学 習 指導
方 法 の 解 明 上 か ら は 、 訳 上 に み え る 「 た め に 」 「 か ら 」 「 の で 」 と い セセ う 「 理由
づ け 」 の背
景
・ 根 柢 に あ る 脈 絡 を 明 示 し な け れ ば な ら な い 。 け だ し、 こ こ に 、 非 − 意 図 的 に、 か つ 、 方 法 的 自 覚 も な く、 突 然 裡 に 、 「 特 別 の 論 理 」 が あ る の だ と い う い い 方 に 終 始す
る だ け の説
明 で は、 学 習 方 法 論 を 解 い た こ と に は な ら な い 。 意図
的
に 方 便的
に、 学 習 者 に 爾 後 に 展 開 し た 、 「 不 レ 覚 」 悟 道 し た と い う の は、 一 体 ど う い う 事 態 な の か 、 の 説 明 は 不 可 欠 で あ る。 そ の 「 理由
」 に 相 当 す る い わ ば 「 架 橋 論 」 即 ち 「転
回 の 仕組
み ( 構 造 と の 正 体 は 如 何 な る も の な の か 。 な ぜ 、 ど う い う 仕 組 み で 「 悟 道 」 と い う 事 態 を 結 果 せ し め る の か 。Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty こ こ が 窮 極 の
論
点
と な る 。 こ こ は 、 け だ し、 「 祗管
」 「只
管 」 「 ロ ハ 」 の 論 理 構 造 と 、接
不 離 な 関係
と し て 連 な り 絡 ん で く る で あ ろ う 。 密本
項 全 体 を振
り か え り な が ら 、 通 し て み て い く 。第
三者
的
立 場 か ら の 、 外 面 的 説 明 で、 こ の 事 態 を捕
捉
す
れ ば、学
習
上
の 過 程 、 そ の 、 原 因 ・ 結 果を
側
面
的 に 診 る ゆ え に 、 理 由付
け をす
る 計 ら い が、 当 然 の よ う に し て 生 じ て く る。 故 に、 ご く 自 然 に 「 か ら 」 ( 理 由 ) と解
し た く な る の を 禁 じ得
なく
な る 。 で は、 そ う 解す
る な ら ば 、学
習
・ 学 修 方 法原
論
と し て 、 そ の 理由
を 問 い た く な る 。 学 習指
導
の 要 領 ・ 方 法 上、 緊要
で あ る 。 こ の こ と は 「 か ら 」 と 解す
る 学 習 指導
者 の 主体
的問
題 で あ り、 課 題 と な る 。 「 か ら 」 と 一 旦 解 し た 以 上 、 「 か ら 」 に当
た る 理由
が 、 と に か く、 存 在 す る こ と が 暗黙
の 前提
と な っ て し ま っ て い る こ と は払
拭 で き な い 。 「 久 参 に 近 づ い 」 て い く と い う条
件
だ け で、 誰 で も 「 悟 道 」可
能
な の か 。 も し 、 可 能 な ら 、 そ れ は 何 故 か 。続
く 文脈
に 「 坐 禅 も 」 と み え る 。 前提
し た 比喩
を こ こ に も援
用 し て、 坐禅
の 学 習 ・学
修
の 方法
原 理 の 要 処 を浮
き 彫 り に し て い く 文 脈 が判
明 し て い る の で あ る。 即 ち じ ね ん こ つ ね ん 「 坐 禅 も 、 自 然 に 久 く せ ば 、 忽 然 と し て 大 事 を 発 明 し て 、 坐 禅 の 正 門 な る 事 を 知 る 時 も 有 べ し 。 」 と 。 「 坐 禅 も 」 と い う 文脈
は、 先 に み た 比 喩 文脈
を 、 こ こ に 、判
然 と援
用 す る こ と を 宣 言す
る 文脈
で あ る こ と は 多 言 を要
さ ぬ 。 即 ち 「 霧 の 中 を 行 け ば、 不 レ 覚 衣 し め る 」 「 よ き 人 に 近 け ば、 不 レ 覚 よ き 人 と な る 也 」 「 昔 倶 胝 和 尚 に 仕 へ し 一 人 の 童 子 の 如 き は、 い つ 学 し、 い つ 修 し た り と も 見 え ず、 不 レ 覚 ど も 、 久 参 に 近 づ い し に 悟 道 す 。 」 で あ る 。 何 れ の比
喩
的
事
象
の根
柢 に も 通 じ る 原初
的 原 理 が 、 「 坐禅
」 に も 、 想 定 さ れ、 措 定 さ れ て 考 察 さ れ て い く 文 脈 で あ る こ と が あ き ら か に な っ て い る 。 し か し 、 文脈
中 に 即 ちほ
ヒ自 然 に
久
く せ ば、 忽 然 と し て 大 事を
発 明 し て、 … か か と み え る そ の 「自
然
」 と 「 忽然
」 と の 「間
」 に繋
る学
習 の 転 回 .展
開 の構
造
と曦
能 が ど う 解 き示
さ れ て い く の か 。 端 的 に い え ば 、 「自
然 に久
く せ ば 」 と い う 前 提 条 件 が、 「 忽 然 」 的 に 「 大事
を発
明 」す
る と い う事
態 を 、 結 果 と し て 、 「 抽 き 出 す 」 と い う、 そ の 肝腎
な 過 程 の 論 理構
造 が 、 方 法 原 理 と し て 論 点 と な る 。 「忽
然
と し て 」 「 大事
を 発 明 し て 」 い く 事 態 を 可能
に し て い く そ の 原 理 は 何 な の か 。 用 語 「 発 明 」 に つ い て、 日葡
辞
書
に は、 「仏
法 語 」 と あ り、 「 ( 智 恵 の 明 ら か な こ と ∀ ア ン ジ ョ (豈
○ 天 使 ) や、 学 問 と 知 識 に 非 常 に す ぐ れ た 人 の そ れ の よ う に、 明 自 で 鋭 敏 な 判 断 力 」 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ ロ ハ の 教 育 の 構 造 ( 四 ) ( 小 山 ) 三 八 一「 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ 只 の 教 育 の 構 造 ( 四 ) ハ ゆ と み え る ( 傍 線 筆 者 小 山 ) 。 同 じ く 、 同
辞
書 の 、 「 ∪ 巴 £ 賦 口 ⇒ Φ50
{ 評 o ( 大 機 発 明 の 人 ) 」 の 項 に 「 日 本 の 仏 法 ( ゆ = ℃ ℃ o ) に 関 す る あ ら ゆ る 事 に 精 通 し 、 そ れ に 徹 し て 眼 目 を 心 得 て い る 人 。 仏 法 語 ( bd 弓゜ ) 。 」 ハ な と み え る ( 傍 線 筆 者 小 山 ) 。 「 智 恵 の明
ら か な 」 「 ( 日 本 の 仏 法 に 関 す る ) あ ら ゆ る事
に 精 通 」 「 眼 目 を 心 得 て い る 」 と い う 意 味性
格
が 浮 か ぶ 。 つ ま り 「 忽 然 」直
後
か ら の 展 開相
・事
態 が 、白
発的
に 明 ら か に さ れ て く る 。今
「 自 然 」 「 忽 然 」 の そ れ ぞ れ に つ い て を 「 白 然 」 ↓ 「 ひ と り で に 、 あ る い は、 本 来的
に 」 「 忽 然 」 ↓ 「 突 然 に 、 ま た は 、 思 い が け な い 時 に 」 ヨ ト の義
に し た が っ て 考 え る と す る ( 傍 線 筆 者 ) 。 と く に 傍 線 部 分 に 注 目 す る 。 「 坐禅
も 」 と い う 当 の 「 坐禅
」 を 、 「 ひ と り で に 、 あ る い は 、 本来
的 に 」 、導
入段
階
で は 、 聊 か 、 意図
的 で あ っ て も 、久
し く 参 究 し 続 け て い く 当 の当
人 か ら す れ ば、 そ の う ち 、 い ま や、 学 習 の 過 程 で は、 非 −意
図的
に な っ て い る 。 そ の さ ま は 、 恰 も、 霧 で 衣 が 「 不 レ 覚 」 の う ち に 「 し め 」 っ て い く と い う そ の 過 程 に 、 実 に、 類義
的
で あ る 。 そ し て 、 更 に、 霧 の中
を
行 き つ づ け れ ば 、 い つ し か 、 . 霧 の 水 分 ・ 湿 気 でも
っ て 、依
り つ か れ ・ と り つ か れ て、 飽和
的 状 態 に な っ た 「 衣 」 と同
( 小 山 ) 一. 一 八 二様
に し て 、 「 不 レ覚
」 と し か い い よ う の な い よ う に し て 、 学 修 ま の絶
対 量 が 充 満 し 、 「 思 い が け な い 時 に ( 忽 然 と し て ) 」 「 あ ら ゆ る こ と に 精 通 」 し 、 「眼
目 を 心 得 」 て い く 絶 対 量 展 開 結 果を
象徴
的
に 示す
「 忽 然 」 の義
を 、 端 的 に い え ば 、 「 突 然 に 」 と い う 意 味 性格
で 解 す る か 、 或 い は 、 「 思 い が け な い 時 に 」 と い う 意 味 性 格 で 解 す る か 。 い ず れ の意
味 性 格 で 解す
る か 。何
れ の 機微
を 選 取 す る か 。 「 思 い が け な い 時 に 」 と い う 解 に し た が え ば、 学 習 者 ・ 学 人 の 学 習 ・学
修
の 「 思 い 」 の 内 面 的 次 元 か ら の 、 卞 体 的 発 信 と な る 。 非 − 意 図 的 な、 即 ち 、 思 い が け な い 時 に、 思 い が け な い 事 態 が 生 起 し た と い う こ と を 表 現 し て い る 、 と み え る 。 「 思 い 」 の 全 く か け わ た ら ぬ 、 即 ち 、 意 図 的 活 計 の 与 し 得 な い事
態 を い う 文 脈 を構
成 し て い る と い う こ と と な る 。 「 突 然 」と い う 表
象
で 事 態 を捕
捉す
る と 、 親近
的 で な い 。 平 坦 な 捕 捉表
象
に み え る 。 「 思 い が け な い 時 に 」 と い う表
象
で 事 態 を 捕捉
す
る と、 学 習 者 の 立 場 か ら、 学 習者
の 内 面 か ら 自 ら 発 せ ら れ る 心 的 態 度 の 緊張
関 係 が看
取 さ れ る 。 学 習 指導
方 法 論 の 俎 ト か ら み た 場 合、 学 習 の重
心 が 学 習 者 に 措 定 さ れ て い る こ と が判
然 と し て く る 。 こ の 現 象 を 解 く ( 説 く ) の に 、 「 突 然 」 を採
択
す
る か 。 「 思 い が け な い 時 に 」 を 採 択 す る か. . 些 細 な 事 だ が 、 学習
過 程L
の 方 法 論 議 か らす
る と 重、 要 な機
微 と な る。 平 坦 に み る か 、 主 体 的 ・力
動 的 か つ 起 伏 あ る も の と し て み るKomazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty か 、
敷
衍
す
れ ば 、 絶対
評 価 ( ま た は 相 対 評 価 ) で み る か 、 個 人内
評 価 で み る か、 の差
異
に も な ろ う 。今
、 端的
に 、仮
設
を
試 み る 。 即 ち、学
習
者
本
人 と し て は 、 な ぜ 、 忽 然 的 と い う べ き 事 態 が 生 じ た の か 、 説明
が つ か な い ・ 及 ば な い ( し口 Φ 図 O =塗
QO 局自 ) 。 け だ し 、 学 習 者 の 意図
と は 関係
な く、 大 脳 の 生 理過
程
が 進 む う ち に 、 或 る 種 の 飽和
化 が 生 じ て 、 そ の結
果
、 大 脳 の 生 理 過程
が 進 み 難 く な り 、抑
制
が は た お り ら き、 新 し い 見 え方
が 生 じ る 。 さ ら に そ の 新 し い見
え 方 が進
む う ち に、 更 に 新 し い 見 え 方 が 生 じ る。 こ の 見 え方
は 、意
図
と は 関係
な く 生 理 過程
と し て 、 無 限 に 展 開 す る で あ ろ う 。学
習 方 法 と し て は 意図
的 に 、 只管
、 祗 管、 ロ ハ 、 ひ たす
ら に継
続
さ せ る 坐禅
こ そ が 、結
果 的 に 、 思 い が け な い時
に 、 お よ そ 、 意 図 が与
し え な い 次 元 で 、新
し い 見 え 方 が 去 来す
る と い う事
態 、 そ の 正 体 を 看 取 し 得 て く る と い え ま い か 。 【 五 − 一 四 1 . 一 八 二 く そ ん 示 云、 楊 岐 山 の 会 禅 師 住 持 の 時、 寺 院 旧 損 し て わ づ ら ひ 有 し 時 に 、 知 事 申 し て 云、 「 修 理 有 る べ し 」 。 会 云、 「 堂 閣 や ぶ れ た り と も、 露 地 樹 下 に は 勝 れ た る べ し 。 一 方 や ぶ れ て も ら ば、 一 方 の も ら ぬ 所 に 居 し て 坐 禅 す べ し。 堂 宇 造 作 に よ て 僧 衆 可得
悟 一 者、 金 玉 を も て も つ く る べ し。 悟 は 居 所 の 善 悪 に よ ら ず、 只 坐 禅 の 功 の 多 少 に 有 る べ し 」 。 翌 日 の 上 堂 に 云 、 「 楊 岐 は じ め て 住 『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管・ 只 の 教 育 の 構 造 ( 四 ) す る に 屋 壁 疏 也 、 満 牀 に こ と ご と く ち ら す 雪 の 珍 珠、 く び を 縮 さ き ょ 却 し て そ ら に 嗟 嘘 す 、 か へ つ て 思 ふ 古 人 の 樹 下 に 居 せ し こ と を 」 。 た だ 仏 道 の み に 非 ず 、 政 道 も 如 ・ 是 。 太 宗 は ゐ や を つ く ら ず 。 龍 牙 云、 「 学 道 は 先 づ 須 く 貧 を 学 べ し 。 貧 を 学 し て 貧 な る 後 に、 み ち 道 ま さ に し た し 」 と 云 へ り。 昔 釈 尊 よ り 今 に 至 ま で、 真 実 学 道 ゆ た か の 人、 一 人 も 宝 に 饒 な り と は 聞 ず 見 ざ る 処 也 。 と み え る 。 「 悟 は 居 所 の 善 悪 に よ ら ず 、 凵 ハ 坐 禅 の 功 の 多 少 に 有 る べ し 」 と み え る 。楊
岐 山 の方
会
の 上 堂 語 を引
い て 「 坐禅
の 功 」 に つ い て 示す
。 「 悟 」 は 、 居所
の物
的
環 境 の 善 悪 に は よ ら ず、す
ぐ れ て 「 只 」 坐禅
の 功 の 「 多 少 に あ る 」 と い う 。 多 少 と は、 ⊃ 方 や ぶ れ て も ら ば 、 一 方 の も ら ぬ 所 に 居 し て 坐禅
す べ し 。 」 に み え る 「 も ら ば 」 と 「 も ら ぬ 」 と の 二 極 比 較考
量 を し て い く 文 脈 か ら推
し て 、 「 多 」 と 「少
」 と の 比較
考
量 の 文 脈措
定 で あ る こ と が推
察 さ れ る 。 こ の 文 脈 に し た が え ば、 「悟
」 は 冂 ハ 巫禅
が 「 少 分 」 な ら ば 達 成 さ れ な い 。 達 成 さ れ る に 足 る だ け の 「 多 分 」 が 充 足 さ れ た と き、結
果 と し て の 「 有 る べ し 」 と な る 。 そ れ も、 【 五 − 四 − 二 五 三 】 で み た よ う に、 現象
的 に は 、 「 忽 然 」 即 ち、 「 突 然 、 あ る い は 、 思 い が け な い 時 に 」 「 有 る べ し 」 と い う 事 態 ( 小 山 ) . 二 八 三「 止 法 眼 蔵 随 聞 記 」 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ 只 の 教 育 の 構 造 ( 四 ) と し て 成 る 。 「 忽 然 」 事 態 を 生 起 せ し め る 、 必 要 十 分 条 件 が 論
点
と な る で あ ろ う 。次
い で 、 龍 牙 居 遁 の 語 を 引 い て 「 貧 で あ る こ と が道
に 親 し い 」 こ と を 示 す 。 即 ち 「 た だ 仏 道 の み に 非 ず、 政 道 も 如’ 是。 太 宗 は ゐ や を つ く ら ず 。 」 と み え 、 俗 世 ・ 濁 世 の 政 治 の 世 界 に お い て も、 聖 の 世 界 と 同ら タ じ こ と が い え る と い う 。 当 該 例 と し て 、 唐 の 太
宗
が 「 ゐ や 」 おを
造
ら な か っ た 故 実 を 文 脈 に 措 い て い る 。 文 脈 か ら 、 政 道 は 「 ゐ や 」 の 善悪
で は な い 。 政 の 「功
の多
少
に 有 る べ し 」 と 解 さ れ よ う 。 次 い で、 「龍
牙 云 」 と し 、み ち 「 学 道 は 先 づ 須 く 貧 を 学 べ し.. 貧 を 学 し て 貧 な る 後 に 道 ま さ に し た し 」 ( 傍 線 筆 者 )
傍
線
「 先 づ 須 く ↓ べ し ↓ し て ↓ な る 後 に ↓ ま さ に し た し 」 の 発展
的
系 統 性 ・ 関 連 性 に留
意す
る 。 学 習 方 法 原 理 論 ⊥ 、 課 題 「 貧 」 を 相 手取
っ て い く 「 次 第 」 即 ち 「過
程 」 が 示 さ れ て い る よ う に み え る 。 「 先 づ 須 く 」 「 貧 」 を 学 べ し と い う 。 学 習 導 入 と し て 、 意図
的 に 設 え て い る.、 即 ち 「 べ し 」 と い う こ と に よ っ て 行 動 的規
範
を 示 し、 規 範 的 行 動 を 促す
。 次 い で 、 「貧
」を
学
習
・ 学 修 し て 、 「 貧 」 を 身 に 附 け、 「 貧 」 そ の も の の 行 動傾
向
に な っ た 後 に は 、恰
も 非 − 意 図 的 に 、 自ず
と の ご と く に 、 「 道 」 は 「 ま さ に し た し 」 と し て拓
け る 事 態 を 示 唆 す る 筆 致 の 意 図 的 設 え を 穿 ち た く な る 文 脈 で あ る 。 太宗
の 故 事 を 引 き 、 ( 小 山 ) 三 八 四 そ の 如 き 俗 世界
・ 濁 世 界 と 、 学 道 の 聖 世 界 と の 対 比 的 考 量 が 成 さ れ る 文 脈 が 前 後 す る 。 俗 世 間 か ら出
家 ( 分 離 ) し て 、 乞食
道 の 修 行 世界
へ と 移 行 し 、終
に、 参 入 す る 過 程 ・ 次 第 を も彷
彿
と さ せ る 。俗
世 岡脈
絡 に お け る 「 貧 」 の義
が あ り、 他 方、出
世 間 脈 絡 に お け る 「 貧 」 の 義 が あ る 。 普通
の 学 校 に 通 学 す る、普
通 の 学 習 者 に 対 し て、 そ の 、 教育
方 法 原 理 論 ( 学 習 指 導 方 法 原 理 論 ) 卜 、 ま た 、 学 習 方 法 原 理論
上、 「貧
」 を ど の よ う に 解 す る か 。 ど の よ う に 、 学 道 へ の、 動 機付
け 、仕
掛
け ・ 設 え の 教 育 方 法 原 理 と し て 措 定 し 得 る か 。 そ も そ も 「 学 」 に と っ て 、 「 貧 」 は ど の よ う な、 構 造 と機
能 を有
す る の か 。 「 学 」 に と っ て、 「 貧 」 は 必 要 条件
か 。 十 分 条 件 か 。 種 々 様 々 、 浅 深 の 問 い が 生 起 す る。 「 先 づ 須 く 貧 を学
べ し 」 と あ る 。 「 先 づ 須 く 」 と あ る 。 「 貧 」 は 、 「 学 」 の 学 習 目 的 論 ・ 目標
論 ・内
容 論 と 措 定 す べ き か ,否
、 「 貧 」 は、 「学
」 の 方 法論
と し て 措 定 す べ き か 。 日 的 と し て 「 貧 を 学 べ し 」 と い う の か 。 方法
手
段 ) と し て 「 貧 を 学 べ し 」 と い う の か 。 文 脈 を 冉 度 み る。 「 先 づ 須 く 貧 を 学 べ し 。 貧 を 学 し て 貧 な み ちる 後 に、 道 ま さ に し た し 」 と 。 こ の と く に 「 貧 を 学 し て 貧 な る
後
に 」 に注
目 し た い 。 文 言 の 「 し て 」 「 な る 後 に 」 と 展 開 ・ 次 第 す る 過 程 が み え る 。Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty で は 、
今
再
度
、 「 先 づ 須 く ↓ べ し ↓ し て ↓ な る 後 に↓
ま さ に し た し 」 に 傾 注 す る 。 そ の 、次
第 ・ 過 程相
を
浮
き 彫 り にす
る 文 脈 中 に 措 定 さ れ る 「貧
」 は 、 「学
」 か ら 「 学道
」 へ と移
行 ・転
移
す
る こ と を 支 え る 方 法原
理 と い う意
眛
性
格 を 帯 び て い る こ と が判
明 し て く る。 「貧
し は 、 「 学 」 の起
点
と な る 方法
原 理を
示す
。 学 習 方 法 を道
筋 付 け る根
柢
的 原 理 が 想 定 さ れ て い る 文脈
で は な い か と の感
を 払 拭 で き な い の は筆
者 の 穿 ち で あ ろ う か 。 傾注
し て お き た い こ と が あ る 。 「貧
」 と は 「 ( 何 か 大 切 な も の が V分
散
し 、 欠 如 ・ 欠 乏 し て い る こ と、 す く な い 、 足 り な い 」 ハ お を 示す
。 「 足 り な い 」 「 欠 乏 」 「 欠 如 」 を感
じ る こ と が導
入 原 理 に な っ て い る 。字
「 貧 」 は 、 「 貝 」 と 「 分 」 と か ら 成 る。 「財
」 がハ タ 「 分
散
す る 」 事 態 を 意味
す る 。 「 欠乏
」 、 「 不 足 ・ 足 り な い 」 、 「 ま ず し い 」 を意
味
す る 。 ま た 「 学 問 ・才
徳
が乏
し い 」 を 意 味す
る 。 「学
問 ・ 才 徳 が 乏 し い 」事
態 を 自覚
す
る と、 自ず
と、随
伴
し て 、 学習
・学
修
・ 学道
を希
求す
る原
初 的 動 機 が 樹 立 さ れ て く る 。 こ の よ う な 義 で の 「 貧 」 は、 積 極 的 意 義を
も つ 。 で は 、 今、 学 習 上 の 、 ま た は 、 学 習 指 導 上 の 、 「 導 入 」 の方
法
原
理 と し て 、 意図
的 に、 設 え る こ と を考
察 し て い く こ こ で の 、 そ の脈
絡 上 に 、 「 まず
し い 」 、 「 足 り な い 」 、 「欠
乏 」 、 「 欠 如 」 、 「学
問 ・ 才 徳 が乏
し い 」 を仮
に措
定 し て み る 。『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ 冂 ハ の 教 育 の 構 造 ( 四 ) い う ま で も な く 「 学 」 の 場 面 と
根
柢
を 照射
す る 文 脈 の 規 定 ・ 限 定 か ら 、 自ず
か ら、 「 学 問 ・ 才 徳 」 が、 「 乏 し い 」 、 「 足 り な い 」 「 欠 乏 し て い る 」 「 欠 如 し て い る 」 の 義 が 選 取 さ れ て く る 。 「 欠乏
し て い る 」 事 態 を 「 学 べ し 」 と の 規 範 的 行 動 を指
示
し て い る 文脈
が 判 明 し よ う 。 そ し て 、 「 貧 ( 足 り な さ 性・ 欠 如 性 ) を学
し て 」 、 学 習 者 ・ 学 人 が 自 ら を 「 貧 な る 」 と 意 図み ち
的
・ 自 覚 的 に捉
え る 事 態 に 成 る 。 す る と そ の 「 後 に 道 ま さ に し た し 」 と 措 定 し て い る 。 文 脈 か ら、仮
に 、 「 し た し 」 は 、 「 親 し 」 の義
で解
す
る と す る 。今
、字
「 親 」 の 「解
字 」 に しむ た が え ば、 「 進 み 近 づ い て 見 る 」 意 が み え る 。 こ こ に 、 学
習
指
導
方
法 論、 学 習 方法
論
か ら 、 「 貧 」 ・ 「 学 」 ・ 「学
道
」 ・ 「 仏 道 」 問 の 、関
連 性 ・系
統
的
発 展 性 の原
理 的 構造
図 式 を 構 想 す る端
緒 が 穿 た れ て く る 。「 学
道
」 論 の 俎 上 に 、 用 語 「 貧 」 を 載 せ る際
に は、 物 質的
・ 財 源 的 ・経
済
的 論 議 の 俎 上 の 脈 絡 で の 「 貧 し さ 」 の 義 の解
・ 論 の み に 止 めず
、 否、 そ れ に 均 衡 ・ 拮 抗 さ せ て の 、 精 神的
・ 文 化 的 ・教
育
的 ・ 学 習的
論 議 の 脈絡
で の 「 欠 如 性 ・ 足 り な さ性
」 の義
の解
・ 論 の こ と も 失 念 し て は な ら な い 、 と み え てく
る 。「 欠 如
性
・ 足 り な さ 」 を 自 覚す
る 故 に 、 そ の 「 欠 如 ・ 不 足 」お の ず E 曉
−
分 を 補 完 し よ う と 、 自 然 と 、 ひ た す ら に、 「 意 が 欲す
る 」 事 態 が あ る 。 メ タ的
に い え ば、 「 向 上 」 「 上 求 菩提
」 を 志 向す
る ( 小 山 ) 三 八 五『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 」 に お け る ロ ハ 管・ 祗 管 ・ 只 の 教 育 の 構 造 〔 四 ) 最 も
素
朴 な 原初
・ 根 砥 で あ る。 こ の 原初
的
・ 根 柢 的 「 意 欲 ・欲
望 」 に 対 す る教
育 論 上 の 評 価 は 、 最深
の 神 経 ・注
意 を は ら っ て 行 う べ き で あ ろ う. こ の 原 初 次 元 の 「 意 欲 」 は 、 学 習 ま た は 学 習 指 導 の導
入段
階
で は、 共 に 、 意 図 的 設 え と い う べ き 意 味 性格
を
帯 び よ う 。 だ が 、 導 入 後 の 過 程 段 階 で は 、 こ の 「 意 欲 」 と い う 事 態 は 、 非 − 意 図 的 に事
態 が展
開 し て い る と い う べ き 意 眛 性 格 を帯
び て く る と い う べ き で あ ろ う 。 「 意 欲 」 の 取 り扱
い は 、 意図
的 脈 絡 で の 場 A 冂 と、 非 − 意図
的
脈 絡 で の 場 合 と で は、 異質
で あ る こ と へ の 最 大 の 注意
が不
可 欠 と な ろ う 。 祗 管 ・ 只管
・ 冂 ハ と い う、 学習
、 学修
、 学 道 を、 動機
付
け る 、 学 習 方法
論 、 学 習指
導 方 法 論E
の 、原
初 ・ 根 柢 と し て の 、 「 貧 」 の 機 能 の 深 層 へ の 省 顧 ・検
討
を 欠 く 謗 り は こ れ を 回 避 し た い 。 議 論 の 俎 上 ・ 脈 絡 上 に は、 い わ ば、否
定 的 関 係 に あ ひ ん る 典 型 的概
念 と し て 、 喧 し く 引 き 合 い に 出 さ れ る 「貧
」 と ど ん 「 貪 」 で あ る 。字
も 、似
て 非 で あ る 。 と こ ろ で 、 こ こ で と く に 、筆
者
に は 気 に な る こ と が あ る 。 即 ち 、 「貧
」 を 、 卜 記 の 如 く 肯 定 的 に み て 、学
習 ・ 学 修 ・ 学 道 意 欲 の 根 元 と み た 場 A 口 、 こ の 「 貧 」 即 ち 「 意 欲 」 は、 こ れ を 、 迂 闊 か つ皮
相 的 に 解 す れ ば、 巷 間 に 馴 致 さ れ る、 折 角 の 「 知 足 の 原 理 」 の解
釈 と、 果 た し て 、抵
触す
る の か 、 否 か 。 解釈
次 第 で は、 対 立 的 関 係 に お い て 、 錯 綜 し て し ま う 憾 み の ( 小 山 ) 三 八 六 生 じ る 要 処 と も な る で あ ろ う 。 端 的 に い う 。 「 貧 」 に 基 づ く 「 学 習 意欲
」 論 で の 意 欲 は 、 「 知 足 の 原 理 」 の 「 知 足 」 に 、 念 人 り に背
く 事態
な の で あ ろ う か 。 後 に 明 ら か に な る で あ ろ う.、 け だ し、 こ こ ま で 、 議論
を 仕 掛 け る 「 貧 」 の論
は 、 学 道 ・仏
道
を 行 じ て い く こ と に導
入 さ れ て 行 く ( 導 か れ 入 っ て い く )事
態 を 動機
付
け る 「 貧 」 の 構 造 と 機能
を 、 結 果 と し て 、 浮 き 彫 り に 仕 出 し て 行 く 。 ゆ え に 「 貧 」 は 緊 要 で あ る と い う 感 を払
拭 し 難 い の は 筆 者 → 人 だ け の 穿 ち で あ ろ う か 。 今 こ こ で 、 「 貧 」 に つ い て 更 に 考 察 し て み る 。 こ の 根 柢的
構
造 は 何 か 。 即 ち、 先 ず 欠 如 を 感 じ る ( 知 不 足 ) ↓ 欠 如 部 分 を 量 る ↓ 欠 如 部 分 を 補 完 し て 完 成 す る 全 体 像 を イ メ ー ジ す る ↓完
成 を 目 指 し て 補 足 し た く欲
し 望 む ↓欲
す
る ホ と 措 定 さ れ よ う 。 即 ち、 文 脈 の 本 論 に 戻 し て、 援 用 し て み る と 、 お の れ の才
徳
の 不 足 を 知 り ( 知 不 足 ) 、 そ れ を補
っ て 、 向 上 し よ う と す る 、 そ の 原 初 的 ・根
柢 的 な 欲 求 で あ る 。 と こ ろ で 、 こ の よ う に 、 学 道 を 求 め よ う と す る原
初 的 ・ 根柢
的 欲 求 をす
ら、 学 道 の 障害
と し て 選捨
し て し ま う の か 、 否 か 。 学 道 を ス タ ー ト さ せ る、 こ の 根 柢 的 レ ベ ル で の 「 欲 求 」Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty と、 日
常
生 活 場 面 で の 、 い わ ゆ る、 豊饒
で 過 分 な 「 貪 欲 」 のお
義
の 欲求
と は、 厳密
に 峻 別 す べ き で あ る。 巷 間 に 重視
さ れ る 「 知 足 の 原 理 」 と措
定 さ れ る 場合
の論
議 の 脈 絡 と は 、 決 し て 、範
疇
誤 認 に陥
ら ぬ よ う に ( 陥 れ ぬ よ う に ) 最 深 の 注意
が 、 教育
方
法 論 上 に 必要
と な る 。 「貧
」を
起 点 に す る教
育 方法
の 実際
化 は 、 そ の比
喩 ・方
便
の 用 語 の取
り 扱 い か た 次 第 で 、 決 定 的 な 差 が 生 じ る で あ ろ う こ と を、 上記
文 脈 は示
し て い る と い え よ う 。 ま た こ の 論議
の サ際
に は 、 先 にも
見
た よ う に 、 「貧
」 と 「貪
」 と は、字
形
は似
て、 意 味 は 非 で あ る こ と に 関 し て も 、相
当 の顧
慮 が 要 る 。概
し て い え ば 、 「 貧 」 に 関 し て は 肯 定 的 で あ る 。 「 貪 」 に関
し て は 、 強 く 否 定 的 で あ る 。 と こ ろ で 、 「貧
」 は 欠 乏 状 態 を 意 味 し、 「 貪 」 は、 器 中 に も の を蔵
す
る動
作 を 意味
す
る 。 故 に、 そ れ ぞ れ、状
態 と 動 作 と で あ る こ と か ら 、 自ず
と 、 「貧
」 と 「 貪 」 と は 、異
質
の範
疇
で あ る こ と が わ か る 。 き わ そ れを
踏
ま え て 、 さ ら に 、 な お か つ見
え て く る 差 異 ・際
は何
か 。 こ こ が 、今
日 に お け る、 現代
教
育
の 問 題 ・ 課 題 の 要 処 と な る 。 先 に み た 【 一 − 三 】 「学
道 の 人 、 衣 食 を貪
る こ と な か れ 。 人 人皆
食
分 あ り 。 命 分 あ り 」 を 想 起 す る 。 「食
分 」 と あ る 。 『 正 法 眼 蔵 隠 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ 只 の 教 育 の 構 造 ( 四 ) 「食
分
」 と は 「 人 の 一 生 に そ な わ っ て い る食
料
」 と 註 に み ハ を え る 。前
後
の 文 脈 か ら、単
純 に、 か つ 、 形 式 論 理 的 に 解 す れ ば、 一 方 、 「 食 分 」 よ り も 、少
分 の 場合
は 「 貧 」 方向
の結
果 事 態 と な り、 他 方 、 「 食 分 」 よ り も、 多 分 の場
合 は、 「 貪 」 方 向 の 結果
事
態 と な る 。貧
で も な く 、貪
で も な い 、 過 不 足 な い 中 庸 の事
態
が 「 食 分 」 と 示 さ れ る 事 態 と 成 る 、 と 推 察 さ れ て く る 。 こ の 常 識 で 至 当 か 。 畳 み か け て ゆ た か 「 昔 釈 尊 よ り 今 に 至 ま で、 真 実 学 道 の 人、 一 人 も 宝 に 饒 な り と は 聞 ず 見 ざ る 処 也 。 」 ま ら と み え る か ら 、 こ と さ ら に 重要
と な る 。 池 田魯
参 教授
に よ る = 13覚
書 」 に も、 「 貧 」 「 貪 」 を 含 む 文脈
が 、 集 約 摘 記 さ れ て い る。 そ の 池 山 教授
は 次 の よ う に い う 。即
ち こ の 一 段 の 「 学 道 の 人 、 衣 食 を 貪 る こ と な か れ 。 人 人 皆 食 分 あ り 。 命 分 あ り 」 か ら、 「 衣 食 を 求 む べ き に あ ら ざ る な り 」 ま で の 同 様 の 見 解 は、 「 随 聞 記 』 に く り 返 し 説 か れ て い る。 ロ お ね と 。 た し か に、 頻繁
に、 恰 も、 浜 辺 に う ち か え す 波 の ご と く、 比 喩を
か え て 、 反復
さ れ る 。 こ れ は ま さ に、 教育
が そ の 特 色 と す る ド リ ル の 原 理を
彷 彿 と さ せ る 脈 絡 の 設 え で あ る 。 今、 そ の 反 復 さ れ て い る 文 脈 中 の当
該 箇 所 を列
記 し て み る ( 小 山 ) 三 八 七『 正 法 眼 蔵 随 聞 記 』 に お け る 只 管 ・ 祗 管 ・ 只 の 教 育 の 構 造 ( 四 ) ホ と 次 で あ る 。 = 1 四 】 「 衣 食 に 労 す る こ と な か れ 」 冒ハ 飢 を 忍 び て . 向 に 学 道 す べ き 也 」 【 一 − 七 】 「 行 道 の 居 所 等 を 支 度 し 、 衣 鉢 等 を 調 へ て 後 に 行 ん と 思 ふ こ と な か れ 」 【 一 − 一 . 己 「 況 衲 子、 衣 鉢 の 外 の 物 、 決 定 し て 無 用 な る か。 無 用 の 物、 是 を 持 て 何 か せ ん 」 = ー 一 四 】 「 故 建 仁 寺 の 僧 正 在 世 の 時 き、 寺、 絶 食 す 」 【 ニ ー 一 八 】 「 衣 粮 を 煩 す こ と 莫 れ 一 { ニ ー 一 九 】 「 衣 粮 の 資 具、 生 得 命 分 也 」 【 三