201-205,2012 はじめに 副甲状腺癌は稀な疾患である。原発性副甲状腺機能亢進 症を惹き起こす副甲状腺病変のうち癌の頻度は0.3~5.6% と少ない。稀な疾患であるがゆえに,副甲状腺癌は発生の メカニズムや診断,治療の面で解決されていない数多くの 課題があるのが現状である。頻度が少ないとしても副甲状 腺癌をいかに診断し治療するかという点が副甲状腺疾患を 扱う内分泌外科医にとって大切なテーマである。 本稿では,近年の分子生物学的解析から得られた副甲状 腺癌に関連する知見を紹介するとともに,診断・治療と予 後までを含めて概説する。
1 . 副甲状腺癌に関する分子生物学的知見
副甲状腺癌の発生機序は未だ明らかになっていない。他 の多くの悪性腫瘍においてp53遺伝子異常が発癌に関与し ていることが示唆されているが,副甲状腺癌の発生には p53遺伝子異常が重要な役割を果たしていないことが報告 されている[1]。 今までの分子生物学的研究から,副甲状腺腺腫の発生と 進展にはcyclin D1/PRAD1遺伝子ならびにMEN1遺伝子が 関与していることが明らかになっている[2~4]。しかし, これらの遺伝子は副甲状腺癌の発生に関与していることは 示されていない。 Crynsら[5]は,副甲状腺癌では13番染色体長腕に存在 するRB遺伝子のLOHと蛋白発現の異常が高頻度に認めら れることを報告した。また,Kytolaら[6]はcomparative genomic hybridization(CGH)による解析から副甲状腺腺 腫と癌では遺伝子上の変化部位が異なることを指摘した。 別冊請求先:〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1 東京女子医科大学内分泌外科 飯原雅季 E-mail address:[email protected]副甲状腺癌の発生機序と診断と治療
東京女子医科大学内分泌外科
飯原 雅季
鈴木 留美
川真田明子
岡本 高宏
Parathyroid carcinoma : Diagnosis, surgical treatment and prognosis
Department of Endocrine Surgery, Tokyo Women’s Medical University Masatoshi Iihara, Rumi Suzuki, Akiko Kawamata and Takahiro Okamoto
副甲状腺癌の発生に関して,p53遺伝子異常の関与は示されておらず,HRPT2遺伝子変異が関連して いることが示されている。臨床所見では,①頸部に腫瘤を触知 ②汎発性線維性骨炎の併発 ③血清カル シウム値が12mg/dl以上の3点に注意する。穿刺吸引細胞診は禁忌である。免疫組織染色による癌と腺 腫の鑑別法として,①parafibromin ②Ki-67 index ③E-cadherinなどが有用と報告されている。副甲状 腺癌を疑う場合には初回手術で周囲を含めたen bloc切除術を行うことが局所再発のリスクを減らす。頸 部の再発病変のみならず遠隔転移に対する外科手術も予後を改善するうえで意義がある。高カルシウム 血症を制御する薬物療法としてcinacalcetの保険収載が期待される。手術不能の副甲状腺癌に対して抗 PTH抗体を用いた免疫療法が試みられている。
Key words: 副甲状腺癌(parathyroid carcinoma),原発性副甲状腺機能亢進症(primary
hyperparathyroid-ism),HRPT2遺伝子(HRPT2 gene),parafibromin,Ki-67
副甲状腺機能亢進症の外科的治療のupdate
特集1
腺腫では11番染色体異常が最も高頻度に認められるが,癌 では1番染色体短腕(1p)と13番染色体長腕(13q)の異 常が最も高頻度に認められるという。13番染色体長腕には RBとBRCA2といった癌抑制遺伝子が存在するが,副甲状 腺癌組織においてRBやBRCA2のsomatic mutationは確認 されないことが報告され[7],これらが副甲状腺に対する 主要な癌抑制遺伝子として機能しているのかどうかについ ては未だ明らかではない。 一方で,遺伝性副甲状腺機能亢進症の1つである副甲状 腺 機 能 亢 進 症 顎 腫 瘍 症 候 群(Hyperparathyroidism-jaw tumor syndrome:HPT-JT症 候 群 ) の 遺 伝 子HRPT2が 2002年に同定された[8]。HRPT2は1番染色体長腕の1q 24~32に存在する癌抑制遺伝子であり,531個のアミノ酸 か ら 成 るparafibrominと 呼 ば れ る 蛋 白 をencodeす る。 HRPT2遺伝子変異はparafibrominを不活化する。Shattuck らは15例の散発性副甲状腺癌うち10例にHRPT2遺伝子の 変異が認められたことを報告した[9]。HRPT2遺伝子は HPT-JT症候群のみならず,散発性副甲状腺癌においても 発癌に関する主要な癌抑制遺伝子として注目されている。
2
.副甲状腺癌の診断 1 )副甲状腺癌を疑う臨床所見 副甲状腺癌では被膜を損傷すると播種をきたす危険があ り,原則として穿刺吸引細胞診や針生検は禁忌である。し たがって術前に細胞・組織所見から癌の確証を得ることが できない。原発性副甲状腺機能亢進症の患者において術前 の臨床所見からいかに副甲状腺癌を見落とさないように注 意を払うかが重要なポイントである。 副甲状腺癌症例では著しい高カルシウム血症や急性膵炎 などの激しい臨床症状を呈することが特徴とされてきた。 しかしながら,このような激しい臨床症状は良性腺腫によ る原発性副甲状腺機能亢進症患者でもみられることがあ り,必ずしも副甲状腺癌に特異的とはいえない。副甲状腺 癌の臨床所見の特徴を解析した報告をまとめて表1
に示 す。総じてみれば ①palpable neck mass ②bone disease ③14 mg/dl以上の高カルシウム血症の3つの所見が副甲 状腺癌の臨床的特徴の中心である[10~15]。但し,副甲状 腺癌症例のうち血清カルシウム値が14mg/dl未満を示すも のも少なくない。血清カルシウムの境界値を14 mg/dlに 設 定 す る とfalse positiveは 少 な く な る が, 一 方 で sensitivityが低下し見落とされる副甲状腺癌症例が増え る。術前の臨床所見からなるべく癌を見落とさないことを 重要視すれば,false positiveが増えてもsensitivityが高い 境界値として12mg/dl程度に下げて設定するのがよい。わ れわれは自験例の解析をもとに副甲状腺癌を疑うべき術前 の臨床所見として以下の3点が特に重要であると考えてい る。 ① 触診で頸部に腫瘤を触れる。 ② 汎発性線維性骨炎を起こしている。 ③ 血清カルシウム値が12mg/dl以上である。 これら3つの所見が全て揃って認められるときは副甲状腺 癌である可能性が高い。逆にいずれの所見も認められなけ れば癌の可能性は極めて低い[15]。 また,術前の頸部超音波検査で,副甲状腺腫瘤のD/W 比が1以上と高いことや腫瘤が甲状腺内に入り込んでいる といった所見も副甲状腺癌を疑ううえで見落としてはなら ない大切なポイントである[14]。 2 )病理組織診断 原発性副甲状腺機能亢進症をきたす副甲状腺病変では, 穿刺吸引細胞診は原則的に勧められない。特に前述したよ うに臨床所見から副甲状腺癌を疑う場合には,穿刺吸引細 胞診はもとより腫瘍生検などの腫瘍被膜を損傷する行為は 厳に慎むべきである。 副甲状腺癌の病理組織像では,SchantzとCastleman [16] が報告したように ①腫瘍内の厚いfibrous bandの形成②腫 瘍細胞の索状配列 ③核分裂像 ④被膜あるいは脈管侵襲と 報告者(文献番号) 臨床所見 感度(95%信頼区間) 特異度(95%信頼区間)Levinら[10] Palpable neck mass Ca ≧14 mg/dl
PTH > 正常上限値の2倍 Osteitis fibrosa cystica
50% 80% 80% 50% (7~93%) (35~93%) (28~99%) (19~81%) 100% 61% 42% 38% (75~100%) (32~86%) (15~72%) (14~68%) Stojadinovicら[11] Palpable neck mass 80%(56~94%) 100%(92~100%) Lumachiら[12] Ca ≧ 3.0 mmol/l 73%(45~92%) 60%(32~84%) Robertら[13] Ca ≧ 3.27 mmol/l PTH > 正常上限値の4倍 腫瘍重量 ≧ 1.9 g 56% 100% 100% (21~86%) (66~100%) (66~100%) 90% 88% 81% (86~93%) (84~92%) (76~85%) Haraら[14] USでDW比≧1.0 94%(70~99%) 95%(86~99%)
岡本ら[15] Palpable neck mass Ca ≧12 mg/dl
C-PTH > 正常上限値の10倍 Osteitis fibrosa cystica
92% 83% 42% 58% (62~99%) (52~98%) (15~72%) (28~85%) 82% 69% 99% 92% (76~88%) (62~76%) (97~100%) (87~95%) 表
1 .
副甲状腺癌を疑う臨床所見の感度と特異度いった所見が特徴的である。しかし,④を除いた所見は必 ずしも癌に特異的ではなく腺腫でも認められることがある ので,病理組織学的所見のみから副甲状腺腺腫と低悪性度 の癌を鑑別することはしばしば困難である。病理組織学的 に 境 界 病 変 と 考 え ら れ る も の はatypical adenoma, equivocal carcinomaと分類されるが,このような病理組織 学的境界病変の判別基準は明瞭ではない。 SchantzとCastlemanの提唱した組織学的診断基準に周 囲組織への浸潤やリンパ節・遠隔転移などの臨床的な悪性 所見を加味して副甲状腺癌と診断するのがゴールドスタン ダードである[17]。 腺腫と癌の鑑別を行う免疫組織染色として,①parafibro-min発現消失 ②Ki-67 indexが5%以上 ③E-cadherin発現 消失などが癌を示す所見として報告されている[18~20]。
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.副甲状腺癌の治療 1 )初回外科治療 副甲状腺癌は局所再発が多いことが知られている。局所 の根治を図るうえで最も大切なことは,初回手術時に腫瘍 組織が術野に露出することのないように腫瘍と周囲組織を 含めたen bloc切除を行うことである[21]。そのためには, 前述した臨床的特徴を見落とさずに副甲状腺癌を疑って手 術に臨むことはもちろん,術中所見による判断も大切なポ イントである。副甲状腺癌は通常球形に近い厚みがあり, 硬く灰白色を呈し,しばしば厚い線維性被膜を有する。 副甲状腺癌en bloc切除の基本術式は,腫瘍と甲状腺葉 切除,胸腺舌区を含めた気管周囲リンパ節郭清である。反 回神経は浸潤が疑われなければ温存する。内深頸リンパ節 転移が疑われるときには,その部のリンパ節郭清も行う。 2 )再発外科治療 低悪性度の副甲状腺癌では初回手術から5~10年を経過 した後に再発が明らかになることも珍しくない。再発部位 は局所や頸部リンパ節が最も多く,特に初回手術でen bloc 切除を行わなかった場合には局所再発の頻度が高い。一方, 遠隔再発としては,肺・肝・骨転移が高頻度である[22]。 肺転移症例の多くは,数mm~1cm程度の多発性小転移 巣を示す。 画像検査で再発腫瘍の部位診断が確認できれば,局所再 発のみならず遠隔転移病変でも積極的に摘除することが PTHの過剰分泌を軽減するうえで最も効果的な治療法で ある[23]。多発小結節型の肺転移に対する手術は開胸操作 で術中に虚脱させた肺の触診を行い,可能な限り転移病変 を見つけ出して摘除する。孤立性肺転移であれば,低侵襲 な胸腔鏡手術で肺転移巣の切除が可能である[24]。 3 )放射線治療 副甲状腺癌は一般的に放射線に対する感受性が低いので 進行・再発腫瘍に対する放射線照射は効果が少ない。但し, 術後にadjuvant therapyとして放射線照射を行い局所再発 の制御に有効とする報告がある[25]。 4 )薬物療法 現在のところ副甲状腺癌に対して有効性が確立された抗 癌 剤 は な い。 副 甲 状 腺 癌 に 対 す る 薬 物 療 法 の 基 本 は bisphosphonateを中心に用いた高カルシウム血症の是正で ある。外科的切除不能な副甲状腺癌に対する薬物療法とし て,欧米ではcalcimimeticsであるcinacalcetが用いられて いる。1998年に米国のNIHからcalcimimeticsの副甲状腺癌 による難治性高カルシウム血症に対する有効性が初めて報 告された[26]。2007年にはSilverbergら[27]が29例の手術 困難な副甲状腺癌患者に対して行ったcinacalcet治療の成 績を報告している。PTHは平均値で697pg/mlから635pg/ mlまでの低下にとどまったが,平均血清カルシウム値は 14.1mg/dlから12.4mg/dlまで低下を示し,62%の症例で1 mg/dl以上の血清カルシウム値の低下が認められた。手術 不能な副甲状腺癌に対する治療法の1つとして認知されて いる。残念ながらcinacalcetは本邦では副甲状腺癌の治療 として保険収載されていないが,国内治験第Ⅲ相が現在進 報告者(文献番号) 症例数 追跡期間 生存率 Stojadinovicら[11] 20 中央値 58カ月 3年:81% 5年:67% 10年:42% Munsonら[25] 61 中央値 27.1カ月(6.2~138.3カ月) 5年:82% Busaidyら[31] 27 中央値 84カ月(10~252カ月) 5年:85% 10年:77% Lumachiら[12] 15 21~146カ月 2年:60% 5年:20% Iiharaら[24] 38 中央値 132カ月 5年:90% 10年:86% 20年:57% Harariら[32] 37 記載なし 5年:78% 10年:67% 表2 .
副甲状腺癌の長期予後報告行中である。 5 )新しい治療の試み 切除不能な副甲状腺癌患者に対する治療として抗PTH 抗体を用いた免疫療法やoctoleotideなどが試みられ,切除 不能な副甲状腺癌による難治性高カルシウム血症のコント ロールに有効であったことが示されている[28~30]。いず れも症例報告に留まるが,今後の副甲状腺癌治療の選択肢 の一つとして加わることが期待される。
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.副甲状腺癌の予後 副甲状腺癌の治療経過は様々であり症例によって異な る。初回手術から3年以内の短期間で次々と転移病変が起 こるaggressiveな経過を示す症例から10年以上を経過して 初めて再発が判明する症例もある。Sandelinら[22]は再発 をきたした副甲状腺癌40症例の調査から,初回手術から再 発までの期間は1~228カ月(中央値33カ月)と報告して いる。われわれの施設で治療した副甲状腺癌38例[24]では, 再発までの期間は0~144カ月(中央値31カ月)とSandelin らの報告と同様の結果であった。 副甲状腺癌の長期予後についての報告を表2
にまとめ て示す。5年生存率は20~90%,10年生存率は42~86%で あった[11,12,24,25,31,32]。 おわりに 稀な疾患である副甲状腺癌には取扱い規約やTNMによ る病期分類なども存在しない。発生・増殖の機序から診 断・治療に関する臨床的な取扱いまで未だにエビデンスに 乏しい疾患であり,様々な課題が提起される[33]。今後は 国内を横断する規模の症例の情報集積と分析を行う体制を 構築することが求められている。 【文 献】1. Tamura G, Miyoshi H, Ogata S, et al. : Parathyroid carci-noma with anaplastic feature : Association of a p53 gene mutation with anaplastic formation. Pathol Int 59 : 107-110, 2009
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