e 違憲審査制と合憲解釈の間題
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(2) 違憲審査制と合憲解釈の問題. はじめに. 三八二. わが憲法は司法保障制をとる︒従って︑その時々に提起される憲法訴訟の内容如何は立法府あるいは政府の憲法の. 遵守度を示すための一つのバ冒メーターとみなされ得るであろうし︑また︑そこにおける憲法判決の内容は司法審査. というデリケートな役割を果すについての最高裁の勇気と分別をはかるためのそれとなるであろう︒この点について. のわが国の最高裁の態度は︑理由の差はあれ終始一貫して司法消極主義として特徴づけられるものである︒このこと. は憲法判断の内容を盛る器という点からみた場合には︑違憲判決ではなく﹁合憲解釈﹂が中心となっているというこ. とによって表現される︒そして︑その合憲解釈さえもが昭和四八年四月の全農林警職法判決によって拒否されるとい. うのが現状なのである︒この判決は︑本来なされるべき違憲判決が適正に行なわれるべきことの必要性を痛感させた. ということの一方で︑他方︑合憲解釈の問題がより明確に呈示されることの必要性をも想い起こさせたのである︒合. 憲解釈の間題についてはすでに︑アメリカ合衆国あるいは西ドイッにおける原理についての有益な参照がなされてき. ている︒本稿はそれらにより教示を得つつ︑わが国における合憲解釈のもつ論理構造と機能を違憲審査制全体との関. 連の中で把握することを意図したものである︒ここでは︑まず︑合衆国における違憲審査の構造と制定法解釈につい. ての伝統的な原理との関連を概観し︑次に︑それを参照しつつ︑わが国の違憲審査の構造と合憲解釈およびその周辺. の問題について検討してみた︒ただ︑ここでは目的をもっぽら違憲審査制度全体との関連の中での把握にしぼってい. るために︑また︑筆者の能力や紙数などの関係もあって概括的︑抽象的なものに終っている︒その意味では本稿はよ.
(3) り実証的な研究のための単なる仮説であるにすぎない︒. ﹁適用上﹂審査と﹁文面上﹂審査. 合衆国における二つの審査方法. において検討を試みている︒また︑合憲解釈に関する諸文献については本文注の中で順次参照されたい︒. ω なお︑合憲解釈自体の内部での諸類型については︑拙稿﹁合憲解釈についての若干の考察﹂早大法研論集九号二一. e. 一頁以下. ある法律の適用範囲が何らかの理由により広汎にすぎるためにそれが合憲的な適用だけでなく違憲的な適用の可能. 一っは︑適用上︵器8嘗a︶の審査方法であり︑他は︑文面上︵8富融8︶の審査. 性を持っており︑そのため訴訟の場において︑その法律の違憲性が主張されたという場合︑合衆国における違憲審査 の方法は大別して二通りある︒. 方法である︒前者は伝統的かつ通常のアブ・ーチであり︑その場合には法律の合憲性はその事件における法律の適用. によって生ずる結果によって個別的に判定されることになる︒従って︑そこでの適用が合憲的であればその法律はそ の のまま適用されることになり︑違憲であれば適用されず︑その分だけ切り取られたということになる︒この場合に注. 意すべき点は︑ω違憲性を主張する当事者に対してその法律が適用される際には合憲であるという場合には︑それが. 三八三. 仮想的な状況に違憲的に適用される可能性があるという理由に基づいてその法律の合憲性を攻撃することは許されな む いということ︵ω鼠且ぎ凶 の否定︶︑ωある状況に適用される場合の違憲の判決は︑合憲となるような他の状況につい む ての制定法の適用の可能性には影響を及ぼさないということ︵違憲判決の相対的効力︶である︒ 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(4) 違憲審査制と合憲解釈の問題. 三八四. 後者の方法は当該事件における事実にとらわれずに制定法の有効性を文面上判定するものである︒これによれば︑. 仮想的な状況への違憲な適用の可能性があることを理由としてその法律を無効とすることになる︒従って︑ここで. は︑ω違憲を主張する当事者に対して︑その法律が適用される場合には合憲であるとしても彼は前述の違憲の主張を. することが許されている︵ω富且凶畠の是認︶のであり︑また︑②違憲の判決はあらゆる適用の可能性を含めた制定法 サ の全体に影響を及ぼす︵違憲判決の効力の絶対性︶ことになる︒ところで︑このような審査の方法がとられるのは現. 在では︑修正第一条の諸権利︵表現︑結社の自由︶の事件に関してであり︑これは︑表現の自由の﹁優越的地位﹂の む 一つの現象形態であるとされている︒このような形での判決の理由づけとしては﹁適用の不可分性﹂︑﹁事前規制﹂︑ の ﹁あいまいさ奉讐窪8色︑﹁過度の広汎さo奉旨器区9﹂︑あるいはこれらの複合的表現が用いられている︒︵なお︑. それ以前にたとえば州際通商を規制する連邦法を不可分性を理由として無効とした場合には︑全体としてぢ88 または窪怠8ぞ無効であるとされている︒︶. ⇔ 政策的根拠づけ. ﹁適用上﹂の審査方法を支持する考え方としては︑制度的な抑制︵自制︶の必要性とか︑憲法判断は︑制定法の特. 定の適用によって生み出された実際的な資料の評価に限定されない場合には誤りがちであったり︑妥当に﹁司法的﹂ の たり得ないという命題とかがあげられている︒前者は文面上の無効をできるだけ引きのばし︑それによって制度的な. 摩擦を最少限にしようとするもので︑一連の司法的自己抑制の諸原理のうちの一つである︒ただし︑それは憲法問題. を回避しようとするのではなく︑その問題を手元にある実際の状況に密接に限定しようとするものである︒この理論.
(5) は︑広汎にすぎる法律に固有な欠陥は裁判所による無効化以外の他の手段によって治癒しうると考え︑また︑権利の ⑯ 主張者は究極的には保護されるであろうという仮定に基づいているのである︒. これに対して﹁文面上﹂の審査方法の正当化根拠は︑一般的には修正第一条の諸権利の優越的地位ということの中. にある︒そして︑特殊的には︑その根拠は︑広汎にすぎる法律がこれらの諸権利の行使に対して与える﹁阻止的な圧. 迫留竃畦9=日冨9﹂︑あるいは﹁ぞっとさせるような効果9曇凝黙8εを除去する必要性の強調ということな. のである︒すでに挙示した事前規制やあいまいさは︑結局は﹁過度の広汎さ﹂という問題の中に包摂して︵あるい ㈲ は︑それと同質的として︶考え得るとされているわけであるが︑それは以下のようなことを意味する︒すなわち︑文. 面上あいまいな制定法の場合は言うまでもなく︑文面上は明確であるが広汎にすぎる制定法についても︑その規制が. どこまで許容されうるのか︑という限界線を定めるような憲法上の準則なしに﹁適用上﹂審査が行われた場合には︑. 行為者に対する﹁公正な警告﹂がなされていることにはならず︑従って﹁予測可能性﹂がないのである︒そして︑こ. のことが事前規制と結びついた場合には恣意的な検閲の危険が生じるのであり︑また︑刑罰や市民的無能力︵9邑. ユ蕾窪芽︶と結びついた場合には︑修正第一条の保障の範囲内にある行為に対する︑そして︑訴訟当事者となること. に対する阻止的な効果をもたらすのである︒このような潜在的な訴訟当事者に対する魯昌︵威圧︶についての認識. の故に︑最初の当事者︵冨馨昌貰曾︶に対して︑彼自身の活動の性格にかかわりなく︑違憲の主張をすることを許 戯 容するのである︒ただし︑以上のことは最近における修正第一条の諸権利に関する問題としてであり︑それ以外の事. 三八五. 例においては︑結局﹁適用の可分性﹂が認められるか否かの問題につきる︵ただし刑事法におけるあいまいさの問題 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(6) 違憲審査制と合憲解釈の問題. 圖. 文面﹂判断のアプローチとしている︒なお︑高柳賢三﹁司法権の優位﹂一九三・一九四頁︒. 三八六. 芦部信喜﹁憲法訴訟における当事者適格㊧﹂ジュリストニ六三号七九頁では︑﹁事件の事実﹂判断のアプローチと﹁法律の. は別であるが︶といってよいものと思われる︒ ω. ﹁訴訟当事者は︑それが現に行われているかまたは︑まさに彼に不利益なように適用されようとしている時にのみ︑そして. o置︵一SO︶・ o 出畦く︒い閑o〜o ②20β↓富固§>ヨo鼠eo昌什O︿R耳o毘9U8鼠器博o︒︒. ③. または︑もともと保障されていた階層に属するの. その限りにおいて︑制定法の有効性に異議を唱えることを認められ得るのである︒﹂﹁法律の違憲性を申し立てている当事者 が︑彼ら自身のために憲法上の保障が与えられているところの階層o一霧ω︑. ロユωo冨轟三年矯Ω. 芦部信喜﹃憲法訴訟における当事者. ロωΦωぎ浮oωβ短oBoOo仁芦蟄国貰〜ド国o〜oo轟︵一〇巽︶.. 所は当面の事件について処理しなければならないのであって︑仮想的なそれについてしなければならないわけではない︒﹂こ. でない限りは裁判所は彼の異議の申立に耳を貸すことはなく︑従って︑仮想的な事件の検討へと進まないのである︒﹂﹁当裁判. れらの判決についてはωけRPωo冨βぴま蔓. い寄. 80. 塞︵一〇㎝oo︶●. これについては︑29ρ↓ザo国融099Uoo宣ユロ磯即ωけm言冨Oロ8甥ユεユo昌鼻NOOo一.野国o〜昌8︵お8︶参照︒. 適格⇔∴日﹂ジュリストニ六二号四〇頁・二六三号七八頁以下参照︒. たとえば︑=舞畠︿●国9且oロ腫9娼ψ一認﹂8︵這ミyなお︑曾彗良昌西については︑. @. 奥平康弘﹁表現の自由﹂日本国憲法体系七巻七七頁以下参照︒なお︑29Pぎ8冒轟げ臣ぐ一昌>箸膏9δ口9の9ε富ω. ⑤Zo5ω唇器ヨoO2旨一暮o∈﹃9讐凶80︷ω鼠貫け88>︿oこ08ω葺暮凶8巴Uoo剛巴8ωふωOo一. oo ︵這8ご事前規制について20醇〜寓言器8鼠るooωご・ψ①零︵お目yあ ︾富訂B黛舘OO・ψoo. 斜ミ︵一逡oo︶︒. o︵お蕊ご29ρ︾︿o一鼠80900諺ユε二8包房誓霧ぎΩ二一閑蒔算ω 国ヨ冨艮昌oqΩ︿凶一口び角該oρ曾=貰く●ダ園o〜旨Oo. ⑥. たとえば︑↓ぎ旨匡=. O曽ωoのuおOo一●い幻oく. いまいさについてω#oB富おく・O巴需8巳P拐ωd・ψω$︵這曽ご過度の広汎さについて譲一真段く・Zo譲く自ぎω器. ω. ︒︶・. 爵9器ω﹂8娼ω●o︒只一︒ ︒ お︶旧国ヨ且o器﹃の.=菩まな9器ω﹄ミFω﹂8︵一8︒. o︶・. q︒ω●㎝ミ︵一〇蕊y事前規制と過度の広汎さについてoo巴ρく●20妻吋o詩℃器 q●ψ900︵一漣o. ⑧たとえば早区︒自.
(7) ⑩一σ凶ρ℃マoo軒㌣o︒望.. ⑨客oP↓びo霊韓︾ヨo民ヨo昌けO<段90区些uo︒巳需. 些o国おけ︾ヨo且B窪. oマ鼻. ㎝O冨一〇げ盛い勾o︿︒ミω1淺N︵一〇㎝一︶︒. ︒郵 層o. ⑪一げすもやo︒自−︒ ︒刈9切R塁巳︶湊く︒錠昏80h9霧ユ言ぎ轟二ωの斥ω営些︒d鼻aω翼①ωω信冥︒e①Oo仁旨 =σ︒三〇ωo騰. o α90 ︒認旧Zoけρ↓﹃09窪凝国浮gぎ ⑫20P↓冨固韓>日o鼠器韓O︿R耳o&島U8鼠昌ρoマoF署●o︒㎝ωー︒. ﹁適用の可分性﹂はある制定法の文言︵単語︑章句︑文節︶の可分性の問題と同じ原理に服するものとされている︒法律の. 08の臨9鼠8巴ピ餌メ800一︒い菊①︿︒ooOoo!o o ooN︵這8︶●. 無効な部分が残余の部分をも無効とするかどうかは︑その両者が相互に入りくんでおり︑また依存し合っているために︑立法. ⑬. 府はそれらを全体として意図していたということ︑及び︑もし全体が効力を与えられることができないならば立法者はその残. oρ鵠㌣8︵這認︶では︑それに対して法的効果が独立し ご︒ω●No. 余の部分を独立に制定しなかったであろうということ︑が認められるかどうかによる︒もしそうであるならば制定法は全体と して無効とされることになる︒U自魯鴫く●国曽ロ留ρ8. とするつもりであったように思われるという場合には︑可分性が認められるとしている︒これに対して︑これらの先例は﹁法. て与えられ得ると思われる場合であるとか︑他の揚合には全体として無効とされるべきであっても︑立法府がその条項を有効. 律が制定された時に立法者が意図していたこと﹂と﹁制定法のある適用が無効であるということがわかった揚合に立法者が意. 図していたであろうと思われること﹂との間の差異をあいまいにしているという批判がなされている︒これによれば︑立法者は. 憲法上の欠陥︵無効な適用︶を除去された状態ではたしてその法律を制定していたであろうか︑ということが探究されねばな. らないことになる︒また︑連邦法と州法との取り扱いの差異︑刑罰法と私法との差異に関しても必ずしも信頼され得る準則は確. 三八七. の間題は後に述べるように︑可分性の問題と厳格解釈の問題との混同︵混. 立されていないとされている︒望霞Pωo℃貰帥三=蔓餌ロαωo℃四声げ臣蔓Oσ場$一ロ90ωq℃お日oOoq旨 望缶霞<●ピ勾o〜. 用?︶によりほとんど厳格解釈の問題として考えられてゆくように思われる︒. o℃一8︵ご零yなお︑この﹁適用の可分性﹂ ooρOo. 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(8) 制定法解釈︵厳格解釈︶の原理. 違憲審査制と合憲解釈の問題. 二. 三八八. ﹁制定法についての二つの可能な解釈において︑一方によればそれが違憲となり︑他方によればそれが有効となる. という場合︑我々の平明な義務はその法律を救済するようなものを採用するということである︑ということを我々は め くり返し主張してきた︒重大な疑いを回避するという場合でも︑この準則は︑同じである﹂︒合憲解釈ないしは厳格. 解釈と呼ばれるこの原理は︑いかなる立法機関も無効であると思われるような制定法を通過させることを企図しない ゆ であろうという仮定に基づいている︒このような仮定の信用性についての疑間はともかくとして︑この原理が初期の. 判決以来︑伝統的なものとしてくり返し宣明されてきていることは事実である︒第一節で述べた違憲審査の方法とこ. の原理との関連であるが︑これは前者が憲法間題についての結論が出された時にのみ関連性をもつのに対して︑後者 む はその問題を回避するために解釈を行うという点において概念上は無関係であるとされている︒しかし︑ある問題の. 解決にあたって︑この両者が裁判官の心理過程の中で互いに交錯していることは疑いないものと思われる︒ところ. で︑ある制定法が部分的には違憲であるが︑しかし︑全部の適用についてはそうではないと判断され︑また︑同時にそ. ﹁適用上﹂ の 判 断 と 厳 格 解 釈. の制定法が無効な適用を除外するような解釈を許容するといった場合︑憲法判断を行った判決と厳格解釈を採用した む 判決との効果における差異はどんなものであろうか︒以下︑このような場合の理論的な問題を簡単に紹介しておく︒. e. ω間題の範囲が特定の事実に適用される限りでの有効性に限定され︑かつ︑その事件が無効な適用に該当する場合.
(9) には︑ω判決がその制定法は事件の当該事実に適用される限りにおいて違憲であるとするか︑あるいはその状況は制. 定法の適用範囲の外にあると解釈されるかは事件の結果としては同じである︒しかし︑@制定法に関する効果につい. ては多少の差異を生ずる︒すなわち︑厳格解釈によった場合には︑適用上無効の判決が先例拘束力の下で効果を及ぼ. すであろうと思われる状況よりも︑より広い状況をその適用範囲から除外するということもあり得るであろう︒な. お︑②与えられた事情が逆の場合︑つまり︑その事件が有効な適用に該当する場合であっても︑このω事件の結果と. @制定法についての効果の関係は同じであろう︒ただし︑このような事情の下での仮想的な違憲の適用の可能性の主 カ 張に対する応答の仕方は異なる︒適用上判決によればそれはの鼠且昌閃の否定の問題として処理され︑厳格解釈によ. ﹁文面上﹂の判断と厳格解釈. った場合には当該法律は合憲有効となるように解釈されたから違憲の問題は生じないということになるであろう︒ ⇔. ①制定法は当該事件については適用上違憲であろうと思われるが︑しかし同時に︑その制定法の有効性は文面上吟. 味されるといった場合には︑憲法判断を行った場合と厳格解釈によった場合とでは︑ω制定法の効果についての差異. が生ずる︒すなわち︑違憲な適用が解釈上排除される時には制定法は有効なそれについては救済され︑憲法判断を行. った時にはあらゆる適用において無効となる︒しかし︑@当該事件における結果はどちらの方式の下でも同じであ. る︒次に︑③右とは逆に︑制定法は当該事件に適用される限りでは有効であろうと思われるが︑ある仮想的な状況に. ついては違憲であるという場合には︑ω制定法についての効果︑@当該事件における結果は共に異ってくる︒まず︑. 三八九. 厳格解釈によって無効な適用が解釈上排除された場合には︑残余の適用は救済され︑そして当該事件はその残余部分 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(10) 違憲審査制と合憲解釈の問題. 三九〇. に含まれる︵有効に適用される︶ことになる︒そうでない場合には制定法は文面上︵あるいは全体として︶適用のす. 可分性と厳格解釈. べてにおいて無効となり︑従って当該事件に対しても適用されなくなる︒. ㊧. 右にみたように︑適用の可分性を前提とした適用上判決︵審査︶と厳格︵限定・合憲︶解釈とは理論上は区別され. うるものである︒すなわち︑ω制定法についての通常の解釈基準に基づいて二つの解釈が﹁合理的に可能﹂である場. 合にこの解釈の問題が生じ得るのであり︑②可分性の問題は制定法がいくつかの違憲な適用を含むような意味づけを. マ. すでに与えられている時に︑なおかつ︑残りの適用の部分を有効とすることができるかどうか︑という問題なのであ. 嶺︒とはいえ︑実際にはリース判測をはじめとするいくつかの判決において︑限定解釈がなされうるか否かの問題が. 違憲な部分は合憲な部分から不可分であるか否かという観点から判断され︑あるいは逆に︑可分性の問題が限定解釈 む あるいは﹁書き直し器妻葺ぢ凶﹂の問題として取り扱われているのである︒これは﹁機能的にみると︑合憲解釈のア. プ・1チを採って限定される適用の範囲と︑広義の解釈を採った場合に生ずるであろう違憲な適用の範囲が︑可分か. 不可分かという判定の上に立って合憲解釈のアプローチを採ることが妥当かどうかが決せられるという司法過程を︑ む この混清が問わず語りに示しているものと推察される﹂とされている︒ ㊨ ω富且一畠︵違憲性の主張の適格性︶の問題. ところで︑右のeの②の状況と︑⇔のωの状況においては厳格解釈の原理を採用した場合の結論は同じである︒こ. の場合︑結果としてとられた厳格解釈がどちらの状況における選択であったのかは不明となる︒これは理論的には結.
(11) 局︑当該事件とは関係のない仮想的な違憲の適用の可能性を主張する地位を認めているか否かという点の問題となる ⑯ であろう︒たとえば︑デニス事件においては最高裁は過度の広汎さの抗弁を認めつつも︑厳格解釈を施して︑被告人. り. ヒい. わい. の. の有罪を支持している︒この判決に対しては︑このような解釈が通常の制定法解釈の準則から合理的に導き出され得. るかどうか︑とか︑得られた厳格解釈そのものがあいまいである︑といった問題が出されているのであるが︑本稿で. の目的との関連で言えば︑右のの貫包凶罐の問題が注意を引く︒最高裁の多数意見が︑適用される限りにおいてその. 法律は合憲であると考えていたということからすれば︑それだけで︵適用の可分性で︶処理し得たであろうとされて. いる︒にもかかわらずそうしなかった︒ということは︑一般的に言えば︑この事件が修正第一条の諸権利に関するも ⑬ のであったためであると考えられる︒このことはω貫区ヨ磯が認められているということにもなろう︒従って︑この. 事件は右に述べた⇔の②の状況における選択ということになる︒ただし︑デニス事件のように厳格解釈の結果︑やは. り有罪とされたという場合には︑それがどちらの状況における厳格解釈の選択であるかは実質上あまり意味をもたな. いのであろう︒いずれにせよ厳格解釈による判決の場合にはω富呂一凝の間題はあいまいなものとなる︒ただ︑右の. ような問題の立て方をしてみるとω9包ぎ凶というのは理論的にはどのような審査方法をとるかということの前提条. 三九一. 件であるにもかかわらず︑実際にはどのような審査方法をとったかということの結果としてしかわからない︑という 圃 面をもつのではないかと思われたためにここで言及してみたわけであるQ︵もともと厳格解釈の例についてこのよう な問題の立て方をすること自体が誤りなのかもしれないが︒︶. ㊨ 合憲解釈と判断回避 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(12) 違憲審査制と合憲解釈の問題. 三九二. さきに引用したような法律を救済するような解釈を採用するという原理は︑更に芦部教授によれば︑﹁違憲判断を回. 避する技術・合憲解釈﹂と﹁法律の合憲性に対する疑いを除去し︑法律の効力に関する判断を回避する﹂ものとに分け ㈲ られるとされている︒前者は例えばZピ閃ω判決のように﹁違憲だと攻撃された法律に限定解釈ないし厳格解釈を加. え︑実質的に法律を合憲とするアプ・ーチ﹂をとるものであり︑後者はq●ψ対90判決のように法律解釈の技術. によって被告人を無罪とし︑法律そのものの合憲性に関する判断を回避するものであるとされている︒さしあたり本. 節の目的との関連でこの問題を考えてみよう︒前者の例は前項でみたように法律が限定解釈の範囲内で有効とされる. 例であり︑その法律が文面上審査されるべきものであるかどうかは結果的にはかかわりのないものである︒また︑い. ずれにせよ︑法律が適用︵有罪︶されているという意味で有効であることは疑いない︒後者の例は︑制定法が当該事. 件に対しては適用上違憲であろうと思われるがしかし︑同時にその制定法の有効性は文面上吟味されるという場合に. 制定法の厳格解釈を採用するという⇔のωの場合にあたると思われる︒たしかにここでは当該事案が適用の範囲外で. あるとされるにすぎないわけであるが︑しかし︑当該法律の適用範囲を狭く解することによって︑合憲性についての. 疑いを除去したということは違憲判断の回避と呼ぶのに十分ではないかと思われる︒また︑結局無罪判決を下す︵法. 律を適用しない︶という場合に﹁残りの部分﹂が有効であると宣言するのと︑判断をしないとするのとでどれ程の差. があるのか︵少くとも違憲判断の回避という意味で︶は疑間とされよう︒合衆国の判例におけるこの制定法について. の解釈︵厳格解釈︶原理においては︑両者は余り区別されていないようである︒従って︑ここでの︵本節での︶取り 鱒 扱いにおいては区別する必要はないであろう︵別の間題として後に再述する︶︒.
(13) けるこれらの準則を宣言した諸判決については横田喜三郎﹁違憲審査﹂六五六頁以下参照︵2ピ国切判決は七五一頁︶︒. ① Z暮凶oβ巴一 び畦幻巴舞δ昌のω8巳〜一8$きαい窪αqげ一ぼω8色Oo壱o轟二〇PooO一q︒φ一るO︵お鴇yなお︑合衆国にお. 何ら現実の問題を見ていなかったかもしれないし︑あるいは︑合憲性の確定の機能は排他的に司法権に属すると考えられてい. ② すなわち︑制定法の有効性は立法府の中のわずかばかりの人々によってのみ熟慮されたにすぎないかもしれないし︑また︑. ω. Zo魯ρω巷お目oOo昌旨一暮o壱器富象80hω鼠ε件oの8︾<o置08豊εユo昌巴Ug凶巴8ρoマ息8︾9ド. なお︑参照︒299<o置ー閏o︿!<農目80ωωU8賃冒oぎ島oωq胃oヨoOo賃計一8q︒勺騨﹃閑o〜O?一9︵お8︶・. 一げす℃唱●望婁ド以下︑eおよびOの二項はこの部分からの紹介である︵但し︑eの②は除く︶︒. ℃・90・. たかもしれない等々である︒閃o︼β貰倉>︿o置四ロ89003ユε江o昌包一器仁8置けげod艮冨山ω富富ωω仁窟o目oOog旨℃oや 9梓 b●酌銘・. ⑤. ③20けρω唇3目oOo仁旨一艮o∈3g菖80hω富け仁け8ε>︿o箆08ω焦g岳8巴U8一巴8ρo℃●o一け. ⑥. 〇おyなお︑時国康夫﹁合憲解釈のアプーチ的﹂ジュリスト三二七号九六 ωd口#&ω鼠言のく・勾8ωP旨q・ψ躍倉器一︵一〇. 詩98ωレOO戸ψooρ8︵一〇 ︒刈O︶●なお︑ω冨ヨ ω8貰筈韓蔓 区ω8胃昏臣蔓Ω窪ω霧冒浮oω后8導o. ・九七頁参照︒. ⑧⇒毘?寓. 断回避のための制定法解釈に関する原理をあげている︒. ℃.①㎝O・. 三九三. ︸βげ一一〇. O2苫8・9£署・ooN占劇では適用の可分性に関する有益な公式として︑すでに述べたの富口象ロひqに関する先例とか︑憲法判. ︶ 時国・前 掲 書 ・ ジ ュ リ ス ト 三 二 七 号 九 七 頁 ︒ ㊤ Uo口巳ωくDq巨けo儀ω富けoρω占q●φ劇罐︵一3一︶︒. マ鵠bo讐図器9. 違憲審査制と合憲解釈の問題. より一般的なω9β島b凶についてのもので興味ある文献は︑例えば︑冒Rρω富且言ひqεω8自o甘島99勾〇二〇霧. 一げ一α・り8ドなお︑奥平・前掲書・日本国憲法体系七巻八二・八五頁︒. 南震口角民︸o℃●息叶. 20件ρω仁肩o目oOoξけ國導R榎o富鼠o昌o剛ω富け暮oωε︾<o置Oo霧菖け暮凶oロ巴U8一巴oロρo℃●o凶貯. oo ⑪ ⑫ ⑬ ㈲.
(14) 謹出胃<︒ピ9国oく. ︵一〇目︶︒ 一8q︵一8一︶嚇ω富昌臼昌西>鵬巴Poo麻=帥ミ●ピ・沁o︿ ①o ooo. 違憲審査制と合憲解釈の問題 >o焦oロの. 三九四. イス判事のいわゆる︾昏毛勢昌自R国三〇の第四︑第七準則に即して述べられているが︑この第七準則はすでに述べた制定法解. ⑮ 芦部信喜﹁憲法判断の回避と裁判所の憲法保障機能﹂宮沢古稀記念・憲法の現代的課題三三四頁以下︒ここでは︑ブランダ. 釈についての原理と同じもの︵本稿で引用したものは﹁法律を救済する﹂で︑ブランダイス原則の場合には﹁憲法問題を回避 する﹂という外見上の意味の差はあるが︑実質的には︶と考えてよいものと思われる︒. を区別する必要はないであろうという点のみを確認しただけである︒ただ︑後述するように︑このことはわが国におけるこの. ⑯ 誤解を避けるために付言すれば︑ここでは︑要するに合衆国自体における違憲審査︵の方法︶との関連においてはこのこと 問題を考えるに際しては意味があるのではないかと思われるのである︒. 三若干の参照. これまで︑合衆国における二つの審査方法および憲法判断回避のための制定法解釈の原理がそれらの審査方法に及. ぼす影響について簡単に見てきたわけであるが︑ここではこれらの審査方法ないしは解釈原埋を参照しつつわが国に. 立法違憲と﹁適用上﹂ないしは﹁文面上﹂の審査方法. おけるそれらの問題を考えてみたい︒. e 判決の効果. わが国においては違憲判決の効果は︑通常は違憲判決をうけた法律の効力如何という問題として. ω. 考えられている︒これは憲法八一条の解釈の問題とされているのであり︑一般的効力説︑個別的効力説と説が分れて. いる︒前者によれば︑違憲と判決された法律の条項は︑それによって確定的に︑また一般的に無効となって廃止され. たと同様になると解される︒また︑後者によれば︑当該法律は違憲問題の生じた当該事件に関する限りで無効とされ.
(15) て適用を拒否されるのみで︑当該条項自体の存立及び効力には一般的な効果は及ばないと解されるのである︒わが国. の最高裁の違憲審査制はいわゆる憲法裁判所における違憲審査とは異なり︑あくまでも具体的事件の解決のための前. 提としての法令の違憲審査であるとするのが通説的見解であるということからすれば︑後者が妥当かとは思われる︒. ただ︑ここで検討すべきものはこの問題ではない︒わが国における﹁立法違憲﹂をすでに見た適用上の審査と文面上. の審査の問題に照らし合せた場合︑もう一つの違憲判決の効力の問題が出てくると思われる︒すなわち︑それは判決. によって無効とされる範囲︵適用範囲︶の問題である︒すでに見たように﹁適用上﹂判決の場合には先例拘束力の下. でも適用上同種の事案についてのみ効力が生ずるにすぎないであろう︒しかし︑﹁文面上﹂判決の場合にはあらゆる の 適用について無効とされることになるのである︒わが国における立法違憲に関してはこのような問題は意識的には論. じられてはいない︒もともと違憲審査制度の経験が浅いということもあろうし︑また最高裁の違憲審査についての消. 極性︵違憲判決は昭和三七年の関税法二八条一項の第三者所有物の没収に関して︑刑法二〇〇条の尊属殺人罪の規. 定に関しての二件だけである︶もその原因であろうと思われる︒ただこれまでの考え方は大体において﹁文面上﹂判. 決におけるあらゆる適用の無効化ということと同一のもののようである︒このことは公務員の政治活動の禁止に関す む る猿払事件時国判決︵旭川地裁昭和四三二干二五判時五一四︶の適用違憲論が必ずしも違憲判決とはみなされていな. り. い︑という点からも推測できるであろう︒この時国判決は右の﹁適用上﹂判決に対応して考えてよいものと思われ お る︒ただ︑合衆国においては︑修正第一条に関する制定法の過度の広汎さ︵あるいはあいまいさ︑事前規制︶︑刑事. 三九五. 処罰に関する制定法におけるあいまいさ︑その他適用が不可分とされる制定法の場合には﹁文面上﹂あるいは全体とし 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(16) 違憲審査制と合憲解釈の問題 三九六 の ての判決がなされなけばならず︵ただし︑これもすでに述べた制定法解釈の原理により回避され得るのであろうが︶︑. それ以外の場合には﹁適用上﹂の判決がなされるということになるわけであるが︑わが国においてはどのように解す. べきであろうか︒どちらが原則でどちらが例外かの問題はもちろんのこと︑これまでの考え方からしてはたして﹁適. 用の可分性﹂が憲法九八条︑八一条の下での解釈として認められ得るのかどうかも間題である︒従って︑時国判決に. ついて芦部教授が﹁ある条項が表現の自由に対して合憲的な制限と違憲的な制限をともに含み︑それが可分でなく︑. しかも違憲的な制限を除去する限定解釈も合理的に成立しえないような表現が用いられている場合には︑裁判所に係 む 属した事件において問題の特定行為を合憲的に規制できるかどうかに関係なく︑右規定が全体として無効となる﹂と. いうソーンヒル理論の観点から批評されているのはこの意味では重要である︒ただこの場合に注意すべきことは︑わ. が国において表現の自由の﹁優越的地位﹂というものかどの程度において認められているか︑という点である︵すな の わち︑不可分性というのは必ずしも明快な内容を与えられてはいないからである︶︒表現の自由の﹁優越的地位﹂につ ω いての理由づけは︑必ずしも合衆国のみに特有のものではなく︑わが国においても共通の事情と考えられる︒ただ︑. このソーンヒル理論がそのまま受け入れられる程度に︑その﹁優越的地位﹂がとりわけわが国の最高裁によって認. められているかどうかは問題である︒むしろ逆に︑現在の最高裁が時国判決を適用違憲にとどまらしめたと考えるべ. きであると思われるのである︒いずれにせよ︑この適用の可分性の間題はわが国の違憲審査においてはあまりなじみ. これは右で述べたことといわば表裏一体をなすものと考えられる︒わが国における立法違. のない︵あるいは不必要とされるかもしれないような︶問題ではある︒. ②ω富区凶誕の問題.
(17) 憲の審査方法は合衆国における﹁文面上﹂審査と同じような考え方をとっている︵ただし︑その根拠づけは同じでは. ないであろう︶とした場合には︑わが国ではあまりの貫且5の︵の否定︶の問題が生じないという点もうなづけるの. である︒旧関税法八三条一項の第三者所有物の没収に関する事案において︑昭和三五年一〇月一九日の最高裁判決. ︵刑集一四・一二・一五七四︶は﹁訴訟において他人の権利に客啄干渉し︑これが救済を求めるが如きは︑本来許され. ない筋合のものと解するを相当とする﹂としたのであるが︑この判決は︑昭和三七年一一月二八日の最高裁判決︵刑集. 一六・一一・一五九三︶によって変更されている︒また︑制限的合憲解釈をしながらも有罪とした安保六・四仙台高裁. 事件判決︵最判昭和四四・四・二判時五五〇︶︑同じく解雇有効とした国鉄動労幹部解雇無効確認請求事件︵東京地判. 昭和四七・一二二九判時六八九︶などにおいても︑ω鼠呂凶凝の間題にはかかわりなく︑文面上の審査が前提となって. いる︒なお︑すでに述べたようにわが国では違憲判決がほとんどまれであるということも︑この問題を表面化させて いないということの原因の一つであろうと思われる︒. ⇔ 合憲解釈と憲法判断の回避. さきにみたように芦部教授はブランダイスの第七準則における憲法間題回避の技術を2い困W判決のような﹁違憲 ⑳. 判断を回避する技術・合憲解釈﹂と90判決のような﹁法律の合憲性についての疑いを除去し︑法律の効力に関す. る判断を回避する﹂ものとに区別されている︒この趣旨は間題となっている法律自体の解釈によって憲法判断を回避. する場合には第七準則の一部と第四準則の一部とは重なるということなのか︑それとも︑この場合には第七準則の一. 三九七. 部は第四準則に似ているということにすぎないのかは必ずしも明確ではない︒おそらく前者の趣旨であろうと思われ 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(18) 違憲審査制と合憲解釈の問題. 三九八. るが︑とするならば︑90判決はわが国における恵庭判決︵札幌地判昭和四二二子二九ジュリスト三七〇号︶とか公. 安条例と﹁公共の場所﹂に関する広島高裁判決︵昭和四二・五・二九判時四八三号︶と同種の事例とされることになる︒し. かし︑この点については芦部教授が指摘されている﹁合憲性についてその疑いを除去﹂しているという点が問題とな. る︒ρO判決は結局︑構成要件自体を憲法との関連においてしぽった結果被告人の行為は構成要件に該当しない︵よ. り卒直には構成要件に該当するとは考えたくない︶としているわけであるが︑これはわが国ではむしろ﹁合憲解釈﹂. の型にあたるとされるのではないだろうか︑構成要件の枠外に出された行為に対して︑もし適用されるならばそれは. 違憲であるとするか合憲性についての疑いがあるにすぎないとする︵表明する︶かは実質的に重要であるとは思われ. ない︒むしろ﹁合憲性﹂という問題に照らして構成要件をしぽったということに重点を置くべきではないかと思われ. る︒というのは︑これとは逆に︑恵庭判決や﹁公共の場所﹂についての広島高裁判決は︑憲法問題とは直接関連をも. たない基準によって厳格解釈を加え︑被告人の行為は構成要件に該当しないとして︑いわゆる﹁門前払い﹂をしてい. るからである︵ただし︑広島高判の﹁公共の場所﹂というのは右のような外見にもかかわらず︑集会がどの地点から. ﹁公共の福祉﹂とかかわり合いをもつようになるかという実際上の憲法上の観点を含むものであるから︑あまり適切. な例とは思われないが︶︒要するにOδ判決では構成要件の限定と憲法問題とが切り離されていないのである︒いわ 圃 ば8霧鳳ε鉱9巴&εΦ&9の力が構成要件の解釈に作用しているわけである︒2ピ国切判決における厳格解釈は. ω有罪︵法律を合憲的に適用︶︑@攻撃防禦方法という点では法律救済を求める側にとっての主張手段︑という性質. をもち︑他方︑90判決における厳格解釈は︑ω無罪︵法律は適用されない︶︑@被告人救済のための手段︑という.
(19) 反対の性質をもっているQしかし︑このことは両者がともに﹁合憲解釈﹂であるということについての妨げにはなら ⑬ ないであろう︒ただ︑わが国においても﹁合憲解釈﹂とは何かという点は必ずしも明確なわけではなく従ってこの判. 決がそれにあたるか否かという点はこれ以上間題とすべぎではないものと思われる︒ここでは︑ただ︑少くとも90. 判決は恵庭判決とは全く同視できない︑すなわち︑わが国の﹁判断回避﹂にあたる例としては余り適切とは思われな. いと指摘するにとどめる︒︵また︑もし右の後者の趣旨であるならば︑結局回避の準則は第四準則だけということに. なる︒しかし︑問題の法律自体の解釈によって憲法問題を回避した時には実際上第四準則と第七準則が重っていると. 考えられるため︑前者の趣旨と解したわけである︶︒ただ︑このように複雑な問題があるにせよ︑芦部教授が指摘さ. れたように︑合衆国においてはわが国の﹁合憲解釈﹂と﹁判断回避﹂とが同じく憲法問題の回避ということで統一的. に理解されていると考えた場合︑このことは︑わが国においては限定的合憲解釈と﹁適用違憲﹂とが同じパターンで. くくられ︑むしろ判断回避の問題がそれらと別の考慮を受けている︑ということとの対比において注目すべきものと. まず︑わが国における適用違憲論︵時国判決︶を合衆国における﹁適用上器. 思われる︒これはなぜか︑この点を保留しつつ以下関連的な参照を行ってみることにする︒. ω 適用違憲論と﹁適用上﹂審査. 8嘗a﹂の審査方法を参照しつつ考えてみたい︒この両者をみた場合︑異った点は﹁適用上﹂審査の方法が具体的. 事件での事実に焦点をしぼり他の状況における適用を問わないとするのに対して︑時国判決の適用違憲論は︵問題の. 事件での結果においては類似性をもつにせよ︶まず国公法および人事院規則の文面審査から入っているように思われ. 三九九. るということである︒つまり︑そこでは︑﹁合憲的な適用﹂の可能性と﹁違憲的な適用﹂の可能性との両者を示唆しな 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(20) 違憲審査制 と 合 憲 解 釈 の 間 題. 四〇〇. がらも︑結局これらの法令は文言上明確で制限的解釈の余地はないとし︑公務員の一定の政治的行為についての一律. 全面禁止を規定しているとする︒このように文面全体の審査から入り限定的解釈の余地を否定しながら結論的には本. 件に適用される限りは違憲であるとしているのである︒この結論からすればこの判決は適用の可分性を認めることに. なる︒そうでなければ文言上一律全面禁止なのになぜ本件に適用されると違憲になるのかは説明できなくなるからで. ある︒この点からすれば︑わが国の適用違憲論においては審査方法と適用の可分性との関係は︑合衆国におけるよう. な結びつきを持っていないと言えそうである︒︵この点について詳説しておこう︒もし時国判決が合衆国における可. 分性と限定解釈の実際的混同という立場をとっていたら文言上明確で限定できないという結論は同時に可分性の否定. を意味していたはずである︒また︑この点を区別して可分性が認められるかという観点のみからの吟味および結論と. いう筋道も経ていない︒従って適用上の審査方法はとっていないということになる︒そして︑この判決が右にみたよ. うに文面上の審査を行っていたとするならば︑文言上限定できないということの結果文面上無効となるはずである︒. このように合衆国における発想方法からすれば︑一貫し得なくなるものと思われる︒しかし︑だからといって直ちに. 時国判決の価値が間題とされるべきではない︒この判決をわが国においてどのように位置づけるかが問題なのであ. る︶︒結論的に言えば︑これまでにみたように違憲判決の効力の範囲という点では適用違憲と﹁適用上﹂判決との類. 似がみられるにもかかわらず︑審査方法についての基本的な考え方は全然異っているという部分的な相似と部分的な. 制限的合憲解釈. 合衆国における合憲解釈︵厳格解釈あるいは限定解釈−但し︑わが国における﹁判断回. 差異が留意されるべきであろうと思われる︒. ②.
(21) 避﹂にあたるものは除く︶はこれまでにみた違憲審査の方法という観点からみれば︑二つの種類︑すなわち理論的に. は適用の可分性の問題として処理し得た法律が混同されて︵あるいはそれを前提として︶厳格解釈されたもの︑文面. 上審査したがって文面上無効とすべぎ法律が厳格解釈を施されたもの︑に分けられるものと思われる︒︵もちろん︑. このような分類はわが国への参照という本稿の目的の範囲内で意味をもつものにすぎない︒この点は判断回避の間題 個 と同様であろうと思われる︶︒まず︑前者とわが国における制限的合憲解釈についてみてみよう︒前者は違憲な適用. の可能性は必然的に全体を無効ならしめるものではないというのが基本的な考え方であるから︑無効な部分と有効な. 部分とが不可分であるか否か︑あるいは逆に両者の切り離しが可能か否かを問題とする︒従って︑この厳格解釈を採. 用した判決は︑それが可分であると認めたことになる︒わが国におけるそれの場合にはすでに述べたような意味での. 文面上の審査が前提となっており︑限定的解釈を採用するか否かはある法律を憲法によって許される範囲内に限定で. きるか否かという問題として現われてくるのが通常である︒従って︑この両者を特徴づけるならば︑前者が無効な部. 分と有効な部分との切り離しの可能性という相対的な問題であるのに対して︑わが国におけるそれは憲法と法律との. 間の絶対的な効力の関係の問題であるといえるのではないかと思われる︒ ㈲ 次に︑合衆国における最近の厳格解釈の傾向︑とりわけ︑修正第一条の諸権利に関する制定法についてのそれは︑. 文面審査を要求されているという点において︑わが国での立法違憲に対する限定的合憲解釈の関係に類似していると. 考えてよいのではないかと思われる︒︵合衆国の場合︑州法については文面上無効判決が多く出されているわけであ. 四〇一. るが︑これは州制定法の場合には州の自律に対する敬譲から州裁判所の解釈をそのまま前提としなければならなかっ 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(22) 違憲審査制と合憲解釈の問題. ⑬. ㈲. 四〇二. ⑯ たという事情との関連もあったということが指摘されている︒もちろん︑それ以外のたとえば時代的・社会的背景の 側 差異なども関連しているであろうが︶︒また︑合衆国においても︑たとえば﹁明白かつ現在の危険﹂とか︑名誉侵害. についてのω色凶話昌準則とか︑わいせつに関する園o島−蜜oヨo器準則のような十分に保障的な基本的人権に関す. る準則︵瀦3︒三Sと呼ばれているーただし︑右にあげたものが﹁十分に保障的﹂という趣旨ではないー︶によ 四 って担保されている場合には厳格解釈も妥当であるという意見が存するわけであるが︑その当否はともかくとしてこ. のような現象はわが国においても共通しているものと思われる︒すなわち︑特に憲法上の準則と呼ばれているか否か. は別として例えば公安条例における﹁実質届出制﹂とか︑官公労働者の争議禁止に関する﹁二重しぼり論﹂や可罰的. 違法性論︑また︑公務員の政治的行為の禁止についての﹁現業・非管理職・勤務時間外﹂等のように︑法律の文言か. らだけでは何ら必然的には出てこないようなものが一つの基準とされているという点である︒このようにこのタイプ. の合憲解釈に関しては︑文面上判断が要求されているという点︑および︑何らかの憲法上の準則ないしは基準を手助. けとして法律を限定的に解釈してゆくという傾向がみられるという点で両者はかなり近似していると考えることがで. きよう︒ただ︑これはもはや審査の方法自体の問題ではないが︑一つの無視できない差異がある︒すなわち︑それは. 最高裁の基本的な姿勢についての両者のへだたりという点である︒より広い政治的︑歴史的状況の中で把握されねば. ならないわけであるが︑ここでは当面の問題として次のことだけを指摘しておく︒わが国の従来の合憲解釈について. のパターンは最高裁の無条件の合憲判決−下級審の限定解釈−最高裁による受容ということであった︒しかし︑この. 傾向は昭和四八年の全農林警職法判決︵最判昭和四八・四・二五判時六九九号︶で拒否されるに至っている︒このこと.
(23) は︑合衆国では州制定法については一連の文面上無効判決︑連邦法については主として合憲解釈というように傾向が. 分けられるにせよ︑最高裁自身がそれを行っているという事実と比較した場合には大きな差異があるというべきであ. ろう︒現在のわが国の最高裁の傾向からすれば︑合憲解釈自体が許容されるかどうかという問題にさらされているの. である︒このように形の上での近似性にもかかわらず︑その妥当性と影響力については合衆国における合憲解釈とわ. 憲法判断の回避. すでにみたように合衆国においては︑この原理は古くから宣言されている制定法解釈につい. が国におけるそれとはきわめて大きな差異をもっているのである︒. ③. ての伝統的な原理の一部となっているのであり︑また︑これは憲法問題についての﹁適用上﹂の審査方法を支える基. 本的な思想であるの自制︑@事件の解決のみに焦点をしぼるべしということ︑に合致するものであると思われる︒し 鋤 かし︑わが国においてはこの問題は恵庭判決をめぐって周知のような意見の対立を引き起こした︒この問題を一般的. に述べれば次のようになる︒すなわち︑違憲問題を提起された法律についてある解釈を採用すれば被告人は構成要件. に該当しなくなるという場合に︑まず当該法律の合憲性を確定し然る後に︵合憲な場合は︶構成要件該当性を判定す. るという審査の仕方をすべきか︑それとも︑構成要件不該当無罪として︑憲法判断を行わない︑という審査の方法を. とるべきかという間題である︒前者は︑憲法−法律ー法律の執行という法段階的な思考方法が基本に存するものと思. われる︒また︑後者の場合には訴訟に出された具体的事件の解決︑そのための準則としての法律あるいは更に憲法︑. という前者とは逆の方向での思考方法が強く働いているように思われる︒理論的には両者の思考方法は共に可能なわ. 四〇三. けであり結局はわが国の場合︑そのどちらがより必然性をもっているかという判断の差異によってその選択が左右さ 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(24) 違憲審査制と合憲解釈の問題. れることになるものと思われる︒この問題をこれまでの検討に即して簡単に考えてみよう︒. 四〇四. すでにみたように︑わが国における違憲審査の発想方法はほぼ合衆国における﹁文面上﹂の審査方法に相当してい. ると考えられるのであり︑合憲解釈︵制限的合憲解釈・適用違憲︶の場合でもそれが前提となっているように思わ. れる︒これはわが国における違憲審査の考え方が︑右に述べた前者の考え方をとっているということであると考えて. よいものと思われる︒このことはわが国においては2目臼凝の拒否の問題が余り生じないという点からもうかがわ. れる︒すなわち︑仮想的な違憲の適用の可能性を主張することを肯定する根拠の一つとして不正な法律によって処罰. されることの拒否という面があるわけであるが︑前者のような考え方の場合にはこの点が強く是認されることになる. わけで︑むしろ︑違憲の主張に関するの冨民5のの問題はほとんど起らなくなってしまうであろうからである︒更. に︑また︑わが国では適用違憲論が違憲判決ではなく︑限定的合憲解釈の一種として扱われているのもこのことを裏. づけているものと思われる︒すなわち︑前者のような段階的な思考方法からすれば︑法律は合憲な範囲内でのみ有効. なのであり︑違憲な部分は無効なのである︵限定的合憲解釈の場合には︑法律の文言に対して限定を加えることによ. って︑はみ出した部分については法律としての適用がなくなるようにする︶︒だが︑適用違憲論はこのような思考方法. には必ずしもそぐわないものである︒というのは︑この場合には法律の文言についての何らの限定も加えられず︑従. って︑違憲な部分もそのまま法律として存在しうることになるからである︵ただし︑先例拘束力の問題はある︶︒それ. にもかかわらずこれを限定的合憲解釈と同視するのはその実質的内容が余り変わらないということの他に︑わが国に. はこれまで適用の可分性とか﹁適用上﹂審査とかいったものがなかったからに他ならない︑ということなのではな.
(25) いかと思われる︒このようなわが国における違憲審査についての考え方からすればここでの判断回避問題について右. の後者のような態度をとるということは必ずしも適合的とは思われない︒実際︑恵庭判決は合憲判断を前提としてい. る︵後者の考え方からすれば︑回避されたにすぎないのであるが︶とか︑門前払いだ︵無罪判決であるから別に訴訟. 的には門前払いではないが︶とかの批判が出されたのはこのことを反映しているのだといえよう︒具体的事件性の要. 求とか︑当事者主義とかの訴訟制度は合衆国の違憲審査制度をそのまま導入しているにしても︑なお︑審査方法や法. 学的発想方法などにおいて︑異った面があるという点が留意されるべきであろう︒アメリカにおける制定法解釈にょ. る憲法判断回避の原則︵あるいはブランダイスの第七準則︶は合憲解釈という側面においては︑わが国の違憲審査の. 方法あるいは法学的思考方法による場合と同じ結果を持ち得たわけであるが︑判断回避という側面においては必ずし. ﹁註解日本国憲法㊦﹂一一二九・一二三三頁︒. もそうではないということが︑このような意見の対立を生み出していると考えてよいであろう︒ ω. ②芦部信喜﹁司法審査制の理念と機能﹂現代法第三巻三三四頁㈱一八では︑文面上審査された法律の無効は﹁いかなる人に︑ま. わが国における合憲解釈一般の問題と適用違憲論との関連については拙稿﹁合憲解釈についての若干の考察﹂早大法研論集. たはいかなる事情において︑適用されたとしても︑違憲的な結果が生ずるだろう﹂という趣旨に解すべぎであるとしている︒ 九号一二一頁以下︒. これについては一の注ωおよび⑪参照︒. ⑥ ω. これについ て は 一 の 注 ⑬ 参 照 ︒. ω一震Poマユ侍. 四〇五. 奥平康弘﹁表現の自由﹂日本国憲法体系七巻八三頁︑同﹁最近の合衆国最高裁判所をめぐる論議について﹂東大社研一五周. bマoooo−ooO℃一〇7一〇ド. ㈲. ⑤. ω. 違憲審査制と合憲解釈の間題.
(26) 違憲審査制と合憲解釈の問題 年記念・社会科学の基本問題㊦四三六頁参照︒. 四〇六. ⑧ 芦部信喜﹁公務員の政治活動禁止の違憲性ーいわゆる猿払事件第一審判決について﹂判例時報判例評論一一四号一五頁︒. 果を正当化するためにあれこれの公式︵適用の可分性についての公式︶を利用している﹂とする︒なお︑一の注⑬参照︒. ⑨ω什震P8●9rマ一8では︑﹁最高裁は︑何らかの他の理由の故にそれ︵最高裁︶にとって望ましいと思われるような諸結. 芦部・前掲書・憲法の現代的課題三三四頁以下︒. ⑩ 伊藤正己﹁言論・出版の自由﹂三二頁以下参照︒ ⑪. のように述べられている︒すなわち︑憲法判断を回避するために選択されるべき解釈は制定法についての通常の解釈基準から. ⑫Z9ρωβ鷺oヨOOOG答一嘗R鷺09はOP亀ωけ讐暮窃8>︿O箆OO昌ω二言菖Oβ巴Uo9巴O昌潮O℃.9〜℃マ象㌣O田︒ここでは次. のカが強ければ強いほど︑結果とし. て得られる厳格解釈は制定法についての通常の解釈基準によって得られるものと乖離する︒90判決やダウド判決︑デニス判. 導き出されるものでなければならない︒しかし︑8昌の江εユ8巴oε9江8︵違憲性?︶. 時国︒前掲書ω・㊦・ジュリスト三二六号八四頁︑三二七号九三頁以下参照︒. 決はその実例である︒. ⑬. ⑬ 多くの判例がこれにあたると思われる︒横田・前掲書六七一頁以下参照︒. 浮o>くo凶α僧ロ80賄Ooロω詠ε二〇昌巴一の象①ω讐一8一ω仁マ9.閑o<︒お博①一ふω.. a賃8詳ω鼠ε8蔓冒8壱お9ユo昌きユ ⑮ 前注ω参照︒なお︑一WR昌巽90Pgf℃ヤ鵠oo占8 白o≡ロ讐oP鼠8匡ロ凶曾︿︒o. 昌ζ瑛件震.の∪8#言①凶口帥ロ>9凶く凶鴇国﹃帥︸ooO国巽<︒い■閑o︿﹄O卜︵一〇〇刈︶●. oど 題としてはたとえば︑Z99男o血醇包Oo自$︑9眉8葺oロ9q拐9二〇αO器ωユo拐900冨霊い四薫︾&Oo一●戸国o︿﹄誤︵一漣o. ⑯ 時国・前掲書・ジュリスト三二六号八二・八三頁︑三二七号九五・九六頁︒ωoヨ貰90マ息fマNお・なお︑より一般的な問. Zoけρ岡亀R巴ーρ5ω菖o昌>冨富具一〇員一島二8司﹃. ⑬ 伊藤・前掲書二一三頁以下参照︒. ㈲閑o些〜q且件aω寅梓oρも00麻d●ψ鳶O︵一〇宅︶旧︸切o良Z ヨa.︑一〇ぎΩo一ρ且.o窯oヨo冨o玲 ≦oB巷o楠コo器ξo... ⑱20妻属o詩目目窃09〜ω三一一奉pωおq・ω﹄置︵お窪︶︒.
(27) く︒︾窪o言o鴇O①口o﹃巴. ooooooq●ω●亀oo︵一〇①①︶・ oS● ooo N−o ℃マo. 芦部・前掲書・憲法の現代的課題三一二頁以下︑有倉遼吉﹁違憲立法審査権と裁判所﹂法律時報三九巻九号五六頁以下︑. ⑳︺20冨℃↓げo固おけ︾ヨ①ロ自ヨo馨Oくo﹃再$α浮Uoo#ぼρoマ息け. ⑳. の他︑大須賀明﹁違憲立法審査権﹂法律時報四一巻五号一五四頁所掲の諸論文参照︒. む す び. はなはだ概括的で散漫な検討に終ってしまったが︑最後に以下の問題を補足的に指摘しておきたい︒すなわち︑た. とえば﹁合憲解釈﹂といった同じような問題についても︑わが国と合衆国とでは理論的な把握のされ方が大分異って. くる場合があるということである︒合衆国においてはこの問題は具体的事件の解決と憲法問題の回避という原理とし. そ. て把握される︒すなわち︑すでにみたようにこの原理は︑裁判官が本件に適用される場合に法律は違憲であるという. 心証を得た場合には︑違憲とならないような主張を単に選択するということ以上には出ていない︒しかし︑わが国に. おける合憲解釈の発展をみると︑ほとんどの場合︑裁判官が何らかの憲法上の基準を定立し︑それによって法律を限. 定してゆく︵その基準自体の当否はともかくとして︶という形をとっている︒この点は︑どちらかと言えばドイッに の おける考え方と共通して︑﹁憲法に合せて﹂法律を解釈しているといえるのではないかと思われる︒合衆国において. も何らかの基本的人権についての準則に則して厳格解釈を行うという傾向があるわけで︑この点は︑わが国における. 問題と共通したものがみられるということはすでにみた通りである︒しかし︑これは表現の自由などに関して︑もと. 四〇七. もと﹁文面上﹂審査されるべきであるという考え方が前提となっている場合であると思われ︑その意味では基本的な 違憲審査制と合憲解釈の問題.
(28) 違憲審査制と合憲解釈の問題. 四〇八. 考え方からしてわが国と共通にしている場合なのである︒合衆国における憲法問題回避のための制定法解釈の原理. ︵あるいはブランダイスの第七準則︶が︑わが国の﹁合憲解釈﹂として受容されているように一見みえながらもいわ. ゆる﹁判断回避﹂の問題になると︑わが国において多くの反対を受けるというのはこのためである︒このようなわけ. で︑判断回避の問題でもわが国の実情に即した理論づけが要求されているわけである︒なお︑この判断回避とか適用. 違憲論とかが今後受け入れられるとしたら︑それは合衆国における伝統的な審査方法についての考え方をとり入れる. ということになるわけであるが︑その場合には︑同時にたとえばω貫区邑oq︵わが国におけるような訟訴提起のため. の原告適格ということではなく︑違憲の主張をする適格性という意味での︶の間題が付随的に生じてくるかもしれな. いわけである︒従ってたとえば判断回避とか︑適用違憲などの問題をわが国に導入する場合には︑その周辺を含めて. より全体的にわが国における違憲審査制の問題として理論化する必要があるように思われる︒. ﹁﹃憲法に適合する解釈﹄について﹂立命館法学一九七二年五・六号︑広沢民生﹁﹃西ドイツ﹄における合憲解釈論の位相﹂早. ω ドイッにおける合憲解釈に関しては︑阿部照哉﹁法律の合憲解釈とその限界﹂法学論叢九〇巻一・二・三合併号︑大西芳雄. 大法研論集九号など︒ただ︑この場合には逆に︑制度が大きく異っているために違憲立法審査についての制度全体の中での位. 置づけが異ったものとなるであろう︒なお︑合衆国における文面上審査も︑実際には︑宣言的判決︑差止命令︑州の裁判権に の点については捨象せざるを得なかった︒別の機会に検討してみたい︒. 対する自制などとの関連を無視しては論じ得ないということは留意されねばならない︒ただ︑本稿では紙数の関係上︑これら. ︵一九七三年一〇月︶.
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