• 検索結果がありません。

佛教学研究 第62・63号 021井上, 博文「第二結集の研究」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "佛教学研究 第62・63号 021井上, 博文「第二結集の研究」"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

第二結集の研究

井 上 博 文

1

.問題の所在 現存の律蔵には等しく二つの結集記事が記載されている。この両結集記事 に関しては古くから強い関心が持たれてきた。これは結集記事が仏教文献の 中でも仏教史を導き出す資料としては極めて価値の高いものであるからと考 えられる。また,仏教教団史,聖典成立史,部派の分派史,近年では律蔵, 特に健度部の成立研究にもこの結集記事は重要視されている。筆者はこれま で非大乗U"

1

皇繋経』と第一結集記事の関係に着目し,検討を行ってき足。一 連の検討から現時点でh明らかになっていることは次のようなものである。① 第一結集記事による『浬繋経』引用が見られる。②

q

呈繋経』引用方法は結 集記事ごとに異なり,部派ごとに記事作成における独自性を有している。③ 吋皇繋経』引用部分の検討により,引用U"

1

呈繋経』の相違が見られる。各部 派独自の『浬繋経』が存在したことが想定される。例えば『大般浬繋経後 分』が大衆部『浬繋経』の一端を示す。④第一結集記事と第二結集記事では 共通の役割が見られる。つまり,自らの部派の律を初めとする仏典を引用し, 記事を構成している。概ねこのようになる。結集記事の最大の特徴は,この 記事の時開設定が,第一結集記事はブbツダ般浬繋直後であり,第二結集記事 はブッダ般浬繋後百年かあるいは百十年となっており,ブッダが説いたもの ではないことを記事自らが表明していることにある。つまりフゃッダの存在し ない状態で,最低百年は仏教サンガが運営されていたことを示す記事と言え る。また,仏教は絶対的指導者を設定せず,サンがごとの自主運営が基本で

(2)

あったため,律にブッダの存在がないという前提における円滑なサンガ運営 の根拠になる記事であったことも想定される。 過去の結集に関する研究においては,結集記事の歴史性に着目する傾向が 強かったため,「ブッタゃの般浬繋→第一結集→第二結集」といった時系列の 流れを歴史的事実と想定し,そこから論理が組み立てられてきた。特に第二 結集は歴史的に存在したと見る向きが強い。第一結集を純然たる発明と評し た

H.Oldenberg

でさえも第二結集の歴史性を承認する。これまで結集記事 が検討される場合には仏教史の極めて重要な時期が記されていることもあっ て,上記の枠組みが外されることはなかったと思う。しかし,これによって 第二結集記事の役割は第一結集記事に比べて不明瞭になる。つまり第一結集 記事の主題が「仏典の合踊」であり,これを「結集」と呼ぶとするならば, 少なくとも第二結集記事の内容は結集と呼べるものではない。パーリ律の註 釈書である Samanta

ρ

asiidikiiはその点に関して次のように述べる。

imaya pana v

i

n

a

y

a

s

a

r

p

g

l

t

i

y

a

s

a

t

t

a

b

h

i

k

k

h

u

s

a

t

a

n

i

a

n

u

n

a

n

i

a

n

a

d

h

i

-k

a

n

i

a

h

e

s

u

r

p

tasmaya

d

u

t

i

y

a

s

a

r

p

.

g

l

t

i s

a

t

t

a

s

a

t

i

k

a

'

t

i

v

u

c

c

a

t

i

ti

.

e

v

a

tasmin ca sannipate dvadasabhikkhusatasahassani

s

a

n

n

i

p

a

t

i

r

p

s

u

ayasmata Yasena s

a

m

u

s

s

a

h

i

t

a

.

t

e

s

a

m

a

j

j

h

e ayasmata Revatena p

u

t

t

h

e

n

a

S

a

b

b

a

k

a

m

i

t

t

h

e

r

e

n

a

v

i

n

a

y

a

r

p

v

i

s

s

a

j

j

e

n

t

e

n

a

t

a

n

i

d

a

s

a

v

a

t

t

h

u

n

i

v

i

n

i

c

c

h

i

t

a

n

i

adhikaranam

vupasamita

中・

a

t

h

a

t

h

e

r

a

puna dhamman ca vinayan ca

s

a

gayissama'

t

i

t

i

p

i

t

a

k

a

d

h

a

r

e

p

a

t

t

a

p

a

t

i

s

a

m

b

h

i

d

e

s

a

t

t

a

s

a

t

e

bhikk

hu u

c

c

i

n

t

v

a

V

e

s

a

l

i

y

a

r

p

.

VaJukarame s

a

n

n

i

s

l

d

i

t

v

a

M

a

h

a

k

a

s

s

a

p

a

t

t

h

-e

r

e

n

a

s

a

r

p

g

a

y

i

t

a

s

a

d

i

s

a

r

p

e

v

a

s

a

b

b

a

r

p

s

a

s

a

n

a

m

a

l

a

r

p

s

o

d

h

e

t

v

a

puna

p

i

t

a

k

a

v

a

s

e

n

a

n

i

k

a

y

a

v

a

s

e

n

a

a

n

g

a

v

a

s

e

n

a

dhammakkhandhavasena

c

a

s

a

b

b

a

r

p

dhamman c

a

v

i

n

a

y

a

n

c

a

s

a

r

p

g

a

y

i

r

p

s

u

.

(Samαnta

ρ

asiidikii1 p.34) このヴィナヤサンギーティ (律結集)において七百人の比丘たちが欠く ことなく,超えることなくいた。それ故この第二結集は七百という。以

(3)

上のように,この衆会において,尊者ヤサによって集められた百二十万 人の比丘が集まった。 この中において,尊者レーヴァタが質問し,サッパカーミー長老が律 を答えつつ,この十事は裁決されて,論争は鎮まった。そして,長老た ちは,「我々は法と律を合請しよう」と三蔵を持ち,無疑解を得た七百 人の比丘を選んで、,ヴェーサーリーのヴアールカーラーマに集まって, マハーカッサパ長老が合諦したのと同じように,全ての教説の汚れを浄 化し,再ぴ,ピタカ(蔵)に従い,ニカーヤ(部)に従い,アンガ (分)に従い,ダンマカンダ (i去の集まり)に従い,全ての法と律を合 請した。 註釈書は以上のように論争が鎮まってから,「マハーカッサパが合請した のと同様に」法と律の合諦があったことを述べているが,実際には現存律蔵 はどれもそのようには記していない。『摩詞僧紙律』を除く五つの律は十事 が結審したところで記事が終了している。そのように見ると,第二結集記事 の目的は仏典合諦にあったと言える要素はない。各律の第二結集記事の共通 要素は「一部の比丘による問題提起に対して七百人の比丘が集まって会議が 開催され,全て排斥された」ということが言えるのみである。それでは第二 結集記事は本来何を物語ろうとしているのか。各律の結集記事を比較すると, 第一結集記事と同様に第二結集記事にも部派ごとの相違点が目立つ。特に記 事の中で最重要課題とも言える十事に関しては項目の解釈及ぴ排斥根拠が部 派によって異なる場合がある。また,記事の立場にも部派によって相違が見 られる。例えばパーリ律は「比丘の紛争の鎮圧」と結論付けているが,『十 諦律』では「悪法の滅除」であって,十事に関して議論の余地を認めない。 このように結集記事はそれぞれの立場についても相応の合理的根拠をもって 構築されていると考えられる。結論的に言えば,第二結集記事からは「ブッ ダ個人に依らず,仏典に依ったサンガの自主的滅誇及び、破僧回避」という意 図が読みとれる。しかし,破僧の考え方が部派ごとに相違がある場合,その

(4)

相違が第二結集記事に反映されている。これはおそらく部派分裂に関する部 派ごとの捉え方にも関連しており,パーリ文献が伝える第三結集や,有部が 伝える「大天の五事」など律蔵以外に記される結集関係記事のあり方を考察 する鍵を与えてくれると考えられる。 本稿では,第二結集研究の序説として,パーリ律の第二結集記事の構成, 立場から第二結集記事の目的を考察する。律蔵健度部はサンガ分裂の回避に 関してかなりの文量を要している。そしてパーリ律第二結集記事が構築され るに当たり,これらの記述が下地になっており,ブッダの判定がなされない 部分のみが記述として異なる点と言える。紙数の都合上,十事の比較検討及 び他律の第二結集記事の立場等の検討は別稿を予定している。

2

.パーリ律第二結集記事の構成

ノマーリ律と他の漢訳律の第二結集記事の内容を比較すると,構造上の相違 が見られる。これは偶然生じたものではなく,各部派が独自に構築したもの と考えられる。以下にパーリ律の内容をまとめ,下地になっている他の健度 部の記述をどのような形で使用しているかを検討する。番号を付して記事の 構成をまとめる。

(

1

)ブ、ッダ般浬繋の百年後,ヴェーサーリーのウゃアツジプッタカ比丘らが 十事を提唱する。 ( 2 )ヤサ・カーカンダカプッタ(以下ヤサ)が,ヴPアツジプッタカ比丘ら が在家者に金銀の布施を受けるのを見て,それを否定する。しかし,在家者 は金銀を布施する。 ( 3 )ヤサが金銀受領を批判すると,ヴァッジプッタカ比丘らは彼に下意濁 磨

(

p

a

t

i

s

a

r

a

l).

Iyakamma

許しを請う儀式)を求めた。ヤサは下意渇磨をな す比丘には随伴者

(

a

n

u

d

h

u

t

ab

h

i

k

k

h

u

)

が与えられるとブッダが制したと 述べ,随伴者を得た。

(5)

(

4

)ヤサは随伴者とともにヴェーサーリーに入って在家者に自らは「非法 を非法と説き,法を法と説きました,非律を非律と説き,律を律と説きまし たJ と述べる。その後四つの陰の話題に入る。さらにヤサはブッダ在世時の 話題を挙げ,かつてブッダが沙門やブッダの弟子は金銀の受領は相応しくな いと述べたことをヴェーサーリーの在家者に伝える。 ( 5 )ヴェーサーリーの在家者はヤサを「釈尊の弟子の沙門」と認め,ヴァ ッジプッタカ比丘らをそうでないとする。 十事の中でも金銀受領問題は最重要問題とされており,『摩詞僧紙律』に おいても唯一扱っている。またこれは他のどの律においても第十事に配置さ れている。 記事ではヤサが金銀受領を批判した後,下意鶏磨を課そうとするが,この 下意鵜磨は在家者に迷惑を掛け怒らせた比丘に課し,サンガが在家者に強制 的に悔過させるものである。つまりヤサもヴァッジプッタカ比丘らと同じサ ンガの一員であるためにこの下意淘磨が課せられたことになる。この鵜磨は ノマーリ律小品「掲磨健度」に詳細に記されており,随伴者のこともここで述 べられている。しかし,結果的にヤサは下意濁磨を遂行せず,むしろ自らの 正当性を在家者に主張している。つまりこの行為は彼らが所属するサンガに してみれば,罪を認めなかったことになる。「濁磨健度」によると,そのよ うな比丘は挙罪淘磨を行いサンガと不共住 (asambhoga)にすることが説 かれている。パーリ律第二結集記事はそれに従った記述をしている。

(

6

)随伴者にそのことを聞いたヴェーサーリーのヴァッジプッタカ比丘ら は,今度はヤサに挙罪渇磨 (ukkhepaniya-kamma)をなそうと言って集ま る。そこでヤサは虚空に昇って,コーサンビーに立ち,パーテーヤ,アヴpア ンティ,ダッキナーパタの比丘らに使者を送る。その内容は,「尊者たちよ, 来てください,我々はこの論争 (adhikarana)を取り上げましょう。前に, 非法が輝き,法が排除されました。非律が輝き,律が排除されました。前に

(6)

非法を説く者が力を持ち,法を説く者が弱くなりました。非律を説く者が力 を持ち,律を説く者が弱くなりましたJo この挙罪潟磨が用いられる状況として,パーリ律は「コーサンビー健度」 に詳述している。それによると,ある比丘が罪を犯したものの,それを認め なかった。コーサンビーのサンガはその比丘を挙罪した。しかし,その比丘 が地方に支持する者を募ったところ,彼がアーガマに通じ,持法者であり, 持律者であり,賢者であったため,多くの支持者が現れた。 この状況は第二結集におけるヤサの状況と近似する。 そしてコーサンビーのサンガは,その比丘が有罪であるか無罪であるかで 二派に分かれ争いが起こった。これに対してブッダは次のように述べる。

atha kho bhagava bhinno bhikkhusa

r

p

.

gho bhinno bhikkhusa

r

p

.

gho' ti utthayasana yena ukkhepaka bhikkhu ten' upasarpkami, upasarpkamitva pannatte asane nisidi.nisajja kho bhagava ukkhe -pake bhikkhu etad avoca: ma kho tumhe bhikkhave patibhati no. patibhati no 'ti yasmi中 vatasmi中 vabhikkh田pukkhipitabbaIP

mannittha. //5//

idha pana bhikkhave bhikkhu apatti

r

p

.

apanno hoti, so tassa apattiya anapattiditthi hoti, ae bhikkhu tassa apattiya apattiditthino honti.te ce bhikkhave bhikkhu ta中 bhikkhumeva中

jananti: aya中 kho ayasma bahussuto agatagamo" 'sikkhakamo,

sace maya

r

p

.

ima

r

p

.

bhikkhu

r

p

.

apattiya adassane ukkhipissama na maya

r

p

.

imina bhikkhuna saddhi

r

p

.

uposatha

r

p

.

karissama vina imina bhikkhuna uposatharp karissama, bhavissati sarpghassa tatonidanarp bhandanarp kalaho viggaho vivado sarpghabhedo samgharaji sa中ghavavatthana中 泊 中ghananakara♀anti

bhedagar

-ukehi bhikkhave bhikkhuhi na so bhikkhu apattiya adassane ukl・王

hipitabbo. / / 6/ / (

v

初αya1 pp.338・339)

(7)

-121-その時世尊は「比丘サンガが破られた,比丘サンガが破られた」と言っ て,座より起ち,挙罪した比丘らのところへ赴いた。赴いて,用意され た座に座った。座って世尊は挙罪した比丘らに次のように言った。「比 丘らよ,あなたたちは『我々が明らかにした,我々が明らかにした』と それぞれのところで比丘を挙罪すべきと考えてはならないJo

/

/

5

/

/

また比丘らよ,ここにある比丘が罪を犯し,彼はその罪に対して罪と見 ず,他の比丘らはその罪に対して罪と見る。比丘らよ,もし,その比丘 たちが次のように知ったら,すなわちこの尊者は多聞で,アーガマに通 じ……学を欲していると。もし我々がこの比丘を罪と見ないことで挙罪 し,我々はこの比丘とともに布薩をしない,この比丘を除いて布薩をし ようすれば,その因縁でサンガに訴訟,闘争,論争,口論,破僧,サン ガの不和,サンガの別住,サンガの別異が生じるだろう。そのように知 ったなら,比丘らよ,破僧を重んずる比丘たちは,その比丘を罪と見な いことで挙罪してはならない。

/

/

6

/

/

以上の資料は破僧の危険があるなら罪を認めない比丘を挙罪鶏磨にかけて はならないということである。無論一人では破僧にはならないが,同調者が 出た場合は破僧の危険性が生じる。コーサンビー健度は最終的には破僧した サンガが再和合する旨を記している。第二結集記事では,この(

6

)の時点で ヤサは同調者を求めたため,サンガの紛争がここで生じたことになる。ただ し同一界内であったかどうかは明確に判断できる記述はないが,後述する (11)の段階でパーチーナとパーテーヤの二つに割れているところを考慮に入 れるとすでに破僧寸前状態であったと考えられる。律の場合,サンガ紛争は どちらが如法説者で,どちらが非法説者であるかで生じる。コーサンビー健 度は非法説者に関して十八種の基準を提示している。しかし,これは客観的 基準と呼べるものではなく,第二結集記事における紛争解決基準にはならな い。そして記事は「滅誇健度」に沿った紛争解決に向かっていく。

(8)

(

7

)ヤサはアホーガンガ山にいるサンブータ・サーナヴァーシーに十事を 問い,ヴェーサーリーのヴアッジプッタカ比丘らと議論することを呼ぴかけ る。六十人のパーテヤの比丘や八十八人のアヴァンティの比丘がアホーガン ガ山に集まった。そこで長老たちはレーヴァタを仲間に得ょうと考える。 ( 8 )その時,ソーレーヤに住していたレーウゃアタは天耳で長老たちの考え ていることを知り,論争に巻き込まれることを避け,ソーレーヤよりサンカ ッサ,カンナクッジャ,ウドゥンノてラ,アッガラフラ,サハージャティまで 移動する。サハージャティで長老たちと遭遇する。 ( 9 )一方,ヤサはサンブータ・サーナヴァーシーよりレーヴァタに十事を 問うことを勧められ,実行する。ここでレーヴ、ァタによって十事が否定され る。そしてヤサはレーヴァタに論争に加わることを要請し,レーヴァタも了 承する。

(

1

0

)

話が少し戻って,ヴァッジプッタカ比丘らもこの論争は粗暴で、面倒だ と考え,レーヴァタを取り込もうとし,沙門の資具を用意し,サノ、ージャテ イに向かう。

(

1

1

)

サーラ

(

S

a

l

h

a

)

と浄居天の対話。十事の論争がパーチーナの比丘と パーテーヤの比丘の争いと二分され,パーチーナの比丘が非法を説き,パー テーヤの比丘が法を説くとする。 ここまでの段階でヤサ側とヴPアツジプッタカ比丘らとの対立は明白で、ある が,ここで突然如法説者側と非法説者側の対立とされることになる。すなわ ちサンガがパーチーナとパーテーヤに割れ,パーチーナが非法説者側と決定 している。この後,割れた両者を和合させる手続きが示されていくことにな る。 (12) ヴ、アツジプッタカ比丘らはレーヴァタに会い,沙門の資具を渡そうと するが,断られる。そこで,レーヴァタの弟子のウッタラに取り入る。そし て彼に「東方地方で諸仏がお生まれになりました。パーチーナの比丘が法を

(9)

説き,ノマーテーヤの比丘が非法を説くので、す」とレーヴァタに伝えるように 依頼する。 (13) ウッタラはレーヴァタに以上のょっに伝えるが,レーヴァタは「お前 は私に非法を促した」と言ってウッタラを立ち去らせる。ウッタラはそのこ とをヴアッジプッタカ比丘らに伝えると,ウ、、アッジプッタカ比丘らはウッタ ラを師と仰ぐと言った。 (14)サンガが論争に判決を出そうと集まる。レーヴァタはすぐに結論を出 さず,論争が起こったヴ、ェーサーリーで判決を出そうと主張した。 (15) そこにアーナンダの弟子のサッパカーミーという具足戒を受けて百二 十年になる長老がヴェーサーリーに住していた。レーヴァタはサンブータ・ サーナヴPアーシーにサッパカーミーを訪問するように勧めた。

(

1

6

)

サンブータ・サーナヴァーシーはサッパカーミーに面会し,十事を問 い,パーチーナとパーテーヤとどちらが法を説く者であるかを問う。サッパ カーミーは,パーチーナの比丘が非法を説き,パーテーヤの比丘が法を説く と述べる。サンブータ・サーナヴァーシーも同意見という。 (17)サンガは論争に判決を出そうと集まるが,際限ない議論になる。そこ でレーヴァタが断事人ubbahika(争いを裁定して和解させる役職)を選出 し,論争を鎮めることを提案する。そうしてパーチーナとパーテーヤから四 人ずつ断事人が選出される。 (18) 長老たちはこの論争を鎮める場所にヴァーリカーラーマを選ぶ。そこ で,レーヴアタがサッバカーミーに律を問う。 (19)サッパカーミーは十事を律の典拠を挙げながら,一つずつ適切で、ない と答えていく。サンガがそれを裁決し,非法,非律であるとレーヴァタが箸 を投じる。 (20)最後にレーウ、、アタが十事問題の決着を宣言する。 「滅誇健度」には(17)のように際限ない議論 (anagganibhassani)が生 じた場合に,断事人を選出する規定が記されている。

(10)

-124-tehi ce bhikkhave bhukkhuhi tasmi

r

p

.

adhikaraJ)e vinicchiyamane anaggani c' eva bhassani jayanti na c' ekassa bhasitassa attho vin -flayati,aI111jarlami bhikkhave evarapaIp adhiKarallaII111bbahikaya vupasametu中・

(

V

i

n

a

y

a

II p. 95) 比丘らよ, もしかの比丘らによってその論争に判決を出そうとして,際 限のない議論が生じ,ある所説の意味が分からなくなったなら,比丘ら よ,このような論争を断事人によって鎮めることを許す。 以上の記述はフゃツダが断事人について定めたものである。さらに断事人は 十分を具えている比丘を選ぶ必、要がある。そして争い事が滅されるとその旨 を宣言することも合わせて記されている。以下第二結集ではこれとまったく 同じ状況が生じている。 「滅誇健度」は,四種類争い事を七種の方法で解決することを詳細に述べ ている。その第一が現前昆尼 (sammuka-vinaya)の滅誇である。またこれ には四つの形式があり,第一で滅誇が成功しなかった場合,順次第四までの 手段を用いる。断事人を選出するのは第四の形式である。実際に断事人が選 出されて滅誇されたケースはこの第二結集のみである。よってここで記され る断事人は,滅誇法に則って,争いを鎮める人であることがわかる。滅誇の 方法としては,断事人委員会が静かなヴァーリカーラーマに移動して十事が 全て否定され,それが公式見解となり,滅誇完了という流れである。しかし (17)のように「四人ずつ選出する」という方法は「滅誇健度」には記されて おらず,別の出所が想定されねばならない。つまりこのようにサンガが分裂 状態にあるものを和合させる場合には通常の多数決よりも全会一致になるよ う設定された断事人選出の必要があったと考えられる。 また採決の取り方であるが,上記(19)の よ う に 箸 を 投 じ て (salakam nikkhipami),非法,非律で師の教えではないという裁決方法を採る。一つ 例を挙げる。第一事が裁決する時の記述である。まず,レーヴPアタがサッパ カーミーに第一事を問う。

(11)

k

a

p

p

a

t

i

b

h

a

n

t

e

s

i

n

g

i

l

o

I).

akappo '

t

i

.

ko s

o

a

v

u

s

o

s

i

n

g

i

l

o

I).

akappo '

ti

.

k

a

p

p

a

t

i

b

h

a

n

t

e

s

i

n

g

i

n

a

l

O

I).

a

p

a

r

i

h

a

r

l

t

u

r

p

y

a

t

t

h

aalopakambhavis-s

a

t

i

t

a

t

t

h

a

p

a

r

i

b

h

u

n

j

i

s

s

a

m

i

ti

.

n

a

v

u

s

o

k

a

p

p

a

t

i

t

.

i

k

a

t

t

h

a

p

a

t

i

k

k

h

i

t

t

a

n

t

i

.

S

a

v

a

t

t

i

y

a

s

u

t

t

a

v

i

b

h

a

n

g

e

'

t

.

i

k

i

r

p

.

a

p

a

j

j

a

y

i

t

i

.

s

a

n

n

i

c

l

h

i

k

a

r

a

k

a

b

h

o

-j

a

n

e

p

a

c

i

t

t

i

y

a

n

t

i

.

s

U

1).

a

t

u

me b

h

a

n

t

e

s

a

r

p

.

g

h

o

.

i

d

a

r

p

.

pathama

r

p

.

v

a

t

t

h

u

r

p

.

s

a

r

p

.

ghena v

i

n

i

c

c

h

i

t

a

r

p

.

i

t

i

p

'

i

d

a

r

p

.

v

a

t

t

h

u

r

p

.

udclhamma

r

p

.

u

b

b

i

n

a

y

a

r

p

.

a

p

a

g

a

t

a

s

a

t

t

h

u

s

a

s

a

n

a

p

.

r

i

d

a

r

p

.

pathama

r

p

.

s

a

l

a

k

a

r

p

.

n

i

k

k

-hipam

i

.

(

V

i

n

a

y

a

I

I

p

.

3

0

6

)

「尊者よ,シンギローナカッパは適切でしょうかJ r友よ,そのシンギ ローナカッパとは何で、すかJ r尊者よ,塩を保存し,塩がない時に用い るのは適切で、すかJ r友よ,適切で、はありませんJrどこで斥けられたの で、すかJ rサーヴ、アッティであり,『スッタヴイパンガ』においてで、す」 「何に違犯するので、すかJ r貯えられた食のパーチッティヤで、すJ r尊者 たちよ,サンガは私の言うことを聞いてください。この第一事はサンガ に裁決されました。そうしてこの事は非法であり,非律であり,師の教 えより離れているのです。私はこの第一事の蕎を投じます」 以上のようなやりとりで,第十事までを裁決する。その際にすべて上記の ように箸を投じて結審する。「滅諦健度」では三種の行審(投票をとること) が記され,非法説者に対する対処法も併せて記されている。

s

a

c

e

j

a

n

a

t

i

aclhammavadi b

a

h

u

t

a

r

a

'

t

i

duggaho '

t

i

paccukka

C

l

c

l

h

i

t

a

-bba

.

r

p

s

a

c

e

j

a

n

a

t

i

clhammavadi b

a

h

u

t

a

r

a

'

t

i

suggaho '

t

i

s

a

v

e

t

a

-bba

r

p

.

.

(

V

i

n

a

y

a

I

I

p

.

9

9

)

もし,非法を説く者が多いと知れば,「誤りである」と再ぴやり直させ るべきである。もし,法を説く者が多いと知れば,「正しい」と公表す べきである。

(12)

以上のように,非法説者に対しては,裁決をやり直してでも排除すべきと 述べられている。つまり裁決をする際には,必ず知法説者が勝つように設定 されている。そして非法説者側(パーチーナ側)の主張が全て排斥された上 で,パーリ律第二結集記事は最後に次のように記している。 su~atu

me b

h

a

n

t

e

s

a

r

p

.

g

h

o

.

i

m

a

n

i

d

a

s

a

v

a

t

t

h

u

n

i

s

a

ghenav

i

n

i

c

-c

h

i

t

a

n

i

i

t

i

p

'

i

m

a

n

i

v

a

t

t

h

u

n

i

uddhammani u

b

b

i

n

a

y

a

n

i

a

p

a

g

a

-t

a

s

a

t

t

h

u

s

a

s

a

n

a

n

i

ti

.

nihatam etam a

v

u

s

o

adhikaranam santam

v

u

p

a

s

a

n

t

a

s

u

v

u

p

a

s

a

n

t

a

中・

a

p

lc

a

ma

t

v

a

r

p

.

a

v

u

s

o

s

a

r

p

.

g

h

a

m

a

j

j

h

e

p

i

i

m

a

n

i

d

a

s

a

v

a

t

t

h

u

n

i

p

u

c

c

h

e

y

y

a

s

i

t

e

s

a

r

p

.

bhikkhuna

r

p

.

s

a

n

n

a

t

t

i

y

a

'

t

i

.

a

t

h

a

kho ayasma Revato ayasmanta

r

p

.

Sabbakami

r

p

.

s

a

r

p

.

ghama-j

j

h

e

p

i

i

m

a

n

i

d

a

s

a

v

a

t

t

h

u

n

i

p

u

c

c

h

i

p

u

t

t

h

o

-

p

u

t

t

h

o

ayasma S

a

b

b

a

-kami v

i

s

s

a

j

j

e

s

.

i

/

/

8

/

/

(Vinaya.

I

I

p

.

3

0

7

)

尊者たちよ,サンガは私の言葉を聞いてください。これらの十事はサン ガによって裁決されました。そうしてこの事は非法,非律で師の教えよ り離れています」。 「友よ,この論争は拒絶され,鎮まり,静寂になり,極めて静かになり ました。また友よ,あなたはサンガの中で,その比丘らを理解させるた めに私に問いなさい」。 そこで尊者レーヴァタは尊者サッバカーミーにサンガの中でこれらの十 事を問うた。間われた尊者サッパカーミーは答えた。 以上の記述を見る限り,論争

(

a

d

h

i

k

a

r

a

n

a

)

を鎮めることがパーリ律第 二結集記事の目的であったと見ることができる。十事を非法,非律と見なし, サンガ内でそれを手続きに則って処理している。さらに割れたパーチーヤと パーチーナの双方から四人ずつ出て,合計八人で箸を取らせる処理について は「破僧健度」に対応している。ここではサンガの紛争

(

s

a

r

p

.

g

h

a

r

a

j

i)と 破僧

(

s

a

r

p

.

g

h

a

b

h

e

d

a

)

を別の概念として記述している。

(13)

s

a

I

I

1

g

h

a

r

a

j

i

s

a

I

p

g

h

a

r

a

j

I

t

i

b

h

a

n

t

e

V

1

1

c

c

a

d

-

k

i

t

t

a

v

a

t

a

nu kho b

h

a

n

t

e

s

a

I

p

g

h

a

r

a

j

i

h

o

t

i

no c

a

s

a

I

p

g

h

a

b

h

e

d

o

k

i

t

t

a

v

a

t

a

c

a

pana s

a

I

p

g

h

a

r

a

j

i

c

'

e

v

a

h

o

t

i

s

a

r

p

g

h

a

b

h

e

d

h

o

c

a

'

t

i.

e

k

a

t

o

U

p

a

l

i

eko h

o

t

i

e

k

a

t

o

dve

c

a

t

u

t

t

h

o

a

n

u

s

s

a

v

e

t

i

s

a

l

a

k

a

r

p

.

g

a

h

e

t

i

aya

r

p

.

dhammo aya

r

p

.

v

i

n

a

y

o

i

d

a

r

p

.

s

a

t

t

h

u

s

a

s

a

n

a

r

p

.

ima

r

p

.

ga

1).h

a

t

h

a

ima

r

p

.

r

o

c

e

t

h

a

'

t

i

:

evam p

i

kho U

p

a

l

i

s

a

r

p

g

h

a

r

a

j

i

h

o

t

i

no c

a

s

a

r

p

g

h

a

b

h

e

d

o

.

e

k

a

t

o

U

p

a

l

i

dve

h

o

n

t

i

e

k

a

t

o

dve pancamo a

n

u

s

s

a

v

e

t

i

"

'

e

k

a

t

o

U

p

a

l

i

dve h

o

n

t

i

e

k

a

t

o

t

a

y

o

c

h

a

t

t

h

o

a

n

u

s

s

a

v

e

t

i

"

'

e

k

a

t

o

U

p

a

l

i

t

a

y

o

h

o

n

t

i

e

k

a

t

o

t

a

y

o

s

a

t

t

a

m

o

a

n

u

s

s

a

v

e

t

i

"

'

e

k

a

t

o

U

p

a

l

i

t

a

y

o

h

o

n

t

i

e

k

a

t

o

c

a

t

t

a

r

o

abthamo a

n

u

s

s

a

v

e

t

i

s

a

l

a

k

a

I

p

g

a

h

e

t

i

a

y

a

I

p

dhammo aya

vmayo

idam s

a

t

t

h

u

s

a

s

a

n

a

r

p

.

imar

p

.

ga

1).h

a

t

h

a

ima

r

p

.

r

o

c

e

t

h

a

'

t

i

:

evam p

i

kho U

p

a

l

i

s

a

r

p

.

g

h

a

r

a

j

i

h

o

t

i

no c

a

s

a

r

p

.

g

h

a

b

h

e

d

o

.

e

k

a

t

o

U

p

a

l

i

c

a

t

t

a

r

o

h

o

n

t

i

e

k

a

t

o

c

a

t

t

a

r

o

navamo a

n

u

s

s

a

v

e

t

i

.

.

.

e

v

a

r

p

kho U

p

a

l

i

s

a

r

p

g

h

a

r

a

j

i

c

'

e

v

a

h

o

t

i

s

a

r

p

g

h

a

b

h

e

d

o

c

a

.

n

a

v

a

n

n

a

r

p

va U

p

a

l

i

a

t

i

r

e

k

a

n

a

v

a

n

n

a

r

p

.

va s

a

r

p

.

g

h

a

r

a

j

i

c

'

e

v

a

h

o

t

i

s

a

r

p

.

ghabhedo c

a

.

(Vinaya.

I

I

p

p

.

2

0

3

2

0

4

)

以上の資料ではサンガが割れて,サンガの紛争のラインが明確になってい る。つまり一方に一人,他方に二人,四人目が欝を取らせる場合は,サンガ 紛争であるが,破僧ではない。同様に二対二で五人目,二対三で六人目,三 対三で七人目,三対四で八人固までは破僧ではなくサンガの紛争とされる。 そして四対四で九人目が出て箸を取らせると破僧になる。パーリ律では九人 以上が破僧になる。第二結集記事は,指導的立場に立ったレーヴァタがパー テーヤ側の断事人であったため,合計で八人であるので,サンガ紛争であっ ても破僧にはならない。

(14)

ま と め

以上,パーリ律第二結集記事の構成から,記事の目的を考察した。以下に まとめる。 ノマーリ律第二結集記事を構成する上で主に下地になっている健度部の記事は ①「濁磨健度」②「コーサンビー健度」③「滅誇健度」④「破僧鍵度」であ る。これらは無論すべてブッダが制定したことが記されているが,この第二 結集記事は,ブッダなき後百年たち,サンガの自主運営の中で,ブ、ッダの定 めた律の解釈をめぐって争いが生じることは不可避で、あったであろうから, サンガ内で争いの鎮圧と破僧の回避をブッダがいなくとも可能で、あったこと を示した記事として設定されたと考えられる。記事構成にあたり,上記の犠 度部の要素が極めて周到に用いられている。この中で常に意識されているの はサンガが割れた時の紛争解決と破僧回避である。パーリ律第二結集記事で は結論として紛争は鎮められ,かつ破僧にもならなかったのである。第二結 集の際に仏典が再合踊されたかどうかは部派によって考え方の相違が生じる ところであるが,パーリ律自体はそのようには述べていない。パーリ文献で は上述したおmant

ilsildikilなど律以外の第三結集を記す文献には仏典合 踊があったとしており,結集が「第一J,r第二」と呼ばれる所以となってい る。しかし,これが他の部派になると少しずつ考え方に相違点が生じる。第 二結集記事は第一結集記事に比して記事内容の相違が明確な部分が多い。 『摩詞僧紙律』は十事が示されないことはよく知られているし,各部派によ って十事の解釈及び排斥根拠が異なる場合も多い。また,『十諦律』は記事 の立場が「悪法の滅除」であってパーリ律の「紛争鎮圧,破僧回避」とは異 なる。今後は本稿と連続する形で十事の検討及び各律の第二結集記事の検討 を行っていく予定である。

(15)

(

1

)

拙稿

[

2

0

0

2

J r

M幼

φ

arinibban

ω

uttantaと第一結集J Ii龍谷大学大学院文学 研究科紀要.JJ

2

4

[

2

0

0

3

J

r

四分律第一結集記事の問題点J Ii龍谷大学大学院文 学研究科紀要.JJ

2

5

[

2

0

0

4

J

r

摩詞僧紙律第一結集記事所引大衆部浬繋経JIi龍 谷大学大学院文学研究科紀要.JJ

2

6

(2) 第一結集研究史については上記拙稿を参照。 (3) Ii根本有部律』は最後に「結集した」とあるが,仏典合踊であるかどうかは 不明である。 (4) ただし『摩詞僧紙律』は十事を提示せず,第一結集と同様の仏典を合踊して いる。この点について三友健容氏は『摩詞僧紙律』が意図的に十事の直接的表 現は避け,第一結集を再確認する形で第二結集を記述したと述べている。三友 健容

[

1

9

9

7

J r

五事非法と有部の成立JIi浅井国道先生古希記念論集 日蓮教学 の諸問題』平楽寺書底

(

5

)

破僧には

C

a

k

r

a

b

h

e

d

a

Karmabheda

二種類存在することが以前から指摘 されている。佐々木閑氏によると,

C

a

k

r

a

b

h

e

d

a

は一人の人物が仏説に異背す る説を唱え,賛同する比丘を誘って別の僧団を作ることであるため,破僧を行 うには最低九名は必要で、あり,一方

Karmabheda

は僧団行事を界内で別個に 行うことであるから八人が必要になる。有部系律は

C

a

k

r

a

b

h

e

d

a

を採用し, ノfーリ律は

Karmabheda

を採用しつつも

C

a

k

r

a

b

h

e

d

a

にも対応している。こ れは破僧定義が

C

a

k

r

a

b

h

e

d

a

から

Karmabheda

に変更されていった痕跡だと 述べられている。佐々木閑

[

1

9

9

3

J r

破僧するのに必要な比丘の人数J Ii渡蓬文 麿博士追悼記念論集 原始仏教と大乗仏教上』永田文昌堂。尚,二種の破僧 については,平川彰

[

1

9

7

3

J r

原始仏教教団における紛争解決についてJIi日本 仏教学会年報.JJ

3

9

,佐々木閑

[

1

9

9

3

J r

S

a

m

a

g

g

i

u

p

o

s

a

t

h

a

と二種の破僧J Iiパ ーリ学仏教文化学.JJ

6

,森章司

[

1

9

9

6

J r

破僧考J Ii大倉山論集.JJ

3

8

においても 指摘されている。

(

6

)

パーリ律で言えば,大品第十

Kosambakkhandhaka

(コーサンビー健度), 小品第四

Samathakkhandhaka

(滅誇犠度)第七 Sa~ghabhedakkhandhaka (破僧健度)などが直接関連する。

(

7

)

パーリ律第二結集 VinayaPita.初'f!l

v

o

l.

I

I

(

P

T

S

)

p

p

.

2

9

4

-

3

0

8

(

8

)

パーリ律第二結集記事と第一結集記事の関係については,拙稿

[

2

0

0

3

J r

パ ーリ律が記す五百結集と七百結集JIi仏教学研究.JJ

5

8

5

9

合併号に述べた。

(

9

)

SN. N

p

p

.

3

2

5

3

2

7

に同ーの文がある。 (10) Vinay.

α

I

I

p

.

2

0

。1)金倉園照

[

1

9

6

1

J

Ii印度中世精神史』中

p

.

2

2

0

では「停止の所作」という訳 語が使われている。

(16)

-130-(12) このパーテーヤ (patheyya)に関しては具体的にどこの場所を示している かは議論があり,正確なことはわかっていない。これと対立するパーチーナ (pacina)は東方であるので,西方を指すとの指摘もある。金倉園照 [1961J p.240 (13) Vinaya 1 pp. 337-360

ω

この点に関して佐藤密雄氏はこの分裂は合法的分裂と指摘する。また,この 分裂したサンガの扱い方については基本的には,比丘尼,在家者,客来比丘と もに平等に扱うように述べられている。佐藤密雄 [1963JIT'原始備教教団の研 究』山喜房 (15) 佐藤密雄 [1963J

M

レ ー ヴ ァ タ (Revata)は 多 聞 (bahusutta)で , ア ー ガ マ に 通 じ (agatagama),法を持し (dhammadhara),律を持し (vinayadhara),論 母を持し (matikadhara),博学 (pal).clita)で,賢明 (vyatta)で,学識あり (medhavin),有恥(lajji)で,悔あり (kukkuccaka), 学 を 欲 し て い る (sikkhakama) という。つまり,レーヴァタは断事人に相応しい人物という 設定になっている。 間パーチーナからは,サッパカーミー (Sabbakami),サーラ (Salha),クッ ジャソービタ(Khujjasobhita),ヴァーサパガーミカ (Vasabhagamika), そしてノfーテーヤからは,レーヴァタ (Revata),サンブータ・サーナヴァー

シ ー (Sambhuta Sanavasi), ヤ サ ・ カ ー カ ン ダ カ プ ッ タ (Yasa Kakandakaputta) ,スマナ (Sumana)がそれぞれ選出される。しかし,す でに金倉園照 [1961J p. 230でも指摘されているが,本文中(16)ではサッパカ ーミーとサンブータ・サーナヴァーシーの意見は一致しているのだが,断事人 としてはパーチーナとパーテーヤに分かれている。 (18) ただし,第六事のみある部分は適切で、,ある部分は適切で、ないとする。ょっ て否定のための典拠は示されない。 (19) この点についてはすでにすぐれた研究がなされているので詳細はここでは触 れず,今はこれらに従って述べることとする。佐藤密雄 [1963Jpp. 329-345, 森章司 [2000JIT'初期仏教教団の運営理念と実際』国書刊行会 ~O) ただし,第一段階で「無辺の言説が生じた」ならその時点で断事人選出に至 っても良い0 (21) 秘密行書 (guJhaka salakagaha),窃語行蕎 (sakal).l).ajappaka salakaga -ha),公開行箸 (vivatakasalakagqha)の三種であり,それぞれの箸の投じ る方法が示されている。 (VinayαIIp, p.98・99)

参照

関連したドキュメント

を長期間にわたって継続適用することにより︑各種の方法間の誤差が次第に減少し︑各種の方法によって求められた

はじめに 第一節 研究の背景 第二節 研究の目的・意義 第二章 介護業界の特徴及び先行研究 第一節 介護業界の特徴

       緒  爾来「レ線キモグラフィー」による心臓の基礎的研

が省略された第二の型は第一の型と形態・構

このように,先行研究において日・中両母語話

活用のエキスパート教員による学力向上を意 図した授業設計・学習環境設計,日本教育工

シークエンシング技術の飛躍的な進歩により、全ゲノムシークエンスを決定す る研究が盛んに行われるようになったが、その研究から

 この論文の構成は次のようになっている。第2章では銅酸化物超伝導体に対する今までの研