著者 小池 昭史
発行年 2013‑06
出版者 静岡大学
URL http://doi.org/10.14945/00007924
高集積マルチカラム電子線装置に向けた フィールドエミッションマイクロカラムの
開発に関する研究
平成 25 年 6 月
静岡大学創造科学技術大学院 ナノビジョン工学専攻
三村研究室
小池 昭史
目 次
第1章 序論 1
1.1 本研究の背景と目的 . . . 1
1.2 本論文の概要 . . . 8
参考文献 9 第2章 マイクロカラムに関わる技術とフィールドエミッタ応用 11 2.1 はじめに . . . 11
2.2 電子放出の原理 . . . 11
2.2.1 熱電子放出 . . . 11
2.2.2 電界放出 . . . 12
2.2.3 光電子放出 . . . 13
2.2.4 2次電子放出 . . . 14
2.3 電界放出陰極 . . . 16
2.3.1 スピント型エミッタ . . . 17
2.3.2 CNTエミッタ . . . 17
2.3.3 シリコンエミッタ . . . 18
2.4 電子光学系. . . 19
2.4.1 静電レンズの原理 . . . 19
2.4.2 収差理論 . . . 21
2.4.3 球面面収差 . . . 21
2.4.4 色収差 . . . 22
2.4.5 回折収差 . . . 22
目 次 2
2.5 フィールドエミッションマイクロカラムの意義 . . . 23
2.6 フィールドエミッションマイクロカラムの技術的課題 . . . 24
2.7 結言 . . . 28
参考文献 29 第3章 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム 31 3.1 はじめに . . . 31
3.2 デバイス設計 . . . 31
3.3 デバイス作製 . . . 35
3.4 デバイス特性評価 . . . 44
3.4.1 蛍光体によるビームスポット測定 . . . 45
3.4.2 スリットスイープ法によるビームプロファイリング . . . 47
3.4.3 EB露光によるビームプロファイリング . . . 49
3.5 結言 . . . 53
第4章 5段ゲート型アインツェルマイクロカラムの解析 55 4.1 はじめに . . . 55
4.2 実軌道計算による解析 . . . 55
4.3 レンズ特性の理論計算 . . . 57
4.4 結言 . . . 60
参考文献 62 第5章 4段ゲート型低収差マイクロカラム 63 5.1 はじめに . . . 63
5.2 デバイス設計 . . . 63
5.2.1 レンズ部に要求されるスペックの見積り . . . 63
5.2.2 電子銃部の設計. . . 69
5.3 デバイス作製 . . . 75
5.4 デバイス特性評価 . . . 79
5.4.1 エミッション特性 . . . 80
5.4.2 電子低速化特性. . . 80
5.4.3 平行化特性 . . . 81
5.4.4 プローブ径測定. . . 83
5.4.5 平行ビーム特性. . . 83
5.4.6 収束特性 . . . 84
5.4.7 レンズ特性 . . . 85
5.5 結言 . . . 87
参考文献 89 第6章 総論 90 6.1 本研究の成果 . . . 90
6.2 本研究の将来展望 . . . 92
付 録A ウェネルト電極の提案 94 A.1 はじめに . . . 94
A.2 ウェネルト電極の設計と性能見積り . . . 94
A.3 ウェネルト電極の最適構造設計 . . . 96
A.3.1 引き出し電極の最適構造設計 . . . 98
A.4 デバイス評価 . . . 101
A.4.1 エミッション特性の測定 . . . 101
A.4.2 スリットスイープ法によるビーム放射角の評価 . . . 102
A.5 結言 . . . 105
付 録B etch-backプロセスに対応したデバイス設計手法 107
付 録C 多段電極の駆動電圧条件決定手法 110
謝 辞 114
1
第 1 章
序論
1.1 本研究の背景と目的
微小電子源は従来広く用いられてきたタングステン電子源を高機能化して置き換える 技術として期待されている。特に、シリコンプロセス等を用いた微細加工による2次元 的配置を実現できる電子源技術は、単一電子源で大面積を走査するような電子顕微鏡や電 子線描画等のアプリケーションのスループットを大幅に向上させる電子源として有望視 されている。電子線を応用する技術は古く、1860年頃からヒットルフ・ガイスラーによ り真空管を利用した実験で発見された。また、その後クルックスやトムソンにより荷電 粒子であることが実験的に証明されて以来(図1.1参照)、その特性を利用した機器が開発 され、150年ほど経った近年でもオーディオアンプや光源、更には分析装置、加工装置等 の産業装置で広く利用されている1)。これは電子線が原理的に優れていることを意味して おり、実際に電子は素粒子である3)ため質量や存在半径などは極めて小さく、現在の技術 で精密に制御できる物質の中では究極の位置分解能を実現することができる。また、他 物質は構造中に電子を必ず持つことからそれら物質との相互採用力が強く、エネルギー の授受が容易に起こることも電子線の強みである。現在のコンピュータの動作原理デバ イスとなっているトランジスタも古くは真空管であったことからも、その汎用性の高さ が伺える。また、電子を飛程させる特性上、電子線を利用する場合には真空デバイスと なるのが通常であるが、これも耐環境性を向上させる作用を担っており高温多湿の社会・
産業インフラや放射線の多い宇宙空間等にも対応可能なことがシステム全体の汎用性を 広げている。具体的な用途として身近なものでは、光源としては蛍光灯、やブラウン管
(CRT)テレビやプラズマディスプレイ4)、電子レンジ5)-等代表的な家電にも組み込まれて いる。産業用途では紫外線光源やX線管や高周波発生器6)、滅菌器、ゴム加工、電子線描 画装置(EB)、走査型電子線顕微鏡(SEM)、透過型電子線顕微鏡(TEM)、の電子照射源と して用いられている他、光電子増倍管7)や高感度撮像管8)等の特殊用途デバイスにも効率 的な光-電気変換技術として用いられている(図1.2参照)。
図1.1クルックス管による実験(文献2)より引用
図1.2光電子増倍管の原理(文献7)より引用)
また、近年ではディスプレイの薄型化が進んでおり、液晶やプラズマ、有機ELなどが 利用されているが、色再現性やコントラスト、応答速度では従来のブラウン管に比べると 劣っている点が各々のデバイスに存在する。そこで、それらの問題を解決するための手 法としてCRTの原理をそのままに薄型化を可能とするフィールドエミッションディスプ
レイ(FED)が考案され、原理技術の研究開発が行われている9)。FEDではCRTと違い冷
陰極を用い、更に偏向コイルを取り払えるのが特徴的で画素数分の電子源を並べても低 消費電力を実現できる(図1.3参照)。FED用電子源の最大の技術課題は電子ビームを蛍
第1章 序論 3
光体面において電子源毎に画素サイズに収束させる技術であり、これが本論文の中心議 題でもある。
図1.3フィールドエミッションディスプレイ(文献9)より引用)
ディスプレイの他にもピクセル状の電子源を開発できることにより恩恵を受ける産業 は多数ある。中でも代表的なものは、現代のエレクトロニクスを支える技術であるシリ コンデバイス製造に関するものである。真空管トランジスタから半導体トランジスタへ 変遷して以来、ほぼすべての電子デバイスはシリコン半導体トランジスタを用いており、
利用規模、産業規模共に最大級となっている。有名なムーアの法則によると、半導体の集 積密度は18〜24カ月で倍増し、チップは処理能力が倍になってもさらに小型化が進むと されている。この法則によれば、半導体の性能は指数関数的に向上するが、実際には、集 積密度の向上ペースは鈍化している。しかし、「集積密度」を「性能向上」に置き換える ことで、法則は現在でも成立しているとされている。その集積密度向上の原動力となっ ているのが、リソグラフィ技術である。LSIチップ製造では数百もの工程を経るが、微細 パターンを形成するリソグラフィ工程は、先端LSIチップコストの 5割程度を占めると いわれており、LSIの多機能化、高性能化、大容量化を支えている10)。リソグラフィ技術 は当初、マスクと試料を接触させて行うコンタクト露光が主流であったが、パターンの微 細化に伴い1:1投影露光、g線(436nm)ステッパ、i(365nm)線ステッパ、Krf(248nm)
ステッパ、KrFスキャナ、ArF(193nm)スキャナと発展してきた11)。その中で解像度向上 のための主な技術は短波長化と投影レンズの高性能化(高NA化)であった。そして現在、
量産で使われている先端リソグラフィ技術は、ArF液浸露光技術である。液浸露光技術 は、図1.4のように半導体露光装置のレンズとシリコンウエハの間を純粋で満たし、空気 よりも高い屈折率(超純水の屈折率:1.33)の領域で露光を行う技術である。これにより、
空気中で露光を行うよりも高精細なパターンの露光が可能となる。
図1.4液浸露光の模式図
図 1.5 に ORTC(Overall Roadmap Technology Characteristics) の ITRS (International Technology Roadmap for Semiconductors) Technology Trend Targetでのリソグラフィへ の要求を示す11)。 図1.5はリソグラフィへの要求を進めている代表的な3つのデバイス タイプ(1)DRAMハーフピッチ、(2)MPU/ASICの配線ハーフピッチ、(3)Flashのハーフ ピッチで示している。この表によると、今後3年ごとにシリコンサイクルを繰り返し、
2017年には現在まだ研究段階である次世代リソグラフィへの移行が要求される。
第1章 序論 5
図1.5 ITRSのリソグラフィ技術に関する要求(文献12)より引用)
この急速なハーフピッチの縮小ペースを維持するためには、現在の光リソグラフィ技 術を改良し延命するための課題の解決と並行して、次世代リソグラフィ(Next Generation
Lithography: NGL)技術を開発することが要求される。従来型の製造技術が活用できる
NGLとしては光リソグラフィの延長であり極めて短波長の超紫外線を光源として用いる Extreme Ultraviolet Lithography (EUVL)や、DVD-ROMなどの製法と同様の金型とプレ ス技術で微細構造を加工するナノインプリンティングが挙げられている。しかし、どち らもパターン形成のためにはEBによるレチクル(マスクパターン)作成が必要なため、
ウェハの大面積化とパターニングの微細化に伴い高コスト化が問題となっているCost of
Ownership(CoO)の問題は解決できない。そこで、光源に根本的な技術革新が要求され
るがこれら問題を全て解決できるML2(Mask Less Lithography)に注目が集まっている。
ML2は電子線により、マスクを介さず直接シリコンウエハに露光する技術である。その
ためマスク製造にかかるコストと、それに伴うマスクによるパターニングエラーのリスク を回避することが可能となる。また、電子ビームのプローブ面積が露光面積となるため、
数nmの微細パターン描画が可能である。しかしながら、現存の単一電子源を用いてパ ターンニングを行った場合、その微細化に伴う描画時間の増大が実用化の障害となって いる。そのため、現存のML2装置は主に半導体用レチクルの作製、プロトタイピング向 けのニッチな用途、トランジスタ開発、少量の特定用途向け集積回路生産に用いられてい る。本来の目的を実現する装置とするためには、電子線による直接描画技術の高スルー プット化というブレイクスルーが必要である。ここ数年の間に欧州、米国において、この 課題に取り組んだ研究開発が進んでおり、スループット10ウェハ/時以上を目指したマ ルチ電子ビーム方式の描画技術の実現を目指す動きがある。1つはProjection Mask-less Lithography(PLM2)であり、20×20mm2のプレートに独立して設置された8×8µm2、 40µmピッチのアパーチャーのオン・オフを制御することで290,000本のマルチ電子ビー ムを実現し、それを絞ってサンプルへ投影することでスループットの高いML2を実現し ようとするものである(図1.6参照)。このアパーチャープレートシステムで現在、数十 nmのハーフピッチを実現している。しかしながらこのシステムは20×20mm2のマル チビームを1/200で結像するため、ワンショットの面積が10×10µm2 と非常に小さく、
300mm角ウェハ1枚の露光に1日間を要する。そのため露光面積の大面積化が求められ
るが、電子ビームソースを均一な電子密度を保ったまま大面積化することや、レンズ系を 小型化することが困難であるため、今後の実用化を目指すにはそれらの課題をクリアす る必要がある。12)–14)
第1章 序論 7
図1.6 PML2の概略図(IMF Nanofabricationより引用)
もう1つの候補技術としてマルチマイクロカラムシステムがある。これは複数の独立 した電子源から電子ビームを放出するものである。図1.7に示すように、それぞれの電子 源とカラムが一体となっており、各カラムにMEMSによるブランキング、偏向システム を備えている。また、カラムピッチが数cmと離れているため、電子ビーム間の相互作用 を回避することが可能である。しかしこのシステムは、カラムサイズが非常に小さいた め光軸のアライメントが困難であり、またカラムピッチが数cmであるためアレイ状に配 列したとしても露光スピードは数百倍になる程度であり、劇的なスループットの向上は 見込めないなど、解決すべき課題は多い15)。
図1.7マイクロカラムの模式図(文献15)より引用)
これらのことから電子源の高集積化と電子源毎のビーム収束が今後の電子線利用アプ リケーションが要求する機能であると同時に、最大の技術課題である。
1.2 本論文の概要
本論文では前節で述べた問題について一つの解になると思われる電子源と収束レンズ 機構を一体で製造可能なデバイスであるフィールドエミッションマイクロカラムについ て論じる。第2章ではフィールドエミッションマイクロカラムの原理と技術について述 べる。電界電子放出を利用したフィールドエミッタの動作原理と、エミッタの紹介、電 子光学系の原理と電子ビーム収束に関わる収差について述べる。またフィールドエミッ ションマイクロカラムの意義とこれまでの研究開発より導かれる解決すべき課題につい て述べる。第3章では5段ゲートマイクロカラムの設計・作成・評価・解析とそこから得 られた問題点について述べる。問題解決のために必要な技術とその実現可能性について も言及する。第4章では5段ゲートマイクロカラムの問題点を改良した電極構造最適型 マイクロカラムの設計・作成・評価について述べる。これにより得られた知見と更に解決 すべき課題についてまとめる。第5章は本論文の総括とフィールドエミッションマイク ロカラムの今後の展望について述べる。
9
参考文献
1) 青柳 泰司, “電子管の歴史”,オーム社(1987/11), ISBN-10: 4274031683.
2) 高田 健次郎, “わかりやすい量子力学入門 −− 原子の世界の謎を解く”,丸善 3) 南部 陽一郎,“クォーク 第2版”,ブルーバックス.
4) 次世代PDP開発センター,“トコトンやさしいプラズマディスプレイの本 (B&Tブッ クス―今日からモノ知りシリーズ)”,日刊工業新聞社.
5) G.B.Collins, Microwave magnetrons , McGraw-Hill Book Co.
6) 岡本 正, 国立科学博物館 技術の系統化調査報告 第8集 ,独立行政法人 国立科学 博物館, 2007/3.
7) 浜松ホトニクス: 光電子増倍管その基礎と応用 ,https://www.hamamatsu.com/
resources/pdf/etd/PMT handbook v3aJ.pdf窶(2013/3).
8) 谷岡: “” 超高感度HARP撮像管の研究開発とその応用“”、平成18年度技研公開研 究発表予稿集、p6- 15(2006).
9) 三村秀典, 原和彦,川人祥二,青木徹,廣本宣久“”ナノビジョンサイエンス“”, コロナ 社(2009/4), ISBN:978-4-339-00804-3.
10) 古室昌徳 まだまだ続く半導体の微細化 , (NEDO海外レポート, 2008).
11) 森一郎,東木達彦 先端リソグラフィ技術の課題と革新 , (東芝レビュー, 2004).
12) ITRS 2009 Edition (JEITA訳).
13) S.Eder-Kapl, E.Haugeneder, H.Langfischer, K.Reimer, J.Eichholz, M.Witt, Hans- Joachim Doering, J.Heinitz, C.Brandstaetter: Microelectronic Engineering 83 (2006).
14) C.Kleim, E.Platzgummer, H.Loechner, G.Gross: SPIE Nwesroom 10.1117/2.1200802.1026 (2008).
15) E.Platzgummer, H.Loeschner, G.Gross: J.Vac. Sci. Technol. B 26(6),Nov/Dec 2008.
16) E.Kratschmer, H.S.Kim, M.G.R.Thomson, K.Y.Lee, S.A.Rishton, M.L.Yu,
S.Zolgharnain, B.W.Hussey, T.H.P.Chang: J. Vac. Sci. Technol. B 14(6),Nov/Dec 1996.
11
第 2 章
マイクロカラムに関わる技術と フィールドエミッタ応用
2.1 はじめに
本章では静電レンズ一体型エミッタの動作原理である、微小電子源の電界電子放出現 象の原理や、現在開発されている様々な微小電子源について述べる。また、従来報告され ている2種類の集束電極付き電界電子放出陰極についても説明する。
2.2 電子放出の原理
真空中の電子の働きを利用する電子管においては、固体表面に近い伝導帯にある自由 電子に、界面の位置エネルギー障壁に打ち勝つだけのエネルギーを与えなければならな い。このような手法で物体から電子が放出することを電子放出という。外部エネルギー を利用する方法で実用されている方法は以下の3つである。
2.2.1 熱電子放出
物質を加熱し、温度を1500〜2400Kまで上昇させると、伝導帯の自由電子がエネル ギーを得る。その増加分のエネルギーが仕事関数以上となると電子は表面のポテンシャ ル障壁を超えて放出される(図2.1)。このような電子を熱電子とよび、多くの電子管では この方式が用いられる。特に熱的、機械的に強い構造で安定して大電流を放出させたい
場合などに簡単に実現できるためにX線管はほとんどがこの手法である。しかしながら、
放射時に電子の持つエネルギーは励起前の準位により電子毎にバラバラになるため、初 期エネルギー(初速度)に大きな広がりを持つ。電子線顕微鏡等の電子光学系によって電 子ビームを収束して小さいプローブ径を実現したい場合には、このエネルギー差により 収差(色収差)が大きくなることから、解像度の限界を決める要因となってしまう。
図2.1熱電子放出のエネルギーバンド図
2.2.2 電界放出
電子を放出する物質の表面近くに強電界空間を形成しておき、固体表面から数ナノメー トルの間にポテンシャル障壁がフェルミ準位よりも低くなるような環境を作ると、固体 内部電子の真空界面における存在確率に比例した量の電子が放出される(図2.2)。ポテン シャル障壁を透過する電子の存在確率自体は少ないが、この現象に寄与する電子数が極 めて多いため、大電流の取り出しも可能である。他の電子放出原理と根本的に異なって いるのは、放出される電子はフェルミ準位近傍に存在するため、放出初期エネルギーはほ ぼフェルミ準位程度になることを意味しており、電子毎のエネルギーのバラつきが極端 に小さくなる点である。よって空間分解能を左右する色収差の原理的要因を解消するこ とができるため、電子線アプリケーションにおいては電子光学系への負荷も小さくなり、
第2章 マイクロカラムに関わる技術とフィールドエミッタ応用 13
システムの簡素化や小型化が可能となるため、高解像度の卓上の電子線顕微鏡などを実 現可能である。
図2.2電界放出のエネルギーバンド図
2.2.3 光電子放出
物体に光が照射されると、光子の持つエネルギーが電子に与えられる。図2.3に示すよ うにこの電子のエネルギーが表面の仕事関数より大きくなると電子が放出される。この ような電子を光電子と呼ぶ。薄膜化したデバイスに裏面から光を当てて表側から電子を 取り出すデバイスなどが考案され開発されている。近年では光ファイバで任意の場所に 光源を配置することが可能になってきており、それを活用した電子線描画装置の電子源 なども登場している。
図2.3光電子放出のエネルギーバンド図
2.2.4 2 次電子放出
物質に高速度の電子を衝突させると、その運動エネルギーが物質内の電子に与えられ、
その表面から電子を放出する。この時、入射する電子を1次電子、放射される電子を2次 電子と呼ぶ。例えば155eVの電子が入射した時、対象物体の構造や材料の特性に依存し た一定の確率分布に従ったエネルギーの2次電子が放出される(図2.4)。SEMの観測原 理として利用されており、各位置での2次電子放出量を検出してそれを画像化すること で画像を得ている。また、光電子増倍管も2次電子放出の原理を利用して多段構造とし 徐々に加速電圧を上げていくことで最終的には元信号の数万〜数百万倍になるように増 幅を行なっている。
第2章 マイクロカラムに関わる技術とフィールドエミッタ応用 15
図2.4 2次電子放出のエネルギー分布
本論文にて議論するマイクロカラムではエネルギーばらつきの小ささなどの特徴から、
電界放出方式を採用するため、以下にその理論を示す。電流密度はFowler-Nordheimの 式と呼ばれる(2.1)式で与えられる。ここでは簡略化のため、無限金属平面からの電界電 子放出現象の場合を扱う1)。
j=e
∫ ∞
0
N(W)D(W)dW· · · ·(2.1) ここでWは固体内の電子エネルギー、N (W)は固体内の電子密度分布、D (W)は表面ポ テンシャル障壁を電子が透過する確率である。金属内の電子分布(フェルミ分布)と透過 確率を計算して求められる電流-電界の関係は(2.2)式で与えられる。
j= e3E2 8πhφt2(y)exp
−8π√ 2m 3he
φ3/2 E ν(y)
· · · ·(2.2)
ここでEは電界強度、φは仕事関数、eは素電荷、hはプランク定数である。t2(y)とν(y) は鏡像力による補正項であり、次式で近似することができる。
y=
√ e3 4πε0
E1/2
φ · · · ·(2.3) t2(y)=1.1· · · ·(2.4) ν(y)=0.95−y2 · · · ·(2.5)
(2.2)式より、放出電流は仕事関数と電界強度に大きく依存することがわかる。実際の
電子放出では、表面での実効的な仕事関数はガス吸着などにより変化するため、仕事関 数の微妙な変動でも大きく変動することになる。実験で観測できるのは測定電圧Vと電 流Iであることを考慮し、 エミッション面積 Aと電界集中係数βを仮定すると I = A j
、E =βV となり、(2.2)式に代入することでI,Vの関数である(2.6)式を得られる。
I = aV2exp (−b
V )
· · · ·(2.6)
a= 1.4×10−6Aβ2
φ exp
(9.8 φ1/2 )
· · · ·(2.7)
b= −6.5×109φ3/2
β · · · ·(2.8) さらに(2.6)式を整理して(2.9)式を得る。
ln ( I
V2
)= −b
V +lna· · · ·(2.9) 測定データが電界放出によるものであれば、(2.9) 式の左辺を縦軸、1/Vを横軸に用い てプロットすると負の傾きを持つ直線となる。このプロットはF-Nプロットと呼ばれて おり、電界放出特性を示すときによく用いられる。また、F-Nプロットの傾きや切片から 電界集中係数や、仕事関数などの情報を得ることができる。
2.3 電界放出陰極
前節で述べたとおり、電界放出においては固体界面での電界強度が放出電流密度に比 例している。現在の電子線アプリケーションで電子源に求められるのは明るさ(電流量) が主な指標であり、できるだけ低い電界強度で電子放出ができることが重要なパラメータ となる。並行平板ではカソードとアノード間で電界は均一に分布するが、エミッタ形状 を先鋭化することで電界集中が起こり、より低い印加電圧で電界放出が起こることがわ かっている。そこで、できるだけ先端先鋭化をするために、近年ではカーボンナノチュー
ブ(CNT)や高度なシリコンプロセスを用いたエミッタ先鋭化の研究や、それらエミッタ
の2次元デバイス化などの研究が行われている。以下に代表的な例を挙げていく。
第2章 マイクロカラムに関わる技術とフィールドエミッタ応用 17
2.3.1 スピント型エミッタ
1968年にアメリカの研究者C.A.Spindtによって提案された電子源である2)。スピント 型エミッタの概略を図2.5に示す。基板となる半導体(Siなど)の上に絶縁層とゲート電 極を作製する。フォトリソグラフィとエッチングにより数µm程度のホールを形成した 後、基板全体を回転させながらアルミニウム(Al)を斜め蒸着して犠牲層とする。この犠 牲層は、後に形成するモリブデン膜の不要な部分を除去するために使用する。次に、エ ミッタ電極となるモリブデン(Mo)等を基板に垂直な方向から蒸着する。このとき、Mo は基板の縦方向のみならず、横方向にも成長が進み開口径が次第に小さくなる。最終的 に開口径は自己整合的に閉じて、基板上にはコーン形状のエミッタが形成される。最後 にAl犠牲層をエッチングすることによりゲート電極上の不要なMo膜を除去し完成とな る。この形状で電界放出を起こすのに必要な107V/mの電界を発生させるためには、30
〜80 V程の電圧をゲート電極に印加すればよい。この程度の電圧であれば、実用的にも 問題なく印加することができる。
図2.5スピント型エミッタ
2.3.2 CNT エミッタ
1991年、日本の飯島澄男によって発見されたグラファイトの構造体である3)。特徴と して、銅の1000倍以上の高電流密度耐性、銅の 10倍の高熱伝導特性、高機械強度など が挙げられるが、エミッタとして特に優れているのは図2.6に示すように高アスペクト比 (高さ/直径)を実現できる点であり、効率的な電界集中を起こす構造とすることができる
ことである。エミッタへの応用する研究も多数報告されており4)–6)、その製造方法に関す る研究も行われているが、均一性や安定性の面での課題は多い。
図2.6 CNTエミッタ
2.3.3 シリコンエミッタ
1990年にアメリカのHenry F. Grayにより特許化されたシリコンを用いた電子源であ る7)。スピント型との違いは、図2.7に示したように、LSIプロセスを利用してシリコン 基板をコーン形状に加工して作製したエミッタを形成できる点で、シリコン基板を用い るため、駆動回路や電界効果トランジスタ(MOSFET)を同一基板上に作製し、機能性を 有した新しい電子源を開発することが期待できるのが特徴である8)。シリコンエミッタは 寿命や、電子源自体の放射電流が不安定という問題があったが、現在ではHfC (Hafnium
Carbide)をエミッタに被覆することにより、長寿命化、放射電流の安定化を図ることがで
きる9)–12)。またa-Si (amorphous Silicon)とHfCを用いてエミッタを形成し、TFT (Thin
Film Transistor)を組み込むことにより、放射電流量を制御できると報告されている13), 14)。
図2.7シリコンエミッタ
第2章 マイクロカラムに関わる技術とフィールドエミッタ応用 19
2.4 電子光学系
先鋭化したエミッタから放射された電子はその形状から等電位線が同心円状に形成さ れるため、放出された電子もそれに従い発散する。一方で、電子顕微鏡や電子線解析装置 などの電子線を利用するアプリケーションでは高解像化のため電界や磁界を用いた電子 光学系により電子ビームの広がりを小さくのが普通である。よって、前節で紹介した微 小電子源においても、従来の電子源構造に集束電極を設け、集束電極に低い電圧を印加 することで電子ビームを集束させる構造が報告されている15)–28)。2次元化を想定した微 小電子源では磁界レンズを局所的に発生させるのは技術的に困難であるため、電界レン ズ(特に静電レンズ)のみで電子ビームを収束させる必要がある。以下に、静電レンズの 原理と現在報告されている収束電極付き電界放出陰極の例を述べる。
2.4.1 静電レンズの原理
荷電粒子を長い距離輸送するとき、多くの領域では等電位空間であり、荷電粒子を集束 させる静電レンズの部分において局部的に電界を加えるのが普通である。ここでは図2.8 のように円筒状の電極2枚よりなる二重開孔レンズについて説明する。電極1および電 極2の間にはそれらの電位差V1−V2 により強い電界が発生するが、電極から離れた軸上 近傍では無電界空間に浸み出して図2.9 に示すような左右対称の等電位線分布形状とな る29)。加速電界ではV1 <V2、減速電界ではV1 >V2 である。図2.9において、荷電粒子 が半径r0の軌道を左から右へ進ものとする。また、このときの電極の電位は図2.8(a)の ように荷電粒子が加速する状態であるとする。電極1側ではz方向の速度が遅く、電極 2側でz方向の速度が速くなることを意味する。荷電粒子に働く力は電界によるものであ り、電界が等電位線に対して垂直の方向であることを考慮すると、電極1側では中心軸方 向に向かう力(集束性)が加わり、電極2側では中心軸と反対の向きへの力(発散性)が加 わる。荷電粒子の軌道はz方向の速度が遅い時ほどr方向の傾きが大きく変化するから、
電極1側の集束力が電極2側の発散力を上まわり、レンズ全体の効果として集束性を示 すことになる。図2.8(b)の電極の電位が荷電粒子を減速する状態であるときも、速度が 遅い時に集束性、速度が速い時に発散性の力が働くので、総合的には集束性のレンズと なる。
(a) (b)
図2.8
二重開孔レンズにおける電子軌道:(a)加速電界 (V1 < V2)の場合(b)減速電 界(V1>V2)の場合
図2.9二重開孔レンズの電界ベクトル
第2章 マイクロカラムに関わる技術とフィールドエミッタ応用 21
2.4.2 収差理論
収差には大きく球面収差、色収差、回折収差がある。SEMの電子プローブ径dを幾何 学的に評価する場合、近軸軌道のみから導かれる簡略化式(4.2)式で表す事ができる30)。 これは、SEMではアパーチャーにより放射角の大きい成分をすべて遮断して理論計算が 可能な条件を再現しているためである。よって実際に電子プローブに寄与する放射電流 は全体の1%未満である。(2.10)式においてCsは球面収差係数、Ccは色収差係数でレン ズの構造に依存する。αは試料面でのビームの入射角、Eは加速電圧、δEは電子のエネ ルギー幅、λは電子の波長をそれぞれ示している。
d =
√
(MdS)2+(0.5C sα3)2+(
CcαδE E
)2
+
(0.61λ α
)2
· · · ·(2.10)
ここで第1項は電子源サイズdSとレンズ系全体による総合倍率Mにより一義的に決ま り、第2、3、4項はそれぞれ球面収差、色収差、回折収差によるビームの広がりを示して いる。以下に各収差の意味とフィールドエミッションマイクロカラムにおける振る舞い を示す。
2.4.3 球面面収差
図2.10 に示すように、静電レンズで形成されるのは完全球面レンズとなるので、その 焦点距離はレンズ内における電子の位置によって異なる。これにより焦点面でボケが生 じる。レンズ内における電子位置は電子源からの放出角に依存しており、フィールドエ ミッションの場合には電界集中をさせる都合上、先鋭化されているため電界形状が先端 半径を中心に同心円上に広がるために大きな放射角を持つことになる。このため、球面 収差をいかに抑えるかがフィールドエミッションマイクロカラムの重要な課題となる。
図2.10球面収差の概念図
2.4.4 色収差
図2.11 に示すようにレンズ内における位置が同じでも電子のエネルギー(E)が異なる 場合には焦点距離が変わる。電子源でのエネルギーのバラつきが主にこのパラメータを 支配しており、フィールドエミッションの原理を用いる場合にはエネルギーばらつきは 理想に近いため、球面収差と比較するとほとんど無視できる。
図2.11色収差の概念図
2.4.5 回折収差
電子の回折現象に起因し生じるもので、電子の波長(λ)と物面における開き角(α)に依 存する。フィールドエミッションマイクロカラムにおいては対物レンズを対象物直前に おいて縮小系を組むことが困難であるため、拡大系となり開き角が非常に小さくなるた め収差自体は大きくなってしまう。よって、物面での電子エネルギーを大きくするか、集 光しない並行ビームの条件を作り出す必要がある。なお、波動性を強調するために波長
第2章 マイクロカラムに関わる技術とフィールドエミッタ応用 23
(λ)を用いたが色収差で記述したエネルギー(E)と物理量としては同じである。
図2.12回折収差の概念図
理論的にはこれら 3つの収差の複合により電子プローブ径が決定されるが、実際の フィールドエミッションマイクロカラムでは近軸軌道以外の成分も多く含まれるため 各々の高次の収差が発生する。よって、理論値は設計や利用条件の目安程度となると推 測される。
2.5 フィールドエミッションマイクロカラムの意義
第1章で述べたように、電子源の 2次元化が可能なフィールドエミッションマイクロ カラムは次世代リソグラフィ技術への応用や、高スループットの電子線顕微鏡への応用 の可能性があり、他の手法ではできない優位性を持っている。しかし、電子源や電子光 学系の視点で見た場合には必ずしも優れているわけではなく、構造上の制限も多い。そ れでもなおこの技術が本質的に優れる点として有望視されているのはマイクロメートル サイズの電子源集積化と電子光学系の大幅な短距離化の可能性である。従来の光学系は その半径が数cm〜数十cmであったため、収差係数は小さくてもcmオーダーであった。
よって100nm以下の電子プローブ径を得るためには縮小系以外は考えられず、磁界レン
ズなども導入した大掛かりな装置となり筐体も1m級となっていた。一方でフィールド エミッションマイクロカラムでは電子源直上にレンズ系を構築するためにその半径は大 きくてもマイクロメートルオーダーとなる。すると光学系の縮小則により収差係数もマ イクロメートル程度となり、従来の1/1000以下を実現可能である。これにより対物レン ズなどがなくても充分な電子プローブ径を得られる可能性が示唆されており、装置の大 幅な簡素化と自由度の高い設計が可能となることから用途も広がると考えられる。また、
我々の製造手法における電子光学系構築の最大の特徴は光軸のセルフアライメント31)で
あり、機械的調整が不要となることから、機械的経年劣化や外的な振動によるメンテナ ンスから開放されるほか、除振動機構も不要になり装置コストを大幅に下げることがで きる。
2.6 フィールドエミッションマイクロカラムの技術的課題
本節では、これまでの研究開発の概要と得られた結果と知見を述べ、なぜ本論文で論じ る低収差フィールドエミッションマイクロカラムの研究開発に至ったかを述べる。実際 の装置に利用できるマイクロカラムが目標とする最優先事項は、リソグラフィの場合に はレジストを感光できる、SEMの場合には検出可能な量の2次電子放出を可能とするだ けの電流密度(電流量)を実現することである。なお、その電子プローブ径は100nm以下 を実現する必要がある。また、電子光学系の機能として焦点距離調節が必要であるため、
クロスオーバーを観測することが性能評価をする上で必須の条件となる。通常のフィー ルドエミッタでの電界放出は既に確立した技術であるので、我々はそれに電子線収束機 能を付加した2段ゲート型フィールドエミッタを作成した。図2.13に示すような構造と なっており、収束電極(G1)と引き出し電極(EX)間が減速電界となるような電圧印加条 件で駆動すると収束作用を実現できる。しかし、この構造では収束電極の減速電界がエ ミッタ先端に影響を及ぼし、放射電流量が大幅に減少するという問題があった。図2.14 に示すように、収束動作を行うことでアノード面の蛍光体の発光領域が大幅に縮小化す るが、同時にアノードに到達する電流量が2.4µAから30 nAと大幅に減少していること がわかる。また、電子プローブ径も5mm程度あり目標値からは程遠い。
図2.13球従来の収束電極付き2段ゲート型エミッタ
第2章 マイクロカラムに関わる技術とフィールドエミッタ応用 25
(a) (b)
図2.14エミッションパターン: (a)収束動作なし(b)収束動作あり
そこで、我々は放射電流を維持し,かつ、収束動作が可能なエミッタを実現するため Volcano-structured 2段ゲート型エミッタを提案・試作した32)。図2.15に示すように、こ のエミッタでは収束電極G1を引き出し電極EXよりも低い位置に配置することでエミッ タ先端の電界強度低下を抑制可能としている点に特徴がある。
図2.15 Volcano-structured 2段ゲート型エミッタの断面SEM像
図2.16収束動作中の蛍光体上のスポット写真
この構造をこれまでと同様に蛍光体にて計測したところ、電流量の低減を1/2程度に 維持したままスポット径を100µm程度に抑えられることがわかった33)。しかし、この構 造においても強減速電界に伴い形成されるポテンシャル障壁により、しきい値的に電流 量が激減する点が存在してしまうことがわかり、クロスオーバー形成の為の強収束条件 下でアノードにおける電流を観測するのは不可能であることがわかった。この結果から、
収束動作時にチップ先端の高い電界強度を維持する事と同時に、ポテンシャルバリアを 形成しない事が重要であるという知見を得た。そこで、収束電極の代わりに、3極で構成 されるアインツェルレンズを構築する提案に至った。これまでの構造は光学系というよ りは単純な減速機能を持つ多段ゲート型エミッタであったが、ここで提案したのは、電子 光学系と電子源をマイクロサイズで同一基板内に作製したマイクロカラムである31)。実 際に試作した4段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラムの断面SEM像とレンズ部 分の機能概略図を図2.17に示す。エミッタに近い電極からEXゲート、G1ゲート、G2 ゲート、G3ゲートとする。それぞれ引き出し電極、加速電極、減速電極、加速電極の形 で使用し、加速レンズが同電位に設定されることでアインツェルレンズが実現される。
第2章 マイクロカラムに関わる技術とフィールドエミッタ応用 27
図2.17
4段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラムの断面SEM像とレンズ機能 概略図
図2.18収束動作中の蛍光体上のスポット径
図2.18に示したように、アノード電流の値から、4段ゲート型アインツェルレンズマ イクロカラムではポテンシャルバリアを形成せずにチップ先端の電界強度を維持したま ま収束動作を確認することに成功した。クロスオーバー観測のため、強収束条件を試みた
が、G1-G2間とG2-G3間の電位差が130 V以上になると層間絶縁膜の耐圧を超え、リー
ク電流が発生しデバイスが破壊されてしまった。また、図2.18より、収束動作時には中 心部分のビームは収束されているが、その周辺にも薄い発光領域が存在し、強収束条件 で周辺部分がより明るくなっている事がわかる。これは前節で述べた収差の影響であり、
より小さい電子プローブ径を得るためには、電子光学系部分の最適化が必要であるとい う知見を得た。
2.7 結言
現存する電子源のそれぞれのメリットとデメリットをまとめ、エネルギーばらつきの 小ささから原理的にマイクロカラム応用に優位性があると予測されるフィールドエミッ タについてその理論を確認した。また、電子プローブ径を決定する収差についてもその 決定要因を確認し、低収差を実現するための物理パラメータを整理してデバイス設計の 目標を明らかにした。これまでの研究により実現・解決したことと、課題をまとめ、どの ようなデバイスを設計・作成したら良いかの指針を得た。
• 収差は開き角と各々の収差係数により決まるため、100nm以下の電子プローブ径 を得るためにはこれらの低減が必須である。
• Volcano-structured 2段ゲート型エミッタの結果から、収束動作時に電流量を維持
し、ポテンシャル障壁を作らない構造が必須であることを確認した。
• 4段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラムの結果から、電子源の直上に電子 光学系を構築可能なことと、それによるポテンシャル障壁の解決と、プローブ径の 狭小化が可能なことを確認した。また、膜厚を増やし耐電圧を高めることでクロ スオーバーを観測出来る可能性があることを確認した。
上記のことから、次のデバイス設計のための基本的な知識とを得た。
29
参考文献
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12) 金丸正剛,松川貴,長尾昌善,伊藤順司,表面化学, No1,23,24(2002).
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30) H.Murata, T. Ohye, H. Shimoyama: Nuclear Instruments and Methods in Physics Re- search, A519 (2004) 184-195
31) Masayoshi Nagao, Tomoya Yoshida, Seigo Kanemaru, Yoichiro Neo, and Hidenori Mimura, Japanese Journal of Applied Physics 48, 06FK02 (2009).
32) Takashi Soda, Masayoshi Nagao, Chiaki Yasumuro, Seigo Kanemaru, Toshikatsu Sakai, Nobuo Saito, Yoichiro Neo, Toru Aoki, and Hidenori Mimura, Japanese Journal of Ap- plied Physics 47, 5252―5255 (2008).
33) Yoichiro Neo, Takashi Soda, Masafumi Takeda, Masayoshi Nagao, Tomoya Yoshida, Chiaki Yasumuro, Seigo Kanemaru, Toshikatsu Sakai, Kei Hagiwara, Nobuo Saito, Toru Aoki and Hidenori Mimura, Appl. Phys. Express 1 (2008) 053001
31
第 3 章
5 段ゲート型アインツェルレンズマ イクロカラム
3.1 はじめに
本章では、前章で紹介した4段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラムを改良し クロスオーバーを観測するためにレンズの減速部分を厚くした5段ゲート型アインツェ ルレンズマイクロカラムについて、デバイス設計、製造方法、評価結果、解析結果を述 べる。
3.2 デバイス設計
4段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラムにおける問題は以下の2つであった。
(1) 層間絶縁膜の耐圧限界 (2) 減速電界距離の不足
これらの2点を解決するため、レンズ中の減速電界距離を長くすることを基本設計案と した。これにより、電界変化が緩やかになり問題となっていた収差も軽減できると考え た。実際に設計したデバイスは概略図を図3.1 に示すように、層間絶縁膜の厚さを500
nmから1000 nmと厚くし、さらに収束電極を1段追加し、合計5段ゲート型の構造とし
た。各電極の間隔が2倍になっていることから、エミッション電界と静電レンズ電界の 干渉を低減できると同時に、レンズ中の加速電界と減速電界の干渉も低減できるため、4
段ゲート型アインツェルマイクロカラムよりも緩和された収束条件で駆動が可能なため、
クロスオーバーの観測が期待できる。
4段ゲート型 5段ゲート型
図3.1 4段ゲート型FEAから5段ゲート型FEAへの改善点
電子軌道計算ソフトSIMION (テックサイエンス社製)を用いて 4段ゲート型と 5段 ゲート型アインツェルレンズマイクロカラムの実軌道シミュレーションによる比較を 行った。シミュレーション内では図3.2に示した各構造、初期設定を用いた。
第3章 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム 33
図3.2電子軌道シミュレーション条件
図3.3エミッタ先端における初期電子配置の様子
電子の初期エネルギーを室温のエネルギーである2.4×10−2eVとした。放射電子条件 として設置した電子は間隔、角度がそれぞれ2nm、3度ずつ変化して設置される条件と した(図3.3参照)。この配置の場合、合計21個の電子をチップ先端に並べることができ た。また、電子放出の位置はトンネル効果を考慮しチップ先端より10nm先に配置した。
SIMIONは有限要素法で計算されており、1つのブロックを20nmに設定しているため、
設定構造と印加電圧条件から導かれる20nm毎の電場に従い電子軌道の計算を行う。軌 道計算を4段、5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラムそれぞれについて行い、
収束条件とプローブ径につてまとめた結果を図3.4に示す。
第3章 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム 35
図3.4 4段ゲート型と5段ゲート型のプ収束動作時のプローブ径の比較
この結果より、5段ゲート型は4段ゲート型よりも収束電圧が約60 V高い値でクロ スオーバーを形成することがわかった。したがって、5段ゲート型では層間絶縁膜が耐圧 の限界を迎える前にクロスオーバーを形成することができると推測できる。
3.3 デバイス作製
本節では5段ゲート型 FEAの作製方法について述べる。今回試作したデバイスは図 3.5に示すようにSi基板の10mm角領域に合計25個(2mm角/1デバイス)の素子を並 べたものである。25個のうち5つは観測用や製造指標用のテスト素子とした。2mm各 の各素子には四隅に各ゲート電極用の電極パッドを配置しており、中心部にエミッタが 配置されている。また、G2G3の電極パッドはG2電極とG3電極間にコンタクトホール を開けることによって接続されているため、1つのパッドで両電極が同電位となるよう設 計されている。
図3.5 5段ゲート型FEAの全体像と基本的な素子の電極構造
次に、このレイアウト中に作製する 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム の実際の作製方法を示す。図3.6に示すように、エミッタ形状形成を行った後は、絶縁膜 堆積とゲート電極蒸着、電極開口の3つの繰り返しである。5段目の電極の蒸着が終了し た時点で、絶縁膜を取り除き目的のマイクロカラム構造を得るものである。
第3章 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム 37
図3.6 5段ゲート型FEA作成プロセス 以下に作製プロセスの詳細について述べる。
(1) SiO2 dot形成
(a)SiO2 堆積TEOS-CVD
TEOS (tetraethoxysilane) ガスを使用したプラズマ CVDにより Si 基板上に SiO2 膜を堆積させる。TEOSガスはSi(OC2H5)4 という構造をしており、プ ラズマCVDを行うことでSiの結合が外れ、O2 と結合する。そして膜質の良 いSiO2 膜がサンプル上に形成される。成膜レートは100 nm/secであり、3分 間CVDを行うことによって300 nmの膜を堆積させる。
(b)レジストドットパターン形成
レジストをスピンコートし、ステッパを用いてドットパターンを形成する。
このとき約 1µm の高さのエミッタを作製する際には、ドットパターンは 1.2µmφ、高さ約1.6µmのエミッタを作製する際には、2.0µmφのドットが必 要となる。
図3.7レジストドット
(c)SiO2 エッチング
パターニングされたレジストドットを SiO2 膜に転写するため、RIE-10NR (SAMCO社製)を用いてCHF3 = 80sccmのガスを流し、SiO2を異方的にエッ チングする。その後レジストを剥離することによって、SiO2 ドットを形成す ることができる。
図3.8S iO2 ドット (2) Tip形成
RIE-200L (SAMCO社製)を用いて、エッチングガスを93 sccm(SF6 : O2=80+13) 流すことによりSiO2ドット下のSiをアンダーカットエッチングする。
第3章 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム 39
図3.9 Tip形成後 (3) エミッタ先鋭化
(a)Wet熱酸化(エミッタ先鋭化)
950度、O2 流量2L/min条件下にて熱酸化を行う。Siエミッタの場合、ネッ ク径の1.5倍程度のSiO2 層を熱酸化により形成すると、Siエミッタ先端が先 鋭化される。
(b)SiO2 除去
SiO2 ドット、熱酸化により形成されたSiO2 膜をBHF (水素二フッ化アンモ ニウム13.4%含有)を用いてエッチングする。
図3.10エミッタ先鋭化後 (4) SiO2 & Nb堆積
TEOS-CVDを用いてエミッタ構造上に SiO2 膜を250 nm 堆積させる。その後、
ゲート電極となるNbをEB蒸着法により100 nm蒸着する。
(5) 1st etch-back (EX電極開口)
ゲート電極の開口に、本研究ではエッチバック法を用いた。まずエミッタ構造上
にマスクとなるレジストSIPR-9740-0.7をスピンコートする。SIPR-9740-0.7は粘 度が低いため、エミッタ上部のレジスト膜厚は薄くなり、RIE-10NRを用いてエッ チングガスであるCHF3 導入により電極を上部から選択的にエッチングすること ができる。この時EX電極への電子の入り込みを防ぐ為、エミッタ先端の高さと EX電極の高さが同じになるようエッチングを行う。
図3.11 1st etch-back後(左:ななめから、右:上から) (6) SiO2 & Nb堆積
再びTEOS-CVDによりSiO2 を堆積させ、そしてEB蒸着により電極となる Nb
を100 nm堆積する。
(7) 2nd etch-back (G1電極開口)、G1電極パターニング
G1の開口を行うため、再びエッチバックを行う。G1電極パターニングステッパ を用いた露光により、レジストをG1電極構造に形成する。その後RIEを用いて Nbに電極パターンを転写することでG1電極を形成する。
第3章 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム 41
図3.12 2nd etch-back後(左:ななめから、右:上から (8) 3rd etch-back(G2電極開口)、G2電極パターニング
SiO2、Nbを堆積させた後、再びエッチバックを行う。G2電極パターニングステッ パーを用いた露光により、レジストを G2電極構造に形成する。その後RIEを用 いてNbに電極パターンを転写することでG2電極を形成する。
図3.13 3rd etch-back後(左:ななめから、右:上から
(9) G2、G3コンタクトホール パターニング
SiO2 を堆積させたあとG2、G3を同電位にするために接続の為のコンタクトホー ルのパターニングを行う。
(10) 4th etch-back(G3電極開口)、G3電極パターニング
SiO2 とNb を堆積させた後、再びエッチバックを行う。G3 電極パターニングス
テッパーを用いた露光により、レジストを G3電極構造に形成する。その後 RIE を用いてNbに電極パターンを転写することでG3電極を形成する。
図3.14 4th etch-back後(左:ななめから、右:上から (11) 5th etch-back(G4電極開口)、G4電極パターニング
SiO2 とNb を堆積させた後、再びエッチバックを行う。G4 電極パターニングス テッパを用いた露光により、レジストを G4 電極構造に形成する。その後 RIE- 10NRを用いて電極の開口を行う。
図3.15 5th etch-back後 (12) Tip opening
エミッタの頭出しをBHFにより行う。この時、エミッタの頭出しがしっかりと行 われるよう予備実験による条件だしで予め算出しておいた時間に調整する。
第3章 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム 43
図3.16 Tip opening後 (13) 測定前処理
最後にダイシング装置を用いてサンプルを2 mm角の素子に分離し、TO-5トラン ジスタパッケージ上に銀ペーストを用いてマウントする。そしてAlのボンディン グワイヤーを用いて、電極パッドとTO-5のピンをボンディングし、測定用素子は 完成となる。
図3.17 TO-5にマウントされた素子
作製した5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラムを図3.18に示す。Siエミッ タの上部にSiO2、Nbを5層ずつ交互に重ねた構造になっている。各ゲートの役割は以 下のとおりである。
• EX(Extraction gate):電界放出用引き出し電極
• G1(Gate1):加速レンズ
• G2(Gate2)、G3(Gate3):減速レンズ
• G4(Gate4):加速レンズ
G1〜G4で減速距離の長いアインツェルレンズの役割を果たしている。
1000nm 1000nm 1000nm 1000nm
図3.18 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラムの断面SEM像
3.4 デバイス特性評価
本節では作製したデバイスの評価を行った結果を示す。まず最初にエミッション特性 を測定した。その結果を図3.19に示す。
第3章 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム 45
0 50 100
10−12 10−9 10−6
Gate voltage [V]
Current [A]
Anode current Gate current
A
1mm
Vg Va Ia Anode
Emitter tip arrangement
10µm
図3.19エミッション特性
次に、蛍光体によるビームスポット径観測と、スリットスイープ法によるビームプロ ファイル測定、EB露光による描画実験の3つの方法でプローブ径の評価を行った。
3.4.1 蛍光体によるビームスポット測定
蛍光体によるビームスポット径評価の測定系と結果を図3.20に示す。収束特性の電流 量の変化から電流量を維持したまま収束動作を行う事が可能であるという事がわかる。
そして収束電圧を100 Vから下げていくと13 V付近でスポットサイズが最小となりそれ 以降では再び広がっていくという結果が得られた。しかしながら、蛍光体を用いた測定 方法では測定系や蛍光体の持つ性質の影響により正確なビームプロファイル評価には至 らなかった。そこで、実際の電子プローブ径を直接計測する手法であるナイフエッジ法 を応用した測定系を提案した。次節で詳細を述べる。
Phosphor Screen
Si emitter
G2,3 G4
EX G1
View port
TMP RP
A
V a =1kV I a
V G2,3 V G4
V G1 V EX
=100V
=100V
=50V
図3.20蛍光体によるビームスポット径測定系
第3章 5段ゲート型アインツェルレンズマイクロカラム 47
図3.21測定結果
-100 -50 0 50 100 150 0.1
0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
Quintuple-gated FE Quad-gated FE
Applied voltage [V]
(Quad: VG2, Quintuple: VG2,3) Beam spot size [mm] VG2,3 = 100 V
VG2,3 = 10 V VG2,3 = -10 V
図3.22 4段ゲート型との比較
3.4.2 スリットスイープ法によるビームプロファイリング
スリットスイープ法は,蛍光体を用いた測定の様に間接的な評価ではなく,直接ビーム プロファイルを評価可能な方法である。通常のナイフエッジ法では先端先鋭化した平板 を左右いずれか片側から掃引していき計測するものである。しかし、本デバイスでは、一 般的なナイフエッジ法と異なり,エミッタ-アノード間に加速電圧が必要であり、ナイフ エッジのスキャン中であっても電場を一定に保たれなければならない。そのため、微細 なスリットが加工された金属平板を用意し、平板全体を片側に掃引することでこれを実 現したものがスリットスイープ法である。今回は厚さ40µm,30 mm□のタングステン カーバイドの中央に縦10 mm,横40µmのスリットを開口したシートをナイフエッジと して使用した。今回構築した測定系を図3.23,測定条件を表3.1に示す。スリットはマ イクロカラムの上部約1 mmの位置に設置した。このスリットをステッピングモーター と接続し、5µm/secの速度で移動させた。スリットを通過した電子ビームを上部のファ ラデーカップで測定しステップ毎の積分電流値をプロットすることでスリットにより切 り取られた断面ビームプロファイルを得た。